広大なスモルニィには学内に幾つもの飲食施設が点在している。
ボリュームがあって価格が手ごろというわかりやすい理由で学生食堂は男子学生でいつもにぎわっているし、女子学生に人気のバフェテリアもあれば、飲み物と軽食主体のカフェもある。
そのカフェの一角で、見るからに裕福そうな女子学生が数人、楽しそうに談笑を繰り広げていた。
「ねぇねぇ、こんな噂をご存じ?」
「あら、何をですの?」
「今年入ってきた留学生の中に、どこかの王族がいらっしゃるという噂よ、しかも留学の目的は花嫁探しらしいのですって」
「私も、その噂、聞いた覚えがあってよ」
「ステキな話じゃない?あなた、立候補なさってみたら?」
「けど、王室に入るにふさわしい家柄と格式のご令嬢と言うとこのスモルニィでも流石に限られてきません?カタルヘナのご令嬢のロザリアあたりに、すでに白羽の矢が立ってるんじゃございませんこと?」
「それがね…その方、出自は欧州の小さな国…とはいえ、歴史も伝統もある国のようなのだけど、ご本人は傍系でいらっしゃるようで、けど、ご自身は、その境遇に満足されてないので、有力な後援者というか、率直に言えばパトロン探しが主目的らしいとか…花嫁より、その持参金が肝要らしいのですって」
「よくあるお話と言えばお話ですわね、それなら、ますますロザリアは狙われているのではなくて?カタルヘナのご令嬢のお輿入れとなれば、持参金はもとより、その後の援助だって、かなり期待できるでしょうし」
「そう思いますでしょ?ですから、私、ロザリアに「そんなお話、ございませんの?」ってうかがってみたんですの。だって、もうカタルヘナ家にそんなお話が行っていて、ロザリア自身も乗り気なら、他の家の令嬢は太刀打ちできませんもの。噂を耳にして「我こそは王妃に」って色めきだっても、恥をかくだけかもしれませんでしょ?だから、早々に確かめなくちゃと思いましたの」
「で、どうでしたの?ロザリアはなんと?」
「それがねぇ、ロザリアったら『私も、その噂は耳にしたことがありますわ、けど、正直、困惑してましてよ、カタルヘナには、今更「青い血」をありがたがる理由がございませんもの』とだけおっしゃって艶然と微笑まれましたのよ」
「どういうことかしら。それ」
「おわかりにならない?カタルヘナ程の名家となれば、今更、そんじょそこらの王統と血縁を結んで箔をつける必要なんてない、だから、王族というだけで、婿入り話をありがたがって受けるなんてありえないってことですわ、しかも、それが、聞いたこともないような小国の、その上、傍系ときたら、カタルヘナにはなおさら何のメリットもありませんもの。ロザリアは、お家柄だけでなく、ご本人のあの美貌と知性で、花嫁候補として、どこの王室からお話があってもおかしくありませんでしょ?嫁ぎ先に困っているとかならともかく、逆に引く手あまたのロザリアが、そんな小国傍系の王族をわざわざ進んで選ばなくちゃならない理由は一つもないってことですわ。むしろ、そちらの王子様の方がカタルヘナの婿がねとして役不足というか、ロザリアには釣り合わないというか、花嫁候補と噂されるだけでもありがた迷惑だって、言外におっしゃってたようなものですわね」
「あ、そういうことですのね、そうですわね、カタルヘナ程の御家柄なら、今更、どこぞの国の王族の血筋をありがたがる、ということも、ございませんわよね、確かに」
「しかも、小国の王子様の目的は持参金目当ての政略結婚、ならば、王子様の方からもカタルヘナに提供できるものがありませんと、契約が成立しませんものね。けど、青い血のお婿様を、いくらでも望めるカタルヘナのご令嬢が、そんな、手軽な…あら失礼、どこともしれない小国の王子様で手をうつ謂れは確かにございませんわねぇ」
「でも、あのロザリアが、そこまで厳しいことを言うなんて、その、噂の王子様って…血族結婚を繰り返してきた旧家にありがちな、何か、問題でも?」
「それがね、これは、ほんと、噂ですわよ。実は、もうすでに、その王子らしき男性が、ロザリアに近づこうとしたらしいんですの」
「あら、じゃあ、カタルヘナ家に正式に使者を立てて申し込みなすってたの?」
「とんでもない!それどころか、ご本人が、いい?ご本人がですわよ、オケ部に…ロザリアがオケ部で活動中に、小間使いらしき少女だけを先ぶれにして、サークル見学を口実にロザリアに近づいて来たのですって。その小間使いは、わざわざロザリアに、部長でもなんでもないどころか、1年生のロザリアに、その男性を案内してくれって直接頼みに行ったのを、その場にいたオケ部の団員、全員見ていて「変だな」って思ってたのですって。ロザリアも先輩方を前にして、自分で勝手な判断をする訳にもいかなくて、困惑してたら、ロザリアに案内してもらえないとわかった途端、その方、さっさと立ち去ってしまわれたらしいわ。恐らく、ロザリアと偶然の出会いとか、自由恋愛とかを装いたかったのでしょうけど、それにしても、あまりにあからさまでしょう?お近づきになる手段として恥ずかしいくらいに見え見えというか、わざとらしいというか…。普通に留学生がサークル見学に来た風を装って、遠目からロザリアの容姿を確かめる位にしておけば、別段、不審に思われることもなかったでしょうに、そこまで露骨にわざとらしく「出会い」というか「お近づき」を演出されたら、誰だって「?」って思いますわよねぇ、で、そこに花嫁探しの王子様が留学してる噂がありましたしょう?これはもう間違いないんじゃないかって…」
