百神の王 13

オスカーはひたすらに馬の調教に没頭する日々だった。

アグネシカを、馬車馬として完璧に仕上げることが、今の目標だった。

ハーネスやハモの装着は嫌がらなくなったアグネシカだったが、繋いだ2輪車にオスカーが乗り込むと、その荷重は、馬にはかなりの負担であることは間違いなかった。

それでも、僅かの間だったとはいえ、オスカーが先に乗馬で人間の重みに慣らしていたことが良く作用したようで、馬は、ほどなく、荷重を引いて歩むコツを覚えていった。

手綱にも慣らしていたおかげで、オスカーの火の気が充実してさえいれば、左右の屈曲は申し分なかったし、岩や朽木などの障害回避も器用にこなした。

それでも、馬車馬としては、為すべきこと、覚えることは、オスカー、馬ともどもに、まだまだ数え切れないほどある。

馬車を引きながらオスカーの指示通りに動けるようになったら、今度は、命令されるまで、じっと辛抱して待つことも覚えさせねばならない。

馬車馬というのは、ただ、命令通りに走れればそれで良しではない、止ること、分けても指示があるまではいつまでも辛抱強く止って待っていられることが、最も大事かつ肝要なのだと、厩務員から指示されていた。

特に、馬車が一頭立てならともかく、この馬の引く馬車は7頭立てになる筈なのだ…オスカーの推測が間違っていなければ、だが。そして7頭の馬すべてをハーネスで繋ぎ終えるまで、また、御者である太陽神が乗り込み、合図するまで、綱などで繋ぎとめておかずとも、いつまでもじっと佇むことができるよう訓練せねばならない。

そして、馬にとって、ただ、じっと長時間立っている、というのは、大層覚え辛く、最も苦しいことらしい。馬は基本的に、広い山野を駆け回りたい生き物だから。

それでも、オスカーはできることを、少しづつこなしていくしかない。

馬の調教のゴールはあまりに遥か遠くで見込みは見えてこなかったが、それは、自分が日々錬達していることの証でもあると思い、オスカーはもう、焦らなかった。

今は、何より、耳朶に揺れる金の耳飾が、オスカーを鼓舞し、勇気を与えてくれた。励みであり、支えであった。

アンジェリークの耳飾の、その金具が己の耳朶を貫いた瞬間、滲んだ血はほんの僅かだったが、アンジェリークの気は確かにオスカーの体の中に、その血流に流れ込んできた。オスカーは己の血とアンジェリークの気が交じり合い、一つに溶け合ったような気がして、体が芯から熱くなった。

だからだろうか、馬を走らせると揺れる耳飾を感じるたびに、オスカーは、アンジェリークが傍にいてくれるような気がする。耳飾をつけた耳朶から、暖かく清冽な光の気が全身を巡り、己の身を芯から清め、暖めてくれるように感じられる。

こうして、目に見え、手に取って身につけられる確かな繋がりをアンジェリークから得たことで、アンジェリークと自分とを繋ぐ絆も、より確かなものになったように思えて、オスカーの心は、今まで以上に落ち着き安定した。今までは、アンジェリークのことを思うと、たまさかではあるが、敢えて『落ち着かねば』と無理にでも己に言い聞かせねばならない時、どうしようもなく胸が波立ってしまう時があった。だが、そういう揺れが少なくなった。いや、鎮まったというべきか。自然体で、心の安定が取れるようになっていた。

その気持ちの安定が、馬の調教にも良く作用した。

オスカーは、馬を馬車馬として御する術を一つ一つこつこつと身につけていき、馬に覚えさせていった。

馬車を繋ぐと、流石に微妙な手綱さばきだけでは、馬が上手く動いてくれない時もあった。場合によっては、鞭をふるって馬を御する術もオスカーは否応なく覚えていかねばならなかった。

力任せに鞭を振るいたくはなかった。それでも、合図として、どうしても鞭が必要な時があった。なおかつ、手綱を握りながら時に鞭をふるい、しかも、御す相手が火の馬なので、鞭にも手綱にも、その時々に応じて火の力を注ぎ込む必要もあった。

それは、オスカーにとっても、複雑な鍛錬だった。気を散じることなく、手綱と鞭に同時進行で火の気を振り分けるのに必要な集中力は、半端ではなかった。手綱だけに火の力を注いでいればよかった頃の訓練が嘘のように容易いと思えるほどだった。

それでもオスカーは音をあげることも、疲れて自棄になることもなく、ただ、黙々と、馬と馬車を御する術を身につける訓練をし、特に、火の気を散じることなく振り分ける修練に勤しんだ。これが必要不可欠な修練であることはわかっていた。太陽神の馬車につながれる神馬は7頭、そして生き物である7頭の馬は、当たり前だが一枚岩ではないのだ。気性も足並みも異なろう7頭は、それぞれ勝手な方向に動きたがったり、止ろうとしたりするかもしれないし、1頭1頭歩む速度も異なる馬を繋ぐ以上、それぞれの馬にそれぞれ異なる指示が必要な場合もあるだろうことが、オスカーには容易に想像できたからだった。

