雨季に入ってすぐの、ある夜のことだった。いつもは静かなミトラの宮は、有史以来初めてといっていい程の来客ににぎわっていた。
しかし、来客の多くは、宮の主人であるミトラを囲むでもなく、なにやら、人待ち顔でそわそわと落ち着きなく辺りを気にしている。
とりわけ、天則の守護者たるヴァルナと夜の女王であるラートリーが並び立っている一角は、その場だけ帯電でもしているかのような、ぴりぴりと張り詰めた空気が漂っていた。
とはいっても、並び立つ二柱の神は互いに火花を散らしているわけではない。それどころか、ヴァルナもラートリーも、互いにどころか、どの神とも歓談を交わすでもなく、それぞれに、あてどなく視線を彷徨わせている。その表情は、決して晴れやかなものではなく、そこはかとなく思案気であり、ラートリーに至っては、あからさまな苛立ちをも隠さない。
そんな折、ミトラ宮付きの神官が、今宵の主賓一行の訪れを告げた。宮中が一斉にざわついた。今宵の主賓が、普通の神のように扉から現れるとは思っていなかった者が大半だったためだ。多くの者は、半信半疑の呈で、広間の入口を注視した。
と、そこには、簡素な薄衣をまとうが故に、真珠の肌の美しさが一層引き立てられている麗しく可憐な女神が、威風堂々たる美丈夫である青年神に、この上なく大切そうにその肩を抱かれて立っていた。愛らしい女神は、瞬間、広間を埋め尽くす神々の姿に、そして、自分たちの方に一斉に視線が注がれたことに、驚き戸惑っているようだった。そんな女神を、優しく、だが毅然とした様子で抱きすくめる青年神は、女神の耳元に何事か囁きかけて、彼女の気持ちを落ち着かせようとしているようだった。その二神のすぐ後ろには、若い青年神が二人が控えるように並び立っていた。あたかも、新郎新婦の付き添いのように。
1柱の女神と3柱の青年神が現れるや否や、ヴァルナとラートリーは、競い合うように、つい、と、彼らの元に脚を向けた。三々五々に散らばっていた神々が、潮が引くように二つの流れに割れて、自ずと道ができ、彼らの歩みを容易くした。
自分たちの方に真っ直ぐ向かってくるヴァルナの、半歩遅れてラートリーの姿を認めた女神ー暁紅神ウシャスの瞳に浮かんだものは親しく慕わしい優しい光だった。それは、まさしく、父や姉妹に向けられるに相応しい情愛のこもった眼差しで、彼女の口元には、あわせて、明るく朗らかな笑みが、花開くように綻んだ。
「ヴァルナ様…ラートリーもこちらに来てくださっていたなんて…嬉しい…お会いできて嬉しいです、ヴァルナ様、ラートリー」
開け広げに、純粋に、出会いの喜びを現しつつも、優美な、そして、しっかりとした礼をするウシャスを、ヴァルナは、感嘆の面持ちと眩しそうな眼差しをもってまじまじと見つめ、深い吐息をついた。
「ウシャス…本当に、しっかりとしたな、ウシャス。そなたの美しさ、その光輝は、そなたの内から抑えようもなく溢れているのがわかる。眩しいほどに輝き、まばゆく照り映えしウシャスよ…こんなにも眩いそなたの姿をこの目にする日が来ようとはな…」
ヴァルナは、万感、胸に何かこみあげてくる思いで、言葉が滑らかに出てこなかった。
眼前のウシャスには、ヴァルナのよく知る、今にも消え入りそうな脆さ危うさは見受けられなかった。いつ、中空に飛散していってしまうかわからないと、はらはらと固唾を呑んで見守らずにはいられなかった儚さの替わりに、今のウシャスには、満開の花を思わせる芳しく艶やかな香気と、瑞々しい命のきらめきとでもいうような輝きが、見て取れた。
身の内から自ずと光を発しているかのごときウシャスの香輝に圧倒されたように、ヴァルナは一息ついた後、静かな声音とほろ苦さを感じさせる口調で、こう語りだした。
「私は、そなたをか弱い存在と思い、微風にすら当てぬよう、ただ庇護することしか考えてこなかった…そなたのありようそのものを強くする、など、考えてみたこともなかった…今思えば、この私の考えが、そなたを一層、か弱い存在たらしめてしまっていたのかもしれぬな…」
すると、ウシャスは、ふるふると首をふった。
「ヴァルナ様、私が、頼りない存在だったのは、本当のこと、そんな私を、ヴァルナ様が、優しく慈しみお守りくださったからこそ、今の私があるのです、ありがとうございます、ヴァルナ様。ひ弱く頼りなかった私をずっと、お守りくださって…」
「そういえることこそが、そなたが強くなった証なのだな…そして、そなたに、この強さを…この煌めくような輝きを与えたのは…そこなスーリヤ…なのだな…」
「はい、ヴァルナ様。でも、オスカーにも、言われておりますが、ヴァルナ様、そして、ラートリーが、私を大切にお守りくださっていたからこそ、私たちは出会えたのだと…私も、そう思っています、お二方には感謝してもしきれるものではないと…」
「な!…そんなお愛想を言われたって私は…」
突然、声をあげた夜の女神を、ヴァルナは腕で制した。
「ラートリー、そなたにもわかる…いや、わかっていたであろう?ウシャスのこの眩さが、輝きが、何処より発し、何に起因しているのか…スーリヤと並びたつと、それは一層、明白…それこそ、火をみるより明らかであるしな。だからこそ、わかる。そなたの…そなたたちのその輝きは、これから、より一層、強く、眩くなろうことが…」
「っ………」
呼気と共にラートリーが、放ちかけていた言葉を無理矢理のように飲み下した気配が伝わってきた。
スーリヤとウシャス、そして、半歩下がった処で、二人の太陽亜神は、そろって脚を引き、蒼穹神と夜の女神に対して優美な礼をした。
彼らが顔を上げたのと、蒼穹神があげていた腕を下ろしたのは、ほぼ同時だった。その途端、彼らは天界の主だった高位神に囲まれていた。
宮の主であるミトラ神本人は、人垣の中心にはいなかった。
彼は、宮の広間の片隅で、極力目立たぬように…とはいっても、抜きん出た長身と流れる漆黒の髪は、自ずと誰の目も引きつけてしまうのだが、それでも、月神ソーマが持参した秘蔵の神酒片手に、その当の月神と、少年と見まごう若さの工巧神との3柱で、小さな話の輪を作っていた。
工巧神は、自分より頭一つ以上長身の契約神に、憤懣やるかたない様子で、かみついていた。
「よーよー、ウシャスは、俺たちに会いにくるはずじゃなかったのかよー、なのに、来てみたら、なんだよ、この客の多さはよー!ぜんっぜん、ウシャスの姿がみえねーじゃねーか!」
「確かにな…見てみろ、彼らを…俺たち3人に挨拶に来たつもりだったろうに、宮に現れた途端、いきなり、天界の主だった高位神に囲まれて、身動きの取れん状態になっているぞ」
ソーマが顎をしゃくって指した先には、確かにキラ星のごとき眩き高貴な神々が集っていた。
促されるように、ソーマの指した先に顔を向けたミトラ神は、その長身ゆえ、トバシュトリの目には見えなかった今夜の主賓の様子が垣間見えたようだ。静かな笑みを口元に湛えて、心配には及ばぬ旨を、二神に伝える。
「その割りに、スーリヤの態度は落ち着いたものだな。花嫁をしっかり抱きよせ、いや、それだけではないな…恐らく火の気を発してウシャスを誰の手にも触れさせぬよう、包み込むように守りながら、顔はにこやかに、そつなく談笑しているようだぞ」
