二人だけのCEREMONY 1

聖地の暦でそろそろ年末にさしかかろうとする頃であった。

炎の守護聖オスカーとその妻で女王補佐官アンジェリークは居間のソファに並んで腰掛け、夕食後の寛いだ一時をすごしていた。

オスカーは食後酒としてブランディを、アンジェリークは心を落ちつけるハーブティーをそれぞれ喫していた。

オスカーは愛しい妻の肩に腕をまわして、華奢な身体を自分の懐に抱えこむように抱き寄せていた。

なんとはなしにふわふわの巻き毛を弄び、時折髪を掬い上げては唇を寄せてその感触をたのしみながら、

『今日の執務も滞りなくすんだから風呂敷残業もないし、お嬢ちゃんの顔を見ながらとる夕食はなんだってうまいし、あと寝る前にすることといったら結婚生活において最も重要かつ最高に楽しい事だけだな、今日はどんなパターンでお嬢ちゃんを責めてかわいい声をあげさせてやろうかな?』

などと楽しい空想に耽っていると、アンジェリークがオスカーの胸に頬をすり寄せながら、甘えたような瞳でオスカーを見上げてこう訊ねた。

「オスカーさまぁ、もうすぐオスカー様のお誕生日ですね、なにかほしい物ありませんか?」

「ああ、もうそんな時期か…俺のほしい物?きまってるじゃないか。それは…お嬢ちゃんだ!…俺はいつだってなによりもお嬢ちゃんが欲しいんだぁああっ!」

ぐわば!

「きゃあああ〜!」

いきなりソファに押し倒されて、アンジェリークは思わず高い声をあげてしまった。

こんな悲鳴をあげられたら却ってそそられちまうなぁ、このままここでっていうのも趣がかわっていいかもしれん、お嬢ちゃんが素直に応じるとは思えないが、ちょっといじめながら恥じらいに躊躇うお嬢ちゃんをその気にさせるのがまた楽しいんだよな〜…などと不届きな事をオスカーは一瞬のうちに思考していた。

オスカーはにやにやしながらアンジェリークを見下ろした。顔は笑っていてもアンジェリークの手首を掴んでいる腕の力は緩めない。

「こら、お嬢ちゃん、そんな悲鳴をあげるなんて俺がまるでお嬢ちゃんに無体を強いる犯罪者みたいじゃないか。ん?」

冗談めかした口調なので、オスカーは本気で傷ついたり、自分を非難している訳ではないことがアンジェリークにはわかっている。いわばこれは一種のゲームなのだと。オスカーは彼の望むところに自分を追いこんでいくためのエクスキューズを口にしているにすぎないのだ。

「だ、だってぇ〜突然だったからびっくりしちゃったんですもの。お茶零すかと思っちゃいました。」

だから、アンジェリークは別にうろたえる事もなく、ましてや謝りもせず、逆に口を少し尖らせるようにして控え目にではあるがオスカーに反論した。

オスカーはますます嬉しそうな顔になり、

「そんなかわいくないことを言ういけない唇は塞いじまうに限るな?」

と言ってアンジェリークに答える隙を与えないように即座に口付けをおとしてきた。

半ば強引にオスカーの舌が口腔に侵入してき、幾分乱暴にアンジェリークの舌を捕らえようとする。

組みしかれ、言葉のゲームをしかけられた時点で予想していた展開なので、アンジェリークは諦めたようにさしたる抵抗も見せずにおとなしく口付けを受けいれた。

オスカーが舌を律動させるようにして口腔を蹂躙するうちに、アンジェリークの頭の芯に霞がかかり始める。

『あれ?なんで私オスカー様にソファでキスされることになったんだっけ?』

オスカーの舌の感触に酔わされながらぼんやり思い返した。

『突然オスカー様が覆い被さってくるのはいつものことだけど…お嬢ちゃんが欲しいんだ〜(きゃっ!)なんてなんで急におっしゃったんだっけ?そんなことわざわざ言わなくてもオスカー様はいつも私をいっぱい愛してくださるのに…えっと…あ!私がオスカー様の誕生日に欲しいものを聞いたからじゃないの!いや〜ん!忘れてたわ〜』

