オスカーとオリヴィエは、手分けして旧友・知己にエンジュからの接触がなかったか、探りを入れる。
オリヴィエが「じゃ、私はルヴァに電話してみる」といい、オスカーが「では、俺は、まずジュリアス先輩だ」と、極自然に分担がきまる。
ルヴァにコールしたオリヴィエの通話はーオリヴィエの立場からの用件はすぐに済んだのだがー切るまでに、それなりに時間がかかった。
ルヴァにはエンジュらしき少女の心当たりはないということだった。もともと学究肌で、自身の関心ー主に研究とか書物、それと今現在に限っては、今年度のスモルニィ祭の出し物や段取り以外のことは目にも思考にも入らないルヴァなので、オリヴィエもさしたる期待はしていなかった。逆にいえば、エンジュの振る舞いがあのルヴァの目にも止まる程なら、それほど、なりふり構わずエンジュは調査活動をしているということであるし、ルヴァもターゲットに入っていたなら、エンジュの調査対象は、学内有名人なら手当たり次第ということが裏付けられるかと思ったのだが、そうではなさそうだった。
エンジュに関する情報では収穫なしとわかって、オリヴィエは、自分がエンジュの動向を知りたがっていた件は内密にしてほしい旨を頼み、適当なところで話を切り上げるつもりだったー何せ、他にも探りを入れたい人物がいるので、順にコールせねばならぬーのだが、ルヴァは電話を切らせてくれなかった。これ幸いというか、ここぞとばかりに「今年のスモルニィ祭で、オリヴィエも何か出展か出店してくれませんかねぇ、オリヴィエがやってくれる出し物を宣伝したら、来場者倍増間違いなしなんですけどねぇ、ことに、専属モデルのアンジェも一緒に出演なんてしてくれると、もう、言うことないんですけどねぇ、アンジェは、今、準備委員会で裏方として頑張ってくれていて、それはそれは助かってまして、準備委員会の雰囲気も明るくしてくれて、とてもありがたいんですけど、アンジェがそれだけで終わってしまったら、もったいないと思うんですよねー、あんなにかわいいんですから。ですからオリヴィエから、アンジェに表の出し物にも出てくれないか、頼んで誘って口説いてみてもらうわけにはいきませんかねぇ〜、オリヴィエと一緒の出し物なら、ほら、アンジェはあなたのモデルを務めてるわけですから、あまりかまえず出演できるのではないかと思うのですよー」と口をはさむ隙もなく延々と口説かれ、昔のよしみもあれば、今後、情報提供や協力を頼む可能性も鑑みて、オリヴィエは、それまで、さして真剣に考えていなかったスモルニィ祭での出展を考慮すると、結局、ルヴァに言質を取られた。さもないと、電話を切らせてもらえそうになかったからだ。
一方、ジュリアスに探りをいれたオスカーも、逆にジュリアスからの質問攻めにあっているらしいと、オスカーの応答を耳の端で聞いて、オリヴィエは察する。昔馴染みとは、込み入ったり、つっこんだ会話をしやすい分、こちら側も、つっこんで詳しい事情を遠慮なく聞かれてしまう、そして、それは故ないことでは無いから、不可抗力ともいえた。
『だって、オスカーがさしたる理由もなく、人の身辺を嗅ぎまわる訳がない、しかも、その対象は女性…オスカーがアンジェリーク一筋なのは、高等部からの持ち上がり組は誰でも知ってるから、個人的かつ私的な興味でオスカーが女性の詮索をするはずもない、なんてことは自明、つまりは、何か、よほどの事情か懸念があるからだろうってのは、身内には容易に想像がつく、そりゃジュリアスが色をなして、逆にオスカーを問い詰めるのも無理ないわ』
「ま、信頼できる相手に多少の情報開示は仕方ないよねー」と独りごち、オリヴィエは「なら、次は、とりあえず…」と自分はクラヴィスにあたってみることにする。
コールをいれたのが、自分だったのか幸いしてか(これがオスカーからのコールだったら、色々な意味で、クラヴィスが素直に応えてやってくれたかどうか、怪しいなと、オリヴィエは思いつつ)いぶかしがりつつも、クラヴィスもあっさりと、オリヴィエの問いに答えてくれた。
「そのような女性(にょしょう)を身近で見かけたことは…ないな…ないと思う…」
「そっか、念のため、できれば、でいいんだけど、ついでに、あんたの学部とかクラスにいる級友に、今言ったような風体の女子学生があんたでも、あんた以外でも、人の所在を尋ねて、でも、その本人には声をかけずに立ち去ってなんてこと、なかったか、聞いてみてくれると助かるんだけど、頼まれてくれるかな」
「…おかしな…妙な話だな」