「ほう?ウシャスを真に己が物としてしまったことに対する皮肉や嫌味や当てこすりの嵐をこれでもかと浴びてるだろうに、それにもめげずにか?」
「なればこそよ。スーリヤを勝者とみなし、羨むからこそ、妬みや嫉みが出る。皮肉や嫌味を弄する者は、自ら敗北宣言しているに等しいからな、スーリヤからすれば、余裕で受け流せるのであろうよ。それでも、表向きは謙虚ににこやかに振舞うのは、スーリヤの卒のなさ…も、あろうが、ウシャスに無用の心配をかけぬためであろうな」
「まあ、清浄・純真の極みであるウシャスは、そんな悪感情の存在自体を知らぬだろうしな。しかも、愛を知った誇らしさと喜びで、更に輝かんばかりに美しくなったそのウシャスの目の前で…その天界一の美神を手にしているスーリヤに対し、臆面なく毒を吐ける者は、そう、おるまいしな」
「て、いうか、そもそも、なんで、あいつらが…ヴァルナやラートリーが、ここに来てるんだよ!スーリヤとウシャスの仲に、真っ向から反対してたのは、あいつらじゃねぇか!」
「だが、彼奴らは、あからさまに、今夜の主賓に、苦言を呈してはおらぬ様子だろう?トバシュトリよ」
「そういや、確かに…ヴァルナのヤツ、すっげーむっつりはしてっけどよー、あからさまに怒髪天ついたり、説教始める気配ねーじゃねぇか。ラートリーもだな…ぎりぎり歯噛みして、意地でも、歓談の輪には入りませんてな顔してるけど、それだけだ…」
「ヴァルナも、まったく往生際の悪い…いまだ、にこやかに、ウシャスの晴れの門出を祝ってやれる気になれぬとは、大人気ないにもほどがあるな」
「いや、ヴァルナはヴァルナで、努力はしているようだ。ウシャスの視界内では、ウシャスに微笑みかけているからな、、かなり、引きつってはいるようだが」
「だが、ウシャスの見えないところでは…相変わらず、特に、スーリヤに対しては仏頂面を崩さぬな」
「妹…というより、かわいい娘が自分の庇護から離れてひとり立ち、いや、生涯の伴侶を見つけて二人立ちしたようなものだからな、ヴァルナの心境は。それは、不機嫌にもなろう。小姑だとて、気持ちは同じだろうさ。娘や妹が、かわいければかわいいほど、それを奪っていく婿がねは、どんな男だろうと、気に食わないものだ、いや、優秀であればあるだけ、より、気に食わないだろうな。表立っては、ケチのつけようがない男ほど嫌われるものだな」
「くっくっく…まあ、仏頂面は、放っておいても害はない。多少、ガス抜きさせた方が、軟化も早いかもしれんしな、好きにさせておくがよかろう」
「て、なんで、おめーらだけ、そう、なんでもわかってます、みたいな顔して、ほくそえんでんだよ!俺にゃー、ちーとも、わかんねーよ!なんで、ヴァルナもラートリーも、あんな、おとなしいんだよ!?いつのまに、誰が、どうやって、ヴァルナを説得してたんだよ!?え?」
「説得といえるようなことは、誰も、何もしとらんよ。軌道交差のあったその日の夜に、ミトラが、ヤツをウシャスと会わせてやったが、それだけだな」
思わせぶりな笑みを浮かべつつ、月神ソーマが応えると、契約神ミトラが、頷きつつ、その言を引き取った。
「うむ、思いがけずウシャスが、我が宮を訪ね来てくれたので、これ幸いとな。まあ、黙っていても、翌朝になれば、ヴァルナはウシャスの様子を伺いに行ったとは思うが…あやつのことだから、遠目から伺うくらいで精一杯だったろう、それでは、ウシャスの様子が詳らかにはわからぬだろうし、結局、心底、納得する、というところまでは、行かなかったかもしれぬ。ならば、早いうちに、なるべく間近でウシャスに会わせてやったほうが、あれも、承服しやすかろうと思いついてな、その場に、ヤツを呼びつけてやった」
「はぁ?それだけ?それで、なんでヴァルナは、あんな、おとなしいんだ?」
「ふ…真正面から、間違いようのない距離でウシャスと顔をあわせれば、ヴァルナも、婚姻を経たウシャスが、どう変化したか、認識せざるを得ないと、踏んだのだろう?容赦なく逃げ道を断たれて、ヴァルナは、哀れなことだったな」
「何をいう、ソーマ。それは、むしろ、慈悲というべきだろう?逃げたり、見ない振りをしても、現実は変わらぬ。ヴァルナとて、どうせ、思い知らされるなら、逃げや曲解の余地など微塵もないほど、こてんぱんに打ちのめされた方が、立ち直りも早くなってよかろうよ」
「確かに…その場で思い知らされるのを避けて逃げを打ったラートリーの方が…彼女にその自覚はなかったみたいだが、何某かの予感はあったのだろうな…そのラートリーの方が、後々まで引きずった…というか、今宵になってもまだ、心底からは納得していない様子だものな」
「んだよ、さっぱり、わけわかんねーよ!ウシャスと顔をあわせただけで、なんで、あんなに強行に結婚に反対してたヴァルナが、全て納得して、引き下がってんだよ!?」
「納得するといっても、内心は不承不承だろうし、気持ちとしては、今も、要・経過観察というところみたいだがな」
「当日の夜、ウシャスと会って、彼女の気の変化を察した時も、まだ、ヴァルナは、信じられない…というより、信じたくないという顔をしていたしな」
「だが、翌朝の未明にウシャスの様子を見にきて、図らずもスーリヤの出立に巡り合わせてしまったことが、ヴァルナには決定打になったみたいだったな」
「ああ、スーリヤの気の変化も、全体から見れば微量とはいえ、天界神なら誰にでもわかるほど明らかだったからな。だが、ラートリーを始として、多くの天界神は、今宵スーリヤと顔をあわせるまで、それを知らなかったのだからな」
「噂に聞くだけではな、それは、承服しかねるだろう。やはり、直に己が目で見て感服、もしくは、誤解の余地なし、というところまで、打ちのめされぬとな」
「うむ、あの常に儚く危うげだったウシャスが、スーリヤに支えられつつも、ああも、しっかりと実体化し、いつ朧に消え行くかしれぬ頼りなさを感じさせないのだからな、誰しも、衝撃かつ驚愕もしよう。尤も、直に、己が目で明白な事実をみても、中々納得せぬ輩も時に居るから、万能とはいえぬが…大多数の者には、あの眺めは、甚だ効果的だ」
「それで、来客を増やすよう図ったんだな、おまえは。二人が並んで立っていれば、天界神には、彼らの気がそれぞれに変化したことは、自ずと明らかだから、スーリヤとウシャスが真実契ったことを快く思わず、苦言を呈することを目して、この宮に来た者であっても、その苦言は腹に戻さざるえんだろう。口を噤む者が多数派となれば、誰とは言わんが、聞き分けのないことを言い出しかねない者もおとなしくならざるをえん。この場に、客として主だった天界神を集めたのは、俺たちが百万の言を用いて、彼らの仲を認めてやってくれというより、よっぽど、効果がある。まったく、怠け者、なおかつ、人の悪いおまえらしいよ、ミトラ。自らの労は最小にして、効果はバツグン、その上、高貴の神々が驚いたり、感心したり、歯噛みしたりの様子を眺めて、面白がれるという余興付きだ」
