常春で季節感豊かとはいいかねる聖地といえど、時は確実に巡りゆき、昨日とまったき同じ今日はない。
なかでも、年の改まりを感じさせ、身を引き締めてくれる特別な年中行事というのは、確かにある。
補佐官アンジェリークにとってのそれは、女王ロザリアと共に寿ぐ新年の祝賀である。先の1年、宇宙をつつがなく治められた女王陛下に慶賀と感謝を示し、また、これから始まる1年、宇宙が平穏で幸多くあれかしと祈りを捧げる日だから。
しかし、個人として、特に1人の女性としてのアンジェリークにとって、1年で最も心身が引き締まり、かつ、喜びに満ちる日といえば、間違いなく、愛するオスカーの誕生日である。
オスカーの誕生日を迎える度に、アンジェリークは、オスカーの傍にいられること、共に人生を歩めることに感謝し、この幸せを大事にしよう、決して当り前のことと思うまい、という気持ちを新たにする。
この1年、オスカー様が大過無く過ごせたことを喜び、感謝を捧げ、また同時に、新たに迎える明日からの1年、オスカー様が平穏にお幸せに過ごせますようにと祈る。そのために、アンジェリークは、補佐官としては、女王陛下を助けて宇宙の安定に尽力することを、そして妻として、オスカーの心身は無論のこと、自分の心身も共に健やかであるよう、心を配ろうと、おのれに言い聞かせる。というのも、宇宙の平穏かつ安定は、オスカーの執務上での危険を減じることに通じるからだ。そして、そのためには自身も健康で、補佐官の執務に励まねばならないし、第一、自分が活力にあふれていなければ、オスカーをはじめとする守護聖たちをサポートしたくても、ままならなくなってしまう。だから、自身の健康が、オスカーが全力で執務に励める環境を整えることにも通じる、とアンジェリークは思っている。
それ以上に、何より、とにかく、オスカーはやさしい、きりのないほどに優しい。だから、もし、私の体調がすぐれなかったり、元気がなかったら、きっと、すごく心配をかけてしまうと、アンジェリークは思う。そして、アンジェリークはオスカーの心をわずかでも憂いに曇らせたくないのだ。炎のサクリアは扱いが難しく、調整に繊細な注意深さを要するし、執務に危険が伴うことも皆無とはいえない、だからこそ、オスカーが向後に何ら憂いなく、執務に全力で打ち込めるようにしてさしあげたい。不安や心配事が、オスカーの振る舞いに些かの制動もかけたりしないよう、自身の体調管理も、極論すれば、オスカーのために自分のできることの一つ、とアンジェリークは思っている。
そして、オスカーの傍らにいられることへの感謝をかみしめ、自身がオスカーのためにできることは何かを考え直し、気持ちを新たにする、その節目がオスカーの誕生日なのだとアンジェリークは思う。
そんなわけで、アンジェリークは、毎年、懸命に考えを巡らし、オスカー様のお誕生日を、今年は、どう、お祝いしましょう?と、頭をひねっていたのだが、ここ数年、オスカーへの誕生日の贈り物は、ヴィンテージのワインとアンジェリーク手製の祝い菓子が定番となっていた。
その中でも、アンジェリークはプラス1の品を添えたり、ワインのラベルをオリジナルにしたりなど、創意工夫して、多少変化はつけてはいたものの、実は、メインの贈り物であるワインを自ら選んだことは皆無だった。
日ごろ、酒類はオスカーに勧められた時に少々嗜む程度で、自ら、進んで喫する程ではないアンジェリークは、ワインといえば、白・赤・ロゼがあることと、産地によって、若干風味や口当たりが異なるらしいことくらいの知識しかない、完璧など素人である。これでは、オスカーのおめがねにかなう良いワインを選びぬくことなど、到底おぼつかなかった。そして、見栄を張ったり強がったりする気質が微塵もないアンジェリークは、自分の不得手な分野に関して専門家の意見を参考にしたり助力を仰ぐことに、なんら心理的抵抗がないので、オスカーの誕生日には、御用聞きの商人さんが「これは絶対お勧め」と太鼓判を押してくれたワインを素直に購入してきた。
実際、商人さんお勧めのワインは、いわゆる「あたり」ばかりで、毎年、オスカーは、大層喜んでくれた。おかげで、アンジェリークも、オスカーが美味そうにワインを喫する時の、なんとも品の良い、男の色香あふれる光景を楽しませてもらったりもしている。ことほど左様に商人さんの目利きは確かだと証明されており、今年も商人さんお勧めのワインを購入しておけば、間違いないのはわかっている。
しかし、しかしである。
ここにきてアンジェリークは、少しばかり忸怩たる思いを感じていた。良いワインをあけて一緒に楽しもうというのは、オスカーの提案であり、しかも、そのワインを選定しているのは出入りの商人さんだから、これでは「アンジェリークがオスカー様のお誕生日をお祝いしている」という要素、というか成分があまりに少ないのではないかと。
もちろん、オスカーにこんな負い目を訴えても「気にするようなことじゃない」と、笑いながら軽くいなされるだろう。
