On-Side 3

クラヴィスの替りにオスカーが体育祭の赤組応援団長を勤めることになったので、体育祭の応援の手順をきちんと決めなおす必要がある。

もう、開催まで一ヶ月を切っているから、本来進行に関して大きな変更はできないし、する余裕もないが、応援合戦に女生徒によるチアダンスを組み込むことは可能だろう。しかし、短期間のうちにそのメンバーを選定して、なおかつ練習もしなければならない。

そのためどのようにするのが最も効率がよいか、オスカーとオリヴィエは頭をつき合わせて検討を続ける。アンジェリークは側に控えて逐次決定事項を入力する体勢を取っている。後ですぐプリントアウトして配布したり、大きく印刷して掲示したり、生徒会のHP(学校そのもののHPはオープンだが、生徒会関係のものはセキュリティをかけて学内関係者しか閲覧できないようになっている)に情報をアップしたりと即座に告知できるようにだ。

「チアは…赤、白一人づつ執行部から代表をいれるとして、後は公募&抽選だろうな。しかし、今執行部の女生徒はお嬢ちゃん一人だけか?」

「あの…執行部がかかわらなくちゃいけないって聞いたらロザリアがひきうけてくれると思います。もともとはロザリアが書記をすることになってたんですけど、学校に早く馴染んでいいだろうって私に生徒会での仕事を勧めて、書記に推薦してくれたのはロザリアなんです…私はだから、ロザリアの代役みたいなものなので…」

「ふむ、あの姫様か…それならお嬢ちゃんから、あのお姫様に頼んでおいてくれ。俺が頼むより多分引き受けやすいだろうからな。」

「ロザリアをご存知なんですか?オスカー先輩」

「俺も中等部の頃から生徒会だったからな。あの誇り高いお姫様とも顔馴染みさ。」

「で、代表はそれでいいとして公募がほとんどなかったらどうするつもり?まさか…好みのタイプを無理矢理強制指名かい?」

オリヴィエがにやにやしながらオスカーに話しかける。

「ふ…俺を誰だと思ってるんだ?俺が応援団長になると知れたらチアの応募なぞ、選考が困難なほど殺到するに決ってるだろうが。となると、抽選が楽なようにウェブ上での応募の方が後で俺たちが楽かな…お嬢ちゃん、生徒会のサイトに応募フォームを作れるか?」

「あ、はい、それじゃ…学籍番号でのログインにして二重応募がおきないような形にしてフォームを作りますね。明日にはアップできると思います。」

「ふ…お嬢ちゃんは優秀なんだな。飲みこみの早い子は好きだぜ。」

さらりと淀みなく口から出る「好き」という言葉に、アンジェリークは体温が一気にあがったような気がする。

「また、無意識に口説くようなこと言うんじゃない。この子はあんたみたいなのに免疫ないんだから…」

オリヴィエのいなしに、1℃はあがったと思う体温は急速に沈静化した。アンジェリークは自分の気持ちを落ち付かせるため、小さな溜息をつく。

そうだったわ、こういうセリフはオスカー先輩には世間話と同じっていうか…犬や猫が好きっていうのとご本人は一緒の感覚なのかも…でも、この鋭い瞳で真っ直ぐみつめられて、低いけど甘い声で「好きだぜ」なんて耳に含ませるように言われたら、言われた女の子は誰だってきっとぽーっとしちゃうわ。冷静に考えれば深い意味のある「好き」じゃないってわかっても、この瞳に見つめられながらこんなことを言われたら、「もしかして」って期待しちゃうのも無理ないわ。ジェーンが言ってた「目の前にいると自分だけを見てくれてるような気にさせてくれる」っていう評価が、今、ものすっごく実感できちゃった…

自分だってオスカーにとって口説くような言葉が日常会話だと理性ではわかっていたはずなのに、やはり「どきん」とした。オリヴィエの言葉がなければ今もどきどきしたままだったかもしれない。

自分自身に深い思い入れはないのに、女の子の方をのぼせあがらせてしまうのは、ある意味罪な行為かもしれない。

でも、女の子というのは、臆病なようでいて、実は「どきどき」するのが大好きなのだ。どきどきさせてくれることや、どきどきさせてくれる人が大好きなのだ。オスカーがモテるというのも、ものすごくよくわかるような気がした。きっとオスカーは、女の子にとってとろけるように極上のどきどきを示してくれるのだろう。それは誰に対しても平等に与えられる「どきどき」かもしれないが、それでもこんなにどきどきさせてくれる人は滅多にいないから、オスカーはもてる、そして、だから、ステディを作らないことも許される…というか、その方がいいと思われるのかもしれない。どきどきさせてくれる人は貴重だから、ずっとこのままで自分たちをどきどきさせて欲しいと女の子たちは思うのかも…

「俺は正直な気持ちを言っただけだぜ。」

更なる口説きに聞こえてしまうオスカーのセリフが続く。しかし、オスカーがモテる訳をしみじみ実感していたアンジェリークは今度はぼーっとするほど『どきん』とはしないですんだ。好きって言われた上で、さらにこんな事をさらりとさりげなく言われたら、女の子は嬉しくないはずがない。どきどきさせてくれて、うっとりさせてくれて、喜ばせてくれて…女の子に人気があって当たり前だと思った。