アンジェリークがなんとか自分を取り戻した時、逆にオスカーはアンジェリークがもう十分口付けに酔いしれてその気になっただろうと考え、一旦唇を離した。

「お嬢ちゃん、寝室に行くか?それとも、ここでこのまま愛し合うか?」

オスカーは答えは聞かなくてもわかってるとでもいいたげに、首筋に舌を這わせ始めた。

アンジェリークは首を竦めてオスカーの肩に手をかけて、オスカーの愛撫に水を差した。

「じゃなくて、オスカーさまぁ、私、オスカー様にお誕生日に欲しいものは?って伺ったんですけど…」

オスカーは少々鼻白んだ様子で、少し上体を起こした。

「俺はだから、ちゃんと答えたじゃないか。欲しいのはお嬢ちゃんだって。お嬢ちゃん以外欲しい物なんてない。」

オスカーは真面目な顔で告げてから、再度アンジェリークに覆い被さり、服の上からさする様に乳房に触れ始めた。

オスカーは真剣にそう思っていた。別に嘘を言ったわけではないし、もうそんなことはどうでもいいから早くアンジェリークを抱きたかった。

しかし、アンジェリークは納得できずに焦れた様にさらに言い募った。

「ん、もう、そういうことじゃなくて、ほんとに欲しいものです。去年も私、結局オスカー様になにもさし上げられなくて、旅行に連れて行ってもらって、水着をもらって、誰のお誕生日だかわからなかったじゃないですか〜。だから、今年はちゃんと私からなにかしてさしあげたいんです。わ、私を欲しいって言って下さるのはとっても嬉しいですけど、それじゃいつもと変わらないじゃないですか〜」

いつもいつも、オスカーの優しく巧みな愛撫にながされてしまうが、今日はちゃんと言うことは言わなくちゃ!と心を強く持とうとアンジェリークは決心していた。

オスカーの顔に一瞬楽しそうな表情が浮かんだ。去年の旅行のことを思い出したようだ。

「去年の誕生日か?お嬢ちゃんはそう言うが、俺はお嬢ちゃんから最高の思い出をもらったがな。かわいい水着姿のお嬢ちゃんが明るい太陽の下で思いっきり乱れた様子という、掛け替えのない思い出を…そういえば、お嬢ちゃんが自分から俺を愛してくれたのもあの旅行が最初だったんじゃなかったかな?」

にやにやしながらオスカーが告げると、アンジェリークがぼんっ!と真っ赤になった。

「ななな、何いってるんですか!もう〜!」

オスカーはいきなり真剣な顔に戻ると、ぽっぽとゆだっているアンジェリークにやはり真剣な声音でこう告げた。

「だがな、お嬢ちゃん。俺が喜ぶというならお嬢ちゃんが俺にいろいろな顔や姿、もちろん幸せなやつだぜ?を見せてくれるのが本当に最高の贈り物なんだ。特にお嬢ちゃんが俺にしかみせない顔で俺を心から欲しがってくれる姿に勝る物はないんだ…」

「オスカーさま、でも、それじゃ…」

アンジェリークがかすかに眉根をよせる。

「お嬢ちゃんの気がすまないか?なら…」

オスカーは考えた。アンジェリークの気をすませてやり、なおかつ自分にとっても楽しいことはなんだろうかと…

そして、何やら思いついたのかアンジェリークを組み敷いたまま、真面目な表情でとある案を提示した。

「こういうのはどうだろう?俺の誕生日を二人きりで祝ってくれないか?使用人にはその日一日暇をだして、そのかわりお嬢ちゃんが俺の世話のすべてをしてくれるっていうのはどうだ?二人きりですごす一日を俺にプレゼントしてくれないか?」