この間、傍からは、オスカーは単に命じられたことを地道に愚直にこなすだけの凡庸な人物と映っていたかもしれない。が、オスカーは自分のしていることの意味を既に理解していたので、周囲にどんな雑音があったとしても気にならなかっただろうし、実際、そうだった。訓練の意味も意義もわかっており、目標を明確に把握しているからこそ、訓練の過程がどれ程煩雑でも、困難であっても、音を上げない、愚痴も零さない、手を抜くなどもってのほかと、強い意思と自覚をもって、課業に臨めたのである。

そして、調教の段階が進むにつれ、オスカーの元に、女神神殿の参拝を許可する書状が再び届き始めた。

書状以外の物が届くことは、今、耳朶に揺れるこの耳飾が届いた以降は1度もなかった。恐らく、これからもないのだろうと思えた。

オスカーは、しかし、失望も落胆もしていなかった。

アンジェリークが、どのようにしてか、自分に彼女の耳飾を言付けてくれた、その困難を思えば…暁紅の女神であるがゆえに、恐らく、限られた時、限られた場合にしか実体化できない彼女が、どのような手段をもってか、手を尽くして、俺に自分の物を託けてくれた。しかも、元々二つで1つのものを分け合ってだ…それだけで十二分以上に思えた。アンジェリークの心遣いに言いようもないほど感謝していたし、アンジェリークが自分のことを忘れず、気にかけてくれていること、その気持ちを伝えようとして、この耳飾を送ってくれたのだろうと思うと、それは、何より、オスカーの力になった。

オスカーは、充実し、その点では幸福でさえあった。

ゆえに、耳飾以外の褒賞である書状は減るどころか、2通目からは封を開けられることもなく、オスカーの文机の抽斗の中にたまっていくままになっていた。

 

ただ、一方で文献探しの方は順調とは言いがたかった。

オスカーは、ある意味、もう腹を括っていたので、神馬と太陽神の関係性が証明できなくても、太陽神となるための条件がはっきりとわからなくとも、とにかく馬の調教を進めるつもりだったし、そのことに迷いはなかった。

それでも、なるべく多くの資料、詳細な文献が欲しい、太陽神と…可能ならウシャスに関する知識も、能うる限り手に入れたいというのも偽らざるオスカーの本音だった。自分の目指す物は確としていても、その過程と進むべき道筋は、あくまで状況から推論した物でしかないからだ。できることなら確証が欲しいし、情報は多いにこしたことはない。

そのために、オリヴィエにも文献探しの協力を頼んであった。オリヴィエは惜しまず協力してくれ、天空神の書架から、太陽神や、太陽神にまつわる事柄を記したと思われる資料を、数回にわたり、かなりの数を借り出してきてくれていた。

しかし、暫くするとオリヴィエの持ってきてくれる資料は、少しずつ数が減っていった。そして、ある日とうとうオリヴィエはサジをなげたようにオスカーにこう告げた。

「もう、これ以上、めぼしいものはみつからないよ。確かに他にも数はあるけど、みれば中身は他のものと似たりよったりだったから、借りてきて読んでも、あまり身になるとは思えない」

「そう…か…」

オスカーは、腕組して大きく嘆息した。オリヴィエの言に抵抗したり、食い下がったりしなかった。

オスカーも、薄々わかっていた。確かに天空神の書架に太陽神やウシャスに関する文献は多数あった。数だけなら火神の書架より多いくらいだったから、資料探しを頼んだ当初、オリヴィエは、山のように文献を抱えて持ってきてくれたのだ。

しかし、いくつかの文献をあたってみて、オスカーは、すぐに気づいた。中身はどれもこれも大して差異がないことに。

これは、火の眷属からみた太陽神の記述も同様だったのだが、文献の多くは、とにかく、ただ、ひたすらに太陽神を賛美・賞賛する祭祀のためのヴェーダが大半で、多少詳しく記述してあるものでも、天界に招聘された学徒なら誰もが知っている神の司る役割と義務を重ねて説明するに留まっていた。しかも、そういう類の解説書でさえも、最後は、だから太陽神はすばらしい、心から敬い祀り、神の恵みに感謝せよという精神論で締めくくられてしまっていた。それはウシャスに関する文献もほぼ同じだった。異なるのは、太陽神がその雄雄しさを讃えられるのに対し、ウシャスはその美しさ、優しさが最高の賛辞で讃えられていることくらいだった。

オスカーにとっては、そのどれもが自明のことばかりであった。今更、しつこく敬え、奉れと言われなくても、太陽神に限らず高位神の圧倒的に強大な力は重々身にしみていた。まさに奇跡としか言いようのない御技は、夜の女神ラートリーと言葉を交わした時に、直に、この身で嫌というほど思い知らされているし、ウシャスであるアンジェリークの可憐な美しさ、優しさは言わずもがなだ。彼女の美しさも優しさも、この世の誰より、俺が一番良く見知っているとオスカーは声高く言いたいほどなのだから。そして、今、自分が一頭御すのに苦労している火の馬を、太陽神は7頭同時に操るのだと思えば、太陽神の火の力の威力、その緻密さはいかばかりかも想像せずにはおれない。一目置くなという方が無理な話だった。

