アンジェリークが自分の股間に顔を埋め、いきり立った自分のものをゆるゆると口腔内に収めて行くさまをジュリアスは複雑な思いで見つめていた。
オスカーに対しては自分から、このように進んで愛撫を行ったのかと思うと、身を捩るような嫉妬の感情がジュリアスを苦しめる。
今、アンジェリークが自分にしている行為は、自分への恐怖から、命令にしたがっているだけであり、愛ゆえすすんで行っているわけではないのだという、苦々しい思いに更に心は暗い色に染め上げられて行く。
それでも、ジュリアスはアンジェリークを責め立てずにはいられない。
たとえ、恐怖による支配であっても、そしてなおかつ今この瞬間だけであっても、アンジェリークを完全に自分の掌中に把握していると思えなければ、自分がどうにかなってしまいそうだった。
彼女がオスカーに組み敷かれている姿を目の当りにしているときでも、このように荒れ狂う感情は感じたことが無かった。
むしろ、アンジェリークがオスカーの下で嬌声を上げるさまを見ては、自分は自分でどのようにアンジェリークを乱れさせるかを考えることに楽しみさえ見出していた。
どちらが与える愛撫によるものでも、アンジェリークが悦楽の果てに忘我の海を漂う姿はいつ見ても美しかったし、それを見ることは自分にとっても悦びであった。
それが、直接その場にいなかったというだけで、なぜ、心がこれほど揺れるのか。
どうして、オスカーの行為を、いちいち確認せずにはいられないのか。
認めたくは無い、しかし、心が揺れるのは、自分がオスカーには敵わぬ部分があると、心のどこかで思っているからだ。
女の体の扱いなどと言う卑近な次元ではなく、あの者がアンジェリークを愛するそのあり様が、自分より、より純粋で激しいものに思えるからだ。
自分が首座の守護聖であることは誇りであると同時に、その誇りは自分が思うように行動することへのくびきにもなっている。
自分が聖地を離れる事になったとして、自分はオスカーのように、自分の立場や見つかる危険を顧みず、アンジェリークの元を訪ねたであろうか。
同じようにアンジェリークの元を訪ねたといっても、自分が今、女王の執務室を訪れていることとは、根本的に本質が異なる。
自分の訪問にはいくらでも、言い訳や理屈をつけられるが、女王の私邸に夜忍び込むなどどいうことは、見つかればどうにも言い訳の仕様が無い。
そして、オスカーは例え見つかったとしても、自分が愛故にとった行動なら、恥じることなく従容と咎をうけるだろう。
決してアンジェリークを表に出すことなく、自分一人の暴挙だと言い張って・・・。
しかし、もし自分がそんな不面目な立場にたたされたら、どうだろう。自分は耐えきれずに憤死してしまう。
そう思ったら、そんな危険を敢えて冒す勇気はジュリアスにはない。
だから、プライドも自分の立場も顧みず、愛のために大胆な行動を起こすオスカーには敵わないと思ってしまう。
しかし、その心の揺れをアンジェリークに気取られたくない。
自分がオスカーに敵わないと思っていることをアンジェリークには絶対知られたくない。
それはそのまま、自分のアンジェリークへの思いが、オスカーのそれに負けていると認めることに他ならないような気がして・・・
畢竟、ジュリアスは冷徹なまでに峻厳にアンジェリークに臨まざるを得ない。自分の弱さを悟られぬために・・・
アンジェリークの体のこわばり、その瞳に浮かぶ怯え、許しを請うかのような頼りなげな態度、すべて、自分がアンジェリークを威圧的に支配することで、引き起こされていることは、ジュリアスにもわかっている。
それは彼女がまだ自分と出会って間も無い頃、彼女が自分に見せていた態度によくにており、ジュリアスはその事実にまた傷ついている自分を見出す。
彼女はいつも自分の前では緊張していた。声をかけると、体が固くこわばるのが傍目にも痛々しいほどだった。
自分の厳しい言葉に肩を震わせ、目を赤くして執務室を出ていったことも一度ではなかった。
辛くあたるつもりではなかった。
むしろ、気にかかって、放っておけなくて、つい寮の部屋を訪ねるのだが、口から出る言葉は優しさとは程遠いもののことが多かった。
それでも、彼女はいつも自分が訪れると快く迎え入れ、自分の厳しい言葉に耳を傾けた。