「そう、「変だな」と思わせるような話でしょ?人を探し訪ねてくる、なのに、本人には声をかけずに、その姿を遠目で認めたら逃げるように去っていく…なんか薄気味悪くない?実は、私とオスカーと、それにロザリアが同じような目にあっててね、その目的とか理由がわからないんで、ちょっと気味わるいな、と。で、調査対象に何か共通点があるのか、他にも似たような目にあった人はいるのか、知りたくて、今、電話したってわけ。なので、もし、身近に、今言ったような人がいたら、その人の名前も控えておいてくれると助かるんだけど、お願いできるかな?どんな人が調査対象になっているのか、共通項が見つかれば、目的も推測できるかもしれないし、調査対象に注意も喚起できるから。あ、でも、その子の動向を、逆に私らが調べてることは、知られたくないんだわ。内密にというか、あんまり派手に動きたくないわけよ。だから、世間話に私らを引き合いに出して、反応を伺ってくれる位でOK。同じような目にあってたり、心当たりがある人は、それだけで食い付いてくると思うから、で、特に反応なければ、そのまま、ただの世間話で終わらせちゃってくれる?」
「ふむ…それ自体は容易いが…それを頼むのがおまえというのがな…人は人、自分は自分という立ち位置を崩さぬおまえが、わざわざ、私に、そのような事を頼んでくるとは…裏に何がある?」
「何かあるのか、ないのか、これから調べるところ。ただ、その女生徒ってアンジェと同じ新入生かつ同じ寮生で、アンジェは、その子の様子が何かおかしいって、すごく案じて気にしててね、それで、見過ごしていいものか、ちょっと、気になってるわけよ。自分たちが当事者ってのもあるけど、その奇妙な振る舞いをする女生徒を、アンジェが気にかけてたからこそ、私たちも気になっててさー」
オリヴィエは、クラヴィスに「アンジェリーク」という名前がどれほどの効果と影響力を持つか、知った上で、無論、故意にここで初めて名前を出した。ただし、無用な心配をかけぬため、また、今は手出しを控えてもらうためーエンジュを泳がせたいのでーエンジュが一方的にアンジェリークを敵視している旨は伏せる。
「アンジェリークが気にかけていた?だと」
「うん、いい意味でなく、心配だ、危うく思えるって意味で、その女の子のことを気にかけてて、ね」
「アンジェリークの懸念とあらば…見過ごしておけんな…」
「でしょ?こっちはこっちで、何かわかったら…私らの懸念が杞憂であっても、そうでなくても、また、連絡するからさーというわけで、協力よろしくお願いできるかなー?」
「ああ、まかせておけ。アンジェリークの気鬱は晴らしてやらねばな、あれの心に、曇りや憂いは似合わぬ」
電話に出た当初の物憂く、やる気のない口調を一変させ、クラヴィスは、艶と重みのある声で、しかと請け合ってくれた。が、ここで口調が若干厳しいものになって、言葉が続く。
「しかし、ならば、あの男は一体何をしているのだ?あれの憂いをそのままにしておくなど、風上にもおけぬ…」
「いやいやいや、あのオスカーが、アンジェの気がかりに何も手をうってないと思うー?」
「…おまえが私に連絡してきたという処で、気づくべきだったか…小面憎い男だ…」
「いや、マジで他意はないよ、単に手分けして、電話してるだけで。むしろ、私の方が楽してるっていうか…だって、今、すぐ横で、オスカーは、ジュリアスにかわいそうなくらい質問攻めにあってるみたいだしー」
「ふ…それは、さもありなん。ジュリアスの心配症は底なし、そこからくる小言はエンドレスだからな」
クラヴィスの言葉に含み笑いがしのぶ。
「ならば、私は、言葉ではなく行動で、アンジェリークの憂いを晴らす手伝いをしよう、できる限りのことはする」
「頼りにしてるよ」
「で、そのアンジェリークなのだがな、あれは元気でやっているのか?茶道部にも陶芸科にも中々顔を見せに来ぬので、こちらも案じていたところだ、おまえが、あれをこき使っているのではあるまいな?」
「私が、大事な専属モデルを、そんな、酷使するわけないじゃん、あの子も、大学入ったばかりで、まだ何かと身辺が落ち着かないんだよ、けど、そうだねぇ、近いうちに、あんたの所にいくかもよ、出演交渉をしに」
「何のことだ?」
クラヴィスのやる気を刺激するべく、オリヴィエはアンジェリークの近況を少しばかり、クラヴィスに開示してやった。具体的にはアンジェリークが、スモルニィ祭の準備委員会に携わっていること、それだけだったが、クラヴィスにはこれで十分なはずだった。
一方、オスカーの方は、そう簡単に話がすすまなかった。
エンジュの外観・特徴を話し、似たような女子を身近で見かけなかったか、もしくは、周囲の友人・知己が所在を尋ねられたりという話を聞いたことはないか、とジュリアスに尋ねた途端、逆に、オスカーの方が立て続けに質問攻めにあった。