が、オスカーが知りたいのは、そんな当たり前のことではない。

太陽神になるための条件は、自分の憶測で間違っていないのか、確かめられるものなら確かめたい、そして、できれば、暁紅の女神と太陽神の関係性は、率直にいって、どのようなものなのか…を。アンジェリークは現・太陽神と暁紅の女神の結びつきは職務上の関係であって、そこに個人の感情は入らないと言っていたが…太陽神もまた、そう思っているのか?いや、有体に言って、ウシャス=アンジェリークは、今、幸福なのか…長い長い年月、感情を伴わぬ婚姻関係を保持することを、天空神は一般にどう感じているのか…そういうことが、オスカーの知りたいことだった。

そして聡いオリヴィエは、オスカーが求めている天空神に関する文献は、通り一遍の讃歌や単なる役割解説ではないことを1、2度文献を渡してみて後、すぐに悟った。

だが、もっと詳細な記述のある光の神々の文献を調べて借り出そうと試みると、オリヴィエもオスカーと同じ壁にすぐぶつかった。光の眷属の立場からみた天空神に関する文献もまた、ひたすら神を讃え敬い、ありがたく感謝して祀れというものや、天空神が皆それぞれに、いかにすばらしいか、いかに尊敬され奉られるかを記した、神に対する憧れを助長するもの…つまり、わかりきった、ある意味浅薄なものしか見当たらなかったのだ。

「オリヴィエ…色々、手間をかけてすまなかったな」

「いや、あまり役にたたなかったから、そういわれると面映いよ。それにしても、私もオスカーに頼まれて調べなかったら気づかなかったけど…どうして、神のことを語る物はこうも画一的なのか、似たような資料しかみつからないのか…不思議っていうか、ちょっとすっきりしないんだよね」

「まったくだな」

オスカーもそれは、常々思っていることだった。何故、こうも、ありきたりな文献しかみあたらないんだ?と。

ここは天界の文教地区だ、集まっているのは神を目指す学徒が大半なのに、こんな表層的な文献ばかりで学問的に不足だ、物足りないと思う学生がいるのではないか?もちろん、神を讃えることで、神に叙されることへの憧憬が募れば、厳しい勉学や鍛錬に取り組む、所謂『やる気』を奮いたたせるのに役に立つのだろう。言葉で神を記そうと思えば、賛辞が主となるのもわかるし、それは学徒の「神になりたい」というモチベーションを強化するのに有効だろうが…しかし、神への憧れを煽るだけ煽っておいて、では、どうすれば高位神になれるのかという道筋や条件を記したようなものは全くないとは片手落ちではないか。これでは、学徒は神になるために効率よく学習することなど、できない…なにせ、何を学んで、どんな条件をクリアすれば、何神に叙されるのかが、はっきりしないのだから…となれば、神になりたいと思ったら、とにかく多岐の分野を手当たり次第学び、満遍なく課業をこなさねばならないだろう。これでは、次代の神育成としては、非効率ではないのか…汎用的な人材はよく育つだろうから、仙や神官、下級神の能力全体を底上げするにはいいかもしれない、が、専門職ともいうべき高位神が中々輩出しない、もしくは、育つのに時間がかかりすぎるのではないか…

「!」

そう考えた時、オスカーの頭に、突然、あることが閃いた。

と、そこに

「あれー?二人してむっつかしい顔つき合わせて、どないしたん?」

と、部屋に帰ってきたチャーリーが屈託ない様子で尋ねてきた。

オリヴィエが、オスカーに『どうする?』とでも問いたげな目配せした。詳しいことをチャーリーに話してもいいか、オスカーの意を問うてくれているのだった。オスカーは、無論、とばかりに頷いた。

「実はさ、あんたも知っての通り、オスカーが課せられてるのは実習ばかりだから、オスカーは、自分で本を借りて色々勉強したいわけよ、なのに中々役に立ちそうな本が火の書架にみつからないっていうんで、私も、光の眷属の書架も探してみてあげてたわけ、でも、そこにも、オスカーの読みたい資料がない、で、どうしたもんかねぇって言ってたんだよ」

「せやな、オスカーはえらい真面目やのに、勉強より実習ばかりやらされてるんは、俺も気の毒やなぁ思うてたもんなぁ。ほな、俺も、風の書架、みてきたろうか?オスカーは、どないな本、探してるん?」

「いや、天空神に関する資料だから、風神の書架にある可能性は低いと思うんだが…」

「そんなん、見てみなわからへんやろ、試しに言うてみぃって。言うだけタダ、タダ!やで」

「…なら言うが…俺は太陽神スーリヤに関する資料が欲しい。…それと…できれば暁紅の女神ウシャスに関するものも…」

「なんや、オスカーはスーリヤになりたかったんかー、そりゃ、火神の中でもとびっきり偉い神さまやなぁ、けど、そない高い目標もっとるから、オスカーはいっつもエライ一生懸命なんやなぁ。暇さえあれば資料室にいりびたりなんもわかるわ。確かに生半可な努力じゃなれなさそうな気ぃするもんなぁ」

