「…ソーマ様、ここにいるお歴々を拝した時に、もしやと思いましたが、この会合は、やはり、そういう集まりだったのですね。呼び出しを戴いた時は、不覚にも、全く、俺は、気付いておりませんでした…」「当事者が思いもよらねーっつってんだから、他に、真の意図が漏れてる心配はねーな、これなら」
「でも、君に伝えた用件も議題の一つだ、だから、どこにも嘘はない」
「いわば表議題と、裏議題だな」
「故に、万が一、どこの誰に思念を読み取られたとしても、何も問題はない、偽りは、どこにも、一つもないからだ」
3人の先輩神たちは、若者たちの前で、にやりと人の悪そうな笑みを同時に浮かべた。
「…それにしても、トバシュトリ殿も、我らのお味方になってくださっていたとは…」
「トバシュトリでいいぜ、殿とか様とかつけられると、尻がむずむずすらぁ…ってことは、ともかくだな、俺は、おめーの味方になるなんて、一言も、言ってねーぜ、スーリヤ。かといって、当然、ヴァルナ寄りじゃあねぇけどよ。どっちかといえば、俺の立ち位置は、ウシャスよりの中立ってとこだ。ウシャスが幸せになることにも、スーリヤが安定すんのにも異存はねー、要はそんだけだ。で、俺は、ミトラとソーマから、おめーとウシャスが見せ掛けじゃねぇ、本当の恋仲になれば、その二つともが同時に叶うって話を聞いた。実際、そうなりゃ誰にとっても…おめーやウシャスは言うに及ばず、地上の民や動物たちにも万々歳だかんな、その可能性があるんなら、協力してやってもいい、そんな感じだ」
「トバシュトリ、それだけわかっていてくだされば、十分、お味方と言っていいような気がするが…」
「ぜんっぜんちげーよ!俺は、ソーマみてぇに、無条件におめーに入れ込んでるわけじゃねーかんな、そこんとこ、勘違いしてもらっちゃぁ困る。スーリヤが安定してる方が、地上の生き物達が助かるから、協力してやってもいいって言ってるだけだ。ただ、協力するからには、おめー自身が協力し甲斐のあるやつかどうか、俺としても見極めたい。おめーの気構えつーか、男気が、どれ程のもんか見せてもらいたい、そういう意味で、俺も、おめーと、腹を割った話がしてみてーと思ってた。おめーからすりゃー、値踏みされるみてーで、いい気持はしねーだろーが、俺様としては、つまんねーやろうに、力、貸す気はねぇんでな」
「なるほど、もっともなご意見だ…では、俺としても、率直な物言いをさせていただこう」
「ああ。俺も、その方がいい。で、だ。おめーが、ウシャスと恋仲になれば、スーリヤとして安定するってぇのは真実か」
「これといった…目に明らかな証拠は、今は出せない。俺自身が、これから証明するしかないからな。が、俺は確信している。スーリヤの力の不安定さは、天界のウシャス保護方策に起因する…叶わない恋情を煽り続けるそのシステムに在るのは明らかだ。だから、ウシャスへの恋情が健全な形で昇華すれば、スーリヤの神力は安定する筈だ。しかも、俺はウシャスから深い愛と篤き信頼を寄せられている。この世の何より貴重なものを、自分から無碍にするような馬鹿な真似は絶対にせん。だから、自分から、神力を不安定にして、退位することは絶対にないと約束する。俺が、退位するとしたら…アンジェ…ウシャスが、俺がスーリヤで在ることを望まなくなった時だけだ」
「おめーは、ウシャスを幸せにするか」
「必ず。そして、彼女を1人の女性として幸せにできるのは、俺しかいない」
「おめーなら、ウシャスを幸せにできるって根拠はなんだ?」
「俺が彼女を愛しているのは無論のこと、彼女も俺を愛してくれているからだ、俺たちは、互いに尊重しあい、支えあい、与え合い、共に同じ歩調で歩んでいく、どちらが、一方的に崇めるでも、もたれるでもない、二人で手を携えて生きていく、その意思があるからだ」
「今後、具体的には、どう動くつもりだ?」
「今の俺にできることは…太陽神は…スーリヤの交替は、俺の代で最後にする、つまり、俺は最後の、そして永劫のスーリヤとなる、この決意表明だけだ。俺は、ウシャスと共に、永遠・絶対のスーリヤとして世界を治めゆくつもりだ、それは、何も知らないままに利用され、ウシャスに虚しく焦がれた挙句、心を病み壊れてしまう火の若者を、これ以上出さないことに通じる。また、太陽神の不在に拠っておきる寒冷期で、地上の民や動物に無用の辛酸を舐めさせることもなくしてみせる。これは、俺の絶対の信念…大前提だ」
「…その宣言、契約神の私の前でも、正式な誓約として、誓えるか?破棄すれば、神界から堕ちることになるが…」
「無論。むしろ、望むところです。そして、その誓約を果たすためにも、俺は、決して、絶望しない、絶望は心を蝕み、いつか、壊してしまうから…だから、欠けているところを嘆くより、欠損を少しでも埋めるには、どうすべきか考えている、みっともなく足掻くことになっても、足掻いた分だけでも前進できればいい、そんな気持で、今、できることを探している…」
「って、ことはだ、恋を成就させる、具体的な目処はたってねーんだな」
「ああ…面目ないことだが。力及ばずな…」
「ま、そうだろうな、できてりゃ、もうとっくにやってんだろうし、そも、こんな話し合いなんていらねーもんな…けど、おめーも、やっぱ天界神の一員らしく、傲慢なまでに自信家だな。『俺が最後のスーリヤになる』なんて断言しやがった奴、初めて見たぜ、だが、これくらいの大言壮語を吐けなきゃ、あのヴァルナの向こうは張り合えねーわな」
にやりとトバシュトリは、人の悪い笑みをみせた。
「恐れ入る」
