Bitter Sweet New Year 1

 
オスカーとアンジェリークが短い休暇から帰ってきた次の週、守護聖が一同に会する定例の評議会が謁見の間で開かれた。
主星の暦でこの年最後の報告が各方面から寄せられていたが、新しい宇宙に移動した星々もこのところ安定しており、
王立研究院からはさしあたって大きな問題はないとの見解が出されていた。
全ての報告が終了してから、女王補佐官アンジェリークが総括を述べる為に前に進み出た。
「守護聖の皆様、今、ご覧になっていただいた通り、新しい宇宙も日に日に安定してきており、
 ここしばらくは大きな問題が起きる可能性も低いとの、王立研究院からの報告も出ております。
 これも、ひとえに守護聖の皆様がたのご尽力の賜物です。
 そこで、女王陛下は新しい宇宙が無事新年を迎えられたことと、守護聖の皆様へのお礼を兼ねまして
 ささやかではありますが、祝賀の宴を催したいとお考えです。
 年が明けて最初の日の曜日、この聖殿で執り行う予定ですので、守護聖の皆様、どうぞそのおつもりでいらしてくださいませ。
 もちろん、これは執務ではありませんので、参加は皆様のご自由です。
 ですが、この催しは陛下と私の気持ちですので、できれば皆様に参加していただけたらと思っております。」
アンジェリークはここまでいうと、にっこりと微笑んだ。
ほとんどの守護聖をとりこにした、あの天使の微笑みで・・
その笑みは女王候補のときよりも、一層あでやかで艶やかになっており、まさに大輪の花を思わせた。
この微笑をみて、逆らえるものなどいなかった。少なくとも守護聖の中には・・

執務が終わって私邸に帰る馬車の中で、オスカーは先ほど知らされたパーティーのことを話題に持ち出した。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんがあんなことを計画していたなんて、俺はちっとも知らなかったぜ」
非難と言うほどでは無いが、言外に“俺にも秘密にしてるなんて水臭い”とでも言うような
オスカーの拗ねたような感情を感じとって、アンジェリークは弁明を始めた。
本来弁明するようなことではないのだが、オスカーは自分が疎外されたと感じることにナーバスな一面を持っており、
それが時に、不安や嫉妬と言う感情で彼を苦しめることにアンジェリークは女王候補のときから気付いていた。
その彼の脆い点を愛しいと思ったことが、アンジェリークにとってオスカーが特別な存在となる契機となったのだが。
「私も、今朝ロザリア、いえ、陛下から伺ったんですよ、オスカー様。
 新しい宇宙に星々が移動して初めて迎える新年だから、なにかお祝いしたいわねって。
 もちろん、無事新年が迎えられるのは守護聖の方々のおかげだから、私たちで守護聖様を招待しておもてなししない?って。
 でも、陛下からのお言葉だと、命令みたいに聞こえちゃうから、私から伝えてって言われたんです」
「ふ・・ん」
オスカーは手をあごに軽く当てて、ロザリアのやり方に感心した。
『さすが陛下、俺にかぎらず、お嬢ちゃんにあの笑顔でお願いされて無碍に断れる奴がいるわけないのを良くご存知だ・・』
オスカーが納得してくれたようなので、アンジェリ―クは安心して、言葉を続けた。
「でも、オスカー様、私もこのパーティーの計画を聞いて、ぜひやりたいなって思ったんです。
 宇宙が安定してるのも、守護聖の皆様が私や陛下がお願いする以上に宇宙に目を配ってくださってるおかげだし。
 皆さんでお食事したり、音楽を聴いてお話とかできたらたのしいなって・・
 だから、オスカー様、一緒にパーティーに行って下さいますよね?」
アンジェリークが潤んだような瞳でオスカーを見上げる。
軽く開かれた唇が二枚の花びらのように可憐だ。
オスカーは思わず細い頤を捕らえ、自分の唇をアンジェリークの唇に重ねた。
名残惜しいが、軽い口付けにとどめ、アンジェリークに答えた。
「俺がお嬢ちゃんのお願いを断るわけ無いだろう?多分他の守護聖も全員出席すると思うぜ。」
「ん・・だといいんですけど・・あ、それならオスカー様、なにをお召しになります?
 守護聖の正装も素敵だけど、オスカー様の礼装も素敵でしょうね・・」
アンジェリークがうっとりとオスカーの礼装姿を夢想しているようだ。
自分のドレスより、俺の衣装を気にしてどうするんだ?と心の中で苦笑しつつ、
オスカーはアンジェリークのこんなところが愛しくてたまらない。
彼女には多分一生敵わないだろうなと思い、それがまた、心地よい自分に気付く。
「ふっ、お嬢ちゃん、俺のことより、自分のドレスの心配はいいのか?」
「あ、ほんと、やだ、どうしましょう、オスカー様。
 女王候補のときにオリヴィエ様に見たてていただいたワンピースじゃだめかしら?」
『あの極楽鳥がみたてたふくだとぅ?あいつ、いつの間に俺のお嬢ちゃんに取り入ってたんだ?
 センスうんぬんより、あいつの見立てと言うのが気に入らん・・』
こめかみがひくつくのを、必死にアンジェリークに気取られないように、オスカーはさりげなくアンジェリークに提案する。
「俺に礼装させる気なら、お嬢ちゃんもそれに見合ったドレスのほうがいいだろう。
 お嬢ちゃんも女王の補佐官なんだから、これからはそれなりの衣装がいるだろうし。
 俺が取っておきのソワレをプレゼントしてやろうな?」
「やだ、私そんなつもりじゃ・・このまえも水着いただいたばかりなのに・・」
アンジェリークが狼狽える。元々庶民のアンジェリークは妙に遠慮深いところがあった。
もっとも先日もらった水着にしたところで、着ている時間より脱いでる時間の方がはるかに長かったくらいなのだが。
「ふっ、俺だってお嬢ちゃんのドレスアップした姿を見るのは楽しみなんだぜ。
 それにきちんとしたフォーマルが無いと困る場所に行く機会もあるだろうしな。
 それとも、俺の見立てじゃ不安か?」
アンジェリークがぶんぶんと、音がしそうな勢いで首を振る。
「そ、そんなこと無いです。このまえいただいた水着もとってもかわいかったし、オスカー様センスいいから・・」
「じゃ、決まりだな。パーティーの日を楽しみに待ってな、お嬢ちゃん」
「ありがとうございます、オスカー様、でも、なんか申し訳ないです」
アンジェリークが困ったような照れたような顔で微笑む。
「そう思うなら・・・そうだな、お礼は君からのキスでいい・・」
その言葉を聞いて、アンジェリークがオスカーのほうに身をのりだし、オスカーに口付けた。
自分からオスカーの口腔に舌をさし入れ、軽く吸う。
オスカーに口付けるうちに、アンジェリークにちょっとした悪戯心が芽生えた。
唇を一度離してから、オスカーの耳元で吐息混じりに囁く。
「キスだけでよろしいの?オスカー様・・」
オスカーの背筋にぞくりと戦慄が走る。
オスカーが一瞬息を飲む気配をアンジェリークも感じ取る。
オスカーがこう言う自分を好ましく思っていることを、アンジェリークはわかって誘いをかけている。
「・・お嬢ちゃんからのプレゼントはなんでも大歓迎だ・・」
「ふふ、それは、お屋敷に帰ってから・・ね?もう、馬車も着くころだし・・」
「じゃ、今は味見で我慢しておくか・・」
そういうと、オスカーはもう一度アンジェリークに口付け、
馬車が私邸に到着するまでアンジェリークの甘い唇を思う存分味わった。

