Before it’s too be late 23

調査会社からの報告書を、オスカーはある意味、待ちわびていたし、その内容は、オスカーの憶測と一致している部分が少なからずあった。が、報告書に最後まで目を通しても、オスカーの心はいっかな晴れなかった。その内容は、むしろ、オスカーの心のもやもやを却って増幅させただけだった。

その時だ、携帯電話が呼び出し音をけたたましく鳴らしたのは。

そのコールはオリヴィエからのものだった。旧友の名を目にし、オスカーは、ああ、やはり来たか、と、真っ先にそう思った。

調査により判明した事実ー解釈や想像は一切排し純粋に「わかったこと」を盟友にも報告せねば…とオスカー自身、オリヴィエに連絡を取ろうと考えていた、その考えを見透かしたかのようなコールだった。

『以心伝心みたいで、気味悪いぜ…と、言いたいところだが、お嬢ちゃんから聞いていた話を鑑みるに、おそらく、これは来るべくして来た電話だな』

と思いながら、オスカーが通話ボタンを押すと、旧友の、コール音に負けないくらいー落ち着いて話せば、渋い低音のいい声なのにー、ことさらに賑やかしい声が響いた。

「オスカー、きた、きた、きたよー!噂のエンジュが、サークル活動を見学したい留学生の案内って口実で、うちのオケ部に現れたって。もちろん、世話する留学生をひき連れて」

「そうか…それはロザリアからの情報だな?」

「もっちろん。だって、私ら、前もってロザリアに警告してたじゃん、接近を図ってくる留学生がいたら、とりあえず用心しとけって。もちろん大半の留学生は純粋に勉学を志してる学生だから、無闇やたらに警戒したら失礼だけど、その留学生はなんたって、あのエンジュに案内されて、オケ部に現れたってのがポイント。ロザリア自身、エンジュがやましいことでもあるかのように慌てて逃げ去る処を目撃してるし、私らがエンジュが、誰かの走狗になってる可能性があるって示唆してたから、エンジュが、なんか、得体のしれない男を連れて、オケ部の活動を見学させてもらいたいってやってきた時、あ、これがそうかって、すぐ、ぴんときたって。しかも、エンジュの狙いは、よりによって、つか、ある意味、幸いにもロザリア1点狙いだったみたいなんだよ」

「ロザリアが狙いだというのは、どうしてわかったんだ?」

「それそれ。エンジュって、ある意味、飾ったり、誤魔化したりのできない子みたいじゃない?素直というよりは、考えなしとか愚直と言う類のまっすぐさだけどさ、ま、今回も、留学生をオケ部に案内してきたっていうなら、まず、オケ部の代表者とか責任者とか部長とか顧問の先生とかの所在を尋ねて、その人に見学許可を取るのが普通っていうか、スジってものじゃん?なのに、エンジュは、いきなり、迷わずロザリアの処に、まっすぐ一直線に歩み寄ってきて『私は留学生サポートのボランティアです、こちらの留学生が、オーケストラ部の活動に興味を持って見学したいというので、お連れしました。オケ部の紹介と案内をお願いしてもいいでしょうか?』って言ってきたっていうんだよ」

「なるほど、ロザリアは、サークルでは一新入生にすぎない、それが代表者に挨拶も依頼もせず、いきなり、迷わずロザリアに案内を請うというのは、確かに怪訝な振る舞いだ…顔見知りだからという理由で真っ先にロザリアに声をかけたにしても、彼女を窓口にして、責任者に紹介してくれと順序を踏むのが普通だよな、が、あのエンジュという少女が単に思慮が浅く、礼儀を知らないから、ということはないか?一応、あの子はロザリアと顔見知りだろう?親しい間柄であるとか、友達とは決していえまいが、一応「知り合い」だ、だから、単純にその場で唯一見知った顔のロザリアを頼って、案内役を頼んだってことは考えられないか?あのエンジュという少女は、どうも常識に欠ける印象があるし、礼儀礼節をわきまえているとも、とても思えんからな。なにせ、初対面の俺たちー面識がない上、一応、年長で先輩の俺たちに、いきなり、ため口で食ってかかってくるような子なんだから、責任者を無視して知り合いに見学依頼するという常識はずれな真似をしたっておかしくないとも思うが?その知り合いの立場も考えずにな」

皮肉っぽくオスカーが反証する。オスカーも、エンジュの行動はーあの子の行動原理はある意味ごく単純明快だからー狙いはロザリアであると宣言したも同然と思う。が、現場にいなかった自分は、エンジュの口調や振る舞いまではわからない以上、考えうる反証や仮説が一つでもあれば、検証すべきだという考えからだった。

