Surprise for you 2
(イラスト・くり坊様)

オスカーが自分を思いきり抱きしめている。肌が隙間なく触れ合っている。オスカーの体重が自分にかかっているのも感じる。だが苦しくはない。

この固く熱い体の感触が、その重みが、アンジェリークは愛しくてたまらない。どこも固く引き締まっていて、逞しいのにしなやかで、浅褐色の肌は艶やかに滑らかでアンジェリークは自分のぽにょぽにょした白い肌よりオスカーの肌のほうがずっと綺麗だと密かに思っていた。(オスカーはまた違う感想を持っているのは明かだったが)そして触れていると体の芯からかぁっと熱くなるようなオスカーの温もりは、アンジェリークにとってまさに体感できる幸せそのものだった。オスカーの重みを感じることはオスカーの命そのものも重さを感じるようで、アンジェリークはオスカーに思いきり抱きしめられると、それだけで幸せのあまり何も考えられなくなってしまう。

結ばれた当初はオスカーは自分をつぶしてしまいそうだと怖がって体重を預けるようなことはなかった。ベッドで抱き合っているときも、いつも自分で自分の体を支えてアンジェリークに重みがかからないようにしていた。

それはオスカーの優しさだったが、アンジェリークがそれを寂しく思うようになるのに、そう時間はかからなかった。だって、重さを感じないということは、必ず二人の間に空間ができてしまうということだったから。もっとオスカーを全身で感じたかった。隙間なく触れ合いたくて、アンジェリークは自分は大丈夫だから思いきり抱きしめてと言ったのはいつのことだったろう。もう、すごく昔のような気がする。

オスカーはしばらくは躊躇っていたが、こわごわゆっくりと自分を預けてきた。『苦しかったらすぐ言ってくれ』と注意を促す事も忘れなかった。だが、オスカーの重みを感じてもアンジェリークは苦しいなんて思わなかった。じわじわと全身に染み入るようにオスカーと言う存在が感じられてたまらなく幸せなだけだった。『苦しくなんかないです。嬉しい…オスカー様を感じられて幸せです…』と言ったのは、オスカーを安心させたかったからだけではなく、それが心からの本当の気持ちだったからだ。自分の体はオスカーが心配するほど脆弱ではなかった。女の体というのはなよなよと頼りなげでいながら、愛する男を受け入れる場合には驚くほど強く丈夫になるのではないかと思う。

それでも、今でもそんなに頻繁にはオスカーは全身を預けてはこない。

アンジェリークの二倍近く体重があるので、遠慮するのか無意識のうちに体が譲ろうとしてしまうらしい。

眠っている時もつぶしてしまったら大変だとでも無意識に気にしているのか、二人一緒のベッドで朝目覚めた時、アンジェリークはベッドの真中にいるのにオスカーがすみっこで落ちそうになっていたことさえあった。こういうオスカーの意識しない優しさがアンジェリークは大好きだったが、申し訳なく思ったことも確かだ。

アンジェリークがオスカーの懐に収まるように抱かさって眠れば、オスカーはアンジェリークをつぶす心配がなくて却って安心するらしいとわかって、今はアンジェリークはオスカーの腕にくるまれるように眠ることが多い。オスカーに『俺の腕のなかで眠ってくれるほうがいい』と提案された時はオスカーが寛げないのではないかとアンジェリークは心配したのだが、アンジェリークが確かに自分の腕のなかにいるという実感のほうがよっぽどオスカーを安堵させ落ちつかせるらしいとわかってからは、アンジェリークも遠慮せずにオスカーに抱かれて眠るようになった。アンジェリークもオスカーにずっと抱かれていると思うとすごく安心して眠れる。

だから、そんなオスカーが敢えてアンジェリークに重みをかけて思いきり抱きしめてくる時は、オスカーがかなり「甘えたい」モードに入っている時なのだ。自分がアンジェリークをつぶしてしまいそうだと遠慮する気持ちより、ちょっと苦しいかもしれないけど、今は君を思いきり抱きしめたいので自分を全部預けてしまうが許してくれるか?と態度で訴えているということなのだ。

それがわかっているので、アンジェリークはオスカーに全身を預けられて抱きしめられると、もう、幸せすぎて何も考えられなくなってしまう。

自分も夢中で愛している男が、ここまで自分自身を飾らず開け放して求めてくれていると体で感じることができるのだから。

女として…というより人間として生まれて感じることのできる、これは最高の幸せではないかと、アンジェリークは思っているから。

オスカーが滅多なことでは他人には心を開かない、どちらかというと対人関係に繊細すぎるほどに繊細な故に、自分の心の柔らかい部分を他人にはあまり示したがらない人間なのだと今はわかっているから余計に、オスカーが開けっぴろげに全身を預けてくれると、愛しくて嬉しくて、オスカーが自分を求めてくれているという喜びに目がくらんで何も考えられなくなってしまう。

尤も今は、公約通りアンジェリークの全身に這わされた舌の感触に何も考えられなくさせられたといったほうが正しかったかもしれない。

先刻は姿勢の関係で乳房は重点的に愛撫されていたが、確かにオスカーは他の部位は口唇では愛撫していなかった。唇を当てられたのは、乳房以外では首筋とうなじくらいだった。

