あの事件後の最初の週末、この件の関係者全員がオスカーの自室で催されるお茶会に招待された、といってもお茶会招待状差出人はオスカーではなく、アンジェリークの署名だった。オスカーは、アンジェリークに最も近しい者として、また、寮住まいの彼女のためにお茶会の会場として居室を提供したという方が立場としては近い、このお茶会の女主人はあくまでアンジェリーク・リモージュであった。
アンジェリークからの招待とあって断る者は一人もいない。
当日、一同は、ほぼ時刻通りにオスカーの部屋にやってきた。
「皆さん、ようこそ、おいでくださいました。オスカー先輩のお家で、私が、こんなこというのも、何ですけど…いらしてくださって嬉しいです、ありがとうございます」
と、アンジェリークが女主人らしく客を出迎える。
オスカーが自室に人を招くことは、めったにないことだった。今までのオスカーは人と会う時は徹底して外だった。自室という私的な空間には、どんなに親しい間柄でも人を立ちいらせない、きっぱりと線引きするような処が昔のオスカーにはあったのだが…
「変われば変わるもんだねぇ」
と一人語ちたオリヴィエの言葉を耳にした者はいたのか、いなかったのか。
とまれ、着席した一同にアンジェリークは茶と茶菓を供す。一通り行き渡った処で、アンジェリークがかしこまって一同に丁重に頭を下げ、改めて、此度の件について礼と感謝の言葉を述べると、客人たちは口々に
「いいってことよ、もう気にすんなって」
「そうそう、もう十二分に礼は尽くしてもらったよん。でも、あんたが手づから作ってくれたお菓子に、入れてくれるお茶は、すっごく嬉しい、心から喜んでごちそうになるよ」
「うむ、生徒会室でそなたがいれてくれた茶を思いだす…この一杯で、もう、十分に報いてもらった思いだ」
と、優しい言葉を返してくれた。が、それぞれが茶を喫し、一息ついたところで、早くもジュリアスが単刀直入にこう切り出した。
「ただ、今回のこの催し、礼として我らに茶を馳走する、という意味合いだけではないように思うが、どうか?」
アンジェリークは、はっとしたように顔をあげ、ジュリアスに感謝の瞳を向けた。ジュリアスの機知溢れる心遣いが嬉しかった。ジュリアスの言葉のおかげで、すんなりと話の主題を持ちだせる。この和やかに始まった茶会の場で、シリアスな話題をどう切り出すべきか、アンジェリークは言葉を探していたところだったので、助けてもらった思いだった。
「ジュリアス先輩…はい、おっしゃる通りです。皆さんには、先日、お礼を申し上げに参りました時に、簡単に、その時点でわかっていたこと、話しても良いことしかお伝えできなかったので、改めて、その後をご報告した方が良いかと思ったこともありまして…この席を設けさせていただきました」
オスカーとアンジェリークは、世話になった人たちそれぞれに礼を述べてはいたが、その時は、取り急ぎ、感謝の意を伝えることを第一義としていたし、外務省とあの国の大使館との関係もあり、話せる事柄が制限されていたため、恐縮至極な思いでいた。
が、外務省と大使館それぞれで、事件の事情聴取と事後処理の話し合いを済ませーその結果、関係者一同に宛てて、かの国から礼状と招待状が届いたわけだがー恩人たちに何をどこまで話してよいか確認が取れた。そこで、アンジェリークは
「改めて、お世話になった方々に、その後の事をご報告がてら、お礼のおもてなしをしたいと思うんですけど、オスカー先輩、どう思われます?」
とオスカーに相談をもちかけていたのだった。
「なら、俺の部屋に今回の関係者を呼ぶといい。お嬢ちゃんの寮では来客とは談話室でしか会えないだろう?が、今回は事が事だけに、集まるなら、周りに話が漏れ聞こえないような場所の方がいい。かといって、ホテルやレストランを借りるのも大仰になる。だから、俺の部屋で、食事会でもお茶会でも、お嬢ちゃんの好きにやってみたらどうだ?無論、この俺もホストとして、お嬢ちゃんと一緒に来客をもてなすが、主催はお嬢ちゃんの名で招待する方が皆、喜んで来ると思うぜ?」
とオスカーが言ってくれたので、アンジェリークはオスカーの言葉に甘えることにした。そして、彼の予言通り、招待した客人は、皆、2つ返事で出席の返答をくれ、アンジェリークは、かわいく頭をひねりつつ、飲み物・茶菓、食事になる物も多数・多種類、選定・用意し、オスカーの部屋を、アンジェリークにしては、可能な限りシックに飾りつけて客人を招いたのだった。
「その後のことは俺が話そう」
オスカーがアンジェリークの言葉を引き取り
「それと、念を押すまでもないと思うが、今からする話は全てオフレコ…この場にいる者の胸の内にとどめておいてもらいたい」
と、続けると皆一様に小さくうなずいた。
「まず、俺たちが最も懸念し、皆も気にかかっていたと思うが、この件の首謀者はヤツの本国に強制送還された。この国にはもういない」
その場にいた一同が一様につめていた息を吐いた。心なしか安堵の空気が漂った。
「あの部屋で交わされた会話は全て録音されていた。その会話の中でヤツは自分で本名を名乗りあげた、これが決めてになった。声紋分析をかければ、留学生「アリオス」が某国の王子「レヴィアス」だという証明は可能だったんだが、それは時間を要する作業なので、監督省庁も、こうも迅速には動けなかっただろう。が、ヤツは自ら本名ー正体を名乗った上で、自身の計画を滔々と語ってくれていたから、外務省は、これを証拠として即座にあの国に提出した。ヤツが保護監察の身の上にありながら、この国で婦女を拉致監禁、身代金替わりに武器の供出を要求、その武器でテロを行おうとしていたことは、ヤツ自身の言葉から明らかで、言い訳も弁護もしようがない、ために、ヤツは危険人物と認定され、その身柄を本国に送還されることとなった」
「簡単にいえば「こんな問題児はもう面倒見切れねー、手に負えねーから、のしつけて返すぜ!」って大義名分がたったってーこったな」
「そういうことだな」
オスカーは苦笑した。場の空気がゼフェルのおかげで和らぎ、オスカーも話しやすくなったようだった。
「元々、この国の外務省は、財務省の肝いりもあって、あの王子を賓客として扱っていた。それは、ヤツが一時期、あの国の国営銀行の経営に携わっていた経歴があったからだった」
オスカーは、以下、簡潔に事情を述べた。
「あの国の国営銀行は、王家による同族経営企業なので、王族は自動的に取締役同様の権限を持つ。故に彼のように、政治の中枢から遠ざけられー王位に遠いという自らの境遇をすねて酒浸りになるばかりだった彼でさえ「王族の1人」であるがゆえに、己のIDを用いれば銀行の顧客情報に容易にアクセスすることができた。金融危機など予測だにされておらず、マネーロンダリングや節税・脱税への監視も今ほど厳しくなく、他国から預金者の情報開示を求められても、守秘義務を盾に強気で突っぱねることができた頃の話だ。彼もまだ王室そして彼の叔父に明確な叛意は抱いていなかったからだろう、まったく警戒されていなかった。その、王子のアクセス履歴がサーバー上に残っていた、これが問題にー王宮でクーデターもどきを起こした王子を公に厳正に処分できなかった理由だったようだ。彼がデータにアクセスした形跡はあったが、閲覧しただけなのか、データを持ち出しどこかに保存したのか、はっきりしなかったらしい。
顧客データを持ちだしたのか否か、持ちだしたのなら何年度の物かということをあの国の王室は知りたかったーただし、極秘裏に。謀反を起こすような人物に顧客データが流出していたなどと世間に知れたら、銀行の信用問題に拘わるからだ。一方、我が国の財務省も、王子がアクセスしたデータに興味を持った。我が国の富裕層の中にも、あの国の銀行に口座を持つ者は多い、その中に、過去の脱税の証拠、もしくは追徴課税に使えるデータ等がないものか、リーマンショック以降税収不足に苦しむこの国の財務省としては、その情報が、どうしても欲しかった。たとえ王子がデータを持っていなかったとしても、国は、やっかい者のヤツを引き受けることで、相手国に恩を売り、替わりに銀行の顧客データーを引き渡せと交渉できると踏み、どちらに転んでも損はない、と読んで、ヤツの身柄を引き取った。しかし、あの国は、顧客情報絶対秘匿こそが飯のタネだ、簡単にデータを渡したら、他国の客の信用を失い、口座の解約を招きかねん、で、のらりくらりとデータの提出を拒み…交渉はこう着状態に陥っていたらしい。しかし、データが手に入らないなら、王子を保護するメリットはこちらには何もない、生活の面倒だけでなく護衛だ何だと王子の世話には莫大な金がかかる、国は王子の処遇に手を焼き始めた処だったらしい」
「つまり、国としては、預かった王子が利益をもたらさない上に経費がかかってしょうがないってんで持てあまし、放りだす大義名分を探し始めたところだったんだね。で、国は、故意にヤツの監視を緩めて、ヤツが何らかの問題行動を起こしてくれないか期待してたと。私たちも、王子の監視は妙に緩いから、わざと泳がされてるんじゃないかって話してたことあったけど、やっぱり、そうだったんだ」
「それで納得いったぜ!護衛だか監視役だかが、アンジェがヤツの車に乗せられて、部屋に監禁されるのを黙認してたのは、その所為か!あいつら、ヤツの言いなりだったから、ヤツの子飼いかと思ってたんだが、本当はこの国の役人だったわけだもんなぁ、ヤツが言い訳のきかない決定的な悪さをしでかさねーもんか、黙って見てたんだな…けど、それって、アンジェにはいい迷惑だったよなぁ」
