On−Side 4

チア募集のお知らせと応募フォームをアップロードし、リュミエールの作ったポスターはオスカーが学内掲示板にはってくれた。日付通り明日の掲示にしなくていいのかとアンジェリークは問うたが、フライングで応募してくる女生徒がいても先着順ではないから問題はないし、明日の朝、始業前にアップロードしたりポスターを貼るのは慌しくて大変だろうとオスカーが言ってくれたからだ。

オスカーが手伝ってくれて考えうる限り迅速にアンジェリークは仕事は終えられたと思う。それでも生徒会室を出た時には、夕闇が空の大勢を占めていた。昼日中はまだまだ暑さが残っているとはいえ、夕暮れの訪れの早さが、もう夏ではないことを如実に告げている。

朱色の光が地平に残っている薄暮の中、オスカーは約束通りきちんとアンジェリークを寮の入り口まで送り届けた。学校の敷地内にあるとはいえ、この広大なスモルニィのキャンパスにあって、寮は住環境を考慮してか敷地内でも外れの方に位置していたから、アンジェリークの足だと優に15分はかかる。

オスカー一人ならもう少し早く着くだろうが、オスカーにとって歩調を女性に合わせるのは意識する以前の行為であったし、それより急ぐ理由が何もなかった。

僅かな道中、ゆったりととりとめのない会話をした。寮生活は楽しいかとか、ご両親はどこの国で何をしているかとか…オスカーの方からアンジェリークに何か尋ねることが多かったが、ここぞとばかりに甘い口説を披露することはなかった。何故だかそんな必要を感じないのだった。単なる世間話のような会話に、妙に心が和んだ。

アンジェリークも特に饒舌ではなかった。オスカーに尋ねられたことを簡潔に端的に答えてはいたが…

 

アンジェリークはオスカーの質問に答えながら、ちらちらとオスカーの顔を見上げていた。その瞳に不思議そうな物問いたげな色が浮かんでいることをアンジェリーク自身は自覚していない。

今、静かな口調でアンジェリークと話しているオスカーは、軽い雰囲気の遊び人風ではない。いかにも女の子が喜びそうな甘ったるいセリフも気障な仕草も、2人で仕事をしている時からずっとなりを潜めている。もちろんオスカーがオリヴィエと2人でいる時に滲ませていた刃物のような怖さもなかった。静かに落ち付いた口調で、言葉を考えながら、私のことを聞いてくる…

『沈黙で気まずくならないようにあたり障りのない話題を振ってくださってるのかな?私からも何かお尋ねした方がいいかしら?でも、私、今、口を開いたらものすごく変なことを聞いてしまいそうなんだもの…だから、話すに話せない…

だって、聞けない。なんで、こんなに受ける印象が違うのかしら…その時によって、一緒にいる人によって…全く違う人みたいに見えるのは何故ですか?なんて…

そんなこと、オスカー先輩ご本人に尋ねたって、オスカー先輩だって困ってしまうわ。ご本人はそんなつもりじゃないのだろうし…怒っちゃうかもしれないし…』

接していくほどに、オスカーという人は《○○な人だ》と一言で現せなくなっていくような気がアンジェリークはする。周囲が《粋で気取らない遊び人》とオスカーを言いきれることが不思議でならない。

実際に親切にしてもらったから優しい人だということは知ってる。ルックスはもちろんのこと、気障なせりふも仕草も呼吸をするように自然に身についていて、女の子が喜びそうなことを淀みなくさらっというからもてもてのプレイボーイだというのも心底納得できてしまう。ほんの少し一緒に仕事しただけだけど、ものすごく頭のいい人だなとも思った。合理的で判断が迅速かつ的確で無駄がなくて…なのに、わざと不真面目に見せたいかのような軽い口調や緩んだ服装。その齟齬は意図的なものなのなのか、そうでないのか…それに…自分が垣間見た荒んだような怖さも絶対錯覚ではなかったともアンジェリークは思う。煙草という小道具があったからだけじゃない。何かを拒み諦めているような荒んだ空気がオスカーの周囲に確かにあったような気がしたのだ。だから、オリヴィエがいるとわかっていたのに声をかけられなかった。なにか、とても怖いような気がして、迂闊に近寄ってはいけないような気がして…

『全然つかみきれない人だと思う。いろいろな面を持っているような気がするの。なのに、周囲の風評が見事なまでに画一的なのはどうしてなんだろう。私が世間知らずだから、ほかの子みたいにオスカー先輩をしっかり掴みきれないだけなのかな。でも、今は本当に全然プレイボーイっぽく見えないんだもの。すごく真面目で落ち付いた紳士で…こんなだらしない格好がそぐわない…皆さんと一緒にいた時と違ってふざけたことや口説き文句みたいなこともさっきから何も言わないし…』

その時アンジェリークは、はたとこんなことに思いあたって、少し心が沈んだ。

『私が口説きたいと思うほど魅力的じゃないからかな…オリヴィエ先輩は、オスカー先輩は女の子と見ると脊髄反射みたいに口説きのセリフが口を突いて出るっておっしゃってたのに、オスカー先輩は生徒会室に私と2人になってから、そんな素振りはちらともなかったわ。拘る訳じゃないけど、口説かれたいなんて思ってたわけじゃないけど…でも、さっきは一応好意的なことを言ってくださったのに…でも、それもなんの気のない挨拶替りだったんだろうな、やっぱり。オリヴィエ先輩がおっしゃる通り…だから、浮かれないように、どきどきしないように気をつけようと思ってたのに…』