今、オスカーは、アンジェリークの体で俺の舌が触れない部分があるのは許せんとばかりに、律儀に丹念にアンジェリークの肌のあらゆる部分に口唇で愛撫を加えていっている。

キスから自然に首筋へ、首筋から鎖骨の窪みへと舌が這わされていく。乳房全体を唇でなぞってから、立ちあがったままの乳首の先端を尖らせた舌先でくすぐる。乳輪から先端を何度も舐め上げることと、軽く吸うことを交互に繰り返す。先刻思う存分乳房を愛されたばかりだというのに、オスカーの舌が踊るたびにその部分から走るいたたまれないような感覚は、変わる事なく悩ましく鮮烈にアンジェリークの身を炙る。

乳房を気の済むまで愛撫した後、つんと上向きの稜線をかすめてオスカーの唇はわき腹から下腹部へと移っていき、アンジェリークはくすぐったさに身をよじる。

そのアンジェリークの体の捻りを利用して、オスカーはアンジェリークを裏返し改めて背中から覆い被さってきた。髪をかきあげ、うなじから背筋に沿って唇を滑らせ、アンジェリークの背中をすべて味わおうとする。

アンジェリークは枕に突っ伏しながら、どうしようもなく切なくやるせない吐息が間断なく零れてしまう。

舌が腰から臀部に移り、背後から襞の合せ目に伸ばされる舌の感触に身構えたが、それはあっさりかわされ、オスカーの舌はアンジェリークの足の部分へと移行していった。

「は…ふ…」

アンジェリークは安堵したようでいながら幾分寂しげで物足りげな吐息を漏らしてしまった。でも、オスカーが故意に自分に物足りない思いを抱かせ、もっと切実に愛撫を欲する方向に持っていかせたいのがわかっているので、アンジェリークも自分の正直な感覚を隠したりはしない。オスカーがそのほうが喜ぶから。

オスカーの舌が踝まで達すると、またアンジェリークは表に返され、足の指を口に含まれた。くすぐったくて思わず足を逃そうとするが、オスカーは当然それを許さない。

足の指を一本一本丁寧に舐られたので今度はそのまま舌が順番に上に這い登ってくるのかとアンジェリークは思っていた。

しかし、オスカーはベッドの上に散らばっていた枕を2、3個集めるといきなりそれをアンジェリークの腰の下にあてがった。その為アンジェリークの腰は高く中空に持ち上げられるような形となった。その上間髪いれずオスカーがアンジェリークの足首を掴んで足を大きく開かせたので、アンジェリークのかわいらしく綻んだ花弁とぷっくりと膨らんだ秘唇はあますところなくオスカーの目にさらされることになった。アンジェリークの秘裂の奥からはすでにほとほとと愛液が溢れており、朱に染まった花弁と秘唇にえもいわれぬ艶を与えていた。

「ああっ!やっ!はずかし…」

オスカーは、羞恥に身を捻って花弁を隠そうとするアンジェリークの足首をしっかりと捕らえたまま、自分の体を足の間に割り込ませて、彼女が足を閉じられないようにしてしまう。その上でアンジェリークに極上の笑みを手向けて、あくまで真面目な口調でこう言った

「お嬢ちゃん、俺が這いつくばる姿勢だとお嬢ちゃんのこのかわいらしい花のすみずみまで舌が届かないんでな、俺もこの姿勢のほうが楽だし、第一お嬢ちゃんを思う存分味わえる…お嬢ちゃんだって気持ちいいことは好きだろう?ちょっとくらい恥かしいと思うほうが、もっと気持ちよくなれるんだぜ?」

オスカーはそう言うや、アンジェリークの股間に顔を突っ込むような遠慮のない姿勢で秘裂にいきなり舌を差しいれぴちゃぴちゃと音を立てながら舌先で愛液を掬い取りはじめた。顔を上下に動かして秘唇の合せ目を舌で割るかと思うと、その部分を全体を強く吸ったり、顔を小刻みに動かして鼻先をこすりつけるように秘唇全体を愛撫したりもした。その愛撫はまさに『思う存分味わう』という宣言を裏切らない丹念なものだ。

「ああっ!きゃぅっ…」

アンジェリークが羞恥と快楽に抑えの効かない声をあげ、無意識に体をくねらせた。それこそがオスカーの望むところだから、オスカーの愛撫はさらに熱がこもる。

鼻先で花芽の莢を押し上げるようにして、艶やかに光る珠を剥き出しにした。濃いローズピンクに光るこの部分はまさに華芯と呼ぶに相応しいあでやかさだ。アンジェリークの宝珠はあまりに敏感すぎるので指での愛撫はどんなに微かなものでも快楽と等分の苦痛を与えてしまいがちだということに気付いてからは、ここには決して口唇以外では愛撫を与えないようにオスカーは気をつけている。だからこそ、宝珠を露出させた時は思いきり舌や唇で愛撫する。

