百神の王 19

季節の移り変わる様が…天候がなんとなくおかしい、オスカーがそう感じ始めたのはいつの事だったろう。

今思えば、乾季と雨季がすっきりと交替せず、妙に不安定な天候が続くな、と訝しく感じたのが、最初だったと思う。

オスカーは、日々、未明の時分に起床して、その日の天候を確認することを習慣としている。

それは、まず第一に、馬たちの調教の予定をたてるためである。

晴天であれば、広い馬場に馬たちを出してハーネスでつなぎ、足並みをそろえて走らせる訓練を行うが、雨の日は、火の馬たちを外には出せないので、厩舎内でもできる訓練ー例えば重いハモをつけながら、何時間でもじっとしているような訓練に調教プログラムを変更せねばならない。

が、そういう実利的な意味合いを考える以前に、オスカーは目覚めれば、自然と東の空に顔を向けていた。今朝もウシャスは…アンジェリークはあの美しく優しい腕で生き物たちを目覚めさせるのか、彼女のしなやかな腕から迸る暁紅の光は、今朝は、どれほど艶やかなことかと、オスカーは深く思いを傾けながら、払暁の空を仰ぎ見る。

そして薄青い水底のような色をした東の空に、己が耳朶に揺れる耳飾のごとき一条の金箭が迸る瞬間を、次いで暁紅の光が空一面を艶やかに染めあげ、その紅輝を全身に感じることのできる僅かな時間を、祈るように待ちわびるのが常だった。

だからこそ、オスカーは、恐らく、天界の下層域にいる学徒たちの中で、誰よりも早く、最近の天候は何か変だ、どうもおかしいということに気づいたのだろう。

最初は、単純に『今年は雨季の始まりが遅いようだな』と、ちらと思ったことがあるくらいだった。

晴天が続くのは、火の眷属であるオスカーには心地よいことであったし、馬の調教にも都合がいいので、それ以上踏み込んで考えることはなかった。

ところが、ある日、空は晴天なのに雨が降り出すという奇妙な天候に遭った。

オスカーは、あわてて馬たちを馬場から引き上げさせた。

空を仰げば、やはり太陽は中天にある。なのに、いきなり振り出した雨にオスカーは舌打ちしたい気分だった。火の馬たちは、何の気構えもなく嫌いな雨滴をいきなり浴びたことで、半ば恐慌状態に陥りかけていたので、オスカーは最大限の火の気を放出して引き綱を取り、なんとか馬たちを落ち着かせようと躍起になった。

そして、こんなに日差しは強いのに、何故、いきなり、雨が降り出したりするんだ…と考えた時、そういえば、例年なら、とっくに雨季が始まっていてもおかしくない時節であることに気づいたのだ。

オスカー自身は、艶やかな暁紅の光を目にできることは何よりの喜びであり励みであったから、天界に来てからというもの、雨季の訪れを歓迎したことはないー地上にいた時は逆だったが。もちろん雨季が生き物に必要な季節ということはわかっているし、火の眷属といえども水は必要とすれども、だ。火の眷属は元々理屈でなく大気に充満する湿気が苦手だし、今のオスカーにとって雨の日は外馬場での引き馬車訓練ができない日という意味合いしかなかったから、それまでは、雨季の到来が遅れていることを憂うどころか、気にとめてもいなかった。

だが、考えてみれば、今は、とうに雨季が始まっていておかしくない時節だった。そして、本来、雨季に雨が降るのは当然のことだ。

が、では、何故、太陽もまた、いまだ天空にあるのか…。

オスカーは、もう一度天を仰ぎ見た。けぶるように降る雨を通してさんさんと輝く太陽を見上げながら、太陽の馬車を引く馬たちは、雨をその身に浴びても平気なのだろうかと、案じずにはいられなかった。水の気が大気中に充満する雨季は、火の馬たちの意気は酷く消沈するし、ましてや雨に打たれた後の馬たちの体調管理は、細心の注意を要することを、オスカーは、よく知っていたからだ。火の馬たちの身体を洗う時は、汲み置いた水にオスカーが火の気を注ぎ、いわば、人為的に火の泉の水に似せたものを用いている程なのだから。

しかも、そのおかしな天候はその日1日では済まず、暫くの間続いた。ために、オスカーの憂慮は深まるばかりだった。

雨が降りつつ太陽が照るということは、今、火の馬たちは雨滴を全身に浴びながら、天空の道を重い馬車を引いているのではないか。そして、今、太陽を引いている馬たちも、基本的な性質は、ここにいる馬たちとそう変わらないはずだ、なのに、そんなことをして馬たちの身は大丈夫なのか、と心配でならなかった。

何より、何故、太陽神が神馬たちにそんな無理や無茶をさせるのかがわからない。

雨神が雨季に雨を降らせるのは当然のことだ。地上の生き物たちも神々でさえも恵みの水は必要だ。だから雨季と乾季は等分に巡り来るようになっている。なのに意地を張るように、雨の最中にも太陽の馬車を強行させることに何の利が、そして理があるのか、オスカーには理解できなかった。

