ハッピーエンドやって言わせてや 1  
〜オプティミストは奇跡を起こす〜

「よっしゃ!俺が行ったる!それがいっちゃん確実や!」

そう俺が宣言した時、秘書課の課長はそりゃもう、とてつもなくいやーな顔をした。

『こんなことになるのではないかと思った、だから、総帥にだけは知られたくなかったのだ』…と、考えてることがありありとわかる顔だった。もしかしたら、俺に諦めさせようと、これ見よがしにいやーな顔をしたのかもしれんな。だが、秘書の仏頂面程度で、こんなオモロそうな仕事をうっちゃれるかい。そんな人選を俺が通りかかるような部屋でやる方が悪いんや。

その仕事とは、女王陛下や守護聖さまのおわす聖地で、週末に露店商をやるという一風変わった…というかかなり破天荒なものやった。

「仕事自体は行商いうても、聖地に派遣となると確かに迂闊な人間はやれん。ウチの信用問題になるからな。下手なモンやって、へまやらかして、女王府という最高顧客を失くしたら大変や。かといって、せっかくウチに白羽の矢が立ったんやで?適当な人材がいません言うて、他社にこの権益かっさらわれるなんてアホな真似、できるかい。となったら、口が堅くて、身元がしっかりしてて、目利きで…ちゅー最高の人材を派遣するしかないやろ?つまり…この俺をな」

「どこの世界に総帥に行商人やらせる会社がありますか!」

「頭固いやっちゃなー。小売は商人の原点やないか。それに仕事は日曜だけゆう話やろ?なら通常業務に支障はあらへんし、俺も立場上、正体バレたらアカンから、口の堅さじゃ1番信用おける。何が問題なんや。俺以上の適材はおらんやないか」

「総帥は…単に『聖地』とか『守護聖さま』とか『女王陛下』ちゅー雲の上の存在に野次馬したいだけ、ちゃいますか」

「あったりまえじゃー!聖地を覗いて、雲の上のお人たちを見かける機会なんて、この先一生あるかどうかわからへんのやぞ!野次馬根性の何が悪い!好奇心、これもまた商人の原点や!」

「開き直らないでください!」

「じゃ、俺以上の人材、今すぐ出してみぃ?ほれほれ」

「ぐぅうう…」

と、こんなやり取りを経て秘書課長を黙らせ、俺はこの宇宙の女王陛下のおわす「聖地」で「週末だけ行商人」をするという仕事をゲットした。

そして、俺はスーツを脱ぎ捨て、国籍…いや星籍不明の風体をとことん狙った怪しげな行商人の姿に身をやつした。

その俺の雄姿を見た秘書課長ときたら

「何でここまでせにゃならんのです…こんなみょうちくりんで怪しげなアンちゃんがウォン財閥の総帥と知れたら…社員の士気が…社の信用が…ひいては社の売り上げが…あー!えらいこっちゃ!」

とか言って、よよよと泣いとったが、アホか、だから、正体がばれんよう変装してるんやないか。

そして俺は、女王府から正式の招聘を受け、自慢の逸品ばかりを荷作りして主星の女王府から聖地に転送してもらった。

 

その頃の俺は、財閥の総帥に就くという決められたレールの上を走る仕事に、ちょっとばかり反抗心がもたげてたんやと思う。

ウォンの家に生まれた宿命や思うて、黙って帝王学も受けてきたし、会社の経営自体はおもろかった。生き馬の目を抜くビジネス社会の荒波を波頭から波頭へと綺麗に渡り歩くスリルは、他の何物にも変えられない興奮がある。瞬時の判断を間違えれば、まっさかさまや。そして、その俺の判断にはウォン財閥で働く何万人の生活、その更に数倍の家族の生活がかかってる。絶叫マシンなんか目じゃない、セーフティネットなんざあらへんほんまもんのスリルや。

しかし、毎日毎日、会食、会議、出張、商談…ビジネスちゅーのは、派手な結果のために地味な根回しも必要不可欠やし、事業締結の過程は決まりきってて退屈な時がある。展開読めてる仕事も多い。本来ならストレス発散のためにスポーツクラブ通いすらエグゼクティブとしては義務や。どこ行っても肩書きのついて回らん場所はない。うさ晴らしの女遊びだって同じや。俺はおしゃれで、センスがよくて、金持ってるだけじゃなく、その使い方もスマートで、顔も身体も気風もいい。モテルのは当たり前や。で、そういう外見の条件に釣られて寄って来る女は、俺もギブ&テイクの付き合いで済むんで気が楽で。俺も楽しませてもらう代わりに、彼女たちにも色々いい思いしてもらう、そういう割り切った交際ができた。でも、それらの全ては予定調和、決まりきったルーチンの繰り返しでもあることも事実やった。

だから、俺の正体を誰も知らない…いや、俺の肩書きが何の意味も持たない場所で、風の吹くまま気の向くままの行商人というお気楽な立場になれる、というのは、俺にとってとてつもない誘惑やった。

もちろん野次馬根性の方が大きかったのは事実だけどな。

だって考えてみぃ?守護聖さまや女王陛下に直にお目どおりできる機会なんて、普通、一生あらへん。大財閥の総帥だろうと、聖地から見たら一般人やからな。この宇宙を支える女王様やで?宇宙で最高の女性やで?どれほど神々しい近寄り難いお方かと、一目おめどおり叶うちゅーなら、こんなチャンスを逃す手はあるかい、って思うのは人情やろ?商人としても…男としても。

