その手紙が届いたのは、闇の守護聖クラヴィスが、私室で暇つぶしにリュミエールにハープをひかせている時だった。休日とはいっても、アンジェリークとデートできるわけでもなし、私邸を訪ねても執事にやんわり追い返されるだけだし、アウトドアでするような趣味ももっていないし、かといって機械いじりのように室内でなら打ちこめるものがあるわけでもなく、現在タロットカードで占いたいことも特になく(書いていて哀しくなってきてしまった)今のところ、休日のクラヴィスは本当に手持ち無沙汰でつぶしがきかないのである。
勢い、暇にあかせてリュミエールに楽を奏でさせては居眠りにふけり、まだ多少は血圧のあがる夜の活動に備えるしかすることがない。
リュミエール自身は、スケッチに行くとか、同じ楽器をひくでも作曲に集中するとか、実は水泳の達人なので(海洋惑星の出身なので、子供の時から水泳は嫌というほどしこまれている。なにせ、いつ水中に転落するかわからないので、泳げないと生死に関わるから海洋惑星の子供は物心つく前から水中にたたきこまれ水に慣れさせられる。ベビースイミングは海洋惑星から始った流行であるが、当の惑星出身者は、習い事ではなく死活問題として水泳をマスターするのである)主星の会員制ヘルスクラブの室内プールで華麗な抜き手を見せてもいいのだが、クラヴィスからのお召しがあるときは、そちらを優先させるのがリュミエールの常だった。
そして、今日もすることのないクラヴィスのためにハープを弾いていたリュミエールである。そんな折に炎の守護聖の屋敷から使いが来たのだった。
炎の守護聖の家の者が手づから封書を届けにきたという。執事が気をきかせて、リュミエールの分も預かっておいたと言って、クラヴィスとリュミエールの所に持ってきた。
「オスカーのところから来た封書だと…見たくもないし、いったい我々に何の用があるというのだ…わざわざ、手紙をよこすなど…」
どうせならアンジェリークがポスト○ットのように手紙を運んでくれたのなら見ないでもないのに…そうしたらスペシャルなおやつをあげてもてなして…うむ、甘い菓子がいい、さぞ喜ぶだろう…それから、いやと言うほど撫でてやってから、ついでにお風呂で洗って…いや、アンジェリークは洗わせてはくれぬだろうな、残念ながら…手づから洗ってやりたいのはやまやまだが…などとという益体もない妄想に浸りながら、中身も見ないで、手紙をゴミ箱にぽいしようとしたところ、リュミエールが待ったをかけた。
「お待ち下さい、クラヴィス様、今時珍しいほど古風で趣のある封蝋の手紙でございますよ。昨今は女王府発行の書状でさえ、封かんは金の紙シールでございますのに…わざわざ封蝋してくるとは何かの招待状でしょうか。しかも、ご覧下さい。私あてとクラヴィスさま当てで封蝋の色がわざわざかえてございますよ。イメージカラーとでも言うのでしょうか。」
それを聞いて、ごみ箱に向っていた白く繊細な手がすぅっと戻ってきた。
「招待状…ということは、オスカー個人から来たものというよりも、あの屋敷からということか…しかも、この封蝋のように出す相手に合わせて色をかえて楽しむなどという、子供じみた真似というか、かわいい真似をするのはもしや…」
「はい、私もそのように思います。」
2人はいそいそとペーパーナイフで綺麗に封をあけて中身を見た途端、
「む…」
「これは…どうしたものでしょう…」
と、揃ってどうにも困ったという顔で秀麗な眉と容貌を曇らせたのだった。
「どう考えても、これは…あれが書いた招待状であろうな…」
「はい、私もアンジェリークからの招待なら、1も2もなくお邪魔したいところなのですが…」
「呼ばれる名目があやつの誕生日ではな…はっきりいって気は進まぬ…めでたいと思うところなどひとつもないからな…」
もともとオスカーの誕生日を祝ってやる義理もなく、今は、オスカーが退任すれば2度とアンジェリークとも会えなくなってしまうという嬉しくないおまけがついてくるので、オスカーが年をとって一年任期ぎれが近づくという事はクラヴィスにとって、どうでもいいこと、というよりむりろ、嬉しくないことの筆頭かもしれない。
「しかし、このパーティーを企画したのはどう考えても彼女でしょう。オスカーが自分からこんな催しを開こうとする訳がないですからね…」
オスカーは普通の休日だってアンジェリークを外に出さないのだ。例外はオリヴィエがエステに連れて行く時だけ。この時だけオスカーはアンジェリークを他人に預けることをしぶしぶ許している。ましてや自分の誕生日ならアンジェリークに祝ってさえもらえば十分、というより、他の者などいたって目障りなだけだろう。まあ、それはお互いさまなのだが。
「ということは、すげなく招待を断れば…」
「彼女ががっかりすることでしょう…」
「行かずばなるまいか…気はすすまずとも…」
「アンジェリークと一緒に晩餐が取れる、ホームパーティーができる…という、良い面しか考えないポジティブシンキングが必要ですね…アンジェリーク以外の人間は視界にも意識にもいれないようにして…」
