『おかしい…』
なぜだ、何もかもが、予定通りに運ばない、思っていたようには、うまくいかない、こんなはずではなかったのに…
銀髪の青年は、事態が自分の思い描いた予想図と合致しないこと、むしろ、想定していたものから、どんどん遠ざかっていくような事態に、焦りと苛立ちを隠せずにいた。
めぼしい標的は出そろった。見込みのない者を除外し、有望な者に優先順位をつける、後は、その狙い定めたターゲットに向けて、自分が行動を起こすだけ、さすれば、事はなにもかも、自分の想定通りに運ぶ。
そう彼は信じていた。
なのに、現実はどうだ。何一つ、思った通りに物事が進まない。
カタルヘナの令嬢ー大学に入ったばかりの世間知らずの少女を虜にすることなど雑作もないことだと思っていた。この自分が目を合わせれば、声をかければ…とにかく接点を1度作りさえすればいいはずだった。自分の容姿、声、高貴な者だけがまとう雰囲気、立ち居振る舞いからおのずとにじみ出る生まれ育ちの良さ、こういうものすべてが、この年頃の少女を引きつけるはずだった。そして、1度、知遇を得てしまえば、後は、黙っていても先方が勝手に接触を求めてくるはずだった。
さすれば、こちらは高貴な生まれと不遇な現況を餌としてちらつかせる。女子供という輩は「貴種流離譚」という物語に目がない。高貴な血筋の人物が姦計に陥れられたり濡れ衣をきせられたりで、一時的に不遇をかこつが、最終的には悪者の悪だくみを暴き、正当な地位と名誉を取り戻すという物語だ。そして、そんな物語に自分自身が関われるとなれば…不埒な姦計により辛苦をなめさせれれている貴種を救い、再起を図る手助けをできる、そんな役どころを演じられる、金銭ではどうやっても購えない高貴な血筋を持つ者から多大な感謝を寄せられ、もしかしたらこれを機に縁組すらくめるかもしれない、そうすれば自分も貴種の仲間入りだ、夢見がちな少女、しかも、何もかもに恵まれた育ちの少女は、ある種の「生きている手ごたえ」に飢えていることがあるーあまりにも恵まれているために、生の実感が乏しいのだーそういう人種なら、自分が物語の登場人物のような劇的な役割を担えると知れば、飛びついてくるはずだ。しかも、カタルヘナは貴族だ。いわゆる上流階級の一員ではあるが、貴族と王族の間には決して越えられない壁、溝、隔たりがある、高貴な血筋に生まれた者ほど、それは骨身にしみてわかっている。王統は他の王統と婚姻を結ぶのが常で、貴族と王統が交わるのはめったなことではない、貴族は、王家の血筋から見れば、あくまで「家臣」でしかないので、貴族の令嬢が王統に組み入れられる婚姻を結べば、それはやはり「玉の輿」なのだ。上流に生まれたものほど、その越え難さも価値も知っている、だからこそ、王統との婚姻は、非常に魅力的な餌になるはずだ、その餌をちらつかせつつ、今の不遇を跳ね返すための助力と言って援助を引き出す、我が正当な地位を回復せねば、令嬢も物語のヒロインにはなれぬし、王統と姻戚関係を結ぶという実際のメリットも生じない、となれば、請われるままに援助してくれるだろう、我は必要なだけ引き出し、手はずを整えたら…後は、己が描くクライマックスにシナリオを進めるだけ、そう考えていた。
なのに…カタルヘナの令嬢には全くと言っていいほど近づけなかった。
こちらから接触できる機会をせっかく設けてやったにも関わらず、令嬢はそれを他の者に譲ってしまったのだ。貴種である我がわざわざ自分から出向き、接触を求めたのだから、我が何らかの理由で不遇を託ち、ために助けを求めていることは明白だったはずなのにだ。カタルヘナの令嬢は、我の価値がわからぬほど馬鹿で鈍いのか、貴種に興味がないほど無欲なのか、もしくは、青い血などカタルヘナには不要と考えるほどに傲慢なのか…
とにかく、わざわざこちらから足を運び、知遇を求めようとしたカタルヘナの令嬢とは言葉を交わす機会もなかった。というのも、カタルヘナの令嬢は自らこちらに近づいてはこぬのに、一方で、何の用もない、役にもたたぬ有象無象の女どもに限って、我先にと彼に知遇を求めてきたからだ。
身動きがとれぬほど、多数の少女に囲まれて、彼はほうほうの態で、その場から立ち去ったー逃げ出したのだ。
これは、本来知らせたい上流階層ではなく、彼には何の役にもたたない庶民レベルにも、彼がいわゆる「今は不遇をかこつプリンス」であると、その場にいた者に知れ渡ってしまった弊害に彼には思えた。
