百神の王 42

いつも通り、払暁に太陽の馬車を出立させてすぐ、オスカーは、アンジェリークからの…その姿は、まだ遠い彼方にあったが…弾むような思念を受け取った。

《オスカー、私、昨夜、ミトラ様にお会いできたの、そして、ミトラ様に、オスカーが会いたがってるってお伝えしたら、承諾していただけたの!》

《!…そうか、アンジェリーク、君のおかげだ、ありがとう》

オスカーは、感謝と安堵の思念を、素直に返した。

その事実は、しっかりとした目的意識さえ在れば、アンジェリークは実体化がより確とするだろうという仮説と、ミトラ神は、やはり、アンジェリークをこよなく大切に思い、自ら、積極的に動いてくれるだろう、という仮説の2つを同時に証明したことになるからだった。

ただ、続いて届けられたアンジェリークの思念は、少々、力ないものになっていた。

《でもね、すぐにというわけではないの…》

そういうと、アンジェリークは、昨晩のミトラとのやり取りを、もっと詳細に伝えてきた。接見を承諾はしてもらえたものの、いつと言う期日の明言はなく、時期に関しては助力者からの接触を待て、という謎かけのような返答しかもらえなかったこと、を伝えてきた。ミトラ神から「確約」というには及ばない程度の返答しか得られなかったことと、ために、オスカーをどれ程待たせることになるのか、わからないことを、アンジェリークが申し訳なく感じているのが、思念波から、オスカーには、はっきりわかった。

なので、オスカーは、明るく力づける思念を、意識して強めに発した。

《ああ、アンジェリーク、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ、なにせ、ミトラ様に、接見を承諾していただけたってことだけでも、大したことなんだからな。俺の友が、方々消息を尋ねても、探し当てることのできなかったミトラ様に会え、しかも、俺の申し出に、ミトラ様から承諾をいただいてきてくれたんだぜ、君は》

《ん、でも、それは、ミトラ様が、私の思念を見出して、自ら応えてくださったからで、私の力とか努力の結果ではないから…そんな風にいわれると面映いし…なんだか、サヴィトリ様やプーシャン様に申し訳ないみたい…》

《いや、ミトラ様が思念波を拾って応えてくださったのは、それが君の…ウシャスの思念波だったからこそだ。そして、ミトラ様が君に重きを置いてくれるのは…その敬愛は、君が永年、夜明けの女神としての勤めを立派すぎるほどに果たしてきたからこそだ。しかも、君が結果を出し得てくれたのは事実なのだから、君は大威張りしていいのさ》

嘘ではない、実際、アンジェリークは、この半月以上、彼らが尽力してもできなかったことに、あっさり、一晩で結果を出したのだし、そうとわかれば、友は「流石ウシャス様の霊験はあらたかやなぁ」と、感心することはあっても、否定的な見解は、一切もたないだろうことは、オスカーには確信できた。

《そして、ミトラ様は契約神だ、その気のないことは口になさらんだろうし、一度交わした約束は、必ず、守られるだろう、そう信じられるから、俺は、待つのは全くかまわんし、気にも苦にもならない》

アンジェリークを安心させるよう、力強い思念を発しながら、オスカーは、ミトラ神の言葉の内容を頭の中で吟味してみる。『助力者から声がかかるのを待て』という言葉の中の「助力者」は恐らくソーマ神のことだろう。それ以外は、考えられない。

『ソーマ様からのお声掛かりがあった時、自ずとミトラ神とも邂逅は果たせようということは、ソーマ様は、現時点で、既に、ミトラ様と、もうお目通りがかなって、正式な協力関係が築けたということだろうか…実際、神から神へと伝言を運ぶのに、ソーマ神は、確かに、最も自然かつ適役だから…ミトラ神の都合が整った旨を、ソーマ様が俺まで、伝言してくださるということなのだろうか…が、先日ソーマ様とお会いしたときは、ソーマ様も、ミトラ神の所在をつかめていなかったような気がするんだが…』

が、これは、今、いくら考えても、オスカーには、知りえないこと、どうしようもないことも明白だったので、オスカーは、これ以上考えるのはやめ、とにかく、ソーマ様から、何らかの働きかけがあるまで、待とうと、心を決めた。

そう、心を決めてしまうと、また、違う懸念ーラートリーやヴァルナの動向が、オスカーは気になった。

《ところで、アンジェリーク、君が、ミトラ様と言葉を交わしてた時、その場に他に神はいらしたのか?もしくは、後から現れたりは?》

《いいえ、オスカー、どなたもいらっしゃらなかったわ》

《君がミトラ様にお会いし、言葉を交わすことには、どこからも、なんら干渉はなかったんだな?》

《ええ、でも…》

アンジェリークの思念が、さっと曇った。

《今朝、ラートリーと交替する儀式の時に、言われたわ。「ミトラ様にお会いして、何を話したかはしらないけど、事態は何もかわりませんことよ」って…》

これだけ、告げると、アンジェリークは思考を制御した。この後に続いた自分たちの思念のやり取りは、とても、オスカーには伝えられないと思ってのことだった。

というのも、ラートリーは続けて

「昨夜、あなたと会っていたのが、気からミトラ様とわかったから、私、邪魔しちゃいけないと思って…有体にいって、黙って見逃してあげたって、おわかり?けど、ミトラ様に限らず、誰を味方にしようとも、私の目の黒いうちは、夜にあなたとスーリヤがまみえることを、私は断じて許さなくってよ。もし、夜間、あなたの至近に火の気配を感じようものなら、私は、即座に、その火の気の持ち主を…それが誰であろうと覚めることのない眠りに叩き込んでさしあげますわ。だから、これからも、天空の道以外で、あなたとスーリヤが会うことは、金輪際、ありえなくてよ、ウシャス、たとえ、あなたに嫌われ、憎まれようと、わたくし、この件に関しては、決して譲る気は、ございませんことよ」

