百神の王 41

ミトラ神との埒の明かない会話に、諦めきったようにトバシュトリは長々と嘆息し、頭を振ると、今しがた気づいたというように

「そういや、ソーマ、おめぇ、何しに、ここに来たんだ?おめぇの用件をまだ聞いてなかったよな」

と、意識して気持を切り替えようとしたのだろう、こう、ソーマに尋ねてきた。

「あ、ああ、元々の用件は二つあるんだが…それ以外に、俺からもお前に…お前とミトラに色々尋ねさせてもらいたいことができた、すまんが…トバシュトリ、ミトラ、少々、時間をもらってもいいだろうか、そして、ぶしつけで申し訳ないのだが、幾つか、俺の質問に答えてもらえるだろうか」

「別段、俺は構わないぜ、つーか、ここは一つ、俺の話も聞いてくれってなもんだ。ま、立ち話もなんだから、どこでもいいから、座れよ」

「すまんな、トバシュトリ…お言葉に甘えてと、言いたいところなんだが…俺には、どこに座ったらいいか、さっぱり見当がつかん…」

ソーマ神は、改めてトバシュトリの工房をぐるりと見渡した。

トバシュトリの工房は、まちまちの大きさの石を積み上げて作られている。無骨な見かけどおり頑丈で、石組みの壁にはタペストリー一つかけられていない、質実剛健、実用一点張りの建物だ。中でも、外から入ってすぐの、今ソーマがいるこの部屋は、そう天井は高くないものの、相当な広さのある、本来ならメインの居室なのだが、ソーマの目には「混沌と無秩序の極み」にしか見えなかった。一番長い時間を過ごす部屋が、トバシュトリの場合は、そのまま作業場となる関係で、以前から、トバシュトリの主室は、整然としているとは言いがたかったが、それにしても、いつにもまして相当な散らかりっぷりに思えた。床には大小の工作機械らしきものがてんでばらばらの配置で置かれており、部屋の真ん中にある大きな卓は主な用途が作業机であるため、作りかけなのか、完成品なのか、まだ部品の段階なのか、ソーマには判別のつかない謎の物体と工具で溢れかえっている。部屋の四方には、発明の原材料らしき様々な色と形状の鉱石が、こちらはきちんと分類され、箱詰めされていたが、一部、材料がはみ出して床に零れている処もあり、歯車やねじや金属線などが、どこに落ちているかわからないので、気をつけて歩かないと何を踏みつけて壊してしまうかわからないし、そも、こちらが脚を痛めそうだ。作業卓以外の調度といえば、背もたれも座布団もない質素な腰掛が一つートバシュトリ本人が作業時に使うものだーと、恐らく仮眠用であろうか、こちらは、しっかりと綿がつまった布張りの、いかにもすわり心地の良さそうな長椅子が一つあるきりなので、家具だけを見れば、すっきりとした、むしろ殺風景な部屋だ。

そして、そのたった一つの長椅子に、いかにも物憂げな様子で、黒髪の契約神が寝そべっているのだった。ミトラは満たされて寛ぎきった黒豹の如く悠然と、長椅子一杯を占拠して伸びきっていた。

とてもではないが、高位神の住居とは思えないートバシュトリがここを「工房」と呼ぶのは謙遜でもなんでもないー有体にいって雑然とした作業場で、何より他人の住処で、ここまで我が物顔で寛ぎ、遠慮会釈もなく1つしかない長椅子を占拠して悪びれずにいられるーむしろ堂々としていられるのは、ある意味、ミトラの才能であるな、と、ソーマが妙な感心をしていると

「おっと、すまねぇ、見ての通り、居候が場所塞ぎなもんでよ、ヤツの存在を無意識下に押し込めるのが習慣になっちまってた、この長椅子以外、座るところっつってもねぇよな、確かに」

なんだかんだいいつつも、根が人のいいトバシュトリは、別段、気を悪くしている風でもなく、ぱちんと指をならした。と、彼自慢の自走式カラクリが、奥の続き部屋から複数現れた。トバシュトリは「椅子を一つ探してこい」「椅子を置けるような場所を卓傍に作り出せ」「神気を持つ者の数だけ、飲み物を調合して運んでこい」と、事細かな指示を出すと、カラクリはそれぞれに、命令を忠実に実行し始めた。

『大したものだ、が、カラクリへの命令は、相当具体的かつ明確にせねばならんようだな、自在に使いこなすにはそれ相応の慣れが必要そうだ』と、ソーマは、またも感心して、カラクリの所作を目で追っていると、

「すまんな、ソーマ、私はこやつから、あちこち動き回るなと言われていて、この長椅子から動けないのだ、なんでも、私が歩き回ると、方々の物を踏みつけたり、長衣に引っ掛けて壊すらしくてな、こやつが煩いのだ」

と、言葉では『すまん』といいつつも、見た目通り、まったく悪びれたところのない口調で、ミトラが話しかけてきた。

が、この言葉に、トバシュトリは、即座に食いついた。

「って、場所取り大迷惑な居候が、えらそうに言ってんじゃねぇよ!そう思うなら、自分の宮にけぇれよ!」

「私が帰ったら困るのはお前の方であろう?光の者の思念波を調べられなくなるぞ、そなた、私の頭の中の記憶を見たいのであろう?ウシャスがどれ程眩しく、麗しく、力強く輝いていたかを…」

