汝が魂魄は黄金の如し 2

即位の儀を終えたアンジェリークは一人女王の私室でとりとめない思いに耽っていた。

宮殿内の最も奥まった場所に位置する女王の私室であった。女官たちは皆下がらせてあった。

周りに自分の世話をし、傅く人たちがいるということがなんとなく居心地が悪く落ち付かなかったからだ。

そのうち慣れるのであろうか。自分が突然任命された女王候補という立場にいつのまにか馴染んだ様に、他人に世話をやいてもらうという状況にも慣れるものなのかもしれない。

だが、自分がこの宮殿の主になったことがアンジェリークはいまだになにやら現実味に乏しく、どこか他人事のような気持ちである。

自分の私室とはいえ、官僚たちが予め用意しておいた調度類はそれがどんなに質のよいものであれ、結局はお仕着せなのだから、他人の部屋のような印象を抱くのも無理はないのかもしれない。

そのうち、この部屋にも自分の好みの茶器やクッションや花などのなんということはない雑貨で色を添えるうちに、自分の息吹のようなものが染み渡り居心地もよくなるのかもしれない。

『女王陛下はどんなお気持ちで即位なさって…そして今、去っていかれたのかしら…』

前女王の導きで、宇宙を移動させるという大事はなんとかやり遂げる事ができた。

その点で前女王に後顧の憂いは残さずにすんだはずであった。

アンジェリーク自身も宇宙が崩壊するのを手を拱いてみているより、自分のできることならなんでもするという気構えがあったから、宇宙を救うことに躊躇いはなかった。

ただアンジェリーク自身はなにがなんだかわからないまま無我夢中でいたら、いつのまにか事が終わっていたというのが正直なところだった。

星々を送るから受けとめてほしいという声が頭の中に響き何をどうしたらよいか一瞬躊躇った自分に、女王陛下は大きな柔らかいクッションのようなものを胸一杯で受けとめるようなイメージを想像するようにという声と、その心象風景を鮮明にそしてダイレクトにアンジェリークの脳裏に送ってきた。

アンジェリークは自分の内部でイメージを膨らませた。大きく両手を広げ、自分の背に翼があるとイメージして、送られてくるものを柔らかく受けとめられるように想像の翼は緩やかな弧を描いて広げた腕のラインに沿わせるようにした。

衝撃というほどのものはなかった。バブルバスの泡の海にふんわりとした海綿をそっとのせたような、くんっと軽い手応えを感じただけだった。

しかしその途端暖かい、いや、熱いほどの温みが全身にじわじわと染み渡ってきた。

無数とも言える命の…一般的な生物だけではなく、無数の星々たちもまた命を持っていた…重さと温もりだった。

新たに移された器の広さと豊かさに一瞬沈黙した後、アンジェリークは星星のあげる歓喜と希望の歌を確かに聞いた。

その時には感じた。ああ、星星の移乗は無事に終わったのだと。私はこの宇宙に星々を受け止めおちつかせることができたのだと。

宇宙を救いたいというその決意を前女王がうまく誘導してくれたのだといえた。

でも、これはいわば初めの一歩にすぎないのだ。

移乗されたばかりの宇宙は、苗床から広い大地に移されたばかりの植物のようなものだろう。

その土壌がいかに豊かであっても、それを無駄にしないためにきちんと根をはりその地に馴染むまでこの宇宙を慈しみ育む必要があろう。

自分はこれからそういう新しい時代を築き上げていくことになるのだろう。

正直言って今はまだその確かな実感がもてない。が、トップにたつものは、決断は自分の責任においてなされなければならないことがある。それをアンジェリークは既に身をもって感じていた。宇宙の移動自体、自分の強い意志の力がなければ、誰がサポートしてくれようとなしえなかったということを、理屈ではなく体で感じたばかりだったから。

女王候補のときは、突き詰めていえば言われたことをしていればよかった。必ずどうすればいいのかという指標があった。これからは違う。

自分のサクリアがどれほど続くのかは自分でもわからない。その間に今回の様に自分の強い決意を必要とされるような事態がおきることがあるかもしれない。

でも、不思議と怖いとは思わなかった。

アンジェリーク自身は不確定な未来を悪戯に憂うような性質(たち)ではない。

自分がそのときできる事をなせば必ず活路は見出せるはずという、悪く言えば根拠のない、しかし、それゆえに強い人生への楽観と肯定観がアンジェリークの根幹にあった。

周囲から惜しみなく愛を注がれ、また、そのことを感謝して育ったアンジェリークは自分は世界に受け入れられているという自信と、そのことに基づく自分の持つ力を信じる強さを持っていた。

