All your fortune 2

部屋まで案内してくれた仲居が、改めてこの部屋を担当する旨を挨拶した後、この地方の風俗に不慣れな異邦人である二人に仔細に色々な説明をしてくれた。部屋にあがる時は靴を脱ぐということ自体、アンジェリークには珍しかったが、初めて踏む「畳」という床材は、どこか懐かしい臭いがして、柔らかい弾力があり、大層足に心地よかった。

そして、オスカーはオスカーで、今日泊まる部屋に案内されるや否や、また別の、そして、オスカーにしてみれば大本命である異国情緒を味合わう機会を提供してもらえることとなった。

案内してくれた仲居が、紙製でできたクローゼットの扉を開け

「浴衣の見本がここにございますので柄を選んでいただけますか?…」

と問うや、アンジェリークが

「浴衣って何ですか?」

と逆に尋ねかえしたのだ。

仲居は見るからに異邦人のこの客に微笑みながら、浴衣のことを説明した。

「このお着物は、お風呂上りに着る砕けたお召し物で、館外には出られませんが、この丹前という上着を着ていただければ宿の中はこのお姿のまま、どちらにでもいらっしゃれます。さもないと、いくつもある温泉に入りますのにいちいちお着替えがご不便でしょうし、これくらい薄いお召し物でないと温泉からあがったあとは、熱さがこもってかえって汗をかいてしまうので、こういう風通しのいい、さらりとしたお召し物が湯治では便利なんですよ」

「あ、これもキモノなんですか…?」

ほほ…と微笑みながら、仲居が続ける。

「露天風呂にいらっしゃるなら、そちらの方が、多分、お楽ですよ。当旅館では、女性のお客様にはお好みの浴衣を選んでいただいているのですが、よかったら奥様には私が着方をお教えいたしましょうか?」

「私でも着られますか?」

「ええ、もちろんでございます。簡単ですし、きっとおかわいらしゅうございますよ、ねぇ、ご主人様」

「ああ、せっかくだから、そうしてもらうといいぜ」

オスカーは、これは手間が省けた、と内心ほくそえんでいた。

この辺境惑星の温泉地を選ぶにあたり、オスカーは是非ともアンジェリークの浴衣姿を見たいと思っていた。

が、浴衣というものは有体に言って主星の文化ではバスローブに等しい。旅館に逗留中は、確かに浴衣姿でドレスコード上の問題はないのだとオスカーが力説しても、アンジェリークがそれを信じるかどうかわからなかったし、信じたとしても、バスローブみたいなものを一日中着て、しかもその姿で人前にでるというのは、アンジェリークが心理的に抵抗を感じるかもしれないと危ぶんでいたので、仲居の提案はまさに渡りに船であった。

「ご主人様は、着方はご存知ですか?」

「ああ、俺はいいから、お嬢ちゃ…彼女に着方を教えてやってくれないか」

「では、奥様…こちらへ…」

アンジェリークが仲居と一緒に次の間に引っ込み、紙製の引き戸を閉めた。

この宿の作りはインテリアのほとんどが紙か木、もしくは竹でできている。面白いものだなと思いながらオスカーも男性用と思われる浴衣を出して袖を通してみた。

「たしか…右が前だったか??いや、左側が前か…?」

ここに来る前に辺境惑星の風俗に詳しいルヴァに聞いておいたのだが、どうも記憶があやふやだ。まあ、どちらでも大して差はあるまいと思って体裁をどうにか整えたものの、オスカーは、合わせの向きがわからない以前の大問題を発見した。

「短すぎる…」

身長190cm近くある偉丈夫であるオスカーには、この浴衣という着物は丈が短すぎた。脛どころか、下手をすると膝頭まで見えてしまいそうである。この衣装は足が隠れるくらいの長さが正式だった筈だと思い、仲居に「もっと丈の長いものはないか聞いてみよう」と思い声をかけようと思ったとき、次の間に続く紙製の引き戸があいた。

「うぉ…」

オスカーは思わず唸って息を飲んだ。

極々淡い桃色の地を紺と濃紫と若葉色に染めぬいたクレマチスのような花柄(鉄線花柄だということは、オスカーには当然わからなかった)の浴衣を着たアンジェリークが照れくさそうにもじもじして立っていた。金の髪も仲居にアドバイスされたのか、いつのまにか軽く結い上げられ、二筋三筋零れ落ちた後れ毛が後光のように白い顔の輪郭をとりまいていて、なんとも言えぬかわいらしさだった。

「お、オスカー様、どうですか?おかしくないですか?」

「か、かわいい!かわいすぎるぜ、お嬢ちゃん!」

「あら、お嬢様だったんですか?奥様かと思って、これは失礼しました」

と仲居が恐縮したものだから、オスカーはアンジェリークをマッハの速度で押し倒す前に我に返ることができ、アンジェリークの方はというと、かぁああっーと見る間に真っ赤になってしまった。

「いえ、その、あの…」

「いや、俺たちはれっきとした夫婦なんだが、なんというか…」

「ああ、お若いお二人ですものね、結婚して間もないので、呼び方がお付き合いの時のままなんですか?仲がよろしくてようございますね」

仲居に微笑まれて、二人は仕方なく笑った。もしかしたら、自分たちはこの仲居が生まれる前から夫婦なのかもしれないのだが、そんなことは言う必要もないし、言ったら却って困った事態になってしまうのが目に見えていたからだ。

それでは、館内案内図はこちらに、あと、お食事は何時頃にいたしましょう、と聞かれたので、オスカーは適当と思われる時刻を告げた。承知した仲居が、今、お茶をお持ちしますねと言って退出しようとしたので、オスカーはついでに、1番丈の長い浴衣を持ってきてくれるように頼んだ。

「面白いですねー、オスカーさま。ご飯もお部屋まで運んでくれるんですか?」

「ホテルなら、自分でレストランに行く処だがな。こういう旅館では食事もお任せで、しかも部屋に居ながら食べられるんだ。何が出てくるかはわからないから、まあ、お楽しみだな。それとも食事は選べた方がよかったか?」

