汝が魂魄は黄金の如し 28

オスカーはアンジェリークの乳房を捏ねるように揉みしだく。親指と中指で乳首を摘みながら、人差し指でその先端を擦る。アンジェリークがびくんと震えた。こりりとした弾力を指で弄いながら、オスカーはもう片方の先端を口に含み、此度は思うさま愛撫を加えている。

唇を微妙に振動させるように先端を吸う。微かに歯を立てながら舌先で弾く。上下に、円を描くように、左右にと間断なく舌で乳首を舐め回す。

「あっ…あん…」

アンジェリークの背がきれいに撓る。その背を抱き寄せ、まろい臀部に手を伸ばす。張りのある臀部を撫で摩りながら、自然な流れでショーツを足から抜き去った。少なくとも愛撫を与えることに躊躇はもうなかったから、手の動きにも淀みはない。

だが、それは抑制が効かないという事とは異なる。オスカーはアンジェリークに許容されたことで却って冷静な眼を取り戻していた。愛撫に関しては情熱的に与えた方がいいということと、それがすなわち挿入の許諾を意味するわけではないこともきちんと認識していた。愛撫は受け入れても、ひとつになることは、また別の次元であろうと考えていた。

愛撫に酔いしれることで、自分をアレと全く違うと認識してくれた。それだけでも十分だと思った。

乳首に愛撫を加えながら、臀部から大腿部を何度も摩る。少女のようにすんなりとした足がいたいけでいとおしい。足を何度も摩りながら少しづつ手を臀部の合せ目に伸ばしていく。

内股にそっと手を差し入れる。アンジェリークは軽くみじろぎした。構わずその手を進め、萌え出たばかりに若草のような柔毛の感触を楽しみ、さらに揃えた指先でふっくらとした秘唇を探ろうとして指が止まった。

ほんの上端に触れただけで、そこが熱い蜜をしとどに溢れさせているのがわかったから。

オスカーはあまりの悦びに眩暈を感じた。この熱い滴りが、アンジェリークが自分を受け入れる気持ちのあることをはっきり示してくれていた。

感激に飲み込まれないよう、注意しながら指先で合せ目をくすぐるようにほぐして行く。もちろん乳首には口唇で愛撫を加えたままだ。

「ん…あぅ…」

指先にたっぷりと蜜を絡ませ滑らかに秘唇を擦ると、アンジェリークの声が甘やかになる。

そのまま上端に隠れているであろう花芽を探す。控え目な、でも見つけてもらうのを待ちわびているような愛らしい膨らみ。誘われるままに触れてみる。指の腹を軽く押し当てたまま、ゆっくりと円を描く。

「ああっ…」

途端にアンジェリークの声が鋭く高くなる。

乳首をきつくならない程度に吸いながら、花芽を一心に指先で転がす。時折滴る愛液を指で塗り広げるように秘唇を摩る。

花芽を転がすとアンジェリークは若干高い声で嫋嫋と鳴く。

柔らかくゆうるりと秘唇を擦ると、彼女も穏やかに安堵したような吐息を零す。

合せ目をほぐすように妖しく指を蠢かすと、やるせない切ない喘ぎで応える。

アンジェリークはオスカーの為す愛撫に、驚くほど素直に飾り気なく応えてくれる。鋭い愛撫には鋭い声音で、穏やかな愛撫にはほんのりと穏やかな吐息で。それがオスカーにはとても嬉しくありがたい。

彼女は自分を偽らないでくれている。感じるままに心地良い事はあくまで心地良いとはっきり表してくれる。穏やかな愛撫には心落ち着く吐息で、激しい愛撫には切なげな喘ぎで応えてくれる。この世のものとも思えぬ美しい音色を奏でる天上の楽器のようだ。俺の意図する以上に俺の気持ちを受けとめ、それを妙なる調べに変えて返してくれる。その調べに魅せられて、俺は際限なく愛撫を与えたくなる。

自分がアンジェリークを心から愛しているから、わき目もふらずに彼女に耽溺してしまうのか?

それだけではないと思う。彼女の伸びやかで素直な反応は、男を自然と奮い立たせずには置かないものがある。俺が彼女を心地良くしたいと思う心に寄り添い、ありのままに汲みとってくれるから、その反応は驚くほどに率直だ。そこには衒いも、見栄も、偽りも、媚びもない。反応が薄ければそれは彼女にとって的外れだというだけで、その分的を射た愛撫には心からの悦びを体全体で示してくれる、震えるほどの悦びで応えてくれる、これで発奮しない男がいるだろうか。愛すれば愛するほどに、もっと愛を注ぎたくなる、男が溺れる、溺れている自分を認めることすら快楽だと男に思わせてしまう。

だって、ほら…こんなに熱い吐息で俺に応えてくれる。過ぎる快楽を逃そうと、のたうつ白い肢体の妖しさは筆舌に尽くしがたい。俺を焦らすように腰を逃がそうとする彼女を自分の与える快楽に縫いとめてしまいたくなる。

だが、俺はまだ指一本ですら挿入はしない。それを彼女が許容できるかどうかまだわからない。

だから余計に愛撫に専念する。花芽を摘み上げるように擦るとアンジェリークの腰がくっと退ける。嫌がっているのではない。だって、秘裂からはとめどもなく熱くとろりとした蜜が溢れてくる。