「そんな、それだけでいいんですか?オスカーさま…」

「それだけって、結構大変じゃないか?いつも使用人のしているようなことを替りにしてもらうかもしれないんだぜ?」

「そんなことないです!普通の奥さんがしてることじゃないですか、それって。オスカー様のお世話なら私なんだってします!」

オスカーがこの瞬間にやりとほくそえんだのにアンジェリークは気付かなかった。

「じゃ、約束だ、お嬢ちゃん。俺の誕生日には俺のいうことをなんでも聞いてくれるか?」

「はい、お約束します。私お料理とかがんばってオスカー様のお世話をしますね!」

『お嬢ちゃんにがんばってもらいたいのは、そんな誰でもできることじゃないんだが、まあ、今は黙っておくか…』

なにやら不穏なことをオスカーが考えていることなど露知らず、アンジェリークはオスカー様のお誕生日のご馳走は何にしようかしら…とうきうきしていた。

オスカーもソファの上でアンジェリークを抱く事はもうどうでもよくなっていた。

自分の誕生日にアンジェリークに何をしてもらうか、その楽しい考えに捕らわれこちらもうきうきとしていた。

「じゃ、お嬢ちゃん、とりあえず寝室に引き上げて休むか?」

「はい、オスカーさま!」

二人は互いにご機嫌で、にこにこしながら夫婦の寝室に引き上げて行った。

 

そして迎えたオスカーの誕生日。

この日聖地は平日だった為、オスカーもアンジェリークも執務があった。

そのため、二人きりですごすのは執務が終わって私邸に帰宅後にしようと二人で相談した。

自分たちが私邸に帰った時点で、使用人たちには一斉に早退してもらい明くる日の朝まで屋敷内にたちいらないようにとオスカーは命じた。

アンジェリークは実はそのことが残念だった。オスカーの誕生日のご馳走のメニューは自分で立てたものの、執務があったので自分ではほとんど料理できず結局はほとんどシェフにやってもらうことになってしまったからだった。

アンジェリークができるのは、下ごしらえされた料理を適温でサーブすることだけであった。

しかし、オスカーの誕生日だから執務を休ませてくれ、なんて言ったら、その理由をいろいろ根掘り葉掘り守護聖たちにきかれそうな気がしたし、二人きりでお祝いしたいからその準備で休みたいなんて言うのは恥かしくて憚られたし、第一まじめなアンジェリークはそんな理由で執務を休みたいとは、どうしてもロザリアに言い出せなかった。

二人きりでオスカー様のお世話ができるだけでも良しとしなくっちゃ、オスカー様に喜んでいただけるようがんばろうとアンジェリークは思いなおした。

その日、執務から帰ってきたアンジェリークは軽くシャワーを浴びて身を清めてからシェフに料理の仕上げ方を細かくレクチャーしてもらった。

といってもすでに料理はほぼ完成した状態でオーブンで保温されており、きれいに盛りつけて出すだけの状態になっていた。

そうしないと、アンジェリークが給仕に追われて奥方ご自身が食事をする時間がなくなってしまうとシェフは考えたからだった。

給仕頭がテーブルセッティングもすべてすませてくれてあった。

「こんなになにもかも準備していただいてありがとうございます。これじゃいつものお仕事とかわりませんでしたね。私がもっと自分でできればよかったのだけど…」

恐縮する奥方に使用人たちは更に恐縮してしまう。

率直に言って結婚前は気難しい部分も多々あった主人は結婚後すっかり人当たりが柔らかくなっていたし、アンジェリーク自身の人柄もあって本当に主人はいい奥様をもらってくださってよかったなあと、使用人一同は心から思っていたのだ。(どこでもここでも主人が奥方を押し倒すのも、目のやり場に困るものの仕様人一同もう慣れっこになっていて、彼の時はさりげなくその場から退出するという不文律が使用人の間ではできあがっていた。)

アンジェリークはその飾らない人柄と生来の優しさ、朗らかさでオスカー邸の雰囲気をいつも明るく爽やかなものにしてくれ、使用人一同は心からこの年若い奥方に心酔していたのだ。

