為すべきこと

その時、俺たち守護聖は、女王陛下の御身を通して、聖獣宇宙の聖地にいる伝説のエトワールに、渾身の力でサクリアを注ぎ込んでいた

俺たち神鳥守護聖のサクリアは、そのままでは、聖獣の宇宙では無為なエネルギーにしかならない、俺たちのサクリアを聖獣宇宙で作用させるためには、一種のコンバーター(変換機)であるエトワールの身を介在するしかなく、陛下が彼女に託したロッドは、力を仲介する依り代として、俺たちのサクリアを向こうの世界に送るコネクターと発現の二役を兼ねたものだった。

陛下は俺たち9つのサクリアを束ね、エトワールにつなぎ伝え、聖獣宇宙に発生したがん細胞ともいいうべき存在・サクリアの精霊を倒そうとしていた。

皮肉なものだった。

この時、サクリアの精霊は、発展を遂げた宇宙から大いなる力を得て聖地への侵入を図れるほどに強大化していたがーそれは、恐らく、俺たちが過剰なまでに与えた「神鳥宇宙のサクリア」の所為だった。

過日、俺たちが行った聖獣宇宙へのサクリアの注入は、どうしようもない緊急避難的な処置だった。さもなくば聖獣宇宙はエネルギーの絶対量の不足により熱的死を迎える寸前だったのだから。

厳しい物言いになるが、聖獣宇宙が生命出現のアプローチを間違えたことは否定できないだろう。サクリアを司る者がいないのに、宇宙をどんどん膨張させた結果、サクリアが不足して、宇宙が冷却化したため、俺たち神鳥守護聖のサクリアを与えないわけにはいかなくなった。

聖獣宇宙には、既に多種多様な生命が生まれていたからだ。一度生まれおちた命だ、発展の手順を多少誤ったからといって、消失させていいものではない、誰にもそんな権利はないし、それは彼らの責任ではないのだから。

隣接宇宙の崩壊は、俺たちへの宇宙にも悪影響を及ぼす可能性が大きかったこともあって、俺たちは、聖獣宇宙の生命を救うため、サクリアを惜しみなく与えた。

しかし、神鳥宇宙と聖獣宇宙は、近似の姉妹宇宙とはいえ、あくまで別個の存在だ。俺たちのサクリアだってそのままでは吸収されないから、エトワールという存在にわざわざ託して運んでもらうことで、漸く、聖獣宇宙でも活性化・注入できるようになる。それは、神鳥宇宙のサクリアが、聖獣宇宙にとっては、あくまで、異物だからだ。

とはいえ、俺たちのサクリアの注入なくしては、聖獣宇宙は死んでいた。異物とわかっていても注入しなければ宇宙の存続自体が危うかったーつまるところ、俺たちが行ったサクリアの注入は、輸血か臓器移植のようなものだった。

一方で、俺たちは、聖獣宇宙生え抜きの守護聖の誕生を待たずして…つまり、サクリアを司る者が不在のままに、膨大なエネルギーを聖獣宇宙に注入してしまうことになった。そして、きちんと司る者がいない場所に、過剰なほど潤沢に、しかも異物であるサクリアを供給すれば、余剰なエネルギーの澱、不純物が凝るのも、当然、考えられることだった。考慮してしかるべきだった。

あの当時の状況では、サクリアの供給は、聖獣宇宙の命を救うたった一つの対処法だったのは確かだ。しかし、俺たちは、それがこんな結果をもたらすとは予想だにしていなかった、否、できていなかった。

そして、俺たちが伝説のエトワールにサクリアを託し、発露してもらった結果、聖獣宇宙は生命の危機を脱し、一転、急激な発展を遂げ始めた。慢性的に不足していたサクリアが潤沢に与えられるようになったからだった。

しかし、発展が顕著になるに比例して、聖獣宇宙の惑星に、次々と災厄が降りかかった。「サクリアの精霊」なる異形の忌まわしいものが生まれ、聖獣宇宙の人類の抹殺せんと動き出したのだ。

その存在を確認した時、俺は、苛立たしさから、半ば独り言の問を発した。誰かからの答えを期待していたわけではないのに「あのサクリアの精霊っていうのは、一体なんなんだ!」といわずにいられなかったのは、俺の女王が優しい心で懸命に守ろうとしている命を、無残に踏みにじろうとしている『モノ』へのやり場のない憤り故だった。