が、オリヴィエの返答は反論の余地なしだった。

「それなら、ロザリアに対して少しは親しげな、とか、すがるような、とか、頼るようなそぶりを見せるのが普通でしょ?ほら、知らない人ばかりのパーティに出席しちゃって、たまたまたった1人、顔見知りを見つけた時のほっとする感覚っていうの?そういうの、みれば、わかるじゃない?けど、ロザリアに声をかけて来たときのエンジュの様子がね…まず、口上が、録音した機械音声みたいだったっていうんだよ。すっごい棒読みで、いかにも「無理やり覚えさせられた口上をしぶしぶ奏上してるって感じでしたわ」だってさ。しかも、お願いしたいといっていながら、ロザリアの目もみないで…ふてくされたみたいに視線そらしながらの口上だったっていうんだよ。で、ロザリアは「これは、私が顔見知りだから、まっすぐに私の処に来たわけじゃなさそうですわね、ということは、おこがましいことですが、もしかして、エンジュの背後にいて、この口上を覚えさせた人物のとりあえずのターゲットは、わたくし、ということでしょうかしら?」と感じた、っていうんだよね」

「なるほどな、で、ロザリアはどう応対したんだ?」

「そこは、やんわりと穏便に、自分は新入生で、諸先輩方に教えを請うている立場だから、その先輩方を差し置いて留学生の案内は差し出がましいと。まずは、部長に話を通してくれないか、その上で、部長から自分が案内役としてご指名預かれば、喜んでご案内いたしましょう、と答えた」

「まさしく至極穏当かつ常識的な応対だな、どんな名家のお嬢様といえど、ロザリアも1新入生だ、頼られたとしても出過ぎれば、先輩諸氏と軋轢が生じようし…育ちの良い人間ー財産の多寡とは関係なくーというのは、本質的に礼儀正しいものだしな」

「その辺の人間関係の機微がわからない、もしくは、まったく無視しちゃうのが、まさしくエンジュだわ、とは思ったけどね、そしたらエンジュ、ロザリアから断られるとは思ってもいなかったのか、その場で固まっちゃったんだって。想定外の事態に弱いみたいだから、頭の中、パニックだったのかもね。それで、仕方ないから…っていうより、ロザリアは「あの…どこぞの国からいらした高貴な留学生の方が、オケ部の活動を見たいと、見学にいらしてるんですが…」と部長に相談したところ、ロザリアの事前の根回しが功を奏して、オケ部の女生徒でいわゆる「王子様」に興味津々の先輩・同輩の女の子たちが我先にと、案内役をかってでてくれて、エンジュと一緒にいた男を連れまわし、説明しまくりの大サービスだったってさ。そしたら、その男、かまびすしい取り巻きに閉口したのか、お目当てのロザリアに近づけないのに業を煮やしたのか、エンジュひきつれて、さっさと出ていったって」

「なるほど…なら、ロザリアは、エンジュが連れてきた男と言葉は交わしていないが、その顔は、しっかりみているよな?どんな男だと言っていた?」

「そこはそれロザリアだもん、ぬかりないよ。その男がオケ部の女子にもみくちゃにされてる時にさりげなく写メっておいて、私んとこに画像を送ってくれたよ。「私はこの人物に見覚えございませんけど、先輩方に心当たりはおありでしょうか?」って、で、私も、あんたから、話聞いてただけで、実物みたことないじゃん?なんで、今から、その画像、あんたの携帯に送る」

言うや、オスカーの携帯にメールの着信が届く。オスカー自身は、ほぼ確信したうえで画像を開く。そこに写っていたのは、オスカーの予想通りの人物だった。

「どう?それ、やっぱ、あんたの仮想黒幕だった?」

「その件で、俺もおまえに直に話したいことがある、見せたいものもな、どこか、邪魔が入らず、話が外にもれず、かつ、男2人連れだっていても怪しまれない、いぶかしがられないような店でも心当たりはないか?俺たちがつるんでいると、どうしても…ほぼお前のせいだが、目立ちすぎるんでな」

「なら、私のなじみのクラブででも落ち合う?たまーにだけど商用に…打ち合わせや接待に使うから、男2人で行っても、変な目でみられることはないと思うよ」

「なら、1時間後にそこで」

オスカーは通話を切ると、手元の資料を整理しつつ、盟友に告げるべきことも頭の中で整理した。

思った通り、やつが動き出した、しかも真っ先に接触したのはロザリア…富裕層の女性にターゲットを絞っているのなら、やはり、パトローネ狙いの線が濃厚だ、だが、やつは何が目的で金を必要としている?何のために資金を引き出したい?それが問題だ…

