Before it's too be late 29

「いい?まず本学のHPを開くわよ?で、TOPページのキャンパスライフって場所をクリックするとサークル紹介ってコーナーがあるでしょ、ほら、ここ、ここをさらにクリックすると公式のサークル一覧が出てくるわ、一般の人が見られるのは、ここまでだけど、本学学生のIDとPWを入れてログインすれば、サークルの詳細が…連絡先や活動場所の情報も見られるわ。学内WEBといえど、流石に名簿まで開示してるサークルは少ないけど…少なくとも代表者か連絡先は絶対載ってるし、そこにメンバー名を問い合わせれば、教えてくれるかもしれない…けど、個人情報だからって教えてくれないこともあるかもしれない。だけどエンジュ、「尋ねたことを教えてくれない」って怒って即帰ってきたり、電話を切ったりしてはダメよ、個々のサークルには、それぞれに事情や、情報開示の方針があるから、ね?知り合いの名前がわかっているなら「○○さんは在籍してらっしゃいますか?」という聴き方をすれば、YES,NOでは応えてくれるんじゃないかしら、あ、その時は、自分の方から、名前とか所属学部とか名乗り出るのを忘れないようにね」

アンジェリークは、エンジュの社会性や情緒面での成長を少しでも促せそうなことなら、何でも手助けしようと決意した。極常識的なロザリアの振る舞いを、悪意としか取れないエンジュの思考の歪みや僻み、その挙句の逃避癖は、本人を不幸にしているのみならず、周囲の人間に少なからず不快感を与えてきただろうことが、手に取るようにわかってしまったからだった。

そして、1度心に決めたことには、アンジェリークは全力で打ち込む。今、アンジェリークは全面的に親身になってーエンジュ自身のためにも、周囲の心の平穏のためにも、エンジュの社会性を伸ばすに良いと思われることは何でも勧めるつもりだったし、エンジュが少しでも前向きにやる気を示してくれた事には、具体的な助言を惜しまず呈する気だった。

ロザリアの所属するオーケストラ部の見学は、正直「無残な失敗」と言っていい有様だったが、エンジュにしては珍しくも、その失敗を引きずっておらぬようで、他にも色々サークル見学をしてみたい、と前向きな姿勢を見せていた。エンジュが、いじけもせず、今なお、やる気を見せており、アンジェリークの助言にも、きちんと耳を傾けようとしている様子は、アンジェにはとても良い傾向に思えたので、なおさら、全面的なバックアップを惜しまないつもりだった。エンジュが「純粋に」彼女自身がサークル活動を通じて成長したい、脱皮したいのだな、と考えたが故の協力であり助言であった。アンジェリークには「自身が参加する」こと以外にサークル見学に赴く理由があることなど、想像すらできなかったが、それはアンジェリークならずとも同様であったろう。

今、アンジェリークがエンジュから「お願いされた」のは、「名前を知っている人がいて、その人を訪ねてサークル見学をしたいと思ったら、その人が何のサークルに所属してるか、調べる手立てはあるか」というものだった。そのために具体的にどうアプローチをすればいいか、何に注意すればいいか、アンジェリークは丁寧に順を追って説明したところだった。

人柄が善意で構成されているアンジェリークは、エンジュの言う「名前だけの知人」という人間関係を少々不思議に思いはしたが、裏に何かあるかもと怪しんだり疑ったりすることはなく、純粋に単純に、親切心でエンジュの疑問を解決してやろうとしていた。

そして、アンジェリークがすらすらと示してくれた必要な情報へのアプローチ法は、エンジュには魔法を見るような手際のよさだった。

どうして、必要な情報は何と何で、それを調べるためにはどうすれないいのか、即座にわかるー思いつくのか、エンジュには謎だった。

だから、おずおずと聞いてみた。相手がアンジェリークにだからこそ尋ねることができた。アンジェは人に手を貸すことを呼吸するように自然に行える子で、助けたことで偉ぶったり、「こんなことも知らないの?」と自分をバカにしたり、迷惑そうに鬱陶しがったりしないと、わかったからこそ、勇気を出して「どうして、必要な情報は何と何と、すぐわかるの?それに、どうやって調べればいいかも、すぐ思いつけるの?…あの、私が最初、オケ部の見学に行きたいって言った時も、すぐ、ぱぱっと必要な事、調べてくれたでしょ?なんで、あんなことができるの?」と尋ねることができた。

アンジェリークは、面倒がらず、侮る気配も見せず、この問いにも丁寧に順序だてて答えてくれた。

「んと、サークル見学には、活動場所と曜日と時間帯も調べる必要があるって、すぐ思いついたのは…それはつまり、目的のためには何を知っておく必要があるかしらって条件反射的に考えたから、かな?」

