情事の後とて足許が覚束ないアンジェリークに、オスカーはざっと湯をかけてやってから、その身体を抱き上げて風呂からあがった。障子で仕切られた広縁がそのまま脱衣所として使えるので、そこでアンジェリークに浴衣を着せ直してやる。まだ快楽の余韻が身体中に残響しているらしいアンジェリークが、一人で浴衣を着ようとしても時間がかかってしまうだろうと見越してだ。その後でオスカーは自分の浴衣を羽織った。風呂上がりの身体をきつく絞め付ける気になれず、大きく胸元を開けて浴衣を羽織ると、風が入って火照った肌に心地いいとわかったので、しどけなくない程にアンジェリークの胸元も緩めてやった。
「こうして、少し胸元は緩めて置いた方が涼しいぜ?お嬢ちゃん」
「ふにゃ…ありがとうございます、オスカーさま…」
労るようにアンジェリークの肩を抱いて襖を開けると、主間の卓上には、すでに所狭しと山海の珍味が並べられつつあった。
「ほう、これは豪勢だな」
オスカーが声をかけると、きびきびと手を動かしながら、仲居が
「順次、お熱い物はお熱いうちにお持ちいたしますので、まず先付けと前菜からお召し上がりになってください。今お出ししましたのはお吸い物とお造りとなります。あと、御酒はいかがいたしましょう?」
と尋ねてきた。
「ああ、何か、当地でお薦めの銘酒があればそれを頼む。風呂上がりで熱いから、冷酒で美味い酒がいい。何度も追加するのは面倒だからボトルがいいかな…あと、酒とは別に冷えた水も一緒にな」
「はい、かしこまりました」
仲居が続く料理と飲み物を取りに出ていのと同時に、オスカーとアンジェリークも、卓に向い合せでしつらえられている席につく。
眼前の卓上には、趣向を凝らした色とりどりの一口サイズの料理が盛られている。蓋付きの椀は無色透明の汁物だ。ロブスターのような、但し鋏はない大ぶりのエビの身が半透明の刺身になって、殻の中に盛られている。
「すごい…見たこともないようなお料理ばかり…あーん、どれから食べよう〜、迷っちゃいますぅ」
「一応、順番があるらしいぜ、ああ、ここにお品書きがある…どれどれ、このオードブルみたいなものが、先付け、これから始まって前菜、吸物、刺身…ああ、この伊勢海老の姿盛りが刺身か…あと、これから焼き物、揚げ物、煮物、蒸物、酢の物、ご飯、止椀、香の物、甘味とくるらしい。ま、あまり硬い事は言わなくても、来た順に食べればいいだろう。寛ぐための部屋食だしな」
「はーい、いただきまーす」
アンジェリークとオスカーは目の前の箸を取って、先付けと前菜に手をつけた。ルヴァの家に招かれた時に箸の使い方をマスターしておいたのが幸いした。
「どれも一口サイズで食べやすいですねぇ。色とりどりで綺麗だし、色々な物が少しずつ食べられてしあわせ…」
「それはよかったな、お嬢ちゃんの嫌いなセロリはこういう料理では出ないから安心だしな」
「んもー、オスカー様ったら…」
と、歓談している処に仲居が飲み物と続く料理を持ってきた。蒼ガラスの切りこ細工の杯を二つと、涼やかなガラス製の大ぶりの急須のような器に、氷と透明の液体が入っている物を仲居が膳の中央に供した。アンジェリークはこれを氷水だと思った。実は、この器は『ちろり』という酒を燗したり、冷やすための器であり、当然中に入っているのは酒だったのだが、アンジェリークは米から醸造される酒は無色透明であることを知らなかった。元々この地方の風俗にそれほど詳しくない上に、酒を好んで嗜む訳でもないので、どういう地方にどんな種類の酒がある、などと言う方面の知識にはとんと疎い。ちろりの真中には急須の茶葉入れのように別容器で氷が入っており、酒を薄めず冷たさを保つ仕掛けとなっていたこともあり、この外観にすっかり、アンジェリークはこれを冷水の容器だと勘違いした。実は、水は水で、水差しが盆に載せられて膳の脇においてあったのだが。
「では、後でご飯をお持ちいたしますので、それまで、ごゆっくり…」
と、仲居が一度下がると、アンジェリークは、卓上のちろりに手を伸ばして、自ら杯に注ぎ始めた。
「ごめんなさい、オスカー様、私、お先に戴いちゃってていいですか?喉が乾いちゃって…オスカー様のお酒はこれから持ってきてくださるんでしょうか…」
というアンジェリークの言葉を耳にしたオスカーが一瞬「え?」という顔をして、アンジェリークを慌てて止めた。
「ちょっと待ったお嬢ちゃん!それは酒だぜ?わかって飲もうとしているんならいいんだが、水と間違えていやしないか?」
杯の縁を唇にあてた、丁度その時点でアンジェリークの手が止まった。
「…え?うそ!これ、お酒なんですか?だって、色もないし、氷が入っているし、そんなに強い香もしないし、てっきりお水だと!…あ、でも、言われてみたら、確かに香があるわ…やだ、今の今まで気がつきませんでしたー!」
「水差しはこっちだ。まあ冷酒は燗酒に比べると香も強くないし、口にしないとわからないかもな。元々、この米から作られる酒は水みたいにするりと喉に入るもの程、質がいいらしいから、お嬢ちゃんが気がつかなかったのも無理はないかもしれんが…」
「いやーん、一気に飲み干しちゃう所でした〜」
「まあ、そのまま泊まる部屋だから酔ってつぶれても心配はいらないが、水みたいなペースで飲んだら流石に悪酔するかもしれないぜ?それにしても、お嬢ちゃん、よっぽど喉が乾いていたのかな?」
「はい、からからだったんです〜」
水差しから改めてコップに水を注ぎ、それをこくこくと飲んでから、アンジェリークが、やはりこくこくと頷いた。
「それは、あれだけ休みなくいい声で鳴いていたら、喉も乾くだろうなぁ」
オスカーがアンジェリークの白く細い喉が小さく上下する様に目を細めながらにっと笑んでこう言うと、アンジェリークは軽く口を尖らせた。
「も…いやん、オスカー様ったら…オスカー様が私に声を出させたのに…」
「いやだったか?」
「いや…じゃないです…」
囁くように答えると、アンジェリークは己の答えに頬を染めて、きゅっと肩をすぼめて小さくなり、俯いてしまった。
オスカーは反射的にアンジェリークを抱き寄せようとして、己とアンジェリークの間を隔てる座卓に阻まれた。一呼吸置いてから、アンジェリークの頬を大きな手で包むようにすっと撫でて顔を上げさせ、蕩けそうな声で、こう話しかけた。
「お嬢ちゃん…俯かなくていいように俺の処においで?」
「オスカーさま?…」
