謁見を行った次の日、女王アンジェリークは炎の守護聖オスカーを辺境の惑星に送り出すべく次元回廊を開いた。
回廊の間には、アンジェリークとその補佐官ロザリア、回廊を通りぬける当人であるオスカーとオスカーの出立を見届けに首座の守護聖ジュリアスが赴いていた。
女王のサクリアを放出する瞬間、その背に白い翼のオーラが煌らと輝き、一瞬後にその翼は無数の輝く羽となって中空に霧散する。
目に見えるが、決して手にふれることのできないその翼,、掴んだと思うと淡雪のように消えてしまうその翼はアンジェリークそのもののようだとオスカーは思う。
昨日、一晩中愛し合った。
アンジェリークが体力の限界に達し、糸が切れた人形のように意識を失ってベッドに沈みこむまで、何度彼女を求め貫いたことだろう。
前から、後ろから、自分の腹の上にのせ、膝の上に抱きかかえ、際限なく彼女と交わりつづけた。
彼女の喉が擦れるまでしどけない声をあげさせ、自分の名を呼ばせた。
いつまでも愛し合うために射精は最小限にこらえ、できるかぎり彼女の内部にとどまり、ひとつになっているという一体感を感じたかった。
彼女が自分の名を呼んで達するたびに、いいようのない満足感と充実感に満たされ、なおさら貪欲にその瞬間を求めて果てしなく彼女を苛んだ
アンジェリークが意識を失ってもなお、彼女を手放しがたく己を彼女の胎内に留めたまま、彼女を抱いて眠った。
朝の光と小鳥の声に浅い眠りから覚め、まだ安らかな寝息をたてている彼女の額に口付け、後ろ髪を引かれる思いで朝まだきの女王の私邸を後にした。
自分の為ではなく彼女の為に、決して人目に立つわけにはいかなかったから。
朝目覚めて、自分の不在を彼女はどう思っただろう。
すこしはさびしく思ってくれただろうか、それとも、昨晩の逢瀬そのものを夢と思うことにしたのだろうか。
その凛とした横顔からは、感情は窺い知れない。顔色が若干青白くみえるのは昨晩の情事の疲れからか。
アンジェリークを抱き一つに溶け合ったようなその瞬間、たしかに彼女を手に入れたと思った。
その翼は自分だけの色に染め上げられたはずだった。
しかし、明るい陽光の下、サクリアの具現化した翼は神々しいまでに白くきらめき、オスカーの思いを弾くかのようだった。
「回廊が開かれました。炎の守護聖オスカー、つつがなく任務を遂行し、無事のご帰還をお祈りしております」
アンジェリークの言葉にはっとオスカーが我に帰った。守護聖の顔に戻り、女王に礼を尽くし、回廊に入る。
「ではこれより任地に赴きます」
「そなたの不在中は、女王は我らがお守りする。向後の憂いは気にせず、速やかに己の為すべきことをしてまいれ」
「はっ」
「お気をつけて・・・」
アンジェリークがオスカーを見つめる。その瞳は憂いを帯びて深みを増し、濡れたように潤んでいた。
その憂愁の浮かぶ瞳の色に、オスカーはアンジェリークも同じように自分を思ってくれていることを、自分と別れ難く感じていることをはっきりと感じとり、胸が熱くなった。
オスカーとアンジェリークの視線が一瞬絡みあい、ゆっくりと離される。
オスカーの姿が次元回廊の中に、かき消すように消えて行った。
「・・ふぅ」
アンジェリークは回廊を閉じおわると、小さな吐息を漏らした。
ロザリアが、気遣わしげにアンジェリークの顔を覗き込む。
「陛下、お顔の色が優れませんわ。なんだかお疲れみたいですわね」
「え?ああ、なんでもないわ、大丈夫よ、ロザリア」
「今日は他にたいした公務もございませんし、私邸にお戻りになってお休みになられたらいかがです?」
「そういうわけにもいかないわ、何があるか解らないし、執務の終わる時間までは執務室にいないと・・」
「では、ちゃんと執務室でお休みになってくださいね。緊急の用件以外では他のものにお邪魔しないように言っておきますから・・」
「気を使わせて済まないわね、ロザリア」
「女王陛下の健康管理も、補佐官の大事な仕事です」
まじめな顔でこう言ってからロザリアは、悪戯っぽい顔になり
「そのかわり、明日からはいつもの明るいあなたに戻ってよ、アンジェリーク」
と優しく微笑んだ。
アンジェリークもつられて微笑む。
そんな女王と補佐官のやりとりを、首座の守護聖はすこし離れたところで黙ってみていた。
アンジェリークはロザリアの言葉に甘えさせてもらい、自分の執務室に戻ると、人払いを命じて一人になった。
冠とベールをはずしてから、ソファに沈みこむように座りこむ。
顔色が悪いと言われたが、そんなに疲れていたわけではない。
オスカーとの情事にいつもより睡眠時間が少なかったのは確かだが、アンジェリークの顔が曇っていたとすればそれは体の疲れではなく、昨夜の激しい情事を気取られないよう緊張していたのと、しばらく会えない恋人に、あからさまに名残を惜しむことのできないことへの、苛立ちからだった。
