Before it's too be late 2

リモージュ氏は娘であるアンジェリークに話しかけているのであって、意見を求められているのは俺ではない、わかっている、そうとわかっていてなお、オスカーは黙っていられなかった。

「Mrリモージュ、あなたのお嬢さんは、そんな女性ではありません。それは父親であるあなたが誰よりご存じのはずだ」

アンジェリークの人間性を僅かでも貶めたり、疑ったりする言葉をオスカーは聞くに耐えない、聞き逃せない。その言葉が彼女の実父から発せられたものであったもだ。横から親子の会話に割って入るなど、ですぎた振る舞い、ひどい不作法だとわかっていても、彼女の名誉を貶しめるような言葉を、オスカーは、そのままにできないし、してはいけないと思う。愛する女の名誉を守れずば、男として、あまりにふがいない。

が、オスカーはとことん感情を押し殺し、『彼女の魂の高潔さを、父であるあなたがわからないのか、わからないはずないだろう!』という憤りは、決して表には出さない。抑制を利かせた声音で、静かに、簡潔に訴えるのみだ。

自分のことや実家はなんと言及されようと構わない、慣れっこであるし、仕方ないとも思っているからーではない。激昂し我を忘れることは、俺以上に彼女の立場をなくし、父が娘に抱く信頼を損なう行為だからだー俺が容易く頭に血が昇る、感情の抑制が効かない馬鹿男だとみなされれば、そんな男を選んだ彼女が軽んじられる。

オスカーの抑えた声に、アンジェリークも我に返る。実父の冷たい言葉が衝撃となって、一瞬、呆然としてしまったが、アンジェリークはオスカーの人となりを、父に知らしめるべく、懸命に言葉を探して紡ぎあげる。

「パパ、私、オスカー先輩のご実家のことは…ご実家が何をなさっているかは、私が、オスカー先輩に恋した後に知りました。そして、私のオスカー先輩を好きって気持ちは、ご実家のことを知って、より、強くなったけど、それは、ご実家が大財閥だからじゃない。オスカー先輩の抱えるものを僅かだけど理解できるようになって、それでも、いつも優しく強く勇敢なオスカー先輩に…いわれのない偏見や困難に負けず、むしろ、真正面から立ち向かい、高邁な理想を自分の手で実現すべく戦っていこうとするオスカー先輩をとても立派で高潔な方だと思って、より惹かれました。そして、そんなオスカー先輩のお力になりたい、少しでも支えになれたら、と思ったの。もちろん、オスカー先輩が、大企業の御曹司らしいってことは、前から聞いてましたけど…そういう方はスモルニィには、他にもいますし、ご実家のことを知る前から、私は、オスカー先輩に惹かれてました…」

「だがな、世間一般には、そんなことはわからんのだよ、アンジェ。君は…君たちは、これから知り合う人一人一人に『私はお金目当てで、この方と交際してるのではありません、クラウゼウイッツの実家のことを知らない時に恋に落ちてましたから』なんて言っては回れん。特に、この子を直に見知らぬ人間には…この子を一公僕の娘という記号でしかとらえない人間は、君と交際するこの子を、玉の輿とか、うまくやったと下卑た目でみなすこともあろう、いや、その恐れは多大にある。しかも、オスカー君、君のご生家は、財閥とか大富豪といわれる中でも武器商であり、武器商という仕事には、どうしても少なからぬ偏見がついてまわる。それは、いかんともしがたい」

「わかっています。リモージュ氏の御懸念、ご心配は尤もなことだと思います。実際、俺は…だから、彼女に…お嬢さんに愛を告げるまで、悩み、迷い、一時は己の気持ちを無理にでも封じようとしました。アンジェリークは、快活で聡明で、優しく温かく美しい心をもつ、輝くばかりの…俺には眩しいばかりの存在で、俺は、どうしようもなくお嬢さんに惹かれてゆきましたが…一方で、彼女にこの俺の思いを、愛を告げれば…俺の関わる汚い世界に彼女を引きずりこんでしまう、俺が陰ひなたに受けてきた侮蔑を、彼女も浴びせられてしまうかもしれない…そんなことは許されない、俺には耐えられないことでした…彼女を真剣に愛していたからこそ、俺は…彼女は俺と拘わらないほうがいい、その方が彼女は幸せだ、自分の思いは告げるべきじゃないと、考えたこともありました…でも、それは単なる独善だった…俺が、良かれと思って最初に下しかけた結論は、彼女の意思を軽んじ、侮ることに通じると友人から指摘され、俺は、まさに目から鱗が落ちた思いでした。俺は彼女を一人の人間として尊び、彼女に敬意を払っているつもりでした。でも、ならば、彼女の意思を、判断を、決意を尊重して然るべきだった。幸せだっておなじことだ。彼女が何を幸せと思うか、それは彼女自身が決めるものです、俺の独断や独りよがりの価値観で彼女の幸せが何かを決め付け、断じることじゃない。俺が、彼女の幸福の在処を勝手に決めてしまう権利など、どこにもありはしません。でも、俺は、そんなこともわからず、それこそ鼻もちならない独善で、彼女を傷つけてしまったこともあります、その事は、今も申し訳ないと…」

