A・LA・CARTE《ア・ラ・カルト》 1

「お嬢ちゃん、今日はちょっとドライブにでもいかないか?」

休日の朝、熱いカフェオレを喫しながら、オスカーがアンジェリークに声をかけた。

朝食のテーブルは、テラスに張り出したポーチにしつらわれており、2人は柔らかな日差しと、時折吹きぬける風を楽しみながら、ゆったりと寛いで食事をとっていた。

アンジェリークは小さなトーストの上にのせられたエッグベネディクトにナイフとフォークで果敢に闘いを挑んでいる最中だった。

休日の朝食は、館のシェフがこれでもかとばかりに腕をふるったようで、普段の朝食より凝ったものがテーブルの上に所狭しと並んでいる。

抽れたてのカフェオレ、糖蜜をかけた黄金色のワッフル、ハッシュブラウンポテト、フレッシュジュース、そして、温野菜添えのエッグベネディクト。

アンジェリークの好物ばかりだ。

『うちのシェフは甘いな。おいしいといって喜ぶお嬢ちゃんの笑顔に骨抜きにされたな?』

朝食の席につくとき、テーブルの上の料理を見てオスカーはこんなことを思ったのだが、当のオスカーがだれよりも一番アンジェリークに甘く、アンジェリークの笑顔に骨抜きになっているという事実に、本人は気付いていない。

小さなトーストにきれいにポーチドエッグをのせたまま口に運ぶ事がどうしてもできなくて、困り果てていたアンジェリークは、オスカーの言葉を天の助けとばかりにナイフとフォークを操る手を休めて、顔をあげた。

そして、明るい笑顔でオスカーの提案に同意を表しながらも、可愛く小首をかしげて、オスカーに問い返した。

「オスカー様とお出かけするのは嬉しいですけど、でも、遠乗りじゃなくて、ドライブなんて珍しいですね?エアカーだと、聖地をすぐ一周しちゃいますよ?」

オスカーが聖地で車を使おうと言う事自体、めずらしい。

自然の景観に溢れた聖地は馬などで散策するのなら、これほど適した場所はないのだが、エアカーやエアバイクでスリルとスピードを楽しんだり、車窓から景観を楽しむには些か狭いと言わざるを得ない。

それに、オスカー邸のエアカーは相変わらず座席が一つしかないのだ。

あれに乗って外出するということは、またオスカーの膝の上が自分の席ということで、そんなことろを誰かに見られるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいわとアンジェリークは頭の片隅でちらり思ったのだった。

オスカーは言葉を付け足して、アンジェリークの疑問に答えた。

「ああ、だから、聖地じゃなくて、主星におりるんだ。エアカーをレンタルして郊外まで足を伸ばそう。今ごろの主星は爽やかな新緑のシーズンだ。ドライブにはもってこいの季節のはずだぜ」

アンジェリークの顔がぱぁっと綻んだ。

「わぁっ、嬉しい!オスカーさまとドライブなんて初めてですね!」

アンジェリークの笑顔には、作為や義理でなしに自分も自然に微笑みを返したくなる、そんな不思議な力があるなと、こんなことを思いながら、オスカーは我知らず口元をほころばせて、こういった。

「じゃ、決まりだな。朝食を食べたら、着替えて主星におりよう。おっと、しかしお嬢ちゃんの食事が終わるのを待ってたら、日が暮れそうだな。どれ、俺がたべさせてやろう。お嬢ちゃん、ほら」

ナイフとフォークがすっかり止まっていたアンジェリークの皿の上でオスカーは器用にカトラリーを操り、先刻アンジェリークが格闘していた卵料理をきれいに切り分けて、アンジェリークの口元へ持っていった。

アンジェリークは抵抗は無駄だと悟っているのか、大人しく口をあけた。

だが、料理を飲みこんでから、少し拗ねた風情でこういうのも忘れなかった。

「…っくん…もう、オスカー様はいっつも私を子供扱いなさるんだから…」

「それは心外だな。俺は子供にはこんな事はしないぜ」

オスカーは2口目をアンジェリークの口元に運びながら、空いているほうの手で一瞬アンジェリークの胸の先端を服の上からきゅっと摘み上げた。

「!!!」

アンジェリークが声にならない叫びをあげて、まだ手に持ったままだったナイフとフォークを取り落とした。

カトラリーが白磁の皿にぶつかって、涼やかな澄んだ音を立てた。

「オスカー様っ、もうっ!びっくりするじゃないですかっ!」

「拗ねて膨れた顔もかわいいぜ、お嬢ちゃん」

おかしそうにくっくっと笑いながらオスカーはまったく、意に介した様子がない。

「もう、オスカー様の意地悪っ…」

嫌いといわれちまうかな、と、ちょっと心が曇ったオスカーの耳に飛び込んできたのは、だが、それとは正反対の言葉だった。

「でも、大好き…」

小さく囀る様に囁いて、アンジェリークは頬を染めて俯いてしまった。

その可憐な姿に思わずオスカーはアンジェリークの小さな手を握り締め、自分も熱っぽく囁いていた。

「俺もだ、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんがかわいくてたまらないから、ついかまいたくなっちまうんだ…」

