高い城の男〜それいけ!ばいきんまん〜 



その城は、高く聳える岩山の頂上に、建てられていた。
岩山には木はおろか、草の葉一枚すらみえず、岩山の高さが鳥の訪れも拒んでいる。
山の斜面は直角に近い絶壁で、山道らしきものも見えず、地上から城に侵入するルートは存在しない
小型の飛行艇かなにかで、直接、接舷しない限り城に入る手段はなさそうだ。
全体を黒に塗られ、ありとあらゆる他者の介入を一切拒むようなこの城は
軍事上の要衝でも、難攻不落の要塞でもなんでもなかった。
一人の男が、愛する妻との生活を誰にも邪魔されたくないが為、そのためだけに作った城、
その名も『バイキン城』と言った。

城の内部は外見とは打って変わって、全体が明るいパステルカラーで統一され、とても暖かくやさしげな雰囲気に満ちていた。
特に長い時間を過ごすことを想定されているリビングは、居心地の良さが追求されていた。
ゆったりとしたダブルクッションのソファ、毛足の長いビロードの敷物、壁面にはマントルピースと暖炉が埋め込まれている。
そのリビングに、ぱたぱたと軽い足音をさせて、全身赤でコーディネイトした、かわいらしい姿が小走りに入ってきた。
少女というほど幼い印象ではないが、さりとて、成熟した女性というにはあどけなさの残る女性だった。
翡翠を思わせる温かみのある緑の瞳と、春の日差しを束ねたような金の髪がきらきらと踊ってる。
身につけているのは、真っ赤に近い朱色で長袖のボトルネックのレオタードのような衣装だ。
こんもりと盛りあがった豊かな胸と括れた腰のライン、丸みを帯びたかわいいヒップの魅力を余す所なく強調している。
伸縮性のある布地が魅力的なボディラインをより強調しており、肌の露出はほとんどないのに、とてもコケティッシュな雰囲気を醸し出している。
胸元には、赤い鋼石が縫い付けられ、きらきらと輝いている。
思いきってハイレグにカットされた鼠頚部から赤い網タイツにつつまれたすんなりとした足が伸びている。
履物はこれも赤のブーツで、手には手首が隠れるくらいのすこし長めの白い手袋をつけていた。
金の髪の間から、ぽんぽんのついたような赤い一本の触覚と、
愛らしい臀部の合わせ目の上から伸びている先が矢尻のような形をした尻尾が彼女の歩調に合わせて揺れていた。
「オスカーばいきんまんさまぁ」
「どうした?お嬢ちゃん?俺のかわいいアンジェドキン?」
暖炉のまえの大き目のリクライニングチェアに寛いでいた、この城の主が愛する妻の呼びかけに優しく答えた。
ばいきん城城主、オスカーばいきんまんである。
燃え立つような緋色の髪と切れ長の氷青色の瞳が、通った鼻筋と意思の強そうな顎のラインと相俟って、一見酷薄そうな印象を与えがちだが、
その瞳は慈愛と優しさに溢れた柔らかい光に満ち、その女性に暖かい視線を投げかけていた。
体にぴったりフィットした黒のハイネックのウェアが、厚い胸板と引き締まった腹筋から窺い知れる鍛え抜かれた肉体を際立たせている。
手袋と長靴は青紫で、胸元には群青の鋼石が光っている。
緋色の髪の間には、黒い触覚がこちらは2本揺れており、同じ矢尻型の黒い尻尾が臀部から生えていた。
「あの、もう、食料が無くなりそうなんです。そろそろ、皆さんのところにもらいに行きませんか?」
「この前、山ほど持ってきたのに、もう無くなっちまったのか?」
「この前っていっても、もう一ヶ月近くになりますよ?私も、久しぶりに皆さんにお会いしたいし・・ねっ、オスカーばいきんまんさまぁ。
 一緒に行きましょうよ」
「・・・・う〜む、パン工場へか・・・」
これが、他の頼みごとであれば、オスカーばいきんまんはかわいい妻アンジェドキンちゃんのために、一も二になく承諾しただろう。
ただ、このパン工場というところには、オスカーばいきんまんの不倶戴天の敵、永遠のライヴァルとも言える輩がひしめいており、
しかも、そいつらが自分の妻を見る目がどうしても、気にいらないオスカーばいきんまんはなるべくなら、そこに近づきたくないのであった。
この国は、基本的に食料はそれぞれの食材の専門家が栽培しており、それをお互いに善意かつ無償で融通しあう一種の原始共産制がなりたっており、
特に、博識と穏やかな人柄でパン工場の主は周囲の者たちから慕われており、各地から多くの食客が訪れてはいろいろな食材をパン工場に置いていった。
そして、パン工場の主はその食材を欲しがるものには気前よく分け与えてくれていた。
ばいきん城にも、妻アンジェドキンちゃんが丹精している花壇くらいはあったが、食料はほぼすべて外からの流入に頼らざるを得ない。
その食料が底をつきそうとあっては、そこにいる奴らが気にいらないから、行きたくないとはいっていられない。
かわいい妻にひもじい思いをさせる訳にはいかないのだ。
「仕方ない。ばいきんUFOで、パン工場までいくとするか。」
オスカーばいきんまんは重い腰をあげて、アンジェドキンちゃんの肩をだき、UFOの格納庫へと向かっていった。
格納庫には、大型乗用車ほどの大きさのUFOが一台だけとまっていた。
UFO前面のガラスハッチを開け、オスカーばいきんまんは滑り汲むように操縦席に乗りこんだ。
操縦席はオスカーばいきんまんが長い足を伸ばしても余裕のあるほどゆったりと空間がとられているが、座席は操縦席ひとつしかない。
「さ、おいで、お嬢ちゃん」
オスカーばいきんまんはアンジェドキンちゃんを手招きし、その手をとって自分の膝の上にアンジェドキンちゃんをのせた。
アンジェドキンちゃんは、ちょこなんとオスカーばいきんまんの膝の上にこしかけた。
そして、ためらいがちに、こう尋ねた。
「オスカーばいきんまんさまぁ。あの、私、自分のUFOが欲しいとは言いませんけど、せめて、座席は二つあった方がいいと思うんですけど・・」
「なんだ?お嬢ちゃんは、俺の膝の上は嫌か?」
