蜉蝣 

『ふぅ・・』

アンジェリークは、ベッドの中で、今夜もう何度目になるかわからない溜息をついた。

溜息ついでに寝返りをうつ。

こちらも今夜何度目かわからぬくらいに繰り返されていたが、眠りは一向にアンジェリークに訪れてくれなかった。

理由はわかっている。

ベッドがひろすぎる。いくら上掛けをかけても、手足の先が冷たいままだから、眠れない。

いつも、自分のそばに当たり前の様にあった温もりがないから。

夫であるオスカーが諸処の惑星に駐屯する王立宇宙軍の視察に、聖地を出立してから、かれこれもう3週間近くになる。

今回の出張は、行く先がひとつの惑星に留まらない為期間も長く、オスカーがこれほど長期に聖地を留守にするのはアンジェリークと結婚して以来初めてのことであった。

オスカーの出張についていくことは、始めから問題外だった。

アンジェリークにも補佐官の仕事があるから聖地を離れられないし、守護聖一人が抜けた分だけ、その間一人当たりの執務の量も増える。

夫婦である以前に、守護聖と女王補佐官である以上、まず職務ありきなのは致し方ないことであった。

もちろん出張の前夜は、予定は変えようがないことは解っていても、早く帰ってきて、ああ、一日も早くと、睦言をくりかえした後でオスカーを見送ってはいたが。

しかし、アンジェリークはオスカーが出立してしまうまで、その寂寥感を真に理解していなかったことを、今、嫌というほど思い知らされていた。

オスカーが聖地を離れること自体は、無論これが初めてではない。

2、3日の出張なら今までも何度かあったし、それくらいなら、それほど寂しいと思う暇もなかった。

ほんの短期間の別離は自分がいかにオスカーを愛しく思っているかを再認識させてくれたから、アンジェリークはより一層、今の幸せを噛み締めては、オスカーの事を大事にしようと思ったものだ。

オスカーはオスカーで、出立の前と、帰宅当日は、この上なくアンジェリークを優しく、だが激しく情熱的に愛してくれたので、アンジェリークはオスカーも自分と同じ気持ちでいてくれるのが感じられて、嬉しかった。

それに、オスカーの不在は日頃の睡眠不足を解消する良い機会でもあって、ゆっくり体を休めることができた。

ほかの守護聖たちやロザリアとも気兼ねなくお喋りや、お茶を喫することもできたりで、たまさかのオスカーの出張は、アンジェリークには決して嫌なことばかりではなかった。

だから、今度の出張も、それほど大仰なこととはアンジェリークは思っていなかった。

昼間はいい。仕事もあるし、合間合間に守護聖が訪ねてきてくれたり、こちらから、訪ねて行けたりできるから、寂しいと思うこともなく時間は過ぎて行く。

だが、夜の訪れがアンジェリークは日に日につらくなっていった。

夜ゆっくり眠れていいと思ったのは、最初の2、3日だけだった。

普段できないぶん、ロザリアのところに泊まりに行ったりもしたが、毎晩というわけにもいかなかった。

オスカーといつも一緒にいるのが当たり前になっていたアンジェリークは、すっかり一人での夜の過ごし方を忘れてしまっていた。

オスカーと一緒になる前、自分は何をして長い夜をやり過ごしていたのかおもいだせないくらいだった。

主星にいる自分の両親や、旧友たち

ー下界では、聖地に比して10倍近い早さで時は流れており、年齢差はかなり開きつつはあったが、友人も両親も今のところ健在だったー

と、連絡でもとってみようかという考えも一瞬頭をよぎったが、ロザリアの立場を考えて、慌てて、この考えを打ち消した。

両親や、友人が主星にいるのはロザリアだって同じなのだ。

まだ体や時間の自由のきく補佐官の自分とちがい、女王であるロザリアは聖地から離れる事は、ほぼ不可能だ。

ロザリアだけを聖地に縛り付けて、自分だけ懐かしい人たちに会いに行くなんて、アンジェリークにできようはずもなかった。

しかも自分には、普段なら、オスカーがいる。オスカーとの幸せな日々だって、ロザリアの協力と善意なしには成り立ち得なかった。

オスカーのたった数週間の不在にさえこんなに寂しいのに、ロザリアはいつも、そして、もしかしたら、これからもこの寂しさと向き合って行かなくてはならないのだ。

その責任の一端はしかも自分たちにあるのだから、この程度の寂しさをこらえられなくては、ロザリアに対してあまりに申し訳がなかった。

その一方で、アンジェリークは、オスカーがいかに自分が聖地で寂しい思いをしなくてすむよう、寂しいと感じる暇もないほど大事に慈しんでくれていたかが、オスカーの不在でひしひしと身に沁みた。

そして我慢しなくてはと思うほどに、ここ数日は夜が訪れるたび、その長さに途方にくれ、唯一の救いであるはずの眠りさえもがアンジェリークから遠ざかって行った。

『・・だめ、やっぱり眠れない・・』

アンジェリークはベッドから起き上がった。

気分を変えたら、少しは眠気が訪れてくれるかもしれない。

からだが冷たいままだから、ホットミルクでも飲めば少しは・・こんなことを考えながら、夜着の上から揃いのレースのローブを羽織り、そっと床から抜け出して階下に降りて行った。

