Before it's too be late 21

が、オスカーが迷ったのは、ほんの一瞬だった。オスカーは、憶測は憶測ときっちり線引したうえで、自分の考えをオリヴィエに告げてみようと決めた。自分の考えを「単なる憶測なので、今は保留したい」と、何も言わずに済ますこともできただろうがーオリヴィエも食い下がりはしなかっただろうが、しかし、この件に関しては、オリヴィエは、第3者ではない、俺と同じ当事者だ、と言う思いがあったからだ。加えて、憶測も含め、自分の懸念をつまびらかにした方が、自分が、この件に拘るわけ、見過ごせない理由を、オリヴィエが理解しやすかろうとも考えた。尤も、オリヴィエにカマをかけられたことで「これだから、勘の良すぎるやつはこまる…いや、もしや、俺の思考や行動のパターンが、こいつには筒抜け丸わかりってことか?」と思うと、若干忸怩たるものを感じないでもなかったが。

「ああ、実は…思い当たる人物がいる。が、それこそ確証はない、俺の勘が「怪しい」と言うだけだ。しかも、俺にしても、そいつの顔は知っているが、本名も氏・素性もわからん。わかっているのは、そいつが、お嬢ちゃんと同じ比較文化学部に所属する留学生らしい、ということ。そして、屈強なボディガード、もしくは、監視役らしき者がはりついていたこと。学内では定かではないが、少なくとも、新入生合宿時には、それらしき者に囲まれていた」

「新入生合宿に来るのに護衛OR監視付き?うっわ、なんか、うさんくさー」

「そう、一言で言えば、得体が知れない男なんだ。胡乱というか険呑な空気の持ち主で、お嬢ちゃんもそいつの姿を認めた時、尋常ならざる怯えを見せていた。といっても、見た目…外見は悪くない、むしろ、俺たちに勝るとも劣らぬいい男…の部類だ。が、まとう空気、雰囲気がどうにも物騒…虚無的かつ攻撃的なものを、俺もお嬢ちゃんも感じた。ただ、今言ったとおり、見た目はいいから、険呑な雰囲気も、影があって素敵とか神秘的とか翻訳しちまうような1部の女子は、のぼせ上るかもしれん。そして、ここが肝心なんだが、アンジェリークは、以前、あのエンジュって子が、自分には危険に見えるその男ーつまり今言ったそいつに強い関心と興味を示し、接点を持ちたがっていることを懸念していたんだ。で、あの頑迷で狷介な性格らしいエンジュって子が、誰かのために、もしくは誰かの命にしたがって唯々諾々と動いているのだとしたら、それは、あの少女がよほど心酔する人物のためだろうから、となると、エンジュの背後に何者かがいると仮定するなら、その留学生が怪しい…可能性が高いと俺は考えた。それが、俺が、その男がエンジュの黒幕ではないかと考える理由だ」

「ああ、エンジュって子なら、そういうこともあるかもねー、危険な香りのする男に弱いって女の子、いるもん。しかし、ボディガードもしくは監視付きか…そいつの正体が何であれ、それと、SPの目的が護衛だろうと監視だろうと、そういう人たちが常駐してるとなると、私たちが、その留学生の周辺をうろちょろしだしたら、そっちから…本人からじゃなくお付きの随身に気づかれる可能性あるねー。私ら一介の大学生で…多少、自由にできるお金が多めってだけの…尾行の訓練なんて、受けたことない素人だしねぇ、普段は、逆に、尾行や付きまといに用心しろ、って、警戒する方の立場じゃん?となったら、もう…いっそ、プロの調査員とか雇ってみちゃう?」

「ああ、今、俺もそう言おうとしていたところだった。実をいえば、これ以上は俺個人で動くにはリスクと負担が大きいから、俺のポケットマネーでプロに調査を頼むつもりだとな。エンジュをずっと俺自身で尾行することなんて、どだい不可能だし、身内や知り合いからの噂頼みでは得られる情報もたかがしれている。が、俺自身が、彼女の背後関係をはっきりさせんことには、どうにも気になって仕方ないんでな、納得いくまで背後関係を洗ってみたい。ならば、もう、プロに依頼しようってな。ただ、これは、俺が個人的感情で見過ごせない気がするってだけだから、おまえにも一枚かめとは言わん」

「何言ってんだか。私だってエンジュの調査対象なんだから当事者じゃん。しかも、あんたの話じゃ、エンジュの背後にいるかもしれないその黒幕って、アンジェと同じ学部なんでしょ?いくら、アンジェが調査対象外かもしれなくとも、なんか、そういうの、心配だし、気になるじゃない?そんな奴が、アンジェの身近にいるなんてさぁ…アンジェが狙われないって保証もないわけだし」

「ああ、俺にはどうにも見過ごせない、だが、今は、それこそ何の証拠も根拠もないんだ、だから、俺は、そいつがエンジュと関係があるのか、ないのか、はっきりさせたい、さもないと、どうにも落ち着かないんだ。ヤツがエンジュの調査活動と無関係とわかればそれでいい。いつまでも、もやもやと疑い悩むよりは、調査して、自分がすっきりしたいというのもあるんだ。なにもないとわかれば、お嬢ちゃんを安心させてやれるし、同時に俺も安心できる」