オスカーばいきんまんはUFOの発進準備をしながら、アンジェドキンちゃんに聞き返した。
アンジェドキンちゃんは、ぶんぶんと首を振って、オスカーばいきんまんの肩に手をまわして、答える。
「オスカーばいきんまんさまに抱っこしてもらうのは大好きです。オスカー様の膝の上は大きくて暖かくて安心できて・・
 でも、私、重くありませんか?それに、操縦しづらくないですか?」
『か・・可憐だ・・』
小首をかしげて上目遣いに自分を見上げるその仕草は、衣装の色と相俟って、可憐なレッドカナリアを思わせ、オスカーばいきんまんは
そのあまりのかわいらしさに、思わずアンジェドキンちゃんを思いきり抱きしめた。
「きゃん、く、苦しいです〜」
アンジェドキンちゃんの声に、はっと我に帰り、オスカーばいきんまんは腕の力を緩めた。
「すまん、お嬢ちゃんがあんまりかわいい事を言うから、押さえが効かなくなっちまった。
 お嬢ちゃんは小鳥みたいに軽いし、それに、俺はお嬢ちゃんのぬくもりをいつも感じていたいんだ。
 お嬢ちゃんが嫌じゃなければ、俺の膝がお嬢ちゃんの指定席だ。」
といって、アンジェドキンちゃん触れるだけのキスをよこした。
アンジェドキンちゃんは、衣装と同じ位真っ赤になりながら、それこそ、小鳥が囀るように、
「い、嫌じゃないです・・」
とだけ言って、俯いてしまった。
「じゃ、決まりだな・・」
嬉しそうに答えると、オスカーばいきんまんはリモコンで格納庫の天井の発進口を開き、滑らかにUFOを発進させた。
UFOが飛び立つと、アンジェドキンちゃんは思い出したように、こう言った。
「オスカーばいきんまんさまぁ、パン工場に行くまえに、果物をもらいに、ばいきん仙人さまの所に行きませんか?
 もう、あの果物もちょっとしか、ないんです。あれ、おいしくて、私すぐ食べちゃうから・・」
「ばいきん仙人のところか、まあ、いいだろう。じゃあ、座標をセットして・・」
ばいきん仙人も、オスカーばいきんまんにとっては、いけ好かない奴の一人なのだが、かわいい妻の頼みとあれば、無下に断ることもできない。
アンジェドキンちゃんのぬくもりを膝に感じてご機嫌のオスカーばいきんまんは、UFOに目的地の座標をインプットして、自動操縦に切り替えた
そして、アンジェドキンちゃんの頤をつまみ、少し顔を傾けて、唇を重ねようとした。
アンジェドキンちゃんが、さっと後退る。
「やん、オスカーさま、操縦は?」
「もう、自動にセットした。さ、目的地に着くまで、どんな果実より甘く瑞々しい君の唇をたっぷり味あわせてもらうぜ」
にやりと笑って、後ろに逃げていたアンジェドキンちゃんの腰をぐいっと引きよせ、今度は逃げる隙を与えず、唇を重ねた。

服のうえから、やわやわとアンジェドキンちゃんの胸を揉みしだき、唇を貪るうちに、UFOはあっという間に、とある洞窟に着いた。
「なんだ、もう着いちまったか。良かったな、お嬢ちゃん、のっぴきならない状態になる前で、それとも、残念だったかな?」
オスカーばいきんまんがにやにやしながら、アンジェドキンちゃんの唇を開放した。
「・・・ばか・・・」
頬を紅潮させ、もはや、肩で息をしているアンジェドキンちゃんは、これだけ答えるのがやっとだった。
UFOのハッチを開け、洞窟内に降り立ったものの、誰も出てくる気配がない。
「留守か?」
「いえ、きっとばいきん仙人様のことだから、寝てらして気がつかないんですよ、きっと。私が呼んでみますね、ばいきん仙人さまあ、クラヴィスさまあ」
「・・・・私の眠りを妨げるものは、誰だ・・・」
洞窟の奥から、農紫の長衣をまとい、その裳裾に紫雲を棚引かせた、長身の青年が特徴ある低音の声とともに滑るような足取りで現れた。
「クラヴィス仙人様、また、昼間から寝てらしたんですか?」
「ああ、おまえか・・よく来たな・・・」
アンジェドキンちゃんの姿を目に留めたとたん、虚無を映し出していた瞳に暖かな光がやどり、口元には柔らかな笑みが浮かんだ。
「クラヴィス仙人様、申し訳ないんですけど、また、あの果実を少し、分けて頂けますか?」
「少しと言わず、いくらでも、好きなだけ持って行くがいい・・」
「嬉しい・・ありがとうございます、クラヴィス仙人様」
喜び勇んで果樹のある中庭に行こうとするアンジェドキンちゃんを、クラヴィスばいきん仙人が押し留めた。
「まて・・おまえがいくこともあるまい・・果実のとり入れなど、そのものにやらせればよい・・そのために来たのだろうからな・・」
ちらっと視線を蚊帳の外に置かれているオスカーばいきんまんに投げる。
「でも・・」
躊躇うアンジェドキンちゃんに、クラヴィス仙人は、
「ふ・・おまえの小さい手では、二つくらい持つのがやっとであろう?ここはあのものにまかせ、おまえは私の話相手になってくれ。
 太古の昔より、食料の確保は男の役目。まさかおまえはそんな事を妻にやらせるほど、甲斐性無しではあるまい?オスカーばいきんまん?」
「ぐ・・・」
アンジェドキンちゃんとクラヴィス仙人を二人きりにするのは気が進まなかったが、こうまで言われては甲斐性のあることろを見せないわけにはいかず
オスカーばいきんまんはしぶしぶ、しかし、大急ぎで果実を取りに、中庭に消えて行った。
オスカーばいきんまんの姿が消えるや否や、クラヴィス仙人はその長衣で、アンジェドキンちゃんの体を包みこむように抱き寄せた。
そして、気遣わしげな口調で、尋ねた。
「・・おまえ、少し痩せたのではないか?あのものはちゃんと、おまえに食べさせているのか?」
「クラヴィス仙人様、私痩せてなんかいませんよ、体重減るどころか、ちょっと増えちゃって・・なんだか胸が大きくなっちゃったみたいで・・」
無邪気なアンジェドキンちゃんはそれこそ、クラヴィス仙人がどきんとするような事をさらりと言ってのける(だからドキンちゃんなのである)
「・・・そうか、胸が大きく・・それで、ますますえっちっぽい体つきに・・いや、腰が細くなったように見えたのだな・・」
