オスカーが1学年後輩のアンジェリークといわゆる「お付き合い」を始めて1年余りとなる。そのオスカー自身は現在高校の最終学年生だが、在学中、ほぼ学年トップの成績を修めていたため、すでに系列大学の政治経済学部への進学も決まっており、卒業後の進路はオールクリア、12月初頭の現時点で、受験勉強の追い込みは無縁・不要であるが、極日常的に、通常運行という気持ちで、勉学に励んでいる。
1年前の自分と大違いだ。
オスカーは己が心境の変化を鑑みて、われ知らず苦笑する。
優秀な成績を修めていること自体は入学当初から変わりない、けれど、その動機、意欲、やる気は、今と昔では雲泥の差だ。
以前のオスカーにとって、勉強は、大企業の後継者として、どうしてもせねばならぬものであり、言いかえれば、それだけでしかなかった。優秀な成績を修めねば、義務から逃げたとみなされそうで、それが嫌で、意地になってしていたという面もあった。淡々と、なすべきことをなしていただけなので、そこには向上する歓びも、知識を深める充実も薄かった…と、思う。
が、今は違う。
アンジェリークと知り合い、愛し愛され、人生の意義を知り、生きる目的を見出し、崇高な使命感に燃えている今のオスカーにとって、勉学は、どれほどしても、し飽きることのない、求道の趣を深めている。知識・情報を増し、見分・視野を広め、洞察を深めいくほどに、自身が人間的に成長していくことを実感でき、それが喜びとなる。アスリートが、練習を積み重ね、記録を伸ばしていくことと同じだ。はたから見れば、練習は過酷で厳しいものに映るかもしれない、けれど、練習によって自身の成長が実感でき、実際に記録として形になるならば、練習も勉学も鍛錬も苦痛ではない。やりがいのある行為に打ち込めることは、むしろ喜びなのだ。だから、頑張れる。そこに、自身の目指すものを理解し、応援し、励ましてくれる伴侶がいれば、更に怖いものなしだ。目標に向かって進む道のりに、寄り添い伴に歩んでくれる伴侶がいてくれる、これに勝る幸せはない。自分は、どこにでも、どこまでもいける、という気がしてくる。
嫌々でも義務感でもなく、また、勉強で良い成績を修めること自体が目的化することもない。経済、政治、世界情勢、語学、すべての勉学は、見据えた崇高な目的の成就に必要なものであり、自身の血肉となる。身体の鍛練も同様だ。財界で、大企業のTOPとして、ビジネスの最前線を疾駆するためにも、また、生き馬の目を抜くビジネスの現場で、瞬時に、より正しい判断を下すには、健康な肉体、健全な精神が欠かせない。肉体の消耗は判断力を鈍らせる、頑健な身体能力があれば、前向きで果敢な決断も下しやすい。自身の健康に不安がある指導者は、どうしても、判断が「守り」「安全策」に傾きがちになろう、それでは、ビジネスは立ち行かない、前例踏襲ばかりで、過去の成功体験にしがみつく会社は先細りになるばかりだ。だから、オスカーは健康管理にも気を配り、身体を鍛える。
そして、身体同様に大切な精神の健やかさ、強靭でありつつ柔軟に臨機応変な対応をとれるしなやかさに関しては、オスカーは何の心配もしていない、なぜなら、自分の傍らにはアンジェリークがいてくれるから。
アンジェリークがいるから、自分は強くあれる、何物にも、どんな困難にも立ち向かえる勇気と気概を持てる。同時に、アンジェリークのやさしい気持ち、柔らかで温かな心持に自分は救われ、力付けられる。自分でも気づいていない疲れを癒され、また、立ち上がり歩き出す英気を養ってもらえているのを感じる。アンジェリークに、深く限りなく愛される歓喜と充実、同時に自身が彼女を愛すれば愛するほどに、アンジェリークが歓び応えてくれることで思い知る、愛する喜び。愛するほどに互いに愛も喜びも深く豊かになっていく、まさに限りが見えぬほどに。こんな幸せを、これほどの充実を与えてもらい、同時に、与える歓びも感じさせてもらい、オスカーは、世界に自分ほど幸福な男はいない、と心から自負している。
だから、アンジェリークに「何か欲しいものはありませんか?」と問われた時、こう応えたのだ。
「お嬢ちゃんが、そばにいてくれれば、何もいらない。お嬢ちゃんが、お嬢ちゃん自身こそが、俺に与えられた、何よりの贈り物であり、無上の喜びなんだ。君に出会い、愛し、愛されたこと、その日々があれば、俺は、もう、これ以上の物はいらない。君と君の愛以外に欲しいものもない、何より素晴らしい宝をもう手にしているからな。この上、何か他にもなんて、欲張りすぎで、罰があたりそうだ」
冗談めかして言ったが、心底、本心だった。真実の言葉だった。
たかだか20年弱しか生きていない若造が、と思われるかもしれない、けれど、オスカーは、人生において最大最高の宝を俺はもう手にした、と確信している。同じくらい大切な宝は多分、そう遠くない将来に、アンジェリークとの間に設けることになろう、設けられれば幸いだ、とも思っているが、それもアンジェリークがいてくれるからこそ得られる至宝だ。つまるところ、アンジェリークこそが、オスカーにとって、最も大切な宝であり、全ての活力の源であり、自身の人生の意味・意義そのものだ。
