ハッピーエンドやって言わせてや 2  
〜オプティミストは奇跡を起こす〜

女王試験は終わり、俺はヤングでエグゼクティブなビジネスマンに戻った。

けど、あの装束は…実はよう捨てんかった。

怪しい身なりの行商人いうんが、俺はごっつぅ気にいってしまったんや。自分でこまこましたもん仕入れて、それ口八丁で売りさばいて、その儲けでその星のもん仕入れて、次の星渡ってそれ売って…見聞も広がるし、それぞれの星ではどんなもんが売れ筋か身をもってわかるし、何より純粋に小売が楽しゅうて。もちろん、俺にはウォン財閥総帥としての本業があるから、本業の合間、つまり、休日に行商やるようにしてん。

あーもー病膏肓やなぁ、思うたけど、週末の行商やりたさに、俺、仕事の効率めっちゃ良くなったんや。社長業でたまったストレスを、週末の露店でぱーっと発散する、そんな感じやった。

けど、このナリしてても、もう、2度と聖地と関わったり守護聖さまとお会いする機会はないやろなー、思うてる時やった。

とある星の街中でけったいなかっこしたコレットを見かけた時は「…他人の空似にしても、似てはるなぁ…」思うてんけど、黙っとった。まさか、当の本人やなんて思いもよらんかったんやもん。だって、誰が想像つく?隣の宇宙の女王様になったはずのお人が、こっちの宇宙の、しかも田舎惑星の往来をひょこひょこ歩いとるなんて。

けど、それは間違いのうコレット…栗色の髪のアンジェリーク・コレットで、なんで新宇宙の女王様がこんなとこおるん?と疑問に思った俺はー当然やろ?ー更に驚天動地の事実を聞かされた。

聖地が異世界からの侵略者に占拠されて、女王陛下は宮殿に、守護聖さま方は陛下を人質に取られたって無抵抗で捕まって色々な星にばらばらに幽閉されとる…って、シモジモの者が何も知らんうちに、宇宙は大変なことになりつつあって、この非常事態をなんとかせにゃーとロザリアさまに頼まれて、コレットは信用のおける協力者を集めて、まずは守護聖様の救出、次いで陛下を救出しようしてるって…えらいこっちゃ!

俺もすぐさま協力を申しでた。実は色々思い当たるところもあったからや。最近、辺境の惑星とは物流がよう回らんようになっとったり、担当の者の応答が要領得なかったり…末端の惑星からひっそり静かに侵略者に占拠されてるんやったら説明つく事態が色々思い当たってん。それにウォン財閥の後ろ盾があれば…人心の動揺考えたら女王陛下の一大事なんて絶対秘密やから、この一行はお忍びにならざるえんからな…星星回るコレットたちに色々便宜はかれるよってな。

で、俺たちは、まず順番に守護聖様お助けした後、陛下お助けしよう思うたら、塔が変な力で封印されとってどうにも開かへん。で、仕方なく封印の鍵を求めてまたも宇宙をあっちこっち飛び回って…漸く鍵が手に入ったかと思ったら、今度はコレットのロッドが壊れた、直さにゃいかんとかで、とにかく、陛下を早う助けに行きたいのに、悪い時には悪いことが重なって中々行けないんや。陛下は、悪者と戦えるように言うて、無理矢理仲間に加わった俺みたいな一般人にも不思議な力を分け与えてくださったんやけど、その時、力を与える毎に陛下のお声がどんどんか細くなられていくのが、俺は気が気じゃなかった。陛下は、自分を助けてくれなんて一言もおっしゃらず、終始この宇宙をあるべき状態に戻し、精神を操られてる人間たちを一刻も早く解放してあげてくれと…守護聖様が無抵抗で捕まっていたのも、明らかに操られているこの宇宙の住人たちを傷つけることができなかったからだと、後で聞いた…ご自分は幽閉されて消耗してる御身で、みんなの心配ばっかなさって…でも、これで、心配するないうほうが無理やろ!

俺でさえ、この思うに任せん展開にいらつきそうになるんや…したら、守護聖様、わけてもオスカー様はどんなに気が気でないやら…気が急いてらっしゃるやら…

俺はオスカー様の様子が気がかりでならなかった。けど、見てると普段の態度は、いつも通りのオスカー様で、いや、むしろいつも以上に強気に明るくコレットを励ましたり、安心させたりしようとなさってるんや。

しかも、この、コレットと守護聖様ご一行ときたら、行く先々で困った人みると、すぐお節介やくねん。その気持は立派や思うけど、今は陛下の救出最優先しなくてええんかいな…そう疑問に思った俺は、それとなく、オスカー様にその旨お尋ねしてみたんや。その残酷さも、俺、よう、わからんと…。

オスカー様は俺の言葉に一瞬、とてつもなく苦しそうなお顔をなさった。

「ああ、俺も…一刻も早く…陛下をお救いに行きたい。陛下を幽閉の身に落としてしまったのは完璧に俺たち守護聖の判断ミス、見通しの甘さ故だから…」

「なら、そう他の守護聖様方に…他の事には目を瞑って、陛下の救出に駆けつける方がいいんちゃいますか?って、オスカー様からいいにくければ、俺からでも…」

「いや…俺たち陛下の守護聖は…習い性としてこう考える。陛下ならこんな時どうする?陛下なら、どうされるのを喜ぶ?そして、俺の考える陛下は…自らが一日も早く助かることと、目の前で困っている民をそのままにしておくこと、どちらを選ぶか…といえば自明なんだ…いや、意識としては選びもしないだろう。何も考えずにまずは身体を動かし、手を差し伸べてしまう、宇宙の女王陛下おん自らがだぜ?それが…俺たちの女王陛下なんだ…」

なんか、わかる気がした。一介の商人にあんな優しいお心遣いしてくらはるお人柄やもん…

「そしてな、陛下を1分1秒でも早くお助けするために、色々な星星の民たちの困窮をそのままに捨て置き、陛下の元に疾く馳せ参じました…なんて知ったら陛下は喜ばれない、むしろ、哀しまれるだろう。陛下と俺たち守護聖はこの宇宙の、そして民たちの幸せのために存在する。なのに自らで自らの存在意義を裏切るような真似はできない…いや、その存在意義を意識せずとも体現してしまうのが陛下なんだ。だから、俺たちは…どんなに焦燥に身を焦がそうとと、陛下の前に出ることが恥ずかしくなるような真似はしない、できない。そして、陛下ならこうされたはず、こうした方が喜ばれるはず…という行いを重ねるんだ」

「…なんもわからんと、余計なことを申して、申し訳ありませんでした、オスカー様…」

オスカー様は俺の無礼を咎めもせず、それどころか、ふっ…と親し気に笑った。

「いや…おまえの心遣い、むしろ、俺には嬉しかった。陛下の身を案じてくれたこと、礼を言う…」

俺はその笑顔に調子づいて、勢いこんで言った。

「大丈夫ですよ、陛下は!絶対、ご無事です!なんせ、ウチんとこでも選びに選んだ超逸品の極上翡翠を身につけておいでですから!翡翠が陛下の御身をきっと守ってくれはりますから!なんかの時には身代わり石になってくれますよって!」

