Before it's too be late 27

ここのところ、オスカーは今までにも増して忙しい。

週日は、通常の授業をこなし、プレゼミ用の調べ物や勉強に勤しむ一方で、極個人的な調査の報告を受け、その情報を解析し…と、頭脳は常時フル回転という状況だ。

しかし、デスクワークと頭脳労働ばかりでは体がなまる。体を動かさないでいると、なんとなく血流が滞り、身中に新鮮な酸素が足りていないようで気持ち悪い、すっきりしないという感覚と、俊敏に体が動く時は思考の回転も速く、逆に体の動きが鈍いと、思考も冴えないような気がしてならないので、オスカーは、最低限体を動かすための時間も、どうしても欲しい。畢竟、アンジェリークと過ごせる時間は、朝・夕の登下校と昼食の時間位だ。

アンジェリークはオスカーの多忙にーその理由は知らずとも、理解を示してくれ、その点、不満や愚痴をオスカーは聞かされたことはない。オスカーの多忙に拍車がかかっているのは何故かと詮索したりしないでくれるし、ましてや非難するような素振りは微塵も見せない。

こんなアンジェリークの優しさ、聡明さにも、オスカーは助けられているー無用なストレスをためずに済んでいる。

というのも、オスカーはアンジェリークに尋ねられることあれば、誠実に誠意を以て応えたいし、彼女に嘘は付きたくない、しかし、真実や現実をそのまま口に出せない事態も往々にあるわけで…現状がまさにそうだ…そういう類の事を質問された場合、嘘をつかず、口に出していい言葉を取捨選択し、矛盾や不足を感じさせずに説明すること自体が一苦労だし、それでなくとも、オスカーは「愛するアンジェリークにも言うに言えない事実があって、心苦しい」というやましさや心の負担感を、幾許かは、どうしたって感じてしまうかもしれない。

けど、聡明で心優しいアンジェリークは「なんで、そんなに忙しいの?」なんて類の文言ー非難や愚痴を底意に隠した言葉や遠回しの不満をオスカーに対して口にしたことは、いまだかつてない。自分を納得させろと言わんばかりに、説明を要求することもない。

かといって、無論、何にも気付いてない訳ではない。

「先輩、最近、お忙しそうですけど…何か私にできること、ありますか?お手伝いできることがあったら、何でも、いつでも言ってくださいね、遠慮とか、しないでくださいね、先輩のお役に立てることがあったら、私にも、それは嬉しいことなんですから…」

と、オスカーに言ってくれるからだ。

様子を察し、いつでも手を差し伸べる用意がある、と、さりげなく伝えてくる。けど、押し付けない、踏み込みすぎることもない。オスカーの抱える問題はーMBAを取るための勉強や、この前、アンジェリークの父の赴任国の争乱終結に尽力してくれたこともそうだがー周囲には手の出しよう、助けようのない事象が多い。また、アルテマツーレの関わる事業はその性質上、他言できない事柄も多かろう事を、アンジェリークはきちんと理解し、だから、むやみやたらな詮索もしないでくれる。

それでいて、こんな風に「自分を助けたい」という気持ちは、折々に飾らずに伝えてくれる。

そんなアンジェリークの優しい聡明さを、オスカーはこよなく愛し、また、感謝している。

だからオスカーは、アンジェリークの優しい心遣いにふれるたび、胸が暖かな物でいっぱいになる心持で

「ありがとう、お嬢ちゃん、お願いしたいことがあれば、必ず言う。そう約束しよう。愛する人が困っているのに、何もできず手をこまねいているのは、もどかしく、辛いことだものな。ただ、俺には、君がこうして俺のそばにいて、幸せに笑ってくれていること、が、何よりの願いであり、それは、もう、今この時もかなえてもらっている。君の幸せが俺の心の支えであり、俺の力になる。俺に向けられる君の笑顔は俺の喜び、君の笑顔を守ることが俺の誇りなのだから…」

と、自らも心のままに深い感謝と情愛の気持ちを伝えるのが常だった。

実際、アンジェリークの愛らしい笑顔、かわいらしい声音、愛くるしい仕草、柔らかな肢体に滑らかな肌、そういう何もかもが、忙しい課業をこなす内、いつの間にかたまってしまう心の澱、淀みといった物を、綺麗に晴らし、洗い流してくれていると、オスカーは感じている。彼女のまとう甘い香りは、爽やかなかぐわしい風のように、オスカーの胸を満たし、彼をリフレッシュさせてくれる。

ただ、週日は僅かな時間しかアンジェリークを感じることができないから、それでは全く物足りない。週末、自分の部屋に泊りにきてもらい、とびきり濃厚に甘く熱い二人の時間を過ごすようにしているのは、とにかく、さもないと、オスカーは自分が生きていけないと思っているからだ。