『だから、君以上に欲しい物はあり得ない、アンジェリーク、君以外に欲しいものもない』
欲しいものは何かないか?と誰に問われようとも、オスカーは迷いなく、何度でもこう答えるだろう。
「って、オスカー先輩はおっしゃるんですけど…」
と、アンジェリークは、ためらいがちに言いつつ、ちらと、上目づかいで、尋ねかけるような視線を目前の人物に投げかけてきた。
本人は、真剣に困って、相談を持ちかけているのかもしれないが、それでも、照れくさそうな様子と、おのずとにじみ出てしまう愛される喜びはー本人は懸命に押し殺そうとしているのだろうがー隠せていない。
『極めつけの惚気だね、これは』
と、話題を振られた当の人物ーオリヴィエは苦笑した。
ここはオリヴィエのアトリエ、アンジェリークは学期末のパーティー用ドレスの仮縫いに訪れてきており、フィッティングが一段落した際に、アンジェリークがおずおずと切りだしてきたのが、この話だった。
アンジェリークにとって、頼りになって、信頼できて、オスカーの極親しい友人でもあるオリヴィエは、格好の相談相手だ。オリヴィエ自身は、誰彼かまわず相談に乗ってやるほどお人よしではないーつもりだが、もたれかかるように人に頼りきるでもなく自助努力はきちんとし、それでいて人の助言は素直に聞き入れて実践するアンジェリークのような良い子の相談相手になるのは、やぶさかではない。
はたから聞いていると『それ、単なる惚気じゃん、はいはい、ごちそうさま』で済んでしまいそうな相談事であってもだ。
「そういうなら、それがあいつの本心だよ、それは、あんたにもわかるだろう?」
「はい、オスカー先輩が心から、そう思って言ってくださってることはわかりましたし…すごくうれしくて、同じくらい照れてしまいましたけど…けど、それだけで、いいんでしょうか?私、やっぱり、お祝したい気持ちがあって、自分が、おそばににいるだけで、お祝いになってしまうって…それで、いいのかなって…オスカー先輩のおそばにいたいのは、私の方ですのに、私が幸せに感じてしまうことがお祝になってしまうなんて、なんだか物足りないっていうか、自分の気がすまなくて…」
オリヴィエは更に苦笑する。自分がどれほど惚気ているか、本当に自覚がないんだねぇ、大真面目に「これでいいのだろうか」って、頭を悩ましているんだってわかるから、困っちゃうねぇ、この子は。けど、悩み自体は単純だ、そう判じたオリヴィエは、アンジェリークを自縛している思考の糸を解いてやることにした。
「んーと、じゃ、まず、根本的、っていうか、基本から考えてみようか。アンジェは、どうして、オスカーの誕生日をお祝したいの?」
「オスカー様が生まれてくださったからこそ、今、オスカー様がいてくださるわけで、お誕生日は、その、すごくおめでたい記念日だから、です」
「てことは、アンジェは自分がお祝したいから、お祝いするの?じゃ、自分がしたいようにする、で、いいんじゃない?相手が何を欲しいかとか、関係なしに」
ちょっと意地悪だなと思いつつ、オリヴィエはわざとそういった。
すると、アンジェリークは案の定、むきになって、こう反駁してきた。
「そんな、そんな自己満足じゃだめですー、私が嫌なんです、独りよがりなプレゼントなんてしたくない、オスカー先輩はお優しいから、意に染まぬものでも、受け取ってくださって、お礼言ってくれてしまいそうなんで、なおさらです…」
「じゃ、アンジェは、自分のあげたいものをあげる、じゃ、嫌なんだね?オスカーに喜んでもらいたい、って思ってて、そっちの気持ちの方が強い?」
「は、はい、もちろんです!私、オスカー先輩には、いつも、幸せでいてほしいです、幸せで楽しい…けど、楽しいって言っても、単純に面白おかしいってことではなくて、充実してて、やりがい、生きがいに満たされてる…生きている甲斐のある、素晴らしい日々を、過ごしていただきたいと思っています」
「じゃあ、アンジェは、オスカーはどんな時、嬉しくて、なおかつ、満たされてるって感じてると思う?自分で考えてごらん。オスカーにとって、オスカーが1番幸せって感じる時って、どんな時だろう?」
すると、アンジェリークは頬をぽっと真っ赤に染めて、もじもじしながら、すごく言いにくそうにこう答えた。
「えっと、あの、充実している時は色々あると思いますけど、幸せっていうなら…オスカー先輩は、私と一緒に…2人きりでいる時が一番幸福だっておっしゃいます…」
「なら、それが1番の贈り物じゃないの、もう、答えは自明でしょ?」
「で、でも、去年の…初めてオスカー先輩のお誕生日の時も、その、似たようなプレゼントになってしまって、変わり映えしないっていうか、それでいいのかな…って…」