「あ、はい、ありがとうございます。好きって言ってくださって…」

アンジェリークの嬉しそうであっても冷静な返答にオスカーとオリヴィエの二人ともが、驚いたようにアンジェリークを見つめ返した。

「こいつの本能みたいな口説き文句にぽーっとしなかった子を初めて見たよ、私は…」

「俺の『好きだぜ』って言葉に礼が返ってきたのも初めてだ…冗談だと思ったのか?お嬢ちゃん」

実はアンジェリークだってぽーっとなりかけた。ぽーっとしないですんだのは、オリヴィエのおかげなのだが、そのことを言うのはなんだか気恥ずかしかった。

「あ、いえ、そうじゃないですけど…でも、オスカー先輩の好きってお言葉は、えと…私がお花やお菓子やかわいい犬や猫を好きっていう好きと同じような気がしたから…でも、嫌いっていうより好きって言ってもらえたらやっぱり嬉しいですから、だから、ありがとうございます、って言ったんですけど…あの…変?…ですか?」

「いや、その、あまりにまっとうなんで、かえってすごく新鮮だよ、アンジェ。」

「俺も…その…やられたな…って感じだ。」

「???」

「ま、冗談とか、ふざけてると思われなかったから、よしとしよう。ところで、オリヴィエ、チアの選考が済んだら即刻チアダンスの振りつけと衣装の準備に入らないと日程的にきついよな?」

「ま、いきなり今日決定したからね。あと1ヶ月もないしね。」

冷静に打ち合わせを進めるオスカーに、アンジェリークは、「やっぱり」という気持ちを感じる。

オスカー先輩にとって「こういう子は好きだぜ」って言うのは、私がイチゴタルトを「きゃー、これ好き〜!」っていうのと同じ感覚だから、こんなに落ち付いてらっしゃるんだわ。私だって、イチゴタルトを好きって言うのにどきどきしたりしないもの…でも、タルトは好きって言葉を聞いたって、なにか思うわけじゃないから…そんなことを考え、その考えに何故か僅かなさびしさも伴っているような気もしたのだが、アンジェリークは務めて打ち合わせに熱心に聞き入らなくてはと強く自分に意識させた。

「振りつけはダンス部と、その顧問に頼めそうか?」

「いや、そりゃ無理だと思うよ。クラブの方は、体育祭より、二ヶ月後のフェスタでの舞台発表準備にもうキリキリしてるからね。毎日練習大変みたいだもん。そのでき次第で、全国大会での発表考えてるみたいだし…」

「ふむ…それじゃ、コーチは外注するか。」

「そ、そんなことできるんですか?」

「なんのために予算が組まれてると思う?お嬢ちゃん。幸か不幸か応援関係の予算はほとんど未消化だから金銭的な余裕はある。そしてジュリアス先輩は、ぱっとしない応援合戦より、そこそこ行事を盛り上げることをお望みだ。そして、あるのは予算、足りないのは時間と適切な人員…となったら、足りない部分を足りている部分で補完するほうが論理的…というより当然だろう?外注で済む部分は外注で合理化しないとな。」

「は、はぁ…」

「体育祭のチアだから踊る方も素人だし、全国大会レベルのコーチが必要なわけじゃないから、その辺のスポーツクラブのインストラクターに週1、2回来てもらえればいいだろう。それなら費用も多寡が知れてるしな。お嬢ちゃん、時間のある時に近所のスポーツクラブに2、3あたってみてくれるか?高校生の依頼でもこの学園の生徒会からの依頼だと明言すれば、きちんと応対してくれると思うぜ。それでも適当な人材がみつからなかったら、俺に相談してくれ。心当たりにあたってみよう。」

「は、はい…」

この人は『権威』とか『信用』いうものの使い所を知っている、とアンジェリークは思った。経営者である学校側からの依頼ならともかく、スポーツクラブのような私企業が高校生の依頼でインストラクターを派遣してくれるだろうか?その費用を払えるかどうか危ぶまれ…いや、悪戯だと思われるのが関の山だろう。

しかし、この学校の名前と生徒会の名前を出せば信用してもらえるから、遠慮なくその権威を利用しろ、それは当然の権利の行使なのだとオスカーは言っているも同然だった。その行使の仕方に躊躇いも迷いもない。オスカーは『権威』や『信用』というものを使いなれているのだ。名前の持つ『権威』をというみえない力を利用することが息をするように自然に身についている、そんな気がした。

心の底での感嘆の溜息を付くアンジェリークを余所に二人は打ち合わせを進める。

「で、衣装の方だが…オリヴィエ、おまえ、デザインできるか?」

「ふふん、私を誰だと思ってるのさ。それぞれのチームカラーをモチーフに、アンジェとロザリアをメインモデルと仮定して…ふふ、いいイメージ湧きそうだよ。ただし…」

「ただし?」

「あったりまえだけど縫製は私1人じゃ無理だよ。私が責任持ってできるのはデザインまでだね。」

「被服専攻の連中に頼めないか?」

「こっちも無理、被服科の生徒の頭の中はフェスタでのファッションショーで余裕ないよ。もちろん、私もドレスを発表する予定だし。だから連中は体育祭に関わる時間…そっちの縫製まで請け負う余裕はないね。」