オスカーは舌全体でその宝珠をねっとりと舐めあげる。舌を宝珠に絡ませるようにじっくりと味わう。

「あああっ!やぁっ!」

アンジェリークがのけぞって更に甲高い声を放つ。

オスカーは舌先を尖らせて、つつ…と宝珠の先端だけなぞるようにしたり、その部分全体を口に含んで吸ったりもする。

「ああっ…だめ…溶けちゃう……」

アンジェリークが小刻みに震えて身悶える。腰を引こうとする。オスカーの目にそれは媚態と映る。わざと自分から少しだけ逃げようとすることで自分を誘っているとしかオスカーには思えない。

オスカーは言葉で応える変わりにさらに舌の動きを複雑にする。舌を巡らせて宝珠を転がし、舌先で縦横に弾き、唇ではさみこみ、ほんの軽く歯先で表面をこそげ…アンジェリークはもう声も出せずにすすり泣きを漏らし始めた。

オスカー自身もそろそろ限界だった。アンジェリークの甘酸っぱい愛液の香りを思いきり吸いこんでいるうちに頭に靄がかかっていくようで、白濁していく意識のなかでただひとつ鮮明に突出するのがアンジェリークと早く結ばれたい、ひとつになりたい、与えて受け入れてもらって交じり合ってしまいたいという強烈な衝動だった。

オスカーはアンジェリークの足を更に大きく開くと、そのまま杭を突き刺す如く上から覆い被さるようにアンジェリークに自分をのみこませていった。

アンジェリークは全身がとろとろに溶かされてしまったような気分だったので、その挿入も気付いたらなされていたといった感だった。あ…と思った時には、燃えるように熱いオスカーのものが再び自分のなかに入ってくる所だった。くにゅくにゅに正体なく溶けてしまった自分の中心にしっかりとした主張を持った熱い存在が打ちたてられたかのようだ。その熱い物が動き出した。深く、もっと深くと一突きごとに自分の奥まった部分にそれが打ちつけられる。そのたびに体が燃えるような熱さが増していき、とろとろに溶けていた自分が今度はその部分を中心に沸騰していくかのように感じられる。

オスカーの動きはただ単に力任せに激しいだけの物ではない。丹念に執拗にアンジェリークの乱れる部分を狙いすましたかのように責めてくる緻密さもあって、アンジェリークはオスカーが自分の奥深くを抉るたびにさらに何も考えられなくなっていく。シャボン玉が次々と弾けるように快楽が間断なく脳裏に弾ける。途切れない震えがアンジェリークの全身を駆け抜ける。

「はぁっ…熱い…オスカーさま…熱いの…ああっ…」

「お嬢ちゃんのここも…熱くて俺もとけちまいそうだ…」

「オスカーさま…私…もう…もう…あぁっ!」

アンジェリークがきゅっと小指を噛んで顔を横に背けてしまった。達しそうになった無意識の仕草だった。だが、オスカーは此度はアンジェリークが達する瞬間を見たかった。先刻は後背からだったのでアンジェリークの顔をつぶさに見ることができていない。アンジェリークが快楽の果てに見せる夢見るようにうっとりとした表情は、まさにこの世のものならぬ天使の法悦を思わせてくれる。その聖性すら感じさせる愛らしい顔を見せてもらう時、オスカー自身も身震いするほどの歓喜に満たされる。オスカーは理屈でなくそれを見たいと切望した。

「まだだ、お嬢ちゃん、もっとお嬢ちゃんの顔をよく見せてくれ…」

オスカーはアンジェリークの体をぐっと自分にひきつけて抱き起こすと、自分はそのままベッドに座りこむ形でアンジェリークを抱きしめなおし、そのまま下から力強く突き上げた。

「くううっ」

アンジェリークが苦痛にもとれるような声をあげて白い喉をのけぞらせる。オスカーはアンジェリークの腰が浮かないようにがっちりと抱きかかえると、続けざまに激しい突き上げを与える。荒い吐息混じりにビロードのように滑らかな低い声でアンジェリークの耳許に囁きかけた。

「お嬢ちゃん、俺はお嬢ちゃんのかわいい顔をもっとみたい…さあ、俺のほうを見て…」

「ああっ!オスカーさまっ!オスカーさまっ!」

アンジェリークが、むしゃぶりつくようにオスカーの首にしがみ付いてきた。どこに行ってしまうのかわからぬ自分をオスカーに繋ぎとめたいかのように。

オスカーはたまらずアンジェリークに噛みつくような口付けを与える。彼我の距離が近すぎてアンジェリークの表情は見えにくくなるが、それより彼女に口付けたい衝動のほうが勝った。

口をきつく吸いながら、オスカーはアンジェリークを思いきり突き刺すような気持ちで突き上げた。

「…っ!」

口を塞がれているアンジェリークが一瞬きつく眉根を寄せ、すぐさま、ほわぁっと天に浮かびあがってしまいそうな幸せそうな顔をした。ぷるぷると全身に細かな震えが走ったのがオスカーの腕にも伝わってきた。同時に秘裂がきゅうっと収縮した。

この顔が見たかったんだ…満足感に酔いしれオスカーも引き絞っていた己に開放を許した。熱く溶けきった坩堝のなかに同じほどに熱い自分の生の証が迸り溶け混じる。この幸福な時はほんとに一瞬だからこそ、オスカーは何度でもこの瞬間を味わいたいのかもしれない。

