この雨季、トバシュトリの工房は、いつにない忙しなさだった。工房付きの職人たちは、トバシュトリの威勢のいい指示に、僅かな遅滞もなく反応し、小気味良くてきぱきと動く。移動は全て小走りだ。
元々、雨季には、工房は忙しいのが常だった。
スーリヤの休息期に、太陽の馬車を整備しなくてはならないからだ。
スーリヤが乗り込んでいない太陽の馬車は、頑丈できらびやかではあっても、ただの大型の乗り物だ。スーリヤの火力で点火されていなければ、日輪も普通の車輪にしかみえない、そして、だからこそ、トバシュトリ本人、及び、その職人たちが入念に整備を施せる。
しかも、代々のスーリヤは、どうも、太陽の馬車に無理をさせる嫌いがあり、雨季明けに完璧に整備を施してスーリヤに引き渡した馬車が、その乾季が終る頃には、あちこちの留具が緩んだり、車軸ががたついたりしていることはザラだった。その度に、トバシュトリは『太陽の馬車といっても、単なる道具っちゃー道具なんだけどよ、もうちっと、こう、愛情こめて、大切に扱う、って気にならねーもんかなー、スーリヤは』と、思ったりしたものだ。
が、そのスーリヤが現・スーリヤに代替わりしてからというもの、太陽の馬車の整備は、とても楽になっていた。まるで、トバシュトリの心中を読んだかのように、今のスーリヤは、馬車に無理をさせず、適正な扱いをしてくれているようで、要・整備の箇所が、驚くほど減っていたのだった。
『なんで、今度のスーリヤに限って、こんな、丁寧に馬車を扱ってくれるんだ?今のスーリヤと今までのスーリヤは、何が違うってんだ?』
と、ちらと考えはしたものの、自ら考えても、答えのわかりそうな問ではなかったし、トバシュトリにとっては、スーリヤが馬車を大事に扱ってくれるのも、そのおかげで、整備が楽になるのも、歓迎すべきことだったから、程なく、その疑問を考えることも辞めてしまった。
そして、雨季に行う整備が楽になった分、トバシュトリは、自らの趣味の発明に、思う存分没頭できる時間がめっきり増えた。ヴァルナが閉口するほど多種多様の発明品を作り出していたのは、原材料となる鉱石の産出が豊かになったから、というだけではなかったのだ。
が、トバシュトリは、ミトラと言葉を交わすまで、鉱石の産出量が増えたことが、スーリヤの安定ゆえだと、自らは気づいていなかった。加えて、ミトラからウシャスとスーリヤの関係性を仄めかされたこと、そして、現・スーリヤと直に言葉を交わしたことで、確信した。既存のスーリヤが、馬車に無茶を強い、乱暴に馬車を駆り立てずにはいられなかったその理由を。なのに、何故、現スーリヤだけは、馬車に無理をさせず、結果として、車体を大事に扱ってくれているのか、その差異を。その事実から敷衍して、トバシュトリは、更に、もう一つの事実に、遅まきながら、気づいた。自分は、アイデアを練ることに没頭でき、集中できる時間が格段に増えたから、泉のように良い案が湧き出、しかも、それを実現できる時間の余裕もあったからこそ、発明品の数が、ここ最近、格段に増えていたわけだが、それは、現スーリヤが、太陽の馬車を大切に扱いー奴の言によれば、普通に扱っているにすぎないらしいがーその結果、雨季間の工房の職人も自分自身の負担も、驚くほど軽減していたから、全てはそこにつながるのだ、と。自分の絶好調を支えていたのは、他でもない現・スーリヤの誠実かつ丁寧・堅実な仕事ぶりであり、材料の鉱石採取のみならず、時間の捻出という点においても、スーリヤの仕事ぶりに大きく拠っていたのだと。
そのことに気づいた時点で、トバシュトリの心は、大きく、スーリヤの側に傾いたが、彼のウシャスへの真摯な思いと、現状打破への熱い情熱と強い覚悟を聞き及んで、その男気に打たれた。スーリヤに全面的に協力する腹が決まった。
スーリヤと言葉を交わしたことで、わかったのは、これだけではない。
トバシュトリが以前から疑問に感じていた「既存のスーリヤ」と現・スーリヤの違い、その差もはっきり見えるようになった。
現・スーリヤの安定してぶれのない仕事ぶり、トバシュトリからみて、理想的な馬車の扱いは、ひとえに、スーリヤが、精神的にーあけすけに言えば、ウシャスからの愛で、心が満たされているから、その一点に尽きるのだ、と思い当たった。
スーリヤが自分で口にしたように、ウシャスから全幅の信頼と愛情を捧げられているのなら、焦って、馬車に無理させてまで、一刻も早く、ウシャスの元に駆けつける必要はないからだ。むしろ、払暁の一時を僅かでも多く味わうために、馬車はゆるゆると、馬たちの進みたい速度で進ませていたのだろう、つまり、手綱を通して御手と馬達が争わない、悪い意味での緊張がないから、馬車にも馬具にも傷みが少ないのだと。
これだけでも、トバシュトリにとっては、現スーリヤとウシャスの恋を支援する理由は十分だった。
その上、此度の件に関わることで、トバシュトリは自らの発明の才と技量を存分に確かめられそうなのだ、
