1番大切な日

当たり前のことだったの。

物心ついた時は、その日は特別の日なんだって知っていたの。

多分、1番最初の記憶は…こんな感じ。

普通にご飯を食べて、普通に遊んでいる日々の中、ぽんと、特別な日がいきなりやってきたの。

食卓には私の好きなものばかりテーブルに並んでたの。何故か、その日だけ「野菜も食べなさい」って言われないのよ。

それに、その日は、おやつの時じゃなくてもケーキを食べていいの。

しかも、ケーキもいつもと違うのよ。

おやつのケーキは、美味しいけど、大抵焼きっぱなしの飾りのないもの、マドレーヌとかバターケーキとかバナナケーキとか…なのに、ある日、突然すっごく綺麗に果物とクリームで飾ったケーキが出てきたの。

その上、なぜか、ケーキの上には燃えるろうそくも乗ってたのよ。ろうそくは食べられないのにどうしてって思ったけど、ゆらゆら揺れる炎がとても綺麗で…その数は…多分3つくらい?…炎って、見ているそばから形が変わって、そこにあるのにつかめなくて、明るくて暖かくて、私は魔法みたいなその存在を、不思議な思いでじーっと見つめていたの。

そうしたら、パパやママが「ろうそくの火を一息で消してごらん、お願い事をしながらね」って言うから、何もわからないまま、私、言われた通りにろうそくの火を吹き消した。

すると、パパもママも、なぜだかとーっても喜んで「アンジェ、お誕生日おめでとう!」って言って、私が欲しいと思ってたお人形をくれたのよ。前にお店で見かけて「欲しいの、買って!」って言った時は、ママったら黙って私の手を引いて、ずんずんお店から遠ざかってしまったのに…

でも、その時の私は、どうして欲しかったお人形が、今、渡されたのかよくわからなかった。お誕生日おめでとうって言葉の意味もよくわかってなかったかも…だって、小さかったんだもの、目の前の嬉しいことで頭はいっぱいだったもの。

でもね、何か特別扱いされたことは、小さくてもわかったの。

それが「お誕生日」の魔法だってわかってからは、お誕生日がとっても待ち遠しいものになった。

自分が生まれた日にはパパとママがパーティーをしてくれて、ご馳走やケーキが並ぶのよ。もう少し大きくなったらお友達が遊びに来てくれるようになった。私は綺麗なドレスを着せてもらえて、皆がおめでとうって言ってくれてプレゼントももらえたの。お誕生日は、自然と心が浮き立ってにこにこしてしまう日だって自然とわかっていったの。

そして…幼かった私は、それを当たり前のことだと思ってた…いいえ、私、少女になっても、それを当たり前のことだと思っていたのよ…

本当に、物心ついた時からずっとお誕生日は祝ってもらえるものだったから。

祝ってくれる人が周囲にいるのも当たり前のことだったから。

最初に私のお誕生日にお祝いしてくれた人はパパとママ。そのうち、両親だけじゃなくて、お友達にも祝ってもらえるようになって、私も、お友達のお誕生日をお祝いするようになって、パパとママがお互いのお誕生日をお祝いしあうのも見て、私は、誰もが皆お誕生日は祝ってもらうものだと思ってた。私もたくさんの人にお祝いしてもらえるのが、当たり前だと思っていたの。

感謝しないっていうのではないのよ。

お誕生日は祝い、祝われるのが当たり前だと思っていたの…私に限らず、皆、お誕生日にはお祝いしてもらうのが当たり前だと思っていたの。

でも、今は、お誕生日をお祝いしてくれる人がいる、お誕生日をお祝いしてあげたい人がいるってこと自体が、どれほど恵まれた幸せなことかわかるようになったの…

あなたがこの地に来てから…あなたは何度お誕生日を迎えたのかしら…下界でなら、それこそ何百回単位、聖地の年でも、もう数十回の単位かしら…

その間…お誕生日はどうすごしていたの?