豊かに溢れる愛液が太腿までこぼれて濡れ濡れと肌に艶を与えている。その眺めはたまらなく扇情的だ。

彼女の体は既に十分に解れ開いている…それなら…

オスカーはアンジェリークの股間に自分の体を滑りこませた上で、彼女の片膝をたたせた。

アンジェリークもオスカーの意図はわかったようだ。反射的に自分の顔を両手で覆い隠してしまった。

「あ…や…オスカー…はずかしい…」

「嫌…か?」

あくまで穏やかに尋ね返す。自分は火のつくほどに彼女を求めてはいても、決して無理強いはしたくない。

「オスカーのことは嫌じゃない…けど…でも…」

迷いの見える返答。だが、自分への嫌悪や恐怖の匂いは感じられなかった。

「嫌じゃないのなら…俺は請い願う…どうか、俺に愛させてくれと…」

オスカーはアンジェリークの手をとり、その掌を吸うように口付けた。羞恥に竦む気持ちを、礼に叶った請い求めで解きほぐしたいと思う。

「あ…」

アンジェリークはきゅっと唇を噛むと、顔を僅かに横にそむけた。オスカーに愛撫されるのが嫌なのではない。逆にあまりに無防備に悦びを表してしまう自分に身の置き所がなかったこと、指での愛撫ですらこれほど反応してしまう自分が、口唇で愛撫されたら、身も世もなく乱れてしまうかもしれない…それが怖かった。

アンジェリークの身体は自分でも驚くほどにオスカーを受け入れていた。オスカーの愛撫はどこまでも優しい。なのに、自分に触れる唇は火傷しそうに熱い。優しさというオブラートに覆われた熱意が時折隠しようもなく垣間見える。自分を脅かさないようにそっと触れてくる指先の優しさに心を柔らかくほぐされる。ほぐれて柔らかくなった心にオスカーの隠し切れない情熱が唇から肌に伝わって身体の中まで染み入ってくる。気がつくと自分の身体も堪え切れないほどに熱くなっている。

今もこんなに熱いのに…自分を持て余して、戸惑うほどに熱いのに…これ以上あの唇に触れられたら…私、どうなってしまうのかしら…それが不安で心が少しあとずさった。

でも、嫌か?と問われたら嫌じゃない。オスカーの誠意がひしひしとわかるから。私の心と身体を解きほぐそうとしてくれる熱意と誠意をどうしようもなく感じるから。それがわかるから、私の身体もオスカーを受け入れているのだと思う…だから…

アンジェリークは黙ったまま瞳を閉じた。その身体に強張りや頑なさは見受けられなかった。

オスカーは明確な応えを待たず股間に顔を埋めた。アンジェリークは膝を閉じようとはしないでくれた。身体のどこにも余分な力は入っていない。それが何より明白な許諾と感じた。

間近で見る花弁はふっくらと豊かで、柔らかいのに瑞々しい弾力に富んでおり、ここに受けとめてもらえる至福を想像せずにはいられない。

アンジェリークの濃厚な蜜の香りが鼻腔を満たし、頭がくらくらする。この悦びの証は自分に応えてくれた証でもあると思うと一滴残らず舐めとってしまいたい。尖らせた舌先で秘唇の合せ目を僅かに割って何度も何度も丁寧に舐め上げた。

「ああっ…」

アンジェリークが困ったように頭を打ち振る。きらきらと金の髪が広がって光を弾く。

秘唇の合せ目に舌を差しいれる。尖らせた舌先が花芽に辿りついてそこを掠めるたびにアンジェリークの腰がひくひくと浮きあがる。そのさまに魅せられ、舌先で愛液を掬いとって合せ目の奥に隠れている花芽に塗りつけるように舌を動かした。

「あっ…あん…」

花芽全体を舐め上げるうちに、そこがぷっくりと膨らんできているのがはっきりと舌にわかる。彼女が性的に興奮していることは明かだ。思わず莢の下に隠れている宝珠の愛らしさを想像してしまう。

まだ早いだろう…か…

思うままに愛撫したという狂おしいほどの誘惑をなんとか今は断ち切り、オスカーは花芽全体に舌を回し、口に含んで軽く吸ってもみる。

「あんっ…」

アンジェリークの足の甲が綺麗な弧を描いて撓る。指先がピンと伸びる。

素直すぎるほどにアンジェリークはオスカーの愛撫を受けとり、悦びをもってそれに応えてくれている。

大切に大切に慈しまれ、まっすぐな愛を注がれてきたから、素直に悦びを表すことに躊躇いがないのだろう。というより、それが自然と身についているのだ。

ジュリアスが如何に大切にアンジェリークを愛してきたか、オスカーにはそれが手にとるようにわかる。心から大切に思いあう愛に満ちた営みに、常に深く充実した悦びを2人は感じ、それを等分に与えあい、分かち合ってきたのだろう。素直過ぎるほどに率直な悦びの表現は、それがジュリアスにとっても悦びであったからだろう。ジュリアスはアンジェリークにできる限りの悦びを感じ取ってほしかっただろうし、それを感じるままに表してもらえるよう限りない愛しさを込めて愛撫を与えていたのだろう。そしてアンジェリークは注がれる愛情を、そのまま悦びに変えてジュリアスに応えたのだろう。

作為のない反応に、2人の互いへの思いが…寸分も偽りの無い深い愛情が透けて見えるようだ。

数多くの女性と同衾してきたから、そのアンジェリークの素直な反応が如何に貴重なものかがオスカーにはよくわかる。

どれほどジュリアスがまっすぐな愛情を注いできたかも、その結果アンジェリークがこれほど伸びやかに花開いたのだということを、ひしひしと感じる。

恐らくジュリアス自身がアンジェリークに感じたことは感じたままに表すことを望んだのだろう。

感じるままを表してほしい、これは男に勇気と気概がないとなかなか言えるものではない。少なくとも短期的には自分の技術不足を思い知らされたり、そのことでプライドが傷つくこともあるのだから。

だがジュリアスは恐らく自分が世馴れていないことは率直に認めて、アンジェリークと2人で互いにとって良い方法を模索していきたいと考えたのだろう。

そのためにアンジェリークには実直なまでに感覚を素直に表してもらうことを望み、ジュリアスもだからこそアンジェリークの反応を引き出すべく、工夫も努力もし、それにアンジェリークはありのままに応えたのだろう。

