醸造に一晩かけー通常の神酒には、ソーマはそれほどの手間はかけないし、付きっ切りで醸造の様子を見守ることも無い、なにせ、必要とされる神酒は量も種類も膨大だから、ある程度は神官たちに任せないと供給が追いつかないのだーその甲斐あって、ソーマは思い描いていた通りの、つまりは、会心のできの酒が醸せた。ソーマ神は満足気に笑むと、酒壜に風雅な封蝋を施し、月が天の道上にある刻限を見計らって、ヴァルナの許を訪れた。
ソーマ神に限っては、どの神を訪れる際も、取次ぎは求められない。彼は、いつ、どこにでも、誰のもとへも、堂々と、遠慮なく訪ねていける。だが、月神である俺が、蒼穹神ヴァルナを訪ねるのなら、月が昼日中の天空にある時の方が、自然な印象を与えるだろう。
そう思って、日中、天神界の最上層に赴いてみれば、ヴァルナ神は、己が宮で一人、瞑想に耽っているかのような佇まいを見せていた。
どうやら、彼の精神は、今『此処』にはないらしいことが、雰囲気で伝わってくる。丁度、スーリヤと意識を同調させ、彼の目を通じて、地上と、その地に住まう民の様子をみているのだろうか。
仕事の邪魔をする気はなかったし、急ぐことでもない、むしろ、ことを慎重に進めたいソーマ神は、おとなしく、ヴァルナの様子を見守る。
ヴァルナは決して仕事に手を抜かない。地上の監督など、1日に2、3回、数分づつしか行わずとも、誰からも咎められたりはしないのに、可能な限り、地上の民や動物たちの様子、気候に目を配る。契約神ミトラが、神々や人が天則と契約を交わす際しか仕事をしないー仕事がないーのと対照的だ。
ただ、彼らは二人で一対の神であるが故に、常に付かず離れずの距離にいることが多かったが…今は、最上宮にミトラ神の気配が感じられなかった。ヴァルナが退けたか、ミトラから離れたかはわからぬが、過日、ウシャスの恋を巡って、彼らの見解が真逆に分かれたことと、関係があるのは、あきらかだろう。
と、来訪者の気を感じとったのか、ヴァルナ神が、ふぅっと夢から覚めるように瞳を開いた。豪奢な金の睫に彩られた紺碧の瞳は、まさに、輝く陽光と蒼穹の象徴のようだった。
「ソーマ、来ていたのか」
ヴァルナは、ソーマ神が手にしている瀟洒な酒の壜をみとめ、彼の来訪の理由を察した。
「わざわざ、そなた自ら赴かずとも、よいものを…」
「そうつれないことを言うな、最近、気候が良くて、作物の実りが豊かなので、神酒のできばえもよくてな、自分でも会心のでき、自慢の一献となればこそ、直に評価を聞きたいと思うものさ」
「そなたは酒神ソーマ、なくてはならぬ掛け替えのない存在として、すべての神々から敬意を払われ、民草からの崇拝も篤い、なのに、今更、酒の出来を、私という一個人から褒め讃えられたいなどと思うのか?」
「おまえは、物作りの心理がわかってないな、ヴァルナ、自分の腕前に自信のあるヤツ、そして、自分の作品の出来に自信があるヤツほど、直裁に感心して誉めそやして欲しいものなんだ。物作りは、性根が単純にできているのだよ。自分の作品と、それを作った腕前を個々人に認められる方が、祭祀で捧げられる無数にして無条件の崇拝より、よほど嬉しい。逆に、神だからという理由で捧げられる敬意は…ありがたいといえば、ありがたいことなのだろうが、正直、そんなに嬉しいものでもない」
「…そういえば、トバシュトリも何か発明するたびに「すげーだろ!」といって見せびらかしに来ては、聞かれもせんのに延々と効能を解説し、しかも、こちらが相槌をうちつつ感心しないと、すぐ膨れるので、扱いにくくて敵わんと思っていたが…発明品が採用され、宮の各所に配されること、すなわち、才を評価された証であるし、結果、自然とトバシュトリの名声は高まるのだから、それでいいではないかと私などは思うが、一個人の私的な褒め言葉の方が嬉しいとは、よくわからぬ心理というか…物作りとは、そういうものなのか、ふむ…」
「ああ、なので、会心の出来栄えだと思う作品は一人でも多くの者に直に味わってもらいたいし、賞賛は、この耳で直に聞きたい。そこで得た賞賛が、また、新たな創作意欲の糧となるからなんだが…どうも、今日は、宮に、ミトラの気配が感じられないな、珍しいことだ、どうした?」
「…対の神といっても、いつもいつも、一緒にいるわけではない」
「ほぅ…残念だな。まあ、最近、地上は豊かに栄えるばかりだから、次回も、かなり良い質の酒が届けられるだろうから…ミトラには、その時、味わってもらうとするか。豊作は此処暫く続くだろうしな。いや、まったく、現・スーリヤが就任してからというもの、作物の収穫が安定するようになって、俺は、とても助かっているんだ。現スーリヤの働きは、目覚しく輝かしいものがあるな、こんなに気候がバランスよく安定し、地上が栄えるのは、数世紀ぶりじゃないか?おかげで民からの供物も、近来になく豊かになってる、量も種類も共にな。ために神酒の味わいにも深みが増す。今回の酒の出来がいいのは、半分は、スーリヤの働きのおかげといっても過言ではないぞ」