「ふ…何のことだ?私は、スーリヤとウシャスが、今宵、我が宮に挨拶に来ることを、神官や巫女に伝えたにすぎん。もてなしの準備をさせねばならぬし、そも、晴れの門出を隠す理由はないからな。すると、何故か、今宵はわが宮を訪ねたいという神が偶々、多数出た、それだけだ。まぁ、結果として、内々だけで彼らを祝うより、可能な限り多くの天界神に披露目することができたのなら、良かったではないか?そして、同じ事を考えたからこそ、おまえはおまえで、酒を配るついでに、今宵、彼らが我が宮に参じることを、触れ回っていたのであろう?」
「魚心あれば、水心ってヤツだ」
二柱の年長神は、顔を見合わせて、にやりと、悪い笑みを口元に浮かべた。
そこに、しびれをきらし、子供のように地団太を踏みかねない勢いで、トバシュトリが食ってかかった。
「だーかーら!なんで、ヴァルナ以外の天界神の奴らも、あの二人の顔見ただけで、渋々でも、おとなしくなるってんだよ!反対派急先鋒だったヴァルナもラートリーも、メチャクチャ不機嫌にむっつりした顔してやがんのに、とりあえずは、黙ったまま、おとなしくしてんのは、何故なんだよ?土の眷属の俺さまには、気がどーとかこーとか、いわれてもわかんねーんだよ!二人だけで、わかったよーな顔してねーで、俺様にもわかるように説明しやがれってんだ!」
「これは失敬、本来、一番の功労者はおまえだのにな…うむ、どこから、説明したものかな…おまえ、スーリヤの耳飾、あの独特の…光と火の入り混じった気を覚えているか?」
「たりめーじゃん、つっても、俺が知ってるのは、気の分析値を視覚化したもんだけどよー、あの眺めには驚いたし、見とれたぜ。どんな炎色反応より、きれーだったもんな。で、あの耳飾を分析させてもらったからこそ、俺ぁ、いい目印になると思って、光と火の混交光球も作れたんだしよ」
「だが、あの耳飾は、ウシャスの物ゆえ、本来は純粋な光の気のみでできていた事も知っているよな?それが、スーリヤの耳朶に装着された時、彼の血を介して、量としては僅かなものだが、ウシャスの光の気を彼の体内に運び込み溶け込ませた。そして、光の気がスーリヤの体内に流れ込んだ分、あの耳飾には逆にスーリヤの火の気が流れこみ、二つの気は綺麗に混交し、融和してたわけだ」
「おめー、誰に向かって講釈垂れてんだ?まがりなりにも、俺様は工巧神だぜ?そんあことぁ、言われなくてもわかる。二つの成分が交じり合う場合、どちらか一方通行ってことはありえねーからな、必ず、等量の成分のやり取りが起こる」
「つまりだ、それと同じことが、スーリヤとウシャスの身の上に、起きたんだ。身体の契りを交わすことによってな」
「なんだって?」
「あの耳飾の気が綺麗に交じり合っていたことから、元々、二人が契れば…つまり、ウシャスが、スーリヤの火の気をその身に受けいれれば…禊での水浴のように、火の気を表層にまとうのではなく、身中に火の気を直に取り込めば、それは、ウシャスの身を形作る光の気に綺麗に溶け込み、光の性だけでできているウシャスの身を、少しづつでも強固にするだろうことを、俺たちは、予想していただろう?」
「ああ、だからこその隠密強行手段を取っちまった方が手っ取り早いって結論になってたわけだもんな」
「それで、先刻の耳飾の成分を思い出してくれ。耳飾の光の気と、スーリヤの火の気は、相互に流れ込んで、つりあいの取れた処で混交されたわけだろう?そして、婚姻の契りで、ウシャスにスーリヤの火の気が注がれ、その身に溶け込んだ訳だが、注ぎこまれた火の気の分だけ、ウシャスの気は増大するわけではないし、火の気を注いでもスーリヤの神気が萎むわけでもない。互いの神気の総量は変わらない。なら、身中に火の気が増した分、彼女の光の気はどこにいったか、同時に、火の気を放出した分、スーリヤは、何をもって、その減少分を補ったか…ということなんだ」
「つまり、耳飾の光の気とスーリヤの火の気が互いに交じり合ったみたいに…スーリヤから注がれた火の気の分と、等量のウシャスの光の気が、スーリヤの中にも溶け込んだ…ってことか?」
「そうだ、耳飾は、装着する際、耳朶に孔をうがち、血を流す。ウシャスの光の気が凝ってできた耳飾が、スーリヤの血肉に直に接したからこそ、ウシャスの光の気とスーリヤの火の気は容易く混交した。これが、首飾りや腕環だったら…表層の接触のみでは、こうはならなかったろう。密で深い、血肉の直接の触れ合い…血もそうだが、男の精も、女の蜜も、一種の血肉ともいえるわけで、それにお互い直に触れ、注ぎこみ、混じり合わせることで、気の混交が起きた。そして、混じりあうってことは、さっき、トバシュトリも言ったように、一方通行というのは、ありえないだろう?あげた分だけもらう、もらった分だけあげるというやり取りが相互におきて、成分のつりあいの取れた処で、混交は終る…」
「なーる!神としての気の総量は変わらねー、てことは気を注ぎ込めば、注いだ分だけ、等量・同質で、気のやり取りや、交換がおきるってことで…ウシャスに火の気を注いだ分だけ、スーリヤの身には、ウシャスの光の気が溶け込んで交じり合ったわけだな!」
「ご明察。婚姻といえば、普通は同じ眷属同士で番うから、気のやり取りがあっても、等質の気が行き来するだけだ。だから、今まで、気づいたものがいなかったんだろう。だが、火の気と光の気は性質の異なるものだし、そも、高位の光の眷属は、念話や転移で、気を一種の道具として用いるゆえに、気の様子を把握・察知する感覚が鋭い、だから、軌道交差後、ウシャスの身中に、火の気が溶け込んだことは、見る者が見れば、容易にわかる。同様に、元来、純粋な火の眷属であるスーリヤの内部から、今は、僅かながら光の気が発していることも、高位神には容易く察知される。ヴァルナは、軌道交差の夜には、ウシャスの気の変化に、その翌朝には、スーリヤの気の変化に、すぐ気づいた。光の眷属にとっては、目を開けていれば、当たり前のように見えるものだから、当然のことだ。そして、今宵は、ついに、ラートリーも、それを直に見知った…」
「でもよー、スーリヤはスーリヤに叙任された時、光の気を植えつけられてんじゃなかったっけか?ミトラとヴァルナが、仰々しい儀式で、スーリヤの頭に、なんか、植えつけてたじゃんか。ウシャスだって、毎日、火の泉で、沐浴して、火の気を身にまとうだろ?今奴らの感じてる光の気や火の気が、互いにやり取りしたものだってことが、どーして、天界神には、わかるんだよ?」
「それはだな、神に任ぜられるような者は、元々神力が強い、いわば、身体が器だとしたら、神に叙される時、既に壷一杯になみなみと酒が入っているようなものだ。ヴァルナとミトラは神々の叙任の儀式の時、新任の神に様々な知識は植えつけ、能力の100%の解放・開花を促しはするが、新に能力を付け足すわけじゃない。壷の蓋をあけて攪拌して、酒を目覚めさせるようなことをしてるだけだ。そして、確かに、その時に、出自が他眷属である者には、光の気を加味するわけだが、中身は既に一杯だから、量的には僅かに加えるくらいが関の山なんだ。例えるなら、壷の表面に塗布、もしくは、壷一杯の酒に、香料を1、2滴垂らして、風味を変えるという程度だな。それでも、太陽神は太陽のー火の制御が主な仕事だから、光の気は申し訳程度の加味で事足りるんだ。ただ、それを考えると、あのスーリヤは、よく、まあ、僅かの光気で、拙いながらも念話を操っていたものだと、感心するよ。いや、彼は、スーリヤになる以前に、僅かとはいえ、ウシャスの光の気を賜っていたから、既存のスーリヤよりは、光気を多目に持ってはいたのだろうけどね」