アンジェリークも自身を偽る必要がないからリラックスでき、結果として悦びはより深いものになる。

自分が愛を注げば注ぐほどにより深い悦びを示すようになるアンジェリークにジュリアスが愛する男として奮起しない訳がない。

アンジェリークへの愛しさは増すばかりで、また、アンジェリークもそれを感じとって更なる悦びに打ち震えていたことだろう。

あんなことが起きるまでは2人は…2人でいる時は幸せな恋人同士だったに違いない。公にはなれずとも、明日をも知れぬ間柄であろうとも。逢瀬の一回一回が宝石のように貴重で輝かしいものだったことだろう。さだめのようにめぐり合い、愛しあい、その愛を確かめあえる幸せをどんな恋人たちよりも、深く強くしみじみと感じいっていたことだろう。

いや、自分自身も彼女を救うに救えなかった苦い経験から、彼女の掛け替えのなさを、彼女が生きて微笑んでいてくれることこそが自分の幸せであり、喜びであると改めて思い知ったように、止むに止まれず引き離されたことで、ジュリアスとアンジェリークも互いが互いの大切さ、愛しさを改めて再認識したかもしれない。

失いそうになったからこそ、大切にしたいという思いはより先鋭に研ぎ澄まされる。いま、ある種の極限状況に置かれているからこそ、何が最も大切なのかを否応なく考えさせられる。俺自身が雑多な感情の中から余分なものを削ぎ落とし自分は何を一番大切にしたいのか抜き取ったように、君も、先延ばしも選択の併存も許されない今だから、自分が最も大事にしたいものを見極めざるを得なかったのではないか?

いつかは来ると覚悟していたはずの永久の別れを実際にそして突然眼前に付きつけられ、すんでのところでそれをかわした君だからこそ、ジュリアス様への思いも一層強く、激しいものになったのではないか?

君が今こうして俺の腕の中にいるのも、突き詰めていえばジュリアス様を思ってのことなのだと俺は感じている。君がそうせざるを得なかった訳もまた…

立場を置き換えてみればよくわかる。自分の恋人が心の傷に苦しんでおり、その傷が他者との情交で軽減するかもしれないと思えば…俺以外の人間と寝るのは許せないから彼女にずっと苦しんでいろと、過去の傷は我慢しろなどと俺は言うのか?言わないだろう。心からそうした方がいいと言えればそれでいい。だが彼女が楽になると思えば、例え灼けつくような嫉妬や独占欲が生じてもそれを無理にでも飲み下し押し込めるだろう。

だが、わかっていても苦しいだろう。その苦しさは容易に想像がつく。そんな二者択一を迫られた時の憂悶はいかばかりか、そんな選択を迫られる事自体が辛いということもわかる。だから、君は、ジュリアス様にそんな選択をさせずに済むよう黙って俺のもとにやってきたのだろう?恐らくこの事実を一生抱えこむ覚悟とともに…

そして君は俺のことを信頼してくれたこそ、俺に身を委ねてくれているのがわかる。俺の愛撫に響く様に応えてくれているのも、俺を信じてくれているからだと感じる。

黙契とでも言うのだろうか…互いに口に出さずとも通じるものが俺と彼女の間に確かにあるのだ。君がジュリアス様のために俺に身を任せていることも、その事は念押しなどせずとも、されなくとも、俺も彼女も一生胸に秘めておくだろうことも…それは恋情ではないが、確かに俺と彼女の心の結びつきなのだと感じる。

だから、余計に強く思う。どうか、何も心配しないでくれ、何も気に病まないでほしいと。俺の前では何も隠さないでいい、何の遠慮もしなくていい。例えそれがネガティブな物であっても…俺を気遣うあまりに偽りの感情を見せなくていい。俺はどんなものであれ、君をありのままに受けとめる、受けとめてみせるから。だから…どうか、何もかも忘れるほどに自分を預けてほしい、曝け出してほしい。自分を丸ごと預けてくれていい。その開放感に酔いしれてほしいと切に願って止まない。

オスカーは思いきったようにアンジェリークの花芽をきゅっとひっぱるように持ち上げ、中に隠れている宝珠を徐に口に含んだ。そのまま舌先を柔らかく上下させてねっとりと小さな突起を舐め上げはじめた。

「あああっ!」

アンジェリークがのけぞった。背中が綺麗な弧を描いてそりかえり、白い喉が露になった。

反応は期待以上だった。

そうだ。もっともっと酔いしれて欲しい。感じるままに。思うままに。何もわからなくなるほどに…

この世のどんな宝玉より貴重で愛らしい紅色の珠だ。心行くまで慈しんでやりたい。尖らせた舌先でちろちろと弾き、円を描いて舐め回し、こそげるように微かに歯をあててちゅくちゅくと愛液ごと吸う。こりこりとはじけるような弾力を唇に挟んで堪能する。

「あぁっ!」

アンジェリークの腰が別の生物のように跳ねまわる。それでもオスカーはぐっと腰を抱えこんで尚も濃密な愛撫を続けようとした。

「あああっ!だめ!もう、だめ!オスカー!」

自分の名前を呼ばれて、オスカーは一度顔をあげた。

アンジェリークは眦に涙をためて呼気を荒げている。

「…唇で愛されるのは…いやか?」

「あ…だって…怖い…」

「俺が怖いか?」

「…違う…怖いのはあなたじゃない…私は自分が怖い…痺れたように…自分が溶けて流れそうになってしまって…それで急に怖くなってしまったの…」

オスカーは身体をおこしてアンジェリークをそっと抱きしめ髪を撫でた。

「どうして怖いと思う?自分を見失うことが…」

「え?…どうしてって…あ…私…なんで怖いと思ったのかしら…オスカー…あなたのことは怖くない…本当よ?あなたは優しい…優しいのに熱い…熱くて激しい…でも、その激しさに竦んだんじゃない…と思う…」