手元の資料を見ながら、オスカーは、どうもこの件は、単純にことがすまないかもしれんという嫌な予感にさいなまれていた。

 

オリヴィエが贔屓にしている会員制クラブで2人は落ち合った。何も言わずとも、いわゆるVIPルームに通される。インターフォンでこちらから注文した時以外は、顧客を静かに放っておいてくれる、オリヴィエ秘蔵の店だった。他人に聞かれたくない話ー店の従業員も含めーを交わすにはもってこいの場所だ。政治家も実業家もいわゆる一般客を取らない会員制の店ー信用できる贔屓の店を持つ者は多い。彼らが個室のレストランや料亭を使うのは、権威や体面を重んじてのことではなく、必要だから、そうするのだ。そして20歳を過ぎて、酒の席を利用できる身分になったオスカーとオリヴィエの2人も、こういう店の重宝さ、利点を存分に理解・利用するようになっていた。

飲み物が出され、従業員が下がるや、オスカーはおもむろにオリヴィエにこう告げた。

「依頼しておいた調査会社から報告がきた。これを見てくれ」

オスカーはビジネスマン仕様のポートフォリオを開くと、分厚い報告書と多数の写真をオリヴィエに手渡した。

「あんたからの話ってのは、それかー、ま、そうじゃないかと思ったけど」

オリヴィエがオスカーから手渡された調査書は先日、エンジュが、授業と無関係の時間に学生会館に出向き、そこで、銀髪の見目麗しい青年に、紙片を渡していた、という出だしで始まっており、写真が添えられていた。報告書の記載に合わせて、写真にはナンバリングが施されているので、どの写真が報告書のどの記述と照らし合わせればいいのかは、容易にわかるようになっている。最初の写真は遠景だった…どうやら会館の外から撮影したようだ、対象者に気付かれないためには仕方なかろう…エンジュと向かい合わせに着席している男が映っていた。極端に色素の薄い頭髪が特徴的だった。写真は連続しており、エンジュがカバンから紙片を出し、その紙片を男が受け取り、眺め、紙片の1点を指さし、少女に何か話しかけた後、その紙片を納める様が生々しく活写されていた。

そして、遠目ではあったが、オスカーには、写真を見た時点で、はっきりとわかった。それは、身にまとう剣呑な雰囲気でアンジェリークを怯えさせた、あの銀髪の青年に間違いなかった。

エンジュはこの銀髪の青年に、何らかの報告をし、また、その後の指示を出されていることが、写真から、はっきりと見てとれた。

報告書と写真を照らし合わせながら眺めていたオリヴィエの視線が鋭くなった。写真の人物が、ロザリアの送ってきた画像の人物と同一だと視認できたのだろう、その頃合いを見計らって、オスカーは話をー報告書の補足説明を始めた。

「調査員が目視で確認している、資産家子弟の性別が記された名簿を、あの少女がこの青年に手渡していたそうだ。そして、この紙片を手渡し後、少女…エンジュは急いだ様子でこの場を立ち去ったそうだ、会見時間はものの10分も要していなかったということだ。直接出会って資料を手渡し…しかも、彼女は、外部と連絡をとった形跡が全くなかった、ということは、待ち合わせの日時もあらかじめ指定済み、だったということだろう、今どき、こんなアナログな連絡手段を使うとは思ってもいなかったが…かえって盲点だったな…傍受もされなければ、記録も残らないという意味では、秘密裏の会見としては確かに有効だ。学生同士が学生会館で待ち合わせするのなんて、当たり前すぎて、誰の目もひかないしな。となると、この銀髪の青年は、かなり用心深い…配下も含めて信用していないからこそ、だろう。受け渡しに学生会館を使うというのも大胆そうに見えて、抜け目ない。単なる名簿の受け渡しなら、普通のサークル活動でもありうる行為だし、学生がこの会館を待ち合わせや打ち合わせに用いるのは、日常茶飯事だから、まったく目だたない。しかも中には本学の学生しかいないし、周囲のざわつきで、会話が傍受される可能性も低い、実際、調査員は、彼らの会話を記録できなかった。会見自体は、非常に短時間で、エンジュが立ち去った後、この青年は2、3分後に…あわてるそぶりも急ぐ様子もなく悠然と席を立ったらしい。写真を撮った調査員が、少しでも2人の会話を傍受せんと学生を装って会館に入ろうとした時は、もう、エンジュは退席後、この青年もちょうど会館を出ていくところだったそうだ。その時、すれ違いざまに撮ったというのがこの写真だ。これ1枚ではエンジュと何かを共謀してる証拠にはならんが、顔立ちはこちらのほうがはっきりわかる、おまえも見ておいてくれ」