あの少女…使役している少女に、自分は確かにカタルヘナの令嬢には「王族の遣い」だと名乗ることを許した、が、あの少女は、その言を誰が回りで聞いているか、そんなことも考えず、小声で告げるとか、人の少ない時を選ぶという才覚すら持ち合わせず、大声で我の到来を先ぶれのごとく、宣告したのではないだろうか。確かに俺は、カタルヘナの令嬢と接点を持つためにサークル見学に行くと言った、が、その時も、誰も間に立てず、いきなりその令嬢本人に声をかけ案内を頼んでしまう、しかも、録音した自動音声のような口上で…そこまで短絡的な振る舞いに出るとは思っていなかった。その意味では、俺はまだまだ甘かった。あの者は、一から十まで事細かに指示を出さねば使いものにならない、そうと知っていたのだから、俺が貴種であることは、カタルヘナの令嬢だけに知れるように声の大きささや表情、態度を指示せずにいたのは失敗だった。あの迂闊な者の無警戒な言動から、俺が高貴な生まれであることが、その場にいた者全員の耳に入り、物見高い民衆がー下賤な者ほど、高貴な血筋の持ち主を一目でも遠目でも見てみたい、と切望するのだ、だから、王族は民衆への顔見せ、歓呼の声に応えるを義務とするのだがー野次馬根性で己の周りにやたらと集まってきてしまったのだろう。それはそれでー不手際極まりないことではあったが、不思議ではない。
そう彼は考えた。
が、それなら、その噂を耳にして我の血筋に興味を抱き、自ら接触を試みてくる富裕層の子女がいても不思議ではないのに、それがない。あの時も、呼ばれずとも周囲にやってくるのは、あわよくば俺の目にとまろう、プリンセスに収まろうというぎらついた下賤の女どもだけだ。それがなんとも腑に落ちない…
しかも、それは、カタルヘナの令嬢に近づこうとした時に限らなかった。否、むしろ、この後、上流階級の令嬢に近づこうとした彼のもくろみはことごとく頓挫した。
カタルへナ級とは言わずとも、そこそこの資産家令嬢にすら、どうしても近づくことができなかったのだ。
カタルヘナの令嬢への接触が、不首尾に終わったとみた彼はーあの状況では、再度オケ部を訪ねたとて、令嬢に近づけるとは思えなかったので、カタルヘナの令嬢を籠絡することはあっさりと諦めた。「何、良家の子女は、いくらでもいるのだ、見込みのなさそうなカタルヘナの令嬢にこだわることはない」と考えてー彼は使役している少女に、リストの上位にある他の名家の令嬢に接触できそうな場を設けるか、俺のその場に連れていけと、再度命じた。
そこで、リスト上位にあった令嬢に不自然でなく近づける場所ー様々なサークルの活動場所やゼミ室に少女を先ぶれとして顔を出すのだが、なぜか、目当ての令嬢は、まったくこちらに興味を示さない。仕方なく、こちらから、目当ての令嬢に近づこうとすると、その前に、こちらには何の用もない庶民の女に囲まれて、身動きがとれなくなってしまう、そのうち、目当ての令嬢本人は、いつの間にか、その場から姿を消しており、まったく知遇を得られない、そんなことが、あの後、幾度となく、繰り返されていた。
上流階層の子女と親しくなるなど、ましてや惚れこませるなど夢のまた夢、というようなありさまだった。
彼としては、すぐさま、リストのうちの誰かは、自分の虜になるだろうと、考えていたにも関わらずだ。
彼が使役している少女は、カタルヘナの令嬢への接触が不首尾に終わった後、何か反省したか、考えるところがあったのか、突然、動きがよくなり、所謂「使える人材」になりつつあったのでー指示を出す前に、リストにある富裕層令嬢の属するサークルを、順番に、活動場所および活動する曜日や時間帯も含めてきちんと調べてあり、前もって、見学の許可も出しておくので、スムースにサークル責任者と接触できる、という段取りの良さを、披露するようになっていたので、なおのこと、彼としては、これで、全て、事はうまく運ぶだろうと考えていた。カタルヘナの令嬢と接触する時も、これぐらいの手際を見せてくれれば、よかったのだが、と、嬉しい意味での繰り言が思い浮かぶほど、最近の少女の仕事ぶりは、かゆい所に手の届くという言葉がふさわしく何もかも準備万端整えられるようになっていた。それはまるで有能な秘書の仕事ぶりもかくや、で、まるで別人のような、気の利きすぎた、できすぎの仕事ぶりですらあった。ほんの少し前まで、知的レベルは高いのに、不器用で融通がきかず、指示されたことしか満足にできないー言い換えれば指示された事以外は、自らまったく動こうとしないし、頭を働かせることもなかった少女に一体何が起きたのか、と思わせるほどの変貌ぶりだった。