「それが本当だとしたら…」
「あら、本当ですわよ、私、その場にいたオケ部の団員からその話を聞いたんですもの」
「ああ、いえ、そういう意味ではなくて…その王子様の振る舞いですわ、信じられませんのは…それなら、ロザリアが、にっこりと慇懃無礼に、全く相手にしなかったのも、わかりますわよ。だって、明らかな政略結婚とわかるような縁談でも、それは、私どものような家に生まれた子女で、なおかつ心に決めた方がいないと思われていれば、当然のように、遅かれ早かれ、いくつかは、やってまいりますわよね?」
「ええ、あのクラウゼウィッツの御曹司みたいに、早々と、真実の自由恋愛で、将来を誓い合った方をお決めにでもなっていない限り、そういうお話は、必ず出ますわよね」
「けど、家と家同士の結婚…恋情ではなく契約でお家同士を結びつける結婚なら、正式なお使者かお仲人を立てて、諸々の条件をはっきりさせたうえで、お家の方に申し込むのが礼儀というか当たり前じゃございませんこと?それを…あからさまに持参金目当てなのに、自由恋愛を装おうとするなんて、姑息というか…名家の令嬢を何だと思ってらっしゃるのかしら、その王子様は。平貴族や単なる富豪の娘は、王家に嫁げるなら、誰でも尻尾を振って喜ぶとお思いだったのではないかしら」
「貧乏王家の次男坊とか三男坊あたりが、自分は血筋とこの身一つしかないと謙虚に売り込みを図るなら、まだ、可愛げもありますけど、それは、ちょっと、ですわねぇ」
「自らの血筋に対し、どんな女性もありがたがってなびいて当然、もしかしたら、自分が王位に就くために援助させてやるから、ありがたく思え、みたいな態度だったのかもしれなくってよ?それが本当だとしたら、誇り高いロザリア・デ・カタルヘナでなくても噴飯ものですわよね」
「まぁ呆れた。富裕層の援助なしでは立ち行かない名ばかり貴族や王族って、決して珍しくはございませんけど、そういう方々は、きちんと、自らの価値や立ち位置をわきまえてえらっしゃるものですのにねぇ」
「ええ、だからこそ、金銭的には恵まれてはいるけれど伝統も格式もないと自覚しているお家柄との縁組が成立しますのにね」
「そうそ、需要と供給の関係にも、謙虚さは必要ですのにね、自分には足りない物を融通しあうのはお互いさま、という。持参金目当てがはっきりしてるなら、なおのことですわ」
「それに、ブルジョワジーにはブルジョワジーの誇りがありますわ、自らの力と才覚で、地位も名誉も財産も築き、守り抜いている、という。そんな私どもが、血筋や家柄という天与の物に甘えるのみで、自らは何もせず胡坐をかいて特権を享受せんとするばかりの方々を、どうして、尊敬などできましょう?ねぇ?」
「王族が敬われるのは、王族としての義務と責任を十全に果たしている場合ですわよね、「王族」という名前だけで、尊敬されたのは中世までですわ、今は白紙委任される時代ではございませんのに」
「けど、時折いらっしゃいますわよね、ああ、確かに傍系の王族に多いみたいですけど。現王の兄弟とか甥とか、王統に近く、けど、近いがために、トップの重圧も責任も知らず、単に華やかな外見とか、ちやほやされる立場しか目に入らず羨望するタイプって。そういう王族の方が自らが王に取って変わろうと画策する…なんて、私、そんな人って物語の中にだけいるのだと思ってましたわ」
「歴史を見ても、そういう王朝は…継承に正当性のない所謂簒奪王朝は短命に終わるのが常ですわ」
「となると、ロザリアの判断は、お流石ですわね。カタルヘナ家でなくとも、そんな御方との縁組を真面目に考えるお家があるとは思えませんわ」
「そうそう名家同士の婚姻は「契約」ですもの、テイクのないギブだけの結婚なら、心の底から熱烈に愛し合った大恋愛の果てででもありませんと、ありえませんわよね」
「それこそ、あのクラウゼウィッツの御曹司みたいに?」
「ふふ、あのお二方みたいに熱愛が先に来てるならともかく、まず、持参金狙いの政略結婚狙いありきで、このスモルニィに入ったなんて、知れ渡ってしまっては、そうと割り切った方か、さもなくば青い血ならなんでもいいというなりふり構わぬお家のご令嬢しか、もう、相手にされないでしょうねぇ、その王子様、おかわいそうに」
「けど、どんな小国で傍系でもお血筋はお血筋ですもの、青い血筋ならなんでもいいから、箔をつけたいってお家も、あるかもしれませんわよ」
「そんな風に見られるとわかっていて、縁戚関係を結べるとしたら、それもかなりな勇気ですことね、私なんか、とてもとても、そんな思いきった真似、できませんわ」
