APERITIF〜食前酒〜  

幾度かオスカーの誕生日を祝ってきて、アンジェリークには、わかったことがある。

オスカーは形あるものにはあまり拘らない、記念になるようなもの、形として残るものを、自らはそれほど欲しがらない。

それは、オスカーが物質的には、十分に恵まれているからだろう。尤も、物質的な贅沢を享受できる、言い換えれば、多額の報酬を与えられているのは、あまりに多くの、有形無形の人として当たり前の幸福や権利を諦めさせらている、その埋め合わせみたいなものではないかと、アンジェリークは思うのだが…守護聖は、女王や補佐官と違って、自らなりたくて選びとった職業ではないから、尚のこと。

でも、とにかく、そういう訳で、オスカーに限らず、守護聖の暮らしは、物質的には恵まれている。だから、一緒に暮らし始めて迎えた最初のオスカーの誕生日に、アンジェリークは、オスカーに何をプレゼントすればいいのか、困ったし、悩んだ。オスカーは既に何でも持っておりーしかも趣味も品も質もいい、一流のものばかりだー贈って喜ばれる『物』を、アンジェリークはどうしても思いつかなかった。

だから、素直に聞いた。「欲しいものはなんですか?」と

すると、初年度から毎年、返ってくる答えはずっと決まっていてーアンジェリーク本人だーしかも、それ以外、ほしいものが思いつかないという、思わず赤面してしまう付記までついてくる。それは、アンジェリークには、舞い上がってしまう程、嬉しく有難い答えなのだが、別の見方をすれば、日常と替り栄えしないものを所望されていることも事実なので、それにアンジェリークは忸怩たるものも感じてしまう。

それを補うのが、所謂、自身のラッピングであった。贈り物の内容は、毎年、同じでも、ラッピングを替えること、つまり、いつもと異なる装いを施すことが、オスカーを喜ばせてあげられるらしい、というか、それが一番オスカーを喜ばせてあげられるらしい、とアンジェリークが気づくのに、そう、時間はかからなかった。

オスカーの誕生日にあわせてリゾート旅行をしたのは「俺はお嬢ちゃんの水着姿をまだみたことがない!」と声高に主張されてのことであったし、二人きりで過ごすバースディナイトを望まれた年は、オスカーにしか見せられない装いを要求されたからであったしーエプロン一枚を装いというのなら、であるがーダンスを見せてくれといわれた時は、自分がフレンチカンカンの衣装をつけた処を、オスカーはみたかったらしい。つまり、自分という中身は同じでも、普段の自分と、装いというか、飾り付けが異なると、オスカーは大いに喜んでくれるのだった。

二人が出会った年に醸された記念のワインを所望されたのは、いわば例外だったが、ワインというのも、後に残らない贈り物、一時、甘美な味わいと酩酊を残すのみ、という観点からみれば、今までの贈り物と同じ括りといえた。

オスカーの望むものは、ある一時に、甘やかな感動や、うっとり酔いしれるような心地よさをもたらし、鮮やかな思い出が刻まれるような事柄であり、その思い出こそが、オスカーにとっては、最高の贈り物になる、ということなのだと思う。

これもオスカーが守護聖であることと無関係ではないだろうと、アンジェリークは考える。聖地という定められた囲い地で、千年一日のごとき日々を過ごしてきたこと、これからも、いつまでと限らず、過ごしていかねばならないことが、後々まで残る物品よりも、滔滔と過ぎ行く時の流れの中で、光り輝く鮮やかな思い出や五感を刺激する特筆すべきエピソードをこそ、歓迎し喜ぶという、オスカーの嗜好を反映しているのではないかと、アンジェリークは感じる。

