さて、同じ頃聖地では、水の守護聖がとある懸念を確かめるべく、女王執務室を強襲していた。かの人には珍しく、いつもの張りついたような笑みもなく、血相が変わっている。
「陛下、女王陛下!少々、お伺いしたいことがございますっ!」
「あら、リュミエール、珍しいこと、何のご用かしら?」
「何のご用ではございませんっ!昨日から、オスカーもアンジェリークも聖殿に出仕していないと思ったら、陛下直々に、アンジェリークに休暇を与えたというではございませんかっ!しかも、オスカーも込みで…誠でございますかっ!」
「本当よ、あの子は、新年会の時プレッシャーが酷すぎて倒れたから、わたくしが命令して静養を取らせましたの。それが何か?」
「そ、それならなぜ、あのケダモノの同行をお許しになったのですっ!陛下ともあろうお方がっ!」
ロザリアは、この言い方にカチンときた。許したくなかったのは誰より自分であったから。
「仕方ないでしょう!あの子を1人で外界に出すわけにはいかないし、聖殿のSPなんかつけたら、却ってあの子のプレッシャーとストレスが酷くなって静養どころじゃなくなりますもの!最善の策でないのは承知の上で、護衛にオスカーを同行させるしかなかったのよ!さもないと、あの子のストレスは軽減されない、引いては、またいつ昏倒するかわからない心配があったし…」
「ああ〜、陛下、そもそもそれが誤解なのです!」
「誤解?何が?」
「アンジェリークの失神がストレスによる身心失調だということでございます!」
「あら?じゃ、何であの子は倒れたっていうの?リュミエール、嫌に自信ありげだけど、あなた、その訳を知っているとでもいうのかしら?」
「それはアンジェリークがパーティーで強いアルコールを口にしたせいなのです!恐らくは!いえ、多分、絶対に!ですから、身心療養のための休暇など最初から必要ではなかったのですよ!休暇を取り下げ、即刻あの2人を聖地に呼び戻してくださいませっ!」
リュミエールは得意満面で、鬼の首を取ったかのように偉そうに答えつつ、ロザリアに2人の休暇の取り消しを迫った。
リュミエールは、新年会で自分の画策した罠が上手く発動しなかった挙句、オスカーは無自覚だったとしても、それを結果として逆に利用される形で、オスカーにいい思いをさせてしまったという今の事態にハラワタが煮えくり返っていたのだ。策士としては、己の姦計を逆利用されることほど悔しいことはない。その我慢の限界を超えた憤懣やる方ない思いに逆上しまくり、いつもの慎重さをすっかり失っていた。
そのため、ロザリアの瞳がきらーん!と暗く輝いた事にも気付かなかった。
「でも、オスカーはそんなことは何も言っていなかったわ」
「当たり前です、オスカーは知っている訳がありません。アンジェリークがアルコールを口にしたことも、知らないでしょう、アンジェリークがどうして、お酒など召しあがったか、オスカーに言う訳がございませんからっ!」
「あら、そうなの?それに、アンジェリークは、私にもお酒のことなんて何も言ってなかったわ」
「それも当然です、アンジェリークは優しい人でございますから!誰にも言う訳がございません!どうしてお酒を飲んでしまったのか誰にも何も言わずに胸の奥に秘めていてくださったのです!」
「そう、オスカーは知らなくて当然なのね。それで、アンジェリークが優しいと、どうして、オスカーがその訳を知らなくて、アンジェリークも本当の訳を誰にも言えないのかしら?」
「それはもちろん、お酒を口にしたことがわかれば、誰にお酒を手渡されて飲む事を勧められたかも必然的にわかりますし、それが問題にならないようアンジェリークは庇ってくださ…」
と、言いかけた処で、リュミエールの口がだらーんとだらしなく開きっぱなしになった。ここまで言って初めて、自分が何を語るに落していたかに気付いた。憤怒で真っ赤になっていた顔が、本人の髪の色より薄青白い蒼白になっていく。その様子はまるでリトマス試験紙のようであった。
「誰かを庇うために、もしくは、聖地で守護聖同士が一悶着起こさないために、アンジェリークは自分が昏倒した訳…お酒を勧められて飲んでしまったことを誰にも言わなかった、それなら、オスカーが本当の訳を知らないのも無理はないわねぇ?で、アンジェリーク本人以外誰も知らない筈のその訳を、どうしてあなたが知っているのかしらねぇ?リュミエール?」