「ううん、こういうの、初めてですもん、もー面白いです、すっごく楽しいです」

「それはよかったな、お嬢ちゃん。何よりお嬢ちゃんが楽しいのが一番だからな」

「ところで、オスカー様、さっき聞きそびれちゃったんですけど…ろてんぶろって何ですか?」

「ああ、この旅館のメインの疲労回復・美肌効果バツグンの温泉だ。その温泉が、庭園なんかにしつらえられていて、屋根や壁のない…屋外にあって、風呂に入りながら外の景色を楽しめる風呂を露天風呂という」

「お庭にお風呂があるんですか?」

「ああ、屋内の風呂と違って頭は外気にあたるからのぼせにくいらしい。お嬢ちゃんも、ゆっくり風呂に入って疲れを癒すとといい。食事までに一度風呂に入るか?」

「え?あ、あのオスカーさまは?お風呂に入らないの?」

と自分で言ってから、アンジェリークは「あっ!」という顔をした

「そうか…オスカー様とは一緒に入れないんですよね。こういう所のお風呂は…いつも一緒なのがあたりまえだったから…やだ、私ったら…」

と自分で言ってから、アンジェリークは更に真っ赤になってしまった。

その一方、オスカーはこれ以上ないというほど、嬉しそうな満足気な笑みを見せた。

「ふ…俺も一緒に入りたいのは山々だが…『大浴場』は、別々でも致し方ないな」

なぜか、オスカーは「大浴場」を殊更強調した。

「大浴場でも混浴なら一緒に入れるが、俺はお嬢ちゃんの体を他の男に見せるのは嫌だし、俺の身体も他の女性客には目の毒だと思わないか?何せ、いくら見せびらかしても、俺はお嬢ちゃんのもの、お嬢ちゃんは俺のものなんだものな?」

「あ、は、はい、そうですよね。…オスカー様は素敵だもの、きっと、すごく見つめられちゃうだろうから…きっと、私、やきもちやいちゃう…」

「俺は焼きもちを焼いてもらってみたい気もするが…」

「やん、オスカーさまぁ…」

「だが、俺の方こそ、きっとものすごいジェラシーの炎に捕われちまうだろうからな…なにせ、お嬢ちゃんは海から上がったばかりアフロディーテみたいだからな。その美しい姿は俺だけのものであってほしい…」

「そ、そんな、オスカー様こそ、神話の男神さまみたいです。私、いつも、見惚れてしまってます…私こそ、こんな素敵なオスカー様のいつも一番近くにいられて…幸せです…」

アンジェリークにこんな嬉しいことを言われオスカーは胸が一杯になった。続けて提言しようと考えていた事があったのだが、それも忘れて、オスカーは反射的にアンジェリークをきゅっと抱き寄せた。

「お嬢ちゃん…俺こそ君がいてくれて幸せだ…」

「オスカーさまぁ…」

引き合うように抱き合い濃厚な口付けを交していると「こほんっ!」と控え目な咳払いが聞こえた。

「お茶とご主人様の浴衣をお持ちしました…」

はっとして、入り口に目をやると、先ほどの仲居が、大判の男物の浴衣とお茶道具を持って控えていた。

「〜〜〜〜」

アンジェリークは今から湯あたりしたように真っ赤な顔を無意識の内に浴衣の袂で覆っていやいやをするように頭を振った。

その様が、無意識の媚態に見えて、オスカーは思わず生唾を飲みそうになってしまう。

仲居が、くすくすと笑っていった。

「本当にかわいらしい奥様ですねぇ」

「ああ、もう、骨の髄までメロメロだ」

と、臆面もなく惚気るオスカーと、

「お、お、オスカー様ったら、オスカー様ったら、もーもー知らないっ!」

と、更に困って、でも、甘えるようにオスカーの胸に顔を埋めるアンジェリークの姿とに

『このご夫婦はどう見ても新婚さんだわ』と断じた仲居は『早目に次の間にお床をのべておいてさしあげなくては…』と思い

「まぁ、ご馳走さまでございます」

と、そつない答えを返してから、オスカーに

「旦那さまも風呂はいかがですか?部屋付きのお風呂もよろしいですが、大きなお風呂もせっかくですから、経験なさってみては?」

と勧めた。目の前で床をのべたら、このかわいらしい若奥さんは、更に身も世もないほど、恥ずかしがってしまうだろうと思い、それとなく席を外してもらおうと思ったベテラン仲居の気遣いであった。

どうにもこうにも、恥ずかしくて気まずくて仕方なかったアンジェリークは

「じゃ、じゃ、私、その『ろてんぶろ』っていうのに、行ってみたいですっ!」

と、無理矢理オスカーの腕をぐいぐい引っ張って行こうとした。

「わかった、わかった。じゃ、浴衣を羽織る間だけ待っていてくれ」

アンジェリークがあまりにこの場から逃げ出したがっている様子に苦笑しながら、オスカーは大判の浴衣を改めて受取って、その場で上から羽織った。そして大浴場の場所を仲居に聞いて部屋を出た。

その間に仲居は、主間の続き部屋のほうに、目にもあやな、赤い綸子のダブルの布団を敷き、当然のように枕を二つ並べて、早々と行灯の火を灯しておいた。

 

オスカーとアンジェリークは、露天風呂の入り口で、大体のあがる時刻を決めてから、それぞれの浴場に入っていった。

そして、今、アンジェリークは1人、その旅館自慢の露天風呂にゆったりと浸かっている。

「はぁ…外にあるお風呂って気持ちいいのね…」

アンジェリークの…オスカーとアンジェリークの私邸の浴槽も足を十分伸ばせるほど広いが、こういう広大な風呂に浸かるというのは、また、特別に開放的な気分になるものだな、とアンジェリークはしみじみ実感し、寛いでいた。ましてや壁も屋根もない本当に庭園に造られた風呂である。開放的な気分に浸れ、よりリラックスできるようになっているのだろう。