と挑戦するような瞳で告げてきたからだった。

そのラートリーの言葉に、アンジェリークは、心底驚いた。

ウシャスは、ラートリーを嫌うとか、ましてや憎いなんて、欠片も思っていなかった、ラートリーの少々独断に過ぎる采配も、元はといえば、儚い己の身を案じてのことだとわかっていたし、オスカーと自分の恋が認めてもらえないそもそもの根本の原因は、自分の脆さであり、己の危うさにこそ起因すると、アンジェリークは自覚していたからだった。オスカーとの恋を認めてもらえないのは、寂しく辛いことではあるけれど、余所に原因を求め、誰かの所為にするなんて、アンジェリークは考えたこともなかったし、ましてや、そのために誰かを憎むとか嫌うなんて感情を、微塵も感じたことはなかった。

だからウシャスは、夜の女神と暁紅の女神がすれ違う儀式の、限られた僅かの時間にこう伝えた。

「ごめんね、ラートリー、私の存在が、しっかりしてないばかりに、あなたには、心配ばかりかけて…あなたが、私のこと、大事に大切に思ってくれてること、ちゃんとわかってるし、伝わってくる、あなたのすることは、全て私を思ってのことだってことも…だから、私が、あなたを嫌うとか、憎むなんてありえないし、考えたこともなかったわ。もちろん、これからも、よ。ただ、オスカーとの恋を認めてもらえないのは…寂しいとは思っているけど…」

すると、夜の女神は、意地っ張りな少女のように口を尖らせ、冴え冴えとした青紫の瞳で、きっ…と、姉妹神を睨みつけるように見据えてきた。

「バカね、そこまでわかっていて、どうして、諦めないのよ、あのスーリヤのことを!スーリヤなんて、今まで無数にいたし、これからだって、いくらでも出てくるのに、なんで、あのスーリヤだけが、そんなに特別なのよ!」

「それが、恋…なの、恋したら、もう、取替えは効かないの、それに、私は、オスカーがスーリヤ様だから恋したんじゃない、オスカーがオスカーだから恋したの…私を女神と知らずに優しく接してくれて…そして、私がウシャスだと知れたら、スーリヤ様となって、本当に会いにきてくださった…そんなオスカーが好きなの、オスカーは…特別なの」

「バカ!あんた、大バカよ!そいつのことさえ、諦めちゃえば、全て、綺麗に収まりがつくのに!私たちだって、今まで通りに戻れるのに!」

と、いらだたしさと安堵の混じった思念を捨てゼリフのように返したところで、ラートリーは、次元の狭間に逃げるように、休みに入っていってしまった…なんて、オスカーを、またも心配させそうで、とても、このやりとりの詳細は伝えられるものではなかった。

オスカーとの恋を諦めるとか、オスカーを好きっていう気持を失くすなんて、私には、絶対できないし、そんなことをしたら、私の身体はこのまま無事に保たれたとしても、私の心は、多分死んでしまう…オスカーとの恋は、私を不幸にするものではないの、むしろ、恋を捨てることが、私を儚く虚しくさせるもの、もしかしたら私を抜け殻にしてしまうものだって、ラートリーに、どうにかして、わかってもらいたい、と、アンジェリークは考えていた。

《そうか…》

オスカーは、アンジェリークが思考を制御した気配を、同時に、アンジェリークの憂いと意志とが、小波のようにオスカーに伝わってきたのを感じた。恐らく、ラートリーに、現実には、もっと厳しいことを言われたのだろうことと、だから、自分に心配をかけまいとして、思念を制御したのだろうことは容易に想像がついた。

ために、オスカーは敢えて、明白な事実だけを明確に思念に載せた。

《つまり、ラートリー女神は、その場に現れずとも、君が、ミトラ様の宮を訪れていたことは、わかっていたし…ずっとどこかに雲隠れしていたミトラ様が、一時的にせよ、宮に戻られて、君と会っていたことも、すぐに察していた、ということだな》

《ええ、私とミトラ様が、言葉を交わしていた時間は、決して長いものではなかったわ、私自身は、ミトラ様にお会いしたいって、かなり指向性の強い思念を発していたから、私がミトラ様の宮に顕現した気配は、他の神々にも気取られるだろうし、気づかれても仕方ない…とも思っていたの、でも、ミトラ様が、ご自身の宮にいらした時間は、本当に、僅かの間だったわ。それでも、ラートリーは、全て知ってた。ラートリーは、私たちの交わしたやり取りそのものは、聞いてなかった…自重したみたいだったけど…私やミトラ様の気配を読んでいただけで。でも、今、思うと、ミトラ様のお言葉が、曖昧であやふやなものだったのは、ラートリーに、その時交わした言葉や、会話の内容を拾われた時の用心だったのかもしれないわ…ラートリーは、その気になりさえすれば、夜に起きた出来事は、なんでも掌握できるんですもの》