そういって、身をのりだし、アンジェリークの頬に手を沿え、ついばむように軽い口付けを落した。

「このままお嬢ちゃんの唇を味わってたら、出かけるのが嫌になっちまいそうだから、今は軽いキスで我慢してくれよ?」

「…もう…」

困った様に微笑みながらアンジェリークはオスカーを見上げ、こう付け加えた。

「でも、ほんとに嬉しい。オスカー様と主星でドライブなんて、初めてだから…」

含羞を湛えた眩しい笑顔に、オスカーの胸が少しだけちりりと痛んだ。

オスカーの第一の目的はドライブではなかったから。

 

オスカーとアンジェリークは主星におりたつと、エアカーをレンタルし、郊外へと向かう幹線道路にそのままエアカーを走らせて行った。

当たり前だが、今日のアンジェリークはオスカーの隣の助手席に座っている。

はしゃぎたい気持ちで溢れそうなのに、それを懸命に押さえようとしているのが、自然とこぼれでるくすくす笑いや、膝の上で組み合わされたりはなされたりしている小さな手に如実に現れていた。

そして、嬉しそうに瞳をきらきら輝かせて、運転しているオスカーに話しかけてきた。

「オスカー様、どこにいくんですか?行く先はもう、きめていらっしゃるの?」

「ああ、この先に小さな湖がいくつか集まっている湖水群があるらしい。湖は聖地にもあるが、そこは景色がいいらしいし、趣も変わっていいだろう」

「それなら、お弁当もってくればよかったですね。外で食べたら気持ちよさそう。こんなにいいお天気だもの」

ちょっと残念そうなアンジェリークに、オスカーが安心させる様に告げた。

「食事の心配は無用だぜ、お嬢ちゃん。この街道沿いにはいいものを食わせるレストランやオーベルジュが結構あるんだ。食事はそこでとろう。そとでのランチはまた、別の機会にすればいいさ。」

アンジェリークは瞳を大きく見開いてオスカーを見つめた。

「オスカーさまって、なんでもよくご存知なんですねぇ。ほんとに手際がいいっていうか…」

アンジェリークは今は純粋に感心している様だったが、オスカーは一瞬『まずい』と思った。

オスカーはなぜこんなにデートの段取りがいいのかとか、手馴れているのかとか、もしかして誰かと前に来たことがあるのではないかとか、オスカーにとって都合の悪い疑問が芽を出す前に、それを摘み取っておかねば!とオスカーはあわてて弁明した。

「いや、お嬢ちゃんを連れていくのに、いいところはないかと思って前もって執事に調べさせておいたんだ。エアカーの予約も含めてな」

これは全くの事実であり、実際、オスカーは過去、他の女性とこのような遠出をしたこともなかった。

故に、オスカーにはなんらやましいところはないのだが、なにせ、自分の過去は探ろうと思えばいくらでも痛いところがあるのも事実だし、段取りの良さや、セッティングのそつのなさが、多数の女性との交際の結果身についた技能であることも否めなかったので、アンジェリークにこれ以上深く追求されたらどうしようかと、内心どきどきだった。

自分のセリフはいい訳くさくなかっただろうかいうことも懸念のひとつだったが、そんなことはおくびにもださなかった。

アンジェリークはなにも疑問はもたずに納得したようで、むしろ、嬉しそうにこう答えた。

「じゃ、前から考えててくださったんですか?ふふ、嬉しい…」

その嬉しそうな様子にオスカーの心は、ほんの少々だが、またちりっと痛んだ。

 

小一時間ほどエアカーは走っただろうか。

オスカーの言っていた湖水群に車は到着した。

いくつも集まった湖水はそのひとつひとつの水の色が微妙に異なっており、水面が陽の光を弾いて輝く様は、角度によってもまた色合いが変化して光のスペクトル全てが湖水に移し変えられ、そのまま封じこめられたかのようだった。