曰く、何故、そんなことを調べている、何が知りたい、目的は何だ、そも、その女子は何者だ、そなたとどんな関係にあるのだ、等々。仕方なくオスカーは、自らの憶測は抜きに、現時点でわかっていることー事実だけを述べた、というよりは、述べさせられた。その内容はオリヴィエがクラヴィスに説いたものとほぼ同じだったが。それで、ジュリアスは一応納得してくれーやはり、ここでもアンジェリークの名を出したのが大きかったと思われるーとりあえず、色々調べがつくまでは、今は詳しいことや、憶測は言えないが、何かわかったら連絡する、という言質を取られたうえで、ジュリアスは漸く自身の周辺でエンジュらしき少女をみかけたことはないと教えてくれた。オリヴィエと同じように、身近に自分たちのように所在確認を受けた人がいたら教えてくれ、ただし、先方にこちらの動きを知られたくないので、調べや聞き取りは、できる限りさりげなく、あからさまに派手な動きは慎んでほしいと、念を押して要請した。漸くオスカーがジュリアスとの通話を切った時には、相方のオリヴィエは、ルヴァに次いで、どうやらクラヴィスと通話の最中ーもう、大事な用件はあらかた伝え済みだったようだがーのようだった。
仕方なしの気分で、オスカーは残ったリュミエールにコールした。
今、ヤツが電話にでなかったら、あとでオリヴィエに押し付けようと思った途端、狙ったかのように、かの麗人と通話がつながった。
取りすましたお決まりの挨拶を交わした後、オスカーが、エンジュの名と外観の特徴を告げた時点で、リュミエールがやにわに色めきだった、声にあからさまな喜色をにじませて。
「おや、オスカー、あなたが、アンジェリーク以外の女性の名を口の端に載せるとは…そうですか、ようやく、あなたの本性、いや、本領発揮ですね、いつかは、こんな日が来ると思っておりましたが…ふふふ…臥薪嘗胆の甲斐があったというものです、これはさっそくアンジェリークに注進してさしあげねば…ふ、ふふふ…」
「って、おい、おまえ、何、訳のわからんことを…」
「このことを知ったら、アンジェリークがどんなに傷つくことでしょう、けど、私は心を鬼にして、アンジェリークに真実を教えてさしあげねば。アンジェリークを悲しませるのは私の本意ではありませんが、アンジェリークを悲しませるのはオスカーの愚行であって、私ではありませんしね、それに、こういうことは、先延ばしにすればするほど、傷が深まるというもの、早めに私が告げ口…いえ、教えてさしあげた方が結局はアンジェリークのため、そして、傷心し打ちひしがれしアンジェリークを私が癒し、慰め、深い愛で心の痛手を覆ってさしあげましょう、そして、そこから、私たち…そう、私とアンジェリークの新たな愛の物語が始まるのです!オスカー、うれしいお知らせをありがとうございます」
「って、おまえ、何、勝手に話をつくってる!俺がお嬢ちゃん以外の女性に興味を示すわけがないだろうが!ましてや、お嬢ちゃんを悲しませるようなことを、俺がする筈ないだろうが!ちゃんと話を聞け!その子は、もともと、アンジェリークの知り合い、同じ新入生で寮生だ!アンジェリークはその子の奇妙な行動を心配し、心を痛めていてだなぁ、それもあって、俺は、こうして、その少女の動向を調べているんだ!」
「…ちっ…」
はっきり聞こえた舌うちだったが、それは聞こえぬふりでオスカーは、ようやく詳しい事情を話し、エンジュらしき少女を身近で見かけたことはないか、尋ねると、リュミエールの答えはこうだった。
「私の周囲には、確かに女性が多うございますが、そのような方は見かけた覚えはありませんねぇ」
「ならいい、が、もし、それらしい女子を見かけたか、誰かの所在を尋ねていた、なんてことを見聞きしたら、教えてもらえるとありがたい。誰の氏素性を知りたがっていたのか、含めて。いいか、俺のためじゃないぜ、アンジェリークが、その子の様子がちょっと変だって、心配しているってこと、よーく覚えておけよ」
「おかしな活動に熱中する少女とは…なにかのカルト集団にでも関わっているのかもと、アンジェリークは案じているのでしょうか。けど、ならば、その少女の様子は、あなたにではなく、アンジェリークにご連絡申し上げるのが、すじというものではございませんか?ああ、そうですね、それがいい、そうしましょう、私から、アンジェリークに直に、逐一、詳細にご報告差し上げましょう、では、さっそくアンジェリークにお誘いをおかけして、会って話すのに都合のいい日取りを…」
「だー!まて!リュミエール!お嬢ちゃんに無用の心配はかけたくないんだ、俺とオリヴィエは!余計なことはするなー!」
いつのまにかクラヴィスとの通話を終え、見かねて、オリヴィエが電話を横から奪った。