「ああ…確かに、執務に関しては…あのスーリヤは、全く否の打ち所がない。実直かつ真面目に己が職務に取り組み、万事につけ基本の能力も高い…その上、火の眷属の出自にしては、天界神の特質や能力をよく理解し、見事なまでに、与えられた力を使いこなしている…」
「おまえも有能な目をもてて、よかったじゃないか、暫くは世も安泰だな…と言いたい処だが、それにしては、何故、そんな苦虫を噛み潰したような顔をしてるんだ?ヴァルナ。顔だけ見たら、とても賞賛の弁を述べている最中とは思えないぞ。むしろ、逆に、現・スーリヤに何か不満でもあるようにしかみえん。言葉の上では否の打ち所がない、と評価しているのにも拘らず、感情は対極にあるかのようだぞ?」
「いや、私は、彼の者の能力は高く評価している、その言に偽りはない。ただ…簡単にいうと、現スーリヤは、太陽神にしては、諸事に精通しすぎている、頭も切れる…切れすぎるほどに、だから、それだけ、扱いづらいというか…やっかいなのだ…」
諸事に精通しているか…、その半分くらいは、俺が情報を与えたせいかもしれん、だが、スーリヤは、持ち前の聡明さと回転のよさで、誰に教えられずとも、天界神ならではの能力も己の物にしていたようだし、天界の構築したシステムの意味も、その欠点も、自分自身で考察し、そのカラクリに気づいていた。俺が、してやれたのは、本当に些細な情報提供ー彼の推測に裏づけを与えたくらいで、ほんの補佐程度のことしかしていない、それだけ、あのスーリヤは稀有な才覚と能力の持ち主なんだ。ソーマは、ヴァルナに、オスカーのことを、こんな風に手放しで誉めそやしたいという誘惑をすんでのところで抑えこんだ。今は、まだ、詳しい事情は知らないふりを装う方が得策かと踏んだからだった。そこで、ヴァルナの心情を、もっと詳細にあかさせるため、わざと、ヴァルナを刺激する言葉を口にして…つまりは、かまをかけてみようと考えた。
「ふむ、太陽神としての義務を不足なく果たしている以上、働きに見合う権利もよこせ、とでも言ってきたか?…例えば、ウシャスを真実、己が妻によこせ、とか、名目上の夫婦関係では、満足できんとか…」
「そなた…何処からそれを聞いた?!」
「…即位と婚姻の儀の際の、現スーリヤのウシャスへの執心ぶりを思い出せば、誰だろうと、これくらいの憶測はできるだろう、不思議なことでもないさ。だが、考えてみれば、スーリヤが、そんなことを言い出すのは、今に始まったことじゃない、むしろ、いつものことじゃないか。天界は、ウシャスを存在を保つために、スーリヤのウシャスへの執着心を煽るだけ煽ってきたのだから。だが、それの何が問題になるというんだ?スーリヤが何を欲しようと、どれほど己が権利を主張しようと、その手に抱いた瞬間に消え去ってしまうウシャスを、現実に、妻になど、できるわけがないのだから…」
「それが、今度ばかりはそうも行かぬ。ウシャスが…ウシャス本人が、あのスーリヤと真実、夫婦としての契りを交わしたいと自ら言い出した…あのスーリヤが、ウシャスに恋を教えてしまったが故に…」
「ならば…ヴァルナよ、それこそ、何が問題だ?ウシャス自身が望んでいることなら、何も問題はあるまいよ、ウシャスは、スーリヤの妻だ、これは天則に認められし事実であることは、明白じゃないか、なのに、二人が真の契りを交わすことの何が問題になるのか、俺にはわからんな。なあ、ヴァルナよ。ウシャス本人が望んでいるというのに、何故、彼女にスーリヤとの恋を認めてやらん?」
「ソーマ!ことは、そのように単純なものではない!そなた程の者に、それが、わからぬはずがあるま…」
激昂しかけたヴァルナ神は、突如、何かを察したように、大きく瞳を見開くと、重々しく、搾り出すようにこう言った。
「そなた、ウシャスが恋を知ったと聞いても、驚く気配を見せなんだな…スーリヤとウシャスが、どのようにかして、言葉を交わし、心を通わせてきたなどということ自体、本来、信じられぬことのはずなのに…ということは、だ。そなたも…知っていたのだな、どこまで詳しくかは、わからぬが、スーリヤとウシャスの今の関係を。その上で、スーリヤに思いを遂げさせてやれと、私に進言したのだから…つまりは、そなたは、スーリヤの側に立つ者ということか…」