湖水群を見渡せる高台にエアカーを止め、そこから景色を見下ろしたアンジェリークは賛嘆の溜息をついた。

「ふしぎ…でも、きれい…場所によって水の色が全然違って見えるわ。素敵なところですね、オスカー様」

「気に入ったか?お嬢ちゃん」

「ええ、とっても。いろいろな色の光が集まって、でも混じらないでひとつひとつがはっきり輝いて…そう、オパール色とでもいうのかしら?ちょっとずつ色の違う光が集まって光ってる…」

「オパールの光か…お嬢ちゃんはうまいことをいうな…そういえば、お嬢ちゃんはオパールは持っていなかったな。今度ひとつネックレスでも買おう。そうだな、T字のチェーンで石はブルー系のものがいいか…」

「やだ…そんなつもりで言ったんじゃないです…」

困った様な顔でアンジェリークが戸惑いをみせた。

オスカーは音もなく近づいてアンジェリークの背後から肩をだき、アンジェリークの首筋から鎖骨のくぼみへとすっと指をはしらせた。

アンジェリークはびくっと立ち竦んでしまう。

オスカーと数えきれないほど肌を重ねているのに、未だにオスカーの突然のこういった言動に慣れることができず、アンジェリークの心臓は早鐘を打ち鳴らし始める。

いや、むしろ、肌を合わせているからこそ、オスカーの指や唇の感触にその記憶を鮮明に呼び起こされてしまい、からだの中心に甘く熱い疼きがどうしようもなくわきあがってしまって動けなくなるのだ。

「俺がお嬢ちゃんに買ってやりたいんだ。お嬢ちゃんの白い首筋に良く映える。今日着ている服にもきっとにあうぜ…」

今日のアンジェリークは胸元が大きくラウンドに刳れた明るい青のワンピースを着ていた。

胸の開きが鎖骨を美しくみせており、白い襟が全体の印象をアンジェリークに似合う清楚なものにしていた。

その白い胸元を褐色の指がすべり、鎖骨をそっとなぞっている。

耳に息を吹きかけられるように囁かれて、アンジェリークの腰が崩れ落ちそうになる。

それを予期したいたかのようにオスカーが肩を抱いていた手を腰に回してきて、しっかりとアンジェリークの体を支えた。

アンジェリークがオスカーを潤んだような瞳で見上げる。その翠緑の瞳を目を細めて優しく見つめ返す氷青色の瞳。

自然とアンジェリークが瞳を閉じた。

揺れる睫に引き寄せられる様にオスカーは自分の頬をアンジェリークの頬にあわせてから、小さな唇を自分のそれで覆う。

アンジェリークも自分からオスカーの首に腕を回して抱きついてきた。

オスカーはアンジェリークの細い腰を抱える様に抱きしめながら、幾度も角度を変えて、今日初めての深い口付けを思う存分堪能した。

 