しかし、俺が発した問に「サクリアの精霊は、人類が誕生する前にサクリアを司る力を授かったものではないか」と返してきたリュミエールの言葉に、俺は、あのおぞましい存在の正体に、はっと思い当たった。

この状況は、俺たちが聖獣宇宙にサクリアを供給した副作用、拒絶反応ー言い方はなんでもいいが、弊害なのではないかと。

本来、司る者がいない場所に、過剰なほど潤沢な、しかも同時に異物でもあるサクリアが供給されたから、吸収されきれない余剰なエネルギーの澱や不純物が凝ったものとして、がん細胞のようなサクリアの精霊が発生したのではないかと閃いた。

そして、あいつが、がん細胞のようなものだと思えば、聖獣宇宙が発展するに従い、その力も増大していったのもわかるのだ。

俺たちが供給し、エトワールが運んだ神鳥宇宙のサクリアは、弱った病人の体ー聖獣宇宙に栄養補給をし、その命を永らえたと同時にがん細胞を太らせもしたーそういう理屈だろう。

そして、がん細胞は、身中から生じたものであるのに、宿主である本体の生命を脅かす。自身を攻撃し、結局、共倒れになってしまう。サクリアの精霊が聖獣の女王を憎み、人類を滅ぼそうとするのも、つまりは、そういうことだろうと思えば、納得できた。

だから、俺たちは、今、力をあわせ、そのがん細胞を叩こうとしていた。

サクリアの注入が緊急避難的な処置だったとはいえ、その結果、サクリアの精霊などという怪物を生み出してしまった。これは、俺たちの対処策が招いた結果でもあるからだった。

自らの行為、言動の結果には責任を負わねばならない。そして、何より、俺たちはこれ以上、俺たちの女王陛下に過大な負担を強いるわけにはいかなかった。彼女は、終末の危機を迎えていた聖獣宇宙からの影響を最小限にすべく、ここのところずっと、精神を宇宙全体に飛ばして、次元の綻びを繕うという、消耗する作業にいそしんでいた。これ以上、彼女の、彼女の肉体的・精神的な負担を増やすわけにはいかない。もう、すべてを終わりにしなければならない。

だが、俺たちの力がどれほど強大でも、陛下をお助けしたい気持があっても、そのままでは聖獣宇宙で発揮されない。

だから、陛下は、一時的に、サクリアを仲介する触媒(依り代)として、わかりやすい形をしたロッドを出現させ、エトワールに託した。そのエトワールが聖獣宇宙に1人で赴かねばならないのは、彼女がサクリアのコネクターであり、コンバーターであるからだ。俺たち守護聖はいわばダイナモだから、エネルギーの供給に集中せねばならない。生半可なエネルギー量では、肥大しきったがん細胞を叩くことができないし、第一、どれほど強力なエネルギーを俺たちが作り出しても、向こうの宇宙では、エトワール以外は発現させられない。神鳥宇宙の守護聖とその力は、所詮、聖獣宇宙には異物でしかないから、弾かれるか、下手をすれば、より酷い拒絶反応を引き起こすという、逆効果になりかねなかった。だから、エトワールには重い荷だとわかっていても、彼女を1人で聖獣宇宙に送り込まねばならなかった。

それでも、サポートは万全だった。俺たちのサクリアのエネルギーは臨界に達し、陛下がロッドを仲介してエトワールに託す、それを受けて、エトワールがもう少しで、あいつを消失させられる…そう、思った瞬間だった。

ぶつっ…と、太いゴム帯が断裂したような衝撃を全身にーいや、精神に直に感じたような気がした。

何が起きたのかわからなかった、が、何か、とてつもなく悪いことが起きたのだけはわかった。

俺は、恐ろしく嫌な予感と恐怖に苛まれ、とっさに、誰よりも愛する女性、この宇宙の女王陛下をみやった。

彼女は、彫像のように固まり、呆然としていた。恐らく俺が感じたものと同じ衝撃を受けた所為でだ。と、次の瞬間、彼女の体がぐらりと傾いだのが、視界に入った。

「!ア…」

思わず、彼女自身の名を呼びそうになり、自然に体が彼女の傍らに向かいかけた時、すぐ脇に控えていた補佐官が彼女の体を支えてくれた。

が、それでも俺は、とても安堵などできずー今、俺が感じた衝撃を彼女が感じなかったはずがない、そして、この衝撃が彼女に重篤な影響を及ぼしていたら?彼女が聖獣の女王のように人事不省となって目覚めなくなってしまったら?