「ふむふむ」
「が、中身が既に一杯の壷でも、その中身を同時に交換しあうなら、どうだ?満杯の壷に、新な酒を注ぎ足すことは不可能だが、二つの壷の中身を、ひしゃく1杯、互いにやり取りした、と考えてみろ。壷全体から見れば、交じり合ったのは、僅かな量であり割合だ。それでも、満杯の壷に、ただ、香料を1、2滴、垂らした、というのとは比較にならない量の成分が混交したわけだ、そう考えると、全然違うだろう?」
「で、その差を、高位の天界神は、感じ取れるってことなんだな?」
「そういうことだ、ウシャスが纏う火の気も同様だ、彼女が沐浴で纏う火の気は、それこそ表層に塗布されただけの物だからこそ、緋の衣という形を取る。衣というのは、外側を覆うもので、その人の本質とは明らかに違うだろう?纏うのも一時的で、脱げば消えてなくなる、つまりはそういうことだ。表層だけを覆う気と、身中から発する気とでは、見た目が全く異なるんだ」
「そこまでは、わかった、けどよー、それで、どーして、ヴァルナがおとなしく、引き下がるんだよ?」
「それはだな…ヴァルナが、スーリヤとウシャスの仲に反対してた理由を思い出してみろ」
「ウシャスの存在の危なっかしさ、だろう?」
「それは無論だが、それだけじゃない、たとえ、ウシャスの存在が安定しても、配偶者であるスーリヤの神力が安定していなかったら、どうなる?ウシャスの愛という支えがあれば、既存のスーリヤのように数百年単位で神力が燃え尽きる恐れは減じるだろうが、それにしても、火の眷属の神力は、元来が、甚だ不安定だ。ウシャスが、どれほど愛しても、スーリヤが千年にも満たぬ歳月で神力を尽きさせてしまう懸念は消えず、万が一、スーリヤが滅した後の、ウシャスの精神状態をも、ヴァルナは案じていた…つまり、ウシャスは、神力は安定していても、その存在そのものが不安定であり、火の眷属であるスーリヤはウシャスとは反対に、存在そのものはしっかりしていても、神力の安定に不安があった。ウシャスもスーリヤも、それぞれ異なる不安定な部分があったからこそ、ヴァルナは、二人が永続的な関係を結ぶことに懸念を抱き、反対していた」
「だから、それが、どーして…」
「そこで、気の混交が意味をもってくるんだ。火の神力とは反対に、安定・不変の性が強い神力の筆頭といえば…」
「光の気、光の眷属」
「そして、スーリヤは、火の気をウシャスに与える替りに、光の気を彼女からもらい、その身に溶け込ませた」
「…なるほど!そうか、そういうことか!」
「そうだ、ウシャスは、スーリヤから、火の気をもらうことで、その存在を確固としたものにでき、同時に、スーリヤはウシャスから光の気を貰うことで、その神力は、既存の太陽神とは比べ物にならないほど、安定性を増したはずなんだ」
「つまり、ウシャスとスーリヤは契りを交わすことで、双方向に…互いに互いの不安定な部分を支え補い、強化しあえるってわけか…」
「ああ、しかも、一度の契りでも、僅かとはいえ、明らかな気の変化が起きた、少なくとも最高位神には察知できるほどの変化だ。となれば、契りを幾度か繰り返していくほどに、僅かづつではあっても、スーリヤ、ウシャス、共々に、彼ら生来の弱点は補強されていく…つまり、契りを重ねるほどに、ヴァルナが二人の仲に反対する理由が、徐々に、だが、確実に減じていくはずなんだ」
「そして、あの耳飾のように、いつか、火の気と光の気が、つりあいの取れるまでに、交じり合えば…」
「ウシャスもスーリヤも、それぞれに、気の割合は異なるかもしれねーが、それぞれが、光と火の融和神として確固とした存在になれるってことか!」
「それが、ヴァルナには、わかった。だから、ヴァルナは二人が契りを交わすことに、表立って反対する理由がなくなった、無論、ラートリーにもだ。天界でも最高位神中の最高位神である二神が、二人の仲を黙認せざるをえなくなった以上、他の天界神に異をとなえることもできなくなった…ウシャスの光の女神の純粋性が火の気によって損なわれたと、否定的に考える者も、恐らくは居よう、が、それはあくまで手前勝手な感情論にすぎん。となれば、当てこすりや皮肉を言うのが、精々、というわけだ。」
「元々、天則に認められし夫婦なのだからな、彼らは。その彼らが契りを交わすことに反対するとなれば、それ相応の、やむをえない理由が必要だったが、そんなものは消えうせた…いや、最初からなかったのだ。もとより、今のウシャスに会えば、自ずとわかることだ。美・優・雅を至上の価値とみなす我ら光の眷属にとって、この世で最も清らかにして美しいウシャスは生まれながらにして、その象徴だった、が、愛の喜びを知ったウシャスは…我らが、美・優・雅の極みと思っていたこれまで以上に、今、美しく、眩いばかりに光り輝いている。それは、スーリヤが与えた火の気によって、ウシャスの美しさに生命の輝き、力強さ、そういうものが、加わったからだ。眩きあの美しさを見れば…愛溢れる契り、そして、スーリヤの火の気が、ウシャスの特質である美・優・雅をより一層輝かせ、際立たせるとわかった以上、婚儀に反対する理由が、どこにある?最初から、そんなものは、どこにもなかったのだ。が、あの石頭の心配性には、これくらい自明の現象を見せ付けてやらねば、それがわからなかったということだ」
「だが、それは、言い換えれば、今後も、継続してウシャスとスーリヤは、互いに互いの安定性を高めていく必要があるということ、つまり、軌道交差の度に、二人が契りを交しあうことが必須ということだ。そのためには、トバシュトリ、おまえの作った装置が順調に働くことが大前提だからな。此度の契りで、多少の安定性は増したとはいえ、ウシャスが昼間に実体化できるのは、まだまだ、当分の間は、軌道交差で陽光が遮られた場合に限られようし、契りを交わす機会は、その時しかないはずだからな。これから、かなりの長期間、辛抱強く、彼らは互いの安定性を高めていく努力をせねばなるまい」
「それ、努力っていわねーんじゃね?だって、じっくり会えるのは、たまにしかねーってことでも、それはそれで、待ちに待った逢瀬ってことになるじゃんか。そういう時間を待つのって、むしろ、たのしんじゃね?だってよー遠足とか、祭りってのは、その当日はもちろんだが、その前日も、飛び切り、わくわくしたりもするじゃんか」
「ふ…スーリヤの意見はどうかわからぬが、一理あるな。待ち遠しい逢瀬ともなれば、その当日の喜びは、また一入であろうしな。トバシュトリは、若い割に物事の機微が、よく、わかっているようだな、くっく…」
「あのなー。俺は神に任命された時が若かっただけで、実年齢はあの若造の何倍、生きてると思ってんだよ。けどよー、その若造の太陽神は、そこまで考え及んだ上で、ウシャスとの契りが、自分とウシャスの未来を開く…って、予測してたってんなら、俺は、正直、シャッポを脱ぐぜ。まったく、てーしたもんだ」