『天父神が、この世の全てを照らし暖めるべく作った日輪の火力を、俺がどこまで抑えきれるか…まさに、ガチンコ勝負だぜ!』
と、思うと、奮い立たぬわけがない。
しかも、スーリヤと懇意になることで、トバシュトリは、火の眷属が生まれながらにもつ、火の性質、火の気を存分に調査・研究できることとなった。
自らの知的好奇心を満足させるに留まらず、太陽の熱気及び光輝を一時的にせよ遮断するほどの耐火物を作り出すためには、火の気の性質への精査は欠かせない、しかも、火の性質を研究するなら、なるべく純度の高い火の気のサンプルがあるに、こしたことはない。そしてスーリヤ以上に、純粋な火の気の持ち主は、天界には他にいない(地上の火を統括する火神アグニは別として)。だから、火の性質を存分に調べさせてもらうため、トバシュトリは、幾度かのー周囲に怪しまれない程度の間合いで、しかし、できる限り、多くの頻度で、スーリヤに、己の工房を訪ねて、火の気の放出してくれるよう依頼した。
これが、乾季のスーリヤであれば、火の気を放出してもらうのは1回で十分だったかもしれない。が、今が雨季であったため、トバシュトリには、スーリヤの数回に及ぶ訪問及び、力の放出が必要だった。
乾季には無限力を誇る太陽神も、雨季に出せる神力は、下位神並に落ち込んでしまう、ために、ある程度火の気を放出してもらうと、太陽神といえど消耗著しく、下手すると人事不省に陥ってしまったからだった。その度に、スーリヤは、ソーマ神の神酒に助けられて、幾許か力を取り戻し、己の宮にようよう帰る、という有様だった。
トバシュトリは
『スーリヤっつっても、雨季は形無しだな、へばるの早いっつーの、でも、だから、こいつは、自分が全能だななんて、鼻持ちならない勘違い野郎にならずに済んでんだろーな』
と、内心思っていた。
しかも、この発明と研究は、スーリヤを助けるためのものでもある、だから、スーリヤに無理をさせることになっても、トバシュトリは、あまり申し訳ないとは思わなかったが、それでも、火の気を出し切って疲労困憊し、肩で息をするスーリヤには、人情として労いの言葉の一つもかけた。
すると、スーリヤは、にやりと笑って
「いや、こうして、目標に向かって、打ち込めることがあり、俺にできることがある、それが、俺には嬉しくてならないから、気遣いは、無用だ。俺は、今までのスーリヤと違って…この雨季の無聊を、ウシャスに会えない心の空隙を酒で紛らわせずに済んでいる、いや、それどころか、酒を煽る暇もないことが、嬉しくてならないんだ、これも、あなた方の協力あってこそだ」
と答えたので、それ以来、トバシュトリは、スーリヤを労うこともやめた。こいつに必要なのは、表向きの慰めじゃねー、確固とした成果だ、無駄口叩くより、俺ぁ少しでも手を動かした方がいい、と考えたからだった。
そんな経緯で、今、トバシュトリは、久々に作業場の方に詰めっきりだった。雨季が明けるまでに、太陽の馬車の整備ーこれは、スーリヤが車体を丁寧に扱ってくれているおかげで、極短時間で済むのがありがたいーに加え、外装の強化を徹底せねばならない。トバシュトリは、自らの才を駆使して、最高・最強の耐火物を作りあげるつもりではあるが、発明品に100%の保証はない。ましてや、試験なしの即・実戦配備となるシロモノだ、保険はあった方がいい、だから、馬車の内部には、可能な限り、太陽の熱波及び光輝が届かぬよう、忍び込まぬよう、徹底した目張りを施さねばなるまい。
しかし、外部からの光を一切遮断してしまったら、内部に光源がないと、それこそ、馬車の中は真っ暗闇になっちまう、予め、光球みたいなものを内装につけておく必要があるな…と考えたトバシュトリは、スーリヤの持っていた耳飾からヒントを得て、光と火の気を混じりあわせた混合気を透明な玻璃球に詰めた発光球を作ってみようと思いついた。
光と火の発光球を作れば、馬車内部の光源にできると同時に、それが、ウシャスへの格好の目印になると、考えついたからだった。
というのも、1日の内、限られた時間しか存在できないウシャスは、夜明け以外の刻限を知らないし、そも時間を測る尺度自体を知らないため、事前に太陽と月の軌道交差開始の正確な時刻を「いついつ」と、知らしめることができない、という問題があったからだ。なので、起動交差が始まった時、太陽の馬車が天空の道上のどの辺りにいるか、ウシャスが即座にわかるような目印を馬車に付けておいてやった方がいい、と、トバシュトリは考えていた。そして、目印に相応しいのは、この世に二つとない、特徴のある物がいいと、思案していた折、スーリヤの耳飾のことを、そして、それが、光と火の混交気を持つこの世に二つとない物体であることを思い出したのだ。