「どうして、そんな風に考えられるの?すぐに、思いつくことができるの?」

前向きな疑問をエンジュが発したことを、アンジェリークは嬉しく思った。今、自分は惜しまず彼女の手伝けをしているけれど、これはあくまで、自転車の補助輪のようなもので、いつかは、自分はその手を離して、エンジュが1人で走っていけるようにー「助言なしでも周囲に不快感を与えず、彼女自身も楽に振舞えるようになる」のが目的だから、エンジュが自覚的に「どう振舞えばいいのか、どういう考え方を身につければいいのか」と自らやる気を出してくれることは、アンジェリークには大層嬉しいことだった。

エンジュが『私も、アンジェみたいにできれば…一々、どうすればいいか人に尋ねなくても、自分でどうすればいいかわかるようになれば…アンジェの帰りを待たずとも、できることが増えれば、もっと、銀髪さんのお役に立てるようになるかも…』と、ふと、思っただけだなんてことは、アンジェリークには知る由もなかったので、アンジェリークは熱心に真摯にエンジュの問に応えた。

「多分…だけど、高校の時、生徒会活動をやっていて、いろいろ先輩方に教えていただいたからだと思うわ。物の考え方も、体を動かすことと同じで、ある意味、慣れというか練習が大事かつ必要で…何度も繰り返すほどに上手く、効率よくできるようになるものなんだって、生徒会活動を通じて教わって、学んだの。生徒会って、様々な行事を企画して運営するんだけど、その過程で5W1Hを常に念頭に置いて、物事を考え、また、報告するようにって、特に、その時の生徒会長さんから厳しく教えられたの。それと目標に向けて段取りをくむ手順も。本当に一から、根気よく教してくださったと思うわ。私、やる気はあっても、最初は、右も左もわからなかったから「精一杯がんばりますが、ご指導よろしくお願いします、至らないところはご指摘ください」って気持ちで…っていうか、やる気と気持ちしかなくて。そしたら先輩方、本当に、そんな私に、良くしてくださったの。色々教えてくださるだけじゃなく、自分たちが居ない時でも困らないようにって、ヒントをくれて自分で考える練習をさせてくださったわ。私も生徒会の方々のお手伝いしたかったし、お役にたちたいと思って…そのためには、指示を待ってるだけより、進んで自分から何かできたほうが、お役にたてるかもって思ったし、それで、いつしか「●●をするためには、どうしたらいいか」とか「次は何をしたらいいのか」を考えるのが習慣化したの。最初は、右往左往しても、ちょっと頑張って背伸びして人の手を借りながらでもやってみると、できるようになることがあって、できることも、少しづつ増えていくようで、それが嬉しくて励みになって、また、頑張れたし。もちろん失敗もしたけど、何故、間違えたのか、とか、どうしてしくじったのか考えれば、ここを直せばよかったんだってこともわかるから、そしたら同じ失敗はせずにすむでしょう?1人の人間にできる失敗の数は限りがあるって言うし」

と、言ってアンジェリークはくすくす笑うと、とても幸せそうな懐かしそうな瞳をして、こう言葉をつづけた。

「だから、今の私があるのは、みんな、その方たちのおかげなの…本当に、たくさんの方にお世話になったり、教えていただいたり、支えてもらったり…私、前にも言ったっけ?高校からの編入生で、学内のこと何も知らなかったから、いろいろな人に、ほんとに色々なことを教わって、助けてもらったの」

そんな風に考え、感謝する気持ちを忘れないからこそ、アンジェリークは「自分にできること、何かあるかしら?私にしてほしい事、ある?」と、他者に対してごく自然に思い、時を待たずその気持ちを行動に移せるのだ。

が「なんで、そんな風に考えられるの?」…とエンジュは、アンジェリークの言葉にまたもショックを受けていた。

アンジェリークの話を聞けば聞くほど、ありとあらゆる面で「この子は私と違う、何もかも違いすぎる」とエンジュは感じる。自分と物の考え方とらえ方が、まったく異なっており、しかもその差異が余りに大きいー人としての在り方がかけ離れ過ぎているので、情報処理が追いつかない、とでもいうのか、アンジェリークと自分が「あまりに違っている」ことまでは理解できるのだが、彼我にどれ程の隔たりがあるのか、具体的にぴんとこない。

エンジュは、何かにつまずいて物事がうまく運ばないと、一足飛びに全て諦めて自棄なるか、卑屈に意固地に頑なに心を閉ざすばかりで、失敗から何も学ばずーつまずきの原因は全て「自分以外の何ものかの所為」ー他人だったり状況だったりーと決めつけ、内省・反省をしたことがない、内省が必要だと考えたことすらないので、同じ過ちを繰り返すのが常だった。「誰かの所為」にして、自身の至らなさに目をつむり、目をそむけていれば、一時、自分の自我は守られる。一方、自身を失敗を認め分析するのは、一時、自分のダメさ、至らなさと直面しなければならないので痛みを伴うが、痛い思いをした分成長するー目をそらさず直視するからこそ、何が悪かったとか、間違えたとかわかるので、同じ過ちを繰り返さずすむ。また、きちんと反省し取り組みなおす姿勢は、周囲にも自ずとわかる、伝わるものなので、結果、アンジェリークはより強い信頼も勝ち得る。エンジュが一時の痛みを避け、自分を守ろうとするあまりに、成長もできず、失敗しても反省しないから信頼を失うばかりだったのと、対照的な生き方と言えた。