口付けを解くと、そのままアンジェリークが倒れるようにオスカーの肩にもたれかかってきた。

アンジェリークがかなり深い愉悦に酔えたようだったのでオスカーとしても満足だった。

「お嬢ちゃん…お嬢ちゃんはほんとにかわいいな…お嬢ちゃん…お嬢ちゃん?」

アンジェリークはオスカーの肩に頭を預けたまま気絶するように意識を失っていた。

「やれやれ、まだ後戯が終わってないっていうのに、しょうのないお嬢ちゃんだ…」

オスカーはアンジェリークを抱きしめた姿勢のまま、ゆっくりとベッドに横たわった。

アンジェリークの体を自分の体に預けさせるような姿勢に抱きなおし、気絶するように眠ってしまった愛しい妻の顔を見ながら、オスカーは

「明日はきっちり三回クリアさせるからな、覚悟しておけよ、お嬢ちゃん?」

といって、髪をなでながらその額に優しく口付けた。

そんなこととは露知らずアンジェリークは快楽の最果てに得た極上の夢の海を漂っていた。

 

気絶した後に目覚めると、普通の目覚めよりなぜか爽やかにすっきりと覚醒が訪れる。

ただし、意識を失った瞬間の記憶もなくなってしまっているが。

アンジェリークが次の日の朝、ぽっかりと目をあけた瞬間に思ったことは、自分はいつのまに眠ったのかしら?ということだった。いつ眠りについたのか記憶が定かでない。そのくせ、頭は冴え冴えとして、起きたばかりだというのに、きびきびと動けそうだった。

もっともこの動けそうというのはあくまで頭だけで考えた主観的な感覚であって、この後アンジェリークはベッドから降りたとうとした瞬間、腰に力が入らずくにゃりとへたりこんでしまうのだが。

とにかくこの朝、珍しくオスカーが目覚めるより早くアンジェリークは目が覚めたのだった。

自分はオスカーに頭を抱え込まれるような姿勢で眠っていた。アンジェリークはなんとなく甘えたいような気持ちで目の前にあるオスカーの厚い胸板にすりすりとほお擦りした。

「ん…」

その仕草にオスカーがゆっくりと瞳を開けた。氷青色の瞳に徐々に焦点があっていく様は、宝石に命が宿るような神秘的な思いをアンジェリークに抱かせた。そしていつもは先に起きているオスカーの方もアンジェリークの目覚める瞬間を、翡翠に命が吹きこまれていくようだと感じていることをアンジェリークは知らない。

「おはよう、お嬢ちゃん、ねぼすけのお嬢ちゃんが俺より早く目が覚めるなんて外は雪か?」

アンジェリークを抱いている手に力をいれなおし、オスカーは微笑みながらアンジェリークを愛しげに見下ろした。

「んもう…オスカー様ったら…そりゃ、私はねぼすけですけど、でも、なぜか今日はすっごくすっきり目がさめたんですもん!」

「そりゃ、きっと昨日、あんまり気持ちいい状態でそのまま眠っちまったからじゃないか?」

にやにやしているオスカーに鼻と鼻をこすりあわされ、アンジェリークは漸く自分が情事の果てに失神したように眠ってしまったらしいことに気がつき、ぽっと赤くなった。

「や…やぁん、オスカー様ったら…」

照れてぐりぐりと顔を胸板に摩り付けてくるアンジェリークの髪に口付けながら、オスカーは

「でも、あたりだろう?爽やかな目覚めを迎えられたのなら、それに越したことはないしな。せっかくお嬢ちゃんが一緒に目を覚ましてくれたんなら今日は遠乗り前に一緒に朝食が取れそうだな。一緒に朝めしを食うか?」

「あ、はい!」

アンジェリークは仕度しようとベッドから降り立とうとした途端かくんと床に座りこんでしまったのは既述の通りである。

「あ…あれ?なんで…」

「ほらほら、お嬢ちゃん、無理に立とうとしなくていいからな?頭は目覚めてても体はまだだってことだろう。」

オスカーは力の抜けたアンジェリークにガウンを着せてやり、髪を撫でつけてもう一度ベッドにのせ、自分もガウンだけ羽織ると厨房に二人分の朝食を持ってきてくるよう伝えた。