なんとなく落胆しているような自分に気付いて、アンジェリークはぶるぶると頭を振った。

『が…がっかりなんてしてないもん。期待なんてしてなかったもん…』

一生懸命自分に言聞かせなくてはならないと言うことは、そういう気持ちがあったということなのだが、アンジェリークはそれを認めたくはなかった。舞いあがってはいけないと自分に釘を刺していたはずなのに、それでも、風船みたいにふわふわ浮かんでしまうような心持ちがあったことを。

『…2人でいるのに甘いセリフを言わないのは、私が口説く対象外だからかもしれないけど…こう思うのは本当は胸が痛いけど…それなら、オリヴィエ先輩が一緒にいた時も、そんなことを無理に言わないでくださってもよかったのに…最初から口説く対象外なら…飲みこみの早い子は好きだって言ってくださったけど、それはもちろん他意のない事だってわかってるけど…そんな気が本当はないなら、そんなこといわないでほしい…だって、やっぱりどきどきしちゃうから…浮かれちゃいけないって思ってもやっぱりふわふわしちゃうから…』

ちょっぴり恨みがましいような気持ちになりかけたが、オスカーの『好き』は自分が子猫や子犬を『好き』っていうのと同じレベルなのかもと感じたことを同時に思い出し、アンジェリークは、じっくり考えなおした。むむむとばかりに眉間に皺が寄り、口がとんがっていることに、当然本人は気付いていない。

『でも、私が子猫を見て「かわいいー!」って言っちゃいけないなんて言われたら困るわよね…なんで?って思うわよね…これって同じことよね。私がどきどきしちゃって困るから、オスカー先輩には思ったことを口にしないでほしいなんて思うのは…これってどうしようもないわがままだわー!私ってば最低!』

自分のあまりに手前勝手なわがままを自覚して自己嫌悪に陥り更にしょぼくれそうになったアンジェリークだったが、自分の考えを一部反芻して、はっと顔をあげた。

『あ、でもでも、飲みこみが早い子は好きだっていうことは、少なくとも私自身におっしゃってくださった言葉だわ。誰にでも言う言葉じゃなくて、その時、「私」に言ってくださった言葉だった。それなら、私、少しは喜んじゃってもいいのかも?自分を認めてくださったんだもの…口説き文句じゃなくても私を認めて私だけに言ってくださった言葉だったから、私、嬉しくて、ふわふわしちゃったんだ…だから、ちょっとは喜んじゃってもよかったよね?喜んでも無理なかったよね?

うん、考えてみたら、女の子になら誰にでもいうような口説き文句より、私はこの方が嬉しいかも。

それなら、もう、2人でいても全然口説いてもらえなかったなんて、がっかりするのはやめよっと。私は私のことを見て言ってくださった言葉が嬉しいかったんだもん。そういう言葉をもらえるようにこれからもがんばればいいんだわ。その方が自分も嬉しいし…オスカー先輩に対してわがままで自分勝手なことを考えなくてすむもん!

とりあえずは、体育祭でのチア、がんばらんばくちゃ!

やだ…私、こんなこと考えてたんじゃないのに。オスカー先輩が掴み所のない方のような気がして。なのに、どうして皆はオスカー先輩がこういう人だって言いきれちゃうのかなって不思議だなって考えてた筈なのに…』

自分のことに意識が行ってしまっていて、考えが少しづつ軸足をずらしていたことに気付いた。

アンジェリークは自分ではまったく気付いてなかったが、この間、表情や瞳の色がまさに百面相といった様相で目まぐるしく変わっていた。

オスカーは、そんなアンジェリークの様子を興味深く、面白そうに見ていたので、あまり言葉を発さなかったのだが。そんなことをしているうちに寮の前についてしまった。

 

確かにオスカーはありきたりといえば、ありきたりな質問を間を置き置きアンジェリークに投げかけた。曰く、ご両親は今どこに、とか、寮での生活は楽しいかとか…いわゆるお天気レベルの時間を埋めるためだけの会話と受取れなくもない内容だった。気まずくならないための形だけの会話とでもいうような。

アンジェリークは、そう思ったのか、あまり突っ込んだ詳しい回答は返してこない。自分から積極的にオスカーに話しかけてもこない。オスカーの意図をくみかねているかのように、時折不思議そうにオスカーの顔を見上げていた。何か自分に問いたそうな色がちらちらと視線に見えるのに、でも、踏み出していいかどうか迷っているようだった。

オスカーは、何か聞きたいことがあるのなら、聞いてくれてもいいのにと思ったから、アンジェリークがお返しにと尋ねやすいように、アンジェリークの身上を踏こみすぎないと思われる程度に尋ねたという部分もあった。

もっとも、こんなことを聞くこと自体オスカーにはめずらしい。

普段のオスカーなら、自分の身の上を詮索される糸口など他人に与えようなどとはさらさら思わないし、一時の遊興の相手の身上や考えなど、知りたいとも知ろうとも思わない。相手だって同じだから。

必要なのはルックスとガタイ。実際セックスがよけりゃもっといい。それだけで十分。お互いに。

なのに、この子といると、なんというかいつものペースが狂う。そう自覚して、しかし、それが嫌じゃない、むしろ、妙に和んでしまう自分を訝しく思いつつも歓迎しているような所がオスカーにはあった。