そして、日の曜日、聖地御用達の商人からドレスと、それにあわせたランジェリーとアクセサリー一式が私邸に届けられた。
オスカーはドレスを使用人に自分たちの部屋へ運ばせ、自分も夫婦の部屋に向かう。
アンジェリークは夕刻からの外出に備え、シャワーを浴びている。そろそろ風呂から上がるころだろう。
部屋に入ると、アンジェリークはバスローブをはおってドレッサーに向かい、肌の手入れをしていた。
「お嬢ちゃん、ドレスが届いたぜ、見てみるか?」
アンジェリークがぱっと振り向いた。瞳がきらきらと輝いている。
「はい、今すぐ見たいです!」
アンジェリークの反応に満足そうにオスカーが微笑み、箱を開けてドレスを広げた。
濃い臙脂の綾織の生地で作られたプリンセスラインのイブニングドレスだった。
胸の谷間の部分が臍のあたりまで大きくV字に刳られており、その部分は黒のレースで切りかえられている。
腰のスカートが広がりだすあたりには優美なドレープが幾重にもよせられ、
ドレープの合わせ目にパールビーズをちりばめた大きな黒いサテンのリボンがアクセントにつけられている。
大きく刳られた背中のファスナーが始まる部分にも大きな黒のリボンが結ばれている。
ドレスにあわせた黒のサテンの長手袋と、髪飾りもパールビーズ付きの黒サテンリボンのヘアピンが多数用意されていた。
パンプスは黒のエナメルでかかとの部分にやはり揃いのリボン飾りがついている。
小物類もドレスに合わせてあつらえられていることが、一目瞭然であった。
「・・すてき・・」
アンジェリークがドレスをうっとり見つめている。
「気に入ったか?」
「ええ、とっても綺麗、でもこんなおとなっぽいドレス、私に着こなせるかしら・・」 
「俺が君に似合いそうなものを見たてたんだ、大丈夫さ、お嬢ちゃん。とりあえず着てみるといい。俺もそろそろ着替えないとな・・」
「あっ、オスカー様、ちょっと待っててくださいね」
アンジェリークがパタパタとウォークインクロゼットにかけこみ、なにやら持ってきた。
「オスカー様、今日はタキシードですよね?」
「ああ、略礼装だが、今日のパーティーは公式行事じゃないしな。黒のタキシードならお嬢ちゃんのこのドレスと色目もあうだろう?」
「私もオスカー様に着けていただこうと思って用意してたんです。いつも私ばかりいろいろいただいちゃってるし、
 この前のオスカー様のお誕生日にもプレゼントは差し上げないで終わっちゃったから・・・」
そう言ってアンジェリークが差し出したのは、奇しくも濃い臙脂の蝶ネクタイとカマ―バンド、ポケットチーフのセットだった。
「・・嬉しいぜ、お嬢ちゃん・・」
オスカーは予期せぬアンジェリークの心遣いに、胸中に温いものがこみ上げてきた。
思わず、アンジェリークを抱きしめてそのまま押し倒したい衝動に駆られたが、今、それをやったら、確実にパーティーに行けなくなる。
パーティーを楽しみにしているアンジェリークの為にも、ここは我慢せねばとオスカーは自分に言い聞かせる。
「さ、ドレス用のランジェリーもいっしょに入ってるから、着ておいで、その間に俺も着替えておくから。」
「は〜い」
アンジェリークがドレスを抱えてフィッテイングルームに入っていったが、すぐにドアから顔だけを出した。
「あの〜、オスカーさまぁ、下着もあるっておっしゃってたけど・・ガーターベルトと靴下とショーツだけで、ブラが無いんですけど・・」
『しかもは黒のレース・・黒の下着なんてつけるの初めてだわ。ドレスに響かないようにかしら・・』
アンジェリークがもじもじして、オスカーに尋ねる。
オスカーは苦笑しながら、答えた。
「お嬢ちゃん、そう言うドレスにはブラは着けないんだ。ラインが出てしまうからな。お嬢ちゃんのボディラインならコルセットも必要ないしな。
 ドレスの生地がしっかりしてるから、胸のラインは表には響かないはずだ。」
「・・う〜、わかりました。ちょっと恥ずかしいけど・・」
アンジェリークは再度フィッテイングルームに入っていった。
その間にオスカーはドレスシャツに着替え、タキシードのスラックスをはいてカフスをしめる。
程なくしてアンジェリークがドレスに着替えてきた。
濃い臙脂の生地に肌の白さがより強調されている。黒いレースの切り替え部分から白い胸の谷間がほのかに透けて見え艶かしい。
「・・よく似合っている・・お世辞じゃないぜ」
オスカーは心からそう思った。やはりこの色味にして正解だったなと。
「このドレスなら髪はアップにしたほうがいいですよね、オスカー様」アンジェリークが同意を求めて訊ねた。
「ああ、ドレスのリボンと同じ素材で髪飾りも作ってもらったから、それでカールをゆるめに結い上げてみるといい。」
「あ、これですね、かわいい・・」
アンジェリークがドレッサーで髪を結い上げ、ピンでカールを留める。
若い素肌に過剰な装飾は必要ないのでメイクはローズピンクの口紅を紅筆で塗るくらいだ。
それでも、今日は夜のパーティーだからと、リップの上にグロスを重ねて艶を出す。
アンジェリークがメイクをしている間にオスカーは自分の身支度をすっかり終えていた。
「さ、最後の仕上げだ・・」
オスカーがドレッサーの椅子に座っているアンジェリークの後ろに立ち、その華奢な首にネックレスを留めてやる。
一瞬白いうなじに舌を這わせたい思いにかられるが、一度箍をはずしたら、歯止めが効かなくなるであろう自分を予想してなんとか衝動を押さえこむ。
オスカーが留めたネックレスはガーネットをふんだんにあしらったチョーカーで、臙脂のドレスに暗赤色のガーネットが良く似合っていた。
涙滴型のガーネットが揺れる揃いのイヤリングもあった。
「宝石まで用意してくださってたの・・」
アンジェリークがほぅとため息をついて、ネックレスに手をやる。
「君の白い肌に良く似合っている。さ、そろそろ行こう。陛下をお待たせしないようにな」
「あ、はい、オスカー様」
アンジェリークはイヤリングを着け、ファーのショールを羽織ると、オスカーの差し出された腕に自分の手をかけた。
そして二人は聖殿に向かう馬車にのる為に階下に降りて行った