「しかし、こういう催しともなると手ぶらというわけにもいくまい…アンジェリークの誕生日の祝いなら金を惜しまず欲しがりそうなものを持っていってやりたいところだが…あやつが相手では何を持っていけばいいものやら…」
「まったくです…どうせならアンジェリークの誕生パーティを企画すればいいものを、オスカーも気のきかない…オスカーには豆スープの缶詰セットかマヨネーズ&ホワイトソースの詰めあわせ程度で十分だと思いますが。」
くっくっくとクラヴィスが可笑しそうに笑った。
「ホテルブランドのスープ缶なら嫌がらせに気付かれないとでも思うのか?その意趣返しに晩餐に尾頭付きの鯛に七面鳥の姿焼きでも出されたらどうする気だ?アンジェリークの前で貧血で失神したくはなかろう?あまりあからさまな真似はやめておけ。あやつもアンジェリークの手前、面子もあろうし、おかしね真似はできぬだろう。となったら、こっちも表面上は穏便にすませるしかあるまい。」
「表面上は…と申しますと?」
リュミエールが恐ろしいほど美しい笑みを浮かべる。
「それを今から考えるとしよう。久々に充実した休日が過ごせそうだな、リュミエール。」
「はい、クラヴィスさま。」
端麗な美貌を誇る守護聖2人は顔を突き合わせて、オスカーの誕生パーティーに何をプレゼントに持っていくかという楽しい会議を始めたのだった。
ちなみに同時刻、他の守護聖はここまで楽しい謀議は考えなかったようである。
ジュリアス、ランディ、マルセルは単純にオスカーの祝いに行こうと即刻承諾の返事をだし、オリヴィエは、ま、仕方ない、これも浮き世の義理ってやつよね!とこれもやはり承諾し、ルヴァとゼフェルは、上記の2人のような意味でなく、何を手土産にするかで頭を悩ませはじめた。
つまるところ、守護聖は全員出席だったのである。
明けて次の日は月の曜日である。
アンジェリークはロザリアと楽しいお茶の時間を過ごしていた。アンジェリークの重要な仕事のひとつに『陛下とのお付き合い』という項目が実際に補佐官職の一職務として成文化されている。もちろんロザリアが命じて作らせた項目だったが。
今日のアンジェリークは至極元気であった。オスカーがノルマの4回を昼間のうちに終わらせてくれたので夜はゆっくりと眠れたからである。
『私をゆっくり休ませるために、オスカー様は昼間からにしてくださったのね…』
と思ってしまっているあたり、完全にオスカーの術中に嵌っているアンジェリークである。
「ねえねえ、ロザリア、なんでパーティーに来てくれないの〜?他の守護聖様はみなさん来てくださるっておっしゃってくださったのよ、ロザリアもいらっしゃいよ、大勢のほうがきっと楽しいわよ〜。」
「やあよ、私は行かなくてよ。なんで、私がオスカーの誕生日を祝わなくちゃならないのよ、あなたのならともかく…」
「えええ〜?ロザリアはオスカーさまが嫌いなの?」
がーんとショックを受けた顔のアンジェリークにロザリアは慌てて釈明を始めた。
「き、嫌いって訳じゃないわよ、ただ、私の立場で一守護聖の誕生祝いに出席したりしたら、贔屓だとか目をかけてるとかなんとか、いろいろ色眼鏡で見る人間もいるから、そういうプライベートな招待の出席はまずいのよ。ましてや、同性の友人ならともかく、異性の誕生パーティーに出席するなんて、私がオスカーに気があるんじゃないかとか、実は特別な関係にあるんじゃないかとか勘繰られたらどうするのよ。あなた、困らないの?」
「そ、そっか、ロザリア、女王様だもんね。オスカー様を一人贔屓するみたいなことはできないし、オスカー様にフリンの嫌疑がかかっちゃいけないと思ってくれたのね、ロザリア。それじゃ無理いえないわね…」
「あなた、フリンって意味わかっていってるの?まったく…とにかく、出席しないのはあなたのためなの、わかって?」
「はあい、ロザリアがそう言うなら我慢するわ〜。」
「一応、花か祝電くらいは届けてあげるわよ。」
女王陛下も補佐官本人も、女王が補佐官に目をかけたり、特別扱いしたり、贔屓することは特に問題だとは思っていない。なにせ、補佐官というのは、女王にとって、貴族の子弟における『遊び相手』という役職(これは立派な仕事である)と同義語であるということを、女王本人のみならず、周囲も是認しているからである。
「ところで、ロザリア、私ちょっと相談したい事があるのよ…」
「なあに?」
「オスカー様の誕生日プレゼントなんだけど…」
「オスカーの欲しがるものなんて、あなたが一番詳しいでしょうに。私に聞かれたってわからないわよ。」
「そうじゃないのよ〜、実はもう欲しい物はリクエストされてて…あのね、私のダンスが見たいんだっていうのよ、オスカー様が…」
「ダンスが見たい?ダンスがしたいじゃなくて?あなたと踊りたいじゃなくて?…なにそれ?どういうこと?はっ!まさか、それ、あなたにストリップでもさせる気なんじゃないの!ピンクのライトの許で一枚一枚あなたが服を脱ぎながら踊るところを、見せてほしいとかってことじゃないの?!」