《うむ、それは、多分にありうるな…》

恐らく、ラートリーは、昨晩に限らず、いつの夜も、ウシャスの顕現の気配に細心の注意を払い、神経を研ぎ澄ましていたのだろう、だから、彼女が、ミトラ神の宮に現れたその瞬間に、彼女の気を感じとった、だが、ミトラ神は、アンジェリークが実体化してすぐの時には、ご自身の宮には不在だったから、ラートリーはウシャスの動向をそのまま静観していたーウシャスに何もできまいと考え放任していた。そこに、暫くして、実際に、当のミトラ神が現れたわけだが、ラートリーは、その時現れた天界神がミトラだと、最初から断定できたかどうかは怪しいと、オスカーは思った。というのも、一般に、生粋の天界神の放つ気は似ているので、気を探るだけ、特に遠方からでは「どこそこに天界神が一人いる」というのがわかる程度で、その神が何神か特定するのは難しいからだ。

となれば、ラートリーは、ウシャスの放つ気から、ウシャスがミトラを呼んでいることを察し、それで出現した神をミトラと断じた、という所だろう。

ただ、ここで重要なのは、ラートリーは、ウシャスの気配は、どんな微かなものでも、短時間でも捉えられる、ということだ。姉妹神として、特別な結びつきがあろうし、何より、ウシャスは、他の天界神にはない、独特の華やいだ紅の香気をまとっているので、ラートリーのように特別な結びつきがなくても、ウシャスの気を感じるのは、容易だ。だからこそ、ミトラ神も、ウシャスの気を感知して、即、かけつけたのであろうし。

そして、ラートリーには、ウシャスがいるのはミトラ神の宮で、彼女が会っていたのは天界神とわかったからこそ、何の干渉もせず静観していただけというのが、オスカーには、よくわかった。もし、その場に現れたのが俺だったら…ラートリーが、僅かでも火神の気配を感じたら、即座に、あの女神は、宣言通り、万能の力で俺の意識と身体の自由を容赦なく奪っていたことだろう。夜の俺は…いや、俺に限らず、夜のラートリーの前では、何人たりとも赤子も同然だからな…となると、やはり、場所はどこであれ、夜に、ラートリーの目を出し抜く形で、ウシャスとの逢瀬を持つのは、俺には不可能ということか…。ウシャスが実体化できるのは、天空の道の至極近辺に留まる、そして、天上宮のその当りは、ラートリーにとっても、いわばお膝元なのだから、気配は、よくよく読みやすいことだろうし…。

となると、やはり、正攻法で、ヴァルナ様を説得して、お考えを改めていただき、ラートリーの干渉を解いていただくか…しかし、これもヴァルナ様のご気性や、ソーマ様とのやり取りを聞き及ぶに、かなり難しそうだ…。

俺たちの恋は、とりまく周囲の状況は、考えるほどに、閉塞感が募るばかりだ。

が、状況は芳しくない一方で、手助けしてくれる協力者に恵まれているのは事実であり、ましてや、ミトラ様からアンジェリークに接触してきてくれたのは、心強い。オスカーは、この希望を思念に乗せて

《君の感じた通り、ミトラ様は、考え深く周到な方だから、俺たちが会見を持つにしても、ラートリー女神やヴァルナ神に知られずに済む機会を伺っているのではないかと、俺は、思う、だから、今は確約できない、が、これはという機会がきたら連絡する、『接触があるまで、待て』というのは、そういう意味だと思うんだ。だから、君が恐縮する必要はどこにもない。ことを急ぐより、時期を見ることが良い結果をもたらすことは多いし、約束がいただけただけでも、ありがたいことなのだから》

と、アンジェリークに闊達な様子で加えた。

俺たちの恋には、賛同者がいてくれる、以前に比べて、悲観的な要素が増したわけでもない、その上、ミトラ神が、ヴァルナ神に知られないようにと用心した上で、俺との接触を受諾してくださったのなら、それは、間違いなく、俺たちに協力する気持を持ってくださっているからだ。ヴァルナ神の意に沿わぬことを、目論んでいるからこそ、俺たちとの接触を悟られないよう、注意深く動いているのだ。それは、素直に、希望の証だと、オスカーには思えた。

すると、アンジェリークから、こんな思念が届いた。

《そう…ね…なら、およびたてを待つ間に…オスカー、私、ちょっと思いついたことがあって…試してみたいことがあるの…》

夜には絶対二人を会わせないとラートリーが宣言している以上、ラートリーの目をかいくぐって、私たちが会うというのは、正直難しいと思う、と、ここまでは、オスカーと意見を一にした思念を、アンジェリークが送ってきた、が、それに続けてアンジェリークが