それは、俺だけではないのかもしれないと思ったことも、オスカーの興味を煽っていた。

面倒見のいいオリヴィエがアンジェリークを贔屓にするのはわかるがオリヴィエとて底無しのお人よしではないし、人を見る目はしっかりとしている。あまり他人に踏みこませない、踏みこまないクラヴィスの、そして厳しさが突出していたジュリアスの、この子を見る時の柔らかな瞳の色にも驚いた。

だから、とりあえずの切っ掛けを探すようにあたり触りのない会話を選んだ。少しづつ、アンジェリークを探るかのように。

しかし、アンジェリーク自身は最低限のことしか答えず、思考は別の…しかし、ちらちら 投げかけられる視線からそれはどうも自分に関係のあることで占められているようだった。その様子がまた面白くてオスカーは飽きずアンジェリークの表情の変化を眺めていた。

不思議そうな顔が、突然どよんと暗くなって俯いた。しかし、すぐさまぶるぶると子犬のように頭を振ったかと思うと、ちらっと恨むような目で見られ、次ぎの瞬間真剣な面持ちで何か考えこみ始めた後、いきなり恥かしそうに縮こまったと思ったら、はっとしたように顔をあげ、すると最後にその瞳は強そうな意思の光りで煌いていた。

一体何を考えていたのか、これで興味を持たない方がどうかしている。

何を考えていたのか是非とも聞いてみたいと思っていたところに、寮まで着いてしまった。

寮の門まで来た時は残念なような複雑な思いを感じた。

 

「オスカー先輩、送ってくださってどうもありがとうございました。」

アンジェリークがぴょこんとお辞儀をした。自分の気持ちがもう定まっていたから、顔も言葉も晴れやかだ。

その元気よく挨拶するアンジェリークにオスカーは穏やかな笑みを浮かべた。この子の所作は見ている人間を自然と微笑ませるような何かがある。この俺にも、自然と笑みを浮かばせるような…そう、意図的でない、作為的でない笑みを導く何か…

「いや、お嬢ちゃんこそ、遅くまで大変だったな。俺のせいで…」

「やだ、オスカー先輩のせいなんかじゃないです。私の方こそ遅くまでお待たせしてしまってすみませんでした。オスカー先輩にチェックしていただいたから、私も安心できましたけど。」

「いいさ、かわいいお嬢ちゃんを騎士気取りで送り届けるという役得に預かれたからな。」

他の女生徒なら、舞いあがりそうなセリフに、しかしアンジェリークの反応は薄かった。務めて感情を露にしないよう抑制しているような気配があった。先刻の遅くまで…という言葉には心から労るような申し訳なさそうな雰囲気があったのに。軽薄な口説き文句と思って警戒したのだろうか。

アンジェリークに気持ちの隔てを置かれるのがなんとなく面白くなくて、オスカーはわざと意地悪をしたくなった。

「ところで、お嬢ちゃん、帰る途中、なにかうわの空だっただろう?俺が話しかけてるのに、何に気を取られていたんだ?」

「えっ!えっ!私、そんな風に見えました?ごめんなさい〜!ちゃんとお話は聞いてましたし、お返事もしてたつもりだったんですけど!」

これでは何か考え事をしてたということが語るに落ちてる。しかも、それは何か俺に関係していることは既に確信している。オスカーはにやりとしてさらに突っ込む。

「お嬢ちゃん、何を一生懸命考えていたんだ?どよーんとしたり、考えこんだり、お嬢ちゃんの百面相は見てて飽きなかったが、だから、余計に気になってな。俺と一緒にいるのに、俺以外のことを考える女性はそう多くないからな。」

「ち、違います、他の事に気をとられてたんじゃなくて、考えていたのはオスカー先輩のことで…」

思わず誘導されてしまって、アンジェリークは自分の口を慌てて塞いで棒立ちになってしまった。

オスカーはこれ以上はないというほど嬉しそうな笑みを湛えた。

「ほう、俺のことを考えていたのか?なんだか、ちらちら見られているなとは思っていたが…一体何を考えていたんだ?参考までに聞かせてくれないか?」

わかっていたことだが、本人に認めさせるのはやはり楽しかった。

しかし、アンジェリークは耳の先まで真っ赤になってしまって何も言えない。自分が無意識のうちのオスカーを見つめていたなんて、指摘されるまで気付かなかった。それで余計に恥かしくなった。

「だめっ!だめだめだめ!秘密です!」

「俺には言えないようなことか…それは、やっぱり俺はお嬢ちゃんにどうしようもない不良のロクデナシと思われているとか、そういうことか…」

わざと項垂れたように言うとアンジェリークが勢いこんで否定した。

「違います!そんなこと思ってませんっ!」

「じゃ、何を考えていたんだ?…俺の悪口じゃないなら、何を考えていたのか言ってみな?」

『あああ〜どうしよう〜、2人でいるのに全然口説かれないから少しがっかりしたなんて、絶対、ぜーったい言えないけど…何も言わなかったら、悪口を考えてたって誤解されちゃうし、何よりオスカー先輩を傷つけてしまうわ…』