となれば、光と炎の混交気ーその独特の気は、スーリヤのいる位置を特定しやすい指標になるはずだった。が、耳飾から発する気はあまりに小さく微弱だったのでー高位の神であっても、手に取らねば、感じ取れぬほどーならば、もっと、わかりやすく目印になる程に強い、火と光の気の混交物を、人為的に作ってやればいい、では、何を作るかまで、考えを進めていた時、混交気を玻璃球に詰めれば、それって、そのまま光源にもなるじゃねーか!と思いついたところで、トバシュトリのアイデアは一挙に具体化した
光の気は、居候のミトラが潤沢に供出してくれていたし、火の気は言わずもがなで、スーリヤがあらん限りの提供をしてくれていた。その気を器具の中で上手く混じり合わせる過程は、試行錯誤したが、トバシュトリは、首尾よく、光り球をいくつか作りあげることに成功し、それらを馬車内に、光源となるよう装着した。馬車が、天空の道上を走り、スーリヤからの火の気と、夜明けの儀式でウシャスの放った光の気を感じると、その気に呼応して、この発光球は、自動的に光輝くはずだった。
その光り球を一つ、トバシュトリは、手元に残しておき、スーリヤが、彼の工房を訪れた折に、これを手渡し、こう告げた。
「こいつを、ウシャスに見せて、放つ気の特徴を、よく、覚えておくように言ってくれ」
光球は、スーリヤの掌上で、彼の火の気を間近に受けたことで、その時は、炎の色ー朱金に光り輝いた。
「トバシュトリ、これは?」
訝しがるスーリヤに、トバシュトリは、この光球の意味するところと、使い道を教えた。
『この光球には、火と光の混交気を充填してある、今は、おめーの火の気を受けて、炎の色を発してるが、天空の道上に出れば、ウシャスの気も受けて、おめーの耳飾と同じ、金と紅色の気を放つようになるはずだ。俺は、この光球を太陽の馬車の客車内部に装着しておいた。だから、この独特な気を目当てに実体化を試みれば、過たずに、ウシャスは、太陽の馬車内部に、顕現できるはずだ』と。
スーリヤは瞬間、絶句し、即座に最大級の賛嘆と感謝をトバシュトリに示してくれた。乾季になり次第、この光り球をウシャスに心象で見せ、放つ気の感触を覚えてもらい、この気を目当てに実体化するように、伝えておくと、スーリヤは約束した。
これで、ウシャスとスーリヤの方は心配ない、となれば、後の仕上げは、俺様の技量次第だぜ、この工房で、太陽の馬車の外装を完璧に仕上げ、俺様は俺様の工房で、耐火物の仕上げにとりかかり、必ず、完成してみせる!あとは、仕上げをごろうじろってなもんだぜ!と、トバシュトリは、胸の中で、腕を天に向かってあげつつ、口では職人達に檄を飛ばした。
「てめぇら、キリキリ働けよ!こんな、どでかいヤマに挑める機会はそうそう巡っちゃこねーからなぁ!天界のシステムに風穴あけられっかどーかは、ひとえに、おめーらの働きにかかってんだぜ!おえらいさんの度肝ぬいて、一泡吹かせてやろーぜ!」
あちこちから、朗らかな笑みを含んで『合点だ!』という返事が返ってくる。
工房の職人たちにとっても、やりがいのある仕事、熱中できる作業は、この上ない充実をもたらしてくれるものだった。
工房に属する職人達は、身分的には神殿付きの神官と差異はない、が、進取の気鋭にとむ彼らにとって、馬車の整備という決まりきった仕事は、些か退屈なものだった。ことに、現スーリヤが就任してからというもの、馬車の整備は楽になる一方だったのでー点検だけで済んでしまうこともザラで、それは、現スーリヤが馬車を適切に丁寧に乗りこなしていることの証明だったから、職人達は、暇すぎて時間を持て余す一方で、口にはせずとも、現スーリヤに、なんとはなしの親近感を抱いていた。職人は、道具を丁寧に扱う者に好感を覚えるものだから。
そんな折、この雨季に入るや、興奮しきった様子で工房の主であるトバシュトリが久方ぶりに作業場にやってきて、
『俺様は、ちょっとした経緯で、スーリヤのために一肌脱ぐことになった、で、これが、とてつもねぇでけぇ仕事になりそうなんでな、おめーらも、協力してほしい』
と、宣言したものだから、職人たちは、一も二もなく頷いたのだった。それに加え、ここ暫くの間、指揮官ともいえるトバシュトリ本人が、工房の作業場に長らく顔を見せず、たまに顔を見せても、作業場から機器を持ち出していくばかりでー工巧神が、彼の住居兼工房に長らく居候しているミトラ神と、ああでもない、こうでもないと、様々な角度から、光の眷属の特性を突き止めようとしていたことを、職人たちは知る由もなかったーとにかく、トバシュトリ自身は、ものすごく多忙そうなのに、作業場のほうには、一切、仕事の指示がこないので、職人達は、退屈して、その技量を持て余していた矢先だった。ために、尚更、職人たちは、トバシュトリの言葉に肯首し、進んで、トバシュトリの指示に従って、嬉々として作業に打ち込み始めたのだった。
が、職人たちには、馬車の外装を、何故、これ以上はないほど、強化する必要があるのか、そのはっきりとした理由は知らなかった。