「やーだ!ロザリアったら私と同じ事考えてる〜!でも、私、そこまで具体的には考えてなかったけど…実は私もそうじゃないかと思って、ストリップじゃないでしょうね?ってオスカー様に念を押したら、服を着てするダンスだっていうのよ。」
「オスカーなら言いかねないもの…っていうか、オスカーだからこそ、いいかねないもの、あなたに。」
「やああん、オスカー様をなんだとおもってるのよお!」
「何よ、あなただって同じ事考えたっていってたじゃないの。」
「うっ…それは…そうなんだけど…で、服を着てするダンスっていったっていろいろあるじゃない?すけすけの衣装着て踊るベリーダンスとか、ビーズのマイクロビキニに羽飾り背負ったカーニバルサンバとか…その、いかにもオスカー様が喜びそうな…そ、そういうのを踊らされるんじゃないかと思って更に聞いてみたら、踝まで丈のあるドレスを着て踊るダンスでいいっていうの。これどんなダンスだと思う?しかも、何踊るかはそんなに真剣に考えなくていいって言うの。私何がなんだか、オスカー様の意図がよくわからなくて…」
「ちゃんとしたドレスを着て踊るダンスで、でも、一緒に踊るんじゃなくて、見せるためのダンスねぇ。フラダンス…はちゃんとしたドレスは着ないわねぇ…そうだわ!フラメンコじゃなくて?あのドレスなら踝まであるし、しかも男女で組まなくても踊れるダンスだもの。」
「フラメンコかあ。言われてみたらそうかも…ドレス長いし、一人でも踊るし…でも、私フラメンコなんて踊ったことないわよ。どうしよう…」
「それなら速習ホロムービーみるとか…でも、オスカーはあなたが踊れなくても気にしないんじゃないの?」
「え?どういうこと?」
「真剣になに踊るか考えなくていいって言ってたんでしょ?きっと、あなたにフラメンコの衣装着せてみたいだけのよ。それが見れればいいって思ってるんじゃない?」
「そっか…それ、あるかも…」
オスカーは確かにアンジェリークがいろいろな衣装を着ている所を見るのが好きらしい。一年目の水着もまだ見たことないから見せてくれと言われて着たし、裸エプロンにいたっては、その姿をみるためだけに、使用人全てに休暇を与えて人払いしたくらいである。フラメンコダンサーなら去年の裸エプロンに比べれば、コスチューム系でも今回は随分おとなしいから、これなら抵抗ない。
「オスカーの事だから、それで自分は闘牛士の格好でもして一緒にホロでも撮りたいんじゃないの?」
「きゃあ!オスカー様の闘牛士、素敵!きっとすっごく似合いそう…牛さん殺しちゃうのはかわいそうだけど、その衣装着るだけならいいし…いやーん、素敵、素敵!」
うっとりとした表情で目に星を煌かせたアンジェリークにロザリアはどーっと脱力した。
『まったくあの夫にしてこの妻ありだわ…あんたたちって真剣にお似合いだわよ、まったく…』
という心の声は外にださなかったが。
「きっと、あなたを着飾らせたいだけなのよ、だから、あんまり真剣に考えなくていいんじゃない?」
「うん、なんかそんな気がしてきたわ、ロザリア、ありがと。」
晴れ晴れとした表情でアンジェリークはぐぐーっとお茶を空にした。
「じゃ、私、ちょっとジュリアス様のところに行ってくるわね。ロザリアとのお茶が終わったら来てくれってお使いを頼まれてるの。」
「急いでるからって走って転ぶんじゃないわよ!」
「わかってるってばあ…」
と言っている側からアンジェリークはドアの敷居に引っかかって転びそうになり、すんでの所で持ちなおして、聖殿の廊下を懲りずに走っていった。
『見てられないわ、もう…走って転ばないようにわざと走りにくいマーメイドドレスにしたのがかえって悪かったかしら…かといって短いスカートやフレアスカートにしたらあの子のことじゃ、毎日ぱんつが丸見えになっちゃうだろうし…ぱんつをちゃんと履いてればまだいいけど、履きわすれてたりしたら目もあてられないし…そんなことあるわけないって言いきれない所が、また、やれやれなのよねぇ…かといってパンツスタイルはあの子のカラーじゃないし、第一私と並んだ時釣り合いが取れないし…ああ、補佐官の執務服で転ぶ心配も中身が見える心配もなくて、なおかつ荘厳な私の衣装と並んでも釣り合いのとれるデザインって何かないかしらねぇ…』
今度オリヴィエに無理やりデザインさせてみましょとロザリアは思いながら自分もカップを空にした。
まったく心配事の尽きない女王陛下であった。
そして日1日とオスカーの誕生日が近づいてくる。
「あーあー、贈り物には何がいいでしょうかね〜、オスカーの喜びそうなもの…よろこびそうなもの…」
うろうろしながら、ごそごそと書庫をあさる者あり。
「リュミちゃーん、同期組で一緒にバンドなんて組んじゃわなーい?プレゼントって形のあるものばかりじゃないでしょ?私がメイクやネイルしてあげるって言っても、あいつは絶対うんって言わないだろうし。ま、音楽なら無難かなーって思ってさ。その場にいる他の客も楽しめるしね。」