オリヴィエは「ぷっ…」と噴き出しそうになったが、なんとか渾身の精神力で耐えきった。
「じゃあさ、更に、つきつめて考えてみようか。オスカーは、2人きりなら誰といても楽しいと思う?」
すかさずアンジェリークが首を横に振る。反射的に動いた後に、自分の仕草の意味に気づいて、頬にとどまらず耳まで真っ赤になる。
「だよね、一緒の時間を過ごすのが誰でもいい、なんて訳ない、オスカーが望み、幸福を感じるのは、あんたと過ごす親密な時間だ。じゃ、なぜ、あんたと一緒の時間、あいつは幸せなんだろう?」
「えっと…その、好き…だから…」
「そ、それも自明。お互い好きだから、恋してるから、一緒にいることが幸せになる。そこで、だ。あんたは、オスカーにずっと幸福でいてほしい、ってさっき、言ったよね、なら、オスカーがずっと幸福でいるためには何が必要か、あんたならわかるよね?」
「愛が…ずっと、あること…?」
「そ、愛があれば、2人でいる時間は極上の、他に替わるもののない幸福になる。これは、オスカーみたいな男にとっては、本当にかけがえのない、信じられないような贈り物なんだよ、アンジェ。あんたが思っている以上にね。あいつは、なんでも持ってる。地位も財産も名誉も。冴えた頭脳も人並み以上のルックスも頑健な肉体も。なのに1年前のあいつは、決して幸福そうじゃなかった。なんでも持っているのは今と同じなのに、だ。けど、今は、誰が見てもすごく幸せそうだ、外的な条件は何も変わってないにも拘わらず。つまり、オスカーみたいな、なんでも持ってる男に幸福を感じさせてやれるのは、物質的な『物』じゃない、ありきたりな言い草だけど「心」を満たしてくれるものだ。そして、アンジェ、あんたがオスカーに幸福でいてほしいと願うなら、あんたがしてあげられる、いや、あんたにしかできないことがある、それが、やつにとっては、何よりの贈り物になると、私は思うよ」
「そ、それこそ、ありきたりな言い方になっちゃいますけど『愛』が全ての要(かなめ)ってこと、ですよね。けど、わ、私、それには自信あります!絶対、生涯、オスカー先輩をこれ以上ないほど、愛してるって…その気持ちは揺るぎないって」
「だよねぇ、あんたは、そういう子だよねぇ、けど、一般論では、愛ってさぁ、移ろうものともいうよねぇ、すっかり無くなる、まではいかなくても、いつの間にか、目減りしたり色褪せたり醒めたり薄れたり、お互いの存在に慣れちゃって、いるのが当たり前で、ありがたみがなくなったり」
「わ、私はそんなことないです!絶対、そんな風にはならないです!…け、けど、けど、オリヴィエ先輩のおっしゃることはわかります、それって、すっごく、怖いですー!」
「そ、その怖さ、わかるよね?今のあいつの幸福は「愛」に支えられている、しかも、愛に替わって、やつを満たしてくれるものは多分、そうは無い。あんたと知り合い愛し合う前のやつは、誰もがうらやむ境遇にいて、なんでも持っていたけどー愛以外の物はねー全然幸福そうじゃなかったのは、さっき、言ったとおりだ。つまり、愛が無くなれば、今のやつの幸福も霧消する、無くならずとも、愛が減じる分だけ、あいつの幸福度も減じるだろう、けれど、愛っていうのは、目に見えず、手に取れず、量りがたい。一般的に言って、脆く、はかなく、移ろいやすい。しかも、双方向、相身互いでないと意味がない。やつは昔から異性にモテモテだったけど、それを幸福だって思っていたかというと…贅沢な話だけど、そうは見えなかったもん」
『その境遇を利用はしていたけどね』という言葉を続けそうになって、オリヴィエは寸前でそれを飲み込む。確かにあの頃のオスカーは、そんなまやかしの、まがい物の『繋がり』から、幾許かの慰めや一時の気晴らしを得ていた、けど、それは所詮まやかしである故に、決して真には満たされず、故に、また、ほどなく、心の「渇き」「渇え」に襲われる。そんな、どうしようもない飢餓感に苛まれていたからこそ、オスカーは執拗に性懲りもなく、泡沫のアバンチュールを繰り返していたのだから。しかし、それはつまり、オスカーは、愛と誠実と信頼を分かち合い、互いに敬意を与え与えられる関係を、そういう存在を切望していたのに、得られていなかった、というだけなのだ。
「私、どうすれば…何をすればいいんでしょうか、オリヴィエ先輩!」
と、アンジェリークがかなり深刻な、同時に、切羽詰まった表情で、オリヴィエに詰め寄ったので、オリヴィエは短い回想から引き戻され、眼前の少女の訴えに、うまく意識をフォーカスし直せた。
「私のオスカー先輩への愛は揺らがなくても…けど、オスカー先輩の私への気持ちが醒めていけば、醒めた分だけ、私がさびしいってだけじゃなくて、オスカー先輩の幸福も減ってしまうってことなら…僭越な言い方だと思うんですけど、私が、愛され続けることが、オスカー先輩の幸福にも通じるってこと?なんですよね?」