「じゃ、これも外注だな…ダンス部が使ってる衣装屋におまえのデザインで発注しよう。さっさとデザイン画書けよ。外注するなら時間に余裕を見ないとな。万が一の手直しの事も考えて…」

「モデルがいいからデザインはすぐ浮かぶ自信あるよん。」

「じゃ、衣装の方はおまえに任せたぞ。お嬢ちゃんたちの魅力を最大限に引き出すようなヤツを頼むぜ?」

「任せておきなって。」

アンジェリークはこの二人のやりとりを息を飲むように黙って聞いていた。感心してしまって言葉も出ない。オスカーが応援をしきるまでなにも決っていなかったのに、とにかく次ぎから次ぎへといろいろな段取りがさくさくと効率よく決っていく。学生だから学内の生徒だけで行事を取り仕切るという固定観念にとらわれるとこなく、オスカーは予算の範囲内で外注できるものは外注することで無駄を省き、少ない時間と人員を活用しようと計画している。こんな発想が同じ高校生から出るとは思わなかった。オスカーが「ジュリアスの片腕」だったとか、「見た目だけの人じゃない」という級友の評価が多いに納得できてしまうアンジェリークである。権威や信用の行使を当然のこととして考えていた先刻のことを思うに、名家の出らしいので、帝王学というものを学んでいるのかもしれない、留学もそのためだったのだろうか、などとアンジェリークは思った。

「それから、応援しやすいよう白・赤それぞれのイメージキャラクターでも作らせるか…芸術専攻のヤツらに旗か立て看板でも書かせて…」

「じゃ、立て看板のイメージキャラのモデルは団長のあんたとジュリアスになるのかい?どんなのが出てくるか楽しみだねー!くくく…」

「なーにが可笑しい?ジュリアス先輩のイメージ、かつ白の象徴となると…白馬じゃ当たり前すぎるか…」

「あんたの貧困なイマジネーションより、専門家に任せた方がいいって。たとえばー…リュミちゃんとか。」

「げっ!そういやあいつも芸術専攻だったな。あいつが今この場にいなくてよかったぜ…絶対自分に描かせろとか言うに決ってるからな。赤組だけでいい、なんとかあいつが立て看板に拘わらないようにできないか、オリヴィエ。」

「あ、あの、どうして、リュミエール先輩に頼んじゃいけないんですか?リュミエール先輩とっても絵がお上手ですよ?」

失礼かな?と思ったがアンジェリークは横から疑問を差し挟んだ。リュミエールの絵画の腕はつとに有名だったから、オスカーが嫌がるわけが理解できなかった。リュミエールに絵のモデルを頼まれることは一部の女生徒には夢と憧れであるとも聞く。

するとオスカーは、疲れたように一息小さく嘆息してから、こう答えた。

「…お嬢ちゃん、赤組のイメージキャラクターがマントヒヒだったらどう思う?かっこいいと思うか?」

「は?」

アンジェリークは何が何だかよくわからない。

「お嬢ちゃん、ちょっと聞いてくれるか?あいつはなぁ、昔、俺がちょーっととある女生徒と立ち話をしていた時にだなぁ。」

「立ち話だけ?ほおお〜へぇええ〜ふううん〜」

「煩い。とにかく、いきなり通りすがりにだな、『オスカー、鼻の下がのびきっていますよ。それでなくても色黒で髪の逆立ってるあなたが鼻の下を伸ばしていると、まるでマントヒヒのようですね。動物園に行った気分で得させていただきました』なんてにこやかに笑いながらさらっと言い捨てていきやがったんだ。あー、今思い出しても腹の立つ!」

実はマントヒヒの前に「発情した」という言葉もあったのだが、アンジェリークの手前オスカーは自主規制をかけた。

「あの…リュミエール先輩が?ですか?」

「お嬢ちゃん、あいつの見かけに騙されちゃいけないぜ。あいつはそう言うヤツなんだ。そんなあいつに立て看板書かせてみろ!絶対赤組のシンボルキャラクターは真っ赤な顔のマントヒヒにするに決ってる!そんな看板がかっこいいと思うか?」

「ぷっ…ぅくくく…」

想像してしまい、思わず吹出すアンジェリーク。

「更に、看板の前で俺の名前を連呼した挙句、わざとらしく『おや、オスカーかと思って何度も呼びかけてしまいました。あまりにオスカーに似ていたもので…しかし、我ながら本当にオスカーにそっくりに描けましたね、このマントヒヒは…特にこの鼻の下ののび具合が…』とか、あのわざとらしい笑顔で言うにきまってる!もしやそこまで見こんで、俺を応援団長に推したのかもしれん、あなどれんヤツだからな。」