階段の踊り場の窓から、蒼ざめた真円の月が中天にさしかかりつつあるのが見えた。

 

しんしんと降り注ぐ月の光を浴びながら、クラヴィスは、守護聖の私邸が散財するその一角を、どこという目的はなしに散策していた。

もともと闇を司る彼にとって、夜と月と星とは、慕わしい友であった。

星々も、中天に孤高の存在として輝く月も、彼と同じ孤独に耐えながら、それでもそこに存在しつづける。

主星を一定の距離から見守りつづけるように周回する月を、特に彼は好んだ。その姿に自らを重ねた。

眩しく、生命力に溢れんばかりのその星の輝きを決して手の届かぬものと憧れ、しかし、手に入らぬからといって、きっぱりと自ら離れて行く事もできないまま自らの存在を主星に繋ぎとめているような月のあり様は、自分と寸分変わらぬとクラヴィスは思う。

今でも、彼は時たま思い起こす。

最初から、手の届かぬものとあきらめなければ、その眩しさに戸惑いや躊躇いを覚えなければ、自分の今は変わっていたのではないかと。

なによりも慕わしい存在を、自分の腕の中に閉じこめることができたのではないかと。

『…益体もない』

自ら動かなかった自分には、《もし》を考える資格はない。

その眩しさに幻惑され、その明るさに目を瞑っているうちに、あれは、その身を青白い焔に焼き尽くされてしまった。失ってから悔いても遅かった。

クラヴィスは錯覚していたのだ。あの天使はいつでも優しく微笑んでいた。

その微笑みがいつまでも、自分に向けられるような、この暖かな時間がいつまでも続くような、なんの根拠もないのに、そんな錯覚に捕らわれていたのだ。

失ったものはあまりに大きかったが、炎に照らされたあれの微笑みは、以前にも比して更に眩しく輝かんばかりだった。

だから、まだ、耐えられた。

彼女が幸せならいいのだと。彼女が微笑んでいてくれれば、それでいいのだと。

自分では、あれほど、彼女を眩しく微笑ませてはやれなかったかもしれないと。

そう自分に言い聞かせる事で、耐えてきた。耐えることができた。

それでも、月のように、距離を保ちながらも、決して彼女から目を離さなかった。彼女を見守りつづけていた。

だから、すぐ気がついた。ここ数日、何やら、顔色が優れなかった。

気になっていたところに、丁度、彼女が自分の執務室に書類を持ってやってきた。

だから聞いてみた。あくまで冗談めかしてではあったが…

 

「…なにやら、顔色が優れぬな。ジュリアスにこき使われて、疲れているのではないか?あれのペースに巻きこまれたら体がおいつかんぞ」

彼女は、ぶんぶんと音がしそうな勢いで首を振った。いつまでも、そんなところは少女の様だった。

「そんなことありません、今は皆さんお忙しいですし、ジュリアス様はなかでも一番働かれてますもの。少しでもお助けして差し上げないと…」

「オスカーがおまえにそう命じていったのか?自分の不在中はジュリアスを補佐しろと。」

「いえ、そんなことはありませんけど…」

形のいい眉が顰められ、顔色が暗く沈んだ。あのものの名前など出さねばよかったと思っても後の祭だった。

急いで話題を変え、彼女の気をそらそうとした。

「ジュリアスの片腕がいないぶん、おまえにしわよせがきているのであろう?では、すこしでも、おまえが楽になるよう私もたまには、働いてやろう」

「ありがとうございます。クラヴィス様。そうしていただけると助かります。ジュリアス様がびっくりされるかもしれないけど。あ、こんなこといっちゃ失礼ですよね、すみません」

「よい、本当の事だからな。だが、真面目な話、顔色が悪いぞ。ジュリアスの様になにもかも、自分で抱え込む事はないのだぞ。もっともそのおかげで私は普段、楽をさせてもらっているがな」

彼女の顔が、少し綻んだ。

「もう、クラヴィスさまったら…。仕事は別に大変ではないです。あの…この頃ちょっと夜、寝つきが悪いだけで…」

「…よく眠れぬのか?そう言うときは、無理に眠ろうとせず、月の光でも浴びてみるがいい。静かな夜は、星の降る音が聞こえるやもしれぬぞ。子守唄のように、おまえの気を鎮め眠りに誘ってくれるだろう」