ヴァルナの一足飛びの結論に、ソーマの方が括目する番だった。俺は、ウシャスの恋を認めてやれと言っただけだ。スーリヤのことは何も言及せず、いかにも、こんな単純で簡単な話がなんで、そんなに深刻な問題になるんだ?とでも言うように、故意に軽い口調で、いかにも、表層的な事実だけをなぞるような言葉を発しただけだ。「それは、そうなんだが…」とヴァルナに思わせられれば成功、説得の足がかりになるだろうと思ってのことだったが…、流石に、ヴァルナは、そう易々と誘導に乗ってはくれなかった。しかも、どうやら逆に、俺の意図を汲まれてしまったらしい。
ソーマ神は苦笑しながら、観念したように頷いた。
「ああ、そうだ。この際だ、はっきり言わせてもらおう。俺は、スーリヤとウシャスが、真剣に愛し合っているのに、おまえが、二人の仲に干渉…有体にいって妨害をするのか、どうにも解せん。彼らは、天則に認められし夫婦だ、本来、おまえに二人の仲を反対する論拠は、何処にも、何もないはずだ、いや、天則に認められし夫婦の仲を裂こうという振る舞いは、それこそ、天則に背くことなるんじゃないか?」
「私は彼らの仲を反対や妨害したいわけではない、現状維持を…今まで通りのウシャスとスーリヤの関係性を保たせようとしているだけだ、だから、これは天則に背くことにはあたらぬ。だが…契約外の関係であろうとも、当人同士の気持が…恋が何よりかにより大事と、恋情を貫いたそなたなら、私の考えに肯首せんのも当然、スーリヤの側に立つのは、むしろ必定か。しかし、契約など、なんとも思っていなかったそなたが、今度は、天則を盾にとって、二人の仲を認めろと、私を脅し、動揺させるようなことをいうとは、まさに、人は変われば変わるものだな、ソーマよ」
「皮肉はよしてくれ…第一、俺の昔話は関係なかろう」
ソーマは、情けないことに、この、ヴァルナからの皮肉という攻勢に、若干、動揺した。何故、ここで、ヴァルナが俺の過去を持ち出すのか?と。
「大有りだ。私が、何故、ウシャスの恋情に干渉せざるを得ないと思う、そなたの事例を通して、男女間の恋情というものの、不確かさ、危うさ、その結果もたらされる心痛を、つぶさに見せられてきたからだ、だからこそ、私は、あやふやで信用ならぬ恋などという感情を信じることができぬし、一時、情念の勢いに任せて得られる物と、結果もたらされる心痛とは、引き合わぬと思うようになったのだからな」
「…なんだって?どういうことだ!?」
「私は、恋という激しい情動を、己が身で味わったことはない。が、だからこそ『恋』という心の動きと、それがもたらす結果を客観的に捉えられると思っている、それを、私に学ばせたのは、紛れもない、そなたの恋愛沙汰だった。かつて、そなたは、ある神官の妻女を…人の妻を愛した。夫がいる身でありながら、その女性もそなたを愛した。それは認めるな?」
「ああ…」
「その女性は人妻だったのだから、そなたに出会う前は、夫である男と愛し合い、契りを交わしていたわけだ。が、そなたの恋愛が証明した。既に契りを交わした相手がいても、それ以外の者を、人は愛してしまうことがある、と。そして、女がそうなら、男だって同様だろう。誰かと愛しあい、既に契りを交わしていても、それ以外の誰かを好きになることはある、ということは、言い方を変えれば「不変の愛」「永遠の愛」などというものは、存在しないか、あっても、極珍しいものだということだ。特に、我ら光の眷属は、他眷属に比すと寿命が長いから、尚更「不変の愛」を貫くのは難しいのだろう。だからこそ、光の眷属は、生涯にわたる配偶者を決めることは稀で、その時その時で子をなす相手を随意に決めるか、せいぜいが期間を定めた契約婚が多いのだろうな。私は、そなたの事例を通して、その理由を体得したといっていい。長い歳月の内に、心は変わるもの、想いは褪めるのが普通なのだ、と。しかも、契りの有無や法的な契約の有無も、愛を保証するものではないということも、図らずも、そなたの恋愛沙汰が証明している。今まで契りを交わしてきた相手との恋情も冷める時は冷めるし、一度冷めてしまえば、他の相手と情を通じることに、なんら感情に障壁などなくなってしまうこと、だからこそ『恋』という嵐のような感情の前では、何物も制約にも制動にもならぬし、一度、新たな恋情に囚われれば、永年培ってきた信頼関係もそれまでの愛情も、あっけなく瓦解してしまうこともある、ということも、そなたの恋愛沙汰に、私は教えられた。ことほど然様に、そなたの恋の相手が、人妻であったことが、私に、恋心の儚さ危うさ、男女の契りの頼りなさを、私に知らしめたのだ」
「っ……」
ソーマ神は、言葉を失った。
ヴァルナは、妙に、恋愛の、しかも、否定的な側面にばかり精通しているとは、感じていた、そして、世事に疎そうなのに、何故と疑問にも思っていた。それが…俺の恋愛沙汰、天界を二分したあの醜聞を通して、恋愛の本質を学んだからだと?