と、トバシュトリが一人頷き、感心しているところに
「その過大なまでの評価、お言葉通りに、ありがたく頂戴してもいいだろうか、大先輩の工巧神殿」
という、笑みを含んだ、低く男らしい声が頭上から響いて、トバシュトリは、文字通り、飛び上がりそうになった。
「ぅわわっ!って、おめー、いつから、そこにいやがった!」
あわてて、振り向き見上げた先には、涼しい顔で恭しい礼を尽くす燃える炎の髪をもつ青年神の姿があった。
「嫌味と皮肉の嵐から、ようよう逃げ出して参り、大恩ある神々に礼を述べさせていただきたいと切に願うものの、若造で若輩神の俺としては、先輩神の話を遮って無遠慮に会話に割って入っていくわけにもいかず、先輩神のご高説を今まで拝聴いたしておりました次第です」
明らかに笑みを含んだその口上を、トバシュトリもにやりと笑って受け流す。
「おめー、本当に食えないヤツだなー」
「それも、褒め言葉として頂戴しておきましょう、我が妻が、先刻から皆様にご挨拶申し上げたくて、待ちかねておりますゆえ…」
と、スーリヤの言葉が終るか終らないかという時に、トバシュトリの視界は、艶やかに可憐な満開の花で埋め尽くされた、少なくとも、彼の主観には、そう感じられた。あわせて、耳朶を心地よくくすぐるような、愛らしく、まろやかな声が、耳に響いた。
「ミトラ様、ソーマ様、お会いしとうございました。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。そして…初めまして、トバシュトリ様!ウシャスです!漸く、お会いできました!」
「う、ウシャス…」
軽やかな足取りで、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきたウシャスの愛らしい姿を初めて間近に見て、見る見る耳朶まで真っ赤になって、トバシュトリは直立不動になってしまった。
「よ、よ、よ、よぅ、おめー、げ、げ、元気か?」
「あ、はい、トバシュトリ様。あの、こうして直接ご挨拶もうしあげるのは、初めてなのですが、一刻も早く、一目ご挨拶して、一言でも良いから、直接、お礼申し上げたいと、ずっと、ずっと、思ってました…よかった…漸く、お礼もうしあげられます…トバシュトリ様、ありがとうございました。その節は、本当に…本当に、一方ならぬご尽力を賜り…」
「なななナニ言ってるんだ、おめーは、み、み、みずくせーこと、いってんじゃねーよ」
「え?」
「一目とか一言とか、寂しいこと言ってんじゃねーってこった。一杯、遊びに来て、好きなだけ、おしゃべりしていきゃぁ、いーじゃんか。おめー、そういうことが出来るよう、体がしっかりしたんだろ?つか、これから、もっと、しっかりしていくんだろ?」
「あ、はい!そうです、そうなんです!」
ウシャスは、それはそれは、嬉しそうにほっこりと暖かな笑顔を見せた。
「それもこれも、皆様のおかげです。トバシュトリ様のお力添え、あってこそです。…私、本当に…なんて、お礼申しあげたらいいか…」
「い、い、いいってことよ!そんな、堅苦しいこと、いわなくていーって!元々、俺がやりたくてやったことだしよー、な、おめーたちも、そーだよな?!な?」
あわてた様子で、ミトラとソーマの顔を見回し、トバシュトリは同意を求める。長身の先輩神二柱は、苦笑しつつ頷く。
「でも、トバシュトリ様が、あの仕掛けを作ってくださったおかげです、今の私が、こうしてあるのは…」
「そ、そっか、じゃ、そう思うなら、これからも、こうして、ずっと、元気でいろよ!で、時たまでいいからよー、元気な様子を皆に見せにこいよ、な?」
「はい、それは、もちろんです!私は、オスカーと…スーリヤ様と一緒に、この世を暖かな陽光で満たし、全ての生き物達を守っていきます、この命続く限り…」
ウシャスは、傍らで、優しく彼女を見つめていた太陽神を、いとおしそうに、みあげた。
その愛らしい女神を、太陽神は、一層強く抱き寄せると、強靭で清廉な決意を瞳と口元に漲らせ、だが、静かな口調で、こう付け加えた。
「ああ、妻であるウシャスも、そして、俺自身も…ここまで自信をもって、悠久の治世を約束できるのも、友人である太陽亜神、トバシュトリ、ソーマ様、ミトラ様…ここにおられる皆様方のおかげです。俺たちが、真の意味で結ばれることができたのは、皆様方の機知と才覚、その類稀なる能力、そして、惜しみないご厚情とご尽力のおかげです。契りを交し合えたことで、俺たちは相身互いに強くなれた…そして、これからは、より、一層…俺とウシャスは、互いに互いを支えあい、二人、心をあわせ、手を携えて、この世界を温もりと光で満たしていきます」
「その言やよし、というところだな。そのためにも…スーリヤとウシャスが、より一層の安定した治世を布くためには、互いの安定性を高め行くことが不可欠、となれば、今後も、トバシュトリ、おまえの協力が欠かせないな、責任は重大だぞ?」
「ああ、まったくだ。というわけで、これからも、メンテナンスで、おまえには、働いてもらわなくてはならんだろうな」
「よ、よせやい、そんな、面と向かって、俺様にたよってんじゃねーよ!」
「すみません、トバシュトリ様、ご迷惑をおかけしたり、お手数をおかけするのは、わかっているんですけど…あの、どうか、お願いします。これから……当分の間になってしまいそうなんですけど、軌道交差の折には、月が陽光を遮れるように、月の整備をしていただくわけには参りませんでしょうか。我侭は承知でお願いいたします、私もオスカーも昼の世界に属する神なので…気を交わしあうのは…あの…気が充実して十全に高まっている昼日中の方が…多分、夜だと…力が出せないので…」
「わ、わ、そんな哀しそうな顔すんじゃねー!誰も、やってやらねーなんていってねーし!」
「え?あの…それは…ご迷惑を厭うておられるのでは…?」
「ウシャス、心配せずとも良い。この者は照れて、もったいつけているだけだ。この緩んだ口元と下がり気味の目尻を見るがいい。嫌がっているわけではないので安心するがいい、そも、そなたの心からの願いをむげにできるものなど、この世にはおらぬしな」
「だー!そういう、こっぱずかしいこと、しれっと言ってんじゃねーよ!そこまで言うなら、しかたねー、ウシャスのためとあれば、この俺様も、一肌脱いでやってもいいぜ…って格好つけようと思ってたのに、言いにくくなっちまっただろーが!」
「え…あ、ありがとうございます!トバシュトリ様!」
「だから、そんなでっけー目をきらきらさせて、俺のことみてんじゃねーよ!どーしたらいいか、わかんなくなんだろーが!だから、格好つけさせろって思ってたのによー」
言葉使いは乱暴ながらも、隠しようなく口元をほころばせて、耳まで真っ赤になって、照れまくりのトバシュトリが、晴れがましい場を、一層和ませる。
が、トバシュトリ本人は、一転、突如として、真面目な懸念顔になる。
「けどよー、おめー、びっくりしたんじゃねーか。俺たち3人に会いに来たつもりが、めっちゃたくさんの天界神にいきなり囲まれちまってよー」
「あ、はい、それは、確かにびっくりはしましたけど…でも、多くの方に、私とオスカーのことを知ってもらえて、よかったと思ってます」