「その点に関しては、丁重に詫びをいれられた、あの時点では、国にはお嬢ちゃんの素情がわからず、純粋な被害者なのか、ヤツの配下もしくは援助者なのかも判別できなかったから、救出が必要かどうかもわからず、様子を見ていたのだと。流石に、ヤツを泳がせていた結果、お嬢ちゃんが巻きこまれても良しとみなしていたとは認めなかったがな。省庁としては、ヤツが、少々、羽目をはずしてくれればよし、位に考えていたようだ。まさかあの王子が、故国を灰燼に帰する事を望んでいるとまでは想像していなかった。ヤツがそこまで破滅的・破壊的な計画を立てているとは思っていなかったし、そのために、婦女を誘拐し軍需産業の御曹司ー俺のことだーを直に脅迫するような暴挙に出るとは想像だにしていなかった、で、ヤツが俺に電話をかけ、その会話を傍受した時点で、省庁は初めて事の深刻さに気付いた。ヤツが何かしら悪さをしてくれないかと期待はしていたが、こんな深刻な事態は想定外だった。お嬢ちゃんをー人質をみすみすヤツの領土に監禁させるを許しちまったことを省庁の役人たちは後悔したが…後の祭りだった」
と、息継ぎをするように一息いれたオスカーの話をアンジェリークが引き取る。
「それで、外務省としては緊急事態だということで、あの王子の保護観察者だった私の父に報告、指示を仰いだそうなんです、その時、父カティス・リモージュは、前もって、オスカー先輩が、あの王子は何か危険なことを企んでいるらしいと知らせてくれていたために、極秘裏に帰国していて、王子の処遇を既に検討していたそうです。だから、あの日、父が省庁から報告を受けた時も、もう、オスカー先輩が、私が王子に攫われたことを父に知らせた後だったそうで…それで、父は「その件は、当の本人から既に報告を受けている、クラウゼウィッツの御曹司に人質救出は任せておいて大丈夫だ、王子の持っている顧客データも…彼のおかげで類似情報を入手済みだ。故に財務省への遠慮はもはや無用。外務省として、危険行為を働いた異邦人を法に則り拘束、その処遇は厳正に行う、事務方は全ての証拠の保全と、かの国への通達文書の準備、残りの者は俺と共に彼の身柄の確保に赴く」って言って、父は即座に動き、現場を指揮したそうで…この国の外務省内勤の方がすごく感心して感謝してました。リモージュ領事がいてくれて、陣頭指揮をとってくれて、ほんとに良かったと。けど、元をただせば、私の父が即、現場に駆け付けられたのも、王子の処遇を厳密に行えたのも、父が相手国との交渉で強気に打って出られたのも、オスカー先輩のおかげだったって父は言ってくれました。オスカー先輩が、以前からエンジュの動向ーエンジュが接触した相手から、綿密な疑似顧客データを作成して、それを惜しまず提出してくれたおかげで、こちらは弱みを見せず、終始、強気で交渉に臨めたと…全て、オスカー先輩の先見の明と、綿密な情報分析と、そのデータ提供、果敢な決断に、迅速な行動のたまものだと…そして、何より、オスカー先輩が素晴らしい友人に恵まれていておかげだと、父も、オスカー先輩のことを手放しでほめて…賞賛して、ねぎらってくれました。オスカー先輩と皆さまのご尽力は、直接私の身柄を救ってくださっただけでなく…私の父を助けてくださり、父の同僚や部下の方々も、父の赴任するあの国の人々も助けてくださったんです…本当に、何度、いくらお礼を申しても足りません。父は、関係者への聴取を済ませた後、すぐ、王子を直々に連行…いえ、付き添って、あの国の王様に急ぎ報告に出立してしまったもので、皆さまに直接お礼を述べること叶わず、大層、恐縮しておりました。くれぐれも、皆さまによろしく、と申しつかっております」
「そっか…私たちの事前調査は、無駄じゃなかったんだねー」
「はい、私、今度のこと…オスカー先輩やオリヴィエ先輩やロザリアが、エンジュが先触れになって、あの王子から調査?接触?を受けていたこと、その目的を、先輩方が不審に思って独自に調べてらしたってこと、外務省でのヒアリングの場で、初めて知りました…」
「すまなかったな、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんを心配させまいと黙っていたのが、却ってあだになったと、俺は酷く反省した。最初からエンジュとあの王子が怪しいと知らせていたら、お嬢ちゃんもみすみす呼び出しに応じず、あんな危ない目に会わせずに済んだのに…と」
「いいえ、いいえ、先輩方は私を心配して、黙っててくださったんでしょう?実際、私、エンジュが悪事に加担しかけてるなんて知ったら、きっと放っておけなくて、お節介をやいて、却って警戒されてたかもしれないし。それに…こんな言い方は不謹慎かもしれませんが、攫われたのが結果的に私でよかった、と私は思ってます。私には、オスカー先輩を始め、私を助け出してくださる優しく力のある方々が身近にいました。けど、そんな力のある方が友人知己にいない人もいっぱいいるでしょうし、そういう方が攫われていたら…どんな恐ろしい結末になっていたかわかりません。もちろん、私が攫われたのは、迂闊で、申し訳ないことでしたけど、私でない誰かが攫われるよりは、攫われたのが私で…オスカー先輩みたいな方が身近にいてくれた私でよかったと……むしろこれは全てが一番良く収まるための必然だったんじゃないかとさえ、私には思えるんです」
「あんたって子は、何を、また、お人よしなことを言ってるの!こんな物騒なこと2度とごめんですわよ、アンジェ。けど、あんたの言葉も一理あることは認めますわ。あんた以外の誰かが攫われていたら…そして、オスカー先輩でない誰かが脅迫されていたら…あのような搦め手の救出方法を思いつくことも、実践する術も持たず、金銭を要求されて言われるままに支払ってしまい、挙句、顧客の素情は問わない軍需産業があの王子に武器を提供していたかもしれない…そうしたら、あの国は、そこに住む罪なき人々は、あの王子の復讐…というより、もっと子供じみた「思い知らせてやる」的な自己顕示の犠牲になっていたかもしれないんですものね…」
ロアリアが、アンジェリークを窘めつつもアンジェリークの言葉を肯定してくれた。確かにアンジェリークの恋人がオスカーであったからこそ、アンジェリークは悪漢に狙われ攫われたのだが、視点を変えれば、アンジェリークの恋人がオスカーだったからこそ、アンジェリークは無事、無傷で救出された、とも言えるのだから。オスカーは「力」ー知力・行動力・財力・体力・能力・実力と力と付くものなら何でも備えているのではないかという傑物だ、だからこそ、ロザリアもアンジェが攫われたと聞いた時「オスカー先輩、あなたと言う方がついていながら、何故、そんなことに!一体、何をしてらしたんですの!」と罵りたくなったのだ。無力な人には、期待もしない、だから罵倒する気も起きない、罵倒したくなるのは、能力があるくせに、その能力を発揮しなかったと思ったからだ。けど、今回、オスカーは遺憾なくその実力を発揮し、アンジェリークを無事、救い出した。だから、ロザリアもー意外にもジュリアスが一言もオスカーを叱責しなかったとアンジェリークから聞いた事も大きかったが、事後、オスカーを罵ったりはしていない。「2度とこんなことが起きませんように、というのは、オスカー先輩ご自身が重々肝にお命じのことと思いますので、敢・え・て私からは何も申しませんけど!」としっかり釘をさして我慢するにとどめていた。
と、オスカーもロザリアの言を受け、真剣な神妙な面持ちで肯いた。
「とはいっても、この結果は、皆の協力あってこそだった。俺1人では難かった…いや、不可能だった。今回の件を、無血で平和裡に解決できたのは、ここにいる皆のおかげだ。俺1人では、お嬢ちゃんが拉致された事実に冷静さを欠き、正常な判断力を失って、やつの脅迫を呑んでしまっていたかもしれない。救出のための計画も、その実行も、ここにいる皆の協力がなければ、俺1人では、何もなし得なかった…本当に、心から礼を言う」
「それはまぁ、そうかもしれないけど、そも、あんたは、最初から問題を1人で抱え込もうとしなかった。実際、私のもゼフェルのもロザリアの意見もきちんと聞きいれ、汲んで、検討して最善の策を探そうとした、心も頭も柔軟だった。だから、私たちも、皆、全力で知恵も出したし、行動もしたんだよ。もちろん、アンジェの人柄…あんたは、絶対、何が何でも助け出さずにはいられない、そんな女の子だっていうのが1番大きいけどね」
「ありがとうございます、私自身、本当に恵まれていたと…周囲に、こんなに親身になってくださる、頼りになる方々がいてくださったおかげで、救い出していただけました。オスカー先輩が、皆さんがいてくださったおかげです、困ったときには相談にのってくださり、知恵を貸してくださり、手を差し伸べ、一緒に動いてくださる…こんな素晴らしい方々が身近にいてくださることが、私の何よりの幸福であり、宝であり、幸運だと思ってます」
「うーん、でも、それはあんた自身の力なんだよ、アンジェ。どんなに素晴らしい人が傍にいても、その人のために何かしてあげたい、力になりたいと思ってもらえるとは限らない、人の縁は確かに宝だけど、それを生かすも殺すも、その人次第なんだよ。エンジュを、そして、あの王子を見ればわかるだろう?彼らだって…今までの人生、周囲に誰もいなかったわけじゃないだろう。けど、彼らには、人とのかかわりを自ら拒むような処があった。周囲の人と言葉を交わし、謙虚に耳を傾け、困った時は相談する、そんな姿勢があれば…あんな暴走をせずに済んだんじゃないかな」