また「今の自分があるのは、誰かのおかげ」なんてことも、エンジュは考えたこともなかった。エンジュには、常に「私は自分1人で何でもできる」と思ってきたから、自分だけの力でここまで来ており、誰かに助けられた、なんて思ったこともなかった。

自分はまず何事であれ「私、自分1人でできます」と指導や助言を拒んできたことを思い出した。何をしていいか、指示されないとわからない場面であっても「ああした方がいい」「こうした方がいい」といわれると、かちんときて反射的に拒絶の言葉が口をついて出てしまうのだ。エンジュにとって、教えられること、世話を焼かれることは、屈辱でしかなかった。同時に、エンジュには「謙虚に教えを請う」ことは、どうにも敷居が高くて難しいことであり、また「助言を受ける」ことは、「何も知らない、できないとバカにされる」ことと同義でしかなかった。なのに、そんな「恥ずかしい」ことを、いとも容易く、構えずできるのか、エンジュはアンジェリークが不思議でならなかった。だから、感じるままに更に疑問をぶつけてみた。

「誰からか、手助けしようかとか、教えようか、なんて言われたら、悔しくないの?だって、それって、あんたは1人じゃ何もできない、何も知らないって、バカにされてるのと同じじゃない?そんなの、嫌じゃないの?それ以上に…こっちから、何かを尋ねたり、聞いたりするなんて…相手から面倒がられたり、嫌がられたりしたらどうしようって思わないの?…怖くないの?」

アンジェリークは、あっけらかんと応えた

「だって、本当に何も知らなかったんだもの。私、全学年合わせて何十人なんていう小さな学校を転々としてきて、こんなに生徒の多い学校に通うのスモルニィが初めてだったし。もちろん自分で調べたり、やれることは自分でするけど、それでも、文章化されてないけど学内では当たり前の不文律とかもあるし、それは、教えてもらうしかないもの。私、最初、学食の食券の買い方も、わからなかった、購買部での買い物の仕方もよ。学食や購買部のある学校に通うの初めてだったから、わからないことは、教えてもらわなきゃ、いつまでたってもわからないままだし。わからないことをそのままにしておいて良いことはないし、知らないことをわかったふりしたり、やれる振りをしても、実際にできなかったら、後で自分が困るだけだし」

「だって、そんな下手に出るのって、悔しくないの?自分は物知らずです、あなたに比べて劣ってますって認めるようなこと自分からするなんて…頭を下げなくちゃならないなんて、悔しいしみじめにならないの?…」

「どうして?教えを請うことは惨めなことでも、悔しいことでもないもの、だって、私は、まだまだ知らない事がいっぱいある、勉強しなくちゃならないこともいっぱいあるから。人から学ぶこと、教えてもらうことは…直接じゃなくても、誰かの言動を見聞きして学ぶこととか、これからもいっぱいあると思うの。だから、教えを請うたり、学ばせてもらう以上、相手の都合や立場を考え、謙虚に礼儀正しく振舞うのは当然だと思うし?そして、教えてもらったことは、きちんと覚えて、生かして、今後に役に立てるようにすればいいし、それが、むしろ礼儀だと思うし。んーと、たとえば、知らない場所に行く時、誰かに道を聞くのは失礼なことでも恥ずかしいことでもないと思うの、けど、その場所を良く知りもしないのに『1人で行ける、何でもできる』って人の話を聞かずに、思い込みで、どんどん、先にすすんじゃって、結局、迷子になったりしたら、約束の時間に間に合わなかったり、誰かに探しに来てもらったりして、そっちの方が周囲に迷惑をかけることになるし、情けない思いをするんじゃないかなって思うの。自分1人では、できないことや知らないことは、ご指導よろしくお願いしますって礼儀正しくお願いして、教わったことを、ちゃんと身につければ、失礼じゃないし、迷惑にもならないと私は思うわ」

と、いわれ、エンジュは目からうろこが落ちる想いがした。

無知は恥ずかしくない?ううん、この言い方は正しくない。自身の無知を認め、学ぼう、教わろうという謙虚な姿勢があれば、「今」無知であることを恥じる必要はない、ということだ。同時に、無知であると侮られるのを恐れ、隠そうと見栄をはったり、意地をはったりするのは、無意味だ、何も得ることはなく、むしろ、損するだけだ。だって「教え」を拒否し、学ぶ姿勢を捨ててしまったら、自分はいつまでたっても同じ場所にとどまっているままで、どこもなにも成長しない…そうだ「1人で何でもできます」と言い切ることは「私はもう何もかも知っていて、学ぶこと教わることは何一つない」というのと同じで、それは極論すれば「自分は全知全能だ」といっているようなもので…けど、現実に全知全能の人間なんている筈なく、なのに、そうと思い込み、そう振舞っているように見えているとしたら…その人はなんと滑稽で、なんて惨めなのだろう。まさに裸の王様だ…

「教えてほしい」「助けてほしい」と表すことは、今まで、エンジュにとって「惨めで恥ずべきこと」であり、逆に「自分1人で何でもできる」と宣言することは、誇らかしいことだった。

なのに、実際はどうだ?人に与える印象や評価は、自分が考えていたのと、全く正反対、真逆だったのではないのか?

