アンジェリークの涙を見て、クラヴィスは、激しい後悔に襲われた。
激情に駆られ、怒りのままに彼女を無理やり自分の物にしてしまった。
怒り・・いや、自分を偽ることはすまい・・これはただの嫉妬だ・・クラヴィスは内省する。
道徳的には、誉められたことではないが、彼らが合意の上で続けている関係ならば、クラヴィスには本来彼らを非難するいわれは無い
アンジェリークは、彼の所有物ではないのだ。
彼女が自分の愛を受け入れないのも、女王として生きることを選んだからだと思い、自分の思いを封印してきた。
それが、女王の座に着いたのが、ジュリアスとオスカーとの関係を続ける為と知って、裏切られた、たばかれたと思った。
しかし、その感情は義憤などではない。
ジュリアスとオスカーを受け入れたのに、自分は受け入れられなかったと言う、ただの嫉妬だ。
その嫉妬の感情を押さえることができず、力ずくで、彼女を抱いたのだ。自分の怒りを彼女にぶつけただけだ。
こんな自分に、彼女を慰み者にしているとジュリアスとオスカーを非難する資格はない。
クラヴィスは、アンジェリークの涙を唇で拭うと、アンジェリークの肩を抱き、髪をやさしくなでた。
「無体な事をしてすまなかった・・・安心しろ、もう2度とこんなことはせぬ・・・」
そのまま、幼子を慈しむように、金の髪を梳く。
「おまえを泣かせるつもりは無かったのだ・・おまえがあの2人にだまされているのだと思った・・私のほうがおまえを愛している
私なら、おまえを救ってやれると思ったのだ。とんだ思いあがりでおまえを辛い目にあわせてしまった・・・」
そう言って、ベッドから上体を起こし、アンジェリークに背を向けて去ろうとした時、
「待って!」
アンジェリークがクラヴィスを呼びとめた。
自分に恨み言の1つも投げかけないと気がすまないのだろう。
彼女に責められるのは辛いが、責められて当然のことを自分はやったのだ。黙って非難を受けることで彼女の傷が軽くなるなら・・・
そう思い、クラヴィスはアンジェリークに向き直った。
その途端、なにか柔らかくて暖かいものが、クラヴィスの唇をふさいだ。
アンジェリークが 自分からクラヴィスの唇に口付けていた。
一瞬何が起きているのか、クラヴィスには理解できなかった。
自分の顔など見たくも無いはずではないか。その唇は、自分を責めるために開かれるのではなかったのか。
アンジェリークが唇を離し、クラヴィスの胸に顔を埋めた。
離された唇から最初にこぼれた言葉は「ごめんなさい・・・」と言うものだった。
クラヴィスは訳がわからなかった。謝るべきは自分だ。なぜ彼女が自分に謝る?
混乱しているクラヴィスをよそに、アンジェリークが言葉を続けた。
「わたし、わたし、ずっとクラヴィスの気持ちに気づかなかった・・いいえ、気づいていたかもしれないけど、気づかない振りをしてた。」
アンジェリークの言葉はどちらも真実だった。
クラヴィスが自分を愛しているらしいことには気づいていた。ただ、その思いの深さには気づいていなかった。
ジュリアスとオスカーを知る前の自分なら、クラヴィスと歩んで行けたかもしれない。
でも、自分はもう、女王候補生だったときの自分ではない。
女王候補であった自分は、ジュリアスの光とオスカーの炎に焼き尽くされ、もう跡形も残っていない。
ここにいるのは、その光輝く炎の中から新たに生まれた女なのだ。そしてまた、新たに生まれ変わらされていく女なのだ。
例え、クラヴィスの手を取っても女王候補生のころの気持ちにも体にも戻れるものではない
「ごめんなさい、でも、私はもう、昔の私じゃない。あなたと一緒に歩いていくこと事はできない・・・」
「なにもいうな・・・アンジェリーク・・何も言わなくていい・・・」
クラヴィスがアンジェリークを抱きしめる。アンジェリークがクラヴィスを見上げ、ためらいがちに言葉を紡いだ。
「だから・・あなたの恋人になるのは今日だけ・・・今日だけ私はあなたの恋人・・もう一度私を抱いて・・・それで私を忘れて・・・」
クラヴィスはアンジェリークの言葉にうろたえた。
彼女が何を言っているのか理解できない。
「だが、私はおまえを泣かせてしまった・・・自分の怒りと嫉妬をおまえにぶつけてしまって・・・」
アンジェリークはクラヴィスが自分の涙のわけを誤解していることに気付いた。
「ちがうの、私はあなたに抱かれたのが嫌で泣いたのではないわ。それは・・最初は・・酷いと思った・・・。
でも、あなたが私に入って来た時、あなたの心も私の中に入ってきたような気がしたの。そうしたら、涙が出てきて・・・
それに私、あなたに後悔したまま、行って欲しくない・・・」
「アンジェリーク・・・」
「だから・・抱いて。やさしく・・・恋人にするみたいに・・・」
そういうと、クラヴィスの首に腕を回し、自分から口付けた。クラヴィスを抱いたまま自分からベッドに沈み込む。
それは、アンジェリークのエゴだったかもしれない。
でも、クラヴィスに自分を抱いたことを後悔したまま去って欲しくなかったのだ。
クラヴィスは自責の念に苛まれ、ますます、暗い自室に閉じこもってしまうかもしれない。自分と目も合わせなくなるかもしれない。
クラヴィスの思いを知ったアンジェリークは、その思いが後悔だけに染められて、埋葬されてしまうのが嫌だった。
それはクラヴィスが自分に寄せてくれた思いに対する冒涜のような気がしたのだ。
クラヴィスは最初アンジェリークに導かれるままに彼女の上に倒れこんだが、それ以上自分から何かをしようとはしなかった。
まだ、彼女の言ったことが信じられなかった。
しかし、アンジェリークの舌がクラヴィスの口腔に入りこみ、おずおずと、クラヴィスのそれに絡められる。
彼女の腕が自分の背にまわされ、自分の体を抱きしめる。
『私を許すのか・・・おまえを愛してもいいのか・・アンジェリーク・・・』
クラヴィスはめまいにも似た陶酔感を覚え、アンジェリークをきつく抱きしめると、もう一度唇を重ねなおし、その唇を強く吸った。