「愛があれば、できますわよ、きっと」
「愛があればね。けど、あなただったら、相手は誰でもよくて、持ってくる持参金の金額だけを問題にしてるような男性とわかってて、恋できまして?」
「私には、難しいことですけど、そういうご令嬢が絶対、いないとはいいきれませんでしょ?そこまで困窮してらっしゃるなんて、かわいそう、私の財産で助けてさしあげなくては、と思うご令嬢がいないとは言い切れませんわ」
「そうですわね、劇的な物語のヒロインになりたいって方にはいいんじゃないかしら、その方にお婿に入ってもらうのも。大学時代にサークルで出会ったという演出がされていれば、自分たちは自由恋愛の果てに結ばれたのであって政略結婚ではないって言おうと思えば言い張れますし、その挙句、資産を貢がされたとしても、王妃になれるかもという夢を見せてもらえて、叶ったらラッキーだし、結局、王位簒奪が失敗して失意のどん底に沈むことになったとしても、とてつもなくドラマチックな経験ができるのだけは、確かでしょうから、お金があって、暇を持て余していて、自由恋愛にあこがれている令嬢なら、なんて、ロマンチック…って考えないとも限りませんわ」
「けど、自由恋愛や運命的な出会いを演出したかったのなら、もっと、劇的なシチュエーションを計画なさればよかったのにね、その王子様も」
「たとえば?」
「暴走車にはねられそうになるとか、不良に絡まれるとか、とにかく何らかの危機一髪な状況に陥ったロザリアを、その王子様が救出するとか、ですわ」
「けど、それ、自作自演で、でしょう?ロザリアなら、そんなありがちな出会いの演出、見抜いてしまうんじゃございませんこと?そういう、劇的な偶然の「出会い」には気をつけろって、そういう手管でお近づきを図るのはジゴロの常套手段だからって、私でさえ、親から、口を酸っぱくして言われてますもの」
「それもそうですわね、ほほほ」
「けど、そういう演出に乗って「私を助けてくれた運命の人」って思って、恋に落ちてくださるご令嬢がいらっしゃるといいですわね、その王子様も」
「あなたが、落ちてさしあげれば?」
「あら、そういうあなたこそ」
「私は遠慮つかまつりますわ、私ごときでは、とてもとても、そんな物語のヒロインのような振る舞いは…」
「私にも、とてもとても勤まりませんわ」
「ねぇ。ほほほ…」
と、こんな流れの会話や噂が、スモルニィの特に裕福な子女層にそこここで流れていた。
その噂は、ロザリアが意識的に誘導・形成していったものだった。
ロザリアは、女子同士でおしゃべりをする機会に、自分が、先日、オケ部で遭遇した事実をー何せ、全て真実のことだから、ごく自然に「ねぇ聞いてくださる?この前こんなことがありましたのよ」と、他愛ない世間話を装って、自分の経験譚をあちらで話し、オスカーとオリヴィエから聞かされたあの青年の驚くべき素性の、毒にも薬にもならない部分だけ選んで、少しづつ「そういえば…」と伝聞の形を装って、こちらで話し、あちらでふりまきということを、意識的に行っていた。
そうして、さりげなく一歩づつ、様々な情報を流し、それとなく噂の流れを誘導していった。
そのために、以前であれば、休講時や講義と講義の空き時間には図書館で自習することも多かったロザリアは、最近、努めて所謂「女の子同士のおしゃべりの場」に顔を出すようにしていた。小さい頃からのスモルニィ生え抜きであるロザリアは、元々、知人・友人には事欠かなかったし、大学に入ってから同じ学部や同じ講義の選択で知遇を得た人物や、オーケストラ部に入って知り合った人達とも積極的におしゃべりの場を設けることにしていたのだった。
加えて、上流階級に属する女子学生たちの幾人かが、すでに、かつ、実際に、ロザリアと同様の経験をしており「あ、これが、あの噂の王子様?」と、察していたのが、その噂の広がりに拍車をかけていた。
あの青年は、ある意味、無防備無警戒に、富裕層の女子の眼力や口コミを侮り、ロザリアに対したような、わざとらしい仕組まれた出会いの場を懲りずに演出しているらしかった、しかも、次から次へと。
そのため、ロザリアの次に狙われた令嬢たちはほぼ例外なく、銀髪の青年からの接触があった際「ああ、これが噂の」と看破した。そして一様に
「確かに格式や資産で我が家はカタルヘナには劣るかもしれないけど、私だって、かなりの名家の出よ、それが、ロザリアがダメだったから、その次、とあからさまに序列付けされていたというだけでも、腹にすえかねますのに、ここまで「誰でもいい」という態度を示されて、ましてや、ロザリアが歯牙にもひっかけなかった、どこの馬の骨とも知れぬ自称王族の誘惑になんて、ほいほい乗ったりしたら、それこそ●●家の恥になってしまいますわ。それに、これだけ噂がたっている状態で、件の男性に少しでもいい顔をしようものなら、社交界で「血筋を餌にされて簡単に手管にひっかかって」と憐れみとさげすみの目で見られること必至、それこそ、今後の縁談に響いてしまうというものだわ」と、大いに誇りを傷つけられ、憤慨したのだった。
