Tremolo

挿絵 青空給仕様

戦いの渦中は目の前の敵を屠ること、大切な人を守ることに無我夢中で、何かを考える余裕などなかった。

彼女が蘇り、愛する人と再び手に手を取り合えた処を見た時は、ただただ、2人ともよかった、本当によかったね、とそれだけしか考えられなかったし、一緒にもらい泣きしそうになった。

そして、今も私は2人の幸せを心から喜んでいる。祝福している。その気持ちに偽りはない、一点の曇りもない。

だけど、気付いてしまった。状況が落ち着いてきたことで…気を散じることは死に直結するから、前に進むことだけ考えていればよかった、ある意味単純な心境でいられた…その時間はもう終わってしまったのだと。

それは、私にも選択の時が来たことを意味していた。

今度は、選ばなくてはならないのは私なのだ。

私はどうするのだろう、どうすればいいのだろう…

そして彼は、私の選択をどう感じるだろう…

 

『リン…どこにいる…』

ラスは、自分の船室にいないリンを探して甲板に出てきたところだった。

決戦の場であった魔の島ヴァロールからファーガス船長の船が一行を港町バドンまで運んでくれる、その船上だった。

曙光とともに無事帰還したエリウッドたちを見てファーガス船長は涙を流さんばかりに喜んでくれたが、船に帰りついた一行の間には勝利に酔うという高揚した空気は薄かった。

戦いの経緯で失ったもの、失われたものがあまりに多かった。戦いのさなかにエリウッドは父を、ヘクトルは兄を失っていたが、悲しみにくれる暇もなく、前に進むしかない日々だった。賢者アトスは最後の戦いに力の全てを出し切り永遠の眠りについた。だからだろう、ネルガルとモルフ、そして火竜を倒した時、皆の心に去来したのは、勝利の喜びより安堵の想いの方が強かったように思う。誰に知られずともこの大陸を守ることができた。これ以上不幸な犠牲者が増える恐れもなくなり、死んでいったものたちの命をまったき無駄にしないですんだと思えたことは純粋な喜びではあったが、勝利の美酒に酔うといった感情からはかけ離れていた。

ただ、その静かな安堵と喜びの中に、未来への希望が確かに芽吹いていた。

生死を伴にかいくぐる戦いの中で、生涯の伴侶を見出した者たちがいる。帰途の船上で故郷に帰れる実感が少しづつ実感としてこみ上げてきているものがいる。

戦いの終わりは、すなわち新しい生活の始まりでもある。目の前の脅威を打ち破ったことで将来への確実な夢ももてるようになった。荒れた国土を立て直すのは容易でなくても、望めばこれからは落ち着いた平穏な日々を営んでいける、時間が経つにつれ、そんな希望が漸く実感として皆の心の底にじんわりと広がりつつあった。

確かに公子たちの前途は厳しい。国に戻れば、それぞれに父と兄の国葬を執り行った後、エリウッドもヘクトルもこの若さで領主として自らの民と国土を守っていかねばならない。多大な戦費で国庫の状況も楽観はできまい。アトスの予言も気にならないといえば嘘になろう。

それでも、彼らは自らの前途になみなみならぬ気概と意欲をふつふつと滾らせているのがわかる。

そんな中で、リンの様子が…1人リンの様子がおかしいことにラスは気付いた。

戦いの終わった直後の方がむしろ活力があった。遺跡から船に向かうにつれ段々と言葉が少なくなり、静かに考え深げになっていった。皆が少しづつ、自らの生を重ねていける実感を手にし始め、希望を胸に抱き始めたのとは逆に、沈みこんでいくようにすら見える。そして、リンは、時折ちらりと自分に意味ありげな視線を送ってきていることにも、ラスは気付いていた。今になって疲れが出たかと思い、声をかけようとする。すると、リンはふいっと視線を外してしまう。そんなことが幾度か続いた。

不可解な想いを抱えたまま、船に乗り込んだ。

ヴァロール島を出たのが早朝だったので、港町バドンには夜半には着くはずだ。その後、公子とその直属の騎士たちは各々の領地に向かうことになろう。

ラスは、その前にリンに話しておきたいことがあった。

だが、そのリンが自室にいない。

日中の船旅なら船室にいるより甲板に出て風に当たるほうが心地よい、リンも多分そうだろうと思い甲板のの上を探す。同じように考えていたものも多いようで、あちこちに人影がある。

今後の身の振り方や、落ち着き先などそれぞれに話しあっているのだろうか。

公子たちの姿もあった。

エリウッドは奇跡のように取り戻すことかなったニニアンと誰も割って入れないほどの親密な様子で寄り添っていたし、ヘクトルはフロリーナに何か耳打ちして、その頬を朱に染めさせていた。

リンの姿を見かけなかったかと尋ねたいのは山々だったが邪魔をするのも無粋に思えて控えた。海賊船としてはかなり大型の船であっても、甲板の広さなどたかが知れている。ぐるりと1周すれば、嫌でも見つかるだろう。

そしてラスは実際に甲板を1周した後、漸くリンを見つけた。船首の方にいるかと思ったのだが、リンは船尾で船の進んだ後に生まれ拡散しては消えていく白い波頭をぼんやりと眺めていた。

「リン…探した」

「ラス…」

自分を呼ぶ声に顔をあげたリンは、まぶしそうな瞳でラスを見上げた後、ふっと視線を外した。

「話がある」

「え…話…?私…私…今は…だめ…ごめんなさい」

「リン?」

「あ…その…フロリーナと約束があって…また今度にしてもらえる?」

ラスの顔を見ずに立ち去ろうとするリンの手首をラスはがっしと掴んだ。

「今度とは…何時だ…」

「ラス…」

「答えろ」

「待って…お願い…今は…」

リンらしからぬ歯切れの悪い返答、彷徨う視線。ラスは不可解に思ったが、それを斟酌して譲る気にはなれなかった。

「だが、俺たちにはあまり時間が…」

「嫌っ…!言わないで…今は何も…お願い…」

リンは手負いの獣が傷に触れられたかのような反応を示した。激烈で、かつ痛みと怯えを感じさせる、そんな反応だった。

「リン…」

「私から…必ず、あなたのところに行く…だから、それまで待って…」

ラスを見つめる瞳は今にも泣き出しそうに揺らめいていた。その必死の懇願に負けて、ラスはリンの手首を離した。

「わかった…待っている」

こくんと頷くや、リンはラスの許から逃げ出すように走り去った。

虚を衝かれてラスは目でそれを追うことしかできなかった。見ているとフロリーナと話があったのは事実のようで、ヘクトルとフロリーナの間に遠慮も会釈もなく割って入っていった。そして、ヘクトルのこれ見よがしの渋面をものともせず、半ば強引にフロリーナを攫っていった。どれをとってもリンにしかできない荒業だった。