どう考えてもこのままアンジェリークが階下の食堂で朝食を取れるとは思えなかったので。

ルームサービスよろしく簡単な朝食…といっても、卵と肉料理、温野菜、フルーツ、パンにコーヒーといった基本は抑えている朝食が盆に載せられ運ばれてきた。

アンジェリークはちょっと照れくさそうな顔でオスカーに微笑みかけ、ベッドに留まったまま一緒に朝食を取った。

「お嬢ちゃん、俺はこれからちょっと馬を走らせてくるから、その間に休んでるといい。そうすれば俺が帰ってくる頃には立って歩けるようになってるだろうしな。」

オスカーがコーヒーを飲みながらアンジェリークに言った。

「もう…いやん、オスカー様ったら…でも、オスカー様と馬に乗りに出るのは確かに無謀みたいなので、じゃ、私はこのままお部屋でオスカー様のお帰りをお待ちしてますね。」

「悪いな、休みの日は存分に走らせてやらないとアグネシカの機嫌が悪くなるんでな。」

オスカーは乗馬用のブーツと簡単なシャツとスラックスだけ身につけると、アンジェリークの額にちゅっと口付けてから部屋を出ていった。

盆を片付けて、アンジェリークはぽすんと枕に頭を預けなおし、そのまま猫の子みたいに体を丸めてもう一度寝なおそうとしたが突然、

「そうだ!オスカー様がお帰りになるまえに、あれを作っちゃおうかな。」

と言っておきあがり、部屋備え付けのアンティークなデスクでなにやらごそごそ探しものを始めたのだった。

 

「お嬢ちゃん、ただいま、いい子にしてたか?もう起きても大丈夫か?」

「あ、オスカー様、お帰りなさい。」

デスクに座って何やらしていたアンジェリークはすぐさまオスカーにかけより頬に口付ける。

「その分なら大丈夫そうだな、俺は少し汗をかいたからシャワーを浴びてくるからな。」

「はあい。ごゆっくり。」

そしてややあってゆったりとしたシャツに着替えたオスカーがタオルで水滴を拭いながらシャワーから出てみると、部屋にはなぜか蝋の匂いが立ち込めていた。

「ん?お嬢ちゃん、何をしているんだ?」

アンジェリークがデスクで神経を集中させて一心に何かに励んでいる。めずらしい事にデスクの上にキャンドルスタンドが出され火のついた蝋燭が幻想的な光りを揺らしていた。

「あ、オスカー様、見てください。私、早速お誕生パーティーの招待状作ってたんです。」

「どれ、見せてごらん…なになに…『皆さまにおかれましてはますますご健勝のことと思われます。さて、来る12月21日、執務終了後、炎の守護聖オスカーの誕生日パーティーを開き、ささやかではございますが当家でお食事などを供したいと存じます。皆様ご多忙の所、誠に恐縮とは存じますが、万障お繰り合わせの上、おいでいただければ幸いです。12月吉日。オスカー&アンジェリーク』ふむ…お嬢ちゃん、よくこんな短時間にきちんと招待状を作ったもんだな。文面もよく考えたぞ、えらい、えらい。」

「オスカー様ったら、また子供扱いするぅ〜!私だって補佐官職もう三年目なんですよ。一応書類とかも書いてるし(でも、女王府の人がほとんどしてくれちゃってるけど)それに招待状はオスカー様がいろいろな所からレセプションのご招待を受けるから、見本が一杯あって…ほら、よく、私をいろいろ一緒に連れていってくださったじゃないですか。だからそれをちょっと参考にしましたけど。文章を打ちこんじゃえば後はプリンターがやってくれましたし。」

「ああ、そういえば、そうだったな…俺は着飾ったお嬢ちゃんを連れ歩いて見せびらかすのが大好きだからな。お嬢ちゃんも楽しそうだったし。ところで、さっきから熱心に何をしてるんだ?招待状は…1、2…もう全員分できてるし、なんで昼間に蝋燭なんか灯しているんだ?」

「そのできた招待状を、今、封筒にいれて封をしてた所なんです。まだ少ししかできてないんですけど…今、残りを封しちゃいますね。」

「わざわざ封蝋でシーリングしてたのか?今時女王府でもあまりやらないと思うが…」

オスカーがデスクを覗きこむと、再度デスクに向き直ったアンジェリークは招待状を封筒にいれては封蝋をする作業に神経を集中させていた。シーリングワックスに火をつけ、溶けた蝋を適量封筒の中心に垂らして招待状に封をし、蝋が固まる直前を狙ってオスカーの炎の紋章を真鍮のエンボッサーで刻印している。相手によってシーリングワックスの色まで変えている凝り様だ。ジュリアスには金色、クラヴィスには濃紫、リュミエールは水色…といった具合に。

「お嬢ちゃん、随分熱心で楽しそうだな…」

オスカーはやや呆れ気味に一心不乱のアンジェリークに話しかけた。

アンジェリークが照れくさそうに軽く笑んで答える。

「んん〜、だって、自分の家には紋章なんてありませんでしたし、手紙を蝋で封して紋章を刻印するなんて、私、物語のなかでのことだけだと思ってたんですもの。おとぎ話でお城からくる舞踏会の招待状とか…だから、自分でこんなことができるなんて楽しくって…昔、主星でワックスとエンボッサーを売ってるお店があって、あ、エンボッサーは紋章が家によって違うからもちろん注文なんですけど…はんこ型とか指輪になってるものとか…それを見たとき、こんなので手紙を封して出したら素敵だろうな…って憧れてたんですもの。でも、こういうのは家紋のある貴族のお家がすることで自分には関係ないとも思ってましたし…だからなんだか楽しくて…」

「…お嬢ちゃん、もしかして、封蝋の手紙を出したいばかりに俺の誕生パーティーを計画したのか?」

アンジェリークがぎくっとして見えたのはオスカーの気のせいだろうか?