「くっそー、人の足元見やがって…」

歯噛みしているトバシュトリを見ながら、ソーマはカラクリが用意してくれた椅子に腰掛け、別のカラクリが給仕してくれた飲み物を片手にもちーというのも、カラクリは、杯を置場所を卓上に作れとは命じられていなかったから、ソーマの眼前の卓上には杯を置く空間がなかったからだーために、ソーマは自身で、空いている方の手で、注意しながら、卓上の物を寄せて杯を置けるだけの空き場所を作りつつ、カラクリの動きをちらちらと横目で見ていた。カラクリの所作は、いかにも作り物めいて、たどたどしくあるのだが、だからこそ懸命に見えていじらしく、見ていて飽きないので、つい、目で追ってしまうのだった。案外、ミトラも、このカラクリを眺めていたくて、居座っているというのもあるかもしれんな、などということを考えながらも、ソーマは、気を取り直し、文字通り、これで漸く腰を落ち着けて、話ができそうだと思った。

「なあ、傍から聞いているだけでは、よく事情がつかめんのだが…順番に…最初から説明してくれないか、そも、一体、どういう経緯で、ミトラ、おまえは、トバシュトリの居候になったんだ?」

「よくぞ聞いてくれました、てなもんだ、ソーマよぅ!」

当のミトラを押しのけるように、トバシュトリが、身を乗りして、ミトラが彼の工房に居続けとなった経緯を語り始めた。

 

「…つまりだ、トバシュトリ、おまえは、ミトラから「太陽神の在位を、おまえなら、安定させることができるかもしれない」という話を持ちかけられて、興味を持った、それが、そもそもの始まりなんだな?」

「おうよ、俺、最近、自分でも恐いくらい発明絶好調でよぉ、こいつとばったり会った時も、ヴァルナんとこに、新製品の量産化を持ちかけに行く途中だったんだが…それは、近頃、発明の原材料に事欠かねぇ、どころか、今までになく抱負かつ潤沢に地上から材料が届くおかげ、これに尽きる。それって、要は、地上の民の文化レベルが上がって来てたからなんだが、それも、元はといえば、新スーリヤが地上の気候を安定させてるから、民の暮らしも安定し、その結果、文化も繁栄してきてるからだって、このミトラに指摘されてよぉ、俺様も遅まきながら、あ、そうか、と気づいたわけだ。俺様は、天才でも謙虚さを忘れねーからな、スーリヤの功績は、きっちり認める気になった。確かに暮らしの安定があって、初めて民の文化レベルってのは向上するし、で、文化レベルの向上は、俺様の原材料確保にモロ反映するから、俺様の発明も、民の暮らし向きの安定あってこそ、つまり、スーリヤの頑張りが、俺様の創作活動にも影響を与えるわけだ。だから、俺様としては、スーリヤの力は、なるべく長期に渡って安定してくれてた方がありがてぇ、今度のスーリヤは長持ちしてくれっといいけどな的なことを、ほんと、何の気なしに言ったわけだ、したら、こいつが、スーリヤの治世を安定させる方法があれば、協力するか?と俺に尋ねてきた。しかも、自分にはその手段がないが、俺にはあるかもしんねーときた。その上、何の脈絡もなく、最近のウシャスはますます綺麗になった、恋しているからだとかなんとか言い出しやがってよぉ、もう、訳わかんねーだろ?」

「脈絡はある」

「おめーのあの言い方で誰にわかるよ!それまで、スーリヤのことを話してると思ったら、いきなり、ウシャスは美しくなった、って唐突に言われて、話の流れを理解できる奴がいたらお目にかかりたいってぇの!」

「おまえは天才であろう?」

「だーかーら!天才っても、ベクトルが…方向性がちげーんだよ!ただ、こいつの舌足らずな言葉を繋げて考えてみたら、歴代の太陽神の在位が不安定だったのは、ウシャスとの関係が問題らしいってことまでは、俺も察しがついたんだが…で、とにかく、もっと詳しい話を聞かせろよって思ってよぉ、俺は、こいつに俺の工房に来いって言った、確かに、俺が自分からそう言ったんだけどよぉ…」

「ミトラ、お前が、自ら、トバシュトリにそんな話をもちかけていたとは…驚いたな…」

ソーマは、驚きと感心と半分ずつの気分で息をついた、ミトラがトバシュトリをこちらの陣営に引き込もうと目をつけた先見性と、それを自ら考え実行していたという彼らしからぬ能動性に、まず驚いていたのだが、ミトラが尽力してくれるだろうことを予見していたー俺はありえないと決め付けかけていたのにーオスカーの先読みを思いだすと、それにも驚嘆の思いを禁じえなかった。