だって、オスカー様は私がてづからワインをお届けにあがることを何よりの喜びであり、楽しみだと明言してくださってるから。私がこの手から差し上げた美味しいワインを、その場であけて、一緒に楽しむことこそが、オスカー様には肝要なのであって、そのワインを誰が選んだかはたぶん2の次だから。だって、いつもオスカーさまは「お譲ちゃんが俺に贈りものをくれること自体が何よりうれしいし、美味いワインを君と一緒に楽しめると思うと、その喜びも倍増だ。君と杯を交わすのは、いろいろな意味で、楽しいしな。だから、俺はこれが1番うれしい」と、私を甘やかしてくださるんですもの。
でも、そんな、いつも甘えてばかりでいいのかしら?お贈りするワインも自分で選ぶようになってこそ、本当に、私からの贈り物って言えるようになるのではないかしら?おバカなこだわりかもしれないけど…でも、できることなら、オスカー様への贈り物を自分で選べる目利きくらいはできるようになりたい、その程度の知識は身につけたいの。
幸い、何度かワインを購入するうちに、どの産地の何年物がヴィンテージのワインか、くらいの知識は得られている。
それを参考に今年は自分で選んでみようかな、でも、過去の経験からの知識を総動員して選ぶとなると、今までに1度お贈りしたことのあるワインと産地がかぶってしまうかも…それだと、ちょっと新味に乏しいわ。どうせなら、オスカー様に、まだ、贈ったことのない銘柄にしてみたいけど…だって、スイーツに喩えてみたら、わかるもの。元々大好きな定番のお菓子を頂いたら、それはうれしいけど、今まで自分が知らなかったおいしいお菓子をプレゼントしてもらって、それが新しいお気に入りになったら、私、もっと嬉しいんだもの。サプライズっていうトッピング、未知のものに新たに出会えたっていう喜びが付加されるから。でも…生半可な知識で、私自身が味見したこともないワインを自分で選ぶのは無謀かな、身の程知らずかなぁ、やっぱり、商人さんのお勧めに従っておいたほうが無難かなぁ、オスカー様のお好みに外れるものをお渡ししちゃって、オスカー様に無理して喜ぶふりなんてさせたら申し訳ないし、私も、そんなの、うれしくないし…
と、こんな風に迷いながらも、アンジェリークは「自分でオスカー様へのワインを選んでみたい」という望みを捨てきれなかった。そこで、オスカーが1人で遠乗りに出かける休日の朝の時間、いつもより、ちょっと早起きし、とりあえず、聖地御用達商会にアクセスして、どんなワインがあるのか、検索してみようと思った。
そして程なくアンジェリークは、悶々しながらー彼女にしては珍しいことだったがー商人さんの会社の酒販部門の商品案内ページを、次から次へ、ぽちぽち無限ともいえるくらい開き続けることになった。アンジェリークは、自分の見通しが甚だ甘かったと、ワインの商品紹介の検索を始めてすぐに思い知った。ワインというのは、主な産地の数だけでも膨大なものがあり、その中でさらに原料となるぶどうの種類、果汁のしぼり方、果ては産地の土壌ごとに細かく味わいの特徴がわかれていたりで、アンジェリークは情報の洪水に今にもおぼれそうな気分になっていた。
これら数えきれない程の商品の中から好みにあったものを、ピンポイントで探し当てるなど、奇跡としか思えない。ワインごとに記された詳細な能書きが、おそらくワイン選びの指針になるのだろうというのはわかるのだが、知識も実際の飲酒経験も乏しいアンジェリークには、能書きが味わいのイメージに直結しない。
だから「なんで、お酒ってこんなに種類が多いのー?どれもこれも、上手にほめて紹介してあるから(商品通販である以上当然である)逆に区別がつかないわ〜。タンニンが多いとか、どっしり重い味わいとか、具体的にどういう味なのか、全然わからないし。オスカー様なら、これを絶対に美味しいと思う!とか、言いきってくれる商品があればいいのにー」と無茶な本音かつ弱音がたまさか口をついてでる。自分の知識が不十分だから、選択眼に自信がなくて、自信がないから中々「これ!」といったものを選びぬき出せない…という自覚があるだけに、無力感も一入だ。
『やっぱり、自力で決めるのはあきらめて、商人さんに全部お任せしちゃおうかなー』と、弱気になりつつも諦めきれない、そんな気持ちで、半ば機械的にファイルを開きづつけていたアンジェリークは、商品紹介のページの中に馴染みのー尤も、知識の上で名前を知っているだけで、実際に訪ねたこともなければ、具体的な風土の特徴を見知っているわけでもないのだがーある地名を見出した。その地名を目にして、アンジェリークは、思わず、身を乗り出して、モニターに見入った。
「私、知らなかった…ここ…この星でも、ワインを作ってたのね…」