そして、愛するオスカーが、喜んでくれる、これ以上に大事なことは、ない、とアンジェリークは思っている。

愛する人が、楽しみ、喜び、うれしいと感じてくれることは、自分自身にとって大きな喜びであるし、それを自分が供せられるのであれば、尚のこと、うれしい。オスカーが幸せだと感じることが、イコール、自分にとっても、一番の幸せなのだ。だから、オスカーの望むことなら、アンジェリークは、可能な限り、精一杯、応えたいと思う。が、無理をしているわけではないし、滅私奉公と思ったこともない、オスカーが喜んでくれると、自分も嬉しくて、幸せと感じるから、頑張りがいがあるし、実際、頑張れてしまう、それだけだ。そういう意味では、オスカーを幸せにすることは、自分を幸せにすることに、還っていく。

しかも、ちょっと…いや、かなり恥ずかしいが、オスカーの喜ぶことは、大抵、アンジェリーク自身の肉体的な喜びもワンセットになっていることが多い…というより、それが大半なのだった。むしろ、自分の方が、オスカーより、よっぽど深く強く激しい喜びに浸らせてもらっているのではないかと、アンジェリークはしばしば感じる。そういう意味では、オスカーに喜んでもらうことは、めぐり巡って、自分のためになってしまっているといえないこともない。

それは、きっと『オスカー様が幸せそうだと、私がうれしく思うように、オスカー様も、私が幸せそうだと、うれしく感じてくれるからじゃないかしら』と、アンジェリークは推す。改めて言葉にすると、とても照れてしまうが、こんなに幸せなことはない、ということも、アンジェリークは、よくわかっている。

そういうこともあって、アンジェリークは、いつも、オスカーに対して、深い愛情と共に感謝の気持を忘れないし、愛する人の喜びは何か、いつもアンテナを張っていたいと思うし、自分ができることで、オスカーが喜んでくれるなら、大抵のことは、してあげたいと思う。もちろん、それを苦だとは思わない、最近では、むしろ、オスカーの趣向を面白がる余裕もでてきたりしていた。

たとえば、記念のワインを贈った翌年のことである。誕生日に、オスカーから、その前年と同じようにワインとケーキを所望された時、アンジェリークは、今年も去年と同じものでいいのか、なんて、オスカーにまぜっかえすことはせず「オスカー様は本当にお酒がお好きなのねー、それに私の作る甘くないケーキも気にいってくださったみたいで、嬉しいな」と、素直に、張り切ってヴィンテージ物のワインを用意した。そして、いざ、当日になって、ワインのボトルを差し出そうとしたら、オスカーから「せっかくのワインとケーキだ、今年は、お嬢ちゃんが赤ずきんちゃんに扮して、俺に届けてくれないか?俺は、部屋で待っているから」と赤ずきんちゃんごっごを要求されーしかも、その場で、用意周到なオスカーから赤いフードとリボンつきのマントを手渡された時も、びっくりはしたが「オスカー様が、喜んでくれるのなら」とアンジェリークは、やっぱり素直にマントを羽織ったし、赤ずきんの出で立ちで、主寝室のドアをノックして「お入り、お嬢ちゃん」という型どおりのオスカーの返事から始まった「赤ずきんちゃんごっこ」に、アンジェリークは、それはそれは生真面目に応じたのだった。

「オスカー狼さんのお耳は、どうして、そんなに大きいの?」「それは、お嬢ちゃんのかわいい声が良く聞こえるようにさ」なんていうやり取りも、やってみれば、実は、結構、アンジェリークにも楽しかった。

ただ、ごっご遊びの最後に、オスカーから「さ、マントを脱いで俺のベッドにお入り、お嬢ちゃん」と請われた時は「あ、赤ずきんって、そういうお話でしたっけ?」と控えめに疑問を呈したものの「お嬢ちゃん、赤ずきんの話はな、原典では、おばあさんに扮した狼が、赤ずきんに、服を脱いで、全裸で自分と一緒のベッドで眠ろうといって、それに素直に従った赤ずきんが、狼に美味しく食べられて、おしまい、なんだぜ?だから、これこそ正しい赤ずきんごっごなんだ」と、わざわざ挿絵つきの本を見せられて、得々と解説されー絵本の挿絵では、本当に赤ずきんが、狼と一つべッドに並んで横たわっていた、流石に横たわっているだけで、それ以上の描写はなかったがー「赤ずきんが、元々は、そんなお話だったなんて、しりませんでした」とアンジェリークが感心しているうちに、実際に自分もオスカー狼に美味しく食べられてしまったのだった。

