策謀の王子

イラスト:青空給仕様
不敵な笑みのエフラム様v

フレリアの王子ヒーニアスから、エフラムとエイリークに書簡が届いた。国の復興に忙しいことと思うが、ターナが会いたがっているので、折りを見て行き来をしたいと言ってきた。

エフラムはぴんと来た。

妹のターナを口実に使っているが、それならターナ一人でルネスに来てもいいはずだ。なのに、兄妹でフレリアに来い、もしくは、二人でこちらに来るということは…これはむしろヒーニアスの思惑と見るべきだろう。そして、ヒーニアスが戦場でなにかとエイリークを気にして、よく見つめていたことを、妹思いの兄はしっかり気付いていた。

「ふ…ん、どうしたものか…」

万が一、妹の方も、いつの間にやら隣国の王子にほだされ、愛を育んでいたりする可能性もないとはいえない。ヒーニアスが義弟になるという考えはいささかぞっとしないが…あのヒーニアスに「義兄上」なんて呼ばれた日には、俺はどんな顔をすればいいんだ…何より、妹を他国にやるのはどうにも気が進まない。が、エイリークがどうしてもと望むのであればやぶさかではない。エフラムにとって妹の幸せは何にもまさる。

そこでエフラムは、とりあえずエイリークにフレリア王子の意向を打診してみることにした。

返答はにべもないものだった。

「お断りしてください。今は…そんな気になれないんです」

エフラムは、そのあまりに迷いのない断りぶりが気にかかった。

「えらくきっぱりしてるな。そんなにヒーニアスが嫌いか?」

「いいえ!そんな、そういう意味では…ヒーニアス王子は素晴らしい方です。ただ…今は、そんな気になれなくて…」

「ふむ…まあ、無闇に気をもたせるよりはいいかもしれん。望みがないなら、早めに諦めさせた方が本人のためにもなるだろう」

「?どういうことです?兄上…」

「俺の見たところ、ヒーニアスはおまえを憎からずおもっている。おまえを后にと考えて、結婚の申し込みをするつもりだったのかもしれんぞ。まあ、愛らしくたおやかなおまえが、ヒーニアスに望まれるのは無理もない。国情がもう少し安定すれば、フレリアに限らず、そのうち、諸国からおまえを嫁にという申し込みが星の数ほどくるだろう」

「…そんなこと…ありません…それに、私は生涯、結婚はしないと思います…」

唐突に、エイリークが穏やかならぬ宣言をし、哀しそうにうつむいてしまった。顔つきが底なしに暗く沈んでいる。

エフラムは仰天して狼狽した。

「なんだって?エイリーク…どうして、そんな哀しそうな顔をする?…それに、結婚に関しては、今から、そう言い切るのはいくらなんでも早すぎないか…まさか修道の誓いを立てて尼にでもなるつもりか…」

「いえ、そんな…ただ、私は、誰とも結婚はしないと思うんです…それだけです」

いうと、エイリークは『はぁ…』と物思わし気なため息をついた。

何でエイリークはこんなに沈んでいるんだ?俺は今、何か悪いことを言っただろうか?いや、そのうち、おまえにたくさん求婚者がでるぞ、と言っただけだ…なのに、エイリークは間髪いれずに、俺の言を否定し、かつ、結婚はしないと言い切り、これほど沈み込むということは…と、ここまで考えて、エフラムは「あっ!」とあることに思い至った。

「!!…おまえ、もしや、好きな男がいたのか?なのに……まさか…まさか、振られたのか?!」

「!!!」

エフラムの直裁にすぎる物言いに、エイリークは恐ろしい程傷ついた顔をし、更に哀しげに沈み込んでしまった。そのためエフラムは、半信半疑だった自分の言を確信してしまった。

「そうなんだな?だから結婚しないなどと…しかし、信じられん!どこのどいつだ!俺の妹を哀しませた阿呆は!おまえから思いをよせられ涙に咽んで感激するならともかく、おまえを袖にするなぞ言語道断!俺がその男に決闘を申し込み、おまえの名誉を守ってやる!」

妹思いの兄は妹が軽んじられたか蔑ろにされたと思い、すっかり頭に血がのぼってしまった。

「やめて!やめてください兄上!あの人が悪いのではない、どうにもならないのです…私は王女だから…王族として忘れねばならぬ思いなのです…あの人にも、この想いは過ちといわれてしまった以上…もう…どうしようも…でも…中々、それが……」