「かといって、自分は無敵・全能と勘違いしてるバカでもなさそうだ。日中のスーリヤは全知全能みてーなもんだから、勘違いしちまうバカ野郎も多いんだが…今、できることと、できねーことをきちんと分けて自覚してるのは、バカじゃねー証拠だ、自分は何ができねーのか、それがわかってれば、対策を立てることができる、逆に、自分のできねーところがわかんねーと、その穴をどうやって埋めたらいいかも、わかんねーから、結果、全く進歩しねんだよな…ふん、今のところは、こんなもんで十分か…」
「では、トバシュトリ、俺は、一応及第点をもらえたということか?」
「今の時点では、おめーに協力してやるよ、ウシャスのこともだが、おめーが、もうスーリヤを交替させねーって断言したのが、気に入った。スーリヤは交替しないですむなら、しねー方がいいにきまってんだかんな。俺の発明のためのみならず、地上の全ての生き物のためにもな」
「理解を示してくださったこと、礼をいう」
「そりゃ、まだ、はやいってーの。おめーが、永遠にスーリヤでいるためには、ウシャスとの恋の成就が不可欠なんだろー?だったら、晴れて、きっちり二人が結ばれてから、礼はいいやがれってんだ」
「ふ…違いない」
オスカーは、純粋に心浮き立つ気持で笑んだ。この少年と見まごうような工巧神の気立てのよさがーもちろん聡明さもだが、その、お世辞にも品があるとはいえない言葉遣いにも拘らず、はっきり、わかったからだった。その工巧神が、彼なりの理由で、自分たちの恋を応援してくれるというのは、心強いことこの上なかった。
「が、ことは、そう容易くは運びはしまいぞ」
と、ミトラ神が、重々しく、オスカーに現実を思い出させるように告げた。
「はい、そこで、ミトラ様、お知恵を拝借したいのです…」
「ウシャスの幸せとあらば、私の知識だろうが、契約を結ぶ力だろうが、何でも好きに使うがよい、ただし、使うからには、助力に見合う成果を出せよ?スーリヤ。人をポンプのように扱っていながら、結局、何も結果は出せませんでした、では、私も、少々、気を悪くするやもしれぬからな」
「っ…わるかったよ!天才の俺様にも、光の眷属の体組成は、手の出しようがなかったんだ!でも、それがわかっただけでも、すげーことなんだぜ、本来はよぅ!」
「ミトラ、今は、あまりトバシュトリを苛めて遊ぶな」
「…なに?…俺、弄られてただけ?ぅぁったま、きたー!本気で、恐縮してた俺がバカだったー!」
「遊ぶなどと、人聞きの悪い…私は事実を述べたまでだ」
「こいつらに会話させていると、話が一向にすすまんのでな、悪いが、ここは俺が仕切らせてもらおう、では、ここ最近でわかったこと、新しく知りえたことを、まずは、お互いに情報交換といこうじゃないか」
こういうと、ソーマは、トバシュトリの方に向き直り、ミトラと一緒に何を研究していたのか、若き太陽神たちに説明してやるといい、と言った。ミトラがトバシュトリの工房に居座り始めてから今まで、トバシュトリとミトラが取り組んでいた試み、及び、その成果を話すようにと促す。
元々、自分の研究や発明を、他に見せびらかしつつ講釈するのが大好きなトバシュトリは、さっと気持を切り替えて、得々と、自分の研究について語りだした。
「元々、俺は、ミトラの出す思念波の性質を調べることで、光の眷属の身体を構成してる成分も、同時に、詳しく分析するつもりだったんだ」
「なんで、思念波を調べるだけで、光の眷属の身体のつくりまで、わかりますのん?」
「念話を操れるのも、転移ができるのも光の眷属、それも飛びぬけて高位の神だけだ、それは、その身体組成に拠ると、俺は考えたからだ」
「ほぅ?私の頭の中のウシャスの姿を覗き見したくて、思念波の構造を調べていたのではなかったのか」
「うるせ!好奇心は科学の源なんだよ!」
「…ミトラ、気持はわかるが、今は、トバシュトリの話にちゃちゃを入れるのは、控えてくれ」
「…つまらん」
「外野は放っておいて、話を続けるぜ。というのも光には、基本的に、外へ外へと無限に広がる…拡散していこうとする性質がある。この世を光で満たしたいっていう、根源的な欲求があるから、四方八方に広がろうとするんだな。で、光の高位神は、自分たちの身体を構成しているこの光の性質を利用してーひたすら四方へ拡散しようとする性質を、強い意思の力で、一方向に集中して制御することで、思念をやり取りしてるみたいなんだ。だから、逆に、上手く思念を集約できねーと、伝わることは伝わるがー何せ、光は、勝手次第に、とにかく外へ外へ、広がろうとするからなーその場合、そこら中、誰彼かまわずに聞こえるような大音量で、思念を全方位に発するっつー、無駄が多いというか、効率の悪いことになっちまうみてーだがな」
「ああ、なるほど…」
オスカーは、自身の念話が最初拙かったことを思い出す、確かに、最初、俺の念話は、周り中に向かって絶叫しているようなものだった、思念を発する方向を絞れなかった故だ、だから、すぐ、疲労困憊してしまった、今は、流石にそんなことはないが…。
「で、後付天界神のおめーら太陽神やソーマも光の性質を付与されてっからこそ、念話を使える。が、俺は、元が人間で、しかも工巧神は土の眷属に属するから、念話はつかえねー。身体の中に、光の性質…呼び名は光子でも光素でもいいが、それがひとっつもねーからだ。ついでに、こいつら、天界神が、自分の体を転移できるのも、この光素が、外に拡散していこうとする力を利用している。一度、自分の身体を形作っている光素全部をばらばらに解すと、目に見えないくらい小さな粒になった光素は、錘から外れて、爆発的に拡散しようとするんだが、それを、頭の中に思い浮かべた場所に、念話以上に強烈な意思の力で強制的に光素を呼び集めて、身体を再構築してるんだ…ってことが、このミトラが、俺の目の前で転移して、暫くして、また、戻ってきやがった時に、その経過を一部始終観察分析したことで、わかったんだ」