「自分1人で何でもできる」という宣言は、実は、傲慢で滑稽で失笑を買うような態度で…逆に、自身の足らぬ部分を認め、謙虚に学ぼうとする姿勢の方を、人は尊敬し、称賛するのではないのか…。

それに、何かを失敗した時「○○の所為だ、私は悪くない」と言い張ることは、自分を守るためだった。けど、そう言い張ってきた私は、現実には、誰からも必要とされない、ずっと…。けど、自分の失敗を認めるアンジェは、誰からも信頼され、頼りにされているように見える…「自分はここを間違っていた」なんて認めるのは、惨めな恥ずかしいことだと思っていたのに、実際に、そんな惨めなことを平気でしているらしいアンジェの方が、人から頼りにされているような気がする…これも同じだ、人に与える印象や評価は、私がよかれと考えてやっていたことと、全く逆みたいな気がする…

この会話自体は短いやり取りであった。が、この短い会話の間に、アンジェリークはエンジュの頑なな思い込みー中でも最も堅い物にひびをいれ、かなりの部分を打ち砕いた。

その勢いと衝撃ゆえからだろうか、エンジュにしては、思いがけず率直な言葉が口を衝いて出た。

「なら…もう一つ、教えて?…なんでアンジェリークは「当り前」に私…他人の私を助けようとしてくれるの?」

私を田舎者だとバカにしてるから?何も知らないかわいそうな子と憐れんで、侮っているから?

瞬間、いつものように、ひねくれた卑屈な考えが、頭をかすめかかったが…。

けど、アンジェは…私を田舎者だってバカにするようなことは1度もなかった、そういえば、アンジェもこの首都で育ったわけじゃないと言ってたし…私は寮生全部を「たまたま、同じ車両にのりあわせた電車の乗客みたいなもので、距離的に近くにいても自分に関係ない人たち」だと見なして、無視してたけどーだって、一時、偶然、身近にいるに過ぎない人たちと交流する必要なんてどこにあるの?ーけど、アンジェは、私に会えば「おはよう」「お帰り」「お休み」とか、一言必ず声をかけていた、私は「単に偶然隣り合わせになっただけの人間にいちいち挨拶する意味なんてあるの?」と思ってたから、ずっと無視してたけど…それって、私をバカにしてたら、そんなことしない?じゃあ、何故?何故、自分から挨拶してきたり、頼みもしないことまで調べようとしたり…今も…今だって、色々手を差しのべて、助けようとしてくれるの?

どうしても解けない疑問だった、話せば話すほどわからなくなる、アンジェリークという人間は、それほどエンジュの理解を超えていた。だから聞かずにいられなかった。

アンジェならきっと応えてくれる、私をバカにしたりせず、面倒がらず、茶化したり誤魔化したりもせず、真摯に応えてくれるのではないか、そんな期待と一種の甘えが、常になくエンジュを率直に素直にさせていた。

「え?…えーっと…」

自分にとって『当り前』と思ってることの理由を問われ、意表を突かれた思いのアンジェリークは、瞬間、口ごもった。『なんて説明したらいいんだろう…「当然」と思ってることを改めて説明するのって難しいな』と思うと同時に、アンジェリークの頭脳は反射的にフル回転して、自分の考え、気持ちにふさわしい言葉を探し、懸命に思考を整理し始めた。生来、素直で人のいいアンジェリークは、エンジュの問いかけに、誠意を以て生真面目に向き合い取り組んだ。無意識の行動を言語化するのに必要な一呼吸をおいて、アンジェリークは、こう言った。

「さっき言った通り、私、色々な人に色々なことを教わったり、支えて、助けてもらってきたわ、それは、言いかえれば、私が自分一人でできることって、すごく限られてるってことだと思うの、1人じゃ何もできない、とまでは言わないけど、1人でできることには限りがある。知識もそう。去年の私より今の私は、知っていること、身に着いたことが少し増たと思う、けど、それでもまだ、今の私が知らないこと、これから教わるだろうことって、これからも、たくさんあると思うの。」

「?」

「だから、知らないことは誰かに教わるし、一人でできないことは、誰かの助けを借りるの、さっき言ったみたいに。でも、それは私だけじゃなくて、皆、それぞれに、いろいろな方面で、同じじゃないかと思うの、私は誰かに助けてもらったり、教えてもらうことがいっぱいある、でも、私が力になれる、私の知識が役に立つ場面もある、だから、私の手が役に立ちそうな時は、私は、ためらわず、進んで差出そうと思ってるの。私が、いろいろな人に助けてもらったり、教えてもらったりで、助かったこと、嬉しかったことがたくさんあるから。んと…だから、お互いさま?順番?巡り巡って?助けてくれた人に直接じゃなくても、助けたり、助けたれたり、手伝ったり、手伝われたりして、それで、人は繋がって、世界は回ってるんじゃないかなって思うから」