起こっていもいない問題をあれこれ心配しても意味などないし、問題が起きたときはその時対処法を考えればいい。

自分は一人ではないのだから。

支えてくれる手はたくさんある。頼りになるロザリアがおり、守護聖がおり、自分を支えると言ってくれたあの人がいる。

私ならいい女王になれると信じて背中を押してくれたあの人。

私を女王にする事自体があの人にとっては高潔な愛の証だった…ジュリアス。

「ジュリアスさま…会いたい…」

ぽつりと言葉に出してみて初めて気付いた。今自分がどれほど痛切にジュリアスを求めていたかを。

自分は最初の仕事をきちんと成し遂げられただろうか。

戴冠式での様子もおかしなところはなかっただろうか。

ジュリアスの期待した通り、立派に女王としてやっていけそうだろうか。

女王候補だった時のように、自分は相変わらずジュリアスの承認と誉め言葉を期待していると知られたらあきれられてしまうだろうか。

でも、実際アンジェリークにとっては

「よくやった。」

というジュリアスの言葉がどんなものにも勝る励みになるのは間違いないのだ。

自分が好きで尊敬している人から認めてもらう、これほど明日への活力となるものなどほかにないとアンジェリークは思う。

ジュリアスから一言でいい、自分を認めてくれる言葉が聞きたかった。

アンジェリークの胸中には期待と希望と僅かな不安と、そしてなぜか若干の寂しさが混沌と渦巻いていた。

新しい何かを切り開く気概を持つとき、人はこんな気持ちになるのかもしれない。

ジュリアスに自分のこんな気持ちをただ聞いてもらいたかった。

だが昼間ならともかく、こんな夜遅くにジュリアスの私邸まで一人ではいけないし、家臣に命じて彼のもとに連れていってもらったり、家臣を通じて彼をよびつけたりすることは問題外だった。

自分たちが女王と守護聖という枠を超えた関係であることは公にはできない…女王は万民のものでなければならないから、一人の男にもてる愛の全てを奉げてしまうことは対外的には許されないから。

実際アンジェリーク自身も自分がこういう立場になってみるまでわからなかった。女王も普通の心をもつ一人の女性なのだなどと考えたこともなかった。女王は女神のようなもので、つまり一個人としての愛や感情など持っているとは思ってもいなかったのだから。

愛を惜しみなく宇宙に降り注ぐ慈愛そのもので、女王自身もまた愛を欲するなんて考えた事もなかった。

だが、聖地という隔絶させた場所に閉じ込められている女王と守護聖という存在がいつしか聖性をもつ不可侵な偶像となり、人間とはかけ離れたものと見なされてしまうもの無理はないと、今のアンジェリークにはわかる。

サクリアを与えられたことで通常の人間にはない能力が多少あり、人より長くいきるということだけでも特別視されてしまうのは仕方ない。だが、守護聖も女王もその心にあるものは普通の人の感情となんらかわりはないのだ。

女王になったからといって、昨日と今日で自分はなにか変った所があるのだろうか。あるのかもしれないが、自分ではよくわからない。でも、心のなかで大切だと思うものにかわりはなかった。

愛しい人は愛しいし、愛しい人には会いたい、会って話がしたい、声が聞きたい…2人で、2人きりで…ジュリアスもそう思ってくれていないだろうか。そう思ってくれていたら嬉しいのだけど…

そうだ、明日、なにかにかこつけて私の元にきていただこう。

アンジェリークは考える。新米女王の私が首座のあの方にいろいろ教えを請うためにお呼びだてしてもそれなら不自然じゃないし…

相変わらず幼い事よと、もっとしっかりしろとジュリアスに厳しく説諭されるかもしれないと思ったが、それでもよかった。それを望んでさえいるのかもしれなかった。

そんなことを考えていた丁度そのときだった。

「陛下、お疲れでなければ、少しよろしいだろうか…」

ジュリアスがノックとともに返事は待たずにアンジェリークの私室に入ってきたのは。

「ジュリアス様?…」

アンジェリークははじかれたように長椅子から立ち上がった。

ジュリアスの突然の来訪に戸惑い、動転した。会いたいと思い、ジュリアスの事で頭がいっぱいだったからこそ、自分が心の奥でジュリアスを呼んでいた声に気づかれてしまったのかと思い動揺した。

たちあがったままその場で固まってしまったアンジェリークにジュリアスは気遣いを見せた。

「顔色がさえないようだな…やはり疲れているのか?私は出なおした方がいいだろうか?」

「いえ!そんなことありません!」

アンジェリークは慌ててジュリアスを引き止めた。周囲に人がいないとわかると口調が以前通りに戻ったことがたまらなく嬉しかった。

「あの…ジュリアス様さえよろしければ、ここにいらしてください…私、私もジュリアス様にお会いしたいと丁度思っていたんです…来てくださって嬉しいです…」

はにかんだ様に伏し目がちに自分をひきとめるアンジェリークの様子にジュリアスはうちとけた笑みを唇の端に乗せたが、口ではアンジェリークを軽く嗜めた。

「ジュリアス様ではない…ジュリアスだ。これからは私をそう呼べと言ったはずだ…」

「でも…」

アンジェリークは素直に承服しなかった。

女王と守護聖という距離を認識させられるようで、アンジェリークはジュリアスを呼び捨てることを拒みたかった。せめて2人でいる時は今まで通りの呼び方でよばせてほしいと、そう思った。