「あ、はい、クラヴィス様、今度眠れなかったら、そうして見ますね。じゃ、書類に目を通してサインをお願いしますね。」

そう言って、出て行こうとした彼女を、慌てて、だが、そうは悟られないよう引きとめた。

「ああ、まて。なんにせよ、少し休んで行くがいい。今、付きのものに茶を用意させる。私がこの書類を処理するあいだ、ここで茶でも飲んで待っていろ。」

「え、今すぐ、やってくださるんですか?」

「なんだ、私の言葉を信じていなかったな?」

言葉にからかうような色味を含ませて、軽い口調で話す。

「あっ!ごめんなさい!そんなつもりじゃ…」

ふっと微かに、だが、自然と自分の口元が綻んだ。

「ふ…気にするな。無理もないからな。だが、おまえがそこで見ていないと、また、私のやる気はどこかに行ってしまうかもしれないぞ?」

「ふふ…じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね。」

彼女には、自分の真意はきちんと伝わっていた。

少しは真面目に仕事してくださいなどと、ジュリアスのように、言葉を額面通りに受け取ったりはしなかった。

こんなさりげない賢さも、クラヴィスには好ましかった。

そして、それは、きっとあのものも同じだろうと思うと、胸が苦しくなった。

「おまえは何を飲む?好きなものでよいぞ。」

「あ、じゃあ、アイリッシュカフェを」

意外そうな顔を自分はしたに違いない。

「おまえは、それが好きではなかっただろう?一回飲んだあとは、決してカフェテラスで頼まなかったような気がするが・・」

彼女はばつが悪そうな、照れくさそうな顔で微笑んだ。

「やだ、覚えてらしたんですか?あの頃は、私、まだ子供で、お酒の香りの強いこのコーヒーは、正直言って、苦手だったんです。でも、今なら、少しはお酒も飲めるようになったから、戴くのなら、クラヴィス様のお好きなもののほうが、いいかと思って…」

自分の好みをまだ覚えていてくれたことと、彼女の気遣いに心が熱くなる反面、そういえば、彼女は最初のとき以外は、ずっとカプチーノを好んでいたことを、思い出した。

最早、あの頃から、これの気持ちはあのものに傾いていたのだろうか。

酒も少しは嗜むようになったというのは、あのものに飲み方をしこまれたということか。

こんな些細な事柄ですら、クラヴィスの思考はわざわざ迷宮に迷いこもうとするかのようで、自分でも息苦しくなってしまう。

そんな胸の重苦しさを無理に追いはらって、書類に目を通した。

署名をしながら、彼女のたわいないおしゃべりを、いや、その内容ではなく、彼女の声を楽しんでいた。耳に心地よかった。

彼女を引きとめる為に仕事を引き伸ばしたかったが、それでは、自分の言葉を裏切る事になってしまうのでできなかった。書類が終ってしまったのが残念だった。

書類を手渡しながら、やはり気遣わしくて、こう告げた。

「あまり、無理はするな。体がもたぬと思ったら、きちんと休息をとるのだぞ」

「心配してくださって、ありがとうございます、クラヴィスさま。大丈夫です。眠れなかったら、月をみますから。じゃ、失礼します」

こんなやりとりがあったことを、クラヴィスは思い返していた。

今宵あれに安らかな眠りは訪れているだろうか。灯りが消えていれば、それならいい。だが、眠れない様なら…そうだ、今夜の月はそれでなくとも見事だ。あれを月光浴に誘ってやろう。幸い明日は執務は休みだ。夜更かしをさせても支障はあるまい。

クラヴィスは、歩をオスカーの私邸に向けた。

 

アンジェリークは居間に入ると、小さく灯りを灯した。

この時間、私邸の中はアンジェリーク以外誰もいない。

使用人の住居は別棟になっており、主人であるオスカーの不在中は大した仕事があるわけではないので、息抜きも兼ねて、アンジェリークは夜は早々と使用人たちを休ませてやっていた。

あまり大きく灯りを灯すと、眠れない自分に気付かれそうで、心配されるのも申し訳ないし、わずらわしい。

使用人の手前、女主人として留守を預かるに頼りないところを見られるのも嫌だった。

ミルクでも温めようと厨房に向かいかけた。居間の窓を通して、銀盤のような月がひっそりと秘めやかに、だが、晧晧と輝いているのが見えた。

なぜか、瞳のなかに銀の光が矢羽となって飛びこんでくるような、そんな錯覚を覚えさせるほどに、今夜の月は美しく思えた。

ガラス越しでない月と星の光を見たくなり、アンジェリークは玄関の鍵をあけて、そっと外にでてみた。

雲ひとつない、降るような星空が満天に広がっていた。

しんと静まり返った静謐の中、銀白色の和えかな月の光が自分を包みこむ。

静かな夜は星の降る音が聞こえるかも・・・こんなことを誰かが言っていた…そう、クラヴィス様だわ…アンジェリークは思いだす。

『クラヴィス様も誰かを思って、星を見上げたのかしら。その時、星の降る音が聞こえたのかしら。』

降るような星空の中に、アンジェリークは、今ごろオスカーはこの星々のどのあたりにいるのだろうとみえもしない面影を探してしまう。

逞しい体躯にすっぽりと包み込むように優しく、だが力強く自分を抱きしめてくれるオスカーの温もり、その安心感、安らぎが恋しかった。

せめて声だけでも聞きたかったが、時間の流れの異なる世界との超光速通信は王立研究院の特別な通信機器を使うか、女王に彼我の時間の流れをシンクロさせてもらわねば不可能であり、補佐官の立場で私的にそんなわがままを言える訳がなかった。

それでなくても、オスカーの不在中ロザリアが外界の時間と聖地の時間の流れをあまり隔たらないようにしてくれているらしいのを、アンジェリークはサクリアの流れから薄々気付いていた。

これ以上のわがままや弱音など言えるはずもなかった。

悲しくなったのと、薄い夜着ではやはり空気が冷たく感じられたのとで、アンジェリークは屋敷の中に戻った。

自分で、自分の体を抱きしめながら…

 