それぞれ名家の令嬢が似たようなことを考え、また、お互い牽制しあって、銀髪の青年に僅かでもいい顔をするのは、真のブルジョワジーにあるまじき恥ずかしい振る舞いである、という価値観が、こうして富裕層の子女の間で形成されていたのだ、あの銀髪の青年のまったく預かり知らぬところで。ロザリアの徹底した仕事ぶりによって。
それは、ロザリアが、つい先日、自身に接近を図ってきた胡乱な青年に関する驚くべき話をオリヴィエとオスカーから聞かされ、かつ、とある協力を依頼された結果であった。ロザリアは、先輩男子2人組から、その銀髪の青年への資金援助の可能性を絶ち、富裕層女子とのパイプを形成させないようにできないかと、依頼され、それで、意識して、様々な情報誘導を行ったのだった。
そして、ロザリアの狙い通り、今の状況なら、一定レベルの富裕層の子女で、あの銀髪の青年と懇意になろうとする者はいまい、そして、潤沢な資金提供がなければ、あの人物は、そう容易には動き出せまい、とロザリアは判断していた。
もっとも、あの銀髪の青年は、今、噂に流れているほど横柄で傲慢な文言をロザリアの前で実際に口にした訳ではない、そういう意味では、フェアではなかったかもしれないが、あの態度、振る舞い、傲岸で人を人とも思っていないことが明らかな眼差しを見て、ロザリアは、彼の内実を自分は正しく見積もれていた、つまりは、今流れている噂は、あながち的外れでもあるまい、そういう噂が「さもありなん」と周囲に納得されて仕方ない人種だったのは間違いなかったと思っている。
彼が、現実の社交界を毛嫌いしていたのか、侮っていたのか、あまり顔が知られていなかったこともあってー何せ、すでに社交界デビューを果たし、それなりに上流階級の名士たちの顔を知っているー特に王族というのはどの国の、それが傍系であれ、上流階級では知名度は特A級だからーロザリアも、彼の素性をオスカーとオリヴィエから聞いた時「あの国の王家一族に、こんな人いたかしら、話に聞いたこともありませんでしたし…」と半信半疑だった程だ。それ位、彼の顔は所謂上流社会に知られていなかった。それが、今回、こちら側としてはより有利に働いたー上流社会の、所謂社交界での知名度の大きさと、その重要性がわかっていて、社交生活をそれなりにきちんとこなしていた王族なら「どこの馬の骨とも知れぬ、本当に王族に連なっているのかどうかも怪しい胡散臭い自称王子」とまでひどく尾ひれがついた噂が広まることもなかったろうし、広めようとしても無理だったろう。
どこぞの劇場で見かけた、とか、あの慈善パーティーで多額の寄付をしていたとか、上流の人間として、必要最低限の顔売りをしてあれば…ごく1部の富裕層にだけでもいいから、それなりに顔が知られていれば、噂も、軌道修正されただろうに。
オスカーなどは、上流社会の風評の怖さも効果も知っているので、アンジェリークとステディになってからは、彼女が18になるまでは必ず1人でパーティーに出席し、今の自分には内輪とはいえ婚約者がいるので、他の女性をエスコートはしないと、きっぱり言い切っていた。そして、アンジェリークが18になるのを待って、自身の婚約者として、小規模な気のおけないパーティーから、順を追ってお披露目をしている。その際には、オリヴィエがスタイリストとしてアンジェリークのコーディネイトの一切を手掛けるのは無論のこと、オリヴィエから、アンジェリークが「デュカーティブランド」の専属モデルも務めていることも折々に紹介させ、アンジェが世界有数のアパレル企業・デュカーティの御曹司とも極めて親しい関係にあるとアピールさせることも忘れていない。なおかつ、ロザリア自身も、アンジェとオスカーの2人と、たまに、パーティーで顔を合わせることがあるのだが…となると、当たり前だが、アンジェリークは心からの満面の笑みで、ロザリアにかけよって話しかけてくるし、当然、ロザリアも心底楽しく談笑に応じるもので「クラウゼウィッツの御曹司の婚約者は、あのカタルヘナのご令嬢とも親友づきあいだ」と、自分ロザリアの掛け値なしの友情も、アンジェリークの評判や好感度をあげるための情報戦略に利用されているらしかった。自分ロザリアとの友誼がアンジェリークの風評を上げるというなら、それはやぶさかではないし、なにせ、アンジェリーク自身は、何も知らず含む処もなく純粋に友情を発揮しているだけだったから、ロザリアも敢えて利用されてあげてもいいと思っていたが。とにかく、魑魅魍魎が集うような上流社交界の恐ろしさも、その有効な活用法も熟知しており、実際に徹底して利用してしまう、それが、ロザリアに言わせると「食えないお坊ちゃん2人組」だった。そして、上流階級で生きていくためには、それは、必要かつ賢明な戦略であるのは、ロザリアも認めるところだ。
もっとも、先輩男子2人組がナチュラルに仕組み自在に操る、所謂こういう情報操作は、ロザリアの気性からすると、ちょっと姑息で、最初は気乗りしない部分もあった。こんな絡め手の術策を弄するのは、正直、ロザリアの気性には、そぐわないのだ。