納得しかねているアンジェリークの様子に気づき、ジュリアスが言葉を付け足した。

「ああ、言葉が足りなかったな。誤解をするな。私がおまえの臣下だからそう言ったのではない。私たちは1人の対等な男と女だからだ…1人の男としておまえを愛すると誓ったことは嘘ではない。私がおまえをアンジェリークと呼ぶように、おまえに私をジュリアスと、そう呼んで欲しいだけなのだ。」

アンジェリークの顔が途端に明るくなった。

「わかりましたジュリアスさ…ジュリアス。あの、来てくださってとっても嬉しいのですけど、こんな遅くにどうなさったの…」

言葉を最後まで言いおわらぬうちに突然強い力で抱き寄せられ、ジュリアスの胸に抱きしめられた。

厚い胸板に、思いのほか逞しい二の腕に抱きすくめられてアンジェリークは息がとまりそうになった。

「アンジェリーク…私はおまえを生涯かけて愛し支えると誓った。一人の男として。」

「はい…」

心なしかジュリアスの語尾が震えていた。ジュリアスがなにをいわんとしているのかアンジェリークにはわからなかった。

「その証を私はおまえと自分自身に立てたいと…そう思いここに参った…」

「………ジュリアス…それって、それって…」

アンジェリークは信じられない思いで胸が破裂しそうだった。

なにを言えばいいいのかわからず、言葉が途切れた。

ジュリアスの言葉の意味するところをアンジェリークは必死で考えた。思い当たるところはあったが確信はもてなかった。

約束の言葉という細い糸をより確かな絆にするために、ジュリアスは自分と肉体を契ることを欲していると、そう思っていいのだろうか?

でも、もし、それが自分の独り善がり、かってな思い込みだったらどうしよう。自分は恥かしくて死んでしまう。

だけど本当に、ジュリアスの言葉が、自分の想像した通りの意味だったら…これはこれでアンジェリークは自分がどう振舞ったらいいのか、まったく見当がつかなかった。

男女の交わりをいまだ知らぬアンジェリークにとって、それはまだ淡い憧れ以上のものではなかった。

火がついたようにジュリアスを求めて止まぬわけではない。そんな風に思えるほど欲望は明確な容貌はもっておらず、その輪郭はむしろ曖昧だ。

暖かな抱擁や優しい口付けだけでも十分に幸せになれた。

だが、互いの思いを確かめ合った後、女王試験の結末がつくまで、数えられるほどだが逢瀬を繰り返していた時。

手を繋いで、抱きしめ合って、そっと触れるだけの口付けをかわして、それだけで心臓は破裂しそうに高鳴るのに、それでもなにか物足りなくて、もっともっと近くなりたくて…理屈ではない情念の嵐に吹き飛ばされてしまいたくなる一瞬がアンジェリークのなかに確かに生まれていた。

いくら近くにいてももっと近くなりたい、抱きしめられているのにそれ以上に触れ合いたい、今思えばそんな息ぐるしいような思いが、ジュリアスと男と女として結ばれることを望む気持ちだったのだろうか。

それがいつかは、わからない。だが、いつかはきっと…と心のどこかで思っていたのかもしれない。

本当に和えかなぼんやりとした憧れだった。でも、その相手はジュリアス以外考えられなかったのも事実だった。

だが、それを今は望んではいけない、望んでも叶えられないと無意識のうちに諦めていた。もしかしたら2人がともに役職にある間は無理かもしれないとさえ思っていた。

だから、ジュリアスを求める気持ちがあったとしても、それに気づかないふりをしていたのかもしれない。今だ実態を知らない欲望は押さえこむのもある意味簡単だったから。

でも本当にジュリアスはそういう意味であの言葉を言ったのだろうか。私は望んでもいいのだろうか。愛する人と肌を重ね、体をあわせ、ひとつに結ばれるそのありきたりな、しかし、なにものにも変えがたい幸福を…

ジュリアスの本当の意図がしりたい。自分の考えている通りなのかどうかを。

でも、固く抱きすくめられているので、アンジェリークはジュリアスの顔が見たくても見えなかった。

ジュリアス自身がアンジェリークの顔をみながら告げる勇気がなかったからだということを、アンジェリークは知らなかった。

アンジェリークもジュリアスの意図が確信できず戸惑っていたが、ジュリアス自身も緊張の極みにいた。

アンジェリークは押し黙ったまま、ジュリアスの腕の中でじっとしている。

いやがる素振りはみせないものの、積極的に自分の言葉に応えてはくれない。

アンジェリークに自分の意図が伝わっていないのか、それとも、乗り気でないからだまっているのかジュリアスには推し量れない。

判決を待っているような緊張に耐えられず、ジュリアスは再び口を開いた。

もっと明瞭な表現で言わなくてはわからぬのやもしれぬ。そう思ったものの、あからさまな求愛の言葉を発するのことがなにやら気恥ずかしく、その言は自ずと忙しなくいい訳めいたものとなった。