「はい、服もきつくなってきちゃって・・どうして、胸が急に大きくなったのかしら・・・」
「・・・知りたいか?」
「え、クラヴィス仙人様は、どうして私の胸が大きくなっちゃったのか、ご存知なんですか?さすが仙人様ですね。それで、どうしてなんですか?」
「それはな・・・」
クラヴィス仙人がアンジェドキンちゃんの体に手を伸ばそうとした途端
ぼたぼたぼたぼたっと、持ってきた果実を全部取り落とし、
オスカーばいきんまんがマッハの速度でアンジェドキンちゃんの元にかけより、その肩を抱いてクラヴィス仙人から引き剥がした。
「ま、待たせたな、お嬢ちゃん」あがる息を押し殺し、なるべくさりげないふうを装う。
「あ、オスカーばいきんまん様」
嬉しそうにアンジェドキンちゃんが微笑む。が、すぐに、其処ら中に散らばった果実を見て、
「やん、こんなにばら撒いちゃ、だめじゃないですか・・せっかくいただいたのに・・」
こう言って、転がった果実を拾い集め出した。
「あ、ああ、すまん・・」
「ここはいいですから、オスカーばいきんまん様、UFOのトランクを開けてくださいますか?」
「ああ、ちょっとまっててくれ」
オスカーばいきんまんがUFOの後部ハッチを開けに行っている間に、
クラヴィス仙人は、さりげなくアンジェドキンちゃんに近づいて、耳元に囁きかけた。
「先ほどのこたえは、おまえが一人きりで私の元に来たときに教えてやろう・・」
「う〜ん、教えていただきたいのは山々なんですけど、私、自分のUFO持ってないので、一人では来られないんです。」
「そうか、それでは、私がおまえの元を訪ねるとしよう・・オスカーばいきんまんが留守のときにでも・・な・・」
アンジェドキンちゃんはトランクに果実をつめるのに夢中で、クラヴィス仙人の言葉がよく聞き取れなかったようだ。
「なにか、おっしゃいましたか?クラヴィス仙人様?」
「いや、なんでもない。」
そして、いかにも、今思いつきでもしたかのように、アンジェドキンちゃんに、こう、持ちかけた。
「ああ、そうだ、もし、おまえが一人で留守番するようなときがあれば、私にすぐ知らせるのだぞ。
 一人きりは無用心だし、おまえも寂しいだろうからな・・」
アンジェドキンちゃんは一瞬きょとんとしていたが
「ご心配してくださってありがとうございます。でも、オスカーばいきんまん様は、私を置いて一人で出かけるなんてことありませんから大丈夫です」
と、嬉しそうに答えた。
『やはり、警戒はおこたりないようだ・・』
内心舌打ちをしたクラヴィス仙人であったが、そんな事はおくびにもださず
「そうか、なら、よいのだ」
と、冷静を装って答えた
長い年月の間には、留守にする機会が一度や二度はあるに違いないのだから、気長に待つとしようと、気持ちを切り替えて・・
「クラヴィス仙人様、私たちこれからパン工場にいくんですけど、ごいっしょしませんか?」
「いや、いい。私がいくと、渋い顔で眉間に立て皺を刻む輩がいるからな・・」
「そうですか、今度、ばいきん城にも、遊びに来てくださいね」
「ああ・・(オスカーのいないときにな・・)」
「お嬢ちゃん、このあとパン工場にいくんだろう?いそがないと、日が暮れちゃうぜ」
オスカーばいきんまんは、果実さえもらえば用はないし、
こんなデンジャーゾーンに大事なアンジェドキンちゃんをこれ以上一分たりとも置いておくわけにはいかないぜ、と思い、
アンジェドキンちゃんを急き立ててUFOにのせ、急いで発進させた。
「さようなら、クラヴィス仙人さまぁ」
「またいつでも、遊びにくるがいい・・」
クラヴィス仙人の姿が見えなくなってから、オスカーばいきんまんは、妻にクラヴィス仙人と何を話していたのか尋ねた。
「えっとぉ。私が痩せたんじゃないかって。だから、私、そんな事在りません。胸が大きくなっちゃって却って太ったくらいですって答えたんです」
この答えにオスカーばいきんまんは眩暈を感じたように、額に手を当てた。
「そしたら、クラヴィス仙人さまはどうして私の胸が大きくなったか、知りたかったら教えてくださるっておっしゃって、
 そこにオスカーばいきんまん様が帰ってらしたんです。」
『危ないところだった・・・』
オスカーばいきんまんは、嘆息とともに、
「いいか、お嬢ちゃん、どうして胸が大きくなったか、家にかえったら、俺がじっくり教えてやるから、このことは他の誰かに聞いちゃいけないぜ」
「あ、はい。なんだ、オスカー様もご存知だったら、最初からオスカー様にお聞きすれば良かったわ。」
どこまでも無邪気なアンジェドキンちゃんと、妻のかわいくも罪作りな言動に苦笑を禁じえないオスカーばいきんまんをのせ、
UFOは一路パン工場めざして飛んで行った。

パン工場は見晴らしの良い、小高い丘の上に建てられていた。
パン工場の中では、年若い少年が二人、ひそひそ声で何かを話ている。
「ったく、なんで俺が犬の役なんかやンなくちゃいけねーんだよ・・」
「仕方ないじゃない、ゼフェル〜。パン工場の主って、天才科学者にして、技術者なんだから。ゼフェルもみたでしょ。薪で動く水陸両用車。
 しかも、それを地底探検車や、スペースシャトルにまで改造しちゃうんだよ。あのジャムおじさんって・・
 でもルヴァさまにそんな事できっこないんだから、ここは天才メカニックのゼフェル、いや、チーズが付いててあげないと・・
 それに、ぼくだって、女のこの役なんて嫌だよ・・」
天才メカニックと言われて、ゼフェルチーズは多少機嫌がよくなった。
さすがはマルセルバタコ、自分のほうが恵まれないとさりげなくアピールしながら、ゼフェルチーズを持ち上げて、気分を良くしてやる。
ゼフェルチーズの扱いは手馴れたものである。
「それも仕方ねーだろ。あのバタコって女ぁ、子供のくせに、パン工場で朝から晩まで働かされてるって設定だろう?