『リン…おまえもわかっているはずだ…』

港に…街に着くことは、岐路がやってくることを意味する。翌朝には幾つもの別れがあろう。時間は、もう、それほど残っていない。

このまま、うやむやにするつもりはない。リンもわかっていると思っていたが…それは俺の思い違いだったのか…?

そうではないと思いたかった。ラスはリンの言葉を信じて待つと、己に言い聞かせた。

 

リンはラスの許に来ないまま、船は港に入ってしまった。

夜半過ぎに港に着いたので、一行はそのまま街の宿屋に一泊することになり、それぞれに部屋を割り当てられた。

ラスは、迷っていた。

リンは、自分から俺の許に来るといった。

しかし…今夜来なかったらどうする?

何も言えないまま、告げられないまま朝が来てしまったら…

リンの言葉を信じていないようで心が少し咎めたが、そのために、告げたい言葉を告げられないのは本末転倒だ。何も言わずに朝を迎えるほうが絶対後悔の度合いが強い…そう考えた。

意を決して扉を開けた。

「リン…」

そこには、今しがた自分が訪ねようとしていた少女の姿があった。

 

「入っていい?」

「待っていた…」

流れるように自然に、リンはラスの傍らに立った。

「おまえから来なければ、俺の方から行くつもりだった」

「ラス…」

「リン、話がある…」

「ラス、私も話が…いえ、あなたに…聞きたいことが…」

「何だ?」

「ラスは…この後どうするの?どこに行くとか…決めているの?」

「サカに…クトラの地に戻る…」

「そう…そうよね。やっぱり、そうよね…」

突然リンの大きな瞳に涙が溢れかえった。

「ごめんなさい、ラス、私、私、あなたと一緒に行けない。草原にはいけない…」

「リン…?」

そんなことはわかりきっていたことだ。彼女はキアラン候公女で、領地にはたった一人の肉親である祖父がいる。戦いの最中は気を散じないためであろうか、リンは敢えて侯爵の経過を領地のものに尋ねることはなかったようだが、出征した時点では意識も戻っていなかったと聞いている。今も祖父のことが気がかりで心は矢のように急いていることだろう。リンは領地に帰る、それは当然のことで、なぜ、リンがそれを謝るのか、こんなに激しく泣くのかが、ラスは全くわからなかった。

「リン、何故泣く?何故謝る?おまえの帰りを待っている者がいる。おまえがキアランに帰るのは当然のことだ」

「だって、だってラスは草原に…帰っていくのに…」

「ああ…もう凶兆は滅した、俺は族長の息子としての義務を果たしたことを知らせに、クトラに一度戻らなければならない」

「でも、私は…私は、ついていけない…ついていきたいけど、ついていけない…」

「それは…今は仕方のないことだ…」

「でも、でもニニアンは…ニニアンは故郷ともたった1人の弟とも決別してでも、エリウッドの許に残ったのに…私は…私は…ラスは行ってしまうのに…お祖父様とお別れできない…」

突然、リンはラスの胸にむしゃぶりつくように飛び込むと、激しく泣きじゃくり始めた。

「ラス、ラス、好きよ、誰よりも好き。でも…でも、私、ニニアンみたいに選べない…何もかも捨てて、あなたと一緒に行くことができない…ごめんなさい…でも、何よりも誰よりもラスが好きなの!本当なの!…それだけは信じて…」

「!」

必死に想いを訴えるリンに、ラスの疑問は一瞬にして氷解した。リンの不可解な態度の数々に漸く得心がいった。

リンの元気が少しづつ無くなっていった訳も、どこか自信なさげに自分に視線を投げかけてきた訳も。自分と話すことを厭い逃げ出した訳も。今、泣きじゃくっているその訳も。

ラスは、リンの髪を優しく撫でた。

「おまえの気持ちを疑ったことなど1度もない。今までも、これからも…母なる大地と天なる空に誓って…」

リンの細い頤をつまんで顔を上向かせた。涙に濡れていても濃緑色の瞳は大層美しく輝いていた、まるで、故郷の夜空を彩る星のように。両頬を濡らす涙をそっと吸い取ってから、震えるリンの唇に静かに口付けた。

「ラス…本当?私、あなたについていけなくても…私の気持ち、信じてくれる…?」

リンは、すがるような瞳でラスを見上げた。

最初は…戦いが終わった直後は単純にエリウッドとニニアンを祝福するだけだった。その気持ちしかなかった。

しかし、時間が経つにつれニニアンの選択が、徐々にリンに重くのしかかってきた。

ニニアンは、弟のニルスにも故郷にも別れを告げた。ただ1人愛するエリウッドを選んだ。

もう2度と肉親に会えないのに、故郷にも帰れないのに。この世界で生きていくと、竜としての天寿もまっとうできないらしい。それでも、ニニアンは愛する人を択んだのだ。

そう、まるで自分の母、マデリンのように。

翻って自分はどうなの?

いざとなったら、ニニアンのように、母のように何もかも捨ててもラスを択べる?

何度考えても、択びきれなかった。祖父のことがどうしても頭から離れなかった。

ラスは…恐らく草原に帰るとわかっていた。でも、それを聞くのが怖かった。多分、私は「私も一緒に行く」と言えないと思ったから…そして、やっぱり言えなかった…。

私は…私はラスを愛している、でも、2人のようにできない…私の愛は…何か足りない?欠けている?この程度の気持ちでは、ラスを愛しているなんて言う資格はない…?

