月神にして酒神ソーマは、鋭い眼差しはそのままに、しかし、オスカーの明らかに挑発的な態度と言葉には、別段、気分を害した風でもなく、むしろ、興味深気な笑みを口元に浮かべた。「君の真名はオスカーというのか…そういえば、ウシャスも、君をそんな名で呼んでいたし、君もしかり…ウシャスのことを彼女本来の名で呼んでいた…つまり、君はウシャスと互いに真名を教えあうような仲ということか。ウシャスから耳飾を褒賞に賜って、一方的にのぼせあがっている、というわけでもなさそうだな」
ソーマ神は顎の辺りに手を添え『ふむ…』と考え深けに頷いた。そして一息おいた後
「…しかし、それにしても、君は…なんというか、深読みのしすぎじゃないか?私は神酒を司る神だから、請われるまま、神酒を供しに来ただけとは思わないのかい?」
ソーマ神は、最早、何かを面白がるような表情を隠しもせず、逆にオスカーに尋ね返してきた。
「しかも、君が酒乱かどうか、この目で確かめるために、わざわざ俺が来たんじゃないかと…と推測したということは、それは、つまり、君自身が、酒にでも酔わないとやってられない、そんな心境だってことかな?若きスーリヤよ」
『高位の天空神なら太陽神の境遇や事情など先刻承知だろうに、だからこそ、わざわざ、直々に俺たちの様子を見にきたのは、間違いなかろうに…』
オスカーは、ソーマ神のもって回った言い方に、内心、むっとした。自分はからかわれているのかと思う一方、手のうちを探られているのか…と、警戒する気持も頭をもたげた。根底に、長き年月にわたり、太陽神を使い捨てにしてきた高位の天空神への反発心があったからかもしれない。ソーマ神自身はそのシステムに無関係かもしれなくとも、だ…
しかし、ここで俺が感情的になっても、得るものは何もない、むしろ、何故、ソーマ神が妙にもったいぶるのか、その意図を知りたい。もし、天界が、雨季の期間中、俺をおとなしくさせようと目論んでおり、そのために、ソーマ神をここに遣わしたのだとしたら…オスカーは考える…勧められるままに強い神酒を喫し、雨季の間中酔っ払いでいることなど俺は絶対に御免だ。が、俺が神である以上、神酒を拒否し続けるも、また不可能…さぁ、どうしたものか…
「…ソーマ様、質問に質問で返してくるのは卑怯だと思います、尋ねているのは、俺の方ではありませんか。重ねてお尋ねしますが、何故、スーリヤは、正体を忘れる前まで、神酒に酔う必要があるのですか?」
オスカーは、考えた末に、敢えて、ソーマ神を更に挑発するような文言を返してみた。
「…その答えは、君が1番よく知っているんじゃないか?まぁ、俺が思うに、人は、不安や鬱屈に押しつぶされそうになると、とりあえず眼前の危機から眼をそらしたくなる…万人がそうだとはいわんが、そういう傾向が強い、ということだろう。問題そのものに立ち向かい、克服しようと努めるより、問題そのものを忘れる、もしくは、みない振りをするほうが簡単だからな。そして、人の心は易きに傾きがちだからな」
が、ソーマ神から返ってくる言葉は、相変わらず一般論の域から出ず、どこか他人事のようだった。しかも、オスカーの不躾な物言いを、ソーマ神は飄々と受け流す。彼は気を悪くするどころか、ますます『興味深い』という表情を露にしてきた。
『食えない方だ…』
ソーマ神の温和な表情の裏に、オスカーは、一筋縄ではいかない剛毅なしたたかさを感じる。どう問い詰めようと、のらりくらりと、いいようにあしらわれそうな気がしないでもなかった、それでも、オスカーは、どうあっても「一服盛られる」のは御免被りたい。ならば、気を張って、真っ向から渡り合うしかない。
オスカーは、静かな、だが、真剣な口調で、こう続けた。
「では、ソーマ様は、ご親切にも、その手助けを…太陽神が眼前の鬱屈から眼をそむけるための手助けをしてらっしゃるだけだと、そう、おっしゃるのか?言い換えれば、太陽神には、酒に酔わずにはいられないような不安や鬱屈があるということはお認めの上で…天界は、太陽神の鬱屈を根本から解消する方策は呈せず、一時、問題を忘れさせるだけのおためごかしをしている…いや、もしかしたら、もっと積極的に…雨季の期間、太陽神が心の憂さから暴れたり、不穏なことを考える暇を与えぬため、強力なソーマを使って太陽神をおとなしくさせようと、画策なさっているのではありますまいか?」
「ふむ…君はそう考えるのか…何故そう思うんだい?」