だからアンジェリークとの週末のデートは、オスカーに限ればサービスではない。忙しい週日の埋め合わせでもない。自分が健全な精神と肉体をもって生きていくために必要不可欠な時間だった。さもないとアンジェリーク成分の不足症、禁断症状で自分の方が参ってしまう。

今はなおのことー週末ぐらいは、煩わしく鬱陶しいあの銀髪の青年への対処法を、とりあえず棚にあげ、アンジェリークという甘く柔らかく暖かな存在に、耽溺し、気分を刷新して、そうして、また忙しい週日を果敢に過ごす英気を存分に養わないと、あまりの打つ手のなさにーしかも、この事態はいつ、どんな形で終わるのか、全くめどが立たない故に、閉塞感手詰まり感もひとしおであったゆえにー意識して気持ちを切り替えないと、さしものオスカーといえど、気がくじけそうだったのだ。

ロザリアにも「なんとかする」と断言してある、この断言あればこそ、ロザリアは明らかに乗り気ではなかったロビィ活動に協力してくれたのだと、オスカーもわかっている。見栄や大口をたたいた手前とかいうことでなく、現実に、アンジェリークに関わる危難はなんとしてでも排したく、その点で、オスカーの言葉にウソ偽りはないのだが…

先週も、標的とその配下、というか使い走りの少女は、いつも通り、甲斐のないパトローネ探しに精を出すばかりで、それ以外は、さして目新しい動きも見せず、結果的にオスカーができたことも情報分析にとどまっている。その変化のなさー彼らの行動は、進展こそないが、彼らが野望を諦めた訳ではないということも同時に意味しているので、その点で、オスカーは気が抜けない。

そして、この事態の進展のなさゆえに、オスカーたちができることも限られているわけなのだが…

この限定された状況下、オスカーは、少しでもアンジェリークの安全性を高めるために、アンジェリーク本人に意向を尋ねたいこと、否、尋ねねばならぬことがあったのだが、あまり気が進まなかったもので、つい、先延ばしにするうちに、今朝の、この登校時刻を迎えてしまった。

また次の週末まで、まとまった時間はとれるまい、つまり、込み入った話をするのは週日は難しいとわかっていたのにも拘わらず、だ。何事も果断なオスカーにしては珍しいことだが、オスカーはアンジェリークに関する事どもに対してだけは、冷静さを欠いたり、つい弱気になったりと、常ならぬ自分を発見することが間々あり、本人もその自覚はあった。

が、流石にもうタイムリミットだ。寮からよりは距離があるとはいえ、オスカーの住まいも大学からそれほど離れている訳ではないので、そぞろ歩きを楽しむ位の歩調でも、ほどなくキャンパスに着いてしまうだろう。オスカーは、半ば諦めの心境で、半ばは気合いをいれて、オリヴィエから確かめるように頼まれていたことー自分には気を使って、乗り気でなくとも頑張ってしまうかもしれないから、恋人のあんたには見せる本音の部分を探ってこいと言われていたことを、ようよう確かめる決意を固め、何気ない世間話を装いつつ、こう切り出した。

「そういえば、お嬢ちゃん、スモルニィ祭の準備も着々と進んでいることと思うが…確か、そろそろミス・スモルニィのエントリーが始まる頃だったよな」

「はい、そうです、先輩、高校の時と違って、一種の予備選っていうんですか?エントリー…他薦・自薦とわずなんですけど、した人の中から上位10人までを学内でのWEB投票で決めた上で、文化祭当日に本選になるって聞いて、流石に大学になると、規模が違うって感心しちゃいました。確かに学生数も多いし、一般入場者も高校の文化祭に比べたらけた違いでしょうから、あらかじめ、予選通過者を決めておかないと、票が分散しすぎたりで、集計が大変すぎちゃうんでしょうね」

「それで…お嬢ちゃんはエントリーしないのか?」

「え?あの、私が?ですか?」

「妙な謙遜はなしだぜ、お嬢ちゃん、君は、実際に、高等部でのスモルニィ・クイーンだったわけだし。高等部の元ミスが、大学のミスにエントリーしたって不思議はあるまい?それとも、お嬢ちゃんはスモルニィ祭の主催者側にいるから、もしかして、ミス・スモルニィにエントリーできないのか?」

「あ、いえ、他薦なら、その点は問題ないはずだってオリヴィエ先輩が…えっと、実は、その、オリヴィエ先輩に、すでにエントリーを勧められたんですけど…オリヴィエ先輩が推薦人になるからって言ってくださって…」

「お嬢ちゃんのその言葉からするに、その場でエントリーを快諾した訳じゃないんだな?オリヴィエが、君にエントリーを勧めるのはわかる、ブランドのいい宣伝になるとか言っているんだろう?で、お嬢ちゃんは率直なところ、どうなんだ?快諾しなかったってことは乗り気じゃないってことか?」

「んと、嫌とか出たくないと思ってるわけではないんです、ただ、積極的に出たい、とも、考えてなかったので、思いがけなくて、その場でお返事できなかった、っていうのが、一番近いです。ただ、オリヴィエ先輩のお役に立てるのならエントリーするのは全然構わない、とも思ってるんですけど、その、本当に私でお役にたてるのかなぁ、って迷ってる処があって…」