オスカーは、天空の道は、俺が考えるより更に遥か上空にあって、雨神が雨を降らせても雨滴が天空の道に、その上を走る神馬には掛からないのかもしれない、いや、そうあって欲しい…と、祈るばかりだった。

が、そうこうするうちに、雨季は漸く普通の雨季らしくなりーつまり、雨が降りながら太陽も照るということはなくなり、空は鉛色の雲に覆われ、1日の大半は雨が降るという日々がやってきて、オスカーは、ほっと安堵した。陰鬱な雨季の開始を歓迎する気持になったのは、これが初めてかもしれないなと、思いながら。

開始が遅かったとはいえ、雨季が本格化したということは、つまり、太陽神とウシャス=アンジェリークが暫しの休息期に漸く入ったことも意味していたからだ。ウシャスの職務は、誰にも替わりはできない大切なものだ。彼女の仕事は、単に、生き物を目覚めさせるというだけではない。新たな一日を迎えられる喜び、生きる希望を艶やかな暁紅に載せて授けている。彼女が払暁の空を鮮やかに染める様は、精一杯生きていこうとする生命たちへの寿ぎであり、讃歌だ。そのような重責を担っているのだから、休める時は十分に休息してほしいとオスカーは思う。

そして、オスカーは併せて思い出すのだ、過日、その貴重な休日全てを、彼女は、俺のために費やしてくれていたのだ、と。数年間にわたり、休日の度にー雨催いの夜に、彼女は火の泉に現れてくれた…俺が会いたいと言ったから。

それがいかに稀有で貴重な恩寵だったか、年を追うごとに、オスカーは、そのありがたみが身にしみていくばかりだった。

彼女は、幼く未熟だった俺を、励まし、導き、努力や成果を認めて力づけ、時には慰めてくれた。幼い俺にも、いつも真剣に、親身に、優しく暖かく相対してくれた。そんな彼女と会えることは、俺にとって、いつも無上の悦びで、だから、俺は俺なりに、彼女を楽しませよう、喜ばせようと、身の周りのでき事を面白おかしく話して聞かせたり、小さな花束を捧げたりした。できる限り、彼女に微笑んでほしくて…。が、今思えば、それは、至高の女神ウシャスに捧げるには、なんと幼いもてなしだったことか。しかし、その当時の俺は、精一杯、一生懸命に、彼女が喜んでくれそうな話題や、花を探したのも事実で、彼女は、この俺のそんな気持を汲んで、俺のもてなしを喜んでくれていたような気がする…。その優しさは、俺が大人になる程に輝きを増していく。

だから、俺は、尚のこと、気になるのだ。アンジェリーク、今、君は、どんな想いで休日を過ごしているのだろう、と。

それでなくとも、今年の乾季・雨季は、すっきりしない。君も、妙に消耗したりはしていないか、休息する時間が減ってしまったのではないかと。

オスカーは、ひたすらに、アンジェリークの心身の無事と安寧を祈るばかりだった。

 

一方、雨季の開始は、オスカーが神馬たちに課す調教が、嫌も応もなく、暫くはスローダウンするということでもあった。

雨の降る中に、火の馬を外馬場に出したりしたら、馬の気力体力を無駄に消耗するだけだーだからこそ、オスカーは杞憂かと思いつつも、天空の道で太陽の馬車を引く馬たちの体調に気を揉んだのだから。

オスカーには無駄にしていい時間は少しもなかったし、じりじりといたまれない気持にならなかった…といえばうそになる、が、焦る余りに、本来、調教に向かない天候の時にも馬たちに訓練を施すなどという、無茶で馬鹿な真似をする気は毛頭なかった。その結果、馬が体調不良を起して、いい気候の時に訓練ができなくなるのは本末転倒だし、何より、馬の管理能力を問われてしまう。

今は、いわば「溜め」の時期だ。新馬たちともっと心を通わせ、より複雑かつ緻密な指示を理解させるための手綱による細かな合図を理解させる訓練を重ねよう、それならば、広い馬場に出ずともできる。

そして、手綱の合図の意味を、今のうちに馬たちにしっかり理解させられれば、乾季が訪れた時、一気に外馬場での調教が進められる、とオスカーは無駄、無理のない計画をたてて、馬たちと接していた。

3頭の馬が、オスカーの意のままに操れるようになるには、まだ、些かの時間が必要そうだった。が、オスカーは自分の前途を信じていたし、焦るあまりの闇雲な足掻きは百害あって一利なく、物事は着実に進めていくことこそが、結局は早道なのだと、今までの経験から結論付けていた。

この時点では、オスカーは季節の変わり目の様子が例年と異なっていたことを既に忘れさっていたが、後日、この当時のことを思い返すことになる。兆候は既にこの時現れていたのだな、と。

だが、流石に、この時は、オスカーも、この雨季が完璧にあけるや、預託される馬がまたも1度に2頭増やされ、計5頭の馬を、一挙に、調教することになるとは、予想だにしていなかった。