昔、女王候補になって間もない頃、あなたのお誕生日が知りたくて、それを教えてもらった後、私が何の気なしに尋ねた問いに、あなたは曖昧な笑みを浮かべて特に何もしないとおっしゃったわ。

その時の私は…本当に考えなしで…自分がいかに恵まれていたかがわかっていなかったから…こんなことを尋ねた残酷さも、笑って受け流してくれたあなたの優しさもよくわかっていなかった…本当にごめんなさい…

その時、馬鹿な私は、あなたはもう大人だし、男の方だからお誕生日を華々しくお祝いすることなんて、子供っぽいことだって思ってなさらないんだろうくらいに考えていたんだと思う。

それでも、もしかしたら、聖地にお勤めしている女性がお祝いしてくださったかもしれないわね。あなたはとってももてたから…

でも、今年お祝いしてくれた方が、来年はいるとは限らない、それが聖地。係累のまったくない方とか、職員同士夫婦で聖地勤務している方以外、聖地に長く勤めることは難しいから…

たとえ、下界でたまたまその時、知り合った方にお祝いしていただけても、聖地で次のお誕生日を迎える時には、その方があなたのことを覚えているかどうかもわからない…聖地の1年で、下界では10年近く経ってしまうんですものね、しかも何年経っても外見の変わらないあなたは、同じ方に毎年会うことなんてできっこない…そんなこと、端から考えもしなかったでしょうし…

就任なさった時点で、時間の流れから切り離されてしまった守護聖さまにはお誕生日はあまり意味のないことっていう理屈はわかるの。肉体はほとんど変化しなくなるし…下界と聖地の時間の流れは違う上に、聖地時間の日付もとても恣意的なものだから…

だからなんでしょうね…あなただけでなく、守護聖の皆さんは、お誕生日のことは格別話題になさらないの。

でも、でもね、私は…お祝いしたいの。あなたのお誕生日は絶対にお祝いをさせていただきたいの。

だって、あなたが生まれてきてくれた日があるから、私はあなたに出会えたの。

あなたが生まれてきてくれた日は、私にとって、1年で1番大事な日なのよ。

そう、愛する人ができると…1年で1番大切な日は、自分の誕生日じゃなくて、大切な人の誕生日になったの。

自分の誕生日をお祝いしてくれる人がいることはもちろん嬉しい。幸せなことよ。

でも、お祝いしてあげたい人がいることは、もっと幸せなことなんだって、あなたに出会えて私は知ったの。

それに…お誕生日のお祝いは…やっぱり、してもらったら嬉しいんじゃないかって思うんだもの。こんなことを言ったら、あなたは、また私を子ども扱いするかもしれないけど…大人だってお誕生日のお祝いは嬉しいんじゃないかと思うんだもの。

だから、あなたが、お誕生日をご自分に関係ないものと思っていた年月の分まで、私、お祝いしたい。

私は、来年もその次の年も、ずっとずっといつまでも…あなたのお誕生日をお祝いしたいの…だって、運命のめぐり合わせが、私にそれを許してくれたから…女王候補に選ばれて、あなたに出会えて…今でも、時々幸せすぎて信じられない思いがするけど…ずっとあなたのそばにいられることになったから…いつまでも、あなたと一緒にいることができるようになったから…

私にも、今は、この聖地以外、私の誕生日を知る人も祝ってくれる人も、もう1人もいないわ。でも、さびしいとも哀しいとも思わない。だって、だからこそ、あなたのお誕生日を毎年お祝いできるようになったのだもの。それが嬉しい。この運命に感謝してるの、あなたと同じ運命を生きていけることが嬉しいの。

だから…今年も言わせてください。

私とあなたをめぐり合わせてくれた諸々のこと、全てに感謝しながら。

オスカー様、お誕生日おめでとうございます…


リモちゃんだったら、オスカー様のお誕生日をこんな風に考えるのではないかという視点で考えたリモちゃんモノローグです。

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