そして、もう一度始まりの日 7 

一歩、また一歩、あの方に近づいていく。

長いトレーンがさらり、さらりと衣擦れを立てる。

この道の先であの方が私を待っていて下さる。

私のことを見てくださってる、やわらかく微笑みながら。

早く辿り着きたいような、でも、ゆっくりと進みたいような、不思議な気分。

本当はゆっくりとしか歩けないのだけど。慣れないヒールだから。

でも、パパと腕を組んでるから、パパがゆっくり歩いてくれるから、平気。

それに、オリヴィエ様に言われたの。

「足許が気になっても、決して下を見ちゃいけないよ、下を気にしながら歩くのは綺麗じゃないし、花嫁はこの先の幸せをみつめなくちゃね。あいつの顔でも見てれば、嫌でもまっすぐあるけるからね」って。

そう、本当に、私、いつもあの方しか見えないの。あの方に向かってまっすぐにしか歩けないの。

ずっと昔からそうだった。

自分でもなんでなのか不思議だった。

私にドレスを着せて髪を結い上げてお化粧をすませた後、オリヴィエ様がこうおっしゃった。

「はい、できあがり、綺麗だよ、ディー。月光をまとった妖精みたいだ。クラヴィスも惚れ直すこと請け合いさ。なんたってあいつは昔から月の光をこよなく愛してたからね。月の女神の名をもつあんたを愛したのも運命ってやつだったのかもしれないね。そして闇を司る者に、月の女神が惹きつけられたのも考えてみれば当然かもね…さ、行っておいで。月がより美しく輝くよう守り慈しんでくれる月の男神、月夜見があんたを待ってるよ…」

これを聞いた時、私、自分の中でなにかがストンと、胸に納まったの。

もちろん名前のせいでクラヴィス様に惹かれたのでも、クラヴィス様が私を選んでくださった訳じゃないことはわかってる。

でも、なぜか運命って言葉に「ああ、やっぱりそうだったんだ…」って思ってしまったの。

この緋色の絨毯、自分が踏む日がくるなんて思ったこともなかった。

どこでも行っていいと言われていた聖殿の中で、この謁見の間だけは勝手に入っちゃいけないって小さい時からいわれてた。

普段は誰もいない部屋になんていきたいなんて思わない。

だけど、一月に何回か、守護聖様たちが、パパやママもみんなここに集まるってわかって、その時だけはいくら頼んでも誰も遊んでくださらなくて、あれはいつだったか、私も一緒に行くって、つれてってって駄々をこねたことがあった。

つれてってくれないならパパでもママでも、マルセル様でもランデイ様でも誰でもいいからディーと遊んでって言い張った。

ナニーが困ってパパとママを呼んできたわ。

でも、いくら泣いても、ママもパパもそれはだめって、お仕事だからだめって私にとりあってくれなかった。ちょっとの間だけなんだから、待ちなさいって言って。

今ならわかるわ。私その時だけは自分が仲間外れにされたみたいで寂しかったんだって。

同じ聖殿にいても、この時だけは私は守護聖さまたちと違うって、なんだか思い知らされたような気がして。

だけどパパもママも決めたことは変えないし、私がただわがままいってるだけだって思ってたみたいだっから、私も意地になって聖殿の廊下で泣きつづけた。

そうしたら、ひょいと抱き上げられて、ふわりといい匂いがして、髪を撫でられ背中をぽんぽんと軽く叩かれて…

「寂しいのだな…おまえは誰かと遊びたいと心から思っている訳でないだろう?私がおまえと一緒にいてやるからもう泣くのではない。」

そして、そのままいい匂いの衣ですっぽりくるまれてしまって…

「クラヴィスさま、困ります、謁見には出ていただかないと…」

「それに、ディーを甘やかすのも困ります…けじめはつけませんと。」

「謁見にはでないとは言っていない。ただ…そう、子猫を一匹懐に抱いて入るだけだ。子猫は人恋しいだけだ。騒いだり邪魔をしたりする心配はない。」

「しかし…」

パパとママの声が遠くから聞こえて…でも、すぐなにも聞こえなくなっちゃった。ほんとは泣きつかれてた私は、クラヴィスさまの腕の中が暖かくて安心できて、それにクラヴィスさまが私の気持ちをわかってくださったので満足しちゃってそのまま寝ちゃったみたい。気がついたら自分のベッドの上だったから。

昔からそうだった。クラヴィスさまはいっつも私の気持ちをわかってくださった。

パパやママも、ううん、自分だってはっきりとはわかっていなかった気持ちも、クラヴィス様はわかってくださるの。

『どうしてクラヴィス様にはディーの気持ちがわかるの?クラヴィス様は魔法使いなの?』

こんなことを訊ねたときがあった。

クラヴィス様は、静かに微笑まれて…確かこんな意味のことをおっしゃったような気がする。

「さあ、なぜであろうな…おまえの来し方が私も通って来た道だからやもしれぬな…おまえが立ち止まる場所では私も嘗て立ち止まった場合が多いのだろう…だから、なぜおまえが立ち止まったのかが他の者より見えるのかもしれぬな。」

クラヴィス様のお言葉はいつも難しくってよくわからなかった。

でも、他の方みたいにわざと子どもっぽい喋り方しないでくださるのが、対等に扱われてるみたいで嬉しかった。

だから、私はいつも一生懸命考えたの。クラヴィス様の言葉がわかるようになりたくて。

この言葉の意味がわかるようになったのは学校に行き始めた後だった。

私、学校にいくようになってすごく実感した。やっぱり聖地って特別な場所だってって。私と同じ年頃の子どもはほとんどいなくて、私の周りはいつも大人ばかりで、だから私、友達ってどんなものかよくわかってなかった。他の子が当たり前に知ってることを私はしらなかったり、逆のこともあった。