 そんな労働基準法に抵触しそうな年齢のやつぁ、おめーしかいねーんだからよー。」
そんな事をこそこそ話していると、パン工場の主、ルヴァおじさんが、ほえほえと、のんびりやってきた。
「あ〜。そろそろお茶にしましょうかねぇ。お菓子もやけるころですし・・バタコにチーズ、あんぱんまんたちを呼んで来てくれますか?」
「は〜い」
「あんあん」
やけくそのように、ゼフェルチーズが吼えて、マルセルバタコとともに、ドアから出て行った。
程なくして、二人は、パン工場の用心棒三人組をつれて、パン工場に戻ってきた。
いつも元気なランディあんぱんまん、そこはかとなく高雅で光輝なジュリアス食ぱんまん、一見優雅だが実はぴりりと辛口リュミエールかれーぱんまんである
人のいいルヴァおじさんは、誰彼かまわず食料を際限なく分け与えてしまうので、この三人が、やって来た者が悪人か善人かを見極め、
良い子には、もちろん食料を、それ以外のものには、あんぱんちやら、かれーぱんちやら、時には、トリプルぱんちやらをお見舞いするのであった。
ランディあんぱんまんは胸についているニコちゃんマークと同じくらい、ニコニコと屈託のない笑みを浮かべている。
殊のほかご機嫌がよいようだ。
「へへ、嬉しいな〜。俺一度正義の味方ってやって見たかったんだよな〜。しかも、確か、俺主役だろ?」
「へっ、浅薄なやつ。こう言うシリーズものってのはなぁ、続けば続くほど、主人公は陰が薄くなるってのが、お約束なのによ〜。」
「なんか言ったか?チーズ?」
「なんでもねーよ、あんあん」
パン工場の住人たちは、お茶を飲みながら四方山話に花を咲かせた。
「あ〜、そういえば、しばらくアンジェドキンちゃんにあってませんねぇ〜」
「ジュリアス食パンまん様、オスカーばいきんまんの独占欲はちょっと度を越しているとは、おもわれませんか?」
「・・・うむ、いや、しかし、夫婦仲が良いのは良いことではある・・・」
「いくら、夫婦仲が良いとはいっても、限度がございしょう?自由に外出も許されていないようではありませんか。あれでは体のいい軟禁状態です」
「しかし、夫婦のことに他人が口を挟むと言うのも・・」
ジュリアス食パンまんの物言いは、どうも歯切れが悪い。
別の話題であればジュリ食パンまんも、ここまで煮え切らない返答はする事はないのだが。
郷を煮やした、リュミ・カレーパンまんは、ジュリ・食パンまんに、詰め寄った。
「ジュリアス食パンまん様も、たまには、昔のようにアンジェドキンちゃんとお茶を飲んだり、なんてことのない会話をしたりしてみたいとは
 お思いにならないのですか?昔はよく、アンジェドキンちゃんと庭園を散策などなさっておいでではありませんか!」
「いや、それは、まあ、そうだが・・・」
「そうだよな〜、オスカーばいきんまんと結婚しちゃってから、アンジェドキンちゃんと全然遊べなくなっちゃったモンな〜」
「それは俺も同じだぜ、あんあん」
「たまには、アンジェドキンちゃんと一緒にケーキとか、食べたいな〜」
皆の間に「あ〜あ、アンジェドキンちゃんにあいたいな〜」と言う気分が高まった丁度そのとき、
軽い衝撃波とともに、パン工場の隣に、UFOが着陸したのであった。
「あ、ばいきんUFOだ。・・・てことは、アンジェドキンちゃんが遊びに来てくれたんだ!」
「え、どこどこ?あ、ほんとだ。でも、やっぱり、オスカーばいきんまんも一緒だ。」
「それでは、皆さんで出迎えにまいりましょうか、喜ばしいお客様と、招かれざる客人とを・・」
薄く形の良い唇に氷のような微笑を張りつけ、リュミ・カレーパンまんはゆっくりと立ちあがり、パン工場の外に出て行った。

ガラスハッチが音もなく開き、アンジェドキンちゃんがぴょこんと、UFOから降り立った、
花のような笑みを浮かべたかわいい小さな顔、おわんを伏せたようなふっくら豊かで形のいい胸、無駄のない締まったウェスト、
きゅっと上向きのヒップと、そこからすんなりのびているしなやかな足。
その、愛らしくも蠱惑的な姿に、パン工場の面々の胸は、皆一様に、どきんと高鳴った(くどいようだが、だから、ドキンちゃんなのである)
「みなさん、こんにちは、ご無沙汰しちゃって、ごめんなさい。食料を分けて頂けますか?」
「よく、来たね!君にあえて嬉しいよ」
「うむ、おまえも息災なようで、何よりだ。」
「ようこそ、アンジェドキンちゃん、あなたが謝る事など、なにもないのですよ。あなたがここに来られないのは、あなたの所為じゃなく、
 其処にいる、極悪ばいきんがあなたを外に出さないからなのですからね」
この言葉を聞いて、オスカーばいきんまんはこめかみをひくつかせ、アンジェドキンちゃんの顔はちょっと曇ってしまった。
「リュミエールかれーぱんまん様は、ばいきんはお嫌いですか・・」
アンジェドキンちゃんの沈んだ様子に、リュミ・カレーパンまんは慌てて、言いつくろう。
「そんな事はありませんよ、ばいきんがいなければ、チーズもワインもつくれないし、パンだって焼けないのですからね。
 私はあなたのようなかわいいばいきんは、大好きですよ、さ、パン工場で、ルヴァおじさんに食べ物をもらってらっしゃい。」
「いつも、ありがとうございます」
「いいんですよ、せっかくだから、ゆっくりお茶でも召し上がっていってくださいね、マルセルバタコに、ゼフェルチーズ、