次元回廊ちゅー訳わからん物を通って聖地に降りたった俺は、まず、宮殿の謁見の間に通された。俺は跪いて頭を垂れて最敬礼の姿勢をとった。こう見えても、各惑星の王族に謁見する機会は多いから我ながら堂に入った場慣れたもんだった。頭を下げながら女王陛下のお姿を拝謁できる期待に俺はわくわくしてた。

もちろん…王族だからといって目を見張る美形ばかりじゃないことは重々しっとる。女王様が若く美しいとは限らんということもな。だが、期待するだけはタダやからな。

「チャールズ・ウォンさん、でしたね。どうか、お顔をあげてください」

「え?」と思った。耳を疑った。メッチャかわいらしい声やん。若々しいというか、下手すると幼い印象さえ与える。綺麗に澄んでて、弾むように朗らかで、まろみがあって耳に優しい。ものすごく聞いてて気持いい声やねん。でも、それは『女王陛下』らしい威厳とか重々しさとかからはかけ離れた声やった。ほんとにこれ、女王陛下のお声か?お付の女官か、補佐官殿のお声やないか?高貴なお方ちゅーのは、シモジモの者とは、直に言葉を交わさない、なんつーのはよくあることやから。

で、面(おもて)をあげいちゅーお言葉に甘えて、俺は顔を上げ、あまりあからさまにならんように、女王陛下のご尊顔を拝謁した。

あっけにとられた。

無茶苦茶かわいらしいお人形がそこに立っとるのかと思った。

いや、お人形なんて言い方は失礼やった。こんなに生き生きとして、はつらつとしてて、輝かんばかりの存在を命のない人形なんかに譬えるのは、失礼や。でも、みればみるほど、お人形みたいに愛らしい女王陛下やった。零れんばかりのヒスイ色の瞳はきらきら輝いて…ヒスイってのは、幸運を招く縁起のいい宝石なんや、中華系の人間は特に珍重する、しかも、このヒスイときたら、一目見ただけで最上級とわかる輝きと透明度をもっとって。咲き零れる花びらみたいな唇はぷっくりと豊かで、ちんまりとした小作りな鼻が、これまた小作りなまろみのある顔にかわいく収まって、頬はほんのりピンク色で、肌全体はミルク色で…緑にピンクに温かみのある乳色色…って、なんや、桃饅頭みたいやな、食べちゃいたくなるようなかわいらしい女王様や…波打つ豊かな金の髪も薄紅色のドレスも豪奢というより、やっぱり愛らしくて、全体でみると、最高にかわいらしい生きてる人形みたいや…としか、いいようがなかった。

で、この愛くるしい姿から、あのお声は女王様ご本人のお声や、と俺は瞬時に確信した。

案の定やった。

「女王試験への協力を快く引き受けてくださってお礼を言います。どうか、女王候補がこの聖地で心地よく過ごせるように便宜を図ってあげてくださいね」

「ま、まかせたってください!」

にっこり優しく笑いかけられて俺は、ちょっと声が裏返ってしまった。あー、はずかし。しかし、これほど予想を裏切られるとは…もちろん、悪い意味やない…思ってもいなかった。

「では、ミスターウォン、これから私が聖地を案内しがてら、守護聖と教官の方々にご紹介いたしますね」

艶然と微笑みかけてくれた長身の女性、こっちが補佐官殿やった。補佐官殿は、かわいいというより美しく艶麗という形容詞が似合う女性やった。

正直言って、威厳とか重厚さとか高雅な近寄りがたさでいったら、補佐官殿の方がしっくり来た。黙ってたっていたら、どっちが女王陛下か、かなり迷う。

だが、女王陛下は象徴上の存在で、実務は補佐官殿が担うのなら、こういう印象になるのかもしれんと、俺はなんとなく納得した。

この時の俺は「女王陛下ちゅーのは、この世の人とは思えんほどかわいらしいお方やなぁ、やっぱ、俗世間とはかけ離れた存在だからやろうなぁ」と思った。

そう、俺は浅薄にも、女王陛下は浮世離れしたふわふわした存在やから…正直、苦労をしらんお人やから、こんなに愛らしいんやと思うてた。

 

それからというもの、俺の週末はこんな感じとなった。

俺の仕事は、まず、女王候補のお嬢さん方に買い物してもらうべく、日曜の午前中に聖地の庭園で露店を開くことやった。女王候補はんたちは外部との連絡手段が今はなく、当然通販なども利用できないので、買い物は俺が搬入する商品のみになると聞きおよび、責任重大やーと俺はかなり意気込んで何処に出しても恥ずかしくない逸品ばかりを品揃えした。

だが、女王候補さん方の買い物は日曜日の午前中だけで終わる。しかも、お客として来ても来なくても、それは女王候補はん達の自由やから、聖地の庭園で半日待ちぼうけってこともある。それは客商売としては当然のリスクなんやけど、鷹揚で優しい女王陛下は、わざわざ聖地に出張で来て売り上げゼロでは、俺が困ると思ってくれはったらしい。翌週には宮殿に俺のための居室を作って土曜日から聖地に来て泊まれるようにしてくれた上で、守護聖さま方と教官たちに「何か入用な時は、この商人さんにお願いしてあげてくださいね」とわざわざとりなしてくれたんや。

