オスカーは固い抱擁を少しだけ緩めた。
アンジェリークはオスカーの胸にかおを埋めたままだった。
オスカーはアンジェリークの髪をやさしくなでながら、アンジェリークの耳もとに囁きかけた。
「キスしてもいいか?」
アンジェリークは一瞬オスカーの顔を見上げ、すぐ真っ赤になって俯いてしまう。
「・・そんなこと、聞かないでください・・」
オスカーが目を細めて柔らかく微笑んだ。
もうすっかりいつものオスカーだった。
「お嬢ちゃんの許可をもらわないでキスをして、また、噛まれるのはご免だからな」
アンジェリークがムキになったようにオスカーのことを見上げた。
オスカーのシャツを掴むように、厚い胸の上で小さなこぶしを作る。
「もうっ・・あれは、びっくりしちゃったからで・・あの、あれも・・キス・・なんですよね?」
オスカーの顔がますます楽しそうになる。
「言っただろう?愛し合うもの同士のキスだって。せっかく気持ちを確かめ合ったんだ。俺は君にキスを贈りたい・・
今までのキスは君の合意の上とは言い難いからな。だが、お嬢ちゃんには、キスのファーストステップからレッスンが必要みたいだな」
そういうや、オスカーはアンジェリークに覆い被さる様に口付けた。
しかし、軽く触れただけですぐに唇を離す。
「こういうのが、お嬢ちゃんの知っているキスだろう?これはこれで悪くないんだが、これだけじゃ、俺はちょっと寂しい・・というかものたりない・・なあ、お嬢ちゃん、どうして恋人同士はキスをしたくなるか、わかるか?考えた事はあるか?」
不意をつかれた口付けにオスカーの腕の中で固まっていたアンジェリークは、オスカーのこの唐突な問い掛けの意味がわからず、うろたえた。
そういえば、どうしてなんだろう。思いを確かめ合った恋人同士は、手をつないで、抱きしめあって、そしてキスをして・・
それが恋人のたどる当たり前の道筋と思ってたから、どうしてなんて考えた事がなかった。
アンジェリークがかわいい眉を顰め、小さな口を軽く尖らせて、一生懸命考えている様子にオスカーの口元が綻ぶ。
オスカーはアンジェリークの顎に指をそえて上向かせ、髪に、額に、頬に、鼻先にと、小さな口付けをおとしてから、アンジェリークの鼻先に、自分の形のいい鼻を軽く触れさせながら囁いた。
「お嬢ちゃん、口っていうのは、自分の中にものをとり入れるための器官だろ?唇で確かめたい、味わいたいって思うのはその対象を自分の中にとり入れてしまいたいと思うからじゃないか?食べちゃいたいほど、好きだっていうだろう?
俺はお嬢ちゃんを確かめたい、自分の中に閉じ込めてしまってお嬢ちゃんを俺だけのものにしてしまいたい・・
お嬢ちゃんを俺の一部にしてしまいたい、だからキスしたくなる。
本当にお嬢ちゃんを自分の中に取り込むなんてことはできっこないが、できれば、とりこんでしまいたいと思うほどのその気持ちを、唇で触れる事で現す・・俺はそんな風に思うんだ。
だから、軽く触れるだけじゃ、もう我慢できない・・もっと、お嬢ちゃんを確かめたい・・とりこむほどに味わいたい・・」
そういって、オスカーは再びアンジェリークに口付けた。
今度は自分の唇でアンジェリークの唇を交互に挟みこむように味わい、角度を変えて何度も何度も食むように口付けた。
そして、アンジェリークの唇を食みながら軽く吸いあげたが、舌はまださし入れなかった。
アンジェリークは黙って瞳を閉じて、オスカーが繰り返す口付けを受けていた。
アンジェリークの柔らかな唇を思う様楽しんでから、オスカーは名残惜しげに一度唇を離した。
アンジェリークは、はぁと小さな吐息をつく。その頬に朱がさし始めている。
「さ、そして、最後に大人のキスだ。何度触れ合っても、触れるだけじゃまだ足りない。もっとお互いを確かめたい、まさしく食べてしまいたいというほどの気持ちを現すのがこのキスだ。お嬢ちゃんは、俺とこのキスをしたいと思うか?愛し合う者のキスを俺とできるか?」
オスカーが、アンジェリークの瞳を見据えながら訊ねた。
口元は綻んでいたが、瞳は笑っていなかった。
『試されてる・・』