ましてや、自分の都合で、私は今はキアランに帰るけど、いつかは草原に帰るからそれまで私を待っていて欲しい…なんて、そんな自分の都合しか考えていないこと、あまりに手前勝手な言い草に思えて、とても言い出せるものではない。

それ以上に、ニニアンと引き比べられたら、私…あなたを愛してるって言っても信じてもらえる?ニニアンには…母には敵わない、だって、私は何もかも捨ててラスと伴に行くって言えないんだもの、言えなかったんだもの…

ラスにも「おまえは、その程度の気持ちだったのか」なんて思われたら…これでお別れになってしまって…もうラスに会えないなんてことになったら…私、生きていけない…生きる力が涸れてしまう…でも、お祖父さまの許から立ち去ることも考えられない…

でも、愛してるの、本当に愛してるの、離れるなんて嫌、これで終わりになんてしたくない、それだけは信じてほしいけど、信じてもらえるだけの確かなものがないような気がして、もう、どうしていいかわからなくなって…

引き裂かれるような想いは涙となって迸った。扱いかねる激情のままに、ラスにむしゃぶりついた。

しかし、ラスは体ごとぶつかってきたリンをしっかと抱きとめてくれた。そして、今改めて、リンの額に、両頬に、鼻先に、そして花びらのような唇にと、小さな口付けをいくつも落とす。髪から背を静かに何度も撫でさする。気の昂ぶった若駒を宥めるように、どこまでも優しく、辛抱強く。

そのうちに細い肩の戦慄きが少しづつ収まってくる。それを見て取り、ラスは、リンの瞳を覗き込んでゆっくりと語りかけた。

「おまえの気持ちは…おまえのまとう風を読めばわかる…何よりも熱く激しく俺を求めていると、おまえの風はいつも俺に語りかけてくる…」

「…や…」

リンの頬が朱の色に染まる。

「それに…ニニアンとおまえは違う……」

「ラス…でも…」

「ニニアンは…あの時を逃せば、2度とエリウッドに会えなかった。俺は…草原に帰っても望めばおまえに会いにいける。1人残されたといっても…ニルスは…故郷に仲間も友もいよう。絶対の孤独に落ちるわけではない…。だが、おまえの祖父には…もうおまえしかいないのだろう…?心の縁(よすが)はおまえだけなのだろ?…全て違う…だから、比べられるものではない…」

「ラス…」

「おまえが…もし、ニニアンと同じ立場だったら…俺を選んだかもしれん…だが、それはおまえの心に大きな傷を残し、後悔とやましさにおまえは苦しんだかもしれない…だが、俺は、おまえにそんな思いなどさせたくはない。俺は待てる…待つことができる。おまえに辛く苦しい選択を迫らずに済む…それは、俺にとって幸福なことだ」

「ラス…じゃあ、私、待っていてって言っていいの?私が草原に帰る日まで…私を待っていてって言ってもいいの…?」

「おまえがキアランに発つ前に言おうと思っていた。俺は待つと。おまえが草原に還ってくる日を…なのに、おまえは逃げてしまったから…」

「あ…」

リンが先刻とは異なる意味合いで、顔中を真っ赤に染めた。

「や…私ったら…ごめんなさい…私、馬鹿だわ、すごく…馬鹿だわ…」

「……だが…今、おまえは自ら俺の許に来た。己を奮い立たせ…違うか?」

「ええ…だって…不安だったけど…気持ちも整理できてなかったけど…自分のありのままの気持ちを、きちんと伝えないと後悔するって…そう思ったから…」

リンはしゃんと頭をあげた。瞳からはすがりつくような頼りなさは消えていた。

「ラス…愛してる。私が草原に帰るその日まで…私を待っていて…私、必ず、必ずあなたの許に行くから…」

「ああ…」

「その時まで…私のこと、忘れないで……私の全てを…忘れないようにその目に焼き付けて…」

リンは、衿の袷に手をやり、結び紐を緩めた。サッシュも自ら解いた。しゅる…と柔らかな衣擦れの音が響く。

それが合図であるかのように、ラスもまた、己の装束を解き始めた。紐と帯で形を整えるサカの衣装は、あっけないほど簡単に解かれていく。

程なく全裸になった2人は、ともに真面目な面持ちで、瞳だけをまぶしそうに眇めて互いを見詰め合う。

どちらからともなく手を伸ばしあい、掌をそっと触れ合わせた。瞬間、弾かれたように固く指が絡み合った

絡めた指ごと、ぐいと引き寄せられ、リンはラスの厚い胸板にぶつかるように身体を預けさせられた。ラスの胸の温もりが頬に熱い。

「おまえが己が姿を俺の瞳に焼きつけることを望むなら…」

熱い吐息混じりに低い声でささやかれ、リンの体の奥深くにぞくりと甘やかな戦慄が走る。

「俺は、おまえの肌に…直に俺自身を刻みつけよう」

言葉と伴に息も止るほどきつく抱きすくめられた。全身にラスの温もりが染み入ってくるようだった。リンもまた夢中でラスの逞しい体躯を抱き返していた。

「ええ…私に…ラスの全部を私に刻み付けて…」

苦しげな吐息と伴に訴えた途端、懇願の言葉通り、ラスがリンの肩口に歯を立てた。

軽い疼痛に、リンは眩暈のような酩酊を感じた。

 

幾度も幾度も角度を変えて、ラスはリンに口付ける。

上の唇と下の唇を交互に食み、吸って、その柔らかさを堪能する。舌先で唇の輪郭をなぞっていると、リンの舌が、おずおずと何かを強請るようにラスのそれに触れてきた。ラスは即座にリンの舌を捉えて絡ませ、きつく吸い上げる。合わせる唇の角度を変えるたび、2人の間に銀糸がかかる。