素直に自分を向上させようとするその態度は、ジュリアスにはとても好ましいものに思えた。
だんだんと、自分に対する態度がほぐれて行くことに、なぜか心がうきたち、花のような笑顔を一度みてしまったら、その笑顔を飽かずに見ていたいと思う自分に気付いた。
気がつくと彼女のことを考え、他の守護聖といるところを見ると沸き起こる妬けつくような感情に戸惑い、その瞳に自分だけを写したいと思うこの気持ちは、いったいなんなのだろうと、真剣に悩んだ。
このような制御不能な感情をもてあますのは、初めてのことだったから。
長年首座の守護聖として、他人に助言を与えたことはあっても、その逆は今までなかったジュリアスは、だれか他人に相談する事もできなかった。
執務上最も信頼できるオスカーにさえ、なにも語らなかった。
いや、オスカーだからこそ、相談できなかったのだと今となってはわかる。
同じ女性を愛した、いわば、ライヴァルだったのだから・・・
もしオスカーに相談していたら、恐らくオスカーは自分が恋を自覚できずに逡巡している間に、さっさとアンジェリークに自分の気持ちを打ち明けていたに違いない。
そして、おそらくアンジェリークはそれに応え、オスカーはアンジェリークを自分一人のものにしてしまっていたことだろう。
『アンジェリークにとっては、むしろ、そのほうが幸せだったかも知れぬ』ジュリアスは、自嘲ぎみに思う。
書物に答えを見出そうと、ルヴァの執務室に、自分のこととは言わずに、このような感情を書き記した書物はないかと、訪ねて行ったとき、ルヴァに
「あ〜、それは、とても激しい恋の物語に、よくそのような表現がでてきますね〜」
といわれて、脳天にいかずちを受けたほどのショックを覚えた。
しかし、と同時に、自分の不可解な感情の揺れにすべて説明がつき、突然霧が晴れるように視界が開け、自分の進む道が見えた。
この気持ちを恋というのだと自覚したとき、ジュリアスはもう迷わなかった。
結果はどうあれ、アンジェリークに自分の気持ちを打ち明けずにはいられなかった。
受けいれられるか、拒絶されるかの二者択一しか頭になかった自分に、提示されたのは第三の道だった。
自分が唯一の存在でなくても、特別な存在であったことを知り、余計に彼女を手放せないと思った。
どんな形であれ、彼女を手に入れたかった。
解っていてはじめた関係なのに、またも制御不能な感情に翻弄され、アンジェリークを苛まずにはいられない自分をジュリアスは自嘲する。
自分の中にこんないろいろな感情があることを、そしてその感情を制御できないこともあることを、彼はアンジェリークに出会い、そして恋をするまで知らなかった。
だが、そのことを後悔しているわけでは決して無かった。
胸を妬く苦しい思いをはじめて感じた一方、身も心も熔かすような恍惚も恋をしてはじめて知った。
アンジェリークと一つになり、そして肌を重ねるごとに、この世にこれほどの悦びがあるのかと、目もくらむような思いに幻惑された。
アンジェリークが自分を受け入れてくれなければ、決して知ることのなかった、人間らしい感情・・・
アンジェリークといるときに最も感じられる、自分が生きているのだと言う実感。
なのに、今の自分がしていることは、なんなのだ?と、ジュリアスは自分を省みる。
自分がアンジェリークへの思いでオスカーに負けているのでは?という不安に心が押しつぶされそうだった。
自分のその弱さを認めたくなくて、アンジェリークを苛み、愛を強要した。
しかし、自分は楽になるどころか、その心は苦く暗い思いに占領され、息もできないような胸の痛みは増していくばかりだ。
『・・・・・もう、やめなくては・・・・』
こんなことを続けていても、自分の心が救われる訳ではない。
無理強いした愛の行為は砂を噛むような味気なさしか、もたらさない。
アンジェリークがいま自分に行っている奉仕にも、体は反応しても、心が熱くならない。
こんな愛の行為は、自分がアンジェリークを愛したことも、アンジェリークが自分を思ってくれたことに対してもその気持ちを冒涜するものでしかないことを思い至る。
ジュリアスは自分に奉仕を続けるアンジェリークの金の髪をそっと梳くと
「もう、よい。アンジェリーク」
と、今日はじめて、心からの優しい言葉を投げかけた。
アンジェリークは、ジュリアスのものから、口を離すと、戸惑ったような瞳でジュリアスを見上げた。