オスカー様は、びっくりしたように目を見開かれ、先刻よりもっと柔らかな笑みを見せた。

「ああ、そうだな…おまえに、護符として最高の石を選んでもらってあったな…」

が、そう言うや、オスカー様は、いきなり、宿屋の壁を力任せにこぶしで殴った。

「今は…そんなものにでもすがらねば…無理にでも信じ込まねば…どうにかなりそうだ…俺は…」

「………」

「いつも…彼女…いや陛下は…自分のことは2の次で、だから俺は、気休めでも、迷信でもいい、少しでも御身大事にするように…護符が彼女を守ってくれるようにと、だから指環も翡翠にして………」

オスカー様は、大きく大きく深呼吸して頭を振られた。

「すまん、みっともないところを見せた…悪いが…」

「は?なんでっか?俺…最近…耳遠いようになってもうて…」

我ながら下手やなぁ…でも、もう、俺、オスカー様のお気持思うと、上手いこと、よう言えんかった。

「そうか…なら、いい…」

オスカー様は俺に背を向けて、窓の外を眺めはった。

俺は黙礼して、そのままその場を立ちさった。

触れてはいけないことやった。誰より焦慮に駆られながら、思うに任せない成り行きに魂から血を流し続けながら、それでも笑顔でコレットを励まし力づけているオスカー様やったのに…俺は…なんちゅー無神経な真似したんやろ…俺は自分で自分を殴りとうなった。しばらくオスカー様の顔よう見られへんかった。

守護聖としても、多分、男としても、1番大事な人が大変な時に傍におれんねん、守ってあげられへんねん。ましてや助けとうても、今はその手段から探してる始末なんやもん、陛下の御身が心配で心配で、でも、すぐ助けにいけない自分がもどかしゅうてくやしゅうて、だから、護符にすら頼りたい気分で…それは俺も一緒やったけど…

そして…漸く陛下をお助けできた時…オスカー様は真っ先に陛下の許に駆け寄られた…俺は、オスカー様のお言葉の意味が、もう、身をもってわかった。

全ての力を使い果たして昏倒してしまわれた陛下やのに、今も衰弱して、うなされてるのに、口にする言葉は、この宇宙を救ってくれ、民を救ってくれ、そればっかりやってん。

守護聖様方は…その陛下のお優しさに感激してはったみたいやけど…単なる『部下』ならそやろな、なんて立派な女王様かと、こんな方にお仕えできて幸せや、と感動するやろな、でも…オスカー様は感激一辺倒やなくて、なんや苦しそうに見えたのは、俺の気のせいやろか…

だってなぁ、俺だったら、そのお心は立派なものやいうことはわかっても、男としたら辛いもん。幽閉されて、力、吸収されて、それでもコレットや補佐官殿と一緒に戦って…力使い果たして倒れても、なお、案じるのは宇宙のことばっかしって…こんな女性が俺の彼女だったら…後生やから、こんな無茶せんと、少しは自分のことも大事にしたってやー、こんなに心配かけんといてや、俺の心臓もたへんから、あんたのこと心配で心配で俺の心臓つぶれてまうから…って、俺だったら、もう、恥も外聞もなく、彼女に泣きついてまうわ。男ってのはなぁ、結構へたれやもん。自分が辛いのは我慢できても、好きな子がしんどい処見るんは、辛うてたまらん生き物やもん…で、見てて辛いの嫌やから、俺だったら「無茶せぇへんといて」って頼んでまう。

けど…オスカー様はこんなみっともない真似、よう、せぇへんのやろなぁ…。なにせ『女王の騎士、剣にして盾』やから、黙って陛下をお守りするんやろなぁ…。

ただ、これだけ陛下を追い込んだ敵への憎しみは募る一方やったと思う。

俺は…敵の親玉に関しては、何も言うことはない。

あいつにも、事情があったらしいことは、後で聞いた。

けどな、あいつは根本的に間違ってた思うとる。大切な人を喪って、自分、不幸のどん底や、だからといって、無辜の他人を利用して搾取して傷つけていいなんて理由にはならへん。自分が大切なもん奪われて辛い思いしたからって、他所様の大事なもの奪ったり、傷つけたりしていいなんて思ったら大間違いや。それをやってもうた時から、あいつの負けは決まってたんやないかと思う。ビジネスでもそうや。目的は手段を正当化はせん。

コレットが仲間と信じてたヤツが、最後の最後にそれわかって逝ったんならええんやけどな。

そして、全てのカタがつき、宇宙は何事もなかったかのように平穏に戻り、俺も、これで聖地と関わることも、いくらなんでも、もうこれ以上はないやろ、と思って、自分の星に帰った。

けど、俺と聖地の関わりはこれに留まらず、この後に起きた事件で、更に陛下の本質と…それゆえのオスカー様のご心痛を俺は目の当たりにすることになる。

 

その妙な浮遊大陸…陛下はアルカディアちゅー名前をつけられた…に突然、召還された時…で、何を求められ、何をしなくちゃならんかわかった時、俺、柄にもなく、結構悩んだ、いや、正直、おちこんだ。

召還された面子がコレットの女王試験に関わってる人間だけやいうのは、見ればわかった。けどな、その中で、俺だけ…ぶっちゃけ役立たずやってん。

この宇宙…しかも未来のコレットの宇宙ちゅーのが、なんやケッタイな悪意の塊みたいなのに飲み込まれそういう未曾有の危機に晒されてて、この浮遊大陸に封印されし力を上手いこと解放せんと、この宇宙を救えん…どころか、俺らも次元の狭間に飲み込まれて消滅してまう…って、絶体絶命やん!という状況やということがエルンストはんたちの調べでわかった。

そこで、陛下と守護聖さま方はこの事態の打開策を探った。主任とレイチェルの調査結果から、守護聖様のサクリアをコレットを通してこの大陸に注ぎ込めばいいらしいちゅーのがわかって、教官たちはコレットを鍛えて育成の効率上げられるいうことがわかって…何より、陛下はサクリアで浮遊大陸を内側から支えて、本当なら1ヶ月で消滅するところやったこの地の猶予を4ヶ月以上に延ばしてん。

で、こうしてみるとわかるやろ?召還された人たちは、皆、それぞれ取替えのきかない大切な役割があって、この地と宇宙と、ひいては俺らの宇宙を助けるため、直接できることがあるって。

守護聖様はサクリアを出す、コレットはその力をコンバートしてこの地に注ぐ…ここは新宇宙やからや…その効率を教官が高める、レイチェルとエルンストはんが現況を分析する、メルちゃんは不思議な感覚で禍々しい力を感じ取る、分けても陛下は、この地を維持するという最も大事な大役を担ってらっしゃる…

ところが…俺だけ、できること何もあらへんのや。

俺には、当然、サクリアとかの不思議な力はない、分析能力もない、コレットに教えてやれることもない…俺、商売しか能がないのに、住人達は自分たちでちゃんと市場を作ってる…俺、やることないやん!俺、役立たずやん!なんか…女王試験の関係者いうだけで、十把一絡げで召還されたんかいな、いや…役立たずやけど、のけ者にしたらかわいそういう同情?オマケ?で呼び出されたんかいな…