ただ、彼は少女の変貌ぶりをいぶかしむことはなかった。以前より段取りがよくなった、そう感じるようになっただけで、それが何故かを、考えようとはしなかった。不利益や不都合が増したのならともかく、良い方に転がった事態を詮索する気は彼にはなかった。手足が自分の手足でいることに慣れ、ようやくぎこちなさが抜け、滑らかに動くようになってきたのだろうと考えただけだった。『きちんと作動さえすれば、それでよし』彼が己の配下の状態・状況に払う関心はこの程度だった。取り換えの利く部品にいちいち心をかける為政者などいないからだ。無論、部品の調子が悪いと思えば注意を払うし、上手く動くよう整備をする為政者もおろう、が、彼にとって部品はあくまで部品だった。動作不良を起こすような部品は躊躇なく捨てて新しいものと取り替えるー今の部品をだましだまし使っていたのは、他に換えがなかったから、その一点につきた。その部品がようやく不具合なくきちんと動くようになったのだと彼は見た。理由や原因は、どうでもよかった。上手く動作する部品の状態に彼は意識を向けたりしない。部品は、きちんと動いて当然だから、正しく機能すれば、その存在は逆に彼の目には止まらなくなる、きちんと作動する部品に対しての関心は薄れていきーついには意識しなくなる。
ゆえに最近の彼は、少女に対する働きかけが減った。今までは、少女に逐一に指示を出し、事細かに指図をせねばならずー少女を使いこなすためには、仔細な指示と細かい目配りが必要だった、さもないとこの少女は性能通りに正しく「機能」しなかったからだ。彼女は使いづらい、面倒な「手足」だった、が、彼には「手足」が彼女1人しかいなかったため、簡単に捨て去り取り替えることもできず、細かなメンテナンスを施しながら、だましだまし少女を使いこなす、という日々が続いていた。それを煩わしく鬱陶しく思い、時に苛つかされもしたのだが、最近、急に、そう思わされることが格段に減った。今まで少女は、本当に入力したプログラム通りにしか動かない、しかも単純作業しかできない機械だったのが、ある日を境に、突然、自律思考ができ、自身の判断で動ける高等機械に進化したかのようだった。彼が煩わしく感じる頻度、口出し、声かけは明らかに減り、彼の負担感は軽減した。彼は、少女がようやく学習し、以前、彼の下にいた幹部連中位には使えるようになったのだとみなした。
にも関わらずー少女が、いろいろと行き届いた下準備をしてくれ、彼を楽にしてくれたはずなのに、彼はその状況を生かせずにいた。環境は整えられているのに、まったく「富裕層の令嬢と知遇を得、自分に夢中にさせる」という目的が果たせない、どころか、第一歩の知遇を得るところまですら、こぎつけられないでいた。
彼にとって利点ありと接触を願うような人物に限って、何故か彼を遠ざけているような気がした。一方で彼には全く用のない無産階級の子女、もしくは、一種のファン気分で「どこの誰でもいいから王族という人種とお近づきになって、それを周囲に吹聴したり、人脈を自慢したい」というミーハー精神きわまった軽薄な女子学生だけが、彼の周囲を賑わし彩る、という、今は、彼にとって、まったく想定外の状態となっていた。
それは彼には全くもって歓迎せざる事態だった。無闇に騒がれたり、注目を集めるのは彼の本意ではなかった。それでも、富裕層や所謂上流階級に属する子女たちの間で話題に上るなら、まだ我慢もできたが、彼にとってはどうでもいい、有象無象の人種にばかり、彼は有名となり、注目を集めるようになりつつあった。
何もかもが思い描いた通りに運ばない、進んでいない。どころか、事態は彼にとって望ましくない方へ方へと、雪崩れていくようであった。彼は、焦りを感じ始めていた。
青年は、知らなかった。上流階級の子弟の間に、まことしやかな噂が回状よろしく出回っていたことを。出身国を明言しようともしなければ、その血筋も定かではない「自称・王族」の青年がー持参金、露骨に言えば資金援助目当てに富裕層の令嬢を籠絡せんがため、この学園に留学しているらしいという、もっともらしい噂を。
そして、青年は「王族」ではない富裕層、特に現代的な事業で富を築いたブルジョワジーを無意識に見下していたから、彼らについて徹底して無知・無関心であった。彼はブルジョワジーの理念、行動原理、信条を知らず、知ろうとしたこともなかったので、所謂実業家の家系は彼が考えるより、ずっと堅実で手堅いこと、労働で富を築くことを基本と考える彼らは、風評や所謂「根拠のないうまい話」がどれほど危険か熟知していたし、胡散臭さを嗅ぎわける鼻ももっていることを、全くと言っていいほど知らなかった。
彼は自分の置かれた現状を良く知らなかった。
彼はすでにして、良家の子女の大半から警戒すべき人物として遠巻きに眺められる存在になっていた。
彼は、自分の存在が良家の子女の間で、どんな話題の俎上に乗せられているかも全く知らなかった。
そういうたぐいの情報は一切、彼の元には届かなかった。
彼は、いまだ、自分の存在はそれほど周知されていないはずと信じていたので、良家の子女の間での自分の評判がどのようなものであるか、調べさせようなどと思いつきもしなかったし、そも、評判がたち自分が噂の主になっていることすら、想像だにしていなかった。