それで、突然思いあたったの。クラヴィス様は私と同じだ、聖地で育った子どもだったから私の気持ちがよくわかるのかもしれない。パパもママも他の方々も大人になってから聖地に来たから、私の気持ちはわかりきれないのかもしれない。ジュリアス様も子どもの時から聖地にいらしたけど、ジュリアス様は私みたいに気がついたら聖地にいたっていうのとはまた違うから。なんで私はここにいるんだろう、なんて考えたことはないんじゃないかしら。

だからきっとクラヴィス様は私の気持ちがよくわかってくださるんだ。なら、もしかしたら、私にもクラヴィス様のお気持ちがわかるかな。私、他の人よりクラヴィス様のお気持ちがわかることができるかもしれない。自惚れかもしれないけど。

学校に行ってる間に、こんな思いがどんどん強くなっていった。

私の一人よがりかもしれないとも思ったこともあるけど、クラヴィス様ほど私のことわかってくださる方はきっといないだろうと思ったの。

だから、小さい時からクラヴィス様の側にいると楽で、安心できて、とにかく自然でいられるんじゃないかと思い当たったの。

クラヴィス様が時々寂しそうなお顔することも知ってたから、私、わかってさし上げたい、わからなくても、クラヴィス様が私を安心させてくださるように、私もクラヴィス様にとってそんな存在になりたいってずっと思ってたの。

だから、オリヴィエ様が『運命だったのかもね』っておっしゃってくださったとき、なんだか納得しちゃったの。

パパがクラヴィス様が好きな月の、月の女神の名前を私にくれたことすら、運命に思えたの。

パパ、ありがとう。素敵な名前をくれて。クラヴィス様の許に嫁くのをすぐ許してくれて。私の幸せを喜んでくれて。

パパのこんな真剣な横顔見るの初めてかもしれない。

いつも私とママの前では、優しくて、たまに私をからかう時はちょっと意地悪で、でも、いつも笑ってる顔しか覚えてない。

考えてみればパパと腕組んだのも初めて。いつもパパの腕はママのものだったから。

今日が最初で最後なのね。だから、ゆっくり歩きたいような気持ちがあるのかな。

ああ、でも、もう絨毯が終わっちゃう。私の真正面にはいつもお美しい陛下が。その手前には…

パパが私のホールドをといて、手をとった。

あの方が掌を差し出す。パパが私の手を、まっているあの方の手に委ねる。指と指が重ねる。

あの方が、私の手をそっと、でも、しっかりと握りなおしてくださる。優しく微笑みながら。よく来たなとでもいうように。

クラヴィスさま、クラヴィスさま、私、もう心臓が破裂しそう…

 

おまえが近づいてくる。一歩、また一歩と。確かめるように絨毯を踏みしめながら。

おまえの父に預けているその手を、私のものにするために。

すがるようでいながら、熱い視線をまっすぐに投げかけてくるおまえ。

その思いの熱さに、ひたむきさに戸惑いを覚えなかったと言えば嘘になる。

なぜ、おまえがそれほど私の側にいたいと思ってくれるのか理解できなかった。

浮き草のように運命の流れに身を任せている私にはそんな価値も資格もないと思っていた。

おまえの若い命の輝きを私の薄暮のような人生を照らすことに使っては申し訳ないと思っていた。

だがおまえは変わらなかった。迷いも躊躇いもなかった。

その強さ、ひたむきさが私の背中をおしてくれた。

私といると心が温かくなって落ちつくといってくれるおまえが、こんな私でも、誰かの心の支えになれることもあるのかと、私に教えてくれた。

おまえが私を必要としてくれるなら、それに応えよう。

いや、私のほうが応えてやりたいのかもしれぬ。

私もおまえが与えてくれる思慕に安らぎを覚えている。

おまえを手放してしまえば、またもいつ果てるとも知れぬ弧寂にこの身を浸し、これを宿命として生きていくのかと思ったとき私は激しい恐怖に捕らわれた。

この安らぎを、この温もりを知ってしまった今となって、これを失うことには耐えられぬと思った。

だが、だからこそ、私は今までおまえの控えめな求めをはぐらかしてきた。

一度かき抱いてしまったら、もう片時も離す事あたわぬやもしれぬと思ったからだ。

おまえを虜囚のように私の腕の中に閉じこめてしまいかねないと思ったからだ。

きちんとおまえの両親からおまえを譲り受ける前に、なし崩しでおまえを家に帰せなくなってしまう事を怖れたのだ。

おまえが、確かな絆を求めていることを感じながらも、だから、気付かない振りをした。

一度火をつけてしまったら、おまえを求める気持ちを制御する自信がなかったのだ。

いや、私はずるい大人だから、おまえとのこの青い切ないような思いを味わう時間を少しでも引き伸ばしたかったのかも知れぬな。

身体を重ねる前に、肌を合わせる前にしか味わえない揺れる思いを、楽しもうとしたのかも知れぬ。

おまえが言葉の絆ではいくら撚りあわせても細く心もとない思いで不安を感じているのを知っていながら、すまないことをした。

だが、おまえはもう私の目の前だ。

おまえの小さな手が私の手に預けられる。

震えているな。手が冷たくなっている。

早くこの手を暖めてやりたい。

なにも案ずる事はない。思いをこめて手を握る。

おまえが望むように、私も望んでいるのだ。ただ傍らにあることを、ありつづける事を。

もう、離しはせぬ。

一度その手を預けたからには、もうおまえを離しはせぬぞ。

おまえを求める気持ちを、思いの丈をもう押さえる事は敵わぬ。

私の内にある激しさを知れば、おまえは怯えるだろうか。泣いてしまうだろうか。

だが、私はその涙を歓喜の涙にかえてみせる。

さあ、今日からおまえは私のものだ…

 