「今時分、身上調査は、それほど、珍しいことじゃないしね、それで、エンジュの背後に何もなければ、それでよし…だけど、もし、あんたの推測通り、エンジュの黒幕がそいつだったら、その時はどうするの?」

「それは、その時…そいつの素性と目的が判明、もしくは、推測できた時点で考える。そいつ自身が富裕層の子女との縁組を狙ってるってこともありうる。だとすれば、そいつは、どこかの貧乏貴族で、逆玉の輿でも狙っているというだけかもしれん…もし、そうならエンジュって子は、何故、ヤツの手助けをしてるのか、理由がわからんが…それなら、そうと判明した時点で放っておけばいい。よくある貧乏貴族の身売り話でしかないからな。お嬢ちゃんにも、何にも心配はいらないぜって、自信を持っていえるようになる」

「そいつ、留学生らしいんだよね?しかもボディガード付きの…となれば、その可能性もありか…貧乏貴族や貧乏王族が、己の血筋を質種にパトローネを探しにこの学園に来たって可能性は、確かにありかも…。成り上がりの金持ちと、伝統と歴史はあっても内情は火の車の旧名家との縁組なんて普通すぎるほどにあるし、それ自体は両家が合意してるならノープロブレム、違法でもなんでもないしね。で、そんな背後関係の有無を自分で調べようなんて、そりゃ、私たちには荷が勝ちすぎてるわ。プロに任せるのが正解だね。何より手間が省けるし、私たち、結構多忙な大学生だもんね、現時点での曖昧な危険では、自身の身上傾けて調査に没頭するには、リターンがないかもっていうか、リスクが大きいっていうか」

「ああ、大山鳴動してネズミ一匹になる可能性も高い、その方が、いいといえばいいんだが…ただ、それにしても、見過ごすには、引っかかる点が多すぎる。そして、俺は、自分の勘をそう捨てたもんじゃないと思っているんでな」

オスカー自身には、あの人物が送迎されていた車が外交官ナンバーをつけていたらしいことも、引っかかりの一要素だった。が、これに関しては、それこそ、自身も車の中からすれ違いざまに見かけたにすぎない物証なので、あまりに根拠薄弱と思い、まだ、オリヴィエには伏せておく。身上調査の過程で、その辺りも浮かび上がってくるやもしれぬのでー無論、調査員には、自分が見かけたことを憶測と前提した上で情報提供をし、調査の方向性を絞らせるつもりでもあるー調査で、ある程度判明した時点でオリヴィエに知らせようと、考えた。

「で、おまえ、調査会社にツテとかお勧めはあるか?もし、特になければ俺の方で、懇意の調査会社に、エンジュの身辺…彼女の調査対象の詳細と、彼女に命を出している者がいないか、いるとしたらだれなのか調べてほしいと調査を依頼してみるが」

「いやいや、あんたにあてがあるなら、そっちはおまかせするよ、アパレルには、あまり縁がないもん、そっち方面の調査会社って。マーケティングとか市場リサーチとか、マスな調査をするリサーチ会社ならコネクションもあるけどね」

「なら、アルテマツーレと取引のある調査会社に、俺から依頼しておく。元々、俺1人で調査を依頼するつもりだったし、今回は、単なる身上調査じゃすまないかもしれん…だから、うかつに民間の探偵社なんかには頼めんなと、もともと思っていたんだ。エンジュの背後にいる人物の立場が、もし、俺の推測通りなら、おまえも言っていた通り、当の本人ではなく、お付きのSPにこちらの調査活動を悟られる可能性もあるからな、信用できる腕ききを依頼せんと、こっちが逆に身元や意図を探られるかもしれん。用心するにこしたことはないだろう」

「じゃ、そういうことで決まりだね。何かわかったら、きっちり私にも知らせてよ」

「了解した」

とりあえずの方針が決まり、オスカーはしかと頷いた。

ただ、この時、オスカーは、彼にとって何より大事なアンジェリークが、エンジュの謎のリストに入る可能性が低そうであることに心から感謝していたし、そのためにこそ、まだまだ危機意識は低かった、ともいえた。それでも、謎の調査をして回っている少女が、アンジェリークと同じ寮生であること、しかも、その調査を命じている黒幕と思しき人物が、よりによってアンジェリークと同じ学部生であるという2重の嫌な偶然が揃ってしまっていたので、それこそ、用心してしすぎることはない、と考えた上で、エンジュという少女とその周辺を身上調査してみることを決意したのだった。エンジュの背後にあの胡乱な男がいたとしても、その目的が、先刻述べたような、その男にとっていい身売り先を探しているだけなら、大して実害はない。自身に足りないものを求め、補おうとするのは、悪いことでも不自然なことでもない、それが金銭と血筋のやりとりであり、物々交換ならぬ人々交換という形体の取引になるとしてもだ。そして、そういう取引の需要は現在も実際にある。もし、ヤツが事実パトローネを探すためにこの学園に留学してきたのなら、その情報をながしてやれば、自分から進んで奴に近づく富裕層もいるかもしれない。無論、「利用されてはたまらぬ」と忌避する層も確実にいようが。そして、それだけなら、それでいいのだ。オスカーの「自身が安心したいがために調査するのだ」という言葉は、本音だった。