「その通りだよ、アンジェ、シンプルなことだけど、あんたが、やつにとって、ずっと「恋焦がれる存在」「恋される身」であれば、やつは幸福で居続けられる、やつの幸福も、人生の充実も、やつはあんたに恋していて、そのあんたに愛されてるという状態、そのものに根ざしているからね」
「そ、それは、私もそうありたいと願っています、私自身のためにも…それがオスカー先輩の幸福にもつながる、なら、願ったり叶ったりっていうか、WinWinなあり方っていうか、一挙両得っていうか…けど、それって、言っちゃえば単純ですけど…言うは易く行うは難しの典型のような気がするんですけど…オリヴィエ先輩〜、私、具体的にどんな努力をすればいいんでしょう…」
「そうだねぇ、恋し続ける、恋心を保ち続けるには、どうしたらいいんだろう、じゃ、そのためにできそうなこと、考えてみようか、アンジェ」
なんとも心強いオリヴィエの言葉に、アンジェリークは熱心に頷いた。
そして、意気込こんで耳を傾けたオリヴィエの助言は、それは、もう、ある意味、シンプル極まりないものだった。
その日の朝、いつものように寮にアンジェリークを迎えに行ったオスカーは、アンジェリークから受ける印象がいつもと少し違う気がした。
たとえば彼女が髪型を変えた、いつも下ろしている髪をアップにアレンジしているとかなら分かりやすいし、そういう変化なら、オスカーはまず見逃さない、賞賛も欠かさない、だが、今日の彼女にそのような顕著な変化は見当たらない、いつものようにかわいらしい、だから
「今日もかわいいな、お嬢ちゃんは」
と、言って頬に軽く口づけた、何かが、昨日の彼女と少し…ほんの少し異なる、という気がするものの、アンジェリークはいつものように朗らかで愛らしいかったので、小さな変化に思えたものは、すぐ気にならなくなった。
が、その翌日、オスカーは、またも、同じような印象を受けた。
今日のアンジェリークは、昨日のアンジェリークと、また、違う気がする、と。
かといって、ではおとといの彼女と一緒かといわれると、そこまでは確信が持てない。何か、小さな変化を感じるのだがーそして、それは何となく好ましい感じがするものの、はっきり指摘できるようなものではない。アンジェリークが可愛く愛らしいのは、いつも通り、というのも昨日と同じだったので、オスカーは彼女の何がどう昨日と違うのか、なぜ、自分がそう感じるのかも、よくわからなかった。
だが、3日目、4日目と続けて、「今日のお嬢ちゃんは、昨日のお嬢ちゃんと少し印象が違う」という感想を抱いた時、オスカーは悟った。
1度2度なら偶然や気のせい、ということもあろう、しかし、3度4度と続いたものは、それはもう偶然ではありえない、そこには「何か」意図的なものがある、と。
そしてまた同じような印象を抱かされた5日目の朝
「お嬢ちゃん、今日も君は可愛いが…一体、どんな魔法を使ってるんだ?」
オスカーはいつものようにアンジェリークの頬に軽く口づけながらも、ついに我慢できなくなって問いかけてみた。
「魔法?ですか?」
アンジェリークがびっくりしたような顔で逆に問い返してきた。と、その一瞬後、自分を見上げるその翠緑の瞳に、どこか嬉しげないたずらっぽい光が踊るのを、オスカーは見てとった。
「ああ、俺はいつもお嬢ちゃんを見つめている、だから、お嬢ちゃんの変化にー良い意味でのだぜ?−気づかないわけがない、そして、俺は今日のお嬢ちゃんは昨日のお嬢ちゃんと何か違うと感じたんだが…昨日もそう思った、その前日もだ、そして、そう感じるのに、どこが違うか、はっきり指摘できない。君は昨日も愛らしかったが、今朝もやはり愛らしい、けど、何かどこか違う気がする。なのに、何が違うのか、どうして昨日の君と何か違うと感じるのか、言葉にできない、君は、いつもと同じように愛らしい。それ自体は確かで、変わらない事実なんだがな」
と、口にだした言葉を、オスカーは改めて吟味してみる、お嬢ちゃんは、いつもと同じように愛らしい、これは事実だ、が、昨日と同じ程にか?いや、そうじゃない…気がする。
お嬢ちゃんの愛らしさの絶対量とでもいうものに変化はない、と思う、なのに何か違うと感じたのなら、それは『いつも同じ』ではないからではないのか。
作成途上の絵画を考えてみればわかる。絵にひと筆、ひと筆と新たな色が添えられ、重ねられていくごとに、作品は味わいや深み、趣を増していき、見る者が受ける印象も変わっていく。それが1日1筆の加筆、一色を新たに添えただけの些細な変化であってもー一見大きな変化はなくとも、今日、目にするものが昨日とは異なる作品になっていれば、受け手は、それを新鮮に思う。
つまり…彼女はそういうことを目しているのか?
何、とか、どこ、とは指摘出来ないほどの些細で微小な変化を、昨日の自分にほんのひと匙、ほんのひと筆、加味する。
それだけで、今日の彼女は昨日の彼女と少し異なった印象となる。それを見て俺は、彼女は変わらず愛らしく慕わしく思うと同時に、何かはっとするような新鮮さを感じ、心弾む思いを覚えなかったか…?
