片翼 〜灼熱〜 1                                             

ある日のこと、女王補佐官ロザリアが女王の名において、守護聖全員に召集をかけた。

光と闇の筆頭守護聖をはじめ、全ての守護聖が謁見の間に集まると、補佐官が本日の召集の理由を述べ始めた。

ある辺境の惑星で、炎のサクリアがよどみを起こし、現地の人間たちの間に争いの機運が高まっていること。

このままこのよどみを放置すれば、戦争にも発展しかねない旨を王立研究院から、報告されていること。

補佐官が一通りの状況説明をすますと、女王アンジェリークがそのこうべをあげた

「炎の守護聖、オスカー、こちらへ」

「はっ」

オスカーが女王の御前に進み出て、跪き最敬礼をとる。

「女王の名に置いて、炎の守護聖オスカー、辺境惑星におけるサクリアのよどみの原因究明および、その均一化のために

そなたに彼の地へ赴くことを命じます」

「炎の守護聖オスカー、謹んで拝命賜ります。

女王の御為に、全力を持って、問題を解決することをお約束いたします。」

オスカーが胸に手を当て、命令の受諾の意を表し、再度敬礼をして、自分の場に戻る。

ロザリアが女王の言葉を受け継ぎ、謁見の終了を告げた。

「では、守護聖の皆様、このような事情のため明日から炎の守護聖はしばらく聖地を離れますので、そのことをご了承の上で

執務を遂行なさってください。本日の謁見は以上です」

ロザリアの言葉に、守護聖たちは三三五五謁見の間から退出していく。

オスカーは退出の際、アンジェリークの脇を通りすぎる瞬間に

「今夜、行く」

と、アンジェリークの耳にだけ入るように、短い一言をアンジェリークに投げかけた。

アンジェリークの瞳が一瞬大きく見開かれたが、アンジェリークはすぐ女王としての顔に戻った為、

その一瞬の表情の変化に気付いた者はいなかった・・おそらく。

 

その日の深夜、女王の私邸の裏手に1頭の馬がつけられ、長身の人物が馬から降り立った。

全身黒尽くめのその人物は、ドアにかぎがかかっていないことを確かめると、するりとドアに吸いこまれるように、邸内に入っていく。

その肉厚な体格からは考えられないほど、動きはしなやかで、余計な音は一切たてない。

全身黒の衣装とあいまって、その姿は大型の猫科動物のようだ。

外から見えた明かりをめざし、迷わず階段を登って行く。

目当ての部屋の前に立つと、ゆっくりとドアノブをまわす。やはりかぎはかかっていない。

その人物は端正な唇の端に笑みを浮かべると、最小限にドアを空けて体を室内に滑りこませると、後ろでにドアを閉めた。

かちりと、ドアにかぎのかかる音が人気のない廊下にかすかに響いた。

 

『聞き違いだったのかしら・・いえ、あの人は確かに言ったわ・・今夜くると・・・』

アンジェリークは自室で一人、窓にむかって、物思いにふけっていた。

部屋は間接照明の淡い光源でみたされ、窓には西の空に沈みかけた半月が映っている。

薄手のシルクの夜着に揃いのローブをはおり、ため息をつくその姿は月の光に透けていきそうな、儚い美しさを漂わせている。

『もう下がらせているとはいえ、今日は邸内には使用人がいるわ、いくら守護聖でも、深夜に女王の私室に来るところを誰かに見られでもしたら・・・』

来ないで欲しい、自分の立場を考えて自重して欲しいと思う一方、危険を侵してまで恋人が自分に逢いに来ると言う事実は

からだが震えるほどの陶酔をもたらさずにはいない。

『なぜ・・こんなにいやになるほど、“おんな”なんだろう・・私は・・・』

そう、女王の装束に身を包み、宇宙を導く時の自分の姿は仮初めのもの。

あの方たちの前では、私はただの女になってしまう・・・そして、それが嫌じゃない・・いいえ、むしろ女の顔に戻れるときがなければ生きていけない・・

そんなことを考えるとも無しに考えているとき、アンジェリークになじみのある、ある感覚が感じ取れた。

週末ごとに、嫌と言うほどそそぎこまれ、からだ中をその色で染め上げられて行く、自分を焼き尽くす・・あの青い炎・・。

あの人がきたのだ・・そのサクリアも露に・・

アンジェリークにはわかっていた。ドアが開く前から、誰がそこにいるのかが・・しかし、彼女はドアのほうには行かなかった。行けなかった。

 