「その…男が女を愛したときはそうするものであろう?私は一人の男としておまえを愛すると誓ったのだからそれを証明するためにも…」

言いかけて、ジュリアスはすぐこの言葉を翻した。

こんな言い方は卑怯だと思った。これでは自分は、仕方なく義務で契約を履行するためにおまえを抱くのだといっているようではないか。羞恥を覚えるからといって自分の気持ちを誤魔化したり、言い訳してはいけない。それでは自分の本当の気持ちは伝わらないし、彼女を哀しませがっかりさせるだけだ。

「いや…すまない、すぐ私は自分の行為を理屈で正当化しようとしてしまう…そうしなければ、おまえに告げる勇気がないのでは情けないな…」

ジュリアスは僅かばかり抱擁を緩めてアンジェリークを見下ろした。

アンジェリークの瞳はゆらゆらと頼りなげに揺らめいている。ジュリアスの意図が掴めず不安に震えているのが手に取るようにわかる。

こんな瞳を彼女にさせてはいけない。ジュリアスはアンジェリークの瞳をしっかりと見つめ、彼女を心ごと支える様に低い声で、しかし、しっかりとした口調ではっきりと告げた。

「アンジェリーク、理屈ではない。私がそうしたいのだ。一人の男として一人の女のおまえが欲しいのだ…おまえを愛しているという思いを、おまえを欲する気持ちを実際に証明したい。言葉だけではもう足りぬのだ…もちろん、おまえにその気がなければ無理強いをするつもりはないが…」

ジュリアスはもう一度腕の力を強めた。

少しでも腕の力を緩めたらまるでアンジェリークが消えてしまうとでも思っているかのようだった。

自分の思いを告げた後、アンジェリークの顔にうかぶ表情をそのまま見る勇気がなく自分の胸にアンジェリークを抱えこむようにまた抱きすくめてしまった。

嫌悪?恐怖?そんなネガティブな表情が浮かんでいたらと思うとアンジェリークの顔をみるのがこわかった。

抱擁は更に固くなったが、アンジェリークはなんとか顔だけ自由にしてジュリアスを見上げた。

潔癖そうな顎の線が心なしか震えているように見えた。

ジュリアスが沈黙に耐えきれないように、口を開いた。

「…悪かった、突然訪ねてきて詮無いことを申した。自分の思いの証をたてるのに、今宵こそ相応しいと私は勝手に思いこみおまえを驚かせてしまったようだな、すまぬ…おまえの気持ちも考えず先走ったことをした。だが、今しばらくはこのままでいてくれるか?私の腕の中にこのまま…」

黙っているアンジェリークの意図を誤解して、ジュリアスは早々に引き下がろうとしていた。

もう一度抱きしめなおし、なよやかな輪郭を体全体で確かめてから手放そうと思ったその時、消え入りそうな声が聞こえた。

「ジュリアス…私をもう一度見て?私をきちんと見て答えて…」

ジュリアスははっとしたようにアンジェリークを見下ろした。

自分の体の中に埋もれてしまいそうな華奢な体、小さな白い顔が泣きそうな顔でジュリアスを見上げて自分の瞳をまっすぐに見すえていた。

「ジュリアス、私、本当に望んでもいいの?愛する人が自分を欲しいっていってくれて、それに応えるなんて普通の幸せを望んでもいいの?」

「……そう…だ、アンジェリーク…」

ジュリアスは息がとまりそうだった。自分の不安にばかり気をとられ、アンジェリークの不安をきちんと掬いとってやれなかった自分の迂闊さが腹立たしかった。

アンジェリークがすがるようにジュリアスを見あげ、更にはっきりとした言葉を求めた。

「私、愛する人と結ばれてもいいの?ジュリアスとひとつに結ばれてもいいの?それは許されることなの?」

「いいのだ、誰にも、なににも私たちを止める権利はない。それができるのはお互いだけだ、アンジェリーク!」

ジュリアスは力強く頷き、今度はアンジェリークを見据えてはっきりと告げた。

「おまえが欲しい、おまえを抱きたい。私のものに、私だけのものにしてしまいたいのだ…おまえを欲する想いはいやましに増すばかりで、もはや言葉では尽くし切れぬ…アンジェリーク…女王であるおまえは万民のものであるからこそ、私自身がおまえとの絆が欲しい。誰にも断ち切れぬ確かな絆と信じられるものが…言葉だけではもう足りぬ、形にした端から消えて行く言葉ではもう覚束ぬ。おまえを女王にと望んだ私がこんなことを言えた義理ではない、それはわかっているが…」