 

「いくぜぇっ!耳塞げ!」

ゼフェルが合図すると、ランディが大きな筒に火をつける。ゼフェル特製の花火がどどんと上がった。

聖地の庭園では、この花火を合図にクラヴィスとディアンヌ・フローラの結婚を祝うガーデンパーティーが始まった。

祝いの席に相応しい薄桃色のスパークリングワインのグラスがその場にいたもの皆の手に行き渡っている。

聖地御用達の財閥の系列のホテルの従業員たちが人々の間を縫ってまめまめしくサービスに回っている。

料理も飲み物もふんだんに用意されているようだ。

しかも、万人に開かれた場所がパーティー会場なので特別な招待状などはいらない。

守護聖たちはもちろん、それぞれの守護聖の私邸で働く者、王立研究院の職員でいま聖地に駐在している者、誰でもこの結婚を祝う気持ちのあるものには、このパーティーは開かれていた。

祝福を受けている新しいカップルは女王像の下あたりで、にこやかに談笑していた。

初々しい花嫁は淡いローズピンクがグラデーションになっているプリンセスラインのドレスを身にまとい、豊かな金髪は自然に下ろして所々生花で飾ってあった。

ドレスは春の日の光を折りこんだように角度によって艶やかな輝きを変え、髪同様、様様な花のモチーフとパールやクリスタルのビーズがちりばめられており、新婦の眩しい微笑みと相俟って彼女をほんとうの花の妖精のようにみせていた。

対して新郎のほうは淡いラベンダーパープルの燕尾服をまとっており、花の精をエスコートするに相応しい色合わせになっていた。

「うふふん、上等上等、やっぱり日の光の下って事を想定してパーティードレスはナチュラルでラブリーなイメージですすめて正解だったね〜」

「ほんと、聖殿での結婚式の時と全然ディアンヌのイメージが違う…結婚式の時はなんだか大人っぽくて厳かで近寄りがたいほど綺麗って感じだったのに…」

「誰がスタイリストやったとおもってるのさ。ファッションにはTPOってのがあるんだからね。一生の誓いをたてる結婚式のドレスは華やかな中にも厳粛さをたたえ、みんなの祝福をうけるパーティーではかわいらしく、なおかつ日の光にまけない色と素材。ヘアとメークもドレスの雰囲気にあわせてかえるのは当然だしね〜。ちなみに結婚式のドレスはファーストネームの月の女神をイメージ、パーティードレスはセカンドネームの花の女神をイメージしてデザインしたんだよ、私は。」

「さっすがですね〜、オリヴィエ様!どうりでどっちもディーのイメージにぴったりだと思った!」

「うっふふん、ありがと。でも、ほんとの月の女神は狩猟の女神でもあるから、結構マニッシュで肌の露出も多いんだけど、それはあのこのカラーじゃないからね。だから月の女神っていうよりは月の光の精が考えたイメージとしては近いかな?だから柔らかな月の光を織り込んだようなアイボリーホワイトのシルクタフタにレース重ねて銀糸で縁取って、ベールはもちろん、霞みたいなオーガンジーを幾重にも重ねて、あの子は年の割りに大人っぽい艶があったからヘッドドレスとブーケは胡蝶蘭をメインにしよう…って花嫁の素材がいいからイメージがいくらでも膨らんでね〜。もちろんクラヴィスにもディーのイメージに合わせて、月を守る男神のイメージから花の精を守るナイトってイメージで着替えてもらったんだよ。アンジェの時と違って、十分準備する時間もあって助かったわ〜仮縫いにも時間とれたからほんと納得いく出来栄えにしあがって私としては大満足なんだ。」

「そういえばアンジェとオスカーさまの結婚式はほんとに急でしたもんね。」

「あのばかがとにかくがっついてたからね〜。一刻も早くアンジェをお嫁さんにしないとアンジェが逃げちゃうとか、誰かに取られちゃうみたいに思ってたんじゃないの?宇宙が移動したばかりで聖地も大騒ぎだったから、式もごくごく内輪で守護聖しか列席しなかったし、お祝いのパーティーなんかする暇もなくて、今考えると可哀想だったよね。だから、私も今度の結婚式ではその敵をとるって訳じゃないけど、ドレスからパーティーの段取りから思う存分采配が振るえて気がすんだよ。」

「ほんと、、このパーティーいいですよ〜。オリヴィエ様って名プロデューサーですね。誰でもディーに話しかけられるし、クラヴィスさまも幸せそうだし…僕クラヴィスさまがあんな優しそうに笑うの初めて見ましたよ〜。みんな驚いてるんじゃないかな。クラヴィスさまって近寄りがたい雰囲気あるから。でも、ほんとはあんなに優しい表情なさる方だったんですね、ディーはきっと昔からそのことに気付いてたんだろうな〜」