アンジェリークは今、オスカーとの間に掛かかっている張り詰めた琴線を感じていた。
自分がどれほどオスカーをほしいと思っているか、自分の心にどれほどの覚悟があるか、オスカーはそれを知りたがっている。
オスカーは自分が躊躇えば、多分これ以上踏みこんではこないだろう。
心の準備ができていないと思ったら引いて待ってくれるだろう。
むきになって、子供じゃないから平気、などというのは、問題外だ。
その事がかえって自分の子供っぽさを露呈する事になる。
オスカーはやはり笑って、ぽんぽんと頭を叩いてそれで終りにしてしまうだろう。
アンジェリークは自問した。自分はどうしたいのだろう。
まだ子供でいたいといえば、多分オスカーはそれを許してくれる。
逆に、自分がまだ子供なことを確かめる為に、自分が子供でいてもいいといってくれる為に、オスカーはわざと挑発するような問いかけを自分にしたような気がする。
なにも解らず、無邪気な振りをしてはぐらかすことに、一瞬強い誘惑をアンジェリークは感じた。
そのほうがきっと楽。変化を求めない方が・・。オスカーは多分許してくれるはず。
でも、ここで自分から踏み出したら、多分そのまま扉は開かれてしまう。
開けた先に何があるのか、自分にはまだよくわからない。見えるのはおぼろげな輪郭だけ。
でも、新しい物語の扉がきっと開く。その先を見るのはまだ少し怖い。
きっと自分は変わってしまう。開けてしまったら元いた場所には戻れなくなってしまうような気がする。
ゆっくり足下を確かめながら行ってもいいのかもしれない。
気持ちが整うまでは立ち止まっていていいのだと、それまで待つとオスカーは言ってくれているのだろうけれど、でも・・
とても長い間、考えていたような気がしたが、実際にはほんの一分もたっていなかっただろう。
アンジェリークはオスカーの瞳を自分もしっかりと見つめ返して、はっきりと告げた。
「オスカー様・・キスして・・私も、オスカー様を確かめたい・・」
オスカーは心底驚いたようだった。だが、躊躇は無かった。
直後にオスカーの熱い唇がアンジェリークのそれを覆った。
アンジェリークのうっすらと開いた唇の間を縫って、オスカーの舌が入ってきた。
ゆっくりと唇の内側をさぐり、歯列をなぞって行く。
アンジェリークはどう応えたらいいのか、もちろんわからない。
でも、オスカーの舌から逃げようとか、嫌だとかは思っていない。
ただ、オスカーの為すがままに、オスカーを受け入れる。
オスカーの舌が促す通りに、歯列にも隙間をつくる。
オスカーの舌が自分の口腔内を余す所なく探る様に蠢いている。
ことさらゆっくりと歯の裏から上顎のすべてに舌を這わせてから、アンジェリークがどうしてよいかわからず、奥に逃していた舌にオスカーが彼の舌を絡みつけてきた。
自分の舌がオスカーの舌に絡みとられ、舐め上げられ、弾かれ、吸われている。
「んんっ…」
オスカーが言っていたキスの意味が、今、実感としてアンジェリークに伝わってくる。
オスカーが自分と別ち難く思っていること。
自分をとりこんでひとつになりたいと思っている事。
触れるだけのキスではわからなかっただろう。
触れるだけのキスでは相手をとりこんでしまいたいと言うほどの狂おしい思いは、込められないのだろう。
その思いをオスカーが自分に唇で示している。自分はそれを受け入れている。
自分から応える術はないけれど、オスカーの思いを受けとめることはできる。
そして今、オスカーの熱く深く激しい想いを伝えられても、アンジェリークの胸中には躊躇も嫌悪も恐怖もまったく存在しなかった。
自分からはどうしたらいいかはわからなくても、自分にもオスカーを自分の中にとりこんでしまいたいと思うほどの思いがあるのかもしれない。
自分の心は、すでにもうオスカーにすべて開いているのかもしれない。
オスカーに舌を吸われるうちに、アンジェリークの思考は靄がかかり、体の中心には今まで感じた事の無い小さな火が確かに灯っていた。
「んんっ・・ふ…」
苦しそうに眉根を寄せ、でも決して逃げず、怯まず、オスカーの求めるままに、アンジェリークはその花のような唇をオスカーに委ねていた。