苦しそうに言葉を濁すジュリアスをアンジェリークは慌てたように遮った。

「ジュリアス!私、そんなこと望めないと思ったの、望んじゃいけないと思ってたの。でも、でも、叶うならば、私だって愛する人と結ばれたい、ひとつになりたい。もっともっと近くになりたいの。心だけじゃなくて、言葉だけじゃなくて…」

「アンジェリーク…それは…私がおまえを欲しいと思った気持ちは私の独り善がりではないの…か?…」

安堵と驚きとがない交ぜになったジュリアスの言葉は放心しているかのように聞こえた。

「ジュリアス…もうなにも言わないで…」

アンジェリークが初めてジュリアスの体を自分から抱きしめ返した。

ジュリアスはゆっくり首を横にふった。

「いや、これだけは言わなくてはならぬ。愛している、アンジェリーク。どうか、今宵、私のものに…」

言葉が終わると同時に熱くやわらかな口付けが数限りなくアンジェリークに降り注いだ。

突然の口付けに束の間驚いたものの、アンジェリークもすぐ夢中になってその口付けに応えた。

ジュリアスの意外なほど剥き出しの情熱が唇から伝わってくるような気がした。

その熱さに戸惑いを覚えながらも、いつしかそれに巻き込まれ、自分の今いる場所がわからなくなっていく。

何度も何度も角度をかえて口付けが繰り返された。

そのたびにジュリアスの流れる柔らかな髪が肩にかかり、アンジェリークを覆い隠すかのようだ。

大きな掌が、背中や髪に触れては優しく、しかし幾分焦れた様に自分を撫でさすっている感触をアンジェリークは夢うつつに感じていた。

口付けに文字通り酔っていたらいつのまにかアンジェリークは正装のファスナーを降ろされていた。あ…と思う間もなく腕から衣装が抜かれ、すぐさまもどかしげに下着が引き毟られるように取り払われた。ほどなく一糸纏わぬ姿にされていた。恥かしいと思う間もなかった。

ジュリアスは自分とアンジェリークを隔てている布を一心に取り去ろうとしていた。

自身の手は魔法のように動きアンジェリークの肌を晒していく。自分でも意外なほど躊躇いはない。それでも手の動きがもどかしくてならない。

性的に押さえが効かないわけではなかった。ただ単純にアンジェリークと自分を隔てている邪魔な物全てを一刻も早く取り除いてしまいたい、それだけだった。

ジュリアスの感情自体もいま夾雑物が皆無といってよかった。脳裏にあるのはアンジェリークととにかく寸分の隙もなく近しくなりたいという単純極まる思考のみだった。

アンジェリークを全裸にする一方、まるで剥ぎ取る様に自身もローブを脱ぎ捨て、無造作に投げ捨てる。

2人の間に何ものもなくなると、ジュリアスはアンジェリークをぐっと抱き寄せそのままもんどりうつ様にベッドに2人で倒れこんだ。

飽くことなく口付けを降らせる傍ら、ジュリアスの手はアンジェリークの体中をまさぐるように這う。

腕を肩をなでさすり、いとおしげにウェストのラインを確かめてから徐に豊かにもりあがった乳房に手をあてがう。

同時に唇は狂おしいほどにアンジェリークのしなやかな首筋に押し当てられる。

首筋を所々吸うように唇で味わい肩口を食んでから、手をあてがっている乳房とは反対の乳房の稜線を確かめる様に裾野から頂点へむけて唇を滑らせていった。

可憐な花の蕾のような頂を目にしたら頭に血が昇って訳がわからなくなった。淡い紅の蕾は愛らしいのに抗い難くジュリアスを誘って止まない。理屈ではなく体が動いて気がつくとその部分を掠めるように唇を寄せていた。