「ぷーっくっくっく…ふふふ…やだぁ、オスカー先輩ったら、可笑しすぎます〜!わざと私を笑わせようとなさって…」

「いや、あながち冗談じゃ済まないかも…なんだよ、アンジェ。」

「え?」

「ジュリアスの手前まさかとは思うけど、有得ないとは言えないから、赤組の立て看は…じゃ、セイランにでも頼んだ方が無難だね。」

「ああ、そうしてくれ。」

「で、でも、あのいつもにこやかなリュミエール先輩がそこまでご自分を曝け出されるなんて…それほど遠慮がないっていうか、心を許した存在なんですね、オスカー先輩は。」

2人はまたも驚いたようにアンジェリークを見つめ返した。

「そ、そういう見方もありか?オリヴィエ…」

「あるかもしれないねー、言われてみたら…もっとも、あんたにはどう思われようが構わない…てほうが正しいような気もしないではないけど…それでも遠慮がないことは確かだからねー。」

「そういう視点は意外だったぜ。お嬢ちゃんは大物かもしれんな…ま、いい。セイランに頼めば問題ないだろうしな。セイランなら俺のイメージをそう悪くは描かんだろう。そうだな、精悍な狼とか、鋭い眼光の鷹とか…」

「セイランに冷たく言われるよ。『ありきたりですね』とかなんとか…第一赤い狼や鷹ってなんか変じゃない?そういうことはプロに任せておきなって。」

「ふん…じゃ、俺は俺のことを考えるか…団長の取る音頭だが…俺とジュリアス先輩それぞれ持ち時間があるんだな…先輩には先輩の応援スタイルがあるだろうから…俺は俺で何をするか考えておくか…」

「あれかい?団長の衣装は伝統的なあれを着るんだろ?…クラヴィスがすっごーく着るのを嫌がっていた…となると若干丈を詰めた方がいいかもしれないな。クラヴィスの身長に合わせてあるはずだから…」

「ああ、ぴったりでないとああいうものはおかしいからな。だが丈がぴったりでも、あれは確かにクラヴィス先輩には似合わんと思うな、俺も。でも、俺は別に嫌じゃないからな。それに俺のイメージにもぴったりだろう?」

「あ、あのー、団長の衣装ってどんなのなんですか?」

「ああ、お嬢ちゃんは知らないのか…じゃ、それは見てのお楽しみってことにしておこう。俺のかっこよさに惚れ惚れするには予備知識はない方がいいだろうからな?」

「は、はぁ…」

「こうなると俺がこの時期に帰ってきたのも運命としか思えんな。おかげで、こんなにかわいいお嬢ちゃんとお近づきにもなれたしな?」

またもやばっちりウインクされた。

「そ、それは光栄です、オスカー先輩…ふふっ」

ずっと笑っていた余裕でアンジェリークは今回は軽くかわすことができた。

「私、オスカー先輩がもてる、ていうのすっごくよくわかっちゃいました。」

「俺の魅力にやっと気付いてくれたか、お嬢ちゃん、じゃあ、もう俺は不良から格上げされたのか?」

「もう、そんなこと思ってませんってばー。」

『オスカー先輩ってすごい人なのかも…』

くすくす笑いながら、アンジェリークは、内心ほとほと感服していた。

軽い口調と態度の裏に、怜悧で合理的な能力と明晰な思考がひしひしと感じられた。自分を故意に笑わせるような大げさな言動を随所随所に挟む話術が、刃物のように怜悧すぎる印象を和らげるのだ。だから級友が言っていたように、とっつきやすく親しみを感じさせる。そういえば、砕けすぎるほど着崩した制服も、オスカーの怜悧さを一見わかりにくくさせているようだ。

それが計算しているのか、自然なものなのかまではわからなかったが、とにかくアンジェリークはオスカーをすごいと思った。

自分の才を遠慮も遺憾もなく発揮してしまうジュリアスと、ここがオスカーの違うところだった。ジュリアスのように煌くばかりに才気煥発な人間は、他人に威圧感や警戒心を抱かせてしまうことがあるが、自分の才気を洒脱な口調でオブラートに包むオスカーはその鋭さを簡単にそうとは悟らせないだろう。そして、それは人付き合いの上で決してマイナスには働かない…むしろ、プラスになるのかもしれない。

それに、オリヴィエとの腹蔵ないやりとりがまた、素敵だなと思った。ぽんぽんとテニスのボールが打ちやすいラリーで続くような会話をしているうちに、なんでも、すんなりと決ってしまう。しかも、見事に自然に役割を分担して。できることとできないことの線引きも極自然に行って、任せる所は他に任せて。

