金の曜日の深夜近く、闇の守護聖クラヴィスは、眠れぬ夜をやりすごそうと、私邸から、あてどのない散策に出た。
十三夜の月が中天を行き過ぎ、和えかな光を地上におとしていた。
“アンジェリーク・・・”
彼を夜の安息から遠ざけているのは、金の髪の女王、アンジェリークへの恋慕の情であった。
女王に即位してからのアンジェリークは、からだ全体がふっくらと丸みを帯び、えもいわれぬ艶を醸し出すようになっていた。
しかし、クラヴィスは、アンジェリークが時折見せる、憂いを帯びた瞳の色が気にかかっていた。
やはり、女王の責務はあの華奢な体には、負担が大きいのだろうか。
休日も、屋敷に閉じこもったまま姿を見せないので、気晴らしに誘い出す事もできない。
女王になることがアンジェリークの望みと思い、己の思いを断ち切ったが、それは、彼女の幸せを願ってのこと。
クラヴィスの目には、今の彼女が幸せに満ち足りているようには感じられなかった。
『あのとき、無理矢理にでも、女王の座をあきらめさせればよかったのか・・・』
ふと心に浮かび上がった考えを、自嘲して、打ち消す。
『何を未練な・・・あの時、きっぱり断られたのだ・・』
そう、彼女は自分の差し出した手を受け取らなかったのだ。
わかっている。行き場のない思いなのは。しかし、人の心は、行き場がないからといって、思いを消せるものではない。
そんな思考の迷宮に入りかけたとき、ジュリアスの私邸近くに自分がいることに気づいた。
考え事をしながら歩くうちに、思わぬ距離を歩いていたようだ。
そのとき、どこからか、馬が早駆けるひづめの音が聞こえた。
クラヴィスはとっさに、木の陰に隠れた。報われぬ恋にあてどなくさまよう自分の姿を誰かに見られるのを厭うた。
馬上の人物は、炎の守護聖オスカーだった。鮮やかな、燃えたつような紅い髪で一目でそれとわかる。
オスカーがジュリアスの私邸をたずねることに、なにも不思議はない。
しかし、馬上にはオスカー以外に誰かもう一人いるようだ。
その上、こんな深夜だ。なにか不測の事態でも起こったのだろうか?
馬がジュリアス邸の敷地に入り、オスカーともう一人の人物が馬から降り立った。
馬から降りた拍子にオスカーのマントが一瞬翻り、夜目にも鮮やかな、金の髪がクラヴィスの目に飛び込んできた。
『アンジェリーク!?』
その人物はオスカーに肩を抱かれて、ジュリアスの私邸にそそくさと入っていった。まるで人目を避けるように・・・
『あれは確かにアンジェリークだった・・・』
自分の屋敷に戻ってからも、クラヴィスは先ほど見かけた人物のことが気にかかって仕方なかった。
蜂蜜を日差しに溶かしたような、暖かな印象を与える、金のやわらかな巻き毛だった。
大体、いつも彼女のことを考えている自分が、彼女を別人と見間違えるわけがない。
『なぜ、あんな深夜に人目を避けるように、ジュリアスの屋敷に行かねばならないのだ?しかもオスカーとともに・・・』
クラヴィスは、心にもやもやとした黒い雲が湧き上がるような感触に、息苦しさを覚えた。
まんじりともしないですごした次の朝、クラヴィスは、アンジェリークの屋敷を訪ねた。
週末は使用人も暇を出されているので、閑散とした雰囲気が漂う。
『どうか、答えてくれ・・』
祈るような気持ちで、呼び鈴を何度も鳴らしたが、やはり、そのドアがあけられることはなかった。
そのまま、クラヴィスは、オスカーの私邸を訪れた。
執事に取次ぎを願う。
執事は意外な人物の来訪に、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに、感情を読み取れない慇懃な顔つきになると
「ご主人様から、休日はだれも取り次がぬよう、命じられておりますので・・・」
とだけいうと、頭を深深と下げたまま、それ以上は一言も口を利かなかった。
暗にお引取りを・・という、語尾がかんじられた。
「・・わかった・・じゃまをしたな・・・」
確認がとりたかっただけのクラヴィスはあっさり引き下がった。
オスカーがジュリアスの私邸に行ったきり、まだ帰宅していないのであれば、取次ぎされなくて当然だからだ。
しかし、執事は、オスカーが留守であるとは言わなかった。
オスカーの不在は口外を禁じられているのか、それとも、不在であること自体知らないのか・・
考えながら、その足で、ジュリアスの私邸に向かう。
やはり、驚きの表情を隠せぬ執事に、取次ぎを願うと、あくまで、慇懃に、しかし、とり付くしまもなく執事が答えた。
「お館さまは休日は、誰ともお会いになりません。誰もお取次ぎせぬよう、厳しく言い付かっております。」
執事の言葉から、ジュリアスは、やはり、屋敷内にはいるようだ。
クラヴィスは、今度はすぐには引き下がらなかった。
「オスカーがこの屋敷に訪ねてきてはいないか?・・・」
かまをかけて、執事の反応を探ろうとする。
しかし、この誘いにも、執事は眉ひとつ動かさず、
「オスカー様はいらっしゃっておりません、なにかのお間違いでは?」
とだけ答えた。
主人の命令とプライヴァシーをあくまで守り通す気構えのようだ。いやもしかして、本当に何も知らされていないのかもしれない。