「先輩、だめ…そんなことない、だって、それは、先輩は私に嫌な思いをさせまいと、私を巻き込むまいと思って、良かれと思ってしてくださったことで…それに、私だって無神経に、先輩の中に踏み込もうとして、先輩を苦しめてしまって…」

「ああ、でも、俺が自身の蒙昧、愚かさから、君の気持ちを傷つけたことも事実で、それを君のご両親に隠しておくのは、フェアじゃないと思うんだ。なのに、こんなバカな俺に、お嬢さんはどこまでも優しく、誠実で…アンジェリークは、俺を、俺の背後にあるものを含め理解してくれ…変わらず愛してくれました。俺は…俺たちは少々遠回りをしましたが、互いに愛を誓いあった。愛情と信頼、敬意と共感を、俺たちは互いに与えあい、交わしあう。俺にとって、お嬢さん以上に大切な存在はなく、一方で、お嬢さんの存在あればこそ、俺は、どんな困難にも立ち向かえ、人生を切り開いていく力が湧いてくる。俺にとってかけがえのない女性なんです、アンジェリークは。何物ともとり替えの効かない、何よりも大切な存在なのです。俺は、アンジェリークを心から愛しています、だが、この俺の愛が、アンジェリークをいわれのない偏見や差別に晒す恐れは、実際に、否定できません。が…だからこそ、俺は、俺の持てる力のすべて、何をもってしても、彼女を守り、幸せにしたいと思っています、その第一歩として…アンジェリークが何より大切な存在だからこそ、俺は、なるべく早いうちにご両親にきちんとご挨拶申し上げ、俺の氏素性を明かしたうえで、交際を認めてもらおうと考え…こちらに参りました」

「パパ、私、覚悟はしています、オスカー先輩が、今まで受けてきたのは不当な偏見だもの、オスカー先輩のお人柄とは何の関係もないことだもの…オスカー先輩とお付き合いすることで、自分が何か言われても、どんな目で見られても、私には、なんでもない。私はオスカー先輩と2人で手を携えて生きていくって、もう決めてます」

「ふ…情熱的なことだね。それで、君は、鼻もちならない生家自慢をしていると、もしくは生家の生業ゆえに私から侮蔑され、疎んじられる恐れを犯しても、率直でありたいことを第一義と考え出自を私に明かしたわけか。実際、親の職業や生まれにまつわる偏見というのは、どんな国や地域にも少なからずあり、えてして抜きがたく強固であるが、本来、何の根拠もないー為政者が自分にとって都合のいい社会通念を植え付けたり、利用したのがほとんどで、確かに、子供には何の責任もない。ゆえに、君の生家が武器商ーいわゆる死の商人であり、その利潤で、君がここまで立派に育ったのだとしても、それを理由に、私は君に偏見を持つことはないし、それを理由に娘との交際を反対したりはせんよ。それこそ、生まれのように、その人の責任の及ばぬ部分で人の価値を量るなどフェアではないし、私にそんな権利はない。しかし、君は、先ほど、自分の意思で、将来の生業に武器商を選ぶつもりだと宣言したね?私が尋ねてもいないのにだ。人は己の出自は選べない、が、職業には選択の自由がある。なのに君は自ら進んで、偏見や侮蔑を受けやすい職業を選ぶと…死の商人になる、と私に宣告した、そんなことを、今、わざわざいう必要などないのにだ。そんなことを言わなければ、私は、これで…「君の生まれは君個人の人柄とは関係ない」で済ませて、君たちの交際を快く認めて、それで終わったかもしれんのに、なぜ、そこまで訴えた?私には、君が将来の職業をあらかじめ宣言することで、故意にハードルを上げたように…まるで、交際を反対されたがっているようにも思えるのだが?どういう意図で、聞かれもしないことまで、べらべらと打ち明けたんだい?」

穏やかな口調で、笑みを浮かべた口元から、容赦なく皮肉まみれの言葉が痛烈に発せられた。が、オスカーは怯むことなく背筋を伸ばし、居住まいを正してー絶対卑屈に見えないよう、そんな印象を与えないよう意識して、しっかりと落ち着いて答えた。