この二人が催事の進行に携わってきた訳がすごくよくわかった。オリヴィエが、オスカーの留学で1人になってしまったことをぼやいていた訳も、ものすごくよくわかった。

本当に互いの能力や得意分野をきちんと把握し、かつ、評価・信頼しているのだ。

そうでなくては、ここまで遠慮ないやりとりと、躊躇のない仕事の分担が説明できない。

「お二人は本当に仲がおよろしいんですねぇ。うらやましいです。」

アンジェリークが感嘆の吐息混じりにしみじみ呟くと、すかさずオスカーは

「俺は、こいつよりお嬢ちゃんと仲がいいと、誰かに噂されたいぜ。」

と返してきた。

オスカーの言動パターンが少しづつ飲みこめてきたアンジェリークは、

「そうですね、仲が悪そうだなんて言われるよりいいですよね?」

と、やっぱりくすくす笑いながら応えたのだった。

『ふわふわした見かけと違って意外に手ごわい…いや、なかなか手応えのあるお嬢ちゃんだな…』

とオスカーがどことなく浮き立つような気にさせられて、アンジェリークを見つめ返したことをこの時アンジェリーク自身は気付いていなかった。

 

「じゃ、チアの応募フォームは生徒会のHPにアップしておくとして…やっぱり学内掲示板や学食に張れるような告知ポスターもあった方がいいですよね?サイトは全員が毎日覗くわけじゃないから…」

「そうだな。体育祭・応援合戦のチアリーダー募集。赤・白それぞれ9名づつ…各学年につき公平に赤白3名づつなら、苦情も出んだろう。重要なのは団長の名前だ。俺とジュリアス先輩の名前は目立つようにいれないとな。これで絶対応募者数が違う筈だからな。」

にやりと笑うオスカーのその壮絶な自信のほどが、今はすんなりとうなずけてしまうアンジェリークである。

「応募要項はHP参照のことと、応募者多数の場合は厳密に抽選、応募締めきりは告知後3日くらいでいいか…あまり時間がないから、すぐ抽選しなけりゃならんしな…必要事項としてはこんなものか…お嬢ちゃん、ここのプリンターはどのくらいの大きさまで印刷できるんだ?」

「B2判まで印刷できますから学内掲示のポスターなら十分だと思います。」

「でもポスターまでアンジェに任せるのは、大変じゃないかな…あっ!私、いいこと思いついたよ!告知ポスターのデザインの方をリュミちゃんに頼むのさ。」

「あいつにか?」

「嫌そうな顔すんじゃないの、あんたのためでもあるんだからね!」

「?」

「公平な立場のポスターなら変なモチーフは描けないし…なにせジュリアスの名前も出るからね…こっちをリュミちゃんに任せれば、立て看板の方はセイランに任すっていういい理由になるじゃないさ。」

「なるほど…ふ…なかなかいい着眼点だな。」

「そうしたら、アンジェの負担も軽くなるしね。」

「リュミエール先輩、予算のお仕事で忙しいのにひきうけてくださるでしょうか?」

「予算折衝はあいつにとって趣味みたいなものだから、気にすることはない。今頃、各部やクラスの予算案を嬉々としてはねのけてるに違いないぜ。あの様子は好きでやってるとしか思えん。」

「何が、好きでやってるとしか思えん、なのですか?オスカー…」

シュンっと空気の摩擦音が響いて生徒会室のドアが開いた。

予算折衝を終えたジュリアスとクラヴィスとリュミエールの3人が戻ってきたのだ。オスカーは、微塵も慌てた様子はみせず、余裕の態度でリュミエールをはすに見上げた。

「おまえの会計は天職かもな、と言っていただけさ。今もたっぷりねっちり各部の代表を泣かせてきたんじゃないか?」

シニカルなオスカーの物言いにリュミエールの方も全く動じず、余裕の笑顔で切り返す。

「それはそれは、恐れ入ります…。私の幾多ある才能の1つを認めてくださって…実際私ごときを納得させられなければ、社会に出たとき経理や税務署に必要経費を納得させることなど覚束ないですからね。今のうちに鍛えてさしあげているのですから、皆、私に多大な感謝を捧げてくれていますよ。そうですね、クラヴィス先輩。」

「ふ…確かにこれを一回で納得させられる経費の計上ができれば、どんな監査も怖るるに足らんな。」

「ああ、リュミエールのおかげで予算は余らず足らず全く無駄が出ない、しかも、だからといって行事がみすぼらしいほど質素にはなるわけでもない。見事としかいえんな。」

「恐れ入ります、ジュリアス先輩。」

「で、その優秀なリュミちゃんを見込んで体育祭のことでちょっと頼みがあるんだけど…」

「オリヴィエ、猫なで声でよいしょなどせずとも仕事のことならきちんとお聞きしますよ。」

「じゃさ、体育祭でチアリーダーを募集する旨を告知するポスターをデザインしてくれないかな。学内掲示板に掲載するような…」

「応援でチアを募集することになったのですか?」

「ああ、今話してたんだが、やっぱりチアダンスはあった方が華やかでいいと思うんだ。ジュリアス先輩、どう思われますか?」

「ああ、男だけの応援団より華があっていいだろう。」

ジュリアスの承認もとれたので、オリヴィエが、先ほど話して決めた明記してほしい必要事項リュミエールに伝える。

「あんまり時間がないから、ポスターのデザインは凝らなくていいよ。速攻でお知らせしたいからね、必要事項だけわかりやすく目立たせてくれれば…あ!そうだ!チアの衣装デザインはこのわ・た・し!だってことも付け加えておいてよね、リュミちゃん。」