2人は湖水に沿って木漏れ日の中を散策していた。

オスカーはアンジェリークの括れた腰に手を回し、アンジェリークは細い腕をオスカーの逞しい胴回りにまわすともなしに添えている。

取り止めのない会話をかわしながら、ゆっくりと歩をすすめ、時折、小鳥のように唇をついばみあう。

聖地の休日が外界の休日とかさなることは、むしろまれである。

主星の今日は平日で、湖の辺の遊歩道を歩いている間、2人は他人にまったくでくわさなかった。

アンジェリークがふと、思い出したように、オスカーに話しかけた。

「オスカー様、私が候補生だったころも、よくこんなふうに、湖の辺を歩きましたね」

「ああ、あの頃は、こんな風にお嬢ちゃんにキスもできない自分がもどかしかったぜ」

そういいながらオスカーは触れるだけのキスを落す。

「ふふ、そうでしたっけ?好きって言葉の前に、キスがありませんでした?」

オスカーの腰に手を添えて歩きながら、アンジェリークはくすくすと笑みを漏らす。

「情熱をおさえきれなかった男の純情を笑うなんていけない唇だ。お仕置きだな…」

「んんっ…」

ぐいと顎を掴んで自分のほうに向かせると、強引に舌をさしいれ、わざときつく吸い上げた。

アンジェリークの舌に逃げる隙を与えず、自分の舌を縦横に絡めたり、上の歯列のすぐ裏の敏感な部分を舌先でくすぐる様に舐る。

「んむ…んふぅ…」

押さえきれず零れ出る吐息に艶が混じり始める。

『まずいな…』

アンジェリークの唇を貪りながら、オスカーは頭の片隅で自分をどうにかして押さえようという意志だけはあった。

幸か不幸か、あたりに人影はまったくない。

このままアンジェリークの唇に溺れていたら、引っ込みがつかなくなりそうだったが、今日に限っていえば、それはオスカーの本意ではなかった。

そう思っているのに、一方で、この唇を離すこともできない。

と、そのとき、アンジェリークのお腹がかわいらしく、くぅぅ〜と鳴き、その存在を主張した。

悩ましげに閉じられていた瞼がパッと開き、オスカーと視線がかちあった。

アンジェリークがみるみる耳まで真っ赤になっていく。

オスカーは思わず笑い出してしまった。

「くっくっ…いや、お嬢ちゃん、悪かった。お嬢ちゃんが空腹に耐えていたのにも気付かないで…、口を塞いでも、キスじゃ腹は膨れないものな」

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか〜。」

アンジェリークが口を尖らせて、上目遣いにオスカーに抗議する。

「あまりに絶妙なタイミングだったんでな…いや、なんでもない。結構歩いたし、そろそろ飯時なのは確かみたいだしな。」

見上げれば、陽はもう中天をすぎかけていた。

「じゃ、食事に行くか?お嬢ちゃん。食欲を感じられる幸せを噛み締めに行くとしよう」

こくんと頷いてオスカーの腕にしがみついてきたアンジェリークを愛しげに抱き寄せ、オスカーは車を止めてある場所へと戻っていった。

危うく当初たてた予定が崩れるところだったぜ、なんてことを考えながら。

 

予約をいれておいたオーベルジュのランチは、申し分なかった。

オスカーに比べればアンジェリークの食べる量は、よくこれで足りるな、という程度であるが、アンジェリークはなんでもおいしそうに、楽しそうに食べるので、みているオスカーも嬉しくなってしまう。

アンジェリークがとろけそうな笑顔でデザートをぱくついている姿を、オスカーもとろけそうな笑顔で見つめていた。

食事をすませ2人は再びエアカーに乗りこんだ。

エアカーが音もなく発進してから、アンジェリークがオスカーに訊ねてきた。

「オスカー様、今度はどこにいくんですか?」

オスカーはその問いには答えずに、アンジェリークにこう告げた。

「なあ、お嬢ちゃん、前の休みに俺がお嬢ちゃんとした約束を覚えているか?」

アンジェリークがはっとしたように、オスカーをみた。

オスカーはかまわず言葉を続けて行く。

「忘れていると思ってたか?俺がお嬢ちゃんのお願いや、約束を忘れる訳がないだろう?」

ましてや、あんなおいしいおねだり、そうそうあるもんじゃないしな、と心の声が付け加えた。

「これから、お嬢ちゃんが一度見てみたいって言ってたところに連れて行ってやろう。いいな?」

アンジェリークに横目で視線を投げかけ、にやりとオスカーは笑った。切れ長の瞳の流し目は恐ろしいほどに婀娜っぽかった。

アンジェリークはあっけにとられたような表情をしていたが、ほんの一瞬くすりと笑うと、あわてたようにすまし顔をつくろうとした。

その間、一言も言葉は発しなかった。

オスカーはちょっと拍子抜けした気分だった。

問い返しがないのだから、オスカーの言葉の意味がわからなくて、どこに向かっているのか見当がつきかねているわけではなさそうだ。

質問するでも、抗議するでもなく沈黙を保っている。

言質を取っている以上、アンジェリークが抗議したり、抵抗したりしても、理論武装で対抗するつもりだったのだが、なにもリアクションがなかったので、オスカーはかえって心配になってきた。

本当は嫌なのだけど、言いくるめられるのが目に見えているので、無言なのだろうかと、ちらりとアンジェリークの横顔を盗み見た。

だが、その横顔は、憂鬱そうでも嫌そうでも青ざめてもいず、逆に楽しげに口角があがっており、むしろ笑い出したいのをこらえているような雰囲気さえあった。

アンジェリークの真意を計りかねているうちに、オスカーの視界に目的の建造物が見えてきた。

一見するとシャトー風のその白亜の建物は、複雑な曲線で構成されたロココ調のバルコニーがいくつもついており、上品そうにみせたいのか、派出にみせたいのか、意図がよくわからないデザインだった。

嫌だとはいってないし、元々はお嬢ちゃんの希望だし、いいよな!いいはずだ!とオスカーは自分に言い聞かせながら、エアカーをその建物の駐車場にすべりこませた。

 

 