故に主人の誕生日を奥方が二人で祝いたいというのならば、使用人は出来る限りのことを尽力しようと誰からともなく個々でそう思っていた。

だから、主人夫婦が帰宅するやいなや、使用人たちは一刻も早く奥方の願いを叶えようとするように、あっという間に屋敷から退出していった。

オスカーとアンジェリークだけが居間にぽつんと残された。が、寂しくはなかった。互いにこの人さえいればいいと思っている人はすぐ側にいてくれたから。

アンジェリークははりきって、

「オスカーさま、さ、二人でお祝いしましょうね。今、食堂にお料理をお持ちしますから、ちょっとだけ待っててくださいね!椅子におかけになってて!」

といそいそと厨房に引っ込もうとした。

「おっと、ちょっと待ったお嬢ちゃん」

オスカーがアンジェリークを呼びとめる。

「なんですか?オスカー様?」

「普通の奥様の必須アイテムを忘れてるぜ、お嬢ちゃん。ほら、これをあけてご覧?」

オスカーは小さな包みをアンジェリークに手渡した。

「?」

アンジェリークがなにかしらと思って包みをあけてみると、純白の優美なレースとオーガンジーが目に入った。

「オスカーさま、私これから家事をするのにこんな綺麗なストール?つけられません?汚しちゃいます…」

アンジェリークがいぶかしんでいると、オスカーはにやにや笑いながらこういった。

「よく広げてみてごらん、お嬢ちゃん」

「!」

アンジェリークがその品物を全部広げてみると、それは確かに奥様の必須アイテム、エプロンであった。

「きれい…」

透けるようなオーガンジーと胸当てからひもと裾には優美なレースがタックを寄せてふんだんに使われており、その形状をよく見なければ、マリエといっても通じるほどの優雅さ、華麗さであった。

アンジェリークは美しい物、かわいらしいものが大好きだった。しかし、このエプロンは繊細かつ優美すぎてどうにも実用にはむかなさそうなきがした。

「オスカーさま、ありがとうございます。オスカー様のお祝いなのに、また私のためにこんな綺麗なエプロン用意してくださったんですか…でも…」

いや、お嬢ちゃんのためというよりは、俺のためなんだが…

「え?なんですか、オスカーさま?」

「いや、なんでもない。気に入ったなのなら、それをつけてくれるか?そう、素肌の上に…」

「あ、はい、オスカーさま、せっかくだからつけさせていただきますね。でも、こんな綺麗なエプロン汚さない様に使えるかしら…」

部屋着の上からエプロンをつけようとしたアンジェリークにオスカーはまたもや待ったをかけた。

「お嬢ちゃん、俺は『素肌の上』にって言ったんだぜ?で、今お嬢ちゃんも『はい、つけさせていただきます』って言ったよな?」

「え?え?あの、素肌の上にってどういう…」

アンジェリークの胸中にそこはかとない不安がまきおこる。

もしや、まさかとは思うが…オスカーが望んでいることは…

「きまってる。服を全部脱いでその上にエプロンだけつけるってことさ。今、ちゃんとつけるって返事したよな?お嬢ちゃん?」

オスカーはにやにやしながら、アンジェリークの服のファスナーを器用な手つきで降ろし始めた。

「きゃ、やややや〜ん、オスカーさま、ちょ、ちょっとまってぇ〜」

必死に身を捩ってオスカーの腕から逃れ様としたが、オスカーはその動きを予見していたかのようにアンジェリークの動きに腕の動きを合わせてファスナーを降ろすと、そのまま服をすとんと床に落としてしまった。

空調のきいた室内なのでアンジェリークは薄着だった。部屋着の下はブラとショーツきりしか身につけていなかった。

「お、オスカーさま、冗談ですよね?その素肌の上にエプロンだけなんて、そんな恥かしいこと…」

アンジェリークはすがるような瞳でオスカーを見上げたが、オスカーの真剣かつ期待にみちみちて綺羅星の如く輝く瞳の色に、オスカーがまごうことなく本気なのだと悟り、アンジェリークは『嘘でしょおおおっ』と途方にくれた。