 パン工場にアンジェドキンちゃんを、連れていっておあげなさい。」
「さ、アンジェドキンちゃん、いこう。おいしいケーキも焼けてるよ。」
「せっかくだから、ゆっくりしてけよ、おめーもおれたちに会いたかっただろ、あんあん」
「あ、はい、じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔します」
「あ、おい、お嬢ちゃん、長居は無用だ、用が済んだら・・・」
さっさと帰ろうぜと言う前に、アンジェドキンちゃんは二人に連れられて、パン工場の中に入っていってしまった。
そこで、アンジェドキンちゃんの後をおってパン工場に入ろうとしたオスカーばいきんまんの前に、リュミ・かれーぱんまんが立ちふさがった。
「帰りたければ、あなたがお一人でお帰りください。」
「そこをどけ、アンジェドキンちゃんは俺の妻だ。夫が妻をうちに連れて帰って何が悪い。」
「アンジェドキンちゃんはモノではないのですよ。外出の自由もなく、お茶を飲むくらいの事も許さないとは、
 いくらなんでも横暴が過ぎるのではありませんか?これでは、アンジェドキンちゃんは幽閉、良く言って軟禁状態ではありませんか!」
「ふ、俺を悪者にして取り繕っても、本音はおまえも彼女と一緒にいたいってだけだろうが。
 おまえには残念(心の声・ざまーみろ)だが、アンジェドキンちゃんは身も心も、その髪の毛一筋までも、俺のものだ!」
この傲慢ともとれる物言いに、リュミ・カレーパンまんはさりげなくこめかみに青筋をたてつつ、唇には微笑を張りつかせたまま、
「ジュリアス・食パンまん様、ランディあんぱんまん、この人、いえ、このばいきんの言うことをどう思われます?
 夫であると言うだけで、妻の人格を認めずモノ扱いし、全く自由を与えないなどと言うことが、許される事でしょうか。」
「おい、俺がいつ、お嬢ちゃんの人格を認めなかった。」
「でも、自由は与えていませんね。そうですよね、食パンまん様、あんぱんまん」
「そーだな〜、確かにアンジェは休みの日も全然外に出てこなくなっちゃったな〜」
「う〜む、しかし、妻であるアンジェが納得して、オスカーのもとにいるのであれば、われわれが口を挟む事では・・・」
「妻を軟禁していることには、変わりありません。これは重大な人権侵害です。犯罪です。悪い事なのです。
 悪人にはどうして、差し上げなければ、いけませんでしたっけ、正義の味方、ランディあんぱんまん?」
「えっと〜、確か正義の鉄槌あんぱんちで悪人を更正するんですよね、リュミエールカレーパンまん様」
「そうです、よくできましたね。さあ、遠慮はいりません。ここにいるのは、存在するだけで害悪を垂れ流し、妻を軟禁するような極悪ばいきんなのです。
 更正して差し上げるのが、本人のためでもあるのです。」
「じゃ、すみませんけど、オスカー様、そう言うことなんで・・ばいきんまん、もう許さないぞ〜。あ〜んぱ〜んち!」
しかし、オスカーばいきんまんは、そのパンチをやすやすと片手で受けとめ、ランディあんぱんまんを一喝した。
「ふっ、踏みこみが甘いぜ。それに、俺がおまえのパンチごときで、『ばいばいき〜ん』と言って、飛んで行くとでも思ったのか!」
「げげ、まずい」
「今度はこっちからいくぞ。鶴と亀があわせて17匹居ます。鶴と亀の足をあわせた数は全部で50本です。鶴と亀はそれぞれ何匹づつ居るでしょう?」
「え?え?鶴が一羽なら、足は二本で亀が16匹になるから・・ぐわわあぁ、頭が混乱してちからが出ない〜!」
「ふ、おまえの戦闘力を削ぐなんざ、つるかめ算で充分だ」
「なかなかやりますね・・オスカーばいきんまん」
「おまえも、くるか?カレーパンチとかいって・・」
「私は争い事は好みません。それに、どうせパンチを出すなら、効果的に使いませんと・・ああ、ランディいつまで計算しているのです?」
ランディあんぱんまんはしゃがみこんで、棒で地面に鶴と亀の絵を書きながら
「えっと〜、鶴が三羽なら、足は6本で亀が14匹だから、足が64本・・と、これも違う・・」とぶつぶつ言っている。
リュミ・カレーパンまんは大きな溜息を付いた。
「解き方なら後で私が教えて差し上げます。第一この答えがわかったからと言って、オスカーばいきんまんがダメージを受けるわけではないのですよ。」
「あっ、そうか!そうですよね!あははは」
「では、ランディあんぱんまん、ちょっと考えてごらんなさい。オスカーばいきんまんの一番の弱点はなんですか?」
「え〜と、剣も体術も俺より強いし、仕事もできるし、いい男だし・・」
オスカーばいきんまんは、うむうむ当然だと言わんばかりに頷いている。
「悪役を誉めてどうするんですか・・オスカーばいきんまんの一番の弱点は決まってます。アンジェドキンちゃんです」
「えええぇ〜〜っ、だって、俺、女の子に酷い事なんてできませんよ。ましてやあんなかわいいアンジェに・・」
むっとして、リュミ・カレーパンまんが答えた。
「当たり前です、誰がそんな事をしろといいました?アンジェドキンちゃんに酷い事をするなんて、考えるだけで恐ろしい・・」
「え、じゃ、アンジェドキンちゃんに何をするって言うんですか?」
「頭を使いなさい。オスカーばいきんまんはアンジェドキンちゃんに知られたくない、不埒千万、傍若無人な悪行三昧の過去があるでしょう?