「人の話をまったく聞く耳持たない人だと、自分の過ちにも気づけませんものね。自分1人で考えているばかりだと、視野が狭くなったり、一度思い込むとブレーキが利かないっていいますの?人を遠ざけてしまうと、何か事が起きた時、考えなおしたり、立ち止まったり、自分たちのやろうとしてることは間違いだとか過ちだとか、気づきにくくなる、軌道修正しにくくなるってことかもしれませんわね、私も自戒せねばって思いますわ」
「言い方をかえりゃぁ、それって、つまり、取り返しのつかない失敗をするには「絶対自分は正しい」と自らの無謬を信じ、完璧主義に固執し、他者の意見には耳を貸さず、頑固に主張を譲らず、一度こうと決めたら方針や方向性の検討も再考も全く行わず、周囲や状況を決して顧みることなく、自分勝手な思い込みで行動を決するってぇ感じか?…なんか、どっかで、こういうヤツをみたような…」
「そりゃ、あの王子様でしょ?」
「いや、それ以外に…ああ、思い出した、アンジェといっしょにいた、あのエンジュって女だ、新入生オリエンテーションの時、場の空気を凍らせる爆弾発言かましても、正しい事を言って何が悪いって、逆にロザリアに噛みついてた、そん時の態度が、まんま、そんな感じだったぜ」
「エンジュは、そういう意味じゃ、あの王子と通じる処が元々あったってことか…それで、腰ぎんちゃくしてたんだろうね。けど、偏った思考・思想の持ち主が組むと、お互いにその偏りを強化したり、後に引けなくなったりして、暴走しがちなんだよね…カルト教団とか、連合赤軍みたいに…」
「ああ、まったくだ。元々、あの王子の周りには、ヤツを放任するか、お追従するかの2種類の人種しかいなかったんだろう、自ら遠ざけたのかもしれんが…にしても、ヤツの思い違いを、甘ったれた性根を正してくれる人物が1人もいなかったのだとしたら、それこそ不幸なことだ…何かを壊しても、他人を不幸に陥れても、自分が幸福になるわけじゃない、そんな簡単な真理にすら気づかせてくれる人はいなかったのかと。…ただな、ヤツの計画はー卑怯な手段で搾取した他人の武力でもって、私怨で故国に内乱を起こすなんて卑劣極まりない計画は、どんな理由があっても阻止せねばならない、許してはならないものだったが…俺はヤツの動機を知った時…お嬢ちゃんが聞き出した話を耳にして…自分が同じ立場だったら、そして、今、ここにいる友がいなかったら…あいつみたいに暴走せずに済んだか、というと自信がない…そう思う自分に気付いたんだ」
オスカーは、もとより、今回の事件を、誰よりも重く受け止めていたが、ある程度日にちが経ち、事件を客観的に距離を置いて眺められるようになってきたことで、改めてーそして本音を言えば認めたくないことに、あの王子と自分とに、幾つかの共通点があることに気付いていた。それは、つまり、彼のしでかしたことは「全く理解できない、自分だったら絶対しない愚かな行為」とまでは言いきれない、ということだった。
例えば、彼の境遇だ。
彼の故国の王室は守秘義務の堅固な銀行を営んできた。銀行が国営であるということは、その国の王族は「取締役」であり、銀行業は言わば王家にとっての「家業」だ。家業を引き継いできた親類縁者・一族郎党が「王族」だというだけだ。これは、言わば、同族経営の企業での、後継者一族のポジションとほぼ相似といっていい。つまり、あの王子の立ち位置と、オスカーとオリヴィエの境遇は、相当似通った部分がある。
そして、もう一つ、より重大なことにーオスカーは、アンジェリークを心から愛し、何ものにも代えがたい大事な存在であることを自覚しているが故に、万が一、彼女を失ってしまったら…という恐ろしいIFを想像した時、あの王子のように、自分だって絶望ゆえに自暴自棄になり、世界の何もかもを恨み、滅んでしまえばいいと考えてしまうかもしれない、その可能性はゼロとは言い切れない、と思いあたってしまった。
無論、自分なら、そんなバカな行為に走らないだろうとは思う。「こんなことをしたらアンジェリークが喜ぶか、悲しむか」という確かな物差しを持っていれば、行動原理がぶれることはない、とも思う。それでも…ヤツがヤツにとっての「大事な存在」を失ったその喪失感と絶望故の自暴自棄は、理解できないでもない、とオスカーは一瞬でも思ってしまった。ヤツや俺のように、それなりの権力やら財力をもった男が、世界を恨み呪い破滅を願って、その力を行使しようとしたら…それこそ、キチガイに刃物というやつになる。ヤツは実際そうだった。では、俺は?同じ境遇に立たされたら、同じ愚行に走らないと言い切れるか?と、いうと…どうだろうか?と、オスカーはつい考えてしまう自分に気付いていた。
すると、オリヴィエが
「大丈夫、あんたは絶対、あいつみたいにはならない。なぜなら、あんたのアンジェは、ヤツの彼女と徹底的に違うから。今更だから、言わなくてもいいと思ってたんだけど…ヤツがこの暴挙に出る前、ヤツの目的を探るべく、私の親のアパレル会社を通じて情報を集めてもらおうとしてたじゃない?で、新たにわかってたことがあって…オスカーのためにも、それ、今から、敢えて言うわ」
こういってオリヴィエが始めた話は、所謂、社交界のゴシップだった。
「この事件が起きる前、あの王子様は、大して公務もしない、どころか、自分は先代の長子の嫡男なのに、不当に王位から遠ざけられていると恨み節を肴に毎日酒浸りだったってことまでは調べがついてた」
「ああ、俺たち企業家一族にも、たまにいるタイプだな。長子に生まれついたという理由だけで、幸福と権力は天から与えらて当然と勘違いしている輩も、長子に生まれなかった所為でチャンスに恵まれないと不遇を恨むばかりで、自らは努力も精勤もせず愚痴だけ言ってる輩も、根っこは同じだからな」
「そ、でも、仕事らしい仕事もせず、王族としての責務を果たす姿勢も見せない王子を国費で養うのは、国民感情が許さない、そこで、現王は、せめて、王家の一員として、他王室との縁談で彼を有効活用しようとしたのは事実だったらしい」
「独身で妙齢、ルックスも悪くないし、小規模とはいえ、立派な王家の一員だからな、婿に入るにしても、嫁を取るにしても、縁談では良いカードになる、というより、それ位しか使い道が思いつかなかったんだろう」
「そう、現王も『おまえが好き放題食らってる酒は、泉から無限に湧いてくるんじゃない、国営銀行の職員が精勤し、国民が納めた税で賄ってるんだ、国営事業で働かないというならせめて王室の一員の義務として、有力な名家か王室と結婚してもらう』と命じた。と、彼は「俺は種馬じゃない」と反発した挙句、好きな女がいることをほのめかした。そして彼の周囲で女性といえば、彼の宮で彼の身の周りの世話を任されていた小間使い位しかいなかった。彼は、その少女に弱音や愚痴を言っては慰められ、気を許していたらしくて、王宮でも噂になっていたらしい。それを知った現王は、その小間使いの少女を、本宮ー王兄一族の住まう離宮から、自身の王宮に引っ込ぬこうとした。現王としては、当然の行動だっただろう。小間使いにうつつを抜かして、結婚を嫌がるとは、王室の一員として、自覚がないにもほどがある、で、距離を置かせて、王子の頭を冷やそうとしたんだろうが、その小間使いの少女は、離宮から本宮への異動を命じられた直後に、自殺してしまった。で、あの王子は、その少女の自殺は、王の異動命令の所為だ思って、なんとか仇を討ちたいと願ってたって訳。私達も情報収集の際、その噂は耳にしてたんだけど、まさか、この事件の遠因が、マジで1人の小間使の自殺にあったなんて、王子が1人語りするまで、思いもよらなかった…ってのが本音」
「しかし、死んだ人間相手に言っちゃあ悪いが、異動を命じられただけで自殺ってのは、ちょっと過剰反応な気がしなくもねーぞ」
「ああ「異動させたら死ぬ」などと脅されたら、会社の人事が機能しなくなる。無論、報復人事とかをやらかすバカな企業も世にあるから、異動には不服を言わず絶対服従すべしとも言いきれぬが…」
「それがね、異動ってのは表向きの話で、実際には現王がその少女を側室の1人に加えようとしたとか、そう打診した、で、側室にされるのを嫌がって少女は自殺したらしいって噂もあったんだ、これは本当に噂半分なんだけどね。ただ、現王としたら、その少女が王子をたぶらかしたと思ったのかもしれないし、少女が王家の者を愛人にできるのなら相手は誰でもいいと考えるしたたかな女性だとみなして、取引としてそういう話を匂わせたのかもしれない、それがどこまで本気だったのかはわからないし、そうすれば王子がその少女を諦めると思ってのハッタリだった可能性も高い、けれど、その少女は自分は愛人になるような女ではないと抗議したかったのか、現王に望まれれば断りきれないと思いつめたのか…王が本当にそう仄めかしたのなら、立場を利用してのセクハラといえないこともないからね、で、自殺したっていう噂もあって…それが事実だとすると、あの王子様の現王への恨み節も若干わかる話になってくる」
「確かに、それが真実なら同情の余地もあるが…それでも、俺には、その少女の自殺は哀れだが愚かな行為だと思える。それでは現王のメンツは丸つぶれだし、親族にも累が及ぶ可能性があっただろうに…死ぬ勇気があるのなら、退職するなり、公にうったえるなり、できる限りのことをして戦う、抗うとか考えられなかったのか…王室スキャンダルを買い取るタブロイド紙なら、欧州に掃いて捨てるほどあるんだから…」
「その辺が若さゆえの短慮・短絡だったのかもしれないし、気弱で内気で、王室相手に逆らう、戦うなんて想像することもできなかったのかもしれない、そも、相談できる人が周りにいなかったのかもしれない、親身になって助けてくれそうな人のあてもなかったのかもしれない。けど、一人で抱え込まずに、誰かに相談してたら、救いの手を求めていたら、いきなり自殺って結論に突っ走らなくて済んだんじゃないかってことは、私も思うよ…だからこそ、逆に、あんたは、大丈夫だっていうんだよ、オスカー」