「で、おまえがトバシュトリの工房に来ていた理由はこれでわかった。が、そのまま、ずっと、ここに居座っていたのは…」

「実験台だ」

「だーっ!また、人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ!そも、お前の説明がどーにも要領えねぇから、おめーの思念を直に読み取る機械を作った方が早ぇかと思ってのことじゃねぇか!それで、ちょっと思考波出したり引っ込めたりしてもらっただけだろーが!誤解を招くような言い方すんじゃねー!」

「私は、こやつに言われるがままに、思念の出し入れをする、いわばポンプのような、カラクリの1種になっていたのだ、こやつが、私の記憶にあるウシャスの姿をはっきり見てみたい、という理由でな」

「おめぇは、また、何で、言わなくていいことに限って、舌が回るんだよ!そ、それは、動機のひとつではあるけどよぉ…だって、元からあんな綺麗なウシャスが、もっと綺麗になってると聞かされちゃぁ、一体どんだけだよ、見てみてーって思うのは、男なら、当然だろーが」

「確かにな。近頃のウシャスは、はっとするほど…俺の目から見ても、まさに目の覚めるような美しさだ、可憐に愛らしい外観に、凛として気高い精神、そして物思いを知ったゆえの憂いがあいまって、なんともいえぬ艶をかもし出している、人目をひきつけずにはいられないような、な」

「マジか?ソーマが、そんなこと言うの、初めて聞いたぜ!ますます、ウシャスに会ってみてー!っつっても、それは実際には難しいことはわかってたんで、俺は、とりあえずは、ミトラの記憶を映像化して引っ張りだせねーか、試行錯誤、苦心惨憺してた、でも、それはだな、光の眷属の思念波や、身体の組成を調べることで、ウシャスをより安定させる術…いわば、ウシャスの身体を構成してる光子を拡散させずに済む方法か、さもなくば、光子の結束を確固とする、いわば、つなぎとして有効なモンがみつけらんねーかってことも考えてたからだ。で、俺は、ここ暫く、こいつを通じて、光の眷属の性質そのものを、色々調べさせてもらてったんだ、ま、いわば、サンプル採取ってとこだな」

「ということはだ、トバシュトリ、おまえは、今までの太陽神とウシャスの関係性と、現スーリヤとウシャスの気持を全て知った上で、ウシャスの恋の成就に力を貸してくれている、と…そう思っていいのか?」

「んなことは、まだ、約束できねぇし、してねぇよ。俺は、ミトラの説明を繋ぎあわせて、ある程度の事情は察した、現スーリヤの治世を安定させるには、ヤツとウシャスとが、実際に恋仲になっちまうのが、一番、てっとり早そうだってことまではな。そして、俺自身、スーリヤには安定した治世を望んでいる、あくまで、俺自身のためにだけどよ。俺には感情的にスーリヤに肩入れする義務も義理もねぇからな。だから、俺としては、地上の安定した発展のため、俺だからこそできることはねぇか、今探ってる、つーか、その途上にいる、ってところだ。更に、付け加えれば、やっぱ、ウシャスに、直に、もっと気軽に会えるようになったら、うれしーだろうしよ、ミトラの話を聞く限り、ウシャス本人もそれを望んでるっぽかったから、じゃ、ウシャスをもっと安定した存在にする方策はないか、いっちょ色々試してみっか、って思ってるだけだ」

「私はウシャスが幸せなら、それでいい。望むのは、それだけだ」

「というわけで、だ、俺たちは、それぞれの思惑で、ウシャスとスーリヤが恋を成就できる手立てはねーかってことを模索はしてる、スーリヤの安定は、俺に限らず、地上の人間たちにとっても、悪いことじゃねぇし、ウシャスが自らの望みを叶えて幸せになることにも、異論のあるわけがねぇからだ」

「それだけ聞かせてもらえれば十分だ、トバシュトリ」

「ま、俺としても、光の眷属の思念波のパターンとか解析することで、こいつらの思考を他眷属にも容易に伝えるカラクリを作ったり、他にも、色々応用の効く発明ができるかもしんねーってことも、狙ってるからな、だから、俺は、闇雲に盲目的にスーリヤを支援してるわけじゃぁねぇぜ、そこんとこは勘違いすんなよ」

「どんな思惑であれ、太陽神の在位を安定させるため協力してくれるなら、ありがたい、スーリヤも感謝するだろう、太陽神の安定は、誰の、どの世界にとっても、悪いことなど一つもない、そう信じて、俺も動いているし、俺にしても彼らを支援する理由は一つではない…いくらウシャスを守るためとはいえ、積年、天界の都合で、地上の民に苦労を強い、太陽神に辛酸を強いる今のシステムに釈然としないものを感じていた、というのも大きい」

「ほぅ?昔の自分と立場が似通っているから、というだけではなかったのか…」

「そうなのか?けど、ソーマ、おめぇの口ぶりからすると、やっぱ、感情的な思いいれ、みたいなものも、強く感じるぜ?何故、今のスーリヤにだけ、そんなに加担する?スーリヤがウシャスに夢中なのは、今に始まったことじゃないじゃんか、どのスーリヤだって、皆、ウシャスに恋焦がれてきただろう?太陽神の力の不安定さに、地上の民がとばっちりを食ってきたのだって、そうだ。昔から、当たり前みたいに繰り返されてきたことだろうが。なのに、おまえは、どう見ても、現スーリヤにだけ、特別、肩入れしてる。その理由って、自分と立場が似てるから…他人事とは思えないからじゃねぇの?それとも…現スーリヤが、特別、それだけ協力し甲斐のある奴ってことなのか?」