大きな石をパズルのように上手く組合わせて、湯殿は形作られている。お湯がとうとうと木製の噴出し口から豊かに溢れて湯の川を作っている。

外から丸見えではないのかと、若干警戒していたものの、複雑に、しかし、煩雑には見えないよう計算された植栽が外からの視線を上手く遮るようにできているらしい。周囲に木々が多いので、目にはいる緑が、より、リラクゼーション効果を高めるようである。

お湯には独特の香があり、微かに乳白色に濁っている。その効能なのか、少し浸かっただけで何やらお肌がつるつるしてきたような気がする。

露天風呂には、アンジェリークの他に、親子づれと、友人同士で来ているらしい数人の女性グループがいた。

1人で湯に浸かっていると、聞くとはなしに、それぞれの会話が聞こえてくる。

他愛無い親子の会話だったり、賑やかな女性のおしゃべりであったり…

それを聞いていると、アンジェリークは寛いでいる中にも、ふと、言われのない寂しさを感じた。

そういえば、1人で風呂に入ることなんて滅多に…オスカーが出張の時くらいしかなかったなと、改めて思い出していたのだ。その際は、大概ロザリアの宮殿にお泊まりして、一緒に入浴するのが通例となっているので、尚更アンジェリークは1人での入浴経験が稀有のこととなっていた。もちろん、聖地に来る前は、1人での入浴があたりまえだったのが、今は、それが完全に逆転していた。そして1人で入るのが本来普通である家庭の内風呂であれば、1人で入っても、当然アンジェリークは寂しいなどと感じることはないし、実際1人で入浴してもそのように感じたことは今までになかった。

もちろん、大浴場であるから、厳密に言えばアンジェリークはこの湯殿に1人ではない。今も、周囲は他の客でにぎわっている。

しかし、自分以外の入浴客が全て家族づれであったりグループであったりして、皆、楽しそうに語りあっていたため、アンジェリークはむしろ孤独感が募ってしまった。

オスカーと一緒に入るのは、無理だとわかっていたから…それなら、今度、こういう所にくる時は、ロザリアと一緒がいいな、なんて、アンジェリークはちらと考えた。

『だって、1人で大きなお風呂に入っていても…気持ちいいけど、つまんないんだもん』

せっかくオスカーが連れてきてくれた温泉だ。

しかも、広い浴槽での入浴は純粋に気持ちがいいのも事実ではある。

だから、不満を口にしようなどとは絶対に思わないが、それでも、1度気づいてしまった寂しさは、完全に忘れることはできなかった。

『オスカー様と一緒にいられないなら…お部屋についてる小さなお風呂でもよかったな…お部屋にも多分お風呂があるよね…でも、そんなことをいったらせっかくつれてきてくださったのに、オスカーさま、がっかりしちゃうかな…でも、一緒に入れないとつまらないんだもん…1人だと、おしゃべりする相手もいなくて、つまんないんだもん…』

と、こう考えた時、アンジェリークは、はっとした。

そうだ、自分がふと感じたように、オスカーも寂しく感じたりしていないだろうか?今、もし、大風呂に浸かりながらも、オスカーの周囲がグループや家族連れでにぎわっていたら、却って孤独感が募ったりしていないだろうか。

『だって、守護聖様には守護聖様しかお友達はいないんだもの…こんな風に一緒に旅行にいけるようなお友達を、守護聖様以外で作ろうとしても、ほとんど無理なんだもの…だから、今度は友達と来ようとか、家族と来ようなんて思っても無理だし…最初から考えないようにしていらっしゃるかもしれないけど…だから、もしかしたら、こんな旅行ってきっと、オスカー様だけじゃなく、守護聖様は皆さん、あんまりご経験がないのではないかしら…』

だからだろうか、守護聖たちにも休暇はあるが、長期の休暇を申請する者は、少なくともアンジェリークが補佐官になってからというもの、ほとんどいなかった。守護聖同士が同時に休暇を取るのは執務の関係上好ましくないし、そうなると、どうしても休暇は交代制ということになるから、休みは単独行動となるのが常である。気ばらしに一日二日、主星に降りる者は多いが、それ以上に休もうとする者はほとんどいないのは、長期の休暇をもらっても、自分とオスカーのように一緒に旅行に行く相手もいないから…なんてことはないのだろうか、とアンジェリークは考えてしまった。

自分は補佐官となって聖地に来た時から、オスカーがいつも側にいてくれた。ロザリアもいてくれる。

でも、オスカー様ご自身を始めとする他の守護聖様方は皆さん、親しい方とは全部お別れになってしまって、その上、時間の流れの違う聖地では、新しくお友達や恋人を作ることも、事実上不可能で…聖地にお勤めしてらっしゃる方々も、普通に年はとるから、守護聖様のみかけは変わらない間にその方たちはどんどん年をとっていってしまわれるし…だから、守護聖様は、結局守護聖様同士以外のお友達を作るのは難しくて…当然、家族だって作れない…だから、こんな普通の人にはあたりまえの友達同士や家族との旅行だってできない…こういう場所に来ると却ってそれを痛感してしまうわ…

私は最初からとても恵まれていたけど…オスカー様もロザリアもいてくれて、寂しいなんて思う暇もないほど幸せで…でも、オスカー様は、守護聖になられてからというもの、何度も、他の人たちとは違うご自分の境遇を身にしみて感じたことがおありだったんじゃないかしら…特に出張が多くて外界にいらっしゃる機会が他の守護聖様より多いオスカー様は、例えば宿泊先で今、私がちらっと感じた寂しさみたいな物を感じたことはなかったかしら…

今は…私はオスカーさまのお側にいるけど、私は、オスカー様が寂しさを感じないようにしてさし上げていられるかしら?私の存在が少しでもオスカー様の慰めになっているかしら?私は…私は、オスカー様が寂しくないようにしてさしあげたい…

そうよ、オスカー様…オスカー様は今、寂しくないかしら?周囲が家族連れやお友達同士ばかりの中に一人だったりしたら、寂しく感じたりしてないかしら?