『そんなことない、私は1人で何でもできる、ずっと1人で生きてきたもの!1人で何でもしてきたもの!』

と、エンジュはいつものように言い張りたかった、なのに、もう、いつもの言葉は出てこなかった、替わりに口を衝いて出たのは、こんな言葉だった。

「だって、頼ったり、頼られたりするのって、いけないことじゃないの?迷惑じゃないの?」

「うーん、でも産まれてから今まで、誰にも頼らない、助けてもらわないで一人で生きてこれた人って、いるのかな?絶対いないとは言い切れないけど…私は、普通の平凡な人間だから、色々な人に助けてもらったり、教えてもらったり、支えてもらっていきてきたわ。大抵の人は、そうなんじゃないかしら。だから、お互い、気楽に「手伝って」「手伝おうか」って言いあえる方が、心地いいっていうか、楽っていうか、とにかく、いいんじゃないかなって、私は思うの。いけないとか迷惑とか、そればかり考えてたら、萎縮して息苦しくなっちゃうから…お互いさまって思う方が、いいような気がするの」

『それはそうよ、あなたが平凡でつまらない人間だから、誰かの助けを借りなきゃならなかっただけでしょ、でも、私は違うわ、私は1人で何でもできるもの!』
今までのエンジュなら、そう言ってアンジェリークに噛みついていただろう、けど、今、エンジュはいつもの勢いが出せなかった。心のどこかで、頭の隅で「アンジェリークの言っていることは真実だ」という声が響いていたから。

ただ、それを認めてしまったら…全面降伏してしまったら…私はこれまで自分1人の力で生きてこれたわけじゃない、そう、そんな人現実にはいやしない、産まれてから誰にも頼らず助けを借りず生きてこれるなんてこと、あり得ない、そんなの自明のこと、なのに、そんなわかりきったことに、私、目をつむって…自分1人で生きてきた、自分は1人で何でもできるって、言い張ってきたのは、とんでもない独りよがり?だった?もしかして、私はひどく思いあがってた?って認めなくちゃならないんじゃないの…?

アンジェリークの言葉が真実の重みと、真実であるが故の力強さで、エンジュの頑なな心を揺さぶる。アンジェリークは、それを知ってか知らずか、静かな、けど、温かみのある口調で言葉を続ける。

「一人じゃどうしようもない時は、誰かに手伝ってとか助けてって、私だったらお願いするし、それは、いけないことじゃないと思う。なんでも1人でやるって、意地や見栄を張って、結局、やるべきことができなかったら、そのほうが迷惑ってこともあるだろうし。たとえば、極端な例だけど、病気やけがした時に、お医者様に診てもらって元気になったとして、それも「1人じゃどうしようもない時に助けてもらった」ってことだし、そういう時「助けて」っていうのは、恥ずかしいことでもいけないことでもないでしょう?1度も病気も怪我もしてない人なんて、めったにいないと思うし。確かに、自分では何もしないで、無闇に人に頼るのは、どうかと思うけど、手を尽くしても困ってしまった時は「お願い、手伝って」って言っていいと思うし、それで誰かに助けてもらったら、それに感謝しつつ、別の機会に、自分も誰かを助けたり、手伝ったりすれば、いいんじゃないかなぁ。ありきたりだけど、人は一人じゃ生きられないっていうか、少なくとも、私、自分一人じゃ、絶対生きていけないもの、その自信があるもの!まだ私18年しか生きてないけど、いろいろな人にお世話になってきたし、その人たちのおかげで今の自分があるんだって感謝してるし…両親がいて、教育を受けさせてもらえて、友達とか、先輩方とか先生方とかにも恵まれて…そして、何よりも誰よりも大好きで尊敬できるオス…大切な人がいてくださることに、私、どれ程感謝してもしきれないくらいだし…」

「特定の人に感謝してるなら、その人だけ助ければいいじゃない。なんで「巡り巡ってお互いさま」なんて、考えるの?関係ない人まで助けることないじゃない?私だってそうよ、アンジェに感謝されるようなこと私は何もしてない、だから、アンジェに私を手助けする理由なんてないじゃない!なのに、どうして?」

「んと、まず、私の身近にいてくれる、私が感謝してる人たちには、もちろん、私は、心から精一杯自分にできることをするわ、だって、好きな人には嬉しい顔をしていてほしいもの。けど、その私の大好きな人は、私とだけ付き合ってるわけじゃない。私の知らない人たちから私の知らないところで大切にされてきたから、今、無事でここにいて、私は、その人に会えたのだし、って思うと、一見、無関係に思える人でも、何かどこかで、私の大事な人と繋がってるかもしれないし、これから先、繋がるかもしれないじゃない?巡りあわせって、あると思うし。それに、エンジュとは、今、もう、友…知り合いでしょ?全然無関係な人じゃないのに、手助けする理由がない、なんて、私、考えてもみなかった…だから、これも「どうして?」って聞かれると…んーっと、今、考えてみるから、ちょっと待っててね」