「あ!それ、いいですねー!オリヴィエ先輩デザインの服を着るのは、女の子たちの憧れですもんね!きっと、皆チアになりたがると思いますよ。」

「そう言ってもらえるとますますやりがいがあるね、ありがと、アンジェ。」

「だって、ほんとのことですもん。」

アンジェリークがにこにここと嬉しそうな楽しそうな笑みをオリヴィエに向けている。

花の咲いたような満面の笑顔を見ていると、なんというか、日溜りにいるように身体の奥底からじんわりと温かくなるような気がする。しかも作為のない賞賛は自然と男のやる気を奮い立たせる力がある。

オスカーは、端で見ているのではなく、自分に対してもこの笑顔を向けられてみたいものだ…などとふと思った。直後、そんな自分に気付き愕然とした。

『…らしくないぜ…』

女性に笑顔を向けられるなんて日常茶飯事だ。それを当然と思っても、自分から望んだことなどない。そんな俺が一瞬オリヴィエに羨望にも似た想いを抱いた?何故だ…

いや…俺は、今までこんな笑顔を向けられた事が本当にあっただろうか。自分のことを心から認め、励ましてくれるような、それでいて微塵も作為のない笑顔を…

「わかりました。では簡単な抽象モチーフを組みあわせただけのポスターを今、作ってしまいましょうね。早い方がいいのでしょう?」

リュミエールが空いているPCの電源をいれて、デザイン用のソフトを立ち上げた。

オスカーの思考はこれを機に中断した。

「あ、はい。私がHPに同じ主旨のお知らせと応募フォームを作ります、でも、やっぱりポスターの方が目につくのは早いと思しますし。リュミエール先輩もお忙しいのに申し訳ないんですけど…」

「あんたはそっちのファイルを作らなくちゃならないんだから、いいんだよ。一人で抱えこんだらパンクしちゃうだろ?あ、そうそう、赤白ともに生徒会関係者各一名ずつ入るってことも書いておいてね。アンジェと多分ロザリアが入るから…後からねじこんだみたいに思われたら、この子たちがかわいそうだからね。」

「ああ、執行部員が入るのは通例ですから大丈夫とは思いますが、無用な誤解は与えない方がいいですからね。そうですか、アンジェリークもチアをするんですね。これは楽しみですね。」

「…なんか、恥かしいです…」

「私がかっわいい衣装をデザインしてあげるから、それを励みにがんばりな?」

「あ、はい!それはほんとに楽しみです!」

「じゃ、私も今、ちゃちゃっと原案考えちゃおうかな?」

「皆、よく働くな…」

「そう思ったら、おまえも何かしたらどうだ、クラヴィス。」

「そういうおまえも何もしてないではないか。」

「それなら、俺とジュリアス先輩は団長応援の草稿でも練りませんか。で、申し訳ないのですが、お手すきなら、クラヴィス先輩には、スポーツクラブへチアダンスのインストラクター派遣の手配をお願いしたいのですが。さっき、お嬢ちゃんに頼んじまったんですが、手の空いてる人間がいるならお嬢ちゃんを煩わせるまでもありませんからね。」

「遠慮なく人を使うヤツだな。」

「お互いさまでしょう、それは。」

「ふ…まあ、いい。アンジェリークの手助けになるのだからな…」

クラヴィスは早速スポーツクラブの検索を始めた。学園の近くにあるとわかったクラブに問いあわせたら、2つ返事でインストラクター派遣のOKが出た。クラヴィスの落ち付いて重みのある静かな口調が、信用となったのか、学園の名前が効いたのか、恐らくはその相乗作用だろうが。

「リュミエール…先方が言ってきているこの派遣料で計算すると…予算残高から考えて週2回の依頼も可能なようなのだが…」

クラヴィスがPCの前にいるリュミエールに見えるように金額を紙に書いて提示する。

「ああ、この程度なら確かに…衣装の予算を見こんでも大丈夫でしょう。」

「予算に問題がないなら週2回で契約してください、クラヴィス先輩。短期集中で形にしたいですからね。」

「わかった…」

クラヴィスが了承の旨を告げ、来週からコーチが来ることと決った。

「…存外安くついたな…」

「この学園は名門ですから…先方としてもこの学園の生徒や父兄を顧客にできるかもしれないいい機会だと思ってとりあえずの利益は度外視したのかもしれませんね。宣伝効果は抜群ですからね。」

「もう私の仕事は終わってしまったな…では、一番暇な私が茶でも抽れてやろう。」

クラヴィスが音もなくたち上がり、サイドボードから茶器を出す。馴れた手つきで茶葉を計量する。

「さんきゅー!クラヴィスのいれてくれるお茶、おいしんだよねー。お抹茶じゃないのが残念だけどさ。」

「あ、クラヴィス先輩、ありがとうございますー!ほんとにクラヴィス先輩のいれてくださるお茶はおいしんですよねー。普通のお茶をいれてくださっても美味しいし、お抹茶はもっと美味しいし…私、お抹茶なんて飲んだことなかったけど…」