「あ、この写真のほうが、確かに顔立ちとか雰囲気とかよくわかる…って、これ、どこからどう見ても、ロザリアが送ってきた写真と同一人物じゃーん。てことは、エンジュは、この男の命だか意に従って動いてるとみて間違いないね。で、この男…それにしても、あんたから留学生だって聞いてなかったら…一見、学生には見えないねぇ…で、やっぱり、この男、あんたが仮想黒幕と目していた男だったわけ?」

「ああ、間違いない、アンジェリークがひどくおびえていた…比較文化学科の学生だ。そういう意味では『ビンゴ』だった。が、問題はこの後なんだ。俺は、調査社に、エンジュが、背後にいるらしき人物と接触した場合、そちらの調査を優先してもらうよう、あらかじめ頼んであった。なので調査員は、エンジュの尾行は他の者に任せ、この青年の正体を突き止めるべく、後を追った。で、彼が大学の正門を出る時に写したものがこれ…この青年が下校時の写真を見てみろ」

オスカーがさらに数枚の写真を指摘する。明らかに連続写真で、銀髪の青年が黒塗りの車に乗り込む場面ーしかも随員らしき黒いスーツの男は、わざわざ回りこんで車の扉を開け締めして、彼の乗車を手助けしていた。

「これが噂のボディガード?民間っていうより、政府のSPみたいじゃん」

「しかも、この随員、後部座席から降りたち、こいつを車に乗せた後、自身も後部座席に乗り込んでいる。つまり、運転手は別にいる。その上、随員が助手席でなく、護衛対象と同じ後部座席に乗り込むなど…警戒度が高すぎる、護衛役は、本来、使用人だ、主人と同じ後部座席に乗り込むなど、通常では考えられん。常に暗殺の危険にでも備える必要があるのか…さもなくば、これでは、囚人の移送同然だ」

「運転手以外の随員がいるってだけでも驚きなのにねぇ、乗り込む車もいかにもな黒塗りだし、大学生の乗る車じゃないよ、これ」

「いや、更なる問題はそこ…車が親世代御用達の黒塗りかどうかじゃなくてだな…これは、ヤツの乗った車のナンバープレートを拡大したものだ、よく見てみろ」

「!?何、これ、外交官ナンバーじゃん。この黒幕って、どこの国のお偉いさんなの?大使の息子とか、どっかの国の有力貴族の子弟とかなのかな?あ、だから、運転手に護衛の随身付きってわけ?」

「俺も、それは考えた。調査員も同様だ、ならば、この車は、どこかの国の公邸に向かうはず、とな。公邸でなくとも、どこぞの国の大使館が借り上げしている住宅に向かうだろう、その住所がわかれば、ヤツの本国と素性の手がかりがつかめるだろうと考え、調査員は、当然、この車の行き先を追跡した。だが、この車の行き先…やつの帰宅先はここだった…」

「ふん、高級そうな集団住宅じゃん、公邸にしては、ちょっと、庶民的な気もするけど…ま、小さい国もあるしね」

「ところが、ここは俺たちの国の公務員宿舎、しかも、長官クラスでないと入れない…いわゆる高級官僚用の社宅だった」

「は?外交官ナンバーの車で送迎?なのに、帰宅先は大使館関連でも、外国人住宅でもなく、高級とはいえ、我が国の公僕の宿舎?なのに、運転手&ボディガード付き?いったい、何者なの?こいつ…」

「と、ここまで調べたところで、調査が行き詰った。この先は一切ブラックアウトだ、そうだ。何か、大きな壁のように機密の結界があって、そこから先、つまり、こいつの正体までは、どうやっても肉薄できないと調査会社から言ってきた。以下、確実にわかったことのみを言うぞ、まず、ここは、外務省が公務員住宅として借り上げているんだが、本来は、他国に赴任中の外交官ー中でも大使・公使クラスが本国に出張という形で一時帰国する際の宿舎として使われていること。借り上げは、この集合住宅の1フロアのみ、また、そういう事情なので、この住宅は、基本的に一時滞在者が利用する、いわばウイークリーマンションのようなもので、その時々で居住者は変わるし、その期間もまちまち、空き家となっていることも多い。つまり、基本、長期の定住者はいない、ということになっていた」