一瞬悩んだ、悩んだが、自分が恥ずかしいのと、オスカーを意味なく傷つけてしまうことを考えたら、恥ずかしいのは、我慢するべきだと即座に結論した。

「あの、その…オスカー先輩って、いろいろな面をお持ちの方のような気がしたんです。オリヴィエ先輩といらっしゃる時と、他の先輩方といらっしゃる時と、多分、女の子に囲まれてる時と、今、私と帰って来た時も皆違った顔をなさってるみたいな気がしたんです。プレイボーイっていうのも確かにその通りかも?って思うけど、それってサイコロの1面だけみたいなものじゃないかなって…でも、皆はそう感じないのかな、こんな風に思うのは私だけなのかな、って不思議に思ってたんです…」

「なんだって?」

思ってもみなかったことを言われてオスカーは面食らった。

「あ、失礼なこと言っちゃいましたか?気を悪くされたら、ごめんなさい…」

「いや、そんなことはない…ちょっと意外だったんでびっくりしただけだ…」

自分が意識的に作り上げアピールしている遊び人の顔、それを俺の一面に過ぎないような気がするとこの子は言っているのか?まさかな…単なるあてずっぽうだろう…

そうは思っても、オスカーは更なる好奇心を抑えることができなかった。この子が何を考えていたのかもっと知りたくなった。

「それだけか?それにしては、目まぐるしく顔色が変わっていたが…」

「いえ…それは、その、後は私自身の気持ちの問題なので…」

ごにょごにょとした歯切れ悪い返答にオスカーが納得しようはずもない。

「俺には関係ないことか?」

直裁にそう尋ねられたら、アンジェリークに嘘はつけなかった。何故だか、誤魔化しても、すぐ見ぬかれそうな気がして…

「…いえ、そうおっしゃられたら…関係ありますけど…」

「それなら、できれば教えてほしいな、俺は。お嬢ちゃんが俺の悪口を考えていなかったっていうならな?」

「あう〜…あ、あの、皆オスカー先輩をプレイボーイだとか、オリヴィエ先輩も口説き文句が挨拶だっておっしゃっていたのに、2人になっても、全然オスカー先輩は私にそんな素振り見せないから、私は、口説く対象にもならないのねって、ちょっと落ちこんじゃったんです。勝手に落ちこんじゃってごめんなさい〜。」

これにもオスカーは面食らった。だが、その一瞬が過ぎると思わず吹出しそうになった。かろうじて笑みを堪えてこう言った。

「それは…俺に口説いて欲しかったってことか?そう聞こえるんだが。」

自然と浮き出る笑みを押し殺すのは大層困難だった。このお嬢ちゃんは自分の言っていることの意味がわかっているのだろうかと思うと愉快で仕方ない。

「や、そ、そんな…えと、でも、そうなのかな?よ、よく自分でもわからないです…がっかりしちゃったような気もするし、でも、はっきり口説いてほしいって思ってたかって言われると、ちがうような気もしますし…」

真剣に考えこむ様子と、どこまでも生真面目で律儀な返答にオスカーは更に笑みを堪えるのが困難になる。と、同時に胸がどうしようもなく暖かいもので充たされるような感覚に戸惑いも覚えていた。

アンジェリークは懸命な様子で考え考え更に言葉を続ける。

「で、あの、ちょっとがっかりしたけど、すぐ、思いなおしたんです。挨拶みたいに誰にでも言う口説き文句を言われるより、私のことを少しでも好きって言ってくださったのは、私を認めてくださったってことだから、その方が私は嬉しいかもって、思いなおしたんです。口説かれなかったけど、さっき、ちょっとは認めてもらえたんだから、喜んじゃってもいいよねって、だから、もっと認めてもらえるようがんばろうと思って…やだ…なんか、こうして言うと自意識過剰で恥ずかしいです〜!」

アンジェリークは顔を覆って照れまくっている。しかし、オスカーはそんなアンジェリークを見ながら、この言葉の意味するところを考え、少なからず動揺した。自意識過剰というより、これはラブコールだと思うんだが…つまり、お嬢ちゃんは通り一遍の口説き文句をいわれるより、俺に自分自身を認めてほしい。そして、自分だけに向けられた俺からの言葉が欲しいと思った…そう思っていいのか?それなら、これは…どう考えても熱烈なラブコールじゃないのか?

オスカーはしかし、それを素直に喜べなかった。むしろ、胸に満ちていたくすぐったいような暖かな感情は冷水を浴びせられたように冷え冷えとした落胆に替り、胸が塞がれた。

この子は自分が何を考えていたのか俺から尋ねさせようと仕向けてわざと俺の気を引くように振舞ったのだろうか?百面相も、俺の事を考えていたという言葉も、計算づくか?全ては自分の熱烈な思いを俺に伝えたいがための演技か?この子も他の女と同じか?俺の気をひきたかっただけか?こんなかわいい顔をして、こんな絡め手を使うとは中々の手管じゃないか…と一瞬鼻白んだのは否めなかった。だが、その一方でアンジェリークの言動にオスカーはどうしても作為的なものは感じ取れなかった。

「そうか、考えこんでいたのは俺の悪口じゃないとわかってほっとしたぜ。」

オスカーはいかにも安心した風を装いアンジェリークに告げた。どうか、媚びるような視線や、自分の気を引くような言葉を発さないでほしいと祈るような心持ちだった。

「よ、よかった…悪口を考えられてたなんて思ったら、辛いし悲しいし嫌な気分ですものね。口説かれなくてがっかりしちゃったなんて言うの、すごく恥ずかしかったけど、正直に言ってよかった…」