「はーい、リュミちゃん、わ・た・し。実は、オスカーと私、共同戦線で、あの子のこと調べてるんだけど、その相手が何せ、アンジェと同じ寮生でしょ?アンジェは、その子の様子が何かおかしいって、直観的に感じてるだけで、具体的に何をしてるかまでは知らないのね、私らやあの子の大事な友人であるロザリアが妙な調査対象に入ってるってことも、今は知らせてないのよ。寝食を共にする同じ寮の子が妙な行動してるってだけで、心配してるのに、それに、親しい友人知人が巻き込まれてるのかも、なんて、知ったら、アンジェがどれほど心を痛め、不安に思うかわからないでしょう?だから、その子の行動のターゲットとか目的がはっきりするまで、アンジェには何も知らせたくないのね、でも、そのエンジュって子の行動が、単なる玉の輿狙いとか、単純なことなら、放っておいてよし、心配する程のことじゃないわけだから、それをはっきりさせるべく調べてるけよ。とにかく、アンジェには、無用の心配かけたくないし、あの子を安心させたいがために、私ら、水面下でいろいろ動いてるわけ、だから、アンジェには内密かつ、周囲にも気取られることなく、協力してくれないかなー、お・ね・が・い」
「それでは、私の愛ゆえの協力がアンジェリークに伝わらないではありませんか…ぶちぶち…」
「なら、何事もなかったって無事判明した暁には、リュミちゃんも色々協力してくれたんだよー、って、ちゃんと、アンジェに伝えてあげるから」
「って、おまえ、何、勝手に約束…」
「そういうことでしたら、やぶさかではございません。では、私の身近にいる方で、エンジュでしたか、その子の調査対象になった方がいないか、それとなく、当たってみましょう」
「よろしくねーん、じゃ、何かわかったら、教えてねーん、それじゃ、まったねーん」
オリヴィエが通話を切るや、オスカーが電話をひったくってオリヴィエに詰め寄る。
「…おまえなぁ、リュミエールにあんな言質を与えたら、さらに「感謝のしるしを示せ」とか、ずにのって、つけ上がって、お嬢ちゃんとデートさせろだの、お嬢ちゃんとお茶させろだの、言いだしかねないだろうがっ!」
「だから、後日、協力者全員とアンジェを囲んでお茶の会でももてばいいじゃん、ジュリアスもルヴァもクラヴィスも混みで。それなら、リュミちゃん1人が暴走するってこと、ないでしょうよ」
「…おまえ、意外と策士だな」
「おほめいただきありがとー。じゃ、マジな話に戻ろうか」
2人の顔つきは、とたんに引きしまった。
「現時点でわかっている点は、いわば身内で、エンジュの調査対象になったのは、今のところ、俺とおまえ、そしてロザリアの3人だけってことだな…この3者の共通点、おまえが第3者なら、なんと見る?」
「世界有数の資産家の御曹司もしくはご令嬢」
「俺も同感だ、が、と、なると、ジュリアス先輩が選外というのが解せんな…」
「単に、ジュリアス先輩が自分の身辺が探られてるって気づいてなかっただけかもよ、私らだって、声かけられなければ、エンジュが様子をうかがってたのに気づいたかどうか…」
「そうだな、そして、推測通り、資産家の子弟がターゲットなら、俺たち以外にも、エンジュの調査対象に入る奴は、この学園に他に相当数いるとは思わないか?今、俺たちの知り合いには、心当たりを探ってもらうよう、依頼はしたが、それ以外にも、探りを入れる範囲を少々広げてみたいんだが…分母が大きくなるほど、エンジュの調査活動の目的がはっきり見えてくるだろうからな」
「オーライ、じゃ、私ら以外の経済学部他学科生はあんたに任せる、あんた、優等生だし、すでにプレゼミに入ってるから、経済学部では顔広いでしょ?私は被服科つながりの人脈に、それとなく、あたってみるよ」
「ああ、くれぐれも用心深くな。この調査が、エンジュ本人、単独の行為なら、さして問題はないんだが…エンジュの背後に誰がいるにせよ、いないにせよ、俺たちが彼女の行動に不審を抱いて、いわば逆探知していることを知られたくない」
「あんた、私をなんだと思ってんのよ、そんなの調査の基本のきじゃないさ」
「すまん、あのエンジュって子のやり方を見た後だと、な。つい、言わずもがなのことを言いたくなっちまう」
「確かに色々な意味で「あんた、いったい何考えてるの?」と突っ込みたくなる子だったというか、見ててはらはらするような危うさがあったというか…周りを何にも見ないで目隠しで突っ走ってるって感じでさぁ、あ、だから、そこらじゅう、誰かれ構わず激突・衝突しちゃうのか、きゃはは!」
「誰がうまいこと言えと言った」
「けど、あれじゃ、アンジェが危ぶむのも無理ないわって、思い切り実感しちゃった、あのこ、本人が危険ってだけでなく、ロザリアの言う通り、下手すると周囲を巻き込むタイプだもん。自爆なら本人が痛いだけで済むけど、もらい事故で巻き添え食らう方はたまったもんじゃないからねー」
「けど、お嬢ちゃんは…おまえにあの子のことを相談した時、自分が巻き込まれることより、自分以外の者の心配ばかりしてたんじゃないか?」