「ソーマ様ご自身がわざわざ神酒をお持ちになられたこと、しかも…先ほどソーマ様はご自分でおっしゃいました、もっと強い神酒が欲しければ、いつでも所望しろと。必要がなければ、そんなことを自らおっしゃるわけがない。雨季に、太陽神は無聊を持て余して、酒に酔わずにいられない…というのなら、何故、そんな心境にならざるをえないかも気になりますが、とりあえず、これは太陽神個人の問題であって、俺に関してはそのような気遣いは不要です。ですが、天界が、スーリヤが心の憂さから制御を失って暴れだしたりしないよう、雨季には、強い神酒で、予め正体を失わせておいたほうがいいと考えている可能性もある、だから、ソーマ様は、雨季があけるまで、俺を眠らせておいたほうがいいかどうか判断を下すために…俺が望むと望まないとに関わらず…俺の様子を内偵することも兼ねて、今、御自ら神酒を持っていらしたのではないかと、俺は考えたのです、これは邪推の類…かもしれませんが…」
「ふ…それで、もし、君のいうとおりだ、と俺が答えたら、君はどうするつもりなんだ?ソーマを断つか?それとも、俺を締め上げるか?」
「…そんなことをする気は毛頭ありませんし、神の名を拝命した以上、神酒を断つ気もありません、そんなことをしたら、俺は俺の神気を損なうだけ、太陽神としての在位期間を縮めるだけですから」
「ふむ、では、かわいそうだが、真実がどこにあれ、君には何もできることはないんじゃないかい?ならば、何のために、そんなことを知りたいんだね?確かめても…事実を知ったとしても意味がないだろう?」
ソーマ神の言葉はオスカーの無力を否応なく本人に知らしめようとする、ある意味惨いものではあった。だが、その口調にも声音にも、皮肉気な処や、オスカーを侮るような気配は微塵もない。ソーマ神は、興味深い話題でのディベートを楽しんでいるだけ、という雰囲気だった。オスカーの投げかけた仮説に対して反証をあげ、更にオスカーがどう切り返してくるのか、その反応を期待して待っている、というような風情が表情から見て取れる。
だが、オスカーはソーマ神と知的な遊びとしての議論をしたいわけではなかった。なので、一息深呼吸をしてから、真摯な口調で、こう訴えた。
「いいえ、意味はあります、俺は、ソーマ様にお願いし申し上げたいことがあるからです。だから天界の…いや、ソーマ様の意図を確かめさせていただきたい。ソーマ様にはソーマ様の役目と責務がおありなことは承知しておりますし、太陽神をおとなしくさせるのも、ソーマ様の義務の一貫やもしれません…けど、どうか、俺の知らぬうちに、強いソーマで俺を眠らせるようなことはなさらないでください、それを、今のうちに、切にお願い申し上げたいのです。俺は、そんなことは望んじゃいない、どんなに無為に思える時間を過ごしたとしても…アンジェリークに会えないからといって、自暴自棄になって暴れたりはしない、そんなことをしても何もならない…俺は、そんな暇があるなら、どうすればいいのか、考えたい…それでなくとも限り在る在位です、空白の時間を無駄に重ねるようなことなどしたくない。だから、俺が正体を失うようなソーマの調合は…どうか、しないでいただきたいのです、聞いていただけるかどうかはわかりませんが、俺の気持だけはお伝えしたく…ために、失礼ながら、ソーマ様の意図を図らんと、不躾な物言いを故意に致しましたこと、ご寛恕いただきたい」
これが、オスカーがどうしても主張したかったことだった。
無視される可能性が多分にあることも、承知の上だ。
だが、オスカーは、結果として、聞き入れてはもらえずとも「雨季の間、アンジェリークに会いたくても会えぬ苦しさや焦りにのた打ち回ったとしても、自分の意思によらず、意識を失わされたり眠らされることは御免だ」と、ソーマ神に訴えておきたかったのだ。『眠らされる』というのが、自分の憶測であることも、単なる可能性に過ぎないこともまた、承知の上でだ。
無論、ソーマ神には、スーリヤの願いを聞き入れる義理はないだろう。兄弟神であるソーマは、神としての格は対等だから、スーリヤの権限が通じるとも思えない、それでも、いや、だからこそ、オスカーはソーマ神に懇願せざるをえなかった。神酒は自分たちに必要不可欠なものだと身にしみてわかっているからこそ、もし、これに細工を施されたら、自分には、どうしようもないと、わかっていたからだ。
だって、少し考えてみれば、わかることではないか。
それでなくとも鬱々とする長い雨季の期間、俺にとって、何より辛いのはウシャスに会えないことだ。となれば、歴代の太陽神も、また同様の心境だったのではないか、そして、その間の彼らの焦慮や苛立ちは、どれ程のものだったろうと、オスカーにも、それは容易に想像がつく。
ウシャスに会えないことに、荒れて暴れる太陽神もいたかもしれない、それでなくとも、ウシャスを見せ付けられるだけで、この手にできない太陽神の苛立ちとストレスのうっ積は相当のものだったろうし、天界なら…何の躊躇もなく太陽神を代々使い捨てにしてきた天界なら、そういう扱いづらい太陽神を雨季の間中、強い神酒で酩酊させておくか、ずっと眠らせておくことぐらい、平気でやりそうだった。