「ふふふ、あんたもわがままなだけの坊やから脱皮しつつあるみたいだね〜?」

「やだなぁ、僕いくらなんでももう子どもじゃありませんよ〜」

青年へのとば口にたちつつある緑の守護聖がグラスの中身をなめるように味わっていると、地の守護聖ののんびりと間延びした声が聞こえてきた。

「え〜、先ほど新郎クラヴィスと新婦ディアンヌ・フローラは女王陛下の御前で愛を誓い、陛下から結婚の許可と祝福を賜り、ここに無事両者の結婚が成立した事をご報告したします〜」

ルヴァの一般客向けアナウンスを耳にして、マルセルは先刻の結婚式の様子を改めて思い浮かべた。

「僕、結婚式には感動しちゃいましたよ〜。オスカー様がディーをエスコートして女王陛下の御前に待ってるクラヴィス様に手渡した時は…なんかいかにも、娘を頼みますって感じで…無言なのに、雄弁なやりとりが二人の間にあったって雰囲気で…」

「あの男もさすがに神妙な顔してたしね〜、ディアンヌをクラヴィスに手渡す時はちょっとうるうるきちゃってたみたいだし〜」

「オスカー様は言いたいことが一杯ありそうな顔してたのに、それにくらべてクラヴィス様はおちついてましたね〜。もうなんにも心配はいらないぞ、すべて自分に任せておけとでもいいたげで…」

「伊達に年食ってないからね〜あの男は。まったく初々しさの欠片もない新郎っぷりだったね。あんなかわいいお嫁さんもらうんだから、もうちょっと感動を顔に表したって撥はあたんないとおもうんだけどね〜。ま、花婿ががっついてないおかげで、ディアンヌが聖地に帰ってきてからゆっくり準備する時間がとれたんだから、よしとすべきか!それにクラヴィスはあまり煩い事いわないから扱いやすい花婿だったしね。『ディーのドレスに合わせてあんたも燕尾服着替えるんだよ!』って銀鼠色からラヴェンダーの燕尾服に着替えさせようとしたときも、最初は『なぜ私まで…』とかいってたのに『そのほうがディーもかわいく見えるし、ディーだって喜ぶよ!』っていったら、黙っておとなしく着替えたもんね。やっぱ愛してるんだね〜。ディーのためって言ったらクラヴィスはなんでもするんじゃないかなって思っちゃったよ、私は。っておっと、私はこれから余興の準備があるんだ。お子様たちはせーぜーおいしい物でもたべてなさい、じゃね〜ん」

いいたいことだけ言って夢の守護聖がいずこかへ去ってしまうと、入れ替わりに花火の打ち上げを終えた鋼と風の守護聖がマルセルのもとにやってきた。

「あ、2人ともお疲れさま〜」

「マルセル聞いてくれよ〜、ゼフェルのやつったら、俺に危険な打ち上げばっかりやらせるんだぜ〜」

俺はインテリゲンチャだけどよ〜脳みそまで筋肉のおめーなら、並大抵のことじゃ死なねーからな!例えしんでも未来の大科学者にて天才技術者の俺とちがっててーした損失でもねーしな!」

「なんか言ったかぁ?ゼフェル?」

「なんも言ってねーよ、それよりめしくおーぜ、めし!俺腹減った。」

若者たちは旺盛な食欲を示し、料理を山ほど盛っては、きれいにそれらを片付けていく。

「今はディーに話しかけるのは無理そうだね、周り中人に囲まれちゃってる…」

「ま、それは仕方ねーだろ、今日の主役なんだしよ〜。俺たちは結婚式に列席してたんだから、あんま贅沢もいってらんねーだろ。」

「ゼフェル…おまえ、おとなになったなぁ…」

「おめーにだけはいわれたくねーよ!」

またも恒例行事のじゃれあいが始まりそうになったところに、オスカーとアンジェリークが若者たちに声をかけてきた。

花婿より目立ってはいけないのでオスカーはプレーンな礼服、アンジェリークはとてもそうはみえないものの、花嫁の母として娘よりは大人っぽいストレートなラインのペパーミントグリーンのドレスに同色のオーガンジーのショールをまとっていた。

「ゼフェル、ランディ、ご苦労だったな。ディーにもいい思い出になっただろう。礼をいう」

「ほんとうにありがとうございます、ゼフェル様、打ち上げ花火つくってくださって…、ランディ様も危ないのに打ち上げを快く引きうけてくださったんですって?」

「いいってことよ、俺様の天才ぶりを見せつけるいい機会だったしよー」

「俺、丈夫だけがとりえですから、あれくらいどーってことないですよ、はははっ」

「へっ、自分のこと、よくわかってるじゃねーか」

「今日はおめでたい席なんだから喧嘩はやめてよねー」

「めでたいと言えば…おい、ゼフェル、おまえ、ディーの結婚に関してまたトトカルチョなんかやってないだろーな?おまえらはこういうめでたい席にはかならず便乗してお祭り騒ぎってやつをしたがるからな。」

「ば、ばか言ってんじゃねぇよ!それに例えやったとしても、めでてーことを祝う気持ちからなんだから、別にかまわねーだろうよ。」

「それが、かまうんだ。おまえらのおかげで俺はディーが産まれた時、実の父親だと言うのに娘に命名できなくなるところだったからな。あの恐怖はいまだに鮮烈だぜ。」

「オスカー様、ほんとうはゼフェル、また胴元になるつもりだったんですよ〜」

「あっ、こら、マルセル、告げ口すんじゃねー!」

「やっぱり…でも、過去形と言うことは、その悪巧みはポシャったんだな。いったい何を題目にして何を賭けたんだ?」

まさか、ディーの初夜権とかではないだろうな。そんなおいしい景品が商品なら、みながトトカルチョに参加したに違いない。しかし、ディーが承服するわけないし、ばれた時のクラヴィスの反応を怖れて計画が立ち消えになった…そんなところだろうか…