 

此度の雨季は始まるのが遅かった上に、長く続かないようだ。そろそろ雨の勢いが弱くなってきており、乾季の到来はいつも以上に早そうだった。

と思っていたのも束の間、雨神が天空から退ぞいていくや、オスカーは久方ぶりに身を炙られるような炎暑を経験した。

この暑さも、オスカー自身は、最初は意識していなかったことだった。雨雲の数が減り、太陽がまた姿を現した途端、湿り気を含んでじっとりと重くなっていた空気は、一気に、からりと乾いた。すっきりと晴れ渡った空を仰ぎ、じりじりと照りつける陽光に身を灼かれると、オスカーは、その爽やかさ、清清しさに、心身ともに気力が漲った。しかも、この暑さは、オスカーにどことなく郷愁を感じさせるものだった。日差しの陰影はくっきりと濃く、吹き付けてくるのは、汗すら即座に蒸散してしまうほどの乾いた風だったが、それは、オスカーの故郷・火の地の乾季に似たものだったからだ。この天界に来てからというもの、オスカーが久方ぶりに味わう炎暑の感覚だった。

そして故郷の気候に近いが故、また、火の眷属には馴染みの心地よい気候の故、オスカーは最初、この炎暑が天界においては異常な気候であることに気づいていなかった。同室の二人が、この暑さに参ってしまい、見るからにへばっている姿を見て、初めて、これが常ならぬ天候であると知ったのだった。

「あちーあちーあちー…もーあつぅてかなんなぁ…」

「ほんと、ナンなのさ、この暑さ…もー頭おかしくなりそうだよ」

「そうか?俺には気持いい暑さだがな。正直、こんなに気分爽快な暑さを感じるのは天界に来て初めてだぜ。ここは、いつも暑くも寒くもなしで、寝ぼけたようなヌルイ天候で俺には物足りなかったからな」

「天界はそれでいいんだよ!つか、そうでなくちゃ困るの!地上とは隔絶した空間にあるんだから、天候は穏やか至極なのがむしろ当たり前なんだからね」

「せやせや、俺だって天界に来てから、それなりになるけど、こんなえらい天気におうたことないで?実際、この暑さで元気になっとるんは、火の子だけやん。他の眷属は軒並みへばっとるで」

「そーそ、こんな極端な天候は中庸を良しとする天界にそぐわないよ。一体全体、なにをこんなに張り切ってるのかねぇ、太陽神は。こんなにかっかと陽を照らす必要がどこにあるっていうんだい、まったく…」

「せや、こんなひっちゃきに気張らんでも、太陽神の威光は十分知れ渡っとろうに。もう、十分、まにおうとるわ」

「…張り切る?ひっちゃきに…?」

オスカーは、友人達の言葉に、何か、漠然とした引っ掛かりを覚えた。

「オスカーは太陽神になっても、こない、これ見よがしに火の力、放出せんといてな、頼むで?ほんま、かなんから」

「うんうん、あんたが優秀なのも、真面目な努力家なのも、よーく知ってるから、だから「俺の溢れるパワーをよーく見ろ!」なんて 見せ付けるようなまねしなくていいからね、私たち、他眷属がいい迷惑だから」

「……つまり、おまえたちには、今の太陽神は些か張り切りすぎだと思えるわけだよな…」

オスカーは、念を押すように呟いた。半ば自分の考えを、まとめるために。

「張り切るっていうより、なんか、躍起になってるというか、必死?な感じ?太陽神が比類なき強力な神さまだなんて、誰でも知ってることなんだから、今更、こんな風に力を誇示しなくたっていーじゃん、とおもうんだけどね」

「なんで、こないムキになっとるねん?ちゅー感じやね」

「…うむ…確かに…デモンストレーションってのは、実力が既に高く評価されている場合、そんなに必要ないよな…」

「せや、見栄はって、かっこつけて、自分をでっかく強そうに見せるんは、好いとる女の子に対してだけでええて、なぁ?」

またも、友人の言葉がオスカーの意識に何か引っかかった。

「…なあ、オリヴィエ、チャーリー、男が自分の力を見せびらかすように誇示したがる時っていうのは…つまり、惚れた女にいい格好を見せたいってのが、1番、ありそうな動機だと思うか?」

「それ、基本中の基本やろ、女の子に『ええかっこしい』もようせんようなら、それって、もう男捨てとるんと同じちゃう?」

「まぁねー。けど、背伸びして実力以上にいい格好をしようとしても、それって結局長続きしないんじゃない?付け焼刃のかっこよさなんて、すぐ、ボロが出そうな気もするけど」

「それでもや!その場だけでも、自分をデカイ男に見せたい、ちゅーアサハカな見栄はって、ついついえーカッコしぃしてまうのが、悲しい男のサガってヤツやん?男ってアホやから」