オスカーの私邸がクラヴィスの視界に入って来た時、私邸の1階部分に仄かな灯りが見えたような気がした。

『やはり、眠れずにいるのか…』

何かに急かされる様に歩を速めた。すると、私邸の門前付近に、ぼうっとした白い影が浮かび上がって見えた。

銀糸のように降り注ぐ月の光を、豊かな金の髪がきらきらと弾いている。

『アンジェリーク!』

思わず、声をかけようとして、今が真夜中なことを思い出した。しかも、大きな声を出して、誰かに見咎められるのは、さらに本意ではなかった。

側に行ってから声をかけようと思ううちに、アンジェリークはローブの裾を翻し、自らの体を抱く様にして屋敷の中に引っ込んでしまった。

見につけていたのは薄い夜着だけだったのだろう。それでは、冷えても無理はない。

クラヴィスは、アンジェリークを追って、オスカーの私邸の敷地内に入っていった。

冷えない様に服を着させてから、月を見に行こうとさそうつもりだった。今すぐいけば、アンジェリークがもう1度床に入る前に捕まえられるだろうと思った。

翻るナイトローブの裾が、夜の空気に漂う美しい大水青の羽のようだったなと、クラヴィスは思いながら玄関を目指した。

 

アンジェリークは玄関ホールから食堂に行くために居間を抜けようとした。

そのとき、よくオスカーが座っている大きな安楽椅子が目に入った。

引き寄せられる様にその椅子に近づく。

椅子のそばには酒類とグラスのならんだキャビネットがあり、オスカーは夕食後に時折、この椅子でゆったりとくつろぎながら酒をたしなんでいた。

『そうだ・・ミルクより、からだが暖かくなるし眠くなるかもしれない・・』

アンジェリークは、オスカー愛飲のコニャックとグラスを棚から出すと、自分の為にほんの少量注いでみた。

アルコールを摂ると、アンジェリークはいつも眠くなったし、なによりオスカーを少しでも感じさせてくれるものに接したかった。

濃厚な甘い香りが立ち上る。酒類は苦手だが、この香りは好きだった。

なぜだろう。そうだ、よくこの香りのする口付けに酔わされたから・・

アンジェリークは思いきったように、注いであったコニャックを一気に煽った。

途端に喉が焼けつき、続いて胃の腑がかぁっと熱くなった。

立っていられなくなり、床にぺたりと座りこむと、オスカーの椅子の座面に投げ出す様に肘をのせてから、ことんと、自分の頬も椅子に預けた。

オスカーの温もりが、においが、椅子にくゆっているいうな気がして慕わしいのに、更に切ない気持ちが募ってしまった。

口の中に残るアルコールの味と香りがさらにオスカーを思い出させる。

指で唇に触れてみる。そう、オスカーのキスはよくこの香りと味がした。

『オスカー様はよくこの椅子に座ってこのお酒を飲んでらしたわ。私が隣のソファに座ろうとすると、とっても優しく、私を呼ぶの。こっちにおいでお嬢ちゃんって・・私が近づくとぐいっと腰を引き寄せられて、私はあっというまにオスカー様の膝の上に乗せられちゃう。ここがお嬢ちゃんの指定席だろ?っていいながら・・解っているけど、自分からオスカー様の膝の上に腰掛けるなんて、私、恥ずかしくって、どうしてもできない。でも、嫌じゃないの。ううん、それどころか、嬉しいの。オスカー様は私の顎にそっと指を沿えて上向かせて・・・オスカー様の薄い青の瞳は、とっても暖かく優しそうに私を見てくれる。そして大きな掌で私の頬を包む。オスカー様の手が私は大好き。オスカー様のなにもかもが好きだけど、オスカー様の大きくて優しい、それでいて力強い手に触れられるだけで、私、うっとりしちゃう。私は、これから何がおきるか知ってる。知ってて待ってるの・・・』

オスカーはアンジェリークが待っているのを知っているかのように、いつも優しく口付けてくれた。

最初はほんとうに、羽毛が触れるように軽く唇をあわせる。

そして、重なる唇の間から、温かい舌が探る様にゆっくりと入ってき、自分の舌を絡めとる。

この椅子の上でされるキスは、大抵この酒の味と香りがした。

時折、その酒をわずかだが、口移しで飲まされる事もあった。飲みこまされた途端に、体中が熱くなって、あたまはぼうっとした。それは今も同じだったが、でも、今自分で飲んだものより、オスカーに飲まされたそれのほうが、甘く感じられた。

自分が酒に酔っているのか、オスカーの口付けに酔っているのか、判然としないままに、更に深く唇を貪られ、そのまま抱き上げられて、寝室に連れて行かれることも間々あった。

『ううん、それだけじゃなかった・・』

アンジェリークは、酒の香りに記憶を触発されていく。

 

この椅子の上で、オスカーに貪られるのが唇だけに留まらない日もあった。

口付けられながら、胸を柔らかく揉みしだかれると、すぐに乳頭が頭をもたげてしまう。

胸に触れているオスカーにはすぐわかるのだろう。

そのまま胸元に手を差しいれられ、尖った部分を直接摘み上げられると、もう、アンジェリークは自分でも嫌になるほど、甘ったるい鼻に掛かった声が思わず口をついて出てしまう。

「あっ…あぁん」

アンジェリークの声を聞くと、オスカーは嬉しそうに、さらに大胆に服の肩をはだけ、ブラをたくしあげ・・・こういうときオスカーはわざと、アンジェリークの服を全部脱がせないようだった。