同時に馬車の内装に手を加える、と、いうのも初めての経験だった。元々、馬車内は、複数の神が座れるよう、長椅子が据えられていたが、言い変えれば、調度はそれだけで、殺風景なことこの上なかった。スーリヤ本人は御者であるため、客車内には用向きがないからといってしまえばそれまでだが、何も知らない者が見て、これが「百神の王」の馬車とは思いつくまいという、素っ気無い内装であったのは事実だった。
ところが、この雨季になって急に、客車の内装の助言者として、神殿の巫女が呼びだされ、彼女たちのアドバイスで、馬車の床面は、柔らかで手触りのいい毛皮が、隙間なく敷き詰められた。車内の壁は、綾織の壁掛けで飾られ、その隙間隙間には、芳しい香油を炊くための油皿がすえつけられた。職人たちには、トバシュトリが突然、馬車の内装に手をつけた訳もーしかも、どうも外装と異なり、内装は、トバシュトリが自主的に行うというより、誰かの指示か依頼によるものらしかった。というのも、太陽の紋付きの羊皮に認められた書面を見て、トバシュトリが、耳まで真っ赤になりながら頭を抱えているのを幾人もの職人が見ていたからだーが、その依頼主も、その理由も職人たちは詮索しなかった。馬車内に光源として、今まで見たことのない発光球が、トバシュトリ自らの手で設置された折も、その光球の中で、ほのかな朱金に輝いて渦巻く霞様の光源の正体は謎だったが、これを敢えて探ろうとする職人はいなかった。
ただ、トバシュトリの活気と興奮は、作業場の職人全体に伝染し、かつ、今までしたことのない新鮮な作業が、職人達の士気を多いに高めたのは、間違いなかった。馬車の整備及び、外装と内装の両方に、徐々に、だが、着々と手が加えられていった。この雨季の終わりが工期の終わりだと、トバシュトリから厳命されていたので、職人達の動きは、淀みなく、忙しなかった。
蒼穹神ヴァルナにとって、雨季は、いまや、最も心やすまらない季節となっていた。
現スーリヤが即位するまでは、こうではなかった。ヴァルナの頭が痛いのは、季節の変わり目であることがほとんどだった。太陽神の多くは、雨神が天上宮に到着しても、天空の覇権を譲ろうとせず、覇者の椅子にしがみつき、酷い時は、雨が降りしきる空に無理矢理太陽の馬車を駆って地上の天候を混乱させ、神馬を弱らせた。その度に、雨神の『陳情』という名の嫌味にも、ヴァルナは悩まされたものだが、ヴァルナが真に憂い、心痛めていたのは、太陽神が、自分の在位を短くしー己が首を絞めるような振る舞いを病的に繰り返すことだった。我らとて、太陽神を短い期間で使い捨てしたいわけではない、そんなことを企図したことは一度とてない、なのに、何故、太陽神は、自ら破滅へ突き進んでいくのか…何百年、何千年経っても、ヴァルナには、太陽神の振る舞いも、その動機も到底理解できなかった。
が、その点、現スーリヤは、古今、類を見ないほど、物分り良く、命には忠実で、職務内容には瑕疵の一つもない、まさに理想の太陽神だった。既存のスーリヤが、現スーリヤほどに「できる」「使える」神であれば、もっと、神として永らええていたであろうに、とヴァルナが思わずにいられない程、現スーリヤは「太陽神としてあるべき理想の神」だった。恐らく、これ以上の太陽神はでない、まさに不世出のスーリヤと断言できた。ただ、一つの問題点を除いては。
しかも、その一点が、ヴァルナには何より看過し得ない重大事だった。
既存のスーリヤは、一様に、愚かな振る舞いを繰り返してきた、が、現スーリヤのように大それた、無謀な望みを自ら言い出した者はいなかった。ウシャスを…儀式上の妻ではなく、真実、妻として欲するなどという大胆不敵な望みを表明した者は、現スーリヤただ一人をおいて他になかった。あまつさえ、現スーリヤは、ウシャスにも、自ら、それを望ませた…あの無垢なる存在に「恋」を教えてしまった故に。
この点だけを以ってしても、現スーリヤが二人といない逸材であることは間違いないな…とヴァルナは皮肉に考え、だからこそ、全く油断ならないのだと、心を引き締める。
どんな言葉で説得されようと、スーリヤとウシャスの恋に、どの神が味方しようと、ヴァルナは、スーリヤとウシャスが儀式上の夫婦である以外の関係性を結ぶことを許す気はなかった。
自分は天父神から預かったこの世界を、預かったままの形で守る義務がある。スーリヤとウシャスの関係も、また同様ー預かった世界を構成する一環だ。はるか昔より続く関係性は、多少の問題を含んでいることは認めざるをえないが、それでも、つつがなく世界を保ってきた体制であるともいえるのだ、どんな案件であれ、100人が100%満足する采配などありえない以上、とりあえず上手く運んでいる現体制を積極的に変える理由はない。それが、リスクを伴う変更であるなら、尚のこと。