俺、この地に召還されたことが嫌言うてるんやないんや。皆、すっごい一生懸命、自分にしかできないことで頑張ってはるのに、俺一人何もできない、役立つことがないのが、悔しゅうてもどかしゅうてたまらなかったんや。何のために呼ばれたのかわからん、何もすることない、いうのが、もう、アイデンティティーの危機やってん。

で、俺…この気持って、失礼やけど、この前のオスカー様のお気持と通じるとこ、あるんやないかと思って…目の前の危機がわかってるのに、何もできない、役に立てないもどかしさちゅーヤツや…オスカー様に、ちょっと相談にのってもらってん。

もちろん、この前の事件の時のオスカー様のお気持に触れたりはせん。ただ「俺、一緒に召還されたはいいけど…役立たずみたいで、いたたまれないんですわ…守護聖様や教官たちと違うて、育成の手助けとか何もできへんのが辛うて…」言うてみた。

オスカー様は眉を少しあげられて

「おまえらしくもない…」

と言ったけど、真剣な顔とお声でこう答えてくださった。

「俺は…この召還にはかなり恣意的なものを感じる。だから、おまえにはおまえに期待される役割あってのことだと思う。だが、自分から自分のできることに枠を設けてたら、何もできんぜ。八方塞のような状況でも、自分にできることを探す。行為の意味なんてのは、自分でみつける気がなきゃ、みつからんぜ」

「そうはいうても、俺、商いしか能があらへんのに…」

「おまえの力は現世でこそ発揮されるということもわかるがな…ならば、おまえは、この地を救った後事に期待されてるのかもしれんぞ。ラガを退けてもこの地の住人をこの不安定な次元にそのままにしておくわけにはいかんだろう…となると、恐らく、俺たちの宇宙に難民として受け入れということになる。これだけの数の住人の一時的な住居、雇用の確保等、女王府では…役所仕事では即座に処理できないかもしれん問題も…一私企業なら迅速に対応できるんじゃないか?」

「ああ!なるほど!事後処理とか残務処理だって立派な仕事ですわ、言われてみれば!…ありがとうございます!オスカー様、俺、なんか、やる気出てきたかも!」

「でも、それもこれも…俺たちがこの地を上手く救えたらの話になるがな…が、後事での役割を担うおまえが一緒に召還されているということは、召還者は、俺たちがこの地を救えると信じてるということでもある。つまり、先の見通しは明るい…俺は、そう、思うことにするさ」

「そう…そうでんな、できることも、その意味合いも自分でみつけにゃーあかん!ちゅーことでんな!そういや、ビジネスもそうですわ。仕事は自分で見つけてナンボでしたわ、あーせい、こーせい言われて動くんは、半人前や。オスカー様、ありがとうございます!俺、目ぇ覚めましたわ!」

そして、俺は当座の仕事として…コレットや守護聖様向けに商いを始めることにした。アルカディアの住人のためのマーケットはおったけど、イチイチそこまで買い物に行くのは不便やろし、アルカディアの住人と俺らとでは、必要な物、役に立つものが若干ずれとる。そこで、たくさんの商品の中から欲しいものを探すのは労力の無駄やから、俺が自分の目利きで選んだものをまず仕入れておけば、守護聖様方にも無駄がない。それでなくともストレスの多い環境なんやから…せめて、心を和ませるグッズとか守護聖様のお好みのもの揃えて、少しでも気ぃ休めてもらいたい思うてん。

おかげで、守護聖様に俺の店、贔屓にしてもらえた。もっとも、俺、仕事中にここに召還されたったから、今度は商人の風体やなくて、スーツ姿で商いせにゃならんかったけど。

そして、ここでも、オスカー様は、足しげく俺の店に顔を出してくれた。やっぱりお買い上げになるのは、アルカディアでしか取れない花やら、その花から取った蜂蜜とかハーブティーとか、この地の菓子とか…素朴すぎて子供のおやつみたいなもんなのやけど、妙に気にいってくださったらしい、誰とは言わんが…。とにかく女性受けするもんを、よく買うてくれた。

俺、そんなことで少しでも役に立てたら、思うて…陛下のお好きそうなもの、色々仕入れていたからな。

で、ある日、オスカー様がまた買いものにきてくれはって

「おまえも、おまえにしかできないことを見つけたみたいじゃないか」

って声をかけてくださったんで、俺、前にへたれた事言うた気恥ずかしさから、つい、軽口叩いてしもうてん。

「いや、あん時はえろうすんません。オスカー様はサクリアがあって、育成ちゅー手ごたえのあることができるし、この地になくてはならないお人やけど、俺、ここでできることないやん、役立たずやんって、ちょっと僻み根性入ってしもうてまして…」

すると、オスカー様は…何故か哀しそうな瞳で微笑まれた。

「ああ、俺にできることはそれだけだからな。例えば…封印を解くためこの地を育てる力は俺にはない、時間の猶予を引き伸ばすためにこの地を内側から支える力もだ…どんなに力になりたい、俺が替わってやりたいと思っても、できないことがある。だが、ないもの強請りをしたって何も始まらん。だから、俺は自分のできることを精一杯やる。育成に力を注ぎ…コレットや…懸命にこの地を支える陛下の心を少しでも慰め、励ましたい…そう思ってる」

「オスカー様…」

あほ!どあほ!俺、底なしの阿呆や!

なんで、このオスカー様の心痛に気が回らなかったんや!

何のためにオスカー様が足しげく俺んとこ来てくださってるか、わかりきったことやのに!

オスカー様が選ぶんは、いっつも、もらった人の気持がほんわかあったかくなるような、気持の和むようなものばっかりやってん。派手なアクセサリーよりかわいい花、香水より優しい香りのポプリ、お茶や菓子、どんな顔して、宮殿までお持ちしたんやろ…思うようなぬいぐるみを抱えて帰りはったこともある。全て…陛下のお気持を少しでも慰めよう、思うてやろ…

逆に言えば…どんなに見てるのが辛うても、しんどくても、陛下のなさってる役目をオスカー様は肩代わりできんからや…替わってあげたいのに、替わってあげられへんから…慰め、力づけることしかできんからや…

確かにオスカー様のサクリアはこの地に封印されてるものを解放する力をお持ちや、でも、オスカー様のサクリアをアルカディアに直に流し込むことはできん。力の性質が違うから弾かれてまうらしい。で、コンバーターとなるコレットを通す必要があるんやけど、彼女の器の方に限界があって、オスカー様が無制限にサクリアを注ぎ込むこともでけへん。オスカー様としては、自分の限界までサクリアを放出してでも一日も早くこの地を救い、ひいては陛下を現在の状況から救い出したいやろうけど……それが思うに任せんのや。

だって、この間、陛下はご自分のサクリアを毎日目一杯放出されて、この地を守るバリアを維持してはったんやから。来る日も来る日も、わが身を削って、この地を支えてはったんやから。

だから…直接役にたたんことはわかっていても、オスカー様は、陛下のお気持が楽になるような物をお持ちして、お気持をお慰めしてはったんやろ。

例えば…子供が病気でしんどくても、医者じゃない親には病気そのものを治すことはできん、けど、手ぇ握ってやったり、背中さすってやったりするやろ?せずにおれんやろ?…それで病気が治るわけやない、そんなことわかってても、でも、少しでも楽になってほしゅうて、安心してほしゅうて、力づけたり、元気付けたりしてあげたくて、背中さすってやったりするやろ。何かやらずにいられへんから。それ、無駄とは言わへん。子供だって直接楽になるわけやなくても、何か絶対得るもんある思う、俺は。

でも、それって、直接してやれることはない、替わってやりとうても替わってやれへんちゅう、無力さの裏返しであることも事実やもしれん…。

そんなお客さんの気持もわからんと、一流のアキンドってもう、おこがましゅうて、俺、よう、名乗れんわ!