ラスは、一瞬だけ唇を離して、リンをいとおしげに見つめる。

多分、おまえは知らない…

おまえの視線、おまえの仕草の一つ一つに、俺の心がどれほど揺らされるか。

そして、今、おまえの率直な求めに、俺の魂がどれほど震えているか…。

俺の心をこれほどまでに揺さぶるのは、おまえだけだということを、おまえは知っているのだろうか…。

言い尽くせないもどかしさに駆られ、ラスは執拗なまでにリンと唇を重ねる。

だが、何度唇を触れ合わせていても、満たされない。もっと触れたい、俺もまた、おまえの魂を揺さぶる存在でありたい、そんな渇望に心は灼けるようだ。

ラスは、口付けをリンの唇から桜色に染まる耳朶に、首筋へと移していく。首筋からうなじへと唇を滑らせていく過程で、自然にリンの身体を裏返した。そして、リンの背に覆いかぶさり、しなやかな背筋に唇を押し当て、流れるように口付けを落としていく。

「は…」

リンの体がふるりと震えた。

ラスはリンのうなじから背中へと、そして豊かに張り出した臀部へと徐々に唇を滑らせ、そこここを吸い上げた。時に歯を立てると、リンの背は優美な線を描いてしなる。リンの背にラスの刻印が次々と刻まれていく。白い背中に幾多の花びらが散らされていくような眺めが、ラスの心を更に熱くする。

そのまま、後背からリンの揺れる乳房に腕を伸ばそうとした時だった。

「ラス…ラス…」

リンが半ば無理矢理後ろをふり向こうとした。小さな舌先を差し出して、ラスに口付けを強請ってきた。

ラスは自らも舌を差し出し応える。2人の舌は競い合うように互いに激しく絡みあい、弾き合う。

リンは、それでも飽き足らぬとでもいうように、ラスの頭をぐいと抱えて、もっと深い口付けを仕掛けてきた。リンの舌がラスの口腔内に深く入り込み、貪るようにきつく吸い、そして一度離れた。

「ラス…ラスの顔、見せて?ラスのこと、もっと見たいの…見ていたいの…」

「リン…」

口付けると、いつもは自然に瞼を閉じるリンが、キスの間、やるせなげに自分をずっと見つめていたことにラスは気付いた。

瞳を閉じたらラスが消えてしまうとでも思っているかのような切実さで、リンはラスを見つめていた。

小さな掌は顔の輪郭の隅々までも確かめるようにラスの頬を包み込んでいた。

俺の顔かたちを瞳に焼き付けたいのは、おまえの方なんだな…

リン…大丈夫だ、俺は消えたりしない。おまえの目の前にいない時があっても、俺は何時でもおまえを想っている。それを伝えてやりたい、おまえを安心させてやりたい…

後背から縛めるようにきつく抱きすくめた。リンが苦しいかもしれないと思いながらも、今一度頤を強引に掴んで顔を振り向かせ噛み付くように口付けた。

「んんっ…んむっ…」

苦しがってリンが口付けを解くや、そのタイミングを狙ってリンの身体を表に返した。肩甲骨に軽く歯を立てながら、両の乳房をわし掴み、こねるようにきつく揉みしだく。

リンの乳房はあつらえたようにラスの掌にすっぽりと収まる。乱暴な程激しく揉みしだいても、自らラスの手に吸い付いてきて離れない。乳房を掴む指と指の間で、花の蕾のような乳首が可憐に、しかし、毅然と自己を主張している。

早く弄って欲しいと懇願されているような気がして、ラスは指先で両の乳首を一時に摘んだ。

「あんっ…」

リンが軽くのけぞった。

ラスは乳首をくりくりと軽く捻ったり、指の腹で押しつぶしながら転がす。触れる指先を押し返すほどに、乳首が更に硬く尖る。その硬さに誘われるように乳房に覆いかぶさり、乳首を唇で挟み込んだ。弾き返すような弾力が唇にたまらなく心地いい。乳輪ごと貪るように口腔に含んで丹念に乳首を舐めあげる。舌で左右に弾いたり、くるくると舐め回しながら、より硬くそそり立った乳首を存分に吸う。

手で交互に乳房を捏ね、乳首を弄りながら、もう片方の手をなだらかな腹部へ伸ばしていくと、リンが待ちかねたように、うっすらと足を開く。

太腿をなで上げながら股間に手を差し入れ、瑞々しい花弁の弾力を楽しむように柔らかく撫でさすると、リンの腰が焦れたように揺らめいた。自然になのか、誘っているのかラスの手に自ら花弁を押し付けるように、腰が浮き上がる。

そろえた指先でつぷりと花弁の合わせ目を割ると、待ちかねたように愛液がとろりと溢れ返り、ラスの指をしとどに濡らした。ラスは、花弁の浅い処で指を行き来させて、くちゅくちゅと水音を響かせる。ねっとりと指に絡みつく熱い愛液に、そのとめどない豊かさにラスの情欲もまた、更に熱くいきり立つ。

リンの腰を持ち上げて抱え込み、大きく足を押し広げる。色濃く染まった花弁は、溢れる愛液で絖のように濡れ光り、ラスの目を妖しく捕らえて離さない。

リンは、ラスが己の花弁を見つめる視線を感じる。恥ずかしくてたまらない。でも、見て欲しいと頼んだのは私。私の全てを、その瞳に焼き付けてほしい。こんなことを思うのはラスだから…ラスにだけ。

「ラス…見て…私を………」

言葉にした途端、どうしようもない羞恥に襲われて思わず目を閉じ、横を向いてしまった。

だが、ラスはそんなリンの頤を摘んで自分の方を向かせ、閉じた両の瞼に、次いで唇にと触れるだけの口付けを落とす。

「ああ…わかっている…」

ラスは、リンの花弁を大きく指で押し広げ艶やかな媚肉を露にする。濃い紅色に染まったそれは、普段のリンからは想像できないほど淫らな風情でラスを誘う。媚肉を彩る愛液は、糖蜜のようにとろりと濃く、リンの情欲の切実さを物語る。誘われるままに花弁全体に口付け、舌を深々と秘裂に差し入れた。複雑に重なり合った柔襞を舌でかき分けるようにして、媚肉の感触を味わう。

「ああっ…」

押さえつけたリンの足がびくびくと震えた。

媚肉は灼けるように熱く、唇にとろけるほどに柔らかい。この媚肉に己の剛直を思い切り突きたてる瞬間を、この柔襞に隙間なく包み込まれる感触を思うと、ラスは頭が沸騰しそうになる。

