<い・じ・わ・る> By 合歓様

音を立てて、暗闇が間近に迫るような宵。

忍び寄る寒さに、少し膝を立ててうずくまっていると、彼がやってきた。

もう一束だけ薪をくべて、私たちは寄り添う。

大昔からそうしているかのように。

慣れた自然な仕草で。

そっと背後から抱きしめられて、私は彼の胸に頭を預ける。部屋着の絹のしっとりとした感触と、その絹に負けないくらい艶やかな黒髪の感触。

ふと肩口に目をやれば、彼の黒髪に、私の金の髪がからみついていた。

太い幹にからみつくツタの葉のように。

そして、あなたを抱きしめる、私の細い腕のように。


―――!
くっと飲み込んだ言葉。

とても、彼には聞かせられない言葉。

その言葉を、探り出し、取り出すかのように、上向かされて口づけが降ってくる。

黒髪が、私を閉じこめるカーテンのようだ。

「・・何を言いかけた・・・?」

その問いは、私の唇の中に広がっていく。

私は、嫌々をするように首を振り、その問いと口づけから逃れる。

このまま抱きしめられていたら、きっと、言ってしまうから。

「・・あなたがほしい・・」

と。


「聞かないで」

でも、彼は、私が飲み込んだ言葉には、もう見当がついているようだった。

右手が、部屋着の合わせ目から忍び込んだかと思うと、胸乳を強く握った。

その驚きに目を見張っているたら、もう片方の手は、私の腿の隙間からやはり忍び込んで、ちゃんと正解を探り当ててしまっている。

「・・黙っていても、体が答えを教えてくれる・・」

喉の奥で笑う、いつものくぐもった声が、私の頬を燃やして、身の置き所がないほどに羞恥をかき立てる。

でも・・、悔しいけれど、本当のことだもの。

悔しさと、彼の手の滑る心地よさに、私が押し黙っていると、彼は少しだけ心配そうな顔をして、

「・・怒ったのか・・?」

と尋ねた。

「・・怒ってません・・!」

口調だけは照れくさくて、ぶっきらぼうになった。

「・・十分、怒っているように見えるが」

「いいえ、怒ってません!」

こんな時、このひとは少しずるくなる。

「・・いや、おまえが嫌なら、強いたくはないのだ・・」

そう言って、私の体から手を離し、襟元を整え、またさっきのように座り直して、私を抱きしめる。

私の体に、熱い炎をかき立てておきながら・・・。


耳に、吐息がかかる。

回された手が、所在なげに私の腕をさすっている。

暖炉の火で、顔が熱い。

背中にぴたりと寄り添う、彼の存在が熱い。


「ああん、もう!」

もうやめた!

何も言わないで、ただじっとしているのは、私の性に合わないもの。

「・・クラヴィス様の、いじわる!」

私は向き直って、ふっと笑ったクラヴィス様の部屋着の襟に手をかけ、一気に引きずりおろした。

「アンジェリーク!」

言葉が先に立つと思っていたのか、意外そうな彼の顔で、少しだけ溜飲を下げた。

「いじわるしたんだもの、私の好きにさせてくださいねっ」

ぽかん・・・とした彼の顔なんて、滅多に見られるものではない。いつも、半眼で表情を読ませないひと。

私はますます気をよくして、彼の胸にかけた手に体重を移した。そのまま、彼を押し倒して、体を預けた。

その手を置いたまま、もう片方の手で、私も部屋着を肩から落とす。

素肌と素肌の触れ合う、私のとても好きな瞬間・・・。

裸の胸に頬を寄せていると、とても気持ちがいい。きめの細かい、なめらかな肌。

私の肌よりもすべすべしている気がする。

前にそう言ったら、あのくつくつ笑いで一笑に付されたけれども。


しばらくそのままでいると、彼の声が、胸板を通して私の耳に響いた。

「なんだ・・、威勢のよいのは、そこまでか?」

だって、あまり気持ちがいいんだもの。

このまま、ぼんやりと過ごすのが好き。

「“好きにする”というから、どうするのか・・、期待していたのだが・・・」

だから、好きにしてるのよ。

背中に回された彼の手が、背筋をなぞって降りていく。

双球の間から、長い指が私の中に入り込んだ。

「・・・・んっ・・!・・ま・・、待って!」

思わずのけぞると、

「・・もう、待てぬ」

きっぱりとした声音が、耳元でした。


私を探る指の数が増えて、私の肌に咲く緋色の花びらの数が増えて、そして、頭の中で爆発する光の数が増えて―――

いつの間にか、彼と私の位置は逆転していた。

「クラ・・ヴィス・・さ・・ま・・」

熱い。

顔を暖炉の炎が炙る。

体の中心を、彼の息がなぶる。

体の奥底で、熱い波が私を揺さぶる。

熱い・・、熱い・・・、熱い!


「おまえには・・、暖かな・・この炎の色がよく似合う・・」

火の色が照り映えているのか、それとも体の芯に燃えさかる炎が肌をバラ色に染めているのか、私にはもうわからなかった。

わかっているのは、クラヴィス様がほしい―――ただ、それだけ・・。

「・・き・・て・・・・」

その声を合図に、彼が私に覆い被さってきた。

私の熱以上の灼熱する体を埋め込んで・・。

「あう・・っっ!」

長い、絹のような感触の黒髪が、その動きの激しさにつられて私のまわりにたれ込め、踊る。

ゆらゆらと藻のようにゆれるその髪が肌をかすめる感触を楽しむゆとりは、もうない。
これ以上は開けないくらいに開いた脚の間に、彼の堅い体が打ち付けられるのしか意識できなかった。

もっと!

もっと、私を愛して!



私をつぶさないように突っ張った彼の腕の筋肉が震えている。

でも、私はあなたを直に感じていたいのに。

重くなんかない。

肌を合わせて、心を添わせて、一緒に高みを目指したい。


クラヴィス様の長い髪をつかんで、私が彼を引き寄せようとしたそのとき、私の中で彼が弾け、それに少し遅れて私も真空に放り出されたような衝撃を味わった。

「・・!」

上背のある、大きな体からふっと力が抜けて、私は全身で彼を受け止めた。

濡れた背を抱きしめて。


やっぱり・・

「・・クラヴィス様って、いじわる!」

荒い息が耳元で

「・・なぜだ・・?」

と、問うてくる。

「だって・・、いつも私のしてほしいこととは正反対のことばかり・・」

私の息もまだ弾んでいる。

「そんなことはない・・。おまえが望む通りにしていると思っているが」

「だって!、そっとしておいてほしいときにはそっとしといてくれなくて、クラヴィス様を抱きしめたいときにはそうさせてくれなくて・・・・!」

まだ繋がっていた体が、また量感を取り戻しきたのを感じて、私は体を震わせた。

緩やかに動き出した彼は、腕を立てて私をのぞき込んだ。

「・・やめるか・・・?」

凪いだばかりの欲望という油に、また火をつけられて私は首をうち振る。

「・・だから・・いじわるって言うの・・」

クラヴィス様は、唇の片方だけを上げて不敵に笑った。

誰も見たことのない笑み。

私だけが知っている、いたずらっ子のような笑み。


少しばかりスパイスの混じった、甘い夜はまだ終わらない。

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