アンジェリークは、オスカーが自分に何を勧めているのかよくわからず、戸惑いがちにオスカーを見つめる。
「恥ずかしくて顔を上げていられない気分の時は、俯いたりしないで、俺の胸に顔を埋めればいい…俺が抱いてやるから…お嬢ちゃんを抱きとめるために俺の腕も、胸もあるのだから…」
「オスカーさま…」
「いっただろう?だから、俺の膝の上がお嬢ちゃんの定位置なんだ。お嬢ちゃんが俯く暇などないように、俺が何時でもすぐにお嬢ちゃんの髪を撫でられるように、お嬢ちゃんは俺の懐にいなくちゃいけないんだ」
「オスカー様ったら…」
アンジェリークは、真っ赤になりながらも、この上なく嬉しそうに笑んだ。その機を逃さず、オスカーはアンジェリークの腕を取って導くように、自分の手元に引寄せる。アンジェリークは素直に畳の上をにじってオスカーのすぐ側まで行ったが、そこで止まって控えた。『おいで』といわれても、流石に自分からオスカーの膝にのるのは恥ずかしい。オスカーはそんなアンジェリークの気持ちをわかっているかのように、その身体をひょいと抱き上げ、自分の胡座を組んだ足の上に載せてしまった。
オスカーの組んだ足のくぼみに丁度誂えたかのように、アンジェリークは猫の子のようにちんまりと身体を丸めて綺麗に収まった。
「お、重くないですか?オスカーさま…」
「お嬢ちゃんのこの温もりと僅かな重みが、俺の安心、充足、幸せの源なんだ。それに、お嬢ちゃんが恥ずかしくて顔を上げられない時は、こうしていればすぐさま俺の胸に顔を埋められるだろう?そうすれば、俺はお嬢ちゃんの髪を撫でてやれる…何も恥ずかしがらなくていいんだぜ?ってな…」
「………」
何と返していいか困ってしまって、結果、言われるままにオスカーの胸に顔を埋めてしまったアンジェリークの髪を撫でながら、オスカーは自ら、ちろりから酒を杯に注いで口をつけてみる。
「確かにいい酒だ…それにしても、お嬢ちゃんには少し酒の嗜み方も覚えてもらった方がよさそうだな。喉が乾いているからって、あんな調子で何でもぐーっと空けていたら、また、いつ悪酔するかわからないぜ?」
「は、はい、それは、重々反省してます。私ったら、すぐ見た目で判断しちゃうから…」
オスカーの懐中で顔をあげたアンジェリークの口元に手づから箸で料理を運んで食べさせてやりながら、オスカーは自分も酒と酒肴を交互に口にする。
「まあ、実際口当たりが軽かったり、水みたいに癖のない酒もあるから、お嬢ちゃんが口にしても、それがどれくらい強い酒か気付かずに、飲んでしまうことはあると思う。だが、喉が乾いている時に、なんでも一気に飲み干すのはやはり危ないぜ?お嬢ちゃん。特に冷たい酒っていうのは、飲んだその時はなんともなくても、後から一気に酔いが回るから油断ならないんだ…、ほら、これも美味いぜ?あーんしな?」
「むぐむぐ…っくん…そ、そういえば、新年会で口にしたお酒もそうでした…」
「だろう?冷えた酒は、胃の中で体温まで温まってから始めて分解吸収され始めるから、飲んでから酔うまでに時間がかかるんだ、だが、その分、吸収が始まると一気に酔いが回っちまう。だから、お嬢ちゃんは、口当たりのいい飲み物でも、冷えたものは一気に飲み干さないようにするといい。酒を飲むなら、いっそ暖かいものをゆっくり飲むほうが心配がなくていいぜ?」
「暖かいお酒?」
「ああ、お嬢ちゃん向けなら、蜂蜜を入れて暖めた赤ワインとかいいかもな。だが、こういう旅館では、注文は難しいかな…」
「あ、そんな、今、ある飲み物で私なら大丈夫です」
アンジェリーク自身は「自分は水で十分だ」という意味で、こう言ったのかもしれない。
それがわかっていながら、オスカーはわざと異なった、そして自分に取ってより楽しい解釈をすることにした。
「それなら、俺が今ある酒を暖めてお嬢ちゃんに飲ませてやろう…」
「?」
オスカーは自ら杯を取ると中の酒をくいと飲み干し…たかに見えたが、そのままアンジェリークを抱き寄せて口付けると、その酒を口移しでアンジェリークの口腔に含ませた。
「んんっ…」
こくん…と、小さく喉がなり、アンジェリークが含まされた酒を飲み下した。
「こうすれば冷たくないし、一気に飲むこともないだろう?お嬢ちゃんが酒を飲むときは、いつも、俺がこうして飲ませてやれれば、安心だな」
「オスカーさまったら…」
「これは料理の風味を邪魔しない、いい酒だ。こういう酒で口を洗いながら、料理と酒と交互に口にする方が、料理も味が一層引き立つしな。ほら…」
オスカーがアンジェリークの口元に様々な料理を運ぶ。あられやゴマや甘味のないシリアルなどの様々な衣の揚げ物やら、とろりとしたあんのかかったしんじょやら、柔らかなひれ肉を陶板で焼いた焼きものやら、どれも趣向を凝らした料理を食べさせては、その後口を漱ぐように、一口ずつ酒を流しこむ。アンジェリークがそれらを嚥下している合間に、オスカーも食事を口にしている。少しづつアンジェリークの目許がほんのりと染まってくる。
「美味いか?お嬢ちゃん」
「はい…どれも美味しいです…」
「俺も、お嬢ちゃんが膝にいてくれると、一層飯が美味く感じられる…」
「オスカー様、でも、私、自分で食べられます。子供じゃないんだもの…それに、オスカー様が忙しなくて申し訳ないですもの、せめて、食事くらいは自分で…」
と、アンジェリークが際限なく自分を甘やかそうとするオスカーに、控え目な自律宣言をしようとしたその時だった。
「ご飯をお持ちいたしました」
といって、仲居がご飯の入ったおひつと、汁物の椀を運んできた。
『み、みられちゃった…』
入り口でお辞儀をしている仲居の姿を見てアンジェリークはパニックに陥った。
オスカーの膝の上に抱かれている処を見られただけでも恥ずかしいのに、もしかしたら、雛鳥のようにご飯を食べさせてもらっている所まで、見られてしまっただろうか…と、慌ててオスカーと距離を置こうとした。が、それを察していたかのように、オスカーは腕の力を緩めず、むしろアンジェリークを抱く腕の力を一層強めた。アンジェリークが己の懐中から逃れることを良しとする気はオスカーにはなかった。なので、アンジェリークを膝の上に抱いたまま、しゃらっと仲居にこう告げた。
「ああ、飯はその辺においておいてくれ、勝手にやらせてもらうから…」
「かしこまりました。この後、果物とお茶をお持ちいたしますね」