というや、言葉通り、アンジェリークは真剣な顔で、何やら考え込み始めた。その暫時の沈黙は、エンジュにもありがたかった。アンジェリークの言葉は、どれをとってもエンジュには驚きであり衝撃であり新鮮であり、色々、考えさせられることばかりだったからだった。エンジュはエンジュで、自身の思考に没入していく。

『私、誰かに、何かに感謝したことなんて、今まで、1度でもあったかしら…何でも1人でできるって思ってたから…けど、実際には、1人で生きてこれたわけない、そんなこと、できていたわけがない…それは、きっと、アンジェリークの言うとおり…なのに、私は、ずっと自分は「一人でなんでもできる」って思ってた…だから、周囲に感謝なんてしたことない…』

なんで私は誰からも必要とされないんだろうと、ずっと、自分を憐れんでいた。

自分はなんでも1人でできるのに、私は、こんなに「できる子」なのに、って。

でも、実際、何でも1人でできる人なんて、いるんだろうか、そんな人いやしない。

なのに「私は1人で何でもできる」っていつも言い張ってきた。ありえないことを言い張るのは、ただの嘘つき、でなければ、とんでもなく思いあがった人だ、そんな人、誰からも信用されるわけない。信用されない人が必要とされるわけもない。ましてや、私は「なんでも1人でできる、1人でやってきた」と思いこんでいたから、周囲に感謝なんて、言葉でも態度でも示したことない、だって、実際、感謝の気持ちなんてもったことがないのだもの…

もしかしたら…私が誰からも必要とされてこなかったのは……「1人で生きてきた」って、思いあがっていたから?私自身、誰にも感謝せず誰をも必要としてこなかったから…?そういう態度、そういう振る舞いをしてたから?

この発想の逆転にエンジュは改めてショックを受けた。

アンジェリークは、助けて欲しい時、手伝ってほしい時は周りの人に頼る、その分、自分の力の及ぶ限り周りの人も助ける、そうして人と人は繋がっているんだからって、言う。

私は逆だ。私は誰にも頼らない、助けられないで生きていきたいと思ってるし、実際、そうしてきたと思ってた。でも、アンジェの理屈でいえば、だから私は…「誰にも頼ろうとしないから誰からも頼られない、助けてももらえない、必要とされない」「誰からも頼られないから、誰にも手を貸さない、だから、いつまでたっても誰からも必要とされない」って状態が、ぐるぐるループしてるってことじゃないだろうか。

けど…現実に、アンジェリークには友達がたくさんいて、素敵な彼氏もいて、私みたいに「誰からも必要とされたことない」なんて、境遇を、まったく知らなさそう…なのは、私がやろうとも考えもしなかったことを「当り前」のこととして、やっているから?できるから?私とまったく正反対のことをしてきたから?しているから?

アンジェリークみたいに振舞えれば「誰からも必要とされる」なら…「誰からも一度も必要とされたことがない」のは、私が悪いの?私が自分で招き寄せた境遇だっていうの?

心のどこかでは、友達が欲しいなら、人から必要とされたいなら、アンジェリークみたいに振舞っていればよかったんだ、アンジェみたいな子の周りには自然と人が集まる、アンジェリークが好感をもたれるのは、こういう理由だったんだとなんとなくわかったような気がした。けど、一方で、それを認めたら自分が愚かだったこともセットで認めなくてはならない、自分への評価が不当だと言えなくなってしまう、自分は「理解されず、正当な評価もされない、かわいそうで哀れな被害者」だと言いはれなくなってしまう。そんなことはエンジュは耐えられそうになかった。自分の寄って立つ場所が、崩れ落ちてしまいそうだった。

だけど…私は…かわいそうで哀れな私は、いつも誰からも必要とされない。周囲には誰も人が寄ってこない、それは否定しようがない。今までは「孤高」でいることを価値あることだと思ってたーだって、私は「1人で何でもできる」人間だと、思いこんでいたから。けど、それは単なる思いあがりーしかも滑稽なーだった…のだとしたら?1人でいることはすばらしい、その前提自体が崩れ去ってしまうとしたら…?

だって、この子は…私と正反対で、周囲に手助けされてばかりの境遇など、惨めな筈なのに、でも、こんなに嬉しそうで、幸せそうだ。誰からも好かれてて、周囲は彼女に好意的な人物でいっぱいだ、それは、全部…考え方とか態度とか、全部、私の真逆だから?人が1人でできることの限界を知っててるから…謙虚だから、進んで人に手を差し伸べることもできるし、ためらわず人の手を取ることもできる、手を差し出せること、手を差し出してもらえることの両方に感謝できるから?周りの皆を必要だと態度に言葉に振る舞いに素直に表すから、周囲もこの子を必要とする…の?