「あ…」

アンジェリークが戸惑ったような声を発し、苦しげに眉をよせた。

「ここを触れられるのはいや…か?」

ジュリアスは一度唇を離した。

内心はその蕾を思う存分口に含んでみたくてたまらなかったが、必死に自制した。

なぜその可憐な蕾にここまで心騒ぐのか自分でもわからぬまま、そこを舐ってみたいという気持ちに突き動かされる。

自分の中にこんな激しく抑制のきかない衝動がおこるのは初めての経験だった。

アンジェリークはふるふると小さく首を振った。

「あの…いやじゃ、ありません…その、ジュリアスの唇が触れたら電気が走ったみたいで…痺れるみたいで…それで思わず声がでちゃって…やん…」

アンジェリークが羞恥に顔を両手で覆ってしまった。

「そうか…では、もう一度口付けてもよいか?その…ここに…」

ジュリアスは乳首を控え目に軽く摘んだ。

「あぁっ……」

その瞬間走った鋭い感覚にアンジェリークは小さな叫びをあげた。

ジュリアスはアンジェリークのその声を聞いた途端、自分の中心で熱く沸きあがってくるものの勢いが更に増したことに気づいた。

「どうした?おまえのそんな声…初めてきく…ここを触ったからか?」

ジュリアスは探る様に乳首をもう一度軽く指先で挟んだ。先刻より少し弾力が増し、くっと頭をもたげ始めたようだった

「あんっ……はい…指で摘まれたらなんだか変な気持ちになって、体が熱くなって…」

ジュリアスはそのまま乳首を指先で転がす様に弄びながらアンジェリークに問うとはなしに話し掛けた。

「なぜだろうな、私はおまえのその声を聞くと体がどんどん熱くなる…もっとおまえの声を聞きたい…ここに触れればおまえはそのかわいい声をもっとあげてくれるのか?」

ジュリアスは今度は意識して乳首を、指を寄り合わせるようにして摘んで優しく捻った。

「あぁっ…」

「不思議だな、おまえのここ…触れているうちにどんどん固く紅く染まっていく…」

「や、恥かしい…」

アンジェリークは顔を手で隠したままいやいやするようにかぶりをふった。

その頑是無い仕草が愛しくてジュリアスは口付けたいと思ったが、アンジェリークは顔を両手で覆ったままその手を外そうとしない。

無理に顔をさらせるのは酷かと思い、ジュリアスはかわりに指で摘んでいるのとは反対の乳首にそっと口付けた。

唇でその蕾に触れてみたいという誘惑にもう抗し切れなかった。

唇ではさみこんでから、口腔に含んだ。意識せずとも舌が乳首の輪郭を確かめる様に蠢いて、その部分をはじくように舐め転がした。舌に触れるその部分がどんどん固くなり、くっきりと輪郭を露にしていくのが口中でよくわかる。

「あ…あぅ…っ…」

アンジェリークが声にならない声をあげる。

予め定められたようにジュリアスは心の望むままに振舞う。舐め転がしながらちゅっと音をたてるように乳首を吸い上げてみた。なぜか、赤子のように固くたちあがったそこを吸ってみたくてたまらなかった。

「ああっ…」

アンジェリークの声がさらに高くなった。

その声を聞くとさらにどうしようもなく体の奥が熱くなり、気がつくとジュリアスは夢中で乳首を吸っていた。

手は闇雲な動きで激しく乳房を揉んでいた。

この世の物とは思えぬほど柔らかく、自在にジュリアスの手の内で形を変えるえも言われぬ感触。しかし指を食い込ませるように揉みしだいても、次の瞬間アンジェリークの乳房は豊かな張りでジュリアスの手をはじき返す。ジュリアスはこれほど触れて快い物を絶えて知らない。

どのように愛撫すればいいと明確に知っていたわけではないが、乳房を捏ねる様に揉みしだき、舌と指とで交互に乳首に愛撫を与えた。こうすればアンジェリークが更に声をあげるだろうとなぜかわかるのが不思議だった。

「あんっ…ああっ…んんっ…」

実際アンジェリークの吐息と意味のない声は忙しなくなる一方だった。

こんな意味のない言葉の羅列に自分はどうしてこんなにも昂ぶるのだろうと内心訝しく思う気持ちも最初はあったが、アンジェリークの声はもうジュリアスの魂を鷲掴みに掴んで離さない。