ああ、だからだったのか、ここ数日、俺は、日々、彼女の存在に目を開かれる思いがした。おや?と思わされ、はっとさせられ、彼女をまぶしく感じて、見つめなおしてしまう。彼女の何が、どこがどう違うのか、それがはっきりとは指摘出来ないほどの微細な変化であるがゆえに、俺はいわば探究心を刺激され…彼女から目を離せない、見つめずにはいられないという気持ちが、より強くなった気がする。彼女に心ひかれ、目が離せないという気持ちが募るほどに、彼女への思いもまた、日々新鮮な瑞々しいものへと上書きされていったような気がする。
愛する女性への思いを日々、新たに、瑞々しいものに上書きできるとしたら、それは、なんと幸福なことか。これぞ、まさに色あせない恋ではないか。
…もしや、これが彼女の意図してくれたこと?なのか?
これが…恋心を瑞々しく保つための、彼女の創意工夫ゆえなのだとしたら…それは、さりげなく、おしつけがましくも、これみよがしでもない。大きすぎる変化や奇抜さで目を引くのではなくーそんなことを毎日されたら、落ち着かないし、見ている方も疲れてしまうー気づくか、気づかれない程度のさじ加減の変化を加味することで、新鮮な味わいを保とうしてくれたのだとしたら…
「全く…全く君は得難い女性だ…俺のただ一人の天使、俺の何よりの宝もの…」
オスカーは、アンジェリークをその広い胸にぎゅっとかき抱いて、金の髪に愛しげに頬ずりした。
こんな女性に思われ、愛され俺は、なんという果報者なのだ…という思いも新たにして。
「そうだ、君が愛らしいのは変わらない事実だ、が、俺は昨日の君より、今日の君は、より愛らしく思える…ああ、だからなんだな、ここ最近、君のことが気になって、ますます君から目が離せない気がしたのは…」
すると、アンジェリークが心からの嬉しそうな笑みをオスカーに返した。
「オスカー先輩、私、嬉しいです…大好きな方にそんな風に思っていただけて…そんな思いをこめて見つめていただけて、本当に幸せです」
という言葉を添えて。その言葉にも、笑みにも喜びや嬉しさがこもっていた。それは、つまり、オスカーが、アンジェリークの意図に気づき、思いをくみ取ったからこそ…「わかってくれた」「気づいてくれた」という喜びであるような気が、オスカーはした。
「ふ…やはりな、お嬢ちゃん、君が最近ますます…日に日にきれいになっていくと俺が感じているのは気の所為じゃないんだな?」
「オスカー先輩に、オスカー先輩、そう思っていただけたら…こんな、嬉しいことはありません」
「いけないお嬢ちゃんだ、今でも君に夢中な俺を、ますます虜にしようとするなんて…けど、うぬぼれてもいいか?君は、俺のために、昨日よりも今日、今日よりも明日と、きれいであろうと思ってくれているのだと」
「はい、それは…その、オスカー先輩が、誕生日プレゼントは私がいてくれればいい、っておっしゃってくださったから…オスカー先輩にいつまでも欲される自分でありたいって思ったんです。オスカー先輩にきれいと思っていただきたい、オスカー先輩の傍らにあってふさわしい女性でいたい、それは私の願いでもありますから…」
「それはなぜだ?と言わずもがなのことを聞かせてもらってもいいか、お嬢ちゃん。君の声で、君の言葉で…」
「それは、それは…私がオスカー先輩のこと、大好きだから…オスカー先輩に恋してるから、です…」
瞳を潤ませ、頬を染めて、生真面目に答えたアンジェリークは、恥じらいから、言葉を終えると同時にわずかに顔をおとした。すかさず、オスカーはちんまりとかわいらしいその頤に指をかけ、うつむきかけたアンジェリークの顔を、くい、と自分の方に上向かせた。
「お嬢ちゃんのその気持ちが何よりもうれしい、まったく、俺は、世界一幸せな男だ、今、そう、心から実感しているところだ」
恋心の大敵は、飽きと慣れと惰性だ。瞬間的に、ほんの1週間くらいなら、恋心を轟と燃やすのはある意味たやすい、そして、物理的な熱エネルギーのように恋心もまた、エントロピー拡大の法則に縛られている、気持ちという熱量も何の手も打たなければ、熱は時間とともに拡散し、平板化し、やがて動きのない平衡状態ーいわゆる熱的死を迎えてしまう、それは、どうしようもないことだと思っていた。
けど、この並はずれて心やさしい、聡明な少女は、その恋心の熱量を、可能な限り燃やし続けようとしてくれているのだ、創意と工夫と、愛情と熱意をもって。いつまでも愛が惰性に堕ちぬよう、甘い囁きが陳腐なものにならぬようにと。誰もが望むが、ほとんど誰もなしえないあろうこと…いつまでも新鮮な恋心を保ち続けられるよう努めること、自分のために、多分、それ以上に俺のために…それがどれほど稀有で難しいことか、わかっていて、敢えて、彼女は創意工夫をつづけようとしてくれるのだろう。可能な限り、ずっと。
「ありがとう、お嬢ちゃん。心から礼を言う。この、君の思いは俺にとって何よりの贈り物だ。本当にありがとう」