「私とあなたのデュオで、楽の音をプレゼントですか…それもいいかもしれませんね、アンジェリークも喜ぶでしょうし…カモフラージュにもなるし…」
「へ?何だって?」
「こちらのことです…では、2人で曲目と楽器のパートを決めましょうか…私たちならビジュアル面もばっちりですね。ふふふ…」
と優雅に微笑む者あり。
「僕はね〜、もう決めてあるんだ。僕の育てた薔薇の花と、カティス様秘蔵のお酒。」
「あ、きったねー、マルセル!楽しやがって!」
「楽なんてしてないよ!薔薇は病気や害虫から守るの大変なんだからね!それにカティス様からもらったお酒は、僕が好きにしていいって言われてるもん。人にあげても、その人に喜んでもらうためならカティス様も喜んでくださるもん。」
「そういうゼフェルは何にしたんだよ。」
「いや、俺も今悩んでんだよ…」
『等身大おしゃべりアンジェちゃん人形とか考えたんだけどよー、オスカーが生身のアンジェを前にして人形喜ぶとは思えねーし、却ってそれ見た他のやつらから「つくってくれ!」とか「譲ってくれ!」とか言われたら俺もだけど、アンジェがきもいだろーしよー、大人のための玩具ってのも考えたんだけど、これもオスカーなら「こんなものは俺には必要ない!」とか言って断られそうだし、万が一受取られたら、アンジェの肉体的負担を更に増やしちまいそうだしなぁ。』
「ゼフェルなら、なんかメカ作ればいいじゃん!」
「アンジェの喜びそうなもんならすぐつくれっけどよー、相手はオスカーだぜ。何作ったら喜ぶってんだよ、それで悩んでるんじゃねーか…いーよなー、おまえは逆に特技がなくてよー。」
「失礼だぞ!おまえに片手指立てふせ100回とかばく転10回とかできるっていうのかよ!」
「それの何がプレゼントに結びつくんだよ、まったく…」
『いや、体を使う…特技をいかす…形ある物ばかりがプレゼントじゃないな…』
「よしっ!俺はたった今きまったぜ!」
「え?なになに?」
「それはその時のお楽しみだ。ちなみに誰にもまねされない物だってことは自信あるぜ!で、きまってないのはおまえだけじぇねーの、ランディ。」
「ぐわああ!言われてみたらそうだった!俺は一体どうすればいいんだああ!」
「オスカーの目の前で指立て伏せやりゃーいいじゃん。おめーの『売り』はそれしかねーんだからよお。でもって力仕事のあるときは呼んでくださいとでもアピールすりゃいいじゃんか。」
「それだけじゃないぞ!この頃は文化的に歌なんかも…歌…はっ!そうだ!俺ちょっとリュミエール様んところに行ってくる!」
ばびゅーんと砂煙をあげ消える者あり、残されて咳込む者あり。
「うむ、やはりあれしかないであろう…」
というと徐に引き出しから、紙とペンと鋏みと印鑑と水引を出し、何やら工作を始める者あり。
「ふ…当日を楽しみにしているといい…」
とくつくつ笑いを零す者あり。
そして…
「さーて、今夜も楽しい復習の時間だぜ、お嬢ちゃん!」
「あの〜、オスカー様…」
アンジェリークがベッドの上で羽枕を抱きしめながら、小鳥のように小首を傾げてオスカーに尋ねた。
「ふと、思ったんですけど、この復習って私がプレゼントに何をしてさしあげるか決まってなかったから、してないことを確認するために始めたものですよねぇ?ダンスを見せるのが誕生日プレゼントって決まったんだし、こういうことの復習ってもう、プレゼントと何の関係もないんじゃないでしょうか…もしかして…」
「何言ってるんだ、お嬢ちゃん!一度始めたことを、途中で放棄しちゃいかん!それに、どんなことだって復習しないと身につかないし、一度習ったことだって忘れてるかもしれないだろう?これは偶々いい機会だったってことで、復習自体が悪い事じゃないだろう?ん?だから、このまま復習は続行だ!」
いつかは、アンジェリークもここに気付くだろうと思っていたオスカーは慌てず騒がず予め用意しておいたもっともらしい屁理屈を捏ねる。
「で、でも、お誕生日までに全てのおさらいを終えるって目標は特にいらないような気がするんですけど…そしたら一日三回なんて無理にノルマを決めなくても、もっとゆとりをもってできるような気が…」
更にこういう切り返しもシミュレートしてあったオスカーは、今度は論点のすり替えで対処する。
「お嬢ちゃん、体は辛いか?あそこが痛いとか、ひりひりするとか、疲れて昼間仕事でつかいものにならんとか、今現在何か目だった弊害があるか?」
「いえ、そこまでの負担はないんですけど…敢えてプレッシャーがかかる状況に自分を追い込まなくてもいいような気がするんですけど…」
「それなら問題ないだろう?人間なんてものは〆切りとか期限ってものを設けないと、そのうちやればいいさ、となっちまうものなんだ。だから、できたらやる、できるだけにしておく、なんて逃げ道は作らないほうがいいんだぜ?」
「せ、せめて、できなかった分は翌日以降に繰りこしっていうのだけでも、どうにか…」
「ほら、お嬢ちゃん、ぐずぐずしていると時間がなくなって、また、繰りこし回数が溜まっちまうぞ。さあ、時間がもったいない。今夜の復習を開始するぞ!」
ぐわば!