平然と振舞うオスカーに呼吸を合わせたように、仲居も平然と茶碗と止め椀をオスカーとアンジェリークの前に仲良く二つ並べる。アンジェリークが居心地悪気にオスカーの懐でもぞもぞしている事も、委細構わずオスカーがアンジェリークを己の膝に乗せてきゅっと抱きしめたままでいる事も、当然視界に入っているが、何事でもないように己の仕事に専念する。離れの客室は、その性質上、恋人同士の利用がほとんどであるし、新婚のカップルもよく担当するが、食事中も奥さんを膝の上に抱きっぱなしなほどアツアツのカップルは珍しい、とは正直思ったが。だが、微笑ましいことであるし、卒なく、あくまで平常心で振舞うのが、こういう際の接客の心得であったから。
顔色も変えずに空いた器だけ下げ、仲居は襖を閉めて一度退いた。
すると、アンジェリークはこの隙に、とでもいうようにむずかって、なんとか、オスカーの腕から逃れようとする。
「お、オスカーさま、放してくださいー。仲居さんがすぐ、デザートを持ってくるって言ってたじゃないですかー」
「だからって、なんでお嬢ちゃんを放さなくちゃいけないんだ?デザートもこのまま食べればいいだろう?」
「だ、だって、オスカー様にずっと抱いてもらってたなんて、見られちゃって恥ずかしい…」
「それなら、もう、一度見られてるんだから今更退いたって意味はないだろう?一度見られるも二度三度見られるも同じじゃないか」
「だから、それが恥ずかしいのにぃ〜」
「恥ずかしいなら、仲居が居る時は俺の胸に顔を埋めていればいい。そのために抱いているんだしな。それに夫婦仲のいい事は決して恥ずかしいことじゃないぜ?旅行に来ている二人が険悪で同じ部屋で口もきかないなんてことになったら、それこそ店の人間は困っちまうだろうが、仲のいい処を見せつけたって、店の者は困らないと思うが?」
「そ、それは、そうかもしれませんけど…」
「だろう?それに、こういう旅館の仲居はカップルには慣れてるから大丈夫さ。離れに泊まる客なんて、大概夫婦か恋人同士だろうしな。あの仲居だって、お嬢ちゃんが今俺の腕に抱かれている処を見たって顔色ひとつ変えずに、さも、平然と対応してたじゃないか。俺たちが特別って訳じゃないからだと思わないか?」
「そ、そうなんでしょうか…」
オスカーの言っていることは、いちいち尤もに聞こえる。旅館の従業員も目の前で喧嘩をしている夫婦より仲良しの夫婦の方が、それは扱いに困らないだろうし、こういう形態の旅館はカップルの使用が多いだろうということもわかる。自分たち以外のカップルは、この部屋のように隔絶された空間でどのように振舞うのが普通なのか、その実情がわからないので、アンジェリークには反駁する確たる論拠もない。
なんとなく、釈然としないものはあったが、自分自身もオスカーの許から何が何でも離れたい訳ではないので、そのままぐずぐずとオスカーの懐に居続けていたら、すぐに仲居がデザートのメロンとお茶を持ってやってきた。
「こちらに置いておきますね。折りを見て器を下げさせていただきに参ります」
「ああ。俺たちがいなかったら、風呂にでも行ってると思って、勝手に下げてくれて構わないからな」
「はい、かしこまりました」
そして、続いて仲居とオスカーが翌朝の朝食の時刻などをやり取りしている間、アンジェリークは結局オスカーに提言された通り、オスカーの胸に顔を埋めているしかなかった。オスカーの胸にいるのがさも当然というように、昂然と首をあげていることは、やはり、どうしてもできないし、しかし、確かにオスカーの言う通り、もう、オスカーの膝の上に収まっていたという事実は既に見られてしまっている以上、今更離れても、結局、仲居がいる間は顔も上げられず、身を小さくしていたに違いない。そう思えば、こうしてオスカーに抱かれて、顔を隠していられる方が、もしかして、よかったのかも…と、つい、思ってしまったアンジェリークである。
襖の閉まる控えめなカタンという音で、仲居が退いたらしい気配を察してから、アンジェリークは漸く顔をあげた。
いくら平然と振舞ってもらっても、他人である仲居がいる間は心から寛ぐ訳ではない。仲居が消えて、アンジェリークはオスカーの胸でほっと息をついた。
そのアンジェリークの顎をオスカーがくいと摘み上げる。
「お嬢ちゃんはもう、酒はいいのか?」
「はい、たくさんいただきましたから…でも、この前よりたくさん戴いたのに全然気分は悪くなりません。身体がふわふわして暖かくなって…気持ちいいです。こうしていただくと、お酒も美味しいんですね…」
「ふ…かわいいことを言う…」
自分が口移しで飲ませていたから酒も美味いのだ、という意味でアンジェリークは言ったのではあるまいとは思う。でも、そう思わせてくれるような、柔らかなもの言いが、アンジェリークの可憐さなのだと、オスカーは改めて感じ入る。
「ああ、お嬢ちゃんは本当にかわいいな…」
オスカーは、突き動かされる衝動のままにアンジェリークをきゅっと抱きしめた。
「あ、でも、私ったら、オスカー様に飲ませて食べさせていただくばかりで、自分から、何もしてさしあげてない…」
アンジェリークが今更ながら気付いたように、申し訳なさそうな顔になった。
「俺がしたいことをしただけだから、いいさ。お嬢ちゃんが気にすることはない」
そんなアンジェリークを宥めるように背を撫でるオスカー。でも、珍しくアンジェリークはその慰めにそのまま身を委ねなかった。
「よくないの…私、オスカー様に何でもしてさしあげたいのに、オスカー様に幸せを戴いてる分、私も、オスカー様に何でもしてさしあげたいのに…そして、オスカー様の何もかもになれたらいいなって思っているのに…恋人で、家族で、友達で、なんでも話せるような…なのに、私ったら、いっつもオスカー様に幸せにしていただくばかりで…私もオスカー様に幸せだって思っていただきたいのに…」
「俺はお嬢ちゃんが、こうして俺の腕の中にいてくれることが幸せなんだって言っただろう?さもなくば、片時も放さず抱いていたい、なんて思わない」
「オスカー様、ほんと?私…私ね、オスカー様の全てになりたいの…恋人で、家族で、友達で…一緒にいて楽しくて、幸せに思える、そんな存在になりたい…私では、至らない処が一杯あると思うけど…私一人では、全部にはなれないかもしれないけど、でも、私はずっと、オスカー様の側にいます、いさせてくださいね?…」
「お嬢ちゃん、急にどうした?」
気持ちよく回ったアルコールのせいか、アンジェリークはいつもより饒舌だ。それはいいのだが、とても真摯な愛の告白に思える言葉は、嬉しく感じる一方で、オスカーにはいささか唐突にも思えた。