そして、彼の手足も、何も命じられていない状態では、情報収集の重要性を理解できるはずもなくー多少は使えるようになったとはいえ、進んで、自ら情報を広い集めるような機転は彼女にはまだまだきかなかった。ただ、富裕層の子女の群れは、元々彼の手足である少女・エンジュが最も苦手とし、最も距離を置きたい人種であったから、彼がエンジュに巷の噂話を収拾してこいと具体的に命じていたにしても、富裕層の子女の間での評判は入手できたかどうか、怪しかったが。
とにかく、彼は可哀そうなほどに、自分の現状を把握できていなかった。
情報不足と現状への誤認識が重なって、彼の思惑も計画も予想していたようには、まったく進んでいなかった。
一方で、エンジュもまた、なんとも言いようのない違和感に、ここのところ、ずっとさいなまれていた。
ただし、彼女の違和感は、予定通りに事が進まないために生じる苛立ちや焦りとは無縁だった。
彼女が感じている違和感は、以前の自分と今の自分とで、物の感じ方に齟齬が生じているような気がする、というものだった。
「自分は、うまく事を運んでいる、物事はうまく進んでいるし、自分は、何事も以前より手際よくできるようになっているはずだなのに、なぜか以前のような満足感や達成感が得られていない気がする、幸せだと充実を感じる時間もあるのだが、以前、幸せだと感じていたことが、前より幸せだと思えなくなっている一方で、煩わしいばかりと思っていた事を楽しいと思ってしまったりする。私は一体、どうしてしまったんだろう、私は何か、変わってしまったんだろうか」という自分自身への不可解な疑念に、このところエンジュは悩まされていた。
はっきりとした理由は、自分でもよくわからないのだが、以前と今とを比べると、幸せだと感じる場面が異なっていたり、逆に以前なら不愉快と怒りの感情に支配されていたようなシチュエーションでも、前みたいな感情が激昂しなくなっていたり。ただ、はっきりわかるのは、今の方が、自分は何事も段取り良く運べるようになっている筈なのに、それに比例して幸福度が増している訳ではない、ということだった。だからー思ったより幸福感を感じられないために、必然的に、こんな疑問が自ずと生じてきたー「自分はこのままでいいのだろうか、自分のしていることは正しいのだろうか」という疑問が。この疑問と不安は、日を追うごとに、後から後から炭酸水の泡のように無限に生じてはエンジュの心の表で弾けた。そのたびにエンジュは「私は銀髪さんの役にたってる、銀髪さんのお手伝いができて、幸せだわ」と自身に言い聞かせ、心を鎮めようとするのだが、そうすればするほど、むしろ、心はざわめき、自分の行く先はこちらでいいのか、このまま突き進んでしまっていいうのか、という不安感が募っていくのだった。
けど、頭で考えるほどに、本来なら、自分が不安を感じる要素など、どこにも何もないはずだと思うのだ。だって、最近、自分は銀髪さんの満足のいくような仕事ぶりを示せているはずだから。
ただ、それは、実のところ、自分の実力ではなく、愛らしい金髪の少女のおかげだったー最初はそうと認めたくはなかったけどー今は、心地よい諦念と共に認めざるを得ないと思っていたけれど。
エンジュは、あることがきっかけで、また、金髪の愛らしい同期生ーアンジェリークと、それなりに言葉を交わすようになっており、アンジェリークの態度や振る舞いを身近で見ることで、手際がいいとか機転が利くとはどういうことかを、肌身で感じていた。というより、アンジェリークに助言を求め、その通りにすると、物事がとてもうまくスムースに運ぶことを否応なく知ることとなっていたのだ。
それは、こんな経緯だった。
エンジュは彼女の「銀髪の王子様」から、自分が性別を調べた人名リスト内にいたロザリア…以前、自分を一方的に悪者扱いして非難した少女が、世界でも有数の資産家令嬢で、なぜか銀髪さんの調査対象者に入っていたことだけでも、とても嫌な気持ちになっていたのに、さらに、ロザリアの所属しているサークルを調べ、そのサークルの見学にいけるようはからえと言われ、途方にくれていた。今までは、不愉快な物事や対象からは、即座に逃げたり投げ出してきていたエンジュだったが、今回は、そうはいかなかった。これができなければおまえを見限るというような意味のことを青年から言われた彼女としては、どんなに嫌でも自信がなかろうと、承諾するしか道がなかった。だが、已むに已まれずの思いで承諾したエンジュだったが、ロザリアの所属サークルなど、どうやって調べればいいのか、まったく、わからなかった。ロザリア本人に尋ねるのは、絶対嫌だったー正直言えば、声をかけるのが怖かった、口論相手だった自分が何か尋ねても、素直に親切に教えてくれるはずがないと思ったからーだから、わらにもすがる気持ちで…気は進まなかったけど、これも嫌で仕方なかったけどーこの子にもすげなくあしらわれるのではないか、また、そうされても仕方ないという恐れがあったからーそれでもロザリア本人に声をかけるよりは、まだマシという気持ちでロザリアの友人と思しき知り合いの少女を頼ろうと考えた。