「…私やプーシャンは、スーリヤの名代として、あっちこっちに飛び回らなくちゃならないから、何の気なしに転移してたけど、転移って、そんな大事だったわけ?」
「つか、本来、相当の高位神でねーと、転移も念話もできねんだよ。自分の身体組成を一度ばらして再構築するなんてのは、相当強い神力がなけりゃできねーことなんだ。なんたって、光ってのは、放っておけば、ひたすら拡散したがるから、決まった形を保たせるのにも常に一定のエネルギーと同時に、光素を一箇所にとどめておくための強固な枠組みが必要なんだ。頑丈な枠組みに、光素をへばりつかせてできてるとでもいうのかな、一般の天界神や、光の眷属の身体は。で、この枠組みは強固だから…簡単に分解しちまうようだと、光の眷属は、その身を保てねーからななーその枠組みを一度取っ払って、また、再構築するほどの力は、普通はねーから、転移もしねー、つか、恐くてできたもんじゃねー。一度ばらしたら、元通りの形に戻せるかどうか危ういからだ。が、おめーら太陽神が、容易に転移できるのは、身体を構成する枠組みが、生粋の光の眷属のそれより、簡単に分解・作り直しできるよう、いわば組み立て式になってるからじゃねーかと、俺は踏んでる。調べる機会がなかったから、これは憶測だが、多分、決まった形をもたない火の性質を、拡散したがる光の性質に上手く融合させてるんだと思うぜ」
「…ああ、私がこやつらの頭に注ぎ込んでいたのは、そのための力だったのか…なにか、ばらして、組み立てなおしているような感覚はあったが…」
「…わかんねーで、やってたのかよ、まったく…でも、高位の天界神でも、転移ってのは、相当、神力を消耗する。ばらすのは、まだ比較的、簡単だが、再構築はその倍以上の力を要するかんな。しかも、自身の光素がばらばらに飛び散らないよう、一箇所に収斂させるのは、飛ぶ距離が長いほど困難になる。極短時間のうちに、より強く神力を集中させる必要があるからだ。ただ、おめーら太陽神が、容易にどこでも転移ができるのは、身体の造りが特異って点以上に、無限力ともいえる太陽から、直に、ありあまる程の神力の供給を受けてたせいだと思うぜ、だから、供給源のない雨季には…今は、そこまでの力はねーはずだぜ、おめーら」
「…そういえば、そうだね、元々雨季には私ら、気鬱になるもんだけど、確かに、転移しようなんて気力もなくて、今日、ここに参上するのにも、地道に昇降機を使って降りてきたもんね」
「あの昇降機は、俺自身が、簡単に最上層に行くために作ったんだよ、それまでは、転移できねーもんは、階層を移動する手段もねーっつー、とんでもねー差別社会だったんだぜ、この天界って処はよぅ、ふざけんなってんだ」
「…おまえは、移動せずとも良いように、ヴァルナが最上層に宮を用意していたではないか…ああ、そういう…特別扱いされる側に回るのが、嫌だったから、おまえは、最下層にわざわざ居を構えたのであったか…ふむ…今、初めて知ったぞ」
「おぅよ、んな、特権階級みてーな暮らししてたら、庶民に必要なもんが見えなくなるだろーが。第一、息がつまって、自由な発想がでてこなくなっちまわー。で、その選別主義者どもでさえ、転移する時は、普通、1階層ごと、順々に飛ぶもんだ、なのに、この前、こいつ…ミトラは、急いでウシャスに会うために、そして、帰りは、他の神に自分の気を追尾されないように、この天界の最下層・最上層間を往復二度、超長距離転移を、しかも、間をおかずに、こなしたもんだから、その後、暫くは、つかいもんになんねー状態だった」
「ミトラ様ほどの、お力のある方が…それほど消耗なさるとは…」
「太陽っていう無限の動力炉をもってねー天界神には、それが普通なんだよ。たとえ短距離でも、転移しようと思ったら「えいやっ」っていう覚悟と思い切りが必要らしい、消耗が並じゃねぇからな。ま、かく言う俺も、こいつが目の前で、消えた時にゃー『んだよ!その気になりゃ、簡単に転移できんじゃねーか!なのに、今まで長々と居座りやがって…』ってはらわた煮えくり返ったんだが、程なく、こいつが、戻ってきてみたら、元々なまっちろい顔が白を通り越して土気色になってるわ、そのまま何も言わずに、どさーっとぶったおれるわ、だったもんだから、転移ってのは、半端なくやべぇってわかって、だからこそ、思念波を測るために、常時ミトラに付着させてた計測装置の記録を即、全保存もできて、おかげで、新たにわかったことも色々あったんだが…とにかく、あン時ぁ胆を潰したぜ、ったく…」
「おまえの慌てふためきぶりも、すごかったからな」
「たりめーじゃん、俺の工房から、死人…じゃねぇ、死神なんて、だしたくねーし。いや、こいつが、そんな簡単にくたばるとは思っちゃいなかったがよぅ。けど、その場に、ソーマ、おめーがいてくれて助かったことは認めるぜ。俺1人じゃ、転移に伴う神力の使いすぎで、神が人事不省になるなんて、思いもよらなかったし、おめーが神酒もってたから、こいつも、すぐ息は吹き返したしよ。で、そん時の記録を精査したおけげで、わかったことも多かったから、こいつが寝たきり神様になっても、俺様は、介護してやってたんだがよー」