オスカーは、ブラが食いこんで少し形の変わった乳房全体を、楽しそうに食んだかと思うと、つんと上を向いた乳首を、何度も何度も舌でなめあげた。

オスカーの膝の上で、アンジェリークは自分の乳首がオスカーの舌に転がされる様子を魅入られたように見ていた。

最初、目を瞑っていたのに何の気なしに一度目を開けてしまったらあまりに淫らなその姿に目が離せなくなってしまった。

オスカーの舌が乳頭の先端で翻るのを見ていると、アンジェリークは自分のあの部分がじゅんと溢れ出すのを感じた。

オスカーが乳首を舐りながら、上目使いに自分を見た。その瞳に妖しい光が瞬き、オスカーの口角が少しシニカルにあがる。

アンジェリークは更に頬が熱くなる。自分で自分の淫らな光景に欲情してしまったのが、きっとオスカーには解ってしまった・・恥ずかしい・・でも、そんな自分の気持ちを裏ぎるように体は更に熱くなった。

オスカーがことさらゆっくりと乳首に舌を這わせ始めた。自分にわざと見せ付ける様に、少し暗いピンクの舌が自分の乳首の輪郭をなぞり、一番敏感な先端を尖らせた舌先で何度もつつく。

自分に見せつけるためだからだろう、乳頭を口に含んだり、吸ったりはしない。舌で弾くように、その形を確かめる様に舐るだけだ。

「あん…オスカー様…もう…」

「どうしたんだ?お嬢ちゃん?…」

『ニヤニヤしながらオスカー様はお訊ねになるの。恥ずかしいけど、してもらいたいことをはっきり言ったほうがオスカー様はお喜びになるの。だから、恥ずかしいのも我慢しようと思うんだけど…』

いつもいつも、身を捩るような羞恥と甘い欲望のせめぎあいにアンジェリークは苛まれた。オスカーはアンジェリークが羞恥を物ともしないほど、オスカーを求める気持ちを示す事を殊のほか喜んだ。それはわかっているのだが…

「もっと…もっと…」

『やっぱり言えない、もっと吸ったりいろいろしてなんて…』

切なげに訴える様にオスカーの瞳をみつめてから、黙ってオスカーの燃えたつ髪に指を埋め、自分の胸乳に引き寄せた。

オスカーに自分の乳房を押し付けた様になってしまうが、言葉で訴えられない自分は、態度でオスカーを求める気持ちを現すしかなかった。

『オスカー様は私の唇を指でそっとなぞりながら、こうおっしゃったわ。』

「もっと、愛して欲しいんだな?お嬢ちゃんのかわいいおねだりに免じて、口で言えなくても、今日は勘弁してやろうな、そら、ご褒美だ」

『そして、オスカー様はとっても嬉しそうに、私の尖った先端を口に含んで舌で転がしながら、吸い上げてくださったの。時々軽く噛まれたりすると、もっと大きな声がでて、私困ってしまって…』

「あっ・・あん・・やっ・・噛んじゃ・・噛んじゃ・・だめです。声でちゃう…」

「いいさ、もっと声を出して…。お嬢ちゃんのかわいい声がもっとききたいんだ」

『また、軽く噛まれる。どうしようもなく、体がはねあがっちゃって、大きな声もでちゃって…でも、噛んだ後はことさら、優しく柔らかく舐めて下さるから、その強弱の使い分けに、私、どんどんおかしくなってしまう。』

「あっ…やぁっ…だって、まだ、お屋敷に誰か、残ってるかも…」

「ふ…誰かいたってかまわない。うちの使用人に俺たちの邪魔をする命知らずがいるわけはないだろう?聞こえないふりをしてくれるさ」

『オスカー様は、全然気になさらないで、もっと私を追い詰めて行くの。わざと私の乱れるのを聞かせたいのかもしれない』

オスカーの乳房への愛撫にすっかり乱されていったアンジェリークは、いつのまにかオスカーの太股に自分の腰を擦りつける様に動かしていた。

オスカーの中心に固く屹立する熱い滾りが、布ごしにも感じられ、無意識のうちにそれを求める様に体が動いていた。

オスカーが乳房から唇を離し、ニヤニヤしながらこういった。

「ふっ…しょうがないお嬢ちゃんだな、俺のスラックスにこんなに沁みをつけちまって…」

アンジェリークのレースのショーツは、もう溢れ出した愛液になんの用もなさなくなっており、僅かばかりの布では吸収し切れないそれがオスカーのスラックスに沁みこんでいた。

「あっ…ごめんなさい…オスカー様」

恥ずかしくていたたまれない。なのに、体はもっと熱くなる

『オスカー様はそのまま私のスカートのなかに手をいれてこられて…私は、オスカー様の手が動きやすいように、腰を浮かすの。恥ずかしいのに、体が勝手にそう動いちゃうの。そして、オスカー様の指が触れてくださるのを、いつのまにか待っているの…』

「こんなに濡れちゃ、これはもう役に立たないな」

『オスカー様がショーツの上から、私のあの部分をすっと撫でられる。濡れた布の感触が気持ち悪くて、早く脱がせてもらいたいのに、オスカー様はなかなかそうしてくださらないの。私が、もう、どうしようもなく、おかしくなってるときに限って、オスカー様は、私を焦らして意地悪なさるの…』