「そう思われても、仕方ないところはあるかもな…俺も、我ながら、こんな熱い性分が自分に残っていたことに、自分で驚いたり、面映く感じたりする時が、間々あるが…そういう俺の一面を呼び覚ましたのは、確かに、あの若きスーリヤなんだ。そして、太陽神とウシャスとの関係を、今まで誰も思いも寄らなかった、寿ぐべき形にできそうなのも、その可能性を感じさせるのも、俺には、あの若者…現スーリヤ以外にいるとは思えん、だから、挑戦してみたくなった、そんなところだな。おまえも、現スーリヤと直に会って言葉を交わし、その目で彼の人となりを確かめてみれば、きっと、わかる…ああ、そうだ、それがいい!」

「な、なんだよ、突然大声だしやがって」

「まず、影の用向き、その1だ。おい、ミトラ、スーリヤがお前に会いたがっている、会って話がしたいと」

「私はそやつに会う用向きも、話したいこともないが…」

「おまえの大事は、ウシャスだけだものな、それはわかっているが、まあ聞け。スーリヤとウシャスの仲をヴァルナに認めさせる、それには、実力行使というか既成事実を作ってしまうのが、本当なら、一番手っ取り早い」

「それは私も考えた。が、その単純な方法が、実現は最も難しい。あのラートリーの監視をくぐって、二人を会わせてやるのは、事実上、不可能だ」

「だから、ヴァルナの性格や、ものの見方考え方を最も良く知っているお前に、ヴァルナを出し抜ける方法、もしくは、説得する道筋はないか、相談するつもりだった」

「無理だな、あやつの石頭は金剛石並だ。何者をもってしても、傷一つ付けられぬ、私に助言を求められても、してやれることはない」

「だが、トバシュトリが、こちら側についてくれるなら、もっと、別の方策も考えられよう、そして、何より肝要なのは、このトバシュトリは、ヴァルナ、ラートリーの二人ともから、ノーマークだということだ。俺とミトラは、もう、スーリヤたちの味方だと彼らに割れてしまっている。が、トバシュトリの工房には、ラートリーも目を光らせていまい、ミトラ、おまえは今、天上宮から失踪して行方知らずとされているが、それも、おまえが、こんな下層域にいるとは誰も思わないからだ」

「下層で悪かったなー」

「…もしや、ソーマ、おまえ、ここでウシャスとスーリヤを会わせるつもりか?私には存外居心地が良いが…この乱雑でごちゃごちゃの作業場を、恋人たちの逢瀬の場に、ましてや、花嫁と花婿の初めての契りの場に用いるのは、どうかと思うがな」

「!…なんだとー!!!ば、ば、ば、ばかやろう!ソーマ、てめぇ、黙って聞いてりゃ、俺様の工房を、ナンに使うつもりだ!?冗談じゃねーよ!なんで俺様が自分の工房を、ウシャスはともかく、スーリヤに明け渡さなくちゃなんねーんだ!つか、ミトラみたいに、そのまま二人に居座られたら、俺は、どーすりゃいぃんだよ!いや、居座らないにしてもだ…たとえ、数時間でも、ここで、そんなことされたら…俺、これから、気が散って発明どころじゃなくなっちまうだろー!色々、想像しちまうじゃねーか!」

耳まで真っ赤になって、大声を張り上げ抗議しているトバシュトリを、ソーマは、人好きのする朗らかな笑みでいなして遮った。

「まさか。第一、ここは、天空の道から離れすぎている、スーリヤはともかく、ウシャスがこの下層域では実体化できんだろう」

「そ、そっか…ほっとしたぜ…」

「言葉の割に、顔は残念そうだな、トバシュトリ」

「しかたねーだろ!一瞬、ウシャスが俺の工房に来てくれんのか?!と思っちまったんだからよ…じゃねぇ!俺の工房を、そんな…むにゃむにゃなことに使われなくてほっとしたっつーの!」

「トバシュトリ、おまえは、何か誤解をしているようだな。心底愛し合う者同士が、愛を交わす営みは…男女が、互いに愛しさを傾けあい、慰撫を与え合う行為は、気高く美しい行いであるし、次代に命を繋ぐための大切な行為だ。だからこそ、天父神は、心ある男女の情交には、深く豊かな快楽(けらく)が生じるよう理(ことわり)を作られた。いわば、性愛の快楽は、天父神より与えられし崇高なる恩寵なのだ。ただ、情愛の伴わないそれは…男女に互いへの敬愛無き行いは、確かに、いかがわしい印象を与えたり、つまらん排泄で終ったりしがちだが…おまえに、その区別がつかぬうちは、まだまだ、おまえも子供ということだ。育ちきっていないと自覚しているだけのことはあるな、トバシュトリよ」