なれた手つきのオスカーがブラもさっさとはずしてしまい、豊かな乳房が露になると、アンジェリークは思わず手に持ったままの布で胸元を隠した。

胸をなんとか隠そうとわたわたしているうちに今度はショーツもさっさと踝まで降ろされてしまい、

「きゃっ!」

と下半身を隠そうとかがみこんだ一瞬を狙って床に座らされ、そのままショーツも足から抜き取られてしまい、アンジェリークは明るい居間の証明の下、全裸にされてしまった。

身を隠すものといえば、甚だ頼りないなよなよてろてろとしたレースとオーガンジーのエプロンだけで、仕方なくできる限りその布で肌を覆い隠そうとした。

オスカーはにやにやしながら、アンジェリークの服を確保して離さない。

「お嬢ちゃん、じゃ、お嬢ちゃんに選ばせてやろう。そのまま裸で俺の世話をするのと、エプロンだけでもつけるのとどっちがいい?」

「どっちも困ります〜!服を返してくださいオスカーさまぁ、返してくれないなら部屋に戻って着替えてきます〜」

アンジェリークは半べそをかいている。

「だめだ。服を着るのは許さない。今日は俺のいうことはなんでも聞いてくれるって約束してくれたじゃないか。それに服を着てないからってなんにも困ることはないだろう?お嬢ちゃんが恥かしがらなくてすむように、使用人には一斉に休んでもらったし、見てるのは俺だけなんだから…」

「………オスカーさま、最初っからそのおつもりだったんですね〜」

アンジェリークがオスカーの魂胆に漸く気付いたようだ。べそをかくどころか、ちょっとおかんむりになりつつあるようだ。

雲行きが怪しくなりそうなのでオスカーは戦略を変える。

真剣な顔を無理やり作って、真摯な声で訴えた。

「お嬢ちゃん、俺は前にいっただろう?俺にしか見ることのできないお嬢ちゃんの姿を見せてもらえるのが、なによりのプレゼントなんだと…お嬢ちゃんの肌に映えるように最高の素材でこのエプロンを作らせたんだぜ。お嬢ちゃんがこのエプロンを素肌にまとっている姿を見せてもらいたくてな…」

「そんな、だって、オスカーさま…」

アンジェリークの心が揺れているのが手にとる様にわかり、オスカーは『よしっ!もう一息!』と心の中で力瘤を作っていた。

「お嬢ちゃん、俺はいつだってほしいものはお嬢ちゃんだけなんだ。お嬢ちゃんがいつもは見せてくれない姿を俺だけに見せてくれたらどんなに嬉しいかと思ってこのエプロンを用意したんだ。俺は今年の誕生日をそれは楽しみにしてたんだぜ…」

「オスカーさま…」

ここで駄々っ子の様に『なんでも言うことを聞いてくれるっていったじゃないか!』等と言質を取ったことを振りかざしては却って反感を買って拗ねられる怖れがあるので、オスカーはそのことは口には出さず、あくまでアンジェリークの自発的な意志にまかせるという体裁をとりつつ、アンジェリークを自分の望む場所へ誘導しようとする。

「お嬢ちゃんがそこまでいやだというなら、仕方ない…あきらめよう。いやがるお嬢ちゃんに無理を強いるのは俺の本位じゃないしな、悪かったな、わがままを言っちまって…着替えるんだろう?行っておいで…」