「きゃぁっ!いやーん!オスカーさま、いきなり、そんなことしちゃだめぇ!」
「とかいいつつ、声が嬉しそうだぜ、お嬢ちゃん?」
と、連日かような調子で祝われる当人は誕生日までの日々を過ごしていた。
オスカーとしてはどんな名目だろうとアンジェリークをじっくりこってりかわいがってやれればいいのであって、理由付けは後からいくらでもできることだったが。
そうこうしているうちに、オスカーが某商会にオーダーした品物もきちんと期日までに納入された。オスカーが箱の中身を確かめて、ご満悦の笑みを浮かべていたことを、アンジェリークはこの時知らない。
そして、ついにオスカーの誕生日、その当日がやってきた。
執務終了から一時間くらい経った頃に、守護聖が三々五々オスカーの私邸を訪れはじめた。
終了直後、その足でいきなり訪問しようとしていたランディたち若者をジュリアスが押し留めたのだ。
「先方も準備と言うものが入用であろう。個人の家に招待された場合は少し遅れて行くくらいが良いのだ。」
という一声で、それぞれ私邸にいったん戻り、入浴、私服に着替え、化粧直し等してから、余裕をもっての訪問となった。
その間、アンジェリークもホステスとしてシンプルだがラインの美しいドレスに着替え、オスカーは一応今夜の主役なのでテイルコートと白の蝶ネクタイで正装して(本当はここまで正装するつもりはなかったのだが、アンジェリークに『主役なんですから!』と押し切られたオスカーであった)来客をアンジェリークともども出迎えた。
玄関ホールの目立つ所には、ロザリアから送られてきた仰々しいまでに華美な祝いの花輪が飾られていた。流石に開店祝いの花輪とは異なり高価そうな生花で作られた花輪であったが『祝!誕生日』と墨痕鮮やかに書かれた垂れ幕がど真ん中についており、オスカーは、これは陛下の嫌味なのか、冗談なのか、お茶目なのかと判じあぐねていたのだが、アンジェリークが「大きくて立派な花輪ですねぇ。すばらしいですねぇ、オスカー様、ろざ…陛下、奮発してくださったんですぇ。」ときゃっきゃ言って喜んでいるので『自分のものの見方はどうもひねこびているというか、歪んでいるらしい。お嬢ちゃんのように、もっと人の厚意は素直に受けとらねばならんな』と反省して、最も人目につきやすいところに飾った次第である。尤も臣下としては、主君から下賜されたものなら、それが気に入らなかろうが、趣味にあわなかろうが、おしいただいてもったいぶって飾って当然であるが。
「本日はお忙しいところをわざわざ、俺の為にありがとうございます。」
「ふ…誰がおまえの為だなどと言った(ぼそっと)」
「は?」
「何も言ってはおらぬ。邪魔するぞ。来い、リュミエール。あれは持ってきてあるだろうな。」
「はい、クラヴィス様。オスカー、この度は何千回目かわからないお誕生日おめでとうございます。」
「おまえ…いきなり喧嘩売ってるのか?せめて千何百回とかいえんのか!自分だって似たようなもののくせに…」
「ああ、それはそれは…私はあなたより若いものですからつい勘違いいたしました。申し訳ありません。」
ぐ…と詰まったオスカーに勝ち誇った笑みを浮かべ、リュミエールはホールの方に消えていく。
残りの者たちは、このように入り口で揉めることもなく、和やかに主人夫妻に挨拶しては、ホールで用意されたオードブルと飲み物などを喫していた。
ほどなくして、アンジェリークが晩餐の用意ができたので食堂に移動して欲しい旨を告げたので、そこにいた一同はにこやかに談笑しながら、メインの食堂へと移動していった。
オスカーはホストでもあり本日は主客でもあるので、席は俗に言う「お誕生席」で決まり、他のものは謁見の場合と同様に順次席につき、ホステスであるアンジェリークはオスカーと反対側のテーブル端席についた。
シェフの心尽くしのディナーが運ばれてくる。
アンジェリークは執務があるので、今年は料理のプランニングにだけ携わった。しかし、各人の好みがまったく異なる守護聖たちの嗜好を考えると、好物を出すと言うよりは、苦手なものを避けるので精一杯であった。
「えっと、フォアグラとターキーは絶対だめ、魚は切り身でね。オードブルにエスカルゴとオイスターは出せないし、蛙は私も嫌だし鶏肉も…やっぱりまずいわよねぇ。あと、チーズがメインのものもだめだし、ホワイトソースとマヨネーズとお豆は絶対タブーだし…ロブスターは見栄えはいいけど、これも使えないし…やあん、なんか制約が多すぎて、メニュー選ぶのも一苦労だわ。」
「ふん、俺としては『豚の丸焼き尾頭つき』でもメインにバーンと出してやりたいところだが…どうだ、お嬢ちゃん、あいつらを全員招くのは大変だろう?皆わがままだからなぁ。いっそのこと、各人好きなものを取らせるビュッフェ形式にしちまったらどうだ?」
自分のわがままは棚にあげてオスカーが提言したがアンジェリークは即刻却下した。