知り合いの少女が寮に帰ってくるのをホールで待ち、声をかけた。ききたいことがある、と、ロザリアの所属サークルのことを尋ねると、なぜか、すごくうれしそうに、そして、即座にその少女ーアンジェリークはエンジュの知りたかったことを教えてくれた。
知りたいことがわかればもう用はない、エンジュはさっさとその場を立ち去ろうとした、が、アンジェリークが嬉しそうに重ねて問うてきた。
「エンジュ、サークルに入ることにしたの?サークル活動、やってみようって気になったの?」
仕方なく足を止め
「一度見学にいってみようかと思って」
と、エンジュは最低限の言葉を返した。嘘ではなかった。自分は案内するだけだが。それも、余り気のりはしなかったが。
すると、その金髪の少女はさっきよりもっとうれしそうにーなんでこんなにうれしそうなんだろう?ーとエンジュが訝しく思っている間に
「よかった、エンジュは優秀なんだし、せっかくの大学生生活だもの、勉強をがんばるのはもちろんだけど、サークル活動をやってみたら、きっと楽しいのに、もったいないなって思ってたから、本当によかった。それなら、そうよね、サークル見学するなら、最初は知り合いのいる処の方がなにかと心強いし、安心だわよね、あ、でも、それなら、オケ部の活動日と活動場所はわかる?私、一応、覚えはあるんだけど、思い違いがあるといけないから、今、ちょっと調べてみるね」
と、自分から言い出し、即、小型端末を開けて何やら調べ始めた。
エンジュは、そう言われてみて、初めて気付いた。確かに、自分はオケ部の活動場所も活動曜日や時間も知らなかったーそして、自分はロザリアの所属サークルに、彼を連れていく段取りをつけねばならなかったが、けど、そんな段取り、どう付ければいいのか、わからなかったし、どうすればいいんだろうなんて、考えてもいなかったから、とにかくロザリアの所属サークルさえわかれば、とりあえずは、それでいいだろうと思っていた。サークル名を調べたら、後はどうしたら良いか、また銀髪さんに尋ねるつもりだった。次はこうしろ、と、指示を出してくれるはずだから。けど、アンジェリークに言われてみて思い当たったが、そうだ、活動場所と活動曜日と時間も今わかれば、次に会った時、すぐ彼をその場に連れていけるではないか。アンジェリークの言葉を耳にして、エンジュは「言われてみれば、その通りだ」と、気付いた。同時に、指示を待たずとも、自分の判断で手順を推し進められたり、物事が流れるように滑らかに進んでいくという状況は、エンジュにとって、とても新鮮な感覚だった。
ただ、エンジュには、どうしても理解できないことがあった。
アンジェリークが、即座に「何と何を事前に調べておくべきか」を容易に思いついたのも不思議なことだったが、それ以上に不可解なのは、自分が頼んでもいないことを、進んで自分から「確認してみるね」と言って、調べようとする、その心理だ。
自分だったら尋ねられた事以外を考えたり、ましてや自分から調べるとか行動を起こすなんて、思いもよらない、だって、頼まれてもいないことを、どうして調べたり考えたりしなくてはならないの?
なのに、この少女ーアンジェリークは呼吸するように自然に頼んでもいないことを自らすると言いだしたのだ。それがエンジュにはわからない。エンジュは感じた疑問をそのままアンジェリークにぶつけてみた。
「なんで、活動日と場所まで確認するの?私、ロザリアのサークルを教えてって言っただけなのに」
「だって、ロザリアの所属サークルを知りたいのは、そこに見学に行こうと思ったからだって、エンジュ、今、言ったじゃない?なら、活動場所と曜日と時間も知っておかないと、見学にいけないじゃない?なら、今、一緒に、確認したほうがいいかと思って」
「でも、私、そんなこと、調べてほしいなんて、あなたにお願いしてないわ」
「あ…そうよね、ごめん、余計なおせっかいだった…?」
「ううん、それは確かに知らなかったからいいんだけど…けど、なんで、尋ねてもいないことまで確認してみる、なんて、自分から言いだしたりするの?」
「え?だって、そんな、それって、当たり前のことじゃないの?エンジュは、ロザリアのサークル活動を見学したいんでしょ?なら、いつどこに見学にいけばいいかまで、確認しないと…スモルニィは広いし、教室もホールもたくさんあるから活動場所を知らなかったらどこにいけばいいかわからなくて途方にくれちゃうし、場所を知ってても活動曜日や時間がわかってなければ、足を運んでも2度手間とか無駄足になっちゃうかも、だし…だから、見学のために必要なことを確認するのは当然じゃないの?あ、でも、私が確認しようかって言ったのは、お節介っていわれたら、確かにそうなんだけど…けど、必要なことだし、今すぐ簡単に調べられることだからって思って、つい、さっとモバイル開けちゃったけど…ごめん、やっぱり、余計なお節介だった?」