「何が君を迷わせてるんだ?お嬢ちゃん」

「だって、先輩、私が高校でクイーンをとれたのって、その、恥ずかしながら、1年生の時の1回だけですよ?だから、今、思うと、あれは、私の実力じゃなくて、なにかの運命的な不思議な力が働いてたんじゃないかなんて思ってしまって…だって、あの学園祭で、オスカー先輩と一緒にクイーンとキングになれたことって、奇跡みたいな幸せで…おかげで、私は先輩に告白できて、先輩からも告白していただけたから…神様が、私たちの恋を応援してくれて、それで、オスカー先輩は、実力で、ですけど、私は、おまけみたいにクイーンになれたんじゃないか、ならせてもらえたんじゃないかって気がして仕方ないんです。なので、大学部でエントリーしても、分不相応というか、予備投票で選外になって本選に残らなかったら、オリヴィエ先輩のブランドイメージを却って、損なってしまわないかって、心配になってしまって…」

「それで、オリヴィエの勧めに即答しなかったのか、お嬢ちゃんは」

「はい、オリヴィエ先輩が、私にエントリーを勧めるのは、ご自身のブランドの宣伝になるからで、私でお役にたてることなら、私、喜んでお引き受けします、けど、もし、モデルをしてる私が本選に残れなかったら、却ってオリヴィエ先輩に迷惑がかかってしまいそうで、心配で…それで、どうするのがいいのか、今も、正直、迷ってます…」

「ふむ…お嬢ちゃんは、普段は、物怖じしないし、何事も積極的なのに、ある面で、必要以上に考えすぎる嫌いがあるな、まず、お嬢ちゃんは自分の魅力を知らなさすぎ、自覚がなさすぎだ。高校でクイーンになったのも、正真正銘、それこそ君の実力…魅力ゆえだってことを、誰よりも俺は知っている。それと、2年次にお嬢ちゃんがクイーンにならなかったのは、キングおよびクイーンに選ばれた者は次年度は自動的に選から除外され、累選されないようになっているからだぜ」

「え!?そんな決まりがあったんですか?…そうか、それでわかりました!私はともかく、オスカー先輩は累選されても…翌年もキングになっても不思議じゃないのに、おかしいなって思ってたんです…けど、オスカー先輩がキングになって、私以外の子と踊ることになったら、どうしよう、きっと、すごくヤキモチ焼いちゃう…って、ハラハラもしてたから、先輩がキングに選ばれなくて、不思議だけどほっとしちゃったことも、思いだしました。続けて同じ人は選ばれないようになってたんですねぇ。全然知らなったわ」

「ふ、そういうおっとりした処がお嬢ちゃんらしくて、かわいいぜ。だが、大学部に入れば、高校の時の記録はリセットされる。そして予備選は学内HPの画像とプロフィールを見て投票する者がほとんどだ、されば、純粋に第一印象が魅力的か否かでミスの本選進出者は決まるだろう、そして、お嬢ちゃんがエントリーすれば…UPする画像は、オリヴィエが厳選するだろうしな、本選に残らないなんて、ありえないぜ。それにだな、お嬢ちゃんは、オリヴィエのセンスをどう思う?」

「それはもう絶大な信頼を寄せてます、私がモデルをできるのも、オリヴィエ先輩が私におしゃれの基本をきっちり教えてくださったからだと思ってますし」

「つまり、オリヴィエの眼力を認めている、ってことは、オリヴィエが君を推薦すると言ったなら、それは勝算あってのことだとは思わないか?ん?」

「あ…そうか、そうですよね、オリヴィエ先輩の見識とかセンスを信じるなら、オリヴィエ先輩のお勧めだって、根拠があるにきまってて、それは信じてしかるべきで…ごめんなさい、オスカー先輩、私、また、変な謙遜?尻込み?から、オリヴィエ先輩のセンスに疑いをはさむ、みたいな失礼な真似しちゃう処でした、先輩に助言していただいて、思考が整理できてよかった、ありがとうございます」

「なんの、君が本気で嫌がってたり、乗り気でないなら、オリヴィエに気を使って無理にエントリーすることはない、と思っていたんだが、ありもしない最悪の事態を想定して、エントリーをためらっていただけなら…それは考慮しなくていいと思うぜ、肝心なのは、まず、君の気持ち、やってみたいか、やりたくないのか、その単純な二択で決めていいと思うぜ」

「はい、じゃ、オリヴィエ先輩に推薦をお受けしたいですって、伝えますね。私のエントリーで先輩のお役に立てるなら、嬉しいですもの」

「そうだな…」

オスカーは小さな嘆息まじりに短く応えた。

正直、オスカー自身は気乗りしていなかったオリヴィエからの提案に結論が出た故であった

過日、アンジェリークの身の安全度を高めるためにどうすればいいかを2人で話し合った折に、オリヴィエが出した提案、それはアンジェリークをミスキャンパスへエントリーさせることだった。