「ヴァルナとかラートリーに、きっついこととか言われなかったか?」
「いえ、ヴァルナ様は…私とオスカーの並び立つ姿を見て…大層優しく微笑んでくださり…『強く…本当に強く、しっかりとしたのだな、ウシャス』とおっしゃってくださいました、その…ラートリーのことも、嗜めてくださって…」
《マジか?》と、目で問うトバシュトリに、スーリヤは黙って頷く。
「そっか、ミトラのお節介も無駄じゃなかったか。なんも、嫌なこととか恐いこととか、なかったんなら…マジ、よかったな」
「はい!」
トバシュトリとスーリヤは、僅かの時間に、互いに目配せを交わす。
《天界神のこちこち頭ヤローどもから、これからも、しっかり、ウシャスを守ってやれよ》《無論だ、俺を誰だと思っている?》という言葉にならないやり取りが、念話を使えないトバシュトリにも、聞こえたような気がした。
「が、確かにお披露目が突然のことだったから、お祝いといっても…飲食に事欠かないくらいくらいで、今宵のこの集いでは、きちんとした宴とはいえないからな。花も歌も踊りもないし、花嫁のウシャスには、ちょっと気の毒かもしれんな」
「そうですね、俺も、今宵、まさか、こんなことになっているとは思ってもおらず、お礼に参じたとは申しましても、軽装で来てしまいましたから…」
「ウシャスも、きちんとした花嫁姿で、婚礼のお披露目をしたいんじゃないか?」
ソーマ神に優しく尋ねられたウシャスは、だが、軽く首を横に振りながら、これ以上はないほど幸せそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「お披露目なら…毎朝のようにしてますもの。乾季の朝に限りますけど…私、毎朝、花嫁の衣装で、オスカーの腕の中に飛び込んでいます。そして、その喜びを、空一面に描いています…とても…とても幸せです」
「ウシャス…」
「私、本当に、とても嬉しいんです、今まで、夜明けの禊を済ませ、数え切れないくらい緋色の衣に金のヴェールを身につけてきました。でも、緋色の衣装の意味を、私は、本当にはわかっていなかった…今まで、私が婚姻と信じていたものは、偽り…といっては言いすぎですが、あくまで象徴でしかなくて、だから、身につけていた花嫁としての装束も、真実のものではなく…形だけのものでした。でも、私は、それすら、知らなかった…そんな私を、オスカーは、本当の花嫁にしてくれました。緋色の衣を、真実の婚礼衣装に変えてくれました。そして、毎朝、オスカーの熱と私の光とが溶け合い交じり合う、あの瞬間を、心からの喜びの時にしてくれました。オスカーに出会えて…オスカーがスーリヤ様になってくださって……私を1人の女として愛し、私に、人を愛し恋うるとはどういうことかを、教えてくれました。私に、人と心を通わせる喜び、気持ちを繋げる喜びをオスカーが教えてくれました。だからこそ、私は、周りの方々の優しさが、情愛が、これまで私を支え、守ってきてくださったそのお気持ちが、より、はっきりと見えるように…わかるようになれました」
「ああ、だが、俺がスーリヤになれたのは、アンジェリーク、君のおかげだ。自分の力を扱いあぐね、自身を持て余していた俺の前に、君が現れ、光の道を示唆してくれたからこそだ、俺は、君に救われた。今の俺の栄光と幸せは、君に会えたおかげ、君を愛したからこそだ」
「そんな…でも、私が何か強い力に導かれるように…あなたの内なる声に惹かれるように、あの夜、火の泉に下りたのは、今思うと、やっぱり運命だった…私たちは、互いに求め合うものだったから、出会った…そんな気がするんです…」
「だが、その出会い自体は小さな切っ掛けー種子のようなものにすぎん。その小さな種をおまえたちは二人、それぞれに、大切に育んできた。幾多の困難にも挫けず、諦めず、こうして、無事、愛情という花を咲かせたのだ」
「ああ、誇っていいことだ」
「はい、でも、それは、ここにいらっしゃる皆様がたのお力添えなくしては、ありえないことでもありました。皆様がたのご尽力なくして、今の私たちがなかったことも確かです。だから…あの、先ほど、ソーマ様がおっしゃってくださった宴のことなんですけど、もし、宴を催すのだとしたら…それは、私たちから…お世話になったお礼としての宴を、催させていただきたいです。この雨季に入る前に、毎朝、オスカーと、どのように皆様方にお礼するのがいいか、考えていて…それで、え…と、私の体がもっとしっかりした時になってしまうかもしれないんですけど…皆様に、きちんと、お礼とおもてなしをさせていただきたいんです…」
「ええ、折を見て、俺の…スーリヤの宮に皆様をお招きしようと、二人で話しておりました。その時は、是非、おいでください」
「じゃ、その時は…今までは、スーリヤしか間近でお目にかかれなかった、婚礼衣装姿のウシャスを拝ませてくれよな!」
「はい…お望みとあれば…」
「君の花嫁姿が、俺以外の男の目に触れるのは、ちょっと穏やかならざる気分だが、お世話になった方々へのお披露目とあれば、仕方ないか」
にこやかに笑みながら、声だけは残念そうに、そして、大仰に肩をすくめるスーリヤに、ウシャスが、くすくすと楽しそうに笑った。
「ふふ、オスカーったら…私ウシャスはスーリヤ様のもの、ウシャスは、この世でたった1人の偉大なスーリヤ様のものですのに?こうして、私に触れてくださるのも、私が触れてほしいと思うのも、オスカー…あなただけですのに…」
「ああ…そうだな。俺もだ…俺が触れたいと思うのも、触れてほしいと思うのも、君だけだ…俺の…俺だけの…何より大切なアンジェリーク…」
「はい、オスカー…何より大切な愛しいあなた…」
二人は、極自然に、引き寄せられるように口づけを交わしていた。
年長の神々と、友たる神々は、彼らの仲睦まじい様子を微笑ましく見守っていたが、男女のことには、まだまだ不慣れなトバシュトリだけは、どうにも、落ち着いていられず、けど、それを悟られるのも悔しくて、神酒を勢い良くあおっては、ますます、顔を真っ赤にそめた。そして、心の中で、俺も、たまには、女神神殿詣ででもしてみるか…と、ふと、考えた傍から「うらやましーとか、そんなんじゃねーからな!」と誰に聞かれたわけでもないのに、独り言ちたのだった。
* * *
中空に光り輝く球体が浮かんでいた。その球体の内部には、多数の人影が映し出されていた。中央に炎の髪を持つ美丈夫と金の巻き毛のたおやかな乙女の姿があり、その二人をきらきらしい容姿の男性神たちが囲んでいる様子が見えた。
穏やかな面持ちの男神がその球体に手を伸ばし、その表面を慈しむようになでた。
「はぁ、やれやれ、漸く、あの子もひとり立ち…いえ、二人立ちですか、できそうですねー。それに…無数ともいえるスーリヤを見てきましたが、あんなにも幸せそうなスーリヤを見るのも、私は、初めてです。なんにせよ、よかったよかった」
心からの安堵を感じさせる言葉を紡いだ男神の傍らには、落ち着いて大人びた容姿の女神が優しい笑みを湛えて佇んでいた。彼女は、からかうような笑みを含んだ言葉を男神に投げた。
「娘が花嫁になった父にしては、あまり感傷的では、ございませんことね、ディヤウス様」