「あ、ううん…ただ、当たり前…なの?そういうもの…なの?」
「そうじゃないの?」
言葉を交わしても、エンジュには、アンジェリークの心の動きは、どうしても理解できなかった。
アンジェリークも、それは同様で、何故、こんな、やって当然のことを「何故、やるのか?」と尋ねるのか、と、エンジュの問の意味がわかっていないようだった。
けどエンジュは今初めて「尋ねられていないことまで、調べるのはなぜか」を、僅かだが理解できたような気がした。
行動や質問や指示には、背後もしくはその先になんらかの意味や目的があるのだ、と今、初めて知ったが故だった。
「ロザリアのサークルを見にいく」という具体的な目的を持つ事例があり、その目的を果たすために、何をすればいいのか、噛んで含めるように順を追ってアンジェリークが説明してくれたおかげで、エンジュは、初めて理解できたのだ。
つまり、こういうことだ。
今の自分の場合、銀髪さんからの指示は「ロザリアの所属サークルを調べろ」、そして「その場に銀髪さんを連れていくようはからえ」の2つだった。この2つの命令はエンジュには、まったく同質のものだった。しかも、最初の指示と2つ目の指示の間はエンジュには空白で、何をどうすればいいのか、2つの指示をどうつなげるのか、そも、繋がるものなのかも、エンジュにはわからなかった、というより、考えようともしていなかった。
けど、この2つの指示は、同質ではなかった。「ロザリアの所属するサークルに銀髪さんを見学につれていくこと」が、最終目的で、ロザリアの所属サークルの名を調べることは目的ではなく、真の目的に至るまでの手段、段階の一つでしかなかった。
そして、サークル見学のためには、名がわかっただけではダメだ、活動場所と時間を調べねば、見学にはいけない。だから、それもアンジェリークは調べると言った。目的達成のために必要なことだから。アンジェリークが順を追って整理してくれたおかげでわかったのだ。
自分は知らなかったけど、考えてみたこともなかったけど、行動や質問、指示には「単なる手順、もしくは一段階」である場合と「最終目的」である場合と、2通りあるのだ。指示でも行為でも、最終目標に達するための手順とか段階とかの一部である場合と、命じられたこと自体が目的である場合と、2種類あることを、エンジュは初めて思い当たった。自分は、そんなこと知らなかったから、今の場合も、何の見極めもつけていなかったし、そも、つけたこともなかった。命令は命令で、一つ一つ別々のものとしか思ってなかった。
けど、指示とか行動には2種類あるって知っていれば「この指示は最終的には何を為すためのものだろう」と、思いを巡らせることができる、そしたら先にある目的が浮かび上がってくる、そして、目的がわかっていれば、もしくは、きちんと念頭においておけば、その目的のために何をすればいいのかも考えられる、次の段階、次の手順が自ずと見えてくる、さすれば、次の指示を待たずとも、調べろと命じられていなくても、調べておけば役に立つことが見えたり、わかったりする。何をやっておけばいいのか前もってわかれば、指示を待つ時間や手間がいらなくなる。手順や道筋がわかっていればー自分が承知していれば、目的は要領よく達成できる、のだ。
そうか…「指示されたこと」だけでなく、指示された先に何かあるのかもって考えて…それで「目的」があるってわかったら、それを念頭において、そこに至る筋道を考えれば、おのずと、何をすればいいのか、何を調べればいいかもわかってくるものなのか…指示の間に空白があっても、それは自分で埋められる、指示されなくても動けるものなのだ…ということに、アンジェリークとの会話を通じて、エンジュは初めて気付いた。
そして、その行動にも道筋や順序がある。正しい道筋を正しい順にたどらねば、目的に到達できなかったり、到達できても、時間がかかったり遠回りになったりするんだ、ということも同時に悟った。
今の場合、ロザリアの所属サークル、その活動場所、時間の3つ全てがわからなければ、サークル見学にはいけない。言いかえれば「サークル見学に行く」ために、あらかじめ知っておくべきことを調べていなければ、見学には行けない。順序は決まっていて逆走はあり得ないのだ。「サークル見学に行く」というのが、最終の一番肝要な目的であると見極められていれば、そのために何をすればいいのかを考えられるし、正しい手順も見いだせるのだーアンジェリークがさも容易にしたようにー。