「?どういうことだ?」
「あんたも、アンジェも、問題を一人で抱え込まない、手に余るとか、自分の判断に確信がもてないと思えば誰かに相談するし、その意見を受け入れる度量もある、今回みたいな場合、私らはあんたたちを助けたけど、逆に、私も困った時は、ここにいる皆が、手助けしてくれるだろうって信頼がある。だから、1人で思いつめて煮詰まって暴走する心配がない。だから、同じような困難な境遇に陥っても、あんたは、決して、彼らのような破滅的な結論を出さない、そんな行動は起こさないだろう」
「は、はい、そうなんです、オリヴィエ先輩、私もそう思うんです…あの人の話を聞いてて、そう思いました!」
アンジェリークが勢い混んでオリヴィエに同意した。
「私も、あの王子の話を聞いていて、思ったんです。どうして…その女性は、王子を置いて1人決めして死を選んでしまったんだろうって…王子を苦しめることにしかならないのに、ならなかったのに、死ぬしか解決法がないって思い込んでしまったのはどうしてなんだろうって…」
異動を命じられて困ったなら、なぜ、まず、王子に相談しなかったのだろう、と、いうのが、王子の話を聞いて、まずアンジェリークが思ったことだった。
だって、私が同じように困ったことになったら、まず、オスカー先輩に相談する。そして、どうするのが互いのために1番いいか、一緒に考えてもらう。オスカー先輩は、相談すれば親身に真剣に考えてくれるって、私は信じられるし…結果、オスカー先輩に不利益になるとか迷惑をかけることもあるかもしれないけど…だからといって、黙って1人決めしてしまうことだけはないって言い切れる、だって私は全知全能じゃない、自分1人の判断で、1人で出した結論が絶対正しい、それしか正解がないなんて思えないもの…
オスカー先輩1人に限らず、私以上に世間智や経験のある人は身近に限ってもたくさんいる、その人ならどうするだろうと助言を仰ぎたい人、意見をほしいと思う人が私にはたくさんいるから…
あ、でも、そうか…私は周囲の人に恵まれてるから、こう思えるんだ』
と思った時、アンジェリークは恐ろしくも憐れな可能性に思い当ってしまった。
『けれど…その女性は自死を選んだ…困った時、困難に直面した時、一足飛びに死を選ぶという結論に飛躍してしまったのは、それって、つまり、身近に誰も相談できる人がいなかったからじゃないの?あの王子を含め。その女性は、彼が困難から救いだしてくれるとか相談にのってくれる、と信じられなかったのかもしれない…叱責されるか突き放されるか見捨てられるか…とにかく親身になって助けてはくれないだろうと、そんな風にしか思えなかったのではないかしら』と。
人との縁が薄い、繋がりが希薄だと、こういう場合に、悪く作用してしまうのだ、きっと。
人との繋がりが薄かったり、絆がないと思ってしまったら、相談したい、意見を仰ぎたいと思う人が、そもそも思い浮かばない、だから、自分1人でなんとかするしかないと思い込んだり、自分1人で出した結論が絶対唯一無二だと思ってしまったりするんだろう。
そして、そう彼女に思わせ、感じさせてしまっていたのなら…それは彼の罪だ、それこそが彼の取り返しのつかない過ちなのだとアンジェリークは思った、思わざるを得なかった。
あの王子が言っていたように、王に召しだされるのは、王のお手つきになる可能性が暗黙にあったとして、同時に、その女性は王子が好きで、王の元に行きたくなかったとしても…けど、自分が嫌だと言えば王子の立場が悪くなるかもしれない、そして、王子は王位に固執していると知っていたとしたら…?平民の女性との愛を貫くため王位継承権を捨て平民になった皇太子がいるが、おまえに同じ覚悟はあったのかってオスカー先輩が王子に詰め寄った時、あの王子にそんな覚悟があったとは、私にも思えなかった。平民となって、特権を捨ててこの人は生きていきけるのか…そう考えた時「無理だ」とその女性も諦めてしまったのではないかしら。王子はメイドである自分と結婚する気があるのか、身分違いをとやかく言われた時、身を呈して守ってくれる気があるのか、もしもの時はこの恋のために特権を捨てる勇気や気概があるのか、平民になったとしても、その己の選択に誇りを持ち、自らの力で生きていくたくましさや柔軟さがあるのか…このどれかでも、全てかもしれないが、否定的な解答しか見いだせなかったのかもしれない、その女性が、王子に思いを寄せていたとしても、その人の愛も人柄も信頼しきれないのでは…困難に直面した時、絶望から短絡的な結論に飛びついてしまったのは、無理のないことだったのかもしれない。
「今のオリヴィエ先輩のお言葉、すごく…合点がいきました…その女性にも、王子にも、周りに親身になってくれる、信頼できる、相談できる、何かあったら助けてもらえる、そういう人が、きっといなかった、もしくは、いないと思い込んでしまっていたんですね…そういう人は、弱くて脆い…だから…」
「そう、それがあんたとオスカー、そして、あの王子とその女性との、決定的な違いだよ、アンジェ。そして、その違いは…半ば以上は、本人の責任なんだよ、さっきも言ったけどね。あんたに、あんたを助けてくれる人がたくさんいるのは、あんた自身が、惜しまず人の助けになろうとするからだし、困った時は『助けて』って素直に言えるから。私と元生徒会のメンツもそう。お互いにお互いを信頼できるのは、それだけの繋がりと積み重ねがあるから。人の縁や出会いは偶然だったり巡り合わせかもしれない、けど、一度生じたその縁を育み、強固にするのも、そのまま枯らすのも、本人次第なんだよ。手を差し伸べられても払いのけてしまう人、自らは決して手を差し伸べない人には、繋がりは生まれにくいし育ちにくい。けど、人と人とのつながりは、繋がって網になって、まさしく人生の安全網になるんだと私は思うから…その網目が粗末で荒い人、そも網にすらなってない人は、何か事が起きた時、人生から容易に落下してしまう…あの王子も、その女性も、そういうことだったんじゃないかと思うんだ」
「そう…そういうことなんですね…そう思うと、やっぱり、あの王子も、その女性も可哀そう…」
オリヴィエの言葉が、アンジェリークの胸の内にすとんと収まる。そうだ、オリヴィエ先輩のおっしゃる通りだ、と。人との繋がりや絆は、事実、直接的なストッパー、安全網になる、大事な人が悲しむと思えば、困難に二進も三進もいかない思いに囚われても、だからといって死のうとは思わないだろう。あの王子に囚われた時の自分がそうだった。
アンジェリークにとって、何よりも1番大切なのはオスカーだ。オスカーを守るために、苦しめないために、囚われの身という限られた状況下、自分のできることを考え、探し、立ち向かわねばと、アンジェリークは堅く心に決め、強く自身に言い聞かせた。人質となった自分が、オスカーを苦しい立場に追い込んでいることはわかっていたが、それでも、自ら死を選ぶ気はなかった。だって、自分なら、何があってもオスカーに生きていてほしいと言い切れたからだ。オスカーも同じように、何があっても自分に生きていてほしいと願うだろうと確信できたからだ。そして、自分の救出に全力を傾けてくれているだろうオスカーの姿を思い浮かべたら、諦めて死を選んでしまうことは、オスカーの努力を、誠意を、全て無に帰してしまう、それこそが最も酷い裏切りだと、考えるまでもなくわかったからだ。
だから、考えた。つかまっていても、自由は束縛されていてもー戦うことはできると。オスカーが私を救い出すために奮闘してくれているとわかっているから、私は私のできる戦いをしようと思ったのだ。オスカーのために、自分の大切な人たちー私が損なわれたら、自分のこと以上に嘆き悲しみ、苦しむであろう人たちを、嘆かせないために。
人と人とのつながりは、誠、命綱なのだ。その上、困った時に助けを求められる人の顔が思い浮かべば、それ自体が救いとなり、人をこの世につなぎとめる。なら、そういう相手が思い浮かばない人の縁に薄い人は…命綱は細く頼りなく、安全網は穴だらけー少しの負荷で、すぐ切れてしまう、そういう人が容易く死に引き寄せられてしまうのは、ある意味、無理からぬことだったのかもしれない。死者を鞭打つようで、心苦しいが、少女と王子は、2人だけの閉じた世界に生きていて、他の世界や人とは繋がりが薄くて網ができていなくてーだから、容易に死に滑り落ちてしまったのかもしれない…。
と、アンジェリークが考え込んでいる最中も、オスカー、ジュリアス、オリヴィエ達はこの事件の検証を続ける。
「だが、惨いようだが、周囲から人を遠ざけ閉じた脆い世界に生きてきたのは、それこそ、半ば以上、本人たちの責任だ、しかも、クーデターの動機自体、完璧な私怨だったわけだな」
「小間使いの少女の自死が、動機だとしたらね」
「しかし、現国民は王室に不満なんてないから、クーデターをおこしても政権転覆の見込みはほとんどなかっただろうな。が、それで理解できた。当時、ヤツの行為は、クーデターにしてはあまりにお粗末で、不可解に思ったんだ。国の要所も抑えようとした形跡がなかったしな、けど、現王への私的な復讐…殺害が目当てなら、後のことなんて考える必要はない、王宮で騒ぎを起こして、王が王宮を脱出するところをねらって、暗殺しようとしていた、というところか…そういう事情なら…あの王家がこの件を表ざたに出来なかったのも無理はない、ヤツが銀行口座のデータを持ち出したから処分できなかったというのは、むしろ、後付けの理由だったのかもしれんな。現王の対応もまずかったが、何より、王家の一員―本来なら次代の家業を担っていくはずの若い王族がこのていたらくでは、信用不安を起こしかねないし、純粋に、この成行きは恥ずかしいにもほどがあるからな、離宮から本宮にメイドを1人異動させようとしたら、無理やり側室にされるとおもいこまれて自殺されたなんて…王家としてはみっともないことこの上ない話だろう」