ただ、実際に、エンジュの背後関係及びその目的が判明するまでは…エンジュが怪しい行動をとっており、その目的も判然としない現時点では、用心してしすぎることはない。今まで以上に、アンジェリークには決して一人にならぬよう、必ず、信頼できるものと行動を共にするよう、強く念を押す、それは絶対不可欠だとも、オスカーは思っていた。

そして、オスカーは時をおかず、アルテマツーレと契約している調査会社にエンジュの身辺調査を依頼した。「これは極私的な調査なので、報告は俺のみに、また、費用も俺個人に請求するように」とくれぐれも念をおしたうえで。

 

オスカーが調査を依頼して数日ほど過ぎた。

エンジュにはプロの尾行がついており、日々、報告があがってきてはいたが、今のところ「これは」というような情報はなかった。エンジュはオスカーとオリヴィエにしたようなー正確には、彼らの級友にしたように、各学科の専門課程の授業前後に、その辺にいる適当な人を捕まえては、富裕層の子弟の居場所、もしくは性別を尋ねる、を繰り返しているようだった。

また、調査を依頼した即日、オスカーとオリヴィエは、ロザリアに、エンジュの行動と、その背後関係を詳細に調査することにした旨を伝えた。その時、あくまで、憶測の域は出ていないが、と前置きした上で「エンジュの奇妙なふるまいの背後には何者かの存在がある、と俺は睨んでいるんだが…エンジュは富裕層の子弟を狙い撃ちで性別を調査しているようなので、エンジュの背後には、いわゆる逆玉を狙っている貧乏貴族、もしくは貧乏国の王族の男でもいるのかもしれん」と付け加える。そんな単純な話なら、逆に何の心配もないのだが、と思いつつ、オスカーは肝心な用件へと話を続ける。

「だから、おせっかいかもしれんが…ロザリア、君自身もそうだが、君の周囲には富裕層の女子が多い、彼女らだけのコミュニティもあるだろう、なので、見た目のいい留学生なんかが馴れ馴れしく近づいてきたり、突然の窮地を救ってくれたとか…あと、考えられるとしたら、軽度な交通事故も怪しいな、怪我人が出ない程度の、だ。車の修理の件で、連絡先を自然に交換することになるし、その後、一定期間継続しての接触も狙えるからな…そういうアクシデントがあったら、お近づきになることを狙っての仕組まれた演出である可能性を考慮した方がいい、と、それとなく、女子の間に知らせてほしい。逆に、それが願ったり叶ったり…金目当てでもいいから所謂「青い血」を血筋に入れたい、とにかく娘を貴族に縁づかせたいと政略結婚も納得づく、という家柄もあるかもしれんから、どちらにしろ、これは流して無益な情報ではないはずだ」

あの銀髪の男の目的が何であれ、何の意味もなく、単なる好奇心などで、富裕層の子弟の身上調査をさせているわけではあるまい、調査結果が出そろえば、何らかの行動にでるはずーつまり、調査対象の誰かとの接触を試みる筈だ、とオスカーは睨んでいた。

が、その時点で富裕層の子弟の間に上記のような噂が流れ、周知されていれば…富裕層の子弟は、ヤツを忌避する者、もしくは積極的な接触を試みる者と2分する筈だ。その結果、奴がどんな動きを見せるかが問題だった。奴が、渡りに船とばかりに、さっさとパトローネを確定し、妙な調査活動を終止させれば、それでよし。富裕層の婚約・縁談話は、上流社交界では、常に話題の上位なので、単なる政略結婚なら、即座に婚約発表され、社交界に知れ渡るだろう、ならば、ヤツの行動に複雑な裏はなし、としてこれ以上は関知も関与もしない。一方、ヤツが、何か別の動きを見せるようなら、別の目的があるということだろうから、ヤツの目的と素性の調査は続行だ。ビリヤードの玉のように、一つの玉が動いて別の玉に当たれば、また、その連鎖で状況が変わっていくだろう。いわば、オスカーは、自分がまず始めにキューで玉を突き、場を動かしてみることにしたのだった。

オスカーの話を吟味するように聞いていたロザリアは、コンマ数秒という極短時間、熟考したのち

「オスカー先輩、そのお話…わたくし、女子同士の席でのみ話題にすれば、よろしいのですかしら?」

と確認してきた。

「ああ」

オスカーが簡潔に応える、

と、ロザリアは、取りすました表情で、けど、ほんの少し、人の悪い笑みを、瞬間、口元に浮かべた。

「そういうことでしたら…ええ、女子の間の噂って結構、侮れませんのよ。先輩、流石によくご存じですのね。逆玉狙いの外国の貧乏貴族が持参金目当てにお嫁さんを探してるらしいなんて噂、男子学生は一切預かり知らぬ、けど、女子学生には周知の事実なんてことに、いかにもなりそうですわ。それに…そうそう、身もちの悪い娘の片付け…いえ、嫁ぎ先が見つからなくて「実態はどうあれ、とりあえず聞こえのいい嫁ぎ先」を探してるとか、所謂「いいお話」に血眼になってるお金持ちがいっぱい出席するパーティなんか、いくらでもありますから、そういう場で格好の話題になりそうですわね」