エイリークは今にもしくしくと泣き出しそうだった。

「王女だから…?」

「すみません、兄上、あやふやな物言いを致しましたが…私、これから先、どなたとも結婚する気はありません。一生涯、このルネスに…兄上のお傍にいてはいけないでしょうか…」

「いや、俺としては、できることならおまえを他国には嫁にやりたくはないので、それはむしろ願ったりだが、しかし、嫁に行かんというのも…」

エフラムはうーむと腕を組んで考え込んだ。

このかわいい妹を哀しませた不届き者はどこのどいつだ?エイリークは自分が王女だからという理由で恋心を諦めようとしているらしい…ということは相手にその気がないから振られたのとは違うようだ。エイリークの「王女」という身分が問題になるということは…相手は逆に王族ではないのか?そして、エイリークは好きになった男を忘れられないから結婚しないといいきり、ルネスにずっと留まりたいという…ということは、その男はもしや…

「なぁ、おまえの好きな男はルネスの男だな?身近にいるから中々忘れられない、でも、気持としては、おまえは、このままルネスにいたい、そういうことじゃないのか?」

「兄上!」

「しかも、おまえの言い様からするに、おまえを嫌いなわけではなく、おまえが王女だからという理由でおまえの想いを退け、身を引いた…と、いうことは…う…む、こんな堅物は俺には1人しか思い当たらんぞ…しかし、王家に忠誠を誓っておきながら、王女であるおまえにこんな憂い顔をさせるなぞ、ルネス騎士として言語道断。俺が一言、物申して…」

「やめて、やめてください兄上!あの人は…私に王族として在るべき姿を教えてくれただけです、ゼトは何も悪くな…」

「そうか、ゼトか…いかにも、ゼトなら言いそうなことだ。主筋の姫を頂戴できることをありがたがるよりな…」

「!!!…兄上!私を…」

「いや、ウチの騎士の誰かだろうとは思ったんだが決め手がなかった、許せ。だが俺が妹の幸せを何より考え、案じているのは本当だからな。エイリーク」

「兄上…」

「この兄が力になってやる、詳しい経緯(いきさつ)を話せ」

「え…兄上、本当ですか…?」

驚いてエフラムを見上げたエイリークだったが、一瞬後には暗い顔つきに戻ってしまった。

「でも、でも兄上…私は兄上の命令で…ゼトが主命で私を娶ってくれても嬉しくありません…」

「誰がそんな野暮なことをするか。おまえはゼトが好きで、ゼトも本心ではおまえが好きなんだろう?だが、あいつは自分は臣下だからと身を引いた、そんなところだろう?なら、やり方次第であいつを翻意させられよう」

「兄上、そんなことが…?」

「ようは、おまえたちが互いの想いを諦めることは、むしろデメリットの方が多いと本人に気付かせてやればいい。まあ、この兄の手腕を見ていろ。俺は負ける戦いはしない」

エイリークはにやりと笑ったエフラムを呆然と見つめた。騎士に想いを寄せるなど、王女にあるまじきことと、てっきり兄に叱責されると思ったのに、兄は、諸手をあげてゼトとの仲を取り持ってくれるという。

「兄上、ありがとうございます…」

感涙に咽びそうなエイリークに、エフラムは、なぜか、少しバツの悪そうな笑顔を投げかけた。

 

真銀の騎士の二つ名を持つ将軍ゼトは、今日何度目かわからない重苦しいため息をついた。

何故、あんなことを言ってしまったのか…あの日から、ゼトは幾度も後悔に苛まれている…王女には王族として、あるべき姿を説くだけにとどめるべきだった。むしろ、堅物の冷血漢と思われたままにすべきだった。なのに、私は…

臣下である自分に親しみすぎてはいけないと言う進言に、王女が酷く傷ついているのは、はっきりわかった。その、打ちひしがれた表情は痛ましい限りだった。だが、王女は、自分の進言を素直に聞き入れてくれた…。声を震わせながらも、気丈に自分への想いを断ち切ろうとしているのがありありとわかった。だからこそ、その健気さと素直さに、純粋な心の潔さに私の方が堪えきれなくなり…耐え切れず、心の内を明かしてしまった。王女が私の言に反発されたのならば、むしろ冷静に応対することもできただろう。余計なことを言いに、戻ったりしなかっただろう。