俺、それこそ、直に役には立てへんけど、飴玉舐めてたらその間は気持、ほっこりするやん、そんな手助けでもしないよりマシ、できたらラッキー思うてここで商いに励んでだっちゅーに…ダメダメやん。

「重ね重ねすんません…俺、オスカー様のお気持もよう…」

「何がだ?おまえは何も謝らなくちゃならんようなことは言ってないだろう?」

俺の謝罪はオスカー様に無理矢理のように遮られた。聞きたくない…いうより、何も言わんでええ、言う意味やと俺は感じた。

「おまえは、おまえのできることをする、俺は俺のできることをする、守護聖として陛下を支えお守りしている…そう言っただけだぜ、俺は」

ああ、そうや…言葉の上っ面だけ捕らえれば、確かにそうやった。オスカー様は守護聖様として、なんて立派なお心がけか、それがわかる言葉しか口には出しとらんかった。

でも、俺には感じられてもうたんや。オスカー様のもどかしさが。

そして、その後、陛下に直に品物をお届けにあがる機会があって…久方ぶりに仮宮にあがらせてもらって…俺、泣きそうになってもうた。オスカー様の心痛を痛感してもうた。

一見して、陛下、お痩せになったみたいやった…顔色も色白通り越して、血の色が薄うなってる感じやった。初めてお会いした時は、桃饅頭みたいにふっくらほっこりしてはったのに…。お人形みたいにかわいらしいのは同じやのに…なんか、キラキラした力が弱弱しい感じがするんや。

なのに、陛下は疲れた顔一つみせずに微笑まれて、単なるアキンドの俺を仮宮の客間に通してくれて、お茶出してくれて…ほんのり甘いハニーティーやった。お茶受けも…この香りはハニークッキーやな、多分。オスカー様が俺んとこから、陛下にお持ちした蜂蜜や、これ…

「陛下、このお茶、ハニーティーでっか?ほんのり甘くておいしいですなぁ。クッキーも香り良くて…」

「ほんと?嬉しいわ。アルカディアの蜂蜜なのよ、すごく香りが良くて、私、大好きなの。私が蜂蜜好きだからって、くださった方がいて…蜂蜜って元気が出るし、蜂蜜を一杯食べてくまの子みたいに太ったら、もっとかわいいぞ、なんてからかわれちゃって…うふふ…だから、なるべくお茶やミルクにいれて取るようにしてるのよ。そのままでは、いくら好きでもそんなにたくさんは食べられないから」

すごく嬉しそうに照れくさそうに、陛下は満面の笑みで俺に言った。

でも、俺、オスカー様のお気持思ったら、また泣けてきそうになってん。だって、間近に見る程に、陛下、確かにお痩せになってん。元々華奢やのに…オスカー様、どんなお気持で、蜂蜜お持ちしたんやろ、少しでも陛下に滋養つけてほしゅうて、太ってくれいうのも多分冗談でもからかったんでものうて…

でも、多分、陛下も、オスカー様のお気持わかってはる。からかわれたなんておっしゃってるけど、すごく嬉しそうやもん、オスカー様が陛下の身を気遣うてらっしゃるのわかってはるんや…。

「いや、マジ、女性は少しふっくらしてた方がかわいらしゅう思いますよ、俺も」

「そう?じゃ、お茶にいれる蜂蜜をもっと増やしても大丈夫かしら?」

「ええ、そらもう!陛下に甘い蜂蜜ってイメージもぴったりやし」

「くまの子みたいで?ふふ…」

「くまの子、かわいいですやん!ぬいぐるみでも、いつの時代も1番人気や!」

陛下のお部屋には、きっとかわいいぬいぐるみがご主人を待ってるはずやしな。

「それに…甘いものは疲れた時にも良い言いますし…陛下は掛け替えのないお方なんやから、こういう状況じゃ難しいかもしれんけど、あんまり無茶や無理せんと、お体、大事になさってほしいんですわ…」

オスカー様が多分、いやってほど言うてるやろうけど、豆鉄砲でも援護射撃は援護射撃や…思うて、俺は差し出がましいと思いつつ、お節介なことを言うた。

すると、陛下はきょとんとした顔でこう言った。

「無理とか無茶なんてしてないつもりなんだけど…」

「え?いや、でも、ほら、この地守るため、毎日一生懸命バリア支えてくださってるやないですか…」

だって、こんなにやせてもうて…笑ってはるけど顔色も決して良うないのに、無理してないってどういうこっちゃ?

「ん…でも、それは無理とか無茶じゃないのよ、しなくちゃいけないこと、私にしかできないことだから、してるだけ。守護聖の皆もそう、アンジェリークもそう、レイチェルもエルンストも…チャーリーさんだってそうでしょ?私一人で何でもできるわけじゃないわ。皆が、それぞれに自分のできることを一生懸命に取り組んでくれたら…きっと、この世界は救われるし、私たちも帰れると思うの、だから、私も私のするべきことをしてるだけ。無理も無茶もしてないから、大丈夫よ?あ、でも、心配してくださってありがとう」

「いえ、そんな滅相もない、陛下にそないに言ってもらえたら、もったいないですわ」

逆に労われてどうするんじゃ、俺、あーしょうもな!