これ以上、食い下がっても得るものはないと見たクラヴィスは、ジュリアスの屋敷を辞した。
日の曜日にも、クラヴィスはアンジェリークの屋敷を訪ねたが、やはりアンジェリークの姿は見られなかった。
オスカーの私邸にいっても、ジュリアスの私邸に行っても、鉄壁の執事に門前払いを食うのは明白だろう。
クラヴィスは、心に抱いていた疑念が確信に変わっていくのを感じていた。
月の曜日の夕刻、クラヴィスは、女王の間を訪れた。もちろんアンジェリークが一人の時を見計らってだ。
「陛下、ちょっと、よろしいか?話しがあるのだが・・・」
と言って部屋に入り、さりげなく後ろ手でかぎを閉めた。
アンジェリークは珍しい訪問者に、一瞬意外そうな顔をしたが、すぐにっこりと微笑んでクラヴィスに答えた。
「よくいらっしゃいました、クラヴィス。私に話しと言うのはなんですか?」
この光り輝くような笑顔をみると、自分の抱いた疑念が、まったく根拠のないものに思える。
ふっくらとした薔薇色のほほに、珊瑚色の唇、瞳の色は若葉の緑で、体からは慈愛のオーラがにじみ出ているかのようだ。
しかし、心の奥底に埋めようとしても、黒い疑惑の心は、幾度でも頭をもたげ、クラヴィスを苛む。
クラヴィスは、女王の執務机の前に立ちはだかると、アンジェリークを静かに、しかしきっぱりと問いただした。
「陛下、あなたはいつも、休日に何をなさっておいでだ?」
アンジェリークは、なぜそんなことを聞くのかわからぬといった風情だ。
「1人で、いえで休んでますが、それがなにか?・・・」
「土の曜日も、日の曜日もお宅にうかがったのだが、留守だったようだが?」
「きっと、休んでいたので、気づかなかったのね、ごめんなさい」
あくまで、家にいたと、押しとおすつもりらしい。クラヴィスはため息をつきながら
「しかし、私は見たのだ、あなたが、金の曜日の深夜、オスカーとともに、ジュリアスの屋敷に入っていくのを・・」
アンジェリークの顔がみるみる真っ青になった。
『まさか、見られたいた?クラヴィスに?』
アンジェリークのうろたえた様子に、クラヴィスは、やはり・・という、苦い思いをかみ締めた。
できれば自分の思い違いであって欲しいと、心の片隅に抱いていた淡い期待も打ち砕かれた。
しかし、ここでうやむやにしてしまうことはできない。
自分のこのどす黒い感情を全て吐き出さねば、自分は苦しさに息をすることもかなわない。
クラヴィスは、アンジェリークに一気に詰め寄った。
「陛下、いや、アンジェリーク、あなたはジュリアス、オスカーといったい何をしているのだ?
ジュリアスもオスカーも休日は人払いをして、誰とも会おうとしない。
アンジェリーク、あなたもだ。自分の家にも帰らず、ジュリアスの屋敷でいったい何を・・・
人目をはばかり、他人には公言できないようなことをしているのではないのか?」
アンジェリークは、蒼白になりながらも、気丈な瞳で、クラヴィスをきっと、見据えた。
「そんなことを、あなたに話さねばならないいわれはありません。出ていってください。出て行かないなら人を呼びますよ」
長身のクラヴィスをアンジェリークが見上げて顔を上げたとき、アンジェリークの白いのどに、ちらりと紅いものが見えた。
『あれは・・・あの、跡は・・・・』
その、紅いしるしを見たクラヴィスは、頭に血がかーっと、登るのを感じた。
黙ってアンジェリークのそばに近寄ると、いきなりアンジェリークの腕をつかんで動きを封じ
女王の衣装のファスナーを一気に引き下ろした。
「きゃあっ!!」
アンジェリークが悲鳴を上げて体を隠そうとするが、クラヴィスにしっかりと腕をおさえられていて、動くことができない。
クラヴィスはアンジェリークから女王の衣装を乱暴にひきはがした。
「やめて!!クラヴィス、なにを・・・」
はたして、そこには、情事の名残である、紅い花びらがからだ中のあちらこちらに咲き乱れていた。
アンジェリークの乳白色の肌に無数に咲き乱れる紅い花の眺めはあまりに扇情的で、
クラヴィスは頭で考えるより先に、体が動いていた。
アンジェリークを抱き上げると、己の唇をアンジェリークのそれに重ねる。
一瞬何が起こったのか、理解できずにいるアンジェリークの唇を激しく吸い上げ、乱暴に舌をさし入れアンジェリークの舌に絡める。
「んんん・・んむむぅ・・・ん」
ようやく、自分の身に起こっていることを理解したアンジェリークが、ばたばたと暴れて、クラヴィスの拘束から逃れようともがく。
しかし、細身とはいえ、守護聖一の長身を誇るクラヴィスから逃れられるはずもない。
思う存分唇をむさぼり、アンジェリークが肩で息をするようになったのを見計らって、ようやく唇を離した。
「聖なる女王の仮面のしたで、ジュリアスとオスカーにその身を任せていたか・・・
ならば、私がおまえをただの女として扱うことに、なんの遠慮がいろう・・・」
その言葉の意味するところを理解したアンジェリークの蒼白の顔から、さらに血の気が引いた。
「いや・・・いやあああああっ!!」
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