俺は、言葉を失った。

驚いたなんてものじゃなかった。

確かに陛下は、俺の正体を知っとる。しかし、どれほどの財力をもつ経済人だろうが、陛下からみたら唯の一般人、しかもこの聖地では、俺は一介の出入り業者でしかない。こちらが気を遣うことはあっても、女王陛下の方から声をかけていただいたり、気にかけてもらえるような存在ではないし、ましてや俺の便宜を気にかける必要なぞ、陛下にはまーったくないんや。

なのに、この女王陛下ときたら、俺の仕事具合を気にして、居並ぶ守護聖さま方に俺を贔屓にしてやってくれと口ぞえまでしてくださり…

そして、当然のことながら陛下は、このことで俺からリベートをもらおうとか、聖地に搬入する資材の納入価格を引き下げさせようなんて、裏の思惑は一切なく…そんなヨコシマな気持があったら瞳と態度みてりゃすぐわかる…単純に、純粋に「商人が行商に来たのに、何も売れずに帰ることになったらかわいそう」という気遣いだけで…子供の童話にたまに出てくるわなー、何も売れない行商人がかわいそうになってもうて、怪しげなモノをつい買ってまう心優しい子供…いや、俺の売る商品に怪しいモンなんかひとっつもないけどな!とにかく、陛下がそんな心持ちで俺のフォローをしてくださろうとしているのがわかって、俺は絶句した。

今だから白状するけどな、儲けがなくては俺が困るだろうという、女王陛下の優しいお心遣いには申し訳ないんやが、露店商での儲けなどたかが知れているし、本音を言えば、この仕事で儲けなど出なくても俺はいっこうに構わなかったんや。聖地での仕事は数字では測れないメリットが桁違いに大きいからな。ここで信用を勝ち取ればウォン財閥は女王府御用達企業としての地歩が更に堅くなるし、対外的なブランドイメージも一層あがる。しかも、俺個人も女王陛下や守護聖さまと、個人的なパイプ、しかも、ごっつう太いパイプが繋げるかもしれないんや。こんなチャンス逃がす商売人はおらへん。そんな、計算高い思惑も、実を言えばあった。

が、この瞬間、そんなん吹き飛んでもうたわ。あー、あほらし、ちゅー感じやな。

コネとかなんとか、そんなさもしいこと考えてた自分が恥ずかしゅうなった。そして、俺は決めた。あくまで「商人」としてお客様に喜んでいただくと。これが陛下のお気遣いにお応えすることになる、思うたんや。

陛下のおかげで、俺は商人としての原点に立ち返らせてもらえたんや。商いの基本を思い出せたんや。お客様のために、役にたつ品物を用立て、お客様の喜ぶ顔がみたい、ちゅー、単純な気持をな。

ただ、このお気遣いは、単純に感激するには余りに恐れ多く、俺個人としては、すっかりこの女王陛下の崇拝者になったけど、同時に「こんなにお人が良くて、子供みたいに純粋で、この女王陛下は大丈夫かいなー、悪いやつに騙されたりせんかと心配になるわ…」と、ちょっと、やきもきしてもうた。ま、そんな女王陛下をお守りするために守護聖様がいらっしゃるんだろうから、俺の心配は余計なお世話ちゅーこともわかっていたんやけど。

そして、この一件で、俺の女王陛下のイメージは、すっかり固定したといっていい。ふわふわーと愛くるしくて、限りなく純粋で優しくて、だから、俺らが守ってやらにゃー!と男に思わせる方やなぁと。

おかげで、商業惑星に日曜日の午後に帰るまで俺はたっぷりと自由時間を使えることになり、せっかく守護聖さまと面通しさせてもらった利点を利用して、俺は、せっせと営業活動に勤しむようになった。土曜日、聖地に到着すると、俺は、まず、陛下や補佐官殿、それに守護聖さまや教官方のお部屋に御用聞きに回って歩くようになったんや。

もちろん、守護聖さまたちは聖地にいたって通信で何でも買い物はできる。しかし、注文する前に現物を見てみたい時もあるし、たとえば雑誌なんかは年単位でないと申し込めないのが普通やけど、ずっと購読する気はないけど、その号だけ見たい、ちゅー時とかあるやろ?そういう時こそ、身軽で小回りと融通がきく行商人の出番になるんや。お客様の立場にたって、お客様の喜ぶ顔を、満足するお顔を目指すのが商人やからな。

その上、女王候補はんたちは当然として、守護聖さま方は、内心はどうあれ…素性の知れない行商人が聖地に招聘される訳ないから、オトナな守護聖さま方は、多分、俺の素性を察していらしたんだろうが、表向きはあくまで俺を一介の行商人として扱ってくださり、おかげで、俺は、純粋に小売という仕事をすっごく楽しめた。自分はリフレッシュできて、お客さんにも喜んでもらえて…こんな良い仕事めったにないなー、と俺は張り切った。