「確かに、その場だけの関係なら、それも有効かもね」

「せやろ?オスカーかて、そないアサハカな見栄張ったことあらへん?なにせ聖娼はすこぶるつきの美女揃いやもん、つい、ええかっこしたくなることって、あらへんの?しかも、聖娼とのお付き合いちゅーたら、その場限りの筆頭やん?」

「なんだって?」

この二人は、何時にない異常な暑さを、太陽神が、自分の力を誇示したがっている故だと感じている。太陽神がそんな真似をする必要が何処にあるのかという意見には、まったく俺も同感だ。だが、太陽神の行動が常軌を逸しているのだとしたら…何某かの理由があるはずだ…と、自分の思考に捉われていたオスカーは、唐突に話を振られて面食らったように顔をあげた。一瞬の間をおいて、友人からの問を漸く自分の物として捉え、応えた。

「…う…む…俺は…ないな…」

「すっごい自信やなー!オスカーは素の魅力だけで、真っ向勝負なんやな!」

「そうじゃない」

オスカーは苦笑した。

「俺は聖娼から、色々教わるばかりだから…自分の至らぬ所や、足りない部分を取り繕っても何のメリットもないから、自分を飾らないだけだ…俺みたいな若造がはったりをかましたり、知ったかぶりをしても、聖娼たちには、お見通しのような気がするしな」

「あー、確かに、聖娼みたいな男女関係の達人には「知ったか」しても、笑われるだけやもしれんなぁ」

「いや、でも、それはやっぱり、オスカーの自信の現れでもあるとおもうな、私は。だって自分に自信がない人ほど、どーしても、はったりかましたり、つい虚勢はったりしたくなるものじゃない?オスカーが、いい格好をしようと考えたこともないっていうのは、オスカーが自分のことを根っこのところで肯定してる…つまり、自分に自信のある証拠だと私は思うけどね」

「おまえに、そんな風に言われると背中がこそばゆいが…俺のことはともかく、一般的には、自分に自信があれば、虚勢を張る気は起きない…逆に、自分に自信がないほど虚勢を張りたくなるものだとすれば…」

オスカーは一息おいてから、こう続けた

「なぁ、なら、虚勢を張りたくなるってこと自体が、自分は自分がそうありたいと思う程には力がない、もしくは、自分の理想より、今現在の自分は劣っている処があるって、内心、自分で認めてるってことにならないか…実力以上に自分を大きくとか強く見せようとするってことは、自分が、本当は強くも大きくもないって、知ってるから…ってことにならないだろうか?」

「ん、逆説的だけど、その通りだとおもうよ、でも当人がそれを意識してるとは限らないけどね。むしろ、薄々感づいているけど、自分で認めたくはない、現実に目を瞑っていたいから虚勢を張るっていうことも多いんじゃないかな、強がりや見栄っていうのは、半ば無意識にやってることもあるかも、だし」

「………」

『もし…お前たちが言うとおり、太陽神が、急に、これみよがしに力を誇示し始めたのだとしたら…』

オスカーは、友人の語る言葉と、近頃の太陽神の動向ふと連関つけて考え、その深刻さに愕然とした。

いや、まさか、そんな筈は…だが、もし、この憶測が正しければ…

オスカーが黙って考え込む中、友人達は他愛無い「モテ談義」に花を咲かせ始める。

「せやけどなー、女の子の前ではちょっと無理してもエエカッコしぃしてまうのは、男の本能やないの?」

「いや、少しでもよく思われたいっていう、下心があるから、カッコつけるんでしょ?だったら、どーでもいいと思ってる相手にはカッコつけたりしないんじゃない?それとも、チャーリーは、誰彼構わず、カッコつけちゃうわけ?」

「…うーん、多少は相手選んどるかもしれんけど…いや、それはナイナイナイ!俺、男は、女の子に夢みさせてナンボやないか、思うとるから。女の子って夢みたがってる子、多いで?となったらカッコつけの何処が悪いねん、女の子にはいい夢見させてあげて、結果、男もモテルんなら、イイコト尽くめや。悪いこと、どっこもあらへんやないか」

「夢みさせるのが悪いんじゃなくて、すぐ覚めて幻滅させちゃうような、実のない夢を見せるのは不実だし、見せないほうがいいんじゃないのって、私なら思うけどね。全ての女の子に永遠に夢をみさせることなんてできないだろ?夢をずっと見させるだけの力があればいいけど、半端な夢を見させて、すぐにその夢を破るなら、私はそれは不実だし、見せないほうがマシなんじゃない?男が夢を見せて上げるのは、本当に好きな子1人でいいんじゃないの?」

「ああ、そうか!オスカーは夢を見せてあげたい相手が決まっとるから、聖娼たちにもカッコつけんと自然体でいられるんや…な…」

と、チャーリーは自分で口にしてから、はっとしたような顔をして、少し伏目がちになって、言葉のトーンも少し落と気味にこう言った。

「うん、せやな、だからオスカーが上手いことスーリヤになれたら、オスカーが惚れとる子に、ええかっこしたい、ええとこ見せたい、って思うたとしても、でもって、それでちっとばかり張り切りすぎることがあったとしても、そん時は、まーしゃぁないかな、とも思うわ、うん」