だから、まずは行為の意味をきちんと理解把握する、それが目的か一手順なのか見極めるのも大事で…達成のためには何を知っておかねばならないか、何をせねばならないのか調べたり、その順序や手順を考えることも大事で…物事の順序とか優先順位に考えをめぐらせれば、物事の連関性もわかってくる。一つ一つぶつ切りだった物事を関連付けて考えられるようになるんだ、と、多くのことを、エンジュは、このアンジェリークとの短い、だが、具体的な事例に富んだやりとりの中で、初めて理解した。
と、同時に、こんなにも複雑なーエンジュには、同時並列で複数の事象を考察し検討し順番付けするなど、とてつもなく、複雑困難なことに思えたのでー「どうして、アンジェリークは、こんな風に物事を考えられるんだろう、私と、なんでこんなに違うんだろう」という驚嘆がこみあげ…
その驚嘆の思いと共に、エンジュの心の中に、なんともいえぬ、嫌な思いがこみ上げてきた。
今まで自分は「言われたことしかしない」と言われることはあっても、それで褒められたり認められたことは皆無だった、一方で指示されていないことをしている子が褒められたり持ち上げられたりする訳がわからず、釈然としなかった、自分はいつだって「きちんとやっているのに評価されない」不当な被害者だった、けど、もしかしたら、それには、それなりの理由があった?という考えが、ふと、頭の片隅に浮かんだからだ。
だって、同じ目的があったとして…アンジェみたいに考えて動けば、ずっと早くに結果が出る。「次はどうすればいいんですか?」としょっちゅう指示を仰いだり、尋ねに戻る必要がない、私みたいな子が、いちいち先生の元に戻って、次に何をすればいいか教えてもらっているうちに、その時間に、自分で次々でやるべきことを見つけ、さっさと終わらせちゃえるんだもの。
アンジェみたいに考える子なら、同じ目的地にたどり着くにしても、私より、ずっと要領よく、到達できるだろう。1人ですることだけじゃない、誰か他の人と一緒に一つの大きな仕事をしようとする時、アンジェみたいに考え、動く子なら、効率がいいから、周囲も助かるだろうし。
ましてや、こんな…何をする時でも、にこにことされたら、周囲もなんとなく、心が軽くなったり晴れたりするのだろう
それなら、たとえば、複数の人で一緒に何か一つのをしなくちゃならない時、私とアンジェがいたら、皆、どちらを選ぶだろう?
…そんなの、考えなくてもわかってる、最初から決まってる。昔から、私は決して、選ばれない、いつだって必要とされない子だったから。班分けで、いつも最後まで残ってしまう。けど、まっさきに誰からも引っ張りだこになる人がいた、それは…このアンジェみたいな子だった?
そして、それは…もしかしたら、それだけの理由があったっていうこと?
…ううん、違う、違う!私は悪くない、言われたことはちゃんとやるのに、できるんだから、それを評価しない方が悪い。アンジェみたいな子がお節介するのは、この子の勝手、でも、こんなお節介と比べられて、私が不当な扱いを受けるのは、やっぱり、おかしい!悪いのは、おかしいのは周囲の評価の方だわ!
私だって、順序だてて、きちんと説明してくれればわかるのだ、なのに、どうしたらいいかわからなくなるようなことを押しつけられたら、逃げ出して、投げ出して当然ではないか、非難される謂れはない。今まで、アンジェリークみたいに説明してくれた人なんていなかったんだもの、わからなくたって、投げ出したって仕方なかったじゃないの!
そうよ、こんな子と私を比べるほうが悪いんだわ。比べた私が馬鹿だったんだわ、第一、こんな可愛い子のすることは、なんだって、どんなことだって、良く評価されるにきまってるんだし。私が選ばれないのは、私が必要とされないのは、私のせいじゃない、周りが悪いのよ!
エンジュは首を振って、揺らぎかけた自分を必死に立て直そうと図った。
けど、一方で、どうしようもなく、認めざるを得ないことも自覚した。
「この子は…アンジェは違う、私とはあまりにも違うんだ」という事実、こればかりは否定しようがなかった。
今の…この些細なやり取りからでも容易にわかる。アンジェは私の質問「だけ」に答えたんじゃない、私の質問から、その奥にある私の意図とか目的を考慮し、同時に、そのために必要な手順も、即、頭に浮かんだので、「活動場所は?時間は知ってる?」と自分から私にわざわざ問い返し…頼まれてもいないのに、その確認までしようとしてくれた。
そして「何故、そこまで調べるのか」をきちんと丁寧に、私にもわかるように説明してくれたのは、アンジェリークが初めてだった。
でも…そんなの本当に余計なおせっかいだ、アンジェリークがする必要なんてないことだ。私も頼んでいないのに、頼みもしないことなのに、アンジェは、何故、手助けしようとしてくれるんだろう。
他人のために、なんで、そんな身軽に動けるの?しかも、にこにこと、嬉しそうに微笑みながら。
そして、何よりもわからない…どうして、それを「当り前」だなんて思えるの?なんで、アンジェは私とこんなにも違うの?