「おまえがではない、おまえのカラクリがだろう」
「それで、今も、ミトラ様は長椅子に横になったまんま、だったんですなぁ」
「いや、これは、こいつが怠惰なだけ、もーとっくに回復してんだよ、ソーマがせっせと…ほとんど毎日のように、特別醸造の神酒を運んできて、こいつに飲ませてやってたからな」
「…ははは」
ここまで、得意そうに語っていたトバシュトリの口調が、いきなり、悔しさを滲ませるものになった。
「が、それが、わかったせいで、俺が考えてた案は、ぽしゃった」
「それは一体…」
「ヴァルナもラートリーも、心配してるのは、要は、ウシャスはあまりに儚い、脆すぎるってことだろー?だから、ウシャスが精神的な衝撃から、万が一消えちまったり、再生できなかったらどうしようって、心配して先回りして、どんな衝撃も与えないよう、ウシャスを箱に入れて大事大事にしまっておきたいわけだよな。何にも新しいことはさせない、知らさない、触れさせない、で。だったらよぅ、ちょっとやそっとのショックでも壊れないよう、ウシャスを頑丈にしてやりゃあ、そも、なんも問題なくなるじゃん。でも、このソーマがミトラにせっせと神酒を運んでくるついでに、ウシャスの話を色々聞いてみたらー俺もウシャスの生い立ちとか事情はよく知らなかったんでなーウシャスにミトラやヴァルナみたいなちゃんとした身体を与えることは、再生が難しくなるから厳しいってわかったんで、じゃあ、せめて、身体の枠組み…芯になるようなものだけでも、なんとか、後付ででも、ウシャスの身に組み込んで、あんな簡単に飛び散ったりしないよう…簡単に言やぁ、せめて、もうちょっと丈夫にできねーもんかと、俺は考えたわけだ」
「というようなことをな、検討していたのだ、こやつと私は」
「そうすりゃ、もっと、長い時間、ウシャスに会えるようになるかもって下心も、俺たちにはあったしな、けど、ミトラの転移を分析してみてわかったんだが…頑丈な枠組みを後から組み込むのも、結局、身体を与えることと同じだってわかった。丈夫になるのと引き換えに、再生が、困難になっちまうってわかったんだ。枠だろうが芯だろうが肉体だろうが、とにかく、がっちり頑丈で、解けにくい性質を付与すると、一時の存在の確かさと引き換えに、ウシャスは、太陽の熱に灼かれても再生する能力が危うくなる、再生できるとしても、今までとは比較にならないくらい消耗する恐れがある、そういう可能性にぶちあたっちまったんだ」
「それでは、何にもならない…」
「そうだ。『ウシャスは夜の帳を切り裂いて夜明けを導き、世界中に目覚めを与え、太陽神の発する光と一つになって、世界に満ちる』この前提は崩せねー。これはウシャスが女神として存在するための契約だからだ、そうだったな、ミトラ」
「ああ、私が、この手でウシャスの契約を結んだのだ、間違いない」
「つまり、ウシャスは、夜明けの…目覚めの儀式を執り行ったら、必ず、陽光にその身を焼かれなくちゃなんねー。が、ウシャスが陽光に灼かれても元通りに再生できるのは、身体に余分なものがほとんどない、ほぼ純粋な光素で身体ができてて、それを精神力だけで束ねているためなんだ。ウシャスの存在の儚さ、危うさは、一見、弱さにみえるが、実はそうじゃねぇ、再現性、再生能力っていう観点から見たら、理想、最強なんだよ。飛び散り易いってのは、容易に再構築できるってことと同義だ、解けやすいは、組み立てしやすいなんだよ。天父神も、それをわかってて、ウシャスの身体を、わざと、ほぼ純粋な光の性のままにしておいた上で、女神に叙したとしか思えねーんだよ、今になってみると。また、ウシャスは、自ら陽光と不可分に交じり合って、一体化することで焼き尽くされて滅するのを防御しているともいえるんだが、これも、彼女が純粋な光でできてて、不純物が一切ないからこそなんだ。純粋な光でなけりゃ、陽光とー純粋な火と綺麗に交じり合うことはできねー。元々、光と火の親和性は高いが、綺麗に交じり合えるのは、それぞれが純粋であればこそなんだ」
一息ついて、トバシュトリは、僅かに視線を落として、話を続ける。
「てことはだ、純粋な光だけでできてる存在に、枠組みという不純物を与えちまったら、ウシャスは、ちょっとやそっとでは、飛び散らなくなるかもしんねーが、替わりに、再生が厳しくなる。枠組みは、光の眷属の身体組成を強固にもするが、それゆえの弱点…分解と再構築を困難にするってことが、ミトラが転移の所為で半死半生になっちまった一部始終を観察してて、はっきりわかっちまった。本来、簡単に分解できないような頑丈な体組成を、無理矢理分解して、後刻、再構築しなくちゃなんねー転移は、ミトラほどの高位神でも、相当、消耗するし、危険も伴う。なのに、ウシャスは、夜明けの女神だから、それを毎朝、無限に、否応なしに行わなくちゃなんねー。極たまに、やむをえない時だけ、自分の身を分解・再構築するのとは、訳が違う、その負担はケタ違いだ。だから、ウシャスは、ほどけやすく、再構築しやすい体じゃねーと、やっぱ、まずいんだよ。その上、不純物を内包すれば、陽光と完全には一体化できなくなるし、その融合できなかった部分は、どうしたって、少しづつ、陽光に焼かれていくことになる。そして、いつか、枠組みが燃え尽きてなくなっちまったら、光素を集めるための拠り所を失って、ウシャスは、二度と女神としての姿を取れなくなっちまうかもしんねー。俺には…俺にもミトラにも、そんなリスクを犯すことはできなかった…。で、おめーらが自由に会えるよう、ウシャスに丈夫な枠組みを与える目論みは、ここで、頓挫しちまったわけだ、きしょー…」