それにより、より多くの一般学生にアンジェリークの顔と名前を知らしめ、所謂「学内有名人度」を高くする、常に注目される状態であれば、不埒な者、危険人物はアンジェリークに近付き難くくなるー後ろ暗い行いをする者は、基本、目撃者を避けたがるからだ。犯罪の多くは、人気のない、人目のない場所でなされる、なら、アンジェリークが、いついかなる時も「誰かしらに注目されている」状態にしてしまえば、「万が一、悪者がアンジェを狙っても手をだせないでしょー?」というのが、オリヴィエの理屈だった。自分たちだって、四六時中、アンジェと一緒にいられる訳じゃない、GPSはあるが、それは「万が一の有事」に備えたものであって、犯罪の抑止力にはならない、なら普通の一般学生の「目」を抑止力に利用させてもらおうよ、というのが、オリヴィエの言い分であった。

「もちろん、遠距離から狙撃手に暗殺される、というような事態を防ぐのは衆人環視の元であっても難しいよ?けど、ヤツはそんなことは目していなかろうし、そんな実力は本人にはないだろうし、拉致するとか、嫌がらせで絡まれる、襲われるような類の危険なら、大衆の目はかなりの確率でそれを防いでくれると思うんだ」

と、オリヴィエは主張した。

「で、ミススモルニィにエントリーしても、優勝する必要まではないんだよ、アンジェなら十分狙えるとは思うけど、大学は4年生までいて先輩の層が厚いし、大規模サークルに所属してたりするとサークル組織票もあるしね、無理にがちんこ勝負する気も、がっつく気もないよ、今年は。要は学内で他学部の一般生にも顔が知れる程度に有名になればいいんだ。アンジェはモデルをしてると言っても雑誌での撮影が主体だから、ファッション誌を見ない男子学生なんかには、意外と顔が知られてない。所属サークルもスモルニィ準備委で、地味だし人数少ないし、裏方だから顔が表にでないしね。けど、ミスにエントリーして、なおかつ本選に残れば、否応なしに学内ではそれなりの有名人になる、有名税ってことで、注目集めてちょっと行動は不自由にはなるかもしれないけど、常に誰かに見られてるってのは、アブナイ目にあう率も格段に低くなると思うんだよね」

「だが、お嬢ちゃんの愛らしさが知れ渡るほど、ストーカーなんかの危険は却って増すかもしれんぞ」

「そんなの、ありていにいって、あんたは怖くないでしょ、クラウゼウィッツの御曹司の彼女って立場になってからこっち、そういう一般的な危険人物への備えは十分にしてるでしょうよ。第一、そんな時のためのゼフェルのGPSじゃないさ、アンジェが困った、アブナイって時は、緊急コールが入るようなってるんだし、普通の犯罪者なら、普通に警察に引き渡せるもん、それで、即解決するじゃん、件の彼と違って」

「しかしなぁ…」

オスカーは、オリヴィエの言に一理あることは認めたものの、アンジェリークがミスキャンパスにエントリーして、彼女の魅力が更に広く周知されれば、ストーカーが出る危険はいかんともしがたかったしー銀髪の青年への対処をまず第一に考えねばならない今の状況で、わざわざ別の危険性や問題を増やすような真似はしたくなかったし、やはり、恋人としては感情的に「アンジェリークは俺1人のものだー!」という気持ちが根底にあって、容易に肯首はできなかった。

2人の議論は堂々巡りとなり、埒があかないと見てとったオリヴィエが「女子の意見も聞いてみよう!」と言い出し、ロザリアにコールをした。

実のところ、オリヴィエがロザリアに「オスカーは頭が固くて話になんない」といっていた、すぐその脇にオスカーは控えていて「聞こえてるぞ、おい…」と、ぶつくさ言いつつ、ロザリアがオリヴィエ側に立つか、自分側に賛同してくれるか、耳をそばだてていたところ、ロザリアの応えは簡単明瞭、かつ、2人にはまったく欠けた視点から出されたものだった。

ロザリアの意見は「先輩方お2人とも根本的に出発点が間違ってますわ、まずは、アンジェの気持ち、それが大事ではございませんこと?アンジェがエントリーしてもいいと言えば、それを生かす方向で状況を活用する、嫌だといったらこの件はすっぱりあきらめて、また別の方法でアンジェの安全度を高めることを考える、のが、スジってものだと、わたくしは思いますわ、ですから、まずはアンジェの意向を確かめる処から始めませんと」

というものだった。

オスカーとオリヴィエは、目から鱗というか、ぐうの音も出ない状態で「言われてみれば、まさにその通り」とロザリアの言に感服し…

そこで、とりあえず、オリヴィエがアンジェリークにミスキャンパスへのエントリーを打診したら「考えさせてくれ」とYESでもNOでもない返答だったので「アンジェの真意を探れ」と、オスカーはオリヴィエから極秘指令を受けていたのだった。