《だから、私、昼間に…実体化を試みてみようかと思うの》

と、言い出した時、オスカーは、正直、度肝を抜かれた。

《いや、アンジェリーク、それは…》

《ん、オスカーが言いたいことは、わかるわ。最初から無理…不可能だって、思うわよね。私は、陽光と不可分になると、拡散して世界中に広がってしまう…この世界の全てを満たし照らすオスカーの陽光に溶けて混じっているから…存在するには、薄くなりすぎてしまうから、実体化できないんですもの。でも、私がこの形をとれないのは、スーリヤ様の陽光は、目が眩むほどまばゆいから…一度光の粒となって混じりあってしまうと、私は、自分を形作る境界線がどこだか、わからなくなってしまうから、というのもあるの。一面真っ白な闇の中に、自分が一杯に広がっている感覚とでもいうのかな。陽光がまぶしすぎて、何も見えないから、自分の輪郭を思い描いて、自身をより集めて形作ろうとしても、上手く、象れないの。昼間の私は、限りなく薄く広がってはいても、きえてなくなっているわけじゃないから、時折、ぼんやりと意識が表に浮かぶこともあるの。でも、そこで、強く意識しても、人としての形を取ることができないのは、何も見えない状態で絵を描こうとしても、上手くできない…闇雲に、直感だけを頼りに線を引いても、意味のある形にならない…上手く線と線が繋がらないから…だから、人の形になれない、そんな感じなの、って言ったら、わかるかしら?》

《ああ、そう言ってもらえると、すごく、わかりやすい、正直、君の姿は目に見えず、気配も感じ取れないから、俺ですら、君が消えてしまっているように、つい思ってしまうが、そうだ、君は、昼間、消えているんじゃない、限りなく広がって、この世界一杯に満ちているんだものな…君の姿が見えなくなるのは、そも、日輪の発する陽光が、強烈すぎて、君の暁光を覆いかくしてしまうからだし…》

《ええ、だから、私は…少なくとも私の一部は、とても、薄まってしまってはいるけど、いつもオスカーの傍にいるの、オスカーを包んでいるはずなの。だって、私は、オスカーの傍にいたいと、いつも願っているから…願いながら、あなたの光にこの身を溶かしているから…》

《アンジェリーク…》

《だけど、世界に陽光が満ちている昼間は、私自身にも、自分の姿を見てとる…認識することができないんですもの、誰にも見えないのは、当然なの。陽光を目にしたら…それが神であっても人間であっても、視界は真っ白な闇に塗りつぶされたようになって、何も見えなくなってしまう、それは、私の存在に限ってのことじゃないわ。それくらい、スーリヤ様の力は凄まじいのですもの。だから、陽光が、満ちあふれている場所では、身体を持つのは、私、正直、無理だと思うの、でも、天上宮のどこかに、昼間でも陽光が差し込まないような場所ってないかしら?そういう処でなら、強く願えば、もしかしたら…って》

《う…む…》

オスカーは考え込む、アンジェリークの言葉には、確かに理がある。しかし、黄道に最も近い、天上宮のしかも最上層で、陽光の差し込まない、届かない場所などあるだろうか。黄道から程遠い、地上や天上宮でも、最下層に近い領域なら、昼間でも陽光の達しない処はあるやもしれぬが、黄道から離れすぎては、結局アンジェリークは実体化はできない…しかも、首尾よくアンジェリークが実体化できたとしても、この提案には、大きな見落としがあった。

《だが、アンジェリーク、君が昼間の天上宮に上手く実体化できたとしても、俺は、そこには行けない。乾季の俺は終日、太陽の馬車を駆らねばならん。この馬車から離れることができない。そして、雨季の昼間なら、俺は天上宮にいるが、雨季の間は君が大気中に拡散していない…雨季には夜明けの儀式を君が経ることはなく、君はラートリーの支配する夜の世界で眠りについている筈だから…》

《あ…そうか…そうよね…私、バカだわ…》

《いや、そんなことはない、俺には、それは、思いもつかない着眼点だったし、試してみる価値はある、ただし、君が、俺と会うために、昼間の実体化を試みてくれるというのなら…》

オスカーは、必死に、かつ、めまぐるしい勢いで思考をめぐらせる。どこだ?どこなら、ウシャスが身体を持て、なおかつ、俺が、会いにいける?どこでなら、それが可能だ?

ウシャスが身体を持てるのは、黄道から至近の場所ー天上宮もその一部だー…が、たとえ、アンジェリークが首尾よく実体化できても、俺はこの馬車から…この黄道上から離れられん、となれば…実体化できたアンジェリークに俺が会える場所といえば…昼間なら、この黄道そのものの上しかない…しかし、この遮るものとて何もない天空の道のどこで、彼女が実体化できるというのだ…天上宮でさえ陽光の差し込まない場所など思い当たらないというのに…ましてや、この開けきった黄道上で…太陽の馬車の通り道のどこに影のできる場所があろう…

考える程に絶望に心が染まりそうになり、オスカーは、やるせない思いで、自分の辿ってきた天空の道を思わず振り返った。が、オスカーが後方に目をやっても、見えるのは、壮麗にして豪奢ではあるが、同時に、無骨で、いかにも頑丈そうな造りの馬車の車体だけだ。

が、その馬車の車体を目にしたその瞬間ー普段、馬車を駆っている間は前方を見据えているからこそ、その存在自体意識に昇らない馬車の車体を目にしたことで、オスカーは「あ!」と、ある閃きを得た。今まで、当たり前すぎて、逆に気づかなかったこと、目に入っていても見えていなかったことに、はたと気づいた。

そうだ、俺の駆る太陽の馬車には客車がついている…もし、客車の車内が陽光を遮るようにできているなら…しかも、この馬車は黄道の直上に常にある…なら、ウシャスも、この馬車の上…いや…馬車の中…でなら、身体を持てるのではないか?!