「ちょっと待ってくれ、それは、既存の光の眷属と同じ枠組みをウシャスに与えようとする場合だろう?普通の光の眷属の身体は至近の陽光には耐えられないから、光の枠組みでは、確かに、いつか燃え尽きてしまうだろうし、そんな枠組みは、与えても、意味がない。だが、俺たち、火の眷属と同様の枠組み…トバシュトリの言うところの、火の性でできている組み立て式の枠組みなら、どうだ?それを彼女に与えることはできないか?」
「んなこといったって、元になる材料がねーだろうが。ウシャスは、あくまで光の女神だぜ、身中に光の気は持ってても、火の気はもってねー。もってねーからこそ、火の泉で、擬似的に火素をまとって…表面の上っ面だけでも、火素で覆うことで、火からその身を守り、なおかつ、身が陽光に混じりやすくなるようにしてんだろ?とにかく、ウシャスの身体を固定化する枠組みに使える材料は光の気しかねー。火の眷属は、身体の中に火素とでもいうべき原材料を山ほど持ってるし、後から太陽神になった者は、就任の時に、その火素を組み込まれる、でも、ウシャスの体内には、火素はねーだろ?どんな高位神だって、ゼロから物はつくれねーよ」
「いや、今の彼女は、火の性…火の元素?を幾許だが、身中に持っているはずなんだ」
「なんだって?どーして、それがおめーにわかるんだよ、スーリヤ」
「この耳飾を見てくれ、これは、俺がウシャスから賜ったものだ」
オスカーは、左耳から黄金の耳飾を外して、諸神に見せた。ミトラが、驚いたように形のいい眉をあげた。
「確かに…と言いたいところだが……これは、もはや、ウシャスの装飾品とは呼べぬな…外観はそのままだが、火の気が強すぎる……ふむ…気の混交がおこった、ということか…」
「ええ、俺は、まだ学徒だった時分に、彼女からこの耳飾を賜り、それ以来ずっとこれを身につけていたおかげで、太陽神に叙せられ光の性を与えられる前から、体内に…この血の流れに彼女の光の気が僅かではあっても溶け込んでおりました。だからでしょう、彼女は初めての婚姻の儀の時より、この腕に抱いた瞬間に飛び散らないでくれた…ほんの僅かな時間ですが、口づけを交わす猶予があった…そして、日々、口づけを交わすごとに、彼女は、太陽の至近にあっても、女神の姿を保っている時間が少しづつ…数を、1、2、と数えるほどではありますが、長くなっているのです、俺の身体に、彼女の光の気が、反対に、彼女の身には、俺の炎の気が、僅かづつではあっても、溶け込んでいっているためと思われます」
「おまえは、婚姻の儀の直前、ウシャスと天界で再会を果たした折も、あれと口づけを交わしていたな…ふむ…口づけで、互いに気を交わし、混じらせあうことができていたとは…気づかなんだな…」
「その耳飾、俺にも見せて…ちっと分析させてくれ、心配しなくても、傷つけたりはしねーからよ」
オスカーが頷くと、トバシュトリは、かしこまった手つきで耳飾を受け取り、傍に控えていたカラクリの上に乗せた。途端に金と紅の光芒が交じり合ってひらめき、瞬間、工房内を鮮やかに染めあげた。
「…すげぇ…マジだぜ、光の気と火の気が分離分割できないレベルで、きれーに交じり合ってる…こんな現象をこの目で見られるとは思ってもいなかったぜ…」
感嘆の吐息をついてから、トバシュトリは、耳飾を恭しい手つきでオスカーに返すと、改まった真面目な様子で、オスカーにこう告げた。
「おめーらの気は、それぞれ、最も純粋な光と最も純粋な火だもんな、だから、分離や反発せずに、綺麗に交じり合ったんだろうな。元々、火と光は似た性質と相互性があって…光が生じる時は、必ず熱も一緒に発するし、火が燃える時も、光を発するだろう?だから、光と火は、他の気より親和性が高いのは確かだし、この耳飾の組成みちまったら、今のウシャスの中に火の気が溶け込んでるってのも、事実だろーよ……にしてもだ、ウシャスが、太陽の至近で現存できるのって、いくつか数を数えるのがやっとの間だろ?それじゃ、まだまだ火の気の絶対量は、明らかに全然たんねーよ。1回口づける度に、どれほどの気を交わしているかしんねーが、ウシャスの身体に、火の眷属に似た枠組みを作れるだけの火素を溜めるとしたら、それこそ、天地創造から今までくらいに時間が必要かもしんねーぞ。それまで、おめーの身体は…神力は、そこまでもつか?もたせられるか?ウシャスは、永遠に再生を繰り返せるから、問題ねーが、おめーは、そこまで、待てるか?」
「俺も、それは考えていた、これは希望の兆しではあることは間違いないが…確かに気が遠くなるような時間がかかりそうだと…」
「口づけで気が交わせるのなら、もっと、簡単でてっとり早い方法があろう、それこそ、さっさと情を交わしてしまえばよい。男女の身として交われば、口づけとは比較にならぬほど、濃く、かつ、大量に、互いに気を交わせようぞ」
「情を交わすってのは、つまり、その、なんだ、そういうことか…じゃねぇ!とにかく、方法がなんだろーと、材料となる火素が十分にたまれば、後は、火の眷属の最高峰であるスーリヤ、おめーが、自身の核つーか、芯?の形状とか特徴とかをしっかり認識して、イメージを伝えて…念話で、できんだろ?これと似たようなもんを自分の身の真ん中に組み立てるようイメージしてみろって、ウシャスに伝えれば、ウシャスなら、できんじゃねーかな、いや、それ以前に…枠組みを作ったりしなくても、ウシャスの身に、火の気が大量に溶け込めば、ウシャスの耐火性自体があがって、太陽の至近でも、存在できる時間は、飛躍的に伸びんじゃねーの?」