そして今、アンジェリークの真意はわかった、単に、オリヴィエの立場を考えすぎていて迷っていただけで、その問題がクリアになれば、アンジェリークの行動原理は基本、単純でわかりやすく、とことん親切で優しいー自分が何か役に立てることがあれば、進んで引き受けるが、彼女の行動原理だーので「彼女なら、こう言うだろう」とオスカーが思った通りの結論を彼女自身で出した。

ならば、オスカーはその意思を汲み、状況から最善の結果を導き出すべく努めるだけだ。アンジェリークの「損得や人からの評価は関係なしに、シンプルに、自分が人の役に立つと思えることがあれば骨惜しみせず、進んでできることをやる」という美点を、オスカーは狭量な嫉妬や独占欲から矯める気も阻害する気もなかった。そのアンジェリークの飾らぬ優しい気持ちに、自身がどれ程救われ、癒され、励まされてきたか、わからないから。

彼女の真意がわかり、気持ちが定まってしまえばー案ずるより生むが易しだーこの話を切り出す前の気鬱が嘘のように晴れ、オスカーは軽口をたたく余裕も生まれてきた。

「ふむ、となると、大学にはキングにあたるミスタースモルニィ選がないのが、残念になってきたな。ミスタースモルニィの選出もあれば、君とまた、2人一緒にミスとミスターの栄冠を戴くのも、楽しいかもしれないって思ったんだがな」

「え!オスカー先輩、ミスターがあったら、エントリーしちゃうんですか?」

「おや、お嬢ちゃん、どうした?そんな、じとーっとした眼で俺をみて…何か不満か?」

「だって、だって、オスカー先輩がミスターにエントリーしたら、絶対、優勝しちゃうもの、そしたら、今よりもっと注目されて、ますますモテちゃって、私、やっぱり、やきもち焼いちゃうって思うんですものー!オスカー先輩は、私の先輩なのに。私が誰より1番オスカー先輩を好きなのにー」

慌てた様子で、アンジェリークがオスカーの腕にきゅっと抱きついてきた。ちょっと拗ねて唇を尖らして、同時に、心配そうにオスカーの顔を見上げる、その表情はなんともいえず、愛くるしい。オスカーは思わず口元をほころばせる。

「ふ…確かにそれは、看過能うべからざる問題だな。実際、君がミスにエントリーしたら、また、君に横恋慕する男が増えちまいそうだし、それは、俺としては…できれば避けたいところだ。変な男が一方的に君に恋心を寄せて、君へのストーカーにならんとも限らんしな」

「先輩は、私がミスにエントリーするのは、反対ですか?私のこと、心配して?もし、そうなら…」

「それがな、このかわいいお嬢ちゃんは、俺の恋人で未来の花嫁だと、世界中に大声で叫びたい、俺の恋人は、本当にかわいいだろう?と見せびらかしたい気持ちも抜きがたく俺にはあってな。君を幾つかパーティに連れていったのも、正直、君をみせびらかすため、だったしな?一方で、こんなかわいいお嬢ちゃんをよその男の目に触れさせるのは、危険だし、もったいない、できれば、俺の腕の中だけに1日中閉じ込めておきたいぜとも思っちまう、そして、そのどちらも俺には本音なんだ、我ながら度しがたいことにな…けど、この週末も、これ以上ないほど、君を独占した俺だ、髪の一房から桜貝のような爪先まで、俺の唇が触れない部分がなかったほどにな…」

「やん…はい、先輩…」

「君を独占するというこれ以上ない贅沢を享受している俺としては、それこそ、これ以上の贅沢を言ったら罰があたるってものだ、それに、俺も、俺の可愛い彼女、俺の未来の花嫁が、第3者から見ても、いかに魅力的か、評価してもらいたい気持ちもある、だから、お嬢ちゃん、安心してエントリーしな、万が一、ストーカーみたいなヤツが現れても、大丈夫、必ず君は俺が守る」

「はい、先輩、ありがとうございます、けど、オスカー先輩は、もう、これ以上ないほど、私の身をいつも案じてくださってますもの、ゼフェルのGPSもあるから、安心ですし」

「ああ…そう、そうだな…」

オスカーは、限りなく優しい瞳で大切な存在を見つめた。

ミスキャンパスにエントリーすれば本学内限定とはいえ、WEBページに顔写真がさらされる、という点で、アンジェリークの容姿は、今まで以上に周知されることになろうし、注目度も高まり、プライバシーは若干犠牲になろう。

ただ、顔が知れる、人目にたつ、ということは、衆目が注がれているために、何かあったときに目撃者が多数でようし、衆目の視線そのものが抑止力になる、というのは、実際、オリヴィエの言う通りなのだ。