「あわわわわ…」
「しかも、誰かを庇う為…って、その誰かって誰かしら?ねぇ?リュミエール?」
にたぁーっと笑うロザリアに
「☆×△♪〃ζ…」
リュミエールは口を開くものの、意味のある言葉が出てこない。
ロザリアが笑みを口元に浮かべたままぱちんと指を鳴らすと、どこからともなく、かつ、音もなく王立研究院主任が現われた。
「お呼びでしょうか?陛下」
「ここにいる水の守護聖を嘘発見器にかけて尋問しなさ…いえ、自白剤を打った上で尋問なさい。補佐官にアルコールを摂取させたのは事故か故意か、故意なら何が目的だったのかをね」
「自白剤を打って、尋問、でございますね?」
「ええ、そうよ、嘘発見機にかけたって、どうせのらりくらりと言い逃れるでしょうし、そんな、まだるっこしい事をする必要もございませんもの。守護聖は滅多なことじゃ死なないし、この水の守護聖は守護聖中でも一番丈夫だから、多少強い薬でもいいわ。そして、何のために、補佐官を酔いつぶそうとなんてしたのか、きりきり白状させるように。女王の勅命です」
「御意」
主任が頭を下げて女王の命を拝すると同時に、どこからか、リュミエールの怪力すらものともしない、王立研究院特製の犯罪者捕縛ロボットが現われ、その場で固まっているリュミエールを直径5cmはある特殊ファイバーのロープで拘束、拘引した。
その瞬間に、キャンバスも引き裂けないような男の悲鳴が女王執務室に一瞬響き、直後にその悲鳴すら、ふっとかき消えた。
数日後、アンジェリークとオスカーが、お肌つやつやのぴかぴかの状態で聖地に帰ってきた。
早速女王執務室に帰還と休暇のお礼を報告に上がった。どうみても健康そのもののアンジェリークの色艶に、ロザリアもにっこり微笑み、内心はどうあれ、オスカーの労をねぎらった。
「ロザリア〜、はい、これ、お土産!温泉ってとっても気持ちよかったわよ〜、今度は女同士で…あ、できたら、守護聖様たちもご一緒に皆で行けないかしら?皆で行ったらきっと、もっと楽しいと思うの」
「まあ、セキュリティの問題をクリアーしてジュリアスがうんと言えばね。私もあんたと温泉なんて、楽しそうなことは是非実現させてみたいわ」
「でしょ?でしょ?絶対、今度は一緒に行こうねー!ロザリア!」
「ふふ…まったく、あんたったら…ところでね…」
ロザリアはアンジェリークにだけ聞こえるように声を落し、
「あんたの留守中に不届きものは成敗しておいたから」
と、こそっと伝えた。
「へ?何?何のこと?ロザリア?」
「ああ、オスカーにも内緒にしてたんだわね、全く、守護聖の同士の仲をとりもったり、喧嘩をさせないようにするのに、あんたも苦労が絶えないわね、そいういう意味じゃ、確かにストレス発散休暇をあげておいてよかったわ。それにしても、私にくらい、本当のことは言いなさいね、水臭いったら…」
「?」
「ま、とにかく、今度の一件で彼も懲りたでしょうから、当分おとなしくしてると思うわ、安心なさいね。今日はもう、下がっていいわよ」
「???」
「じゃ、明日から、またしっかり執務に励むように。これが明日からの執務予定よ、目を通しておくようにね」
「はっ」
頭中クェスチョンマークで一杯のアンジェリークをエスコートして、オスカーはさっさと女王執務室を引き上げた。これほど色艶のいいアンジェリークを見せれば文句はないだろうとは思ったものの、何かの拍子にキスマークを発見されたりする機会はなるべく少ないにこしたことはないからだった。
「オスカーさまぁ。不届きものを成敗ってどういうことでしょう?」
「は?そりゃ、悪者に正義の鉄槌を下すってことだろう?」
「ですよねぇ?一体何のことなのかしら?何で私にわざわざ、そんなことを教えてくれたのかしら?」
「俺たちの留守中にトンチキな悪巧みでも発覚したのかもな。だが、もうカタはついたから心配するなってことじゃないか?まあ、お嬢ちゃんはチンケな犯罪者のことなんて気にしなくていい。何かあったら、聖地の治安は俺が守るしな」
「そうですね!…あら…?」
明日からの執務に備え、聖地の予定表一欄をぱらぱらと見ていたアンジェリークの足が止まった。