「ああ、そういう輩との接触を避けたいお歴々にも、また、進んで食いつきたい層にも、どちらにも役に立つという稀有に有用な噂だろう?」

「ええ、一部の上流階級とか富裕層は、ことのほか、噂を好みますもの、聞くのも流すのも…そういう方々には、これ、極上の話題だとおもいますことよ」

「まったくねー、噂が大好物って人、いるよねー、で、噂で偏見や思いこみ培って、わかったような口を聞いたりー一方的に人を決めつけたりってこともあったりで。ま、富裕層がそういう人ばかりとはいわないけどさ。けど、政略結婚狙ってるっぽい胡散臭い人間が、これみよがしに接触してきたら、人によって、どう反応するのか、ちょっと、見るのが楽しみでもあるな、私は。利用するつもりが、されちゃった、なんて結果になるかもしれないし。富裕層って一般に図太くて、したたかだからねー」

「図太くて、したたかって…それ、おまえのことか?」

「そりゃ、お互い様」

「はいはい、先輩方はお二人とも、まごうことなく富裕層の子弟でいらっしゃいますことよ」

「うん、実際、お金持ちの家の子だから、いつのまにか図太くしたたかになっちゃってても、仕方ないよね。だって「お金持ち」って、いい面もあるけど、お金持ちだからこその困ったところも嫌な面も、身近に、嫌って程、思い知らされてるし、否応なしに経験則で学ばされちゃったこともたくさんあるし」

「けど、その内部にいて、特性をわかっていればこそ、逆に利用もできることもある…」

「ですわね」

「だね」

3人は顔を見合せて、それとなく頷き合った。

そして、今現在にいたるまで、オスカーは、今まで通りの日常を送っている。

常通り、勉学にはげみ、体を鍛え、アンジェリークと語らい、親密な時間を過ごす。

何か気がかりがある時、何かを極秘裏に調べたり、進めたりしたい時ほど、自身は、いつも通りに振舞うが良しと心得ているからだ。

オスカーは調査対象とその背後にいる者に、自分の存在を気付かれたくはない、自分がエンジュの行動に注目していることを気取られては困る。

だから、先日、自分以外にエンジュの調査対象になった者がいないかどうか、自身が友人知己に尋ねるのは、世間話を装ったものでも、ぱったりと控えて、もう、話題の俎上にのせることはしていない。同様の調査を頼んだ先輩・同輩諸氏にも、1度、世間話のついでのように尋ねてくれたなら、それでOK、むしろ、それ以上はあまり踏み込まないでほしい旨を念を押して伝えておいた。

無論、エンジュ本人の動向に目立った点あらば、教えてくれるよう、極親しく、確実に信頼できる友人知己には頼んであるが、当然ながら、彼らにはオスカーほどの切迫感はないし、何より、エンジュ本人の外観を良くはしらない。口頭で特徴を伝えただけだから、身近でエンジュを見かけても、それと気づくかどうかわからない。その状態で下手に派手に動いた揚句、エンジュに「自分は注目されている?」と気づかれてしまっては、元も子もない。

自身の調査に駆けずり回っているエンジュが、自分の行動が逆に追尾されていることに気づく可能性は低いと思ったが、もし、自分、もしくは、その近縁の者が彼女の身辺を嗅ぎまわっていることに気づかれたら、そして、そのメンツが皆、アンジェリークと極親しい間柄であることを万が一にでも推察されたらーアンジェリークは、被害者面をしたエンジュに「よってたかって私をバカにして!」と逆恨みされるか、酷いいいがかりをつけられるか、食ってかかられるか、罵られるか…どちらにしろ、ひどく不愉快な思いをさせられるのは間違いないだろう。アンジェリークには一切のとがも非もないにも拘わらず、だ。ただ、それ位なら、まだ、大事ではないが(オスカーには個人的感情的に許しがたいとしても、だ)、そこから、背後にいる者がアンジェリークに目をつける可能性がないとはいえない。アンジェリークは彼らを結び付けている強固な結節点であると同時に、すべての者にとって弱みでもある。最も大事な存在だからこそ、最大の弱点にもなってしまう、これはいかんともしようのないことだった。

2つの点を結びつけ、その関係性を類推する能力は、エンジュという少女には乏しそうだったがーああいう強張り偏った思考の持ち主は、柔軟に類推・思考する能力は乏しいのでー背後にいる者がだれか、その能力も判明しない現時点では、アンジェリークに累が及びそうなどんな些細なリスクも、オスカーは見過ごせなかった。そして、彼の友人知人は、その彼の懸念を即座に理解し、快く、協力してくれた。彼らには「アンジェリークには、どんな些細なものであれ、危険が降りかかる可能性があるような行為は避ける」という共通認識があるからだった。