だが、オスカーは、そんなことは願い下げだ、苦しくとも寂しくとも、偽りの安寧に逃げ込みたいなどとは思わない、そんなことをしても、何にもならない。そんな暇があるなら、どうにかして現状を打破する手立てを考えたい、だから、己の意に反して、意識を混濁させられるようなことは、絶対に避けたかった。
もっとも、ソーマ神が、俺の言葉を心にとめてくれるとは限らないーということもオスカーは重々承知している。
神酒は神の身には必要不可欠な命の水だーそれは、この数カ月でオスカーも身にしみて理解していたー神である以上、俺はそれを摂取し続けなければならない。だからこそ、それに細工されたら、お手上げだ。神としても対等の力を持つ相手に、いわば、命綱を握られているようなものだ。ゆえに、オスカーとしては、率直に懇願するより他に方便がなかった。
オスカー個人の考えでは、生命の維持のため摂取せざるを得ないもので人の行動を縛るのは、卑怯ではないかとも思う。俺には、選択の余地がないのだから。調合が怪しいからといって神酒を忌避などすれば、神力が保てなくなって、俺は、程なく、太陽神を退位せざるをえなくなろうから。
まこと太陽神の生権与奪は、天界側にある…最初の雨季を迎えるまでのこの僅かな期間にも、既に、嫌というほど思い知らされてきていたことだが、神酒の件は、それが更にもう一つ、念押しされただけということだろう。
本当に巧妙なシステムだ。天晴れというしかない。ウシャスの麗しさに誘われ、ひとたびスーリヤになれば、その地位に恋々とする限り、太陽神は決して天界の意向には逆らえないようになっているのだから。逆らえば「嫌ならやめろ」とばかりに、即、新しい太陽神に挿げ替えされるだけなのだから。
それがわかっても、オスカーは、天界の悪巧みを暴いたというような得意げな気持は微塵もなかった。このシステムを構築したー恐らくはヴァルナ神ーの冷徹なまでの智謀に舌を巻くことはあっても、だ。実際、俺がこのシステムを卑怯だと糾弾したとしても、天界は、なんら悪びれたりはしないだろう、何がいけないのかと、疑問に思いさえするかもしれない。太陽神個人の心情や立場を一切考慮しなければ、これは、たしかに見事なシステムーその時々で最強の火の眷属を確実に徴用できる効率の良いシステムなのだから…
そう考えると、俺の懇願に、どれ程の意味があるのか…オスカーは忸怩たる思いに捉われる。言うだけ無駄だったかもしれない、でも、黙ったまま、神酒で正体を失わされたり、眠らされるのだけは嫌だったんだ…
そんな胸の内を抱えながら、オスカーが、息を潜めるような心持で、ソーマ神の出方を、固唾を呑んで待っていると
「はっはっはっは…」
いきなり、ソーマ神が大笑した。
「ソーマ様?」
「君はいい!実にいい、スーリヤ、いや、俺も君をオスカーと呼ばせてくれ、俺は、君が気に入った」
先刻まで、立ち去ろうとしてたソーマ神はとって返してくると、自ら卓につき、神酒を杯についだ。
「君の願いは、しかと承った。君が、それを自ら望むまでは、黙って特製ソーマを飲ませるようなことは断じてせんと、俺はここで約束しよう。まずは、一献どうだ?このソーマは妖しい調合などしておらんから、安心して飲んでくれていい」
いうや、ソーマ神は自ら杯をあおり、嬉しそうにこう言った。
「聡明にして豪胆なスーリヤよ、俺の役割を一目で看破したのは君が初めてだ」
「では、やはり…」
「おっと、誤解しないでほしいが、俺がスーリヤ専用の特製ソーマを調合してきたのは、スーリヤの様子を見るに見かねてのことだ。『扱いづらいから、雨季の間は、スーリヤをずっと眠らせておけ』なんて、そんな傲慢な気持でしてきたことじゃないし、誰かに命じられたわけでもない。荒れるスーリヤの様子を案じたヴァルナに「どうにかならんか」と相談されて始めた行為であったのは確かだが、ヴァルナのヤツもスーリヤを哀れに思って、俺に相談をもちかけてきただけでだな…」
「お話を遮って申し訳ありませんが、そのお言葉からするに…誰から見ても、見るに見かねるような、哀れな境遇に多くのスーリヤは陥っていたわけですね?ならば…代々のスーリヤをそこまで追い込んだのは、何なんです?」
「君のことだ、それについても、ある程度は推測しているんじゃないかな」
「…僭越ながら…俺が思うに、それは天界がスーリヤを召し上げるシステム、そのものではないのですか?ソーマさま…」