その上、野次馬根性の点から言っても…俺は自他共に認める好奇心旺盛な人間やからな…守護聖様ちゅー現人神みたいな方と接する機会なぞ2度とはないだろうからと思って、俺は守護聖さまがどんなものに興味をもたれるのか、どんな物がお好きなのか、という守護聖さまの実像というか、日常生活に肉薄できる!ちゅー不純な動機もあって、それはもう熱心に御用聞きに回ったんや。

で、毎週のように守護聖様のところに顔を出すようになるにつれ、俺の『守護聖様』ちゅーイメージは、見事なまでに裏切られていった。

これぞ守護聖!という方…つまり、神々しくて厳しくて近寄り難くて高雅で高潔な雰囲気の方も、もちろんいらっしゃった。だけど、ほとんどの方は「守護聖」という言葉のイメージからはみ出してる言うか…俺からみたら、単なる熱血純情少年やら、反抗期まっさかりのボンやら、あーまだまだお子ちゃまでかわええなぁとしか言えない方々も守護聖で、一見女性としか見えないのに超怪力な守護聖様がおったり、いけずなくせに面倒見よくてメイク濃いい姉御みたいな守護聖様もおったり、とにかく皆さん、そりゃもう突拍子がないほど個性的で、百花繚乱という感じやった。

共通点として括れる処があるとすれば、それぞれの趣や雰囲気は違えど、皆、飛びぬけて容姿端麗で肉体年齢が若いということやった。遊び人として名の通った俺も、この面子の中に立たされたら目立てへんな。

それと、皆、女王陛下のことを、心底お好きちゅー感じを受けることやった。お話してると、言葉の端々から守護聖の義務として女王陛下に忠誠を捧げ、お仕えしてるちゅー雰囲気やなくて、皆、心から女王陛下をお慕いしてるような雰囲気を受けた。

無理もないと思う。

たかが一介の商人に、あんな気遣いしてくれるお優しいお人柄や。聖地の方々にはどれほど優しく接していらっしゃることかと思う、それが、また、ほんと自然体でちーとも押し付けがましいトコがないんやから、感服する。しかも、見た目もあんな華奢で愛くるしくていらっしゃるんやもんなぁ、どうせ仕えにゃならんなら、あんな女王さまにお仕えしたいと思うし、お仕えできたら幸せやわ。

その女王陛下の私室にはさすがにお出入り自由とはいかなかったが、補佐官様を通せば、俺もいつでもお目通りかのうたし、俺は、もう女王陛下には、商売っ気なんぞ全くなしに、こちらから御用聞きに伺わせていただきたかった。なんか、ご入用な時は、なんでもいつでも申し付けたってください、と、言い添えておいた。

贔屓にしてくださった感謝の気持だけじゃなく、おべんちゃらでもなく、この女王様には、なんちゅーか、こちらから、損得抜きに色々して差し上げたくなる、サービスさせていただくのが嬉しいと感じさせる雰囲気がおありやった。それは、決して偉ぶっているとか、威張ってるとか、高飛車だとか、いかにも女王様然としてるからやなくて、むしろ、逆で…あんまり優しげで、愛らしいからこそ、こう、何くれと無く世話を焼きたくなるちゅーか、そういう感じやった。

ほんと、守護聖様方のお気持がようわかるなぁ、特に、この気持、補佐官殿やなら共感していただけると思うで。とにかく、甲斐甲斐しく陛下のお世話を焼いてはる雰囲気やったもんなぁ。

そんなこんなで…守護聖様ちゅーのは現人神やあらへん。普通の人にない能力と、それに応じた責任と義務はあるけど、その精神とか性格とか嗜好ちゅーのは、極々普通の人たちとそう変わらないんや…いうことが俺は少しづつわかっていった。

女王試験のために招聘された女王候補の教育係たち…いわゆる「教官」は、それぞれ個性的で特徴はあるものの、守護聖さまに比べれば、やはり、普通の人間で、まー立場としては、そう俺と変わらなかったと思う。

変わらないといえば、女王候補のお二人さんで…単なる1商人である俺は、新宇宙の事情など知る由もなかったから、あの愛らしい女王陛下は全然お元気そうなのにナンで女王候補を今から鍛えにゃならんのかわからんかったし、ましてや、あの二人が受けたった試験…宇宙の育成が、その後の俺の人生にめっちゃ深く関わることになるなど、予想だにしておらんかったけど…とにかく、俺の目から見ると二人ともいかにも普通の女子高生という感じで、この二人のどちらかが女王になるなんて、想像もつかんかった。

せやけど、考えれば、あの陛下だって、いかにもな女王様然とはなさってないもんなぁ、なんかキラキラした眩しい感じはするんやけど…なら陛下も即位前はこんな感じやったんかなぁ、やったんやろうなぁ、と俺は別の感慨にふけってもうた。