「ここまで言えば、わかるであろう?私が、ウシャスとスーリヤが、思いを通ずることを危ぶむ訳が。私が危険視しているのは、彼らが想いを通わせること、そのものではなく、その後のことだということも。現スーリヤは、確かに、今この時点では、何にも負けぬ強い思いで、ウシャスを愛しているのだろうし、ウシャスも、また、若きスーリヤの情熱に心動かされ、惹かれ、恋の喜びを知った、そこまでは認めてもよい。が、スーリヤのその情熱はいつまで続く?誰にもわかるまい。契りを交わすことも、それこそ何の保証にもならぬ。むしろ、飽きを速める可能性さえあろう。天則に定められし夫婦であるという事実も…法や規則では、形式は保てても、感情を留めたり縛ることはできぬ、そんなことは、そなたの方が、先刻承知であろうよ。そして、色あせ、香気を失った恋の残骸を引きずること、これが、どれほど醜悪で、見苦しい事態を引き起こすか…そなたも、知らぬわけではあるまいよ」
「彼女の夫のことか…」
「そうだ。あの時、男女の間柄というのは、本当に、手に負えぬ厄介なものだと、ほとほと痛感させられた。片方の気持が冷めたら、自動的に他方の気持も冷めるのならいい、何の面倒もない。それならば、私だとて、スーリヤとウシャスの仲に干渉などしなかっただろう。が、そう上手くはいかないのが、恋情だということを、否応なく、そなたの一件で知らされた。片方にだけ、未練や情が残っていると、その者が、どれ程、苦しみ、なりふり構わず足掻くかも…自らの正当性を言い募り、味方を集めることで周囲を巻き込み、天界を二分する争いを引き起こし、果ては、誰から見ても明らかであるのに、子の父は自分だと、あくまで言い張り…そなたからすれば、見苦しいだけの振る舞いも、彼の者にとっては、苦しさの余り、どうしようもなく、のたうつようなものだった。恋の勝者であるそなたには、その気持はわからなかったであろうがな」
「だから、皮肉はよせ…それに、あいつは…彼女を愛していたんじゃない、自分の面子にこだわっていただけだ」
確かに、俺が惚れた女は人妻で、彼女の夫は、面子やら、所有欲やら、規範意識を振りかざして、既に心は離れていたのに彼女を手放そうとしなかった。だから、争いが起きた…『夫婦間の愛情は既に冷めきっていた』という実情を重視する者は、俺と彼女の味方になってくれ、夫はあくまで夫なのだから、彼の面子や権利を守るべし、という実態より規範を重視する輩が、彼女の夫の味方となり…いつの間にか、それぞれの考えに賛同するものが増えていき、大きな塊となり…いつしか天界は二分されて、争いが始まった。元はといえば、俺と彼女の個人的な恋愛が、天界を分かつ争いになってしまった。彼女が身ごもったことで…普通なら、単純にめでたいことなのに…子供が、夫か俺の子かで、更にもめた。ヴァルナの言う通り、その子は俺の子だというのは誰が見ても確実だったが、彼女の夫は、明白な事実を認めず…権利の侵害やら、面子とやらに拘った分、事は更にややこしくなり、無関係な者をも巻き込んだ感情的な争いは長引き、天界は混乱し、俺たちは疲弊した…。
これら一連の騒動をヴァルナがいかに、苦々しく思っていたかが、ヴァルナの痛烈な皮肉からわかり、ソーマ神は、こう返すのがやっとだった。何の効果はないとわかっていてもだ。
案の定、ヴァルナは、ぴしゃりとソーマの言を遮った。
「それは、今となっては、どうでもいいことだ。私が言いたいのは、そうなった時、なりふりかまわず足掻いて醜態をさらせるものは、むしろ、幸せなのやもしれぬということだ。スーリヤも、ウシャスも、相手の気持が冷めたからといって、醜態をさらすとは、とても思えぬからな。むしろ、きっぱりと潔く身をひいて、きれいに関係を清算しようとするように思える。だが、そうなった場合を考えてもみろ、特に、ウシャスの気持が変わっておらぬのに、スーリヤの気持が冷めてしまった場合だ…承知のとおり、火の者は気性が激しい、私には、熱しやすく冷めやすく思えるから、心配なのだ。そうなった時、彼女はどれほど、哀しみ、嘆くか…しかし、ウシャスは、恐らくは、健気に己の心の痛みに堪えてしまうのではないかと思う、スーリヤには、恨み言の一つも言わずに、だ。それは、みっともなく相手に縋りつき、醜態をさらすより、傍から見ると、潔いだけに、余計に哀れなこととなろう、そして、私は、そんなウシャスの姿を見るのは忍びがたい、耐えられぬのだ」
「そうなると、決まったわけではない、俺は…少なくとも俺は、生涯、ターラーを…好きになった女を、彼女がこの世を去る瞬間まで愛し抜いた、スーリヤが同じではないと、どうして言い切れる?!」
「そなたとスーリヤでは、前提となる条件が絶対的に違う、そなたの恋情が熱かったのは、その女性が「他人のもの」という側面があったからではないのか?他人の物を誘惑し、奪うという興奮、愛してはならぬ者を愛するという禁忌を犯す、その行為自体に麻薬のような快楽を見出し、酔いしれはせなんだか?そうではなかったと、そなた、言い切れるか?」
「その侮辱は…彼女が人妻だったからこそ、俺が彼女に惹かれたというのは…いくらなんでも聞き流せんな。彼女が人妻だったのは、俺にとっては不運な結果論にすぎない、彼女が彼女だったから、俺は、彼女を愛した、それだけだ」