その一言にオスカーは瞳を見開いた。

「なんだって?」

「え、だって、自分が心の中で悪く思われてるかも、なんて思ったら、嫌な気分になりませんか?…自分が恥ずかしいからって考えたこと内緒にして、オスカー先輩を嫌な気分にさせたりしちゃいけないと思ったから…よかった、恥ずかしいの我慢して正直に言って…」

オスカーは考え込む様にゆっくりと目を閉じた。自分を恥じていた。自分が女性を誘惑する対象としか見ておらず、女性は自分を性的に誘惑することしか頭にないと断じているから、アンジェリークの言動も曇った目で捉えていたことに気付いた。そして人は自分のレベルに応じてしか人を判断できないのだいうことも思い知った…

彼女は俺の悪い噂を知らないのだろう、無垢に過ぎて俺に口説かれることの意味が、いや、俺がプレイボーイと言われるのは何故かも本当はわかってないのだろう。単に俺から魅力的な女性とみなされなかったと思ってがっかりし、でも、いじけることなく、替りに、人間として認めてもらえるように努力しようと気持ちを前向きに切り替えた。それだけだったのだと今、漸く解した。

アンジェリークが自分に婀娜めいた思いを抱えていなかったと知って自分は落胆したのか、安堵したのか…安堵の思いの方が勝っていた。

「ああ、お嬢ちゃんが恥ずかしいのを堪えてくれたおかげだ、ありがとうな?俺の傷つき易いハートを思いやってくれて…ただな…」

「え?なんでしょう、オスカー先輩。」

「お嬢ちゃんはなぜ、俺に認めてもらって嬉しいと思った?俺から認めてもらえるようがんばろうと思ったんだ?」

「え…?そ、それは…その、だって、人に認めていただけるのって嬉しいじゃないですか…」

「じゃ、認められれば誰からでもいいのか?それとも、『俺』に認めてもらいたかったのか?そして、それは何故嬉しいんだ?」

「え?えと、えと、えと…オスカー先輩だから?なのかな?それに…どうして…かしら?」

「わからないか?じゃ、これは俺からの宿題だ。期限はないがな…気がむいたら考えてみてくれ。そして、答えがでたら、教えてくれると嬉しい…」

彼女に、自分の真意を見つめさせたいのは何故なのか、どうして俺はそれを教えてもらいたいなどと言ったのか、教えてもらってどうする気なのか、同時に自分自身への宿題が生じたような気がした。でも、彼女に考えてほしかった。自分も考えてみたかった。

「あ…はい」

「ひきとめちまって悪かったな、おやすみ、お嬢ちゃん、いい夢を…」

「おやすみなさい、オスカー先輩、また、明日…」

もう、すっかり暮れなずんだ宵闇の中をオスカーは手を軽く振って帰っていった。

私、どうして、オスカー先輩に自分だけの言葉が欲しいって思ったんだろう。それは人に認めてもらえるのは嬉しいに決ってる。でも、それはオスカー先輩になの?ほかの方にも思ってることなの?よく…わからない…

そういえば、オスカー先輩はどちらにお住まいなんだろう…遅くなってしまって大丈夫かしら…もっと、私もオスカー先輩のこと、聞いておけばよかった…

そう思っても、もう、オスカーの後姿は見えなかった。見えても追って引き止められるものでもなかった。

 

翌日、授業が終わるとアンジェリークは速攻で生徒会室に行って、昨日作った体育祭のチアリーダー募集にアクセスしてみた。応募数を見て真剣に驚いた。まる1日経っていないというのに、女生徒のほぼ半数が応募してきていた。最終日までにはもっと増えるだろう。

「すごい…」

と思ったのも束の間、こんなに多くの人数からどうやってランダムに抽選などすればいいのか考えたら途方にくれそうになった。

「そ、そうだ。ゼフェル、まだ教室にいるかな…」

アンジェリークはかばんだけ置いて、自分の教室に急いで取って返した。ゼフェルなら上手く抽選する方法を考えてくれるかもしれない、なにせ、システムの統括とメンテはゼフェルの担当なのだから…

 

編入初日から、オスカーの周囲には十重二十重に女生徒の人垣ができていた。チア募集の公示がなされた今日はさらに拍車がかかっている。皆、口々に、チアに応募したこと、オスカーと同じチームで応援をしたいことをかまびすしくアピールしてくる。その度に、オスカーはいかにも残念そうに、自分に選択の権限はないことを訴え、しかし、もし選択を一任されていたとしても、この名花を選り好みすることなど俺には絶対不可能だから却ってよかったなどと歯の浮くようなセリフを並べて、女生徒たちにうっとりとした溜息をつかせていた。

今まではこれが心地良かった。名家の子女も自分の前では雌のにおいをまき散らかして俺の気を引こうとすることが。自分を印象付けようとする無意識の媚び、誘惑、思わせぶり、もっとあからさまで思慮のない熱狂的なコール。そのアプローチの仕方は皆、驚くほど画一的で、創意工夫がない。男が喜ぶのは、こんな仕草、こんなファッション、女の子らしさをアピールする手作りの品々という思いこみ…この学園の子女は本来個性豊かな才能の持ち主が多いはずなのに、なぜ、意中の男を前にするとこうも没個性になってしまうのか。皆同じようなみかけを繕い、同じような素振りをし…こんな手管で男を手玉にとれると…実際そういうお手軽な男が多いのだろうが…なめてかかっているのか、単に自分の頭で考えていないだけなのか…