みればぶどうの種類も産地もそこそこにあり、それぞれの能書きを読んでみた限りでは(もちろん、商品を売るための口上なので、褒め言葉しかないのだが)それなりに品質も良さそうだ。そして、何よりアンジェリークは、この産地のワインをオスカーに贈ったことがないことは、断言できた。ということは、オスカーもこの産地のワインを新鮮に感じてくれるのではないだろうか…。
しかし、この星の中にも、また数多くのワイン産地があるようで、それぞれの特徴やお品書きを見るだけでは、アンジェリークにはワインの良し悪しの区別がつかない、というより、この、どれもがおいしいにしても、この中のどれがオスカーの好みに合うのかまではわからない。かといって、目をつぶって、あてずっぽうに選ぶわけにもいくまい。となれば、だ。
「うん、今年はここまでは、できたってことで…産地の星を絞り込むまでは、自分でやれたってことで満足すべきだわ、私。この後は、やっぱり専門家の意見に従ったほうがよさそう」
アンジェリークはモニターにむかってこくこくと頷きながら「お買い物の相談はこちら」と記されているヴィジフォンのナンバーをプッシュした。2コールもしないうちに回線がつながり、なじみの商人さんの顔が大写しでモニタに開いた。
「まいどー!これはこれは補佐官様、毎度おおきに!今日は、何をさしあげましょ?」
愛想と人当たりの良さは天下一品で、どこから見ても感じがよく、見目も相当に麗しいこの商人さんは、聖地全体をお得意様としている商会の外商担当であるらしく、聖地として公的に購入する物品のみならず、守護聖の個人的なお買いもの相談も一手に引き受けている。まだ青年と言える年頃にーつまりは若く見えるが、品物の選定眼は確かで、お勧め品にはずれのあった試しがない。
そこで、アンジェリークは自分でみつけた産地のワインの中で、1番のお勧めを商人に問うと、商人は今までの買い物記録を参考に、逆にアンジェリークに用途を質問をしてきた。アンジェリークは問われるままに、ワインは夫への誕生日の贈り物であることを、ただ、自分には酒の良しあしがわからないので、お勧めをうかがいたいことを率直に告げた。商人は、さらに突っ込んでアンジェリークから上手に情報を引き出していく。
「この星産のワインが、よろしい、そこまでは、決まってらっしゃる。なら、地方ごとのワインの特徴を申し上げまひょか?あぁ、ご自分ではあまりお酒をたしなまれないので、ワインの味わいの特徴を聞いても、ぴんと来ぃへん、と。じゃ、補佐官様がワインを贈られる旦那様はどんなお料理をお好みで?はぁはぁ、基本、スパイシーな味わいのお料理がお好きと…甘味はいかがです?お好きなようですか?ふむ、甘いものはお付き合い程度、けど、さっぱり爽やかな甘さのものはお好き、逆に苦手なんはホワイトソースとかマヨネーズ…脂っこいものが苦手でいらっしゃいますのん?…え?お肉は好き?むしろ、基本、肉食?ああ、じゃ、口ん中がべたべたするような食感のものを、よう好かんってことですか、ふむふむ…」
と詳細なリサーチをかけた結果、商人はこの星でも一番いいブドウがとれる産地の銘柄で、どんな酒好きの人も満足間違いなし、という当たり年のワインの、さらにその中から、オスカーの好むタイプの食事にも合うと思われるワインを3本セレクトしてくれた。
「今、挙げさせてもらいましたワインは、どれもスパイシーでエキゾチックながらも上品で華やかな芳香をもち、どっしりとした深い味わい、なのに後口はすっきりさわやか、グラスに注いだ時の見た目も、すきとおるようなルビーレッドが美しい逸品ぞろいです。どれもが特別な贈り物にふさわしく、差し上げれば、お喜びになられること、間違いなしのお品ですわ」
アンジェリークは正直、能書きを聞いても「何か、すごく、いい、というか美味しいワインらしい」ということしかわからなかった。なので、
「じゃ、商人さんお勧めのその銘柄、全部、いただきます」
と、思い切って大判振る舞いしてみた。ワインは基本消えものであるし、オスカーが気に入る味わいなら、3本だって、あっという間になくなってしまうだろう。しかも、その中でも、どれが1番気に入った味わいだったか、教えてもらえれば、来年は、ワインを自分1人で選べるようになるかもしれないし、と考えてのことだった。
「うひゃ!まいどおおきに!ぎょうさんのお買い上げ、ありがとうございますー!」
「いえ、こちらこそ、です、それで、あの、さらにちょっとお願いがあるんですけど…お手数ですが、その1本づつに、ぞれぞれの味の特徴をメモしておいていただけるとうれしいっていうか、助かるんですけど…」
「お安い御用ですわ、任せたってください。ワインの特徴を覚えれば、次のお買い物ん時、選ぶんが楽になりますもんなー」
「は、はい、そうなんです、いろいろ相談に乗ってくださって、ありがとうございました。私1人では、何をどう選べばいいのか、途方に暮れてたと思いますから…」