もっと声をききたい、もっと声をあげさせたい。思考はそれだけに染められていく。

なにか導かれる様にジュリアスはアンジェリークの股間にすっと手を伸ばした。

春先に萌えいでたばかりの若草のような柔毛が指に触れたかと思うと、すぐ、熱くとけたバターのようなぬるりとした感触が指を焼いた。

「熱い…おまえの体が溶けているようだ…」

思った通りを口に出した途端、ジュリアスは頭にさらに血がのぼり、自分の体も自分で持て余すほどにかぁっと熱くなった。

アンジェリークがびっくりしたように脚を閉じようとしたのをジュリアスはその腕で阻んだ。

「だめだ、力を抜け…」

ジュリアスの優しいが断固とした懇願にアンジェリークは諦めた様に脚の力を抜いた。

ジュリアスはそこを確かめるようにアンジェリークの股間で手をゆっくりと動かし始めた。

とろりとした液体が指に纏わりつき糸を引く。

ふっくらと豊かな花びらのようなもりあがりをなにかに憑かれたように指の腹でなでさすってみる。

「んく…」

アンジェリークが何かを飲みこむようなくぐもった声をあげる。

僅かに指をまげて花びらの合せ目をさぐると、どこまでもジュリアスの指を受け入れてくれそうな部分はすぐに察しがついた。

「あ…」

アンジェリークが腰をずりあげ、逃げるように体を引いた。

指を僅かとはいえ差し入れたことがアンジェリークを怯えさせたようだった。

ジュリアスは此度は確固としてアンジェリークの顔から手を退け、一度口付けた。

そしてアンジェリークの髪をなでながら、その瞳を見つめて囁いた。

「嫌なら無理じいはせぬ…だが、私はおまえとひとつになりたい…おまえと結ばれたいのだ…」

「あ…ジュリアス…」

アンジェリークの体がゆっくりと弛緩した。

ジュリアスはもう一度口付け、アンジェリークの膝を立たせるように抱えこんでから自分の体でその膝を割った。

そして指先でもう一度アンジェリークの秘裂の位置を確かめると自分のものをあてがった。それは極限まで張り詰めていた。

燃えるように熱く固い感触を感じた途端アンジェリークの体にさっと緊張が走った。が、もう逃げようとはしなかった。

ジュリアスは上体を倒してアンジェリークの体を抱きしめながら、ゆっくりと自分の怒張をのみこませていった。

「ひぅっ…」

アンジェリークの体がその瞬間大きくのけぞりつま先までつっぱったように力が入った。

それでも、ジュリアスは進むのをやめなかった。止められなかった。アンジェリークの内部はジュリアスのものを引きこみように蠢き、肉襞は柔らかくジュリアスのものを包みこんだ。それを振りきるなんて不可能だった。

「つうっ…うくっ…うぅ…」

アンジェリークが叫びをあげようとして、それを必死にこらえているのがいたいほどにわかった。

それが判っているのに、ジュリアスはアンジェリークの肉襞をかきわけ、突き進むことがやめられない。

初めて知るアンジェリークの胎内の感触はそれほど甘美だった。

途中破瓜の衝撃か、先端に鈍い痛みを瞬間感じたが、女性の受ける破瓜の苦痛はこのようなものではないことくらいジュリアスも知っていた。

アンジェリークがそれでも苦痛の声をあげまいと堪えているのが哀れで、申し訳なくてならない

なのに、自分はどうしたらその苦痛を和らげたり、気を紛らわせたりできるのかよくわからず、それが大層もどかしかった。

しかし、熱い体液で充たされていたその部分はおどろくほどやすやすとジュリアスを受け入れてくれ、ジュリアスは難なく怒張の全てをアンジェリークの内部に収めきった。

ジュリアスは根元まで収めたまま動きを止め、アンジェリークを抱きしめなおしてその一体感に酔った。

ジュリアスはアンジェリークの暖かさに陶然とし、自分の全てを受け入れ包みこんでくれるようなその柔らかでいながら弾力にとんだ肉壁の感触にこの世のものとは思えぬほどの至福を味わっていた。

引きこまれ、包みこまれ、熱い蠢く柔肉の坩堝に自身が溶けて行きそうだ。

「ああ、アンジェリーク。今、私たちはひとつに結ばれているのだな…私は、あまりの幸福に溶けてしまいそうだ…私はいままでこのような悦びをしらなかった。おまえが教えてくれたのだ…」

「ジュリ…アス…」

アンジェリークもジュリアスの背に腕を回し、その体を抱きしめる。

「すまぬ…おまえが苦痛に耐えているのに…私はどうしたら気を紛らわせてやれるのかわからぬのだ…辛いなら、止めるか?」

「いい…の…あやまらな…いで…そのまま…」

涙声だが、しっかりとアンジェリークは訴えた。

止めてくれとかぬいてくれと言われたら、それができるかジュリアスには自信がなかったので正直言ってほっとした。

それくらいアンジェリークの内部は熱くきつく柔らかで、言葉で言い表せない、信じられないほどの悦楽をジュリアスに教えてくれていた。

これが愛し合うということか、この悦びが…素直に感動し感激した。

愛する人とひとつに溶け合い、交じり合うかのごときこの感触、人が溺れ求めるのがよくわかるとジュリアスは今初めて実感していた。

その一方でこの部分をもっと擦りたててみたい、自分のもので思う様かきわけてみたいという欲望はもう押さえがたい限界にまで高まっていた。

「動くぞ…」

ジュリアスはアンジェリークの答えを待たずゆっくりと、だが確かなリズムを刻み始めた。

ずっずっとジュリアスが腰を前後させるとアンジェリークの顔がまた苦しげにゆがんだ。

「くあっ…はあっ…は…」

「辛いか?すまぬ…」

だが、『やめるか?』とはもう問わなかった。もしアンジェリークが止めてほしいと言っても、きいてやれるかどうか自信がなかったし、アンジェリークも先刻そのまま続けてほしいと言っていたから。