「元々、あの子はスーリヤの花嫁となることで、命を永らえたんですから、これこそが、あるべき姿だったんですよー、漸く、二人のありようが、元の鞘に納まった…いえ、あるべきところに収まって、私もほっとしましたよー」
あくまで生真面目な答えを返す男神に、女神も瞳を伏せて、真面目な面持ちと口調で、こう答えた。
「ええ、本当に。スーリヤの愛情も、元は父性的なものでしたから、私どもも、スーリヤの思いが、あのような形に変化して、あまつさえ、その情熱で初代のスーリヤが己が身を焼き滅ぼしてしまうとは、思いもかけませんでしたものねえ…」
「あれは…その場での判断で…切羽詰って、とにかく、ウシャスを、娘の姿を保ったまま助けること…光の娘を、太陽に還し、溶け込ませることで、命を永らえさせることしか考えられなかった私の失策でした。私は、初代のスーリヤが火の青年であることも、火の青年は、他の眷属に比して、この上なく熱き情熱の持ち主であることも失念していた、いえ、甘く考えていたのです。…私自身が、男女の情に疎いからでしょうね。完璧に私の読み違えでした」
「あの場では、いたし方なかったことですわ。ウシャスの命を助けることで精一杯、それ以外のことにまで、ましてや、数百年後のスーリヤの心情まで、考えが及ぶものではございませんもの、でも、その後のスーリヤの精神荒廃とその後の混乱に懲りたヴァルナが、あまりに厳しく生真面目にウシャスを守ろうとしたために、かえって、ウシャスに…無論、代々のスーリヤとなった火の若者にも、かわいそうな時代が続きましたからねぇ」
「ヴァルナに悪気はないんですよ、彼は、あまりに真面目で、優しすぎただけで…世界は預かった時のままで保たねばならないと彼は真摯に思っていましたし、なかでも、特に天父神である私から預った天の娘ウシャスは、生まれた時のままの姿で守らねばならないと、生真面目に考え、大切に守ろうとしていただけで…そして、それを何より優先すべきこととみなしていただけだで…。生き物が世代を重ねるごとに少しづつ、形態を変えていくように、この世のありようも、天の娘も、時間と共に成長し、成長すれば変化もする、してもいいのだとは、彼は、真面目すぎたが故に、思えなかった、それだけなんですよ。そして、彼の、その実直さのおかげで、世界はつつがなく、ここまで、育ったのは確かなのですが…それでも、やきもきは、させられましたねぇ。何せ、私は創造神、つまり、創造することはできても、一度作り上げてしまい、自ら動き出した世界には、維持も管理も手出しもできないんですから。幾人ものスーリヤがその身を滅しても、その結果、繰り返し、この世界が氷に閉ざされ、無数の生き物が滅んでいっても、手をこまねいて見ていることしかできませんでした…歴代のスーリヤにも、多くの生き物たちにも、謝ることしかできません」
「神といっても、能力と権限は、自分の司る力に限られますもの、ディヤウスさまの責任ではございませんわ…」
「それは、そーなんですけどね、プリヴィティー。ヴァルナもミトラもラートリーも、無論スーリヤも、それぞれ、自分の司る分野では、最強・無敵・万能です。でも、それ以外では、からっきしだということを考えれば、私なぞ、創造する以外、能がないとわかってもらえそうなものなのに、何か、創世神というだけで、一番えらいとか、尊いとか、うわさばかりが一人歩きしてしまって…ヴァルナが、また、とびきり、職務に実直で、世界の産みの親たる私を尊重してくれるものですから、私は、逆に、おいそれと、表に出られなくなってしまいました。創世神というだけで、私1人の考えや意見が、無批判・無検討で通ってしまって、世界を動かすなぞ、いけません、不健全・不穏当です、それでは、私が多くの神々に権限を分けて託して、世界の維持にあたらせた意味がなくなってしまいますからねー」
「そうですわね、だからこそ、神々は無数におわし、それぞれに得意・不得意、強みもあれば、弱みもある…天父神たるあなたさまは、いわば、多数の神々が、皆、バランスをとって、それぞれ、補いあい、助け合ってこそ、世界は平穏に保たれ、育ち行く、とのお考えで、この世界をお造りになったのですものね」
「ええ、それに、創生神といっても、私とあなたとで、この世を生み出した世界は、生れ落ちたその瞬間から、それこそ、一人歩きさせるべきものです、自分が作ったからといって、私一人が手前勝手に扱ったり、なんでも独り決めしたり、とやかく口出し手出しできるものではないし、してはいけないのですが…それでも、ウシャスとスーリヤの関係を見ていることしかできなかった、あの歳月は、やるせなかったですねー」
「でも、だからこそ、新たな太陽神候補が選定された時には、必ず、その人となりを見に参られていましたでしょう?一神官に身におやつしになって…」
「ええ、それくらいしかできないので、そうせずにはいられなかった…今度の彼こそは、ウシャスとスーリヤの悲しい連環を断ち切ってくれるかと期待せずにはおれなくて…でも、多くの若者が、そう遠くない時間に、溢れんばかりの神力を枯れ燃え尽きさせてしまうのを見るのは、辛かったですね…でも、彼は、やってくれました。無数の火の若者の将来、ウシャスの幸せ、この世に今生きている生き物たち全て…どの点から見ても最高・最良・最強の百神の王が誕生したのですから…これで、もう、これからは、世界中が氷に閉ざされ、多くの生き物達が飢えと寒さに死んでいく、というようなことは、二度と起こる心配がない、と思うと、本当に、ほっとしますよー」
「ええ、ウシャスという輝きを得てこそ、百神の王は百神の王として本来の輝きを取り戻すのですものね」
「そうなんです、太陽は、元来が、光と火の混交物体です、その初光から…太陽が放った初光が凝って生まれたウシャスは、元々、太陽の光の一部であり、太陽から分かたれた命。その生まれからして、スーリヤの元に還るのが自然だった。スーリヤと結ばれ、一つになってこそ、あの子もまた、その命が真に輝き、喜びに満たされる。スーリヤもまた、自らの分身である太陽から分かたれて生まれたウシャスを、その手に取り戻してこそ、十全に満たされ、完全なる百神の王として、この世を治めることができるのですから…。ですが、ここにたどり着くまで、思いがけず、迷走・曲折の長い年月を送らせることになってしまって…」
「でも、終り良ければ、全てよし、ですわね」
「ええ、あの二人なら…あるべき処に本来の居場所をみつけた二人なら、この世界を、暖かな、喜びに満ちたものにできるでしょう。これで、漸く、私も、本当の意味で、楽隠居できそうですよー」
「では、引き続き、時折、天界の最下層にある学徒の訓練所に降りて、蔵書の管理でもして、過ごされますか?」
「いいですねー。それにも飽いたら、また、違う世界を生み出してみるのも、いいかもしれませんね、あなたと」
「ま、いやですわ、ディヤウス様…」
「でも、いまは…」
「ええ、今暫くは、幸せなスーリヤとウシャスを、彼らの幸せの恩恵を受けて輝く、この世界を見守っていたいですねー。これから、二人はいつまでも幸せに暮らしていくことでしょう、と、わかっているからこそ、ね」