でも、俺、わかってもうた。陛下は強がりでも、意地張ってるのでもなく、本心から無理や無茶してる自覚ないんや。当たり前のことを当たり前にしてるだけって言うのは…虚心で、すごく立派なことやけど…けどな…

「でも、商人さんにも心配かけちゃうってことは、やっぱり、私、頼りないのかな…私、大丈夫よって言ってるんだけど過保護なくらい優しく大事にしてくれるの…それも心配かけてるからよね……あ!ロザリア、ロザリアによ!?」

「…いえ、陛下が頼りないんじゃのうて…陛下みたいな立派な女王様、おらしませんもん、純粋に大切なお方やからどうしても心配してまうんですよ。何より大事な大切な人や思うから、過保護にもなるんです。掛け替えのないお人や思うから…やと思いますよ」

「そうかな…私、大切な…掛け替えのない存在なのかな…だったら…嬉しい…」

頬染めて…しみじみかみ締めるように、こんなこと言わはって…かー!むっちゃむちゃかわいいやん!健気やん!慈愛に溢れた女王様でありながら、自然体にかわいい女の子でもあって、陛下ってほんと不思議なお方や…。

でも、女王様やから…自分にしか出来ないことやからって、大変なことも自然体でさらっとなさってしまうお方で、それを苦労とも無茶とも無理とも思わん方やから…

俺は、最初、あさはかにも陛下は苦労を知らないお方なんや思うてた、けど、そうやない、苦労を苦労と思わないだけで、実際にはもう常人には想像できん程の責務背負ってらして、でも、幾重にも広がる慈愛の翼はその豊かさゆえに、かかる重さを重さとして自覚してないんやとしたら…

これは…辛い、しんどい、きつい…陛下を「女性」として好きな男にはな…。

前も思ったけど、これが単なる「部下」の立場なら話は別や。まさに宇宙の女王そのものというか、女王の精神を何の気負いもなく体現なさってるこの陛下に心酔するばかりやろう、こんな女王様にお仕えするのは、幸せ以外の何ものでもあらへん思う。

でも、男としたらどうや…

この華奢な身体で、何の自覚も意識もなく、宇宙を守るため、自分の力、全て出し切ってしまうねん。気負わず自然体に、全力尽くしてまうねん。痩せてまうほど力使うてるのに、でも、その自覚ないねん。自分にとっては当たり前のことやから。自分にしかできんことやから。で、無茶や無理してる自覚がないから、周りは止めとうても止められへん。無茶してない思うてる人間に無茶や無理すな、言うてもそりゃ「?」やろうし、大丈夫って返されちゃうだけやとしたら…

これは辛い。

目の前で、好きな女が無理して痩せていってる、顔色も悪い、なのに『もそっと力抜いてもええんやない?』言うても聞いてもらえへんねん、意地張ってるとか、聞き分けないんじゃのうて、本当に自覚ないから…無茶を止められへんねん。

ていうか、それが「女王陛下」の本質やとしたら、いくら言うても無駄かもしれん。陛下が他人のことを自分のこと以上に案じてしまうのは、譬えは悪いけど、本能みたいなもんやのかもしれん…だから周りは止めたくても止められん、下手に止めようとしたら陛下はかえって具合悪くなってまうのかもしれん。

しかも、下手に心配しすぎると、多分、陛下は「心配かけてごめんなさい」と気にしてまうんやろ…その辺、めちゃ普通の素直な優しい女の子の感性そのままお持ちやから。だから…きっと、オスカー様は冗談めかして言うしかないんや…『もっと太った方がかわいいぞ』とか…。

俺、ここでも自分がいかにあさはかやったか、気付いてん。

オスカー様は「みっともないから」陛下に無茶せんといて、と言えへんのやない。陛下にとっては、宇宙を守ろうとする思いはあまりに自然なことで、そのために全力尽くしてまうのも自然なことで、意識して力八掛けとかにしとうてもでけへんから、よう言わへんのとちゃうか。下手に止めようとしたら、陛下は心配してくれた人に逆に気ぃつこうて、気にしてまうのかもしれんし。

しかも…替わってやれるなら替わってやりとうても、陛下がお持ちの力は唯一無二だから…それもできん。今なんて陛下の力がなかったら、俺らいきなり虚無に吸い込まれて何ものうなってしまうねん。実際、現況では陛下に頼らざるをえんのや。申し訳ないのは承知で、陛下に負担かけな、俺たち生きてることもでけへん状況やねん。

これは…このもどかしさは男としたら相当きつい状況や思う。この前、陛下が幽閉されたった時も、オスカー様の無力感は、相当なもんやった思うけど…目の前にいて、すぐ傍にいても補助的に支えるのが精一杯ちゅーのも、相当もどかしいしやりきれん…陛下のこと、心配でたまらん思う。消耗していく姿、目の当たりにしてても、してやれることは気休めみたいなことしかないんやもん…。

それでな、俺思うてん。

女王様を恋人にしていいのか、あかんのかもようわからんかったけど…少なくとも男の方は…女王陛下を恋人にするには、男の方によっぽどの覚悟と自覚と精神の強靭さが必要なんやないかって。主筋に当たる女性を娶って気後れせんかとか、禁忌破る覚悟あるかいう単純な意味やのうて。もどかしさに耐えることも含めて、この健気な女性を更に大きく包んで支えていける精神力の強さがないと、女王陛下の恋人は務まらんのちゃうか。で、大抵の男には、それだけの精神力なくて、疲れ果ててしもうたり、神経もたなかったりで、元々無理やから敢えて禁止する必要もなくて、良いも悪いも成文化されてないん…ちゃうやろか。

陛下の慈愛の心にぬくぬくのうのう守られて当然いうヒモみたいな男は、もとより恋人の資格なんざあらへんけど、真っ当な男なら…愛する女を力の限り支え守りたい思う男なら、こんな、自然体で無茶してまう女性を見守り続け、しかも、守るいうても、今見たく補助的に支えることしかできん時は、まさに隔靴痛痒いうか…もどかしいことや、心配なこと、そらもうてんこもりや思うもん。俺だったら…やっぱ、神経もたへん思う。

それでも、オスカー様はきっと、何でもないことみたいに微笑まれて、陛下のことさりげなくお守りするんやろうなぁ。陛下には気を遣わせないよう、冗談めかした口調や態度で、でも、いつでも全力で陛下のこと支えていかれるんやろうなぁ、これからも。だって…陛下は、それだけの価値ある女性やもん。これだけ頑張ってらしてる陛下を、オスカー様みたいなええ男が支えなくて誰が支えるんや、とも思うしな。

実際、この時の陛下は立っているのが不思議とエルンストはんに言わしめる程、消耗なさってたらしい、それでも、微笑まれて、手抜きなんて考えもせず、力、尽くしてまうお人なんやもん、自分だって立っているのがやっとの状況で、ラガにとりつかれたレイチェル心配してまうお人なんやもん。

そして、この陛下のご尽力とコレットの育成のおかげでエルダ…聖獣の覚醒は間に合い、ラガは滅せられ、俺たちは元の世界に戻れた。戻ってみたら、こっちの世界では時間が全然経ってのうて…やっぱ、聖地を巡る力は俺には理解の範疇超えとるわ…でも、故郷を失ったアルカディアの住人の落ち着き先決めるいう雑事が、これは決して夢やない証拠となった。

そして…俺が聖地と関わるのは、いくらなんでも、これが最後やろう思うた。異世界からの侵略者やら、未来の兄弟宇宙からの救援要請やら…1代の女王陛下の治世としては、もう充分過ぎるほど波乱万丈、艱難辛苦舐め通しやもん、もう、ここらへんでええやろ、陛下と…オスカー様のことは…お二人のことは、もう、そっとしておいてやってや…俺は柄にもなく、主星の方眺めて祈ってもうた。

 

しかし…こう来るとは思わんかった。

確かに、陛下の宇宙はあの後安泰やった。

けど、俺と聖地との関わりはこれでも終わらんかった。

最後の最後に「嘘やろ?」いう、オチがあってん。

聖獣の宇宙から元気なエトワール言う使者が訪ねてきて、けったいなウサギが宙浮かんで言葉しゃべった時も、腰抜けるかと思ったのに、よりによって俺が、新宇宙の守護聖、しかも、炎の守護聖やて!