「流石、わかってるじゃん、そーなんだよ、アンジェは自分が巻き込まれることを恐れたり迷惑がったりなんて全然してなかった。エンジュ自身とエンジュの周囲の人間が傷ついたり、痛い思いをするんじゃないかってことばかり心配してた。でも、心配しても、これといって打てる手立てがないからねぇ、だから、あの子、ちょっと気鬱そうに溜息ついてたりして、たまたま、私、そこに行き合わせたものだから、事情をききだしちゃったわけだけど。言葉にすると、思考が整理されるし、腹に抱えてるよりは、ぶちまければ、それだけで楽になったりするじゃん、それで、とりあえず、特効薬みたいな手立てがないからって、あんたが落ち込む必要はないし、落ち込んだって何にもならないから、今は、それとなく、あの子の動向に目を配るだけでいいんじゃないの?こっちからは、挨拶だけは続けるってのも、誠意あって、いいと思うよって、アンジェが、無力感にはとらわれないよう、かつ、少しは、気が楽になるよう誘導しておいたつもり」
「そうか…すまんな。俺も…以前にお嬢ちゃんから、エンジュって子のことを聞いてはいたんだが…俺は、そういう手合いとはあまり関わりにならない方がいい、みたいなことを言っちまってあったからな…それで、相談しづらくなっちまったんだろうな。おまえみたいなのが、お嬢ちゃんの話を聞いてやってくれてよかった。礼を言う」
「でも、あんたも、エンジュって子のこと、知ってたじゃん。しかも、私みたいに無理やり聞きだしたわけじゃなく、アンジェから相談されてたんじゃん」
「ああ、まぁ、そうだけどな…」
「で、そん時のあんたの助言は、アンジェを案じてのことだって、アンジェもわかってるし、だから、本当にアドバイスが欲しかったら、あの子は、ちゃんと相談してたと思うよ。私が事情を知ったのは、無理に聞きだしたからだし、このおせっかいは、んーと、自分のためでもあったし。だって、アンジェは私のブランドの専属モデルなんだから。仕事の時、いい顔してもらうためには、メンタルヘルスを良い状態に保たせたい、それって雇用主として当然のことだもん。でも、私、声をかけたのは、本当におせっかいだったなとも思ってる。だって、アンジェは、傍からみたら理不尽な目にあっても、そこから、何かを学んで自分の糧にして、ってことが、自然にできる子なんだもの。私が声かけた時も、すでに、何事も経験値として消化しつつある、って感じだったし。私のおせっかいは、ちょっと消化を助けて早めただけさね。あの分なら、アンジェは、痛い目にあったことを、今じゃ、完全に自分の栄養にして、さらに視野広く、思考は柔軟に、心は優しくなってるんじゃないかな。エンジュみたいな子もいるんだって、肌身で知ったのが、いい勉強になったことは、事実だからさ。アンジェって、周囲の人間関係に恵まれてるから…無論、それはあの子自身の魅力の賜物っていうの?あの子の姿勢や人間性が、人を惹きつけるからこそなんだけど、だからこそ、ああいうマイナス思考で凝り固まった見ざる聞かざる人種と接したことって、これまでに、なかったろうからね、けど、実際、社会に出れば、そういう人種との接触は否応なしにあるだろうし、良いシミュレートになったと思うよ、あの子には。あの子自身は、明確に意識してなくてもね」
オスカーは、オリヴィエの気づかいに苦笑しつつ感謝し、だからこそ、自分はどう振る舞うのが良いか、結論が出た。
「ああ、俺のお嬢ちゃんは、そういう女性だ。優しく聡く、明るくしなやかで、前向きに物ごとを捉えられる…なら、俺は…敢えてお嬢ちゃんと、あのエンジュって子との間にあったことには触れず…ただ、いつも以上にお嬢ちゃんを俺の甘く熱い愛で包む、が良し、という処か…」
「それがいいんじゃない?あんたたちは、互いに信頼と愛情で結びついてるから、揺るがない、安定してる。だから、アンジェはあんなに可愛くて華奢で一見か弱そうなのに、実は芯が強くて、しっかりしてる。心が豊かで色々な意味でゆとりがある。自分自身が幸せで、その自覚もあるから、何事にも感謝も忘れない。だから、周囲に温かい気持ちを自然に振りまける。ほんと、アンジェを見てると、胸が温かにほっこり幸せな気持ちになる…って、言わずもがなだったね」
「そう、お嬢ちゃんは、周囲にいる者を温かく幸せな気持ちにする、そんなポジティブな影響力がある。が、周囲に影響を及ぼす力がある、という点では、あのエンジュという子も同じかもしれない、ベクトルが真反対だがな。ロザリアの話からも、俺たち自身の経験からもエンジュという少女は、周囲にネガティブな感情を引き起こさずにはいられないタイプみたいだな、ただ、それだけなら…不愉快なだけで、とりたてて実害はないんだが…そして、今回の一件…エンジュが富裕層の子弟の性別を調べまわる事、それ自体は、怪訝な振る舞いではあるが、違法行為とか迷惑行為、というほどのものではない。特に、これが、エンジュが単独で行っていることなら、放っておいていい…というより、関わるだけバカバカしいことだと思うんだが…」