とりあえず、調査はプロに任せた。結果が出るのを待つだけだ。

その間、自分はいつもどおりの日常を営む。ただし、アンジェリークの身辺へはらう注意は綿密に。

今日もオスカーは彼女の終業を待って、教室前まで迎えに行くつもりだった。

オスカーは、携帯を取り出すと「お嬢ちゃん、今日の授業はいつもどおりに終わりそうか。もし、そうなら、学部棟の出口に迎えに行く。一緒に帰りたい。寮まで君を送る栄誉にあずからせてもらいたいんだ」とメールした。程なくレスが返ってき、オスカーはほっとした。

そこで、オスカーは更に考える、このように登下校時はほぼ俺が一緒にいられる。モデル業がある時は、オリヴィエが彼女と一緒にいるから安心だ。なら、彼女が課外活動に参加している時はどうだ?

アンジェリークが今、参加している課外活動は、確か、スモルニィ祭準備委員会だったはずだ。今はまだ、委員会も立ちあがったばかりで、さほど多忙ではないはず…今年度のHPを開設し、協賛企業を募り始めた位だろうか。時期的に忙しくなるのは、前期の期末試験が終わってからだろう。この委員会にも、彼女か俺の親しい知り合いがいるといいのだが。心もとないようなら、アンジェリークに目をかけてもらうべく、俺のポケットマネーで協賛企業枠を一つ位買い上げてもいい、そうすれば、委員会にも顔つなぎができる、何かと委員会に顔をだして様子を見る言い訳もたとう、と、オスカーはおよそ学生らしからぬことまで考えていた。

エンジュとも、あの銀髪の男とも、アンジェリークは彼女の意図とは関わりなく接してしまう時と場合があろうことが、オスカーには気がかりだった。かといって寮内や教室に一緒に入ることはできない、無論、四六時中アンジェリークにくっついている訳にもいかなかったが、オスカーはアンジェリークを「安全」だと思える場所に送り届けるまで決して1人にしないよう心がけ、努めた。自分が一緒にいられない時は、なるべく顔見知りと一緒にいるようにも重々言い含めてはあったし、自分も時間の都合がつく限り、ただし、不自然ではない程度に、彼女の傍にいるよう、心がけていたが。

幸い、彼らの熱愛ぶりは有名だったので、オスカーが今まで以上になにくれとなく、アンジェリークに気配りしている様を不審に感じる者はいなかった。

「お嬢ちゃん、待ったか?」

「いいえ、オスカー先輩、私も今、授業が終わった処です」

メインストリートを行き来する学生が多く、思いのほか、人波をかきわけるのに時間を取られ、オスカーがアンジェリークを迎えに比較文化学部の学部棟にたどり着いたのは、授業終了のチャイムは疾うに鳴り終わり、解放感に満ちた学生たちが三々五々散っていく、丁度、その頃合いだった。

そこで、オスカーは、折よく、級友たちと一緒に教室を出てきたアンジェリークと行き会えた。

「じゃ、みんな、また、明日ねー」

アンジェリークが朗らかに級友たちに手を振り、級友たちも手を振り返す。終業後のアンジェリークをオスカーが迎えに来るのは、もう、当り前のこととして認知されているので、きゃーきゃー騒がれるようなことはない、少なくとも表立っては。

「さ、帰ろう、お嬢ちゃん」

オスカーはアンジェリークの肩を抱きよせながら、さりげなく周囲に目を配る。あの銀髪の男の姿は見当たらない。その事に無意識のうちに安堵の吐息をつく。が、同時に、エンジュという子があの銀髪男と一緒にいるところでも見られれば…それは決して喜ばしいことではないのだが、ある程度、気持ちのもやもやは晴れる…と考えていた自分に気づく。

今までは、単に彼女と同じ学部に「妙に胡乱な奴がいて油断ならない」と案じていた。また一方で、アンジェリークが暮らす寮内に、その胡乱な男に熱をあげてるらしい少女がおり、その子が寮内で孤立しているのが心配だ、と彼女から聞いていただけだった。その2つの事象は、それぞれ独立したもの…相互に無関係な厄介事だと思っていた。が、その少女が、目的のわからぬ調査活動をしており、その対象に自分と友人知己が入っていた。そして、その少女は「胡乱な男」に熱をあげていたのだ、となれば、その背後に「その胡乱な奴」がいるのではないかと推すのは、当然の帰結だ。

だが、アンジェリークに無用の心配はかけたくない。だから、エンジュと接触のあったことを、オスカーは、未だ、アンジェリークに告げていないし、現時点では、これからも告げる気はない。調査結果がでて、何事もなし、と判明したら、その時点で話そうと思っている。今現在、手のうちようのないこと、動きのとりようがないことで、アンジェリークを心配させたり、煩わせたりしたくないのだ、そう思うと、アンジェリークが、自分にエンジュとの間にあったトラブルを告げなかったわけもわかるのだ。