 それをアンジェドキンちゃんに教えて差し上げると言ったら、どうします?オスカーばいきんまん?」
「ぐっ・・」
「ほら、もう抵抗できないでしょう?さあ、ランディあんぱんまん、もう一回、今度は私と一緒にダブルパンチをお見舞いして差し上げてましょう。
 ああ、ジュリアス食パンまん様は、参加していただかなくても、結構ですよ。
 われわれ二人だけでも、ばいきんまんを『ばいばいき〜ん』と空の彼方に飛ばす事なぞ、たやすい事ですから・・」
どちらに味方したらいいか、未だ逡巡しているジュリアス食パンまんをよそに、
怪力無双を誇るリュミカレーパンまんは自信満万に、だが、あくまで穏やかに、こう述べた。
反撃の手段を封じられ、オスカーばいきんまん、絶体絶命の大ピンチである。
「観念して、アンジェドキンちゃんはおいて行ってもらいましょう、それっ、ダブルパ〜・・」
「何やってるんですか!皆さん!」
「アンジェ!」
「アンジェドキンちゃん・・」
いつまでたっても、工場に入ってこないオスカーばいきんまんや、その他の人(?)の様子を見に、
アンジェドキンちゃんはルヴァおじさん、マルセルバタコ、ゼーチーズらとともに、外に出てきたのであった
そして、いまにもあんぱんまんとカレーパンまんからパンチを食らいそうになっていたオスカーばいきんまんに気付くと、
ものすごい勢いでオスカーばいきんまんのところに駈け寄り、その前に仁王立ちになって、
「だめえぇ〜っ!オスカー様をいじめちゃ、だめぇっ!!」
と、そのちいさな体で一生懸命オスカーばいきんまんを庇った。
「そこをおどきなさい、アンジェドキンちゃん、このばいきんはあなたの自由を奪い、あなたの人権を無視する悪いばいきんなのですから。
 私たちが、あなたをこの悪いばいきんから開放して自由にして差し上げますからね。」
「私は自由を奪われてなんかいません!私が好きでオスカー様のところに居るんです!いつでもオスカー様と一緒に居たいんです!
 オスカー様に酷い事しないで・・お願い・・」
ここまでいうと、アンジェドキンちゃんは緊張の糸が切れたようで、座りこんでしくしくと泣き出してしまった。
「お嬢ちゃん、こんな小さな体で俺を庇って・・」
オスカーばいきんまんは感動に打ち震え、アンジェドキンちゃんを抱き起こしてその腕にかき抱き、頬を伝う涙を唇で拭った。
「アンジェドキンちゃん、泣かないでください。あなたに泣かれたら、私はどうしたらいいか・・」
リュミ・カレーパンまんはアンジェドキンちゃんの涙に動揺を隠せない。
「あきらめろ、リュミエール、この二人の間には何人たりとも立ち入る隙はなさそうだ。
 アンジェが自由を奪われていると言うのもわれわれの独り善がりだったようであるし・・」
「くっ・・・」
リュミ・カレーパンまんががっくりと崩れ落ちた。
その一方で、オスカーばいきんまんは、アンジェドキンちゃんの体を抱きしめたまま、もはや二人だけの世界に浸りきっていた。
「お嬢ちゃん、泣かないでくれ・・俺はなんともないから・・」
「・・くすん・・オスカーばいきんまん様、お怪我はありませんでしたか?」
「ああ、お嬢ちゃんが、庇ってくれたからな。俺は今猛烈に感動している・・お嬢ちゃんは本当に勇気があるな・・」
「そんな・・オスカー様が危ないって思ったら、勝手に体が動いちゃって・・考えてみれば、私なんか、なんのお役にもたてないのに・・」
「いや、そのお嬢ちゃんの気持ちが俺にはなによりの宝物だ・」
「オスカー様・・」
「お嬢ちゃん、愛している・・」
二人はどちらからともなく唇を重ねた。互いに舌を差し出し絡めあう。
アンジェドキンちゃんはオスカーばいきんまんの首にうでを回し、
オスカーばいきんまんはしっかりとアンジェドキンちゃんを抱きしめていたが、
そのうち、手をそっとアンジェドキンちゃんの乳房にあてがったと思うと、そのまま、やわやわと揉みしだきだした。
「あっ・・やっ・・」
アンジェドキンちゃんが身を捩って逃れ様とするが、オスカーばいきんまんの手は執拗に乳房を揉みつづける。
「お嬢ちゃん、俺たちがいかに愛し合っているか、こいつらに見せつけてやろう。
 そうすれば、俺とお嬢ちゃんの仲を引きさこうなんて、ばかな事を考える奴もいなくなる・・」
そう言って、ますます乳房を激しく揉みしだきながら、首筋に舌を這わせ、片手は背中のファスナーをそっと降ろし始めた。
「ああ〜ん・・いや・・だめ・・」
甘い刺激に乳首がだんだんと存在を主張し始め、衣装の布地を通して、その形がくっきりと浮かび上がってきた。
オスカーばいきんまんがちらりと、回りに視線を投げると、パン工場の面々はこの成り行きにあっけに取られて、二人を呆然と見つめていた。
にやりと笑って、アンジェドキンちゃんの衣装を少しづつはだけ、白い肩を露にして行く。
年少三人組は生つばを飲みこみながら、その瞳孔は極限まで拡大している。
ルヴァおじさんは
「生きた性教育は子供に大切だとは思いますが、見せてもいいものでしょうか〜?子供は見ちゃいけませんと言うべきでしょうか〜」
と、動物園の熊のように、頭を抱えてうろうろしている。
「ああっ、私のかわいいアンジェドキンちゃんが、あんなけだものの毒牙にかかるところなんて、私にはとても正視できません!」
リュミ・カレーパンまんはその麗しい顔を手で覆っている。
「・・・そのわりには、指の隙間が大きいぞ、リュミエール」