「そーだね…オスカーが、力を発揮するのは、今じゃないもんね…仕方ない、あんたが太陽神になった最初の乾季なら、少しくらいの猛暑は我慢してあげるよ、私も。早く、火の力が身中から溢れて抑えきれないくらいに強く育てて、太陽神になって、故郷に錦を飾ってあげなよ」

「せやな、その時までオスカーはしっかり気張って力ためとき」

ばん!と励ますように背中を叩かれた時、オスカーは、反射的に

「…いや、俺は、これでも、身中の火の気をきっちり制御してるから…」

と、何の気なしに口にし、そして、口にした途端、自身の言葉に新たに思考を刺激された。

『そうだ…本来、太陽神のように力のある神が、自分の力を制御できない筈がない…なのに、最近の太陽の熱気の強さ・激しさが尋常でないということは…もし、俺の推測が正しければ、最近の猛暑は、太陽神がつい見栄や虚勢を張ったなんていう甘いものじゃないかもしれん…』

更に深刻な考えに陥りかけていたオスカーを

「うひゃ、そりゃまた御見それしましたー!」

「また、大きくでたもんだねー」

という、友人達の軽くからかうような口調が食い止めてくれた。

オスカーは、思わず毒気を抜かれて苦笑した。若干だが気持が軽くなったのを感じたが、自分の考えをまとめるためにも、敢えて、火の力の本質を2人に説明することにした。

「おまえら、それこそ、俺が張ったりをかましてると思ってるな、まったく…あのな、火の力ってのは何も考えずに野放図に垂れ流す方が、よっぽど楽なんだ。だが、火の気の無秩序な放散は、とても危険だから、俺は、子供の頃から火の力を自在に制御すべく自分を鍛えてきた。だから、今は、こうして涼しい顔しながら、火の気の流れを自在に操り、無害な形で放散できるようになったし、だからこそ、こんなに傍にいるお前たちに汗一つかかせないでいられるんだぜ…この部屋を蒸し風呂みたいにするほうが、俺には、むしろ楽なんだ。おまえらが、その方がいいなら、いつでもそうすることは可能だぜ?ほら…」

オスカーは、今は、無意識のうちに制御している火の気を意識して身体の表層に浮かび上がらせ、位相の形に変えて、一瞬だが、開けっぴろげに放散してみた。一気に部屋の温度が、5、6度上がった。

「うわ!あち、あちち!」

「というわけだ」

オスカーは瞬く間に己の火の位相を自身の内部に取り込み、全身から火の気を放散するのを辞めた。

「…まいった、あんたの実力の程は、よーくわかった」

「!…そういや、オスカーの前にいた火の子は、たまに、傍に寄れないくらい体が熱うなっとった時があったわ…今、思い出した!オスカーからは、こないな熱気感じたことあらへんかったから、忘れてたけど、それって、つまり、逆に未熟ってことなんやな!」

「ああ、半端に育ちかけの火の力ってのはすごくやっかいなんだ、下手すれば、熱で、他の生き物を傷つけてしまう程強い、そのくせ、上手く制御できる程じゃないってのが一番困る…ひどく危険なんだ。俺は、子供の頃から、その怖さをよく知っていた…だが、そこで力を無理に押さえつけようとするのではなく、むしろ強く力を育てていくことで、制御する力も強く備わると教えてくれる人がいたから…俺は、強大な力を一時に放出できるということより、力を自在にコントロールするほうが肝心だと…それこそが本当の意味での強さだと知ることができて…力の強いヤツほど、制御にも長けているものだし、そうでなくちゃならないと、教わって…だから、天界にも来る前から俺は力の制御の訓練は嫌ってほどやってたんだ。だからこそ、今は、お前たちが俺の実力に気づかないくらい制御の達人になれたんだけどな…能在る鷹は爪を隠すってレベルにまでな」

オスカーは意識して軽めの口調で語り、にやりと笑ってみせた。

「そやったんか…オスカーは俺らが不愉快な思いせぇへんようにしてくれてたんやなー、おおきに」

「いや、今更ながら、あんたの実力とお心遣い、痛みいったよ、私は」

「いや、それは…俺の実力以前に、制御することの大切さを俺に教えてくれた人がいたからこそなんだが…」

今の自分は些か子供じみていたなと、今更ながら自分の振る舞いを照れくさく思って一瞬口ごもったオスカーだったが「制御の大切さ」を自ら言及したことで、基本の基本ともいえる事実に改めて気づいた。

「うん…そうなんだ、気力が充実していれば、本来、力の在る者は力をコントロールすることも容易いはずなんだ…」

オスカーは独り言のように呟いた。友人と語らうほどに、どうにも嫌な予感は強くなるばかりで、同時に自分の懸念が杞憂であれば良いが…と思わずにいられない。

そう、太陽神になれる程の実力があるのなら、本来、陽光の制御は当然のようにできるはずなんだ。俺が今は意識せずとも、呼吸をするように自然に、火の気を制御できるように。

なのに、太陽神が、自分の力を見せ付けるように、力を強めているとしたら、それは何故だ?