「うるせー!区別がつかなくて悪かったな!」

「なら、早晩、神殿の巫女から、愛の交換の素晴らしさを教えてもらうがいい。おまえほど高位の神なら、光の巫女は、いつでも扉を開けておまえを招き入れてくれよう、そして、男女の愛の豊かさ深さをその身をもって知れば、身丈も自然と伸びるやもしれんぞ、私と同じほどにな」

「余計なお世話だー!」

「まったく、おまえたちのやり取りを聞いていると、退屈せんが、話が進まん、俺が言いたいのは、ここにスーリヤたちを集めれば、トバシュトリ、おまえはスーリヤの人となりも見れようし、火の眷属の性質も、つぶさに研究もできる。光の眷属の性質を調べると同時に、火の眷属のもつ炎の気やその熱の性質が詳細にわかれば、それに対する耐性をどうつけるかも、思いつくやもしれんぞ。それに、ミトラ、おまえもだ。スーリヤに、ラートリー及びヴァルナの思考を出し抜く抜け道がないか、スーリヤと話すウチに、何かしら妙案が見つかるやもしれん、なにせ、火の眷属は、光の眷属とは異なるものの考え方見方をするから、俺も、言葉を交わすうちに、気づかなかった視点を供させることもしばしばだ。実際、ミトラ、おまえが尽力してくれるとは、正直、俺は思いつきもしなかったが、スーリヤは、おまえが、ウシャスのために動いてくれるのではないかと予測していた、あくまでウシャスだけのために、だがな」

「ほぅ…それはそれは光栄なことだ、しかも、私が、スーリヤのためには動くまいと見切っているあたりの状況判断も、子面憎いほどだな、現スーリヤは、確かに興味深い男であるらしい…にしても、ソーマ、おまえも、よほど高くスーリヤを買ったものだな、くっくっく…」

「…そう言われると面映いがな…が、俺の買いかぶりではないことは、ヤツに会ってみればわかると思うぞ」

「けどよぉ、スーリヤが自由に動けんのって、雨季の夜くらいで、しかも、夜の動向は、ラートリーに目をつけられてるんだろ?それでなくとも、スーリヤの目は、ヴァルナと繋がってるじゃねーか、ミトラみたいに、誰にも気づかれず、この工房に来るなんて、不可能じゃねーか?何の理由もなしに、下層域にある俺の工房に太陽神が来るなんて、それこそ不自然きわまりねーんじゃね?てことは、今は注視されてなくても、俺の工房にスーリヤの気があることに気づかれたら、俺の立場なんて、すぐにばれちまうと思うけどなー」

「ところが、格好の理由がある。今回きりしかつかえないがな。そもそも、それが、おまえの許を訪ねた表向きの理由その1でな、この相談をしに、俺はおまえのところに来たんだよ、トバシュトリ」

「そういや、おめー本来の用向きはまだ聞いてなかったか、もったいつけてねーで、早く話せよ」

「次の雨季を挟んだ乾季あけに、久々に、太陽と月の起動交差がある、そして、起動交差は、今のスーリヤには初めての経験だ。隣り合わせの天空の道を走る、速度の異なる銀杯である月と太陽の馬車を、どう、無事にすれ違わせるか、俺は、先輩として、月の神として、新米の太陽神に指導せねばならん。そして、その時、工巧神トバシュトリの作ってくれた無事に起動交差を終えるための道具を、どう使うかも、説明せねばならんだろう?となれば、太陽神が、初めての軌道交差を前に、工巧神の工房を、先輩の月神と一緒に、指導を受けに訪れるのは、全くもって自然なことだ。そこに、たまたま契約神が居候を決め込んでいたとしても、太陽神も俺も、そんなことを予め知る由もないのだから、契約神と会ったとしても、それは文字通り偶然の産物にすぎん。そも、契約神が工巧神の工房に居候してるなどと、誰も思いつきもしないしな」

「…まてよ。ってことは、次の雨季まで、こいつの居候は決定かよー!」

「すまんが、そういうことになりそうだ。俺が、おまえの許を訪れるのは、特に問題ないから、おまえに何かと不便がないよう、色々サポートはしてやるよ。ミトラ、この次来る時は、おまえの分の神酒も、もってこよう」

「では、そのように頼む、丁度、気は進まないが、神酒を取りに、一度宮に戻らなくてはならないと思っていたところだったのでな…その手間が省けた」

「って、ナンだと!?余計なお世話やきやがって…ソーマ!折角、こいつが僅かな時間でも最上宮に里帰りするチャンスだったのに、それすら、むざむざ、握りつぶしてんじゃねーよ!」

「ああ、これは、すまないことをした、が、どちらにしろ、大した違いはないだろう?そういうことだと思って、割り切って諦めてくれ。それとだ、最上宮で思い出したが、俺は、ヴァルナから、最近、おまえが発明品を持ってこないが、どうしたのか様子を見てきてくれということも、頼まれている、これが表向きの用件その2だったんだが…」