聖殿の大広間にはいると、もうパーティーははじまっており、広間のそこここで談笑の輪ができていた。
王立研究院の職員も多数慰労で招かれている。
会場には聖地御用達の商人の傘下のホテルからシェフ、ボーイらが来て客をもてなしている。
料理のテーブルには冷製のオードブルやサラダ、チーズやパンが多数並べられ、肉のローストなどの温かい料理はシェフたちがその場で作っては客の皿に盛っている。
ボーイは客の間を縫うように飲み物とカナッペを配って回っている。臨時に簡単なバーも作られており、好みの飲み物を作ってもらう事もできる。
会場の片隅では弦楽のカルテットがゆったりとした音楽を演奏している。
守護聖たちも、どうやらもう全員そろっているようだ。今日はそれぞれ思い思いの服装で参加している。
「ちょっと遅くなってしまったようだな。まずは陛下にご挨拶申し上げるとするか」
「はい、オスカー様」
二人は連れ立ってロザリアの姿を探した。ロザリアはカクテルを片手に王立研究院の職員をねぎらっていた。
今日のロザリアはスリムなラインの白のイヴニングを着ていた。青い髪に白のドレスが涼しげな印象だ。
「陛下、遅くなりまして申し訳ございません。本日も実にご尊顔お麗しく・・」
「ようこそ、オスカー、アンジェリーク、今日は堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。」
ロザリアが二人に気付き、にっこりと微笑んだ。
「陛下、とっても楽しいパーティーになりそうですね。会場も素敵だし・・」
アンジェリークが嬉しそうにロザリアに話しかけた。
「ええ、あの商人がすべて如才なく手配してくれましたからね。料理も飲み物もたっぷり用意されてるはずよ。楽しんでらっしゃい。」
「では、お言葉に甘えまして・・」
オスカーがロザリアの前を辞そうとすると、ロザリアがオスカーをひきとめた。
「あ、オスカー」
「なんでしょう、陛下」
「今日はアンジェリークも女王補佐官として、私と同じくホステスとして、お客様のおもてなしもしてもらいますから、オスカーもそのつもりでいてくださいね。」
「・・かしこまりました。陛下」
今日は、アンジェリークを自分の妻だからという理由で独占するのはまかりならぬと、言外にくぎをさされたのだ。
女王陛下に忠誠を誓う守護聖の身としては、女王の命令に逆らうことはできない。
ロザリアにしてやられたと、オスカーは思った。
つまり、アンジェリークが誰から声をかけられようと、ダンスに誘われようと、自分は表立ってそれを阻止することはできないということだ。
アンジェリークはオスカーの複雑な胸中を知ってか知らずか、無邪気な様子でオスカーに話しかける。
「オスカーさま、私たちもなにかいただきましょうよ」
「・・ああ、そうだな、お嬢ちゃん」
心の中で嘆息をつきつつ、オスカーはアンジェリークと料理のテーブルに向かって行った。