ヴァルナとて、生き物や世界が発展的な進化を遂げる分には、変化もやぶさかではないが、唯一無二で掛け替えのない、取替えの効かない存在を損なう危険が100の内の1でもありうるようなことは、決して、許す気はなかったし、そのためのアプローチも見逃す気もなかった。
だから、今のヴァルナにとって、雨季は最も油断ならない、用心すべき季節となったのだ。
雨季のスーリヤは全能とは程遠い力しか持たないー下位神並の神力の持ち主に成り下がるが、その分、神気が他の神の気と区別しにくくなるから、他に紛れやすくなる。全能でなくなる=強大な力を発揮しない故に、本人の心身の消耗も少なく、夜間は、乾季よりよほど長く意識を保てることもわかっている。
だから、私やラートリーの監視をかいくぐって、ウシャスと逢瀬を持とうとするなら、この、雨季の夜間しかない筈だ、そう思って、ヴァルナは、雨季の間中、ゆめゆめ警戒を怠らなかった。ラートリーにも、夜間にウシャスが顕現する気配を感じたら、その至近に火の気がないか、徹底して精査すること、そして、火の気を発見した場合は、有無を言わさず、その神気の持ち主を拘束していいという言質すら与えてあった。
ウシャスとスーリヤの婚姻自体に法的な問題はない、それはわかりすぎるほどにわかっていたが、ヴァルナは、スーリヤとウシャスが実際に情を交わした結果を危ぶんでいた。取り返しの付かない、不可逆な事態がおこりえない保証はないから、理由は、ただ、その一点に尽きた。
ソーマやミトラには希望的観測しか頭にないようだったが、その能天気さが信じられなかった。
そして、この二人が、ウシャスとスーリヤの仲を取り持つべく、何をしでかすかわからないと、ヴァルナはこちらにも警戒怠りなかった。もちろん、法的根拠やさしたる理由もなしに、高位神の行動を制限することはできないから、ミトラやソーマの行いに、表立って異議を唱えたり、妨害するようなことはしなかったが。だから、ウシャスがミトラとの会見を求めにきた気配を感じてもーウシャスが、ミトラには会いにいっても、自分の許には訪れないことを寂しいとは思っても、邪魔したり、咎めたりすることは決してなかった。自分は法の番人である以上、誰よりも、まず、自分が法に忠実でなければならない、ヴァルナは、そう、堅く自分を戒めていたから、法に照らし合わせて義のない振る舞いは決してしないと誓ってもいた。
無論、ヴァルナとて情がないわけではないので、ウシャスを「危険から遠ざける」という大義名分の元、彼女に嘆きの涙を流させてしまったことに、胸の痛みを覚えないでもなかった。だが、それは、自分の判断と行いが正しいと信じているからこそ、できたことでもあるーにも関わらず、法的に裁かれるような罪はないのに、ヴァルナの胸は、かの時から今までずっと、酷い罪悪感に苦しめられてはいるがーだからこそ、ヴァルナは、誰よりも何よりもまず、自身に厳格であろうと意識・努力していた。
一方、もう1つの懸念であったミトラの出奔だがー見解の相違から、ずっと不貞腐れたように天上宮から出奔していた、そのミトラは、この雨季の終りも近くなったつい最近、漸く、しかも、黙っていつのまにか己の宮に帰ってきたようだった。
「ようだった」としか言い様がないのは、ミトラ神が天上宮に帰着した後も、全く、ヴァルナの許に顔を出さないからだ。
ヴァルナは、ミトラの気が天上宮に現れた気配を感じた時、かの神が、程なく、対の神である自分の許に久方ぶりに顔を出すことであろうと、ミトラの訪いを「いまかいまか」と待ちかね、待ち続け…いつまで待っても、ミトラが、顔を出すどころか、自身の宮から出ようとする気配すらないことに腹を立てて『さんざん、人を心配させておいて…』と自分からミトラ神の許に怒鳴り込みに行きそうになって、すんでのところでそれを思いとどまっていたという経緯があった。その時のことを思い出すと、非常に業腹なので、今も、なるべく考えないようにしていたが。
あやつのことだ、私が「心配させおって」といえば「心配してくれと頼んだ覚えはない、私は子供ではないし、おまえは私の保護者ではない」と、生意気な切り替えしをしてきそうだしな、とヴァルナは考えた。逆に「心配したという割には、別に私を探そうとした気配もないではないか」と言い返されれば、ぐぅの音もでない。ミトラ付きの神官が、ミトラを探してくれと泣きついてきた時「勝手に帰ってくるまで、放っておけ」と自分は断言してしまっているし、ミトラがそれを耳にしていないとは、思えない、となれば、ミトラの方も、こちらに顔を出す義理もないと考えるのはありそうなことだ。
それに、ミトラの宮への帰還が、若い恋人たちへの支援や援助をついに諦めた故であれば…どうにも、できることはないとと悟り、どこに行く当てもないので、しぶしぶ、すごすごと古巣の宮に帰ってきたのならば、今のミトラは口惜しいやら、情けないやらで、私に顔を見られたくないのだろう、と思えばーというより、己に言い聞かせることで、ヴァルナはミトラが顔を出さないことを自分に納得させていた。