オスカーは、瞬時に、己の記憶を探り、掘りおこす。太陽神就任の折に、太陽神の勤め・なすべき仕事の一切合財、その詳細をー圧縮した思念と情報の固まりを、ヴァルナ神から直に頭に叩き込まれた、その中に、この太陽の馬車に関するもの、車体の役割についてのレクチャーがあったはずだった。

俺が駆る太陽の馬車には、戦車と見まごうばかりの、壮麗にして頑健な黄金の客車が付いているが、これは何のためだった?日輪を引くためだけなら、簡易な二輪車の形状でもいいはずなのにー馬達が引く馬車は、客車仕様になってる…これは、確か、何かの儀式で、何某かの神が、この馬車に乗る機会があったからではなかったか…

オスカーはスーリヤとしての仕事・責務の記憶を総ざらいして、記憶を縦横無尽に掘り起こしていき、漸く、それらしき儀式を…太陽の馬車を用いる儀式を思い出した。十余年に一度巡ってくる儀式だった…だから、記憶から掘り起こすのに手間取った…そうだ、この馬車には、他の…太陽神でない神が、乗り込む儀式があった、馬車はそのために客車部分を持っていた筈だと。

《そうだ…思い出した…》

《え?》

《アンジェリーク、この馬車だ》

《馬車?》

《ああ、君が俺に会うために、昼間の実体化を試みると言ってくれるなら…それは、今、俺が駆る太陽の馬車の車内、ここしかないと思う》

《太陽の馬車の中?日輪の上にある、その頑丈そうな箱の中って…中に入れるようになっているの?私、ずっと飾りだと思ってたわ…でも、そういえば、日輪を引っ張るだけなら、そんな箱はいらないわよね…》

オスカーは苦笑しつつ、頷いた。

《ああ、今、太陽神の仕事一覧を記憶に照らしあわせていたんだが、間違いない…12年に一度の新年に、この馬車に、普段は地上を守っている12人の年神が乗り込んできて、天空の道上から祝福を与える儀式があるんだ、ただ、それは、太陽の馬車が天空の道の頂上に達した時だから、君は見たことがないはずだ、知らないのも無理はない。で、その12年に一度の儀式のために、この馬車の上物は無駄にでかく、太陽の熱波から内部を守るため、無骨なまでに頑丈に造られている、一見、戦車と見まごうばかりにな。が、暫時とはいえ、神々の乗り物になるから、中は、かなり広々とした客室になっているはずなんだ。俺は、まだ新参のスーリヤだから、その儀式の実際の経験がないので、すぐには思い出せなかったし、馬車の内部も、実際には見たことはないが、太陽神就任の折、ヴァルナ様とミトラ様から、太陽神の仕事内容は、全て直接頭に叩き込まれたから、その概要は頭の中に入っている。そして、この馬車の中でなら…俺も御者席から暫し離れて、君に会うこともできよう…》

《!!!…ええ、ええ、オスカー、もし、そうできたら…》

《…ただ、馬車は頑丈な箱型とはいえ、陽光が入り込まないほど密閉されていたかどうかが、わからん。だから…アンジェリーク、結果がはかばかしくなくても…結果として、昼間の実体化は、意識が拡散しすぎていて、無理だったとしても、落胆しないでくれ。上手くいけば幸運だったと、それくらいの気持で…》

《ん、わかったわ、オスカー。でも、私、今日のお昼間にでも、試してみるわね》

アンジェリークは、待ちきれないというような期待に満ち満ちた瞳で、オスカーに白い腕を伸ばしてきた。オスカーは、そんなアンジェリークを己が腕で抱きしめながらも、決して楽観はしていなかった。

太陽の馬車の車内が、陽光を遮るようにできているかどうかー極稀にとはいえ年神が乗り込むので、ある程度の熱波は遮れるようにはなっているはずだったがー耐熱性がどの程度あるのか、定かでない上、馬車の車体は、日輪の直上にあるのだ、陽光の影響を受けないとは考えにくかった。が、アンジェリークの言葉どおり、彼女が、首尾よく昼間に実体化できたとしても、天空の道から離れられないオスカーは、この馬車上でしか、彼女と会う場は設けられないことも、また、明白だった。

そして…オスカーの危惧どおり、アンジェリークは実体化が果たせなかった。日中、ずっとアンジェリークの気配を逃すまいと、神経を尖らせていたオスカーだったが、彼女の気を感じることは全くなかったからだった。