アンジェリークがサーモンやらトマトとモッツァレラチーズのサラダなどのオードブルをぱくついている。
オスカーは、カナッペを食べるでもなく弄繰り回しながら、スコッチの水割りに口をつけていた。
「オスカー様、もっとなにか召し上がらないの?」
「ああ、俺はとりあえず、酒があればいい・・」
これから君が誰に攫われてしまうのか考えると、とてもじゃないが食欲なんて出ない、と思ってもそれは口が裂けても言えないオスカーは、曖昧な笑みを口元に浮かべる。
「ア〜ンジェ、遅かったじゃないのさ〜」
『この声は・・』
いやな予感に振り向くと、はたしてそこにいたのは夢の守護聖オリヴィエであった。
今日のオリヴィエはいつにも増して派手ないでたちで、髪は七色のメッシュに染め分けられラメが散らされている。
「オリヴィエ様、こんばんは、今日も素敵でいらっしゃいますね」
「んふふ〜、ありがと。でも、今日のあんたもとってもおしゃれだよ」
アンジェリークがはにかむように、でもまぶしい笑顔を見せた。
「さ、アンジェ、みんなあっちにいるから、あんたもおいで」オリヴィエがアンジェを誘う。
「え・・でも・・」
アンジェリークがオスカーを見て逡巡している。
「いってきていいぜ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも女王補佐官として他の守護聖との付き合いってのもあるものな。」
アンジェリークは明らかにほっとした様子だ。
「じゃ、オスカー様も一緒に、皆さんのところに行きましょう」
「・・あんたは別にどうでもいいんだけどね」ぼそっとオリヴィエが呟く。
「・・なにか言ったか?極楽鳥」
「な〜んにも!さ、いこ、アンジェ。一曲踊ろうよ」
「じゃ、一度皆さんにご挨拶してからでいいですか?」
「んふふ、全然OKだよ。ね、いいよね〜、オ〜スカ〜?」
オリヴィエがにやりと笑って横目でオスカーを見た。
『なんだ?こいつ、今日は俺がお嬢ちゃんになにも言えないことを知ってるみたいな態度だな・・』
「・・ああ、お嬢ちゃんは今日を楽しみにしてたんだものな」
「さ、じゃ、私にもあんたをエスコートさせておくれ」
オリヴィエがアンジェリークにさっと腕をだした。
アンジェリークが小首をかしげてオスカーの顔を見上げ、許可を求めるようなそぶりを見せた。
オスカーは無言でうなずき、それを見たアンジェリークはオリヴィエの腕に自分の手をちょこんとかけた。
オリヴィエとアンジェリークは守護聖の集まっている一角に向かい、そのすぐ後ろをオスカーは不承不承と言う面持ちでついて行った。