こう思ったらアンジェリークは矢も盾もたまらず、ざば…と露天風呂から上がり、いそいで浴場を出た。

 

気が急いていたこともあって、四苦八苦して浴衣を着なおそうとしていたら、見かねた湯治客が手伝ってくれ、漸くアンジェリークは体裁を整えられた。

露天風呂の外は、お湯からあがった客のお休みどころになっていた。アンジェリークは即座にオスカーを見つけた。一際長身で、堂々としていながらも威圧的ではなく、しなやかな体躯に燃えるような赤い髪の美丈夫であるオスカーの姿は、どんな処にあっても、アンジェリークの視界に真っ先に飛びこんでくる。その当のオスカーは既にそこで冷茶など飲んでいた。

「オスカーさまっ!」

アンジェリークはオスカーを見つけると、飛びつくようにオスカーの腰周りにだきついた。身長差が激しいので、オスカーが立っている時抱きつくと、背中というより腰に近い部分に腕が周ってしまう。

「オスカーさまっ!オスカー様っ!お寂しくありませんでした?」

きゅーっと自分に抱きつきながら、何故だか心配そうな顔で自分を見上げるアンジェリークに、オスカーは少し戸惑いながらも柔らかく微笑みかけた。

「どうした?お嬢ちゃん、そんな、何週間も離れていたみたいに必死になって…」

アンジェリークは僅かにほっとしたような顔になり、その一方バツが悪そうにもじもじし始めた。

「あ、ううん…なんでもないの…オスカー様が寂しくないなら、よかったの…」

オスカーは何か察したように嬉しそうに笑んだ。

「俺と僅かな時間でも離れていてお嬢ちゃんの方が寂しくなっちまったのか?ん?」

「あん、私が、じゃなくて、オスカー様がお寂しいんじゃないかと思って…あ、ううん、でも、そうなのかな?…そうかも…そうです…私が、ちょっと寂しいなって思ったから、オスカー様も、もしかしてお寂しいんじゃないかって、勝手に早合点しちゃったんです…やだ…こうして改めて言うと、私ったら、馬鹿みたい…オスカー様、私がさっき聞いたことは忘れて?」

オスカーは、ふ…と笑い、でも、首を横に振った。

「お嬢ちゃんが寂しく感じたのが、僅かな時間でも俺と一緒にいられなかったから、なんていう嬉しい事を忘れるわけにはいかないな。ま、とりあえず、今は部屋に戻ろう」

オスカーは穏かに微笑みながら、アンジェリークを促した。アンジェリークも、オスカーが余り詳細を突っ込まないでくれたので、安堵して黙って頷き、オスカーの腕にちょんと自分の手をかける。オスカーはアンジェリークを守り導くようにして二人連れだって歩き始めた。離れまでの道のりが丁度いい湯冷ましの時間となる。

内庭を抜け、離れに続く小路に入ったところで、オスカーがふと思いついたように話しかけてきた。

「お嬢ちゃんがいきなり俺に『寂しくないか?』なんて尋ねたのは、自分が寂しく感じたからだったか?」

「あ…はい、お風呂はとっても気持ちよかったですけど…」

「けど?」

先を促されてアンジェリークは、つい感じたままを答えてしまった。

「周囲が皆グループだったり、家族連れで、一人で入っていたのは私だけだったから、なんだか寂しくなってしまって…それで、オスカー様も男湯のほうで、似たようなことになっていたらお寂しく感じてらっしゃるかもって勝手に思いこんじゃって…今思うと恥ずかしいです…」

「いや、恥ずかしいことなんてないさ…俺が寂しい思いをしてるんじゃないかって心配してくれたんだからな…」

オスカーが柔らかく瞳を細めた。その暖かな瞳の色に勇気付けられ、アンジェリークは思いきってオスカーにこう聞いてみた。

「…あの、あのね、オスカー様、お部屋にもお風呂ってついてます?」

オスカーは何故かこの上なく嬉しそうに笑んだ。

「ああ、温泉旅館だからな、大浴場以外に個々の部屋にも風呂はあるぜ?」

「じゃ、お部屋のお風呂ならオスカー様と一緒に入れますよね?あのね、私、大きくなくても、露天風呂でなくてもいいから…オスカー様と一緒の方がいいな…って、大きなお風呂に入りながら…思っちゃったんです…」

「露天風呂じゃなくてもいいのか?それは残念だな?」

「ご、ごめんなさい、オスカーさまぁ…お気を悪くなさっちゃった?温泉は気持ちいいの、連れてきてくださって嬉しいし、大きなお風呂も面白かったの。でも、二人で一緒に入れる方がいいな…って、ちょっと思っちゃっただけなの…」

そう、自分がふと、寂しさを覚えたから、オスカーも寂しいのではないかと思ったのは、自分の早合点だったかもしれない。でも、周囲が皆、家族とか友人同士ばかりの処にいると、そういうものを持つことが、中々に困難な境遇を否応なく感じたりしないだろうか?私にはオスカー様がいて、オスカー様も、今は私がいる…って思ってくれていたら嬉しいけど…なるべくなら、寂しさを思い知らされる境遇に身をおくのは少ない方がいいような気がするから…

でも、そんなことをあからさまに言うのも出過ぎたことに思えるから、私は自分が寂しいから、一人で大きなお風呂には入りたくないって言おう。甘ったれだと思われても、その方がいい…そう考えて、アンジェリークはオスカーに強請ってみた。

申し訳なさそうにおねだりの言葉を言うアンジェリークに、オスカーはますます嬉しそうな笑みを浮かべてアンジェリークの肩を抱き、髪に頬ずりする。

「なら、二人で一緒に入れて、露天風呂なら言う事なしだろ?そうだな?お嬢ちゃん」

「え?そうだったら、よかったですけど、でも、混浴はやっぱり他の方の目があるから…ちょっと勇気がないかも…」

「じゃあ、訂正しよう、二人だけで入れる露天風呂なら問題ないな?」

「???」

「さっきお嬢ちゃんに伝えそびれた事がある。丁度仲居がいたんで、あの場で提案したら、お嬢ちゃんがもっと恥ずかしがって困っちまうかな?って思ったんで、勧められるまま外風呂に行ったんだが…お嬢ちゃん、こっちに来てごらん?」

