Surprise for you 5

アンジェリークとオスカーはホールで客を送り出した所だった。とりあえずはつつがなく宴が果てたのでほっとしたアンジェリークだった。2人はホールから夫婦の私室に向いながら、会話を交す。

「お嬢ちゃん、ホステス役ご苦労だったな。疲れてないか?」

オスカーはアンジェリークの肩を抱いて引寄せ、頬に口付けた。心の中では『さて、ダンスのことをどうやって切りだすかな…』と思いつつ。

アンジェリークがくすぐったそうに首を竦めた。

「そんな…オスカー様こそ…オスカー様、あの…パーティーは楽しんでくださいましたか?」

「お嬢ちゃんはどうだった?楽しかったか?」

「私はすっごく楽しかったです。それで…あの、今更なんですけど少し申し訳なくなっちゃって…」

アンジェリークがもじもじしている。

「ん?なんで楽しいと申し訳ないんだ?」

「だって…オスカー様のお誕生日なのに、オスカー様に楽しんでいただくことより、自分が楽しんじゃってたような気がして…それで、その…」

オスカーは思わず破顔した。

「はは…気にしなくていい、お嬢ちゃんの楽しい嬉しい顔をみるのが俺の楽しみなんだからな。それに、安心していいぜ、お嬢ちゃん。俺も結構楽しんだんだぜ、これでも。」

「本当ですか?」

「ああ、俺はお嬢ちゃんに嘘は言わない。守護聖が皆来てくれたのも意外だったのに、それぞれ趣向を凝らした贈り物までもらえたしな。各々の性格とか特技が生きてて面白かったぜ。皆オリジナリティがあるって言うか…市販の物とかじゃなくて誰にも真似できないものばかりだったからな。楽しかったし、ありがたかったぜ。ただ、あのゲームの進行役は結構重労働だったがな。」

「きゃー!考えてみれば私ったら主役のオスカー様に裏方させちゃったんですね!ごめんなさあい!補佐官なんだから私がほんとならしなくちゃいけなかったんですよねぇ、ホステスなんだし。自分から進んで遊んでちゃだめだったんですよねぇ。」

しゅんとしてしまったアンジェリークの頭をくしゃくしゃとオスカーが撫でた。

「いいや、お嬢ちゃんはあれで正解なんだ。ホステスの役目は客をもてなすことだろう?あいつら皆お嬢ちゃんと遊びたがっていたからな(ツイ○ターは論外だがな)。お嬢ちゃんが裏方になっちまってゲームに参加しなかったら、そのほうががっかりしたと思うぜ。だから、お嬢ちゃんはちゃんとホステス役は果たしていたんだ。安心していいぜ?」

「そ…そっかな…ほんとにそう思います?オスカーさまぁ。」

「ああ、俺としてもお嬢ちゃんが炎の守護聖とらぶらぶハッピーエンドになれて安心したしな。お嬢ちゃんがゲームに参加してくれなかったら、炎の守護聖が誰とも結ばれなかったろうしな。」