意識していないかもしれないが…自らの力の衰えを自身では認めたくないからこそ、むきになって力を誇示したくなったゆえではないのか?

そして、力を誇示したいのだとしたら、それは誰に対してだ?

もし、友人達が言うように…男は、好きな女には自分を良く見せたいと無意識に振舞うのが、真理なら…そして、これはとても頷ける考えだった…オスカーだってアンジェリークにはひとかどの立派な男として認めてもらいたいと思う欲があるからだ、数多の優れた男たちを…火神中の火神とも言うべき太陽神を、それも一人二人ではなく数え切れないほどの太陽神を、アンジェリークが身近に見てきたことは自明だ、だからこそ、その中の誰にも引けは取りたくないと思う自分がいることをオスカーは知っていたから…ならば、現・太陽神が、虚勢を張ってでも自分の力を誇示したい相手、自分の力の程をわかってもらいたい相手は、地上を埋め尽くす有象無象の生き物達ではないだろう、恐らく現・太陽神の眼中にあるのは…力が衰えたら、その時点で、自分の物ではなくなってしまう至高の女神その人だけではないのか…。

いや、事態はむしろ、もっと深刻かもしれない…

どんなに強力な火の力であろうと、操り手の気力・体力が充実していれば、それは容易に制御できる力でもあるのだ。

そして太陽神には、制御の術こそが…強い力を放出することより、自在にコントロールすることの方が、恐らくは肝心だ、とオスカーは思う。日によって、太陽の運行の時間が異なったり、ある時は早く、ある時はゆっくりと太陽の馬車が天空の道を駆けることなどあってはならないのだから。1日の間、時間によって、陽光がめまぐるしく強まったり弱ったりしたら、地上の生き物たちが混乱してしまう。太陽の馬車は、季節ごとに決まった時間を決まった速度で走らせることが重要であり、また、太陽から放出される陽光の強さも季節ごとに一定でなければなるまい、そのためには緻密な制御こそが肝要な筈なのだ…

が、少なくとも、現・太陽神は、地上の炎暑を考慮しない…もしくはできない程に制御を失っているという可能性も否定できない。強力な力ほど、制御するのが難しい、だから、気力が衰え始めると、まず、失うのは制御の術なのではないか…力そのものが弱くなるのはもっと後々のことで、力の衰えは、まず、力の制御を欠くようになることから始まるのではないか、そして、今季の雨季と乾季の曖昧さ、すっきりしない切り替わりを考えるに、オスカーは、この憶測が最早憶測ではすまないような気がしてくるばかりだった。

『もしかしたら、俺が思っていたより、早く、事態は動くかもしれない…』

友人との何気ない会話から、そんなことを思った矢先だった。

厩舎に新たな若駒2頭を見出したのは。

まだ、3頭の馬さえ、自在に操れるとは言いかねる現況に、新たに2頭の馬が加えられ、オスカーは計5頭の馬の調教を任されることになった。

この実情をもってして、オスカーは自分の憶測が、もはや憶測では終らないことを確信した、確信せざるを得なくなった。

そして、この事態を、アンジェリークはどう感じ、どう考えているのか、それが気になって仕方なかった。

 

扱う馬が増やされたことで、厩舎での馬の世話は、厩務員たちが1チームとなって、全面的にオスカーをバックアップしてくれるようになった。

もはや、オスカーは押しも押されぬ太陽神の有力候補だと認められたようなものだった。

しかし、オスカーはこの事態に慢心する気配は微塵もなく、手放しで喜ぶことも控えているような心境だった。

天界は、自分を、一刻も早く一人前にしたいらしい、些か拙速な程にだ。それは、天界が新たな太陽神の誕生を急がせねばならない事情があるということだろう。

だが…太陽神候補が自分1人である保証もないのだ。

もちろん、自分が次代の太陽神として有力な場所にいるらしいと思えることは、純粋に嬉しい。だが、現・太陽神の力に翳りを感じざるを得ない現況では、太陽神の速やかな交替こそが重要かもしれない。交替が最早待ったなしの時点で、もし自分がいまだ力不足とされたら…他の候補者が太陽神に召し上げられる可能性もないとはいえない。

また、力不足であることは承知で、自分が間に合わせの場つなぎとして太陽神に召し上げられるようなことも、オスカーは嫌だった。

太陽神になるのなら、アンジェリークに再びまみえる権利を与えてもらえるなら、十全の状態で可能な限り長く在位できるほどの実力を備えて太陽神に叙されたかった。

となれば、気を緩めることなどもってのほかだった。

オスカーは、焦りは禁物と自分に言い聞かせながら、馬をはみと手綱に馴らしてから、手綱による指示を根気良く教えていった。手綱になれたらハモとハーネスを装着し、その重い馬車用の馬具に馴れたと見るや無人の馬車に馬を繋げ、馬車を引く音に馴らしていく。