「でも、放っておく気はないんでしょ?」
「ああ、どうも、何かが、俺はひっかかる。勘…としか言えないんだが、嫌な気分がして仕方ないんだ。あの少女の振る舞いの背後に何かあるのではないか、ってな。現時点では、何の証拠も根拠もないんだが…」
「その点は、私もあんたの意見に賛成。いつもの私なら、ああいうのは放っておくよ。けど、エンジュの振る舞いは、何か、背後関係がありそうな気がする、だから、見過ごすには、嫌なひっかかりがある。たださー、その根拠はアンジェと、私ら自身の受けた印象だけーエンジュって子は、自らの意思でなく、誰かの命で動いてるっぽい、そんな気がする、ってだけだからねー。客観的に見たら、あまりに根拠薄弱、それは、私もわかるんだよ。けど、一方で、私、第一印象って、結構、的を射てることある、馬鹿にしたもんじゃない、とも思ってるんだ、ことに、アンジェも自分らも、人を見る目はあると、思ってるしね」
「ああ、特にお嬢ちゃんの人への洞察力は鋭い。お嬢ちゃんの直感は尊重すべきだと俺も思う」
この時オスカーは、アンジェリークが並々ならぬ怯えを見せた銀髪の男のこと、そして同時に、エンジュが、その銀髪の男に強い関心を示していると、アンジェリークが案じていたことを考えていた。
『そう、だから、俺はひっかかるんだ。エンジュの行動は、彼女本人ー個人の意思か、否か。もし背後に誰かいるとしたら、それは誰か。今は状況証拠しかないが、色々な気がかりが、全て一点に集約するような気がしてならない、それが、神経にがりがりと引っかかって、見すごすことができないんだ…』
しかも、その人物は、アンジェリークと同じ学部の学生だから、尚更、気がかりなのだ、接点は少なそうなのが不幸中の幸いではあるが…ただ、いくらなんでも今は…憶測にしても、曖昧・不明な点が多すぎるから、オリヴィエに、この考えを告げるのは時期尚早と、オスカーは考えた。あの銀髪の男をオリヴィエが未見の現状では、アンジェリークの抱いた怯えや危惧を理解できぬだろうし、とも。だから、口に出したのは、これだけだった。
「だから…現時点では何の根拠もないんだが…エンジュの調査対象者には、常より身辺に気をつけろと、注意を喚起するくらいは…やって悪いことじゃないよな?」
「つまりは、ロザリアに、だろ?」
「ああ、俺たちはともかく、ロザリアは女性だし…大学構内というのは、一見、安全なようでいて、誰でも入ってこれるし、死角も多い、お嬢ちゃんの大切な友人であり、俺たち自身の昔馴染みでもあるロザリアが、なにかよくわからん調査の対象に入っているというのは…まだ、危険な目にあう可能性があると決まったわけではないが、この件は黙って見過ごしていい、とは、俺には思えん」
「じゃ、ロザリアには、私からそれとなく身辺に注意するよう言っておく。あの子、頭がいいから、ちょっと話せば大体の事情は察すると思うよ。実際、エンジュが逃げるように立ち去る場面も見てるわけだしね、で、アンジェにはどうする?もし、有数の資産家子弟が狙いなら、あの子は標的には入らない可能性が高いけど…」
「ああ、俺もそう思う、お嬢ちゃんには、差し迫った危険はとりあえずないだろう。だから、無暗に怯えさせたり、脅かすのはどうかと思ってな…俺も少々迷っている。アンジェリークは、嘘をつけない。同じ寮内でこれからも接点は多かろうエンジュが不審な調査活動に没頭している事実を知って、素知らぬふりができるかどうか…。下手すると、自分から、エンジュに接触して、おかしな行動をやめさせようと、無茶をするんじゃないかと…俺はそっちの方が心配だ」
「ああ、それ、いかにもありそう…うーん、アンジェリークに黙っておとなしくしてろっていうのは…いえば出来るかもしれないけど、態度や顔に表しちゃいそうな気はするよねぇ…で、アンジェ自身の身の安全はどうなってるの?」
「彼女にはゼフェルの高性能GPSを常に身につけてもらっている…警報装置付きのな。位置情報がわかるだけでなく、有事の際は、簡単な操作で、俺とゼフェルに緊急連絡が届くように設定してもらってある。ゼフェルの一点ものでな、現時点では、どこの社のどんなGPSより高性能と断言できる」
「なら、安心だ。それに、そういう安全装置があるなら、あえて、怖がらせたり警戒させたりすることも…現時点ではなさそうだね。じゃ、とりあえず、アンジェには黙っておこうか」
「ああ、今まで以上に、決して1人にならないようにとは、重々言い含めておくが」