「ふむ、そこまで考えが及んでいるか…いや、君は、天界のそういうやり口を推測してたにも関わらず、よく、俺を糾弾したりせずー自らの意思によらず、眠らされるかもしれないなどと思い当たれば、不信も露に、俺を怒りなじる方が普通だろうにーあくまで自身の希望を述べるだけに留めたな。君は全く興味深い若者だな、スーリヤよ。天界の意図の核心を鋭く突く物言い、月神である俺を質さんと詰め寄る恐れ知らずなまでの大胆さと共に、自分のおかれた状況を冷静に見極め、どこまでの策なら有効か、過不足なく判断できる冴えた知性と謙虚さを併せ持つ。ここで俺を糾弾したとて、何の実りもない、むしろ、ヘタに糾弾したりしたら、俺が、尚のこと、黙って神酒に細工を施すかもしれん、そう考え、むしろ下手(したで)に出た方が得策だと踏んで「懇願」という手段に訴えたのだろうが…ふ…賢いことだ」
ソーマ神は、心から嬉しそうに微笑んで、オスカーを見つめた。
「いえ…ただ、俺は…黙って眠らされるのは嫌だ、そして、できれば、そんなことはしないでいただきたいと…それをお願い申し上げたかっただけです、聞いていただけるかどうかはわかりませんでしたが…。ソーマ様のおっしゃる通り、天界のやりくちを怒り、弾劾・糾弾しても、意味がない、と思ったことは、確かですが…。神の身に必要不可欠なソーマを管理されている以上、どう足掻こうと、俺には、手も足もでないから…でも、俺は、天界にどれ程いられるか、太陽神として、どれ程の時間が自分に許されているのかわからない、だから、ただ眠って無為に過ごすなんて無駄には耐えられない、そんな暇があったら…」
「ウシャスと少しでも長く過ごせるよう、できる限りの手を尽くしたい…か」
「っ…」
いきなり核心をつかれて、オスカーは一瞬言葉につまった。頬にも、さっと朱がさした。
「照れなくていい、恋に己が情熱、力の全てを傾ける…君みたいな若者を見るのは、本当に気持のいいものだ。うん、まったく、気にいったよ」
ソーマ神は、したり顔で頷いている。オスカーは、ソーマ神が、何故、自分に急に肩入れしてくれる気になったのか、よく、わからなかった。
自分の、ある意味、分を弁えた判断力が好感を持たれたのは確からしいが…どうやら、自分のアンジェリークへの恋情の熱さ・厚さもソーマ神の心を動かしたらしいことは感じた。
しかし、俺が真剣にアンジェリークを恋しているからといって、何故、ソーマ神が心を動かされる?
オスカーの表情に不可解な気持が現れていることに気づいただろう、ソーマ神は、人懐こい笑みと共に、オスカーを諭すように、こんな話を始めた。
「恋はいい、男にとって、ほれた女は、皆、女神みたいなものだ…身分・眷属を問わずな。一度好きになってしまえば…心底惚れぬいた相手なら、どんな困難があろうとも、どうにかして情を通じたい、可能な限り傍にいたい、できる限り長く一緒にいて、親密な時を過ごしたいと思うのは、男なら、全く、当然の心情だ。おこがましいようだが、俺には、君のその気持がよくわかる気がしてな…君たちは…こんな男神の話を言い伝えで聞いた事はないか?神でありながら、ある神官の人妻に惚れに惚れぬいて、心を尽くして口説き落とし、ついには想いを遂げて、その人妻と子をなした、そんな男神の話を…」
「…あ!そういえば、昔語りで聞いたことがあるわ!遥か昔、月神ソーマ様は、天界の神官の人妻だった女性と情を通じて…」
と、オリヴィエが、突然、がばとオスカーに向き直り、彼らしからぬ熱い口調で、こう続けた。
「オスカー、あんた、ソーマ様に事情打ち明けて、助言をもらうと、いいかもしれない、ソーマ様なら、私たちより、ウシャス様の状況とかよくご存知だろうし、何より、あんたの心境とか苦境とか、かなり親身になってわかってくれるんじゃないかと私は思う。障害多き恋を実らせた、ある意味、あんたの先輩みたいなものだもの、ソーマ様は。私らだけじゃ、どっちにしろ、今は手詰まりってのが濃厚なんだ、ならば、経験者ならではの助言を仰げれば、かなり、心強いんじゃないかな、うん」
「君は天界の裏事情に詳しそうだな。若きサヴィトリ」
ソーマ神が、苦笑というしかない笑みを浮かべながらこういうと、オリヴィエは、くるりと身を翻して、ソーマ神の方に身を乗り出した。
「ソーマ様、ある程度の事情は、既にお察しのことと思いますが、ここに居りますスーリヤは、幼き頃より、微塵の二心もない真剣さで、ウシャス様を恋慕い、焦がれ続け、ついには、ウシャス様との再会だけを願って太陽神の地位に就きし者です、しかし、スーリヤになって、ウシャス様との再会は果たせたまではよかったものの、スーリヤの恋心は、そこから先の行き場を失いました。ウシャス様は見せ付けられるだけの、決して手折れぬ花だと、すぐにおもいしらされたからです。しかし、スーリヤは、女神の尊顔を拝する程に、積年の想いはいや増しに慕るばかりで、この恋を到底諦めることなどできない、なのに、現実には、想いを遂げる術がどうにも見出せず、このままではスーリヤは激しく燃え盛る恋情で、己が身を焼き尽くすのも時間の問題かと…天界一の恋の手練れたるソーマ様、この男を、どうぞ、哀れと思し召して、俺たちに…スーリヤの恋を成就する手立てが、どうにか、ないものか、お知恵を拝借できないものでしょうか?」