「私こそ、私の気持ち、受けとってくださってありがとうございます、まだ、先輩のお誕生日までは日にちがありましたのに、もう、受け取ってくださったので、前倒しになっちゃいました…けど、私、これからも、毎日、この思いを先輩にお伝えします、そうさせてくださいますか?」
「ああ、楽しみにしてる、ただ、俺は欲張りでな、俺の誕生日当日には、君の思いだけでなく、最高にきれいな君を…君自身を俺にくれないか?本音を言えば、今この瞬間も俺は君が欲しくてたまらないんだがな」
「も、いやーん!先輩ったらぁ!」
「ふ、まったく君は…君ほど得難い女性はいない、君に出会え、君と愛し愛されたことこそ、まさしく俺の宝だ、俺は、この思いを一層新たに強くしたぜ、お嬢ちゃん。君が俺達の間に通いあう思いを大事にしてくれているように…同じように俺も誓おう、いつも、いつまでも君を守り、君を愛するにふさわしい男であり続けると…だから、約束だぜ、ずっと、俺のそばにいてくれ」
「はい、オスカー先輩、喜んで…」
はにかみながら、嬉しさをいっぱいにたたえた笑みを向けられ、オスカーは、ここが通学途上の道端だということも忘れて、アンジェリークを改めてぎゅっと抱きしめた。そして、こんなにも愛らしく麗しい恋人がいてくれる己が身の幸福を感謝せずにはいられなかった。
そして、抱きしめられているアンジェリークは、自分のもくろみ…というと聞こえが悪いが、オスカーの目に日々新鮮に映り続けることができそうだとわかって、それをオスカーも喜んでくれているとわかって、嬉しさと同じ程の安堵を感じていた。
あの日、オリヴィエに誕生日プレゼントの相談を持ちかけた日のことだ。
思いがけず、話は「オスカーは何を幸福と感じるか」という深遠なところにまでおよび、最終的にオスカーに幸福でいてもらうための最も有効な方法、それは「オスカーにずっと、恋をさせておくこと」だと、オリヴィエは言い切った。アンジェリークも「そうかも」と思う、それは説得力のある言だった。
これは確かに単純な原理だ、けれど一方で、これほど難しいことはない、と、正直、アンジェリークはしり込みした。
自分は、オスカーを愛している、けれど、感情は、人の気持ちは、変化していくものだ。恋情は永遠不滅と言い切れるほど、アンジェリークもおめでたくはない。
難しい顔になってしまったアンジェリーク。と、そのアンジェリークに、オリヴィエは唐突にこう言った。
「『今日も、かわいいな、お嬢ちゃん』って、オスカーは、いつも、決まり口上であんたにこういうでしょ?アンジェ」
アンジェリークは反射的に素直にうなずいた。この問いの意味がわからず頭の中に?マークが飛びかったが、それ自体は紛れもない事実だったから。
「けど、その『今日も』っていうのは、突き詰めれば、昨日と同じってことなんだよね、これは、悪くは無いけど、ベストじゃぁない。昨日も今日も同じ料理が続いたら、それ自体がどんなに美味しくても飽きたりしない?「明日もまた同じ」って予測ができちゃうのって、ちょっとつまらなくない?」
とオリヴィエがいうと、聡いアンジェリークは、オリヴィエの言葉の意味をくみ取って、それゆえに更に顔色が変わった。
「ああ、そんな顔しなさんな、アンジェ。今、反射的に『私、毎日、イメチェンしないとだめかも!』とか思ったでしょ?けど、それはちょっと違うんだよ。たとえば、毎日奇抜な料理を日替わりで出せば喜ばれるかっていうと、そうでもない、定番ゆえの安心ってのもあるんだよ。ヘアやメイク、ファッションも同じ。毎日めまぐるしく、一目見てそれとわかるほど大きく変えればいいってものでもない、それは、むしろ、やりすぎ。落ち着かないし、やる方も見せられる方も疲れちゃうし、その人らしさも消えちゃう。だからね、私からのお勧めは、アンジェ、あんたにとって定番といえるスタイルに、目立たない、指摘出来ないほどのほんの小さな変化を、スパイスみたいに振りかけてみること。スパイスの一振りで、同じ素材の料理も、味は千変万化する。たとえばチキンに、ペッパー、ガーリック、バジル、ローズマリー、ジンジャーって振るスパイスを変えたら味わいが変わるでしょ?それと同じ」
「???」
「じゃ、言い方を変えよう、恋心の大敵は何?」
「さっき、先輩がおっしゃってました、飽きとか慣れとか惰性…あ!そうか、そういことでしょうか?先輩」
「そ、きれいでも、可愛くても、美味でも、全く変化がないと、人はその状態に慣れて飽きる、これ、悲しいけど現実。美人は3日見れば飽きるって言葉があるでしょ、あれは、現状に満足していわゆる「胡坐をかく」姿勢がもたらす結果じゃなかろうか、と、私は思うんだ、どんなに素材が良くても、放置するだけなら鮮度は落ちて、不味くなるよね。これ、恋にも通じると思うんだよ」
オリヴィエは思う、「恋心」は生ものだ、何もせず放置すれば、熱いお茶が冷めるように冷める、傷んだり変質したりもするだろう。けど、ほんの少しの工夫、意識、自覚、作為で、その結末を回避し続けることも、もしかしたら、できるかもしれない、特に、無作為でこれだけ魅力的なアンジェリークなら、不可能を可能にしてくれるのではないかと思わせるのだ。