冗談にしか思えへんやろ。

けど、ここまで色々経験した後だと、あーもー何でもありやなぁ、いうか、何があってもおかしゅうないなぁ、いう気分になったことも事実や。俺がアルカディアに召還されたのも、一応、オマケやなかったいう証拠やろか、なんてことまで考えてもうた。

けどな、俺…めっちゃ、あわくってん。

自分が守護聖様ちゅー大それたもんになるんかいうのも驚きやったけど…俺、オスカー様ほどきっぱりと強く潔く美しく生きていく覚悟があるかどうか…正直、自信なかってん。オスカー様の生き方見てきたからこそ、俺には、到底あんな凛々しい生き方できると思えへんかった。

そして…エトワールに悩めるだけ悩め言われて、守護聖になるいう意味に、俺はこの時、初めて、真剣に向き合うた。やっぱ、今までは、守護聖様のご苦労とか間近で見てても、どうしたって他人事っていうか…俺とは世界の違う人の話としか思ってなかったんやろな…。

俺も、聖地や守護聖様との付き合いはそれなりに長いから知っとるけど、一度守護聖と指名されたら、それは多分拒否権なしや。ゼフェル様は強引な召還が祟ってずっと反抗してたらしいし、あのオリヴィエ様も聖地行きを嫌がってたのに、結局、最後は説得されて折れたらしいいうのも聞いとった。つまり…辞退は不可能、今の俺みたく考える時間与えてもらえるだけでも、恵まれてる方なんやろ。

でも…なんか、ふんぎりつかへんのや。

だって考えれば考えるほど、俺は、ウォンの家いうルーツがあってこその人間や思えてならんかった。ウォンという土台があって、そこから枝葉伸ばして生きてきたのに、その根っこの部分、すぱっと切られて、自分一人で想像もつかんような長い時間、生きていかねばあかんねん。この後、ウォンの家が、どないなっても…倒産しても、敵対的買収かけられても、ウォン財閥がどんな変な方向に走っても…例えば、俺は実業家やからいう誇りで絶対せんかった会社転がしみたいな虚業ばかりに耽る会社になろうとも、軍需産業に手ぇ出して、子孫が死の商人になっても…ただ見てるしかでけへん。いや、会社の行く末だけやない。ウォンの家では、俺の落ち着き先決めるのも親族会議が必要なんやけど、俺より年上のこの親族一同どころか、妹弟や、その子の死んでいく処、ずっと目の当たりにせんといかんのやろな、でも、葬式行くことも…できなくなるんやな…そんなこと考えたら、もう、俺のキャパ、一杯一杯になってもうて、ほんと、どうしたらええか、わからんようになってもうた。

そして、俺の知ってる守護聖様の顔、思い浮かべてん。

こんなしんどいもの背負って、なんで、皆さん笑ってられるんやろ。わけても、オスカー様なんて、ご自分の人生だけやない、陛下のこと、自分以上に大切になさって…なんで、そないに立派に雄雄しく生きていけるんやろ、あかん…やっぱ、考えれば考えるほど、俺には無理や…真似でけへん…

で、時間与えられたのいいことに、ぐずぐず悩んでおったから、そろそろ駄目押しで聖地から誰か来るかなー、ジュリアス様あたりが俺のこと一喝に来るかなー…思うてたら、いけずやなぁ、このエトワールいう人、よりによってオスカー様、俺のところに連れてきてん…いや、炎の守護聖繋がりってだけかもしれんけど、今の俺には意識の差ぁ見せ付けられるだけやんか!

したら、オスカー様、いきなり「さっさと守護聖になってしまえ」なんて乱暴なこと言いますねん。

いや、俺も、わかってます。結論先延ばししたって辞退も遁走もでけへんのは…わかってますけどなぁ…。だから俺、へたれやけど、本心言うてん。俺って、結局帰る家あって、家族やら会社の仲間いるいう安心感あったから、好き放題やってられたんやと。俺、犬好きやからわかるけど、犬も外行くの大好きやけど、それ、帰る家あってこそやもん。たまーに自分ちから脱走する犬とかおるけど、それって決して仲間とか家族から切り離されたい訳やないねん。帰る家ある思うから、安心して脱走するねん、俺みたいに…。

したら、オスカー様、更に乱暴いうてん。

「問題ない、おまえは立派なのら犬体質だ」

って…なんかオスカー様らしくないわ、その大雑把で乱暴な断言ぶり。大体、俺がノラ犬だったら、なんで、俺、守護聖としてやってけるってことになりますのん?スリリングな未来を望むタチいうのは…あたってるかもしれんけど。

だって、野良だろうがなんだろうが「犬」やねんで?

飼い犬より野良犬の方が、なんとなくかっこよく聞こえるのかもしれんけど、犬に変わりはないやん。で、犬って群れで生きるのが自然な生き物やん。1匹狼なんていうけど、アレも言葉のあやいうか、嘘やもん。イヌ科の生き物は単独じゃよう生きられへん、皆、すっごく群れの仲間とか家族大切にするし、それが幸せやのに。俺、自分が社長いうボス犬やなくなるから、聖地行くの嫌言うてるんやないで?女王様つーボスをいただくのが嫌なんやないで?野良犬だろうと飼い犬だろうと、犬なら、仲間や群れから切り離されたら大丈夫なわけないやん…って思うだけや。なのに、オスカー様ときたら、そんなん何でもないことみたいに軽い口調で言わはって…

…あ、あれ?

俺、この時、漸く思い出してん。

オスカー様は、大変な時ほど、何でもない風な口調で人を励ます方やったやないかと。

そういや、俺だって「深刻な顔したからって気楽になる訳やない、得する訳やない」って、いつも思うてるのにな。だから、大変な時こそ俺は笑う。元気な顔する。深刻な時に深刻な顔するのは、努力も工夫もいらん、むしろ楽に流れることや。けど、大変な時に何でもないように笑えるんは、ごっつう胆力がいる、本当に強い男やないと、できんことや。だから俺…軽いヤツと思われることあっても、何でも笑い飛ばせる男になろ、思うとったのにな。それができる…いや、そうしようと努めてはるオスカー様を尊敬してたのにな。

そんなら…これも、オスカー様風の励まし…なんやろな。

悩んだって、この運命は変えられへん。ならば、自分は、せめて逞しいノラ犬や思うようにして、潔く運命を受け入れろちゅーことなんかなぁ。

考えてみれば…女王様というボスがいて、守護聖の仲間はいわば群れの仲間や思えば、俺も完璧1人で生きてく訳やないな…守護聖は究極の公僕や思えば、サービス業を生業とする俺の職業観にも合致しとるかもしれん。

そやな、守護聖なるいうんは、人生の寄り道かもしれん。これがゴールやないもんな、見聞と経験積む事は無駄やないやろし、商売は退任後だってできる、家族は…また作ればいいんやな、きっと…。