夢中になって幾度も尖らせた舌先で秘裂を犯す。引き抜く舌で花弁のあわせ目を割るように舐めあげる。花弁全体を食むように口付け愛液をすする。

同時に肉芽の莢を指先で押し広げて、艶やかに光ってしこる小さな珠をむき出しにした。

丸めた舌で掬い取ったリンの愛液を、硬く張り詰めた肉珠に擦り付けるように舌先を踊らす。

「きゃぅっ…」

リンの背が優美な弧を描いてしなった。

そのまま、肉珠を思いきり舌で弾き転がすつもりでいたら、リンが懸命に身体を起こし、ラスのものに手を伸ばそうとしてきた。

「ラス…わ、私も…ラスの…ラスのこと、愛したい…愛させてほしい…」

息も絶え絶えに訴えるリンに、ラスは優しく微笑み頷くと

「なら、おまえが上になる方が楽だろう」

といって、リンを抱き起こすと同時に自らは横たわって、自分の身体をリンにまたがせた。

「あ…」

舌戯の余韻に意識が覚束ないリンも、体の向きが互い違いになっていることの意味がわからぬはずがない。

とても恥ずかしい…けど、嬉しい。

これがラスの実直な思いだと、ひしひしとわかるから。

私がラスのことを愛したいって言ったから…でも、ラスももっと私を愛したいって思ってくれてるから…一緒にできるようにって、そう思ってくれたのが嬉しい。

優しいラス…私も、気持ちのありったけであなたに好きって伝えたい。

そう思って、ラスのものにそっと手を添える。

ラスのものは、これ以上はない程の急峻な角度で屹立しているので、少し、自分の方に引き寄せないと口に含めない。

手に触れると、改めてその逞しさに圧倒される。幹はふてぶてしいほどに太く、人の肉体の一部と思えぬほどに硬い。が、焼けるような熱さと手に重く響く脈動は、間違いなくラスの生命の証だ。

「ラス…好き…」

幹の根元の方から、先端へと丁寧に舐めはじめる。

節くれだつような幹から、大きく張り出した雁首へと舌を押し当て、全体に唾液をまぶすように舐めあげる。

カリの境目でくすぐるように舌をうごめかして、張り出したカリそのものは舌先で弾く。舌が先端までたどり着くと、その滑らかな部分に幾度も愛しげに口付けを落とし、鈴口の合わせ目に控えめに舌を差し入れる。ラスの先走りを舌に感じると、自分の体の奥がきゅぅっと締め付けられるようにうずいた。

その時を狙い済ましたかのように、ラスの舌も再びリンの秘裂に差し入れられた。

「あっ…」

リンは思わずラスの怒張から口を外してしまう。慌てて先端に舌を回しなおすが、どうしてもたどたどしくなってしまう。

ラスが容赦ないほどに、花弁と肉珠へ舌での愛撫を与え始めたからだ。

リンの濡れ濡れと光る花弁がひくついて愛液を溢れさす淫らに美しい眺めに暫し見惚れているうちに、リンの熱い舌に己の怒張が包まれていた。ぬめぬめとまとわり付く柔らかな舌の感触に、思わず嘆息をつきそうになった。

負けじとばかりに、舌を差し出して花弁の合わせ目をわり、すぐに舌先でしこった肉珠を捕らえた。肉珠から舌を離さぬようにして、すばやく縦横に肉珠を舐った。

「っふぁっ…」

ラスの怒張で口がふさがっているリンがくぐもった嬌声をあげた。

舐める傍から、肉珠はより硬く膨れていくかのようだ。

舌と唇に感じる、ぷくりと硬く膨れきった肉珠の感触がたまらなくかわいらしい。だからこそ、何か苛めてやりたいような気がしてしまう。この宝珠を自分に屈服させたくなる。

肉の珠を舌ですばやく弾くように転がし、かと思うと、絡みつくように舌全体でねっとりと舐めあげる。肉珠の周りでゆっくりと舌を回しもする。

「あっ…あんっ…やぁっ…」

リンは、何度もラスの怒張全体を口に含み、唇全体でしごくように愛撫しようとしては、ラスに声を上げさせられてしまい、上手く果たせない。

ラスの暖かな舌が蠢くたびに、その一点から下半身が溶けてなくなっていくようだ。じんと痺れ、白熱する意識に、行為は無秩序になっていく。ラスのものを口に含んで雁首全体に舌を回したかと思うと、いやいやをするように首を振って離してしまう。慌てて含みなおして、一心に先端をちゅくちゅくと吸う、唇全体で幹の部分を撫でさする。

「ラスの…すごい…すごい硬い…」

感極まった風情で、凶悪なほど逞しいそれをほお擦りせんばかりにいとおしむ。

ラスは肉珠から一度唇を離し、律儀にリンに応える。

「ああ、おまえの中に入りたがっているからだ…」

唇の替りに極々軽い力で指の腹で肉珠を転がし、秘裂をくすぐるように指でかき回してみる。花弁がひくひくと息づいて、蜜を滴り落とすさまがよくわかる。

「おまえのここも…入れて欲しそうにひくついている…」

「ああ…ラス…」

リンはラスの言葉に陥落する思いだ。この灼熱の肉柱が自分の中心を分け入ってくる時を思うと、もう、たまらなくなる。

「や…そんなこと言ったら…だめ…」

「何故だ?」

「だって…だって……我慢できなくなっちゃう…欲しくて…」

「……何が欲しい」

「ラス…」

「言え…リン…」

「ラスの…ラスが欲しい…」

リンは、今、自分が何より欲しているものをやんわりと握り込んだ。

「もう、挿入れて…おねが…」

リンが皆まで言う前に、ラスは身体を起こし、リンの肩を突くようにして寝台に横たわらせた。

リンの膝頭を掴んで無造作に大きく足を開かせる。

「あ…」

一瞬、リンとまなざしが交差した。早く…と瞳で訴えられた気がして、懇願に応えるように、ラスは、先端を潤びた花弁にあてがうや一気に貫いた。

「あああっ…」

押さえ込んだリンの膝が、ぶるぶると震えるのが腕に伝わってきた。

大きいストライドで肉壁を擦り上げながら、リンの膝を折り曲げ、身体に密着するほどにきつく押し付ける。リンの腰が僅かに浮いて、ラスのものがリンの秘裂を出入りする様が、はっきりと見えるようになる。