いや、私は、自分の想いに無理にでも決別するために、エイリーク様に胸の内を明かしてしまったのかもしれない。自ら、この想いは「過ち」であると断言すること、エイリーク様にその言葉を聞かせることで、己の恋着を断ち切ろうとしたのかもしれない…それは男として卑怯な振る舞いではなかったか…。本来なら、言わずともよかった…いや、言ってはいけなかったのだ…どんなに後ろ髪引かれようと、冷淡な男と思われようと…

あれから…戦争が終わった後、エイリーク様は、努めて平静に私に接しようとしてくださってる。だが、その努力はあまり実を結んでいない。今、挨拶した時も…自分は控え、エイリーク様は鷹揚に頷くべき処で、エイリーク様は痛い程に私を見つめた。その手は小刻みに震えていた。そして、逃げるように立ち去ってしまわれた…そう感じるのは、私の姫を惜しむ気持があまりに強いからか…。

「えらそうなことを言っておきながら…情に流されたのは私の方だ…」

また一つため息をついた時、自分の名を呼ばう声が聞こえた。

「ゼト、ここにいたのか、探したぞ」

「エフラム様」

極自然に、ゼトは臣下としての礼を取った。

「ゼト、ルネス一の智将であり、参謀としてのおまえの意見を聞きたいことがあるんだが…」

「は…」

エフラムが妙に自分を持ち上げた言い方をすることが気になったが、ゼトは黙って軍議室に従った。

 

軍議室に入ると、エフラムは懐から1通の書状を取り出した。封蝋の紋章から見るにフレリアからの書簡のようだ。エフラムは、その書状を手にしたまま、何の前振りもなしにこういった。

「フレリアのヒーニアスから、エイリークに結婚の申し込みがあった」

「!!!」

ゼトは、一瞬、思考が空白となったが、すぐさま己を叱咤し、慌てて頭を下げた。

「それは…おめでとうございます」

「ほう、おまえはめでたいと言うか」

「エイリーク様は隣国フレリアの王妃になられ、フレリアとルネスとの同盟はより強固になる。国挙げての復興に漸く取り掛かり始めた我が国にとって、またとない縁談といえますゆえ…」

「つまり、おまえは、エイリークに政略結婚をしろというのだな?」

「フレリアにとって、国力の衰えたわが国との縁組は何の得にもなりません。ならば、ヒーニアス王子のお申し出は、心からエイリーク様を望まれてのことでしょう。それは、政略結婚とは言いますまい」

「ところがエイリークの方は、ヒーニアスの申し出を一蹴した」

「…」

ゼトは、無意識のうちに、長い長い吐息をついていた。

「あまつさえ、生涯誰とも結婚しない、どこにも嫁に行かないと、きっぱり言い切った」

「!!!」

まさか…私の余計な言葉のせいか?いや、いくら何でも、それは自惚れが過ぎる…とにかく、すぐにエイリーク様に会って話をしなければ、一時の感情に流されて、短慮を起こさぬようにと説かねば…

ゼトは衝撃のあまり、反射的に部屋を出て行こうとしかけた。

「どうした、ゼト?どこに行こうとしている?そんなに真っ青な顔をして…」

エフラムに声をかけられ、ゼトは、漸く我に返った。

「いえ…エイリーク様にご進言をと思い…馬鹿なことをおっしゃらず、王族の義務として、隣国との同盟を強固にすることを考えるべきだと…」

「つまる処、政略結婚を勧めに行くのだな?エイリークを政略の駒として有効に使えというのが、参謀としてのおまえの意見か…ゼト」

「そうは…申しておりません」

「言葉を飾っても同じことだろうが。エイリークは、ヒーニアスを愛していない、ならば、ヒーニアスがエイリークに想いを寄せていても、ルネスの側から見れば、これは政略結婚に他ならん。俺は王として、エイリークを…妹を、美しく可憐な、だからこそ政治上有用な手駒として有効に使え、というのが、参謀としてのおまえの意見だと思っていいんだな?ゼト」

「王族は情に流されるべきではないのです…」

いかにも苦しそうにゼトが答えた。

「ヒーニアスの申し出は情に拠るものだと思うがな、今、おまえ自身がそう言ったではないか」

「フレリアとわがルネスでは国情が異なります。戦火に巻き込まれたとはいえ、フレリアは国が無法状態だった事もなく、わがルネス程荒廃はしておりません」

「つまり、おまえは…ルネスは窮乏故に王女を豊かな国へ身売りをさせても援助を勝ち取れと…そして、俺は、自分1人の才覚では…妹に身売りをさせて援助を請わねば自国の再興もままならない王だと言いたいのだな?」