オスカーはふっと溜息をついて、くるりと背を向けアンジェリークに道をあけるような素振りをみせた。

「…オスカーさま…」

『かかった!』

内心こう思ったものの努めて平静な声をだす。

「なんだ?お嬢ちゃん」

「あの、あの、今年だけですよ、それに、こんなことしたって絶対誰にも言っちゃ嫌ですよ?」

オスカーは心底驚いたような表情をつくって振りむいた。

「お嬢ちゃん、それはもしや俺の願いをきいてくれるってことなのか?無理はしなくてもいいんだぜ?」

思わずにやつきそうな口元を引き締めるのに大層努力が必要だったが、この程度の苦労で夢に見た憧れの姿を拝めるというのならオスカーはもうなんでもやる気でいた。

「オスカー様のお誕生日のお祝いですもの、私、オスカー様のおっしゃる通りにするって約束してましたし、オスカー様が喜んでくださるなら…」

「ありがとおおおっ!お嬢ちゃん!今年は忘れられない誕生日になりそうだぜ!」

俯き加減で困ったように手で布をこねまわしながら、それでも意を決したくれたアンジェリークをオスカーは思いっきり抱きしめた。

あまりに遠慮すると、今度はアンジェリークが「ほんとにいいんですか?」と本気で引いてしまうので、1回だけ遠慮して見せるのがコツなのである。

そのうえこれだけ大仰に感謝と期待を示しておけば、優しいアンジェリークのこと、あとでやっぱりなかったことにしてください、なんてことは言わないだろうと計算した。

「さ。エプロンをつけてやろう。俺が後ろの紐を結んでやろうか?」

喜色を隠せずいそいそとオスカーはアンジェリークにエプロンをつけさせようとする。

「そ、それはいいです〜1人で着られます。あの、お台所でつけてきますから、オスカー様は食堂でお掛けになって待っていてください〜」

「そ、そうか?(ちょっと残念だが、あまり言い張って気を変えられちゃ困るからな)じゃ、あっちで待ってるからな、お嬢ちゃん?」

ちゅ!と額にキスをしてオスカーはアンジェリークを手放した。もうアンジェリークは言葉を違える心配はないので手放しても安心していられた。

アンジェリークがかわいいお尻を揺らして厨房に逃げる様に走り去っていく様子にオスカーの期待はいやがうえにも高まった。

 

オスカーがじりじりしながら待っていると、約束通り素肌にエプロンだけまとったアンジェリークがもじもじしながら、食事を運んできた。

ワゴンを両手でおしているので当然体は隠せない。

エプロン自体はアンジェリークも見惚れるほど美しいかわいらしい物だった。

フリルとレースがふんだんに使われ、布も素肌にさらりと馴染んでまったく違和感がない。むしろ心地よいくらいの手触りだった。

しかし、問題はその大きさだった。

前当てのスカート部分は太腿のつけねぎりぎりで歩くたびに金褐色の繊毛がちらちらと見えそうだし、胸の前当て部分は大きくくれていて乳首が漸く隠れる程度の面積しかない。

ある意味、あつらえたよりぴったりというかぴったりすぎるほど、アンジェリークの主要な部分を最低限しか隠せない大きさなのであった。

『ふみぃ〜なんだってこんなにぴちぴちなのぉ〜?』

アンジェリークはエプロンを身につけた時からこう思った。けっしてきついとか動きにくいわけではないのだが、普通のエプロンと比べてやたら布の面積が小さいような気がしたのだ。

歩くたびにフリルがめくりあがって股間が露になりそうな気がして、裾をつい引っ張りたい衝動に駆られるものの、そんなことをしたら料理をおとしてしまいそうなのでその衝動を必死にアンジェリークは押さえこんでいた。

それもそのはず、このエプロンはオスカーがアンジェリークの身体にあわせてオーダーした特注品だったのである。

いくらなんでも既製品では股間ぎりぎりとか、乳首ぎりぎりなんていう都合のいいエプロンが存在する訳がない。

ましてや透け透けのオーガンジーのエプロンなどという、非実用的なものが特注以外にあるわけなかった。

オスカーは慣れ親しんだアンジェリークの身体を採寸する事もなく、バストトップからウエスト、ウエストから足の付け根まで大体○○cmと出入りの商人に告げてこの芸術品ともいえるエプロンを作らせたのだった。

もちろんアンジェリークの素肌に直接触れるのだから素材は吟味された最上の天然素材を使うようにとも命じた。さすがにその理由を商人に告げたりはしなかったが。

変な注文には慣れっこの出入り商人は

「ま〜た、この旦那さん、べたぼれの奥さんといいことしはるために、こないなもん注文しはって。なにしはるのかみえみえでんがな。まったくようやりまんな〜。しかし楽しそうで、うらやましいわぁ、ほんと。」

と思ったものの、守護聖様の注文にへたな突っ込みをいれて、聖地への物品納入権を失うような愚を犯す気はなかったので、表面上はなんの疑問を差し挟むこともなく、命じられたものをきちんとつくって納期に届けてきた。