「先ほど申し上げましたように、俺は…私は、お嬢さんと真剣にお交際させていただいております。が、世間一般では、俺の出自、俺の生家をさげすみ、厭う風潮、かかわりあいになりたくない、もしくは、関わるのは卑しいと明言なさるむきが、厳然とあります。だから、お嬢さんと交際するにあたり、俺は出自からしてご両親には押し隠し、無関係を装うほうが、波風が立たなかったかもしれませんが…それは、俺には卑怯なことと思えたのです。職業のこともそれと同じです。俺がクラウゼウイッツの直系だからといって、会社を継がなくてはならないと、強制されているわけではないし、職業を選択する自由も、確かに俺にはあります、でも、俺はあえて…みずから会社の舵取りをしていきたいと思っています。武器商は決して自慢できる仕事ではない、でも、恐らくは決してなくならない商売でもある。たとえ俺の代でアルテマツーレが廃業しても、同業他社がそのシェアに食い込むだけだし、俺が経営に加わらずとも、アルテマツーレは武器を作って売りさばいていくことに変わりはない、ならばいっそ、俺は俺自身の手でその舵取りをしていきたい。私企業であっても、利益を追求するあまり、見失ったり、逸脱してはいけないものがあると俺は考えます、でも、自分が舵取りをしていなければ、間違った軌道を正せない、経営に携わっていなければ、会社が利益至上主義のあまり暴走しても、黙ってみていることしかできなくなってしまう。俺と生家の関係は、たとえ俺が別の職業に就いても霧消するものではありません。俺が家を出ても、血筋は血筋として周囲は認識しますし、俺がアルテマツーレのあげた利潤で何不自由なく生育したことも厳然たる事実です、どうあっても否定できない、ならば、俺は主体的に…ダーティービジネスと称される仕事であることは承知で、俺は自ら主体的に経営にかかわっていきたいと考えたのです、そして、同時に、俺は真剣にお宅のお嬢さんを愛し、欲しています。若輩の身で何を言うかと思われるかもしれませんが、俺が社会に出、正業に就いた暁には、ぜひ、お嬢さんを俺の生涯の伴侶として…俺の花嫁に頂戴したいと思っています、だからこそ、嘘偽りは一切なしに、俺の氏素性を、同時に、俺が関わってき、これからもかかわっていく世界を知っていただいた上で、お嬢さんとの交際を認めていただきたいと…それが無理なら、せめて、俺の考え、俺の決意と真剣な思いを、少しでも、お伝えしたい、お伝えできればと考え、ぶしつけですが、突然、ご挨拶に参った次第です。それに俺が氏素性を黙っていても、俺がお嬢さんと交際していれば、さまざまな噂がご両親の耳に入る恐れもあった。そうなる前に、きちんと俺の出自、考えを自ら明かし、俺のことを少しでも知ってもらいたいと考えたのです」

「ふむ、それが、君なりの正義であり、誠意であるということか。が、それは、かなり危険な賭けだとは思わなかったのかね?君は自分で言ったな?君の生家は、ある種の人々からーそれも多分、少なからぬ人たちから蔑み厭われてきたと。可愛い娘が、そんな一族とつきあう、ましてや、その一族の一員になるなど、父たる私が許さないと、言う可能性は考えなかったのかね?」

「パパ!何をいうの!オスカー先輩の人となりは、オスカー先輩の生家が何を商っているかとは関係ないわ!パパだって、地域ごとによって異なる偏見や生業で人を差別するなど、ばかばかしい、意味のないことだって、いつも言ってるし、さっきだって、そう…」

「かわいいアンジェ、今、私は君の彼氏と話をしているんだ、口をはさむのは、少しの間、謹んでもらいたいな。それができないなら、この部屋から出て、私たちの話が終わるまで自分の部屋で待っていなさい。さ、どっちがいいかね?」

口調自体は穏やかだったが、何人たりとも抗えないような、底力のある言葉だった。

「はい、パパ…わかりました。」

「いい子だ。心配しなくても、君の大事なオスカー君を無暗やたらにいじめたりはしないよ、私のかわいいアンジェ」

恐縮してうつむいてしまったアンジェリークを、安心させるように、一転温かく優しい言葉をかけてから、彼女の父はオスカーに向きなおり、改めて、こう告げた。

「ただ、アンジェ、君という娘がかわいいからこそ、私は懸念する。私も人の子、いや、人の親だ。ごくごく平凡な、ね。そして、平凡な父親というのは、日頃の自身の信条はどうあれ…建前とは別に、感情として、かわいい娘を、わざわざ、苦労するとわかっている男とつき合わせるのは、躊躇するものだ。平凡な親というのは、かわいい娘が言われない侮蔑や嘲弄を受けるようなことになったら、とても胸を痛めるし、そんな場に、みすみす娘を送り出したいとは思わない、むしろ、嫌がるだろう。そうは思わんかね?オスカー君」

リモージュ氏が目顔でオスカーの返答を促す。アンジェリークは、はらはらと不安そうな顔で、オスカーと父の顔を見比べる。オスカーは、顔をあげて、まっすぐにリモージュ氏をみつめ、静かに、だが、きっぱりとこう言った。

「はい、リモージュ氏のおっしゃることは、とてもよくわかりますし、残念ながら、リモージュ氏の懸念は懸念にとどまらない可能性も高い、なので俺も一朝一夕で、交際を許していただけるとは思っていません。ただ、俺が真剣にお嬢さんを大事に、大切に思い、心から欲している気持ちを知っていただきたかった。俺の出自や信条、何もかもを知っていただいた上で…俺のカードの手持ちすべてを開示して、俺の気持ちに偽りもごまかしもないこと、彼女がいなければ、生きてはいけないことを、わかっていただきたかった、それだけです。急いではいません。もちろん、認めていただけるのが早いにこしたことはないですが、ご両親の許しを得ずに彼女をさらうような真似は決してしません。それは、俺の考える誠意ではない。俺にとってお嬢さんが大切なように、こんなにも素晴らしいお嬢さんを育てあげられたご両親が、どれほど彼女を大切に慈しんでくれたか、俺はわかりますし、感謝もしているから…なので、認めていただくまで、何度でもこちらにご挨拶に伺います。とりあえずは、また、次の長期休暇の折にでも、ご挨拶に参上させていただきたく…ただ、今は…今日は、これ以上、こちらにおりましても、甲斐のないーお邪魔と存じますので、今宵は、これにてお暇させていただこうと思います。Mrリモージュ、ならびにMrsリモージュ、お休みのところ、しかも、ご家族団欒の最中、お時間を割いていただき、俺の話を耳にいれてくださり、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。では、これにて…」