一息溜めた後、エフラムはゼトを一喝した。

「俺を見損なうな!ゼト!ルネス王は妹を政略の手駒にする気はない!王女を人身御供に差し出さずとも、このルネスは俺が再興してみせる!」

ゼトが眉をひそめ嘆息した。我侭な子供を諭すように訓告する。

「エフラム様…何を甘いことを…理想だけでは民の糊口は凌げません。王は、まず民草を困窮から救ってこそ王なのです。そして、恐れながら今のエフラム様に王としての実績は皆無、エフラム様が民衆から歓呼をもって迎えられているのは、決して、エフラム様が優れた王だからではないのです。今までの無法状態があまりに酷かったから、民衆はエフラム様に希望を託し…いわば先物買いでエフラム様を支持しているにすぎません…そして、窮状からの脱出が中々思うにまかせねば…期待通りに進まねば民の忠誠は容易く失望に変わりましょう。王は、情に流されこの国が潤う契機を逃すべきではないのです…」

「俺は人としての感情はぎりぎりまで捨てない。国と人と…この場合は妹だがな…全てを救う道を探す、それが俺の目指す王の姿だと言ったはずだ。そしておまえも、そのために力を尽くすとな…あの言は偽りか?」

「……それは…」

「それとな、ゼト。人…つまり民が、この国に住みたい、この国で生きていきたいと思う心は何に支えられていると考える?」

「民がその国に住みたいと思う心…?」

「俺は…それは、自国への希望と誇りだと思っている。先の戦争時、グラド軍の士気は概して低かった。これは、グラドの兵士たちが…大儀なき戦を仕掛けた自分たちの祖国を恥じ、誇りをもてなかったから…そして、いつ果てるともしれない戦に希望を失っていたからではないだろうか。逆に祖国を誇りに思えれば、民は自ずと忠誠を捧げてくれるものではないだろうか。そして、エイリークは民に人気があるな?」

「はい…」

「自国の王族の結婚は、本来なら祝賀、民にとっても心弾む、喜ばしいことのはずだ。今までが、苦しかったからこそ、国を挙げてのめでたい行事に民は大いに励まされ、力づけられるはずだ。ましてや、エイリークは民衆にこよなく愛されている王女だ」

「だからこそ!エイリーク様にはフレリアに…」

「…民が愛してやまぬ王女が、援助を得るために身売り同然に他国に嫁さねばならぬ国情を民は誇りに思えるか?そうして得た援助を誇りを持って受け取れるか?王女の自己犠牲を尊いものと敬ってくれるか?俺は…どれほど理屈をつけても惨めさがついて回ると思う、そして妹姫を人身御供に差し出さねば国を支えられぬ兄王のふがいなさもな…そんな国に民は住みたいと思うか?ふがいない王に忠誠を捧げたいと思うか?」

「エフラム様…」

「それとな、ゼト。おまえは先の戦争で何を学んだ?俺は…同盟というものの脆さと、一方、人の情念の強さ、恐ろしさを嫌というほど思い知った…」

「!」

「グラド…王子を親友と思い、我らを裏切ることなど想像もつかなかったグラド…リオンにその意思はなくとも、心の虚をつかれ、弱みにつけこまれた結果が…あれだ。友に我らを裏切る気などなくとも、意思の力だけではいかんともし難い…防げない悲劇というものがあった。俺はそれを知ってしまった…そして、一度同盟が瓦解すれば…エイリークは1夜にして王妃から敵国の王族となり、よくて人質、最悪の場合、見せしめのため処刑される恐れすらある。グラド皇帝が…自国の忠実な将に冤罪を課し裏切り者として処刑しようとしたように…。エイリークの嫁ぐ国に限ってそんなことはありえない、俺だってそう言いたい。だが、現実にありえないことが起き、その辛酸を舐めた俺は…絶対の同盟などありえないといわざるをえん。そして、その場合、嫁した姫の立場は最も危険な…前線の俺よりも危険なものとなる。そんなあやふやな物に…エイリークの命を賭けるのは…あまりに分の悪い賭けだ。エイリークがその国の王子を愛しているというのなら、リスクも込みで嫁ぐのもやむをえんが……それでも、ゼト、おまえは一時の援助を得るためにエイリークにそれほどのリスクを負えと、同時に、俺には妹を差し出しても同盟の強化を進言するか?王族は一切の情を捨て去るべきだと言う考えは変わらんか?」