「では、そなたは、その女性の内面と本質に惹かれたー肩書きや身分・立場ではなしにーということで、今の言は取り消し、謝罪しよう。しかし、そなたがその女性が愛しぬけたのは、彼女が神官の妻女、神殿付きの恩恵を受け、人にしては長命ではあっても、神に比すれば寿命の短い、あくまで人の身であったからではないのか?そう長くもない歳月なら、心替わりしないことも、ありうるだろう」
「ぐ…」
「して、その寿命の差、これも、また問題となる。寿命の異なる種族の恋愛は、たとえ、心変わりがなくとも…否、心替りがなかった場合、その方が、残される者も去る者もより辛い思いをするではないか。私が、ウシャスとスーリヤ二人の仲に反対する二番目の理由がこれだ。かの妻女が、人としての寿命をまっとうした時のそなたの気落ちぶり、嘆きぶりは、並大抵のものではなかったではないか。しかも、そなたが、かの女性との間に設けた子供も、結局は、同じだ。神の血を引いたゆえに、人の身としては傑物、図抜けた才を持っていたからこそ、一王朝を築いたのだろうが…生粋の神でない以上、寿命だけは、どうにもならず、あくまで人としての生涯を終えたが、その時も、そなたの気落ちぶりは…人の子として生まれた以上、神であるそなたをおいて先に逝くのはわかっていたであろうに、それでも、その時のそなたの気落ちした様子を、私は今もよく覚えている。その後も、そなたは、そなたの血を引く子々孫々を何人見送った?あまりに血が薄まったせいか、中途から見守り数えるのを辞めたのは、そなたにとっても、良いことだと思ったが…先に死んでしまうのがわかりきっている相手との恋愛も、そういう相手と子を為すことも、楽しく幸せな時間は極短く、その後に続く寂しい物思いの時間の方が、ずっと長く大きかったではないか。少なくとも、私には、そうとしか見えなかった。そして、火の眷属は、概して、存在が不安定だ。ウシャスとは別の意味で…寿命という点では、光の眷属とは比べ物にならないくらい短いのが普通だ。となれば、もし、先にスーリヤに身罷られた時、その、どうしようもない運命に直面したウシャスが、どれほど嘆くことか…その時、哀しみと衝撃のあまり、彼女自身が消滅しないと誰にわかる?」
「だが、おまえも見ただろう?ウシャスの凛とした強さを、あの精神の輝きを。彼女は、もう、それほどか弱く頼りない女神ではない、彼女の心を信じてやれないか?」
「そなた…今のウシャスの様子をどこからか垣間見たのだな、なら、逆に話は早い。ならばこそだ。その、精神の強さを彼女に与えたのは、ほかならぬ現スーリヤであろう?スーリヤとの恋心であろう?。となれば…その心の強さの源が無くなった時の反動がどうでるか、そなたは、その想像がつかぬか?それが恐ろしくは無いのか?先日のウシャスは、確かに立派な振る舞いで、心の強さをしなやかさを我らに見せた。が、その強さはスーリヤを強く思うが故。その強さがスーリヤに培われたものであるならば…スーリヤを失うようなことがあれば、それと同時に、ウシャスの精神を強く支えていた支柱も喪失するのではないか?その時の反動が、どういう形に出るか…それを私は懸念しているのだ、いや、彼女が恋ゆえの強さを見せる程に、私の懸念は高まるばかり、この恋が褪せた時の揺り戻しを案ぜずにはおれぬ。最悪の場合、彼女にその意思はなくとも、彼女は衝撃のあまり、光の粒子となって、そのまま二度と元には戻れず…結果として、スーリヤの後を追うことになってしまうかもしれない。そんな可能性も考えられるような状況に、私は、ウシャスを行かすわけにはいかぬ、ウシャス本人がそれを望もうとも、誰がなんと言おうともだ」
「どうしてもか…」
「ああ、現スーリヤが、天空神並の寿命を…つまりは永劫の命を保って見せると豪語していることも、ウシャスへの愛は生涯変わらぬと宣言していることも、ウシャスの口から聞き及んでいる。しかし、言葉で言うだけなら、誰でもできる。私は根拠も証拠もない言を信じて、ウシャスを危地に追いやるわけにはいかぬ。こういってはなんだが、スーリヤは替えのきく神だ、候補を見出し育てるのに時間はかかっても、だ。だが、ウシャスは違う。ウシャスは、命の萌芽に満ちた原初の世界で、そこに迸った最初の太陽光から、偶然のように生まれた命だ。成熟した、今のこの世界で一度滅してしまえば、再現も再生も、ほぼ叶わぬと見るのが道理だ。しかも、彼女は、この世のすべての生き物を目覚めさせるという、取替えの効かない役割を担ってしまっている以上、彼女を失うことは絶対にできない、そして、私は天父神より預かったこの世界を、預かった形のままで保つという使命があるのだ、何の保証も無い危険な賭けはできぬ、たとえ、ウシャスを泣かせることになっても、彼女を失くすよりは、ずっといい」
「なるほどな…おまえ自身のものではない…預かり物の世界では、冒険はできんか…」
「挑発には乗らぬぞ、私は、責任とは、そういうものだと思っているのでな」
「なら、ヴァルナ、最後に一つだけ聞いておきたい。おまえは知っているか?ウシャスが夜明けの儀式の際、実体化できる時間が、少しづつではあるが、延びていることを」
「なんだと?」
「今まで、ウシャスは、太陽神の手がその身に触れた瞬間、爆散するように消えていたな」
「当然だ。太陽の至近でその熱波に耐えて存在できるのは、太陽神だけだ、だからこその太陽神なのだから」
「ところが、今、ウシャスは、スーリヤの腕の中で、10数える程の時間、存在できるという。それも、現スーリヤが着任当時でも、3、4つ数を数えるくらいの間、存在できたらしい、これだけでも前例のない、驚くべき事態なのに、今は、更に…僅かずつとはいえ、確かに、ウシャスの存在できる時間が延びてきているんだ」