結局、その年も、オスカーは大喜びしてくれたものの、誕生日が終ってみれば、アンジェリークの方が、真っ赤なマントをもらった上にーカシミヤ製の、軽くて暖かで手触りのいい、いかにも上質なものだったー全身溶けてしまいそうな快楽に酔わされてしまって、「これじゃ、どっちがお祝いしたんだか、わからないわー…でも、オスカー様は、ご満足みたいだから…いいのかな?」と思ったりしたのだから。

そして、今年もオスカーの誕生日が近づいてきたので、アンジェリークは、いつものように、オスカーに「何か欲しいもの、ありますか?オスカー様」と尋ねたら、オスカーは、ワインとアンジェリーク手製のワインに合うケーキが、いたく、お気にめしてくれたようで

「俺は、また、お嬢ちゃんと一緒に美味いワインを飲んで、お嬢ちゃんが作ってくれた美味いものを食べて、デザートにお嬢ちゃんをじっくり味あわせてもらえるのが、一番うれしい。今年も、かわいい赤ずきんちゃんが、手づからワインとケーキと赤ずきんちゃん本人を届けてくれたら、狼が、大喜びするぜ、きっと」

と、ウインク付きで答えてくれ、アンジェリークを赤面させた。

そこで、アンジェリークは、出入りの商人さんに頼んで、当たり年のワインを既に確保してもらったのだが

「でも、前と全く同じワインじゃ、流石に芸がないから…」

今年は、ワインのラベルを、俗に言う「オリジナルラベル」の物に替えてもらうことにしようと思いつき

「ラベルのデザインは炎の紋章にして…それに、「Happy Birthday My Dearest Oscar」ってメッセージをいれてもらおうっと」

と、たった今、その旨の注文を済ましたところだった。

アンジェリークは中身は同じワインでも、せっかくだから…と、ラベルを変えることで、特別な贈り物観をかもし出したかったのだ。

「けど、これって…私が、色々な衣装を身につけて、見た目の印象を変えるのと、同じこと…かな?もしかして…」

注文しながら、そんなことを、ふと考えてしまい、ひとりでに赤面してしまったりもしたが。

その「着るもの」「身につけるもの」に連想が及んだところで、アンジェリークは、もう一つ、あることを思いついた。

「そうだわ、特別なお誕生日の贈り物ってほどの意味じゃなく、たまには、私も、オスカー様に、お召し物を贈ってみようかな…」

オスカーは、自身が着るものでは、素材と着心地を重視するようで、逆に、流行や見た目の華やかさには、あまり頓着しないようだった。家で着るものは、ゆったりとして、シンプルでベーシックな定番デザインのものが多く、色も、モノトーンがほとんどだ。ただ、素材には妥協せず、肌触りのいい上質なものを好む。

アンジェリークも、オスカーには、家では寛いでほしいし、基本的に、オスカーは何を着ても似合ってしまうので、今まで、オスカーの着衣に口を出したことはなかった。

ただ、オスカーは、出張が多い。そして、終始、守護聖の正装ですむ出張なら、それでいいのだが、市井のビジネスマンのように普通のホテルに滞在することも多く、そういう場合は、いかにもビジネス仕様のスーツ着用も必要となってくる。そして、ビジネススーツというのは、一見、流行がないようにみえてー実際基本形は変わらないのだがー数年単位で、シルエットやラインが微妙に変化していることがある、ある時は、ゆったりめ、ある時はかなりスリム、ネクタイの幅も同様である。肌の手入れのため、主星に定期的に下りているアンジェリークは、通いつけのエステサロンが一流ホテル内にあるため、ロビーやティールームにいる客を眺めるともなしにみているだけでも、その時々の流行がよくわかる。特に女性の流行は本当にめまぐるしいので、見た目にわかりやすいのだが、ある時、それまで、たっぷりゆったりめなシルエットが普通だったビジネスマンのスーツ姿が、唐突に、全体にほっそりすっきりした印象に変わってみえたことがあった。「私の気のせいかしら?」と疑問に思って、エステの同行者兼保護者のオリヴィエに尋ねてみたら「実は、男性のビジネススーツにも、数年おきに流行ってのがあるのさ、定番デザインに見えるものも、マイナーチェンジを繰り返してたりもするしね」と、教えてくれたのだった。