くすくすとアンジェリークが笑った。

「だって、あれは俺じゃないって、オスカー様ご自分でおっしゃったのに…」

「それなら、なんでお嬢ちゃんは炎の守護聖を選んでくれたんだ?」

「うふふふ…だって…」

「だって?」

「私は炎の守護聖様が大好きなんですもの。」

野を跳ねて遊ぶ小鹿のように悪戯っぽい笑顔を浮かべるアンジェリークに、オスカーは敢えて穏やかで優しい眼差しを返す。

「目の前にいる炎の守護聖もか?」

「ここにいらっしゃる炎の守護聖様が大好きなんです、私は…もう、どうしていいかわからないくらい好き…」

「お嬢ちゃん…」

一転して濡れたような瞳で自分をみつめるアンジェリークを思わずオスカーは抱き寄せようとした。ところがアンジェリークはそれをすっとかわした。

「だからボードゲームとはいえ、あの炎の守護聖様が他人に思えなかったんです。」

腕をかわされたオスカーがあからさまな焦慮を見せた。

「お嬢ちゃん、念のため言っておくが、あれは決して俺そのままだなんて思わないでくれよ?」

「わかってます、オスカー様、オスカー様は私に嘘はおっしゃいませんもの。ゲームの炎の守護聖様がオスカー様そのままだなんて思ってませんから。」

しかし、あの炎の守護聖はやはりオスカーがモデルだろうとアンジェリークは思っている。わざわざご注進していただくことはなくても、女官や使用人達の噂話を通りすがりにうっかり聞いてしまうなどして、オスカーの過去の噂は否応なしにアンジェリークの耳にはいってきていた。そして実際、過去オスカーの女性関係は相当華やかだったのだろうとも思う。でも、自分と出会う前のことを取り沙汰しても何の実りもないし、覆せない過去に嫉妬するような気質でもない。アンジェリークがちょっとだけ傷ついたのは、自分が飛空都市に来ていた試験期間中もオスカーがそういうことをしていたのかと一瞬思ったからだった。(だから「試験期間中も」とアンジェリークは言ったのだが、オスカーは、この「も」の意味には気付かなかったようだった。)しかし、オスカーがそれは絶対ないときっぱり否定したので、アンジェリークはもうそのことには拘泥していなかった。オスカーは自分に嘘はつかない。オスカーは言わなくていいと判断した事を黙っていることはあっても、嘘はつかないことをアンジェリークは知っているから。そしてオスカーが言わなくていいと思っていることを、アンジェリークは根堀葉掘り聞きたいとは思わない。オスカーが自分に知らせたくないと思っている事柄なら、既に知っていることでもアンジェリークは素知らぬ振りもする。

アンジェリークはオスカーの腕を逃れ、半歩だけ退いた位置で突然ぴょこんと頭を下げた。

「オスカー様、ありがとうございます。」

アンジェリークが改まった形で自分にきちんとしたお辞儀をしたのでオスカーはびっくりしてしまった。自分の抱擁をかわして逃げたのかと思って焦ったら、いきなり改まって礼を言われてしまい、オスカーは訳がわからなかった。

「いったいどうしたんだ、お嬢ちゃん…」

「オスカー様、パーティーを開く事を快く了承してくださったでしょ?それは私が喜ぶと思ってくださったからでしょ?もともと提案したのも私だけど、それを聞いてご自分もパーティーを開きたいって思ったっていうよりは私がパーティーをしたがっていたから、私にお付き合いしてくださったのでしょう?」

「お嬢ちゃん…」

「オスカー様、ほんとにお優しい…大好きです、オスカー様。私は特技らしい特技もないから、ゼフェル様やクラヴィス様みたいに誰にも真似できない事をプレゼントできないし、ルヴァ様やジュリアス様みたいに誰にも真似できない物をプレゼントすることもできないし…だから皆さんのプレゼントに比べたら見劣りしちゃうかもしれないけど、私もオスカー様が生まれてきてくださったこの日に感謝して、自分にできることで精一杯お祝いしたいです。オスカー様が私を喜ばせようとパーティーに出てくださったように、私もオスカー様に喜んでいただきたいんです。だから…」

そう、ほんとに皆さんの贈り物は、その方にしかできない事か、その方だからこそさし上げられるものだったわ。だから私も自分だからこそできる事をオスカー様にプレゼントできたらいいな…『ダンスを見せる』ということが、そうなるといいのだけれど…とアンジェリークは思っていた。

「だから、俺の望んだプレゼントをこれからくれるのか?」

静かにオスカーは尋ねた。アンジェリークは頬を染めて童女のようにこっくりと頷く。

「嬉しいぜ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのそういう所が俺にはかわいくてたまらない…じゃあ、俺たちの部屋にいくか…」

再びこっくりとアンジェリークは頷いて、今度は自分からオスカーの腕にしがみ付いてきた。

『うーん、なんだか照れるぜ…』

自分から切り出さずとも、こんなに真剣に祝ってくれようとしているアンジェリークに自分の要求を述べることがオスカーはなんとなく気恥ずかしくなってきてしまっていた。

でも、結局望むところはしっかり望んでしまうだろうなということも、オスカーは十分自覚していた。

 

オスカーとアンジェリークは夫婦の私室に入った。寝室の方ではなく続き部屋の居間にあたる部分である。私邸の2階は全て夫婦のプライベートルームに改装してあり、居間といっても階下のホール並の広さがある。オスカーはアンジェリークにダンスをここで教えたりもした。

「お嬢ちゃん、ちょっと待っててくれよ?」

オスカーはアンジェリークを部屋に待たせてクロゼットに入っていき大きな衣装箱を持ってきた。

アンジェリークはやっぱり…と一人納得していた。

やっぱりオスカー様はご自分で衣装を用意なさっていたわ。きっとあの中にフラメンコの衣装が入っていて、私はそれっぽく踊ればいいのかしら?一応ホロムービーは見ておいたんだけど…うーん、上手く踊れるかな〜それより、照れずにできるかな〜。でも、オスカー様に喜んでいただきたいもの!恥かしいなんて言ってちゃだめよね!きょ、去年の素肌にエプロン姿を思えば、これくらい…うん、なんてことないわ!(きっと…)