「…でまかせを…と言いたい処だが、すぐさま虚偽としれるような事をそなたが口にするはずがない、となれば、それは、真実か、限りなく真実にみえるよう偽装した巧みな嘘のどちらかか…」
「おいおい、それこそ、俺が嘘をついたって、自分の首を絞めるだけじゃないか、第一、光の者に嘘をつくほど、無意味で恥ずかしい行いはないだろうよ。つまり、俺の言い分は真実だ。なにせ、俺だって、初めてそれを聞いた時は耳を疑ったのだから。なんなら、ウシャス本人に確かめてみればいい」
「そこまで言うか。では、それが真実だと仮定して、だ…そなたは何が言いたい」
「その意味するところを考えてくれ、俺が言いたいのはそれだけだ」
「…考えておこう、もっとも、だからといって、私の信念や信条が変わるとは、ゆめゆめ、思うなよ」
「承知…したくはないので、その返答は預かりということにしておいてくれ」
「そなたが、私の返答をどう扱おうと、それは、そなたの自由だ、好きにするがいい。それとだ、ヴァルナは、言葉では、なんと説得されようと、考えは変える気はない、とスーリヤに伝えるがいい。誰が、どんな言葉を重ねようと、決して、私の気は変わらぬ。私の決意を覆したくば、私が二人の仲を肯首せざるを得ないような、目に明らかな証拠を…スーリヤの気が変わらぬ証拠と、スーリヤの永年の在位を示す証拠、二つあわせて私の目前にもってこい、とな。ウシャスの言葉では、だめだ。私は、ウシャスの言は信じる、ウシャスは己に関しては、誠しか口にせぬからな。しかし、スーリヤに吹き込まれた事は、ウシャス当人の事でもなければ、真実とも限らない。また、ウシャスの気持が変わることは、何も問題はないから、これも証明にはならぬ。ウシャスの気持ちが冷めても、スーリヤは消え去る危険はないし、第一スーリヤの替えはいくらでも効くからな」
「何故、俺にいう?直接本人に…こんな無礼千万な台詞を、いえるものなら、だが…言えばいいじゃないか」
「下手に期待されても困るから、私は彼奴に、直に目通りを許す気はない。仕事の進捗状況は、彼奴の目を通せばわかるから、報告も必要ない。彼奴には、もどかしいことであろうとも思うし、気の毒だとも思う。が、ウシャスを我が物にしたいという彼奴の望みは、ウシャスにとってあまりに危険であるがゆえ、許諾はできぬ。そして、そなたは、遠からず、スーリヤに会いに行くはずだ、私に対するように、直に神酒を届けるという大儀がいつでも用いえよう、ならば、そなたは、その折に、この、私の真意を…真意だけを、曲げず歪めず、彼奴に伝えるだろうからだ」
「……」
「この、私への訪問も、新しい神酒は口実だったのだろうが…それでも、そなたが、いい仕事をしているのは、確かだといっておこう。この神酒、事実、近来稀に見る出来栄えのようだ。深みのある味わいといい、まろやかな舌触りと、スッキリした後口、そして、芳醇な香…まこと、例えようのないほどに、すばらしい」
「…だから、それは、スーリヤが気候を安定させ、大地を栄えさせている成果なのだよ。俺の醸造の腕が、いくらよくても、いい材料がなければ、これほど、いい酒はできん。それは評価してやってくれ」
「承知した」
やれやれと、いった風情でソーマは肩をすくめた。
『まったく一筋縄ではいかんヤツだ。頭が固いとはいっても、信念が強固なだけで、思考が固いわけではないから、尚更、扱いに困る。論理の構築には隙がなく、ウシャスへの厳しい裁断も、本質的には彼女の無事を祈ってのものだし…まったく天父ディヤウスが、このヴァルナを天則と世界の管理人に選んだのは正解…というより、これ以上の適材はない人選だったな』
しかも、あの場でも思ったが…恋愛心理に関して、妙に詳しいと思ったのはーそう経験があるとは思えなかったし、正鵠を射ているとはいっても、その恋愛観は否定的・悲観的な解釈のみで構成されていたが…まさか、それが、俺と彼女との恋愛スキャンダルをつぶさに見ていた結果、得た知識だったとは…ソーマは、思わぬところで、過去の因縁に絡め取られ、足をすくわれた気分だった。
『すまんな、オスカー、こんなところで、昔の自分に足を引っ張られるとは、思ってもいなかった』
スーリヤの友であるサヴィトリは、俺の醜聞沙汰を知っていたからこそ、俺がスーリヤの心強い味方になると見込んでくれ、実際、俺は、やつの思惑通り、ついスーリヤに肩入れしてしまっていた。
なのに、同じ俺の過去が、今度は、スーリヤの…オスカーの足を引っ張ることになるとは、なんと、皮肉なことだ。
まったく、これも、俺に、考えも覚悟も足りないからか…当時のツケを、こうして遥か未来で…それこそ、彼女との間にできた子の子孫の血も薄まりすぎて、消息を追うに追えなくなった頃に払わされることになるとは、な。
ソーマ神は、苦笑しつつ、ヴァルナ神のもとを退散した。
恐らく、ミトラ神も、ヴァルナには説得を試みるだけ無駄だと諦めて…説得できないのなら、四六時中引っ付いている理由もなくて、宮を離れて、どこぞをふらふらしているのだろう、と思った。
いや、それでいったら、ヴァルナとて同じだろう、あのミトラから、常に、一定の無言のプレッシャーを与えられるのは、かなり、うんざりする筈だ。ミトラの発する無言の圧力は、言葉より、よほど重く効果がありそうだし、それに閉口したヴァルナが、ミトラを厄介払いした可能性もあるなと。