話している内に自分たちの泊まる離れについて、オスカーは鍵を開けると、アンジェリークの手を引いて主間を通りぬけ、内庭に続くかと思われる薄紙の張られた格子戸/障子をあけた。

「あ!これ…温泉?」

アンジェリークは驚いて目を見開いた。障子の先は庭園ではなく…いや、正確にいうと、庭園のほぼ八割がたの面積が石造りの浴槽になっていて、先刻アンジェリークが浸かったものと同じ湯がはられ、温かそうな湯気をあげていた。

「そうだ、この離れ専用の客室付き露天風呂だ。この風呂なら二人一緒に露天風呂に入れるぜ?」

「オスカーさま…お部屋についてるお風呂って…ただのお風呂じゃなくて、こんなスゴイお風呂がついてるなんて…」

「ああ、せっかくの温泉だから露天風呂は外せない、だが、お嬢ちゃんが感じたように普通の露天風呂は男女別々だし、貸しきりをしてくれるところも回数や時間が制限されている所の方が多いから、それだと思い立った時何時でも二人で入るって訳にいかないだろう?だが、客室付きの風呂なら、いつでも好きな時に二人っきりで入れるからな、そういう宿を予め選んでおいたんだ」

「もう、言ってくださればよかったのに…」

「ふ…だが、あの場で『部屋の露天風呂に一緒に入ろう』って言ってしまってよかったのか?仲居の目の前で?」

「あ!…えと…その…それは、恥ずかしかったかも…いやん…」

「それに、せっかく来た旅館だからな、大きな露天風呂っていうのも珍しいからお嬢ちゃんに経験させてやりたかったのも確かなんだ。だが、そうしたら、思い掛けぬオマケまでもらえた…」

「?」

「お嬢ちゃんも、一人で大風呂にはいるより、俺と二人で一緒に入りたいって思ってくれたことさ。風呂付き客室を取ったはいいが『大きなお風呂の方が気持ちいいですー』って言って、お嬢ちゃんが俺と一緒に入ってくれなかったからどうしようかと、案じていたからな?」

オスカーはからかうような言とウインクとを、供によこした。

「もう、オスカー様ったら…私がそんなこと言う訳ないのに…それは大きなお風呂も気持ちいいですけど、でも、大きなお風呂に一人で入ったからこそ、感じたんです。せっかく来た温泉なら、やっぱり一緒に入りたいなって…だから、オスカー様がわざわざこのお部屋をとってくださって嬉しい!オスカー様は最初から一緒に入ろうと思っていてくださったんでしょう?とっても嬉しいです…」

「お嬢ちゃんが俺と同じ気持ちでいてくれて、俺のほうこそ嬉しいぜ。じゃ、今、軽く一緒に入るか?」

「は…はい…」

とアンジェリークがこくんと頷くより早く、オスカーはアンジェリークの腰に腕を回し、浴衣の帯をしゅるりと解いていた。

 

「足許に気をつけてな?お嬢ちゃん」

「はい…」

オスカーに片手を引かれ、アンジェリークはそぅっと濡れ縁から白い足を伸ばした。

足を一度置く砌石はあるものの、お湯で濡れているので、少し足許が覚束ない。それがわかっているかのようにオスカーはアンジェリークの手を引いてくれる。

日は既に山の端に姿を没しかけていた。名残の朱色の光が石造りの露天風呂一杯に満ちている。だが、この光も程なく失せていくだろう。日のない方向の空は淡いラベンダー色から徐々に濃紫へと色を変えつつあった。

でもアンジェリークは夕暮れの控え目な日差しとはいえ、まだ明るさの残る中、オスカーと二人きりではあっても、外の風呂に入るのが今更ながらに何やら気恥ずかしくて、細い手で申し訳程度に身体を隠しながら、そろそろと歩をすすめる。

申し訳程度の洗い場にちょんと膝をつくと、オスカーが手桶で湯をくみ、アンジェリークに軽くかけ湯をしてくれた。

「ほら、おいで、お嬢ちゃん」

オスカーが先に湯に体を沈めてから、アンジェリークを導く。アンジェリークは請われるままにそろりと湯に身体を浸した。

「ん…あったかい…」

オスカーは当然のようにアンジェリークの身体を引寄せて自分の膝の上に乗せ、後ろから抱きしめた。

「気持ちいいか?お嬢ちゃん」

「はい…あのね、オスカーさま…」

「なんだ?」

「私…本当に幸せです…オスカー様がいっつも私といてくださって…私、自分がどれほど恵まれているか…どれほどオスカー様に幸せをいただいているか…」

「露天風呂付きの部屋を取ったのが、そんなに嬉しかったか?それはよかったな」

「オスカー様ったら、すぐ、茶化して…私は、オスカー様のお気持ちが嬉しいの。私、今日、ふと寂しいなんて感じたからわかったんです。オスカー様は、私が寂しいなんて思う暇もないほど、どれほど私を大事にしてくださっているかが…いつも大事にしていただいているから、ちょっと一人になっただけでも寂しいなんて感じてしまったんだわ、私…私は、甘ったれになっちゃったかもしれないんですけど、でも、私もオスカー様が私と同じように『幸せだな』って思えるようにしてさしげられたらいいなって思ってるんです…私がいて、よかった…ってオスカー様に思っていただきたいなって…」

「もちろんだ…お嬢ちゃんは知らないのか?俺はお嬢ちゃんが定位置に収まってくれているときが1番心地いい…お嬢ちゃんがここにいてくれると、しっくりと落ちついて、しみじみ幸せなんだぜ?…」

オスカーはそういいながら、胡座に組んだ足の上にいるアンジェリークを改めて羽交い締めに抱きしめ、うなじに唇を押し当てた。同時にたわわな二つの胸の膨らみを大きな掌で包みこんでゆったりと回すように揉みはじめる。