心の中で自分を励ましてから、アンジェリークは、

「あの〜、オスカー様は着替えないんですか?」

と尋ねた。オスカーは自分のフラメンコ姿に合わせて彼自身の衣装は用意していないのだろうか?と思ったからだった。

オスカーが『?』という顔をした

「???何故俺が着替えるんだ?俺は観客だぜ?折りよくテイルコートも着てるしな。俺はてっきりお嬢ちゃんが何を踊るかわかってて、俺にテイルコートを着ろって言ったのかと思ってたんだが…」

「???私がオスカー様にテイルコートを着てくださいって言ったのは、それが正装だからで、それに…オスカー様のテイルコート姿はとっても素敵だから…」

少なくともオスカーは自分の衣装は用意していないらしい。

『ということはオスカー様は観客に徹するつもりだったということで、私と一緒に記念ホロを撮るなんておつもりはなかったのかしら?でも、私はオスカー様の闘牛士姿、見てみたいな…どうせフラメンコの衣装着るのなら、闘牛士のオスカー様と並んでホロ撮りたいな…とりあえず今、お客様でいてもらうのはいいんだけど…』

「えーっと、オスカー様、観客の男性はテイルコートを着るものなんですか?」

「まあ、一般的にはそうだな…夜の社交場だしな。お嬢ちゃんは周囲の客のことは覚えてないか?」

「???」

『フラメンコを見る所って夜の社交場なの?そりゃ夜の公演はあるだろうけど…それに第一、一緒にフラメンコを見に行ったことなんてあったかしら?いろいろお出かけしたけど、うーん、うーん、思い出せない〜!私って…ばか?ああーん、お出かけしたこと忘れちゃったなんて言ったら連れていって下さったオスカー様に申し訳ないしぃ〜!』

アンジェリークが悩んでいる様子を見て取ってオスカーがとリなした。大した問題でもないのにアンジェリークを悩ませたらかわいそうだと思ったのである。

「まあ、いいさ。お嬢ちゃんは舞台に夢中だったから周囲が目にはいってなくても無理はない。」

このオスカーのセリフで、やっぱり自分たちは一緒に見たらしいことは確実となった。しかも自分は夢中で見ていたらしい。しかし、アンジェリークはやっぱりどうしてもその時のことを思い出せなかった。これ以上オスカーに追求されたら、記憶がぽかんと消去してしまっていることに気付かれてしまいそうだ。

しかし、オスカーはもう、過去の思い出よりこれからアンジェリークにしてもらうイベントの方に意識が移っていた。

「で、俺としてはお嬢ちゃんも夢中で見ていたあのダンスをお嬢ちゃんが踊ってくれたらどんなにかわいいだろうと思いついてな、今年のおねだりはこれにさせてもらった…こうして同じような衣装も用意しておいた。さ、着替えてくれるか?俺も手伝おうか?」

アンジェリークははっと気をとりなおした。そうだわ!お出かけのこと忘れちゃってるだけでも、申し訳ないから、せめて今はがんばらばくちゃ!オスカー様の用意してくださった衣装を着たら何か思い出すかもしれないし…

「い、いえ自分で着替えます〜、オスカー様に手伝っていただくなんて恥かしい…寝室で着替えてきますから待っててくださいね!」

アンジェリークは衣装箱を持って、とててて…と走り出した。

「下着からはいっているからきちんと順番につけるんだぞ!わからなかったら、恥かしがってないで俺を呼べよ!」

「はあーい!」

アンジェリークは振り向き様にいい返事を返して寝室に消えていった。オスカーはいやがうえにも高まる期待にそわそわわくわくどきどきである。着替えを手伝わせてもらえなかったのが、ちょっと寂しかったが…

 

アンジェリークが衣装箱をあけると、中には真紅のシルクタフタのドレスが入っていた。所々に黒のサテンリボンでアクセントがはいっている。幾重にもフリルとレースが重なったティアードスカートが喩えようもなくきらきらしく、華やかなことこの上ない。