「いやいや、うちらはそれが仕事ですし、いいお買いものしていただいて、お客さんに喜んでいただくのが何よりの喜びですし!しかも、お勧め通りのもの、気にいって全部買うていただけるなんて、おれの目利きを信用していただけたってことで、商人冥利に尽きるってもんですわ。こない、うれしいこと、言うてくれはった上、ぎょうさん、買うてくださった補佐官様には、こりゃ、たっぷりオマケお付けしませんと、あきまへんなー」
「え?あ、いえ、そんなつもりじゃ…」
「聖地にお住まいのお方は奥ゆかしくていらっしゃいますなぁ、けど、遠慮は無用ですわ。この産地のワインは、品質の割に、まだまだ名前が知られてなくて、星全部で売り込みに懸命なんですわ、で、まとめてワインをお買い上げの方には、本数や金額に応じて、宣伝をかねて、この星の観光協会からプレゼントが提供されてますんで、どうぞ、お心安く、受け取ったってください。補佐官様には極上のワインをお買い上げいただきましたんで、おまけもゴージャス…なんですが、補佐官様には…この星に抽選でペアでご招待…って特典は、当たっても、お仕事がら厳しい…ですやろなぁ?」
「とっても心惹かれるプレゼントですけど、そうですね、ちょっと難しいかも、です。ご招待いただいて、もし、行けなかったら申し訳ないし、もったいないし…」
心底残念に思いながら、アンジェリークがうなずくと
「なら、これなんて、どないでしょ?旅行に行かなくても行った気になれるちゅー民族衣装のセットです」
「まぁ…かわいいドレスですねー」
モニタに見せられた衣装を見て、アンジェリークはお世辞でなく、反射的に答えた。大きく膨らんだ袖の白ブラウスに、鮮やかなエメラルドグリーンのベストとふんわりとしたスカートの組み合わせで、ベストとスカートにはこまやかな花の刺繍が一面に縫いとられていた。とも布の髪飾りもついているようだ。素朴だが手の込んだ、いかにも手作り感あふれるかわいい衣装だった。自ら選ぶ衣装に関しては、いまだフリルやレースに自然と惹かれてしまう少女趣味根強いアンジェリークには、自身の好みにジャストヒットだった。
「お気にめされましたんなら、こちらの衣装をワインと一緒に送らせていただきます」
「これも、すごく、心惹かれますし、いただけたら、うれしいですけど、あの、でも、服となるとサイズが合うかどうか…」
と、アンジェリークが、逡巡を見せると、商人はモニタの向こうで、自身の胸板をばんと叩いた。
「その点に関しては、ご心配なく!いっつもオスカー様に補佐官様のドレスやらなんやら、事あるごとにご注文いただいてますから、補佐官様のサイズは、ウチの顧客データベースに詳細な記録がございますよって!せやから、ドレスはばっちりぴったりサイズ合わせして送らせていただけますわー」
「!…そ、そ、そ、そうなんですか、私のサイズの記録が…」
思い起こせば、アンジェリークがオスカーから送られた衣装は、それこそ数えきれないほどだったが、そのどれもが、仮縫いもしてないのに誂えたようにぴったりだったことを、アンジェリークは思い出していた。が、アンジェリークは、オスカーに身体の各パーツのサイズをメジャーで測られたような記憶は1度もない、ということは、手で触れる感触と目測だけで、オスカー様は、私のサイズを正しく把握してらっしゃるってこと、よね…、そういえば、ランジェリーも、私のサイズにぴったりのものを選べるくらい、オスカー様ってすごい方だし…嬉しいような、照れくさいような、でも、嬉しい気持ちの方がずっと大きいかな…なんて思考が一瞬のうちにめぐり、アンジェリークはぽぽぽ…と頬を染めた。
そして、耳まで真っ赤になったままの状態で、もごもごと「じゃ…それで、お願いします」と、うつむき加減に小さな声でモニタに告げると
「毎度ごひいきにしていただいて、おおきに!ほな、品物は即、手配させてもらいますよって!あんじょう、よろしゅうに」
という商人さんの元気な言葉が帰ってきて、それに頷いてから、アンジェリークは通話を切った。
オスカー様、アドバイスを受けながらだけど、私の選んだ産地のワイン、喜んでくださるかな…あ、せっかくだから、ワインをお渡しする時、もらった衣装に着替えてお渡ししてみようかな…オスカー様、驚くかな、それから、喜んでくださるといいなぁ…。
このとき、アンジェリークは、ただただ、わくわくと楽しい気持ちで心弾ませていた。
そして、オスカーの誕生日当日、2人は料理長の心尽くしのディナーを楽しんだ。
とはいっても、今宵のディナーは祝い膳としては、軽めの皿数だ。オスカーとアンジェリークが、夫婦の部屋で、2人きりで改めてワインの杯を交わすので、その時、無理なくワインを楽しめるよう、また、一緒につまみをとれるよう、ディナーの量は軽めにしてもらったのだった。