オリヴィエが、ぎょっとしたようにオスカーの顔を見た。オスカーはあっけに取られていた。オリヴィエなら薄々感づいていても決して口には出さないオスカー個人の思惑を、チャーリーが、あっさりと、何でもないことのようにさらりと口にした、その屈託のなさに。実際、チャーリーの口調は、からかう風でもなく、身の程知らずだと心配するでもない。単純にオスカーの目標の高さに感心しているだけで、他に何も含むところはなさそうだった。そういえば、チャーリーは、俺の、太陽神の地位に懸ける情念みたいなものを目にしたことがなかったかもしれない。が、それにしても、こうも素直に感心されると、太陽神になるという自分の決意は、それほど重々しく構えることでもなかったのかもしれないという気がしてくるオスカーだった。もっと自然に、子供のように単純に、目指す目標は、おおらかに開け放しに口にしてよかったのかもしれない、アンジェリークに寄せる思慕ゆえの気負いや思い入れまでを語る必要はないのだし、それは、俺だけのものだから…と、オスカーは今更ながらに気づき、気づいた途端、ふっ…と、いい按配に肩から力が抜ける気がした。チャーリーの人のいい開けっぴろげな笑顔に、いつのまにか、オスカーも、釣られて苦笑していた。

「ああ…その通りなんだ、だが、ここだけの話にしておいてくれないか?太陽神を目指しているなど、身の程知らずと思われそうで、ちょっと照れくさいんでな」

「恥ずかしがることないやん、目標は高い方がええて。まったく、オスカーは、謙虚やのか大胆なんか、ようわからんなぁ。ま、不言実行ちゅー方がほんまもんの男って感じで、かっこええけどな。で、オスカーはスーリヤに関する資料が欲しいけど、それがようみあたらないんやな」

「ああ、火の書架も光の書架にも…数だけはあるんだが、スーリヤがいかに素晴らしいか、讃え敬うべしというヴェーダしか、見つからない。俺がみたいのは、そんな当たり前のものじゃなく、それ以外の…太陽神の内実や、できれば…ウシャスとの関係がわかるような資料なんだ」

「ヴェーダ以外なら何でもええのん?じゃ、俺、ひとっぱしり探してきたるわ」

というや、チャーリーは、あっという間に部屋を飛び出そうとしたので、オスカーはあわてて引き止めた。

「チャーリー、それなら、ついでに…風の高位神になるためには、どうしたらいいのか、そんな条件や方法論を記した物がないかどうかも探してみてくれないか?」

「へ?どないして?太陽神はわかるけど、オスカーが風の神様になれるわけあらへんのに」

「いや、ちょっとな、ふと、思いついたことがあるんだが、それを確かめるために知りたいんだ、ああ、借り出してきてくれなくていい、あるか、ないかだけが知りたいんだ」

「ほな、ちょい、待っとき」

言うや、チャーリーは、あっという間にその姿を消した。

「…相変わらず、なんていうか…まさに、風だな」

「オスカー…よかったのかい?」

「ああ…あいつをみてると、構えることもなかったのかって気がしてきた。俺は…太陽神に思い入れがあるから、どうしても深刻に考えすぎちまう…譲れない気持ちが強すぎて…だから、逆に、あんな風に、さらっと言及されると、肩の力が抜ける…『ああ、別に妙にもったいつけたり、隠し立てすることもなかったんだよな』って今更ながらに気づいたっていうか…そうしたら、なんだか、気が抜けて、緩んで…うん、楽だな…楽になるってことを今、知った…思ってもみなかったが…」

「…そうだね、あんたには、ああいう無邪気で無作為な態度の方が必要っていうか…救いになるのかもねぇ」

「いや、おまえはおまえで…俺のこういう性根をわかった上で、黙って…協力してくれていただろう?それはそれでありがたいと思ってた」

「いや、チャーリーのおかげで、なんか、私も、目から鱗が落ちた。気遣って、そっとしておくばかりが良いこととは限らないってね…ずばって、核心付いてやったりする方が、相手の気が楽になることもあるんだねぇ。で、オスカー、実のところ、何たくらんでるのさ?」

「何のことだ?」

「風の神さまの何を調べるつもりかってこと。チャーリーの言う通り、あんた、風の神様には用はない筈じゃん。それこそ目標はただ一つだろ?」

「ああ、それはそうなんだが…ふと思いついたことがあってな。それを確かめたくて、ちょっとな…」

と、オスカーが言葉を濁しているところに、まさに一陣の風のようにチャーリーが舞い戻ってきた。

「おまっとうさん!とりあえず、スーリヤとウシャスって名が目についたんを、かたっぱしから持ってきたで」

「早いな」

「さすが、風の子」

「褒めてもナンもでぇへんで〜」

「こんなに文献だしてるじゃん」

「しもた、こんな突っ込み許すなんて、俺としたことが一生の不覚やわ、ぬかったなぁ」

なんとも気の緩む会話に苦笑しつつ、オスカー自身は、ぱらぱらと文献をめくって見て、チャーリーが持ってきてくれた資料の大半は、一般的な概論であろうと目した。風の書架にある天空神の資料など、概論以外はないはずだ…なにせ、風の眷属が太陽神のことを学んだとしても、直接の利益は何もないのだから、知識は概論で十分なのだ。だから、オスカーとしては大した期待はせず、未知の描写が少しでもあれば儲けものという気持ちだった。