「リン…俺のものがおまえを貫いている……」

「あぁっ…ラス…ラスのが…こんなに…入って……」

「見て…欲しいんだろう…?」

「んっ…見て…ラス…ラスのが入ってる処…私と…繋がってる処を見てっ…見てほしいのっ…」

「ああ…」

ラスは意識して、腹側の肉壁をカリで擦りあげた。浅いところで抜き差しを繰り返すと肉茎がリンの花弁を押し開いて出入りするさまが、より克明にわかる。

リンを己の性器で刺し貫くことで、その様を見つめることで、リンを自分のものだとかみ締めたい。それは自分自身の願いでもある。

素早くリズミカルな律動にあわせ、ラスの肉茎がリンの秘裂を出入りする。リンの花弁がラスの怒張に押し広げられて膨らみ、その膨らみが、豊かな弾力でラスのきつい律動をやんわり受け止める。リンの愛液に塗れて濡れ光る肉色の柱が濃紅色の媚肉の中から現れ、雁首にめくれあがった襞をまとわりつかせている様は、実際たとえようのないほど淫らな光景だった。

「はっ…あぁっ…あんっ…」

だが、悪戯に浅い性感を刺激されてリンの眦には涙が滲む。むずかるように首を横に振る。気持ちいい、気持ちいいけど…何か足りなくて…もどかしくて…焦れて、苦しい…。

「や…ラス…もっと…もっと…」

「どうして欲しい、リン…」

「…あ…もっと…いっぱい…」

「…」

リンの明白な求めを引き出したくて、ラスは、リンの足を押さえ込む腕に力を込める。より鋭く、だが肉壁の浅い部分が激しく擦られる。

リンが切羽詰って、より高い声をあげた。

「やっ…もっと一杯…奥まで…突いて!…思いきり突いてっ!」

言葉で応える替りに、ラスは渾身の力でリンの最も奥深い処を刺し貫いた。

「ひぁあっ…」

リンの体が大きくのけぞり、小刻みに震える。

ラスは、リンの肉壁をきつく擦りながら、今、思い切り突き上げたばかりの最奥を狙って続けざまに怒張をたたきつける。幾度も幾度も執拗なまでに。リンを壊さんばかりに激しく力強く。

「ああっ…あぁっ…やぁあっ…」

リンが激しくかぶりを振る。

だが、まだだ…まだ、足りない…。

ラスは、リンの締まった足首を掴んで自分の肩に乗せ、臀部を抱え込みんで更に深い結合をもくろんだ。

間断なく渾身の力で突き上げる。引き抜き、また、打ちすえる。そのたびに肉のぶつかる湿った音が響く。

突き上げられる時は脳天まで刺し貫かれるようで、引き抜かれる時は張り出したカリに媚肉を掻きだされるような狂おしさで、ラスの一突きごとに、リンの脳裡に火花が散る、意識が焼ききれそうになる。

「あっ…あぁっ…い…いいっ…はっ…ぁああっ…」

あまりに深く途切れのない快楽にぼんやりと霞む視界、それでも…どうしても今日は目を閉じたくない、ずっとラスを見ていたい。

しなやかに引き締まった肉体に汗の珠が浮かんで光る。私を支える腕は、鋼のように強靭で逞しい。いつも優しく私を見つめるあなたの顔、今は、切なげで苦しそうですらあって。私のために、そんな表情をしてくれてるのが嬉しい…あなたの全てがあまりに綺麗で、胸が一杯になって泣きそうになってしまう。

「ラス…ラス!好き…好きなのっ!」

リンは心の欲するままにラスに腕を伸ばす。が、激しく揺さぶられているため、ラスに届かず中空を悪戯に掻く。

だが、虚しく宙を舞ったその腕を2本1度にラスが捕らえた。すぐさま腕ごとリンの身体を強引に抱き起こして、自分の身に抱きつかせる。

リンの足はラスの肩に担ぎ上げられたままだ。半ば抱き起こされてラスにしがみつくリンは、2つ折りの姿勢でラスに最奥まで刺し貫かれた。

「リンっ…」

ラスがかなり強引に唇を重ねてくる。

リンは体が折り曲げられるようで苦しい、自分の腰を支えるラスの指はリンの臀部に食い込むほどだし、ラスの律動はますます早まり、深く重い律動は一層激しい。容赦なく肉壁を擦られ、子宮口を叩くように突き上げられ、柔襞はえぐるように掻き出さる。

壊れてしまいそうと思うのにリンの媚肉は一層ラスのものを離すまいとまつわりつく、意識せずとも思い切りラスのものを締め上げている。

「あぁっ…だめっ…もう…」

絶頂が近いことをラスは知る。リンも、自分自身もだ。リンの柔襞が無秩序に震え始めている、その小刻みな痙攣に腰の辺りにわだかまった快感が激しく解放を求め始める。

肉茎全体を絞り込むようにずっと締め上げられている。もう、それほどもたない。媚肉を掻き分けて突き上げるたび、絡みつく柔襞から強引に己を引き抜くたびに、ラスの脳裡にもスパークが飛び散っている。

その飛び散る火花の只中に更に自分を追い込むように、ラスは限界まで律動を早め、力の限り腰を打ちつけ、リンの最奥を抉った。

「あ…あぁっ…やぁああっ…」

リンの全身が瘧のように震えた。

媚肉がうねるように蠕動して、ラスの怒張を千切らんばかりに締め付けた。

「くっ…」

リンの最奥でラスのものが更に膨らみ、次の瞬間、熱い精をほとばしらせた。

「あ…あぁ…」

リンは、全身が溶けて蕩けてラスと交じり合ってしまったような幸福な錯覚に酔った。

白熱する快楽は、波のごとく途切れなく幾重にも重なって押し寄せリンの身体と意識を洗っていた。

熱く滾るものに胎内を一杯に満たされ、内側からじんわりと体が熱くなるのを感じる。十全に満たされる喜びは限りなく深く豊かだった。

ラスの端正な顔が近づいてき、包み込むような口付けをくれた。

 