「や、やだわ〜そんなことありません、別に招待状じゃなくなって、お手紙出すなら封蝋はできますし…そ、それに、封蝋のことを思い出したのも、さっき参考にしようと思っていろいろなところから戴いた招待状を見てたからですぅ。封蝋で封をした招待状があったから、それで思い出して…もっとも封蝋の手紙は確かにあんまり多くなかったですね。招待状の数はものすごかったですけど。オスカー様は本当にいろいろな所から招待を受けてらっしゃるんですね。改めて感心しちゃいました。」

それにしちゃあ、シーリングワックスの色揃えが完璧すぎないか?とオスカーは思ったが、そのうち使おうと思って買っておいたけど、今まで忘れてただけだと言われたらそれまでなので、それ以上の追求はしないことにしたオスカーだった。

「ま、確かに来た招待を全部受けてたらそれだけで一年過ぎちまうくらいに招待自体は多いからな、守護聖は珍獣みたいなものだから、どんな団体も呼びたがるのさ。俺もお嬢ちゃんといろいろ出かけたが、出先はあれでもかなり絞って選んだんだぜ。」

守護聖はある意味人寄せパンダ以上の集客力を誇るので、主星では種々の団体から引きも切らず各種の招待を受ける。特にチャリティー関係のパーティーなどに守護聖が出席すると寄付金の額が一桁変わるとまで言われている。

オスカーも結婚前は、人前に出る事は決してやぶさかではない…どころか、むしろ新たな出会いと刺激を求めて様様な催しに積極的に顔を出していたものだ。ジュリアスの名代をすすんで買ってでたこともある。(そして大抵思惑通り夜毎に新しい出会いを堪能したことはアンジェリークには秘中の秘である。)

そしてアンジェリークと結婚してからは、夫婦同伴でパーティーによく出席するようになった。オスカーとしては女子高生からいきなり女王補佐官となったアンジェリークをいろいろな集まりにつれていって場慣れさせたほうがいいと思ったこともあり、招待の種類を選んでアンジェリークと供に頻繁に出かけた時期があった。アンジェリークもオスカーとそう言う場に行くことを純粋に珍しがり楽しんでいるようだったし、オスカーとしても自分の初々しく愛らしい妻を見せびらかせるし、それをアンジェリーク自身も喜ぶので、連れ歩き甲斐があったのである。

「はい、オスカー様には、それまで知らなかったっていうか、自分には縁のない所だわって思ってた場所に一杯連れていってもらえて、すごく面白かったです。オスカー様がきちんとダンスも教えなおしてくださったから、恥をかかないですみましたし…私、ダンスは学校で習ったワルツとブルースしか踊れなかったから…」

「いや、俺もお嬢ちゃんと一緒にいろいろな所に出かけること自体が楽しかったからな…なにせ、結婚前はデートといっても飛空都市内に限られちまっていたからな。俺がお嬢ちゃんとデートしたかったんだ。で、お嬢ちゃんとしてはどんな所に行ったのが楽しかった?」

「そうですね…ダンスパーティーも楽しかったし…音楽会も、オペラも、競馬も楽しかったです。VIP席からだとよく見えて…あ、あと、ナイトクラブ!あれがすっごく楽しかったです、ショーとっても綺麗で素敵だったし、自分じゃ絶対一生行かなかった…っていうより行けなかったと思うし…」

「ああ、そういえばそんな所にも行ったな…じゃあ、そのうちまた行くか…」

オスカーは、自分が好きでよく利用していた高級ナイトクラブがあった。そこは主星でも一等地の大人の繁華街にあり、ショーも食事も一流で歌手も踊り子も楽器演奏家も粒ぞろい、ショーの内容も水準が高いので有名で接待にもよく使われる。踊り子は超一流店のショーガールとしてなみなみならぬプライドを持ち、皆それに見合うだけのあでやかさと実力と誇りを持っていた。オスカーがその店の踊り子たちとプライベートな関係を持った人数も片手どころか両手でも足りないくらいだ。結婚してからしばらく足が遠のいていたのだが、丁度店の開店何十周年だかの記念レセプションの招待が、上顧客だったオスカーのところに来たことがあった。アンジェリークが郵便物からそれを見つけた時、オスカーはアンジェリークに聞かれもしない言い訳を滔滔と捲くしたてそうになったのだが、招待状の中身をみたアンジェリークのほうが並々ならぬ関心を見せて行きたがり、結局二人でそのレセプションに赴いたのだった。記念に相応しくショーは華やかで凝っていて、セクシーではあっても下品でなく、きらびやかに美しかったので、アンジェリークは感心し、目をきらきら輝かせてショーを夢中で見ていたのだった。お嬢ちゃんが変な勘繰り(実は変な勘繰りではないのだが)をしないでくれて、純粋にあのクラブのショーを楽しんでくれてよかった…とオスカーは胸をなでおろしたのを思い出した。