「一般的に、恋心はどうしたって変化していく。けど、熱病のような恋が、深く豊かな愛情に変わっていく、そういう変化ならいいよね、ブドウジュースがワインに変わるみたいに…そして気持ちが醒めない、色あせない、飽きないで、良い方向に変化させていくために必要なもの、それは『はっとさせること』」
「はっとさせる?」
「そ、これはファッションの原理なんだけど、服とか化粧ってさ循環なのよ。もう、基本形は出来てて、つか、出尽くしている、色だってそう、人が目で見て見分けられる色は決まってる、けど、毎年、流行があって、おしゃれと評されるものはある、それは毎年、何かしらの変化があるから。見慣れたと思ってたものがリフレッシュされると人は「はっ」とする、「はっ」とさせられたいんだよ、人は。ファッション業界で飽きられるのは、変化がないこと。逆にいえば「変わること」「変幻自在」ってのが、飽きられない、いつも新鮮な気持ちでいられるコツなんだ」
「でも、人の顔形とかはそんな、簡単に変わりませんよね?」
「そこは、スカートとかパンツの基本が決まってるのと同じ、要は、奇抜ではなく、枝葉に変化をもたせることなんだよ、きれい、ってのも、同じでね。きれいの基本は、割と普通。清潔感とか透明感とか。あと、バランス。黄金比とか白金比って、人間には、見てなぜか心地よいって思うバランスがある。で、考えてみて、これって、つまるところ、基本を押さえつつ、雰囲気に変化をつければいいってことなんだ。きれいと感じさせるのは、つきつめれば、造作じゃない、定番を踏まえたうえでの雰囲気作りが人をひきつけ、きれいを印象付けるんだ」
「そ、そう言われてみると、確かに、先輩のファッションって、そんな感じです!」
「だからね、アンジェ、極論すれば、毎日会う人をも、はっとさせられる人、ふと見つめ直させるようなことができる人っていうのが美人。美人ってのは、見飽きさせない人のことなんだよ、そして、そのためには、「何か昨日と違う」って気づいてもらう工夫が必要。日々、少しづつでいいんだ、自分を変える。何が違うかわからないけど、何か印象が違う、そう思わせれば成功なんだ。そんな女性がいたら、つい、見つめずにはいられなくなる、何が、どこが昨日の彼女と違うのか、探りたくなる、それだ男ってものだよ、だからね、アンジェ」
ここで、オリヴィエは自信たっぷりに、こう断言した。
「毎日でも、あんたの新しい美しさに気づかせてあげな、それが、あいつにはなによりの贈り物になるよ、アンジェ」
そして、オリヴィエは、具体的な方策をアンジェリークにレクチャーした、いわく
『たとえばメイクなら、口紅の色、シャドウのアクセントとか、フレグランスも含め、どれか一つだけ、昨日と変えてみる、色の組み合わせはもう無限大。香りはつける場所もね、顔のそばか、ラグジュアリーとか妖艶な香りなら、腰から下って、つける場所を変えるとか、変化を持たせるといいかもよ。ヘアもそう、アレンジ、ヘアアクセ、無数にあるでしょ?ただし、眉は変えちゃだめ、瞳と眉のバランスで見てきれいと感じる比率はきまってるから。そのバランスを変えなければ、冒険して色を変えても、変に浮かないよ。でもね、この全部をやる必要はないんだよ、どこか1点だけ、前日と変えてみるの、それくらいなら負担なく続けられるでしょ?どこの何を変化させるか、自分でも楽しんでやるのがコツだよ、多少のローテーションは気にしなーい、ね?』
そして重ねて言ったのだ『あんたが、毎日、違うきれいなあんたを見せること、オスカーに対して、これにまさる贈り物はないよ、だって、日々、恋心を刷新してあげるようなものだもの、それって』と。
アンジェリークは、生真面目に、真剣に、何度もうんうんと頷きながら、最後に
「私、精一杯、やってみます、オリヴィエ先輩!私、オスカー先輩の隣に居るにふさわしくありたいですし、オスカー先輩に「きれいだ」って言ってもらえたら、舞い上がってしまうほど自分も嬉しいから…できるだけ…私、絶世の美女とかじゃないので、その…がんばって雰囲気美人を目指してみます!」
「大丈夫、自信をもちなって、あんたは魅力的な女の子だ、これは多くの人が認めるところだと思うよ」
ふふんと笑いながらオリヴィエが指摘すると、アンジェリークは居心地悪げにもじもじした。
「お、恐れ入ります…」
アンジェリークは心から恐れいっている様子だったが、オリヴィエは世辞を言ったつもりはない。オスカーとの幸福な恋愛は内側からアンジェリークの輝きをいや増しに増した。オリヴィエのお手入れ指導の甲斐もあって、アンジェリークの肌は磨き抜かれた磁器のようにすべすべ、髪はきらきらのつやつや、瞳はうるうると濡れてきらめき、頬は健やかに熟した果実のように染まり、ふっくらとした唇はいつも笑みをたたえ、見るからに豊かで幸せそうで、アンジェリークを見かけた人ならだれでも『こんなに可愛い子、見たことない』と思うこと間違いなし、なのだから。