けど、それもこれも、オスカーとオリヴィエからの情報と見識を信用したればこそ、そして、何よりひとえにアンジェリークのためだと信じたからこそ、ロザリアは2人の先輩と片棒を担ぐー鼎棒の一片と言う方が正しいがーことを肯したのだ。
「まったく、オスカー先輩もオリヴィエ先輩も面倒なことを、押しつけてくださったものですわ」と、独り言を口には出したが、無論、本心ではない。
「けど、アンジェを不安がらせたり、泣かせるような恐れのあることは、私、我慢なりませんもの、そこのところを、見抜かれてるのも癪な話ですけど…それに、流血の恐れもある事態を事前に回避できるなら、その方がいいにきまってますものね」
というのが率直なところで、その考えから、ロザリアは、オスカーとオリヴィエの考えと案にのり、全面的に協力している。
が、ロザリアは自身の行いが「ブレーキの強化」でしかないことも知っている。先輩たちからの依頼は、現実に早急に必要な対策であったことは認めるが、かの人物は、いわば制動をかけられているだけ、ロザリアのやったことは、所謂「時間稼ぎ」でしかないのだ。
だから、ロザリアは自身も考えざるを得ない、今後、どうするのか、どう動くべきなのか。
『犯罪を犯して初めて犯罪者は拘束され裁かれる、妄想・夢想しているだけ、ましてや、女生徒をナンパしているだけで、人を拘束はできませんもの、そんな人権侵害は許されないことですわ、けど、ああ、その原則が今はもどかしいというか、じれったいというか…本当にどうしたものかしら…先輩方の方では、何か進展とか変化はあったかしら、問いただすような電話は嫌みになってしまうけど、こちらからも報告したいこともあるし、ちょっと、電話するかメールでもしてみようかしら』
ロザリアは、胸元に揺れるペンダントー青紫色の石を手で触れた後、携帯電話に手を伸ばそうとしたその時だ、携帯電話の着信音が、今まさに、連絡を取ろうとしてた人物ー華やかな男性からのコールを告げた。
ロザリアが遅滞なく通話ボタンを押すと、外見より彼の気性を如実に表していると、ロザリアが密かに思っている、深みのある男性らしい声音が、陽気な挨拶と共に聞こえてきた。
「やほー姫君、ごきげんいかがかな?今、ちょっと話せる?」
「オリヴィエ先輩、ごきげんよう、私も先輩とお話したいと思ってましたのよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。私はご機嫌もご機嫌、だって、さっき被服のアトリエで、パトロン探しの王子様が留学してきてる噂を聞いちゃったんだもん、私のところまで伝わってきたなんて、すごいね、女子の口コミパワーって。これもロザリアのおかげだよ、いい仕事してくれて、ありがとねー」
「どういたしまして、外堀はかなり埋まってきたみたいですわね」
「うん、これで、この学園ではパトローネ探しは難しいと、ヤツが諦めておとなしくしてくれればいいんだけどねぇ…けど、ロザリア、どんなにショぼくても、自称だろうと、王族ブランドになびく女子が出てくる心配はないかねぇ?」
「伝統と格式のある富裕層の子女に関してなら、まず、ご心配には及びませんわ。新興ブルジョワジーは、なおさら、そんな得体のしれないどこの馬の骨とも知れない輩…こほん、にあてもない投資をするなんて愚挙、犯すはずもございません。いまどきの富裕層の大部分は、自らの才覚と努力で、己が地位と財産を維持しておりますのよ、歴史や伝統に胡坐をかき、既得権益にしがみついているだけでは、どれ程の資産家でも相続が発生するたびに、資産は半減に次ぐ半減で、あっという間に霧消してしまいますもの。自らの知恵と工夫と才覚で、事業を展開し、資産を守れることこそが現代の富裕層、上流階級に属する証であり資格です。ですから、私から見れば、血筋しか売りがないというのが、そも、もうバカにするのも大概になさい、と言う処ですわね」
「それは、ロザリアだけの意見ではないんだね?」
「ええ、大半の名家の令嬢なら、私と意見を一にするはずですわ。私自身、カタルヘナ家の血筋にも、一族の生業に誇りを持っておりますもの。カタルヘナの誇りは名のみにあらず…世に貢献していると信ずるに足る事業を、きちんとしたルールにのっとった上で運営し、その結果として利潤を上げ、また、様々な工夫と知恵をこらして、生みだした資産を維持管理し、また事業を通じて世に還元している、という自負あってのものですわ。たまに、利益のみ重視して、違法や脱法行為、脱税も辞さない事業家もおりますが…社会に貢献せず得た富や利益でしたら、私、それを誇る事など、できようはずもございませんわ。だからこそ、私は法学を志したのですし。一方で、過去の栄光や伝統格式しか誇れるものがない、という名のみの名家は…そんなものが何になるのと、私なら考えますわ、世のため人のためになる何事もせず、家名や血筋という実態のない過去の遺物にすがり、よりどころとするなど、みじめで愚かしい振る舞い…と言っては言い過ぎかもしれませんが、私には、誇るべき行動を伴わない名のみの栄光にすがることは、むしろ、恥ずかしいことですわね。