「うん、王子が公の裁判にかけられなかったのも、そんなことを法廷で言いだされたら、あの国の王室の権威は丸つぶれ、対外的信用も失墜を免れないと恐れたからだろうね。で、隠密裏にこの国に亡命させたんだろうけど、それが更にまずかった、としか私にも思えない。王子としては、自分の恨みの晴らし所がなくなって、更に怨念が鬱屈鬱積した感じだったんじゃないかね。膿を出すみたいに、法廷で言いたい事を言わせてやっていればーその時は国は打撃受けただろうけど、そこで気が済んで、ヤツもこんなバカな大それたこと、実行に移さなかったんじゃないかな。あいつ、囚われのアンジェに、まさに堰が切れたみたいに自分の心情を語ってたじゃない?結局、ヤツは、自分の内に溜まってたやりきれない思いを吐き出したかった、それを誰かに聞いてもらって、わかってもらいたかった、それが、あの事件をー最初のクーデターもだけどー起こした根本の理由だったんじゃないかな。そうでもしないと、誰もヤツの言い分を聞いてくれない、わかってくれようとしないから。で、自分が傷ついていることを周囲に思い知らせたくて、癇癪を起したってのが、近いんじゃないかと思う」
「てことは、ヤツが企んだ計画も…空爆そのものが目的というより「自分はこんなに傷ついているんだと、わかってくれ」いや「思い知らせてやる」と訴えるための手段だったのかもしれんな…非常に幼稚なやり方だが…」
「あの…あの、それは…私も王子の話を聞いている最中に不可解に感じてました、王子は、どこまで本気なんだろうって。私を攫った経緯も成行き任せっていうか行き当たりばったりみたいな処があったし、自分で言うのも変ですけど…人質を全然大事に保全しようとする気がないみたいでしたし。少なくとも取引が済んで目当ての物を手に入れるまで人質は大事にしないと、誘拐した意味がないのにって…」
「故国への空爆ー復讐は目的じゃなく、自分が傷つき苦しんでいることを周囲に思い知らせるための手段でしかなかったから、綿密な計画もたててなかったし、そも、成功しなくてもOKー自分に注目させ、主張に耳を傾けさせられさえすれば良しって、無意識に思ってたから、計画が色々穴だらけだったのかもね。そしたら、その計画が進行してる真っ最中に、ヤツの勝手で甘ったれた言い草を、アンジェが、上手に誘導して引き出して、人質の身で、辛抱強く、黙って聞いてやった。言葉を促し、否定せず、窘めもせず…それで、やつは、澱みたいに溜まってた悪い感情を吐き出せて、それなりに宥められ、気が済んだってところもあったんじゃないかな」
「なら…あの後、真実を知っても…ヤツの国は何一つ、攻撃などされていなかったと知っても、ヤツは更なる復讐を目論んだりはしないだろうか…そうと信じたい、それが今一番の不安の種なんだがな…」
「うん、アンジェが、すごくいいカウンセラーになってたと思うから…きっと。自分が間違ってたって素直になれきれずにいたヤツの目と心を、アンジェがほぐして軟化させ、開かせてやったって気がする。だから、むしろ、真実は…自分は故国を滅ぼしてはいなかった事実は、ヤツを安心させ、救うと思う。ヤツが、取り返しのつかないことをしたと思った後悔が強ければ強いほどね。でもって、きっと、アンジェパパが、最も効果的なタイミングを狙って、真実を明かして、王子を安心させ、反省させたと思うよ。それに、アンジェが話を聞いてやったに留まらず、オスカー、あんたが、最後の最後に、ヤツに痛烈な一言、かましてやってたじゃない?あれ、ヤツには、殴られたみたいな…けど、良い衝撃になったんじゃないかな。あんたがヤツを痛罵した言葉って、全て、まったくの正論っていうか、子供に社会性を育むための父性原理の権化みたいだったもん。ヤツみたいな甘ったれは、アンジェが訴えを聞いて受容してやるだけじゃ、心がほぐれはしても、反省するまではいかなかったんじゃないかな。アンジェが受容してヤツの心を軟化させたところに、あんたが痛烈に叱責してヤツに自分の思い違い、自分の甘えに気付かせてやったのが、良かったんだと思う。アンジェが、ヤツの心をほぐして、軟化させてた前段階、、前準備があったからこそ、あんたの言葉は、ヤツに衝撃を与えたんじゃないかな。心がほぐれてないところに説教しても、ヤツみたいな幼稚な人間は、反発するだけだったろうから。あいつの甘ったれてひね曲がった性根がすぐにしゃんとするとは思えないけど、それでも、あの一件が良い切っ掛け…更生するための始めの一歩にはなるんじゃないかなって思う」
「だといいんだがな」
「そう、そうですよ、きっと、大丈夫。間違ってたって気づいたら…気づけさえしたら、そこからやり直せばいい、何度でも、やり直せるんですもの、人は」
「ああ、確かにお嬢ちゃんのいう通りだ。生きてさえいれば、本人がその気にさえなれば、諦めさえしなければ…手遅れなんてことはない、何事にも…」
「なら、あの困ったちゃんにも立ち直る余地も機会もあるわけだな、人事不省のあいつを寮に運び入れた後、酷かったからなー、わーわー泣きだしたと思ったら、突然、笑いだしたりで…ああいうのが、まじもんのヒステリーってんだろ?」
「仕方なかったですよ、本当にエンジュは…エンジュの心には、受け止めきれない程の事がたった半日でいっぱいあったんですもの、それでなくともエンジュは、広い視野を持って、一つ一つばらばらの事柄を連関づけて見渡すってことが、不得手な子だったから…自分の行動の結果が何をもたらすか、あの日あの時まで、考えたこともなかったでしょうから…」
エンジュは勉強ができる、けど、彼女にとって知識はひとつひとつ別々で、きちんと覚えておくべきことではあっても、それ以上じゃなくて。鳥瞰とでもいうの?高みから広い視野で眺めると、一見ばらばらにみえることが、思いもかけぬところで繋がってたりするとか、物事を一点、一方向からしかみてるだけではわからないことも、ぐるりと周囲から見渡せば、気付かなかったことがみえてくる、そういう試みも経験もなかったのだろう。
それが、あの日、それまでの全ての事象がつながって…初めて、自分のやらされてきた行為、王子の言葉の数々の意味するところを理解したエンジュは、もたらされた結果に、恐怖と後悔と懺悔の気持ちで、気も狂わんばかりだった。追い詰められていた分、エンジュは、真実を告げられた瞬間、張りつめた糸が切れたようにその場に昏倒した。そのエンジュの身体をオスカーとゼフェルが寮のエントランスまで運びいれた。エンジュが失神していてくれたおかげで、門限破りの口実ー父・カティスが巧く話をつけておいてくれたらしいが、エンジュの体調が悪くて帰寮が遅れたという言い訳が真実味をもって迎え入れられ…しかも、程なく意識を取り戻したエンジュは、ひどい情緒不安定ぶりを見せた。あの事件後のエンジュはといえば、外出してることが多く、寮内で姿を見かけることは少ないのだが、その時は、今まで以上に遠巻きに、腫れもののように扱われていた。
「で、あいつ、結局、どうすんだって?このまま、何事もなかったように、大学、続けんのか?」
「エンジュ次第です、大学は続けられるはずですけど…エンジュには、何もおとがめがいかないよう、父が、手配してくれたみたいなので。実際、エンジュも、犯罪と言う程のことはしてませんし…エンジュのしたことは…「あの少女の行為は思慮や分別を欠いてはいたが、根本に人助けの気持ちがあったのも事実のようだし、自らが招いたこととはいえ、あの国が爆撃で壊滅してしまったと信じてた時に、これ以上はないほど、後悔して反省してたから、それで、もう、十分お灸は据えられただろう」って、父が言ってました。エンジュ自身は、あの後、何か、考え込んでいるみたいで…」
「ちゃんと、実になることを考えてくれてるよう願うばかりですわね。今回の事で、自分ばかり不幸だとか、全て周りが悪いとかの恨み心とかひがみ根性とかねたみ心は、自分も周囲も不幸にするだけだって気づいてくれていれば…救われるのですけどね、本人以上に、巻き込まれる周りも。本当に…僻み妬み嫉む心程、人を不幸にする物はないように思えますわ…誰も、自ら進んで不幸になどなりたくないでしょうに、そういう気持ちに囚われてしまう人がいたり、囚われてしまうことがあるのは、どうしてなのかしらね」
「そういうヤツらはほっとくよりしょーがねーだろー。痛い目みねーとわかりゃーしねーんだから。けどよー賢い俺たちは、その逆バリでいきゃぁいい、単純なことじゃんか、なぁ!」
「そうね、ゼフェル、幸せって、そのシンプルなことができるかどうか、なのもしれないわね、それって言葉で言うのは簡単だけど、難しいことなのかもしれないわね…」
アンジェリークは、愛しいオスカーを筆頭に、この場にいる掛け替えのない先輩・友人と、あの王子とエンジュのことを引き比べて考えずにはいられなかった。
あの王子も、オスカーを筆頭に、この場にいる先輩友人方も、世間一般から見れば、恵まれた一部の特権階級の子弟とひとくくりにされる世界の住人であるのに…なのに、その精神の在り様は、日と月、昼と夜以上に違っている。