アンジェリークには何も気づかせたくない、危険人物が、彼女の身近にいることも、寮生の1人が、自分ではそうと自覚せずに、危険人物に関わっていることも。それを最優先事項と考えるなら、それ以外の多少の不便や不都合は、こらえねばならなぬ、ということだろう。

そして、ゼフェルのGPSは、これ以上はない、というほどの安心材料・保障なのは事実であり、オスカーは、それを全面的に信頼している。これだけ周到に安全確保の備えをしている以上、あまり心配し過ぎてごねたりすれば、却ってアンジェリークの不安や不審をあおってしまうだろう。

この件に限ったことでなく、状況は刻々と変わり、思いがけない突発事態や事件は、いつだって起こりうるのだ、なら、俺は、いつでも、全力で、何よりも彼女の安全を第一に考え、行動すればいいだけだ。

そうオスカーが心中改めて決意を固めると、アンジェリークが何か、怪訝そうな表情で、オスカーにこう問うてきた。

「あの…オスカー先輩、もしかして、何か心配事がおありなんじゃないですか?もしかして…なんですけど、内心、私が、ミスにエントリーするのも、すごく心配だなんて思っていらっしゃいません?」

「…どうして、そう思うんだ?お嬢ちゃん…」

「先輩はいつも優しくて、私を大事にしてくださってますけど、なんだか、最近、私、大事にされすぎというか、心配され過ぎな気がすることがあるんです、こんなこと言うのは、贅沢で罰当たりだって思うんですけど…私がしっかりしてないから、先輩に心配をおかけしてるじゃないかって…」

「いや、そうじゃない、そんなことはない、確かに俺はいつも君の事を思っているが…君への思いは、むしろ、俺に力をくれるものだ。君がいるから…心から大事にしたい、守りたいと思う君がいてくれるからこそ、俺は、前に進めるのだから…君が大事すぎて、俺が心配性すぎる、それだけなんだ…」

オスカーはぎゅっとアンジェリークの細い肩を抱き寄せた。アンジェリークはそのオスカーの手に自分の手を重ね、オスカーを見上げて微笑んだ。

「オスカー先輩、私は大丈夫ですから。先輩に優しく大事にされているの、わかってますから、自分を粗末に扱ったり危険な目に合わせたりしないって約束します、心配かけないよう、します…1人にならないようにも、気をつけますし」

「ああ…俺のために、だろう?お嬢ちゃんは優しいな…」

「優しいのはオスカー先輩です、大好き…」

「そんな可愛い顔をされたら、この手を離したくなくなるぜ、お嬢ちゃん」

「はい、私も…けど、もう、ほら、正門についちゃいます、今から一限の授業ですね」

アンジェリークがオスカーの腕にきゅっとしがみつく。

「オスカー先輩、今週も、本当に楽しくて幸せな時間をいっぱいくださって…ありがとうございます。次の週末も、一緒に過ごせますようにって…そう、今から、おねだりしてもいいですか?」

「…まったく、君は…かわいすぎるぜ」

オスカーは、登校中の生徒が正門目指して多数横を通り過ぎる中、すばやく、かすめ取るようにアンジェリークにさっと口づけた、口づけずにはいられなかった。

「俺の方こそ、だぜ、お嬢ちゃん。君と過ごす時間なくば、俺の方が生きていけない。けど、とりあえずは、昼休みにな」

「はい、食堂で。じゃ、先輩、行ってきます」

「ああ、気をつけてな」

言わずもがなの言葉で、オスカーはアンジェリークを彼女の教室棟に送り届けた。

後朝にあたる週明けの登校は、その別れ難さ、名残惜しさ、今だ鮮烈にこの腕に残る彼女の感触も含め、今までなら、しっとりと熱く甘いばかりであったが、今のオスカーは、アンジェリークを無事、安全な場所にー行きは学部の教室、帰りは寮の玄関までー送り届けられたと確信するまで、ただ、恋の甘さに浸るというわけにもいかない。

彼女の姿が教室内に消えるや、オスカーは息をつき、踵を返す。その顔つきはアンジェリークが傍らにいた時と一変し、厳しく怜悧な物になっていた。

 

 

『オスカー先輩、やっぱり、ちょっと変…ううん、変っていうのとは違う。限りないほど優しいのは、いつものことだし、用心深いのはオスカー先輩の出自を考えれば当然のことで、心配性なのも私を大事に考えてくださってるからだってことはわかるし、それは今まで通りなのだけど…何か…違う。私を見守る眼差しが…漠然と心配してるっていうより、何か、油断なく警戒してるような気がして…』

その日も普通に終業を迎え、アンジェリークは、いつものようにオスカーに送られて帰寮したところだった。オスカーは、アンジェリークが寮の玄関に着くと、あからさまにほっとした顔で「また明日な、お嬢ちゃん」と言って帰っていった。