とにかく、理由はなんであれ、ミトラが宮に帰ってきたことでー挨拶があろうとなかろうとー懸案が一つかたづいたのが、ヴァルナにはありがたかった。
これで、後は、その動向を警戒するのはソーマ神だけでよくなったことが、多少なりとも、ヴァルナの心を軽くしたのは間違いなかった。
そして、この雨季中、ウシャスの顕現にも、ソーマの動向にも、何より、夜間の太陽神たちの動きに注意を怠らなかったヴァルナではあったが、彼らは、ヴァルナの監視に気づいているかのように、何の動きも見せないままだった。雨季に入ったら、こちらの許可がなくとも、スーリヤが直談判に押しかけてくるのではないか、と身構えていたヴァルナが拍子抜けするほど、彼らには、何の音沙汰も動きもなかった。
『ソーマに予め言っておいたのが功を奏して、私の説得ははなから無駄だと諦めたのか?』
それならその方がいい、本当なら、ウシャスとの真の婚姻をスーリヤが諦めてくれるのが一番いいのだ。さすれば、私は、どれほど、現スーリヤを頼りにすることか。片腕として頼みにし、この上なく引き立ててやるのは、間違いない。ウシャスへの恋情、その点以外は現スーリヤは、本当に申し分のない太陽神なのだから。
そして、ウシャスも、スーリヤも、彼の支持者も何も行動らしい行動を起さないまま、この雨季は終ろうとしていた。
このまま次の乾季が始まれば…ウシャスとスーリヤの儀礼上の婚姻によって、夜明けが導かれ、生き物たちが営みを始める、何もかもが生き生きと躍動する乾季となれば、その間は、私も、少しは、気が抜ける。乾季の昼間には、ウシャスとスーリヤには逢瀬の機会はありえず、夜間は、スーリヤの意識が、長くはもたないのだから、気を張って彼らの動向を注視する必要がなくなる。
そう思って、ヴァルナは、重々しく吐息をついた。
とりあえず、この雨季も、残すところ、あと、1、2日だ。これをどうにか無事にやり過ごしたら、ラートリーを労い、程なく始まる乾季の間は、夜間に、そんなに気を張らなくてよいぞ、と言ってやらねばなと、ヴァルナは思う。
あわせて、トバシュトリの様子も一度見にいかねばな、と考える。相変わらず、トバシュトリから何の音沙汰もない状態が続いており、ヴァルナはこっちも気にかかっていたのだが、雨季の間は、ソーマやスーリヤの動向を注視することで手一杯で、トバシュトリにまで、気を回す余裕がなかった。が、乾季に入れば、そちらに気を回してやることもできる。
そのためにも、このまま…何もできないまま、現状を打破できない雨季を何度か迎えることで、どうか、ウシャスとの真の婚姻を、諦めてくれぬものか、スーリヤよ…と、ヴァルナは祈った。さすれば、この世界は、また、何の問題もなく、つつがなく巡り行くのだから、と。
彼らが、何も表立って動きを見せなかったことで、ヴァルナは、心中、密に期待が膨らむ気持が抑えきれなかった。
ラートリーは、新に始まるこの乾季を、先前のそれよりは、穏やかな気持で、迎えられた。
自分の行いに絶対に正しいことだという確信はあっても、ウシャスに嫌われ、疎まれてしまうかも…と心の片隅で、いつも自分を脅かしていた憂いが、多少なりとも晴れたからだと自分でわかっていた。
ウシャスは、優しく賢い子だ、私のしていることの意味をちゃんとわかってくれていた、やはり、私の姉妹神だと思うと嬉しくなる、が、一方で、現スーリヤのことになると、どうして、あんなにも頑固でわからずやになってしまうのか…ラートリーには、どうしてもわからなかった。
これ以上、スーリヤとウシャスを会わせたら、ウシャスは、私の知らないウシャスになってしまう、私の知らない遠い場所に行ってしまう、今だって…あの火の子がスーリヤになってからというもの、ウシャスは大きく変貌した、より眩しく美しくなって、今までにない大人びた表情を見せるようになって、私から、離れていってしまったような気がして…だから、これ以上、ウシャスを遠い存在にするわけにはいかなかった。絶対に、ここで踏みとどまらせなばならなかった、どんな手段を使っても。
ヴァルナに重々言い含められておらずとも、ラートリーは、ウシャスに宣言した通り、僅かでも、火の気をウシャスの至近で察知したら、即座に、その気の持ち主を、明けない夜闇に封じ込めるつもりだった、それが、スーリヤ本人でもかまやしない、むしろ、スーリヤ本人なら万々歳だわ、と思っていた。そうしたら、あの火の子を、二度と夜闇から出してやるものですか、後任の太陽神がまだ育っていないかもしれないけど、スーリヤは、いくらでも補充がきく、多少、太陽神の不在期間があったとしても、そう大したこともあるまい、そんなことは今まで何度となく繰り返されてきたのだからと、ラートリーは、そんな風に考えていた。