瞬間、頭をよぎった最悪の懸念は、すぐ彼女が顔をあげてくれたことで払拭されたが、その強張った横顔、張り詰めた眼差しに、俺の嫌な予感はどんどん大きくなっていくばかりだった。

「何が起こったのですか?」

皆の気持を代弁するかのようにジュリアス様が陛下に問うた。

そう、俺たちにわかるのは「何かよくないこと」が起きたらしいこと、そこまでだった。現況は陛下にお尋ねする以外、知る術がないのだ。守護聖と称し、サクリアを操っても、宇宙の在り様を、居ながらにして感じる能力は俺たちにはない。それは、宇宙全てを包み込むように愛し、遍く統べる女王だけが持ちうる能力なのだ。それがわかっていても、俺は、子供のように陛下に頼ることしかできない自分が、情けなくふがいないこと甚だしかった。

「消えました、サクリアの精霊の気配が…」

ここまでは良かった。陛下の次の言葉を聞くまでは…

「聖獣の女王も…」

一瞬、俺は、彼女の言葉を理解できなかった。

それほどに彼女が口にした言葉は、俺が巡らせた想像を遥かに凌駕しており、想像できないほどの最悪の事態…いや、あってはならないこと、ありえないことだったからだ。

俺は、聖獣の女王が何処ともなく、忽然と消えてしまったという、事実に叩きのめされんばかりだった。

思わず、俺は、俺の女王を食い入るように見つめた、見つめずにはいられなかった。彼女は確かにここに、俺の眼前にいるのか、どこかに消えたりしないかという、理屈ではない恐怖に、心が凍りつきそうだった。

しかも、これだけでも十分以上に最悪の事態なのに、ことは、これだけに留まらなかった。

「まさか…こんなことが…」

彼女自身が信じられないという口調で、半ば独り言のように

「次元回廊が断たれました」

と、苦しそうに告げたとき、その事実のあまりの重大さ、深刻さに、その場にいた守護聖全員は一時に凍り付き…全員、あまりの出来事に、瞬間、思考が停止した。

とはいっても、俺が呆けていたのはほんの一瞬だけだった。俺たちのサクリアを純粋なエネルギー放射の形で浴びせられ、あと僅かの処で消滅するところまで追い詰められたサクリアの精霊がーそれゆえ、聖獣宇宙の人類の滅亡はすんでの処で回避されたが、苦し紛れに、次元回廊を断ったのだと、俺は解した。

「この神鳥の宇宙から聖獣の宇宙にいく手立てがなくなったということです」

喘ぐように続けられた彼女の宣告に、俺は、『聖獣宇宙とのリンクは断たれた』という事実がもたらす最悪の現況を、思わず叫んでいた。

エトワールは、俺たちとの繋がりを絶たれた状態で、たった一人向こうの宇宙に置き去りとなったということか、と。

俺の女王は頷き「新たなる試練の開始」を、預言者のように告げた。

が、聖獣宇宙で、これから何が起きるのか、誰にもわからなかった。その場の守護聖たちは、固唾を呑んで、立ちつくすばかりだった。

俺もそのうちの1人だった。拳を握り締めながら、守護聖といっても為す術もなく、無力さをかみ締めるしかないのか…と、歯噛みする。

阿呆のように、成り行きを見守るだけでいいわけがない。それが、揺るぎ無き強さを誇る炎のサクリアを司りし男のすることか、と、己を叱咤する。

この宇宙の重大事を前にして不謹慎だということはわかっていたし、それを面に出さないだけの分別もあったが、俺は、いまだ、一つの恐怖に思考を占められていた。

女王がー少なくとも俺の女王が、自らの宇宙を、愛(めぐ)し慈しむ存在を置いて消えることなどありえない。万が一彼女が消えてしまったとしたら、俺には「消された」「消えざるを得なくなった」という状況しかおもいつかない。