ですから、王族という名のみで、ありがたがられ、誰からも尊敬されると思っているのなら、勘違いも甚だしいことですし、そんな方に我が家の一族として名を連ねてほしくはございませんの。血筋や家柄に胡坐をかいているばかりの方が、何事か大事を成し遂げられる、とは、到底思えませんし。それこそ、わがカタルヘナが築き上げた富も名誉も、単に、浪費するだけーしかもロクでもないことにーしか能がなさそうなごくつぶしを婿にしようなんて、私だったら、親からの命であっても、死んでもごめんこうむりたいですし、そんな奇特な令嬢が、他にいるとも思えませんわ。もし、いるとしたら、そのお家は、人を見る目も先見もない後継者しかいないということですから、ごくつぶしの婿を入れずとも、数代先には没落するでしょう、そういう意味では、そんな婿とりも、淘汰と進化の後押しになって、よろしいかもしれませんけどね」
「てことは、ロザリアの見立てでは、ヤツの婚活は、もう、放っておいても大丈夫、万が一、ヤツの思惑に乗る家があっても、大したことはできないだろうってことだね?」
「ええ、少なくとも小国なりといえどれっきとした国連加盟国家を転覆させるクーデターを成功させるような資金提供力は、その程度の上手い話に安易に乗ってしまうレベルのお家には出せないと思いますわ。武器商最大手のアルテマツーレが、そんな信用のおけない人物には武器を卸さないとなれば、否応なく、品質は劣るのに、価格はべらぼうに高い闇武器に手を出さざるを得ないでしょうし、それでは買える量も限られてきますもの、クーデターなど、とてもおぼつかないと思いますわ、けど、流石の私も、あの時は驚きましたわ、その留学生の男性が、アンジェの両親の駐在国でクーデターを起こそうとして失敗、亡命してきたらしいスクラップドプリンス(廃王子)だったと聞いた時には…」
過日、胡散臭い銀髪の青年をオケ部でみかけた時は「先輩方が、要注意・要連絡と言っていた人物はこれか」というのは、ロザリアには、すぐ、ぴんときたが、彼の正体までは、さすがにその時は見抜けなかった。上流階級の集う集まりには、それなりに顔を出してきていたロザリアであったが、彼の顔は見覚えがなかった。が、俗にいう「青い血」の持ち主の1部に見られる、人を人と思わぬ尊大で傲岸、人に対しては「命令」でしか言葉を発したことがない人物特有の雰囲気があるのは事実だった。そういうタイプを見慣れているからこそ、間違いない、彼は「支配者階級の生まれだ」という確信は得てはいたが。
だから、彼が某国の王族、ただし、廃王子だという事実をオリヴィエとオスカーから聞かされても、驚かなかった、むしろ、やはりな、とロザリアは思った。
が、続けてオスカーから「くれぐれもアンジェリークには内密に」という条件で聞かされた話には、さすがに、驚いた。
現況は、余りにも、できすぎの、しかも、悪い意味での偶然が重なったものに思えた。
そしてロザリアは「彼が、アンジェリークの父の駐在国で再度クーデターを起こさんとしている可能性がある」という、衝撃的な憶測ーとはいえ、かなり信憑性の高いーをオスカーから聞かされたからこそ…さもなければ、彼の資金を募るための身売り話に横やりを入れるような噂話を進んで流すようなことはしなかったろう。自らが加担することは決してなかったことは断言できたが、ただの身売り話なら傍観ー不遇の王子様に肩入れする世間知らずのお嬢様がいても、放っておいたろう。
が、クーデターの計画となれば穏やかではない。
しかも、彼の出身国の現王は、特に名君という話はないにせよ、酷い暴君だという噂も聞いていない。極平凡な、いまどきの王国の国王ー政治は議会との両輪体制で、重要な要件の採決権があるはずだったが、決して独裁国家だとか人権侵害甚だしいとかいう話は聞こえてこない。
そんな国でクーデターを画策したとなれば、その動機が高邁な理想や民衆のためという利他的なものであるはずがない。そんなクーデターに加担するような真似、ロザリアの正義感に照らして許せるはずがない、むしろ、阻止するほうが、ロザリアの正義にかなっている。その国でクーデターが起きれば、恐らくカタルヘナの実家の資産も少なからず痛手を被ると予想できたし、そんな個人的な損得がなくても、それ以前に人道的、感情的にロザリアには、その人物の思想・信条が容認できない。力による政権転覆には、流血沙汰がほとんどもれなくついてくる。自分の野望のために、他者の生命・財産、その他諸々を踏みにじっていいと、彼は何を根拠に思っているのか、一体彼は、何の権利があって、そんなことができるというのか。
ましてや、その国には、アンジェリークの父が赴任していると聞いてしまっては…各国の大使館員は、一朝事あらば、国外脱出はしんがりとなる。しんがりでも脱出できればいいが…邦人を守って犠牲になる大使館員がいないとは言い切れない。