しかし、それでも、それは、自分の雄の部分を満足させてくれた。雌が求めるのは強くて力のある雄。それは生物として当然だから、そのこと自体は非難されるべきものではない。女たちは俺を第1級の男として認め、求めているということだから。ただ、強い男なら、そして自分を気分よくさせてくれる男なら誰でもいいのだと言うことに、彼女たち本人は気付いてないだけで。

そして自分たちの女性としての魅力をアピールしたがる彼女たちを見て不意にこんなことを思った。

もちろん、身なりに全く構わないのは、女性でなくても周囲への気遣いが欠ける行為だと思うから、オスカーは身なりに気を使う人物自体には好感を覚える。だが、自分のアピールしたい価値が見かけしかないのは、どうなのだろう。彼女たちは雌として勝負をかけようとする前に、人間として認められようと思わないのだろうか。雌としての価値など、子供を産める時期がすぎれば喪失してしまう儚いものなのに…そんなもので男を引き止めておけるのは、人生のほんの僅かな期間だけなのに…いや、男も悪いのか…そんな価値観でしか女性を認めてこなかったのだから、自業自得か…

それでいいと思っていた。女性に雌であること以外の価値を認めて捕われてしまったら自分が苦しくなるだけじゃないのか?それなら、思い入れのない女と1時的な関係を続ける方がよっぽどいい…第1、そんな女、見出そうとしても見出せるものでもないし…ない物ねだりは虚しいだけだ…

何故こんな事を突然考えてしまったのだろう…ふと、我に返った。自分で自分を不可解に思いつつ、女生徒たちの嬌声が妙にわずらわしくなって、オスカーは、顔には魅惑的な笑みを湛えつつ、逃げるように生徒会室に向った。

関係者以外はおいそれと近づけない雰囲気のある(それは、この部屋に集う者の性質による所が大きい)ことがありがたかった。

 

生徒会室は誰もいなかった。オスカーは思わず肩をおとした。

しかし、もうほどなく人が集まってくるだろう。と、思う間もなく、軽やかな足音と、それにも増して軽やかに弾んだ声が聞こえてきた。

「早く、早くぅ…」

オスカーは我知らず笑んでいた。昨日言っておいたロザリアでも連れてきたかと思った。ロック解除の音とドアの擦過音が同時に聞こえると、そこに立っていたのは、思っていた通りアンジェリークと、ただし、もう1人は銀髪紅眼の線の細い少年だった。

「よう、お嬢ちゃん、元気な声が中まで聞こえてたぜ。」

「あ、オスカー先輩、こんにちは、お早いですね。」

部屋にオスカーの姿を認め一瞬どきっとしたアンジェリークだったが、特に接し方を変えてこないオスカーに知らずに安堵の吐息を零した。アンジェリークが引っ張ってきたゼフェルはオスカーの姿を認めるとにやっとして気安い様子で声をかけた。

「お、歩く公序良俗違反、帰ってきたって聞いてたぜ。おかげで学内の風紀が乱れていけねーよ。」

「そりゃ、もてない男の僻みか?しかし、おまえ、もう少し年上への言葉遣いを学んだ方がいいぞ。」

「ゼフェル〜、『こうじょりょうぞくいはん』ってなに?」

「おめーは後で辞書引いておけ。苦手な漢字の勉強になっていいだろ?」

「今、ゼフェルが言ったことは忘れろ、お嬢ちゃん。」

「???…えっと、オスカー先輩もゼフェルもお知り合いだったんですね。」

「持ちあがり組でこいつをしらねーヤツはいねぇよ。それより、おら、応募フォーム見せてみろ…ん、確かに殺到してるな…」

「ゼフェル〜、私じゃ、どうやって公平な抽選システム作るかわからないのー!お願い、助けて〜」

「わーったから、そんな、急かすなよ。締め切りまでまだ2日あるんだろ?それまでにいい方法考えてやっからよー。」

「わーん、よかったぁ〜、私、この応募数見た時どうやって選んだらいいのか、わかんなくなちゃって…」

「俺がいなかったらどーするつもりだったんだよ、ったく…」

「えと…モニターに一覧で学籍番号並べて『神様の言う通り』って…」

「馬鹿か、おめぇ。そんなことするくらいなら、最初からアナログな投票箱にでもしておけばよかったんだよ!」

「そ、そしたら1人1票って公平性が確認できないもん。赤白わけるのも大変だし…」

「そりゃ、ごもっとも。んじゃ、ちょっと待ってな…」

ゼフェルがモニターの前に陣取り、目にもみえない早さでキーボードをたたき始めた。

「じゃ、私、お茶でもいれるね。クラヴィス先輩みたく美味くできないかもしれないけど…」

きゅぽんっと音をたてて、アンジェリークがお茶の缶を開けた。

「オスカー先輩は何がよろしいですか?」

「できればカプチーノ、と言いたいところだが、何でもいいぜ。」

「じゃ、今度用意しておきますね。ゼフェルは甘いの嫌いだよね?緑茶でいい?」

「あー、適当でいいぜ、俺も。」

「…2人とも私が抽れると思って、どーでもいいと思ってません?」

「馬鹿だな、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんのいれてくれるものなら何でも甘露だといいたいだけさ。」