「ジュリアス・・さま?」
ジュリアスはアンジェリークの体を抱き起こし、その胸に優しくかき抱いた。
「もう、いいのだ。おまえに無理強いさせる行為に、なんの悦びも見出せないことなど解っていたのだ。それなのに、私は、自分の心の弱さを直視することに耐えられず、おまえにその苛立ちをぶつけたのだ。酷いことをして、済まなかった・・・」
アンジェリークはジュリアスの言葉に驚いたように、ジュリアスにぎゅっとしがみついてきた。
白い胸元に自分の頬を摺り寄せる。
「ジュリアス様、私、ひどいことなんて、無理強いなんてされてません。」
そして、顔をあげて、ジュリアスの顔を見つめた。緑の瞳と紺碧の瞳が交錯する。
「ジュリアス様、お慕いしてます。心から愛してます。ジュリアス様の望まれることなら、なんでもできます。」
「・・アンジェリーク・・」
「ジュリアス様が喜んでくださるなら、なんでもします。ジュリアス様のお気が休まるなら・・いやなことなんてなにもないです・・」
不安と嫉妬に苛まれ、その感情を制御できぬ自分の心の弱さを認めることができず、彼女にその苛立ちをぶつけることで、自分は気をはらそうとしていたのに、
そんな自分を許し、なおも自分を癒そうとしているアンジェリークの気持ちがジュリアスに痛いほど伝わってきた。
『おまえは・・どんな私でも受け入れてくれるのだな・・・その心の弱さも、醜い感情も・・・それで、いいといってくれるのだな・・・』
先ほどとはうってかわり、ジュリアスの胸中に明るい暖かいものが満ちてくる。
自分のプライドにがんじがらめになって、自分の弱みを曝け出すようで、誇りを明渡すことのようで、愛を率直に要求することができなかった
心が真に求めていることを表現することに臆病だったから、歪んだ形でそれをてにいれようと、アンジェリークを苛んだ。
自分の求めることに、真摯に対峙できなかった自分は、欲しいものを欲しいと言える子供より劣る存在だったと今気付く。
愛を求めることが、弱さなのではない
愛を求める自分をごまかそうとすることが心の弱さだったのだと、はっきりわかった。だから、今なら言える。
言いたくても、言えずに、結果として自分もアンジェリークをも苦しめてしまった気持ちを、いまなら、伝えられる。
「私には、オスカーのようにおまえの元に忍んで行くことはできぬ・・・オスカーと同じようにおまえを愛することはできぬ。それでも、おまえは自分からすすんで私を愛してくれるか?オスカーを愛したように・・・」
ジュリアスはアンジェリークをきつく抱きしめて、搾り出すように言葉を口にした。
「今まで、いつだって私はジュリアス様を自分から愛してました、そして、これからもずっと・・・」
こう言ってアンジェリークはジュリアスの首に腕を回し口付けた。自分からジュリアスの口腔に舌を差し入れ、ジュリアスのそれに絡みつけた。
この誇り高い人にこんなことを言わせてしまったことに、アンジェリークの胸は痛んだ。彼の苦しみを理解できなかった自分が悔やまれる。
でも、取り返せないことなど、きっと無い。
道を見失って迷っても、行く先がわからなくなっても、気づいた所からもう一度足を踏み出せばいいのだ。
どんな愛でもいつか終わりが来る。だからこそ、そのときまで、煌くような愛の輝きを大切に慈しんでいけばいい。
『そう、終わりがあると思うからこそ、人はその命や、愛を掛け替えの無いものと思って大事にしようとするのではないかしら』
ジュリアスが納得できるまで、自分のできることはなんでもしよう、とアンジェリークは思い、唇をもう一度ジュリアスの首筋におとした。
小さな舌で、ジュリアスの首筋から胸元を辿っていき、白い胸を所々きつく吸い上げてみた。
色素の薄い胸は、自分のつたない愛撫でも痕跡をのこすことができる。
それはジュリアスに対する謝意でもあり、贖罪の印しでもあった。
徐々に唇を下腹部に滑らせながら、手を伸ばしてジュリアスのものを探る。
先ほどより、幾分力の無くなっているそれをやんわり握ってから、この上なく優しく撫で上げた。
「私がしたいから、するんです・・ジュリアス様が好きだから・・・悦んでいただきたいから・・・」
そういって、アンジェリークはそっとベッドから降りると、ジュリアスの前に跪いた。