「げ!マジかよ!そういや、この居候にかまけすぎて、最近、実用品造りをうっちゃってたぜ、やべーなー、ヴァルナの奴、なんか不審がってたか?」

「ああ、おまえの心身が不調でないのかどうかを懸念していた、自分からは絶対そんなことは認めないだろうがな。口うるさい奴ではあるが…あれは、あれなりにお前のことを案じている。半ばは責任感ゆえかもしれんが…たまに、息災でいることを知らせてやってくれ。俺からは、どういっておくかな…スランプといわれるのと、あちこち手を広げすぎて収拾がつかなくなってるだけだと報告されるのと、どっちがいい?おまえに選ばせてやろう、トバシュトリ」

「ぬかせ!にしても、ソーマ、おめー、やっぱ、変わった…醒めて飄々とした奴だとおもってけど、元々、こっちが素なのか?、俺、おめーが、こんな気さくで、面倒見がよくて、妙に熱くて、そのくせ、腹にイチモツあるやつとは思ってなかったぜ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「口のへらねー野郎だな、でもよー、こう最近、驚くこと続きだと、俺も、なんか、わくわくしてきちまうぜ。ウシャスがどんだけ綺麗になってるかは、もちろん、このミトラが、ヴァルナと反目しあったってのも驚きだったしよぉ…」

「反目している訳ではない、私もヴァルナも、ウシャスと彼女の幸せを何より大事に、第一に考えているのは同じなのだ、ただ、幸せの解釈と、彼女への愛情の示し方が、私と奴では違う、それだけだ。そして、ウシャスの言葉を聞く限りでは、スーリヤも多分、根幹にある思いは、我らと同じだろう、そして、スーリヤはスーリヤにしかできない方法で、ウシャスを幸せにしようとしている、そういうことだと思う、そう感じられたから、私は、ウシャスの思いを遂げさせてやるがよかろう、そう考えたのだ。私なりの、私にできるやり方で、ウシャスを手助けしてやることで…それが、スーリヤとの恋の成就だというなら、その手助けをしてやることで、あれを幸せにしてやりたいと、な」

ミトラが、楽しい夢を思い出すかのような、それでいて、どこか、寂しげな顔をした。と、切なげに細められていた瞳が、瞬間、茫漠と、今、ここにない何かを見つめた。

「呼んで…探している?…この私を…?」

誰に言うともなく呟くや、ミトラの姿は、トバシュトリの工房から、ふっと、かき消すように消えた。あっけないほど、唐突な、一瞬の出来事だった。

 

夜半過ぎ、アンジェリークは、契約神ミトラの宮を思い浮かべ、実体化を念じ、念じた瞬間、それは叶った。

暫くの間、自分の意識が朧に四散していかないか、己の輪郭が中空に溶けゆかないか、固唾を呑む思いで待ってみたが、状態に変化は無い。アンジェリークは、ほっとした。オスカーが言っていた通り、自分に、きちんとした目的意識があれば、私は自分を保っていられるようだ、とわかる。

「よかった…これなら、私は、私自身の思いや願いが強くさえあれば、少しは、しっかりした存在でいられるってことだわ」

そう思えたことは、アンジェリークの自信に繋がった。

あやふやな自分を信じてくれたオスカーの気持がありがたかった。オスカーが自分を信じて、ミトラへの使者という役目を任せてくれたからこそ、アンジェリークは、自分の成長を肌身で実感できたし、「自分をしっかりと保つ」ことへの自信も蘇った。オスカーは、それも見越したうえで、自分に使者の役目を任せてくれたのだろうと、アンジェリークは考えた。

「だからこそ、私、自分の役目を果たしたい、オスカーの力になりたいのに…」

そう思って宮を見渡しても、オスカーが懸念していた通り、ミトラの気配は宮の中に微塵も感じられなかった。

かなり指向性の強い思念を意識して発してみるー無論、ミトラ神に呼びかけ、会見を求めるものだーヴァルナ神に、この思念を気づかれる可能性はあったが、自分がミトラに会いたいと願うことは、そう、不審がられないだろうし、介入や邪魔をされる恐れは少ないとアンジェリークは踏んだ。先日の会見で、ミトラは、ウシャスの味方であると明言してくれていた、なら、私が、そんなミトラを慕い頼って、かの神を訪れるのは、むしろ、自然なこと…ヴァルナは苦々しく思うかもしれないが、表立って咎められる根拠や、会見を妨害される心配はないと、ウシャスは考えた。ヴァルナが、この場にやってきて、ミトラとの会見に同席する可能性もないとはいえないが…そうであっても、恐らく、それだけで終るだろう、ヴァルナは誰よりも光の女神に対して礼儀正しく、天則を忠実に守らんとする律儀な神だ。私がオスカーに会いに行くこと以外の行為を、干渉されること、ましてや邪魔されることは、まず、ないはずだ。

それを考えると…何故、オスカーへの私の思いだけは、認めていただけないのかと思うと、哀しく重いため息が出そうになるが、アンジェリークは、それをなんとか堪える。元はといえば、私があまりに儚く頼りないからだ、ヴァルナ様は、こんな私を心配してくださってるだけ、だから、私が強くなればいいだけ、と、自分に言い聞かせる。