が、その軽めのディナーの肉料理のお伴のワインを、自分が選んだワインのうちの1本にしてもらうよう、アンジェリークはあらかじめ執事に頼んでおいた。が、オスカーは、そのことを知らない。アンジェリークは、オスカーに対し『お食事のあと、お部屋でプレゼントのワインをお渡ししますね』と告げてある。今年の誕生日ワインは、せっかくもらった民族衣装に着替えて、その姿で渡したいと思ってのことだ。でも、使用人がたくさんいるメインダイニングで、ディナーの時にそんなコスチュームプレイはさすがに恥ずかしいなという気持ちがあって、今年はメインの贈り物は、夫婦の部屋で、2人きりになった時、渡したい旨を告げた。
赤頭巾ちゃんの姿でワインを届けるのを望んだりと、遊び心と茶目っ気に関しては、いつまでも少年のような気性を保ち続けているオスカーは、アンジェリークの願いを、その類の遊びが絡んでのことと推したのだろう、笑いながら、快く頷いてくれた。
でも、アンジェリークが商人から勧められて購入したワインは3本、しかも、選んだワインは、オスカーの好むスパイシーな料理によく合う味わいのものだと聞いている、それを、せっかくの料理に合わせないのはもったいない。そこで、改まった贈り物とは別に、あらかじめ、別の1本を開けて1部をデキャンタに移して、食事時のテーブルワインに用いてもらうよう、アンジェリークは手配していたのだ。
というわけで、今、ここで出されるワインは、取り寄せワインのうちの1本であるが、食事の合間の口直し用の気軽なテーブルワインだとオスカーは思っているはずだ。
アンジェリークとしては、ただ勧められるまま選んだのではない、今年は、多少なりとも自分の選定眼で選んだワインが、オスカーの口に合うかどうかは、やはり、ものすごく心配だし、同時に、オスカーに、少しでいい、目を見張ってもらいたい、できれば、気に入ってもらいたい、と祈るような気持もあって、オスカーには何も告げずに、特別に取り寄せたワインをテーブルに出してもらったのだ。
何も知らないオスカーは、何気ない自然な仕草でワインを一口、口に含むと、瞬間、おや?という顔をした。
「今日のワインは…なにか…味わいが、いつもと違う?…いや、それにしては、よく見知った馴染みのような、懐かしいような気も…テーブルワインの銘柄を変えたのか?」
オスカーが、杯を手で弄びながら、執事に尋ねた。
アンジェリークは、罪のないいたずらをしかけた子供のようにドキドキしながら、オスカーの表情と執事の顔を交互に伺う。
アンジェリークに、このワインの産地はディナーの時は黙っていてね、と頼まれている執事は、涼しい顔で
「はい、本日は、お祝い料理によく合うと思われるワインにさせていただきました。いかがでしょうか」
今日のワインは、いつものとは違うことだけを、告げた。
「ああ、そう言われると確かに、料理に合っているな。不思議な…なんとも不思議な感慨を起こさせる味わい、な気がしたが…それだけ料理にあっているということなんだろう」
オスカーがしみじみと味わように言葉を紡いだ。
その様子に、アンジェリークは、無意識につめていた息を、ほ…とゆるめた。
オスカー様、少なくとも、ワインの味はお気にめしてくださったみたい、なら、本番のプレゼントで、実は…って言ったら、驚いて、でも、喜んでくださるわ、きっと、と思って。
アンジェリークは、ディナーを終えて、寝室に引き上げてから、オスカーに自らワインのボトルを手渡しする瞬間のことを思うと、どうにもわくわくする気持ちで、くすくすと忍び笑いがこぼれそうになるのを抑えるのに、必死だった。
気がそちらに行ってしまったおかげで、誕生日の祝い菓子を切り分けるのに、今年は、いつもより苦労してしまったほどだった。
今年の祝い菓子は、ワイン仕立てのシロップをたっぷり含ませたサバランにしてみた。アンジェリークはデキャンタに移したワインの残りを使って馥郁たるぶどうの香り豊かな紅色のシロップを作り、それをふんわり焼き上げたイースト菓子にふんだんに注いだ。全体に赤ワインのシロップが染み渡って、ほんのり淡い紅色に染まった菓子は、純白のクリームが差し色になって、見るからに華やかで、しかも、葡萄の甘くも芳醇な香りが豊かにくゆり、作り手であるアンジェリークは、香りだけで軽く酔ってしまいそうに思えるほどのできばえだったが、だからこそ、オスカーはこの香り高い菓子を大層気にいってくれたようだった。大ぶりに切り分けた祝い菓子を、オスカーは、ほんの2口ほどできれいに平らげてくれ、アンジェリークを嬉しがらせた。
オスカーが健啖家ぶりを示してくれるのは、アンジェリークには、いつもうれしいことだったが、自分が選んだワインを、それと知らずに楽しみ、また、そのワインを使って作った菓子を喜んでくれて、アンジェリークは、心から嬉しく感じたし、安堵した。これで、贈り物のワインを安心して渡せるのは、確実だった。
ディナーを終え、2人は和やかに笑みを交わしながら、夫婦の部屋に向かった。そして、部屋に入るなりアンジェリークは
「あの、今、オスカー様への贈り物をもってきますので、ちょっと待っててくださいね」
と、告げた。