夜の支配者であるラートリーには、実感として、わからなかったのだ。太陽神の不在が長引くほどに、地上に寒冷期が訪れることを知識の上で知ってはいても、その場合、多くの生き物がどれ程酷い辛酸を舐めることになるのかを。それもあって、ラートリーには、ウシャスが昔のままのウシャスに戻ってくれるかどうか、それが、どんなことより重大事だった。
だから、ある意味、虎視眈々と…ワナを張るような気持で、この雨季の間、ウシャスの顕現を待ち構え、彼女の周囲の気を探ろうとしていたラートリーは、この雨季の間、ウシャスが、全く、姿を現さなかったこと、ゆえにスーリヤも、ウシャスを訪れようがなかったことに、少なからず、がっかりした。
あわよくば、ヴァルナのお墨付きで、あの目障りなスーリヤを排除できると思っていたのに、と思うと、スーリヤが全く動きを見せなかったことが、腹立たしくさえあった。
それでいえば、ウシャス自身、先の乾季に、ミトラ神と会って以来、夜間の顕現を果たしていない、つまり、ミトラ神に会ったのを最後に、ウシャスは、この雨季には、スーリヤは無論のこと、他のどの神とも顔をあわせていないはずだった。
『諦めたのかしら…』
それならいいのだけど…いや、そうあってほしいと、ラートリーは切望する一方で、本当にウシャスが諦めたのだとしたら…あの子はきっと酷く沈み込む、暫く泣き暮らすかもしれない、そして、それは、私のせいだ、とも思ってしまった。そう思うと、ラートリーは胸が嫌な感じにちくちくと痛んだ。許はといえば、スーリヤが、ウシャスに恋なんて教えたからいけない、悪いのは、全てスーリヤだ、と思いこもうと思えばできたけれど、ラートリーは、そこまで自分を偽ること、自身にいいわけすることができなかった。スーリヤは、遠い将来、ウシャスを泣かせることになったかもしれないが、今、現時点では、その恐れはないということを、ラートリーはわかっていたし、その事実を知らない振りすることまでは、自分によしとできなかった。自分はヴァルナ様と…この前、ウシャスを泣かせたヴァルナ様と同じだ…将来、ウシャスが泣く「かも」しれない、その、不確かな「かも」のために、私とヴァルナ様は、今、ウシャスを泣かせてしまう…だから、今、ウシャスが消沈していたら、それは、スーリヤの所為じゃない、私の所為だ…
だから、乾季が始まり、いつものように夜と朝との交替の儀式を再開するようになって、ラートリーは、ウシャスの様子を注意深く観察していた。
少しでも、ウシャスに沈み込む気配はないか、憂いに嘆く気配はないか、気になって仕方なかった。
毎朝、ウシャスとすれ違う、その僅かな時間に、ウシャスの表情を、顔色を、神気を伺う。
が、幸いなことに、ウシャスが消沈したり、憂いに悩む顔つきの日は絶えてなかった。
むしろ、日を追うごとにウシャスは、生き生きと、溌剌と、生気に満ちて輝いていく。毎日が楽しくて仕方ない、だから、また、新たな楽しい1日を迎えるのが嬉しくてたまらないし、より楽しいであろう明日が待ちきれない、わくわくした思いが身体一杯に溢れている、そんな雰囲気が、全身から…ウシャスから発する紅の神気からにじみでていた。
ラートリーは、安堵する一方で、不可解にも思う。
スーリヤや、その支援者たちは、雨季に何の動きもおこさなかった。できることがなくて、手詰まりだからこそ、何の動きも見せないのだろうに。なのに、ウシャスは、現状を憂う様子がない。スーリヤとの恋を認めてもらえず、寂しいと言っていたのに、そして、その時から、恋の成就の可能性が増えたわけでもないのに…。
なぜ、ウシャスは、こんなにも…日に日に希望に満ちて、輝いて、その美しさは、一層増すばかりなの?
もしかして、スーリヤとは朝の逢瀬だけでも満足だって、あの子は自分を納得させられたのかしら…
あんなに真剣な思いを吐露していたウシャスが、そう易々と、スーリヤとの恋心に折り合いがつくものか…と疑問に思わなかったといえば嘘になるが、ラートリーは敢えて考えないことにした。
ウシャスの恋は、人間の流行病のようなもの…熱病のようなものだったのだ、きっと。冷めてしまえば、あっけないような、きっと、そんなものだったのだ。
「恋してる」と口にするだけで、実際には、何も目に見えて結果を出せないスーリヤに失望落胆したのかもしれないし、恋心自体が、大いなる錯覚だったというのも、いかにもありそうなことに思えた。
それにしては、ウシャスから、何かを待ちかねているような、うずうずそわそわした思念を感じることがあって、ラートリーは訝しく感じた。スーリヤとの恋が冷めたか、折り合いがついたのなら、ウシャスの暮らしは、千年一日のように、日々取り立てて変化のない平穏なものに、戻るはずだ。穏やかで、何の浮き沈みもない、明日も、千年後も全く変化のない決まりきった、而して、何もトラブルが起きる心配のない…ただ、それはわくわく心弾むような出来事とも無縁の生活に戻る、ということなのに…一体どうして?