オスカーの胸に添えられて軽く握られていた手に少しづつ力が入り、今はオスカーのシャツをきゅっと掴んでいる。
なにかに流されまいと、懸命にオスカーにすがり付いているように見える。
オスカーはそんなアンジェリークの様子をみながら、アンジェリークの甘い舌を存分に堪能していた。
アンジェリークには逃げ場を与えてやったつもりだったのに、彼女は逃げなかった。
それでもオスカーはアンジェリークが少しでも躊躇ったりいやがる素振りを見せたら、キスをすぐ止める気でいた。
『やっぱりお嬢ちゃんにはまだまだおとなのキスは早かったみたいだな』と笑ってすませ
それで、彼女を求める熱情も、今は流して終らせるつもりだった。
もう、なにより求めた存在は自分の腕の中にある。あせる必要はない。そう自分に言い聞かせようと思っていた。
だが彼女は強がる風でも、背伸びした風でもなく、自然にあるがままに自分を受け入れている。
彼女は自分が思っていたより、もう成熟しているのかも知れないとオスカーは思う。
もちろん、キスの技巧のことをいってるのではない。
その点に関しては、拙くとも応えるといったことすら思いつかぬほど、彼女の対応は幼い。
が、それは純粋に経験と技術の問題であり、そういった表層の成熟ではなく
自分以外の他者を受け入れる事、変化を恐れず受け入れることといった、心の許容度の度合いをオスカーは推し量っていた。
彼女はもう繭玉にくるまれて変化を拒み、自己を守る為に安穏と眠ることをよしとする少女期を脱しようとしているのかもしれない。
でも、もし本当にそうなら、自分を押さえる歯止めは多分なにも無くなってしまう。
このまま、アンジェリークの唇を貪っていたら、自分は確実に止まれなくなってしまう。
今まで自分の気持ちを表にしないできたぶんだけ、一度放たれた熱情は堰を切った急流の様に、アンジェリークに向かってしまいそうだった。
アンジェリークを求める思いは、彼女の気持ちも自分にあるとわかったことで、押さえつけていた分だけ強い反動を持って、オスカーの心に熱いマグマのように噴出しかけていた。
だが、欲望に流されるような形でアンジェリークを手に入れたくはなかった。
二人で寄り添って生きていくと決めたのだ。
自分の気持ちだけを押し付けてはいけない。
息もできぬほどに彼女を求める気持ちの一方で、彼女の準備が整うまで、待たねばとも思う。
オスカーはアンジェリークから一度唇を離した。
アンジェリークがほぅと酔っているかのような吐息を零した。
紅に染まった頬が、濡れたように潤んだ翠緑の瞳と相俟って、アンジェリーク自身が一輪の花のようにオスカーには感じられた。
オスカーはアンジェリークの頬を両の掌で包みこみながら静かに諭す様に囁きかけた。
「今日はここまでにしておこう、最初のレッスンにしては上出来だったしな・・それにこれ以上続けると、俺の方がほんとうにお嬢ちゃんを離せなくなっちまいそうなんだ。残念だが、今日は一度帰る。また、明日会いにくるからな。」
アンジェリークが瞬間泣きそうな表情になってオスカーにすがりついてきた。
不安そうな声で
「や・・いや、オスカーさま、本当に?本当に明日も来てくださるの?この前みたいに、突然会えなくなっちゃうなんてことは、ありませんか?
わたし・・私、オスカー様にお会いできない間、とても寂しくて不安でした。ジュリアス様にお仕事が忙しいってお伺いしても、他の守護聖様が慰めに来てくださっても・・・我慢しなくちゃと思ったんだけど・・いつになったら、お会いできるのかも解らなくて・・ちょっと、ちょっとだけど泣いちゃいました・・
もう、もう、あんな寂しいのは嫌です。オスカー様、今、私の事もう離さないっておっしゃってくださったじゃありませんか・・」
責める風ではなく、ただただ力なく悲しげにアンジェリークは訴えた。
オスカーの突然の自宅待機とその間の無連絡がアンジェリークをかなり動揺させてしまったのは確かだった。
だが、彼女は自分にこんな事を言う意味がわかっているのか?