「今年は、どんなかわいい扮装をして、俺を目を楽しませてくれるつもりなのかな、お嬢ちゃんは」
と、いたずらっぽい笑みを浮かべて、すかさず、オスカーが返す。
「ふふ、オスカー様は、やっぱり、なんでもお見通しなんですね、でも、それをわかってて、楽しみに待ってくださるオスカー様のお心の広さとか、気持ちの大きさとか、おおらかなお優しさとか…全部、好き、大好きです、オスカー様、だから、ちょっとだけ…お掛けになって、そのままお待ちになっててくださいね、オスカー様!」
と、言ってアンジェリークはクロゼットに駆け込んだ。ワインはラッピングして、籐のかごにいれてあるし、衣装はもう、すぐ着られるようにしてある。だから、それほどの時間をかけず、アンジェリークは着替え、ワインのボトルをいれた籠を手にさげ、ドキドキしながらクロゼットから出てきた。
素朴ながらかわいらしいベストとスカートに身を包んで、ワインを手にしたアンジェリークの姿を見て、オスカーは一瞬、大きく目を見開き…だが、次の瞬間、オスカーの顔に浮かんだものは、アンジェリークには、満面の喜びには思えず、ましてや賛嘆や称賛の色でもなかったーアンジェリークが新しい衣装を身につけた時は、いつもオスカーは手放しで喜び、ほめてくれるのに、だー。オスカーは、何か、痛みに堪えるかのように目を眇め、どこか、やるせなさとか切なさを感じさせる表情を浮かべていた。もっとも、それは、とても微かなもので…オスカーの表情は、むしろ、突如、自分の内に沸いた動揺を、意識して抑圧したかのような…そう、波立つ感情を無理に押し殺そうとしている、そんな表情であるように、アンジェリークには思えた。
ただ、これだけは確かだった、オスカーは…今までの誕生日には、オスカーは、アンジェリークがどんな衣装を身につけて出てきても、大げさなくらい褒めて喜んでくれ、プレゼントもいつも満面の笑みで受け取ってくれたのに、今は、それが見当たらない。
アンジェリークは、一瞬にして、悟った。私は、何か、間違えたのだ。オスカー様に喜んでいただこうとしたことが、逆に、オスカー様の心に痛みか、苦しさか、やるせなさか、そういうものを引き起こしたのだと。
オスカー様の故郷の…草原の惑星の民族衣装を、身につけたのがきっといけなかったのだ、そうとしか、考えられなかった。
オスカーは、アンジェリークから目を離さず、微塵も視線を泳がせたり揺らがせたりもせずー暫し、黙ってアンジェリークの姿を見つめ続けた後
「お嬢ちゃん、その装いは…俺の…」
半信半疑の事態を確かめるような口調で、ためらいがちに言葉を紡ごうとした。
アンジェリークは、何か、耐えられないような気持になって、珍しいことだったが、オスカーの言を中途で遮るように、答えた。
「はい、オスカー様、この衣装はオスカー様の故郷の…草原の惑星の民族衣装です、たまたま、手にいれることができて、それで、あの…オスカー様にお見せしようと…」
最初は一気にまくしたてるようだったアンジェリークの口調が、だんだん尻すぼみに、力ないものになっていく。
「どういういきさつで入手できたんだ?」
静かに、オスカーが問う。
「それは、あの…これ…オスカー様へのプレゼントのワインなんですけど…」
アンジェリークは、おずおずと、かごに入れたまま、ワインをオスカーに差し出した。アンジェリークは内心、この贈り物も、なかったことにしてしまいたいような気持になっていた。できることなら、ワインを自分の背後に隠し、そのまま回れ右してもうクロゼットに逃げ込んでしまいたい、オスカーが、このワインを見て、また痛みに耐えるような瞳をしたら、と思うと、申し訳なくて、怖くてたまらなかったが…でも、オスカーの気持ちを傷つけ苦しめてしまったのなら、きちんと謝って、説明しないとと思う気持ちが、ぎりぎりのところで、アンジェリークを支えていた。
オスカーは差し出されたワインのラベルを見て、はっとした顔を、次いで、腑に落ちたという表情を見せた。
「!…これ、このワインは…草原の惑星…産?ああ、そうか、そういうことか!あぁ、もしかしたら、食事の時のあのワインも、いつもの奴じゃないと思ったが…そうだったのか?…」
「はい、私が執事さんに頼んで、用意してもらいました、今年は、その…ワインを多めに用意しておいたので、せっかくだから、お食事の時にも味わっていただこうと思って…それで、このドレスは…このワインを買った時、一緒に…」
『おまけでもらった』というと、自分は元々はドレスを入手してオスカーに見せる気なんてなかった、と言い訳しているような、商人さんに責任転嫁するように思えて、それは嫌だと思ったアンジェリークは、ドレスを手に入れた経緯を詳細に明言はしなかった。ワインと一緒に手に入れた、といえば、オスカーは納得するだろうし、自分がこの衣装に心惹かれたのは事実だし、着て見せたらオスカーが喜んでくれると思ったのは、確かに自分で、しかも最終的な選択も自分でしたのだから、と。その思惑が外れたみたいだからといって、押しつけられたとか、おまけで勝手についてきた、みたいな言い方をするつもりはなかった。