「んーと、この銀髪男が他のフロアの住人とか居候って可能性はないの?」

「ここは古くからの住人が多くてな、住民票の移動…転入は今年一件もなかったそうだ、無論、住民票を移さないこともあるだろうが…学生なら特にな、しかし、外交官ナンバーの車を使用するような住人は、この住宅に元々居住していないそうだ、つまり、あの外交官ナンバーの車を使っている者は、元からの住人にはいない、しかも、この車は、この集合住宅の駐車場に駐車登録されていない。しかし、住民への聞き込みによると、この車を、よく、この宿舎付近で見かけるらしい。ということは、この車は純粋に送迎のみで使用されている、ということだ。そして、最近、公務員宿舎として使用されているフロアに人の出入りがある。水道・ガス・電気のメーターが動いていることを調査員が確認にしている」

「けど、それ、単に、どこかの国の駐在大使が1時帰国してるってことはないわけ?あの銀髪男はその子弟で、特権利用して、こっそり一時的に公邸に住んでる…とか、そっちの可能性は?」

「それは、俺も調査員も考えた、そこで、まず、この車が、どの国の外交官の所有なのか、ナンバーから割り出せないか試み、一方この官舎の使用認可をどこが申請しているのか、調べさせてみたら…まず、この車のナンバーは○○国に駐留する外交官に割り当てられた公用車だった。公用車であって外交官個人の所有ではない。また、この官舎は○○国の総領事から、使用申請が出され、許可されていた。が、俺は個人的に○○国の総領事を知っているんだが、彼は、現在、駐在国に居て、帰国していない。どころか、ここ数年、駐在国から出国すらしていない。しかも、彼に子息はいない。ゆえに、あの銀髪の青年は、○○国総領事本人でないのみならず、家族・親族でもないのは明白だ」

「あんた、各国大使とも面識あるわけ?やだやだ、こんな大学生…でも、外交官夫人とかうちのブランドのいい顧客になってくれそう…今度紹介してよーっ…てのは、おいておいて…もう、何が何だか訳わかんないから、要点を整理してみると…えーっと、この銀髪男は、○○国用の車で送迎されているものの、○○国大使館とかにではなく、どうやら、我が国の外務省が世話してるつーか、外務省の管理下に置かれている、なおかつ、我が国の外務省が常に監視下に置きたい、もしくは、がっちり隙なくガードしたいような重要人物である、で、なぜか○○国の総領事が表向きは身元引受人もしくは保証人になってるかもしれない…ってこと?」

「何が何だか、と言う割には、きっちり、理解してるじゃないか」

「けど、そんなことわかったって、こいつの正体も目的も外務省に保護されてる理由も、○○国大使だか領事だかとかとの関係もわからないんだから、やっぱ、何が何だか、さっぱりじゃん!車は○○国所有、住まいは○○国大使の名で借りあげられてるなら、この男と○○国との間に何らかの関係があるんだろうけど、けど、この男が○○国人なら、そっちの大使館がノータッチで、あえて、うちらの国の外務省が保護してる理由がわからない。どうも、対外的には秘密裏の…表向き、○○国が世話しているとはいいにくい、けど、世話せざるを得ない立場の人物、とかなのかねぇ、けど、それなら、なんで、うちの国の外務省が世話焼いてるのか、わかんない…なんか、外交上の取引とか頼まれて、世話してるのかねぇ…」

いぶかしげなオリヴィエの言葉に、オスカーは苦虫を噛みつぶした、という言葉がぴったりの顔つきで黙りこくっている。オリヴィエは考えを言語化することで自身の思考を整理する作業に没頭しているせいで、オスカーの表情には気づかず、言葉を続ける。

「それに、こうなると、エンジュの立ち位置つか立場もよくわからない…外交官ナンバーの車が話に出た時には、私、エンジュって子は、どこかの国の密偵とかスパイとして雇用されてるか、利用されてる?のかと一瞬、思ったけど…だって、そういう仕事って、こういっちゃなんだけど、払いがよさそうだし、あのエンジュって子、ぶっちゃけ、裕福そうには見えないから、学資のたしにって気軽に、つーより目先の報酬に考えなしに飛びついちゃったのかも、て思ったけど、我が国の外務省が絡んでるなら、この男もエンジュも他国の隠密行動で動いてるわけじゃないよねぇ…」

「いや、この随身たちは、この男がエンジュをいわゆる使令として使っていることを知らないのかもしれない、こいつが、護衛されているのでなく、監視されているのだとしたら、監視の目の届かないところで、自分の自由に動いてくれる手足として、エンジュを利用しているという可能性もある…なので、エンジュの動向と合わせ、一応、引き続き調査はしてもらっているんだが、こっちの男の背後関係については、これ以上何か出てくる可能性は低いだろう…なにせ国家機密のカーテンの向こう側では、一民間会社の調査は及ぶまいな…」