「アンジェ、遅かったじゃない!ずーっと、待ってたんだよ。」
アンジェリークがオリヴィエに連れられて、守護聖たちのところにいくと、真っ先にマルセルが駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。私が支度に手間取っちゃって・・皆様も楽しんでいただいてますか?」
「ああ、皆おまえがくるのを楽しみにしていたのだぞ」
クラヴィスが柔らかく微笑みながら、アンジェリークに話しかけた。その後ろでリュミエールも微笑んでいる。
「はいはい〜、みんな、アンジェはまず、私と踊るんだからね〜。今日はアンジェはみんなのものだからね〜、踊りたい人は順番だよ〜」
「ずるいですよ、オリヴィエ様、俺たちだってアンジェがくるのを待ってたのに、抜け駆けしましたね!」ランディがムキになる。
「あせらない、あせらない、夜は長いんだし、お子様はおとなのあとあと。さ、行くよ、アンジェ」
「あ、はい、じゃ、皆さん、またあとで。オスカー様、ちょっとオリヴィエ様と踊ってきますね」
「ああ、楽しんでくるといい。」なるべくさりげなく答えたつもりだが、アンジェリークに声の震えはつたわらなかっただろうか。
「ふっ、やせ我慢も色男の条件だな・・」クラヴィスが口の端で笑う
「・・なにかおっしゃいましたか、クラヴィス様?」
オスカーがじろりとクラヴィスをねめつけた。
「いや、魅力的な妻をもった男の気分はどんなものかと思ってな・・」
「あまりオスカーを刺激なさらないでください、クラヴィス様」リュミエールが割って入ってきた。
「・・俺は別に刺激されてなどいないぜ、リュミエール」
「なら、良いのですが・・ではオリヴィエの次は私どもがアンジェリークと踊らせていただきましょうね、クラヴィス様」
水の麗人がにっこりと微笑んだ。
「ああ、そうだな・・そうさせてもらおう・・」
「どうぞ、ご自由に」
オスカーは短くこたえると、水割りを一気に呷った。
『だから、俺はこいつが昔からいけ好かないんだ・・』こんなことを心の中でおもいつつ・・
オリヴィエがカルテットにブルースの演奏を頼んだようだ。ゆったりとしたブルースのリズムにあわせて二人が踊り出した。

オリヴィエが踊りながら、アンジェリークに話しかけてきた。
「アンジェ、あんたのドレス、オスカーの見たてでしょ?」
「わかりますか?オリヴィエ様」
「ああ、あんたが自分で選ぶような色やデザインじゃないからね」
「・・こんなおとなっぽいドレスはやっぱり私には似合いませんか?」
アンジェリークの顔が少し曇る。
「いや、そう言う意味じゃないよ。私にも意外だったけど、こんな色もあんたの肌にはよくはえる。
 さすがに毎日あんたを見ているだけのことはあるよ。くやしいけど、あいつの目は確かだよ。」
アンジェリークが心から嬉しそうに微笑んだ。
「よかった、オスカー様が選んでくださっただけでも私には嬉しいんですけど、やっぱりオリヴィエ様に似合ってるって言ってもらえると安心します」
「ふふ、そんなにあいつが好き?妬けちゃうね。でも、今日のあんたは私たちみんなのアンジェだからね。」
オリヴィエにオスカーへの思いをずばり指摘され、アンジェリークの頬が赤らむ。
「でも、あんまり皆様とばかり踊ってたら、オスカー様、お気を悪くなさらないかしら」
「さすがに、あいつの性格を良く把握してるね〜。大丈夫、今日のあいつはなんにも言いやしないさ。」
「?オリヴィエ様?」
アンジェリークがきょとんとオリヴィエを見る。
実は、オスカーがアンジェリークを独占しないようロザリアにくぎをささせたのはリュミエールであった。
今日二人が来る前にオリヴィエは
「あ〜あ、パーティーったって、どうせオスカーがアンジェを片時もそばから離さないだろうから、アンジェと踊るなんてまさに夢!だろうね〜」
とぼやいていた。
独占欲の強いオスカーはどんな席でもアンジェリークを常に自分の傍らに置いていたし、
アンジェリークもいつもオスカーの気持ちを第一に考えているようなので
オスカーに逆らってまで自分たちに付き合ってくれるとは到底思えなかったのだ。
すると、水の麗人がにっこりと微笑んで
「そのことに関しては、今日は心配ありませんよ、オリヴィエ」
と、のたまったのだ。
そりゃまたどういうわけ?と訊ねたオリヴィエにリュミエールは
「今日私たち守護聖をおもてなし下さるおつもりなら、炎の守護聖にご自分の奥方を独占しないよう、進言して下さるように陛下にお願いしておきましたから。」
と涼しい顔で答えた。
ひゅ〜とオリヴィエは口笛を吹く。
「で、陛下はなんて?」
「ええ、わたくしの言やよしとおっしゃられて、それとなく注意を促すとお約束していただけました。」
「てことは、今日はアンジェをダンスに誘おうが、エスコートしようが、多分オスカーはなんにも言わない、いや言えないと・・」
「そう言うことになるでしょうね」
水の麗人はまたまたにっこりと微笑んだ。
このやり取りをそこにいた守護聖は全員聞いていたのだ。そして誰もが水の守護聖だけは敵に回すまいと思ったのだった。
『しかし、あいつ、アンジェを見せびらかすつもりでこのドレスを選んだんだろうけど、リュミちゃんのお陰でその思惑は完全に裏目に出たね・・』
黒いレースの胸元にうっすら透けて見える豊かな胸の谷間に目をやりながら、オリヴィエはほんの一瞬オスカーに同情した。
もし、アンジェリークが自分たちと踊るなんてわかっていたら、こんなセクシーなドレスをオスカーが選ぶわけなかっただろうから。
しかし、すぐに
『ま、でも、あいつがいくら自分の奥さんだからって、アンジェを一人占めしすぎるから、撥があたるんだ。同情には値しないか!』
と思いなおして、
「今日はあんたも陛下と同じホステスの一人でしょ?だからしっかり私たちに付き合ってもらうよ。
 オスカーもそれをわかってるから、私たちと踊っても大丈夫ってことさ。」
とアンジェリークに答えた。
「あ、はい、一生懸命がんばります」
そうアンジェリークも答えたときに丁度曲が終わった。
オリヴィエは名残惜しげにホールドを解くと、
「さ、次の方がお待ちかねだよ。」
といってアンジェリークを手放した。