別れの名残を惜しむより、アンジェリークという大事な存在を、安全な場所に無事収めたというような安堵の色をアンジェリークは感じ…それは少し不可解な印象を与えた。

なんで、オスカー先輩は、あんなにほっとした様子なんだろう?ほっとするってことは、今までは緊張してたってこと?そういえば…アンジェリークは思い返す。

この週末の逢瀬の時も、登下校に一緒に歩いている時も、オスカーは本当に優しくて、振る舞いは男らしい思いやりにあふれ、けど、ぴりりとした緊張感が、時折、感じられた。まるで、このキャンパスがジャングルで、いつ、どこからか、恐ろしい猛獣に襲われるかもしれないと思っているような、そういう油断のなさが、漏れでる、というか垣間見えたことがあった。

その一方で、アンジェリークへの接し方は、もう、壊れ物というか宝物を真綿に包むようというか、まさに掌中の珠を愛でるように、際限なく可愛がってくれる、という感じなのだ。

無論、この週末も肌を合わせた。

アンジェリークにとって、オスカーと同じベッドに入り、オスカーの肌のぬくもり、オスカーの香りに包まれるのは、いつでも、本当に幸せで嬉しいことで、今朝のオスカーの言葉通り、自分の体でオスカーの唇に触れられなかった処はない、と言い切れるほどで…思いだすと頬に朱がさす…けど、つい先前の情事は、アンジェリークを大切に扱おうとする余りか、常以上に穏やかで優しい…ともすれば、もどかしく、じれったく思えるほどに抑制の利いたものにアンジェリークには思えた。

それは、アンジェリークがオスカーから無限とも思えるほど深く豊かな性愛の悦びを教えられ、満たされているからこそなのだが。普段、オスカーがアンジェリークに与え、知らしめる官能の悦びは、あまりに熱く激しい。アンジェリークは絶え間なく打ちよせ、自身を翻弄する官能の波に洗われ、溺れ、いつの間にやら自分を見失ってしまい、際限のないオスカーの情愛を、ひたすら受け入れ、喜びを謳い応えるだけに終わってしまう、そんなことが、しばしばあった。肌を重ねるのは、週末、まとまった時間が取れる時に限られているから、尚更だ。アンジェリークは情事のさなか、絶え間ないオスカーの愛撫に、意識は白熱して沸騰しっぱなし、唇からは意味をなさない嬌声しか紡げないことがしばしばだった。

が、性愛の深遠・豊穣をこれでもかと知らされているアンジェリークが、最初は少し物足りなく思えたほど、先の週末のオスカーは、ただ、ひたすらに優しくアンジェリークに触れてきた。

口づけからしてそうだった。常なら性急とも言える勢いで舌を差し入れてき、アンジェリークの舌はすぐさま絡め取られ、それこそ舌で舌を撫でるようにねぶられ、きつく吸われるのに、昨晩の口付けは唇と唇を幾度も触れ合わせるだけの状態が長く続き、じれたアンジェリークがねだるように自ら、オスカーの歯列を割って舌を差し入れてしまったほどだった。もっとも、オスカーはそれが狙いだったのかもしれない、とてもうれしそうに熱心に応えてくれたから。

愛撫も律動も、その調子だった。

乳房にも乳首にも花弁にも花芽にも、もどかしいほど優しく唇で触れるだけの愛撫を続ける。舌ではじいて舐め転がしたり、歯を立てたり、緩急をつけて吸い上げたりしない。慈しむように、閉じた唇をアンジェリークの肌の上に滑らせ、その唇で撫でさするような愛撫をする。アンジェリークが焦れて、我慢できなくなって、もっと強く激しい愛撫をねだるまで。

そして「もっと…」と言わされるたびに、アンジェリークは、常日頃、自分がどれほど深く熱く激しくオスカーから愛されているかを思い知る。最高の悦楽を知っているー知らされているからこそ、求める気持ちが生じるのだから。知らないレベルのものを明確に求めることなどできないのだから。そして、自分がいかに海のように深く広く大きなオスカーの愛情に満たされてきているか、しみじみと実感する。だから、昨晩はごく自然な流れで、自分からオスカーを愛することもできた。いつもは、オスカーの愛撫にもたらされる官能の激しさに、自ら愛撫する余裕もないのだが、アンジェリークは、気持ちとしては、いつも、自分が与えられている半分でも、そのまた半分でもいいから、自分からもオスカーに色々愛撫したいし、気持ち良くなってほしいし、喜んでもらいたいと思っている。肌を重ねてすぐのころは、とても、そんな余裕はなかったがー今もないことの方が多いが、それでも、最初の頃に比べれば、積極的に振る舞いたいと思う気持ちはずいぶん強い。

オスカーを好きでたまらない気持は、いつも胸からあふれて、それを伝えたくてたまらない、けど、あまりに激しく愛されると、私はあまりの心地良さに何もわからなくなって、自分からは何もできなくなってしまう、そんな余裕がなくなってしまうから。でも、私も、自分からオスカーに「好き」という気持ちを態度や行動で示したい、いつも、いつでもそう思っている。