オスカーは椅子から立ち上がり、きりりと折り目正しく一礼し、退出しようとした、その時だった。

「…くっく…ははは!いやー君はなかなかいうねぇ。男親を泣かせるツボを心得ているな、ま、そう慌てて帰ることもなかろう、とにかく、座りたまえよ」

といって、くつくつ笑いながら、アンジェリークの父はオスカーを引きとめた。

「Mrリモージュ?」

「パパ…?」

「あなた、もう、意地悪はほどほどになさいませ…とちょうど言おうとしてたところでしたわ、本当にお人の悪い…オスカー・クラウゼウィッツさん、でしたね、ごめんなさいね。お気を悪くなさっておいでかもしれませんが、どうか、お掛けになってくださいな」

「いやいや、そうはいってもね、こんなにも意気込んで、がちがちに緊張して、それでいて、決して気後れは見せまい、一歩も引くまいと、精一杯男の意地を張って、怯まず果敢に勇気のいる決意表明してくれてるのに、私が、あまりに物わかりよく、すんなりと承諾してしまったら、彼の意気込みが無駄…肩透かしで空回りしてしまうだろう?それも、かわいそうってものじゃぁないかね?父親ってものは、娘の交際相手に物分かりの悪いいちゃもんをつけるのが、お約束だろう?反対される覚悟満々でやってきた君だって、すんなり、交際を認められたら、気が抜けて、つまらないだろう?障害のある方が恋は燃えるというし、父親が渋ってみせるのは、むしろ、サービスだと思ってほしいな」

「パパ…パパったら、もしかして…もしかすると…私とオスカー先輩が、真剣に思いあってるって信じてない?それとも、からかってる?私たちが若いから?まだ、恋仲になって間もないから?」

「おっと、そんな目で睨まないでおくれ、かわいいアンジェ。私は娘に嫌われるのが何よりも怖い平凡な父なんだからね。確かに君が初めて連れてきた彼氏は、見た目が非のうちどころのないイイ男で…ま、若いころの私には負けるがねー体いっぱい負けん気と若々しい気概とやる気が漲る、熱い心と冷静な頭脳をもつ好青年…ときたら、君の男を見る目を褒めてあげたいし、正直、君がこのオスカー君以上の男を捕まえらるとも思えんしな」

「パパ!」

「………」

アンジェリークは彼女の父の軽口に、彼女にしては、珍しく、本気で気を悪くしているようだった。彼女は、自分自身のことより、自分の好きな他者を悪く言われたりする時の方が感情的になるしーそれは俺が俺自身を否定的に言及した時に、身にしみていたー同時に彼女が感情的になるのは、相手が家族であるが故の気安さ、甘えの発露でもあろうと思う。が、オスカー自身は自分がからかいの対象となることは、アンジェリークの名誉が貶められることに比すれば何でもないので、感情的になるような青臭い振る舞いはしない。それより、オスカーは、アンジェリークの父の真意を測りかねていた。リモージュ氏の言葉と態度から見るに、自分は、少なくとも初見で悪印象はもたれていない、むしろ、俺の誠意はきちんと汲んでもらえているように思えるーたとえ、からかい半分であったとしても。しかし、交際を認めるに類する言葉をーいわば言質をリモージュ氏は全く俺に与えておらず、しかも、彼は俺を引きとめにかかったー俺に自身の主張だけを言いっぱなしで帰すことを許さない、ということであればーつまり、俺は、今もまだ、テストされている最中、面接試験は終わっていないのだから、勝手に帰ることまかりならぬ、ということか?ならば…試験の終了を宣言する権利があるのは、面接官たる自分であり、おまえではない、と俺は宣言された…釘を刺されたということか?だとすれば…俺は…しつこい印象を与える前に潔く退こうとした行為が、思い上がり甚だしい振る舞いと、取られたかもしれない、失態だ…