だからこそ、それは、とてつもない恐怖だった。俺の目の前いる女王が、万が一、俺の目の前で忽然と消えてしまったら…彼女が何をしても目覚めず、意識不明となってしまったらと考えることも恐ろしかった、しかし、それ以上に、俺の眼前で、彼女が、俺の手の届かないところ、どことも知れぬ処に、いきなり、忽然と姿を消してしまったら…俺から奪われてしまったら…その恐ろしさは想像を絶していた。俺は怖気に震えた。

だが、その恐怖が激烈ならばこそ、俺は、決して、彼女をそんな目に合わせない、どんな災厄からも絶対にこの手で守り抜いてみせる、と、すぐさま、何者にも負けぬ強い決意を、人知れず、胸に誓った。彼女を喪うという、その恐怖が強ければ強いだけ、彼女を守り抜く決意もまた強固になる。さもなくば、この俺は何のために生きているのか、何のために強き炎の力を与えられたのか。何より大切な存在を守るためではないのか。そして、ただ、傍にいるだけでは…安閑と守りの体制に留まるだけでは、本当に大切なものを守れるはずもない。俺の力は、何より大切な、誰よりも愛しい女王を守るために、授けられたものに相違ないのだから。

そのために考えろ。この想像もしていなかった…陛下でさえ「まさか、こんなことが…」と独り言ちてしまうほどのこの事態に、俺たちにできることはなんだ?今、俺たちが立てうる策はなんだ?整理して考えるんだ、一つ一つできることからだ。エトワールを救出・回収し、聖獣の宇宙を救うことで、この宇宙に波及しかねない危険を事前に防ぐには、俺の女王を守り抜くためには…そのために為すべきは、まず、何だ?

次元回廊の再接続が最優先であることは言をまたない。

サクリアの精霊の捲土重来を許さぬため、やつを完全に滅せねばならない。サクリアを送りこむいわばパイプラインは絶対必要だ。エトワールの回収のためには、もちろんのこと。

しかし、聖獣の宇宙は直近まで冷却化が進行していたため、次元の接触面を減らしていたのが、今は、仇となっている。次元回廊は、こちらの聖地と向こうの聖地を結ぶもの一つだけしか残されていなかったーエトワールがサクリアを運び行き来するだけなら、聖獣宇宙との接触はそれだけで十分だったし、向こうの宇宙の冷却化にこちらが巻き込まれないためには、可能な限り接触面を減らす方が得策だったから。しかし、たった一つのライフラインが断たれた今、俺たちが、彼奴を攻撃できる手段がない…。

しかし、彼奴も俺たちの力を恐れている、だからこそ接触を断ったのだともいえる。接触がないうちは、向こうも、こちらに攻撃できないということでもある。ということは、むしろ、あわてて「とりあえず」次元をつないだら…こちらからは攻撃の準備も整っていない状態で、不用意に次元を繋いだりしたら、それを逆手に取られ逆襲される恐れもある、ということだ。次元を再度繋ぐなら、今度こそ、彼奴を完全に消滅させられるだけの万全の用意を整えてからだ…。

となれば、まず、すべきはエトワールの正確な位置の特定、そして、再度の攻撃準備…いわば、エネルギーの再充填といったところか…

僅かの時間にここまで思考を巡らせると、俺は、陛下の様子をみやった。表情は動かさないよう努力できたが、瞳に気遣わしげな色が宿るのまでは、留めようがない。

陛下は憂いを隠せぬ表情で、懸命にエトワールの気配を探ろうとしているようだった。が、その手は、己の胸元を押さえ、呼気は、小さく喘ぐように荒い。俺は、ぎり…と奥歯をかみ締めた。突然の次元の断裂により彼女が被った衝撃から回復しきれていないこと、消耗は目に明らかだった。

当たり前だ。その時、彼女は俺たち9人分の最大限のサクリア放射を一手に束ね、操り、エトワールの身体とロッドを通じて、サクリアの精霊にぶつけていたのだ。サクリアの流れをタイトに引き絞って一点に集中させることで、信じられないほどの高エネルギー照射を行っていたのだ。その流れが、一瞬にして断たれたのだから、その反動は凄まじいものだったろう。唐突に流れを遮断されたサクリアの奔流が、勢いあまって逆流し、彼女を打ち据えたりはしなかったか、俺は気が気ではなかった。