朝オスカーの残り香につつまれて目覚めたときは、もう、ベッドの隣は冷たくなっていて、アンジェリークはわきあがる寂寥感に泣いた。
自分の為、人目につかぬよう、オスカーがこっそり私邸に戻ったことは理解できたが、昨晩お互いに求め求められ、心も体も一つに溶け合えたようなあの至福の瞬間さえも、幻だったように思えた。
執務が始まり、次元回廊を開くにあたり、何事もなかったように、オスカーに素知らぬ振りをするうちに自分のオスカーへの思いさえあやふやになっていくようで、身を切られるように切なかった。
目の前に、愛しい男は手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、そんな胸のうちを訴えることもできず、胸の中に寂しさ、やるせなさ、そしてそれにも勝って、オスカーへの愛しさが渦を巻いて、アンジェリークは息をするのも苦しいほど、胸が痛かった。
でも、オスカーと視線があった瞬間、オスカーも自分と同じように、やるせない思いで自分のもとを去って行ったのだということがはっきり感じられた。
それは、アンジェリークにとって救いとなると同時に、しばらくオスカーには会えないのだという現実ををより強くアンジェリークに認識させ、一層の寂寥感をも、もたらした。
「オスカー様・・早く帰ってきて・・」
思わず呟いた自分の言葉に涙が溢れそうになる。
一人でいると、切ないことばかり心に浮かんできてしまう。
しかし、オスカーの残り香が燻っているような私邸の自室に一人で戻るのはもっと嫌だった。
ロザリアのことだ、多分自分の執務室に誰も来ないように、徹底して通達したに違いない。
こんなことなら、仕事をしていたほうが、余程気が紛れる。
ロザリアに、自分はもう大丈夫だから通常の執務をこちらにまわすよう、言いに行こうとソファから立ちあがったとき、
軽いノックの音とともに、光の守護聖ジュリアスが、アンジェリークの執務室に入ってきた。
「陛下、ちょっとよろしいか・・」
ジュリアスは執務室にはいってくると、後ろでにドアを閉めた。かちりと鍵がかけられたが、アンジェリークはそれに気付かない。
「ジュリアス?」
自分が人を呼ぶまでは、緊急の要件以外、ロザリアは人を遣さないはずだ。
なにか、おきたのだろうか、まさかオスカーの身になにか・・・そんなことが頭に思い浮かび、アンジェリークの顔が蒼白になる。
「なにか、あったのですか?ジュリアス。まさかオスカーの身になにか・・」
「そんなにオスカーのことが気にかかりますか?陛下・・」
「・・?・・なにをいっているの?ジュリアス・・きゃっ」
ジュリアスは黙ってアンジェリークに近づいてその腕を掴んで抱き寄せ、金の髪をかき分けて、白いうなじを露にした。
アンジェリークのうなじには、オスカーが昨晩つけた紅い花がいくつも散らされていた。
ジュリアスはアンジェリークを抱きしめたまま、その耳元に甘く囁きかけた。
「昨夜はオスカーに抱かれたか・・」
アンジェリークの体が固くこわばる。
「安心しろ、責めているのではない・・私には秘密にする必要もないだろう?あの者の考えることなど最初からわかっていたしな・・・」
「ジュリアス・・さま・・」
「しばらくおまえに会えないと思って、別れを惜しみにおまえのところにいったのであろう?
私がその立場だとしても、同じことをするかどうかは解らぬが、その気持ちは理解できたのでな、好きにさせた。」
ジュリアスの口調はむしろ楽しそうだ。
アンジェリークはジュリアスの腕の中で顔を見上げた。ジュリアスの意図が汲めずに戸惑う。
「手向け・・餞別のつもりで、オスカーとおまえが何をしようと見てみぬ振りをするつもりだった。週末になれば、またおまえを抱けることにかわりはないのだしと、思っていた・・」
ジュリアスがアンジェリークを抱く手に力をこめた。
「・・だが、おまえとオスカーが次元回廊で見詰め合っている姿を見て・・どうにも我慢ができなくなった・・
おまえがどのようにオスカーに抱かれ、どんな声をあげ、どのように乱れたのか・・考えただけで、いても立ってもいられなくなった・・」
そこまで言うとジュリアスは、アンジェリークの細い頤をつまんで上向かせ唇を重ねた。
「んんっ・・」
不意をつかれたアンジェリークの口中にやすやすと舌を侵入させ、奥に隠れているアンジェリークの舌を絡めとる。
アンジェリークの上唇と下唇を交互に吸い上げてから、アンジェリークの口腔の全てを舌でなぞりながら、強く吸い上げた。
アンジェリークの体から徐々に力が抜けていく。
アンジェリークがくったりとジュリアスの胸に身を預けてしまったのを見計らってから、ようやくジュリアスはアンジェリークの唇を開放した。
「さあ、教えてもらおう。オスカーがどのようにおまえを抱き、おまえがどのように応じたかを・・・」
ジュリアスは優しいとさえ言える口調で囁くと、アンジェリークの装束のファスナーを一気にひき降ろした。