オスカーの戸惑いを受けて、アンジェリークは自分が感じていたことを、切々と訴え始める。アルコールのせいで、出すぎたお節介かも、と思って伝えるつもりのなかった感慨がするりと口をついて出てしまった。
「だって…だって、オスカー様はずっとお寂しかったんじゃないかって、感じてしまったんだもの、お風呂に入っている時、周囲(まわり)が皆家族連れや、お友達同士ばかりだったから、オスカー様は、守護聖になられてから、こういう人たちを見る時、ふと寂しく感じたりしなかったかしら…って。私は聖地に来た最初からオスカー様が一緒にいてくださって寂しくなんてなかったけど…。今は、オスカー様も私がいるから、寂しくないって思っててくださっていればといいなって思って、そのためなら、私、なんでもしようって思ってたのに、気が付くと私ばっかり、オスカー様に優しくしていただいちゃってて…もー、私ったらダメ、気が回らなくて…私も、オスカー様に幸せな気持ちになっていただきたいって思ってるのに…」
「そんな風に感じてたのか…心配しなくていい、俺は幸せだ、寂しさを感じたりはしない。君が側にいてくれるから…」
「ほんと?ほんとに?」
「ああ、アンジェリーク、君はもう、俺の全てになっている…俺の大事なもの全てだ」
「え…?」
「俺の寂しさを案じてくれる君…俺が寂しくないようにと振舞おうとしてくれる君、そんな君が今は俺の側にいてくれる。これがどれほど嬉しいことか、心満たされることか…」
「オスカーさま…」
「君は、君こそ俺の…俺の最も大事な宝だ。俺のほうこそ、君がいなくてはダメになっちまう…だから、俺は、俺のほうこそ、君にとってそういう存在でありたい…ありったけの愛を捧げ捧げられる恋人であり、心和む家族であり、話していて楽しい友人でもありたい…」
「私も…私も、そうなの、オスカー様」
「お嬢ちゃん、そういう存在を最高のパートナー、最高の伴侶というのだと俺は思う…そして、君は既に俺の最高の伴侶なんだぜ?そして、俺も君にとってそういう存在でありたいんだ…」
「オスカー様…オスカー様は…オスカー様も、私の全てです…上手く言えないけど、私の何もかもです…何より一番大事なんです…」
「お嬢ちゃんこそ、俺の全てだ…こんなありきたりな言葉でしか言えないことが、もどかしいくらい、俺の何もかも、何よりも得難い大切な存在なんだ…」
「オスカーさま…」
もう、言葉はいらないと二人が同時に感じた。言葉よりももっと、直に、雄弁にお互いの思いを伝えたいと、やはり、二人は同時に感じていた。感じると同時に唇が触れ合った。
喉をならすほどにオスカーの唇と舌を欲し、その感触に酔う。
いつになく気持ちよく喫せたアルコールのせいか、常にもまして口付けている時に感じる頭がふわふわするような酩酊感が強い。
口付けているだけで、胸が絞られるように切なさが込上げてきて、その切なさを打ち消す為に、もっともっとと、オスカーの唇を求めたくなってしまう。
だが、浴衣の胸元にオスカーの手がごく自然にすっと差し入れられた時、アンジェリークは一瞬我に返った。
『そうだわ…私、浴衣の下に何もつけてない…』
オスカーの熱い掌が直に乳房に触れた。乳房の感触を掌全体で味わうかのようにゆったりと、包みこむように揉んでいる。それで改めて思い出した。先刻オスカーに浴衣を着せられた時、下着はつけないで、素肌に浴衣を羽織っただけだったことを。
こうなると細い帯で押えてあるだけの浴衣はなんとも頼りない。すぐにも乳房をはだけられてしまいそうだ。そして、きっとまた先端に口付けられ、含まれ、転がされ、吸われ…そして、そのいたたまれないような浮きたつような感覚に酔わされ、流され…
その感覚を思い起こすだけで身体の内部から熱いものが込上げてくる。でも、今は、やんわりと乳房を揉まれる感触に、そのまま酔い続ける訳にはいかないと、アンジェリークは思った。
「オスカーさま…待って…」
アンジェリークが無理矢理唇を外し、オスカーの身体を押しのけようとするかのように、僅かに手を突っ張る。
「……」
オスカーは唇が離された意味も、言葉の意味もわからぬふりで、アンジェリークの耳朶の縁を順々に食んでいく。やわやわと、乳房に指を食いこませたままに。
「…仲居さんが来ちゃう…お片付けに…」
いくらなんでもオスカーに愛撫されている所を見られるのだけは避けたい。例え見て見ぬ振りをしてくれたとしても、だからといって、いい、というものではない。いくら何でも、それは傍若無人というのではないかと思うから。
「心配しなくても、お嬢ちゃんの体を俺は他人に見せる気は…いや、風呂で見せちまったか…じゃ、お嬢ちゃんがいい声をあげている様子を他人に見せるつもりはない」
「じゃあ……?」
この手は、これ以上のことをするつもりはない、ということだろうか?でも、オスカーの手がどこにあって、何をしているかは浴衣の布地の下でもわからない訳がないと思うから、やっぱり、それは他人様に見せるような営みではないとアンジェリークは思う。
控え目に抗議をしようとしたその心中を察したように、オスカーはアンジェリークの唇にそっと人差し指を宛がった。
「お嬢ちゃん、なぜ、この離れは二間続き…しかも、ホテルのスイートと違って襖という衝立で仕切られていると思う?」
オスカーは返事を待たずにアンジェリークを一度立たせてから、膝の下に腕をいれてひょいと抱き上げ、片手だけで次の間に続く襖を開けた。
主間よりは小さい部屋の真中に目にも綾な布団が1組、枕を二つ並べて敷かれていた。
「あ…この畳に直に敷かれているのがお布団?ここは寝室…?」
アンジェリークもその意味がわからぬほど、初心ではない。毎日のようにオスカーに愛されてきた積み重ねがあるから。
「ああ、仲居も主間に俺たちがいなければ風呂に行ったと思うだけだろう?」
オスカーは上掛けを足で無造作に撥ね退けると、真っ白なシーツの上にアンジェリークをそっと横たえた。
「尤も…この紙製の仕切りじゃ、声は閉じこめておけないだろうから…後はお嬢ちゃん次第だな?」
どこかアンジェリークを不安にさせるような笑みを浮かべてオスカーが覆い被さってきた。
アンジェリークの腕は、意識せずともオスカーの背を抱きに動いた。