「ほら、こんないやらしい音をたててるぜ、お嬢ちゃんのここは…」

『オスカー様はショーツの脇から指をいれて、私にわざと聞かせるように、くちくちって音が響く様に私のあそこをかきまわすの。私はその音を聞くと頭がかぁっと熱くなっちゃって、もっとちゃんと触って欲しくて、もう、気が狂いそうになってしまって…』

「や…オスカー様…も、意地悪しないで…ちゃんと…さわって?…」

『こんな恥ずかしい事を平気でいってしまうの。すると、オスカー様は、もっと嬉しそうに微笑まれて…』

「なら、お嬢ちゃんも…わかるな?」

『私は腰をうかして、オスカー様にショーツを脱がしてもらう。ものすごい開放感と、そして、期待。そして、私は私でオスカー様がして欲しいと思ってることをして差し上げるの。スラックスのジッパーをおろして…すごく熱くて固いかたまりが手に触れて…初めて触らされたときは、恥ずかしくて、ちょっとこわくって、どうしていいかわからなかった。だって、オスカー様のって、すっごく大きくて、硬くって…。あんな太いものがどうして、私の中にするって入っちゃうのか、今でも不思議…。でも、私が触ってさしあげると、オスカー様、とっても嬉しそうなの。オスカー様が嬉しそうだと私も嬉しいって、わかってきたの。だから、今でもはずかしいけど、でも…嫌じゃない。』

アンジェリークは布に阻まれて窮屈そうなオスカーのものを解放する。そっと握ると、また、どくんと脈打って、さらに大きく固くなったような気がした。

「熱い…オスカー様の、どうして、こんなに熱くて、硬いの?」

『私がそっと握ったり、手でなでさするようにすると、オスカー様は、いきなり、私のあそこに指をぐっと深くさしこまれて、奥を突いたの。私、おもわず、大きな声をあげてしまった…』

「あああっ!」

「じゃ、お嬢ちゃんのここも、どうしてこんなに熱く蕩けて、おまけに、俺の指をきゅうきゅう締めつけるんだ?」

『こんなことをいいながら、私の中を指でかきまわしたり、突き上げるの。私はもう、堪らなくなって、私もオスカー様のものを握り締めちゃって夢中で叫んでた…』

「あっ…あっ…オスカー様っ、オスカー様が好きなのっ…とってもとっても好きだからっ…」

「俺もだ…俺もお嬢ちゃんが好きだ…お嬢ちゃんがほしくて堪らない。早くお嬢ちゃんのここに入りたくて、うずうずしてる…」

『そんなことをいいながら、オスカー様は、私の一番奥で指を曲げたりのばしたりして…そうかとおもうと、今度は私の恥ずかしい液で濡らした指で、あの、お豆みたいなところを弄繰り回したり…。あそこをオスカー様に撫でられると、私、たちまち、何がなんだか、わからなくなっちゃって、あそこがじんじんしちゃって。オスカー様に欲しいって言われて、私頭がくらくらして…信じられないような恥かしいことをくちばしっちゃった…』

「ああっ…もう、もう、オスカーさまっ。お願い、私もオスカー様が欲しいのっ。オスカー様を頂戴!」

「でも、お嬢ちゃん、誰かにみられるかも知れないから、ここじゃ嫌なんだろう?」

『私のあそこを弄くりながら、にやにやしながら、わざと、こんなことをいうの。もう我慢できないってしってるくせに。ほんとに意地悪。でも……好き…だから、ちょっと悔しいけど、私、すぐ降参しちゃうの…』

「やっ、もう我慢できないの。誰かいてもいいからっ。お願い!オスカーさまぁっ!」

『あとで、考えると、ほんとに死んじゃいたいくらい、恥ずかしいんだけど、このときは、もう夢中だった。本気でこう思った。そして、ここまで言って初めてオスカー様は、満足そうに微笑まれて、私に…くださった…』

「ほんとにしょうがないお嬢ちゃんだ…すぐに、がまんできなくなっちまって…」

『そうさせてるのは、オスカー様なのに…オスカー様は私の腰を持ち上げて、少し位置をずらして、ご自分のものの上にゆっくり私の腰が落ちて行く様になさって…じわじわ私のなかに入ってくる硬くて熱いオスカー様のもの…本当に満たされてるって気がして、すっごく幸せな気持ちになるの…』

「こうしてもらいたかったのか?お嬢ちゃんは…」

『オスカー様は私を抱きしめながら、耳元で囁くの。いつも素敵なオスカー様の声、こういうときの声はでも、もっと素敵。聞いてるだけで体が溶けていきそうになっちゃう…』

「ああ…オスカーさま…熱い…」

「熱いのはお嬢ちゃんのほうだ…熱くてきつくて、俺は溶けちまいそうだ…」

『そういったかと思ったら、いきなり、ものすごい勢いで突き上げられて、もう、私、なにも考えられなくなった。頭の中で火花がはじけた…』

「ああああっ!!」

「いいか?お嬢ちゃん」

『突き上げながらオスカー様は私に聞くの。オスカー様に耳元で囁かれると、私、もっと、感じてしまう』

「ああっ…あっ…オスカー様っ…すごい…」

『きもちいいなんて、はっきりいうの、すごく恥ずかしい。でも、オスカー様は、私が気持いいっていうと、とてもお喜びになって…もっと激しく愛してくださるから、私、夢中なときは言えるようになってきたの。だって、オスカー様もお喜びになるし、私も、もっと気持ちよくしてもらえるんだもの…私、オスカー様の揺さぶりがあんまり激しくて、夢中でオスカー様の首に腕を回してしがみついた。途端に胸の先をまた吸い上げられた…』