けどな、オスカー様が駄目押しみたいに言った

「後になってみれば、何もかも楽しい思い出だぜ、今はせいぜい悩んでおくといい…」

って聞いた時、俺「え?」思うた。ちょっと聞き捨てならん思うた。それ、どういう意味やねん…と気にかかった。

オスカー様、それどういう意味ですのん?苦労も懊悩も過ぎてしまえば楽しい思い出…って、ご自分の経験に基づくお言葉だとしたら…陛下の困難やご苦労を目の当たりにしてきて、直でお助けできないもどかしさに苦悩してらしたことも、それすらも今は良い思い出って、もう、言い切れますのん?そんな風にすっぱり割り切れるものですのん?ていうか…まさか、まさかとは思うけど…それ、今までのことだけやなくて、これから先のことも…そないに考えてますのん?どんな悩みがあろうとも、その時どれほど苦しかろうと、時が過ぎればいい思い出になるって…いや、なるはずやって…

俺、その時、思い当たることあってん。オスカー様が何故陛下に差し上げる宝飾品は開いたデザインのものばかりやったのかって…。

だから、俺「守護聖就任の際は、お祝いに一杯おごってください」言うことで、オスカー様と会うアポを取った…つもりやった。俺、商人やなくなる前に、オスカー様にどうしても聞きたいことあったから。

 

エトワールのお嬢さんの助けで、俺は親族会議で、無事、ウォンの総帥を解任され…守護聖として聖地に行くことが決まった。もう、気持は決まっておったけど、ケジメとして、行商人アイテムはすぱーっと売り払ってもうた。

そして、俺は守護聖の任を拝命するその前の晩、明日は約束どおり炎の守護聖になってますから、一杯、おごったってくださいとオスカー様に連絡いれた。

あっちの宇宙て、まだようやっと人類発祥したあたりで、当然、店なんてないから、おごってくれるなら、今のうちにこっちの宇宙でないとダメですよって、と俺は付け加えたけど…これ、こじつけや。守護聖のチャーリーになる前に、商人チャーリーとして、どうしてもオスカー様にお尋ねしたいことがあってん。

オスカー様は、快くこっちの星に来てくれた。酒もってな。だから、俺、外行くのやめて、俺の家に案内してん。

「おまえの前途に…」

オスカー様、短い言葉で俺に乾杯してくれた。

「オスカー様、今夜までは、俺、まだ商人や、だから、商人として…最後の御用聞きさせていただきたいんですわ」

「最後の最後まで商売熱心だな…何か、売りたいものでもあるのか?」

「永遠の愛を誓う指環…エタニティリングなんて、どうでっしゃろ?きちんと円環になってる…つまり始まりも終わりもないから永遠の愛の象徴である指環を…俺、まだ注文されてませんから。俺、いなくなってもうたら、お望みどおりの物オーダーできるかどうか、わかりませんから、注文されるなら今のうちです、オスカー様…」

オスカー様は、からん…とグラスの氷を揺らして、遠くの方に視線を投げて、ぽつりと言わはった。

「永遠の愛か…既に誓っているさ…俺の胸の中ではな…」

「じゃ、何故、オスカー様のオーダーなさる宝飾品はいっつも「閉じてない」デザインですのん。もしかして…オスカー様は…なんだかんだ言って縛られたくないというお気持があるからやないですか?」

絶対そうやない、確信はあったけど、俺、オスカー様を挑発しとうて、わざとこないな意地悪言ってみた。

「ふ…そう思われても仕方ないが…俺の意図としては逆だな。俺は、気持の上では彼女に永遠の愛を捧げている…だが、だからといって彼女がそれに縛られる必要はない、俺の想いに義理立てる必要はない…そんなところだったんだがな…」

「なんでですのん、どうして、オスカー様、そんな…だって、陛下だって、オスカー様のこと、めっちゃ好いてらっしゃるのに…見てて、すっごくよくわかりますわ…なのに、なんで、そんな醒めたような、最初から添い遂げるのを諦めたような、哀しいことおっしゃいますのん…」

「おまえも守護聖になったのならわかるだろう?俺たち、今、伴に聖地に住まうものでもサクリアが尽きる時期はまちまちで予想がつかない。そして、聖地を去ってから後、長い一般人としての人生がある…その時、彼女には…俺が捧げた想いに縛られてほしくない」

「なんで…なんで、オスカー様、今から、添い遂げられない決めてはりますのん?そんなの…おかしいやないですか!」

俺、納得いかんかった。

こんなん、オスカー様らしゅうない!あの、どんな困難な時も、不敵に笑って何でもないことみたいにいなして、さらっと乗り越えられるって周囲に信じさせる力のある…あのオスカー様やないやん!

ただ…それだけ、陛下のことはオスカー様の痛点…たった一つの弱点、どうしてもナーバスになってまうことやのかもしれんけど…陛下の幸せは、一点の曇りなきものであって欲しいと純粋に願うと…どうしたって慎重に、安全重視になってまうのかもしれんけど!

「オスカー様のお言葉は優しさの現れや、わかります。実際、陛下が一人で外界に戻られて、その後もオスカー様を思い、義理立て、2度と誰とも恋も結婚もせん、子供も産まんいう人生選んだりしたら不憫や、女としての幸せ全うして欲しい思うてのことやとは思います。でも、それ結局、オスカー様自身が、陛下と家族となって、子供を作って…いうのに夢見てはるからやないんですか!それ、諦めきれんから、逆に…自分が出来ない分、陛下には普通の幸せ掴んで欲しい思うて、そんな水臭いこと考えてはるんやないですか?」

「痛いところを突いてくれる…だが、実際問題、俺が彼女と生涯添い遂げられる可能性は限りなくゼロに等しい。そして、俺自身は…俺の子を産んでもらいたいと思うのは彼女だけだが…だからといって、もし、彼女が子供を欲しいと考えた時、俺のこの勝手な感情に縛られるようなことがあってはいけないんだ。俺が、彼女を愛する処までは俺の自由だろう…が、それが彼女の市井の幸福の妨げとなってはいけない。俺の思いにそんな権利はない。聖地を出た後は…時が過ぎてしまえば、全てはいい思い出だったと…彼女にはそう思ってもらいたい…そうでなくては困る…」

「ご自分はようできへんのにでっか!ご自分が生涯陛下に想いを捧げるおつもりなら、陛下がオスカー様を生涯一夫として貫いたとしても、ダメなんていえへんやないですか!それだって陛下の自由やないですか!オスカー様はご自分こそが、陛下と生涯添い遂げて、子供作って、二人で育てて…いう夢が宝ものみたいに大事やからこそ、陛下には、家族持つ夢、諦めてほしゅうないだけやないですか!」

「ああ、そうだ、それの何が悪い?勝手だろうがなんだろうが、俺は彼女に1人の女性として幸福になってほしい。誰よりも幸福に…」

「だーかーらー!先のわからない、いつかの幸福にばかり気ぃとられて、今、目の前の幸福疎かにしてどないするんですか!つか、オスカー様がそんな気持やったら、本当に別々の退任になってまうで!でも、運命を自分に引き寄せる気概があれば、思い込みでも信条でもいいから、決して離れない、放さないって意思を、目に見える形にしとけば、運命の方が後からついてくるかもしれないやないですか!でも、最初から諦めたったら、そこで終わってまいますわ!ラリエット贈るんもええよ!けど、なら、鎖、固結びにして、2度と解けんよう君を縛ったる、何があろうと決して放さへんからって言ってあげたら、陛下だってきっと安心するんやないですか?!」