「つまり、スーリヤとウシャスが情を交わせば、既成事実を作ってヴァルナに二人の仲を事後承諾させることができる、のみならず、ウシャスの存在も、現実に、かつ、リスクなく、もっと確固とできるというわけか…が、その最も簡便な方法が、今は、最も難しいときている…」
「ああ…そうだったな、ヴァルナとラートリーという、最大・最強の難所があったか…」
「ええ、なので、ミトラ様、なんとか、ヴァルナ様のお考えを変えていただけそうなアプローチがないものか、ヴァルナ様のお考えや行動形式を、最もよくご存知であろうミトラ様のお知恵を拝借したく、俺は、お目通りを願っていた次第です。例えば、俺とウシャスが情を交わすことで、彼女の存在が、もっと確固とする可能性が高いことを、ヴァルナ様に報告した場合、ヴァルナ様が、俺と彼女の仲を認めてくださる、と、いうようなことは、考えられないでしょうか?」
「ふむ…おまえとウシャスが情を交わすことは、ウシャスの身に、何の危険もなく、かつ、あれの存在がしっかりするのなら、いい事づくめのように聞こえるが…それは、光の眷属の視点から見れば、めでたいことなのかどうか、その点が、説得材料としては、ちょっと危ういな…」
「ミトラ様、それは、一体…」
「お前たちの考えている術策、それは、ウシャスの身に、火の性を、相当多量に溶け込ます、ということであろう?火の性の混交が、あれの再生を妨げんということは、今まで、ウシャスが無事再生を果たしていることを見れば明らかだが…が、その分、光の女神としての純粋性は失われるわけだ…ウシャスは光の女神ではなく、光と火の混交神・融和神とでもいうべき存在となろう。それを、ヴァルナがどう判断するか、が問題だな…実害がない以上、良しとする可能性もあるが…あれの思考は見た目ほど、凝り固まってはいない、むしろ、実利を重んじる性分ではある…が、同じ位の可能性で、光の眷属の理想の体現、象徴としてのウシャスが失われることを、嫌うやもしれぬ。その場合、ヴァルナが、恐れるのは、天界の意見が二つに割れることだろう。ウシャスの存在が、より確固としたものとなるという実利より、光の女神としての純粋性が損なわれ、理想像としてのイメージが失墜することを鑑みれば、実利より、不利が大きいと判断する可能性がある、その場合は…ダメだな…」
「ヴァルナ様の判断は、どちらに傾く可能性が高いと思われますか?」
「これは、全くの半々だ。ヴァルナは、ウシャスの幸福を望んでいる、これは間違いない、が、ウシャスが、少しでも非難の目に晒されるとか、光の眷属の象徴から堕落したなどとみなされる恐れありと思えば、ウシャスがどれほど泣こうが嘆こうが、スーリヤ、おまえを、どんな口実をつけてでも退任させる恐れもあるぞ、それくらいやりかねない。おまえには、酷な話しだが、一般に、光の眷属は、火の眷属を一段下に見ているものが多い、火の気を混交することは、最も清浄に美しい光の女神が汚されることだと考える輩も出てこよう。ヴァルナ自身は、あれで公明正大であるから、太陽神を下にみるような偏見は持っていまい、が、偏見や差別という感情は、根強く、かつ理屈では覆せぬ処がある。ゆえに、光の女神が、火と光の融和神となることを、穢れ・堕落と見なし厭う一派と、そうでない一派に…純粋にウシャスの恋の成就を寿ぐ一派に天界が二分する恐れがあると見れば…ヴァルナは、そうなる前に、ばっさり、おまえを切り捨てるであろうな、スーリヤ」
「っ…」
「オスカー、ミトラの懸念は、俺にもありそうなことに思える。君には、告げていなかったが、ヴァルナは『ウシャスは、掛け替えのない唯一無二の存在だが、スーリヤは育成に時間がかかろうと、取替えの効く存在だ』と明言している、だから、ヴァルナの性情なら、イザとなれば、取替えの効く物は、躊躇わずに切って捨てるだろう」
「………」
「だから、この案を真正直にヴァルナに告げて、許諾を得ようとするのは、相当危険な気がするな…やはり、隠密で、実力行使というか、事後承諾が一番、危なげがなさそうな気がするのだが…おまえと情を交わせば…幸せな満ち足りたそれに限るがな…ウシャスの美貌は、一層眩しく輝くに違いなく、その上、あれの存在がより確固としたものになる、その現実を目にすれば、ヴァルナとて、おまえたちの仲を容認するしかなくなろう…ウシャスの気が、いつのまにか、光と火の混じりあった物に変容していたとしても、滅多に人前にでないウシャスの気に、気づくものは、そうはいまいし、現実に、あれが一層美しく光り輝くけば、その美貌は、とやかく言う者も黙らせる力があろうしな。さすれば、ヴァルナにも反対する理由がなくなる。であるためには、スーリヤよ、ここが、肝要なのだが、おまえは、ウシャスに、満ちたりた性愛の喜びを…あれが、一層光り輝く美しさに開花するような喜びを知らしめてやれる自信はあるのか?」
「…俺は、麗しき優しき聖娼たちから、女性を敬い慈しむ術を徹底して教え込まれております、そして、俺は、かなり、できのいい優等生だった…筈ですので…」
「ふ…言うものだな、口先だけの驕りでなければよいが…」
「俺は、彼女を心から愛している…だから、目先の技術よりも何よりも、俺の気持が…情熱が、彼女をこの上なく熱く甘やかに慈しまずにはおれぬでしょう」
「その件に関しては、百万の言より、あれの様子が如実に語ってくれようがな…」
「で、で、で、でもよう…実際には、ど、ど、どーすんだよ…」
その光景を想像してしまったのか、トバシュトリが耳まで真っ赤になって、どもりながら、口をはさんだ。