「アンジェリーク…」

宥めるように背中をなでさすり、軽いキスを落す。

「あ…?なに?」

「俺は…君の事を知っている…君の気持ち、君の想いがどこにあるかもわかる気がする…だから、俺には何も隠さなくていい、何も気にしなくていい、遠慮しなくていい。いやなことも…気持ちいいことも…全て感じるままに表してくれ、何も俺には隠す必要はない、俺は…なにもかもそのまま君を受けとめる…だから何も怖がらなくていい。どんな君でも俺は抱きとめる。」

「オスカー…」

「大丈夫だ。感じるままを、ありのままを表に出して。だから…これも…嫌だったら嫌と、でも、もし、心地良かったら…そのまま怯まないで…自分の障壁を払って…自分を見失っても怖れなくていい。俺がずっと側にいる。俺が必ず君を守る…」

「オスカー…オスカー…」

声にならなかった。何故だろう、オスカーの言葉は胸の奥深くに響いてくる。なにか、とても懐かしい慕わしい気持ちが滾々と涌いてくるような気がする。

「抱きしめても…いいか?」

堪え切れずにアンジェリークは大きくしゃくりあげ、声を発せないから黙って頷いた。

途端に息も止まるほどに抱きすくめられた。一瞬身動きがとれなかったが、アンジェリークはそのことでパニックに陥るようなことはなかった。オスカーは自分の自由を封じたいのではないと、理屈でなくわかったから。

抱きしめられながら暖かいキスが振ってくる。すぐ唇は首筋を降りていく。乳房に唇が押し当てられる。先端に恭しく口付けられ、挨拶するように吸われる。図らずも甘えたような声をあげてしまう。

そのまま腹部を滑っていく唇。アンジェリークはオスカーの唇が目指すところを知っている。でも、もう怯まない。尻ごみしない。オスカーが自然に体をずらしてくる。足を割られる。心に刺しこむ羞恥。わかっていても慣れることは永遠にないのかもしれない。ジュリアスにも足を割られる度に、心が震えた。でもそれは甘い期待もきっと等分にあるから起きる震えなのだ。

ああ、そうだ。オスカーの言葉になぜ泣きたくなるほど胸に込み上げてくるものがあったのか。表現も言葉も違うが、ジュリアスも似たようなことを言っていたからだ。ありのままの私でいてくれと。それが嬉しいのだと。そんな私を自分が必ず守るからと言ってくれた。

どうして、こんなに心に響く言葉をオスカーは私にくれるのだろう。なのに、私は何も返せない。あなたの優しさを一方的にもらうだけで申し訳ない。だから…せめて、感じるものをもう怖れないようにしよう。感じるままに示そう。そんなことくらいでしか、私はあなたの優しさに応える術がないから。

そう思った時、暖かな舌が自分の内部に、それも今までになく奥深くまで入ってくるのを感じた。

「んくっ…」

オスカーの舌が襞の隅々を探るようにぬめぬめと蠢いている。やるせなく狂おしい羞恥が心を灼く。恥かしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。

でも、恥かしいと思っていられたのは、この僅かな間だけだった。

オスカーの指がぐっと秘唇を押し広げる感覚にあっと思ったときは、剥き出しにされた珠にまた舌を宛がわれていた。暖かい舌が固くしこった突起を転がし始めた途端、思考は弾けて溶けて流れだす。閉じた瞼の裏は真っ白になってしまう。

「はぁっ…あっ…あんっ…」

もう何も考えられない。全身の感覚が股間の一点に集中している。そこだけが痛いほどに鋭敏で、他の部分はぐずぐずに溶けてしまったみたいに力が入らない。オスカーの舌が紡ぎ出す圧倒的な快楽の色に染め上げられ翻弄される。時折オスカーが喉を鳴らして突起を吸う瞬間、鋭い快楽からは解放されるが、その分圧倒的な羞恥に我を失いそうになる。

「あああ!や…もう…」

物欲しげにせり出す腰を抑えられない。足ぶみしている自分がもどかしい。でも、まだ、なにか思いきれない、あと1歩登りたくても登ることができずに、気が狂いそうだ。

オスカーにもアンジェリークの焦れが否応なく伝わってくる。

アンジェリークが夢中で求めている。応えてやりたい。思いきれず、登り切れずにいる彼女を押し上げてやりたかった。

今すぐ貫いてしまいたい。秘裂は潤びきっている。思いきり貫けば、多分彼女はあっけないほど簡単に登り詰めるだろう。数多くの経験がオスカーにそう語りかけてきた。

しかし、オスカーは渾身の精神力でまだ踏みとどまっていた。なし崩しのように、流されるままに彼女と結ばれるのが目的ではないのだと、必死に耐えた。彼女と自分が愛を確かめあうための情事なら、オスカーも迷わず貫いていたと思う。だが、自分が彼女を愛撫するのは、アレとの違いを肌身で感じてもらうためなのだ。彼女が登り切れないもどかしさに焦れていたとしても、それは、自分が押し入っていいということとは違う。彼女が自分を完全に受け入れることを、感覚的に許せるかどうか、まだ、オスカーにはそこまで思いきって行動に移す自信がなかった。

でも、彼女の焦れをなんとかしてやりたい。だから思いきって指を差し入れた。同時に珠に微かに歯をあてたまま舌先で激しく嬲った。

「くぅっ…ん」

アンジェリークが悩ましげな声をあげる。せがむような強請るような甘えが声に色濃くにじんでいる。

指に絡みついていくる柔襞の感触に言葉を失う。指をぐっと曲げて肉壁を探るように擦りながら、自分自身もまた夢中で彼女の宝珠を舐る。愛撫で満足させてやれたらと思う気持ちと、もっと、自分を切実に求めて欲しいと思う気持ちと。オスカーにはどちらも真実だ。もっと求めてもらえたら…その甘美な想像をどうしてもオスカーは振り払えない。

だが、その激しい愛撫は、アンジェリークの身を更に激しく炙ってしまう。

熱い、やるせない、オスカーが触れるほどに飢え?渇き?何か足りない気持ちが膨らんで押しつぶされそうになる。もう、耐えられない…

「オスカー…おね…がいっ…私…わたし…」

苦しい息の下で訳もわからぬままオスカーに懇願した。何を願っているのか自分でもわからなかった。

求められている。彼女は明かに力強く自分を押してくれる何かを求めている。

オスカーは身体を起こし、蜜をしとどに零す秘裂に己を宛がおうとし、それでも一瞬逡巡した。

彼女は真実俺を求めてくれているのか?