いつのまにか、クラヴィス仙人がパン工場のある丘にやってきて、二人を見物する仲間に加わっていた。
「これは、クラヴィス仙人さま、いつ、こちらへ?」
けろりとして、リュミ・カレーパンまんが尋ねる。
「アンジェドキンちゃんの柔肌が見られるまたとない機会とあれば、昼間から寝ているわけにもいくまい。ふっ、また寿命が延びてしまうな・・」
「はい、こう言うのを眼福というのでしょうね」
しゃあしゃあとリュミ・カレーパンまんが答える。
オスカーばいきんまんはアンジェドキンちゃんの胸を揉み服の上から乳首を摘みながら、その肩を完全に露にしてしまった。
もう白い胸の谷間がはっきり見える。
「あっ・・やぁ・・やめて・・オスカ・・さ・・」
服の上からもはっきり形のわかる乳首が、ついに晒されそうになったそのとき、
「こ・・この・・おおばか者が〜〜〜っ!!」
今まで、余りに自分の常識とかけ離れた展開に声を失っていたジュリアス食パンまんが遂に、雷の神ゼウスも斯くやというほどの雷鳴をとどろかせた。
「そんな事は、家に帰ってからやらぬか!子供は見てはいかん!ルヴァ、ぼさっとしてないで、子供たちをどこかに連れて行け!」
「しかし、ジュリアス様、じゃなかった、ジュリアス食パンまん様、俺とアンジェドキンちゃんがいかに愛し合ってるか、見せてやらないと
 また俺と彼女の仲を引き裂こうと陰謀を画策する不逞の輩が出てきますから。」
オスカーばいきんまんは、ジュリアス食パンまんの怒声などまったく意に介さず、アンジェドキンちゃんへの愛撫の手を休めない。
相変わらず、アンジェドキンちゃんの胸の先端が見えるか見えないかの微妙かつ絶妙の位置に、衣装はとどまっている。
ジュリアス食パンまんが、頭を振った。豪奢な金の髪が揺れる。
「だから、おまえは大ばか者だと言うのだ。おまえはそれで満足かもしれんが、
 おまえのわがままであられもない姿をわれわれに晒さねばならない、アンジェリークの気持ちを少しは考えぬか!
 恥ずかしさのあまり、われわれと顔を合わせられなくなって、聖地から出て行くなどと言い出されたら、困るのはおまえのほうであろうが、オスカー。」
そこまで言われて、さすがのオスカーばいきんまんも心配になった。
他人の思惑などどうでもいいが、アンジェドキンちゃんがほんとうに出て行くなどと言いだしでもしたら、取り返しがつかない。
アンジェドキンちゃんの胸を揉む手は休めず、オスカーばいきんまんはアンジェドキンちゃんの耳元に囁きかけた。
「お嬢ちゃん、このまま俺に抱かれるのは恥ずかしくて我慢できないか?俺のことも嫌いになっちまうか?」
「あっ・・恥ずかしいです・・恥ずかしくて嫌だけど・・オスカー様がどうしてもっておっしゃるなら、それでオスカー様のお気が済むなら、
 我慢します・・我慢してみせます・・」
アンジェドキンちゃんは、羞恥に体中真っ赤になって、声を震わせていたが、それでも懸命にオスカーばいきんまんの要求に応えようしていた。
アンジェドキンちゃんの一途な愛に、その健気さに、オスカーばいきんまんは一瞬絶句し、
「・・お嬢ちゃん、すまない。お嬢ちゃんはいつも俺のことを第一に考えてくれているのに、俺と来たら、お嬢ちゃんの気持ちも考えず
 わがままをごり押しするところだった・・俺は自分のことしか考えてなかった・・今の答えで俺はもう充分だ。」
オスカーばいきんまんは、アンジェドキンちゃんの衣装を直して、もう一度アンジェドキンちゃんの華奢な体を抱きしめながら、
「・・それに、考えてみれば、おまえたちにお嬢ちゃんの珠の肌を見せるなんて、もったいないな。」
と、周囲を見渡して、にやりと笑った。
そして、まだ何がどうなったのかよくわからず、ぼうっとしているアンジェドキンちゃんの肩をだくと、
「お嬢ちゃん、もう帰ろう。で、うちに帰って今の続きを二人だけで、たっぷりしような?」
と、優しく囁きかけ、アンジェドキンちゃんをひょいと抱き上げUFOに乗せると、オスカーばいきんまんはにやにや笑いながら
「じゃ、俺たちはお先に失礼するぜ。ばいばいき〜ん」
と言うや否や、ばいきんUFOは空の彼方に消えて行った。
「後、少しでしたのに、惜しい事をしました。」
「・・・・まったく無粋な・・・朴念仁はこれだから困る・・」
「せっかくいいもん見せてもらえると思ったのによー。あーあ、つまんねーの。」
「オスカー様があの後どうするのか、僕も見たかったな〜」
「よー、俺たちももう帰ろうぜ」
「うん、主役も帰っちゃったしね。」
「え、主役って俺じゃなかったの?」
「だって、アンジェがヒロインでしょ?だったら、オスカー様が主人公なんじゃないの?」
「第一、つるかめ算も解けなくて、こてんぱんにやられた奴が、よく自分のこと主役だと思えるぜ、ったくずーずーしいったらねーな。」
「なんだとぅ!そう言ういい方はないだろう!」
「ああ、もう喧嘩はやめてよ〜」
「・・・お、おまえたちには、良識と言うものが、ないのか〜〜!!」
これらのやり取りを、唇を噛み締め、わなわなと震えながら聞いていたジュリアス食パンまんの雄叫びがエコーした。
オスカーとアンジェリークのキスシーンからこっち、ずっと画面の下部には
『よいこは、まねしないでね』のテロップが続けてながれており、
その数秒後に、そのテロップの上に重なるように《THE END》の文字が浮かび上がった。

「・・・・・なんなの?これ」