アンジェリークは抗う様子も見せず、寛いだ様子でオスカーに身体を預けている。僅かにくすぐったそうに首を竦め、くふんと笑って問い返した。

「私の定位置って、オスカー様のお膝の上?」

「そこ以外にどこがある?」

オスカーはついばむようにうなじのそこここに唇を押し当てる。乳房を捏ねる手も少しづつ動きを早めていく。

「オスカー様…私も、オスカー様にこうして抱いていただいていると、とっても落ちつきます…安心できて、幸せで、暖かくて……でもね…」

「でも?」

オスカーの手が一瞬止まる。

「心臓が破裂しそうに、どきどきもするの…幸せで胸が一杯なのに、どきどきも止まらないの…」

「お嬢ちゃん…俺も同じだ…」

「オスカー様…」

「お嬢ちゃんが俺の腕の中にいる…欠けた部分が埋められたように落ちつくのに、胸の奥でざわめくものがある。抱いているだけじゃ物足りなくて、お嬢ちゃんに触れたくて、口付けたくて…」

「オスカーさま…私も…私もオスカー様に触れたい…触れて欲しい…」

「互いにこれ以上はないほど側にいると落ちつけて、でも、互いに触れたくて触れてほしくて、心が浮き足だって…これを幸せといわずに何を言うんだ?お嬢ちゃん…」

「はい…オスカーさま…」

アンジェリークは一度オスカーの抱擁から逃れ、改めて真正面からオスカーの懐にふわりと収まった。そしてオスカーの首に腕を回し、真っ直ぐにオスカーの瞳を見つめると、アンジェリークはくっと顎を上げて自分からオスカーに口付けた。一瞬虚をつかれたオスカーだったが、思いの丈では負けじとばかりに即座に激しい熱意を以ってアンジェリークに応える。互いに互いの舌が複雑に絡み合う。弾くように、撫で合うように。

存分に口付けを堪能すると、オスカーは唇をすんなりとした首筋に這わせていった。アンジェリークはオスカーの髪に指を埋めて抱き寄せる。オスカーの手は吸いつくように乳房に宛がわれる。指が乳房の先端をくるりと円を描いてなぞると、アンジェリークが甘えたような声を零す。

湯の中なので、指はどこかゆったりとたゆたうように動く。指の腹で乳首の突端を引っかくように擦られるのも、もどかしいような穏かな刺激となる。その刺激に乳首は固く張り詰めていく。そこを、狙いすましたように摘まれては、二本の指で軽く捻られる。

「あん…」

「乳首を弄られるのは好きか?」

「オスカーさま…一杯触って…」

「ああ…お嬢ちゃん、もう少しこっちに…」

オスカーはアンジェリークの身体をもちあげるように抱きあげた。湯の浮力があるので、座りながらでも、アンジェリークの半身位湯から出すのは雑作もない。そのまま、アンジェリークの身体を湯船の縁に押しつけるように寄りかからせた。

「半身浴にしておかないと、のぼせちまうかもしれないからな…」

「ほんと?私の…胸にキスしてくださる為じゃないの?」

「両方だ…嫌ってほど舐めてやりたいからな…その間にお嬢ちゃんがのぼせたら大変だ」

「嫌ってほど?…じゃあ…ずっと私が嫌って言わなかったら、どうなさるの…?」

「嫌…とは言わなくても我慢はできなくなるさ…他の所も触ってほしくなってな?」

「…試してみて?オスカーさま…」

「無論…」

アンジェリークの媚態と挑発に敢えて乗るのは、なんと心踊る事なのだろう。促されずとも、かわいい紅色の先端を俺は口に含まずにはいられない。しかし、触れることを心待ちにされ、かわいく強請られると、その気持ちは更に熱く激しく燃え立つ。

オスカーはアンジェリークの乳房を下から掬い上げるように掌で覆いながら、乳首の輪郭を舌先でゆっくりとなぞり始めた。

「あ…」

アンジェリークが小さく吐息を零す。やるせさなよりは、むしろ、もっと舌の動きを促し誘いかけるような吐息だ。それに応えぬオスカーではない。

乳輪の部分に舌を宛がい、顔ごと回すように大きくゆったりと舐め回すと、更に、先端がくっとたちあがっていく。硬くたちあがった部分を選ぶように、舌先を乳輪部分から、その側面に移し根元から先端へと何度も執拗に舐め上げる。乳首のそのまた先端で、尖らせた舌先を左右に上下にと、忙しなく動かして、小刻みな刺激を与える。

「あっ…あん…」

アンジェリークの腰がゆらりと頼りなげに動く。オスカーは自分の身体を押し付けてアンジェリークの動きを封じた上で、改めて乳房に口付けていく。両手で両の乳房を、片方づつ指を食いこませるように揉みしだく。どこまでも柔らかでいながら、水滴を玉にして弾くほどに張りのある感触があまりに心地良くて指が離れようとしない。

それは唇も同じだ。一度このかわいらしい蕾を口にしてしまうと、オスカーの唇は存分にこの感触を味わずにはいられない。

際限なく舌で舐めてやりたい気持ちと、口に含んで転がしては吸ってやりたい気持ちとが、同じほどの強さでオスカーを突き動かす。心の望むままに、気がつくと、思いきり乳首を口に含んでいた。今度は口腔内に含んだまま弾くように舌で舐り回す。

右に左になめ回した後は、唇で軽くはさみこんでから、ちゅっとわざと音をたてて吸ってやる。

「ああんっ…」

アンジェリークが小さく頭をふる。オスカーの赤い髪の間に白い指先がうずめられる。

その仕草が更なる甘い懇願に思えて、オスカーは、一層舌の動きを早める。忙しなく両の乳首を交互に口に含み、軽く歯を立てて、より、そそり立たせた先端の上で、尖らせた舌先を小刻みにくすぐるように蠢かす。