オスカーは動揺する。
呼吸がうまくできない。言葉もぶつぶつと途切れ途切れにしか出てこない。
「・・お嬢ちゃん・・そんな事を言って・・そんな目で見られたら、本当に離せなくなっちまう・・」
それでもアンジェリークは寄る辺ない子猫のような瞳で自分を見上げている。
そのすがるような瞳が、不安に揺らめいている瞳の色が、オスカーの魂を揺さぶる。
ただ、別れ難いだけかもしれなくても、彼女は深く考えずに言っているだけかもしれなくても、こんな瞳をされたら、俺は・・俺は・・
オスカーは、意を決したように、アンジェリークに低いしっかりとした声で訊ねた。
「・・俺の家にくるか?」
最後通牒だった。オスカーは返答をまつ。
もし、アンジェリークがここから先に踏みこんできたら、おそらく自分はアンジェリークを掴まえて離さない。もう絶対に離せなくなる。
ブラックホールに捕らえられた光のように、もう決して、アンジェリークを俺という領域から逃しはしない。自由にはしてやれない。
これが最後の機会だ。
覚悟が無いなら、僅かでも躊躇いがあるのなら、どうか、まだ俺から遠ざかっていてくれ。
今なら、まだ待てるから。オスカーは祈るような気持ちだった。
もう、自分を押さえるのも限界なまでに苦痛がたかまっていた。
だがアンジェリークの返事は
「はい・・連れて行ってください・・」
というものだった。
小さく、囁くような声だったけれど、そこに、迷いや躊躇いは微塵も感じられなかった。
その瞬間、アンジェリークはオスカーの事象の地平に足を踏み入れた。
オスカーに捕らわれて逃げ出す事のできない限界領域を自ら超えた。
自分の身中に逆巻き泡立っていた激情が、唸りを上げてアンジェリークに向かって迸り、雪崩込んでいくような幻視が、オスカーには見えたような気がした。
『・・・俺はもう、君を貪り尽くすまで、君を焼き尽くすまで自分が止められないかもしれん・・』
オスカーは、骨をも折れよといわんばかりの固い抱擁でアンジェリークに応えた。
そして、そのままアンジェリークの体を抱き上げると寮のドアを出て行った。
馬の鞍にアンジェリークを乗せると、オスカーは自分も馬にまたがり、アンジェリークの体を自分のマントで覆い隠す様に包み込むと、自分の私邸に向かって馬を駆った。
地平線に吸い込まれる寸前の夕日が、駆け抜けていく木々の間に長い影を落している。
暖かな朱色の光は、もう薄暮にあらかた飲み込まれつつあった。
アンジェリークはしっかりとオスカーの胸にしがみ付いている。
その細い腕にこめられた力に、自分と同じほどにアンジェリークも自分と離れたくないと、心から思ってくれているような気がしてと胸が熱くなる。
オスカーは自分の早掛ける鼓動に促されるままに、酷いほどに馬を急かした。
自分の私邸が視界に入ってくる。
私邸の門前で手綱を引き絞り、馬を制したそのとき、丁度太陽がその姿を地平線の下に消した。
僅かな残照を残して。
飛空都市における守護聖の私邸は、聖地のそれを模してはいるものの、規模も調度も本宅には遥かに及ばない作りになっている。
もともと試験期間中の借り住まいということもあり、オスカーは使用人も必要最低限の人数しか聖地からつれてきていなかった。
それが幸いし、オスカーとアンジェリークは誰にも見咎められず厩舎からオスカーの私室まで行くことが出来た。
マントでくるまれたままオスカーに肩をだかれ、アンジェリークはオスカーの私室のドアの前にたった。
オスカーがドアをあけて明かりを灯し、部屋に入るよう目で促した。
オスカーの自室に入ったアンジェリークは、なんだか落ちつかない様子で、あたりを見回した。
以前、オスカーに招待されて客間や食堂に入ったことはあったが、そこの調度に比べると、いくらプライベートスペースとはいえ、ここは対外的に開かれた部屋とあまりに印象が違っていた。