「やっぱりフラメンコの衣装と言えば真っ赤で段段のフリルよね〜」

アンジェリークは一人でうんうんと納得している。オスカー様の言ってた下着ってこれかしら…と箱の奥からボディスーツらしきものを引っ張り出してみた。が、それはスーツではなく…真紅の3イン1のボディスだった。つまり股間は繋がっておらず靴下止めがついているコルセット型胴着である。ということはまずこの胴着をつけて靴下を履いてからショーツを身につけなければならない。

「えっと…靴下、靴下…」

黒の網タイツがすぐに見つかったので、アンジェリークはまず、そのボディスを身につけてみた。

「あ…あれ?あれ?これ…カップがない…」

そのボディスはアンダーバストに合わせたワイヤーで乳房を下支えして形を整えるようになっていたが、肝心のカップ部分は何もないトップレスタイプだった。これでは胸の先端が丸見えである。

「ブラが別にあるなんてこと…期待するだけ、無駄ね…」

オスカーは胸を大きく刳ってデコルテを思いきりよく出すデザインのドレスを殊の外好む。そうでなけば背中が腰骨のあたりまで大きく開いているものも好きらしい。そしてそういうドレスの場合、ブラジャーはしないことも多いので、今回のドレスも恐らく思いきり胸のカットが大きいのだろう。

ワイヤーで支えてあるとはいえ、ついつい揺れる胸を気にしつつ、アンジェリークは網タイツを履いて、ガーターで止め、レースの靴下止めもつけた。それからショーツを探して引っ張りだし、目の前に広げてみた。

「なに?これ…」

そのショーツは今まで履いた事は愚か見たこともないくらい「これでもかーっ!」とばかりに全体にレースが幾重にも重ねて縫いつけられていた。ショーツというよりはテニスなどをするとき履くアンダースコートに酷似している。

「こ、こんなもこもこしたショーツなんか履いたら、外にラインが響かないかしら…」

フラメンコの衣装といえば足許は幾重にもフリルが広がっているが、腰あたりのラインは体にぴったりしていたような気がする。しかし、これが用意されている以上、これを履けっていうことだろうし…

アンジェリークはなんか変だなー?と思いつつもそのショーツを履いた。

赤のストラップシューズはしっかりとした低めのヒールで、確かに激しい動きにも適しているようだった。肘まであるロングの黒サテンの手袋があったのでそれもつけた。フラメンコって手袋なんてしたっけ?とも思ったが、入っている以上つけるのだろうしと思い…

そしていよいよ最後にドレスに足を入れ腕を通し、申し訳程度にあるファスナーを上げてみた。ドレスの丈は思ったより短い。ロングと言うより踝の見えるミディ丈だ。胸元は乳首のラインぎりぎりに大きく刳られ、乳房の谷間に浮かぶ青白い陰影を思いきり誇示している。しかし、問題は別のところにあった。このドレスはどう見てもアンジェリークの思うフラメンコの衣装ではなかった。スカートは胴体の切り替え部分から思いきりよくレースとフリルで膨らんでいるのだが、そのレースはスカートの内側部分になぜか縫いつけられているのである。スカートの外にフリルがあるならわかるが、なぜ、スカートの内側に余白のないほどびっしりとレースとフリルが重ねて縫いつけられているのだろう…

「これって、これって…もしかして…もしかすると…」

アンジェリークはこの時「あっ!」と思い至った。

オスカー様が私と一緒に見たダンスで、私も夢中になって見て、オスカー様は夜のお集まりだからってテイルコートを着てらした時ってもしかして、あの時?周囲の男性も皆テイルコートをお召しになってた。それなら私も覚えてる。それって…フラメンコなんかじゃない…それは、それは…

「お嬢ちゃん…どうだ?仕度はできたか?」

どうにも辛抱たまらなくなったらしいオスカーがノックをしながらアンジェリークの様子を見にきた。

「あ、オスカー様、この衣装って、衣装って…」

アンジェリークがどことなく自信なさげに、オスカーに衣装の事を尋ねようとしたが、オスカーはアンジェリークのドレス姿を一目見た途端、視線と思考の全てを目の前の艶姿に占拠されてしまっていた。

「うおぉぉっ!か…かわいい!やっぱり最高にかわいいぜっ!期待通り!いや、それ以上だ!あの一流ナイトクラブでもこんなに可憐でコケティッシュで愛らしいダンサーは見たことないぜ!俺は!」