「ある有名なデザイナーが、ほっそりとしたスタイリッシュな男性スーツをデザインしたら、それがエリートビジネスマンにバカ受けしてね、ライバルのデザイナーまで、そのスーツを着るためにダイエットした、なんて逸話もあるんだよ」と。

オスカーが着用するスーツは、基本的にオーダーなので、それこそ、流行はほとんど関係ないと思うのだが、たまには、プレタで、その時流行のデザインのスーツに身を包むオスカー様も、ステキではないかしら、次の出張の時に、着ていただくなんて、どうかな…なんて、アンジェリークは思いつき、一度思いついたら、このアイデアをどうにか実現してみたくなってしまった。

「オスカー様の誕生日までには、まだ時間があるから…主星の男性用ブティックでオスカー様のスーツをみてみようかな、で、ステキだな、オスカー様に似合いそうだなって思うのがあったら、買っちゃおうかな…スーツに限らず、シャツやニットみたいなカジュアルも…」

考えて見れば、自分は、オスカー様から、たくさん、着るものをいただいている、でも、自分から、差し上げたことってなかったから…オスカー様に「欲しい」って言われてるわけじゃないけど、基本的な定番ものなら、何枚か余分にあってもいいだろうし、オスカー様が欲しいっておっしゃるものを用意した上でなら、いいかな…?

オスカーの喜ぶところを見失ったり、見誤ったりしないよう、自分の勝手な思いこみや価値観に囚われないようにしよう、「これは絶対、オスカー様が喜ぶはず」みたいな、自信過剰は戒めた上でーだって、私とオスカー様は、あくまで別個の人格だから、ものの好みも、異なる部分があるはずで、でも、だからこそ惹かれるし、理解したいと思うのだろうし…だから、謙虚でいようと、アンジェリークは心がけたいと思ってるーそう、オスカーの希望の品、ワインは用意したから、その更にオマケみたいに衣類を付け足す、って形なら、そんなに押し付けがましくないかな?

そう考えたアンジェリークは、買い物に行くまえに、オリヴィエに、今の男性ファッションのトレンドと、あわせて、オスカーの身体サイズをきっちりメモしておかなくちゃ!と考えた。でも、あくまで、オスカー様に似合いそう、これを身につけられたら、すっごくステキ…っていうものが見当たらなかったら、最初の予定とおりのものを差し上げるだけにしておこう、と、自分の思い込みが過熱・暴走しないよう、自制することも、アンジェリークは忘れなかった。

 

そして迎えたオスカーの誕生日当日。

アンジェリークは、朗らかに

「オスカー様、お誕生日、おめでとうございます」

と告げた後

「あの…プレゼントのワインとお菓子は、後で…着替えてから、お部屋で、赤ずきんがお渡ししますね」

とはにかんだ笑みと共につけくわえた。

赤ずきんなアンジェのかわいらしさを想起したのか、オスカーがうれしそうに口元をほころばせ

「ああ、楽しみにしてるぜ、お嬢ちゃん、今日、誕生日の狼が、赤ずきんの訪いをおまちかねだ」

と、言いながら、アンジェリークの頬にキスをした。

「ふふ…それとね、オスカー様…今日は、私からも…赤ずきんから、とは別に、贈り物があるんです」

「ほぅ?」

「メインの贈り物はワインなので、その前の食前酒みたいな気持で受け取っていただきたいんですけど…特別なものじゃないので…普段にも、お仕事にも使えるような…そういうものなので…」