が、そんなラートリーの懸念と心配を余所に、表面上は何事も目だった変化は起きぬまま、乾季の日々は過ぎていく。
夜の女神ラートリーには、全く関係ない、ために、知る必要もないし、深く考えたこともなかったから、ラートリーには、わからなかったのだ。この乾季には、太陽と月の軌道交差があることも、その日が近づくにつれ、ウシャスの中で、期待とか希望とか、そういう前向きの思念がたくさん芽吹き、大きく育ちつつあったことを。
この乾季に入り、太陽から無限の神力を得られるようになるや、スーリヤの友であると同時に名代であるサヴィトリとプーシャンは、就任以来初めてといっていいいほどの多忙に忙殺されることとなった。
主な仕事は、世界のあちらこちらに転移しては、地上の神殿に赴き、スーリヤからの宣託を与えることだったが、世界は広く、神殿の数は無数といっていいほどあり、しかも、この仕事は、天界の上層部には、できる限り知られたくないこと、つまり、ヴァルナ神には、隠密で進めたい仕事でもあったので、あまり、目だって移動できないことが、二柱の神の多忙を助長した。
しかも、この仕事…宣託を与えるべき期間は限られていた。
限られた時間内に、一方で、最上宮にいる神々に知れないよう、スーリヤの宣託をなるべく多くの民に知らしめること、これが、二人の青年神が、スーリヤから託された仕事だった。
二柱の若き神は、次から次へと、神殿を訪れ、神官に、神殿に詣でる民たちに伝えおくようにと、託宣する。
道租神に祈りを捧げる民を、たまたまみかけた時など、ことにプーシャンは、その民に直に託宣することもあった。プーシャンは旅人と家畜、及び、家畜守を庇護する神でもあるゆえ、生来、きさくな性情であり、民からも、畏敬をもって恐れられるというよりは、身近な守護神として親しまれている。それでも、ある家畜守がプーシャンに今日の家畜の無事を祈った時に、プーシャン自身がその祈りを聞きつけ『よっしゃ、まかしとき』と、直に答えた時は、流石に家畜守は腰を抜かさんばかりに驚いた。が、続けてプーシャンが『家畜の守護ん替わりってわけやないけど、村に戻ったら、広めてほしいスーリヤ様からのお言葉があってなー、頼まれてくれへん?』と、請われて断る家畜守は、もちろん、おらず…否、むしろ、皆進んで、放牧の道中にスーリヤの託宣を広めていってくれた。それこそ、草の根が地に伸びるがごとく、目立たず、地道に、しかし、着実に。
この所謂口コミ効果をこそ、プーシャンは狙っていた。
一方、サヴィトリは、神としては正統派のやり方で…つまり、神殿を巡り、神官を通じて、スーリヤ=オスカーの託宣をなすことが多かった。
そして、当然のことながら、広め方は違えど、二柱の神の託宣は同一のものだった。
それは、この乾季の間に、太陽が、一時、その身を隠し、昼日中であっても、地上が闇に閉ざされる時がある、というものだった。
この言葉だけを聞くと、民はー神官でさえ例外なく怯え、動揺した。スーリヤが何か、機嫌を損ねたのかと慄いた。
ここ最近、スーリヤの威光はより一層輝きをまし、天候は安定していたから、尚更だった。
だから、すかさず、サヴィトリとプーシャンは、こう言葉を続けるのだった
「此度、訪れる暗闇は、スーリヤの為すめでたき儀式の一貫にて、一切、恐れるに足らず、むしろ、その瞬間、皆、スーリヤと彼の妻ウシャスを祝い寿ぐ祈りを捧げてほしい。ただ、このめでたきことは、静謐をよしとするため、大掛かりな祭祀は必要ない、ただ、各々が祝い祈る気持を天に捧げてほしい。さすれば、暗き太陽は、程無く美しき真珠の光を放ち、しばし後には、一層眩しく力強き姿を現してくれる」と、民たちを安心させるように伝えた。
皆が、心の中で祈りを捧げてくれればいい、さすれば、儀式における満ち足りた幸福の波動を、スーリヤははるか天空で、感じとってくれるやもしれない、とも付け加えた。
その時が来るまで、そして、その時がきても、決して、大仰に騒ぎ立てることのないように、スーリヤは、静かな祝賀をこそ、お望みである、されば、その時に向かい、スーリヤは更に有難い新たな託宣を賜るであろう、と、重々、くどいほど言い含めると、若い太陽神たちは、託宣を行いに次の神殿に向かう、それを繰り返すのだった。