とにかく『誰から何を言われようと、言葉では、己が結論は覆さぬ』とヴァルナに断言されてしまった以上、味方をつくり、世論を形成することで現状を覆そうと試みるのは、するだけ、無駄ということだ。
『抜け目なくヴァルナに釘をさされてしまったな…』
これも…過去に、俺の恋敵が、周囲を巻き込み、賛同者を募るこで、泥沼の争いを引き起こしたその愚かさを、ヴァルナは知っていたからだろう、要は、俺に、同じ手は使わせない、ということだ。
『こうなったら、なんとか、ラートリーの監視をやりすごすか、潜り抜けるかして、ウシャスをオスカーの許に連れて行き、既成事実を作らせるのが、一番効果的、かつ手っ取り早い気がするな。が、その単純な方法が、もっとも難しいと来ているから、どうしたものか…』
とにかく、また、折りをみて…そう、今度は、スーリヤの親友である若い二人の太陽神も同席で、色々はなしてなんとか知恵を出せないかものか、試してみよう。
この時、ソーマ神は、不在のミトラが何をしているのか、率直にいって、何も気にとめていなかったし、直に会って言葉を交わし、知恵を出し合ったり、相談しようとは、露ほども考えていなかった。
かの神が、ウシャスの味方になってはいてもーまちがってもオスカーの味方ではない、そこのところは間違えないようにしないとな、とソーマは思うー彼が、自分から動くとは、想像だにしていなかったし、少々失礼ではあるが、彼に何ができるとも思ってもいなかった。
ソーマの憶測どおり、ミトラ神は、何をするでもなく、天空の宮を彷徨っていた。
ウシャス本人のありったけの思いを込めた言葉も、ヴァルナを動かすことはできなかった、となれば、誰の言葉であろうと、あのヴァルナが一度出した決断を覆すわけがない。それに関しては、疑う余地もない。だから、私が、どれ程言葉を重ねても無駄だ。永年の付き合いで、それがわかり過ぎるほどにわかるから、あの者の姿を視界にいれないようにと思い、宮を出た。無駄だとわかっているのに、ヴァルナの姿を目にすれば、自分は絶対に口をつぐんでもいられない、と思ったからだ。
『とはいうものの、私も、繰言を述べるしか術がないというのも、情けないことではあるな…』
自分は、スーリヤの現況も心境も、どうでもよかった。ウシャスが幸せなように、ウシャスの気の済むようにしてやりたく、叶うことなら、幸せに満たされ輝く美しいウシャスをなるべく長く、多く見ていたい、それだけだ。そして、スーリヤとの恋が幸せであればあるだけ、恐らく、ウシャスの美貌は、更に輝きを増すだろう、それがわかるから、ウシャスの望むとおりに、やつと契りを交わすが、あれのためにもよかろう、と思う。要は、ウシャスの好きにさせてやりたい、ウシャスは満たされ幸せであってほしい、ミトラの考えは、突き詰めれば、これだけだ。
だが、ミトラも、ソーマとはまた別の意味で、「あの石頭の気を変えさせるのは、結局、実力行使、強硬手段をもってしても、既成事実を作るしかないのではないか」と考えており、しかし、その手立てが思いつかないのも、これまた、ソーマと同様だった。
「ウシャスは、夜に、私の処に来る分には、訪れを邪魔はされないはず…かといって、そこにスーリヤを呼んでも、ラートリーには、即刻露見するであろうしな…」
ミトラが、暫時立ち止まり「うーむ」と考え込んでいた、その時、がしゃんがしゃんと騒々しい音が耳に飛び込んでくると同時に、線の細い少年に、ミトラは声をかけられた。
「おい、ミトラ、おめー、なんでこんな処をふらふらしてんだよ、相方のおめーがここにいるってことは、珍しくヴァルナも宮からでてんのか?」
「…トバシュトリか…生憎、私一人だ、対の神だからといって、四六時中共にいるわけではない」
「そうかぁ?おめーら、磁石みたいなもんかと思ってたが…めずらしーこともあるもんだ。とにかく、ヴァルナは、今、自分の宮にいるんだな」
「恐らくな…」
「ったく、あいつも、いい加減引きこもりだよなー、俺の工房には、ぜってー来ようとしねーから、いっつも、新製品の認可には、こっちから、発明品をもっていかなくちゃなんねー、めんどっちいったらねぇぜ」
「…そういえば、おまえは、稀代の発明家だったな…」
「今更なに抜かしてやがる?俺があまりに天才だからこそ、こんな処までつれてきて、その上、俺様にはゼフェルってぇ、イカシタ名前があったってぇのに、トバシュトリとかいう舌噛みそうな名前にむりくり替えさせやがったんだろうが。その契約を結ばせたのは、そも、おめーじゃねぇか、契約神のミトラさんよぅ」
「私は、契約を提示しただけだ、人の名を捨て、工巧神の名を受けると承諾すれば、発明に必要なもの一切と、望む限りの不老不死を与えるとな、その契約を飲んだのは、おまえ自身の意思だ」
「っち、まぁな。食ってくのに心配なく、材料に糸目をつけずもってのが、俺みてーな職人には、どんだけ垂涎ものかおめーにはわかんねぇだろうな。しかも、この目も器用な手先も衰える心配がねーときたら…この条件を撥ね退ける技術者がいるとは、おもえねぇよ。しかも、最近は、地上で、珍しい金属の原料となる鉱山が、あとからあとから見つかっててよぉ、俺、創作意欲刺激されまくりなんだぜ。マジ工巧神になっておいて、よかったー!つーの?どうも、衣食足りて、民の文化レベルがあがってるっていうか、それで、鉱物資源採取の機運が高まってるみてーなんだよなー」