「王族の…それは高貴な生まれの方の背負う義務です」

「だが人は、捨てねばならぬと頭で理解していても情を捨てきれぬことがある。心に一切の残滓も残さず情は捨てきれるものだろうか、捨てきったと言い切れるものだろうか。そして、俺は人が魔につけ込まれる隙は、強い情念にあると…この戦いで学んだ。オルソンの裏切りを思い出してみろ、ゼト。噂だが…ジャハナの反乱も古参の騎士の…積年の王妃への恋情が原因だったらしいと聞く。人は…無理にでも諦めようとしたり押し殺そうとした情にこそ縛られる、それはむしろ付け入られる隙や弱みとなる、と俺は感じた…」

「っ…彼らは王族ではありません…」

「人の心は強いと同時に脆い、王族といえど、心の強さは絶対とは言えん。ゼト、おまえは情念の強さ恐ろしさを…特に男女の情の計り知れなさをわかっていない」

「…」

「まず、ヒーニアスには政略の具としてエイリークを娶る気はない。それは同意するな?」

「はい」

「そこにエイリークが輿入れしたとしよう。ヒーニアスはエイリークも自分を愛しく感じ結婚を承知してくれたものと思うだろう、それが当然だ。しかし、真実はエイリークがルネスのために犠牲になる気持で輿入れしたと知ったら…もしや他に好きな男がいたのに国のために心をまげ、好きでもない自分の所に嫁に来たと知ったら…同じ男として、おまえはそれでも嬉しいと思うか?心の空ろな花嫁を抱いて満足するか?俺なら…そんな気持で嫁に来られても嬉しくない。好きな女であればあるほど腹立たしく哀しくなろう。男としての誇りを傷つけられよう。憐れまれ侮られたかと立腹し、妹の気持を知りながら援助のために妹を犠牲にした王を…俺なら…表面上はともかく、心の底では軽蔑するだろう。目先の利益のためなら、この男は何でもするのだと、むしろ不信の念を募らせよう。ましてやヒーニアスは政略のためにエイリークを欲しているのではなく、一人の男としてエイリークを望んでいる。あの誇り高いヒーニアスの誠意に、政略を以って答えたことが知れれば…ヒーニアスはどれほど傷つき、また、怒ることか…同盟を強化するどころか新たな火種になりかねん。おまえは、ルネスをそんな危うい場所におきたいか?ゼト」

「しかし!ルネスの思惑が政略にあると…エイリーク様がヒーニアス王子を愛してはいないと気付かれるとは限りません。伴に暮らせば情がわくこともありましょう!」

「エイリークにそんな器用な真似が…演技ができると思うか?友として好感は抱いていても男として愛していない男を、愛している振りができると思うか?」

「っ…」

「そして、同じ男の身として…自分の好きな女が、同じように自分を愛しているか、いないか…おまえは、演技をされて自分が騙されると思うか?情というのは、自ずとにじみ出るものだ…隠そうとしても抑えきれぬ、知らぬ間に零れてしまうのが情というものではないか…?ヒーニアスはすぐに気付くだろうよ、花嫁の心が己にないことを…」

「エフラム様…」

「だから、俺はエイリークを、今後一切…俺の目の黒いうちは政争の具に使うことは絶対にしない」

「ですが民が!民がそれで納得しましょうか!王子と王女の結婚は民にとっても希望のよすがなのです!エイリーク様が生涯嫁がれないなどと知れば、民草がどれほど落胆するか!」

「だからこそだ。エイリークも好きな男とであれば結婚する気になるのではないか?考えても見ろ、ゼト。王女が生涯結婚しない、もしくは、嫁いだとしても好きでもない男としぶしぶ結婚して、民が喜ぶと思うか?心から祝福し、希望を託せると思うか?王女が満面の笑みたたえ、愛する男と結婚することと、援助欲しさに心を売り渡すような結婚をすること、民に喜びと希望を与えるのはどちらだと思う?ゼト」

「それは…」

「答えろ、ゼト」

「愛する男との結婚…かもしれません…」

一般論だ…あくまで一般論だと自分に言い聞かせながら、ゼトは喘ぐように答えた。

「言ったな…」

エフラムがにやりと笑った。

出し抜けに、わーっと拍手の音がした。

驚いたゼトが振り向くと、軍議室の扉の外に顔なじみの騎士たちが一列に整列していた。その騎士たちの中央に、囲まれ守られるように立つ王女エイリークの姿があった。胸の前で手を合わせ、祈るようにすがるように、真っ直ぐにゼトを見つめていた。