だからオスカーは、心底何気なく、さりげなく、普通の会話を心がける。

「お嬢ちゃん、どうだ?大学生活には慣れたところで、身辺に何か変わったことや、困ったことはないか?」

「いえ、先輩、毎日、とても楽しいです。勉強は大変だけど…でも、やっぱり、こうして先輩と一緒にキャンパスを歩けて、授業の終わりに待ち合わせをしたりできるのが、嬉しくて仕方ないんです。今、思うと、高校最後の1年、別のキャンパスで、我ながら、よく、過ごしていられたなって思うくらい」

アンジェリークがいつもと変わらず、溌剌と明るく受け答えをしてくれた。その様子に「今のところ、お嬢ちゃんの周囲では何も変わったことはないようだな」とオスカーは安堵する。言葉の内容以上に、アンジェリークの口調、態度、そういう言外の物から伝わってくるものは多く、大きいのだ。

が、一方で、彼女は寮でのことは言及しない、寮の話を出せば、口調や言葉選びにアンジェリークの心配事が透けてみえることもあろう。すると、俺が、寮内で何かあったのか、と気取って問うてくるやもと案じているのかもしれない。心配をかけたくないから、エンジュとの間にあったトラブルを、お嬢ちゃんは俺に知らせたくないのだろう、エンジュという子が君に失礼な態度をとっていることを、俺は、もう知っているんだがな…と思いつつも、だから、オスカーも敢えて寮のことは話題にせず、普通に、アンジェリークの話を引き取る。

「ああ、俺もお嬢ちゃんが大学生になるまでの1年が長かった…だから、なるべく一緒にいたいと思っちまう。俺は自分の我儘でMBAのプレゼミに入っちまってるから、一緒のサークルに入るってわけにもいかないしな」

「先輩は、確かな目標がおありですもん、そこにまっすぐ突き進んでらしてこそ、先輩ですもん。私はそんな先輩が好きなんですもの」

「そう言ってもらえると助かる」

「それに、私もオリヴィエ先輩のモデルのお仕事があるから、普通のクラブはやっぱり入れませんでしたから、丁度よかった…なんて言ったらいけないかしら?だって、オスカー先輩が普通のサークル活動なさってたら、同じ部活の人に、私、やきもち焼いてたかもしれないし、無理して同じクラブに入って、モデルのお仕事とどっちも中途半端になってたかもしれないし…だから、スモルニィ祭実行委員会に入って、自分としても、よかったです。やることをやっていれば割と時間の都合がつけやすい活動で、なのに、すっごく、やりがいがありそうで」

「そうか、でも、高校時代とはスモルニィ祭の規模が段違いだからな、準備も大変なんじゃないか?」

「あ、はい、それはそうですね、びっくりしちゃいました。学校のHPだけじゃなく、学園祭専用のHPも立ち上げるし、協賛企業も募って、寄付金や提供品いただいたり、その代りに広告を打ったり…。芸能人のコンサートもあるってことなので、その出演交渉もするみたいですし。私は新入生なので、そんな大層な仕事はないんですけど…何から何まで、初めてづくしのことばかりなので、まだ、言われたことを、きちんとこなすだけで精いっぱいって言う感じです、それでも、今は、まだ、どんな人に出演交渉を頼むかとか、どんな会社に協賛をお願いに行くか、とか選決の打ち合わせに参加させてもらってるだけでもワクワクしちゃいます。ただ、今はまだ、あまり、忙しくはないから、私でもついていけてるのかもって思うところもあって…んー、私、きちんとお役にたてるか、ちょっと自信がない時もありますけど、精一杯、頑張ろうと思ってます」

「そうか、大変だとは思うが、頑張った分だけ、スモルニィ祭当日はきっと、感無量の気持ちで迎えられるぜ。そういえば、準備委員会に、誰か見知った顔はいただろうか?」

「はい、ルヴァ先輩が委員長をなさってます、私、オリエンテーション合宿で、ルヴァ先輩が準備委の紹介にいらしたのを見て「準備委員会っていいかも」って思ったんです。ルヴァ先輩がいてくださるなら安心っていうか、親しみも感じられて」

「ああ、そういえば、今年の準備委員長はルヴァだったか、それなら安心だな」

「はい!そうそう、それにですねぇ、先輩、私の立場から、お知り合いっていうか、お友達って言うのは、おこがましいんですけど、親しい先輩方のおかげで今年のスモルニィ祭に、もう3つも目玉の企画が立ってるんですよ!」

「この時期にか?早いな…ちょっと待て、今、知り合いって言ったか?親しい先輩方って…そのうち、一人はオリヴィエだろう?奴主催のファッションショーか何かだろうが…」

「はい、オリヴィエ先輩が、今までのショーに出展したドレスを提供して即売会をするって、準備会に言いにきてくださって…もうね、すごい大騒ぎだったんですよ、その時。オリヴィエ・デュカーティの一点ものやサンプルのワードローブが売りに出されるなんて、これはもう、前代未聞、今年のスモルニィ祭りの目玉だって。そしたら、そのすぐ後に、すごい企画が更に2つも持ち込まれて…」