いや、情欲の炎に炙られた上での求めでもいい。彼女が我を失っていても、『俺自身』を求めているのではなくても、少なくとも、俺の愛撫に酔ってくれたことは確かなのだから。

そう思おうとした。それで満足すべきだと思った。だが、確かめたかった。確かめずにはいられなかった。

アンジェリークの手を取り、痛いほどに張り詰めた自分自身に導いた。

それに触れた途端、アンジェリークの身体がびくんと震えた。

「や…」

熱い…固い…これ…自分にあの恐ろしい苦痛を与えたもの?いや…こわい!

アンジェリークは蘇る恐怖の記憶に飲みこまれそうになり、思わず瞳を開いた。目の前に切なげにそして、これ以上はないほど切実に自分を見下ろすオスカーがいた。オスカーは自分の手を導いただけで、それ以上は一切力を加えていなかった。ただ、手を沿えているだけだった。

「アンジェリーク…これが俺だ…俺自身だ…俺を欲してくれるのか?本当に俺を受け入れてくれるのか?俺は…それを望んでもいいの…か?」

その、苦渋に満ちた祈りにも似た言葉を聞いた時、オスカーの剥き出しの心にアンジェリークは初めて触れた気がした。同時に激しい衝撃を受けた。

私がオスカーをオスカーとして受け入れられるか怖かったように、オスカーも…オスカーも自分自身がありのまま私に受け入れられるかどうか、不安だったの?

それでも、私のことを思って、そんな素振りは今まで一切見せずにいてくれたの?

私を安心させるために…あなたを受け入れられないかもしれない私ですら、そのままうけとめようとしてくれていたの?でも、本当は…あなたの本当の気持ちは…

オスカーの瞳が涙の色のように思えたのは何故?寂しく哀しそうに見えたのは何故?今ならわかるような気がする。今漸くわかったような気がする。

オスカー…オスカー…私…あなたの優しさに甘えっぱなしで…あなたは強くて優しい人だと思ってたから…実際あなたは強くて優しくて…でも、だからといって傷つかない訳じゃない、不安がない訳じゃないのに…

そうよ、自分自身をそのまま受け入れてもらえず、全くの他人と混同されたら…自分は自分なんだといくら言ってもわかってもらえなかったら…例えそれが無意識であっても、どうしようもない心の動きであっても…それに私自身が苦しんでいたからといって、オスカーが苦しまない訳がないじゃないの!苦しくて哀しくて当たり前じゃないの!自分を自分として認めてもらえないのだから…信じてもらえないのだから…ましてや自分の姿に怯えられて…『何をするかわからない、恐ろしい存在』だなんて思われてるとわかって傷つかない訳ないじゃないの!

それでも、オスカーは私が苦しんでいるのを知っていたから、自分の辛さは押し殺して、我慢して、私を楽にしようとしてくれて…

オスカー…私…あなたの辛さ、今やっとわかったような気がする…あなたを…オスカーをオスカーとして受け入れることで…あなた自身を受けとめることで、救われるのは私だけじゃないのかもしれない…

「オスカー……私…オスカーが……オスカーに来てほしい…」

アンジェリークはオスカーの物から手を離さずに、自らいとおしむように指を絡ませた。

「アンジェリーク…俺の名を…呼んでくれるの…か?」

オスカーが驚いた様に目を見張った。

「オスカー…来て…私に教えて?もう迷いがなくなるように。オスカーはオスカーなんだって、私に教えて?私にオスカーを感じさせて…」

「アンジェリークっ…」

ぶつかるように唇が塞がれた。同時に燃える様に熱い雄渾のものがアンジェリークの中心を貫いた。

 

蕩けるような愉悦に声も出ない。

アンジェリークの熱い柔襞が自分の物を柔らかく隙間なく包みこんでくれている。きゅうきゅうと、やわやわと蠕動する肉襞は限りなく柔らかく優しく、それでいて物狂おしいほど熱い。

これほどの歓喜、これほどの法悦は生まれて初めてだと断言できる。アンジェリークと今、確かに自分は別ち難く繋がっているのだと思えるからだろうか。単なる肉の快楽だけで、これほど魂が震えるはずがない。

そう思いながらも勢いに任せて、思いきり腰を打ちつけたい、自分自身を思いきり刻み付けたいと思う。

だが、この甘美な一時を可能な限り引き伸ばしたい。いつまでもいつまでもこのまま1つに繋がっていたい。

オスカーの心は2つに引き千切れそうだった。

あまりの至福に狂いかけているのかもしれないと、冷静に考える自分もいる。

それでも、今この時が夢幻となって消えないように、この腕に閉じこめた白い柔らかな身体が現実なのか確かめたくて、アンジェリークの全身をまさぐるように抱きすくめる。

「アンジェリーク…」

名前を呼んで確かめずにはいられない。これは自分の願望が生んだ幻ではないのかという疑いがどうしても拭えない。

「オスカー…」

アンジェリークがオスカーの背中を確かに抱き返してくれた。不覚にも涙が零れそうになる。

「アンジェリーク…俺を感じるか?」

「はぁっ…あ…ええ…オスカー…これがオスカーなの…ね…」

アンジェリークは自分の胎内で確かにオスカーを感じていた。オスカーは挿入したきり全く動かず自分を抱きしめているだけだ。それでも、自然と呼気が荒くなるほど、その量感に心がざわめく。