「後でゆっくり検分させてもらうよ、礼を言う」

「んな、マジになられたら照れるやん、大したことやないし」

「それと、だ、風の高位神になるための手引書みたいなものは、あったか?」

「いや、ざーっと見た限りでは、みえへんかった」

「そうか……」

「オスカー、何、その歯切れの悪い態度。何考えてんのか、はっきりお言いよ」

「せやせや、風の神さまにもなれんのに、なんで、オスカーが手引きのあるなしを気にするんや。オスカーがなりたいんは、太陽神なんやろ?」

「う…む、まだ検証は十分ではないんだが…風の神に限らず、光の…天空神も、俺の火の神も恐らく同じだと思うので言うが…チャーリー、オリヴィエ、おまえたち、具体的に何々神になりたいって思ったことあるか?で、そのためには、どうしたらいいか、考えたり調べたことはあるか?」

「ないね」

「ないなぁ」

「俺は…ある、今、チャーリーにも指摘された通り、俺は、太陽神スーリヤの名が欲しい。どうしてもスーリヤになりたいと思ってる。つまり、俺の目標は、特定の神だ、強力な火神なら、何でもいいわけじゃない。同じ太陽神でもスーリヤの補佐をする太陽神の一人でもだめだ。どうあってもスーリヤその人の名を受け継ぎたいんだ。だから、俺はスーリヤになるために、有益な勉強や方法、条件がはっきりすれば、無駄のないより集中した勉強ができると考えた」

二人は神妙な面持ちで頷いた。オスカーの太陽神の地位にかける凄まじい情熱の理由はわからなかったが、オスカーの語る方法論は理に適っていると思ってだった。

「ところがな…いくら探してもそんなものはない。火神の文献を探しても、オリヴィエに天空神の書架を探してもらっても、スーリヤになるためには、何をどう勉強すればいいのか、どんな条件を満たせばスーリヤに叙されるのか、そういう詳細を記したものが、一切、見当たらないんだ。あるのは、神の素晴らしさを讃え、崇め奉り尊敬しろというヴェーダ…讃歌や祝詞ばかりだった。太陽神のみならず、ウシャスに関する文献も似たようなものだった。それで、何故、高位神に関する文献は、こんなにもありきたりで画一的なのか…不思議だと考えた時、俺の頭に、ある仮説が浮かんだ。それを確かめるために、チャーリーに風の高位神になるための手引書があるかどうか、調べてきてもらったんだ」

「ああ、あらへんかったな。その点は太陽神と同じや」

「天空神も恐らくは同じだろう、それで、俺は、思ったんだが、特定の高位神になるための方法論は書物や条文のように誰がみてもわかる形では存在しない…つまり、はっきりと明らかににはされていないんじゃないかってな」

「…それ、どういうこと?情報が隠匿されているってことかい?」

「いや、一概にそうとはいえない…よく考えれば気づけるようにはなってはいる、ただ、気づかない者も多いだろうから、結果として隠匿に近い…とはいえるかもしれんな」

「あー!どういうこっちゃ!もったいつけんと、もっとわかりやすう説明してぇな!」

「ああ、だが、これから話すことは、あくまで俺の仮説だ、だから、オリヴィエ、チャーリー、おまえたちの考えも聞かせてもらいたいんだ」

と、オスカーは静かに言った。

二人は、渋る様子もなく快くオスカーの求めに応じて頷いた。

オスカーは、改まった様子で二人に向き合うと

「まず、チャーリーに聞きたいんだが、おまえがもし、特定の風神になりたいと思ったらどう動く?」

「…そういや、どないすればええんやろなぁ…うーん、神様は、ここにはおらへんから、直に先輩の話聞くっちゅーわけにはいかへん、せやから…やっぱ、文献あたるしか、ないんとちゃう?」

「オリヴィエは…」

「私も考えたことなかったけど、やっぱり、チャーリーやオスカーみたく文献を探すかねぇ。あ、教務官に尋ねるっていうのは?」

「…俺は、それは、巧くはぐらかされるが、与えられた課業を満遍なくこなしてよい成績を上げろって言われて終わると思う…その訳は、今から説明するが…。とりあえず、俺も火神の書架を漁っては、はかばかしい結果が得られず、さっきも言った通りオリヴィエにも資料探しを頼んだ。しかし、結果は似たりよったりだった。火神や天空神がいかに素晴らしいか賛美するものばかり…言い換えれば、憧れを募らせて神になりたいと強く思わせるものばかりだった」

「ま、俺たち、神を目指す学徒やし、憧れは、勉強のモチベーションをあげるやん。それって、ある意味理にかのうてるのとちゃう?」

「ああ、しかし、それなら、特定の神になる条件や方法論という具体的な記述がないのは片手落ちだと思わないか?だから、風神にも、特定の神になるための方法や条件がみつからないというのを聞いて…俺は、一つの仮説が立てられると思ったんだ」