「あっ…あん…んんっ…」

「先が気持ちいいんだろう?」

「ん…そう…気持ち…いいの…」

オスカーはこの応えに軽く笑むと、乳房を両脇からぐっと真中に寄せると、やにわに、二つの乳首を同時に舐め始めた。

「ああっ…ん」

アンジェリークの背がくっとしなる。

オスカーはアンジェリークの身体を逃すまいと追いかけるように全身で覆い被さる。両の乳首を口に含んだまま、大きく舌を左右に揺らしたり、乳首の周囲ぐるりに舌を回すことを繰りかえす。時折、唇で鋏みこんでは、大きく口に含みなおして舌で転がし、吸ったりもする。

「あぁっ…あんっ…あっ…」

アンジェリークは、やるせなげに首をうちふる。

「あっ…オスカー…さまっ…もう…あぁんっ…」

「気持ちいいだろう?嫌ってほど舐めてやるって約束だものな…」

「あんっ…あっ……」

オスカーは、改めてアンジェリークの乳房にむしゃぶりつく。激しく間断なく、上下左右に舌を動かし、顔ごと回して乳首を舐め回し、はむはむと唇で食んでは、その先端を緩急自在に吸い上げる。

「あんっ…オ、オスカー様っ…も、だめ…」

「何がだめなんだ?お嬢ちゃん…」

内心で笑みを噛み殺しつつ、オスカーはアンジェリークを促すように、かり…と軽く乳首に歯をたてた。

「あんっ…」

アンジェリークの身体がぴくんと震える。その動きに合わせるかのように、とぷん…とくぐもった水音があがる。

「いいんだぜ、胸の愛撫だけで達しちまっても…イクまで舐めてやろうか?お嬢ちゃん…」

言葉をかけながらも、ぺろりと乳首を舐め上げる。

「や……オスカーさ…も…もぅ…」

「それとも、もう…欲しくなっちまったか?」

「いや…いやん…オスカーさまぁ…」

ふるふると打ち振る頭が、却って如実にアンジェリークの余裕のなさを表している。

このまま挿入してやっても、アンジェリークは十分以上に満足するはずだ。多分、秘裂はしとどに濡れそぼっているはずだから…

だが、せっかく、アンジェリークの方からかわいい挑発をしてくれたんだ。少し俺も意地悪に振舞うくらいで丁度いい。そう思ってオスカーは更にアンジェリークを焦らそうとする。

「どうして欲しい?お嬢ちゃん…」

「あ…」

アンジェリークは言葉につまる。確かに乳房への愛撫だけで、もう、身体も心も焦れきっている。でも、どうして欲しいのかといわれると、どう答えていいかわからない。乳房以外のところも、触れてほしい?口付けてほしい?ううん、いっそ今すぐ入ってきてほしい?そのどれも全部が真実のようで、何と答えたらいいのかわからない。

「…選べ…ない…」

「お嬢ちゃん…?」

予想外の答えに一瞬、手と唇が止まる。てっきり、秘裂への愛撫か、一足飛びに挿入を求められると思っていたから。

その一瞬にアンジェリークはオスカーにぶつかるように抱きつくと、オスカーの胸板に頬ずりするようにいやいやと何度も首を振る。

「触れてほしいの…いっぱい…胸以外も…舐めてもらうのも好き…でも、オスカー様も欲しい…今すぐでも欲しいくらい…私、選べない、決められないの、オスカーさま…」

「アンジェリーク…」

オスカーは自分の胸に擦り寄るアンジェリークをきゅっと抱きしめる。

「すまん…どれか一つなんてつもりじゃなかったんだ」

「オスカー様…私、欲張り…?」

「いや、全部してやりたいのは俺の方なのに…お嬢ちゃん…全部してやる、選んだりしなくていいように全部してやるからな…」

「オスカーさま…」

ちょっと焦らすだけのつもりだった。自ら求めさせて、恥らわせるだけのつもりだった。だが、そんな姑息な企みなど必要なかった。この純粋すぎる程の渇望、どこまでも綺麗な熱情の前では、駆け引きで得られる幾許かの快楽など何の意味もない。

「アンジェ…アンジェリーク…」

オスカーは、アンジェリークを風呂の縁に腰掛けさせると、膝頭を自分の体躯で割る。湯が滴る繊毛の間に透けて見える鮮紅色の秘裂を押し開くように、太腿を力を込めて掴む。

「あん…」

アンジェリークが僅かに膝を擦り合わせようと身じろぐ。抵抗ではなく、もっと単純な羞恥の仕草。足に力は入っていないから、オスカーにはそれとわかる。

オスカーは鼻先で濡れる金の繊毛をかき分けながら、紅色の秘裂に舌をさしいれた。

「あぁっ…」

アンジェリークのつま先が綺麗な弧を描いて反る。

オスカーの舌に触れる愛液は湯と混じって今は薄い。だが、閉じた秘唇の奥には、もっと熱く甘く濃厚な密がたっぷりと満ち溢れていることだろう。その様を思うだけで、オスカーの胸も頭も熱くなる。

秘裂を割りながら舌先で花芽を探る。硬いしこりは、すぐ、舌先にそれと知れた。知ったと同時に丁寧にそれを舐め上げる。その莢を器用に剥きあげるように、じっくりと舌を絡みつける。

「あっ…あんっ…はっ…」

「ここを舐めてもらうのは好きか?」

「ん…好き……」

「かわいいな、お嬢ちゃんは…」

オスカーは指で秘唇を更に大きく押し広げ、花芽の奥の珠を露にして、その珠を舌先で優しく弾いた。

「あぁっ…」

アンジェリークの腰がびくんと跳ねる。オスカーは、その動きに意を得たように舌の動きを早めていく。

「はっ…あぁっ…やっ…」

アンジェリークの脚もひくひくと痙攣するように震える、まるで、オスカーの舌の動きにシンクロしているかのように。

舌先で珠を舐っていると、愛液がどんどん溢れてくるのが唇にわかる。

「お嬢ちゃん、すごく溢れてくる…」

「いや…いや…そんなこと言わないで…」

「豊かな源泉は誇りこそすれ、恥じることはない…それだけ、俺が欲しいんだろう?」

「ああ…オスカーさま…そうなの…オスカー様が欲しいの…」

「わかってる、こっちにおいで、お嬢ちゃん…」

オスカーはアンジェリークの腕を引いて、もう一度湯の中に導いた。掴んだ腕が少し冷たくなっているのを案じてのことだった。そして、改めて胡座を組んだ自分の上にアンジェリークを乗せた。