「…結局、そこに戻ってまうんですなぁ」
「夜間、ラートリーの監視は徹底している。ラートリーは、ウシャス顕現の気配は、決して見逃さないし、火の気を持つものが、ウシャスの傍に近づけば、即座に、覚めない眠りに叩き落すと、はっきりとウシャスに告げている…」
「とにかく問題はラートリー様だよね、ミトラ様、ラートリー様が、夜でも活動なさらないような特別な日ってないんですか?一日、一晩でもいいから…」
「ないな」
「取り付く島もあらしまへんなぁ…俺らには、不調・低調な雨季があるのに、不公平やわ」
「んじゃ、気は進まないけど…ソーマ様、ラートリー様の召し上がる神酒に一服盛って、一晩だけお休みいただく、なんてことは…」
「実は、俺が、スーリヤ・シンパと露見して以来、ラートリーは巫女に毒見させてからでないと、神酒を飲んでくれなくなった、俺には、そんなつもりはなかったから、あの仕打ちには、少々傷ついたな」
「うーん、私って、ラートリー様と発想のレベルが同じだったのかと思うと、喜んでいいのか、複雑な気分だわ」
「まさにオテアゲやなぁ」
皆、一様に黙り込んでしまったその時だった。
「なぁ、今、いい案が出ないなら、とりあえず、別件から、片付けちまわねーか」
と、トバシュトリが、彼にしては、些か遠慮がちな口調で提言した。
「別件?」
「ああ、表議題の軌道交差、まだ、スーリヤに説明してねーじゃんか」
「そういえば、そうだったな」
「アイデアに煮詰まった時はよ、全然関係ねーことに、あえて気持を切り替えて取り組んでみたりすると、思いがけないところで、ヒラメキが降りてきたりするんだよ、あ、俺の場合だけどな」
「トバシュトリ…なんというか…こんな言い方は失礼かもしれないが、あなたは本当にいい方だな」
「っはぁ?何言ってやがんだ、おめーはよぅ!俺はなぁ、大の男が、顔つき合わせて唸ってるだけとか、そういう無駄な時間とか、非生産的なことが、でーきれぇなんだ、それだけだ!」
「違いない、では、今は、一端、気持を切り替えて…スーリヤも、知識の上では知っていると思うが、軌道交差とは何か、から始めよう」
「知識の上ったって、この3年寝太郎から、頭の中に直に植え込まれた知識なんて当てになんねーからな、俺様がわかりやすく実物を模した模型カラクリを作っておいてやったぜ、名づけて『サルでも一目でわかる軌道交差の仕組み』だ」
トバシュトリが高らかに宣言しながら、指を鳴らすと、カラクリが二台がかりでしずしずと大型の模型を運んできて、卓の中央にしつらえた。左右の端に神殿らしき建築物の模型があり、それを二重になっている透明な半円のアーチが結んでいる形状だ。
「おまえの発明品は、名づけの感覚が、その…非常にわかりやすいな、うん」
「サル…ああ、確かに似て…」
「ミトラ、これからの話は、君には関係ないから、そこで寝ててくれてかまわないぞ、いや、むしろ、暫く黙って寝ていてくれると、私としても、話が楽で助かるんだが…」
「ふん…」
「いや、この模型はよくできてはりまんなー、さすが、トバシュトリさまや」
「だろだろー!この軌道にだな、こうやってスーリヤの馬車を乗せるとだな…」
「おお!馬車が走りだしよった!」
「ふっふーん、でだな、軌道の空いている部分に、この銀盤を乗せる…」
「銀の円盤もひとりでにコロコロ転がって動き出したで!これが月なんやな、なんや、ごっつ、すごいわー」
「トバシュトリの模型だと確かに一目瞭然だな、このように、月と太陽は、同じ軌道上を共有して走っているわけだが、それぞれに速度が異なることと、月の出の時刻は1日ごとに少しづつずらしているために、滅多なことでは、この二つは重ならない。が、速度の違いと月の出の時刻のずれが、たまに、妙な具合に重なって、天空の軌道上で、月と日輪が重なる時がある」
「あ…今、初めて気づいたけど、日輪と月って、大きさがほとんど一緒なんだね、これ、模型だからじゃないですよね?」
「たりめーよ、俺様の縮尺は比率割合、現物のまんまだぜ。多分だけどよ、同じ軌道を走る車輪と円盤なわけだから、直径をあわせた方が管理しやすいと天父神が思ったか、地上から見て同じ大きさの方が見かけがいいと思ったからじゃねーかな」
「あ、てことは、二つが重なる時は、片方は見えなくなる…どっちかが天空から姿を隠す訳だよね?裏側に入ったほうが、影になるから」
「ああ、軌道自体の幅は十分にあるので、日輪と月が重なる前に、どちらをどちらかの後背に通すか、前もって軌道を操作すればいいだけだ。そして、今は、日輪を前面にして、月を覆い隠すのが通例となっている。そこでだ、スーリヤ、君は、月が近づいてきたと思ったら、月と、月の中に蓄えられた神酒の元が、太陽の熱波で煮えたぎって蒸発しないよう、同時に、月そのものも、太陽の高熱で壊れたりしないように、熱耐性に特化した覆いで、月を包んで守って欲しいんだ」
「では、日輪が月を隠す形になるのですね」
「ああ、地上から見ると、そうなる。月が一時、空から姿を消すだけだ。その昔、特に軌道操作をせず、自然に任せていたら、月が日輪を隠したことがあったんだが、その時は人心、及び、動物達の動揺が激しくてね。なにせ、昼間の太陽が、いきなり少しづつ欠けていって、限られた時間…月が完全に太陽の前を横切って通り過ぎるまで、とはいえ、昼間が暗闇と化してしまったわけだから」
「日中でも、暗闇に?」