体格のいいオスカーにあわせ、ベッドは面積こそ大ききかったが、へッドボードもスプレッドも品はいいがありきたりな感じだ。
ソファセットもカーテンもベッドのカバーリングとファブリック類は統一されていたが、あまりに整然と、きっちりとまとまっていて、実際に使われたことがあるのかどうかわからないくらい、そこには生活臭がなかった。
キャビネッ内の酒類とグラスが若干雑然と並んでいなければ、ここに人が暮らしている痕跡をアンジェリークは見つける事が出来なかっただろう
こんな部屋・・なにかでみたことある・・そうだ、ホテルだわ。チェックインしたばかりのホテル・・・
とても清潔で気持ちがいいのだけど、どこかよそよそしい。
生活の息吹や、人の温もりというものがまったく感じられないところが、よく似ている。
なんだかこの部屋の印象がオスカーの心象風景のような気がして、アンジェリークは心が薄ら寒くなる。
こんな冷え冷えとした部屋で、ほんとうにオスカーは毎日寝起きしているのだろうか。
「お嬢ちゃん・・好きだ・・」
オスカーがアンジェリークのそばにそっと近づいて来て、華奢な体を優しく抱きしめた。
なだめるように金の髪を梳きながら、その髪に口付けた。
きっと落ちつかない様子のアンジェリークがこれからおきることに躊躇や怯えを感じていると思い、安心させようと抱きしめたのだろう。
アンジェリークも自分がここに来た事の意味はわかっていた。
そういった事に対しておぼろげな知識しかない自分に、未知の世界に入る事に不安や畏怖の感情がないといえば嘘になる。
アンジェリークは、だが、オスカーが思っているような意味では、怯えも躊躇いもなかった。
オスカーが自分を求める気持ちをアンジェリークはキスで伝えられた。
キスは深く情熱的だったが、決して性急でも、押しつけがましくも無かった。
ただ、アンジェリークを心の底から欲しいという気持ちが、静かに波が打ち寄せる様に、くりかえし、ひたひたとアンジェリークの内部に染み入ってきた。
その思いは熱く激しいものだったけど、オスカーは何度も自分に猶予を与えようとしていた。
アンジェリークにもそれはわかっていた。
わかっていて、アンジェリークは自分からオスカーの手をとった。
離さないでくれと頼んだのはアンジェリークのほうだった。
オスカーのキスを受けて、アンジェリークはすすんで答える事はできなかったが、その思いは受けとめられると思った
むしろ、受けとめたいと思った。
自分がオスカーを愛しいと思う事、大切に思う事をアンジェリークはそれ以外どう、表現すればいいかわからない。
オスカーの言う通りだった。
言葉で好きというだけじゃ、足りない。触れ合っていてさえ、もどかしい。
自分がどれほどオスカーのことを愛しているか、それを伝えたいのに、どうすればいいのかがよくわからない。
自分の中にも、オスカーを請い求める気持ちが確かにあることにアンジェリークは気付いていた。
だから、オスカーの家まで来た。来てなおさら思った。こんな寂しい部屋に、この人を一人で置いておけない。
この部屋に一人でずっといたら心が凍えてしまう。この人をもう一人になんかできない、したくない。
「オスカー様・・好きです・・私も、本当に好き・・」
アンジェリークの言葉はオスカーの唇に飲みこまれた。
アンジェリークの唇を軽く吸ってからオスカーはアンジェリークに訊ねた。
「俺はこのままでもいいが・・・シャワーを使うか?」
アンジェリークは瞳を伏せて、小さく頷いた。
伏せたまつげが小刻みに揺れている。
「シャワールームはそこだ。」
オスカーが顔を向けて浴室の場所を示した。
そして、瞳で待っているとアンジェリークに告げた。
アンジェリークはオスカーのあまりに熱い視線に、いたたまれないような、胸の高鳴りを感じた。
オスカーの視線に囚われている事に息苦しささえ感じ、アンジェリークはオスカーから視線を反らし、逃げる様にシャワー室のドアのなかに隠れてしまった。