「うーん、ちょっと待って…私、さっきから、何か、記憶にひっかかっるっていうか…聞き覚えある気がするんだよ、けど○○国なんて行ったことないし…仕事関係でもない…ウチの支店もないはずだ、なのに、なぜか、聞き覚えがある…○○国って…どこにあったっけ?で、国体としてはどんな感じだっけ?」

「○○国は欧州によくある極小国家だ。政治形態としては大公が納める王国。主産業は表向き、観光と切手の発行だ」

「うーん…ぴんとこないなー。観光とかそっちじゃない方面で、どこかでなにかで耳にしたことがあるような…ないような…」

「ああ、同時に○○国は、財界人にとってはすぐ隣のS国と並び、顧客の秘密を徹底して守秘する国営銀行業務、およびタックスヘイブンー租税回避地として有名だ。おまえが聞いた覚えがある、というのは、お前の実家が、その国の銀行に口座でも持っているからじゃないか?俺の実家…アルテマツーレも運転資金だか資産だかの一部をこの国の銀行に預けているようだしな」

「あー、もしかしたら、事実そうかもしれないけど、実は、私、親がどこをメインバンクにして資産管理してるか、よく知らないんだよねー、親のお金は親のお金で、私とは関係ないし、自分の運転資金は○○国の銀行になんて預けてないし、だから、そういう方面で聞き覚えがあるわけじゃないような…」

『待てよ…金を預ける…金を預けた者は銀行にとって顧客だ…○○国には守秘義務堅固な国営銀行がある、そして報告通りなら、この男は○○国と浅からぬ関係にある、となれば…この男が調査していた対象者はもしや…そうか…そういうことなら、俺とこいつとロザリアが調査対象だった説明がつく…恐らく、それで間違いない…』

オスカーは、単純にオリヴィエに情報を伝えるためだけに発した自身の言葉に思考を刺激され、あることに思い当った。その憶測をオリヴィエに伝え、意見を仰いでみるかと考えた時、いまだ、○○国の話をどこで聞きかじったのか思いだせずに、もやもやしていたらしいオリヴィエに、先に、こう尋ねられた。

「うーん…○○国って名を、そういう経済情報じゃなくて、なんか、ニュースだか外電だかで、聞いた覚えがあるような、ないような…そんな気がするんだけど、この○○国がメインになったニュースとか重大事件とか、何かあったっけ?」

「え?ああ、それなら…少し前に、ちょっとしたドンぱちがあったから、おまえ、それを国際ニュースで耳にしたんじゃないか。ただ、その闘争ってのが、反乱とも内紛ともテロともクーデターともつかぬものでな、しかも、短日で制圧されて、治安はすぐ回復した、なので国際ニュースでは事後報告みたいなものが少々流れただけだから、この国では、大した話題にはなってないしな、知らん者も多いと思うぜ」

「ちょ、ちょっと待って。○○国って王国だって、今、いったよね?小さいけど…で、そこで小規模とはいえ紛争があった、って聞いて、普通、思いつくって言ったらお家騒動?王国って言ったら跡目争いが、もう、定番中の定番じゃん?で、あの胡散臭い銀髪男は○○国の大使だか領事に保護されてるんだよね…ってことは、もしかして、あの男って王位狙ってクーデター起こした傍系王族とかで、けど、あっさり負けちゃって、どういうツテでか、ひそかにうちの国に亡命してきてる?なんてことない?なんか、ドラマみたいで、できすぎな感じもするけど、それなら、外交官ナンバーの護衛がついてるのも、大使だか領事だかが表向きの身元引受人になってるのもわかるし、説明つく。あ、それでわかった!この男が、エンジュにお金持ちの家の子を探させたのって、表向き、おとなしく学生やってるふりしつつ、実は、捲土重来狙って、資金提供者をこっそり探してるんじゃないの?で、富裕層の子弟で、多額の持参金もって自分と結婚してくれそうな令嬢を探してるとか…それなら、ロザリアが狙われるの、もーものすごく納得!もっとも、ロザリアが、王子様といえばありがたがるような世間知らずの夢見る小娘だと思って近づこうとしたのなら、大誤算もいいとこだけどねー、きゃははっ!」

「…俺も…あいつの背後に○○国領事の名が出た時に、それは考えたんだ…あの国で、小なりといえど騒乱ー王宮が襲撃されたのは事実だからな。王国での騒乱といえば、お前が言うとおり、政権の奪取が目的、その可能性が高い…だが…」