翌朝、しょんぼりした彼女の言によると、彼女の意識自体は、黄道上に、身体を象るように、明確に意図できたのだという。

《オスカー、やってみたら、できたの。できたような気がしたの。強く意図すれば…元々、私を構成する光の粒はこの世界中に一杯あるから、最も強く熱と光を放つ一点を意識してーあなたのことよ、オスカー…そこで、この女神としての形を取ろうとして、瞬間、ちゃんと形になれそうな気もしたの…でも、私の身体…瞬きするほどの時間も持たなかった…オスカー、あなたの前に、現れるところまで、もたなかったの…》

自分を認識できた、と思った、すぐ次の瞬間には、アンジェリークの意識は、箍を失って再び爆散するように飛び散ってしまったらしい。

多分、俺が、君の気配を察知できる程の長さもなかったはずだ、瞬きできる程の時間でも存在できていたのなら…瞬間的にではあっても、俺は、君の気配を間違いなく、感じ取るはずだから…。

それでも、オスカーは、アンジェリークに慰めと励ましの思念を送った。

昼間、意識すれば、実体化できることがわかっただけでも、すごいじゃないかと。

それは、確かに気休めの言葉だったかもしれない。それでも、この出来事は、オスカーの胸には、アンジェリークの健気な姿勢と、自分には、思いつかない打開策を見出そうとしてくれた彼女の聡明さと、ひたむきさを再認識させてくれた。そして、昼間の彼女は、消えさっているわけではないーややもすると、自分も、つい、そう思ってしまっていたがー見えない形ではあっても、彼女は、いつも俺の傍らにいてくれるのだということも、また。

このように、オスカーとアンジェリークは、現状を打開するために、できること、思いつくことは、片っ端から試してはみたものの、結局、目に見える成果をあげることはできていなかった。が、そうこうするうちに、この乾季も、そろそろ終わりが近づいてきた。

ミトラ神からも『助力者』と思しき者からも、何の接触もないままに。

生粋の天界神であるミトラ神と情報交換するうちに、また別の打開策が見出せるかもしれないと、思っていたオスカーはー今のところ、自分たちの工夫や創意は、報われていなかったから尚更ーソーマ神からの接触をいまかいまかと待っていたのだが、あの後ーウシャスとミトラ神との短い会見の後は、ソーマ神からも、何の音沙汰もなくなってしまっていた。

何も手を打てないまま、また、次の雨季を迎えるのか…と思うと、正直、オスカーは気が重かった。

雨季になると、体調の起伏が穏やかになり、そういう意味では身体は楽になるが、また、暫くアンジェリークと会えない日が始まる…と思うのが、たまらなく寂しかった。が、雨季は、地上の民にとっても、また、オスカーの操る太陽の馬車のメンテナンス及び、火の神馬たちの休養に、絶対必要不可欠なものだから、オスカーは、雨神の訪れる気配を感じるや、天空の覇者の座を、あっさりと明け渡してきた。今までもそうだし、今回もそのつもりだ。そんなオスカーの様子に、雨神パルジャニアは『歴代のスーリヤで、あなたのように、すんなり覇者の座を譲り渡すものは、初めてです』と、いつも、判で押したように、明らかな驚愕を見せた。

そして、続けて

「今までのスーリヤは、私が参りましても、皆、なんだかんだと、中々天空から退いていただけませんで。雨季にきちんと休養せねば、消耗激しく結果として在位が短くなりますのに、まったくスーリヤというのは、支配欲やら権勢欲やらが強すぎるあまりに短絡というか、野心ばかり強くて、みっともないほど権力に執着するものだと呆れていたのですよ…それとも、あれは、ご自身の在位が不安定だとわかっているからこその、執着なのでしょうか、まるで、悪あがきと申しますか、なりふり構わず支配者の地位に恋々とするのは…と、おや、これは、失礼なことを申しましたでしょうか?いえ、あくまで、今までのスーリヤのことを申しましたまでで、決して、あなた自身がそうだと申しているのではございませんよ、ええ、今のところ、あなたは、理想的なスーリヤとして振舞っていらっしゃるのですから」

と、「君の謙虚な態度も、今だけではないのか?いつまで続くことやら…」というあからさまな皮肉に満ちた思念をなげかけてくるのだった。その度に、オスカーは、天界神一般の、太陽神へのねじくれた偏見と軽侮の感情を思い知らされる気がした。

雨神は、太陽神の不安定な振る舞いに、永年の間、どの神より、直接的に悩まされてきているからー先代の太陽神もまた、雨季が始まっても、頑として天空に居座り続けたたせいで、天気雨が続いたことはオスカーの記憶にも新しかったースーリヤへの評価が、他より厳しくなるのは仕方ないことだとは考えたが。一方で、雨神に比べれば、ヴァルナ神は、自分を公明正大に扱っているというのも、オスカーにはよくわかった。少なくとも、俺の仕事ぶりは、きちんと評価してくれているしー内心はどうあれ、スーリヤ一般への皮肉や不信を露にすることもない、既存のスーリヤと、現スーリヤである俺を、きちんと別物と認識・評価している。つまり、今までのスーリヤがこうだったから、俺も同様だろうという「どうせ」という冠言葉がつくような思い込みや偏見を持っていない。だからこそ、アンジェリークへの俺の影響力も認識したのだろうし、俺の能力に関しては、買いかぶりすぎなくらいだ…。