次に進み出たのはクラヴィスだった。クラヴィスはアンジェリークの手を取り、口付けると、
「私と踊ってくれまいか・・」とその特徴のある低音で囁いた。
「あ、私で良ければ」アンジェリークがはにかみながら答える。
「では、いくぞ・・ワルツを・・」
緩やかな3拍子が奏でられ、二人が踊り出す。
オスカーはクラヴィスがアンジェリークの手に口付けるのを視界の端でしっかり捕らえていた。
『まあ、手の甲へのキスはレディへの礼儀だからな、目くじらを立てるようなことじゃない・・』
と必死に思いこもうとするのだが、やはり、面白くないものは面白くない。
王立研究院職員らしき女性があからさまな秋波を送ってくるが、それに答えるのも鬱陶しく、仕方なく何杯めかの水割りをすする。
「どうした?オスカー、おまえは誰かと踊らないのか?」
「これはジュリアス様」
手持ち無沙汰げなオスカーに首座の守護聖が話し掛けてきた。
彼も今夜は守護聖の正装を解き、銀鼠色の燕尾服を着ている。髪は後ろにゆるく括られていた。
「おまえの奥方はよくやっている。女王候補だったときはいささか心もとない印象だったがな・・」
それゆえ目が離せず、何かと気にかかって、ついつい部屋を訪れては教訓めいたことを話したり、
育成を助けてやろうとこっそり力を送ったりしていたことが今となっては、懐かしいジュリアスである。
「これはジュリアス様にお褒めいただけば、あれもさぞ喜ぶことでしょう」
「よい、彼女はもう立派にやっている。私の説教など必要はあるまい。オスカー、おまえも夫として奥方の仕事には理解を示せよ」
「はぁ・・」
『・・なぜ、皆でこう俺とお嬢ちゃんを引き離すようなことをいうんだ?
 ジュリアス様にまでこんなことを言われたら、ますますお嬢ちゃんを取り戻せなくなるじゃないか・・他でもない俺の妻だというのに・・』
「ジュリアス、オスカー、楽しんでますか?」
そこにロザリアがやってきた。
「オスカーは奥方をわれわれに取られて、所在ないようです。陛下」ジュリアスが可笑しそうに答える。
「いえ、陛下、決してそんなことは・・」
「ほほ、ああ、アンジェリークは次はリュミエールと踊るようですね。クラヴィスがリュミエールにアンジェを手渡してますもの。
 オスカーは良かったら、私と踊りませんこと?それとも私とじゃお嫌かしら?」
「陛下からお声をかけていただけるとは光栄です。」
女王からのじきじきのご指名とあっては、オスカーに断る方便はない。
「では、まいりましょう」
オスカーはロザリアをホールドして踊り始めた。曲はゆったりとしたフォックストロットだ。
フロアではアンジェリークとリュミエールが曲にあわせて流れるように体を滑らせている。
『リュミエールらしい選曲だ・・』
オスカーは見るとも無しについ視線を2人の方に向けてしまう。
「2人のことが気になるようね、オスカー。ダンスのパートナー以外の女性に気を取られっぱなしと言うのは、ちょっと失礼じゃなくて?」
ロザリアが苦笑しながら、オスカーをたしなめる。本当に、昔聞いた風評となんと言う変わり様かしらと思いながら。
「いえ、そんなことは・・」
しどろもどろに弁解しようとするが、いきなり図星をさされて、うまいいいわけも見つからない。
「アンジェリークは皆に慕われているのですもの、今夜くらい他の方にちょっとは貸して差し上げなさいな。
 それとも、アンジェリークが信用できなくて?」
「そんなことは天地神明に賭けてありません!」
きっぱりとオスカーが断言する。信用できないのはアンジェリークではなく、他の奴らなのだ。
アンジェリークとリュミエールは踊りながら何やら、楽しげに話している。
『リュミエールなんかといったい何をそんなに楽しそうに話しているんだ、お嬢ちゃん・・』