アレが同じ肉体の持ち主なら、これも同じものの筈だった。が、全く感触が違う。これが同じ肉体の筈がない。それほどに受け入れた感覚は異なっていた。オスカーの言葉が更なる真実味をもつ。同じように…見た目は同じようにオスカーの肉体を受け入れたからこそ、これほどの違いを心底実感できるのだと、改めて感じた。

アレが無理矢理押し入って来た時、自分の身体は2つに引き裂かれたと思った。実際裂傷を起こしていたかもしれない。あまりの苦痛に失神しそうになり、しかし、容赦なく傷口をこじ開けるような動きに無理矢理我に返される。気を失いそうになりながら、新たな苦痛がそれを許さない。同時に感じるおぞましい舌と指、何をされているのか見るのも嫌だった。

確かに物理的な量感は似ているかもしれないとふと思う。でも、あの時の息もできないほどの異物感は苦痛でしかなかった。無理矢理身中にねじ込まれた異物は、違和感などという言葉では済まない苦痛をもたらし、一刻も早く抜き去ってもらいたいのに、でも、それはいくら願っても叶わなくて…身体の最も深いところに突き刺される、時に鋭く時に鈍い喩えようも無く後味の悪い痛みの記憶に怖気立つ。

全然違う…本当に…同じ人間の筈がない。ただ、その違いを思い出してしまったため苦痛の記憶も今一緒に蘇ってしまった。

ぶるっと震えたのがオスカーに伝わった。

「アンジェリーク?」

「…オスカー…お願い、私をしっかり抱いて…」

「ああ…いくらでも、望むままに…」

「ごめんなさい…全然違うって思ったら…あの時の事を…あの痛みを思い出してしまって…」

オスカーが気遣わしげな視線を落す。

「今も…辛いか?俺の体が君に辛い記憶を呼び起こしてしまうか?」

「いいえ、いいえ…お願い、このままで…だって、本当に違う…今、オスカーが私のなかにいてくれるから…はっきりわかるの、全然違う…あの時は、あんなに嫌で、苦しくて、痛くて…辛かったのに…オスカーの身体は…暖かい…心地いい…」

自分の内部を今占める量感は硬質で圧倒的だから、本当は今も苦しいといえば苦しいとも言える。無意識に喘いでしまうような苦しさ。でも、決して苦痛ではない。いつまでも受け入れていられると思う。

だからオスカーを見上げて、安心させるようにほんのりと微笑みかけた。

その途端、オスカーの眉が苦しげに顰められた。

「アンジェリーク…俺は…もう…」

きつく抱きすくめられた。いきなり思いきり突き上げられた。

「きゃぅっ…」

その突然のあまりに激しく重い衝撃に思わず高い声が出た。

オスカーがゆっくりと引き抜き、またすぐさま渾身の力で突かれた。そのまま激しいリズムで腰を打ちつけられる。オスカーの物が自分の奥を突き上げるたびに、声が抑え様もなくあがってしまう。全身を貫く圧倒的な悦楽に意識の輪郭があいまいになっていく。

「あっ…ああっ…あん…はぁっ…」

オスカーはその甲高い嬌声に律動を更に力強くする。アンジェリークを抱きしめた腕の力をどうにも緩められない。

俺を受け入れても負の感情は生じないようだった。それどころか自分の身体を暖かいと、心地良いと言ってくれた。許容するように微笑みかけられて、無理矢理抑えつけていた箍が音をたてて外れた。抑えていた分、解き放たれた想いは留まる所を知らずまっすぐに彼女に注がれる。疾風の如く怒涛の如く。

「アンジェリーク…アンジェ…俺を…俺の名を呼んでくれ…どうか…」

「あっ…ああっ…オスカー…」

「アンジェリーク…俺を感じてくれ…この俺を…紛れもない俺自身を…」

「あぁっ…オスカー…オスカー!」

「アンジェ…アンジェ…」

うわごとのように名前を呼びながら、首筋に舌を這わせる。アンジェリークが感極まったようにオスカーにしがみ付いて肩に歯をたてた。

「くっ…」

ずっと肌を隙間なく合わせていたかったが、自分の方が堪えられそうになかった。無理矢理に身体を起こしアンジェリークの膝を立たせてしっかりと抱え、ねじ込む様に腰を打ち出す。

「はあああっ…」

アンジェリークがやるせなげに首を打ち振る。

「アンジェリーク…俺を…感じるか?」

「あぁっ…オスカー…私…私…」

「もっと…もっと感じてくれ。俺を…俺の…」

オスカーは苦しそうに口を噤んだ。俺の思いを感じてくれ、俺のアンジェリーク…言葉にできぬ思いが逆巻いて胸に溢れ、出口を求める。伝えることのできぬ言葉の替りに、オスカーは更に律動を速める。

「オスカー…オスカー…」

アンジェリークがすがる様に腕を伸ばしてきた。誘われる様に身体を倒してアンジェリークに覆い被さる。

そんなオスカーの首に腕を回して、アンジェリークは自分からオスカーに口付けた。

「オスカー…来て…もっと…もっと感じたい、あなたを…」

「っ…アンジェ…」

オスカーはアンジェリークの膝の下に腕を回して抱えこむと思いきり体重をかけて、自身を打ち付けた。そのまま、アンジェリークを壊さんばかりの勢いで激しい律動を仮借ないほどに繰り出す。