「そうか?ここでは無理だが茶室にくればいつでも点ててやるぞ。もっともそなたは供にでる菓子の方が目当てなのではないか?」

「う…それは、確かに楽しみです…けど…」

「ふ…それでいい。飲んでもらう人に楽しみ、喜ばれることが茶の真髄だからな。」

「クラヴィス先輩がいつもお茶をいれていらっしゃっるんですか?以前は所望されても滅多にお答えにならなかったのに…」

オスカーは驚きを隠せなかった。クラヴィスもまた芸術専攻だが、その専門は陶芸である。すでに多くの賞をとっており、学校側が専念できるように専用の窯まで作ってくれてある。その物静かな風情と陶芸の才でクラヴィスは「スモルニィの魯山人」という通り名があるとかないとか言われている。

この一見無気力なクラヴィスが生徒会活動に携わってるのも、この専用窯に遠因がある。ジュリアスに「遠くの窯まで行ったり作品を送ったりする手間が省けてよかったではないか。時間の余裕もできたことだし、そなたも少しは労働で報いるのは当然だな。」と半ば無理矢理引きずりこまれたのである。

そして陶芸を専攻する流れでクラヴィスはあくまで本人はこちらは趣味だと断言していたが少々茶を嗜む。しかし、以前は、誰かに所望されても『茶はあくまで個人的な趣味だ…』と返され、滅多なことでは茶を点ててはもらえないと評判だったのではないかと、オスカーはいぶかしんだ。

「そうだったか?…いつも…ではないが、ここでは私が大概一番暇なのでいつのまにかそういうことになったのだろう…副会長などというものは有体に言って飾りのようなものだからな…」

「茶をいれるようになって、そなたも少しは人の役に立てるようになったのだから、よかったではないか。」

「それもこれも、ものすっごく美味しそうに、珍しそうに、嬉しそうにお茶を飲んでくれる子がいるから、張り合いができたんだよねー?クラヴィス」

「ふ…さあな。」

ああ、そうか、そういうことか…とオスカーは得心した。

彼女の瞳を何かで輝かせてやることができるなら、それが自分に向けられたものなら尚いい…そう思う者がいるのもわかるな、とオスカーは思った。

何故か、微かな焦慮のようなものを感じた。

 

「ん〜、やっぱり、周りに人がいるとだめだわ。集中できないから、私は今日は帰るね。その代り、明日にはばっちりデザイン画あげてくるからさー。今日はお先ね!」

「あ、オリヴィエ先輩、お疲れ様です、さようなら〜」

「アンジェ、万が一遅くなったら、ちゃんと送ってもらうんだよ、遠慮しちゃだめだからね?」

「はい、わかりました。でも、私もそんなに時間はかからないと思います…テンプレートもありますし…」

アンジェリークは言いながらも、キーを打つ手は休めない。

「じゃ、どんなに遅くなっても俺が寮まで送っていこう、心配はいらないぜ、オリヴィエ。」

間髪をいれずにオスカーが口を挟んだ。

なにを俺は慌てたように言い募っているんだ…いや、女性…それがまだ蕾であっても女性を送る機会をほかの男に譲ったらそれは俺の名折れ、プライドが許さない、それだけだ、という自分の声が頭に響いた。

「あんたが?言っておくけど、この子は…」

「わかってるさ。それに、おまえは俺の基本姿勢は知ってるだろう?心配はない。」

多少疑わしげな目つきをしていたが、オリヴィエは一応頷くと軽く手を振って部屋を出て行った。

「?…あ、どちらにしろ、もうちょっとですから…」

「私の方も、もう終わりますよ。後はプリンターの仕事ですから…」

「私とオスカーの草稿は、今、ここでしなくてもよいものだからな。」

「…私は既に手すきだ…」

「え、えーと…それって、皆さん、本当はもう帰れるのに、私が終わるのを待ってくださってるってことですか?きゃああ〜ごめんなさい〜急ぎます〜!」

察しがいいのか、悪いのか、わからんな…とオスカーは心の中で苦笑した。俺に限らずほかの役員がアンジェリークを待っているのは確かなのだが、それは生徒会室に女生徒一人を残していくのは物騒だという建前と…俺の勘違いでなければ、この子を送っていくことを、各々が役得と考えている…そういうことか?

アンジェリークの仕事が終わるのを待って一緒に帰ることを、その他の面々は楽しみにしているようだ。アンジェリークへ向けられている暖かな視線を見ていれば、否応なくわかる。この癖のある面々に、こんな穏やかな瞳をさせる彼女の魅力は何なのだろう。でも、アンジェリーク自身は彼らが自分を待っていることは悟っても、待つのもまた楽しいのだということまでは気付いておらず、申し訳ながってる。そんなアンジェリークが、オスカーにも微笑ましかった。