同時に古参の馬たちには、馬車に乗せる負荷を増しながらも、一定の速度を保って走らせる訓練を課した。馬たちには、それぞれに気持ちよく走りたい速度というのがあるし、生き物である馬たちの気分も、また日によって異なるーその日によって意気盛んでとにかく走りこみたさげな馬もいれば、見るからに今日は走りたくなさそうなやる気のない馬もいるーそんな馬たちを、オスカーは誠意をもって諭し、時には宥めすかし、時には信賞必罰をちらつかせながら、馬たちをハーネスに繋ぎ、一度ハーネスで連結させた馬たちは、個々の気分に関わらず、一定の速度で足並みをそろえて走らせる…それも早くも遅くもなく…ということを目指して、ひたすら地道に訓練を繰り返す日々だった。

馬の気分に関わらず一定の速度で馬車を走らせるためには、馬の体調管理は絶対必要な大前提であり、ここでもオスカーの使う神経は並大抵ではなかった。

個々の馬房の管理は厩務員たちに全面的に任せていたが、毛並みの色艶、体温、脚の様子にいつも気を配り、疲れがたまってきたなと思われる馬には、気前良く休息と自由時間を与えて、気力・体力の回復を心した。たくさん馬場を走らせた後は、馬たちもしとどに汗をかくので、そして、ただ、汗を拭くだけでは、その後体温が下がりすぎてしまうので、激しい訓練後の馬の体温管理には、ことのほか気を使った。

そうこうするうちに、次の雨季が始まり…今度の雨季は、始まりが早く、しかも長引いて、中々晴れ間が見えない天気が続いた。

オスカーは内心の苛立ちを表にすることはせず、雨季の間は、新参馬たちに、指示があるまで不動の訓練を施し続けた。

新参馬達の訓練にあまりに時間がかかっては、古参馬たちの体力がピークを過ぎて衰えてしまわないか、それをオスカーは案じていたのだが、その件に関しては、全く思いもかけなかった解決法を教えられた。

馬たちの飲み水には、オスカーが知らぬうちに、神々が不老不死を保つために喫する神酒ソーマが希釈されて与えられていたのだ。

もはや、はっきりとオスカーを太陽神候補として扱うようになった厩務員たちは、以前とは比較にならぬほどオスカーに対して開け広げに協力してくれ、それに比例して潤沢にオスカーに情報を提供してくれるようになった。この情報も、アグネシカの早晩の衰えを案じるーそんな兆候はその時点で微塵もなく、アグネシカは、何時も意気盛んであったが、オスカーは常々、考えられる事態には前もって対処するを良しとしてきたし、それだけの洞察力もあったのでーオスカーに対し、与えられた情報だった。

アグネシカを筆頭に、オスカーが神馬の訓練を施す間、馬たちは最盛期の気力・体力を保ち続けられるよう神酒ソーマを一定の割合で与えられている、だから、普通の馬たちのように年をとらないし、而して体力の衰えを心配する必要はない、と保証された。

また、太陽神の神馬として実際に天空の道を走るようになると、馬たちは、直に神酒をもらうようになる。過酷な務めに耐えるだけの力を蓄えるべく、神酒ソーマを神馬たちも原酒のまま与えられるようになるのだということだった。

厩務員たちは全面的にオスカーに協力し、オスカーを1人前の太陽神に育てるべく、忌憚のない意見を述べることができ、必要な教育を施せるのが嬉しくてたまらないようで、堰を切ったように色々なことを教えてくれるようになっていた。

オスカーという御者が、馬を御することに専念できるように、ありとあらゆる協力を惜しまずにしてくれた。そしてオスカーは、目立たない影の存在ー地味な仕事も厭わず専心してくれる協力者がいてくれることに素直に感謝をした。

そして、長い長い雨季が過ぎゆき…これもまた、太陽神の更なる衰えを感じさせ、オスカーは一抹の切なさを感じる。

今、自分は太陽神になるべく精進しており、必ず太陽神の地位を射止める気ではいたが、実際に太陽神に叙された後、いつかーなるべく遠い未来であることを切望するが、自分にも若く意気盛んな若者とその地位を交替する日が必ず訪れることも自明であったからだ。

オスカーは、衰えを隠せなくなっている太陽神の心境を思うと胸が痛むと同時に、俺のような若造に、そんな心境がわかった気になられても、現・太陽神は腹立たしいだけかもしれないと思う謙虚さもあった。

同時に、今のアンジェリークの胸中は如何ばかりか…と思うと、胸にざわわとした波立ちを覚えずにはいられなかった。

彼女も、また、太陽神の常ならぬ振る舞いに気づかぬ訳がなかろう、それを憂いてはいまいか、来るべき現・太陽神との別れを惜しみ、新たに彼女の伴侶となる太陽神の人となりに、些かなりとも不安を感じてはいないか…そして、僅かでもいい、その太陽神が俺であることを、期待してはくれていまいか…と。