オスカーの手が再び乳房を捕らえに、胸元に忍びこんできた。先刻よりも大胆に乳房全体を大きく捏ね始める。惑いも躊躇いのないその手の動きは『一杯愛してやる』というオスカーの宣言のようだ。オスカーの確信と熱意が掌から伝わってくる。それでも、乳房を柔らかく捏ねるように揉むのは、まだ穏かな愛撫といえた。アンジェリークはオスカーの掌が与えてくれる安心感に、ほぅと小さく吐息をついた。
「不思議…」
「何がだ?」
オスカーがVの字にあいた胸元に唇を寄せながら尋ねる。
「床に敷いてあるお布団なんて初めてだけど…やわらかくって身体が沈むみたいで、でも、ベッドみたいには弾まなくて、不思議な感じです…」
「ベッドと違って高さを利用した体位はできないが、落ちる心配もないから多少大胆に動いても怖くなくていいかもしれないぜ?」
「もう、オスカー様ったら…」
オスカーのそんな艶話も、アンジェリークはくすくす笑って受け入れることもできるようになっている。少し前は、こんな他愛もない艶話にも、困ってしまったり、照れたりで黙りこくってしまったものだった。でも、そんなに構える必要なんてなかったのだ。オスカーは、自分を心から慈しみ、愛してくれる。そのアプローチの仕方や道筋が多少変化するだけで、その気持ちはいつも変わらないということが、わかっているから。そして、そういう気持ちには素直に喜びを返せばいいだけだと、何時しか悟ったから。今の言葉もつまりはそういうことなのだ。『思いっきり愛し合おうな?』という意味なのだから…
アンジェリークはオスカーの背に回した腕に力を込めた。
同時にオスカーはアンジェリークの胸元を大きく開けようとしていた。敢えて帯は解かないつもりだった。
せっかくの異国情緒だ。存分に楽しまない手はない。枕もとのランプシェードもまた紙製で、すりガラスや布のシェードよりももっと柔らかく感じられる灯りが、ほんわりと部屋を満たしている。どうせならこのインテリアに合った情緒のあるセックスを堪能し、堪能させてやりたいではないか。せっかく下着を付けずに浴衣を羽織らせたのだから、このまま愛し合うのも一興ではないかと思うのだ。
そして浴衣というのは、なんと崩し易い召し物であることか、とオスカーは感心していた。
ほんの少し、胸元を広げ、裾をからげるだけで男の目的がばっちり完遂されるようになっている。
しかも、崩し方によって、あのきりっとした外観が恐ろしいほど淫靡になるという、その落差もすばらしい。胸元が開いて乳房が零れる様といい、乱れた裾の合わせから覗く脚のラインの妖しさといい、キモノの形態にしろ着方にしろ、この地方の男たちが、脱がせて楽しいように狙って作って女性に着せたのではないかと思うほどだ。
手でぐいと襟元をはだけ、片方の乳房だけまろびださせる。前開きだからこそ、片方づつ露にすることが可能なのだ。そして片側が隠されたままの乳房というのは、なぜ、こうも扇情的に見えるのだろうと思う。同時にもう一方の手で大きく裾を開いて脚を露出させる。裾の合わせのあたりに、丁度金褐色のけぶりが見え隠れしている様も官能をそそる。オスカーはそのまま、乳首を口に含み、花弁を指先で探るつもりだった。
が、アンジェリークが突然はっとしたように
「まって…オスカー様…」
と言っていやいやと首を振って逃げるように身体を上にずらした。
オスカーは些か憮然とした。
「なぜだ?」
ここはいつ仲居が入ってくるかわからない主間ではない。声さえ出さなければ、襖の向こうの事を仲居が気にする訳もない。尤もアンジェリークが声を出さずにいられる程度の愛撫で済ますつもりもなかったが。だが仲居は何を聞いて何を思おうと顔には出さないだろうし、ましてやこっちの部屋に踏みこんでくる訳もない。愛撫を避ける理由など、もう、ないではないか。
「あのね、今度は私から、色々してさしあげたいから…」
「え?」
アンジェリークが羞恥から自分を押し留めたのかと思っていたオスカーは、一瞬、言葉の意味を解せなかった。
「だって、さっきから私ばかり、オスカー様に色々していただいちゃっているから…私も、オスカー様に色々してさしあげたいのに、このままだと言っているだけになっちゃう、だから…」
こう言いながら、アンジェリークはそっとオスカーの身体の下から抜け出して、オスカーのすぐ脇に仰臥し直した。
そして、オスカーの顔を覗きこみ、照れくさそうに目許を染めて笑みながら
「私が上になってもいいですか?」
と尋ねた。
さっき、思ったばかりなのに…『私も、オスカー様に何でもしてさしあげたいの』って。なのに、また、オスカー様の優しい愛撫に浸っているばかりでそれを忘れちゃう処だった。でも、オスカー様に一杯幸せを戴いてる分、今度は、私からオスカー様に色々してさしあげたいんだもの、こんなことでよければ…だけど…
そう、考えながら。
オスカーに無論、異論のあろう筈がない。
「じゃあ、今はお嬢ちゃんのもてなしを堪能させてもらうとするか…」
「…あんまり、上手じゃないかもしれないから…どうしたらいいのか、教えてね?オスカーさま…」
アンジェリークは改めて仰向けになったオスカーの両頬を小さな手で包んで、挨拶のような口付けを落した。オスカーは、そのアンジェリークの頭を抱えこんでもっと深い口付けを仕掛けようとしたが、その前にアンジェリークの唇は軽やかに離れて、太い首筋に降りていた。
細くしなやかな指先が、男物の浴衣の前をそっとはだけていく。胸板にひんやりとした手が宛がわれて、ぞくりとオスカーの背に心地よい戦慄が走る。
「オスカーさま…好き…」
そう言いながら、アンジェリークの唇はオスカーの胸板を滑っていく。囁きかける声そのものに、素肌をくすぐられるようでたまらない。アンジェリークは厚い胸板に唇を押し当て、時折思いついたように留まっては吸ってみたり、舌先で舐め上げたりする。
そのうち濃褐色の胸板の先端に、柔らかな唇がそっと触れてきた。躊躇いがちに、舌を回したり吸ったりしている。女性の乳首と違って、そう劇的な変化を起こす訳ではないので、自分の愛撫が的を射ている確信がないのだろう。
だが、オスカー自身はぞくぞくするほどその感触が心地いい。アンジェリークの可愛らしい舌が己の胸板に舌を這わせているその様子をみているだけで、体はこれ以上はないほどに反応してしまう。たどたどしさも含めて、アンジェリークの懸命さや、オスカーに気持ちよくなってもらいたい、という思いがひしひしと伝わってくる。