「お、おい、オリヴィエ…おまえ、一体何を言い出す?ソーマ様は並ぶ者なき天空神のお一人、俺がアンジェリークを我が物とする協力など、してくださるわけが…」
「黙んな!ソーマ様以上にあんたの心情も立場も理解してくれるお方は二人といない、これは多分…いや確実なんだ!ソーマ様は、実際、数多の障害ある恋を見事成就させた、いわば、あんたの大先輩なんだって言ってるだろう!障害ある恋の勝者、これ以上に的確な助言者が、どこにいるっていうんだい!」
「…くっく…それはそれは、身に余る評価のお言葉だな、サヴィトリよ」
「!…そういえば、俺も聞いたことがある…思い出した…あれは…あの神はソーマ様だったんですね?とある神が、神官の妻と情を通じ、その人妻を攫って夫に返そうとしなかったため、神界では大揉めに揉めたとか、挙句、生まれてきた子供が、輝くように容姿端麗で比類なく賢い子供だったから、その子が、元夫の神官の子か神様の御子か、二人が二人ともに自分の子だと主張して奪いあいになり、見かねてヴァルナ神が仲裁に入ったとか…」
「おいおい、火の地では、俺は、横恋慕した挙句、人妻を力づくでかどわかした悪漢とみなされているのか?」
「!…これは失礼いたしました…が、火の地では、そのように喧伝されておりましたことも事実。ですが、俺は、アンジェリークを力づくで奪いたいわけではない。俺は、彼女にとって何が幸せかを考えているだけです、俺が力づくで彼女をこの天界から攫い、男としての思いを遂げれば彼女が幸せになるとでもいうのなら、ともかく…ですから、オリヴィ…サヴィトリの申し上げたことは、あまり、本気でお考えくださらずとも結構です、もとより、そんな手段があるとも思えません…彼女は確たる身体も持っておらず、その上、俺自身、彼女に自由に会うこともままならぬこの身なれば…」
「ちょっと待ってくれ、スーリヤ、自己弁護するわけじゃないが、一応、誤解は解かせてもらいたいな。君は知らないかもしれんが、光の眷属は、女が、男を選ぶ、故に、俺が力づくで人妻をかどわかすなど、ありえないし、ましてや、意に沿わずかどわかされた女性がその男の子を産むことは、もっと、ありえない」
「!そういえば、たしかに。では、あの伝聞は…」
「火の地では、習慣か風俗の違いで、事実とは異なった伝聞がまことしやかに流布されたんじゃないか?俺が惚れた女性は、たしかに、当時、ある神官の妻だった。婚姻という契約を他の男と先に交わしていたから、その契約の破棄に少々手間取ったのは事実だった。ただ、俺たち光の眷属は、女性がその気にならなければ、男と情を通じることはありえないし、女性は物じゃないから、早いもの勝ちというのも、あまり意味がない、あくまで選ぶのは女性であり、女性の意思が第一だ、そして、神ほどじゃなくとも仙の人生は長い、なのに、たまたま、早くに出会っていたからというだけで、1人の男が女を独占するのは、俺にはおかしなことに思えた。だから、1度しかない、しかし、長い人生、その神官とこれからも添い遂げるのと、俺と情を通じあうのとどちらがいいか彼女に選んでもらうべく、俺はありったけの誠意で、俺の恋情を真摯に訴え、俺の魅力をアピールした、その結果、その女性は夫であった神官より俺を選び、俺と情を通じ…幸運にも子まで授けてくれた、それだけだ。たしかに時間はかかったし、乗り越えるべき問題が幾つかあったが…が、いい女というのは、そう易々と手に入るものじゃないから、ま、それは必要な対価だったと俺は思ってる、だからこそのいい女なんだしな」
「その女性とは…」
「ああ…彼女は仙とはいっても、人の身だったから…疾うに鬼籍に入っている。が、俺たちの子は…彼女が、子供は俺の子だと明言してくれたので、きっぱり、カタがついたんだが…俺の子だけあって、かなりのカリスマ性があったみたいでな、長じて地上で一国を興し、ある王朝の始祖となった、その家系は今も続いているはずだ」
「然様ですか…」
「ああ、いい恋だった。縁あって、幸運にも子も為せた、彼女はもう、この世にいないが、力を尽くし想いの限りに愛しぬいたから、何も心残りはない…」
ソーマ神が、一瞬、遠く、ここではないどこかに視線を投げた。幸せそうで、かつ、切なげな笑みが口元に浮かびかけたが、すぐ、ソーマ神は真顔になって、オスカーの方に向き直った。
「でも、君は…ウシャスに恋しているのは確かなようだが…想いを遂げるどころか、口説く処までも行けてないようだな、スーリヤよ」
「恥ずかしながらその通りです、ソーマ様。望んでも、アンジェリークと親密な時を過ごすどころか、彼女と自由にまみえることさえ、ままなりません。夜の女神ラートリー様から、夜間のウシャスの実体化は阻止すると明言されておりますゆえ、日々の責務である婚姻の儀の折しか、彼女と顔をあわせること能わず…」