「そうか…君が自分で選んでくれたんだな、この星のワインと…そして、その衣装を…俺に見せようと思って…そうなんだろう?」
オスカーは、大きく吐息をついた、まぶしさに耐えるように、瞳を細めて、ワインのラベルを、そして、アンジェリークの姿を交互に、しみじみとした様子で見つめる。
「はい、そうです、私が、自分で…選びました。オスカー様の故郷のお酒を、プレゼントにって思って…」
商人さんは言っていた、この星の…草原惑星のワインは、誰もが知っている名の通った産地では決してないと、つまり、一般的に無難かつ万人向けの贈り物として店側から勧められる可能性は低い。となればこの産地のワインは指名買いしかないわけだ。しかも、聖地御用達といえど一介の商人が守護聖の出自まで知っているはずもなく、となれば、商人が気を利かせて勧めたとも考えられず、つまり、このワインは、アンジェリークが自分で選んだのだということは、オスカーにはすぐわかったのだろう。
アンジェリークは、今にもあふれてきそうな涙を押しとどめるのに、必死だった。
泣いてはいけない、私が泣いたら、オスカー様を困らせる、だって、オスカー様の方が、ご自身の痛みをこらえてらっしゃるようなのに…なのに、それを我慢して私に悟らせないようにしてらっしゃるみたいだから、よけいに、私、申し訳ない…
ああ、どうして、思い至らなかったんだろう。
オスカー様だって、望めば、故郷のお酒をたやすく入手できたはず、でも、今まで、そうはなさらなかった。そうなさったことはなかった。それは…心がきっと抑えようもなく波立つから、故郷の品物を目にしたら、帰りたくても帰れない、それを思い知らされて、やるせなくなるだけだからかも、と。
なのに、私は浅はかで、考えなしで、ただ、オスカー様が故郷のものを懐かしく思うだろうって、そんな単純なことしか考えてなくて…。
私、まだまだ、わかってなかったんだわ。私の生まれ故郷は、聖地からも訪れやすい主星で、しかも、私自身は、故郷を離れたといっても、まだ、数える程の年月しか経ってないから…オスカー様の星が、容易く訪れられる距離にないことも、故郷を離れてからの歳月だって、私なんかとは比べ物にならない…幾星霜隔たっていることも、実感として、わかってなかった…だから、気楽に気軽に、故郷のワインなんて選んでしまって、その上、オスカー様の故郷の衣装まで、調子にのって身につけて…帰れないのに、見せつけて思い出させるなんて…望郷の念をかきたてるだけなんて、残酷なだけじゃないの…
私、思いあがってた、オスカー様は、優しくて…私が、オスカー様のために考えてすることは、なんでも手放しで喜んでくださるから、図にのってたんだわ、だから、オスカー様のお気持ちを察しきれなくて…
鼻の奥がつんと、痛くなっていたけど、でも、私が辛い思いさせちゃったのに、私が泣いたら絶対だめ、オスカー様は、私を慰め、励まそうと、自分のお心の痛みを堪えておしまいになるから…
とにかく、ちゃんと謝らなきゃ、せっかくのお誕生日を台無しにしてしまってごめんなさいって、私が、考えなしだったから、オスカー様に切ない思いをさせてしまって、ごめんなさい。言い訳にもならないけど…って。
アンジェリークは、しゃくりあげそうになるのを必死にこらえながら
「オスカー様、あの、ごめんなさい、こんな…考えなしな贈り物をしてしまって…私、あの、今、すぐ着替えてきますね、ワインは…その、改めて、別のヴィンテージワインを取り寄せますから…」
とだけ、ようやく告げると、深々と頭をさげて、籠を引っ込め、くるりと踵を返そうとした、急いでこの場を辞さないと、いつ、涙の滴が溢れてこぼれおちるかわからなかったから。
と、身を翻そうとしたその瞬間、アンジェリークのその腕を、オスカーがしっかとつかんだ。
「ちょっと待った、お嬢ちゃん、まだ、俺は、かわいい衣装を身につけたお嬢ちゃんの愛らしい様子を、じっくり拝ませてもらってないぜ、それに、せっかくのワインを、なぜ、ひっこめる?それは、俺への贈り物だろう?ん?」
その口調は、いつもの洒脱で、洒落てて、きざでかっこいいオスカーのもので…先刻のしみじみとした深い感慨に浸っている時のそれとは明らかに異なっていた。
「オスカー…さま…?」
アンジェリークはこぼれそうに瞳を見開いて、オスカーを見上げた。アンジェリークには信じられないことだったが、アンジェリークが傷つけてしまったと思っていたオスカーは、優しげな嬉しそうな笑みをたたえて、アンジェリークを見つめていた。
『オスカー様…笑ってらっしゃる?どうして?だって、私、オスカー様のこと、傷つけちゃったのに…』
アンジェリークは混乱する頭で、一生懸命、考える。