だから、オスカーはアンジェリークを安心させるように、髪や背を撫でてやる。本当は背中から、まろい臀部を撫で、そのまま手を伸ばして豊かな秘唇を撫でさすってやりたかったが、この姿勢で裾の長い浴衣を、臀部を全て露にするまでからげるのは、少々無理があった。
かわいいお尻を愛でるのは、また後の楽しみにしておくか、と逸る自分を内心苦笑しつつ宥める。
替りにアンジェリークの片手を取って、張り詰めた自分の物に触れさせた。
「あ…」
アンジェリークが、瞬間、嬉しいような、少し困ったような複雑な表情を見せた。
「お嬢ちゃんの愛撫が心地いいから、もう、こんなになっちまった」
髪を撫でながら、アンジェリークを力づけるように囁きかける。
「ほんと?気持ちいい?オスカーさま…」
「ああ、お嬢ちゃんの気持ちが唇から伝わってくる」
「…うれしい…」
アンジェリークは嬉しさの隠しきれぬ様子で艶然と笑んだ。小さな手はオスカーのものをやんわりと握ったままだ。全体の輪郭を撫で摩るように、掌をゆっくり上下させる。唇は再び胸板に押し当てられ、そのまま、徐々に身体全体を下方にずらしていく。
「んっ…」
そしてオスカーの背と布団の隙間に手をいれ、帯を解こうとする。が、片手では上手くできず諦めたらしく、大きく広げた胸から腹にかけてまた唇を押し当てはじめた。図らずも、オスカーと同じように、浴衣を着せたまま、愛撫を続けるつもりのようだ。
オスカーは苦笑した。
「お嬢ちゃん、俺の帯を解くなら、そこから手を放して両手を使っていいんだぜ?何も俺と同じように片手で脱がせなくてもいいんだ」
指摘されて、アンジェリークは、仄かな燈火ででも、はっきりわかるほど真っ赤になった。
「そ、そ、そうですね、無理に片手で解かなくてもよかったんですよね…」
「俺のものを一瞬でも手放したくなかったからかな?」
「!!!〜〜〜〜」
アンジェリークは照れくささの余り、オスカーの腹筋にぐりぐり顔をこすりつけてしまった。
オスカーを自ら全裸にしようとしたこと、それを片手でしようとして果せなかったのを見ぬかれたこと、そして、なぜ、自分では意識していなかったにも関わらず片手で帯を解こうとしていたその訳を指摘され、自分でも「そうかも…」と思いあたってしまって、余計に身の置き所がなくなってしまった。
オスカーは、照れまくっているアンジェリークの髪を優しく撫でた。
「そんなにいとおしんでくれて、俺は嬉しいぜ?」
アンジェリークが、くっと顔をあげて、すがるようにオスカーを見た。
「ほんと?嬉しい?」
「ああ」
「じゃ、じゃ…もっと、してもいい?」
アンジェリークは改めて、明確な意図をもって握っているものの方に身体をずらした。アンジェリークの手はオスカーの浴衣の裾を割って中に入りこみ、今も直にオスカーのものをやわやわと握っている。オスカーもまた、下着を身につけていなかったから。アンジェリークはそのオスカーの浴衣の裾を押しのけるように、握ったままのオスカーのものを露出させると、うっとりとした表情でその先端に口付けた。
「っ…!…お嬢ちゃん…いつになく大胆だな…」
「いや?オスカーさま…」
「いや、むしろ、楽しいし、嬉しい…な」
「よかった…だって、色々してさしあげたいんだもの…」
アンジェリークは安心したかのように、小さく舌を差し出してオスカーのものを丁寧に舐め始めた。
「ああ…」
オスカーの返答にも吐息が混じってくる。
「それにね、私も嬉しいの…私が触れて、オスカーさまのが、こんなに熱く硬くなってくれたのかと思うと嬉しいの…もっと、いっぱい触れたくなるの…」
「アンジェリーク…」
「オスカー様に気持ちよくなっていただきたいの、オスカー様が気持ちいいと嬉しいの…」
アンジェリークは、オスカーのものに手を添えてその幹の部分に唇を押し当たまま、顔を何度も左右に揺らして唇全体で擦りつけて愛撫する。
「ああ、すごく気持ちいいぜ…」
「嬉しい…」
アンジェリークは目許を染めながら笑むと、ゆっくりと幹全体を口腔内に収めていく。1度自分の限界まで収めてから、ゆっくりと顔を上下させ始めた。
「美味いか?お嬢ちゃん…」
「んっ…んっ…」
アンジェリークは、口が塞がっているので当然返答はできない。黙って、口唇での愛撫を続ける。その方がいい。だって、こんな問いにどう応えてたらいいのか…不味い…なんて事はない、でも、美味しいなんて、言える訳もない…
でも、オスカーは『美味しい』って答えたら嬉しいのだろうか…
自分が口唇や舌で愛撫されている時「お嬢ちゃんのここは、美味しいな…」なんて、オスカーに言われたら私ならどう思うかしら…想像しただけで恥ずかしくて死んでしまいそうになって、アンジェリークはその想像を振りきるように、一層唇の動きを早めた。
でも、きっと、恥ずかしくて死にそうになりながらも、嬉しく感じるかもしれない…
今は、口が一杯だから言えないけど…でも、もし、今度聞かれたら、思いきって感じるままを答えてもいのかも…ううん、きっと、私答えてしまう…
そんな事をつい考えてしまい、その事を想像しただけで更に身体が熱くなった。それでなくても、確かな、確かすぎる程の量感をもつオスカーのものが口腔内を塞いでいるその感触に、身体がいたたまれないほど熱くなっているというのに…
そして、オスカー自身も、一心不乱に己に愛撫を与えてくれているアンジェリークにどうしようもない愛しさが込上げる。身体に満ちていく快楽の絶対量に思わず息が荒くなる。
自然に半身を起こしてアンジェリークの腕を掴み、話しかけていた。
「俺にも…お嬢ちゃんを愛させてほしい…」
口唇の愛撫だけで暴発するほど青くはない。気を逸らさないと我慢できない訳でもない。が、アンジェリークにだけ愛撫させているのは、趣味ではなかった。アンジェリーク自身は、先刻風呂場では愛撫されるばかりだったから、今は、自分の方から…という気持ちなのだろうが、オスカー自身が、もっと単純に、理屈以前に、自分自身がアンジェリークを愛撫したい、それだけだった。
アンジェリークは膝を揃え、オスカーから見ると斜め後ろ向きの姿で愛撫をしている。オスカーは、アンジェリークの後背からいささか強引に浴衣の裾の中に手を差し入れて臀部の下に手を添え、僅かにその部分を持ち上げさせた。
「ん…」
それだけで、わかった。アンジェリークが太腿まで滴るほどに濡れそぼっていることを…この分では浴衣にも染みこんでいることだろう、と思わせる程に愛液が溢れかえっていた。
オスカーは、誘われるように恐らく濡れ光っているであろう秘唇をするりと撫で上げた。