「だめですよお、10人くらいでビュッフェ形式にしたら無駄が多すぎます。聖地の人全員がでるような大規模なパーティーならいいですけど…シェフも作る料理の種類が増えちゃって負担が大きいし…だけどせっかく来てくださるんですもの、食べられるものがないなんてことになったら、申し訳ないですし…とりあえず、なるべく普通のコースメニューでお願いね。キャビアとトリュフは大丈夫…だったと思うし、ロブスターはだめだけど、普通サイズのえびなら使えるし、普通の貝や蟹とか切り身のお魚はOK、豚肉と牛肉も使えればなんとかなるかしら?あ、でも、子牛とか子羊は使わないでね。スープはあっさりした口当たりの物にしてね。ポタージュにしちゃだめよ、あ、セロリもできれば使わないでね…」
と、シェフを多いに悩ませ、アンジェリークにも「こんなに大変だとは思わなかったわ」という一抹の後悔を抱かせ、今夜の晩餐のメニューは決められたのであった。
そしてマルセルがカティスの酒蔵から何本か見繕い贈られた酒が、オスカーの計らいでその場で晩餐に供され乾杯の運びとなった。
「オスカー様、お誕生日おめでとうございます。皆さん、お越しくださってありがとうございます。それでは乾杯!」
アンジェリークがかわいらしく酒盃を捧げ、乾杯の合図をするとともにディナーが始り、皆酒盃に口をつけた。
「んめぇ〜!何これ!これが酒?」
「うむ、さすがにカティス秘蔵のコレクションだな。」
「あう〜ん、ここでカティスの酒を賞味できるとは思わなかったわ〜、うーん、し・あ・わ・せ!太っ腹だねえ、あんたも!自分へのプレゼント、皆にふるまっちゃうなんてさ。」
「俺の腹は太くない…割れた腹筋を見せてやろうか?」
「うげ…頼まれても見たいわけないじゃん。」
「冗談に決まってるだろうが。おまえに見せるなんざもったいない。いや、カティスならな、カティスの酒なら、こうするほうがヤツも喜ぶと思ったんだ…」
「オスカー様、僕も…そんな気がします。」
「ふ…俺は結構カティスにかわいがってもらっていたが、なにせ若造だったから…そう、ランディ、今のおまえと同じ位だったかな…カティスのコレクションを飲んで見たくて仕方なかったが『酒っていうのはな、ただ酔っ払う為に飲むもんじゃない、少なくとも俺の酒はだ。味と香りを楽しみ、雰囲気を楽しみ、仲間との語らいをより楽しむために飲むんだ。自然の恵みってヤツに感謝しつつな。だから、おまえみたいに酒の味のわからん小僧には俺の酒は100年、いや、1000年早い』って相手にしてもらえなかった。実際、あの時から、下界じゃそれくらい経っちまったのかな…おい、おまえらには、本当は早いしもったいないと思うが、せっかく俺の為に来てくれたんだしな、大盤振る舞いだ。心して味わって飲めよ。カティスの気持ちそのものなんだからな、その酒は。」
「あんたも大人になったもんだねぇ…」
「あんまり飲めない私にもおいしいです、このお酒…私も、一度カティス様にお会いしてみたかったです、オスカー様。」
「…いや、お嬢ちゃんがヤツに会わなくてよかったと俺は思うな…」
「???」
「きゃはははっ!オスカーにとっては最大のライヴァルになってたかもしれないもんね。カティスはいい男だったもんねぇ。しかも、完成された大人の男って感じだったし。あんた、張り合ってもかんっぺきに負けてたかもね。」
「余計なことは言うな。グラスを取り上げられたいか?」
「図星か…ふ…しかし、確かにな………いや、確かにこの酒はうまいな…」
マルセルの提供したカティスのコレクションはその場で全て栓を抜かれ、その馥郁たる香りと芳醇な味で皆の舌と鼻を多いに楽しませ、晩餐を盛り上げてくれた。
そして無難な線で進めた食事はとりあえず和やかに終わり、デザートは当然特大のバースディケーキである。あっさりした甘味が好きなオスカーのために、これだけはオスカーの好みを考え、アンジェリークが自ら作った。クリームでバラを模るようないかにもな華美さはなくても、コクがあって滋味深い菓子を作ろうとアンジェリークは、レモンリキュールをたっぷり染み込ませたビスキュイにふんわりとまろやかなチーズのムースを重ね、回りは半円に切って蜂蜜付けにしたレモンスライスを張って飾り、最後にゼリー液で全体に艶を出した爽やかなケーキを作った。蝋燭はのせきれないので(ケーキが粉々になってしまう)形だけ8本ほど立てられた。
「はい、オスカー様、蝋燭に火を灯けてもらいましたから、お願い事をしながら火を吹き消してくださいね。」
「ふ…俺の願い事は一つだ…お嬢ちゃんがいつも、いつまでも、笑顔で幸せでいられますように!」
と言うや、オスカーは一息で蝋燭の火を見事に消し去った。
「俺の願いは確かにかなったらしいぜ。お嬢ちゃん。俺はこういうことじゃ負けたことがないんでな。」
「オスカー様、ご自分のお願いごとですのに…」
「嘘じゃないさ、俺の願いは常に1つ。お嬢ちゃんの笑顔を守ることだ。俺はな、お嬢ちゃんが幸せで笑ってくれていればそれで幸せだ。それが俺の願いであり幸せなんだ。」
「オスカー様…」
「お嬢ちゃん…」