「それは…地上の民草が栄えているから、ということか…」
「ああ、食うに食わずじゃあ、鉱山掘る元気もでねーだろ、人間だって、鉱石ほるより、まず耕作になっちまうし、それを加工する技術も中々そだつもんじゃねぇ。なのに、ここ最近、急に色々な面で技術レベルがあがってんだよ、貢物の鉱石も珍しいもんが、いっぱい届く。これは、どう考えても、地上が、相当豊作続きで、民に余裕ができてきてんだよ、文化を育む余裕ってやつがよぉ」
「それは、気候が安定しているからだな…ふむ、あのスーリヤ、心情的には過酷な環境におかれても、己の責務には忠実らしいな。いや、付け込まれる隙を与えまいと懸命なのやもしれぬが…」
「ああ、そうか、地上の繁栄は、スーリヤが変わったからか、今、いわれるまで、気付かなかったぜ、となると、今度のスーリヤには長持ちしてほしいもんだ、技術と文化の発展には、やっぱ「食うにこまらねぇ」ってのが大前提つか、どーしたって肝心なんだよな。今までのスーリヤみたく、即位したと思ったら、程なく制御が不安定になって、あっというまに退位、んでもって、暫く凶作、なんてことになんねぇでほしいと、俺は真剣に願ってるぜ」
「ふむ…ならば、おまえは、スーリヤの在位を安定できそうな方策があると知れば、それに協力するか?」
「マジで?そんなこと、俺らになんかやりようがあんのかよ?!」
「私にはない、が、おまえにはあるやもしれぬ」
「お、わかってんじゃねぇの、ミトラ。何せ俺様は天才だからな、できねーことは、めったにねぇ。でも、この天才の俺様にも、おめーの言うことは、さっぱり、わけわかんねー、言葉、省きすぎだっつーの」
「それとだ、おまえ、ウシャスのことを好ましく思っていよう?」
「たりめーじゃん、つか、ウシャスを好かない男なんて、いねーだろ?俺、神様になって、よかったと思ったのは、あんなにかわいい女神が、この世に本当にいるって、この目で見られたことなんだからよぉ。滅多に会えないのが、残念だけどよ。なにせ、俺としては、あんまりありがたくないスーリヤ交替の折にしか、見る機会ねぇもんよ」
「ウシャスが、スーリヤのものであるという事実はどう考える?妬心はあるか?」
「はぁ?…んなもん、ねぇんじゃね?…うん、ねぇよ。だって、そういう決まりじゃねーか、俺がただの子供だった頃から、何度聞かされたかわかんねえもん。ウシャスとスーリヤは夫婦って、だから、そういうもんだと思ってるし。けどよぉ、実際、神様の仲間になってみて、初めてわかったけど、スーリヤとウシャスのあれが『結婚』っていわれてもよぉ、俺だったら、納得いかねーな。あれじゃ、詐欺じゃんか。ウシャスに憧れて、ウシャスを嫁にもらえると思ってスーリヤになった火の眷属はいい面の皮だぜ。生きてる限り、鼻先人参なんてよぅ、俺的には、同情を禁じえないつーか、お気の毒つーか。俺が同じ立場だったら、頭おかしくなってんな…って、まてよ、スーリヤの在位が妙に不安定なのって、まさか、この所為か?」
「ふむ…流石に察しが早いな」
「たりめーだ!俺様を誰だとおもってやがる!発明は99%の汗と1%のヒラメキだが、そのヒラメキが肝心要なんだからよぉ!」
「ならば、おまえにも協力を頼めるやもしれんな。おまえ、美しいウシャスを見るのは好きか?」
「おめー、人の話、聞いてたか?」
「今、ウシャスは、前にも増して美しくなっているぞ」
「マジか?かー!会ってみてぇぜ!つか、なんで?で、どーして、おめーは、んなこと、知ってんだよ!」
「先日、ウシャスと会った。ウシャスは、スーリヤに恋をしていた、だから、美貌に更に磨きがかかっていた。が、ウシャスの恋は前途多難だ、せっかくの美貌を、涙で雲らせ、あれは、去っていった。私はウシャスをどうにか、助けてやりたいのだが、上手い手が見出せん、が、天才というおまえなら、それも可能かもしれん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ、俺にゃ、何がなんだか…ウシャスが、恋してるって誰に?で、何がどう前途多難なんだよ?おめーは、言葉を、はしょりすぎだっつーの」
「おまえは、念話は受け取れなんだか…」
「ったりめーよ!俺は元々活きのいい人間さまなんだぜ!そんな、能力はもちあわてねーぜ!」
「さすれば、今、この一瞬で、すべての事情を伝えられたのだが…言葉で説明せねばならぬとは、難儀なことだ…」
「そういう楽なことばっかやってから、天界神は言葉足らずになんだよ!だから、念話のつうじねぇ他眷属との意思の疎通がへたくそになるんだっつーの!あ、この点をカバーするもん、考えてみんのもいいな…」
「それを作成してくれれば、私はすべてを言葉にせずとも済むのか…是非、早々に、その製品とやらを作って、勝手に私の思念を読み取ってはくれぬか…」
「って、そんな、今日明日で、すぐにできるわけねぇだろ!つか、横着にも程があらぁな、呆れるぜ、ったく。とにかく、一度、きっちり、詳しい話を聞かせろ!っても、ここ、回廊だしな…よし!俺の工房に来いよ、ミトラ。俺、この新製品を一度片付けてぇし。今日は、ヴァルナんとこ、行ってる場合じゃねぇ気分になっちまったし、俺、自分の工房でなら、話しを聞きながら、その場で、いいアイデア思いつけば、即、試せるしよぅ」
「ふむ、まあ、よかろう」
ソーマも、当のオスカーもアンジェリークも預かり知らぬところで、このような経緯で、小さな同盟が一つ締結されたのだった。