「ナイトクラブってことは…オスカーさまぁ…これってやっぱりフレンチカンカンの衣装…なんですね?」

有体に言って、アンジェリークの言葉は耳に入っていないようだったが、アンジェリークは溜息混じりに一応確認してみた。フレンチカンカンなればこそ、スカートの内側に余白恐怖症のようについているレースとフリルの訳もわかるし、恐ろしいほどボリュームのあるショーツも納得できた。つまりはもともと『見せる』ためのスカートの内側であり、ショーツなのだから。

「お嬢ちゃん、なにか心配そうだな?大丈夫、ちょっとスカートをめくって足を思いきり蹴りあげれば、それっぽく見えるからな。俺もプロの技術を求めてる訳じゃないから、上手く踊れるかなんて心配しなくていいぜ?」

漸くアンジェリークの不安げな様子に気付いたものの、アンジェリークの戸惑いを完全に読み違えてオスカーは見当外れの慰めを与える。

アンジェリークは、『オスカー様が私のフラメンコ姿を見たいと思ってるなんて、どうして私は思いこんじゃったのかしら…私って本当にあさはか…』とがくーっと項垂れていたのだが。確かにこのドレスは丈だけは踝近くまではある。オスカーは嘘を言ってない。でも、それをめくって足を多分太腿の付け根あたりまで晒し、下手をするとぱんつまで見せなくてはならないダンスだということは、オスカーは言ってないし、自分も何も尋ねなかった。そして、自分は踊ると約束してしまったのだ。

「お嬢ちゃん、ヘッドドレスもあっただろう?髪はゆるくアップにしてこれを留めるといい。」

オスカーは傍目にもうきうきそわそわして、アンジェリークをドレッサーに無理やり座らせた。アンジェリークは仕方なく髪をゆるめに結い上げはじめた。そして、オスカーに手渡された赤のリボンに羽飾りのついたヘッドドレスを結い上げた髪に斜めにピンで留めた。

「くうううう!かわいいっ!最高にかわいいぜ!どうだ?お嬢ちゃん、この世で最高の踊り子のできあがりだぜ?自分でも鏡を見てごらん?」

アンジェリークは立ちあがって姿見で全身を確認してみた。

真紅を基調に黒のサテンリボンでアクセントをつけたドレスは、素材のよさもあって下品でなくセクシーだった。はしたなく見える寸前の微妙な割合で肌の露出が計算されており、確かに自分でもみてもかわいいのに挑発的なデザインだった。そう、立っているだけなら…

でも、このスカートをめくって足だして、ぱんつ見せて踊るの?そんなこと私にできるのかしら〜?と目の前が暗くなりそうになった矢先、オスカーが

「な、お嬢ちゃん、踊る前に、今、ちょっとでいいからスカートを持ち上げてみてくれないか?」

と期待にらんらんと瞳を輝かせてアンジェリークに強請った。

「こ、こうですか?」

その瞳の圧力に負けて、おずおずそろりとアンジェリークがスカートの端をつまんで内側を見せるように持ち上げ、網タイツとレースのガーターベルトで飾られたすんなりとした足を晒した。

「くううう…あまりの愛らしさに俺は頭が変になりそうだ…」

「いやーん、そんなにまじまじと見ないでください〜」

アンジェリークが恥かしがってすぐスカートを下ろしてしまい、オスカーはお預けを食らった気分になった。

率直に言って、アンジェリークの踊り子姿のあまりの愛らしさに、オスカーはアンジェリークをこの場で押し倒してしまいたくてたまらなかった。が、それではカンカンは見せてもらえない。

お嬢ちゃんのフレンチカンカンを見てみたい、この場で踊り子姿のお嬢ちゃんを今すぐ食っちまいたい、という2つの欲望が相克してせめぎあったが、オスカーは深呼吸を繰り返し何とか今は堪え忍んだ。

ここは、お嬢ちゃんのかわいい足やお尻を存分に見学してからのほうが絶対にお嬢ちゃんを美味しく戴けるはずだという計算が瞬時に働いたからである。

「ささささ、お嬢ちゃん、居間に行って少しでいいから踊ってみせてくれ!お嬢ちゃんのプレゼントを俺はそれはそれは楽しみにしてたんだぜ?」

「はぁ…」

先刻、アンジェリーク自身がオスカーのお祝いをしたいと明言してしまっていて引っ込みもつかないし、ここまで期待されて今更やっぱり恥かしくてできないなんて言えるだろうか。オスカーは優しいから、許してはくれるだろう。嫌ということを無理強いされたことなど1度もないのだから。でも、オスカーは多分ものすごくがっかりするだろう。あからさまには現さなくても…そして、オスカーがどんなにがっかりするかを思えば迂闊なことは言えるものではない。