「オスカー様がディーとクラヴィス様の結婚をいつ許すかのXデーをあてっこしようって言い出して…でも、プロポーズの次ぎの日っていうのは、選択肢の中にも、そもそもなくて、賭けが成立しなかったんですよ。それに、景品がね、ディーの結婚式でディーをエスコートする権利なんて言ったもんだから、みんな最初からもういいやって、誰も賭けに乗らなかったんです。」

「景品の選定に失敗したぜ、まったく。クラヴィスのやろーにディーを渡すなんてことわざわざやりたがる奴がいるわけねーもんな。しかし、それにしてもおっさんよー、陥落が早すぎるぜ!もうちっと気合入れて反対すると思ってたのによー」

うんうんと残り二名の若者も頷いた。

オスカーがむっとして噛みつくように反論した。

「おまえらに俺の気持ちがわかってたまるか!」

ディーの初夜権が賭けの商品ではなかったことには安堵したが、かわいい娘を誰が好き好んで他の男にやるものか!子の幸せを願って涙を飲む父親の気持ちもしらずに、勝手なこと抜かすな!という気分であった。

すかさずアンジェリークもオスカーのフォローに入る。

「そうですよ〜オスカー様はね寂しくたって、悲しくたってディーの幸せを願ってディーに一番いいようにって考えたうえで次ぎの日にクラヴィスさまにお返事したんですから。立派だったわ、オスカーさま…」

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんさえわかってくれれば俺はいいんだ…」

「オスカーさま…」

「お嬢ちゃん…」

点描を背負い始めた二人を見てゼフェルがいまいましげに言い放った。

「げっ!また二人の世界に入りやがった!何年経ってもほんとおめーらかわんねーな!やってらんねーぜ!」

「こうなっちゃうと、僕たちいてもいなくてもおんなじだしね〜。あ、丁度ディーの回りに今、人が少なくなってるよ、ジュリアス様も話しかけてる。僕たちもディーのところにいってみよ!」

「じゃ、そうするか!」

若者たちはこう言うと後ろも見ずに走って新婚夫婦のもとに行ってしまった。残された旧婚夫婦は別に傷つきもせず、互いをみつめあっていた。

そのとき、ちゃかちゃんちゃんちゃんという調子のよいお囃子が聞こえ、異様な風体のオリヴィエとルヴァが噴水の前に現れた。

肩の部分が大きく張り出したベストのようなものと、ものすごく幅広な上さらに裾が大きく広がっている奇妙なズボンを履いていた。

「あっ!オスカーさま、ルヴァさまとオリヴィエ様の余興が始まりますよ、行ってみましょうよ!」

アンジェリークがいままでの雰囲気などどこ吹く風といわんばかりに、オスカーの腕をぐいぐい引っ張って噴水の前までいくと、ルヴァとオリヴィエの二人が丁度集まった人々に頭を下げたところだった。

「このたびはご結婚、おめでとうございます!」(ハモっている)

「ヴィエの介」

「ルヴァ太郎」

「でございます!」(またまたハモっている)

「本日は僭越ながらこのおめでたい席を私どもの芸にてお祝いさせていただきます!」

「いくよっ!ルヴァ!」

「ほいきた!」

ルヴァが手に持っていた大ぶりな紙製の傘をひろげると、オリヴィエがその傘めがけて、ボールやら、枡やらをぽいぽいと放りなげ始めた。

ルヴァは傘をぐるぐる回しながら、その枡やボールを落とさずに傘ではじきつづける。

「うまくできましたら、拍手ごかっさ〜い!」

「どこがおめでたいかと申しますと」

「いつもより多く回しておりま〜す!」

オスカーはあっけにとられた。

「なんなんだ、あれは…初めて見るのに、なんで『いつもより多く』なんだ?…それにあの異様な格好はなにか意味があるのか?」

「あれ、ルヴァ様の大好きな食べ物の産地に伝わるおめでたい時にやる芸なんですって。」

「なんだ、お嬢ちゃんは知ってたのか?じゃ、あの衣装もその辺境の地の民族衣装かなにかか?」

「ええ、なんでも、カミシモとか言うんですって。意味は上と下らしいてルヴァ様がおっしゃってましたわ。確かに上と下だけど、そんなこと言ったらワンピース以外の服はみんな上と下なのに、おもしろい名前だなって思ったんで覚えちゃったんです。あの芸もルヴァ様がどこかの記録をみつけていらして、結婚のお祝いの余興になにかしたいって言ってたオリヴィエ様がそれに飛びついて…お二人ともすごく一生懸命練習してたみたいですよ。初めて見せるときも『いつもより多く回してます』っていうのはきまり口上なんですって。」

「ルヴァ贔屓の辺境での伝承芸能はなにがなんだかわけがわからんな…傘の上でものを回すと何がめでたいのかも俺にはさっぱりわからん。それにしてもお嬢ちゃん、なんでそんなに詳しいんだ?」

「あのね、お二人は執務時間中にこの芸の練習なさってたときがあって、ジュリアスさまにばれるのはまずいから、『ジュリアスが執務室に来そうなときは私たちに教えて!』って私オリヴィエ様から言われたことがあったんです、それでなんでですか?って聞いたら練習してるとこみせてくださったんです。」