「どうした?お嬢ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもないんですー」
とは言ったものの、アンジェリークは予定表をみて珍しいこともあるものだと思っていた。自分たちが旅行に出た翌々日から、以前の予定にはなかったのに、水の守護聖が出張で聖地不在となっていた。
しかも、しばらく辺境の星星を渡り歩いて、外界での全ての式典を1人でこなすことになっている。一ヶ月は聖地に帰ってこれない計算である。
『この出張、半分はオスカー様に割り当てられちゃうかも…って思っていたのが、全部リュミエール様の担当になってる…急にどうして???』
内心で首を傾げたものの、オスカーの出張が減るのは嬉しいし、不届きものを成敗という言葉とリュミエールの長期出張をどうしても、線では結べないアンジェリークであった。
そして、一方、聖地の片隅ではお子様三人組が、何やら声を潜めて話し合っていた。
「リュミエール様が突然長期出張って、どういうわけか、知ってるか?リュミエール様が出張なんて、今まで一度もなかったじゃんか。出張といえば、アンジェを1人占めしている特別税だとか言われて、大概オスカー様が行かされてたのに…」
「そ、それが大きい声じゃいえないけど、何でも陛下のご不興を買ってのことらしいよ、ランディ、言わば呈のいい流刑みたいなものだって…」
「へ?」
「しかも、それが新年会で、何か企んでいたとか、アンジェに迷惑をかけたかららしいとか、ってもっぱらの噂だよ。僕、女官の噂話を聞いちゃったもん」
「それって、俺たちの身代りなんてことじゃないよなぁ!はははっ!」
「笑いごっちゃねぇよ!実際は俺たちは計画倒で終わっちまったから、人違いとか、身代りじゃなくてリュミエールのヤツはリュミエールのヤツで、何かやったんだろうけどよー、でも、その噂を聞いた時は、俺ぁ心底ぞーっとしたぜ!」
「だから、あの時、諦めてよかったんだよ、ゼフェルぅ〜」
「それにしても、一ヶ月も聖地にいらっしゃらなくて水のサクリアの調整は大丈夫なのかなー」
「うん、だから、守護聖が聖地に不在でも支障がないのは、一ヶ月がぎりぎりだったらしいけど…」
「ああっ!まさか!!」
マルセルの言葉を聞いて、突然ゼフェルががばっと立ちあがった。
「ぅわっ!なんだよ、ゼフェル、突然でかい声だすなよ、びっくりするじゃないかぁ!」
「おめー、知ってるか?陛下が王立研究院にサクリアをポータブル化して、持ち運びができるよう研究開発しろって勅命を出したこと!」
「何だ?サクリアのポータブル化って…?」
「言うなれば、サクリアをタッパーみてーなモンにつめて誰でも持ち運びできるようにするってこった!」
「すっげぇー!そんなこと、できるのかぁ!?」
「だから、その研究開発の命令が降りたばっかりで、本当に実現するかどうかはわかんねーよ!」
「でも、それが実現したら、守護聖が聖地にずっと居る必要なくなるね…あああっ!まさか!」
マルセルもいきなり立ちあがって叫んだ。
「そうだ、そのまさかだよ!サクリアが持ち運び可能になれば、聖地に守護聖はいなくても事は足りる!」
「ってことは、守護聖は、1年でも10年でも聖地にいなくても、問題ないわけで…」
「つまり、女王は、自分の好きな期間、守護聖に出張を命じたり、どこかの辺境に流刑にしたとしても、サクリアの補充は問題ないってことに…」
ゼフェルとマルセルは2人して大きく目を見開いて顔を見あわせた。直後、ゼフェルが雄叫びをあげた。
「だああああ!この研究、ぜってーぶっつぶすぞ!俺は!」
「そ、そんなことがばれたら、それこそ、どれほど陛下の不興を買うか、わからないよー!ゼフェルぅ〜」
「だって、おめー!女王の勝手で守護聖が聖地から好きなだけ島流しなんてことになってもいいのかよー!せめて、滅多に発動できないよう誰でも彼でもサクリア持ち運び可能ってシステムの開発だけは、なんとか阻止しねーと、これ以上、女王の権限強くしてどーすんだよ!今だっていい加減最強なんだぜ!」
「2人とも、一体何を話してるんだ?俺、全然わかんねー。守護聖が聖地にいなくてもいいなら、もっと休暇とか取り易くなっていいんじゃないのか?」
「おめーは、いいから黙ってろ!あと、いいか、誰にもこの事はいうんじゃねーぞ!」