「だから、何」

「神にはなりたい、が、その方法論がわからない、となれば、俺たちは、とにかく闇雲に手当たり次第、全方位の課業をこなし学ばねばならない」

「何をすればいいのかようわからへんから、片っ端から、何でもせなならんってことやな」

「そうだ、だが、満遍なく、何でも学ばせるというのは、専門家を育てるというより…何でもこなせる汎用的な職員を育てるのに、向いている方法じゃないかと思う、いわばスペシャリストではなく、ゼネラリストを育てるのに有効、つまり…質の高い神官や仙、もしくは地上に降りる下級神を大量生産するために有益な方法じゃないかと、俺は考えた」

「つまり…この天界は、高位神を育てる気が、本当はないってこと?」

「いや、高位神が出にくい…というのは結果論だと俺は思う、全方位に満遍なく勉学していれば、よっぽど優秀な者以外は時間切れか、能力の容量超過で、専門家にはなりきれない、なるところまで行かない…と、いうことだろう。だが、それが結果として地上に降りる…いわば現場に立つ神官や下級神の質を底上げしているのだと思う。ならば、それは悪いことではなかろうし、天界としてみればむしろ狙い通りの満足な結果なのかもしれん。絶対数が必要なのは地上で祭祀を取り仕切り、民を統制する…現場で働く神官や下級神なのだし、その質が高いことは、天界にとっても、地上の民にとっても、世界全体の利益に適うことだからな」

「ただ、それは…うがった見方をすれば…高位神の数は元々多くない、だから、候補者も多くはいらない、で、大半の学生は下級神止りになるような教育が施されてるってことで、それって、今、神職についている真に高位の神々は、自らの地位を譲る気がないから、こういうシステムをとってる…と取れないこともないじゃん」

「そこまで底意地が悪い意志が働いているのかはわからんが…俺は…少なくとも俺たちは試されているのだとは思った」

「試す?」

「ああ…つまり、言われた課業を黙々とこなし、一定の結果を出していれば、最低でも仙、少し優秀なら下級神にはなれる、天界に招聘された者は、ここまでは保証されている、しかし、もっと高位神を目指すなら、自分で工夫して専門家…スペシャリストになる道筋や方法論を自分の目で、力で探しだせるかが肝要であり、それができるかできないかによって、俺たち学徒は向上心や洞察力や目的意識の多寡を計られているんじゃないかと思うんだ」

「けど、現実には、それ…その方法論って、巧いこと隠されて、よう見つけられへんのやろ?」

「いや…俺は…これも憶測でしかないんだが…俺自身は、スーリヤへの足がかりはわかった…わかったような気がするんだ。だからこそ、俺の憶測は正しいのかどうか、確かめる術があれば…とも思って資料を探していたっていうのもあるんだ…」

「え!そうだったの?!何時の間に!」

「つか、それ何やのん、後学のために、教えてくれへん?」

そこで、オスカーは、あの馬が火の気をもち、火の気で操れること、故に、馬の調教は、火の力をより強く研ぎ澄ますための訓練なのだろうと思っていた処に、馬は、乗馬用ではなく馬車馬のとしての調教を施さねばならないらしいことを知り、そこで、あの馬が太陽神の馬車を引く神馬ではないかと推測したこと、ゆえに、火の馬を馬車につなぎ、自在に御すことこそ自体が、太陽神になるための教育課程ではないのかと、結論付けたことを簡潔に話した。

「…なるほど…言われてみると、ぴたっと符号するわ」

「ああ、俺が馬の世話と調教ばかりやらされても不平不満を漏らさず、むしろ、懸命に取り組んでいるのは、馬の調教=太陽神になるための試金石だと踏んでいるからだ。そして、それなら、馬の調教が進むたびに、女神神殿への参詣許可状が届けられる理由も説明がつくんだ」

「ほんまや。けど、それは、少ない…つか、ばらばらに提示されてた情報を、オスカーが拾って集めて関連付けて、巧いこと繋ぎ合わせて、だからこそ浮かび上がって来たもんを読み取ったからやなぁ。なんや、ほんま、パズルみたいやわ」

「そうだ、だから俺は高位神への道は、悪意から狭められているというよりは…五感をフルに働かせ、洞察力や演繹の能力を研ぎ澄ませていないと見えてこないように作られており、これに気づくこと自体が能力を測る尺度になっているのではないかと思うんだ。神になるためのヒントは、多分、課せられた学業や実習の中に、断片として少なからず散らされている。意識を鋭敏にして、常に問題意識をもって事に取り組み、一つ一つは関係ないと思われる事象を連関させ、繋ぎ合わせることができれば…自ずと道が浮かびだしてくるのではないかってな」