くすくす笑いながらアンジェリークが答えた。

「まったく、あきれた連中だな…」

「でも、ディーのパーティーを楽しくしようとしてくださってるんですし…ほら、ディーも楽しそうだし…」

アンジェリークがころころ笑い転げている様子のディアンヌを指し示そうとしたあげた手をオスカーがいきなりぎゅっと握った。

そしてアンジェリークに向き直ると、真剣な顔で話しはじめた。

「お嬢ちゃん、俺がお嬢ちゃんと結婚した時はこんなパーティーは開いてやれなかった…俺は一日も早くお嬢ちゃんを自分のものにしたい、それを周囲に知らしめたい、とそればかり考えていて、クラヴィス様みたいにちゃんと準備が整うまで待つってことができなかった。招待客もパーティーもない結婚式しか挙げられず寂しかったんじゃないか?すまなかった…」

アンジェリークはびっくりしたようにぶんぶんと大きく首を横に振った。

「オスカー様、私そんなこと考えたこともありませんでした。ちゃんと結婚式はできたし、皆さんにおめでとうって言ってもらえたし。宇宙が移動したばかりで皆さんとっても忙しかったんですもの。結婚式あげさせてもらっただけでも、私、申し訳なかったんです。でも、私も一日も早くいっしょにくらしたかったし…だから、結婚式早くあげさせてもらえて幸せせだったんです…」

恥らって俯いてしまったアンジェリークの頤をオスカーが摘み上げた。

「本当か?お嬢ちゃん、後悔はないか?俺はお嬢ちゃんが同じ気持ちだったと知って嬉しいが、女性にはいろいろ夢や希望があるだろう?俺が急いたばかりにお嬢ちゃんにあきらめさせた夢はなかったか?」

「私の一番の夢はもうかなえてもらってます。いつもオスカー様といっしょにいられて、オスカー様の子どもも産めて、その子どもはとっても頼りになって信頼できる伴侶もみつけて…これ以上望むことなんてありません。」

きっぱり言いきるアンジェリークにオスカーは胸があつくなる。

「ディーも俺たちみたいに幸せになるといいな。」

「なれますよ、絶対、私たちの子どもですもの。」

アンジェリークが全幅の信頼を表した笑顔で答えた。

「今日が、また新しい幸せの始まりの日になるんだったな。そこでだ、俺はお嬢ちゃんにひとつ提案ある。」

「なんですか?オスカー様?」

「今までディーを中心に回ってた生活を二人のものに戻す為、育児疲れをとるため、二人の仲をみつめなおすため…いや理由はなんでもいいんだ。二人で旅行にいかないか?今度の休みにでも。主星の観光地くらいなら週末を利用していけるだろう?」

「うれしいっ!二人で出かけるなんて久しぶりですものね!」

「ああ、俺もせっかく再び訪れた二人だけの日々だ。しばらくはこれを堪能したいから、主星に行っても今度は子どもができないよう気をつけるからな。」

「??オスカー様、なにをおっしゃってるの?ディーができてからはずーっと子どもはできなかったじゃないですか。こんなにしてるのに(ぽっとアンジェリークは頬を赤らめた)できないんだから、もう、できないのかもしれませんよ?」

「そりゃ、下界でしてないんだから…って、もしやお嬢ちゃん、ここ(聖地)では子どもはできないって気付いてなかったのか!」

「え、え、ええええぇ〜!?そ、そうだったんですか!ぜんっぜん知りませんでした!ディーができたのだって、赤ちゃんは単に授かり物だからくらいの気持ちで…じゃ、ディーって下界に行った時に…」

「そうだ、旅行先か一時期凝っていたラブホでだかはわからないが、俺が聖地と同じ感覚で避妊が念頭になかったからできたんだ…まさか、気付いてないとは思ってもいなかったぜ…」

「いや〜ん、だって誰もそんなこと言ってなかったんですもの〜」

「聖地に放されてる動物が王立研究院で個体管理されてることは補佐官だから知ってるだろう?自然には増えないから時たま外界からつれてきてるのも…当然聖地では生殖が不可能だってことを知ってるんだと思ってたぜ。」

オスカーはあきれながらも、なにやら楽しい気分になった。

アンジェリークは思いも寄らない所ですぽんと抜けているところがあって、こんなところもオスカーはかわいいなと思ってしまうのだった。

「まあ、クラヴィス様はご存知だろうし、子どもは退任後でもいいといっていたから、わざわざ下界におりてまで子作りには励まないかもしれないがな…」

「やだ、オスカー様ったら…でもディーの初めての夜がわたしたちみたいにいい思い出になるといいですね、きゃっ!」

自分で言って自分で照れてるアンジェリークの様子がまた愛らしくてオスカーは思わずアンジェリークの肩を抱いた。

「そうだな、まったくの初めてじゃなくても、やはり結婚して初めて迎える夜は格別な思い入れがあるものな。多分もう馴染んでるだろうけど、クラヴィス様とディーもそうなんだろうな」

「え?オスカーさま、なにおっしゃってるの?私たちは結婚した夜がその…初めてじゃなかったけど、クラヴィス様とディーは多分、今夜が初めてですよ?」

「え?おい、嘘だろう?だってディーは13才の頃からクラヴィス様が好きで、クラヴィス様もそれに応えたって…」

「なに言ってるんですか!オスカー様ったら!それはディーがクラヴィス様に気持ちを打明けただけですよ、私ディーから聞きましたもの、その頃はちっとも相手にしてくれなかったって…」