「???」
そして、後年、この256代の女王の肝いりでサクリアのポータブル持ち運び技術が開発されるものの、当時の鋼の守護聖の暗躍によって、そのサクリアを持ち運べるのは、エトワールと称される何やら特殊な伝説の存在だけに限定されることになったとか、ならなかったとか…まことしやかに囁かれているが、資料もなく、今となっては確認不可能な口承伝説であった。
FIN
更新当時、掲示板に簡単に事情を記しましたが、この温泉ネタは、元々、もはやいつ出たかの記録も残っていないほど昔(って、いうとオーバーですが、大体2年半〜3年前の間です。更新記録を消してしまっていたので、わからないのー)に出た一万HITのキリリクでした。
でもでもでも!パラレルならともかく一応聖地ネタ、しかも、どうみても文化背景が欧米風のアンジェ世界でキャラクターを自然に温泉に行かせるという状況が中々思いつけずにこーんなに時間がかかってしまいました。
もちろん欧米にも湯治としての温泉はあります。でも、それは言わばローマ風の大浴場とか、綺麗で大きくても健康的なスパランドみたいなそれなんですよねー。
でも、オスアンで温泉!といったら、やはり純和風の旅館!浴衣!2人で露天風呂!ってアイテムを外したら、温泉ネタを書く意味がありませんので、聖地に住まうオスカーとアンジェを純和風旅館に泊まらせるっていう状況を用意するのに、ここまでのおぜん立てをしてしまいました。っていうか、もっと何も考えずに「オスカーとアンジェはバカンスで温泉に行くことにしました!」でもいいのに、それだと納得できない自分って…馬鹿?(爆)
なので、主星育ちのアンジェはこういう文化に疎いことになってますから、よくある「よいではないか、よいではないか」「あ〜れ〜」はやりませんでした。これは2人揃って「遊び」であることが認識されてないと成立しないからです。オスカーはともかく、アンジェは絶対こんな遊び知らないと思うし(笑)いきなりこんな事をオスカーにされたら、怒るか、困惑するか、目を回しちゃうと思いますもん(笑)
で、実は、この話全体が、私がこの直前に書いたカクテルトリックの補完になってます。
オスカーは、本当はものすごく怜悧な人なのに、今まではロザリンにやられっぱなしの描写しかしてななかった事が気になってましたので、この話のように、いつもは大体、買ったり負けたり半々なのよー、って描写をいれたかったんです。
そして、カクテルトリックでは、悪巧みをしていたにも拘わらず、周囲にばれてないので、お咎めなしだった水さまに、納得のいかなかった方も多かったのではないでしょうか?
少なくとも書いた私は納得してませんでした(笑)でも、カクテルトリックは、あれはあそこで終わらせませんとラストがボケてしまいますし、第一、水様が詰問される状況がないんです。アンジェは事故だと思ってますし、それを下手に騒ぎ立てる必要もないと思ってますから、何も言わないでしょうしね。なので、水様への懲らしめをこの話にもってきて「悪事にはちゃんと報いがあるのだ」というオチにさせてもらいました。あー溜飲がさがりましたわー(笑)
私は、正当派の物語が好きなので、悪は栄えないのでーす!(水戸黄門と言わば言って・爆)サブタイトルは「かーなーらーず、最後に愛はかつー!」でも可です(笑)
それと、オマケにつけました「サクリアが持ち運び可」になったのが、こんな状況で女王がポータブル化の開発を命じたのなら、自分的には納得だなーというだけのものです(笑)この話を脱稿した2003年5月現在では、アンジェエトワールはプロローグ段階で、本編は出ていませんので、この時点では、なぜ「エトワール(大体エトワール自体が何だかわからない)にはサクリアの持ち運びが可能なのか」は謎なのですが、勝手な解釈でものを書かせてもらうなら、今のうちだー!と思いまして(極悪)。こういう大嘘は書いてしまったもの勝ちですからねー、ほほほ(爆)本編が出たときが楽しみです。なぜ、サクリアが持ち運べるようになったのか、説明してくれることを希望してますわー(公式は、その辺、さくっと無視しそうな気もしますが・爆)
とりあえず、あまり難しいことは考えないで、オスアンのいちゃいちゃらぶらぶっぷりを楽しんでいただければ、私は幸せですー。