リュミエールは流れる水のように優美な動きでアンジェリークをリードする。
左手はアンジェリークの小さな手をしっかりと握り、右手はアンジェリークの腰を少々強すぎるほどの力でホールドしていた。
「リュミエール様のリードってほんと流れるみたい・・・私もいつもよりうまく踊れるみたいな気がします」
「ふふ、あなたのステップも羽のように軽やかですよ。アンジェリーク」
「補佐官になってすぐ、オスカー様が私にダンスを一通り教えてくださったんです。私それまで普通の女のこでダンスもワルツくらいしか踊れなかったから・・」
「ほう・・オスカーがあなたに・・」リュミエールの形のいい眉がぴくりと動いた。
「ええ、補佐官として、外界のパーティーに行ったときにも困らないようにって。でも本当は自分が私と踊りたいからだっておっしゃってくださって・・」
恥ずかしそうに、でもその何倍も嬉しそうに、アンジェリークが話す。
「でも、アンジェリーク、オスカーがそう言うことに詳しいのはなぜか考えたことはありますか?」
「リュミエール様がおっしゃりたいことはわかります。オスカー様はいろいろな女性とお付き合いがあったということでしょう?
 女王候補のころからいろいろな方からうわさを聞きましたもの。オスカー様は余りご自分のことはおっしゃらないけど・・」
「それで、あなたはそのことが気にならないのですか?」
「だって、大切なのは今とそれから、これからですもの」
アンジェリークがにっこり笑って、しかしあくまできっぱりと断言する。
「昔のオスカー様は寂しさをご自分でももてあましてらっしゃったんだと思うんです。
 私なんかでその寂しさが埋められると思うほど、私もおこがましくはありませんけど・・
 でも、私ができることなら、なんでもオスカー様にはしてさしあげたいんです。
 リュミエール様、ご心配していただいてありがたいのですけど・・」
リュミエールがため息をつく。
「・・・オスカーを愛しているのですね」
「はい、リュミエール様」なんのためらいも無くアンジェリークが即答する。
「アンジェリーク、ひとつ覚えておいてください。守護聖は皆何がしかの寂しさは抱えているものなのですよ。
 あなたの笑顔に慰められるのはオスカーだけではないのです。
 あなたの笑顔が曇るようなことがあったら、なんでも私に相談すると約束してくださいますか?」
「あ、はい、ありがとうございます、リュミエール様・・」
そのとき、曲が終わりを告げた。
「もう、あなたを手放さなければならないのですね・・幸せな時間ほど短いというのは本当ですね・・
 アンジェリーク、これは素敵な時間のほんのお礼です」
リュミエールはアンジェリークを抱き寄せると、アンジェリークの頬に軽いキスを落とした
「!!」
予期せぬリュミエールの大胆な行動にアンジェリークは真っ赤になって立ちすくんでしまった。
「さ、次の方がお待ちかねですよ。ほら、ジュリアス様があなたと踊りたいようですね」
「・・・はい」
リュミエールはフロアに進み出たジュリアスにアンジェリークを手渡すと、他の守護聖たちのところに戻って行った。

オスカーにとっては長い一曲が終わった。オスカーはホールドを解きロザリアに一礼する。
いくらなんでも、そろそろ、アンジェリークを返してもらってもいいころだと思ってオスカーはアンジェリークの姿を目で探す
そしてダンスが終わったリュミエールがアンジェリークを抱き寄せ、頬に口付けるのをしっかりと見てしまった。
アンジェリークが真っ赤になっている。
ロザリアもそれを目撃し、ちょっと心配になった。
『あらあら、リュミエールいくらなんでもそれはやりすぎじゃなくて?オスカーが切れなければいいけど・・』
案の定オスカーがつかつかと、アンジェリークのそばに行こうとした矢先、今度はジュリアスがアンジェリークの手をとって踊り始めた。
曲は軽快なウインナワルツだ。
相手が敬愛する光の守護聖とあっては無理やりアンジェリークを奪取するわけにもいかず、仕方なくオスカーはリュミエールのところに向かう。
オスカーはリュミエールに一言何かいってやらないと、どうにも気がすまなかった。