「なんだって?俺はディーがその頃からもうクラヴィス様と、そのうにゃうにゃ…だとばっかり思ってたぜ!」

「なんでそんなふうに思ったんですか?少なくともつい最近まではディーは経験してないはずですよ。だって私ディーに相談されましたもの。クラヴィス様はキスしかしてくれないって。婚約してるのに…って。でも、自分もまだちょっと怖くて勇気がないから、慌てなくてもいいのかな?って…」

「それは本当か?…まいったな…いや、そりゃ俺もなんというかはっきりとは問いただせなくて、言葉を濁しちまったのがいけなかったのかもしれないが…クラヴィス様がディーの気持ちに応えてやったのはいつ頃だったかって訊ねたら13才ごろっておっしゃったから、俺はてっきり…」

「もう、オスカー様ったら、気持ちに応えるっていうのはディーの気持ちを真面目に考えるっ意味じゃないですか、どうしてそんな風に思いこんじゃったのかしら?」

「いや、それはその…」

言われてみれば、確かにクラヴィスの言葉を拡大解釈したといえないこともない。クラヴィスは明言したわけではないのに、自分の経験と照らし合わせて勝手にそうだと思いこんでしまったといったほうが正しかった。

「そ、そうか…ディーは実はまだ処女だったのか…それじゃ、今夜は正真正銘の初夜…」

具体的に光景を思い浮かべることは父親としてのなけなしの理性で踏みとどまった。

「そうですよ、多分。きっと嬉しい中にも、今ごろどきどきしてるはずですよ、ディーは。」

「それで、ディーは何が怖いってお嬢ちゃんに相談しにきたんだ?処女の抱く漠然とした不安ってやつか?」

「それが…ね…言っちゃってもいいのかな…」

「ん?どうした?」

「その、昔ねディーにみられちゃってたんですよ、私たち…」

「は?」

「だから…ディーに見られちゃってたんですってば!んもう、オスカー様ったら、なんども言わせないでください〜」

「それって、つまり(しばし、黙考)………もしかして、俺たちの愛の営みを見られたってこと…か?」

「も、やだぁ〜!」

アンジェリークが羞恥に顔を覆っていやいやをするような素振りをした。

「それが、ディーの相談とどうつながるんだ?」

「んもう、オスカー様、考えてみてくださいよ〜、なにも知らない子どもがみちゃったら、オスカー様が私をいじめてるようにみえちゃうかもしれないってことですよ〜」

「な、なるほど…」

言われてみればその通りかもしれない。息をあらげた自分がアンジェリークの身体を折り曲げるようにして腰を打ちつけている所など見られた日には、『パパがママをいじめてる!』とディアンヌが誤解した可能性は否定できない。

「ディーは昔夜中に目が覚めちゃった時があって、その時ね、その、泣き声みたいなものが聞こえたから気になっちゃって見に行ったんですって。なんか、怖い話しでも読んだあとだったらしくって気になっちゃってしかたなかったんですって。」

「で、もしかして、その泣き声っていうのは…」

「そうです〜、その、あの、私の声だったんです〜。ディーは最初泣き声が私のらしいってわかって私がどうかしたのかと心配になって覗いてみたら、そのオスカー様がなんだかよくわからないけど、私のことを押さえつけて泣かせてるみたいに見えたらしくってびっくりしちゃったんですって。」

「ま、まあそう見えるだろうなぁ、お嬢ちゃんは実際泣いているわけだし…」

悦びのあまりあげる啜り泣きがあることなど、子どもが知るよしもないだろうしな、とオスカーは思う。

「でも、ディーはパパがママをいじめるわけがないから、おかしいって思ったんですって。そしたら、なんでもオスカー様が私に『気持ちいいか?』って訊ねてて私は泣きながら『気持ちいい』って答えてたんですって…あん、もう、いやん…で、それを聞いてディーはママは泣いているけど、どうやら嫌な事やつらい事をされてるわけじゃないらしいってわかって安心して自分の部屋に戻ったんですって。」

「じゃ、じゃあ、ディーは実は俺が影でお嬢ちゃんをいじめてたとか、実は夫婦の仲が悪いとか誤解した訳じゃないんだな?」

「ええ、そういう風には思わなかったみたいです。それにそのときは結局私たちが何をしてるのかよくわからなかったらしいんですけど、学校にいってるとき友達とそういった類の話題がでたことがあって、そのとき初めて、ディーは私たちが何をしてたかわかったんですって。」

「でも、ディーは別に心に傷を負ったわけじゃないなら、何が不安だって言ってきたんだ?」

「そのね、友達が初体験の話で、すっごく痛かったとか、血が出たって聞いて、ディーは私も泣いてたし、ほんとはママは我慢してたんじゃないのとか、興味がないっていったら嘘になるけどどうしてもしなくちゃいけないのかなとか、いろいろ考えちゃって不安になっちゃったらしいんです。クラヴィス様がその、あまり強引に求めてこないっていうのも、却って不安を煽っちゃったらしくて、クラヴィス様に求められないのも不安だし、でも、求められたらそれはそれで不安だしって…」

「ははぁ、思考の迷路に嵌りこむってやつだな、確かに経験がないからこそ想像ばかり膨らんじまって尻ごみするってことはあるな。だいたい案ずるより産むが易しなんだが、そういうことで悩むってことは確かにディーは処女だったらしいな。それでお嬢ちゃんはなんて答えたんだ?」

「私は一度も我慢なんてしたことはないわよってきっぱり否定しました。それから、私が気持ちいいっていってたなら、ほんとに気持ちよかったのよって、その恥かしかったけど…それで、心から愛する人と愛し合うってことはすばらしいことだから、なにも怖がる事はないわって…」