「はっは…それはまた見込まれたものだな、ラートリーは真実、君を、ウシャスの脅威と…彼女を世俗の身に…いや大人にかな?させてしまいかねない脅威と目しているということだからな。それだけラートリーに警戒されるのも、君がウシャスをアンジェリークと呼ぶ唯一の存在だからかもしれんな…それにしても、君は彼女の真名を、いつ、どうして知った?」
「彼女自身から教わりました、俺が彼女と初めて出会い、名を尋ねた時に。「アンジェリーク」と呼んでくれと、彼女は長いこと考えに考えぬいた後に、俺にそう告げました。そして、俺のおかげで自分の本当の名前を思い出せたと、とても嬉しそうに笑った。その笑顔は、今も、記憶に鮮やかです。あの笑顔に…俺は…幼かった俺は一瞬にして、虜になりました…」
「詳しく…君がどうやってウシャスと出会ったか、始めから詳しく話してくれないか?」
請われて、オスカーは友人達に話したよりも詳細な経緯を、ラートリー女神との関係も含めてソーマ神に告げた。一通りの経緯を話し終えた後、オスカーは
「ソーマ様、差し支えなかったからお教えください、何故、アンジェリーク…ウシャスは悠久ともいえる歳月、あのように無垢なままでいられたのか、ヴァルナ神を始とする天空神たちは、何故、ウシャスの無垢を、ああも厳密に守ろうとしてきたのか、そして、彼女を無垢のままにおきたいのなら、何故、名目上のこととはいえ、彼女を太陽神に下賜するなどという、矛盾する行いを繰り返してきたのか…現実には彼女は永遠の乙女なのに…名目の上だけ、太陽神がウシャスを娶るなどと決めたのは誰なのか、何故、その手に抱けないとわかっているウシャスを、太陽神に与えることとなったのか…」
「それも…知ってどうするね?」
「それが、そもそも、問題の発端だとおもうから…原因を知らずして、問題の解決は覚束ないから」
「ふ…いいだろう、俺は君が気に入った、役に立つかどうかは別として、俺の知っていることは能う限り、君に教えよう」
ソーマ神は長い物語を静かに語りだした。
『何から話すか…
うん、そうだな、ウシャスの誕生から始めるのがわかりやすくてよかろう。
知ってのとおり、天父神と地母神は、この世界ー大地や海や川や空、いうなれば器だなーを創りだすと同時に、まず、世界のそれぞれの諸相を司る神々を誕生させた。自ら作り上げたとはいえ、この世界は広く、しかも、天父神は種々多様な命で世界を満たす気でいたーつまり、世界は、日々万物が誕生・流転・入滅を繰り返す、いわば巨大な有機体となる予定だったから、二神だけでは、到底管理しきれないのは目にみえていた。そこで、天父神の名代として、多くの神が生を受けたわけだが、まず、宇宙の諸相を司る天空神たちと大地を司る地神たちが誕生し、次いで天と地の間を繋ぐ神として風神が、そして、様々な命に恵みを与え、守護・管理する火神・水神たちが生みだされ、地上に遣わされた。ただし、この原初の神々の中に、元々ウシャスは存在していなかった。彼女は、天父神が創造した神ではなく、ある種偶発的に生まれた女神だったんだ。
驚いたようだな、無理もないが…
これは彼女が太陽神と深い縁があることとも関係しているんだが…話を元に戻そう。
天父神は、様々な形態の命を地に遍く満たそうと考えた。まず草木、草木を食べる草食の生き物、そして草食の生き物を食べる肉食の生き物…と、様々な命が、巡り巡って環をなし循環していく世界、そんな調和の取れた世界を創ろうと考えたんだ。そこで、大地に多種多様な命の種を蒔いてから、誕生する命が無事育つよう、万物を育み、地上に温もりと光とを遍く満たす装置として、太陽を作りあげた。命が芽吹いても、光と温もりがなければ、どんな命も育つ前に立ち枯れしてしまうからな。そして太陽が満遍なく世界を照らすためには、太陽を車輪にみたてて車を作り、天空を走らせるがよかろう、と決めた。だが、燃える火の玉である太陽が、万が一、勝手気ままな方向に転がっていったりしては危険極まりない、それではまずかろうということで、蒼穹神ヴァルナが天空の道を作ったわけだ、が、いざ、太陽を天空の道に走らせようと試みた時、太陽を御す力のある神は、光の眷属にはいない、ということに初めて気づいた。太陽の熱気や光量はあまりに凄まじく、間近で、その熱気を御し、眩さに耐えられる神は光の眷属に誰一人いないことがわかった。この世界全てを光で満たし、暖めるために作られた太陽の力は、全ての光の眷属を凌駕するほどに強烈だったからな。
そこで、天父神は、太陽を御す神として、5眷属の中でも、熱に最も強い火の眷属ー地上に「火」をもたらし、その火が絶えぬよう、同時に暴走もせぬよう管理監督を司っていた火神の中でも最も強い火力の持ち主を、急遽、天界に召し上げ、彼に光の性質と天空神としての能力を付与した。これが初代の太陽神だ。