だが、歴代のスーリヤは、権勢欲や支配欲にとり付かれて、天空の覇者の地位に恋々としていたのではないことは、オスカーには痛いほどわかっていた。そして、神馬たちを休めてやらねばならないことも、自らの神としての命を縮めることだとわかっていても、可能な限り天空にい続けたいと、切望したスーリヤたちの心情を思うと…それこそ、正気を失うほど煽られ続け、なのに決して報われることのないウシャスへの執着を思うと、オスカーは、哀れさの余り、涙が出そうだった。

俺が知らない歴代のスーリヤたちの無念を晴らすためにも、そして、俺以降、こんな、哀れなスーリヤを輩出しないためにも…俺は、スーリヤとして安定してみせる。俺が最後の、そして永劫のスーリヤとなってみせる。されば、今後、地上で学ぶ火の若者はウシャスに目通りかなう可能性がなくなってしまうから、俺は、彼らの希望や野心を損なうことになってしまうかもしれない。が、何も知らず決して手にできぬ希望を抱かされ、追い続け、走り疲れて力尽きて滅していく火の子を多数出すより…余人にできぬ仕事をなしながら、天界神たちからは、その神力の不安定さゆえに侮蔑を受ける火の子たちを、天界に送り出すよりはずっといい、そう信じようと考えた。自分の考えは、傲慢であるかもしれないが…俺がスーリヤとウシャスの不自然な関係を、真に寿ぐべき輝かしいものにしてみせる、とオスカーは、天界神から遠まわしの侮蔑や皮肉を浴びるようなことがあるたびに、密に決意を新にした。

が、結局、ソーマからは、何の音沙汰もないまま、明日からは雨季に突入するというその日を迎えた。

西の神殿に太陽の馬車をすべりこませたオスカーは、アグネシカたちの首を軽くはたいて、働き振りを労った。神馬たちは、これから、人工的に作られた牧場で、次の乾季まで十分に休養し英気を養うのだ。その間、馬車本体も、工巧神の作業場で、徹底的に分解整備され、オスカーを筆頭とする太陽神も…休養も仕事のうちとばかりに、身体を休めることになる。何もできることのない虚しさに、あまり、悶々としすぎないようにしなければなと、自分を戒めたその時だった。オスカーの帰還を待ち構えていたらしい、月神付きの神官から、ソーマ神の発した正式な命令書を手渡された。

この雨季明けの次の乾季に、月と太陽の軌道交差がある、新スーリヤには初めての経験であることを鑑み、その時の注意点、並びに、月の扱い方と、そのための道具の使い方を、トバシュトリの工房で実際に講義・教授したいので、雨季に入り次第、工巧神の工房に、サヴィトリ、プーシャンともども参上するように、という内容だった。

太陽の馬車と銀杯である月が、天空の道上ですれ違うことがあることは、知識の上では知っていたが、確かに、実際に経験するのは、初めてだから、ソーマ神の命令は、至極当然のものにオスカーには思えた。

『まさかな…』

だから、これが、ウシャスを通じてミトラ神より伝えられていた「助力者からの接触」だとは、流石にオスカーも想像せず、事務的に、明日にでも参上する旨を、使者に託けた。

そして、すぐ、その翌日、オスカーは、サヴィトリ、プーシャンともども、初めて訪れた工巧神の工房で

「なぜ、あなたが、こちらに…トバシュトリ殿の工房においでなのですか…ミトラ様…」

と、驚愕の声をあげることとなる。

 

呆然と突っ立ったままの青年神3人に

「よう、スーリヤ、おめーの就任の儀式の時以来だな、馬車や鞭の具合はどうだ?調子悪いトコとかねーか」

トバシュトリが、にっ…と笑いながら、気安い口調で、声をかけてきてくれた。

「あ、ああ、トバシュトリ殿、おかげさまで、万事つつがない、あなたが万全の整備を施してくださるおかげだ」

「いや、整備ったって、てーしたことはしてねーから、礼には及ばねーよ。おめーが、丁寧に馬車を扱ってくれてるおかげで、最近は、長期の乾季明けでも、不備がみつかることの方が稀なくらいだ。今までは、1回乾季が終わる度に、整備の職人が悲鳴あげるほど、馬車のあっちこっちがガタピシになってたんだがよぉ、だから、俺様の工房じゃ、おめーは、すげー馬車を大事にする珍しいスーリヤだって評判だぜ、職人の負担も減って、俺様としても監督が楽で…ああ、俺に時間の余裕が増えたのは、その所為もあったんだな…今、気付いたぜ。いろんな意味で、おめーがスーリヤになってくれたおかげで、俺様、絶好調だぜ」

「いや、こちらこそ、礼を言われるようなことは…俺は、普通に馬車を扱っているにすぎないと、自分では思っていたが…」

「じゃ、なんだ?今までのスーリヤは、皆が皆、殊更、乱暴で荒っぽかったってことか?…そりゃまた、一体、どうして…」

トバシュトリが考えこむ素振りをみせる。

「決まっている、今までのスーリヤは、馬車を手荒く扱わずにはいられない心境だった、しかし、このスーリヤには馬車を酷使したくなるような心情や、その理由がない、それだけのことだ」