かつて、この世界を生み出した天父神と地母神は、真の輝きを取り戻し、手に手を携えて、この世に明るさとぬくもりを与える太陽と暁紅の二神の幸せそうな様子を遥けき天上から見てとると、安堵のこもった笑みを互いに交し合ったのだった。
後書きです(長いですので、読みたい方だけ、どーぞ、です)
まずは、ここまで読んでくださった皆様、どうもありがとうございました・
約3年(!)に渡って連載を続けて参りました百神も、大団円を迎えることができ、オスカーもアンジェも幸せのスタートラインに立つ事ができました。たまに飛び飛びになったとはいえ、長くは休止せずに百神を書き続け、書ききれて、本当によかったと、自分自身が一番安堵しています。
さて
『暁紅(夜明け)の女神ウシャスは最も美しく清らかな女神にして太陽神スーリヤの恋人、でも、夜明けの光は儚く、太陽神スーリヤがウシャスをその手に抱いた途端、彼女は恥じらいから、その身を四散させてしまう…』
というリグ・ヴェーダの一節を知った時
「ウシャスって、もう、絶対、リモちゃんのイメージだわ!でもって、太陽神もオスカー様にぴったりの役どころじゃないのー!」と、どうしても、二人を神様にしたパラレルを書きたくて仕方なくなりました。
で、リグヴェーダを資料にしようとしたらリグヴェーダの日本語版である岩波文庫は既に絶版で、神田の岩波文庫専門の古書店で漁って、実際にリグヴェーダをじっくり読んでみたのですがヴェーダはあくまで神様への讃歌集なので、明確な物語はないんですね。
主な神様の特徴とか司る役目が美辞麗句を連ねて書いてあるだけで。
なおかつ、困ったことに太陽神が暁紅の女神を抱きしめた途端、太陽光の強烈な輝きに飲み込まれて女神の身体は消えてしまう…って、どう考えても、オスカー様は幸せじゃありません。
こんな当て馬みたいなことを続けられたら、うちのオスカー様だったら、絶対、精神に破綻をきたして破滅してしまいます。
絶対ハッピーED主義&オスカー様の幸せ追求し隊の私には、どんなにこのイメージが美しくても、このシチュをまんま使うわけにはいきません。
にも拘らずオスカー様を太陽神でリモちゃんがウシャスにするのなら…
まず、オスカー様は、この残酷な運命を知らずに太陽神になり、太陽神となった後はウシャスを我が物にできない運命にもがき抗いながら、、かーなーらーず最後に愛は勝つ!というこの百神の骨子ができました。
その結果、オスカー様は最初は名もない少年から、リモちゃんへの憧れを糧に太陽神に成り上がり、見事に高位を得たものの、本当の試練はそれからで…という成長物語にする、ということが固まりました。
その中で、太陽神は代替わりが激しいけど、それは秘密とされてることや、なぜ、太陽神だけ交替が頻繁なのかとかの細かい設定を詰めていきました。
太陽神は不定期に交替するって設定にすると、時たま起きる氷河期とか、全球凍結という実際の自然現象も整合性をつけて説明できるのもSF好きな私は楽しくて。
連載がかなり長くなりましたが、オスカー様が馬の調教に苦労する下りとか、聖娼に女性の扱いを請う場面とかも、全て、二人の大団円に必要と思って書き連ねたエピソードです。
厳しく訓練され、篤い信頼関係が築けていたからこそ、終盤で、馬たちはオスカーの意を可能な限り汲み、オスカーが御者台を離れても暫くは馬車を預けられるってことが、リアリティになりますし
それと、日食を愛を交わす時間に利用しようというのも、物語の最初から決めていたので、月神を味方にするのは必要不可欠だったり。
と、このように、二人が結ばれるまでに必要なエピソードは、きっちり順を追って盛り込んだつもりなので、オスカーとアンジェが結ばれた後は、物語は、さらりと締めくくりました。
〆があっさりしてるので、物足りない思いを抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、私自身は、書きたいことは全部書ききったーと思って満足してます。
なので最終話はまさにエピローグ的位置づけです。しゃんしゃんと締めくくるために、ゼー様が子供教育番組の質問役、クラ様・カティス様に説明・解釈してくれるお兄さん役を担ってもらいました(笑)
このお話はモチーフをあまり馴染みのない古代インド神話から拝借したので、最初はとっつきにくかったかもしれません
インド神話を知らないので…というメールを戴いたこともありますが、百神のディテール8割方は私の捏造設定ですので、元ネタを知らなくても、楽しんでいただけると思いますし、そのように書いたつもりです。
具体的に、私が、元ネタのリグヴェーダからもらったのは、各々の神様の名前と基本の設定&司る力、それとソーマ様が不倫してたってことくらいです。
その基本にインド的南国のおおらかな性意識が文化の根幹にあるという設定を加え、古代の史実にある「聖娼」のシステムを物語に組み込んだり。神話では神様は交代しませんから、天界に教育都市があるっていうのも、もちろん、スーリヤになるための訓練も私設定です。
更に、この神話世界での神様は、それぞれ強大な力を持ちますが、一方で、夜の女神は昼には活動できない、逆に、太陽神は夜はカタナシという設定ーつまり、個々の神様に、それぞれ、固有の弱点とか弱みを持たせてみました。
元々、インド神話のような汎神の世界は、強力無比な絶対神がいないからこその汎神世界だと思うので、それぞれ司る力以外は、からっきし無能という設定にしてみたんですが、おかげで、お話が膨らんだような…っていうのは、自画自賛がすぎるでしょうか(汗)単に、その方が、楽しかったってのも、大きいんですが(笑)
例えば、創世神も「創世する以外は能無し(苦笑)」だったのだと思えば、ウシャスとスーリヤの運命を傍観するしかなかったことも筋が通りますし、ヴァルナ様は、秩序の維持以外は全く気が回らないのだと思えば、あの石頭ぶりも納得していただけるのではないかと(笑)
そう思って、エピローグに天父神と地母神のダイアログを書き足してみました。
なお、よくインドの神様として知られているシヴァとかブラフマーとかビシュヌとかは、もっと下った時代のしかもヒンズーの神さまですので、リグ・ヴェーダの神様とは重ならないことをここに付記させていただきます。
(リグ・ヴェーダは、ヒンズー教が成立する前のバラモン教の神様が主体の讃歌集です)
こんなにも長期にわたってしまった連載のお話、もしくは、50話超もの長い話をここまで追いかけてくださり、オスカーとアンジェの幸せを願ってくださった皆様には、感謝の言葉もございません(しかも、後書きもこんなに長くなってしまって、すみません・滝汗)
この世界でのオスカーとアンジェは幸せの戸羽口に立ったばかりですが、ここに至るまでに強い絆ができてますので、二人で手に手を取り合って、幸せに暮らしていくことでしょう。
なので、このお話は、ベタでも定番の「それから二人はいつまでも幸せにくらしました」で、締めくくりたいと思います。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。