『アンジェリーク!これもオスカー様のためよ!去年の素肌にエプロンを思えば、足とお尻を出して(しかも一応下着もつけてるし)踊るくらい、なんてことないはずよ!ファイト!』

と思いっきり自分を鼓舞するアンジェリークである。

オスカーは居間の開けた部分が一番よく見える位置に椅子を自分でセッティングしていた。恐らくアンジェリークが着替えている間に、準備万端滞りなく行っていたのだろう。

「さ、お嬢ちゃん、その中央に立って、スカートを摘んでレディ・セットだ。準備はいいか?」

「あ、はい…」

準備って言っても、闇雲に何をすればいいの〜?とアンジェリークは途方にくれたが、オスカーは余裕綽々に

「よし、ミュージックスタートだ。」

と言ってリモコンのスイッチを入れた。同時にカンカンではお馴染みのオッフェンバッハの『天国と地獄』が居間に高らかに鳴り響いた。流石オスカー、BGMの準備も怠りない。

「そら、お嬢ちゃん、スカートを持ち上げ、左右にゆすってステップだ!」

「ははははいっ!」

オスカーに促され、条件反射のようにアンジェリークは動き出した。軽快で賑やかなBGMに合わせて、過去に見たショーを思いだしながら見様見真似で、スカートを持ちあげて内側のレースを見せるようにして足ぶみするようにステップを刻んでみる。BGMのおかげでとりあえずは体が動かしやすい。

それでも、照れくさくて、思いきり悪くちょびちょびおずおずと小さくスカートを揺らしていたら、すかさずオスカーのだめだしが出た。

「もっと大きくスカートをゆすって!恥かしがらないで思いきりよく揺らすんだ!」

「は…はい〜」

アンジェリークは自棄になったようにスカートを大きく左右に振った。スカートの内側のフリルがしゃらしゃらと衣擦れの音を立てる。

「よし、いいぞ。次は1、2、3、4の4で、左右の足を交互に大きく足を蹴りげてみるんだ!」

「えぇっ!」

「そら、お嬢ちゃん、足をあげるのは、基本のきだぞ!これがなくちゃカンカンにならん!」

「はぁい…」

アンジェリークは自分でリズムを取りながら、一生懸命空中を蹴り上げるようにつま先を伸ばす。煩いほどのBGMとオスカーの指示に従うことで既に頭は一杯である。そうでなければ、羞恥が勝ってこんなダンスは踊れなかっただろう。

「上手いぞ!お嬢ちゃん!すっごくいいぜっ!なんてかわいい足なんだ!そう、勢いよく、1、2、3、4。1、2、3、4…」

「ふみぃ〜」

オスカーは既にスタンディング体勢で自分も手拍子しながらリズムを取っている。最早、ダンスのレッスンを厳しく仕込むコーチと生徒のようだ。

しかし、そこはオスカー、いかにカンカンとしての体裁を整えるかに熱中してしまっているかのようにみえても、アンジェリークの足や見えそうで見えない股間を注視するのは忘れていない。

アンジェリークのすんなりと綺麗に伸びた足と、かわいくレースで縁取られたショーツがちらちらと見えたり見えなかったりする様子はオスカーの興奮をいやがうえにも高めてやまない。

『くうう〜かわいい!やっぱりお嬢ちゃんの足のラインは芸術だぜ!あの見えそうで見えない股間がまた何ともいえず色っぽいし…』

思わず拳を握り締めると同時に、冷静にBGMの進み具合からそろそろ次の振りに移行する頃合だなと判断したオスカーは

「いいか、お嬢ちゃん、次にメロディが変わったらターンして後ろ向きになって…」

と指示を出した。

何回となくカンカンを見て目が肥えているオスカーは振りつけも完璧に頭にはいっているようである。

「は、はい…」

音楽の転調に合わせアンジェリークがくるりと後ろを向くと、

「よし、そこでスカートをまくってお尻を突き出して、かわいくぷりぷりっと振ってみせるんだ!」

と、オスカーは漲る熱意で次なる振り付けを命じた。

「ええええ〜?そ、そんなあああ…」

この恥かしい振り付けの指示に、アンジェリークは素に戻って動きが止まってしまい、振りむきざまオスカーに助けを求めるような視線を投げた。

しかし、最早気分は鬼コーチのオスカーはそんないたいけな視線にびくともしない。ここで止まってしまったら、せっかく盛り上がった雰囲気がぷしゅーっとしぼんでしまうではないか。