リンの呼吸が整うのを待って一度身体を離そうとしたラスに、リンはきゅっと抱きついて押しとどめた。

「や…ラス…離れないで…このまま…私の中にいて…お願い…」

セックスを望んでいるのではなかった。ただ、ラスの体温を、肌の感触をできる限り長く感じていたかった。

「だが…これではおまえが重いだろう…」

「ううん、いいの。このままがいいの…ラスのことが全身で感じられるから…ラスの暖かさが…ラスの香りが一杯感じられるから…」

朝になれば…否応なく長い別れが来る。どんなにこの肌を恋しく思っても、ラスの香りを感じたくても、次に会えるのは何時になるだろう。そう思うと、ラスの重みが、肌の感触が、たまらなく愛しく貴重だから。できる限り長い間、こうして抱き合っていたい…

「次に…会える時まで決して忘れたくないから……全部、覚えておきたいから…」

一時の別れは自分の決めたことだけど、口にすると、やはり泣きそうになってしまう…

気弱な気持ちを振り払うように、ラスの身体にきゅっとしがみついた。

ラスも承諾の証のように、リンを抱き返した。

暫しの間の後、ラスがぽつりと呟いた。

「リン…昼にフロリーナと話していたな…やはりフロリーナはヘクトルと…オスティアに行くのか?」

「え?ええ…」

リンは何故ラスがフロリーナのことをいきなり話出したのかわからず、いぶかしんだ。

「ヘクトルも…これからが大変だし…フロリーナは傍にいたいって…あのフロリーナが…自分に何ができるかわからないけど、ヘクトルさまの力になりたいって、はっきり言ったの。それでね…実は、私も勇気が出たの…ラスに…正直な気持ちを伝えなきゃって、勇気が出たの…」

「そうか…それなら…俺も…フロリーナに感謝しなければならないな…」

「え…?私が…勇気を出せたから…?」

ラスは一瞬軽く微笑んだ。が、すぐ真剣な面持ちになった。

「…リン…フロリーナがオスティア候に同行するとなれば…キアランまでおまえを守るのは騎士であるセインとケント、それにせいぜいウィルの3人だけ…公女の護り役としてはいささか心もとない」

「な…私は深窓の令嬢じゃないのよ!フロリーナがいなくなっても、自分の身くらい自分で守れ…」

ムキになって反駁しようとしたリンに、ラスは一瞬あっけにとられた顔をし、次いで、苦笑した。困ったように笑むラスの顔を見て、リンは漸くラスの言葉の意味に思い当たった。

「え…?あの…まさか、ラス…もしかして…」

「俺の手は…必要ではないか…?」

「!!!…」

リンは自分の早とちりに真っ赤になりながらも、慌てて…本当に慌てた様子で、ラスにしがみつくように抱きついた。

「いいえ…いいえ!ラス以上に欲しいものなんてない!でも、ラス…本当に?キアランまで…キアランまでは一緒に来てくれるの?私の思い違いじゃなくて…?本当に一緒に来てくれるの?」

「おまえを狙う刺客はもういないかもしれないが…黒い牙の残党が誤解や逆恨みでおまえたちを狙わんとも限らない。護衛の騎士が3人では心もとないことは事実だし…」

一呼吸置いてから、ラスが付け加えた。

「何より…おまえが無事領地に着くまで俺の気が休まらない」

「ラス…ラス…うれし…」

ぽろぽろと、朝露のような涙をリンが零した。

悲しい涙は意思で堪えることができる、なのに、どうして嬉しい涙というのは抑えが効かないのだろう。

「だって、まさか、そんな…ラスは…明日…朝になったら草原に行ってしまうと…そう思ってたから…」

「明日発つとは言っていない」

「もう…もう…ラスったら…そんなこと一言も…」

リンが泣き笑いの顔になる。

「ほんの…意趣返しだ…」

「え…?」

「いや…」

「あ…もしかして、昼間私が逃げちゃったから…言う暇がなかった…?」

「ふ…そうだな…」

ラスは微苦笑とでも言う複雑な笑みを見せ、リンの髪を撫でた。

おまえが逃げ出したから、何もいえなかったのは事実だが…それは時間がなかったからではない。

俺の想いが…おまえを待つつもりだった俺の想いが、俺の独りよがりなのかと、一瞬だが思ったからだ。

おまえの一粒の涙に情けないほど動揺し、おまえの笑みにこの上ない喜びを感じる。おまえの歓喜に咽ぶ姿に、俺もまた、この世のものとも思えぬ快楽と幸福に酔いしれる。

おまえへの愛しさは俺の身中を限りなく満たし溢れて、全てはおまえに注がれる。だが、おまえに受け止めてもらってこそ、俺のこの思いは十全となる…

だからこそ、おまえは、ほんの些細な言動で…俺の手を振り払うだけで俺の心を殺すこともできる。

おまえに必要とされる歓喜を、俺はもう知ってしまったから。

それをおまえは知っているのか…。

「リン……おまえは…きっと知らないのだろうな…」

「え…?」

「いい…今はいい…一生かけて俺が教えてやる…」

「ラス…なに…?」

「いや…何でもない…」

改めて、ラスはリンの身体をきゅっと抱きすくめた。

キアランにリンを送り届け、クトラの現状を一通り見届けたら…ギィの話によると親父はまだかくしゃくという言葉が憚られるほど頑健らしい、俺がすぐ跡目を継ぐ必要はないだろうから…折りを見て草原を再び横切り、リンに会いに行こう。