アンジェリークは覚えていない、もしくは、本気と思わなかったかもしれないが、オスカーは今度の休みは絶対お嬢ちゃんとホテルにいくのだと固く心に決めていた。

ホテルといっても、もちろんリゾートホテルやシティホテルではない。

その目的のためだけに存在する、いわゆるラブホテルである。

普通のホテルに泊まってするのなら、家のベッドでするのと大して変わりはないし、普通のホテルは旅行などでいくらでも行く機会はある。

しかし、ラブホテルは結婚しているからこそ、行く必要も機会も今まではなかったし、婚約期間は飛空都市にいた僅かな間だけだったので、飛空都市にそんなものがあるわけもなく、いままでそういった場所に2人は縁がなかった。

だが、それがどんなところか「一度みてみたい」と不用意にいったアンジェリークの言葉をオスカーが忘れるはずはなかった。

アンジェリーク自身の願いであるばかりか、自分にとってもこれほどおいしいおねだりはついぞなかったと、オスカーははりきってこの一週間ずっと段取りを考えていた。

この前行った繁華街にも、道を一本入れば、そういった施設は無数にあるのだが、オスカーはどうせなら、さりげなく目立たない外観を装った都市型のそれより、おもいっきりわかりやすい外観の郊外にあるホテルのほうが、ラブホテルの真髄と言うか、エッセンスが凝縮していて、面白いのではないかと考えた。

それに街中のホテルに徒歩ではいるより、エアカーではいる方が人目もきにしなくていいから、アンジェリークの心理的抵抗も低いだろう。

いくら夫婦とはいえ、さあ、これからしますというところを、見知らぬ他人といえど、人にみられるのをアンジェリークが喜ぶわけがないだろう。

となると、やはり車でいくのが当たり前の郊外型のものが妥当だろうとおもった。

オスカーが郊外型のラブホテルにしようと思ったのには、もうひとつ理由があった。

アンジェリークと一日中ホテルでいちゃいちゃごろごろするとしたら、それはそれでとても楽しいだろうし、今時のホテルは一日いても飽きないくらいの様様な付帯施設が整っている。

ただ、そうなると、食事をどうするかが問題となってくることに気付いたのだ。

ラブホテルというのは、一概に食事が酷い。

もともと食事をしにいくところではないから、レストランを併設しているホテルは数えるほどしかないし、あってもお飾りのようなものが大半だ。

大抵は、近所のレストランからのケータリングか、酷いところだと冷凍物の食事を暖めただけと言う程度のものしか食べられない。

オスカー自身は自分を食通だとか口がおごっていると思ってはいなかったし、軍隊の経験もあるので、かなりの粗食にも(ただし、豆の缶詰は除く)耐えられる自信はあった。

しかし、オスカーは自分が美味いものを食べたいと言うよりは、アンジェリークになるべく美味いものを食べさせてやりたいと思っていたし、アンジェリークと囲むテーブルがわびしいのは嫌だった。

そこで、景色のいい郊外をドライブしながら、街道沿いのこじゃれたオーベルジュででも食事をとり、そのあと適当によさそうなホテルにエアカーでのりつける、それがオスカーのたてた計画だった。

自慢じゃないが、そういったセッティングや情報ではオスカーは人後におちない自信があった。

エアカーのレンタル、景観のいいお薦めドライブルートと、その地域で評判のいいレストランやオーベルジュの予約、そして肝心のよさそうなラブホテルの所在もきっちり情報を集め、執事を通して抜かりなく手配および予約をさせておいた。

そして、ここまではまさしくオスカーのたてた計画通りにことは進んでいた。

若干途中で先走りそうになったものの、アンジェリークが絶妙のタイミングで、自分の理性を引き戻してくれたので事無きを得た。

問題は、妙に落ちついて、いや、むしろ楽しげなアンジェリークの様子だった。

オスカーは、てっきり、聞いてないとか、今日はドライブじゃなかったんですかとか、抗議をされると思って、精神的に身構えていたのだ。

そのうえで、行ってみたいと言ったのはお嬢ちゃんじゃないかと、ここがなにをするところか、知らないとはいわせないぜと、有無を言わさず、ことに持っていくつもりだったのだ。

ところが、予想通りの反応が帰ってこなかったので、オスカーは戸惑っていた。

『お嬢ちゃん、まさか、ほんとに見学だけのつもりで、ここがなにをするところか、全くしらないなんてことはないだろうな…』

そこはかとなく不安になってきたオスカーと、そんなことにはまったく気付いていない様子のアンジェリークは、エアカーを降りて、駐車場をぬけて行った。

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