とにかく、俺は週末ごとの聖地行きが、それはもう楽しみになっていた。

そして、商人としては分け隔てなくお客様の御用は伺うが、人間としてウマがあう、合わないちゅーお人も段々とわかってきた。多分、それは先方様もご同様だと思うけどな。

その中で、俺は炎の守護聖オスカー様には、かなり気安く接していただけた方やった。

守護聖様方は揃いも揃って美形揃いなんやけど、美形といっても女性的な風貌か男性的な顔立ちかで、その雰囲気は全く異なる、そして、オスカー様は、その中でも究極の男性美の持ち主といおうか…肌は浅黒く、長身で筋骨逞しく、涼しげな青の瞳が怜悧さを、燃えるような髪が情熱を体現しているようなお方やった。士官学校出ということなのに、無骨な処は微塵もなく、洗練された物腰で、美丈夫とはまさにこういう方をいうんやなーと俺は素直に感心してた。

だから、このお方がモテるんやろうなーというのは、聞くまでもなくわかったし、第一、このオスカー様は俺にとって優良顧客やったんやけど…つまり、御用聞きの度になんかしら注文してくれるんやけど…その注文というのが、毎回、季節の花束、それに小振りだが美味な菓子をつけてくれというものやったんや。プレゼント用、しかも女性向けの…ということは言われるまでもなくわかったので、俺は最初その注文を受けた時「ラッピングはかわいいイメージにしときますか?華麗なイメージにしときますか?ゴージャスちゅーのもございますが」と尋ねたところ、オスカー様は、一瞬、面白そうな顔をなさって「かわいらしく頼む…そうだなリボンは、ピンクか赤、さもなくば金にしてくれ」とおっしゃった。それ以来、オスカー様は毎週のように、俺に同じ注文をしてくれはった。

当たり前やが、俺は贈り相手の方を詮索したりはしない。贈る相手は決まった方かもしれんし、毎回違うのかもしれんし、その中に女王候補はんの一人、もしくは二人ともが入っとるのかもしれん、とこの時は思っとった。というのも、日曜日に庭園で店開きしてると、女王候補はんが、それぞれにその時々で違うた守護聖様と連れ立って歩いてるとこを俺はしょっちゅう見かけたからや。もっとも、オスカー様が女王候補はんと連れ立って歩いてるとこみかけたことは1度もなかったんやけどな。とにかく、守護聖様は女王候補はんたちに個人的に接触していいらしく、それは女王候補はんの方もご同様で、守護聖さまに好感もってもらおうと積極的にアプローチかけることもOKらしかった。女王候補はんがウチで買った商品を守護聖さまに贈ることがあるってことは、逆もまた真なりで、守護聖様が購入されたもんを女王候補はんにプレゼントする可能性だってなくはないってことやった。

ただ、ラッピングのイメージもりぼんの色もオスカー様はずっと一貫してらした。そして、巷の噂では、オスカー様はプレイボーイということやったけど、良く聞くと聖地で女性と一緒に居る所を見た者はいないらしい。公私のけじめはきっちりつけてらっしゃるんやな。遊び人という風評はやぶさかやないが、綺麗に遊ぶのを信条としている俺は、そんなオスカー様に一方的に親近感を抱いてたのかもしれんな。

そして、その注文が数回続いた後やった。

俺は、ある日、ふと気付いた。

女王陛下は、俺が聖地を辞する挨拶をする時に気さくにお声をかけてくださるんやけど…つまり、それは決まって日の曜日の夕刻なんやけど、その時の陛下は大抵少女らしい私服でいらして、そうしてみてると、もーほんと、この方が宇宙の女王ってほんま?としか思えない愛くるしさなんやけど、その金の髪にはいつも生花が飾られてて、それがまた愛らしいんやけど、その花が…なんか、俺が土曜日にオスカー様にお届けした花とごっつう似てるんや。

もちろん花束の花全部が飾られてるわけやない。けど、花束の中に入ってた筈の花が必ず使われてる。

俺がお届けしてるのは季節の花束やから、その時々で1番盛りのものを持ってくる。だから、聖地でも飾る花がかぶるのはありうることなんやろうけど、それにしても毎回すごい偶然や…と最初はおもっとった。

でも、それが、その後もずっと続いた。偶然は3回続くと必然らしいが、3回どころの話やなかった。

つまり、そういうことなんかなぁ…まあ、守護聖様は陛下を直でお守りする崇拝者なんやから、花を贈るのもありやもしれんなー、花っつーのは、贈り物としたら、女性受けする割りに意味は重うないしな…なんて思うたけど、俺は、当然、そんな考えは誰にも何にも言わんかった。オスカー様に限らず、御用聞きする時の世間話に、どの守護聖様が何を注文してるかなんて、一切話題に出したことはないし、つか、絶対出さへん。商人にとってお客様のプライバシーは最重要機密事項やからな。

そんなことが数週間続いた後やった。俺は、あらたまって、オスカー様からオーダーメイドの相談を受けた。

「宝石を贈りたい。おまえの処で最上級のものを用意してもらいたいんだが」

「まいど!なら、宝飾カタログ…いや、オスカー様やから、即、見本をお持ちしましょう。アイテムや石の種類がお決まりやったら、より絞ったものをお持ちできますけど?」

「…おまえ、そんなナリをしてるが…外ではモテるだろう?」

「は?いきなり、何をおっしゃいます?オスカー様」

「軽妙洒脱で、粋な、いかにも遊び人な匂いがするよ、おまえさんは。となれば、女にもてない訳がない」

「オスカー様ほどやないと思いますが」

「ふ…否定しないな、じゃあ、おまえなら…クールでスマートなプレイボーイのおまえなら、女性に贈る石に何を選ぶ?」

「漠然としすぎてますなぁ…相手の雰囲気とか、髪や瞳の色によっても変えますわ、俺なら」

「髪は金、瞳は翠」

『ああ、やっぱしなー』と思ったけど、俺は何も言わんかった、当然「お!陛下と同じ色味ですね」とも言わなかった。替りに一言俺は

「そんなら…ヒスイ…俺なら翡翠にしますわ」

と答えた。

陛下のイメージからしたら、他にピンクダイヤとか、あ、真珠もえぇなぁ…いう気もしたけど、俺の陛下への第一印象は「めっちゃ上物のヒスイ」やったから、その印象を素直に伝えてみた。