オスカーが回想に浸っている間にアンジェリークは次々と楽しそうに、蝋に炎の刻印を刻んでいる。

オスカーは手持ち無沙汰になって、部屋の安楽椅子に腰掛けると手近にあった雑誌などぱらぱらめくりつつ、アンジェリークの様子を見るともなしに見ていた。

『楽しそうだな、お嬢ちゃん。俺はお嬢ちゃんが楽しそうなら結局なんでもいいんだが。別に自分じゃどーでもいいパーティーもお嬢ちゃんがやりたがってるみたいだからOKしたみたいなもんだしな…そう言えばお嬢ちゃんは、あのクラブのショーを見ていたときも本当に楽しそうだったな。確かに女性はああいう場所にはなかなか積極的に行こうって気や機会はあまりないだろうから珍しかったんだろうな。女性によってはああいう場所を嫌がりそうなものだが、お嬢ちゃんは純粋すぎてそういう方向に思考が働かないからいいんだな。なにせ、あそこのショーときたら、美しいし飽きさせないしレベルが高いし、その上衣装が…衣装?…衣装……』

「これだあああ!」

「きゃああああ!」

いきなりオスカーが大声を出して立ちあがったので、アンジェリークがびっくりしてワックスをぼて…と意図せぬところに零した。

「やあん、零しちゃった〜!オスカー様、どうなさったんです、いきなりそんな大きな声を出して…」

幾分、いや、かーなーり声に険を含んでアンジェリークがオスカーを非難する素振りを見せた。アンジェリークにしては珍しいことだった。それだけ熱中していたというか、髪一筋の乱れもなく封蝋することに神経を注ぎ、かなりこだわっていたのだろう。

「いやあ、すまん、すまん、ちょっと考え事をしていたもんでな。」

ぶーぶー文句を垂れたそうなとんがった唇も物ともせず、そわそわうきうきした様子で、オスカーはアンジェリークに口付けた。

「お嬢ちゃん、つかぬ事を聞くが、パーティーが終わった後に、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんで俺のお祝いをしてくれるんだよな?」

「え?ええ、そのつもりですけど…欲しい物、考えておいてくださいね?」

「俺の欲しいものは決まった。俺はお嬢ちゃんのダンスが見たい!」

「???ダンスしたいじゃなくて、見たい?なんですか?」

「げふげふげふ…いや、まあ、そんなところだ。俺にお嬢ちゃんのダンスを見せてくれるっていうのが、俺の望むプレゼントだ。強請ってもいいか?」

「あの…まさか、ストリップティーズとかじゃないでしょうね…ダンスって…」

あからさまに怪しい目つきでアンジェリークがオスカーをじとーっとねめつけた。

「そんなことはないぞ!きちんと服を着てするダンスだ!」


(何か怪しいと思ってるアンジェとおねだりを断らせまいと気迫に満ちた説得をするオスカー様の図・笑・Byくり坊さま)

オスカーはアンジェリークの不信を払拭すべくきっぱりと断言する。

「服っていっても…シースルーのの胸当てとハーレムパンツだけ身につけたベリーダンスとかじゃないんですか?私、そんなダンス踊れませんよ?」

まだ疑いの晴れぬ目つきでアンジェリークが更にオスカーを追求する。去年させられた裸エプロンを思い出したのかもしれない。

「いーや!ちゃんとしたドレスだ。シースルーでもないし、踝まで丈のある、そういうドレスを着てダンスをみせて欲しいんだ。」

「そういうドレスを着てダンスですか?それならいいですけど…でも、一人で何を踊ったらいいのかしら…」

「いや、まあ、それはあんまり深刻に考えなくていいさ。で、約束してくれるか?」

「きちんとしたドレスを着てダンスならしてもいいですけど…」

あからさまになにか怪しい気がするのだが、これ以上追求する根拠がない。アンジェリークとしても、別にオスカーが望んでいた訳ではないのに自分が開きたいからパーティーをするという弱みもあるし、オスカーの望む事なら基本的にはきいてあげたい気持ちもあるので、アンジェリークはそれ以上しぶるのをやめてオスカーの言葉に頷いたのだった。

『いよっしゃああああ!』

とオスカーが心の中でガッツポーズを取ったこともしらずに…

「じゃ、お嬢ちゃんはせっせと招待状作りに励んでてくれ。できあがったら執事に渡すといい。それぞれの守護聖に届けてくれるだろう。そういえばパーティーを開く事を執事には言ってあるのか?」

「あ、昨日オスカー様にお話しして、そのまま、その、ああいうことになっちゃったので、まだ…」

ぽっと赤くなってごにょごにょしているアンジェリークにオスカーは我が意を得たり!といった顔で頷いた。

「よし、じゃ、驚かせたお詫びに、今、俺が下に行って執事に伝えてきてやろう。客を呼ぶとなると食材の手配とかもあるしな。」

「あ、はい、お願いします…」

という返事も聞かずにオスカーはだだだっと階下に下りていった。

アンジェリークは何が何だかよくわからなかったが、オスカーがパーティーを楽しみにしてくれるようになったのならよかったわ、と単純に思ったのだった。

 

そして、階下に降りたオスカーはというと、執事に自分の誕生日には守護聖を招いてパーティーをするかもしれないので、その心積もりをしておくように、尤も具体的なことは招待状の返事がきてからでいい、もしかしたら誰もこないかもしれないしな、と別に誰一人こなかろーと、そんなことはどーでもいいんだがという態度をありありと見せて執事にその旨命じた。