「んんっ…」
アンジェリークがむずかるように、臀部を振った。
「すごいな、お嬢ちゃん…浴衣まで染みちまうほどに溢れかえっている…」
言いながら秘唇の合せ目につぷりと僅かに指をさしいれた。その指を浅いところで小刻みに蠢かす。くちゅり…と粘り気のある水音を故意にたてる。
「ほら、こんなにくちゅくちゅ言ってるぜ…」
「んっ…んっ…」
「俺は今からお嬢ちゃんを愛撫するのに、なぜ、もう、こんなに溢れているのかな?お嬢ちゃん…」
オスカーが、答えを促すように指でゆっくりと大きく円を描いて秘裂をかき混ぜはじめた。
「んんぅっ…」
アンジェリークは秘唇の入り口を弄られても、秘裂をかきまわされても、オスカーのものを懸命に口から放すまいとする。口を放せば、オスカーの問いに答えてしまう自分を予感していたから。自分でもきっと濡れているだろうとは思っていたが、ここまで溢れているとは思わなかった。自分がなぜ、こんなに濡れているか、その訳もわかるから、尚更気恥ずかしい。
困ったように首を振って、それでも、口を開かないアンジェリークを、オスカーはもう少し追い詰めたくなる。腹側の肉壁を指の腹で何度かすりあげた後、いきなり、鋭く指先で奥をついた。
「あああっ…」
突然の鋭い責めにたまらず、アンジェリークはオスカーのものから唇を放した。放してしまった。思わず、オスカーを見つめる。その瞳は情欲と駘蕩に紗がかかっている。ふっくらした唇が濡れて半開きになっている様も喩えようもなく淫らだった。オスカーも無意識に唾を飲む。
「ほら、今にも挿れてください、と言わんばかりに溢れてるぜ?」
オスカーが囁いた途端に、また、肉壁全体からじわりと熱く溢れ出してきたものがあった。オスカーの指がそれを感じた。
「もう挿れて欲しいのか?今、言った途端、また溢れてきた…」
「ああ…」
アンジェリークは諦めたような、しかし、どこか、嬉しげにも聞こえる吐息をついた。
そして、口から放してしまったオスカーのものを指先を絡ませるように弄びながら、潤んだ瞳でオスカーに訴えかけた。
「そう…なのかも…だって、感じて…いたから…」
「どうして?」
「オスカー様の…を…咥えていたから…」
「俺のものを咥えるとどうしてこんなに欲情するんだ?」
「だって、オスカー様のが、愛しい…これが、後で、私の中に入ってくるのかと思うと…あふれるの…溢れてきちゃうの…体の中から何か熱いものが込上げてくるの…」
ああ、言ってしまった…恥ずかしくて溜まらない、でも、これが偽らざる気持ち…
だが、オスカーは恥ずかしがって俯いたアンジェリークをぎゅっと抱いてその身体をぐいとひっぱり上げ、完全に自分の上に乗せた。そのまま自分の胸にアンジェリークの頭を自分の胸に押しつけるように抱きかかえた。
「恥ずかしい時は、俺の胸に顔を埋めろといっただろう?」
「オスカーさま…」
「それに、恥ずかしいなんて思わなくていい、こんなに期待してもらって、俺も嬉しいぜ?がんばらないわけにはいかないな…」
「オスカー様…プレッシャー?」
「ふ…誰にものを言っているんだ?お嬢ちゃん…期待されるほどにそれが励みになり、一層の力を発揮するのが真の男じゃないか…」
「オスカーさま…」
「お嬢ちゃんの期待に…いや、期待以上に応えてみせる。お嬢ちゃんをこの上ない高みにいざなうこと、それこそが俺の愛の証なのだから…」
「ああ、オスカーさまぁ…」
「さ、欲しかったら自分で導いてごらん、お嬢ちゃん…」
「あ…」
促されて、自然に身体が動いた。オスカーのものの脈動を確かめるようにいとおしげにさすってから、手を添え己の秘裂に宛がう。オスカーのものに何度か愛液をまぶすように腰をすりつける。どんなに愛液で満ちていても、この怖い程に逞しいものがすんなりと入らないような気がしてしまうから。
だが、それは、オスカーにはアンジェリークに焦らされているように感じられてしまう。
なぜ焦れる?焦らされているように感じる?
そう自問しながら、我慢できずにぐいとアンジェリークの腕を引いて、一気に腰を落とさせた。
「ああっ…」
アンジェリークが高い声をあげて背をのけぞらせる。同時にオスカーもまた満足気な吐息を零す。
自分という存在が包みこまれ、抱きとめるられる至福の瞬間…丸ごと自分を受け入れてもらう、暖かで豊かでこの上なく満ち足りたこの思い。
なぜ、焦れたのか。自分の方こそ、アンジェリークと繋がりたい、結びつきたいと強く思っているからだと、思い知る。
アンジェリークを抱きとめるのは、自分の役目だと思いながら、本当は自分こそがアンジェリークに受けとめられ、抱きしめてもらっている。受け入れられる至福を与えてもらっている。それをオスカーはわかっている。だから、俺もまた、自分の与えられる物全てを惜しみなく彼女に与えたいと思うのだ。
オスカーは背をしならせたアンジェリークの腕を掴みなおして、再度自分に引寄せた。
アンジェリークの身体がオスカーの上に倒れこむ。その機を狙ってオスカーは激しく下から突き上げた。
「あぁっ」
そのまま、勢いよく腰を上下させる。布団はスプリングが利かない分、若干律動のリズムが取りにくいが、無闇に跳ねる心配もないので、密着度の調節は却って容易だ。それがわかって、オスカーは、更にアンジェリークの腕をきつく引いた。
「あっ…あっ…」
アンジェリークは腕を強く引かれているので、どんなに激しく突き上げられても身体を逃せない。自分の重みでますます、深く抉られる。全身がオスカーに貫かれているような気がする。
オスカーがわずかに半身を起こし、倒れこんでいるアンジェリークに口付けてきた。舌を差し出してアンジェリークの舌を舐る。アンジェリークも誘われたように舌を差し出して、オスカーのそれに絡めては弾く。激しい突き上げを与え、受けながら、互いに舌を弾かせ絡め合う濃厚な口付けを交す。
口付けながらの律動にどうしようもなく官能が高まっていく。
オスカーは背筋を利用して身体を起こし、改めてアンジェリークをぎゅっと抱きしめた形で腰を突き上げた。同時に眼前で揺れる乳房を唇で捉え、舐め転がす。きつく吸う。乱れた浴衣の胸元から片方まろびでたままの乳房の眺めは、この上なく淫らで美しかった。矢も盾もたまらず、口に含まずにはいられないほどに。
「ああぁっ…オスカーさまぁっ…」
乳首を吸われながらの律動に、アンジェリークが悲鳴ににも似た嬌声をあげ、激しく頭を振る。