アンジェリークが頬を染め、もじもじしながら告げると、タイミングを見計らっていたのか、執事が比較的大きめの平べったい箱を、アンジェリークに手渡した。

オスカーは、そういう類の箱を良く知っていた、いわゆる衣装箱だ。オスカーが、アンジェリークにプレゼントしたソワレやドレスは、それこそ星の数なので、こういう類の箱は見慣れていた。

「もしかして、お嬢ちゃん、オマケのプレゼントは狼の着ぐるみかな?」

「えっ?いえ、あの、そうじゃないです、確かに着るものですけど…」

「違うのか?いや、昔、お嬢ちゃんは、俺にマタドールの装束を着せてホロを撮りたいって言ってたことがあったろう?だから、今年は赤ずきんにあわせて、お嬢ちゃんが俺に狼の着ぐるみを用意したのかと思ったんだが…着ぐるみなら、家で二人で遊べるし、仕事で使うとなると…ああ、聖地の子供向けプロモーションビデオ撮影用かな、ってな?」

口調に笑みを含みつつ、冗談めかすオスカーに、アンジェリークは、あくまで、生真面目に応対する。

「あ!そうですね、それもかわいかったかも…でも、ごめんなさい、ちょっと違うんです、その、一応、あけてみていただけますか?」

「ああ、もちろん、喜んで」

オスカーは「お嬢ちゃんの希望とあらば、学芸会レベルだろうが宴会芸レベルだろうが、俺は狼の扮装でもなんでもしてやるぜ、お嬢ちゃんは、快く赤ずきんちゃんになってくれたんだしなっ!それくらい、お安い御用だぜ!」と思っていたのだが、この贈り物は、それほどの決意と意気込みはいらないものらしい、一体、お嬢ちゃんは何を用意したんだろう?と思いながら、箱を開けてみると、そこには、いかにもスタイリッシュで品の良い男性用スーツ一式、それに抑え目の光沢ゆえにこそ一目で素材のよさがわかるニットやシャツ、スラックスなどのカジュアル衣料が数点入っていた。

「…お嬢ちゃん、これは…」

オスカーが、驚いたように瞳を見開き、アンジェリークを見つめると、アンジェリークは身の置き所がないとでもいうように、もじもじが激しくなった。

「私の見立てなので、オスカー様のお気に召していただけるかはわからないんですけど…私は、オスカー様から、たくさん、着るものをいただいているのに、私からは、今まで、オスカー様にお召し物を、差し上げたことがなかったので、あの、よかったら……身につけていただけたら、うれしいなって思って…あ、ちゃんと、サイズは合ってると思います…けど…あの、どうでしょう…?」

箱の中身と自分の顔を交互に見比べて、文字通り「絶句」という顔で黙り込んでいるオスカーに、アンジェリークは、段々不安になってきた。

『オリヴィエ様のアドバイスを参考に、私が自分で選んじゃった服だったけど、オスカー様のおめがねに叶わなかったのかしら、私の好みって、オスカー様の趣味じゃなかった?やっぱり、オリヴィエ様に、全部選んでもらえばよかった?…』

などという考えが、頭の中をぐるぐる回ってしまい

「あ、あの、その、デザインがお気に召さないようでしたら、無理にとはいいませんので…」と小さい声で、告げようかどうしようか、と逡巡していた、その一瞬間後

「おっじょぉちゃーん!俺は、今、猛烈に感動しているー!」

という雄叫びとともに、アンジェリークは、息もできないほどきつくオスカーに抱きすくめられていた。

「ありがとう!お嬢ちゃん、お嬢ちゃんが俺に着るものを…着ぐるみとか撮影用衣装ではない衣類を贈ってくれる日がこようとは…俺は、感激と予期せぬ喜びの余り、今、この瞬間が、夢じゃないかと危ぶんでいるほどだぜ!」