「アンジェを泣かせてなるものですか…」
彼が真実、現在、再度のクーデターを画策しているかどうかまではわからない、けど、自分やオスカー、オリヴィエが接触対象になっていたということは、何らかの資金援助を必要としていることまでは確かだろう、オスカーの見立て通り。そして、実際の彼を目視して思ったが、彼が、慈善団体への寄付をしたくて、資金を必要としている人種でないことだけは断言できた。
危険人物に大量の資金を持たせれば、ロクなことに使うわけがないーというのは偏見かもしれないが、的外れでもない、とロザリアは思ったので、オスカーとオリヴィエからの依頼ー富裕層の子女を警戒させ、簡単にその人物の資金提供者にならない、なりにくいような雰囲気を作ってくれという依頼を引き受けたのだ。
そして、あの青年を取り巻く外堀は、オリヴィエの言うとおり、着々と埋まっているように思えた。
ただ、険呑な話題を、ロザリアが出したことに、オリヴィエは慌てたようだった
「ちょ、ロザリア、周りに人は?」
「私がそんな迂闊な真似する訳、ございませんでしょ?オリヴィエ先輩、ペナルティ1ですわ。ご安心なさって、私、自室におります」
「ごめんごめん、今度何かおごるよ、お礼もかねて。いや、周囲の人目も人耳も考えず、大きな声で色々しゃべって歩いてくれてるおかげでこっちの情報収拾には役にたってくれてるんだけど、あれが味方とか仲間だったらと思うとげんなりするつーかぞーっとしちゃう、あの子のことをつい、おもいだしちゃってさぁ。あの子のおかげで、ほんと、こっちは、狙われてる対象者リストがどんどん判明して、大助かりなんだけど。リストがはっきりすれば、ヤツの持ってる富裕層のデータが何年度の物かとか、はっきりわかるかもだし、さすれば取引材料にできるかもって、オスカーは情報分析に余念がないし」
同期の少女の話題が出て、ロザリアは彼女にしては珍しく深いため息をついた。
「あのエンジュって子が、その廃王子の片棒担いでるっていうのが明白なのも…何せ、私自身がこの目ではっきり見てますから…もう、なんとも、どうしたものか、ですわね。今のところ、、明確な犯罪行為に手を染めてる訳ではないから、無理やり引き離したり、行動に制限をかける訳にもいかないし…何より、アンジェに気付かれては困るし…あの子、同じ寮生だから、絶対何かとお節介を焼きそうですもの。知らん顔できるはずもないでしょうし」
「だから、あんたに、色々、絡め手で申し訳ないけど、根回しを頼んじゃったわけよ、しかし、流石カタルヘナのご令嬢、情報発信力も影響力もピカイチだわ、あんたに事情話して、仲間になってもらって、我ながら大正解だったわ。オスカーは、最初、ちょいと渋ってたんだけどね。あんまり詳しい事情知らせて、あんたを巻き込むことになるの、嫌がってた、つか、恐れてたみたいで」
「んま、そういう何でも抱えこもうとするのは、相変わらず悪い癖ですわね、オスカー先輩の。ま、私がアンジェの友達だとか、かよわき女性だからとか、色々、巻き込みたくないと考える理由はあったのでしょうけど。私がアンジェの友達だからこそ、黙って見過ごせないことがあるってこと、オスカー先輩は、自分のことは棚に上げて、すぐ、忘れておしまいになるんですわね。自分が同じ立場だったら、黙って安閑とできる訳ないってこと、すぐ、わかりそうなものですのにね」
「ま、そこはそれ、あいつも人間だから、弱みも欠点も弱点もあるわけで。特に、今回の件は、あいつ自身の選択と行動が、アンジェの存在抜きにあり得なかった上に、実家も関わってる問題だからね、どうしてもナーバスになっちゃうみたいだね。ただ、あれでも、オスカーのヤツ、以前に比べたら、かなり精神的には健全になったっていうの?1人で考え1人で悩んで1人で結論だすことが減ったっていうか、いい意味で肩の力が抜けて、人に頼る、相談する、人を使うってのが格段に上手くなったと思うよ、アンジェの影響だねぇ。あ、その人を使うで思い出した、ゼフェルから、GPS、受け取った?それ、確かめたくて電話したんだよ」
「ええ、間違いなく受け取りました、私も、そのことを、ご連絡さしあげようと思ってたところでしたの。今、もう、ちゃんと身につけておりましてよ」
ロザリアは、つい先刻のゼフェルとの邂逅を思い出し、思わず口元をほころばせ、比度は意識的に胸元に手をやった。ロザリアの指先は大事そうに青紫色の石の表を確かめる。
これをくれた少年は、相変わらず、照れ屋でぶっきらぼうで、高校時代と雰囲気が全然変わってなくて、ロザリアの顔面に拳を突き出すようにしてこのGPSを差し出すと、つっけんどんといってもいい態度と口調で、でも、丁寧に使い方や注意点を教えてくれ、言いたいことだけ言うと、逃げるようにその場を立ち去ってしまったのだ。
それは、彼のくれた物の形状が、傍目にはペンダントにしか見えないことと無関係ではなかったはずだ。
「ああ、そうだわ、丁度いいですわ、私が自室にいるって申しましたこと、先輩、確かめてくださいます?」