「気持ちいいか?お嬢ちゃん…」
乳首の先端を尖らせた舌先で弾きながら、オスカーは途切れ途切れに問う。
「気持ちいい…気持ちいいのっ…すご…く…あ…あぁっ…」
アンジェリークもまた息も絶え絶えに答える。オスカーの髪に指を埋めて抱きしめている。
「俺も…もっともっと抱きしめたいんだ、君を…思いきり…」
言うやオスカーは上体を倒して、此度は自分がアンジェリークを組み敷いた。
アンジェリークを全身で覆い被さるように抱えこみ、力一杯抱きしめながら、思いきりよく律動を放つ。
「あっ…はっ…やぁっ…」
アンジェリークの忙しなく苦しげな吐息がオスカーの耳を打つ。その吐息に押されるように、更に深く、強く、渾身の力でアンジェリークの胎内を己の凶器で抉る。飢えきった獣が何もかも貪り尽くすように、食らい尽くすように。
肉を打つ湿った音が高く響く、それ以上に、アンジェリークの嬌声はますます忙しなく、音域を高めていく。オスカーの額に汗が浮かぶ、アンジェリークの額に落ちる。そのアンジェリークの表情はどこまでも美しい。苦しげで切なげで、でも、幸せそうで、光り輝いて見える。
「アンジェ…アンジェリークっ…」
「オスカー!オスカー!…だめ…も…あ…ああっ…」
アンジェリークがオスカーの背にきゅっと爪をたてて食いこんだ。
その刺激に溜まらず、オスカーも精を放った。
オスカーの生命力そのもののような熱い迸りがアンジェリークを満たす。
「あ…ああ…」
暖かなものが、身中の隅々まで行き渡り自分の中に染みわたっていく。この上ない幸福感にアンジェリークは全身を委ねて漂う。
オスカーが穏かな口付けをおとしてくる。
自分が暖かな蜜になったような気分でアンジェリークは、それを受けた。
オスカーはアンジェリークの頭が己の胸板と腕の付け根の窪みに収まるように抱きなおして、改めて触れるだけの口付けを落した。
「俺が手を握っててやるからな、安心して休むといい…」
アンジェリークはとろとろの気分のまま、こっくりと頷いた。
「オスカーさまもお休みなさい…」
「ああ、温泉に入って疲れただろうからな…今日は、もう、寝ような?静養に湯治に来てるのに、お嬢ちゃんを余り疲れさせるわけにもいかないからな…」
そういうと、オスカーは空いていたもう片方の手でアンジェリークの手を指を絡め合わせるように取って、その指に口付け、額に口付け、頬に口付け、鼻の頭に口付け、最後にもう一度軽く唇にキスしてから眠る体勢に入った。
アンジェリークは、真綿で包まれたような最上の眠りに落ちる直前、こんなことを思っていた。
『オスカー様に抱かれるの好き…今も、すっごく気持ちよかった…だけど、こうして抱きしめてくださって、手を握ってくださってるだけでも、私、すっごく、しあわせ…オスカー様が一緒にいてくだされば、いつでも、どこでも、最高にしあわせなの…』
オスカーの胸に抱かれ、手を握られている安心感と幸福感こそが、アンジェリークの宝であった。
翌朝、2人は仲居が朝食を運んできてくれる時刻まで寝入ってしまった。
布団は次の間なので、布団上げのために早めの時刻に起こされないで済んだだけマシだったが、食事を部屋に運んでもらうシステムは、正直、便利なんだか不便なんだかよくわからない処があるな、とアンジェリークが思ったのも事実だったが。
そして、朝食の膳を下げながら仲居が、今晩の夕食について言及した。
「今夜のお夕食は、昨晩とは趣向を変えまして豆腐懐石でございますよ。くみ上げ湯葉が美味しゅうございますから、楽しみになさってくださいね」
「く、くみ上げルヴァ???何ですか?それ」
とてつもなき珍奇なものを想像してしまったアンジェリークに仲居が微笑んで答えてくれた。
「はい、お豆腐を作る元の豆乳を煮ながら、浮かんでくる膜のようなものを掬って召しあがっていただきます。掬うタイミングは私どもがお教えいたしますので…」
「そ、そんなの初めてです。今日のご飯も楽しみですねー、オスカー様!」
「んー、まー何かよくわからんが、お嬢ちゃんが楽しいなら俺はそれでいい」
少なくともアンジェリークはこの夕食への期待のおかげで、仲居がいるからこそこういう食事も成り立つのだろうし、不便さも含めて異国情緒とか、旅先の楽しみなのだろうと思いなおすこともできた。
食事が済んでから、2人は一度フロントのある本館に赴いた。館内サービスで、アロマテラピーやタラソテラピー施設があると知り、オスカーがアンジェリークに勧めたのだ。
オスカーがコンシェルジュに予約をいれると、アンジェリークが「オスカー様はどうなさるの?一緒になさらないの?」と聞いてきたので、オスカーは
「俺はスポーツジムで汗でも流しているさ。さもないと、お肌がつるつるぴかぴかのお嬢ちゃんをいつまでも布団から出せなくなっちまいそうだからな。物理的かつ強制的にお嬢ちゃんと距離を置くようにしないと、俺はどうしてもお嬢ちゃんを疲れさせちまう。湯治にきたのにお嬢ちゃんを疲れさせる訳にはいかんし、だが俺には、お嬢ちゃんを目の前にして、その辛抱をする自信がないんでな」
と冗談めかして答えた。そんなオスカーに、アンジェリークは必死で訴えた。
「じゃ、じゃ、私、夜に多少寝不足でも、疲れても大丈夫なように、タラソテラピーの間、ずっと眠っているようにしますね!だから、オスカー様、心配なさらないで…」
オスカーはこのアンジェリークの言葉に深く感銘を受けた。
「お嬢ちゃん…ああ、お嬢ちゃんは、本当になんてかわいいんだ…そんなに俺と2人の時間を大事に思ってくれるなんて…」
「そんな、当たり前です。オスカー様と一緒にいられるの時間が私の1番幸せな時間、宝物なんですもの。だから、そのためにお肌を磨くのも楽しいですけど…でも、それはオスカーさまがいてくださるからこそなんですよ…?」
「お嬢ちゃん…」
「オスカーさま…」
旅館のフロントの真ん前で濃厚な口付けを交し始めた2人に、チェックアウトをしている客や従業員たちが思いきり目を奪われたのは無理はなかった。昨日から、この2人を担当していた仲居が、2人のアツアツぶりはこんなものではない、と仲居仲間に昨晩見聞きした事を話したものだから、この日以降、この2人のアツアツぶりを1目みようとした仲居の間でこの部屋の担当が日替わりで交替となった挙句、この2人は、旅館始まって以来(そして、2度と現われないであろう)史上最強のアツアツカップルとして語り継がれることとなるのである。