その初代の太陽神が、初仕事として、東の神殿から太陽を出立させたその瞬間、地上に最初の陽光…生まれたばかりの一条の黄金色の光が、薄暮の闇に覆われていた世界に、迸った。と、その原初の陽光が凝って焦点を引き結んだその中に、光がそのまま具象化したかのような艶やかにして、初々しい少女が生じた。
今思えば…その時、世界は、生命の素ともいうべき命の萌芽に満ちていた、そこに、命を育むために創りだされた原初の太陽の、最も清新な光が降り注いだがために、光が結晶化して、一時的に生命が宿った…のではないかと思う。
とにかく、太陽の初運行を見守っていた天空神たちは、皆、曙光の中から、突如、初々しい乙女が現れた様子にあっけにとられた。が、すぐに、その少女の可憐な美しさに、揃って心を奪われた。曙光から生まれた乙女は、その肌も髪も、まさに「光の具現」そのものだったからだ。透けるように清らかで眩く、輝かんばかりに美しかった。その乙女は何をするでもなく、ただ、天空に存った。恐らく、この時点では、彼女には明確な自我や意識はなかったからだと思う。そして、太陽が中天目指して昇りゆき、その熱気と眩さが強まるにつれ、中空にたゆたう乙女の姿は徐々におぼろげにかすんでいった。太陽光の強さに負けて、曙光の乙女は儚く消えかけているのだと、太陽の運行を見守っていた天空神の誰もがわかった。曙光の乙女は、あくまで偶発的・一時的に生じた生命なのだろういうこともだ。が、少女は、あまりに純粋無垢であるがゆえが、自らが程なく消え行く定めであることを哀しむ様子もうろたえる様子もなく、ただ、幸せそうに、この世に光が満ちていく様子を見て微笑んでいた。原初の曙光が凝って偶然のように生まれたその乙女は、そのままなら、その日1日、いや、数刻の命…太陽の強力な輝きにかき消されて、それこそ泡沫のように敢無く消え行く筈だった…原初の太陽光から生まれたからだろうが、彼女が出現し漂っていた空間は、太陽が運行する天空の道の至近だったから…尤も、太陽ともろに衝突しなくとも、そして、その少女でなくとも、至近に迫る太陽の光量と熱気に耐えられる光の眷属などいないから、その少女は、程なく、太陽光に飲み込まれ、消え行く運命であることは、見守っていたー見守ることしかできずにいた光の眷族全員が理解しており…身悶えるような愛惜の念に駆られつつも、為す術もなく、可憐な少女の姿が薄れ行く、その様をただ見守っていた。と、太陽神がその時、声を…いや精神の限りに、天父神に叫んだんだ。
『天の父よ、初めて迸り太陽の光より生まれし輝ける命を、どうか、このまま見捨てたもうな、儚く消したもうな!どんな形でもいい!どうか…どうにかしてこの命を永らえたまえ!守りたまえ!』
と。それは、その場にいた光の神全員の真情だった。が、それを実際に声にしたのは、太陽神一人だった。
というのも、光の神は、現世に確として存るために、身体を付与されているが…いや、身体に、光の性が付与されているといった方がいいか…君が火の眷属、火の性を内包していても、火・その物ではないのと一緒だ。光の神々といえど、光の性を持つものの、純粋な光からは程遠い存在だ。が、眼前に生じた少女は、光の眷属の究極の理想、ほとんど混じりけのない、純粋な光の化身、凝縮した光の具現そのものだった、だからこそ、光の神々は、皆、理屈ぬきで、一瞬にして、その少女に惹かれたんだ。
が、光そのものであるがゆえに、その少女は、そのままでは、現世に存在し続けることは、不可能だということも、光の神々には、わかっていたんだ。純粋な光は、粒子となり、波のように広がって、可能な限り、遍く散らばりいこうとする性質をもつゆえ、非常に不安定なものだから…せっかく生まれた光の申し子の命をどれ程惜しんでも、程なく、それは消え行く宿命のものであると、光の眷属は一様にはなから諦めてもいたー助けたくとも太陽の傍には近寄れない、という以前に、最初から諦念ゆえ、光の眷属は、彼女が消え行くに任せるほかないと、思い込んでいたのも事実だった。
その運命に、真っ向から抗おうとした…諦めずに、声を限りに『どんな形でもいい、彼女を助けてやってくれ』と声をあげたのは太陽神だけだったんだ。
が、それが…太陽神と暁紅の女神・ウシャスの関係性をーどの神よりウシャスに近づけるが、決して、彼女をその手にはできないという、太陽神の特権であると同時に、苦悩の根源となってしまう関係の始まりとなってしまうんだが…