そしてアンジェリークはジュリアスに肉壁を擦られるたびに、今受けている苦痛をぶつけるように、ジュリアスの肩につめを立ててしがみついた。

そうでもしないと、苦痛に自然と体が逃げてしまいそうになるからだった。それがいやでジュリアスから体を離さないようにするために、思いきりしがみ付かねばならなかった。

ジュリアスはそれにも気づかぬほどアンジェリークの柔襞をかきわけ肉壁をすりあげる事に没頭している。

アンジェリークの内部を勢いよく突き上げるたびに、脳天まで痺れるほどの愉悦が走りぬける。

その悦楽をもっと究めたくて、もっと追求してみたくて、腰の動きは小刻みに忙しなくなっていく。

アンジェリークが荒い吐息をつく。その吐息ごと飲みこむほどの貪る様な口付けを与える。

そしてアンジェリークは、身を裂かれるような苦痛に耐えながら、でも、止めないで欲しいと思っている自分を不思議に思っていた。

苦しい、いたい、息がとまりそうだ。それでもなお手放したくない、放さないでほしいと思う、この狂おしいほどの思いはなんなのだろう。

ジュリアスのわき目もふらぬ真摯な熱情が、ひしひしと迫ってくるからなのか。

ジュリアスの手が、唇が触れた部分は燃えるように熱を帯びて、ひとつ所にいたたまれないように腰が跳ねる。

ふと、顔におちてきた液体の感触に目を開けたら、ジュリアスの眉が苦しげに顰められているのが見えた。

汗が額に珠となって浮かび、金の髪が幾筋か張り付いている。

ああ、あの汗が自分の顔におちてきたのだとアンジェリークは覚る。

無意識にかジュリアスは時折煩そうに髪をかきあげ、そのたびに豪奢な髪は光りの滝のようにきらきらと眩く輝く。

涙がでるほど美しいと思った。

訳もわからぬままにいつしかやるせない浮遊感が積もりゆき、唇は無秩序な吐息を零していた。

ジュリアスの肩に回された手には一層の力が込められた。どこかに流離っていきそうな自分を繋ぎとめようと必死だった。

「あぁっ…んぁっ…くふぅ…ん…」

その飾らない媚態がジュリアスの熱をさらに煽った。

声の調子が苦痛一辺倒のものでなくなってきたことにはっきり気付いた訳ではない。そんな余裕はとうになかった。

ただ心と体の求め赴くままに、腰の律動を早めていくうちに腰から背中になけてもやもやとした塊が膨らんでいき、これ以上はもう無理だと思ったある一点を境にジュリアスの頭に真っ白な光りが幾重にもかさなってスパークした。

「くぅっ…」

信じられないほどの開放感だった。続けて目のくらむような幸福感がなだれをうってジュリアスに押し寄せてきた。

自分のものが脈打って命の種をアンジェリークに注ぎこんでいるのが手にとるようにわかった。

自分の命の一部をわけあたえ、それがアンジェリークのなかに溶けて混じる、そんな幸福な錯覚を覚えた。

アンジェリークの上気した顔をこの上なく優しく穏やかな気持ちで見下ろす。

気が狂いそうな焦燥感に駆られ、見えないゴールに向かって疾走するかのような快楽の追求の果てにあったのは、そのするどい快楽とは裏腹に今まで感じたことのない穏やかな充実感と充たされた幸福な思いだった。

抱く前からアンジェリークが愛しくてならなかった。抱いてなお一層愛しさが増した。さらに掛け替えがなくなった。

そしてジュリアスの白濁した熱い命のほとばしりを全身で受け止めた時、アンジェリークは静かに涙を流していた。

苦痛ゆえではない。破瓜の苦痛がおわったことへの安堵でも、もちろんない。

ジュリアスの心が体中に染み渡っていくかのような気がしたからだった。

確かに、今、わたしたちはひとつに溶け合えたのだと思うと自然と涙が零れたのだった。

ジュリアスがその涙を丁寧に舐めとった。

アンジェリークの頭を抱えこむように抱き、愛しさを湛えた目で見つめると一度軽く口付け、すぐさまもう一度深く情愛のこもった口付けを与えた。

寸分も離れまいときつくきつく抱きしめあったまま。その夜を過ごした。

そして、2人はこの日から事あるごとに逢瀬を重ねることとなる。

会う時が限られているからこそ、時間がとれた時は狂おしいまでの情念で2人は求め合ってやまなかった。

互いに初めて知った、体を重ねひとつに溶け合って愛し合うことの快楽は言葉通り汲めども尽きせぬ歓喜の泉であった。

アンジェリークも苦痛を感じたのは最初の数回だけで、より深い純然たる快楽に酔える様になるのにさほど時間はかからなかった。

何よりジュリアスが、アンジェリークに余儀なく与えてしまった苦痛の埋め合わせをするように、アンジェリークの体が震え自ずと声がでる場所を、この上ない熱意と律儀なまでの生真面目さで探っては見つけていったので尚更だった。

それが秘密裏の関係だからこそ、悦楽はより激しく深いものになるのだという自覚が二人にあったのかどうかはわからない。

そして、式典を無事終えたその日の夜、久方ぶりに漸く時間の取れたその晩ジュリアスは女王アンジェリークの居室を訪ったのだった。

いつものように

「陛下、お疲れでなかったら少しよろしいだろうか…」

と訊ねながら。

久方ぶりの逢瀬に二人は互いに言葉より口付けを求めた。深い口付けを飽くことなく交わした。

アンジェリークの甘く柔らかな唇を堪能しながら、ジュリアスは告げたくてもなかなか告げる機会のなかった言葉をいつ口の端にのせようかと思案していた。

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