呆然とするゼトに、エフラムがにやにやして肩を叩いた。

「今、おまえは自ら認めたな、民のためにも王女は愛する男と結婚すべきだと。ここにいる全員が証人だ。エイリーク、おまえもはっきり聞いたな?さあ、もう、何も遠慮する必要はないぞ。ゼトに改めて想いの丈を告げてやれ」

「!!!…エフラム様、あなたはエイリーク様と私の気持を知って…」

一瞬、絶句した。しかし、すぐにゼトは我に返って反駁した

「しかし!それでは我がルネスとフレリアとの関係が!ヒーニアス王子が黙っておられましょうか!」

「ああ、あれは嘘だ」

「…今、なんとおっしゃいました…?」

「ヒーニアスはエイリークに求婚などしていない」

現時点ではな…もう少し後なら危なかったかもしれんが…とエフラムは心の中で思ったが、当然口には出さない。

「ですが、あの書状は!フレリア王家の紋が入った書状をお持ちだったではないですか!」

「これはただの書簡だ、疑うなら中を見てもいいぞ、遊びに来いと書いてあるだけだからな」

「っ…」

してやられた。漸く全ての合点が行った。

「っ…エフラム様、策謀の王子の二つ名は、あなたにこそ相応しいとお見受けし致しました…」

「まあ、そういうな。それに、少し考えれば、おまえにもわかるはずだ。おまえとエイリークの結婚でルネスに悪いことなど1つもない、むしろ、いいこと尽くめだと。俺はエイリークを他所にやらずに済む。嫁いびりされやしないかと案じる必要もなく…というのは冗談だが、それこそ他国の人質に取られる恐れもないし、兄妹揃ってルネス再興に専心するほうが、民たちの心も一つにまとめやすい。おまえには単なる一将軍に留まらず宰相として俺を手助けしてもらいたいが、おまえがエイリークと結婚すればその大義名分も立つ。何より、国1番の騎士と王女の結婚は、艱難辛苦に耐えてきたルネスの民を熱狂させるだろう。おまえたちはルネス再興の希望の象徴となるんだ。ああ、エイリーク、いつまでそんな処に突っ立ている?早くこちらに来い」

エフラムは、騎士たちに押し出されるように前に出たエイリークの手を取り、ゼトの前まで導いた。

諦めよう、諦めねばと幾夜も思い、思い切れずにいた恋しい姫の姿が目の前にあった。

「ゼト、ルネス落城の折、おまえがわが身を呈してエイリークを守り抜いたことを知らぬ者はない。あのヴァルターとかいう竜騎士にエイリークが捕まっていたら…エイリークはただ殺されるだけではすまない、女の身として口にするもおぞましい最期を遂げていたかもしれんのだ…兄として、どれほど礼を言っても足りん」

「エフラム様、それは騎士として当然の…」

「いや、だからこそ、俺は…エイリークには好きな男と添い遂げさせてやりたかった…エイリークが被ったかもしれん悲劇を思えば…その悲惨からおまえが間一髪で救ってくれたというのに、今になって、敢えて好きでもない男に身を捧げねばならない思いなど味あわせたくなかった…女にとって、辛いことに変わりはないからな…」

「!」

「おまえがエイリークにした進言もわからぬではない。あの当時、俺たちはルネスを奪還できていなかったのだから…だが、あの時と今とでは、状況が違う。民も、哀れを伴う王女の自己犠牲より、王女の十全の幸せを喜び歓迎することだろう。それにな、エイリークの命は、おまえが救ったんだ。おまえがこれの未来を繋げてくれたんだ。おまえが最期まで責任を取ってやらなくてどうする?ゼト」

エフラムがエイリークを「さぁ」と促すようにその手をゼトに差し出した。

エイリークははっとして、唇を震わせながら、困惑したように黙り込んでしまっているゼトを見上げた。

「ゼト…もし…あなたの気持が変わっていなければ…あの時の気持を失くさないでいてくださったのなら…どうか…どうか…この手を取ってはいただけませんか?私の心は…すっとゼトの…ゼトのものです。ゼト以外の方など考えられない…何度も何度も忘れようとしたけど…忘れなくてはと思ったけど…どうしても、できなくて…」