この時2人の間に長い正餐用テーブルがなければきっと2人はかけよりひっしと抱き合っていたのだろう。
2人の視界にはこの時互いしか映っていないのは明白だった。当然、列席者一同は皆一様に「はあああ〜」と長い溜息をついたことは言うまでもない。「やってらんねぇよ、もう…」というほとほと疲れたというゼフェルの一言が全てを代弁していた。
こんなことには慣れっこの給仕頭は、落ちついて冷静に蝋燭を取り去ってケーキを切り分け、一人一人に食後の飲み物を聞きながら、そのケーキをサーブしたので、皆は気を取り直してデザートを食しはじめた。
「アンジェ、このケーキ、おいしいね、あんまり甘くないのにコクがあって香りがよくて…」
「うふ、ありがとうございます。よかった!ちゃんとできていて。」
「うむ、これはなかなかのものだな。こってりとした料理の後口を爽やかにしてくれる…」
皆が食後の飲み物も飲み終わったところで最年長ということで、ルヴァが合図を切った。
「それでは、そろそろ、贈り物でも出しましょうかね〜どうします?順番は…年少者からいきますか?」
「あ、はい、僕はもうお酒を出しちゃったから、あとはこの薔薇の花です。オスカー様は薔薇の花がお好きだって聞いたから…」
「ありがとよ、ぼうや。真紅の薔薇ほど俺に似合う花はないからな。大事に飾らせてもらおう。」
「俺はこれだ!」
ゼフェルが取り出したのは、切り取り線の入ったチケットのようなものだった。
「なんだ?これは…電車ごっこの切符か?おまえ、そんな年でもないだろう?流石に。」
「ちげーよ!よく見ろ!これはなあ、天才メカニックゼフェル様の何でも出張修理10回クーポン券だ!オスカー、おめー、家の電気製品とかPCがいきなり壊れて往生したことねーか?何せ聖地じゃメーカーの出張修理頼むものおおごとだ。やれ時間同期だ、次元回廊を開く許可が必要だって手続きが煩雑じゃねーか、そんな時にはこのクーポンで俺様が無料出張修理を10回まで受けてやるぜ!修理以外に、何かを組みたてたい時も使ってOKだ。どうだ!ありがてーだろ?」
「はっはっは!いや、おまえならではだな、ゼフェル。確かに聖地は離島みたいなもんで不便だものな、どっちかというと、俺より家の者やお嬢ちゃんが助かりそうだが、ありがたく使わせてもらおう。」
「はい!三番ランディ、いっきまーす!俺はぁ!リュミエール様とオリヴィエ様と一緒に歌をプレゼントしまっす!」
「あら、順番もぴったりじゃないさ。リュミエール、のんきにお茶飲んでないで、出番だよ。」
「気が急いていてはいい音色はでませんよ…では宇宙1豪華なセッションのお披露目と参りましょうか…」
オリヴィエがリュートでベースを爪弾き、リュミエールがハープで主旋律を奏で、ついでに2人がバックコーラスも務めるという物凄いバックバンドを従え、ランディが朗々とよく通る声でボーカルを務めた。クラシカルでよく知られている楽曲からポップなものとバラード調のものを1つづつ歌ったあとは、三人トリオで『ハッピーバースディ』を歌って締めであった。
「きゃー、皆さんすっごくお上手!素敵です〜!」
アンジェリークが興奮して懸命に拍手を送る。
「いやあ、感心した。おまえ、歌うまかったんだな、ランディ。不覚にもジーンときちまったぜ。」
とオスカーも感心しきりで、ホスト・ホステス夫妻は大喜びである。
「いやあ、俺体力しか取り柄がないんで、最初はどうしようか悩んでたんですよ。喜んでもらえてよかったです!オリヴィエ様もリュミエール様も仲間にいれてくださってありがとうございましたっ!」
「んん〜、少年、そういう謙虚な所はいいねぇ。ご褒美にちゅーしちゃおうかな?」
「い、いえ、それはご遠慮しておきます、はい…アンジェのならともかく…」
「お嬢ちゃんのちゅーは所望するだけ無駄だぜ、もともと俺だけのものだし、第一おまえじゃ鼻血吹いて倒れそうだしな。ご褒美にはもったいなさすぎる。」
という主役のコメントに失望と落胆があからさまにでていたランディである。
「えー、年でいったら、最後なのかもしれませんが、あの2人を前にトリを取る度胸は私にはないので、先に失礼させていただきますよ。」
ルヴァが袋から、よっこいしょという擬音を振りまきながら大型で豪華な装飾のある古書を取り出した。
「あなたにはもう御馴染みの知識ばかりかもしれませんが、あなたほどの人だからこそ『温故知新』故きを温ねて新しきを知るということも、あるかと思いましてね〜」
「ん?一体何の本だ?」
剣術や体術の指南書とか極意書とか奥義書なら本当に必要ないんだが…と思って何気なしにぱらぱらとその本をめくったオスカーは飲んでいたコーヒーをぶふーっと盛大に吹出してしまった。
そこには古風すぎてやぼったい画調でまったくそそられないながら、男女の交合図が何十とカラーで並んでいたのである。しかも全てばっちり挿入しているのがわかるリアルさで。
「あああ〜貴重な本なんですからコーヒーの沁みなんかつけないでくださいね〜」