するとオスカー様は盲点をつかれたような顔をしはった。

「ヒスイ?しかし、ヒスイは確か半貴石じゃなかったか?俺としては透明度の高いクリアな石の方がいいように思えるが…」

「オスカー様、それは誤解です。ヒスイでも最上級のものは、透明度はかなり高いんですわ。エメラルドみたいな硬質な輝きやなく、もっと、柔らかな光なんやけど…俺はあの柔らかな輝きが好きなんですわ、しかも、ヒスイは魔よけにもなります。護符として、身につけてる人を災いから守ってくれますんや」

「そうか…護符になるのか…なら、翡翠で考えてみるのもいい…」

「ヒスイを何に加工なさいます?ネックレス?イヤリング?それとも…指環ですか?」

一瞬、オスカー様が切なげに瞳を細めたように見えたのは、光の加減か俺の気のせいやと思うんやけど…

「ラリエットにしてくれ」

「ラリエット?そりゃまた、洒落たアイテムをご指定なさいますなー、さすがオスカー様」

「鎖は…ピンクゴールドのボールチェーンがいい…鎖の両端にそれぞれヒスイをつけて…だから、石は、同じ色味、同程度の大きさの物を2つ用意してもらわねばなならんが…可能か?」

「そらもう、まかしたってください!来週デザイン画と石の色見本をお持ちしますわ」

「ああ…たのむ」

そして、翌週俺はあがったデザイン画を十数点と、石見本をもってオスカー様と相談の上デザインを決定した。俺がこっそり陛下のイメージを念頭においてお勧めした石…つまり、陛下の瞳の色に似通った色合いの石を、オスカー様も気にいってくださり…当然やろうな…即注文となってん。

自分の星に帰るや、俺は、即刻、そのオーダーシートを財閥傘下の宝飾会社に通し、聖地からのご注文やとだけ言うて、最優先で取り掛からせた。聖地から宝飾品の注文言うたら、普通女王陛下か、補佐官殿からの注文や思うわな、そらお待たせするわけにはいかへんいうて、俺が急がせんでも職人も張り切ったかもしらんが…俺自身が一刻も早くオスカー様にお届けしてさしあげたかったし、オスカー様がどなたにこれを贈るおつもりなのか、俺ははっきり確認したかったのかもしらん。確認したかて、何がどうなるっちゅーもんでもないし、他言する気なんてさらにないんやけどな。オスカー様は、商売人としての俺の態度をこの数週間で判断し、俺のこと信用して注文をくれたのかしれんから、尚更な。

結局、職人にハッパをかけまくり、俺はきっちり1週間でそのラリエットを仕上げさせ、土の曜日にお届けにあがった。

オスカー様は、そのできばえに満足してくださったみたいで、ぽつりとこんなことをおっしゃった。

「ああ…思った通り、よく合いそうだ…」

余計なことは一切言わず、俺はただ頭を下げてこう言った、「毎度おおきに」と。

そして翌日、庭園の露店商としての仕事を済ませ、いつもの通り、聖地を辞する挨拶を陛下にした時だった。

その日陛下は緩やかなラウンドに胸元がカットされた白のワンピースをお召しで、そのすんなりした首元には、両端にヒスイをつけた金の鎖がなよやかに蒔きついてはった。

俺は無礼を承知で、こういった。

「陛下のそのアクセサリー…石の色が瞳の色とおそろいですね、ようお似合いですわ」

すると、陛下は、それはもう嬉しそうに微笑んで、頬をばら色にぱぁっと染めはった。

「ありがとう。この翡翠って、私に瞳に似てるだけじゃなく、魔を退け、災いから身を守るお守りにもなるんですって、ふふ…。それにね、石だけでなく、鎖の色も私の髪の色になるべく合わせてくださった…いえ、あわせてみたの。似合うって言ってもらえて嬉しいわ。でも、これ、留め金がないから、私、少し心配なのよ。万が一、落としたらどうしようって…」

「なら、ただ、胸元で結ぶんではなく、一度鎖を二つ折のループにしてから首にまいて、両端の石の部分をそのループにくぐらせるといいですよ、陛下。全体の長さは短くなりますが、その形なら自然に解けることはまずのうなりますから」

「あ、そうか、そうよね、こうしてつければ…」

陛下は細い綺麗な指で金鎖を解き、二つ折のループの形にした鎖を首にまきつけ、鎖のわっかの部分に石を二つそろえて通した。

「ありがとう、ちゃー…じゃない、商人さん、アクセサリーにもお詳しいのね。でも、よかった…これで、安心だわ。もし、失くしたりしたら、私、泣くじゃすまなかったろうから…」