「こらこら、止まっちゃいかん、お嬢ちゃん、これがカンカンのスタンダードスタイルなんだからな。さあ、思いきってお尻を振るんだ!!」

「ふぇーん…」

アンジェリークは自棄になって思いきりよくえいやっとスカートをめくるとレースに覆われたお尻をつきだし、アヒルの子のようにかわいく左右に振り始めた。

『うおおおおっ!あの、ぷりぷりとした振り、あのかわいいお尻の揺れ…くううううっ!今すぐ抱えこんで突きたててやりたくなるぜ!』

オスカーは興奮してばんばん膝を叩いている。

「かわいい、かわいいぞ、お嬢ちゃん!お嬢ちゃんのお尻は絶品だぁ!」

「ひーん、ひーん、もう恥かしくて死んじゃう…」

オスカーがめちゃくちゃ喜んでいるのはわかるし、それはそれで嬉しいといえば嬉しいのだが、これでは去年の素肌にエプロンに比べてもどっこいどっこいか、下手をすると注視されてる分、こっちのほうが余計に恥かしいかもしれない。アンジェリークはつくづく自分は甘かったと思う。

でも、オスカー様があんなに喜んでいるんだもん、恥かしくても我慢しなくちゃ…と健気にお尻を振りつづけるアンジェリークである。

しかし、興奮しているように見えて、常にどこかで冷静な視線は失わないオスカーは(だから性技の達人になれるのである)最早BGMも終盤に近いことに気付いてフィニッシュへの布石を打った。

「よし、お嬢ちゃん、もう一度前を向いて、今度は足を前に投げ出すように座るんだ。」

「は、はい…」

お尻を見せるのが終わったアンジェリークは、ほっとして座った。

しかし、オスカーの頭の中はフィナーレの振りがしっかり詰まっていたのである。

「よし、そのままスカートは持ったまま揺らして…」

「はい。」

「そのままごろんと寝っころがって!」

「え?」

「はい、寝る!」

「ははははい!」

「足を思いきり高く持ち上げて!」

「ええええ〜!」

結局またお尻は丸見えである。が、今更といえば今更なので、アンジェリークは素直に足を思いきりよく空中にぴんと伸ばした。

「そのまま、駄々っ子みたいに、足をじたばたじたばただあ!」

「ひえーん…」

最早さからう気もおきず、アンジェリークは寝た姿勢で足だけ中空に突き出して必死に自転車をこぐように動かした。

半べそをかきながら足をばたばたさせているようすは、まさに駄々っ子のそれである。

「よし!最後の『ジャン』で起きあがってポーズだ!」

「はいっ!」

アンジェリークはお尻を晒さなくていいなら、なんでもするとばかりにがばっと起きて、音楽にあわせてそれらしいポージングを綺麗に決めた。

「ぶらぼー!ぶらぼおおおお!お嬢ちゃん、すばらしかったぜ!俺は今猛烈に感動している!」

オスカーは拍手喝采で、アンジェリークの側に駆けより、まだ床に座ったままのアンジェリークに手を差し出した。

アンジェリークはオスカーに片手だけ預けたが、上がる息を抑えきれず、座りこんだままはぁはぁと荒い呼気を繰りかえしていた。

ダンスというのはどれも見た目より激しい運動だが、短時間とはいえこのカンカンも運動量は結構あり、アンジェリークは100mを全力疾走したような気分だった。

「はぁはぁ…お、オスカーさま、私、上手く踊れてましたか?オスカーさまにご満足いただけましたか?」

「もちろんだぜ、お嬢ちゃん!俺はこんなにかわいくて色っぽくてそそられるカンカンを見せてもらったのは初めてだ!」

「よ…よかった…恥かしいのを我慢した甲斐がありました…でも、それちょっと誉め過ぎです…私ど素人で、オスカーさまの指示通りに動いていただけだし…」

「いーや!それでも、俺の感動は本物だ!お嬢ちゃんがこの世のものとも思えぬかわいい踊り子だったのももちろんだが…なにせ、このダンスにはお嬢ちゃんの気持ちがこもってる!俺だけに見せてくれた、俺だけのためのダンスだからな。お嬢ちゃんが、恥かしいと思いながらも俺の為に踊ってくれた気持ちが俺には何よりの贈り物だ!誰にも真似できないお嬢ちゃんだけのオリジナルだ!」