と、脇から物憂げな口調で『わかりきったことだ』と言わんばかりに、ミトラ神が口を挟んだ。トバシュトリが『ああ』と納得するような面持ちをすると同時に、オスカーは我に返ったようにミトラ神に向き直り、勢いこんでかの神に話しかけた。

「そうだ!ミトラ様、ミトラ様が、トバシュトリ殿の工房においでだったとは、俺も思いもよらず…今まで、ずっと、こちらにおいでだったのですか?神官たちが、宮で、ミトラ様の安否を案じておりますが…」

「ふん、流石、このスーリヤは、少々堅っ苦しいが、礼儀ってものを、よくご存知だぜ、謙虚だし、ここに、ミトラがいることに驚きはしても、今まで『こんな処』発言は一切でてこねーぜ、ソーマ、おめーと違ってよぉ」

通された部屋…というより作業場の一番大きな長椅子に、この部屋の主とばかりに悠然と寝そべっているミトラ神を眼前に、若き3人の太陽神はあっけに取られたまま、状況を掴みかね、なのに会話だけが進んでいく最中、本来、この部屋の主であるトバシュトリは、こともなげに、そして得意そうに、同席しているソーマ神の背中をどやしつけた。

「おまえも、存外、根に持つ奴だな」

「おめー、自分が傲慢だってことに無自覚みてーだから、指摘してやってんだ」

「最高位の天界神は、謙虚である必要はない、謙虚であっていけないわけでもないがな」

「…確かにな、おめーを見てると、よーくわかるよ。もう二ヶ月近く、平然と俺の工房に居候決め込んでやがるもんな!でも、今日、ここで、スーリヤとの会見を果たせるわけだから、これでおめーが俺んちに居候する理由もなくなるよな?この話し合いが終ったら、いい加減、自分ちに帰れよな!」

「さて、どうしたものかな…」

「って俺を、いきなり、不安のどん底に叩き込んでんじゃねーよ!おい、スーリヤ、今日の会見が終ったら、この場所取りやろーの首に縄ひっかけてでも、最上層につれ帰ってくれー、頼む!」

「ちょ…ちょっと待ってくれ…状況を整理させていただきたいのだが…」

「ミトラ、その『してやったり』ってにやついてる顔、すっげーいやらしいぜ、おめー、ぜってー、人を驚かして楽しんでやがるだろう」

「ここなら、誰にも…具体的には、ヴァルナとラートリーだが、彼奴らに気づかれぬことなく、会談が持てる、ソーマがそう言ったから、私は、ここにい続けただけではないか。下手に動くと、煩いヴァルナに気を追ってこられるやもしれぬから、動かなかったというのもあるしな。しかも、その間、私とて、ただの食客ではおらなんだ筈だがな。結構、思念波の出し入れに協力してやったはずだが…して、トバシュトリ、おまえは、結局、光の者を形作る組成を弄れたのであったかな?…」

「って、思考波を出すっつっても、おめーはそこで寝てただけだろーが!でもって、なんで、そう、人の傷口えぐって塩をなすりこむことには、天才的なんだよ、おめーはよー!」

「おまえたちの会話は、本当に永遠に進歩がないな、ま、君たちも、突っ立ってないで、座りたまえ、今、席を用意させよう」

ソーマ神は、いそいそとした様子で、ぱちんと指を鳴らした、と、奥の続き部屋から、腰の高さほどのカラクリが滑るように走ってきて、3人の若者に、それぞれ椅子を運んできた。椅子を置き終えたカラクリに、ソーマ神は『私の持ってきた神酒を神の人数分、杯に注いでもってきて、彼らに手渡すように』と細かな指示を出していた。その様子に、3人の青年神は、更に、あっけにとられ、言葉がでてこない。

「おめーもやっぱり、ミトラと同類だな、こいつらの度肝抜いて、面白がってやがる、俺のカラクリたちも、すっかり手懐けやがって…」

「心外だな、トバシュトリ、そもそも、カラクリのデキのよさを、自慢して、見る人を驚かせたいのは君だろう?私なぞ、すっかり、君の手管に、いや、君のかわいいカラクリの魅力にだな、参ってしまっただけだよ。まったく、ミトラが、ここに居座る気持が、よくわかる…」

「…おめー、今、さらっと、ものすごく不吉なこと、口走らなかったか?ま、でも、俺のカラクリのすごさに参っちまうのは仕方ねーよなぁ、うんうん」

トバシュトリが、まんざらでもない顔つきで、ソーマ神の言葉に気をよくしているうちに

「さて、では、客人も落ち着いたようだし…」

丁度、青年神3人は、それぞれにカラクリに椅子を進められ、飲み物を片手に、恐縮しつつ席についたところだった。と、ソーマは、軽く頷くと、青年神たちを見渡しつつ、こう宣言した。

「では、ここにいるスーリヤ=オスカーに、いかにしてウシャスとの恋を実らせてやるか、もしくは、ヴァルナ・ラートリーの連合を、我らに出しぬく術はあるかという会議を始めようか」

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