画面が砂嵐に変わってから、たっぷり30秒は経ってから、ロザリアの口から最初に出た言葉はこれだった。
「オリヴィエ、私が頼んだのは、子供向けの聖地と守護聖のプロモーションヴィデオよ。いったいこれはなんなの?」
「おっかしいな〜。元ネタはこんなじゃなかったんだけどね・・あはは・・」
オリヴィエの空虚な笑いが映写室に響いた。
実はロザリアは、突然サクリアが目覚めた子供がいやいやとか、不本意に聖地に連れてこられるような事がないように
『聖地ってこんなに素敵なところで、守護聖様はみんな優しくて仲良しだから、突然サクリアが目覚めるようなことがあっても
 なんにも心配しなくていいんだよ』と言うコンセプトの子供向けプロモーションヴィデオの作成をオリヴィエに命じていたのだ。
ゼフェルのような子供をもう出さないようにとの配慮からだったが、このコンセプト自体にすごく無理があることに女王陛下は気付いておられない。
「オリヴィエ、これはあなたの脚本なの?」
「まっさか〜。とある辺境の惑星で子供たちに大人気っていう子供番組「あんぱんまん」のVTRを元にしたんだけど、
 あの人たちで、そのキャラクターになりきってもらえば、子供にも親しみやすいかな〜とおもってね。
 ただ、あの人たちに演技を求めても、そりゃあ、無理ってモノだから、最初にそのVTR見てもらって
 役ふって、大まかなプロットと、こんな風に動いてねって指示をだしただけ。あとは、ゼフェルの作った自動追尾カメラで撮った映像を
 セリフが30秒以上ないところだとか、無意味な映像カットして、背景とかエアカーとか私邸をあんぱんまんの世界のものにCGで書きかえる
 プログラムで自動的に編集しただけで、私も見るのはこれが初めて。
 まさか、ここまで原作離れた展開になってるとは、思っても見なかったわ〜。はは・・」
「え、そのタイトル「あんぱんまん」?・・主役はオスカーのやったばいきんまんていうのじゃなかったの?」
「いや、あれは元々、悪役でやられ役。」
「それって、最初からミスキャストじゃないの。あのオスカーがやられ役に甘んじてる訳がないのに・・・」
「お言葉ですけど、陛下。オスカーが実生活と同様、アンジェと夫婦の役じゃなくちゃ、自分も出ないし、アンジェも絶対出させないって 言い張ったんです。
 オスカーはともかくアンジェがでなかったら、他の守護聖全員出演OKしませんでしたよ。
 で、「あんぱんまん」の中で妻帯者ってこのばいきんまん(←誤解である)しか、いなかったんです。
 陛下だって、アンジェがいつだって、オスカー第一のオスカー至上主義者なのはご存知でしょう?」
「いわれなくても、今の映像みてるだけで、よくわかるわ。あのアンジェ、全く素ですものね。で、この映像、一般に公開できると思う?」
「『良い子は真似しないでね』の部分除いたとしても・・大人向けだとしても・・無理ですね・・ははは・・」
「あんなテロップいれるくらいなら、最初から演技指導なさい、オリヴィエ!」
「いや、あのテロップも、多分編集プログラムが子供向けでないと判断したところに自動的に入れたんだと思います・・」
はあぁ〜と大きな溜息をついて、頭を抱えたロザリアは、思いなおしたようにきっとオリヴィエを見据え、
「いい、すぐ、このマスターROMに厳重なプロテクトをかけて、聖殿の宝物庫に封印なさい!もちろんトップシークレット扱いよ!」
「もったいないけど、そうせざるを得ませんね。」
と言った、オリヴィエは更にきつい目でロザリアににらまれた。
こうして、守護聖(ほぼ)総出演のジュヴナイルドラマ「それいけ!ばいきんまん」は
『極秘!関係者以外閲覧厳禁!』の封印を施され、厳重なプロテクトをかけられて聖殿の宝物庫奥深くにしまわれたのであった。

《後日談・その1》
内容が内容だけに、プロテクトを王立研究院にまかせられず、ROMのプロテクトはこう言った技術に長けているゼフェルにまかせざるを得なかった。
当然ゼフェルは、封印を施す前にこっそり、ドキンちゃんのコスチュームを着たアンジェリークのスチルを多数プリントアウトした。
そして、アンジェリークの胸の谷間がはっきり見えるものや、オスカーの愛撫に瞳を潤ませているものや、服の上からも乳首がくっきり浮かび出ているものは
おもに年少組守護聖(一部年長組も含む)の秘蔵のお宝になったことはいうまでもない。
すぐに、そのスチルをべたべたのかぴかぴにしてしまったものも若干名いたようであるが。

《後日談・その2》
オスカーはアンジェリークが着たドキンちゃんのコスチュームを当然のごとく持ちかえり、たまに妻アンジェリークに着せては
「ばいきんまんごっこ」をして楽しんだ。
「さあ、ドキンちゃん、俺様ばいきんまんが、ドキンちゃんをおいしく食べてやるからな」
「やぁん、オスカーさまったらぁ(はぁと)」
「全然いやそうじゃないぜ、お嬢ちゃん。それに、オスカーじゃない、ばいきんまんだ。それじゃ、いただきまーす、じゃなかった、は〜ひふ〜へほ〜!」
                                                    
おしまい
 


自分的にものすごくお気に入りの作品。私にしては珍しく本番なしでしたが、初出の「天使迷宮」様では12禁指定戴きました(笑)


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