「…っ…え?あ、あの…オスカー様、私の見立てた服、お気にめしてくださったの…?」

「あったりまえじゃないか、お嬢ちゃん!このオスカー、お嬢ちゃんの気持は、しかと!まるごと!欠けるところなく、受け取ったぜ!」

「は、はい…オスカー様、受け取っていただけて、わ、私もうれしいで…す?」

こんなに喜んでくださるなら、もっと前からお召しものを贈ってさしあげればよかった…と思ったものの、アンジェリークは、オスカーの感激っぷりに、どことはなしの違和感を拭えなかった。着るものを贈るって、ここまで、感激されたり、意外に思われるようなものだろうか?と思うのだ。

「じゃあ、お嬢ちゃん、善は急げだ、俺は、今すぐ、お嬢ちゃんの気持に応えよう、いや、応えたい」

いうや、オスカーはアンジェリークを軽がると抱き上げると同時に、執事に、アンジェリークから贈られた衣類一式を、夫婦の寝室に運び入れるように命じた。執事がそそくさと、主人夫妻より一足先に荷を運び去る。その家人の背を追う形で、ゆっくりと寝室に向かうオスカーは、己の腕の中にちんまりと収まっているアンジェリークに優しく、こう、尋ねた。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんがくれた服の中でもメイン…俺に一番に着て欲しいのは、どれだ?」

「え?えっと、それは、やっぱり、スーツかしら…?」

「よし、わかった、スーツだな!お嬢ちゃん、楽しみにしててくれよ!俺は、ばっちりお嬢ちゃんの期待に応えるぜ!」

オスカーがそれはそれは嬉しそうに、そして、必要以上に声を張り上げて応えた。

「???」

アンジェリークは、今の、この展開に思考がついていけない。メインの贈り物であるワインも、まだ渡してない、だって、服は、あくまでプレゼントでも前座のつもりだったのだから。なのに、今、自分はオスカーの腕に抱かれて、夫婦の部屋に向かっていて、けど、それなら、最初の約束だった赤ずきんの扮装はしなくていいのだろうか?でも、この喜色満面のオスカーの顔を見ると、余計なことをいってオスカーの喜びに水を差したくないし、どうしたものかと、アンジェリークは思ってしまう。

『それに『お嬢ちゃんの期待に応える』って何?どういうこと?』

アンジェリークが頭の中を疑問符で一杯にしているうちに、オスカーは難なく夫婦の寝室にたどり着きー気をきかせて家人がタイミングよくドアをあけ、また、オスカーたちが入室すると同時にドアを閉めてくれた。

まっすぐ寝台にむかったオスカーは、名残惜しそうにアンジェリークを一度ベッドの上に降ろすと

「お嬢ちゃん、すぐ着替えるから待っててくれよ」

というや、あれよあれよという間に着衣をぬぎ始め、手早く下着姿になると同時に、その場に用意されていたと思しき新たな衣装を手にとって、やはり、手早く身につけ始めた。オスカーの着替えは、驚くほど手際よく、身のこなしは流麗で、もたつく処が一切ない。なので、アンジェリークは照れを感じる暇もなく、むしろ、その目にも鮮やかな身のこなしに、すっかり、魂を奪われて、オスカーの着替えを見入ってしまう。そして、オスカーが真新しいシャツ、スラックスを身につけ、ネクタイを首にかけたところで、漸く、アンジェリークは、オスカーは、自分が贈った服を、即座に身につけ、自分に見せてくれるつもりなのだとわかって、ものすごく感激し、同時に、たまらなく嬉しくなった。

『だから、オスカー様は「今すぐ、お嬢ちゃんの期待に応えるぜ」って、言ってくださったのね、贈った物をすぐ身につけてくださるなんて、オスカー様ったら、ほんとに、なんて、お優しい…』