「それで、ディーは納得したのか?」

「ううん、でも、最初はやっぱり痛いんでしょ?っていうから、それは最初はちょっと痛いけど…でも、クラヴィス様はきっとすっごく優しくして下さると思うから、そんなに辛くないと思うわよって、それに私も、最初の最初は確かに痛かったけど、オスカー様がすっごく優しくいろいろしてくれて辛さを紛らわせてくれてくれたから、その初めてのときから気持ちよくなっちゃったわよ…って、いや〜ん」

「そういってもらえると俺も嬉しいがな…」

アンジェリークとの甘いめくるめくあの最初の一時が彷彿と思い出され、オスカーの口元は思わず緩んでしまった。

「だから、なにも心配はいらないわって。好きな人と愛し合えると、本当に心があったまって、安心して、もっともっとその人のことが好きになるのよ、痛いのは最初だけだし、ちょっとくらい痛くても好きな人とひとつに溶け合えるような喜びはもう、言葉じゃ言い尽くせないほどすばらしいのよ。それは男の人も同じだからクラヴィス様を信じてれば大丈夫。クラヴィス様は古風な方だし、多分あなたに対する責任感からちゃんと結婚するまで待っていてくださってるんだと思うわよって言ったら、なんだか安心したみたいで、『じゃ、結婚する日を楽しみにまつわ』って。」

「そんなことがあったとはな…」

クラヴィスが以前言っていたことをオスカーは思い出していた。

何年生きていようと、驚く事はあるものだ、だから人生は捨てたものじゃないと…

オスカーはくっくっと笑い出したいような気持ちになっていた。

アンジェリークが聖地では子どもができないことをしらなかったというし、娘には夫婦の営みを見られていたし、13才でクラヴィスと結ばれていたと思っていた娘は実は処女だったようだし、自分が知っているようで知らないことは、まだまだきっといくらでもあるのだろう。

なんでも見知ったような気持ちで斜に構えて人生を倦んでしまうなんて、もったいなくてできたもんじゃない。

でも、自分がこんな心弾む思いで日々を生きていけるのは、きっと傍らにいつも佇んでくれている天使のおかげだろう。彼女は知らず知らずの内にどんなことでも楽しんでしまうような前向きな視点を示し、自分は明かにその影響を受けている。

アンジェリークを知ってから、自分の精神は軽やかに、伸びやかに、とてつもなく自由になった気がする。

おりしもルヴァとオリヴィエの余興も終わり、二人は満場の拍手で送り出されたところだった。

余興を見て楽しそうな娘の様子と、それを静かに見守っているクラヴィスの様子に心がじんわりと暖かくなる。

きっとクラヴィスも同じようなものを娘の中に見出したのだろう。

健やかな精神を持つ愛らしいものがただ傍らに在ってくれるだけで、それまで捕らわれていたしがらみや鬱屈から心が軽やかに飛翔する、クラヴィスにとって娘はそんな存在なのかもしれない。

娘とクラヴィスに幸多かれと心から願い、そして、恐らくあの二人はなんの心配もいらないだろうという確信めいたものを感じる。

自分たちをみて育ったディアンヌなら、愛のあり様に迷うことはないだろう。

二人の様子を黙って見つめるオスカーの腕にアンジェリークがそっと頬を添りよせてくる。無意識のうちにさらに強く肩をだきよせる。

あの二人も自分たちのように幸せをかみしめていよう、今日を自分たちの新しい始まりの日と認識していよう、そしてこれから自分たちを待ちうけている輝かしい喜びに満ちた日々に思いを馳せていよう。

そしてそれは自分たちも同じだった。

アンジェリークの華奢な肩のラインを確かめながら、オスカーは娘に送る最後の言葉を胸の中で組みたてていた。

この始まりの日の気持ちを決してわすれることのないようにと、二人に伝えようと。

そして同じ言葉を自分自身にも語りかけながら。

 FIN

長い連載にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。絵に描いたような大団円となりましたが、如何でしたでしょうか。私の創作では「Diaspora」に並ぶ長編となりましたが、印象としては駆け足ですね。ある人間の誕生直後から18才くらいまでをかいたのですから、無理もないですね。これでも短すぎるくらいでしょう。
しかし、この話の主題は、本当はディーの成長記ではないのです。
もともとキリ番ゲッター・げんちゃん様のリクは「娘がボーイフレンドを連れてきておたおたするオスカー様の話」というものだったからです。(ほかにもリクいただいたのですが私の筆力では書くのが難しいものばかりだったんです〜爆)で、げんちゃん様と話の内容を煮詰めて行くに従い、守護聖オールキャラ登場で、娘の恋人はやっぱりオリキャラより守護聖さまのほうが絶対おもしろいということで、どんどん形ができあがっていきました。未定だった娘の名前も当サイトの常連様と相談の上で決めていただけまして、この話は私のものというより、お友達の皆さんのご協力あってできたものという印象が強いです。
そして私自身は、ただおたおたして娘の巣立ちに泣いちゃうオスカー様で終わっちゃうより、そこから一歩進んで発想の転換をし、新たに人生踏み出そうとするオスカー様にしてあげたいなと思いまして、そのための力をオスカー様に与えるためにアンジェには相当大人になってもらいました。
思いのほか、オリキャラのディアンヌもかわいがっていただけ、今まで当サイト報われない男NO1だった(笑)クラヴィス様も漸く幸せにしてあげられて、私としても幸せな気持ちでかきあげることのできた作品となりました。


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