『オスカー先輩みたいに、非戦闘員が戦禍に巻き込まれることを少しでも減らすために、自分に何ができるか、少しでもできることはないかを、考える人がいて…そんな素晴らしい人がいる一方で、自分自身の弱さゆえに、他者を平気で踏みにじって良しとするー自分が苦しいからといって、その苦しみを免罪符のように思って、他者を踏みにじってもいいのだ、と思う、あの王子のような人がいる。そして、優秀なのに、自分の真価を理解してもらえないのは、全部周囲が悪いのだと責任転嫁して、もっと苦しくなってしまうエンジュみたいな子もいる…』
そういう人たち…利己的に自分勝手に責任転嫁や自己弁護するような生き方をしてきた王子やエンジュは、決して満たされても幸せにもなってない。逆に、それぞれに刻苦勉励して、傍からみると大変な努力をなさっているここにいる方々のほうが、ずっと充実してて幸せそうだ。
他者の痛みへの想像力や共感力、他者の権利を尊重できる精神の高潔さ…自らの周辺の卑近なものしか視界に入らないのか、大所高所にたって物事を判断できる視点を持っているかどうかの違い…人としての器の大きさ、優しさ、高潔さの多寡が、結局は幸せを左右するのかもしれない。どのように生きるか…自ら努力はせず、ひがみ、周囲を羨みねたむ人は、刻苦勉励をしない分、楽な道を選んでいるはずなのに不幸そうに見えたり、一方、自らの目標を掲げ努力する人は、傍からはきつそうとか苦労しているように見えるかもしれないけど、その人生は充実して豊かで、だから幸せそうに見えたりと…結局、人は、生き方に比例して、その人の生き方にふさわしく、幸福にも不幸にもなるのかもしれない、とアンジェリークは思わざるをえなかった。
けど、同時に人の心は定型ではないし、柔らかく傷つきやすい。あの王子が小間使いの自死により自暴自棄に陥ったように、何かの拍子で、心が暗黒面に囚われてしまう可能性は、どんな人だって、ゼロとは言い切れないのではないかしら。オスカーも言ってた。もし、私が死んでしまったら、自分だって世界を恨み破壊・破滅衝動に身を委ねてしまうかもしれないと。私も…私だって同じだ。考えるだに恐ろしいけれど、もし、オスカーを喪ったら…心が痛み苦しむあまり、王子みたいに、何か憎む物、叩きつぶす対象を無理に探すような真似をしないと言い切れる?その可能性がゼロと言い切れるだけの根拠が私にはあるかしら?誰だって、あの王子やエンジュと同じ陥穽に陥る危険、可能性はあるんじゃないかしら、その意味で、オスカーが感じた不安は、故のないものではないのだと、アンジェリークが少々不安に思った時だった。
オリヴィエは、不安におびえたような瞳を見せたアンジェリークを安心させるように笑みを向けた。
「どしたの、アンジェ?そんな心配そうな顔しなさんなって。あんたは大丈夫、心配しなくても、あんただけじゃなく、ここにいるメンツはもちろん、ここにいない私らの仲間も、大丈夫。皆、大事な人を大切に思う気持ち、色々なことに感謝する心、努力する気構えも、高い理想や目標も、それぞれに持っているから。周りを恨んだり妬んだりして無為な時間を費やして、みすみす不幸に突き進むほど暇じゃないってのがひとつ、そして、そんなバカな真似しそうなヤツがいたら、互いに互いをひっぱたいても、目を覚まさせてやるって自信をもっていえる、だから、あんたも私たちも、大丈夫、大丈夫だよ、アンジェ。」
「あ…そうか!そうですね!全く不運や不幸に巡り合わない人生なんてあるわけない、けど、不安や疑心暗鬼に囚われた時でも、自分の大事な人を思い浮かべれば、道を誤ることはない、さっき、オリヴィエ先輩がおっしゃってた、人と人との絆が、繋がりが安全網になるって、そういう意味でもあるんですね…」
「そ、しかも、あんたは…あんたとオスカーは、人として最強・最高の繋がりがしっかりがっちりとできてるだろう?口にするのは、ちょっと照れ臭し、月並みかもだけど、愛情ほど強固な命綱はないからね。何かあっても、お互いの顔を思い浮かべれば、自ずと最良の道は見えてくる、道を誤ることはないんじゃないかな?」
「いいこと言うじゃないか、オリヴィエ。と、なれば、その愛情の絆は固めれば固めるほど良いってことになるよな?」
「まあ…そうなるかね?」
「だろう?というわけでその絆をより強固にすべく、俺は、近々…可能な限り速やかにお嬢ちゃんと正式に婚約発表をし、社交界にもその旨、告知する」
「!!!オスカー先輩?!」
「なぁんですってぇええ!」
「遅すぎたくらいだね」
「ひゅーひゅー、全くだぜ、何に遠慮してたんだか」
「うむ、それはめでたいことであるな、クラヴィスとリュミエールが泡を吹いて卒倒しそうではあるが…」
「婚約発表などしなくても、お嬢ちゃんは俺の未来の花嫁で、これは絶対確定事項なんだが、現在のところ、お嬢ちゃんは世間向けには、俺の恋人というポジションだ。それは、お嬢ちゃんが俺の婚約者と世間に知れると、それこそ誘拐産業から狙われたりするリスクが大きくなるのではないかと懸念してのことだった。が、今回の件で「単なる恋人」であっても狙われる時は狙われる、という冷徹な現実を突き付けられた。なら、いっそ、公に大手をふってアルテマツーレからの保護も援助も可能にする正式な婚約者になってもらったほうが、お嬢ちゃんを守れる力自体は強固になり増大もする、と考えた。俺とお嬢ちゃんの関係自体は…君が俺の愛する、最も愛しい恋人である事実は何一つ変わらない、ただ、そこに新たに「婚約者」という肩書きが付け加わるだけだ、俺の花嫁、になるまでの間つなぎの称号としてな…」
「けど、けど、先輩、そのお気持ちは、とても嬉しいですけど、私の父が、正式な婚約は、卒業までは待てって…」
「その件も解決済みだ。今回の件で、対外的に単なる恋人と吹聴しても、アルテマツーレ御曹司の彼女となれば、狙われる時は狙われる、そのリスクは否定しえないとわかった。かといって、天が割れ地が裂けたって俺たちがそんなリスクのために別れる筈がない、なら、いっそ、公的にアルテマツーレの傘の庇護下に入ったほうが、お嬢ちゃんの安全度は増すだろうってことで、君の父君とも意見が一致した。お嬢ちゃんに仇なすものは、アルテマツーレを敵に回すことになる、と喧伝するほうが、結果的に、お嬢ちゃんの安全度が高まるってことだ。正式な婚約者ならばクラウゼウィッツ一族の一員とみなされ、ボディガードもつけられる、ゼフェルに更に高性能の電波発信器や護身具を研究開発してもらうための費用も俺のポケットマネーで済まさず、経費として潤沢に出せる。父君も、そのメリットを認めてくださった。というわけで、最大最強のハードルは、既にクリア済みだぜ、お嬢ちゃん。実のところ、父君が、俺と君の即時の婚約を認めてくれたのは、君に毛一筋の傷もつけずに救い出した俺に対するご褒美じゃないかと俺は考えているがな?」
オスカーがアンジェリークにばちんと魅惑的なウインクを投げた。
「オスカー先輩ったら…オスカー先輩ったら…そんなこと、今まで一言も……」
「すまん、お嬢ちゃんを驚かせたいと思ってな。それと。今回、力になってくれた仲間の前で、宣言したい、という気持ちもあったんだ。お嬢ちゃん、いや、アンジェリーク、改めて君に申し込む、俺と正式に婚約してほしい。俺からの、この申し込みを、受けてもらえるだろか」
「はい、はい、先輩、いえ、オスカー。喜んで…。嬉しいです、すごく、嬉しいです…」
アンジェリークが瞳に涙を浮かべながら、にっこりとほほ笑み肯いた瞬間、真っ先に拍手し「おめでとー」を言ったのはオリヴィエだった。その言を合図に、皆、口々におめでとうの言葉を発してくれた。しかし、ゼフェルは拍手しながらも、悪戯っ子のような笑みを浮かべ
「なんつか今更って感じだなー。けどよー、俺、ちょっと、引っかかるんだよなー、アンジェを無事救い出したご褒美がオスカーにだけ出るっておかしくね?一番の功労者はむしろ俺だろー?」
とにやにやしながら、わかりきっている茶々をいれた。受けて立つオスカーも手慣れたものだ。
「おまえら全員、あの国の国賓になる権利をもらってるじゃないか、恩賞なら、それで十分だろう?第一、ゼフェル、おまえには、アルテマツーレから必要なだけ研究費も出すといってるんだぜ?普通の研究者が、開発研究費用ゲットにどれほど苦労するか、知らないおまえじゃないだろう?費用欲しさに、やりたくもない研究をやらされている学術の徒がどれほどいることか、それを考えれば…」
「あれー?じゃ、同じく功労者たる私たちには?オスカー」
「それは、そら、このお茶会を開いてるじゃないか。お嬢ちゃんがホステスで、お嬢ちゃんが手づからいれたお茶で、お嬢ちゃん手づくりの菓子を食せる機会なぞ、値千金どころの価値じゃすまないだろう?こんな贅沢、ちょっとやそっと、あるもんじゃないぜ?いや、おまえたちの生涯で、2度とないかもしれん。この一時、よおっくありがたみをかみしめておけよ?」
「え?えええ?オスカー先輩、私のお茶やお菓子は、そんな大層なものでは…」
「はぁ?!ふざけろよ、オスカー!婚約した途端、アンジェを独占して、外に出さない気まんまんかよ!そんなのぜってーゆるさねぇー!」
「当然ですわ、もし、そんな真似をすれば、カタルヘナ家の総力をあげて、この婚約を阻止…」
「えええ!ロザリア、私とオスカー先輩の婚約に反対なの!?」
「っぐ…ああ、そんな泣きそうな顔するんじゃないの、あんたは!反対じゃないわよ、反対はしないわよ、けど、オスカー先輩がその気なら…」
「んもう、ロザリアったら、冗談に決まってるじゃないの、真にうけないでー。クラヴィス先輩が庵主のお茶会ならともかく、私主催のお茶会なんて、そんな大層な物じゃないんだし、ご要望があれば、いつでも、何度でも開催しますもの、ね、オスカー先輩?」
「お嬢ちゃんが、そう望むならな?なにせ、俺は、お嬢ちゃんの望みなら、何だってかなえたい。叶えずにはいられないんだ」