オスカーはリモージュ氏が自分を引きとめた真意を探ろうとしてみるが、彼のひょうひょう淡々とした表情はオスカーに何もつかませない。

そんなオスカーの焦りを知ってか知らずか、リモージュ氏は、あくまで穏やかな口調と顔つきで言葉をつづけた。

「君の人となりは、君の言葉や態度から、それなりにわかったつもりだよ、オスカー君。娘への真摯な思いもね。何より、この、おっとりのほほんとしていた娘が、こんなにも確固とした意思を見せ、断固たる決意を述べる様を、私は初めてみたよ。うちの娘は親からみても、明るく純真でよい子だが、同時に、晩生で年の割に幼いと思っていたのだが…少なくとも、夏休みまではねーその娘が、ほんの数か月経っただけのこの休みには、春の喜びを謳う花のように艶やかに輝かんばかりに…そう、幸せではちきれんばかりという様子で帰ってきたのにも驚いたんだが、その上、改まった態度で、でも、それはそれは嬉しそうに、この休みに会わせたい人がいる、なんて言いだしたものだから、私は、それはもう、君に会えるのを心待ちにしてた…本当に楽しみにしていたのさ。うちの娘をこんなにも変えたのは、一体全体、何者かと、手ぐすね引いて待っていた、とも言うがね、そして、やってきた君は、私の思った以上に…いろいろな意味で規格外のスケールの男だった。スモルニィは、私と妻が出会った場でもあるから、多少の期待を込めてー娘にも良い友人・知己との出会いがあるようにと、あの学園で高校生活を送らせたのは、事実なんだが、それにしても、まさか、うちの娘が、こんな大物を釣り上げてくるとは、流石の私も思ってもみなかったよ」

「パパ!んもう!オスカー先輩に失礼でしょう!」

「いやいや、真面目な話、娘をここまで人間的に育ててくれただけでも、君には感謝せんとな。私は娘を信頼していたつもりだし、娘の人を見る目も信じていたつもりだ、ただの親ばかかもしれんがね。だから、娘が愛したのが、君みたいなー誠意溢れる真面目な男でよかったと、今、私は心から安堵している、君に知りあう前に、つまらん男に引っかからなくてよかった、ともな」

「もう、パパったら!」

「ええ、俺も…お嬢さんが俺を見つけ出し、俺を選んでくれたこと…感謝の言葉もありません」

オスカーは真実、感謝の想いをこめつつも、言葉は慎重に選んで返す。自分への評価は、いささか持ち上げすぎな観があり、単純に喜べない。褒め殺しとも皮肉とも受け取れるからだ。それでも一応、多少は俺の人柄を認めてくれているようにも思える。しかし、それが俺とアンジェリークの「交際を認めた」にはつながっていない。注意深く、リモージュ氏の言に耳を傾けていたから確かだ。彼は、言質を一切俺に与えていない。人当たりも、言葉もあくまで柔らかく、好意的にすら思えるが、肝心なことは何も言っていない、流石は百戦錬磨の外交官だ。つまり、俺は、自分が真剣かつ真面目であると認められただけでー「始めの一歩」を認められただけ、人間として最低限のラインをクリアしただけだ。そして、真面目であること、誠実であることは、確かに評価されるべき美点だが、しかし「真面目なだけ」「誠実でありさえすればいいと思っている」だけの人物は…誠実さにのみ胡坐をかき、それ以上努力したり、頭を使わない場合、それは一挙にマイナス評価に反転する。だから、図に乗るな、油断するなとオスカーは自戒する。と、リモージュ氏の瞳が険呑に細められたー口元には笑みが張り付いたままー気がした。

「とはいえ、普通なら、君の年頃で将来の相手を決めてしまうのは、早すぎないかと、心変わりを心配するところだが…そんなおためごかしの忠告など今の君たちは聞きたくはなかろうし、そんな心配も、いらなさそうではある、ただ…」

「ただ?」

「君が職業として死の商人を選ぶ以上、君が言う通り、娘が君と交際しつづけ、将来、君の許に嫁ぐまで…いや嫁いだ後も、君たちが幾多の困難にみまわれたり、誹謗中傷を受ける恐れは否めまい。それに加え、君の実家の資産規模を考えれば娘が経済犯罪に巻き込まれる危険もありうる、と私は思うのだが、この件に関して君の意見はどうかね?耳が痛いことで申し訳ないが、そういうリスクを君は考慮しているかね?したことはあるかね?もし、考えたこともなかった…というのなら、今、考えてみてはくれんか?」

言葉の上では「質問」もしくは「提案」だったが、これは俺に対する「試金石」だとオスカーは瞬時に判じた。娘の身の安全確保・保証はアンジェリークの父にとって譲れない条件だろうことは想像に難くない、いや、父にとって、交際を認める絶対必要条件であり、それがクリアできなければー少なくともその意思やアプローチを提示できなければ、俺は、彼女の父に「娘を預けるに足る」とは決して認めてもらえまい、と、一瞬にして確信した。

これは、同時に、自分は若造ゆえに猶予を与えられ、また、試されているのだということでもあった。リモージュ氏の言葉を言いかえれば『君の誠意はわかった、が、誠意だけでは、娘を守ることはおぼつかない、君はまだ若い学生の身だから、現時点での現実認識が甘かったとしても、そこは糾弾すまい、が、私の今の提言に何も気づかぬ、もしくは何の思いも至らぬようであれば、到底、これから娘を安心して預けられん。さ、君の出方は如何に?』という処だろう。

が、リモージュ氏の提言は、オスカーにとっては願ったりかなったりであった。オスカーは、自分と正式に交際することでアンジェリークが背負わされるリスクを、重々認識していたからだ。