が、それでも彼女は…荒い呼気を押し殺しながら、エトワールの安否と聖獣宇宙の行く末を案ずるばかりなのが、ありありとわかった。運命が定めた新たな試練が、エトワールに降りかかろうとしていると、陛下は言った。彼女は己の身を顧みるよりも、まず、他者の安寧を祈り、願ってしまう。そして、他者の幸福を己の喜びと感じる。彼女はそういう女性なのだ、それは俺が誰よりもよく知っている。

ならば、俺の役目は、明かだ。彼女が心行くまで祈りを捧げられるよう、宇宙に満ちる幸せを、己の喜びとできるよう、そのための場を、道を整えることだ。宇宙が幸福に満ちてこそ、彼女の笑顔も輝く。彼女の笑顔を守るために、俺は戦う。

今、為すべきは、馬鹿のようにモニターを眺めていることではない。そんなのは、俺には、まったく我慢ならない。

ここで、やきもきして成り行きを見守っているだけで、何ができるというのか。次元回廊が断たれた以上、こちらから働きかけられることは、今は皆無なのだ。

今、積極的に、できることがないなら、むしろ、力を溜めて再戦に備えろ。巣穴に戻って回復を図るほうが、よっぽど生産的だ。

俺の戦士としての習性が、そう告げた。

俺は決然と頭(こうべ)をあげた。

俺は、断固とした足取りで彼女の傍に近づくと、最敬礼の姿勢をとりつつ、陛下に言葉をかけた。

「陛下、陛下が聖獣宇宙の様子、エトワールの安否をお気遣いのことは重々承知なれど、陛下におかれましても、只今の次元断裂の衝撃で、消耗甚だしきご様子。女王の盾を自認する俺としては、陛下ご不調の様子は到底見過ごすこと能いません。出すぎたこととは存じますがー私ども守護聖がエトワール救出の手段を講じますので、その間、どうか、陛下には、今暫く、休息をおとりになり、心身の回復を図られたく、お願い申し上げます」

彼女は、俺の進言に、心底驚いた表情で俺を見つめ、即座にーそして、ふらつく体を押して反論してきた。

「なんですって?でも!…こんな時に、私だけ休んでなんていられないわ!エトワールを…エンジュを一刻も早く救いだすため、私は、なんとかして…できるだけ急いで、次元を繋げなくては!」

彼女が、こう切り替えしてくることは、俺には予想済みだった。

「だからこそです、陛下。幸い、彼女が向こうの聖地にいることはわかっているし、サクリアの精霊は、あれ程のダメージを受けた以上、暫くの間、おいそれと力を盛り返すことはないでしょう。なにせ、彼奴は、苦しんだからこそ、こちらの宇宙との接続を切り、しかも苦し紛れの策だったとはいえ、次元の接続を切ったことで、自らを兵糧攻めに追い込んだようなものなのですから」

「兵糧攻め?」

「ええ、彼奴があれ程強大化したのは、俺たち、神鳥守護聖が潤沢にサクリアをかの宇宙に供給したからこそです。しかし、接続が断たれたことで、こちらの宇宙からのサクリア供給はなくなった。しかも聖獣宇宙は守護聖の未出現によりサクリアは慢性的に不足の状態にあります。ヤツは、どこからも回復するためのエネルギーを得ることはできない、ですから、暫くの間、エトワールの身は安全のはずです」

「あ……でも、でも、なら、尚更、今のうちになるべく早く、エンジュを…そして聖獣の女王を助け出すためにも、次元を繋げなくては…」

彼女は、聡明だし素直だ。俺の言をきちんと理解していることは、その表情からわかった。それでも、今回は、彼女は子供のように頭を振って、退こうとしなかった。ことが、自分の問題ではないからだ。ゼフェルが、彼女に賛同するように、今にも身を乗り出そうとしていた。こいつはエトワールに惚れている、気持はわからないでもなかったが、俺は、心を鬼にした。客観的に見て、今のエトワールには、重篤な危機は迫っていない。今、危ぶむべきは、俺たち9人分のサクリアの一身に受けてしまったであろう女王陛下の消耗のほうだった。

もっとも、俺だって、彼女がエトワールと同じ立場にあったら、心が引きちぎられそうになるだろう、しかし、それでも、近視眼的に、感情に任せては動かないこと、全体を把握して、その時最善・最適な方策を探るのが、大人のやり方であり、責任を果たすということなのだと、それを、ゼフェルにわかってもらいたかった。さもなくば、女をー特に、誰にも肩代わりできぬ重大な使命を負いながらも、いつも微笑みを絶やさず、自分より他者を案じてしまうような女を愛する資格はないのだ。