「慌てなくていいぜ、お嬢ちゃん、あんまり慌てて作ったファイルをデリートでもしちまったら、目もあてられないからな?」

「え?…」

その時、魔にとりつかれたようにアンジェリークは何故か「保存しない」のボタンをぽちっとクリックしてしまったのである。

「きゃああああ〜!私の馬鹿馬鹿馬鹿ぁ〜!」

「ど、どうしたというのだ、アンジェリーク。」

「ふ・ふえ〜〜〜、あ、あとちょっとだったのに…なぜか、保存しないで消去しちゃいました〜」

「…オスカーが余計な事を言ったからですね…」

リュミエールが氷のような瞳でオスカーをねめつけた。

「お、俺のせいか?やっぱり…」

「どう考えても、今のはおまえのせいだ。」

「いい訳のしようがないな。」

年長者2人の言も今は容赦がない。しかし、アンジェリークはこの評価にびっくりして立ちあがった。

「そ、そんな、皆さん、消去しちゃったのは私がやったことです、オスカー先輩は何も悪くないじゃないですか。オスカー先輩が消去ボタンをおしちゃった訳じゃないんですから…オスカー先輩のせいなんかじゃないです!」

力強い抗弁はしかし、ここまでだった。アンジェリークはしおしおとして、ものすごく申し訳なさそうな顔で、おずおずとこう告げた。

「でも、また作りなおすのにかなり時間が掛かってしまいそうなので、皆さんはお先に帰ってらしてください。終わるまで待っていただいたら、それこそ申し訳ないですから…」

「しかし、オスカーの不用意な一言があなたの深層心理に働いてしまったのは、どう見ても明かです。ここはオスカーに責任をとってもらって、オスカーにファイルを作ってもらいましょうね。そして、あなたは遅くならないうちに私たちと一緒に先に帰りましょう、アンジェリーク。」

『仕方ないな…』とオスカーが言いかけた機先を制してアンジェリークがきっぱり言い切った。

「そんな、何の根拠もないことでオスカー先輩に仕事をおしつけられません。これは私が任された仕事で、しかも、ドジッちゃったのは私なんですから、私が最後までしなくちゃだめなんです!」

「お嬢ちゃん…」

「アンジェリーク…」

「リュミエール先輩、心配してくださってありがとうございます。でも、あんまり私を甘やかさないでください。甘やかされるのに慣れちゃって、何でも甘えるようになっちゃったら困りますから…」

「アンジェリーク、私は…」

いささか強引にオスカーが割って入った。

「じゃ、折衷案だ。俺に責任はないとお嬢ちゃんは言ってくれているが、俺がお嬢ちゃんの集中を乱しちまったのは自分でもわかってる。だが、お嬢ちゃんは、だからといって俺に仕事を任せるような無責任な真似はできないというんだから、俺がお嬢ちゃんの仕事に最後まで付合って、なおかつ責任をもって寮まで送っていく。これでどうだ?」

「オスカー先輩がそんな風に思う必要ありませんのに…」

「いや、リュミエールの言いぐさじゃないが、実際責任を感じたんだ、俺は、だから、何かやらせてもらえないと、俺のほうがすっきりせん。」

「じゃ、今、急いでファイルを作りなおしますから、不備がないか、オスカー先輩にチェックをお願いしてもいいですか?」

「それだけじゃないだろう?寮まで送り届けて1セットだ。」

「オスカー先輩のお気が済まないのでしたら、じゃ、お願いします。皆さんは、ほんとに先にお帰りになっててくださいね?」

いいながら、アンジェリークは猛烈な勢いでキーをたたき始めた。

ここまで念押しされて、それでもぐずぐず居残っていたら、アンジェリークがまた申し訳ながるので、残りの3人はしぶしぶ帰り支度を始めた。

「…なんといいますか、うまいこと運ばれてしまった気がいたします。」

「オスカー、わかっていると思うが…」

「…この生徒会室は一年前と雰囲気が変わりましたね。こういってはなんだが、ずっと和やかに明るくなった気がする。その訳がわかったような気がしますよ、俺は。それをみすみす台無しにするような馬鹿な真似はしません。」

「…いつもそういう顔をしていればいいものを…」

「ふ…なんのことでしょう」

「我らがまた、あれの集中を乱してはかわいそうだ。さ、帰るぞ。」

「アンジェリーク、無理してはいけませんよ、それから、帰りはなるべく人通りの多いところを選んで帰るのですよ。」

「オスカー先輩がいてくださるから大丈夫です。」

「だから心配なのですよ…」

「?」

「あそこまで私に大見得を切ったのだ。おいそれと馬鹿な真似はするまいよ。」

「??」

「余計なことであれを混乱させるな。また、データを消してしまったら、かわいそうではないか。ではな、アンジェリーク。」

「はい、今ファイルを作って、明日の朝、始業前にアップロードできるようにしておきますね。先輩方、さよなら〜」

ジュリアスに促され、クラヴィスとリュミエールもしぶしぶ生徒会室を後にした。

「オスカー先輩、すみません、もうちょっとだけ待っててくださいね。」

「ああ…」

オスカーは言葉少なに簡潔に返事した。一心に集中して、少しだけ眉を顰めて、真剣にモニターと格闘している横顔がなんだか眩しいような気がした。

自分が言葉少ないのは、また余計な事を言ってはまずいと思ったからだと自分では思っていた。


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