「エイリーク様…」

ゼトは、やにわにエイリークの前に跪くと、エフラムからエイリークの手を取り恭しく口付けた。

「真銀の騎士ゼトは…ルネス王女エイリーク様に結婚を申し込みます…」

「!…ゼト…」

「お受けくださいますか、エイリーク様…」

「っ…喜んで…はい、喜んで…」

エイリークの瞳に涙が盛り上がった。ゼトが僅かに頬を染め、優しくエイリークに微笑みかけた。

「ルネス王の名において、今、ここにルネス王女エイリークと真銀の騎士ゼトとの婚約成立を宣言する!証人たち、よろしいか?!」

「婚約の成立、確かに見届けさせていただきました!」

大きな歓声と拍手が起きた。

「よし、今夜は祝賀の宴だ!ルネス王女の婚約を祝ってな」

エイリークはゼトに寄り添いながら、後から後から溢れる涙もそのままに、この上なく幸せそうに笑んだ。

「兄上…ありがとうございます、全て兄上のおかげです…兄上はいつも私を助けてくださる…」

「言っただろう?俺は負ける戦いはしないと」

エフラムが不敵な笑みを浮かべた。

 

父王の喪が明けると、ゼトとエイリークの華燭の典が厳かに執り行われた。

エフラムは花嫁衣裳に身を包んだエイリークの手を取り、王都の寺院の長い通廊をゆっくりと歩む。祭壇の前で待つゼトにエイリークを手渡すために。

一定のゆっくりとした歩調で歩きながら、エフラムがエイリークにそっと耳打ちした。

「なぁ、おまえたち、子供は、まだ、できていないのか?」

エイリークは見る見る耳まで紅くなり、勢い込んでエフラムに反駁した。

「今日、結婚式ですのに!何をおっしゃいます!兄上!」

「なんだ、ゼトとはまだ清い仲か…全くゼトも辛抱強い…なら、今日から1日も早く二人の子を作れよ」

更に真っ赤になりながら、エイリークが困ったように抗弁する。長いベールで顔が隠れていて幸いだった。

「そんな…父の喪も明けておりませなんだのに、ゼトがそのような真似をするはずがないではないですか…第一ルネス王である兄上より先に結婚しても良いものかとも悩んでおりましたのに…ですが、こうなったからには、兄上こそ一日も早くご結婚なさって、お子を設けてください」

「いや、俺の方は…子供は無理だ…と思う。だから、俺は、おまえとゼトの子を、ルネスの後継者にと思っているんだ」

「兄上!いきなり何をおっしゃいます!」

思わずエイリークは立ち止まってエフラムを詰問してしまった。寺院の司祭や式の列席者が驚いて二人を見た。ゼトだけは鉄の克己心で後ろを振り向くことをどうにか留まったが。

「エイリーク、皆が注目しているぞ…」

エフラムがエイリークの手を引き、何事もなかったように歩き出した。しかし、エイリークはすっかり動転してしまった。が、どうにか、声を落として話すだけの分別は保った。

「あ、兄上がいきなり変なことを言い出すからいけないのです。どういうことなのですか…兄上はご結婚なさらないおつもりなのですか?」

「いや、結婚はしたいんだが…王妃として王城に迎え入れることができんのでな…俺はそうしたいんだが…あれが、それはできんと…」

「…?…王城に入れない?…それに、ご結婚なさるおつもりなのに、子供は無理とはどういうことなのです?ルネス王に世継ぎができなかったらこのルネスはどうなります?!」

「いや、子供も出来れば欲しいんだが、まず、出来るかどうかがわからんし、出来たとしても、俺が生きているうちに成人するかどうかも怪しいのでな…だから、ルネスの世継ぎはおまえたちに頑張ってもらわないと困るんだ」

「???」

結婚しても王妃として城に迎えられない?子供ができるか、その上、成人するかどうかもわからない?どういうこと?兄上のお相手は一体…

「あぁ!まさか、兄上のお相手は…闇の樹海の…」

またも立ち止まって叫びそうになった寸前で、エイリークは慌てて続く言葉を飲み下した。

エフラムが人を食ったような笑みを浮かべた、とても花嫁の兄とは思えない不敵な笑みを。

「だからな、おまえには、できれば他国に嫁がないで欲しかった。おまえがゼトと好きあってくれてて、本当に助かった。ゼトとおまえの結婚に民も大喜びしているし、おまえがルネスで結婚してくれなければ、俺が…それこそ政略結婚せざるを得なかったかもしれん。そんなことは…他国の姫に対して失礼なことであるしな。だから一日も早く、おまえたちは子を設けてくれよ、エイリーク」