「やぁっ…だめ…だめぇっ!」

「いい…だろう?お嬢ちゃん?」

「だって…だって…もう、もう、おかしくなっちゃう…あっ…ああっ…」

「ああ…本当にかわいいな、お嬢ちゃんは…」

『オスカー様の突き上げがもっと、早く強くなって、一番深いところをえぐられたとき、私、もう、信じられないような声をあげたみたい…よく、わからないんだけど…』

爆発的な浮遊感とその後の虚脱感。ぐったりとちからなくオスカーの体にもたれかかった。でも、オスカーのものは確かな存在感を持って、まだアンジェリークの胎内にあった。

オスカーが軽く口付けてきた。

「また、一人でいっちまって…辛抱のたりないお嬢ちゃんだ」

『そういいながら、オスカー様、嬉しそう。私、息が苦しくて返事もできないでいたら、オスカー様は…。このあと、私、本当にびっくりした…』

「俺はまだ、満足してないぜ。この続きは寝室でやろうな」

『そう言ったと思ったら、オスカー様は私のおしりをぐっと掴んでそのまま、立ちあがったの。私、悲鳴をあげて、オスカー様にしがみついた。』

「きゃぁっ!」

「しっかりつかまってろよ、お嬢ちゃん」

『そう言って、オスカー様は私を抱えたまま、歩き出されてしまって…もちろん、オスカー様のは私のなかに入ったままで…オスカー様が歩くたびにずしん、ずしんってものすごい、奥にオスカー様のがあたって…」

「やあああぁっ…だめ…そんな…揺らしちゃ、だめえっ!」

「俺はただ歩いてるだけだぜ、お嬢ちゃん」

『オスカー様はしれっと、こんなことをいったの。私、もう泣いてたかもしれない。頭までオスカー様に貫かれてるみたいで、全身がオスカーさまでいっぱいになっちゃったみたいで、もう、言葉もでなかった。でも、本当にすごかったのは階段を上がったとき。一段一段上がるたびに、頭の中で光が爆発するみたいだった…』

スパーク!スパーク!スパーク!

オスカーが一段一段とゆっくりと階段を上がるたびに、その衝撃と自分の重みで胎内の最奥が容赦なく抉られた。

そのたびに、ひとつの火花が脳裏に炸裂し、その残像が消えないうちに新たな火花が重なって咲く。

もうすすり泣きもあげられず、陸に上げられた魚の様に虚しく口をあけていただけだったような気がする。

意識はその爆発する白い光に飲みこまれいつのまにか、失神してしまっていたようだった。

気がついたら、寝室のベッドの上で、オスカーの逞しい体躯に組み敷かれていたから…氷青色の瞳が、とても優しく暖かな光を湛えて、自分を見下ろしていた。

いつのまにか、自分もオスカーも全裸だった。

そして、ベッドの上でもう一度抱かれた。今度は、打って変わってとても柔らかな愛撫を与えられ、ものすごく優しく大切に慈しまれた。

何度も何度も口付けられ、厚い胸にしっかりと抱きすくめられ、体中オスカーの唇が触れないところはないほどだった。

足の指の一本一本まで口に含まれ、指の股に舌を這わされ、また、あられもなく声をあげて、身を捩った。

裏返されて、背中のあらゆる所にもオスカーの舌が這いずった。

全身を隈なく愛されてから、ようやく、オスカーが入ってきた。

すべてをまかせられる安心感に身を委ね、雲の上を漂うような幸福感に、体も心もはちきれそうだった。

 

「オスカー様…」

アンジェリークの眦から涙がぽつんと零れ落ちた。

今まで泣いてはいけないと、こらえていた分だけ、一度零れてしまった涙は、もう歯止めを失って、後から後から溢れ出してきた。

「オスカー様…私、寒い…オスカー様がいらっしゃらないと、寒くて眠れないの…凍えそうなの…」

自分で自分の胸を抱きしめた。オスカーとの情事の回想に胸の先端はいたいほど張り詰めていて、自分の掌がその先端に触れた途端甘い痺れが全身を走った。

オスカーの指の動きを思い出して、自分でその先端を摘み上げてみた。より鮮烈な感覚が迸った。

そのまま、そろそろと、股間に手を伸ばしてみた。思った通り、そこはしとどに濡れそぼっていた。

自分の体液が纏わりついた指で、襞の奥に隠れている肉芽をそっと、刷り上げてみた。やはり、オスカーの指を夢想して…

電流がはしった。だが、あくまで、オスカーに与えられるものに比すれば、小さな小さな火花だった。それでも、アンジェリークはそれにすがった。すがらずにいられなかった。

「オスカー様…オスカー様…寒いの…抱きしめて欲しいのに…」

アンジェリークはオスカーの椅子に突っ伏す様に体を預け、涙を止め処もなく零しながら、自分の乳首と花芽をつまんでは、すりあげた。

肉の快楽が欲しいのではなかった。

ただただオスカーが恋しかった。温もりが欲しかった。なにもかも忘れたかった。

 