暫く、ミトラを呼ぶ思念を発してみたが、応答はなかった、ミトラ神の気配も、やはり近くに感じられない。

『やっぱり、この天上宮には、おいでにならないのかしら…』

かといって、このまま何もしない、できないで帰っては、それこそ、子どもの使いだから、アンジェリークも、自身がミトラの宮を訪ねた痕跡と、なんとかして「スーリヤと接触を持ってほしい」という旨の言伝を残していくつもりだった。

自分の装身具をおいていけば、私が、ここに来たことは、わかっていただけるはず。でも、オスカーがミトラ様と話したがってるって、どう、お伝えすればいいかしら…アンジェリークは文字という伝達手段を持っていなかったから、考え込んだ。彼女が生れ落ちてすぐに与えられた勤めは文字の介在が必要ないものだったし、何をなせばいいかは、天父神から思念の伝達で教えられた。その後果てない時間を生きてきたといっても、今まで、1日のうち、数十分間しか実体化できない身では、文字を覚えたとしても、それを用いる用件も必要もなかったし、全ての用件は、思念の伝達で事足りていたからだ。

考えた挙句、アンジェリークは、まず、胸元を幾重にも飾る金鎖のうち一連を首から外し、それから金の腕輪を外して、それらを使って卓上に太陽を象ろうと試みようとした、その時だった。

「待たせたな、すまぬ」

静かな重みと艶のある低音が、アンジェリークの頭の中に響いた。

はっと、顔をあげると、そこには、捜し求めていた黒髪・長身の端麗な美貌の男神が忽然と佇んでいた。

「少々、離れた処におったゆえ、ここまで戻るのに手間取った、許せよ」

「恐れ多いことにございます」

アンジェリークは、その男神に向かって、恭しく脚を引き、優雅な礼をした。

「ミトラ様…私こそ…私の不躾な突然のお呼びたてにお応えいただき、ありがとうございます、心よりお礼申し上げます」

「この世で最も美しく清らかな光の女神からの呼び出しを不躾と思う神は一柱とておらぬだろうよ、光栄と思う輩は無数におろうがな…私もその1人だ、おまえからの思念を感じたとあれば、即、馳せ参じるのは当然、いや、むしろ、喜びなのだ。なのに…おまえの思念を感じるのに手間取り、おまえを待たせてしまったこと、侘びさせてくれ」

「滅相もございません。私の思念にお応えくださっただけでも、ありがたいことですのに…それに、あの…ミトラ様、私が、お呼びたてもうしあげたのは、他でもございません、ミトラ様にお願いがございまして…お願いをする立場の私が、ミトラ様をおよびたて申し上げるなど、本来、甚だ不遜なことですのに…恐縮次第にございます…」

「おまえは何も気に病むことはない、己が宮を長らく留守にしていた私が悪いのだ。私が宮におれば、おまえも、私を呼ぶ思念を発する必要はなかったのだし、おまえは、天空の道上か、天上宮の最上層でしか実体化できぬのは、誰もが知っていること、私に用あらば、この宮を訪ねるしか、おまえには術がないのだからな」

「お優しいお心遣いに加え、もったいないお言葉をいただき、ありがとうございます」

「して、おまえの用向きだが…」

と、ミトラは、卓上に、金鎖と金環で象られようとしていたものを見つけた。和やかで優しげだったミトラの表情に、かすかなほろ苦さが加わった。

ミトラは黙って、卓上に置かれた金の装飾品を手に取ると…手にした途端、鮮やかに澄み切った、清清しくも暖かな真紅の気を感じ、その清冽な艶やかさに眩暈に似た陶酔を覚え、思わず、ミトラは瞳を閉じる。と、その閉じた瞼の裏までも紅に染まる。が、ミトラは、すぐに、軽く頭を振ると、金の鎖をウシャスの、すんなりとした首にかけ戻してやり、金環も腕に嵌めなおしてやった。

「おまえは…私に…一度、スーリヤと会ってやってくれ、と、そう言いに参ったのか?」

「!!!…ミトラ様、すごい…どうして、お分かりになったのですか?私のお願い申し上げたいことが…」

「そうか、やはりな…そうだな…おまえの望み、おまえの思いを、私はいつも、わかってやりたいと思っているから…ということにしておこう」

ウシャスの気を感じた瞬間から察しはついていたし、同じ旨をソーマからも聞いていたからではあった、が…

「あまりに勿体ないお言葉、恐悦にございます…では、改めましてお願い申し上げます…ミトラ様、どうか、一度、オスカーと…スーリヤ様と会う機会を設けてやってはいただけないでしょうか?スーリヤ様は、ミトラ様とお言葉を交わすことを強くお望みです、お申し付けくだされば、スーリヤ自ら、どこへなりとも赴く所存であると…ミトラ様のご都合のよろしいように、疾く参じるという言葉も、預かっております…どうか…」