それにしても、いつの間にか、服のタグが全て取られているらしいことを、アンジェリークは瞬間、不思議だな?と思ったが、思ってすぐに「あ!」と気づいた。何故、オスカーが、必要以上に大きな声を張り上げて「スーツだな!」と鸚鵡返ししたのかが、わかったからだった。オスカーに仕えて長い執事は、その声に、即座に主人の意向を汲みとり、自分たちが寝室に到着する前に、新品のスーツをオスカーがすぐ着られるように、タグは無論のこと、恐らく、ボタンやファスナーまで開いておいた上で、順序良く並べておいたのだろう、と。だから、オスカーの着替えは、まるで、役者の早替わりのようによどみなく流れるようなのだ、と。ために、オスカーが仕上げにジャケットを羽織った時は、執事と主人のあうんの呼吸の見事さも相まってー自分は、そこまでオスカーの意を汲み取れるかどうかを考えると、アンジェリークは「脱帽」という気分だったしーもう見事な手品か、魔法を見せられているかのようで、アンジェリークは、うっとり惚れ惚れとオスカーの雄姿に見惚れつつ、思わず拍手しそうになった程だった。

「…オスカー様って、すごい…本当に…」

「どうだ?お嬢ちゃんが見立ててくれた服は…似合っているか?」

アンジェリークは、はっとして気を取り直したように、力いっぱい、首を縦に振った。

「はい!とってもよくお似合です!オスカー様…いっつもステキでいらっしゃるけど、何をお召しになってもお似合だけど…あの、いつにも増して魅力的で…あんまりステキで、見惚れちゃいます…サイズも丁度いいみたいだし…ほんとに、オスカー様って、何でも着こなせて、かっこよくって…うっとりしちゃいます…」

「それは、お嬢ちゃんの見立て、つまり、お嬢ちゃんのセンスがいいからさ」

「いえ、モデルのオスカー様がステキだからです、それが何より一番だと思います!でも…私が選んだ服を、オスカー様がお気にめしてくださって…喜んでくださってよかった…本当に…」

「当然じゃないか、お嬢ちゃん、俺はお嬢ちゃんの気持が何より嬉しいし、その俺が、お嬢ちゃんの気持をむげにするわけがないだろう」

「はい、オスカー様、そういっていただけて、私、嬉しいです」

「というわけでだ、お嬢ちゃん、ここからがメインイベントだろう?さ、俺を脱がしてごらん?」

「…は?」

「お嬢ちゃんがせっかくくれた服だ。俺が着てみせたら、後は、お嬢ちゃんが自分の手で俺を脱がせたいだろう?遠慮はいらないぜ?さぁ、脱がせてくれ」

「???…え…えーっと、私が、オスカー様を脱がすんですか?せっかく、今、お召しになったばかりの服を?」

「当然だろう?だって、そのための贈り物だろう?」

「は?」

「第一、お嬢ちゃんは一度着た服は脱がないのか?」

「いえ、着た服は必ずいつかは脱ぎますけど、それは…」

そういうことだろうか?とアンジェリークの頭の中は、またも「?」マークで一杯だ。

「じゃ、質問を変えよう、お嬢ちゃんは、人形遊びをしたことがあるか?」

「はい、小さい時に…」

「その時、人形の服を着せ替えなかったか?」

「は、はい…」

「だろう?服というのは、とっかえひっかえ替えるために着せる、言い換えれば、服は脱がせるためにある!脱がせるためにこそ、服は着るもの、着せるもの、そういうものじゃないのか?ん?」

「え、え、えー?そ、それは、極論のような気がしますけど…」

「少なくとも、俺は、そうだがな、お嬢ちゃん?」

そこでオスカーはアンジェリークの隣に腰掛けてきて肩をだき、何か悪戯をたくらんでいる子供のような笑みをみせながら、アンジェリークの耳朶を舐めるようにして、こう囁いた。

「思い出してご覧、お嬢ちゃん。俺が、君に贈った「身につけるもの」の数々を。そして、それは、いつも身につけて、それで終りだったかな?考えてごらん、そうすればわかる、惚れた相手に、身につけるもの、特に服を贈るってことの意味が…」