「…守れないかもしれない約束なんだぞ…」

「いいや、あれだけの波乱万丈、艱難辛苦を乗り越えてらした陛下の運やパワーは半端やない、つか、最強や。でも、そのパワーもオスカー様の支えあってこそ引き出されてる力や思いますよ、俺は。ならば、陛下とオスカー様が伴に強く望み願うお気持があれば、運命なんて引き寄せられて後からついてきますわ、でも、それには、まず、陛下とオスカー様が一緒にその運命を信じなあきません!半信半疑じゃパワーも半減や。だから、強い信念の象徴、絶対、二人は離れないちゅー意思を付託したシンボルがあれば、同じ未来を目指すお気持も、より、確固たるものになるんちゃいますか!?」

「…くっくっ…参ったな、この俺が、おまえから説教されるとは…」

一息ついてから、オスカー様はぽつんとおっしゃった。

「だが、おかげで目が覚めた…。運命は自分の力で引き寄せるものか…最初から枠をはめてしまったら、それ以上のことができなくなると、俺がおまえに言ったのにな。そういえば、おまえも『ゴールしないうちは、何処にでもいける、何でもできる』とか言っていたな。最初からゴールを自分で決めてしまっていては、そこに落ち着くしかなくなってしまう、確かに…」

「なら…オスカー様…」

「おまえに指環を注文しよう…プラチナ台で…石は…そう、ピンクダイヤがいい。ああ、もちろん、きちんと輪になってるリングをだ」

「そんならダイヤが途切れなくぐるっと環になってるエタニティリングがよろしですわ!で、真ん中に最高の一粒石つけて…陛下…きっと、ものごっつうお喜びになりますわ」

「ああ…待たせてしまった分、最上級のもので頼む」

「まかせたってください!ウォン商会の扱う宝飾品は、どれもこれも極上の超一級品ばかりですから!」

「ああ…そうだな。おまえから買った翡翠のおかげか…陛下は今まで衰弱はされてもご無事だった。俺は…本当に最悪の事態を幾度も幾度も考えてしまっていたから…本当に、感謝してもしきれん」

「いや、それは石のパワーよりも、多分、陛下とオスカー様のお互いを思う気持が…やっぱ、運命を切り開き、引き寄せたんや思います、人の心には…陛下とオスカー様にはそれだけのパワーがある、思いますよ、俺…」

「ふ…そうだな……」

俺、おもむろに立ち上がって、最後の最後のホットラインを宝飾部門の責任者につなげてん。

実は…陛下のイメージでエタニティリング作るなら絶対これや!と目をつけとった最高グレードのダイヤを売らんとずーっと確保してあってん。俺の目利きも大したもんやな、オスカー様のオーダーもどんぴしゃピンクダイヤやった。

そして…このリングが、俺が商人として行った最後の商いになった。

俺、今は、聖獣の宇宙に来て、やることぎょうさんあるから、神鳥の宇宙には、よういかれへん。

でも、宇宙がおちついてきたら…いつか、陛下の指に、あの逸品中の逸品のピンクダイヤが輝いてるとこ、見せてもらいたいなぁ。

きっと、陛下は出会った時とおんなじ、ふっくらほんわかした笑顔で…いや、その十倍増しくらい輝いた笑顔で笑うてるはずや、思うから…。

そして、永遠の愛のシンボルを拠り所に、あのお二方のお心はもっとしっかと結ばれて…だから退任は…お二方のサクリアの衰えは、きっと、ほとんど同時に来る、俺は、そう思うとる。

きっと…いや、絶対な…。


新・炎の守護聖チャーリーを語り部とした実は「オスカー×女王アンジェ」の物語はお楽しみいただけたでしょうか?私自身はとても楽しんでこのお話を書かせていただきました。(ちなみにサブタイトルは、チャーリーのキャラソングからいただいてます)
ゲッター白文鳥さまの「オスアンなんだけどチャーリーを出して欲しい」というリクエストは、私にはとても新鮮な視点でした。女王アンジェ物というだけで当サイトは希少種ですし(笑)ちゃーさんを絡めるとなると、聖地や守護聖を一般人に近い視点から語れるので、これも面白いなぁと。これだからキリ番は楽しいです(プレッシャーもあるけどね)
というわけで、ちゃーさんの目からみたSP2からエトワールまでの聖地での出来事を駆け足で語ってみました。語り手がちゃーさんなので、正直トロワの時のちゃーさんって1人だけ役割らしい役割がなかったこととかに突っ込みをいれつつ、ちゃーさんから見たオスカー様とアンジェの物語…にしたつもりです。
そして、この話で、私なりの「女王と守護聖の恋愛は何が切ないのか」を考察して、ちゃーさんの言葉でそれを語ってもらいました。
守護聖は女王と恋愛関係になってはいけない…なんて、ゲームをしてる限り明確に出てきたのを見た覚えが私はありません。それに女王と守護聖は力関係自体は9対1ではありますが、どちらも欠かせない存在である以上、本質的には対等だと私は思ってますので(つまり厳密には主従とは思ってないわけです)主従の枠を乗り越えるから禁忌…というのも、私自身は何か違う気がしてました。
で、考えましたのが、この話です。守護聖の恋の辛いところは「男」として「好きな女」のどんな重圧も苦労も変わってやれないもどかしさではないかと。間接的にしか女王を支えられない、直接は楽にしてやれない、苦しみを肩代わりしてやることもできない、でも、とにかくできることをしてやらずにはいられない、そんな愛するがゆえのもどかしさ、みたいなものではないかと考えました。
その上、退任時期が違ってしまうのは当然もう一つの辛い点となります
特に、オスカー様みたいな人は、先の先のことまで見越してしまうとは思うんです、そして、真剣かつ誠意あるからこそ、いい加減な約束はできない。「今、君が大切だ」としか言えない。約束は違えたら「嘘」になってしまいますから。
でも、やっぱりネオロマンサーとしては「愛の奇跡」を信じたい。そのための「愛の象徴」を拠り所にすることで、信じる心はより強く、願う心は奇跡を運んできてくれるんじゃないか…という、それこそ私の願いをこめて、このお話を書かせていただきました。
オスカー様は、家族大事&子煩悩というか、血縁地縁から切り離されてしるからこそ肉親の情に憧憬の感情も強いのではないかとも考えましたもので。
ちなみに、エトワールでのオスカーのチャーリー説得時の台詞が、私は、あまりオスカー様らしくないというか、今ひとつ品格に欠ける気がしたのですが、それでも、オスカー様が敢えてああいう台詞を言うのなら…という解釈も加えてみました。
私のオスカー×女王アンジェ観がエッセンスとして出たお話しとなりましたが、楽しんでいいただければ幸いです。そして、白文鳥さま、楽しいリクをありがとうございましたー!

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