が、その時、太陽神の渾身の懇願に心を動かされた天父神は−万物の父であるディヤウスは、一度生まれた命はすべからく愛しく思うものだったしなー思いがけず生を受けた暁紅の乙女を、どうにかして、現世に留まれる形にできないものか、必死に考え始めた。光の性質そのままに、彼女の姿は刻々ときえつつー満遍なく世界に散り行きつつあり、とにかく早急に、どんな形でもいいから現世に定着させる方策を捻りださねばならなかった。今から彼女に肉の身を与えることは、不可能ではなかったが、現実には難しかった。器を作って後から精神をいれるのではなく、彼女は既に純粋な精神体として生まれていたから、いわば、後付で肉体を付与しても、器に馴染むかどうかわからなかった。しかも、太陽が間近に迫っている今、あわてて身体を与えたとしても、光から生まれた乙女は、結局、太陽の熱気に負けてかき消されてしまう可能性が大きかった。太陽の熱気に耐えられるのは、火の眷属でも最高位の火力を持つものだけだし、その乙女は火の子ではなく、光の子であることは明白だったからな。だが、漫然と手をこまねいていても、結果は同じこと…彼女は、ただ消えてしまって、それで終りだ、そこで、天父神は苦肉の策を考え出した。
ならば、いっそのこと、破壊と再生の両面を持つ聖なる火にーつまり太陽の焔で乙女を敢えて燃やし尽くそう、と。太陽の熱気に負けて漫然と消えてしまえば、乙女の命数はそれで終るが、聖なる炎が進んで乙女の身を焼き尽くすのなら、後刻の再生が果たせよう、その再生を無限に行えば、彼女の自我は同一性が保たれる、つまり、彼女の命は連続して続くのと同じではないかと、一種のレトリックというか、肉体を滅しても、精神を存続させられれば、それも一つの命だという逆転の発想を、天父神は捻り出したんだ。
地上で火神アグニの司る聖火にくべられ、燃やされた供物は、純粋なエネルギー体に変化し、ここ天界で再び、種々の物質に再構築される…聖なる火で燃やされたものは、再生できるというという原理、というか、理屈を応用したんだな。そして、火神アグニの司る聖火と同じほどに、神聖な炎ー太陽はそぐそこにあったのだから。
かなりの絡め手だったが、この時点で、暁紅の乙女を儚くさせないためには、これしか方法がなかったのも事実だろう。彼女が最初から高次元の精神体ー確固たる身体を持たずに生まれた存在だったことも、この方法に向いていた。
ただ、彼女を精神体のまま、その人格を保たせようとするこの方法では、彼女の純粋な光の性質をそのまま損なわずにすむ一方で、乙女の実存は、不安定なままであろうという予想もされてしかるべきだった。が、この時は、とにかく彼女の命を永らえさせることが、最優先だったんだ。
そして、太陽光に焼かれて無限に再生を繰り返すことは、悠久の時を生きるのと同義、なら、暁紅の乙女を、女神として任じ、司る使命と役割を与えねばならぬと考えた天父神は、乙女に「暁紅より生まれし天の娘よ」と声をかけ…君が知っていた「アンジェリーク」という名は「天の娘」を今の言葉に置き換えたものだな…「太陽に先駆け、この世の生き物に等しく目覚めを与える者」としての役割と『輝く曙』…ウシャスという女神の名を与えることを決めた。この世で最初に迸った陽光から生まれた乙女に、これ以上に相応しい神職はなかっただろうな。
次いで、太陽神に「乙女をその手に抱き、太陽の聖なる炎で、その身を焼き尽くしなさい。乙女の身は、あなたの腕の中で一度燃え尽きますが、太陽の炎に焼かれることで、乙女は、明日の夜明けに、再び蘇ります、これ以外、乙女の命を永らえる方法はありません」と告げた。
そして意を決した太陽神の腕に捕らえられ、抱きしめられて…彼女は爆発するように飛び散って消えた。
翌日の夜明けを、天空神たちは、落ち着かない気持で待ちわびた。あんなに長い一夜は、なかったな…
そして、翌朝、天空の道の出発点である東の神殿に、光が凝って彼女は無事、実体化した。そして、女神としての務めを、その純粋さから、この上ない生真面目さで果たし始めたんだ。
本性が、誰よりも純粋な光に近いウシャスは、天上界でも、もっとも清明で輝くほどに美しく愛らしいだけでなく、その精神もまた、ひたすらに純真だったから、その純粋さ、無窮ともいえる優しさで、地上の万物に等しく情愛を注ぎ、麗しい目覚めを与えた。
天空神は皆、等しくウシャスを愛しく思い、太陽神は、ウシャスの命を繋ぐため、彼女の再生を果たすため天空の道を先駆ける彼女を追って抱きしめ、その身を焼いた。
最初の数千年は、こうして、つつがなく過ぎていった。
が、その間に、ウシャスを焼き尽くすことで、彼女を再生させる太陽神の心に、少しづつ『煤』のようなものが溜まっていたんだ。
そして、一方では、たった一人、ウシャスと間近に接することのできる太陽神に、天界の神々は屈折した情念を抱いていた…ウシャス誕生のその瞬間から、厳然と、な。
ここまで、語ったところで、ソーマ神は、一杯神酒を飲み干し、語り詰で渇いた喉を潤し、一息ついた。