エンジュの心は、自身の正当化と、アンジェリークと自分の違いを謙虚に認めることとに、定まらず、揺れ動いていた。天秤が一方に傾きかけると、その反動がくるの繰り返しで、心が定まらない。黙りこくって、アンジェリークの顔を見つめることしかできない。そんな心の定まらないエンジュと対照的に、アンジェリークは、ようよう考えがまとまったようで、一人小さくうなずくや、明るく朗らかな顔と声で、こう話だした。

「んとね、これが、エンジュへの答えになってるかどうか、わからないけど…今、私が、こうして、ここに生きているのは本当に色々な物、色々な人のおかげだと、私は思ってるってさっきも言ったけど、この時代の、この国に、女の子として生まれたことも、父の職業は転勤が多くて小さい時から転校ばかりだったことも、高校の時、スモルニィに編入させてもらったことも、こういう偶然や巡りあわせ、色々な方との出会い、そういう大きくて広い諸々全てに、私は感謝してるし、多くの人に助けてもらって今の私があるから、私も、誰かが困ってそうな時は、進んで、できることをしよう、したいなって思ってるの、だから、つい、お節介を焼いちゃうっていうか、意識せずとも体が勝手に動いたりしちゃうのが当たり前になっていたみたい…うん、そう、そうだわ、だからだわ…私「自分にできること、何かあるかしら?」と、つい思って、思ったらすぐ口にしちゃうのは、そういう訳があるからだわ。エンジュのおかげよ。今、エンジュが尋ねてくれたから、私、自分が「当たり前」って思ってること、どうして「当り前」なのかわかったし、きちんと言葉で説明できるようになったわ!ありがとう、エンジュ。ね、このことからも、わかるでしょ?今だって、自分の考えを言葉にできたのは、エンジュに質問されたからよ。自分1人だったら、こんな風に考えをまとめられなかったと思うし、そもそも、当たり前だって思ってることを考え直そうともしなかったと思う。だから、これもエンジュのおかげ。意識してやるのとやらないのって違うと思うし、私、自分1人じゃ、全然ちゃんとできないっていうか、こんな、しっかり考えを整理きなかった、って自信があるわ」

その悪びれない屈託ない物言いに、エンジュは毒気をぬかれたみたいにつかの間茫然とし、気付いたら「ぷっ…」と吹いていた。

「ふふっ…何、それも『自信』っていうの?」

「ええ、そうよ、一人では生きていけない、自信をもってそう言えるわ、だから、私、自分一人ではできないことは、人の助けを借りるし、その代わり、自分が力になれるって思うときは、そうするの、それが自然っていうか当り前なの。それに、私ね、こんな風にも思うの、人は、誰かを必要としたりされたり、誰かにそばにいてほしいと思ったり、誰かのそばにいたいという思いが、まず、生まれながらにあって…そういう風に人って作られてて、そう感じるのが自然で、だから、人同士は自然に手を取り合えるように、寂しいって感じる心があるんじゃないかなって。そういう伝えたい気持ちや思いがあったから、言葉も生まれたんじゃないかな、そして、人が、互いに手を取り合えるように、一人でできることって、わざと限られてるっていうか、人一人の力って、わざと小さく限りあるものとして作られてたりするんじゃないかなとすら、思うの」

エンジュは驚いた。

人は互いに手を取り合えるように、手を携えて生きるために、寂しいという感情があるんじゃないか、とか、そのために、わざと、1人1人の力は限界が設けられたのではないかなんて、エンジュは考えたこともなかった。

しかも、こんな哲学的な、人のあり方の根幹ともいえる命題を、この子はなんと優しい視線でとらえ、平易に表現するのだろう、というのも驚きだった。

けど、そう考えれば「何故人は1人でいると寂しいと感じるのか」もなんとなくわかる、そして、アンジェリークの理屈でいけば…人に助けを借りることは、惨めでもなんでもない、むしろ、きわめて自然で当たり前のことで…だから、その方が、自分が気持ちいい、すっきりする、ということなのだろう。逆に、アンジェリークにとっては「困っていそうな人」をそのままにしておくのは、すっきりしない、気持ち悪い、気にかかって仕方ないことなのだ、きっと。

だから、この子は人を助けることも助けられることも躊躇しない。「お願い、手伝って」という言葉も「何か困ってるの?私にできること、ない?」と言う言葉も、同じ比重で、素直に飾らずさらりと、心から言える子なんだ、きっと。

ああ、だからだ、だから、以前も…私が尋ねもしないことも、身軽に気負わず確認しようとしてくれたり、私がサークル活動に興味を示したって、自分のことみたいに喜んで…全部、同じことなんだ…きっと…なんだか、わかった気がする…