「もしかして…今、俺は、ものすごく嫌な予感がするんだが…残りの2つの企画も、俺の顔見知りが主催だったりしないだろうか…」

「オスカー先輩たら、すごーい。どうして、わかっちゃんですか?はい、その通りです、クラヴィス先輩がお茶会を主催してくださることになって、リュミエール先輩が、公展で賞をとった作品と今までに描きためた作品の展示会を申請してくださったんです、もう、準備委員会は、一瞬、静まり返って、その直後、ものすごい歓声が起こった程だったんですよ。これで、今年のスモルニィ祭は、大成功間違いなし、広告を打たなくても、取材がたくさんきて、費用をかけずに宣伝できるんじゃないか、いやいや下手すると入場制限を掛けなくちゃならないかも、今年が盛り上がりすぎると、来年の準備委員会が大変だろうなって、すごい先回りの心配まで出る始末で、とにかく、すごい盛り上がりだったんです。取材がこなかったとしても…普通に宣伝告知するだけでも人出もいつもの倍、もしかしたら、それ以上見込めるんじゃないかって、警備会社に人数確保を今のうちから要請しておくべきじゃないかって、今から嬉しい悲鳴をあげてるような状況なんですよ」

「…やはり…か」

「はい、クラヴィス先輩なんて、この2年、どこから打診されても、お茶会の催しをなさろうとしなかったのに、今年はやってくださることになったので、他の先輩方が驚いてましたもん、いったい、どういう風の吹きまわしだって。しかも、クラヴィス先輩御自ら、ご自身の手で造られたお茶碗でお茶を立ててくださるんですけど、クラヴィス先輩が、自作のお茶碗を一般に公開するのも2年ぶり…先輩が高校3年生だった時の文化祭以来らしいです。それから、それから、リュミエール先輩も、ご自身の作品は、今までは公展に出した物以外、人前に出さなかったのに、今回は、書きためていた素描も出してくださって、何点かは販売もしてくださるとかで、しかもその売り上げは、スモルニィ祭準備委員会を通じて、どこかのボランティアに寄付したいっておっしゃってくださって…リュミエール先輩も、今まで、作品展のお誘いを去年は断ってらしたとのことで、やっぱり、他の先輩方、最初は半信半疑で…クラヴィス先輩も、リュミエール先輩も、土壇場で気が変わったら大変だって、準備委の先輩で心配してる方もいますけど、でも、委員長のルヴァ先輩は「あーまーその心配は、まず、いらないと思いますけどねぇー」って泰然自若としてらっしゃいます」

「…そうだろうな…で、もしかして、だが、今、リュミエールとクラヴィス先輩は、しょっちゅう、準備委員会に顔を出しにきたりしてないか?」

「どうして、おわかりになるんですか?先輩ってすごい…なんでもわかっちゃうんですね!ええ、打ち合わせっておっしゃって、よく、顔を出してくださいます。今の時期は、まだ、そんなに詳細な打ち合わせをする必要はないんですけど、先輩方、とても気をつかってくださって。おかげで、今年、準備委員会に参加した女子は、きゃーきゃー言って喜んでます、こんな役得があるなんて、思ってもみなかった、ボランティアに参加してよかったー!って。クラヴィス先輩も、リュミエール先輩も見目麗しくていらっしゃいますから」

オスカーには、2人の目的とお目当てが手に取るようにわかったが、そこは抜け目ないあの2人のことだ、あからさまに態度に表して、アンジェリークの立場を危うくするような真似はすまい。何より、アンジェリークは自分オスカーと公認の仲ゆえ、他の女生徒も、彼ら目的が何か、思いつかないのだろう。が、オスカーにはわかる、わかりすぎるほどにわかる、なぜ、いきなり彼らが文化祭の催しを企画・参加を申し出たのか、誰に自らの魅力をこれでもかとアピールしたいのか…。

しかし、考えようによっては、俺の目の行き届きにくい準備委員会での活動に、知り合いの目が複数ある、というのはいいことだ。しかも、彼ら2人は、どんな些細な機会であれ、アンジェリークと行動を共にしたがろうし、決して彼女を1人しないてあろうことは、断言できたからだ。

が、彼らにだけ、自らの才やら魅力やら、アピールさせておくのは、オスカーとしては面白くない。

しかし、オスカーには文化祭の出し物にできるような特技がない。趣味の乗馬を生かして1日乗馬教室をやろうとしても、馬術部と競合するし、チェスもフェンシングも然りだ。経済学部所属といっても、経済相談や講演会を開くのはーMBAも取得していない2回生の身では、あまりにおこがましすぎる…

オスカーは自分の無芸(では決してないのだが)をこの時ばかりは呪った。が、アンジェリークは、そんなオスカーの胸中は知らず、朗らかに話を続ける

「準備委立ち上げ早々、目玉企画が3つも揃ったので、ルヴァ先輩が、すごく尊敬を集めてます、高校時代、生徒会活動をしてたその人脈か、あの腰の重い大物…ってクラヴィス先輩のことかしら?をひっぱってくるなんてってすごいって、ルヴァ先輩、一目おかれてます。でも、あのお二人にどんな風にお誘いをかけたんですか?って周囲に聞かれても「それは秘密です」って、にこにこ笑ってるだけで、教えてくださらないそうですよ」