「オスカー先輩、お優しい…」
「お嬢ちゃんが喜び、お嬢ちゃんを守るためなら、俺はなんだってできる。してみせるさ」
「ふん、どーだか、あやしーもんですわ。あーもう!あんたを泣かさず、オスカー先輩だけぎゃふんと言わせる手は何かないものかしらー!こうなったら、クラヴィス先輩とリュミエール先輩と手を組もうかしら、わたくし…」
と、ロザリアがぶつぶつ言っている声は、見つめ合うオスカーとアンジェリーク2人の耳には、全く入っていなかった。
「お嬢ちゃん、今回の事は、本当に恐ろしい事件だった。俺は、2度と、お嬢ちゃんをあんな危ない目にはあわせたくない。ただ、俺の仕事は、その環境は、どうしても在る程度の危険は付いて回る…が、それでも俺は、君を、この愛を守るため、どんな試練にも困難にも立ち向かい、打ち勝ってみせる、そう誓う」
「オスカー先輩…愛には試練が付き物だと、いいます、試練は2人の愛を、より強くするとも…今回のことで、私、自分がどれほどオスカー先輩を愛しているか、信じているか、今まで以上に強く実感しました、だから…試練も、悪いことばかりじゃないって思いたいです、もちろん、私、オスカー先輩に、もうこんなご心配をかけたくないですし、かけないようにします、けど、なにか困難が再び立ちふさがったとしても、私も、立ち向かいます、そして、絶対、打ち勝ってみせます、そう、自信をもっていえます。オスカー先輩が大好きだから…何よりも、誰よりも大切だから…2人で生きていきたいから」
「ありがとう、お嬢ちゃん。そうだな…2人いっしょなら、どんな試練も困難も恐れることはない、ずっと、2人、共に生きていこう。愛している、心から…」
「私もです、せんぱ…いえ、オスカー、愛しています、心から」
2人は引き寄せ会うように口づけていた。
暖かく情熱的なオスカーの唇を感じながら、アンジェリークは思う。
そう、愛とは試練に打ち勝とうとする意思なくしては成就しない。その意思こそが愛だと言ってもいい。
愛には無論甘い味わいもある。今、交わしている口づけのように。
が、どんな人生でも大なり小なり試練や苦難のないものなどない、だからこそ、この人となら試練を乗り越えていける、この人の苦難に立ち向かう手助けや応援をしたいと願い、決意する、この人と一緒に幸せになろうとする意思は、試練に打ち勝とうとする意思でもある、それが愛するということではないのか。結婚の誓詞にもある、病める時や嵐の時にこそ、愛は試される、愛の覚悟のほどが、真価が問われるのだと言い換えてもいい。
だが、困難に際して、あの王子も、件の女性も、打ち勝とうとあがき戦わなかった。王子には、そも、運命と戦う覚悟も試練に打ち勝とうとする意思がなかったようだし、それを見てか、知っていたからか、女性もまた、戦うことを諦め、死を選んでしまった。この2人が愛を成就できなかったのは、惨いようだが、試練に打ち勝とうとする意思がなかった故の必然だったのかもしれない、可哀そうだけど…。
だって、自分に置き換えてみて、アンジェリークはおもう。
オスカーを愛している、オスカーと共に生きていきたい、オスカーとなら、オスカーのためなら、何にでも立ち向かっていけると。愛と信念のために、後には引かぬ、決して屈せぬ、愛するオスカーのためと思えば、何者とも戦う覚悟もある。
けど、その決意の中に自分を粗末にすることは入っていない、オスカーのためなら何でもしたい、何でもできると思うけど、自分を粗末にすることは、間違った頑張り方だ。
自分がどれ程オスカーに愛されているか、両親に、友に、大事に大切にされているか、私は知っているから。
そうと知っていたら、自分を粗末にできる筈がない。「私」は自分の大好きな人たちが大事に大切に思って慈しんでくれている存在なのだもの、私の体は私のものだから、自分の好き勝手にしていい、なんて傲慢なこと、私は決して考えない。
その意味で、私の身も心も、1人私だけのものではない。
私の心身が損なわれれば、私の大事な人、私の愛する人たちが、悲しみ苦しむのだから。
言いかえれば、自分を粗末にすることは、私を愛してくれている人を苦しめることに他ならない。
身近な人を大事と思うなら、身近な人を苦しめたくないのなら、自分を粗末にはできない、してはいけない。
愛する人には自分を大切にしてほしいと願う、だから、愛する人のために、自分のことも大事にする。自分のためではなく、愛する人のためにこそ、自分自身を大事にしなくてはならないと思う。
『オスカー先輩、私、オスカー先輩と自分と、今のこの気持ち、全部全部、同じくらい、大切にします、ずっと大切にします、だって、オスカー先輩がこんなにも大事そうにいとおしそうに私を抱き寄せ、抱きしめてくれる、その手が、腕の力が、暖かな胸が嬉しくて、幸せでたまらないから…』
それは愛すること、愛されることの本質と大切さを肌身で知っているからこその、アンジェリークの強く深い自負だった。
エンジュは一人、空港に立っていた。
もうすぐ、あの国に向かって飛び立つのだ、今までの自分なら、考えられなかった。すくなくとも1週間前の自分なら。
あの事件のあった夜ー気づいたら寮にいて、ほっとして泣きたくなって、何もかも夢だと思いたかったのに、目の前にアンジェリークがいた。アンジェリークは、自分の体調を気遣ってくれた後、真っすぐに目をみて、こう告げた。
「エンジュ、真実がわかる前に、もし、後悔を感じていたのなら、今日、起きた出来事を誤魔化さないで、逃げないで。そして、できれば、心に留めておいて。どんなことも、無理だとか、手遅れだとか、遅すぎるってことはない…と私は思うの、人は何度でも、いつでも、やり直し…リセット、再スタート、そういうことができると思うから」
そのアンジェリークの言葉で、エンジュは今日の出来事を夢だと思い込む逃避も、仕方なかったと言い訳することも、私が悪いんじゃないと責任転嫁することもできなくなった、そう思った途端、まずは逃げ道と保身を考えている自分に気付き、それが情けなくて、ばかばかしくなって、涙があふれるのに、思わず笑い出したりしてた。エントランスでこちらを気にしていた少年ー誰だったのだろう、あれはー変な顔をしていたが、もう、どうでもよかった。
泣きながら、その夜は、いつのまにか眠ってた。朝になったら、大学に行こうとしたら、休講だって言われてー何故だろうと思った、何故かなんて、考えればー昨日、自分の起こした騒ぎを思えば当たり前なのに、そんなことも思いいたらなかった。
すると、寮母から、急ぎの知らせがきていることを知らされた。電話と、このご時世にわざわざ電報でと念を押して、なじみのない名の官公庁らしき事務所に来るようにと書かれていた。
呼び出しをくらうなんて、どんな懲罰を食らうのか、びくびくして逃げ出したい気持ちを必死に抑えー出頭しないと罪に問われることもあると注意書きがあったから、嫌々出かけた。灰色の官庁街はそれでなくともよそよそしくて、平日の午前中、本当なら学校にいる時刻だろうに、何をふらふらしているのかと問いただす視線にさらされているようで居心地悪く…逃げるように指定された場所に急いだ。その、嫌々しぶしぶ出向いた先に、あの男性ー見たことのある金髪の壮年の男性がいた。
王子を連れ去ってしまったその男性は、にこやかなのに、妙に抗いがたく、反射的に指示に従ってしまいたくなる雰囲気は、あの時のままだった。けど、その男性は、声色も穏やかに、ただエンジュに色々質問してきただけで、非難も叱責もしないでくれた、果てに「お嬢さん、あなたから、何か聞きたい事はありますか?」と思いがけず尋ねてくれたので、エンジュは思わず
「王子は…今、王子はどこに?今、どんな様子なんですか?」
と尋ねていた。
と、男性は、彼は自分の故国にもどった。今、どんな様子なのかは、わからないし、わかっていてもお答えできなかったでしょう、と答えた。エンジュは酷くがっかりした。
すると更に意外なことに、その男性は
「あの王子が今、どのように過ごしているか、気になるのかな?なら、あの国に赴かれ、ご自分の目で、確かめてはみてはいかがか」
と、エンジュに勧めた。
「え?ええ?私が王子の処に?そ、そんな無理…無理です」
「どうして?無理だと決めつける前に…真実、知りたい、行きたい、得たいと欲する物があるなら、どうすれば得られるのか、その方策を考えてごらんになってはどうだろうか、お嬢さん、あなたは酷く後悔し「何もかも、もう手遅れ」だと一度は決めつけた事態をリセット、いや、生き方を考え直す、またとないチャンスを手にしたのではなかったか?それを生かすも殺すも、これからの…いや、これは、無用のおしゃべりがすぎた。とまれ、私の話はここまでだ、本日はご足労感謝する。では、失敬」
と、言うだけ言って、男性は部屋を出ていった。
後に残されたエンジュは、殴られたように呆然としていた。
『なんで…なんで、アンジェと同じことをいうの…同じことを言われるの…』
ここ何日か、エンジュの精神はシェイカーで揺さぶられるように、物の考え方、価値観を根底から覆されるようなことばかり起きていた。
その過程で、薄々気づいたことがあった。自分は、いつも、何かと「決めつけてかかっていた」ことに。そして、一度決めつたことは自分の中で「絶対」だと思い込んでいたことに、その思い込みの所為で、酷く後悔した事実があったことに。
でも、そうじゃなかった。あの日、自分の決めつけは覆され、絶対だと思ってたことは、全然、絶対じゃなかった。なら、アンジェが言ったように、今、あの、男の人が言ったように、今までの自分なら「無理」と決めつけてたことも、無理とは限らない…?