糸目が肌にあたって不快感を与えぬよう縫い目が表にくるように、しかも、それを優美にレースとフリルで隠すよう丁寧に手縫いで作られた贅を尽くしたエプロンであった。

本体に使われている布は薄いオーガンジーなので胸当てで隠れているとはいっても薄桃色の乳首がうっすらと透けて見えるのも、もちろんオスカーの好みである。

そのため、乳首の位置の高さも、歩くたびに微かに震える美しい乳房のシルエットも手に取るようにわかるようになっている。

しかも、ぼんやり透けて見えるというのが想像力を刺激して全裸よりよほどエロティックなのである。

『ほんとにぴったりじゃないか。』

オスカーはアンジェリークの愛らしいエプロン姿につい鼻の下がのびてしまう。

自分が思った通り、いや、それ以上の愛らしさ、色っぽさ、婀娜っぽさであった。

アンジェリークは胸元を気にしいしい、オードブルを並べる。自分の目の前で乳房がぷるんと揺れ、見えそうで見えない胸の先端が想像力を刺激してやまない。

『くううぅ〜!料理なんてどうでもいいから、早くお嬢ちゃんを食っちまいたいぜ〜!!!』

と早くも辛抱たまらなくなってきたオスカーであったが、我慢できるぎりぎりまでならぬ辛抱をすることで、より一層情熱が燃え上がるという経験則から、とりあえず、思うだけにして行動には移さずにおいた。

それに、せっかくアンジェリークが自分のために考えてくれたというご馳走らしいので、ディナーが終わるまではおとなしく座っているか、いや、座っていなければなと思いなおしたのであった。

アンジェリークがシャンパンをクーラーから取り出した。小さな手で一生懸命栓を抜こうとしている。

さすがに見かねてオスカーは

「栓なら俺が抜いてやるから、よこしな。お嬢ちゃん」

と言ったが、アンジェリークは

「お祝いされるオスカー様にそんなことさせちゃ申し訳ないです。私、がんばりますから〜!んんん〜っ!」

といって、瓶を抱えて離さない。

頬を真っ赤にして唇を噛み締めうっすら汗までかいてシャンパンの栓を抜こうとしている姿が、また愛撫に耐えている様子みたいでオスカーは更に背筋がぞくぞくしてしまう。

『どうして、お嬢ちゃんは何気ない仕草のひとつひとつがこう色っぽいというか、俺を誘っているみたいに見えるというか…』

アンジェリークがシャンパンのボトルと格闘している様にでれ〜と見惚れているうちにきゅぽん!と小さな音をたてて、漸く栓がはずれた。

「はぁはぁ。お待たせしました、オスカーさま。」

アンジェリークがグラスにシャンパンを注いでいる姿を見て、オスカーは

『そんなに息を荒げて、きらきら光る目で見られたら…あああ、もう、お嬢ちゃんのその天然の誘惑がたまらないんだよな〜、存在自体がまるで媚薬だ。自覚がなくてこれだけ色っぽいというのはほんと罪だぜ。』

なんてことを、嬉し困りながら思っていた。

しかもぼーっとしているオスカーをいぶかしんで、アンジェリークが

「オスカー様、どうなさったの?」

なんてかわいく小首を傾げて(しかも裸エプロンで)訊ねたものだから、オスカーはさっき立てた誓いもどこへやら、あやうくその場でアンジェリークを押し倒すところであった。