「そりゃもう、取り扱いのわからない商品のことは…あ、俺から直にお買いあげのもんでなくてもかまいませんので、何でもお尋ねになってください!なんせトイレットペーパーから宇宙船まで扱ってへんものはないウォ…むにゃむにゃ商会でっから!」

「うふふ、来週もよろしくね」

花が咲き零れたような笑顔だった。謁見の間で拝見した笑顔も優しく温かみがあったが、それはどこか全方位に向けられたもの、万人に等しく与えられるものであるゆえに、誰のものでもない笑顔だったが、この笑顔は違っていた。

陛下の笑顔は確かに、装飾品を褒めた俺を通して、その装飾品を贈ってくれた相手一人に向けられていた。

『この笑顔のためなら、そらもう、何でもしたくなるやろなぁ…』

俺は一人頷いた。そして、あのお方の厚意は確かに1人の男性のものとして受け取られている…つまりは一方通行やないんやな、と、この時確信した。陛下の紅潮した頬は、恋人の男性を話題に出されたときの女性の態度そのままだったからや。

俺は、聖地のことも守護聖さまのこともよう知らん。結局単なる出入り業者やし、同じ一般人言うても、教官たちと違うて、聖地にいずっぱりやない。週末だけひょっこり顔出す人間に、女王陛下や守護聖様のお立場とか境遇なんて、わかろう筈がない。

女王陛下って…いや、守護聖様もやけど、恋人作れるん?とか、ご結婚てできるんやろかとか…わからん。けど、できないかどうかもようわからん。

けど、女王陛下だからって恋愛しちゃいかんちゅーのも、おかしなことや思う。

だって、女王陛下が、こーんな蕩けそうなお顔で微笑まれて、そんな心持のサクリアで宇宙を包んでくれはってるなら、宇宙に悪い事あるはずない、むしろ、宇宙の隅々まで、陛下の幸せで暖かなお気持とか優しいお人柄とか、そのまんま伝わって、この宇宙ってメッチャあったかな気持良い宇宙になれるんとちゃう?同じ治世なら、女王様が「しあわせー」ちゅうお気持知らずに、ギスギスとげとげイガイガした気分で治められる宇宙より、ほんわかふんわりしたお気持で治める宇宙の方が、なんか、俺たちシモジモの者も幸せになれそうーな気ぃするやん?

で、陛下のこの笑顔の源が、聖地一の美丈夫との心の通い合いにあるなら、それ、ダメっていう理由ないやん、むしろ、俺だったら、陛下の幸せは宇宙の幸せー!つまりは万民の幸せー!いうて、後ろから「ちゃっちゃっちゃ」と扇子振りかざして応援しちゃる。

そ、俺は聖地ではあくまで部外者、アウトサイダーや。だからこそ、何のしがらみもなく、単純に陛下の幸せ、応援してあげたいなー、思うた。

ただ、恋人への贈り物に、おしゃれだし、ありきたりじゃないし、センスもいいけど…ラリエットは、そう、陛下も心配されたとおり、どうしたって解けやすい。そんなアクセサリーを贈るオスカー様の思惑は…俺には測りようがなかった。

いいもの作って、納品して、お客さんは満足してくれて、もらった方も満足してくれてるんや、それで、ええやん。と俺は思うことにした。俺がこの聖地に顔を出すのも、この女王試験の間だけ。それが終われば、もう、この聖地に俺が足を運ぶことものうなるんやし。俺は、今、この間、お客様に満足していただけることだけ考えればええんや。そう思うことにして、余計なこと考えんとこ。

そんなこんなで、数ヶ月の月日が過ぎ、相変わらず俺は御用聞きに走り、女王候補に色々なもん、お買い上げいただきとやってるうちに女王試験はいつのまにか、佳境に入り、そして決しようとしてた。

もうすぐ俺もお役ごめんやなー、なんか、気ぃ抜けてまいそうや…

と思っていた時、オスカー様から2度目のオーダーメイドが入った。

「今度は何作りましょう?」

「また…同じグレイドの翡翠で…今度は指環を作ってもらいたい」

オスカー様は何故か挑戦するような瞳で、こういわれたんや。

ほぅ?と俺は思うたが、当然顔には出さへん。女性に指環を贈るいうんは、俺の星でも婚約からステディまで、親密度の度合いに差はあれど、現時点での本命宣言ちゅーことは共通する。けど、それがオスカー様の常識とは限らんからな。俺は守護聖さまのとのお付き合いを通して、その出自どころか、お生まれになった時代まで、えらう多岐にわたってることを知り、つまり、聖地ちゅーのはあなたの常識は私の常識やない人たちの集まりやという点もしっかり把握してたからな。