「うん、それなら、よくある、単純な話じゃん。話としてはドラマチックではあるけど、いわゆるお家騒動、跡目争いなんて、規模の違いこそあれ、無数にある話だし?で、この男がマジで亡命者なら、外務省がこっそり保護してるのもわかるし、こいつが富裕層の子弟を調査してたのもパトロン探しの可能性濃厚だし。となれば、あとは…富裕層の中で、よその国のクーデターに加担する勇気&傍系王族へのハイリスクな投資も辞さないって家もあるかもだし、そういうのと関わりあいになりたくない家は用心してあらかじめ接触を避けるだろうし、後は、個々の家の判断に任せていいんじゃないかって気がしてきたよ、私は。ロザリアから、ハイソのご令嬢たちには、もう、そういう注意を促す噂とか回状とか回ってんだろうし、もう、この情報…この国の女の子を走狗にして、この男は何かたくらんでるみたいですよーって情報を匿名で外務省にリークして監視を強化してもらうとか、注意を促すだけで、放っておいてもいいんじゃない?…って、割には、あんた、なんか、すごく暗くない?なんで、そんなにうかない顔してんのさ」

「確かに俺も…全体像としては、その線が近いと思う。劇的ではあっても、よくある話の一つだと…だが、これが、あの人が関わっている案件だとしたら、そんな単純な話なのか?と、素直にうなずけない、納得いかない自分がいる。あの人が、こんな…俺や彼女の…間接的とはいえ関係者の身近に、あんな人物を置くような手配をするとは思えん…だから判断しかねている…単純なこと、よくある話だと、放っておいて、終いにしてしまっていいのか、と…」

「あの人って誰さ?」

「アンジェリークの父君、カティス・リモージュ氏。○○国の現総領事だ」

「は?アンジェリーク・パパ?…ってなんでアンジェのパパがここで話に出てくるわけ?…って、ちょっと、待ってよ。○○国領事って、今、言った?それって、あの男の身元引受人だったよね?それがアンジェパパ?!」

「身元引受人かどうかはわからん、ヤツの住居の借り上げ申請が、彼の名で行われているだけで、便宜上、役所に名前を使われているだけ、という可能性もあるからな…」

「に、してもさ、名義上でも名目上でも、あの男とアンジェパパに、とにもかくにも、つながりがあるってこと?で、それ以上に今、あんた、聞き捨てならないこと言ってなかった?オスカー、あんた自身が関係者って何?何の話?クーデターなんて物騒なことになんで関わって…あ!もしかして、あんたの実家の事業が関係してたってこと?内乱やらクーデターに武器はつきものだろうから…もしかして、この国と取引があったりしたわけ?」

「ああ、騒乱あるところにアルテマツーレあり、だからな」

瞬間、オスカーはひどくシニカルな笑みをみせたが、すぐ、とてつもなく真剣な顔つきに戻り、話を続けた。

「が、それこそ、そんな単純な話ではないんだ。休暇中の出来事だったから、おまえには、話してなかったが…さっき話した、その○○国での内乱もどきと、その終結な、実は、俺自身が、ほんの僅かだが、直接に関わっているんだ…」

そして、オスカーはオリヴィエに告げた。

かの国で騒乱があった時、リモージュ夫人がアンジェリークと自分を頼って一時帰国したものの、総領事だったアンジェリークの父は邦人保護のため駐留国に残留し、暫時、安否がわからなくなっていたこと。アンジェリークの家族のため、その騒乱を早期に解決させるため、オスカーはアルテマツーレの流通網を用い、騒乱鎮圧に出動した隣国の軍に弾薬・食糧などの補給を実費で申し出たこと、潤沢な補給の甲斐あって、騒乱はごく速やかに鎮圧され、総領事リモージュ氏も、リモージュ氏に保護されていた現国王も無事だったこと。そして、アンジェリークの父・リモージュ氏は、そのオスカーの協力を全て知っているし、建前でない感謝を示してくれたこと、それらすべてのいきさつを、簡潔に順序立てて、オリヴィエに語ったうえで、オスカーはこう結んだ。

「そういう経緯なので…もし、やつがその内乱の首謀者だとしたら、俺は、間接的にやつの蜂起を妨げる手助けをしたことになる、アンジェリークの父君も同様だ、現王救出に尽力しているからな。となると、俺やアンジェリークの存在は、この男にとって、にくい仇というのとは違うが「こいつらさえいなければ」という意趣返しや逆恨みの対象になりかねん。そんな物騒なやつを、あのリモージュ氏が、わざわざ…未来の娘婿たる俺はともかく、愛娘の身近に送り込むような真似をするとは、どうしても思えないんだ…」

無論、アンジェリークと父君・○○国総領事カティス・リモージュ氏との関係など、よくよく調べねばわかるものではない。しかし、一方で守秘義務のある事柄でもなんでもないので、調べようと思えば、それこそ民間の調査会社でも容易に判明する事柄でもある。