私はオスカー様のお気持ちを波立たせた、でも、オスカー様は、優しくて聡明な方だから、私に悪気はなかったことはわかって、それで…気持ちを汲んでくださろうとしてる?あぁ、でも、私は、あまりに考えなしだった。オスカー様に甘やかされてきて『私がオスカー様のことを考えてすることなら、オスカー様は何をしても喜んでくれるはず』みたいな、思い上がりや驕りがなかったとは…無意識のうちでも、なかったとは言い切れない、いくら、オスカー様が優しくて、本気で怒ってなくても、私のこと、仕方ないなって許してくださってても、それに、私がそのまま甘えちゃいけない、悪気はなかったって理由で、なんでも許されてはいいはずがない。
「オスカー様、でも、あの…私、オスカー様のお気持ちも考えず…こんな、考えなしのことして、それがオスカー様に申し訳なくて…だから…」
アンジェリークは、これ以上、オスカーに不愉快な思いをさせたくないと思うあまり、口から出る言葉がどうしても曖昧になる。「○○してごめんなさい」と直言することは、オスカーの胸の痛みや切ない気持をはっきり言葉にして、眼前に突き付けるみたいな気がして、それが重ねてオスカーを傷つけやしないか、怖い。でも、怖いからといって、謝らずにいるなんて、ありえないし、オスカーの腕を振り切って逃げようとするのはさらに問題外で失礼極まりないし、かといって、オスカーに甘やかさるままに、この胸に飛び込みすがるわけにもいかないし、と、さまざまな思いがぐるぐると頭の中で渦巻いて、アンジェリークは、どうしていいかわからず、動けなくなって、竦んでしまった。
しかし、オスカーは、アンジェリークが恐縮しまくっている様子を意に介した様子を見せない、それが、故意なのか、本当に何も気づいていないのかーと瞬間考え、そんなこと、あるはずないと、アンジェリークは即座に頭の片隅で結論付ける。オスカー様は、わざと何も気づかないふりをして「何も気にすることはない」と、私の気持ちを軽くしようとなさってるのだと、証拠はないけど、確信に近い思いを抱く。というのも
「なぜ、そんなことを?お嬢ちゃんが、このワインを選んだのも、衣装を身につけてくれたのも、俺が喜ぶと…俺を喜ばそうと思ってくれてのことだろう?」
と、甘やかな声で告げざま、オスカーは竦むアンジェリークを彼の胸に優しく抱きよせ、髪に口づけてくれたからだ。
優しくされることでかえって、アンジェリークの涙線はー自分では限界まできつく締めていたつもりだったのに、いまや決壊寸前だった。
「だって…ごめんなさい、オスカー様、私、オスカー様のお気持ち、考えてるつもりで、全然わかってなかったのだもの、私ったら…馬鹿で考えなしで…せっかくのお誕生日なのに、ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
「お嬢ちゃん、何を謝る?君が謝るようなことはなにもない、そうだろう?」
オスカーは、アンジェリークが恐縮しきっている訳が、どうしても、わからぬ風ーわからぬ風を押し通すつもりのようだった。
ダメだ、曖昧な物言いのままでは、私は、オスカー様に甘やかされて、終わってしまう、ちゃんと謝りたいのに…
そう判断したアンジェリークは、自分が恐縮している理由を結局、直截に口にした、してしまった。
「だって、オスカー様、今まで、故郷のお酒を、望めばいつでも取り寄せられるのに、召し上がってなかったのでしょう?今まで、あえて、そうなさらなかったオスカー様のお気持ちも考えもせず、私ったら、オスカー様の生まれ故郷のお酒を取り寄せて、調子にのって、こんな衣装まで身につけて、見せつけるような無神経な真似をして…オスカー様、帰れないのに…帰りたいと思っても中々帰れないのに…いつ帰れるかもわからないのに…こんな…故郷を思い出させるようなことをして…だから…ごめんなさ…」
露悪的なまでの直言となったのは、何を申し訳なく思っているのかはっきり言わないと、謝罪を受け入れてもらえない、そして、謝罪をさせてもらえなければ、曖昧に、なんとなく、この件はこのままで…私は、それとなく許されて終わってしまう、それではいけない、そのようにアンジェリークがー少し頑ななまでにー思ってのことだった。
が、この謝罪の言葉の途中で、アンジェリークは、自分をふんわりと抱き寄せていたオスカーの腕の力がいつの間にか強まったのを感じー気がつけば、息をするのが苦しい程にきつく抱きしめられていた。
「…お嬢ちゃん、君が謝ることなど何もない、本当だ。むしろ、謝るのは俺の方だ、すまなかったな、お嬢ちゃん、俺が…さっき言葉に詰まって、黙りこんでしまったせいで、俺が望郷の念に胸かきむしられたと、君に思わせてしまったんだな…だが、心配しなくていい、俺は傷ついても、苦しんでもいないから…」
「そんな、でも、だって、オスカー様…」
「少し、話をしようか、お嬢ちゃん」
オスカーは、アンジェリークの抱擁を解き、恭しい仕草で彼女の手をとって寝台に向かった。