「くああああっ!」

アンジェリークが苦しげに切なげに喘ぐ。だが、もう遠慮はしない、止まることもできない。アンジェリークを愉悦の彼岸に押しやるまでは。

自分を感じたいと言ってくれたアンジェリークの気持ちに、せめて限りない悦びで報いたい。

この身体で、この為し様で、君を大切に想う気持ちを、少しでいい、感じとってもらえたら、と願わずにはいられない。

「オスカー…オスカー…もう…もう…私……」

苦しげな吐息、息も絶えんばかりの風情、紅潮した頬、汗にぬれる額、麗しく顰められた眉、何もかもがこの上なく愛しく、慕わしく、美しかった。

「アンジェ…アンジェリーク…」

思いきり、可能な限りの早さと激しさと深さで腰を打ち付けた。

「あああっ…オスカーっ…」

「くぅっ…」

快楽が積もりに積もった末に自分自身がパンクするみたいに弾けた。喩えようもない開放感に涙が零れた。身体は無秩序に小刻みに震えた。

同時に身中に流れこんできた熱い迸り。意図的なものなのか、無意識なのか、炎のサクリアがオスカーの命の証とともにアンジェリークの中に流れこみ、身体の内側から全身に染み渡っていく。

『熱い…燃えるよう…でも…すがしい…体が、心が浄化されるよう…無理矢理つけられた傷跡が綺麗に焼き払われるような…忌まわしい思い出を焼き尽くしてくれるような…そんなオスカーの思い…オスカーの力…』

オスカーの炎のサクリアが身体の中心から肌にむかって拡散していく。とても綺麗な炎が全身を舐めつしていくかのよう…私の身体と心についていた澱が…無理矢理なすりつけられた澱が焼かれてぼろぼろと剥がれて落ちていくかのよう…

炎の力は確かに破壊と再生の力だと身をもって感じられる。だって、オスカーの炎が辛い哀しい記憶を焼き払ってくれる。熱い炎が私に無理矢理刻み付けられて傷跡を鋳なおしてくれたよう。

私…もう、大丈夫、きっと大丈夫、だって…最後までオスカーだって感じられた、微塵も疑いも、迷いも嫌悪をも、涌かなかった。最後までオスカーがしてくれたからこそ…感じられたこと…

ジュリアスのためと思って選んだことだった。でも、それだけではない。自分の表面にこびりついた汚いものを焼き払ってもらうことで自分自身も確かに救われ癒されたのだと心から感じられた。

アンジェリークは自分に倒れこむように体を預けているオスカーの頬に手をあてた。

「オスカー…ありがとう、ありがとう…オスカー…私、なんてお礼を言ったらいいのか…」

「違う…アンジェリーク…礼を言うのは…俺の方だ…」

「オスカー…」

オスカーの瞳から一条の涙がこぼれていた。

「ありがとう、俺を受け入れてくれて…俺を俺だと認めてくれて…俺は…俺は…」

情けないと思ったがあとは言葉が続かなかった。

自分ではなぜ涙がでるのかよくわからなかった。

確かに彼女の秘裂がきゅっと収縮し細かく震えた瞬間、言葉にできないほどの幸福に酔いしれた。その瞬間、心の望むままに自身を放っていた。無意識の内にサクリアも思いきり解き放っていたような気がする。

あの一瞬、確かに自分と彼女は1つに交じり合えたような気がした。

躊躇いを棄ててくれた。感じるままに求めてくれた。それだけでもたまらなく嬉しかったのに、彼女は自分の腕の中で意識を翔ばしてくれた。あまりの幸せに頭がおかしくなりそうだった。それは確かにそうなのだが…

俺が彼女を満足させてやれたからか?それだけじゃない。そんな単純な感情じゃない。彼女が俺を受け入れられたから、もう混同から動揺する怖れがなくなったからか?それでも足りない。それなら嬉しくはあっても、心が震えるほどのこの感動が上手く説明できない。だが、喜びの原因は明白だった。彼女が俺を受け入れてくれたことだ。だからそれを腕のなかの彼女に告げた。告げずにはいられなかった。

「アンジェリーク…俺を信じてくれて…心を開け放してくれて…俺は嬉しかった…俺を俺として受け入れてくれて…本当に嬉しかったんだ…俺は…」

すると、アンジェリークは突然泣きそうな顔でオスカーにむしゃぶりついてきた。

「オスカー!ごめ…なさいっ」

「な…どうし…」

「っ…ごめんなさい…オスカー…私、あなたをあなた自身だと信じられないことで、どれほどあなたを傷つけていたか…どれほどあなたを傷つけ苦しめていたか…何もわかっていなかった。あなたが、自分を受け入れてくれるのか?って私に聞いたとき、私、初めてわかったの。私があなたをあんなものと間違えてしまうことで、あなたをどれほど傷つけていたか…あなたが私に酷い事なんてするわけないのに、あなたの姿に怯えてしまうことで、どれほどあなたを苦しめていたか…本当にごめんなさい…なのに、私を助けようと自分の辛さは我慢して…本当にありがとう、そしてごめんなさい…オスカー…オスカー…」

そのアンジェリークの告悔にオスカーはしばし言葉を失った。頭を殴られたような衝撃を覚えていた。

「アンジェリーク…そうか…そうだ…俺は…」

今、アンジェリークに言われてオスカーは自分もまた傷ついていたのかもしれないということを、この時初めて自覚した。

そうだ…確かに自分は傷ついていたのかもしれない。傷つくとまでは言わずとも、哀しいとは感じていたのかもしれない。

自分があのおぞましい偽ものと混同されてしまっていた事実、自分は彼女に決して危害など加えないのに、そうは信じてもらえないこと。それは状況を考えれば仕方ない事で、しかも、アンジェリークの心の傷はあまりに深く痛ましかったから、自分もまた、そのことで苦しんでいたという自覚は本当に今の今までなかった。

だが…そうだ、考えて見れば、俺は俺だと言うことをいくら声高に叫んでも、わかってもらいたくても、混同されてしまうこと。俺自身が彼女に無体な事など決してしない、するわけがないのに、怯えを示されていたこと、仕方ないのだが、無理もないのだが…それを信じてはもらえなかったこと。その事実に、自分は確かにどうしようもなく哀しかったのかもしれない。俺は俺なのだと叫びたいほどに。