リュミエールは飲み物を片手にクラヴィスと会話を交わしていた。
「リュミエール、おまえにしては大胆だったな。おまえがああいう行動にでるとは思わなかった・・」
クラヴィスが可笑しそうに話す。
「ええ、クラヴィス様、アンジェリークがあんまり惚気るので、ちょっと悔しくなってしまいまして・・
 やはり、私どもが入りこむ隙はないようですね。」
「なんだ、あわよくばとでも思っていたのか?」
「そういうわけでは無いのですが・・少々揺さぶりを掛けてみましたが、アンジェリークは全く動じませんでした。
 アンジェリークが動揺するようなら、オスカーがアンジェリークを安心させていないということですから
 そのときは私が慰めて差し上げたいと思ったのも事実ですが・・」
「しかし、おまえの言動に揺さぶられた人物が少なくとも一人はいたようだぞ・・」
クラヴィスはつかつかと近づいてくるオスカーを見てこういった
オスカーの瞳は青白い炎が燃えているかのように強い光を放っていた。
「リュミエール、他人(ひと)の妻にキスするとはどういう了見だ?」
「これはオスカー、ほんのダンスのお礼ですよ。唇へのキスならともかく、頬へのキスなど挨拶ではありませんか。
 あなたも昔はいろいろな女性に、そう、他人の奥様にも挨拶とやらを振りまいていたのではありませんでしたっけ?しかも唇へのそれを称して・・」
絡んでくるオスカーをリュミエールがさらりとかわす。
昔のことを持ち出されると、オスカーに勝ち目は無い。一瞬言葉に詰まるオスカーにリュミエールは更に追い討ちを駆けるようなことを言った。
「ほら、御覧なさい、オスカー、ジュリアス様とアンジェリ―クはまるで絵のようなカップルですね。アンジェリークもあんなに頬を染めて・・」
言われるままにオスカーがフロアのほうを見やると、確かにアンジェリークは頬を紅潮させ潤んだような瞳でジュリアスを見つめて踊っていた。
オスカーはショックを受けた。
『お嬢ちゃん、リュミエールにキスされたのは君の意思じゃない、狂犬に噛まれたと思えば腹も立たない・・』
リュミエールはひどい言われようである。
『しかし、なぜ、ジュリアス様をそんなに一生懸命見つめるんだ、お嬢ちゃん・・しかもあんなに頬を染めて・・』
「私には、オスカーを刺激するなと言っておいて、おまえのやっていることはなんなのだ?リュミエール・・」
「私は見たままの感想を述べたに過ぎません、クラヴィス様」
オスカーの耳に、クラヴィスとリュミエールの会話は、全く入っていなかった。

「ジュリアス様、足を踏んじゃったらごめんなさい。」
アンジェリークはジュリアスにホールドされて少々緊張ぎみのようだ。唇をきゅっと噛み締めている。
「そんなに緊張するな。これは試験ではないのだからな。それともおまえにとって私はまだうるさいだけの存在か?」
「そ、そんなこと考えたこともありません!ジュリアス様は女王候補の頃から、いつも至らない私にいろいろ教えて下さって、助けてくださいました。」
「そうだな、おまえはいつも素直で、自分を向上させようと、良くがんばっていた。
 その甲斐あって、おまえも補佐官として、もう危なげなく執務を良くこなしているとおもうぞ。」
「・・ジュリアス様に誉めていただけるなんて・・嬉しいです・・」
アンジェリークがはにかみ、頬に朱がさす。
「おまえは私の小言にもきちんと耳を傾けていたな。おまえと話しをすることは私にとっても楽しみだったのだ。
 おまえがオスカーと結婚したときは、こう、なんと言うか、寂しいような気がしたものだ。」
「・・ジュリアス様」
「おまえは今、幸せか」
「はい、とっても幸せです」
「そうか、なら良いのだ。おまえの幸せがオスカーと共にあるのなら、それで・・さ、踊るぞ」
「あ、はい」
二人はくるくると、小気味良いステップを踏む。
テンポの早いダンスにアンジェリークの頬は紅潮し、ジュリアスのリードに遅れまいと、瞳は必死にジュリアスの顔を見つめていた。

オスカーは踊っているジュリアスとアンジェリークから、視線をはずすことができなかった。
そして、アンジェリークが女王候補だっだ頃のことを思い出していた。
オスカーは女王候補だったころのアンジェリークにジュリアスも惹かれていた事に気付いていた。
世事に疎いジュリアスは自分の気持ちを自覚してはいないようだったが、傍目にはそれが恋という感情だということが良くわかった。
少なくとも恋の何たるかをよく知っているオスカーには・・
だから、ジュリアスが自分の気持ちに気付く前に、オスカーはアンジェリークに自分の気持ちを打ち明けた。
いくら敬愛するジュリアスでもアンジェリークだけは譲れない、そう思った上での行動だった。
ただその一方で、自分はジュリアスが恋に晩生なことにつけこんで、ジュリアスを出抜いたのだと言う
一種やましいような感情がオスカーに生じた。
アンジェリークは確かに自分を愛してくれていた。
しかし、もしジュリアスがアンジェリークへの恋心に気付き、アンジェリークに自分の思いを告白していたら、
それでもなおアンジェリークが自分を選んでくれたかどうか、オスカーには確信が持てなかった。
その光のサクリアそのままに、守護聖としての自身の有り様に全く疑問を抱かず、むしろその責務を誇りに思っているジュリアスは、
必然的に心に全く闇の部分を持たない。
理屈として人の心が弱いものだと理解はしていても、それを自分の身に置き換えて実感したことは昔も、そしてこれからも無いだろう。
その姿はオスカーにとって憧れでもあり、自分が永遠に到達しえない存在の象徴でもあった。
そのような感情が渾然一体となって、オスカーの目を曇らせ、アンジェリークの表情を過大に解釈させた。
もちろんリュミエールの挑発も、一因ではあったが・・

             

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