「ええ、ですから、次元の接点と、エトワール及び聖獣女王の正確な位置特定は王立研究院に不眠不休ででも探らせます。陛下が託したロッドが、良い標となってくれることでしょう、そして、次元の新たな接点を見出した暁には、陛下に即座に次元を繋げていただかなくてはなりません。が、次元が繋がったその時点で、サクリアの精霊が、窮鼠がねこをかむように必死の反撃をしかけてくる恐れがあります。その場合に備え、陛下には、今は、御身を安んじていただきたいのです。次の戦いに備えーいわば、兵力を温存していただきたい。厳しいことを申しあげますが、次元の接点と探るという、研究院でもできる作業で、陛下が御身を消耗されてしまうことは、お慎みいただきたい。陛下には陛下にしかできないことがあります、また、戦うものにとって、休養と体力の回復は、むしろ義務であり責務なのです。疲れきり消耗しきった体と精神で、戦いに挑んでも、結果ははかばかしいものにはならないでしょう…それに、陛下は、次元の断裂時に、御身が束ねていたサクリアの逆流をその身にお受けになってしまったのではないか…俺は、それが心配なのです」

「!…」

彼女が、一瞬、バツの悪そうな顔をした。ゼフェルが、はっとし、次いでぎりぎりと唇を噛んだ。この場にいた守護聖なら感じなかった筈はないのだ、あの次元断裂の衝撃を。そして、その衝撃の度合いを思い返せば、彼女が…陛下がどれほどの反動をその身に受けたか、よほど鈍感でない限り、わからぬはずがない。そして、ゼフェルはー幼稚な部分はあるが、決して愚かではないのだ。

「そ、それは大したことなかったのよ、とっさにサクリアの逆流は遮ったから…」

「そう、大したことはなかったのでしょう、俺たちが全力で放出していた力全てに比べれば…。そうですね、陛下」

「あ…その…」

この機を逃さず俺は陛下の足元に跪き、そのベールの端をてにとって恭しく口付けた。

「陛下、どうか、御身を大切になさってください。何者にもとって替わることなどできぬ…何よりも掛け替えのない御身なれば…俺たち守護聖や研究院にできることは、そちらにお任せください。有望そうな次元の接点が見出された暁には、陛下に、すぐさま、次元を繋いでいただき、エトワールと聖獣女王の探索に全力を注ぎましょう、ですから、今は、どうか…」

「…なるほど、陛下、私にも、オスカーの言やよしと思えます。陛下のお顔のお色がかんばしくないことも事実なれば、今後の事態に備え、今は陛下にはお休みいただくのが、理にかなっていると、私も思います」

「わかったわ…」

陛下はー彼女はとても申し訳なさそうな顔をして俺を見つめ、小さく頷いた。

「では、陛下は俺がお部屋までお送りさせていただきます」

と、俺は、打てば響く間合いで、周囲に有無を言わせずー言う暇も与えず、宣言すると、陛下の御身をエスコートして謁見の間を後にした。

そして、謁見の間の扉が閉まるや否や、彼女の体をひょいと抱き上げ、すたすたと回廊を歩きだしたのだった。

「オスカー、平気よ、私、自分で歩ける、本当に、そんなに酷いショックは受けなかったのよ」

彼女は一瞬、びっくりしたように大きな瞳を見開き、ついで、俺の腕の中で幼児のようにむずかった。だから、俺は、彼女を抱く手にいっそうの力をこめた。

「あんなに息を荒げて、苦しそうに胸を抑えてか…?」

「それは…その…でも、もう…」

「頼む、嫌でなければ、このまま俺の腕の中にいてくれ。俺の気がすまないんだ、こうして君をしっかりと抱いていないと、俺は…」

君が消えてしまいそうで、怖かった。それでなくとも、君の身が傾ぎ、足元がふらついた時、そんな時も俺は、君の傍に駆けつけて、その身を支えることあたわなかった。あの場では致し方ないこととわかっていても、あの場面が小さなトゲとなって俺の胸をえぐり、疼かせているのだった。