オスカーはアンジェリークが一人たたずむ部屋に音もなく入りこんだ。

アンジェリークは窓からそとを見ていた。自分が来たことにまだ気付いていないようだ。

オスカーは静かにアンジェリークの背後に近づくと、その華奢な、しかし、ふっくらと丸みのある体を後ろから抱きすくめ、耳元に ささやきかけた。

「お嬢ちゃん、君を奪いに来た・・・」

「・・・オスカー様・・・」

アンジェリークは顔を上げない。

「オスカー様、どうして・・どうしていらしたの?誰かに見られでもしたら、オスカー様が咎を・・」

「なぜ?お嬢ちゃん、わかっているだろう?俺はしばらくお嬢ちゃんに触れることはおろか、その愛しいかおを見ることも、愛らしい声を聞くこともできなくなる。普段でさえ、お嬢ちゃんを思いっきり愛せるのは、週に一度きりなのに、それすらお預けを食らうなんて俺には耐えられない」

それでもアンジェリークは顔を上げない。オスカーに向き直ることもしない。

オスカーの瞳に傷ついたような光が宿る。オスカーはアンジェリークのほほに自分のほほを摺り寄せた。

「お嬢ちゃん、俺が来て迷惑だったか?宇宙を統べる女王陛下の所に男がしのびこんでくるなんて、お嬢ちゃんの立場も考えずにすまなかったな」

「ち、違います!オスカー様!」

アンジェリークは急いでオスカーのほうに向直り、泣きそうな顔でオスカーの顔を見上げた。

「咎を受けることも恐れず、逢いにきてくださることが私は嬉しくて・・でも、オスカー様が危ない目にあわれるのに、それを喜んでしまう自分が嫌で・・

あなたのことを第一に考えたら、あなたに来ないでって思わなくちゃ、いけないのに・・・」

「でも、俺に会いたかった・・俺を待っていてくれたんだろう?だから鍵を開けて・・・」

オスカーの瞳が愛しげに細められ、アンジェリークを見つめる。

「そうです、私、あなたに会えるならあなたを危険な目に合わせてもいいと思ったんだわ。私、わがままで、嫌なおん・・」

言葉を紡ぎ終わる前にアンジェリークの唇はオスカーのそれでふさがれた。軽く吸ってからすぐ唇は離された。

「俺の愛するお嬢ちゃんの悪口を言う唇にはお仕置きだ・・」

「オスカー様・・」

「俺の前では正直になってくれ、女王や守護聖と言う立場を考えずに、一人の女として、ただの男の俺を求めてくれ・・俺は・・俺こそ君の立場も考えず、ただ、逢いたい気持ちだけで、ここに来てしまった・・責められるのは俺のほうだ」

「そんな、オスカー様、私、逢いに来てくださって、嬉しかった。ご自分のことをそんな風におっしゃらないで」

「ほら、俺の気持ちがわかっただろう?」

オスカーがにやりと笑う

「例え、本人の口からでも、愛する人を悪く言われるのは嫌だろう?」

アンジェリークがはっとして、自分の口元を押さえた。

「・・オスカー様、ごめんなさい・・」

「二人でいるときは、お互いの立場は考えるな、俺たちはただの男と女だ、今だけは・・・」

そこまで言うと、オスカーは再びアンジェリークに口付けた。

薄く開いた唇から深く舌を差し入れて、アンジェリークの舌を探り、絡めとる。

アンジェリークも自分から舌を差し出し、オスカーの唇を吸う。

二人は心行くまで舌を絡めあい、お互いの口腔内を味わった。一瞬離された唇に銀糸がかかる。

「俺は、明日からしばらく聖地を離れる。喜んでと言うわけではないが、嫌と言うわけじゃない。

でも、それは、俺が守護聖だからでも、女王陛下の命令だからでもないぜ。

それが、愛する女の願いで、俺がいくことが引いては愛する女を守ることになるからだ」

「オスカー様・・」

「さ、お嬢ちゃん、俺がいない間、お嬢ちゃんが俺を忘れないように、俺がお嬢ちゃんの全てをしっかり目に焼き付けられるように、

俺を酔わせてくれ」

オスカーはアンジェリークの肩からローブを落とし、薄い夜着一枚にして、アンジェリークの羽のように軽い体を抱き上げると

アンジェリークを隣室のベッドに運んで行った。

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