自分でも意外なことにこのセリフにアンジェリークは心が乱れなかった。ぼーっともかぁーっともしなかった。昨日はこういうセリフを言ってもらえないと思って少々落ちこんだというのに、その気持ちが嘘のようだった。

だって、これは…きっと誰にでも向けられるセリフだと思うから。実際に私のいれたお茶を飲んでおっしゃってくださる言葉じゃないもの。私が嬉しいのは、自分自身に向けられる言葉なんだって気付いたから。

アンジェリークのいれてくれる○○がのみたいとか、○○は美味しいとか言われたら嬉しいだろうが、この言葉は耳あたりは甘いが、それ以上ではなかった。しかし、オスカーは自分が口説かれなくて落ちこんだことを知っているからサービスで言ってくれたのかもしれない。私が嬉しいと思ったのは自分自身への言葉だいうことも言ったとは思うけど、だからといって、オスカーが自分にそこまで気をつかう謂れはないし、覚えていなくて当然だと思ったから不満を感じたりはしないし、むしろ、やっぱりオスカー先輩は優しいのだなと思った。ただ、もう、私を気遣って無理に口説き文句を言ってくださらなくても大丈夫ですということは、折りをみて伝えたいなと思ったし、「他の子はこういうことを言われるとうれしいのかな?」と素朴な疑問を抱いた。

その疑問を裏打ちするかのような言葉が背後から聞こえた。

「なら、あなたには水道水で十分ですね。アンジェ、その辺のコップに浄水機を通さない塩素くさい水でも汲んでおあげなさい。」

次いでやってきたリュミエールの言葉だった。そのすぐ後ろにオリヴィエもいる。

「ぐぐぐ…」

何でも甘露だと言ってしまった手前、オスカーは咄嗟に上手い切り返しができない。

「あ、こんにちはー。リュミエール先輩ったら、ジョークがお上手ですね!感心しちゃいます〜」

「冗談ではないのですが…ま、そういうことにしておきましょう。」

「ままま、ここは穏便にね?オスカー、立て看板、セイランに依頼しておいたよ。」

「ヤツは引きうけたのか?」

「『古来芸術家は、パトロンの要望にしたがって通俗的なモチーフの作品も数多く手がけたものです。優れた芸術家は優れた職人でもあるんですよ。いいです、お引き受けしましょう。』なーんて、もったいつけてたけどねー。結構嬉しそうだったよ。でね、みてみて、これ、じゃじゃーん!」

と言ってオリヴィエが出したのはチアリーダーの衣装のデザインだった。

基本の型は同一で、ホルターネックのアメリカンスリーブなので、首元まで肌は隠れるが肩と背中は大きく開いていて、腕を動かしやすくしている。スカートは思いきり短いサーキュラースカートで、もちろん中にはアンダースコート着用となる。白の地色に銀とコバルトブルーで流星をあしらったデザインと、赤の地色に金とオレンジで炎をあしらったデザインの2種あった。

「きゃー、すてき、すてき、形はかわいくて、デザインはシャープでかっこいいです〜!」

「そおお?そう具体的に誉められるとうれしいねぇ。これに、それぞれ金と銀のぽんぽん持つんだよ。あ、リストバンドもお揃いでつけようかね…ま、私のモチーフも通俗的っちゃー通俗的だけど、こういうのはわかりやすいほうがいいからね。どう、アンジェ、こんなのなら着たい?」

「も、も、すっごく楽しみです〜!あ、ロザリアにも頼んでおきました。私と組がわかれちゃうのは嫌だけどいたしかたないですわね、って。もともと、出席番号の奇数と偶数で赤白別れちゃうってわかってたからなんですけど。あ、そういえば、わたしたち、どっちが白でどっちが赤なんでしょう?」