「えーっと…」

アンジェリークは素直に回想に入る、水着、エプロン、フレンチカンカンの衣装、真っ赤な赤ずきんマントといったお誕生日スペシャルに留まらず、オスカーは華麗でゴージャスなランジェリーも、しばしばプレゼントしてくれてたし、優美なソワレも数知れず、あつらえてくれている…そして、新しい衣装を身につけた日は、必ず、オスカーはその姿を、大層、誉めそやしてくれた上で、てづから、その衣装を紐解いてくれていなかったか…そう、脱がすためにこそ着せるというのは、まさに、オスカーが自分にしてきた行為ともいえるわけで、オスカーが、自分に贈ってくれた数々の衣装は、身につけた処を眺めるのも楽しく、それを、また、脱がせるのも楽しいという、それこそ一粒で二度美味しいプレゼントではなかったか…突き詰めていえば、オスカーは「自身の手で脱がせる」という処までを1セットの楽しみとみなし、それを念頭において、身につけるものを自分にプレゼントしてくれていなかったか…というところまで、思考が及んだところで、アンジェリークは、漸く、自分がオスカーに「着るもの」をプレゼントしたことで、オスカーが、滅茶苦茶嬉しそうな顔をして「まさか、お嬢ちゃんが…」と感激してくれた、その意味を理解した。

「き…きゃー!お、オスカー様、す、すみません、私、お召し物を贈るのに、そういう意味があるなんて、思ってもいなかったっていうか、全然気づいていなかったっていうか…オスカー様を自分の手で脱がすために、自分の選んだ服を着せるなんて…そんな、やーん、は、恥ずかしい…」

真っ赤になって、消え入りそうな風情で、しどろもどろの弁解しようとするアンジェリークを、安心させるように、オスカーはふわふわの金の髪をなでた。

「大丈夫だ、お嬢ちゃん、恥ずかしがらなくていい。お嬢ちゃんが意識していなかったとしても、無意識の望み、それが行動に現れただけだ、そう、俺は信じているぜ。そして、俺は、お嬢ちゃんのその気持が…無意識の表れだと思うと、今、尚のこと胸が熱くなったぜ…君は、無意識下でも、そんなに熱く俺を求めてくれているんだな…と。俺は感激のあまり、胸が一杯で…言葉を失いそうだ」

「お、オスカー様…」

そんな風にいわれたら、アンジェリークは、強い調子で「そんなつもりはなかった」とはいえなくなってしまう。服を贈るのに、オスカーを自ら脱衣させたい、なんて水面下の意図は、さらさらなかった…なかったと思う…が、絶対、なかったとは言い切れないような…だんだん自信がなくなってきた…でも、とにかく「そんな気はなかった」と、強調すれば、オスカーは、絶対がっかりする、きっと、しょぼんとしてしまう、それは明白に思えたからだ。

となると…も、も、ものすごく恥ずかしいけど、わ、私は、オスカー様を自分の手で脱がせたくて…オスカー様の着衣を自ら紐解きたくて、そのために、わざと、お召し物を贈った、ってことにしちゃった方が、いいのかな…オスカー様もその方が、お喜びになる?

ぐるぐるする頭で、オスカーの顔をちらりと見あげる。オスカーは蕩けそうに優しい笑顔をかえしてくれた。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんの贈ってくれた服で身を包んだ俺は、文字通り、お嬢ちゃんのものだ。お嬢ちゃんが好きにしていいんだぜ…さ、お嬢ちゃんの手で、俺の服を緩めてくれ…」

「オスカー様…」

優しい瞳、そして請い願い、促すような声音。アンジェリークは感じる。オスカー様は、それをお望みになってる、オスカー様は、私が、そうするように、願ってる、そして、私は、オスカー様が喜んでくださることなら、なんでも、してさしあげたい…

だからこそ、アンジェリークは、オスカーが喜ぶであろう言葉を故意に…今は、意識して口にした。

「オスカー様…服を緩めるだけで、よろしいの…?」

思ったとおり、オスカーは、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

「わかっているだろう?お嬢ちゃん、俺の望みは…真の意味で、俺をお嬢ちゃんのものにしてくれってことだと…」

「ええ…はい…オスカー様…」

言葉と共に、アンジェリークはオスカーのジャケットに手をかけた。オスカーが腕を抜きやすいように身体を捻ってくれた。

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