「せやなぁ、目的意識見出せんと、漫然と言われたこと、やってるだけやったら、今までの火の子みたいに、オスカーも途中で辛抱きかなくなってたかもしれへんもんなぁ」

「ああ、俺もそう思う。俺も馬の調教が、太陽神になるための直接的な鍛錬だと気づかなければ、馬の世話を投げ出していたかもしれないし、そこはクリアしても、馬を馬車馬に仕立てる目的を理解していなければ、乗馬の楽しさにそれだけで満足してしまっていた可能性は高い。だから、おまえたちも、もし、何らかのはっきりした目標があるなら、常に、自分の与えられている課業の意味を考えてみた方がいいんじゃないかと思うんだ」

「でもさ、私たちに、そんなこと教えてくれちゃっていいの?」

「何故だ?何故、いけない?」

「ふふっ…オスカー、あんたこそ、おおらかで鷹揚だねぇ。こういう貴重な情報、独り占めしようなんて考えないんだ」

「独り占め…?」

オスカーの脳裡に、瞬間、アンジェリークの姿が、鮮やかに思い描かれた。が、オスカーは、すぐさま、頭を振って、思考を元に戻す。

「いや、あくまで、これは俺の推測だから、おまえたちの客観的な意見も聞かせてもらいたいと思って話したんだ。自分の考えをまとめるため…でもあるな。人にわかってもらおうとしたら、考えを筋道立てて言葉に直さなくちゃならないだろう?だから、漫然としてた思考も、すっきりとクリアになるし、それをおまえたちに聞かせて意見を請うことで、俺は、おまえたちに更なる助力を請うているともいえるぜ。そして、俺が、こんな推論がたてられたのも、おまえたちの協力…情報提供があってこそだ。だから、もし、おまえたちが、それぞれ高位神になりたいと考えているなら、と…無駄な労力を省けるかもしれない情報を替わりに提供したいと、思ったんだ」

「うん、確かに、俺には、それ、ありがたいわー」

「おや、初耳だねぇ。チャーリーも実は密かに高位神の地位、狙ってたのかい?」

「ちゃうちゃう、その逆や」

「逆?」

「今まで人に言うたことあらへんのやけど…俺、おこがましいようやけど、風の高位神にはなりとうないんや…うわ、なんか、こんな改まってまうと、背中こそばいわー」

「へぇ?理由聞いてもいい?」

「それはなぁ、こういうわけや。風の高位神トップといったら風神ヴァーユ様か暴風神ルドラ様の二強、そこまでは及ばずとも風の力の強い者はマルト神群に入るもんがほとんどなんや。で、確かにヴァーユ様もルドラ様もごっつぅ強い力…世界を浄化する程の風の力をもってはる。けど、それは…往々にして、人間や生き物を苦しめよる力でもある。ルドラ様が暴れすぎると、河川の女神サラスヴァティー様がぶっちぎれて、洪水起しよる時があるし、マルト神群なんて、雷神インドラ様の旗下に入って戦場行って暴れることもある。どっちにしろ強力な風神が気張りすぎると、地上の生き物には、あまりええことあらへん。俺、そういうの、よう好かん。せやから、俺は、風神になるなら生き物が気分ようなるような…疲れた旅人や牛馬が、ふっ…と気持ちええわって思えるような風、吹かす神さまになりたいんや。地位は別段高うなくてええ、恐れ敬われるより、気楽に気持ちええ思うてもらえる風になりたい。そこでや、高位神に至る道がようわかれば、それを避けることもできるやん、うっかり間違ってマルト神群に向こうてる道、踏み込んでまう危険とか減るやん。だから、俺には、オスカーがくれたヒントはありがたい」

「あ、それは、私もちょっとわかる。なりたい神じゃなくて、なりたくない神があるっての」

「へぇ、オリヴィエもだったんかいな。オリヴィエは何になるんが嫌やの?」

「偶然だけど、今、あんたが言及してた雷神インドラの名前だけは、もらいたくないねぇ。人間たちには勇壮な武勇神だって人気があるみたいだけどさ、神酒に酔って天界の備品壊したり、悪戯に地上に雷撃落としてるなんて聞くとさ、そんな神さまの後釜には座りたくないねぇって私なら思っちゃう。そんな節操のない真似、美しくないじゃない?それじゃただの狼藉者だよ。お酒の飲み方もなっちゃないし。後任も同じって思われたら、たまらないもん、私だったら、頼まれたって、そんな神様には叙されたくないねぇ」

「それは、確かにおまえらしいよ、オリヴィエ」

「けど、自分のこと語るんて、えらい照れるなぁ。オスカーが太陽神目指してるのナイショにしてぇな、言うてた気持ち、ちょっとわかったわ」

「それで思ったんだが、俺たち、わざわざ別の眷属同士で同室にされているだろう?俺たちだけじゃない、他の学生、全部そうだ。それぞれ組み合わせは異なるが…俺は、これも、ヒントの一つだったんじゃないかって気がする。悩んだり迷ったりした時は、別の眷属の手を借りてみろ、別の視点から物事をみてみろ、協力しあえ、な、すべからく有益だろ?俺も、おまえたちに随分助けられた。ここに、俺たちが同室にさせられた意味があるような気がしたんだ」