オスカーはアンジェリークを立たせると、思いきり抱きしめた。

「ありがとう!お嬢ちゃん!俺はほんとに嬉しかったぜ!」

オスカーは言葉通り心の底から感動していたのだった。

もちろん、アンジェリークはプロのダンサーではないし、事前に練習していたわけでもないから、純粋なダンスとしたらそれはアンジェリーク自身もわかっているようにお遊戯の域を出るものではない。

でも、アンジェリークは自分の無茶な要求に一生懸命応えようとしてくれた。ものすごく恥かしそうなのに、それでも顔を真っ赤にしながら、踊ってくれた。途中で、もうできないと言って、立ちすくんでやめてしまうかもしれな…とも頭の隅で思ったのだが、それでも最後までやり遂げてくれた。その気持ちにオスカーは感動していた。

自分はどうしてこうアンジェリークに無茶な要求ばかりしてりまうのだろう…とオスカーは我ながら思った。アンジェリークのカンカンダンサー装束は、そりゃもう言葉にできないくらいかわいかった。それは事実だが、それならその姿を見ただけも満足したっていいはずなのに、アンジェリークには恥かしいだろうな、とわかっていることまでついつい要求してしまう。それは結局アンジェリークは自分のわがままを聞いてくれるということを確かめたい、試したいという子どもの甘えのような感情なのかもしれない。

その甘えを『誕生日だから』という名目で聞いてもらい、受けとめてもらっているようなものだ。そのアンジェリークの気持ちが嬉しくて、ありがたくて、オスカーは一層の力をこめてアンジェリークを抱きしめた。

「お嬢ちゃん、ありがとうな。俺のために、恥かしいのを我慢してくれて…でも、本当にかわいかったぜ、お嬢ちゃんのフレンチカンカンは。かっわいいお嬢ちゃんを見せてもらえて、かっわいいダンスを見せてもらえて、俺は本当に幸せだ。まさに誕生日さまさまだな。」

「こ、こんな拙いもので喜んでいただけたんでしょうか…」

「あったりまえじゃないか!俺がもらったの何よりのプレゼントは、お嬢ちゃんのその熱いハートさ。俺を祝ってくれようとするその気持ちだからな。」

オスカーはアンジェリークをすっぽりと包みこむように抱きしめたまま、いとおしげに何度も頬を摺り寄せた。

アンジェリークの体がいつもより熱かった。体はまだ火照ったようにほんのりと染まっている。首筋にか顔を埋めるとアンジェリークの汗の匂いがした。でも、それは不快なものではない。若い女性特有の、どこか心をざわめかせるような甘く危うげな香りが火照った体温に匂い立つようだった。

上気した頬に汗の珠が光っている。結い上げた髪の毛が自然にほつれ、幾筋か頬に張りついている。

アンジェリークの様子のどれもこれもオスカーの雄の部分を刺激してやまなかった。

カンカンというのは、もともと男のエロティシズムやフェティシズムを露骨に刺激するダンスでありショーであり、だからこそオスカーはアンジェリークのそれを見てみたいと思ったのだが、ダンスをしている最中よりも、今、踊りが終わって火照った体の熱を持て余しているようなアンジェリークにオスカーは心臓を鷲掴みにされたようで、目が離せなかった。

荒い息も光る汗も潤んだような瞳も上気した頬も…そうだ情事の最中を思わせるから、俺はこんなにおちつかないんだ…

オスカーの血流が逆巻いて一点に集中する。

「お嬢ちゃんのハートもだが…今日は体も熱いな…」

「え?」

「お嬢ちゃん、ありがとう。無理ばかり言ってすまなかったな。俺としてはお嬢ちゃんのがんばりに対して御返しをしてあげたいな。あいつらにも手土産を持たせたみたいにな?」

「いいです、そんな……」

と俯きかけて、アンジェリークはいきなり、はっ!とした顔でオスカーをおずおずと見つめなおした。

「……あの…そのお返しって、今までのおさらいの総仕上げとかまとめとか、力試しとかも兼ねたりしてませんか…もしかして…もしかすると…」

「ふ…お嬢ちゃんは賢いな。」

にやりとオスカーが笑った。次の瞬間、オスカーは

「それでは、ご要望通りこれから力だめしと行くかあああ!」

「きゃあああっ!」

と言ってお約束のようにアンジェリークを抱きあげ、勢いよく続き部屋の寝室のドアを開けたのだった。

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