「う、いや、なんでもない。さ、お嬢ちゃんも座ってくれ。給仕しながらじゃ落ちつかないかもしれないが、一緒に乾杯はしてくれるか?」

オスカーがもうひとつのグラスにシャンパンを注ぎながら言った。

「あ、はい、オスカーさま」

アンジェリークが椅子に腰掛けようとすると、またもやオスカーに押し留められた。

「お嬢ちゃんの席はここだろう?」

指し示されたのは、当然の如くオスカーの膝の上であった。

「そんな、だって、それじゃお給仕できません〜」

「給仕するときはどうせ立つんだからどこに座るかは関係ないだろ?それに俺の側のほうが給仕もしやすいじゃないか。だからお嬢ちゃんの席はここだ、いいな?お嬢ちゃん?」

「ふにぃ〜」

アンジェリークはしぶしぶオスカーの膝の上にちょこんと座ってからグラスを手に取り、少し掲げた。

「あの…オスカー様、お誕生日おめでとうございます。」

「ありがとう、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんの心遣い、俺は一生忘れないぜ。」

チンと軽い音をたててグラスが合わさると同時に、オスカーは小さなキスをひとつだけアンジェリークの唇に落とした。

深い口付けを落としたら、絶対アンジェリークをフルコースでいただかないと気がすまなくなるであろう自分を自覚していたので。

 

アンジェリークがシェフと相談して考えた料理はどれもこれもオスカーの口にあった。

アンジェリークを膝の上に載せて腰を抱えたまま、片手で器用にカトラリーを口に運ぶ。

「うん、このスープは美味いな?チャイニーズか?」

「気に入ってくださって、よかった!いつもトムヤムクンじゃ芸がないのでオスカー様の好きそうなスパイシーで後口のさっぱりしたお料理いろいろ検索してたら、そのまんまなんですけど、中華でも辛くて酸っぱいスープがあったので、これならオスカー様のお口にあうかと思って…」

「お嬢ちゃんの気遣いが嬉しいぜ、ほら、お嬢ちゃんも食べてごらん?あーん?」

オスカーがスプーンを差し出すと素直にアンジェリークが口をあける。

「んく…ほんと、ちょっとピリッとして、ちょっと酸っぱくてとろっとしてておいしいですね〜」

「じゃ、今日のメニューはチャイニーズメインか?」

「はい、あの塊肉の料理とかじゃなければ私も食べるのに時間が掛からないから、お給仕しながらでも食事できますよってシェフが考えてくださって…」

オスカーはもしかしたら好きかもしれないと思ったが、こぶたの丸焼きとかアンジェリークは検索で見ただけで卒倒しそうになった料理もデータにはいっぱいあったのだが、自分がその尾頭付きを料理や切り分けは愚かどうしても食べられるとは思えなかったアンジェリークは、炒め物、蒸し物など切り分けなくても食べやすい料理を主体に献立を組んだのであった。

尾頭付きの魚が食べられないというリュミエールの気持ちが初めて理解できるような気がした。

アンジェリーク自身は同じ尾頭付きでも鯉の丸揚げとか、すずきの竹筒焼とかなら大丈夫とは思ったのだが、シェフにやんわりとやめたほうがいいといわれた。

とりわけに四苦八苦しそうなのを見越されたのであろう。アンジェリークも自分がそういった技術に長けていない自覚はあったので、専門家の意見には素直に従ったのであった。

そして、食べやすい料理はオスカーにもこの場合大歓迎であった。

両手を使わずともフォークやスプーン、一応用意された象牙の箸を使えば食事は片手で用が足りるので、アンジェリークを膝に抱いたまま片手は常にアンジェリークの腰に手を回したり、丸いかわいいヒップを撫でまわしたりできるのだ。

アンジェリークの柔絹のような肌を愛でながらの食事は殊のほか味わい深く感じられるな〜などと思いながら、オスカーはアンジェリークが自分の好みを考えて選んでくれた料理に舌鼓を打った。

オスカーの膝の上ではうまく身動きが取れないので、アンジェリークの食事もオスカーが口まで運んで食べさせてやった。

食べさせながらアンジェリークの背中を撫でたり、お尻を撫でたりしていると、アンジェリークが控え目に身体を逃そうとしたり、それにも構わず手を奥に進めようとすると突然立ちあがって

「わ、私次のお料理もってきますね!」

と言って前のフリルがめくれあがらない様に神経を使う余りに、後ろ姿には無防備でかわいいヒップを振り振りしながらそそくさと厨房に逃げ込んでしまう姿も楽しかった。

「あのぷりぷりのかわいいお尻がまたたまらんな〜」

と台所に駆けこんで行くアンジェリークの後姿を見送りつつ、おやぢぶり全開のにやにや笑いがとまらないオスカーであった。

 

次へ