この決意を告げたら、リンは喜んでくれるだろう。だからこそ、キアランで、いよいよ一時の別れを迎える時に、希望としてこの言葉を残していこう。

少しは…リンにも俺のことを想って心を震わせて欲しいという、子供じみた欲があるのかもしれない…

こんな本心を言ったら、きっとリンは怒るだろう。

私がどれほどあなたを想っているか、あなたを好きか、わからないの?と言って怒るだろう。

そんなリンがたまらなく好きだ。

「リン…俺の伴侶は…俺の子を産む女はおまえだけだ」

「や…ラス…いきなり…照れるじゃない…」

花の色に頬を染めてはにかみ、しかし心から嬉しそうにリンは笑んだ。

「でも、嬉しい…私もラスが誰より好き…大好き…」

この笑顔を護るためなら、俺は何でもできる、素直にラスはそう思えた。

同時に身体も真っ正直に反応する。

リンも、己の胎内で再び自己を主張するものを察したのか、なにやら居心地悪そうにもじもじし始めた。

「あの…ラス…?」

「どうした…?」

ラスは素知らぬ顔で、ゆっくりと腰をグラインドさせ始める。

「あっ…あっ…やっ…そんな動いちゃ…」

「嫌か?」

「………嫌じゃない…」

「…まだ、おまえを後ろから貫いた時の様子を…じっくり見ていない…全て…見て欲しいのだろう?」

「やっ…ラスの馬鹿!」

「おまえが望んだことだ」

「そうだけど…そうだけど…口にすると…恥ずかしい…」

「では…やめるか?」

もう、すっかりリズムの乗った律動をくりだしながら、ラスは真顔で尋ねた。

「やっ…馬鹿馬鹿、ラスの馬鹿…今…やめちゃ…いや!もう、やめちゃダメ!」

「おまえが望む通りに…」

柔らかな笑みを見せながら、ラスは本格的な突き上げを再び開始した。

リンの悦びに溢れた表情を重ねて己のものにするために。

Fin

おなじみ、青空給仕さまの「骨董甲子園」にさしあげてコラボ作品にしていただいたものです。
テーマが、ラス・リン、2人相身互いに揺れて震える心模様ということで、タイトルは「Toremolo]にしてみました。うーわー、なんか、モロ乙女ちっくで照れるー!
しかも、内容は私のラス×リンの中でも筆頭に甘い!もーカルピス原液なみの甘ったるさです。この歯に沁みるほどの甘さが自分でも快感!(笑)ええ、私、甘いもの大好きですから。
しかも、ラスは甘くてあっても崩れないキャラなんだなー。考えられないような辛酸を舐めてきているのに、それを拗ねもせず、おごりもせず、ありのままに受け止めてきた度量のある人で、しかも真剣に恋しているからですね。だから、私も臆面もなく格好よく書けるんです。殺し文句はすべて「素」です。かっこいいこといってリンをうっとりさせようなんて作為は欠片もない、だからこそ、かっこいいという逆説的な男がラスです。
そして、こんなカッコウイイ男が惚れる女の子がリンですから、ラスが惚れるのも無理ないよ、と思っていただけるかわいい女の子に書いてあげたい。私の考えるリンは、とことん真っ直ぐで、率直で、優しくて、純真です。ちょっと意地を張っても、自分が悪いと思ったらすぐ謝れる素直な子です。リンのこんな愛らしさが、少しでも私の筆で伝わったかなぁ、伝わるといいなぁ。
で、純真だからこそ、自分の愛に迷うのです。優しさゆえに悩むのです。そしてラスは、そんなリンの迷いをきちんと受け止められる人なんです。リンを悩ませないで済むのなら、自分が待つことも、遠恋も苦にしないで乗り切っちゃう懐の広さがあるんです。それでも、少しだけ意地悪しちゃうのは「自分がリンを思うほど、リンにも俺のことを気にかけてほしいな」という、甚だ人間らしい、惚れたゆえの弱みでもありまして、自分で書いててこんなラスが好きでたまらん!ラスの話を書けば書くほどラスが好きになってしまう(爆)
そしてそして、青空さんに、ありがたくも挿絵を描いてくださるとおっしゃっていただけまして「どこのシーンがいいとかご希望は?」と尋ねてくださったので図々しくも「ラスが果てた後も、自分の中にいてくれと頼むリン」がラブ度高くて好きなんだけど、と申しましたら、本当に寄寓にも偶然にも、まさに運命に導かれるがごとく、青空さんもこのシーンが描きたいと思ってたとおっしゃっていただけて、大感激!
あああーやっぱり私たちのエロ萌えツボはがっつり重なっているのねっ!リンのふくふくとラスのお宝のように、あつらえたようにぴったりなのね!もう放れられない2人の絆なのね!と勝手に盛り上がる盛り上がる(笑)
しかし、盛り上がってくださったのは青空さんもご同様で、お話のファイル送った翌日に挿絵があがってきたんですよ、早っ!すご早っ!奥歯に加速装置ついてるわね!青空さん!
それが文中に挿絵として入ってます「ラスリン挿入したままぎゅーっ!」の情景です。
もうもう、ラスの背中のしなやかかつ逞しい背中のラインが!うねるような背筋が!たまらーん!(きゅぅうう〜…失神)
締まりに締まったウエストラインといい、きゅきゅっと引き締まったお尻のラインといい、男性の肉体美ここに極めリですよっ!ラスは表もいいけど、背中もこんなに美しいよー!いや、四方八方どこからどう愛でても麗しいのが青空さんのラスなのよっ!
そういや、ラスの背中のラインと魅惑のお尻はまだ描いてもらったことがなかったことに、イラストを頂いてから改めて気付き、このシーンを描いてくれてありがとう青空さん!このシーンを描いてもらいたいと(無意識でも)思った自分エライぞ!とか思ったりして。だって、おかげでこんなに麗しいラスの背中ときゅきゅきゅのお尻が拝見できたのですものー!あああーまた寿命が延びてしまったわー!そして、リンの切なくもラスへの愛しさ溢れる表情がまた秀逸ですねっ!ラスを抱くリンの手がリンの想いを全て語ってますね!青空さんは、ほんと「手の動き、手の演技」でキャラの感情を見せてくださる芸術家なのですわー。青空さんの技量にマジ感服してます、惚れぬいてます、私は。青空さん、ほんとにほんとにありがとうございます!
本当は骨董甲子園さまのサイトオープン一周年記念プレゼントのつもりでしたのに、またもや私の方が幸せもらっちゃいましたわ、はふーんv
青空さんの骨董甲子園には、上記のイラストの背景色違い&ラスとリンの身体に珠の汗が浮かぶ艶めき色めきセクシーバージョンが掲載されております。骨董甲子園さまで、また、雰囲気の違うそちらのイラストもぜひぜひご堪能になってくださいませ。事後の汗ってセクシーだよね、ってのが、直球で伝わってきます、必見!

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