交際を初めてすぐ、あまりの幸福と喜びに有頂天になって我を忘れ、2人の仲をこれみよがしに見せびらかすような馬鹿な真似をして、彼女の友人と自分の友人双方向から、手厳しくこっぴどく怒られた。交際を明らかにするだけならともかく、やりすぎは反感を買い、ストーカーや嫌がらせ行為を受けたり、その他諸々のリスクを高めるということさえオスカーは思いもよらず、その時の後悔、焦慮、「やっちまった」という取り返しのつかないあの気持ちは、今も、穴があったら入りたい衝動に駆られるほどだ。だからこそ、その失点、手痛い手ぬかりを教訓としたオスカーは、自分と交際することでアンジェリークが受けるかもしれない不利益を、冷静に客観的に計算・認識していた。

「いえ、逆にそういったリスクの存在を認識していただけて、俺としては話が早く、助かりました…そんなことは思いもよらない場合、俺から、その件も言及せねばと思っていましたし、その場合…正直、どこまで実感していただける懸念もしておりましたので。申し上げにくいことですが、俺と交際することで、お嬢さんの身にある種のリスクが生じることは否めません」

「オスカー先輩!私、そんなの平気です、悪く言われたり、変な眼で見られたりするのなんて…」

「ああ、だが、風評だけでなく、実際に嫌がらせや脅迫を受ける可能性がないとはいえないし、心を強くもっているだけでは防げない攻撃もある。そして、リスクに備えるのは、臆病や小心ではなく、必要なことなんだ、アンジェリーク。そして、リモージュ氏、俺は、お嬢さんが俺と交際することで、彼女にいささかなりとも危険を及ぼしたくないし、それを防ぐのは俺の義務であり責任だと、強く心にとめています、当然、そのための手だてもすでに考えてあります。なので、俺が現時点で考えている方策を提示した上で、この件に関して、リモージュ氏からご意見をいただけたら、ありがたいと思っています。いえ、リモージュ氏のお教えをむしろ請い願わせていただきたい。若造の俺では気づかない、気づけない盲点も多々ありましょうから」

「それを聞いて、安心した。君は…単に誠実に真剣に娘のことを考えてくれているだけでなく…恋の熱に浮かされた若者なら当然のことだがねー単に恋の甘さに酔っているだけではなく、厳しい現実を見据えた上で、それに対処する意思と能力があると、わかってね。失礼な言い草かもしれんが、私は、今、私のこの言で、君が気づき、考えてみてくれればOKくらいの気持ちでいたのだよ。が、君は、そんなことは当然のこととして、私のずっと先まで考えていたのだね。それを知って…安心した。わかった、君たちの交際を認めよう、少なくとも…それこそ現時点ではね」

「!!!…ありがとうございます、Mrリモージュ」

「え?え?え?パパ、あの、今、私たちがお付き合いしてること、認めるって言ってくれたの?」

「ああ、そんなにあからさまに、喜色満面な顔をするのは、ちょっと早いかもしれないね、かわいいアンジェ。私は「現時点では」と言っただけだからね」

「それは…この先はどうなるか、わからないってこと?でも、パパ、私、オスカー先輩以外に、オスカー先輩以上に好きな人なんて、絶対にできっこないのに…」

アンジェリークが一転、べそをかきそうな顔になる。歓喜と落胆の差が、鮮やかにすぎるのも、それこそ深く熱い恋のただなかにいる所為だ。

「…これは、父としては悲嘆すべき言葉だろうが…いやはやなんとも、それ以前に赤面してしまうね」

「だって、だって…」

「アンジェリーク、そんな不安そうな顔をしなくていい、大丈夫だ。現時点でOKなら、これからもずっと君の父君に認めていただけるよう、俺がへまをせず、男として、人として、常に精進していけばいいだけの話だ、そうですね、リモージュ氏」

「まったく、君という男は興味深い。大企業の御曹司という人種への見方が変わりそうだよ。立ち居振る舞いに育ちの良さはおのずと滲み出、人品卑しからぬ様子は隠しようがない、が、同時に、ひどくハングリーな闘志も感じさせる。本来なら、あまり両立・共存しない性質が見事に融合しているようだ」

「おほめにあずかり光栄です」

「なに、褒め言葉になるかどうかは、まだわからんよ。今後、君が理想への邁進を重んじるが故に野心ばかりが突出せんとは限らんしな、逆もまたあるやもしれん。そうなった時は、あくまで庶民として育った娘がかわいそうな想いをするかもしれんし、その場合は、私もいろいろ手だし・口出しさせてもらうかもしれんしな」

「父君のお気を煩わせたり、ご足労・お手数をおかけせぬよう、肝に命じておきます、さしあたっては、お嬢さんの身の安全に関する方策なのですが…」

「え?私?私が何?私、どうなるの?何をすればいいの?」

「うん、アンジェ、このあとの話には、君はこの場にいない方がいいかもしれんな、君を守るためとはいえ、結構、えげつない、あけすけな方策を、私とオスカー君は、今から話あわなくちゃならんかもしれん。君は、ママを助けて夕飯の準備でもしている方がいいかもな」