「って、わたしはもともと、似合いそうなカラーイメージでデザインしちゃったよ?この白と銀と青の組みあわせなら、あんたとロザリア、どっちが似合うと思う?」

「ロザリア…」

「そ、あんたにも似合わないわけじゃないけど、ロザリアに赤とゴールドとオレンジのトリコロールは合わないでしょ?」

「じゃ、俺とお嬢ちゃんが同じ応援団になるな、よろしくな?お嬢ちゃん。かわいいダンスを期待してるぜ?」

「あ、はい、がんばります〜」

「それなら、私とロザリアが同じ白だな…」

折りよくジュリアスとクラヴィスもやってきた。

「あ、こんにちはー」

ジュリアスの姿を認め、オスカーが立ちあがって側に行く。

「ジュリアス先輩、ちょっと団長応援のことでご相談があるんです。」

「なんだ?」

「せっかくの持ち時間を分けて使うより二人分まとめて使うのはどうかと思いまして…」

「詳しく聞こう。」

オスカーとジュリアスが部屋の隅でなにやら真剣に話はじめた。そのうちジュリアスの楽しそうな笑い声が聞こえた。

「ふ…確かに盛りあがるだろうが…どう考えても私に不利ではないか?そなた1人の晴れ舞台というか、私が引きたて役になってしまいそうだな。」

言葉と裏腹に口調は楽しそうだ。

「滅相もない…俺の方が無様な醜態を曝す可能性の方が高いんですよ?1年ブランクがありますからね。」

「確かに応援演説の草稿暗記より、練習も楽しくなりそうだしな。それでいこう。」

「え?なになに?何か新しく決ったの?」

「まあな。」

「もったいぶってないで教えな!私は総合司会だよ!出し物の流れは把握しておかないとね。」

「できれば当日までオフレコにしておきたいが、ま、おまえには仕方ないな。ほかには漏らすなよ?」

「なんなのさー、いったい…」

オスカーがオリヴィエに短く何事か囁くと、オリヴィエは「ほ!」という顔をして、オスカーの背中を思いきりよくばん!と叩いた。

「いいじゃん、それ!もりあがること間違いなし!」

「えー?えー?なんですか?内緒なんですか?ジュリアス先輩とオスカー先輩何なさるのか教えてくださらないんですか?」

「当日までの楽しみにしておけ、アンジェリーク。万が一我々の呼吸が合わなかったら、方針を変えるやもしれぬしな…」

「ジュリアス先輩、それはないでしょう。嘘でもいいから、俺との呼吸はばっちりだから心配ないと言ってほしいですね。」

「んん〜、教えてもらいたかったな…」

「じゃ、アンジェ、女の子たちのチアダンスを当日まで内緒にしちゃえば?お返しに?」

「私がそうしたくても、他の女の子は見せたいんじゃないかしら?こんなにかわいい衣装で踊るダンスですもん。当日だけじゃもったいないです。」

「ほら、あんたたち聞いた?この大らかなサービス精神、ちっとは見習いな?」

「その分、期待にそぐわぬものを用意させていただくさ。」

「ああ、そうだな。」

「じゃ、あとは、チアの女の子抽選して、その子たちのプロフィールに合わせて衣装注文して…あ、あんたとロザリアのサイズはわかってるんだから、先に注文しておこうか、サンプルってことで。」

「え?いいんですか?楽しみです〜!」

「その方が、チアの女の子集めた時にイメージ持ち易いと思うしね。よし、そうしておこう。」

「おい、抽選フォーム作っておいたぜ。」

「あ、ゼフェル、ありがとー!ゼフェルがいなかったら、私、どうしたらいいかわからなかったー!」

アンジェリークが心底嬉しそうな笑みをゼフェルに向けた。ゼフェルは眩しいように目を眇めると、ぶっきらぼうにぷいと横を向いた。

「いいから、そう思うんなら茶でもいれろ。言っておくけど俺はおまえのいれたものなら何でもいいなんてあさはかなことはいってねーから水道水なんて出すんじゃねーぞ。」

「やあだぁ、ゼフェル。あれは先輩の冗談に決ってるじゃないのー」

「…おまえ、つくづく平和なヤツだな…もっとも、俺もおまえのいれたもんなら大概うめぇとか思っちまうけどよー」

「?」

アンジェリークが元気よく茶葉を計量しているのを、クラヴィスとリュミエールは微笑ましげにみている。

「この分では体育祭でオスカーに美味しいところを持っていかれっぱなしになってしまいますよ、よろしいのですか?クラヴィス先輩」

「ふ…人には向き不向き、適材適所がある。オスカーにも少しは花をもたせてやらぬとな…」

「クラヴィス先輩は体育祭でがんばらずとも、彼女の瞳を輝かせることがおできになりますからね…」

「何のことだ?」

「さぁ…」

クラヴィスとリュミエールが仄かに笑んで目顔で頷いている脇で、オリヴィエが楽しそうにアンジェリークに激をかけていた。

「抽選が済んだら、発表して即座に練習に入って、衣装がきたら衣装合わせして…忙しくなるよー!」

「でも、とっても楽しみですねっ!」

お茶を出しながらアンジェリークがにこにこしている。

「おまえがそうなら、皆もそうだろう。」

「ま、今日と明日はエアポケットみたいに時間があるから、休める時に休んでおこうか。あ、アンジェ、ロザリア、まだいるかな。採寸させてくれって聞いてきて。採寸が嫌なら私が目測でオーダーしちゃうよってね。」

「はーい!じゃ、ロザリアもお茶に呼んできますねっ!」

子犬のように、一目散にアンジェリークは部屋を飛び出していった。

「転ぶんじゃねえぞっ!」

「もう、行っちゃったよ。元気だねぇ。」

「って、おい、採寸っておまえがするのか?お嬢ちゃんとロザリアの?」

「心配しなくても服の上から採寸するよ。しかも、私は誰かさんと違って信頼篤いから、採寸ったっていやがられたりし・な・い・の。下心がないのわかりきってるからね。それより、あんたも今のうちに衣装合わせしちゃいな。アンジェに見せたくないんだろ?あれ。当日までのお楽しみってことで」

「ああ、あいつは、団長衣装しらねーのか。なんだ、オスカー、嫌にもったいつけてやがるな。」

「新入生はお嬢ちゃんだけじゃないからな。どうせなら、強いインパクトを与えたいと思って当然だろう?ああ、丁度いい、ゼフェル、ちょっとおまえに団長衣装のことで頼みがあるんだが…」

いかにも全方位の女性向けの発言で誤魔化したが、実際オスカーは、どうせならアンジェリークに目を見晴らせたかった。そして、先日お茶をいれた時のクラヴィスや、衣装のデザインを見せた時のオリヴィエや、抽選プログラムを組んだ時のゼフェルに向けられたような、きらきらしい瞳を自分にも向けさせたいが故だという理由には故意に目を瞑った。

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