「がほごほげほ…これ、これ、これは一体なんなんだ!ルヴァ!あ、お嬢ちゃんは見ちゃいかん!」
「あー、それはですねぇ、愛の教科書「カーマスートラ」という夫婦愛の基本を記した超がつくほどの古典文献なんですよ〜。今時にはあわない部分も多いかと思いますが、夫婦がいかに仲良くくらしていくか、そのためにはどうしたらいいかという基本が事細かに記してあるんですね。だから「愛の教科書」なんですよ〜。新婚当時、いかに新婦の緊張を解くかということから始って…」
「いや、そういう薀蓄が聞きたいんじゃないんだが…」
豊富な合体の事例を見ながら、オスカーは、確かにこれだけいろいろあれば、自分じゃ気付かなかった体位とか愛撫の方法とかあるかもしれん。うむ、明日から早速研究してトライだ!と思いなおした。
「いやあ、ルヴァがこんな物をくれるとは思ってもいなかったぜ。ありがとう、早速使わせてもらおう。」
「使う?本なのに使うんですか?読むんじゃなくて?それに夫婦仲がよくなる本なら私も見たほうがいいんじゃないですか?なんで私は見ちゃだめなんですか?オスカー様ぁ…」
「げふげふげふ…いや、見ちゃいかんと言ったのはだな…お嬢ちゃんには刺激が強い…いや、なんだ、その…そう!今、本を見るのはホステスとして客を前にしてすることじゃないからだ!うん、そう言うことだな。2人で後でゆっくり見る分には問題ない…と思う…(多分)」
「ああ〜そうですね〜2人でゆっくり見たほうがいいかもしれませんね〜、なにせ愛の教科書ですからね〜」
「いいなあ、オスカー様は、これ以上アンジェと仲良くなれるなんて…ルヴァ様!俺、俺にも結婚する時はその本いただけますか!俺もお嫁さんは大事にして仲良くしたいんですけど、女性はどうしたら嬉しいのか、自分じゃよくわかんないから。」
「簡易装丁版でよければ、皆さんが結婚する時は、お祝いにさしあげてもいいんですが…、この聖地にいる限り、再度女王試験でもなければ結婚は難しいのではないですかねぇ。まあ、退任後も連絡を下されば、さし上げますからね。私が先に退任する時は、お別れの贈り物で残していきましょうかねー。」
「そういうルヴァはどうなんだよ。自分はその本はいらねーのかよ。」
「私ですかー?私は一度読んだ本の内容は忘れませんから。最早ページの隅から隅まで熟読して全ての知識は頭に入っていますから、本自体はもう必要ないんですよ〜。問題は実戦が伴ってないことだけでしてねー。」
にこにこしながら、いかにも、なんでもないことののように言われたこのセリフを聞いた少なからぬ人数が「ルヴァの花嫁になる女性は持てる知識の全てを実験するように試されるに違いない。」と若干の悪寒とともに、まだ見ぬ女性に多大な同情を密かに寄せた。
「で、お次はクラヴィスですか?」
「いや、差し支えなければ私は最後にしてもらえないだろうか…ジュリアス、すまぬが先にやってくれ。」
「うむ、私はかまわぬが…私の贈り物はこれだ。」
ジュリアスが差し出したのは豪華で麗々しい紙包みだった。金の水引で器用に神鳥が模られ、見目麗しく紙包みを飾っている。
「な、なんでしょう、これは…」
「開けてみるがよい。私の贈り物はここには持ってこられぬものなので、目録という形にしてみた。」
持ってこられない?そんなに大きなものなのか?ヨットとか馬車とか…まさか洗剤とか調味料とか穀物1年分とかじゃあるまいな…と慌てて目録を開いたオスカーの目に飛びこんできたのは
『目録、1・貴行においては、我が牧場において主種馬との交配を無期限・無制限・交配料無料で許可するものなり。光の守護聖・ジュリアス。ここに約す(ジュリアスの印が押してある)』
という文章であった。
「…種付けの許可証ですか…」
そりゃ、この場で馬に種付けをさせるわけにはいかないからな〜とオスカーはジュリアスが目録を持ってきたわけを妙に納得してしまった。
「うむ、いい血統の馬を残すのは、馬主としての勤めでもある。そなたの持ち馬もなかなかいい馬が揃っているようだが、まだまだ数は多くないであろう?私の種馬とかけあわせれば、かなりよい子馬がうまれるのではないかと思ってな…」
「はは〜!もったいないお言葉、謹んで賜らせていただきます。」
オスカーが平伏せんばかりに恐れ入っていると、クラヴィスがついと前に進み出た。
「では、最後は私だが…私からの贈り物はできれば宴果てる時に出させてもらいたいのだが、構わぬであろうか…」
「いや、それはお気持ちですから、もともと強制するようなものでもありませんし、俺にもそんな気はありませんし…」
「ふ…では、後でな…それなら今は、先に余興と行こう。このパーティーで遊ぼうと少々用意したものがある。リュミエール。あれを…」
「はい、クラヴィス様。」
リュミエールがそそくさと何やら大きな包みをこともなげに運んできた。なにやら大人数で行うゲームの類のようであった。
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