そして、言うべき事を言ってしまうと一人で書斎に閉じこもり、デスクからモニターを立ち上げて、某商会への注文ホットラインフォームを呼び出し、何やら一心に文字を打ちこみはじめた。

聖地との商取引を一手に独占しているこの商会へ、守護聖はそれぞれ専用ホットラインで好きな物を好きな時に注文できるようになっている。既製品からオーダーメイドの特注品までなんでもござれだ。音声による通信は時間の流れが彼我で異なるため、王立研究院の特殊な通信装置でないとできないので、私的な物品の注文はこの専用注文フォームで行う。一応断っておくが、この代金は税金ではなく守護聖本人が得ている所得から決済される。もっとも彼我の時間差で一年給与を預けておけば6、7年分の利息がついてしまうので、よほどの贅沢をしないかぎり守護聖はほぼ金利だけで生活できるうえ、元本は膨らむ一方なのが普通である。

また、某商会としては聖地ご用達というブランドも得られ、守護聖のどんな注文にも応えてみせるというのが更なる信用になるので、守護聖の注文にはどんなわがままにも応えてみせる。『それが商人の意地ってもんです』ということらしい。それで、過去オスカーは愛らしい既製品の水着だけでなく、自分好みのドレスに揃いのアクセサリーと靴とか、YES−YES枕とか、チュールとオーガンジーでできたサイズ指定エプロンとかの特注オーダー品を手に入れてきたのだ。

「サイズは…と。」

ぽぽんぽんとオスカーは軽快にキーを叩きながら、何やら注文している。数字の入力にも澱みがない。

「ふ…お嬢ちゃんのサイズなら隅から隅までこの手が覚えているからな…ま、下界じゃ数年前とはいえ、先方にもエプロンを作った時のデータが残っているだろうから、心配はないと思うが…」

ふっふっふ…と何やら心の底から嬉しそうなにやにや笑いを浮かびあがらせ、オスカーは注文確認ボタンをクリックすると、注文が受けつけられたことを確認して、オーダーフォームを閉じた。

その時丁度アンジェリークがオスカーを探している声を聞きつけた。

「オスカー様、オスカーさまぁ、どこにいらっしゃるんですか〜?」

「俺はここだ、お嬢ちゃん。書斎だ。」

オスカーがドアをあけて顔を出した。

「招待状作りは終わったのか?」

「あ、はい、もう執事さんに手渡しました。オスカーさま、お仕事してらしたんですか?私、お邪魔しちゃいました?」

アンジェリークは招待状作りに熱中してほったらかしにしてしまったオスカーが寂しがっていないか、作業が終わってから、はっと気付いて慌てて探しに来たのだ。2人で過ごせる貴重な時間である休日をオスカーはいつも楽しみにしているのを知っていたので。でも、お仕事なさってたのなら、逆によかったわ、とアンジェリークはちょっとほっとした。

「いや、少し調べものをしていただけだ。それももう終わったから、大丈夫だ。お嬢ちゃんも作業が終わったのなら体があいたな?」

「あ、はい、オスカー様。」

「じゃ、せっかくの休日だ。お嬢ちゃんは今日はなにかしたいこと、行きたい所とかあるか?」

「え?あ、いえ、特に考えてませんでしたけど…」

オスカーがにやりと笑った。

「それなら、昨日のおさらいの続きからだあああ!」

「きゃあぁっ!」

オスカーがいきなりアンジェリークを抱き上げたので、アンジェリークが悲鳴をあげた。

オスカーはアンジェリークを抱いてずんずん寝室を目指しながらこう言った。

「お嬢ちゃん、昨日言っただろう?一日三回はしないと、誕生日まで間に合わないって。しかも、昨日お嬢ちゃんは後戯をしないで寝ちまったから、今日は昨日の分もあわせて4回だからな。今からしておかないと時間的に苦しいだろう?」

「…オスカーさま、一日三回って努力目標じゃなくて、溜めたら繰りこしなんですか…」

アンジェリークが呆然としている。

「当然だろう?おさらいなんだからな。しかも、通信教育と一緒で、こういうことは溜めちまうと嫌になって手もつけられなくなるからな。俺としてもそんなことになったら困るから、なるべく課題はためないようにしないとな。」

「む、無理に繰り越しにしなくても、努力目標ってことにすればいいんじゃないんでしょうか…せめて…」

アンジェリークが必死に言い募るがオスカーは聞こえない振りで寝室のドアをばんと開けた。

「さ、昼食までに1回は済ませておこうな、お嬢ちゃん。残りは食事の後だ。さて、今日は何の単元を復習するかな…」

後ろ手にドアをしめてから、にやりと笑ってオスカーはアンジェリークをベッドにのせた。恭しく祭壇に捧げ奉るかのように丁寧な仕草だった。

行動はどこまでも強引なのに、オスカーの瞳には『君を大事に、大切に、優しくする』という気持ちが溢れているように思えて、アンジェリークはオスカーの瞳に見惚れているうちに、いつのまにかそっとベッドに横たえられ、唇を塞がれていた。



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