ただ、彼女の苦しさを思えば、こんなものは苦悩でも苦痛でもない、そう心から信じ感じていたし、実際にそうだと思うから、今、アンジェリークに言われるまで、混同されることを自分が哀しく感じていたことにすら気付いていなかった。

だが、だからこそ、彼女に自分は紛れもなくオスカーであると認められ、丸ごと受け入れられたことが、涙がでるほど嬉しくありがたいことなのだと、はっきりわかった。彼女を愛しているから、どんな形であれ、彼女と結ばれたから嬉しい。もちろんそれも抜き難くあるのだろうが…それよりも、彼女に自分を丸ごとありのままに受け入れてもらえたこと、自分オスカーは世界にただ一人のオスカーでしかないことを心底感じて受け入れてもらえたことが慰藉なのだった。それは、自分オスカーという人間に全幅の信頼を寄せてくれたからだということが何よりも嬉しいのだと思った。

ああ、そうだ…だから、俺は無意識のうちにサクリアも一緒に迸らせたのだろう…俺が俺自身であると何よりも雄弁に語ってくれるものを、叩きつけるように彼女に向けて放ったのは、俺自身を受け入れてもらいたいという切望であり咆哮でさえあったのかもしれない。

「アンジェリーク…君が謝ることはない。それなら、尚更俺は礼を言いたい、俺を…アレが俺と同じ外見・肉体を持っていたのは事実なのに…俺を俺自身だと認めてくれ、そのまま受け入れてくれて…俺は感謝の言葉もない、俺は…そうだ…今言われて気付いた。確かに哀しかったのかもしれない。アレに見間違われることに、自分が自分であると認めてもらえないことに…」

「オスカー…オスカー、ごめんなさい、本当にごめんなさい…私…自分が苦しくて、苦しくて仕方なくて…あなたの苦しさまでわかってなかった…本当にごめんなさい…」

「いいや、君の方が俺には比べものにならないほど苦しかったのだから。それなのに、君は、俺を救ってくれた。俺は…君を抱くことで君の心を少しでも楽にできないかと思った、それは本心だったが…君が俺を受け入れてくれたことで、救われたのは俺のほうだったんだ…ありがとう、アンジェリーク。俺のこの、無茶な提言を受け入れてくれて…俺を救ってくれて…本当にありがとう…」

「ううん、私、オスカーに助けてもらってばかりで…こんなにあなたを傷つけてしまっていたのに…オスカーは本当に優しくて…ずっと優しくて…ありがとう、私こそなんてお礼を言ったらいいのか、わからない。私、本当に心の底からわかったの、感じられたの、あなたに抱かれたから、心の底から実感できたのよ…あなたはあなたなんだって。この世にこの人は一人しかいないって。それに…あなたのくれたサクリアが私の身体を内側から清めてくれたみたいに感じるの…ありがとう、オスカー…私を抱いてくれて…本当にありがとう…もう、私、あなたを…多分ランディも、もう別の物と混乱したりしないで済むと思う…私、あなたになんてお礼を言えばいいのか…本当にありがとう…」

「………」

オスカーは黙ってゆっくりと首を振った。言葉にできない感情に全身を満たされ、その感情を持て余すように迷いながらアンジェリークの体を黙って抱き寄せ、しっかりと抱きしめた。彼女は抗わずに身を添わせた。

夜が明けるまでに彼女を部屋まで送っていかねばならない。それが頭でわかっているのに今はどうしてもこの腕の力を緩められない。いや、夜明けには絶対手放さなくてはならないと知っているからこそ、今、手放し難いのだ。

このまま夜明けまで彼女と一緒にいられるなら…彼女が承知で自分自身を受け入れて一緒にいてくれるなら…俺にはもうこれ以上に望むものは何もないと、強がりでなくそう思えた。

アンジェリークの意を問うように瞳を覗き込んだ。

アンジェリークも黙ったまま信頼に満ちた瞳でオスカーを見つめ返している。翡翠の瞳にはもう逡巡や怯懦の色は微塵も見えない。

オスカーは思いきって尋ねた。

「アンジェリーク…今しばらく…今だけ…このままでいてくれないか…」

アンジェリークは黙ったまま頷いた。

するとオスカーが切なそうに瞳を細めた。でも、その瞳は哀しそうではなかった。肌と肌を隙間なく触れ合うように抱きすくめられた。

アンジェリークの胸中は言葉では尽くせぬ感情で溢れそうだった。感謝と信頼が最も近いが、それだけではとても言い表せないものがあるような気がする。言葉にしようとするとありきたりで薄っぺらになってしまう、自分の感じていることの10分の1もうまく伝えられないような気がする。こうして黙って寄り添っているほうが、オスカーに自分の気持ちが伝わるような気がするのは何故だろう。

そして、オスカーは自分の腕の中で寛ぎ安心しきっているようなアンジェリークの姿に言うに言われぬ幸福感を覚えていた。

彼女がもう俺と俺の影を混同することは恐らくないだろう。雛鳥のように、子猫のように自分を預けてくれている彼女の様子に無条件に安堵が込み上げてくる。愛しく慕わしいと思う以上にだ。

これで俺がいつ彼女を置いて聖地を去ることになっても、それほどの憂慮はいらないだろう。

彼女の精神が安定すればジュリアスとの関係に懸念もなくなるだろう。自分との行為は、いわば傷口を炎で焼いて無理に血止めして塞いだようなものだ。しばらくはまだ傷跡も疼いて当然なのだ。だが後は変わらぬジュリアスの愛情がゆっくりでも着実に彼女の傷を癒してくれるだろう。彼女は寂しさを感じさせない笑顔を程なく取り戻せるだろう。

そして自分自身も救われた。自分をありのまま彼女に受け入れてもらえたことで、自分もまた彼女に救われたのだ。

だから、俺にこれ以上の幸福はないと、オスカーは虚心に思えるのだった。

そう思って彼女の華奢な体を抱いた。

このたおやかな感触を、この幸せを生涯忘れることはないだろうと思いながら。


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