だから、優しい愛撫が嬉しかった、何もわからなくなる前に、自分からもオスカーを愛することができて。

アンジェリークがオスカーに「好き」と伝えたいと切に強く願う気持ちを、オスカーはわかってくれて、だから、私が自分からも愛撫できるよう、穏やかな触れ合いを心がけてくれたのではないかとも思えた。

オスカー先輩のものを愛撫するうちに、自身もどうしようもなく昂ってしまいー愛撫できたの、久しぶりだったから、こんなに大きくて、こんなに硬かったっけってドキドキしちゃって、脈打ってるみたいで、熱くて、オスカーの匂いがして、オスカーのことが好きでたまらない気持、欲してやまない気持ちで、はちきれそうな心持になった。

自分が愛撫している最中、オスカーからも絶え間なく触れられて甘やかな官能を刺激され、ついには、はしたなくも自分から挿入をねだってしまったくらいだった。

その挿入も性急さは微塵もなく、むしろ、ゆったりと重みのある動きだったからこそ、アンジェリークはオスカーの存在感をそれこそ苦しい程に意識させられた。オスカーを欲する思いでいっぱいだった身の内をオスカーの存在そのもので満たされ充填してもらったような、たまらない幸福感に満ち満ちた情交だった。

そして、情交が穏やかに終始したせいか、身体の負担はさほどではなく、そのため、アンジェリークはオスカーの胸のぬくもりを確かに感じつつ、就寝の挨拶を交わしてから眠りにつくことができた。これは、アンジェリークにとっては、とても珍しいことだった。オスカーの情事はアンジェリークを官能の焔で焼きつくさんとせんばかりの、熱く激しく息つく暇もないほどで、アンジェリークは歓喜を極めて半ば失神するように眠りにつくことの方が多いのは確かだった。

けど、だからこそ、アンジェリークは思う。

オスカー先輩って本当に素晴らしい方だ。オスカー先輩って本当に優しい、と。

あんなに激しく強い人なのに、一方的だったり独断的だったことは一度もない。情熱的で息つく間もないほど濃密な愛撫を全身で受けと、もちろん、深く愛される喜びに心が震える、けど、それだけということがない。時にじれったいほど穏やかな愛撫で、私がいかに強くオスカーを欲しているか、気づかせてくれたり、私からもオスカーを愛したい、気持ちよくなってほしいという思いを伝えさせてくれる。緩急自在で、行動も思考も柔軟で…それは、とてつもなく優しくて大きな心をお持ちだからなのだと思う。

そんなオスカーに、アンジェリークは自分が優しく接してもらい、心から大事に大切に扱ってもらっていることを、ちゃんとわかっている、それを限りなく嬉しく思い、感謝している。

けど、警戒?油断ならない?気持ちっていうのは、心配するとか、大事に扱うというのとは、ちょっと意味や趣が違う気がする。

危険な対象や状況が決まってるとか限定される時に「警戒」って状態になるんじゃないだろうか。でもオスカー先輩は、何を警戒してるの?私の周囲に、危険なものとか危険な人なんて…

と思った時、以前に見かけた銀髪の青年の姿が脳裏をよぎった。

アンジェリークは思わず知らず、自分の体を己が腕でだきしめる。

あの時…私、なぜか、すごく怖くて、怯えた…オスカー先輩には、それがわかってた…それでなの?

彼は同じ比較文化学部の留学生だが、幸いといっては失礼だが、彼の姿を授業で見かけたことがなかったので、アンジェリークは、今のいままで、かの青年のことを忘れていた。

1時期、案じていた同期の女生徒ーエンジュも、彼への興味を最近は口にしなくなっていたし、少なくともアンジェリークには、少しづつ構えず話しかけてくるようになっており、どうも、色々なサークル見学に進んで赴いているようだったので、エンジュの興味はもっと広い処に移ったのだと思って、もう、すっかり安心してーそれもあって、彼の存在を失念していた。

けど、オスカーが何かを警戒する理由といえばー自分があの銀髪の青年へに酷くおびえてしまったから、それを案じて、という原因しか、アンジェリークには思い当らなかった。

「今度、オスカー先輩にそれとなくお伝えしよう、エンジュはもう、あの青年への興味を口にしなくなってるし、私も、あの人の姿をみかけないから、もう、そんな怖がったり、警戒したりしてないから、安心してくださいって…でも、先輩は本当にお優しくて、大好き…」

またも、アンジェリークがオスカーとの甘く暖かな一夜を反芻しそうになったその時だった

「あ、アンジェ、お帰りなさい、あの、その、また、相談したいっていうか、教えてもらいたいことがあるんだけど…」

と、くすんだ金髪…といえなくもない乾いた砂色の髪の少女がおずおずと、アンジェリークに声をかけてきた。

「私でわかることなら、よろこんで」

瞬時に自然に気持ちは切り替わり、にっこりとアンジェリークはその話しかけてきた少女ーエンジュに応えた。

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