「そう、そうなのね、わかった、ありがとう、アンジェリーク」

素直にお礼の言葉が口を衝いて出た、エンジュには初めての経験だった。

「どういたしまして…って、あれ?私、サークルの活動時間や曜日や場所の確認方法、もう、エンジュに伝えたっけ?」

「あ、いえ、それはまだだけど…」

「やっだー、お礼を言うのが早いわよ、エンジュ、ふふっ、ちょっと待っててね」

言うや、アンジェリークは、エンジュに必要な情報を全て、ささっと取り揃えてくれた

こんなやり取りを経て、エンジュはアンジェリークに教えを請うことは、もう、恥ずかしい惨めなことだと思わずに済むようになった。

この日、この時を境に、エンジュは、少なくともアンジェリークに対してだけは、素直に「教えて」「どうすればいいの?」と、尋ねられるようになった。

思い返せば、今までエンジュは、人に頭を下げて「教えを請う」という経験をしたことがなかった。

「私は1人で生きている、生きていける」というのが、彼女の自負のよりどころである以上、他人を頼ってしまったら「自分は1人で生きている」という前提そのものが崩れてしまう。自己愛の強い彼女には、自分のプライドが傷つくような振る舞いは断固できなかった。けど、現実には、17,8の小娘には自分1人では手に余る事態はいくらでもあるわけで、そういう場面に直面した場合、今までのエンジュは、程度の差こそあれ、様々な場面で遁走・逐電、物事を中途で投げ出すということを繰り返してきた。そうして頑なに自分を甘やかし守ってきたのが、今までのエンジュだった。意固地に決して人に頼ろうとないから、事態が手に余る、すると投げだすか逃げ出す、という振る舞いを懲りずに繰り返してきて信用がなかったから、人に必要とされる訳はなかったのだが、それもこれも「自分は1人で生きている」という思いあがりあったればこそであり、その思いあがりがプライドとイコールとなってしまっていたのが、すべての元凶だった。「自分は1人で生きている」という思い込みは、思いあがりであると同時に「一人ぼっちのかわいそうな自分」に酔いしれる根拠にもなっており、エンジュは、正直、その状況が居心地良かったのだ。自分は孤高であるという思いはプライドをくすぐり、同時に一人ぼっちの自分を可哀そうがるのは、大層甘く心地よい感情であったため、エンジュは「自分は1人で生きている」という思いあがりに、ずっと、しがみついてきた。捨て去ることなど、考えられなかった。だから、人からの助言ははねつけ、教えは請わず、それゆえ、多くの事態は彼女の手に余り、それでも、助けを求めることはできないから、多くの物事を無責任に投げ出し、信用を失うことを、懲りずに繰り返し、それを幾度注意されようと、エンジュは改めることはできなかった。人に助けを求めることは、自己愛の否定に直結する、自分を憐れむ居心地のいい場所から出なくてはならなくなる、そんなことは、絶対嫌だった、できないと思った。「1人で生きている」という「思いあがり」こそが、彼女の対人関係がことごとく上手くいかなかった病根であり、それは、現実には様々な不利益をエンジュにもたらしていたが、エンジュは主観的には居心地のいい「孤独な自分」の立場を捨てる、脱ぎ去る勇気を持つことができずにいたのだ。

が、アンジェリークは、そのエンジュの病根をほぐした。その病根はこま結びのようにきつく固まりもつれていたから、一足飛びに全部がほぐれた訳ではないが、それでも、僅かばかりでも、その結び目は確かに緩んだのだ。アンジェリークは「人は1人で生きていけない、そういう風にできている」と、きっぱりと、でも優しく断言してくれたから、エンジュはアンジェリークに対してだけは「自分は1人で生きているし、生きていける」という点にプライドを置かなくてすみ、だから、アンジェリークにだけは、頼れ、甘えられたのだ。それは人に頼ること、甘えること、教えを請うことを「負け」「惨めなこと」としか思ってこなかったエンジュにとっては、それがたとえアンジェリーク1人という限定されたものであっても、コペルニクス的転換だった。

アンジェリークを話していると、頭を縛っていた鎖が緩み、心を覆っていた薄紙が少しづつはがれていくような心持だった。アンジェリークから、色々なことを教わり、視界が開けるに従って、今までわからなかったこと、できなかったことが、自ずとわかるようになったり、できるようになっていくようだった。

エンジュは嬉しかった、こうして、わかること、できることが増えれば増えるだけ、銀髪さんの役に立てる、と。

エンジュ「銀髪さんの要求に遅滞なく応えられるようになっていく自分」が嬉しくてならなかったのだ。

エンジュは日に日に活動的になっていくようだった。アンジェリークは、エンジュの嬉しそうな様子を「この分なら、ほどなく、打ち込めるサークルも見つかって、エンジュも安定するんじゃないかしら」と、嬉しく見守っていた。

エンジュが何を嬉しいと感じて、何に打ち込み、何にやりがいを覚えているか―単にサークル見学に勤しんでいるだけと信じていたアンジェリークに、エンジュの真の目的がわかろうはずもなかった。

 

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