 

そして、雨季が漸く開けたと思われる晴天が数日続いた後、オスカーは、更に新たな若駒を厩舎に見つけた。

厩舎の7つの馬房はついに馬たちで満たされた。

1番手前の馬房にいるアグネシカは、満足げに厩舎を見渡し、次いでオスカーを労うようにその手の甲を舐めた。

オスカーはアグネシカの首筋をぽんぽんと軽くたたきながら、一層気を引き締めた。この事態を素直に喜べるほどオスカーは単純ではなかった。

最後の馬たちまで与えられたとはいっても、オスカーは漸く5頭の馬をハーネスで繋げるようになったところで、5頭立ての馬車を自在に操るというところまで、調教が進んではいなかったからだ。

なのに、馬が新たに2頭下賜された…ということは、天界は、もはや待ったなしで、オスカーが一人立ちすることを期待しているということだ。

天界のその拙速さを思うと、オスカーは、心弾むというより、この事態の深刻さをより憂慮せずにはいられなかった。

そして、いまだ道半ばでの馬の増加は、オスカーが肉体的にはかなり無理をせざるえない日々の幕開けとなった。

いまだ5頭立ての馬車馬として、完璧には動けないのに、同時に新参馬の2頭を、最初から調教せねばならないのだ。

やらねばならないことは、山のようにあり、訓練は緻密になるばかりなのに、乾季の期間があまり長くないことが、オスカーの負担を増加させた。

 

最低限の手綱での合図を身につけた新参馬を、習うより馴れろとばかりに、ハーネスでつなぎ、馬車馬の最後尾に据えた。

後は、オスカーはひたすらに晴天の日を祈り、待ちうけ、天気が良い日は、とにかく終日、馬たちを馬車に繋いで、少しでも多く走らせた。それだけの日々だった。

少しでも多くの道を経験させたかった。馬たちがどんな障害もものともせず足並みを一定に保って走れるよう、どんな事態でも心を騒がせないようー鳥の羽ばたきに驚いて棒立ちになったり、駆け足を留めてしまうことがないようにするには、とにかく経験を積ませるしかない、とオスカーは考えた。

太陽の馬車を引くためには、それぞれに体格の異なる馬たちが、足並みを常に一定に保たせねばならないのだから。一度馬車に繋いだら、勝手気ままに、気持ちよく走らせてやるわけにはいかないのだ。

その替わりと言ってはなんだが、オスカーは、馬たちが、上手に足並みをそろえて走れた週末には、全ての馬具を外し、馬場を自由に走らせてやった。馬たちは、思い思いに草原で寝転がったり、脚を折って身体を休めたりした。この自由時間が馬たちのいい気分転換になり、どうにか、集中力を持続させていた。

が、オスカーは休息の効能を計算する以前に、もし、このまま俺が太陽神になったら、馬たちは、こんな風に自由気ままに過ごせる時間がほとんどなくなってしまうのではないかということも案じて自由時間を与えていた。天空にあがれば、馬たちは、1日の大半は天空の道を、早くもゆっくりでもない、一定の速度で重い馬車を引くことに集中せねばならない。そんな重労働の後ーつまり夜間は十分に食べて眠って体力を回復することで、終ってしまうのではないか。雨季の間は、自由に放牧してもらえる時間があればいいのだが、それは希望的観測にすぎなかったし、この文教地区の厩務員たちも雨季の間、天上の神馬たちがどう過ごしているのかよくわからないようだったし、自由に放牧してもらえるような場所はあるのかどうかも知らなかった。

オスカーは、常に最良の事態を考えて希望にする一方、最悪の事態も考えて、それに備えることも忘れなかった。

だから、前倒しの埋め合わせとでもいうように、頑張った馬たちには可能な限りの息抜きと自由時間を与えていた。

一方で、オスカー自身は、その間、女神神殿で聖娼からの慰撫ーというよりレクチャーを受けることを、いまや習慣としていた。

オスカーは、太陽神の交替まであまり時間がないことを知っていた。

だから、今のうちに、可能な限り女性の扱いに精通しておいた方がいい、自分が、女性の扱いに一定の水準に達していなければ、太陽神の選定に漏れる恐れが否定できないと思っていたからだ。

聖娼たちを訪ねろという女神神殿への招待を、オスカーは、女性の身も心もよく理解し、性的な意味合いでも卓越した男になること、さもなくば、ウシャスを娶わすことはできないと、天界が考えているからだと、聖娼と情を通じるのは、そのためだと、オスカーは今も考えていたからだった。

自分の元に変わらず送り届けられてくる女神神殿への招待状が、オスカーが馬たちに「今しか与えてやれないかもしれない息抜き」という意味で、同じ性質の物であることなど、オスカーは想像だにしていなかった。

オスカーはただひたすらに一層の精進を心に誓っていた。アンジェリークと再会できた時、どんな事態に対してであれ、物怖じせずにいるために、ひたむきに己を鍛える日々だった。

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