やつが本当に、あの小さな王国でクーデターを企てた首謀者なら…そして、今、亡命中の身であり、ここ亡命先では十分とはいえぬまでも、それなりの人脈や情報網をいまだ保持している可能性だってある。現王救出に尽力し、クーデター鎮圧に功ありと、○○国の大公がリモージュ総領事に爵位の授与しようとし、総領事がそれを固辞したことは、目立たぬとはいえ報道に流れた、それは事実なのだ、しかも、ヤツの住居がリモージュ総領事の名で借りあげられているという事実から、リモージュ総領事がやつの保護監察人である可能性がある。それだけなら、さして問題ではないが、アンジェリークー自分と同じ学部にいる少女が、自分を管理監督している領事の娘とヤツがしれば、以前のクーデター失敗の意趣返しや、保護監察人に対する腹いせや逆恨みで、やつがアンジェリークを危険な目にあわせないとは言い切れぬ。

しかし、それがわかったところで、これらがすべて「可能性」でしかなく、推測の域を出ていない、ゆえに、オスカーには、今、何ら打てる手立てがない。それが、オスカーの心を、表情を苦々しくさせてやまない原因だった。

しかも、やつの富裕層子弟の調査ーその人名リストの出どころも、オスカーにはもう察しがついていたがー捲土重来の資金提供者もしくは協力者探しのためなら、近い将来、この国にヤツの協力者が出る可能性だってある。クーデターが成功すれば、資金提供者はその国の国政・財政にがっちりと食い込めるし、うまくいけば、王家と姻戚関係を結べる、欧州での活動拠点を探している企業や、血筋という後ろ盾がほしい成金には、悪くない投資と映るかもしれない。現時点で、実際、エンジュという少女は、あの青年に与しているのだから、他にも、そういう協力者が出ないとは限らない。そして、やつの将来性を見込み投資する者、味方する者が出たとしても、それを止める権利も反対する権利もオスカーにはないのだ。

オリヴィエにも、ようやく、オスカーがどうしても、この男の動向を見過ごせなかったわけ、そして、今、苦虫を噛みつぶしている訳が理解できた。そして、事情と状況を理解すると同時に、オリヴィエですら「これは、一体、どう動いたらいいものやら…」と、戸惑い立ちすくむような心境に襲われた。

「そういう事情があったとは…それは確かに…無視していいのか、無視しない方がいいのか…マジ悩む…下手に藪をつついて蛇をだしたら、ことだし、かといって、黙殺するのも危うい気がするし…。当のアンジェはこのことは?」

「まだ何も言っていない、というより、何をどこまで言っていいものか…あの、君がひどく怯えた留学生は、君の父上の身を危うくしたクーデターの首謀者かもしれず、けど、今は君の父上が身元保証人か引受け人として亡命してきた亡命者かもしれず…このまま、おとなしく亡命者として過ごしてくれれば大過ないんだが、万が一、やつがクーデターが失敗に終わった経緯を詳しくしっていたら、俺や君が逆恨みされる可能性もあるかもしれない…なんて、言えたものじゃない、彼女をいたずらに不安がらせ、怯えさせるだけだし、そも、全て憶測の域をでていないんだからな、こんな状況で、下手に断片的な情報を彼女に伝えて、彼女の学園生活をめちゃくちゃにしちまったらと思うと…な。お嬢ちゃんは、大学生になって、とても楽しそうに充実した日々を過ごしている、それを、悪戯にかき乱したくない」

「うわー…なんていうか…マジ、どーするのがいいんだろー、これ…」

オリヴィエも、困ってしまったというように黙り込んでしまった。オスカー自身、まったく、オリヴィエと同意見…というより「見過ごしていいとは思えない、しかし、おおっぴらに動けないし、騒ぎ立てることもできない」、そう結論付けざるを得ないのだ、現時点の情報量では。

「それをおまえに相談したいと思っていた、俺は、ある意味当事者だし、俺一人の判断では、独断に陥るかもしれんので客観的な意見がほしい、アンジェリークのために、彼女の安全と憂いない学園生活とをどう天秤にかけるか、アンジェリークに情報をどこまで開示し、また、どこまで俺とおまえ以外の友人に協力を仰ぐのがいいのか等々…」

その時だった、オスカーの携帯電話が着信音を鳴らした、着信音から、アンジェリークでも友人でもない人物からのコールだということはわかったが、。オスカーは発信者の表示を見て眼をみはった

たった今、話題の俎上に上がりかけていたアンジェリークの父・カティス・リモージュ本人からのコールだった

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