「私は何がしたいんだろう、無理って決めつけないで…したいことだけ考えてみよう」
と、シンプルに、純粋に、努めて自分がしたいことを考えてみた、その次は、では、どうすればいいか、を考えてみる。いつも「無理」「どうせ」と決めつけていた時は「どうすればいいか」という方向に思考が働くことがなかったので、まだまだ、不慣れでぎこちなくはあったが…なんとか、順序立てて思考を組み立てようとしてみた。
まず、私は奨学金を得ている特待生で、大学はやめたくない。けど、王子のことが気にかかる、王子の様子を知りたい、できれば会いたい。その王子は外国にいる、なら、私は外国に行きたい?けど、同時に、大学を辞めたくもない…なら…できることは…留学?
恐る恐る学務課に問い合わせてみると、交換留学生という形態があることを教えてくれた。
特待生だったことが幸いした。費用を払わずとも、その国の大学に留学できる要件が整っていた。先方の大学で得る単位も卒業単位に組み込めるらしい。
検討する前に「行きたいんです」と言う言葉が、エンジュの口を付いて出ていた。そんな自分に、自身が一番驚いた。
何かに押されるように、手続きは速やかに進捗した。退寮手続きも済ませてきた、寮の住人とは没交渉なので、誰にもなにも言わずに出てきたが、自分がいなくなって気に留める人はいないだろう、と思った処で、1人、金髪の少女の顔が浮かんだ。その少女こそ、今のエンジュが、最も顔を合わせづらい存在で、でも、その少女が一番、自分の今後を気にかけてくれるだろうことは予想に難くなかった。
その少女…アンジェって、不思議な子だ、お人よしすぎるほど親切で、華奢で、見た目もふわふわ愛らしくて、砂糖菓子がそのまま女の子になってみたいな子なのに…
あの時、あの数時間で、アンジェが…かわいいけど、それだけじゃない、何もかも自分と違う、私とは違いすぎる、って、わかった。ずっと、身近で見てて、理解せざるを得なかった。私が王子の意図を聞かされても、信じたくなくて、うろたえ、途方に暮れていた時…アンジェは、王子に話しかけ、計画を翻意するよう訴え、怒鳴られても、脅されても、退かず、諦めてなかった…黙れって言われても、黙らなかった。私だったら、一度、怒鳴られたら、それだけで怖くなって黙りこんでしまうのに、それでなくとも、聞いた話の中身は怖いことばかりー人質とか誘拐とか爆撃とか…だったのに。そう、アンジェは直接、脅されている、命の危険をほのめかされた人質だった、それって、つまり、極限状況で…普通なら、怖くて不安で我を失ったりしてもおかしくないのに…私だったら、閉じ込められた、帰してもらえないってだけで、きっとパニックになっていただろうに、だのに、アンジェは、そんな状況で、王子に事情を聞かせてくれと請い、こんな恐ろしいことは考えなおしてくれと、言っていた。私なら、自分を捕えてる人に意見するなんて、恐ろしくて絶対、できなかったろう。けど、アンジェは、泣きわめきもせず…ちょっとだけ静かに涙を流してた時間はあったけど、それでも、涙にぬれた顔を昂然とあげて、まっすぐ王子を見据えて、意見してた。全然怯まなかった。怯えてもいなかった、それどころか、なんだか、とってもしっかりして頼もしく見えた…私よりずっと華奢なのに…そう、果敢?毅然?としてるっていうの?何をどうしたらいいのか、わからなくて、途方にくれてべそをかくばかりだった私の手を握って、立ちあがらせ、あの部屋から出ようって、アンジェが言ってくれなかったら、私、ただ、動けずにいただけだったかもしれない。
そんなアンジェだから…王子も、いつしか、自分からアンジェに、色々、話をしたのかもしれない。話がはずむっていうのとは違うけど…今まで、聞いたこともない話を、王子が、いつのまにか、話しだしてしまっていたのは…いつしか、王子が、アンジェには聞いて欲しいみたいに、訴えかけるように話すようになっていたのは。
あの時会ったばかりのアンジェリークに、王子は、色々なことを…私が初めて聞くような話ばかりしていた。ずっと、一緒にいた私は、あんな話聞いたことなかった。
どうして、アンジェは、あんなことができるんだろう、話を聞く時は辛抱強く聞いて、けど、自分の言いたい事も臆せず王子に訴えて、怒鳴られたり黙れと言われたのに、全然怯まずに言い返せて。ほんわかして、ふんわりしてる女の子らしい女の子なのに、私より、ずっと強くて、きっぱりして、大きい位に見えた…
怯まず、勇気をもってぶつかれるのは何故?人の顔色が気になる私は、王子が何考えてるのか全然わからなかった、わかった試しなんてなかった、けど、アンジェは、そんな素振り見せないのに、王子の気持ちを、痛いところを、ずばずば、突いていたみたいだった。どうして、そんなことができるんだろう。間違ってることや、悪いことを「止めて」って、いうのは、すごく勇気のいることなのに。言葉を飲み込んじゃうほうが楽なのに、何故、あんなに勇敢なんだろう、私とアンジェは、どうして、こんなに違うんだろう、私とアンジェの違いって何だろう。
私も…王子に、そんな風に接せられる時はくるんだろうか、王子が、私に、アンジェに語ったみたいに話をしてくれる日はくるんだろうか。
今までの自分なら、何でもかんでも「できっこない」「無理だ」って決めつけてた。もう王子は去ってしまった、2度と会うことはできない、何もかも「手遅れだ」と考えて、何もせずにいただろう。
でも「手遅れ」なんてないって、アンジェが言ってた…何故だか、あの男の人も、似たようなことを言ってた。なら…手遅れだ、無理だって、思わなければ、決めつけなければ…今まで、できないと思ってたことも、できたりするんだろうかって、思ったら…いつのまにか「追いかける」って選択肢が出てた。自然と。自分でも驚いたけど…留学なんて、それこそ、他人事だと、無縁だと思っていたのに。
絶対できっこないと思ってたことが、1週間前までは、自分には関係ないと思ってたことを、今、やろうとしてる自分が、エンジュは不思議でならなかった。
ひとつ、できることに気付いたら…一歩、すすめたら、なら、もっとできることがあるかもしれない、と、いつのまにか考えられるようにもなっていた。
幸い、むこうの大学でも、特待生として留学できるし、なら、私が、そのままの成績を維持できれば…ずっと、優秀な学生でいられれば、もしかしたら、卒業後も、あの国にずっといられるかもしれないし、いつか、王子に会わせてもらえる機会だってあるかもしれない…王宮で働くとか、王子の世話係としての仕事だってできるかもしれない、とさえ。
もし、それで、私がお世話役になったら、王子はなんて言うだろう。
また
「ばかな女だ」
と言うんじゃないか、と思った、それでいい、そういう言葉が聞きたい、そう思って、エンジュは飛行機の出札ゲートにチケットをかざした。
FIN
オマケエピソード「無限抱擁」(18禁)&あとがきへ