「ああ、月と太陽は同じ大きさだからな、太陽が、完全に月の影に入った時は、日輪から発する光輝が遮られ、昼日中の地上でも星が見える程の暗闇が訪れた。地上の民は、太陽神が何かで、お怒りになって、その身を隠されたのかと、あわてふためいたらしい」
「………」
「しかも、その当時は、こいつが…トバシュトリが、まだ神名を拝していなくてな」
「生まれてもいねーよ」
「とにかく、月が太陽の前面を通ると判明した時、月を太陽の熱波から保護した方がいいと、俺が提言したので、神官たちがあわてて、神衣を火の泉に浸して作った急ごしらえの耐火覆いを日輪に掛けることになったんだが、当時はこの稀代の天才が…」
ーといって、ソーマは親指で、トバシュトリを指差すと、少年神は、得意そうに『へへっ』と笑んで、満更でもない顔をするー
「まだ、いなかったため、この耐火布の性能は、全くお粗末なもので…当時の太陽神が、日輪にかぶせて、多少なりとも熱波を遮ろうとした覆いは、あっという間に燃え尽きてしまったらしい。で、工巧神の重要性が再認識されて、より優秀な人材探しが始まり、ついに、こいつに「トバシュトリ」として白羽の矢が立ったわけだが…それはさておき、軌道交差の度に、すぐ燃え尽きてしまう耐火布を作って日輪を覆うのは無駄だということになって、これからは、太陽の裏側に月を通すようにと、ヴァルナが命じた。月を太陽の裏に通すだけなら、月にのみ、蒸発を防ぐ覆いをかぶせればいいし、日輪の熱波を抑える物を作るよりは、月を耐火布で覆うほうが、まだ簡単だからな。その覆いなら、それほど強い耐火性もいらんしな」
「今の俺様なら、そんな、へなちょこな…僅かの間に燃え尽きちまうような耐火覆いなんて、つくんねーけどな、俺様なら、ぜってーもっと長い時間、日輪の光輝を抑える耐火布、作ってみせるんだけどよぅ、ヴァルナのやろうが『今のままで不都合はない、ゆえに、そんな必要はない』って、認めやがらねーんだ、俺様としては、陽光も遮りーの、熱波も抑えーのできる耐火布の作成を試みて、俺様の技量を測ってみてー気持もあるんだけどよー」
「仕方ないだろう、太陽が欠け、日中に暗闇がもたらされると、人心の動揺がどうしても避けられん。その点、月は満ち欠けするのが普通だし、新月の時分…私が神酒の材料を使いきってしまった日は地上から見えなくなるから、太陽が姿を消すより、月が少しづつ欠けていって暫く見えなくなる方が、民の動揺が少なくて済む、それは事実なのだから。それで、ヴァルナが「軌道交差はやむなきことでも、なるべく人心を擾乱させてはならん」といって、最近は、月を、熱波から守りつつ、日輪の裏側を通すのが通例となって…」
「お話の途中に、失礼ですが、ソーマ様…」
と、それまで、神妙な顔つきで、ソーマの話を聞いていたオスカーが、突然、立ち上がると、興奮を抑えきれぬ様子で、燃えるような眼差しをソーマに向けた。
「今、軌道交差の折…月を太陽の背面でなく、前面に通せば…逆に言えば、太陽の馬車を月の背面に通せば、昼間でも暗闇が訪れると、おっしゃいましたが…その時、ラートリーさまは、お目覚めになるのでしょうか?」
「いや、暗闇といっても、それは、あくまで昼間の闇だから…夜の女神であるラートリーは次元の狭間で眠ったままだ、月の後背に隠れたとしても、太陽の馬車自体は天空の道上にいるのだし、ラートリーの目覚めは、太陽の馬車の西の神殿への帰着と引き換えだ、それが目覚めの合図となっているから…。!!!…そうか…オスカー、私にも、君が、何を思いついたのか…わかってきたが…確かに、これは盲点だったが…しかし、オスカー、ウシャス自身が、昼間は…」
オスカーが、ソーマ神の言を叫ぶように遮った。
「ソーマ様、ウシャスは、昼間は、消えてなくなっているんじゃない、この世界一杯に広がってしまってはいても、確かに存在しているんです、強すぎる陽光に紛れて、その姿が誰にも見えないだけで。でも、限られた時間とはいえ、一時とはいえ、陽光がこの世界から姿を消すのならば、ウシャスも…そして、トバシュトリ、あなたにお尋ねしたいんだが、先ほど言及された『日輪の光輝や熱波を一時的に弱める覆い』ー日輪が発する熱波や光を抑えるか、それらを外に漏らさぬように日輪を覆えるようなもの…それの作成は現実に、かつ、即座に可能か?理論上のことでなしに、しかも、できればこの雨季の間に…遅くとも、次の軌道交差の当日までに…」
「!…なるほど、そういうことか!面白いことになってきやがったじゃねーか」
トバシュトリが不敵ともいえる笑みを浮かべた。
不貞腐れたように寝転がっていたミトラ神が、いつのまにやら、興味深気な表情で、むっくりとその身を起していた。
「トバシュトリ、おまえの言は確かであったな。無関係な議題を論じるうちに、別方向から打開点が見つかることはある、とは、このとこか…流石は、稀代の天才」
ミトラの口から出た、からかいの微塵もない、珍しく直截な褒め言葉に、トバシュトリは、一瞬あっけにとられ、その直後、ほほを真っ赤に染め、こう抗弁した。
「確かに俺様は天才だ、しかも、きっかけは提言したかもしんねーがよー、今、究極の打開策を思いついたのは、まぎれもねー、スーリヤ本人だ。それは…こいつの頭ん中は、常に、ウシャスを幸せにしてやりてーってことで一杯で、いっつも、そのことばっかり考えていたからだろう…さもなきゃ、いくらいいヒントがあってって、すぐさま、こんなアイデアを思いつけるもんじゃねぇ。口はばってぇが…これが、愛の力ってヤツか…」
トバシュトリの言葉に、その場にいた一同は思わず頷き、オスカーの方を見た。此度、頬を赤らめるのは、オスカーの番だった。