「オスカー…」

彼女は…アンジェリークは、何かを察したように、小さく頷くと、その柔らかな頬を俺の胸板に預けてくれた。

俺は彼女の艶やかなベール越しに、かわいい頭の天辺に口付けながら、脚を速めた。

 

俺は彼女の正装を手早く解いて、体を楽にしてやり、寝台に座らせたー幾度となく愛を交し合ってきた場所だが、今は、ただ、彼女を敷布の上にのせ、その髪をなでて額にキスをした。いとし子に『お寝み』を告げる父親のように。

「俺は、これからジュリアス様や王立研究院と協力して、少しでも有望そうな次元の接点を探ってくる。リンクが断たれている今は、こちらから何もできない替わり、向こうも手出しができない。つまり、今の聖地は安全だ。だから、いいか、君は、休息も仕事のうちだと、わりきって、今のうちに休んでいてくれ。できれば少しでも眠ってほしいが、横になっているだけでもいいから…」

「でも、オスカー…」

「《でも》はなしだ、俺の目はごまかせないぜ、お嬢ちゃん。あれほど強力な…俺たちの渾身のサクリアの逆流を一身に受けたんだ。とっさに遮ったといっても、そのダメージは相当きつかった筈だぜ」

「でも…消耗してるのは私だけじゃない…」

「ああ、守護聖たちにも交代で休息は取らせるさ。いざという時にサクリアを出せなかったら困るからな。だが…頼む、君は、今は、休んでいてくれ。この聖地を、宇宙を、そして君を脅すものは、徹底的に叩く。そのための準備は俺たち守護聖がする。さっきも言った通り、俺では…たとえどれ程力を尽くそうとも、意気込みがあろうとも、俺では替わりになれないこと、女王である君にしかできないことがある。その時のために、君には、今は休んで、力を蓄えていてほしい」

「ん…じゃ、じゃ、約束よ…」

「わかってる、その時が来たら、すぐに、迎えにくる。そして、二人で…いや、皆で、聖獣宇宙とその女王、そしてエトワールを助けだそう。とにかく、今は、休むんだ。今、君に無理をさせ、消耗させて、この戦いを長引かせたくない。この休養も、一気呵成にことを終らせるための方便と思ってくれ。俺は…次元回廊を繋げた時を見計らって、ヤツが逆にこっちに攻撃をしかけてきた場合に備え、万全の体制をしいておきたいんだ。絶対に、君に危険が及ばないようにな。もし、君のその美しい瞳が2度と開かれず、俺を見つめることがなくなってしまったら…君が目の前で…手を伸ばしても、その甲斐なく消えてしまったら、と思うと…俺は恐ろしくてたまらないんだ…だから…」

「オスカー…」

その時、彼女の腕が翼のようにふんわりと広がり、俺の首元に巻きつけられた。

彼女の腕が俺のことをしっかと抱きしめ、そして、とろけそうに柔らかな唇が、俺のそれに触れた。

「!…」

彼女が積極的に「行為」で愛情を示してくれることは、そう滅多にないのでー俺が、その暇を与えることなく愛しぬいてしまうせいだがー俺は、突然、彼女がくれた口付けに、それこそ若造のように言葉を失って頬を染めた。

「大丈夫、私には、オスカーがいてくれるもの。もし、私が何かで目を覚まさなくなっても、オスカーが口付けてくれれば、きっと、私、すぐに目が覚めるわ。人の想いが、どれ程の力を持つものか私は知っているから…私がオスカーを求める気持、オスカーが私を大切に思ってくれる気持は、果てがないほどだから…」

「アンジェリーク…」

「だって、愛する人の口付けで、女のこは目覚めるものでしょう?」

悪戯っぽい童女のようにあどけない彼女の笑みの中には、俺への十全の信頼と深い愛情が溢れていた。

「それに、もし、私が、どこかで迷子になっても、オスカーは、絶対、私を探しだしてくれる。それが、わかってるから…私、何も怖くないわ。オスカーが傍にいてくれるから、私、とても幸せよ。どんなことでもできる気がする。でも、聖獣の女王には…私にとってのオスカーみたいな人がいるのかどうかわからない…少なくとも守護聖は傍にいてくれないのだし…だから、一刻も早く助けてあげたい…」