「さ、自分で導けるか?お嬢ちゃん…」

アンジェリークの手をとり、湯の中で、猛りきった自分のものを握らせた。アンジェリークの細い指が幹の部分をしごくようにゆらりと蠢く。

「ああ…オスカーさま…」

アンジェリークは僅かに腰を浮かすと、オスカーの物に手を宛がって位置を確かめるように、そっと身体を下ろしていった。

「う…」

湯で愛液が薄まってしまうので、いつものようにするりとは入らない。それでも入り口を幾度かつつくように刺激すると、漸くアンジェリークの秘裂がオスカーのものを飲みこんでいった。

「あぁ…」

粘度が薄れているので、いつもより、きしきしと軋むようにオスカーの物が胎内を貫いていく。すべりが幾分悪いからこそ、胎内を埋め尽す感触がより圧迫感をもってアンジェリークに迫り、オスカーのものを受け入れただけで、息もできないような苦しささえ感じる。自然と呼気が荒くなる。

「オスカー様…もう…一杯…」

「ああ…でも、一杯なだけじゃ物足りないだろう?」

言うや、オスカーは下から勢いよく突き上げた。

「あああっ…」

アンジェリークの背が大きくのけぞる。だが、湯の浮力に支えられてその動きは空中を踊る羽のように緩慢だ。

オスカーは、アンジェリークの身体が逃げないように、腰をしっかりと両手で支えながら、腰を幾度もつきあげる。

「あっ…あっ……」

オスカーの突き上げに合わせてアンジェリークが短く高い声をあげる。湯の表面が大きく揺れて、洗い場に流れ出す。

湯の中での交合は軋みをあげるようなきつさを味わえ、これはこれで一興だが、浮力で腰の軸が安定しないのが、少々辛い。あたりまえだが、律動もそう早くは繰り出せない。

オスカーはアンジェリークの身体を持ち上げ一度交合を解いた。

「あ…オスカー様…?」

オスカーはアンジェリークの手を引いて立たせると、後ろ向きに風呂の縁に手をつかせ

「湯の中だと、早く動けないからな、それだとお嬢ちゃんも物足りないだろう?」

というと同時に背後から、勢いよく貫きなおした。

「はああっ…」

そのままオスカーはリズムに乗って激しく腰を打ち据える。濡れた肉体がぶつかりあって、いつにも増して高い音をたてる。半身を湯につけたまま、腰を打ちつけているので、湯も激しく飛沫をあげる。

「すごいな…お嬢ちゃんの中…お湯より熱いぜ…外だとよくわかる…」

「あっ…ああっ…お、オスカーさまぁっ…」

オスカーは前に手を伸ばして乳房を激しく捏ね、先端を時折捻るように摘みあげながら、ぱんぱんと高い音を響かせて、アンジェリークを攻め続ける。

既に日は完全に没し、薄暮が二人の周囲を包んでいる。光度を感じて自動で点灯するのであろう、いつのまにか露天風呂の片隅に控え目に常夜灯が灯っていた。そのあえかな光に二人の重なりあう影が淡く、長く伸びている。

その時、部屋の呼び鈴が一度、暫くの間をおいてもう一度鳴り、同時に聞き覚えのある声がオスカーの耳に飛びこんできた。

「お客様…お客様?お食事を運ばせていただいて宜しいでしょうか?」

オスカーは平然と答えを返す。変わらぬリズムでアンジェリークに腰をうちつけながら。アンジェリークが我に返ったら恥ずかしがってかわいそうだからな、と思うから、敢えて動きを緩めなかった。

「ああ、今、風呂なんだが、直あがるから、食事は並べておいてくれ」

「かしこまりました…」

仲居の返事を聞きながら、オスカーはアンジェリークの耳許に囁いた。

「残念ながら今は一度フィニッシュと行こう、お嬢ちゃん…」

「え?あ…ああああっ…」

オスカーがクライマックスに向けて律動を早めると、アンジェリークの声が更にオクターブ跳ねあがった。

意識が朦朧としていて呼び鈴はわからなかったが、オスカーの言葉に、仲居が来たことだけはアンジェリークにもわかった。が、オスカーの動きは一瞬たりとも止まるどころか、更に激しくなる一方なので、オスカーの与える後から後からたたみかけるような快楽に、アンジェリークは我に帰る暇もない。

「おっと、あんまりいい声で鳴くと部屋の中に聞こえちまうぜ?ま…聞こえても一向にかまわないんだがな…」

といいながら、オスカーはアンジェリークの口元に己の指を差し出した。アンジェリークは溺れるもののように、その指にむしゃぶりつく。

「んんっ…んっ…」

「そのまま俺の指をしゃぶっているといい…」

ここは二人きりの時間と空間を楽しむための離れだ。旅館の従業員もそれは重々心得ているだろうから、どんな声を聞いても、折り悪く現場に踏み込んでしまったとしても、素知らぬフリをしてくれるのはわかっていたが、アンジェリークが恥ずかしがって後で気に病むとかわいそうだ。実際にはモロに聞こえてしまっていても、口を塞いでいたから、君の声は聞こえてなかったというエクスキューズがあれば、アンジェリークの心も休まろうとオスカーは考え、己の指を咥えさせる。

「さ、食事の用意が終わらないうちに、お嬢ちゃんをよくしてやらないとな…不完全燃焼は酷だものな…」

オスカーはアンジェリークに聞かせるともなく呟くと、片手で腰を更にぐっと引寄せると、続けざまに最奥を抉るような律動を放った。

「んんっ…んんふぅっ…」

「っつ…」

アンジェリークの身体が小刻みに震えた。その瞬間、アンジェリークは無意識の内にオスカーの指を噛んだ。それが引鉄であったかのように、オスカーも熱い体液をアンジェリークの内に勢いよく放った。

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