『今のアンジェは、どんな男でも惹きつけちゃう、まさに甘い蜜みたいな女の子だ、けど、学園一の伊達男オスカーがステディなうえ、生徒会のメンツが騎士よろしく周りを囲んでて、他の男子は最初から敵わないとあきらめてるから変な虫が寄ってこないだけで…それ自体は幸いなんだけど、そのせいで、この子は自分が水面下でどんなにモテてるかわかってないから、どうも、自分の魅力に無自覚なところがあって、それが、イマイチ歯がゆくもあったんだよねぇ、私は…』
無作為で自然体、それはそれでアンジェリークの魅力だ、けど「きれい」でいたいと思うなら…その点だけは、もっと戦略的であってもいい、したたかで計算高い女になれ、というのではない、自覚的に「きれい」を演出する意識、ちょっとした工夫が加わるだけでアンジェリークの様な「天然にかわいい子」は、多分、もっと魅力的になる。
それに「工夫」や「努力」の自覚は、自信に通じる。
アンジェリークは、今でも「きれい」であるためにお手入れはきちんとしているが、でも、お手入れというのは基本的にメンテナンスなので「よりきれいに見えるよう工夫する」ほどの積極性はない、だからアンジェリークは、自分の「きれい」にイマイチ自信がなさげだし、周囲からの評価を身に余るものだと恐縮しすぎてしまう。
謙虚な姿勢は悪いことではない、一般的に大成する人物ほど腰が低いとも言われる。ただ、一定の年齢になると「謙虚」だけでは軽んじられてしまうこともある。オスカーが大企業のトップの座に就けば、アンジェリークはその令夫人とみなされる、それなりの重み、おのずと敬意を払われるだけの風格というものも必要となってこよう、それにはある程度の自信や自負の気持ちも必要であろう。それには、自覚的・戦略的に己の魅力を演出し、それが評価されれば、アンジェリークは自らの創意工夫で己が魅力を高められたという思いが自信・自負に繋がり、アンジェリークの人柄に重みを与えることができよう、とオリヴィエは考えた。そして「かわいらしい」「愛らしい」に安住せず、自分磨きを怠らない女性に、その姿勢に、オスカーはさらなる敬意と崇拝を惜しまないだろう、己が努力家である人間であるからこそ、なおさらに。それに、ちょっとした印象の変化が、人の目を引き付けるのは、言うまでもない。
アンジェリークなら、きっとかなり上手にできることだろう、きれいになりたいのも自分のため、というよりはむしろ、オスカーの幸福を思ってこそ、それをこそ第一義に考える女の子なのだから。
「で、アンジェ、私のこれらの助言はデュカーティブランドのプロデューサーとしてのものだから、過大な感謝は無用だよん、モデルのあんたがきれいになればなるだけ、私のブランドの売り上げもあがるだろうし、オスカーにはそのうち大スポンサーになってもらうつもりだから、あいつに恩売っておくにこしたことないからねー」
わざと軽い口調で言うオリヴィエに、それでも深々とアンジェりークは頭を下げ、礼を述べた。オリヴィエの心づかいがわかったからこそ、なおさらに、感謝するなといわれてもそれは無理な相談だった。
今、自分を抱きしめてくれているオスカーも、アンジェリークの変化の影にオリヴィエの助言があることに、きっと、気づいているだろう、とアンジェリークは思う。
オリヴィエ先輩は、助言は自分のため、だなんておっしゃっていたけど、全然、それって嘘、私のため、そして、オスカー先輩のためにくださったアドヴァイスだもの。オリヴィエ先輩って、本当にやさしい方、そして、オスカー先輩は、本当に良いお友達に恵まれてらっしゃる。それもきっと、オスカー先輩のお人柄ゆえ。
だから、私もがんばりますね、オスカー・クラウゼウィッツの伴侶として、愛されるにふさわしい存在であり続けられるよう…それが、オスカー先輩への一番の贈り物、その気もちを決して忘れないようにしよう、先輩のお誕生日は、この気持ちを新たにする日、って思うことにしよう、そう、アンジェリークは自分に言い聞かせた。
FIN
拙作「On−Side]1年後設定のオスカー様お誕生日を想定してみました。でも、できあがってみたら、オスアンというよりヴィエアン子弟物語のようになってしまった気が…(汗)
ただ、私、真面目に思ったのですが、オスカー様のように守護聖であろうとパラレルの一般人であろうと物質的に恵まれていて、才能にも恵まれてという何でも持っている人が心から欲しいもの…っていったら、心を満たしてくれるもの、特にこの時分のオスカー様なら、生きてる限りアンジェとお互い大切にしあい愛しあえますように、っていう祈りの成就、だと思うんです。
でも、作品中でも言ってますように、本来、恋は移ろいやすいもの、命ある限り燃やし続けるのは実際には難しいことでしょう、けど、オスカー様とアンジェなら、そんな夢物語も現実に引き寄せてくれるんじゃないか、そんな願いを込めてこのお話を書きました。
いまいち糖度は低めになってしまった感がなきにしもあらずですが、お楽しみいただければ幸いです
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