「ああ、わかってる。だから、そのためにも今は、おやすみ、アンジェリーク…俺が、こうして手を握っているから…」

「ふふ、オスカー、やさしい…大好きよ」

「俺も…愛している」

俺に安らぎのサクリアがあればいいのに…そうすれば、すぐに君を安らかな眠りにいざなってやれるのに…そう思案する必要もなかった。彼女の消耗は、やはり紛れもない事実だったのだろう、俺が握った彼女の掌はいつもよりずっと熱く…と思う間もなく、彼女はことんと寝入っていた。

呼気が規則正しく繰り返される様子を見て、俺は彼女の手を離し、薄く開いたかわいらしい唇に口付けようとして思いとどまった。そうだ、唇へのキスは、眠りを覚ます魔法だったな、と。だから、俺は、彼女の額と、両の頬と、かわいい鼻の天辺に、ちゅ…と口付けてから、上掛けをぽんぽんとはたいた。

さぁ、戦いに赴く刻限だ。

直に刃を交えるだけが戦いの手段ではないこと、愛する女を守る方法ではないことを、小僧どもに教えてやろう。

俺は、マントを翻すと、音を立てないよう、彼女の部屋を後にした。

FIN


TVアニメ・アンジェリークを背景としたオスカー様のシリアス・モノローグです。
「次元回廊が断たれた」までが、完全なアニメ背景を、オスカー視点で語ったもの…というか、その時々で、オスカー様は、こんなことを考えていいたんじゃないかなーという、私なりの解釈です。
アニメでは、「サクリアの精霊」という、もの○け姫に出てくるでいだら○っちみたいな怪物が、よくある「人間文明=諸悪の根源→だから根絶する」という理屈をこねくりまわして、暴れるのですが、何故、こんなものが出現したのかを考えるに、私は、注入した神鳥サクリアへの拒絶反応&吸収しきれなかった不純物が凝ってできた身体内部の不具合、とか思うと納得いくなーと思ったもので、その仮説をオスカー様の口を借りて、語ってもらった次第なのです。
で、ストーリー上で、次元回廊が断たれたことはもちろん重大事なのですが、ウチのオスカー様にとっては「女王が消える」という事態は、まさに純然たる恐怖というか、これ以上怖いことはないんじゃないかと思ったことが書きたいなとも思って、このアニメ解釈モノローグを書きました。
なので、次元回廊断絶以降の展開は、完全な私の捏造です(爆)
そして、その捏造部分である後半で、オスカー様がリモちゃんを休ませることにした下りには「そんなことしてる場合か?」と思われる方もいるかもしれませんが、こちらから積極的に為す術がない時は、戦力の温存を図り、再戦に備えろ、つーのが現実的対処法じゃないかと私は思うこと、惨いようですが、とりあえずエンジュには危険が薄そうなこと、加えて、いきなり接触を断たれたりしたらPCだってフリーズしますよね?となれば9つのサクリアを集中して送っていたリモちゃんが、いきなり次元の接触を断たれて酷いダメージを受けてないはずがないと思ったこと、それを、オスカー様はしっかり察して、リモちゃんを労わってあげてほしかったので↑のような展開にしました。
アニメの第2シーズンが始まる前だからこそ書けるというか、私だったら、オスカー様にこう振舞ってほしいという夢をこめてみたお話です。私の解釈はこう↑ですが、今後、実際のアニメはどう展開するのか楽しみですね〜(笑)
ちなみにアニメを見た時「次元回廊って一個切られたらおしまいなの?つか、一個しかないわけ?ショボっ!」と思う方もいたかもしれませんが「終末の危機に瀕している聖獣宇宙からの悪影響を最小限に抑えるため、次元の接触は1箇所だけに絞ってあった」と考えれば無理がないと思って、私は、そう解釈しました。どんな設定でもイジワルな揚げ足取りをしようと思えばいくらでもできるけど、逆に、こういう風に前向きに整合性のある解釈もやればできるんだよーということも示してみたかった、というのもあったりします(苦笑)
アニアンは突っ込み所満載の作品だったことは事実ですが(汗)オスカー様は抜きん出てかっこよく描かれてましたし、リモちゃんは素晴らしく麗しくかわいらしく描かれていたので、私としては満足です。せっかくアニメ化されたのだから、応援して、なるべくいいところを探してあげたいと思って、こんなアニメ背景のお話を書いてみました。これが、私の愛の形です。

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