エイリークは、暫しあっけに取られた後、感心したとも呆れたともつかぬ嘆息をもらした。

「兄上…兄上にこそ策謀の王子、いえ、策謀の王の二つ名が相応しいかと…」

「褒め言葉と受け取っておこう。だが、俺がおまえの幸福を何より考えていたのは嘘じゃないぞ、エイリーク。しかも、おまえだけでなく、皆が皆、等しく幸せになれただろう?ゼトも、ルネスの国民も…この俺も、そして、恐らくミルラも…な」

「…はい、兄上…確かに、私の幸せは…本当に兄上のおかげです…兄上はいつも私を助けてくださる…」

そう、愛する人と結ばれることができるのは確かに兄上のおかげ、そして、好きな人と伴に人生を歩んでいけるありがたさを…その幸せを知っている私は……兄上にも、できることなら同じ幸せを感じて欲しいと思う…

どこまでも素直なエイリークは、どこまでも素直に自分と同じ程の幸せをエフラムの分もねがった。

気が付くと愛しい人の姿はもう目の前だった。

兄が、自分の手をゼトの手に重ねてくれた。ゼトが、大切そうにエイリークの手を握ってくれた。

あまりの幸福にそのまま倒れそうな気さえした。こんな幸福な思いを感じたのは初めてだと思った。

エイリークはこの数時間後、この瞬間より更に勝る幸せがあることを、その身を以って知ることとなる。

FIN
ゼト×エイ サーガの始まり


FE「聖魔の光石」未プレイですと、何がなにやらわからない話だと思いますが(2次創作つーのは基本的にそうですが)それでも読んでくださった方のためにオフィシャル設定を解説しますと、エフラムとエイリークは双子の王子と王女、ゼトは王女エイリークを愛してしまった王国一の騎士です。エイリークも、落城の折、酷く負傷しながらも自分を守りぬいてくれたゼトに思いを寄せます。
つまり二人は両思い、でも、当然身分違いの恋なので、騎士であるゼトはエイリークに「臣下である自分に近しくしすぎてはいけない」と苦言を呈し、思いを断ち切ろうとします。
でも、オフィシャルでは、結局、この二人は周囲に祝福され、ゼトは説得されて、騎士でありながら王女エイリークを娶るという後日談が示されます。でも、支援会話をみる限り、とてもじゃないけど真面目なゼトが周囲に祝福されたからといって「じゃあ」とほいほいエイリークの手を取るとは私には思えず、加えて、周囲に祝福されるためには二人が愛し合っていることが周知でなければなりませんが、芯は強いけど、淑やかで控えめなエイリークが、自分から、ゼトへの思いを周囲に知らしめるとも思えなくて(ゼトは言わずもがな)支援会話と公式EDの間には語られない事情があるはずだ!という妄想をメチャ刺激してくださったのが、青空さんのゼト×エイのイラストでした。
ええ、青空さんのイラストに煩悩を刺激されて「二人が結ばれるまでの経緯を書きてぇー!」と、語られていない部分を自分なりに憶測して書いたものがこのお話です。
なので、このお話はエロなしにも関わらず、失礼にも、青空さんに無理矢理押し売りさせていただいたのですが、太っ腹で優しい青空さんは、策士エフラム様のイラストを新たに書き下ろしてくださったのですよー!青空さーん!ありがとおお!なんてお礼を申したらいいかわからないくらい、嬉しいですっ!
まさに「策謀の王子」な笑みがたまりませんわー!
エフラム様は、大胆不敵、勇猛果敢な軍人王子ですが、この話では竜族の娘・ミルラと支援A(恋仲)だったと仮定してます。竜は異種族の上、寿命は人間の比でなく長いので、恋仲になったとしても世継ぎは難しかろう、でも、双子の妹が他国に嫁に行かずに世継ぎを設けてくれれば、自分は世継ぎのことを考えずに竜の娘を娶れるし、妹姫も幸せになれるし一石二鳥と、瞬時にして計算した…という展開にしてみました。で、策謀の王子(笑)
でも、エフラムも、エイリークに好きな人がいるのなら、嫁にやるのもやむなしとは考えていたんですよー、冒頭部分に「妹の幸せは何にも勝る」って書いてある通り(笑)そして、自分だけじゃなく周囲の人が幸せになるための策謀だったから、結果オーライということで、いかがでしょう。
そして、青空給仕さんの骨董甲子園には、こちらとは表情違いのエフラム様と、カラーヴァリエ違いのゼト×エイのイラストがございます。
どうか、是非、そちらもご覧になってみてくださいー。


青空給仕さんの「骨董甲子園」へ
FEインデックスへ  TOPへ