その疑問は深くエンジュの心に刻まれた。アンジェリークの彼女にしてみれば極自然な振る舞いは、エンジュにとっては、初めて肌身で知り、認めざるを得ない「真の聡明さ」と「見返りを求めない優しさ」の具現だった。
自分よりも華奢に見えるアンジェリークに、エンジュは何か圧倒される思いで、息苦しく感じた程だった。
が、同時に、アンジェに聞いてみたい、という、願いがこみ上げた。何が自分とアンジェをこんなにも隔てているんだろうか。けど、アンジェは応えてくれるだろうか。アンジェなら説明してくれるだろうか。でも「なんであなたは私とこんなに違うの?」なんて問われて、応えることなんてできるのだろうか。いくらアンジェでも…。
「あ、それより、私、まだ、オケ部のこと、エンジュに言ってなかったよね、はい、これがオケ部の活動詳細、この曜日のこの時間にホールにいけば、オケ部の見学ができるわよ」
「あ…ええ…」
逡巡し自分だけの考えに没頭していたエンジュは、アンジェリークに声をかけられと、ばね仕掛けの人形のようにぎくしゃくと指示されたデータを見、しっかり記憶した。
「エンジュが興味のもてるサークルがみつかって、よかったね、じゃ、またね」
アンジェリークは気さくに手をふって、軽い足取りで自室に戻っていった。
エンジュは、茫然と突っ立ったままその華奢で愛らしい後ろ姿を見送った、お礼の一言も言っていないことを思い出したのは、その後だった。
ただ、とにかく、これで銀髪さんをロザリアのサークルにつれていけると思うとほっとした。
けど、アンジェリークと自分の違いーその差異の大きさ、人としての質の違い、みたいなものが、エンジュはこの日この時から、気にかかって仕方なくなった。楔のように、とげのように、エンジュの心に刺さって、常に意識せずにはいられなかった。
そして、その時からだ、エンジュの感覚が変わってきたのは。今まで「幸福」だと感じていた瞬間がさほどそう思えなくなりー銀髪さんの指示に十全に応えられる手はずが整えられたのだから、今までの自分なら「自分はやっぱりできる人間だ」と自尊心がくすぐられ、とてもいい気分になれたのにー気分の高揚はさほどでもなく、そのために「自分は何かおかしい」という疑問と不安とが生じてしまうようになったのは。
その所為かどうかわからないが、銀髪さんをロザリアと引き合わせる計画は、ロザリアがはっきりと銀髪さんの案内を固辞したせいで、失敗に終わり…エンジュは、そんな事態、想定していなかったし、多数の女生徒に囲まれた銀髪さんを見ても、その場で何をどうすればいいかもわからずー人あしらいなど、エンジュにできようもなかったのでーただ木偶の坊のように突っ立ていることしかできずにいるうちに、銀髪さんは、舌打ちしてその場から立ち去ろうとしたので、エンジュも、仕方なく、なんともいえぬ惨めな気持ちを抱きながら、そのあとを追って、オケ部の活動場所であるホールを後にした。自分はきちんと仕事したのに、案内を断るロザリアが悪いのよ、私が惨めな気持ちになる必要なんてないのに!と、心の中で言い張ってみたものの、いつものように強気になりきれなかった。
そして銀髪さんは「明日の昼、いつもの場所で次の指示を出す」とだけ言うと、後ろも見ずに帰ってしまった。どんな指示でも、銀髪さんからの命、次回の約束はなんでも嬉しかった筈なのにー少なくとも今までは、この時エンジュは、銀髪さんからの指示を、そう嬉しく感じられない自分に気づき、酷く、とまどった。そして、結局、再度、違う女子生徒の元に銀髪さんを案内せねばならない羽目になったのだが、その時も、同じだった。銀髪さんに命令されることが、前ほど、魂をとろかすように嬉しく感じられていない気がした。
それでも銀髪さんの命を聞かない、というのは考えられなかった。銀髪さんはエンジュを初めて「必要としてくれた人」であり「必要とされる喜びを教えてくれた人」で、これからもその充実を味わせ、自分は「できる人間なんだ」と思わせ、自尊心を満たしてくれる唯一の存在だったから。
だから、指示や命令が、以前ほど嬉しく感じられないからといって、辞めることなどできなかった。嬉しさの度合いは減っていても、まったくなくしてしまうことは、恐ろしくて考えられなかった。だから、次の命令ー今度はまた違う女生徒のサークル見学に連れていくと、約束してしまった。
先日のアンジェリークとのやりとりで、物事を進める手順が多少はわかるようになったエンジュだったが、見も知らぬ女子学生の所属サークルをどうやって調べればいいのか、は、どうにもお手上げだった。それこそ、何をどう調べればいいのか、アプローチの方法すらわからない。
エンジュには頼りすがれるあては一つしかなかった。銀髪さん以外で、銀髪さんとは別の意味で、自分からも話しかけ、口をきいてくれる唯一の存在、アンジェリークだ。
アンジェリークなら、きっと、どうすればいいのか考えてくれる、それは、明らかに甘えであったが、エンジュが産まれて初めてみせた人への洞察、人を見る、正しい目でもあった。