「お言葉ですが、リモージュ氏、俺は彼女を単に庇護する存在とは思っていない、彼女は人形ではないのです。無論、俺は彼女を全力で守りますが、彼女は俺の伴侶、俺のパートナーです、俺と手を携え、俺と歩みを共にしてもらう…だから彼女には、彼女の意思で、俺と一緒にいることで負うリスクも、それに対する今後の戦略も…過程から耳にするか、黙って結果だけ耳にいれるか、選ぶ権利がある、そして、俺個人としては…君にも、この場にいてほしい」

「はい、私も、私に関係することや、私にできることなら、きちんと話を聞かせてほしいわ、パパ。結果だけ「ああしろ」「こうしろ」って言われるのは…それが「大事にされる」ってことでも、ツンボ桟敷は嫌なの、私自身のことだもの、私が自覚を持って、オスカー先輩を支えるためにも、きちんと最初から話に加わらせてほしいわ、できることなら…」

オスカーとアンジェリークは二人で顔を見合わせ、にっこりとほほ笑みあった。俺達は、私たちは、共に手を携えて生きていくと誓った、幸せにするのでも、されるのでもない、二人で幸せになるのだと。

でも、アンジェリークは今の自分には、オスカーを支えられる具体的な力がないことも知っていた、オスカーの心理的な枷や重荷にならないよう、無暗な偏見には決して負けないし、そも、気にしない、そして、全身全霊で、オスカーの理想を応援し、力になりたいという決意くらいしか、今の自分にはない。まだ、私は高校一年生で、勉強しなくちゃいけないこと、身につけなくちゃいけないことだらけで、人間的に成長する以外、何に意識を注げばいいのか、正直、何をしたらいいのかわからない。だからこそ、人生の先達たる父の考えを、そして、自分より、遥か以前から、自身の人生の方向を考えてきたオスカーに何か考えがあるのなら、聞かせてほしいし、それによって、自分もいろいろ考えられると思った。なんでもする覚悟だった。

その二人の様子にアンジェリークの父は、やれやれという感じでほほ笑んだ。

『全く、この若い二人は、この強固な絆を、いつ築いたのかね、アンジェも…君がこんなにも大人びて、しっかりしているところを見せてもらえるのは、私には、心強く頼もしくもあるが、少々さびしくもあるね、君は、あまりに急に大人になってしまったようだ…』

「さて、というわけで、話も長くなりそうだ。アンジェ、君も、オスカー君と一緒に夕食をとりたいだろう?ああ、いっそ、ホテルはキャンセルして、このまま、この家に滞在していけばいい。君さえよければ…と言いたいところだが、君をホテルに宿泊させると、娘がそちらに入り浸りになりそうだからな、私のために、我が家に滞在してほしい。それでなくとも学校の長期期間中しか娘の顔を見られないのに、頻繁に長時間外出されたら、私はさびしくて死んでしまうからね、ぜひ、我が家に逗留してくれたまえ。というわけで客用寝室の準備をしてもらってもいいかね?マイハニー」

と、リモージュ氏は、オスカーの意向は抜きに、彼の妻に話を向ける。

にこやかな顔と穏やかな口調で一方的かつ強引に、自分の望む方向に話を進めるリモージュ氏にーそのくせ、全然、嫌な感じを受けないのがまた驚きなのだがーオスカーは、彼の外交スタイルが手に取るようにわかり、やはり油断ならない人だと、肝を冷やし、気を引き締める思いだった。

そして、泰然自若の夫人は、にっこりと余裕の笑みと共にこう答えた

「最初から、そのつもりでしたわ。夕飯も客用寝室も、もう、全部、きちんと準備できてましてよ」

「流石は私の奥さんだ。君たちも、私たちみたいな夫婦を目指すといいぞ」

「は、ぜひとも見習わせていただきます」

「ああ、一朝一夕には追い付けないだろうがな、目標や理想は高い程いいからな」

「え?え?え?パパ、オスカー先輩にうちに泊ってもらっていいの?」

「一応外交官の家だからね、客人逗留のための部屋はあるし、なら、我が家の客人にホテル住まいさせる必要もないだろう、あ、だが、オスカー君、我が家に逗留中は、娘との同衿はしばらく控えて…ありていにいって我慢してほしいものだな、流石に私も、朝、2人の顔をみて平常心でいられる自信がないのでね。国に帰れば、親の目もないし、君たちは好き放題触れあえるのだから、少々の禁欲は、むしろ2人の仲をリフレッシュさせるのにも、いいと思うしな」

「…パパったらー!何言ってるのよ、もー!」

(言葉の返しようがない、というか、下手に言葉を返せない…)

と思ったオスカーは

「お心遣い、いたみいります。では、お言葉に甘えさせていただきます、Mrリモージュ、Mrsリモージュ、改めて、お世話になります」

当たり障りなく「滞在」に関して礼を述べ、深々と頭を下げるにとどめた。

うっかり「ええ、そうですね」などと同意の言を返したりしたら、娘さんとすでに肉体関係があります、と、語るに落ちる。もってのほかである。無論、オスカーはアンジェリークと心を重ね肌を合わせたことを恥ずべきこととか、隠したいとは思っていない、むしろ、堂々と喧伝したいくらいであるが、アンジェリークが実の両親にそこまで赤裸々に己をさらけ出せるか、というのはまた別であるし、親にどこまでオープンに交際の進捗状況を報告できるかという件に関して、オスカーは、アンジェリークの意思確認・意見のすり合わせをしていなかったーうかつにもーなので、オスカーが勝手に同意するわけにもいかない。