「一口に指輪いうても、色々な種類がありますから、また見本もお持ちしますけど、今、ある程度デザインはこんなんがいい、言うのありますか?」

「ああ…指輪といっても形は輪になっていない、リングの両端が互い違いになって、その両端に石がついているタイプのデザインがあるだろう?そういうのがいいと思っている」

「ああ!オープンエンドのデザインリングですな。わっかとしては繋がってない…」

俺は、ぽんと手を打った。指輪と言っても輪ではない…輪っちゅーのは終わりも始まりも無いから、転じて永遠の象徴とされる、だからこそ、永遠の愛を象徴するアイテムにもなるんやけど、輪っかになってない指輪ちゅーのは、存在意義からして矛盾しとるな。ぐるりと指に巻きつけるちゅーか、両端がはっきりあるこのタイプの指輪は確かに指を形よう見せてくれるし、スタイリッシュや…けど、俺は、何かが引っかかった。また「繋がっていない」「開いている」デザインや。オスカー様、いや、陛下が、こういうデザインのアクセサリーがお好きなだけなのか、それとも…

「指輪の両端とも翡翠でええんでっか?オープンエンドなら、それぞれに石の種類を変えるのもポピュラーですけど?」

「それだと魔よけの効能が薄まりそうだからな、上質の翡翠でそろえてほしい。ただし、質は最上級でも、あまりボリュームのあるものでなく、土台もなるべく細めで華奢なものがいいんだが…」

「じゃ、そんな感じでデザインを起こしてきますわ。待っとってください」

確かに…陛下のあの小さな手に…細くてしなやかな指にはごっついボリュームのあるタイプの指輪は似合わん。翡翠でリングを作ろう思うと、どうしても大きめな石をセットしがちなんやけど、若々しい、ちゅーか、かわいらしい陛下には大きな一粒石のリングは確かにイメージやないしな。

にしても、護符としても強力な方がええて…オスカー様はなんか、心配事でもおありなんやろか。ご自分が陛下のお傍におれへん時のこと考えて、陛下のお守りを万全にしたい…で、縁起を担ぎたいなんてお思いなんやろか。この聖地に危険なんて、何もあらへんよう思えるけど…大切なお方やから、少しでも安心材料が欲しいんやろ、きっとそれだけや。

ご注文なさるアクセサリーがいつも、オープンデザインなのも、それがきっとお好みなんやろ、それ以上の意味なんて…あるはずない…よな?

俺はこんな風に思おうとした。

オスカー様が虫の報せで、重ねて翡翠の装飾品をお求めになったんか、単に、陛下のイメージのアクセサリーをセットになさろうと思ったのかは、よう知らん。アクセサリーの石を統一するのは、ファッションの基本ちゃ基本やから。

そして、俺は職人に注文通りの指輪を作らせ、オスカー様はそれに満足なさり、その翌日、それとよく似た指輪を俺は陛下の指に見出した。

もちろん俺は、大袈裟なまでにその指環の美しさとか、センスとか、石の上等さを褒めちぎった。実際、ウォン傘下の宝飾店から選りすぐりの翡翠つこうたんやから、お世辞やなく最上級品やったんやけどな。

陛下は、この前以上に嬉しそうやった。指環はめた手をもう片方の手で大事そうにきゅーっと抱きしめはって、そら、もう咲いたばかりのバラの花みたいな笑顔を見せはった。それで、俺も安心した。ああ、職人がええ仕事してよかった、陛下にも、ひいてはオスカー様にも、これならご満足いただけたやろうと。

そして、この指輪が俺の最後の納品となった。

もうすぐ俺は、また、一介のビジネスマンに戻る。

聖地にかかわること…は、会社としてはあるだろう、無いと困る。

けど、俺個人が聖地を訪れること、ましてや、守護聖様や陛下にお目どおりかなうことは、もう一生ないだろう。

なにせ、この試験が終わってしまえば、聖地の時間の流れは元に…つまり、俺らの住む世界と10倍近い隔たりが生じるかもしれんのや。

守護聖様が「あー、そういえば、こんなヤツおったなぁ」と数年後に思い出してくださった時、俺はもう墓の中、ちゅーことだってありうるんやから…。

だからやろうなぁ、と俺は思うた。

この試験が終われば、もう2度と会うことはないだろう俺だから。オスカー様は、思い切って指輪をオーダーなさったんやろうと。

直にオーダーすれば好みどおりのものを得られる上…特定の女性の瞳の色と同じ石なんて、選ぼうにも通販じゃ詳しい色合いまではようわからんもんな…しかも通販と違うて記録が残らん、陛下が身につけてらっしゃるものの出所も誰が贈ったものなのかも…

なら、俺、すっごくいい仕事させてもらえたんや思う。買い物の自由も中々ないカップルの絆、強うするお手伝いできたかもしれんのやもん。しかも、あーんな見た目に麗しいおとぎ話みたいなカップルの…

陛下に少しでもご恩返しできたんなら、いいんやけど…陛下に知られることはのうてもな…

そんなことを考えるうちに、女王試験は終わり、意外なようで、でも、なんかわかるなーちゅー結果が出た。

レイチェルは、女王さまちゅーより実務家肌やから、確かに補佐官の方が向いてる感じしたもんな。と、なったら女王陛下…ちゅーても今は、無人の星星しかない宇宙の女王陛下やけど…は、陛下と同じお名前らしいアンジェリークの方に決まった。

それと同時に俺はお役ごめんになり、古巣の惑星に戻り、あの商人の風体は捨てた…捨てるはずやった。

なのに、そう大した時間を置かんうちに、また…しかも、思ってもみなかった形で、この方々に会う事になろうとは流石の俺も想像だにしてなかったんや。

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