「ああ!属性が違うから、お互い高位神を目指しても、競合しないから、ギスギスしないですむしね」

「もしかしたら、もっと積極的にええことあるかもしれんよ、互いに影響を及ぼしあうことで、新たな才能が目覚めたりするかもしれん、なんて気ぃせぇへん?」

「例えばどういうこと?」

「つまり…俺らで言ったら、風は燃える火に力を与えるやろ?風の協力があったら、火はより強く大きく燃え盛る。火が大きく燃えれば、発する光も強うなるやん?逆に、光が熱を発することもあるやろ。てことは、俺たち3人の性質は、それぞれに循環し協力しあう関係にあるってことやないの?あ、けど、光は、結構、どの組み合わせにも、まざっとるなぁ。俺たちのところだけやのうて」

「その考えで言ったら、光は、いわば、万能の緩衝材、触媒の役目を担ってるんじゃないか。火と光の性質は元々近しい関係にあるが、例えば水と土の組み合わせに光をあわせれば、植物の繁茂にこれほど最適な組み合わせはないぜ、農耕や森の神にはうってつけだろう。逆に火である俺が水と土と組まされたら、打ち消しあってしまい、何も、良い結果は生み出さないかもしれん」

「いや、そうでもないんじゃない?まず、水で土をこねて、火で焼けば…」

「せや!レンガや陶器が巧いことできるわ。焼き物や建物関係の神職にええんやないの?」

「ああ、定着性の高い火の眷族なら、そういう場合もあるか…じゃあ、俺がおまえ達と組まされたのは、天空への志向が強かったからかもしれんな。俺は…火の者にしては珍しく「動き巡る性」が強いらしいから」

「それ、まんま、風の性質やもんなぁ。風はな、ひとつっところに止ってたら風やないから。常に動いとらんと気ぃすまんし、止ったままやったら腐って死んでまう。俺、オスカーとなんとなく馬が合うわけが、なんか、わかった気ぃするわ」

「異なる性質をもつ眷属同士が協力しあってこそ、より、高次の道が開けるってことか」

「ああ、天に光る無数の星々は、互いに引き合って力の均衡を保っているからこそ、天から落ちずに輝いているって学んだだろう?偶に天から落ちて流れてしまうのは、力の均衡を欠いしてまった星だということも…つまり天に昇って輝くためには、独りよがりじゃだめで…同じほどの力をもつ友人との協力や協調が必要ではないかと…俺は、そう思ったんだ…って、なんだか、改めて口にすると照れるな…」

「いや、ええやん。それって、なんか元気のでる考えやもん」

「うん、私も、あんたたちと同室になって、なんか、目から鱗が落ちたこと、色々あるし、オスカーの言うこと、間違ってないと思うよ」

「せやなぁ、俺たちも、漫然と課業こなしてるだけやのうて、そろそろ、先々のこと見据えていかな、あかん頃合なんやろなぁ…なんて思えるのもオスカーのおかげやな。お返し…ってわけやないけど、俺が持ってきた資料ん中にオスカーが太陽神になるんに役にたつもん、あるとええけどなぁ」

「ああ…」

その言葉に促されたのと、照れ隠しと半々で、資料をめくっていたオスカーの手がぴたりと止った。

それほど厚くもない冊子だった。中身はスーリヤに関するものだったが、オスカーの目を引いたのは、その記述の内容ではなく、巻末に注釈のように添えられていた年号の記録であった。

「○代」という数字と、その次代の年号と年次が飛び飛びに記載されている。一見、数字だけの色気も素っ気もない資料だった。

『なんだ?この数字と、年号の記録は…』

○代の表記は、何故か1からではなく、数字の中途からだったが、整数が順番どおりに並んでいた。しかし、付随して記載されている年代の間隔はまちまちで整合性がなかった。長い期間も短い期間もあるが、ここ1000年は短い間隔の記載が続いているようだった。

と、数字を見ていて、オスカーは、あ!と思い当たった。

これは…一見、さっと見過ごしてしまいそうだが…歴代の太陽神が叙任を受けた年の記録ではないのか?

何代目の太陽神が、どの時代の何時頃にスーリヤの名を拝領したか、その、簡単な記録ではないのか?だって、これは太陽神の概論書だ。その巻末資料が、○代という数字と、年代記号を記した年表なら、意味は自ずと明らかではないのか?

あまりに昔の…それこそ天地開闢の頃は記録が残っておらず、それで、記載が中途からになったと考えれば、年代記が1から始まっていないことも頷ける。

『こんな…年表は、今まで見た覚えが無い…』

火神側の文献にも、天空神側の文献にもなかった年表が、何故、風神視点の概論書に付随しているのか、その理由まではわからなかったが、オスカーは、そのあまりに長い歴史の記録にまず単純に感嘆し、そして、そこに記された太陽神の年代数の意外な程の数の多さに、我知らず眉を顰めた。

この世の始まりから、何人もの太陽神が交代してきたのだろうことは、わかる。だからこそ、自分も太陽神を目指すことができるのだから。しかし、記録された期間の長さを考慮しても、オスカーの目には、太陽神の数は、多すぎる…言い換えれば、交代が頻繁にすぎるような印象を受けた。

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