「いいの?お…と、これは、間違いなく、カタルヘナ家の邸宅、あんたがいるのは東の端?の3階?」
「然様ですわ、先輩、感度良好のようですわね、ゼフェルも、まったくすごいものを作ったものですわ、この才能だけは、純粋に感心いたしますわ」
「才能だけぇ?」
「ま。私がそれ以外に、ゼフェルの何に感心するっておっしゃいますの?」
「オスカーの依頼で、かよわい婦女子の身の安全を第一に考えた、位置発信装置付きのアクセサリーにしか見えないGPSを作っちゃうその友情の篤さと義侠心を」
「それは確かに褒めてさしあげても良いですわね、あのゼフェルにしては気の利いたことに、ちゃんと私の目に色に合わせて、作ってくれたみたいですし。アンジェのは翡翠色だというし、これをGPSと見抜ける人は、まず、いませんわね」
「そそそ、ゼフェルって見かけや言葉使いのイメージより繊細だからね、あんたに協力してもらうに当たって、身辺の安全を図るためにゼフェルのGPSを身につけてもらうってのは、もう、オスカーとしても譲れない線だったみたいだし」
「ええ、必ず肌身離さず身につけておきますわ、ご心配なく。ただ、私の安全を図るのもそうですけど、今のところ、できることが全て対処療法というのが、もどかしいですわよね、本当に。あの人物に、直接の手出しは一切できない以上…」
「ああ、そこを突かれるといたいわーホント隔靴痛痒というか…ヤツが資金を得る見込みが得られないうちに、頭が冷えて、野望を諦めておとなしい亡命者になってくれれば問題ないんだけど…転校や出国したって、ヤツが考え方を変えるか、もっと、厳しい拘束をかけられない限り、クーデターの恐れがなくなるわけじゃないからね」
これは、根本的な解決策ではない、それは、オスカーもオリヴィエも百も承知だった。彼を所謂日干しにして、資金を与えないのは一時的な封じ込め策、時間稼ぎにでしかない、と、オスカー自身が、協力をロザリアに依頼した最初から言っていたことだ。しかし、今、できることは、これしかないのだということも。ロザリアも同感だ。彼がこの国を見限って、他の国に更に亡命し、そこで資金提供者を募ったら…いつか、どこかで彼に協力者ができたら、遅かれ早かれ、彼はクーデターを敢行するかもしれない。さすれば、アンジェリークの父が危地に陥るのも間違いないし、何の罪もない無辜の住人がどれ程犠牲になるか、知れたものではない。1人の廃王子の私怨もしくは身の程知らずの野望のために。
が、オスカーは「この時間稼ぎをしている間にどうにかして抜本的な対策を考える」とロザリアにいった。ロザリアは、オスカーの言を信じた。オスカーは、こうと宣言し、やると決めたことは必ず成し遂げる男だ、プレイボーイ、洒脱な遊び人、毎週連れて歩く女性が違っているとか、過去に、芳しくない噂は多々耳にしていたが、それとこれとは…彼の私生活と、実行力・決断力・判断力は別物だと、ロザリアは認識していたし、明確な守るべきものと人生の目標を得たことで、オスカーは自身の能力を生産的な方向に遺憾なく発揮しているという印象を、ロザリアは受けていたからだ。オスカーのアンジェリークに対する愛情・真摯・誠実は、火を見るより明らかであったし、あの思いの熱さ、深さがあれば、オスカーはどんな困難もどうにか解決策を見つけてしまうのではないかと、ロザリアには思えるのだった。
「国際法上問題になるようなことを、彼がやらかしてくれると、拘束もできるかもしれませんけど…単に、ナンパに勤しんでいるだけ…失敗続きですけど…じゃ、どうにもこちらから手の出しようがありませんものねぇ」
「あと、できることといえば、アンジェの身の安全を高めること位なんだけど…」
「ゼフェルのGPSでも、まだ不足だと?」
「念には念を入れたくてね、私は」
「でも、あからさまな警護はつけられませんでしょう?アンジェに気付かれるかもしれませんし、流石に…下手にVIPとばれたら藪蛇ですもの」
「そ、カタルヘナのご令嬢であるあんたならSPをひきつれていても不自然じゃないけど、一公僕の家の娘をSPが護衛してたら、いくらなんでも不自然極まりないからねぇ、悪目立ちさせるのは、却って危険を招くって点では、私もオスカーも意見は一致してるんだ。だから、そういうー力技ともいえる手段を用いず、アンジェの安全度を高めるのに、私に1つアイデアがあるんだよ。もっとも、アンジェのプライバシーが犠牲になる可能性があるので、その点の兼ね合いを、親友である、あんたに相談したいと思ってね」
「オスカー先輩に相談は?」
「問題外、つか、却下。あいつ、この件に関しては全く第3者的な視点をもてない、利点と欠点を客観的に比較判断できず、感情的に「ダメだダメだ、俺は反対だー!」って言うだけなのさ、話になんない」
「どういうことですの?」
「簡単に言うと、アンジェに、今よりもっと学内有名人になってもらおうかと思ってるんだ、私は」
そして、オリヴィエはロザリアに詳しい計画を打ち明け、その有用性の検討を依頼した。