「それと、その緊急連絡って、私にも来るようにできるかな?距離的に、あんたより、私の方が早く駆けつけられるってこともあるかもでしょ?」
「ああ、できれば、おまえにも頼みたいと思っていたから助かる、ゼフェルに手配を頼んでおこう」
「じゃ、アンジェへの対応はとりあえずOK,現時点で心配なのは、他の資産家子弟が、どれくらいエンジュの調査対象に入ってるかだね。じゃ、とにかく、何かわかったら、連絡ってことで」
「ああ」
方針が決まれば2人の行動は早い。無論、学生の本分は勉学なので、オスカーは、すぐに経済学部他学科の学生への調査に向かったりはせず、自身の所属するゼミ室に向かった。次のプレゼミー研究発表の準備をしなくてはならないし、本来の自分の行動パターンを変えるのは、怪しまれる元だ。何より経済学部のゼミ室にいれば、休憩時間に同じ学部の学生と自然に雑談する機会はいくらでもある、自分の経験ー「こんな奇妙な子が自分を訪ねてきたんだ」と四方山話として話題を振れば、構えて調査せずとも、似たような経験をした者、もしくは、その周辺にいて見聞きしていた者が「そう言えば」と、思い当たる所を語ってくれよう。
あの少女のように、何かを調査中だと大声でふれまわっているのも同然に振る舞わずとも、必要な情報を、もっとさりげなく、自然に集められる、いや、そうせねば…そう考えている自分に気づき、オスカーは苦笑した、あの少女は、俺にも、反面教師という意味で、いい勉強をさせてくれているのだな、と。あの少女のやりよう、振る舞いは「このやり方は拙い、こんな言い方はやめておけ」という悪い見本の宝庫、つまりは、逆をつけば安全・大丈夫という実例集そのままだからだ。オリヴィエが、エンジュの振る舞いを見聞きすることは、アンジェリークに、いい勉強、いい経験値になっただろうと評した、その言葉が実感をもって感じられた。
翌日、オリヴィエとオスカーは、それとない聞きこみで判明した事実及び、早速、旧友からもたらされた情報ー数はそれほど多くはないがーを突き合わせて検討してみた。
「経済学部の他学科の奴らに、自分のことを引き合いに出して「こんなおかしな尋ね人があったんだ」と話をふってみたら、エンジュらしい少女に級友の居場所を尋ねられた、ってやつがちらほらいたぜ、当の本人の預かり知らぬところでな。俺たちの時同様、調査対象への直接接触は可能な限り避けているようだ。実際、性判別だけなら、居場所を確認後、その人物の外見を視認するだけで、普通は、事足りるからな。それを考えると、俺たちがエンジュと接触できたのは、まさに僥幸だった、俺達は直に言葉を交わしたから、エンジュの奇妙な調査活動に気づけたが、遠目から眺めるだけでは…密かにウォッチングされてても気づいてない者も多いだろう。お前の極楽鳥スタイルもたまには役にたつもんだな、おかげであの子と第一次接触ができたと思えばな」
「はん、それを言うなら私の性別を超越した美貌が役に立った、だろ!で、真面目な話、事情はこっちも似たり寄ったり。ロザリア絡みで、法学部の知り合いに話をふってみたら、ロザリア以外にもターゲットが数人いたみたい。あと、文学部も既に調査済みだったみたいだよ。エンジュっぽい子が人を探しに来てたのを見たって話を聞いた。けど、今のところ、教育学部、理工学部とかには、まだ出没してないみたい」
「で、おまえは、その標的になった者たちの名はわかったか?俺は、雑談中に挙がった名前をそれとなくメモっておいたんだが…俺がみるに…エンジュの調査対象は、やはり、名うての資産家…特に有名企業の子弟を狙い撃ちって印象だ、その一方で、芸術家とかスポーツマンとか、一代で財成し遂げたベンチャー企業家本人…うちの学校は学生企業家もそれなりにいるが、そういう連中は範疇外という印象を受けた」
「うん、私も、エンジュの調査対象は家柄よりは純資産の多寡がポイントって感じを受けた。所謂お金持ちの家の子が対象っていうの?となると、この調査は、エンジュ本人が単に有名人と結婚したいから、ではない気がするねえ。それなら…有名人と結婚したいってだけなら、クラヴィス先輩やリュミエールとかゼフェルとか…あとランディも、格好の餌食だもんね、ターゲットから外すわけがない」
「ああ、現在の純資産額はそれほどではないかもしれないが、これから多分途方もなく富裕層になりそうな…金持ち予備軍のゼフェルもターゲット外だということを考えるとな、先物買いとか本人の将来性は加味されてない、現時点での純資産額が判断基準のように思える」
「ただ、それならなぜジュリアス先輩がロックオンされてないのか、わからないんだよねー。ジュリアス先輩ところも、うちらほどじゃないにしても、ご実家は相当な資産家じゃなかったっけ?」