「そういえば、お嬢ちゃんも、委員長がルヴァだと知って、委員会に入ったんだものな」

「はい、でも、実をいうと…もともと、自分から入るつもりはあったんですけど、入会希望に行く前に、ルヴァ先輩から「いかかですかー?一緒に活動してもらえませんかねー」ってお誘いいただいたんです、それで、渡りに船っていうか、喜んで!って即答しちゃって…」

「…そうか、そうだったのかそうか…なんというか、読めた。ルヴァの奴、策士というか、あいつらの弱点をよくわかっているというか…ヤツらへの効果を見越して、予めお嬢ちゃんを誘って準備委に入会させたのは明白だな…が、結果的には、ルヴァがお嬢ちゃんの傍にいるわけだし、ヤツら2人とだけ一緒に置くよりは、安心だし、心強い…な」

「???」

そういうことにしておくのが、互いのために平和だ、ルヴァ本人は気付いてその状況を利用しているのか、それとも単なる幸運と思っているのか…

「ルヴァは結構なやり手のようだな…」

「はい、ルヴァ先輩って、すごいんです。いつもにこにこしてて、優しそうで、人当たり良くて、全然こわもてとか強引とかいう雰囲気がないのに、色々なサークルさんへの頼みごと、全部承諾してもらえるんですよ、ああいうのを人徳っていうんでしょうねぇ。そういえば、ゼフェルには発明品をバザーにたくさん出してくれるって約束を取り付けたって言ってましたし、リュミエール先輩がスケッチとかクロッキーを販売してくれるのも、初めてのことだっていいますし」

と、アンジェリークがニコニコ顔で話してくれたので、やっぱりだ、絶対だ、ルヴァのやつ、効果をわかってて、お嬢ちゃんをスカウトしたな、と、オスカーは確信した。

ルヴァ、侮れんやつ。最初にお嬢ちゃんに声をかけた時点で、お嬢ちゃんに芋づるでついてくるであろう有象無象の才人たちを、文化祭の出し物にひっぱりだす気でいたに違いない。

しかも、彼女は俺の恋人、一見、やつらの目当てがお嬢ちゃんとは気付かれにくいから、周囲のスタッフがお嬢ちゃんに羨望や嫉妬して、人間関係に波風がたったり軋轢が生じたり心配もない。奴らも、お嬢ちゃんにいい顔をしたいだろうから、あまり我儘や無理難題も言わんだろうし…お嬢ちゃんの効果はバツグンだぜ、まったく。そして、それを無駄なく最大に利するとは、ルヴァのやつ、あんな、人の良さげな顔をして、油断ならんな。

と、思いつつ、アンジェリークの魅力やら人柄やら人気者ぶりやらが、うれしくて、ついにやけそうにもなってしまう自分がどしがたいとオスカーは苦笑した。

これだけ、旧知の人間が、周りを固めてくれているなら、アンジェリークの身辺は、問題も心配もないだろう、と。

が、ここで、俺だけ何もしないで、あの長髪2人組に「どや顔」されるのも癪にさわる。

「なら、俺も何か協力するかな…俺が個人的に出せるものはないかもしれんが、アルテマツーレの名で、いくらか協賛金を出せると思う」

「え?そんな、申し訳ないですー。学園祭に、先輩の会社からお金を出していただくなんて…あの、公私混同になっちゃいませんか?先輩のお立場が悪くなったりしませんか?」

「大丈夫だ、俺の持っている株の配当で…つまり、俺のポケットマネーから、出すから。個人で払える範囲内でな」

「けど、先輩のポケットマネーって、たぶん、普通の方の考える協賛金と桁が違ってるんじゃないかしら…」

「寄付金は大いに越したことはない、資金が潤沢なら、遠慮なくトップアーティストにも声がかけられるだろう?胸を張って、出演交渉に臨めばいい」

「あ、はい!じゃ、コンサートは「アルテマツーレ主催」って絶対入れてもらいますね!先輩の…お父様の会社、名前を広く知ってほしいですもの。素晴らしい会社だってことも、一緒に伝えられたらいいんですけど…うーん…何かいい手だてはないかしら…」

「君がそんな風に思ってくれていて、うれしいぜ、アンジェリーク」

「そんな…それは当然です…けど…お、お、オスカー先輩、フェイントですぅ、いきなり、そんな、素敵なお声でアンジェリークってよばれたら…私…ドキドキして心臓が破裂しちゃう…くらくらして、今にも、倒れちゃいそうです…」

「それは大変だ…なら、大事ないように、しっかり、俺が抱いていてやろう、俺の…アンジェリーク」

「せんぱ…オスカー…」

「そう…俺の目をみて…そのまま」

アンジェリークを抱きよせ、滑らかな額に、かわいい鼻先に、そして、ふっくらとした唇へとキスをした。アンジェリークの周囲に変事はなさそうなこと、周囲に頼みになる人物がいてくれること、そのおかげで、今は悠然と調査の結果を待っていられることに感謝しながら。

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