ウシャス本人からの言葉として耳にした時、ミトラにとっては、それはまた別格のものとなった。

「あいわかった」

ミトラは即座に重々しく頷いた。

「ミトラ様!ありがとうございます!」

ただただ、ウシャスを消沈させないため、そして、この、ぱっと花開いたような晴れやかな笑顔を見るという褒美のための肯首、といっても過言ではなかった。同時に、このウシャスの心からの望みを一蹴した…私には絶対に無理だ…ヴァルナの鉄の意志に、ミトラは改めて感心せざるを得なかった。

「ただ、今すぐ、というわけにはいかぬ。此方にも、色々、都合があってな…いつという確約はできぬが、そのうち、適切な時が来れば、会うことになろう。おまえに助力する者から、何らかの接触があるはずだ、それを待て、と、スーリヤに伝えるがいい」

「はい、かしこまりました、不躾なお願いをご快諾くださり、本当にありがとうございます、ミトラ様。私からも…スーリヤに替わり、私からもお礼申し上げます」

「よい。ただ、あまり過剰な期待をされても困るぞ、私は、おまえが思っているほどの力はないやもしれぬ、おまえに手を貸してやりたいのは山々だが、何をしてやれるかは、まだ、わからぬ。スーリヤと会って言葉を交わしたとて、何の益があるか知れぬし、最悪、気持だけで、何の役にもたたぬかもしれんぞ?」

「そんな…でも、あの、オスカーは、スーリヤ様は、ミトラ様にお礼申し上げたい、と申しておりましたから…もしかしたら、それだけでも、いいのかしれません、あ、これは、私の考えですが…」

「?…私は彼奴に何もしてやった覚えはないが…」

それとも、今後の私からの支援をあてこんで、礼の先売りか?それだけで感激して、私もまた、ソーマのように尽力してくれるだろうとみなされたのなら…安く見られたものだな、この私も。尤も、ウシャスに私を呼び出させたこと自体、スーリヤの差し金であるのなら、それを無視などできず、のこのこやってきてしまった時点で、もう、底が知れてしまったというものだ、侮られてもやむなしか…などと、ミトラが皮肉気に考えていると

「あの、気恥ずかしいことですが…オスカーは…スーリヤ様は、ミトラ様に、私の…ウシャスの幸せを何より大事に考えてくださったことを、お礼申し上げたいと、そう、申していたことがありましたゆえ…」

「!?…そうか…なるほど…くっくっく…聞き様によっては、不遜かつ倣岸の極みに受け取れんこともないが…ここは、素直に受け取っておこう。最初は…よりによって、おまえを私への使者として寄越したことからして、スーリヤは、おまえの使いようを、良く知っている、私の弱い処を突く術もだ、スーリヤとは、よくよく抜け目のない男だな…切れ者であるのは確かだが…と、こんな風に思っていたが…」

「ミトラ様!それは…スーリヤ様に、そんなおつもりは…それに、今宵、私が此方に参りましたのも、オスカーには、どうにもミトラ様にお会いする手立てが見出せなかったゆえ…」

アンジェリークが何かを言いかけて、あわてて口ごもった。

「ああ、すまん、そんな哀しそうな顔をするでない、そうだ、おまえの言うとおり、元はといえば、私の不在が悪い。スーリヤの名代は恐らく幾度も接見を申し込みにきていたのだろうことは、私も察しがつくしな。ただ、おまえがあまりにスーリヤのことばかり言うので、私は、少々、やっかんでしまったようだ。悪意はない、許せよ。だが、ウシャスよ、おまえが、これ程の愛情と信頼を捧げているのだ、ならば、私も…私がウシャスを信じる以上、ウシャスの人を見る目も信じてやらねばいかんな」

「ミトラ様…」

ウシャスが明らかな安堵の表情を見せた。

「だが、思い返せば、おまえが、私を訪ね、私の名を呼んでくれたのも、元はといえば、私の不在が原因。おまえが、わざわざ私に会いにきてくれたことを思えば、留守にしていてよかったと、今、私は心から思っているぞ。たまには、出歩くのも良いものだな。して、話を戻すが、とにかく、今暫し待てと、ウシャスよ、そう、スーリヤに伝えるがいい、自ずと、目通り叶う時は来よう、とな」

「?…は、はい。お沙汰が下るのを待っていれば、オスカーは…スーリヤは、ミトラ様にお会いできるのですね?」

「私からの沙汰ではない思うがな」

「?…はい、承知いたしました」

「さて、私がこの宮に戻ってきたことがばれると、何かとやっかいだ、いや、もう、気づいているかもしれんが、こちらから挨拶赴かん限り、あえて静観を決め込んでいるのか…まあいい、下手に気を追尾されないうちに、私は、戻らねばならん、名残惜しいことだがな…」

「お戻り?ここがミトラ様のお宮ですのに、どちらにお戻りに?」

「さてな。また…もっともっと美しくなったおまえに会える日を楽しみにしているぞ」

言うや、ミトラは、現れた時と同じように、ふっ…と、かききえた。

ミトラが転移した瞬間、役割をどうにか果たし終えられたと思ったアンジェリークもまた、安堵の吐息をつきつつ、自ら意識して、中空に拡散するように、契約神の宮から消え去った。

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