「そこだ、俺も、名家・資産家というだけなら、ジュリアス先輩が、対象外らしいことが不可解だった。それで俺らと先輩の違いを考えてみたんだが…俺らとジュリアス先輩のご実家では、資産の質が異なるんじゃないだろうか?」
「資産の質?」
「そう、営利・営業活動で入手したものか、先祖伝来の土地など相続で受け継がれているものか、どちらも「資産」と言葉では一括りにされるが、その由来は全く異なる。そして、ジュリアス先輩のご実家は名家ー大貴族だが、俺たちやロザリアの家のように実業家ではない。その資産は先祖伝来の広大な所領が主体だろう?一方、俺らやロザリアの実家の資産の出所は所謂「商売」であげた利潤であり、預金や有価証券、債権など、流動性の高い金融資産が主体だ。資産の主体が、動産か不動産か、と単純化してもいい。で、俺が見るに、エンジュの調査対象は、実家が、現時点で、それなりの知名度があり、財をなしている実業家であるかどうかがポイントのような気がするんだ、最初は、知名度のある名家の子弟はまんべんなく狙いうちなのかと思っていたが…ジュリアス先輩がエンジュの選に漏れていたのは、ご実家が名門貴族であっても、カタルヘナ家のように企業家ではないから、かもしれんと思いついてな。そう仮定すると…エンジュの調査対象に入ってた連中は、多大な金融資産を持っている、というのが共通点ではないかというのが見えてくる。そして、それが選定基準なら、カタルヘナ家のロザリアは対象で、ジュリアス先輩が選に漏れた訳が理解できるんだ、ジュリアス先輩のご実家の主な資産は、所有する広大な領地だからな。不動産という奴は、流動性のある有価証券や預貯金のように単純に数値化しにくい、いわば、ぱっと見にわかりにくいし、比較したり計算したりがしにくい。が、金融資産というのは…資本金も含めだが、外からも計算・把握しやすい」
「あ、なるほどねぇ。言われてみると確かに。私も「いわゆるお金持ちの家の子」が、狙われてるなと思ったけど、それなら「なぜ、この家の子は調査対象に入ってないの?同じくらいお金持ちなのに?」っていう、一種のちぐはぐさを感じたんだ。でも資産が不動産か、流動性の高い金融資産みたいな動産か、って差には気づかなかったわー」
「あくまで、現時点での仮説であり、推論だ。まだ、分母の数が少ないから、絶対とはいいきれん。ただ、金融資産なら、最も単純かつ簡便に資産規模がわかるし、第3者にも調べやすい。土地持ちの分限者の資産より、金融資産の方が算定は楽なのは確かだからな」
「選定名簿の出所も気になるところだけど、でも、単に金持ちの家ーしかも、金融資産に特化して抜き出して調べようとするだけなら…タイム誌とかが毎年定番で組んでる「世界の資産家100人」とかの記事で簡単に調べがつくもんね。まずは、ゲイツとかバフェットとかめぼしいファミリーネームを抜き出して…この学園になら、その系累につながるー同じ姓をもつ子弟・息女が複数いても不思議はないから…」
「そうなんだ、単に資産家の姓を知りたいだけなら、いくらでもその手段はある。調査リストだって、エンジュが自身で、経済紙の記事を元に作った名簿かもしれん。そしてリストアップした資産家の姓を学生原簿の検索にかければ、同姓の者を抜き出すことも容易かろう。問題は、そこであの少女が、その子弟たちの性別を知りたがっていたことだ。彼女自身が玉の輿願望があって、男をピックアップしてたっていうなら、話も単純でいいし、放っておいていい。資産家なら財産目当てで近づく輩、子弟を誘惑・籠絡しようとする者はいて当然だし、その対処法はそれぞれの家風による、部外者が口出しすることじゃない。が、おまえの話とアンジェリークがエンジュから受けた印象、そして、俺たちがあの少女から接触を受けた印象からも、俺たち、資産家の子弟の性別を知りたかったのは奴は他にいて…決して彼女本人ではなく…彼女は斥候というか先兵というか…という可能性が否定できない。だとすれば、そのリストの縛り、選択基準も、所謂その黒幕の判断かもしれない…」
「んんー現時点では『かもしれない』が多すぎるね…で、どうする、オスカー。この件、さらに調べる?それとも、しばらく様子見?今のところ、それほど実害はないっちゃーないからねぇ」
「うむ…これは、俺個人の考えだが…俺は、エンジュの背後には、九分九厘、誰かいる、と考える。だから主体である調査者の正体をはっきりさせたい。エンジュの背後にいる者がわかれば、おのずと調査の目的も判明するのではないかとも思うしな」
「それだけはっきり言いきるってことは…あんたは、もしかして、その黒幕にあてがある?」
ずばりと切り込まれて、オスカーは、一瞬、口を噤んだ。今は、自分の懸念をーそれこそ、何の根拠も証拠もない懸念を言っていいものか、妄言とも誣告ともとられかねないが…と、オスカーは、少々逡巡した。