クラヴィスは、オスカーの私邸の表玄関の前に立っていた。

呼び鈴をならしたり、ノックをするのは、躊躇われた。しかし、黙って待っていても、もう一度アンジェリークが外に出てくる事は考えられない。

試しにドアノブに手をかけると、鍵は閉まっていなかった。

しずかにドアをあけ、すべるようにその長身をするりと邸内にすべりこませた。

「アンジェリーク…」

アンジェリークが不審な人物が侵入したと思って悲鳴をあげたりしないように、アンジェリークの名を、小さな、だが、しっかりとした力のある声で呼びながら、アンジェリークの姿を探した。

くぐもった声がホールの奥の部屋から聞こえてきた。

アンジェリークがオスカーと結婚してから、何度かオスカーの家に食事に招かれたことがあったので(アンジェリークと結婚する前ならオスカーが私邸に自分を招く事など有り得なかっただろう。オスカーは自分の本意ではないことでも、アンジェリークの願いを尊重している事がわかったので、クラヴィスは安心すると同時に、一抹の寂しさを覚えた)部屋の作りはある程度見当がついた。

おそらく居間であろう。

「アンジェリーク?いるのか?」

落した声で、呼びかけながら部屋に入ったクラヴィスは、一瞬、自分の眼前の光景が理解できなかった。

アンジェリークは大きな椅子に体を預けていた。

大きな椅子に抱かれる様に、小さな体が埋もれていた。

その椅子の上でアンジェリークは、片方だけ露にした乳房を自分の手で揉みしだいては、紅色の先端を細く白い指で摘み上げていた。

片方の手は裾を大きく肌蹴た夜着の中に、そのまた奥の秘めやかな部分に差し入れられ、途切れなく小刻みに動かされていた。

白い淡雪がふりつもったような、豊かで暖かな量感をもつ乳房と、その先端に咲く薔薇の蕾のような可憐な先端。

青い静脈が透けて見えそうなほど透明感のある白い大腿部は柔らかそうでいながら、張りがあり、まさに凝脂のようであった。

その神の恩寵のような美しい肉体を、快楽の色にほんのり上気させて、アンジェリークは懸命に自らを慰めていた。

瞳を固く閉じ、苦しげに眉を顰め、自らの指が紡ぎ出す快楽に没頭しているアンジェリークは、クラヴィスが傍らに呆然と立ち竦んで自分の痴態に魅入られている事にもきがついていなかった。

だが、クラヴィスがなによりも目を奪われたのは、その美しくも淫らな光景ではなかった。

もちろん、アンジェリークのこの痴態に、クラヴィスの頭はかぁっと血が登り、正常な思考はもはや覚束なかったのも事実だった。

が、クラヴィスを衝撃にうちのめしたのは、アンジェリークの閉じられた瞼の奥から、止め処もなく流れている涙だった。そのすすり泣きの声だった。

「オスカー様…オスカー様…私、寒い…抱きしめて…」

この言葉をきいたとき、クラヴィスの中でなにかが弾けた。

自分を求めているのではないことなど、百も承知だった。

ただ、アンジェリークが涙を流して、温もりを求めている。魂が寒さに凍えている。

その事実に、考えるより先に体が動いていた。

気がついたときは、その小さな体を抱きしめて、唇を重ねていた。

 

アンジェリークは必死に自分の指を動かしていた。

瞳を固く閉じ、現実を拒否することで、脳裏にオスカーの姿を思い浮かべ、オスカーにこの快楽を与えられているのだと、必死に思いこもうとした。

だが、そう努力しても、いや、努力すればするほど、自分の指が与える快楽など、オスカーに与えられるそれには、遥かに及ばない事を身をもって思い知った。

機械的な刺激による快楽に我を忘れる事などできなかった。でも、指の動きも涙も止める事もできずに、アンジェリークはオスカーの名前を呼びつづけた。

突然、強い力で思いきり抱きしめられ、唇を温かいもので塞がれた。

固い胸板の感触に、一瞬、自分の願望がリアルな幻を生み出したのかとおもった。

だが、幻ではない。この感触が幻とは思えない。自分は確かに誰かの腕の中に閉じ込められている。

オスカー?オスカーが帰ってきてくれた?自分の体を覆い肌を滑る、絹糸のような感触。白檀の香り。衣擦れの音。違う、オスカーではない!

現実を受け入れるべく翠緑の瞳が見開かれた。

目の前に紫水晶の瞳があった。深い慈愛の光を湛えて自分を見つめていた。

『…クラヴィス…さま?』

発しようとした言葉は、塞がれた唇にさえぎられた。自分の身に何がおきているのか、まったくわからなかった。

なぜ、クラヴィスがここにいるのか。なぜ、自分の体は自由がきかず、声も出ないのか。これは、夢か現実かも、確信がもてなかった。

言葉を発し様と薄く開いた唇に、暖かな何かが差しいれられた。よく知っているその感触。いつも、オスカーが自分の口腔を探るそれ。

と、同時に、アンジェリークの体と意識にも、なにかが注入され、満たされて行く。

水の中にインクをこぼしたように、体の中に、脳裏に、闇が広がって行く。

アンジェリークは自分が濃紫の闇に全身が満たされて行くような錯覚を覚えた。

だが、その闇は優しく、柔らかく、温かくアンジェリークを包み込んで行く。

アンジェリークの意識も濃紫の闇に染め上げられて行く。

アンジェリークの体から、力がぬけていった。

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