そして、幸いなことに、同意を求めることもなく、リモージュ氏は話を進めてくれた。

「で、さっきの話の続きだが、君の考えを聞いた上で、私も外交官としての経験上、いろいろ助言させていただこう、愛娘の身の安全のためだしね」

と、こんな過程を経て、オスカーとアンジェリークの父・カティス=リモージュとの間には、初対面の時から、ある種の共闘関係が築かれた。それは、自分が大学生になった今も続いているし、これからもずっと続いていくだろう。

オスカーとアンジェリークの父の関係は、世間一般でいう娘の父と彼氏の関係としては、一見、信じられないほど和やかで友好的でありながら、常に多大な緊張をはらんだものだった。オスカーはわかっていた、リモージュ氏は、今後、常に、事あるごとに、オスカーのアンジェリークと交際するための気構え、覚悟、誠意を様々な角度から、問い、試し、検証し続けることだろう、あたかも、資格の更新試験のように。そして、一定の水準に達しなければ、過去に得た資格も失効するのと同じで、オスカーが僅かでもアンジェリークを守ることに気を抜いたり、ぞんざいな振る舞いをしていると認定されたら、リモージュ氏は、あっさりと交際反対の立場に翻って、どんな手段をもってしても、彼女をオスカーから引き離すだろうと、たとえ、結婚後であっても、2人の間に子供が生まれた後であっても…そう、オスカーには思えた。だから彼からもらえる「お嬢さんとの交際許可」はいつの時点でもあくまで「現時点では」なのだ。オスカーは、その許可を無限に更新していく他ない、そんな緊張を常に強いられる相手だったのだ、リモージュ氏は。

しかし、一方で、オスカーは、その手ごたえあるやりとり、明らかに自分より経験を積んだ、経済人とは異なった視点から物事を語り、当然だが、ことに世界の政治情勢に関しては卓見をもつ、知性と教養あふれる大人の男との会話のもたらす緊張が心地よくてならなかった。リモージュ氏は、オスカーの周囲には、今までいなかった人物だった。オスカーは、こんな人物を心の師として、素直に意見を聞きたい、迷った時に相談相手になってほしいと思った。

それでもオスカーがリモージュ氏に挨拶に伺う度に、リモージュ氏が

「父親なんて無力なものだなぁ。私がなんといおうと、異国の学校に通い、寮に住まう娘が、日々どう過ごし、誰を愛するか、監視などしたくてもできるものじゃないし、じゃあ、この国に連れ戻し、親元で育てればいいか、といっても、この小さな国には、そもそも国際学校がなくてね、かといって、犬猫じゃあるまいし、毎日、家に閉じ込めているわけにもいくまい、となれば、私が何を言おうと、横やりをいれようと無駄無意味ってもんじゃないかな。しかも、娘が連れてきた彼氏は、見た目が非のうちどころのないイイ男で…無論、若いころの私に比べれば、まだまだだがねーそれでも、年を経るごとに、ますます、良い男になっていく在り様で、今回も横やりのいれどころがみつけられなかったよ、私には。相変わらず娘が君以上の男を捕まえらるとも思えんしな、邪魔のしようがなくて、非常に残念だ。1度くらいは「おまえのような男に娘は預けられん」とドラマのように言ってみたいものなのだがね」

とうそぶくのでー半ば本心ではないかとオスカーは思っていたのでー苦笑するしかなかったが。

そして当のアンジェリークは、実父と恋人が、真剣試合のような緊張感をもって、言葉を交わしていることを、よくわかっていなかったかもしれない。が、本能的、直観的に、この2人の話にわかったような口で割って入ったり、邪魔したりできないものを感じ、そんな絆を喜んでいた。

こんな過程を経て、今までー交際を始めてから2年余が過ぎるが、オスカーとアンジェリークの心の絆はゆるぎなく、同時に、長期休暇のたびに、オスカーがアンジェリークの実家に顔を出すのも、ここ最近の通例となっていた。

とにかく、交際は順調に進んでいる。今夜は卒業の謝恩パーティー終了後、そのまま、アンジェリークに自分の部屋に来て泊ってもらい、明日、一緒のフライトで彼女の実家に向け出発する。

ぎりぎりになってしまったが、レポートも提出できたし、この時のオスカーは、何の憂いも懸念もなく、1度部屋に帰って、さっさと着替えよう、そして、オリヴィエが会場に顔を出し、ヤツに捕まる前に、絶対、アンジェリークと合流し、ずっと一緒に過ごすのだと心に決めていた。

この時、オスカーは、まさか、その翌日、アンジェリークといつものように彼女の両親と顔を合わせる予定が予定どおりにいかなくなる事態など、想像だにしていなかった。

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